チッソ川本事件最高裁昭和48年決定
刑事訴訟法判例ノート掲載 刑事訴訟法判例百選は4版まで
忌避申立事件についての特別抗告事件
最高裁判所第1小法廷決定/昭和48年(し)第66号
昭和48年10月8日
【判示事項】 1、裁判官の審理の方法、態度と忌避理由
2、訴訟指揮権、法廷警察権の行使の不当を理由とする忌避申立につき簡易却下相当とされた事例
【判決要旨】 1、判文参照
2、判文参照
【参照条文】 刑事訴訟法21
刑事訴訟法24
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集27巻9号1415頁
最高裁判所裁判集刑事190号479頁
裁判所時報629号5頁
判例タイムズ299号176頁
判例時報715号32頁
【評釈論文】 警察研究47巻9号38頁
研修305号61頁
別冊ジュリスト51号16頁
別冊ジュリスト74号102頁
別冊ジュリスト89号112頁
別冊ジュリスト119号102頁
判例時報726号11頁
判例評論185号27頁
法曹時報26巻2号148頁
法律のひろば27巻1号35頁
竜谷法学7巻3~4号1頁
主 文
原決定を取り消す。
本件忌避申立を却下する。
理 由
本件抗告の趣意は別紙添付のとおりである。
所論第一点は判例違反をいうが、所論引用の判例はすべて事案を異にして本件に適切ではなく、同第二点は憲法三七条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な抗告理由にあたらない。
しかしながら、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、本件は、東京地方裁判所刑事第二六部に係属する被告人Aに対する傷害被告事件における昭和四八年六月六日の第二回公判期日において、弁護人後藤孝典、同鈴木一郎、同錦織淳、同山口紀洋、同浅野憲一から、裁判長裁判官船田三雄に対する忌避申立があつたところ、右第二六部は、右忌避申立を、訴訟遅延のみを目的とするものであるとして、刑訴法二四条により却下したので、右弁護人らから即時抗告がなされ、次いで同年七月三一日東京高等裁判所が、前記被告事件の第一回公判期日における裁判長の措置には妥当を欠くものがあるとも考えられるとし、本件事案の特殊性および本件審理の経過にかんがみると、少くとも、被告人および弁護人の立場からすれば、不当な訴訟指揮であると判断される余地なしとせず、また、弁護人に訴訟遅延を意図したと思われるものはないとし、これらの事情を総合すると、被告人および弁護人らが、その立場で、本件裁判長の右のような訴訟指揮などから推し量つて、不公平な裁判をするおそれがあると判断することもありえないわけではなく、本件忌避申立をもつて、単に本件裁判長の訴訟指揮権あるいは法廷警察権の行使に対する不服をいうにすぎないもので、訴訟遅延の目的のみによるものであることが明らかであるとはいえない旨判示して、前記第二六部の決定を取り消し、本件忌避申立事件を東京地方裁判所に差し戻したものであることは、記録によつて明らかである。
ところで、元来、裁判官の忌避の制度は、裁判官がその担当する事件の当事者と特別な関係にあるとか、訴訟手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によつては、その事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とするものであつて、その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によつて救済を求めるべきであるといわなければならない。したがつて、訴訟手続内における審理の方法、態度に対する不服を理由とする忌避申立は、しよせん受け容れられる可能性は全くないものであつて、それによつてもたらされる結果は、訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはありえず、これらのことは法曹一般に周知のことがらである。
本件忌避申立の理由は、本件被告事件についての、公判期日前の打合せから第一回公判期日終了までの本件裁判長による訴訟指揮権、法廷警察権の行使の不当、なかんづく、第一回公判期日において、被告人および弁護人が、裁判長の在廷命令をあえて無視して退廷したのち、入廷しようとしたのを許可しなかつたことおよび必要的弁護事件である本件被告事件について弁護人が在廷しないまま審理を進めたことをとらえて、同裁判長は、予断と偏見にみち不公平な裁判をするおそれがあるとするものであるところ、これらはまさに、同裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使に対する不服を理由とするものにほかならず、かかる理由による忌避申立の許されないことは前記のとおりであり、それによつてもたらされるものが訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはない本件においては、右のごとき忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするものとして、同法二四条により却下すべきものである。
しかるに、原決定が、本来忌避理由となしえない本件裁判長の訴訟指揮権、法廷警察権の行使の当否について判断を加えて、本件簡易却下を不相当としたのは、忌避理由についての法律の解釈適用を誤り、ひいては事実誤認をきたしたものであつて、これを取り消さなければ著しく正義に反するものと認める。
よつて、同法四一一条を準用し、同法四三四条、四二六条二項により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
昭和四八年一〇月八日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 下 田 武 三
裁判官 藤 林 益 三
裁判官 岸 盛 一
裁判官 岸 上 康 夫