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2020年07月

滝井繁男裁判長名判決 不平等な給水条例に関する最高裁平成18年

行政判例百選第7版 155事件  給水条例無効確認等請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成15年(行ツ)第35号

平成18年7月14日

【判示事項】      1 普通地方公共団体が営む水道事業に係る条例所定の水道料金を改定する条例の制定行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとされた事例

            2 普通地方公共団体の住民に準ずる地位にある者による公の施設の利用についての不当な差別的取扱いと地方自治法244条3項

            3 普通地方公共団体が営む水道事業に係る条例所定の水道料金を改定する条例のうち当該普通地方公共団体の住民基本台帳に記録されていない別荘に係る給水契約者の基本料金を別荘以外の給水契約者の基本料金の3.57倍を超える金額に改定した部分が地方自治法244条3項に違反するものとして無効とされた事例

【判決要旨】      1 地方公共団体が営む水道事業の水道料金を改定する条例の制定行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとされた事例 2 地方公共団体の住民ではないがその区域内に家屋敷を有する者など住民に準ずる地位にある者による公の施設の利用につき合理的な理由なく差別的取扱いをすることは,地方自治法244条3項に違反する 3 地方公共団体が営む水道事業において別荘に係る給水契約者の基本料金を他の給水契約者の基本料金に比して大幅に増額改定した条例の規定が地方自治法244条3項に違反するものとして無効とされた事例

【参照条文】      高根町簡易水道事業給水条例一部改正条例(平10高根町条例24号)5

            高根町簡易水道事業給水条例(昭63高根町条例8号,平10高根町条例24号改正後)21

            高根町簡易水道事業給水条例(昭63高根町条例8号,平10高根町条例24号改正後)別表1

            行政事件訴訟法3

            地方自治法244-1

            地方自治法244-3

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集60巻6号2369頁

            裁判所時報1416号351頁

            判例タイムズ1222号80頁

            判例時報1947号45頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      会計と監査58巻12号42頁

            ジュリスト1335号115頁

            法学協会雑誌129巻8号1875頁

            法学セミナー51巻12号102頁

            法曹時報60巻10号3209頁

            法の支配147号93頁

            法令解説資料総覧299号67頁

 

       主   文

 

 1 原判決のうち高根町簡易水道事業給水条例(昭和63年高根町条例第8号。平成10年高根町条例第24号による改正後のもの)別表第1の無効確認請求に関する部分を破棄する。

 2 前項の請求に係る被上告人らの訴えを却下する。

 3 上告人のその余の上告を棄却する。

 4 訴訟の総費用は,これを5分し,その4を上告人の負担とし,その余を被上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

第1 事案の概要

 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1)被上告人らは,いずれも山梨県の旧高根町の住民基本台帳に記録されていなかった者であるが,同町の区域内に別荘を所有し,同町との間で給水契約を締結していた。

 (2)旧高根町の住民及び同町の区域内に別荘を所有していた者は,従前,同町や簡易水道組合等が経営する簡易水道から給水を受けていたが,同町は,昭和63年に高根町清里の森簡易水道事業を除く水道事業を町営水道に統合した。同町は,この統合に際し,高根町簡易水道事業給水条例(昭和63年高根町条例第8号。以下「本件条例」という。)を制定した。本件条例制定当時の水道料金は,原判決別紙料金表1のとおりであった。

 同町は,平成5年7月1日,本件条例の一部を改正する条例(平成5年高根町条例第11号)を施行し,高根町清里の森簡易水道事業を町営水道に統合し,同町の簡易水道事業の給水区域を同町の区域全域とするとともに,水道料金を原判決別紙料金表2のとおり改定した。

 同町は,同6年4月1日,本件条例の一部を改正する条例(平成6年高根町条例第4号)を施行し,水道料金を原判決別紙料金表3のとおり改定し,さらに,同10年4月1日,本件条例の一部を改正する条例(平成10年高根町条例第24号。以下「本件改正条例」という。)を施行し,水道料金を原判決別紙料金表4(本件改正条例による改正後の本件条例別表第1)のとおり改定した。本件改正条例による水道料金の改定の結果,水道メーターの口径が13mmの場合を例にすると,同町の住民基本台帳に記録されていない別荘に係る給水契約者(以下「別荘給水契約者」という。)については1か月の基本料金(基本水量10立方メートルまでの料金)が3000円から5000円に増額されたのに対し,それ以外の給水契約者(臨時給水に係る給水契約者を除く。以下「別荘以外の給水契約者」という。)については上記の基本料金が1300円から1400円に増額されたにとどまるなど,別荘給水契約者と別荘以外の給水契約者との間に基本料金の大きな格差を生じた。

 (3)旧高根町は,給水契約者から水道料金等を徴収し,これを簡易水道事業の費用に充てていたが,支出額が収入額を上回っていたため,その補てんのため毎年1億数千万円を一般会計から繰り入れてきた。平成10年度においては,本件改正条例による水道料金の改定の結果,収入は年間で約4659万円増加したものの,なお一般会計から約9454万円を繰り入れ,同年度末における一般会計からの繰入れの累計額は13億円余りとなった。

 (4)旧高根町の簡易水道事業においては,平成8年度を例にすると,別荘給水契約者は給水契約者全体のうち約30.4%(1324件)を占めていたが,別荘給水契約者の水道使用は夏季等の一時期に集中し,その年間水道使用量は同町の簡易水道事業における総水道使用量の約4.7%を占めるにすぎなかった。また,同年度において,水道料金を年間50万円以上支払っている大口需用者は29件あり,その年間水道使用量は同町の簡易水道事業における総水道使用量の約20.3%を占めていた。

 (5)平成10年4月から同12年12月までの被上告人らの旧高根町に対する水道料金の支払状況は,原判決別紙水道料金支払状況表記載のとおりである。

 (6)旧高根町は,平成11年7月,未払水道料金がある者に対し給水停止を執行する旨の文書を送付した。

 (7)平成16年11月1日,旧高根町を含む7町村が合併して新たな市として上告人が設置され,上告人が旧高根町の権利義務を承継した。

 2 本件は,被上告人らが,本件改正条例による改正後の本件条例別表第1(以下「本件別表」という。)は別荘給水契約者を不当に差別するものであると主張して,行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えとして本件別表が無効であることの確認を求めるとともに,別荘給水契約者に係る本件別表所定の基本料金と本件改正条例による改定前の基本料金との差額分に関し,未払水道料金の債務不存在確認と支払済みの水道料金相当額の不当利得返還又は不法行為による損害賠償を求め,さらに,被上告人らのうち未払水道料金がある者に対する簡易水道の給水停止の禁止等を求めた事案である。

第2 上告代理人橋本勇,同渡辺和廣の上告受理申立て理由第3について

 1 原審は,要旨次のとおり説示し,本件別表の無効確認を求める被上告人らの訴えは適法なものであると判断した。

 地方公共団体の水道事業においては,水道需用者は,供給規程を定める条例の施行によってその後にされる個別的行政処分を経ることなく,その条例の内容に従った給水契約上の義務を課されることになるから,供給規程に係る条例の制定行為は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる。そして,水道需用者は,供給規程のうち水道料金の算定基準を定め,又は変更した部分が憲法その他の法令に抵触するとして争う場合には,抜本的な紛争解決のために,当該供給規程に係る条例の規定が無効であることの確認を求めて行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えを提起することができる。

 2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 本件別表の無効確認を求める被上告人らの訴えは,本件改正条例の制定行為が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提に,行政事件訴訟法3条4項の無効等確認の訴えとして,本件改正条例により定められた本件別表が無効であることの確認を求めるものである。しかしながら,抗告訴訟の対象となる行政処分とは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいうものである。本件改正条例は,旧高根町が営む簡易水道事業の水道料金を一般的に改定するものであって,そもそも限られた特定の者に対してのみ適用されるものではなく,本件改正条例の制定行為をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することはできないから,本件改正条例の制定行為は,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである。

 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由がある。なお,被上告人らは,当審において,本件別表の無効確認を求める被上告人らの訴えは抗告訴訟として不適法であるとしても行政事件訴訟法4条の当事者訴訟として適法である旨新たに主張しているが,抗告訴訟としての無効確認の訴えと当事者訴訟としての無効確認の訴えは別個の訴えであるところ,被上告人らは,抗告訴訟として本件別表の無効確認を求める訴えを提起していたものであり,当事者訴訟としてこれを提起していたものではないから,被上告人らの主張はその前提を欠くものであって失当である。

第3 上告代理人橋本勇,同渡辺和廣の上告理由及び上告受理申立て理由第4ないし第7,第9について

 1 普通地方公共団体が経営する簡易水道事業の施設は地方自治法244条1項所定の公の施設に該当するところ,同条3項は,普通地方公共団体は住民が公の施設を利用することについて不当な差別的取扱いをしてはならない旨規定している。ところで,普通地方公共団体が設置する公の施設を利用する者の中には,当該普通地方公共団体の住民ではないが,その区域内に事務所,事業所,家屋敷,寮等を有し,その普通地方公共団体に対し地方税を納付する義務を負う者など住民に準ずる地位にある者が存在することは当然に想定されるところである。そして,同項が憲法14条1項が保障する法の下の平等の原則を公の施設の利用関係につき具体的に規定したものであることを考えれば,上記のような住民に準ずる地位にある者による公の施設の利用関係に地方自治法244条3項の規律が及ばないと解するのは相当でなく,これらの者が公の施設を利用することについて,当該公の施設の性質やこれらの者と当該普通地方公共団体との結び付きの程度等に照らし合理的な理由なく差別的取扱いをすることは,同項に違反するものというべきである。

 2 別荘給水契約者は,旧高根町の区域内に生活の本拠を有しないという点では同町の住民とは異なるが,同町の区域内に別荘を有し別荘を使用する間は同町の住民と異ならない生活をするものであることなどからすれば,同町の住民に準ずる地位にある者ということができるから,本件改正条例による別荘給水契約者の基本料金の改定が地方自治法244条3項にいう不当な差別的取扱いに当たるかどうかについて,以下検討する。

 上告人の主張によれば,旧高根町は,本件改正条例による水道料金の改定において,別荘以外の給水契約者(これにはホテル等の大規模施設に係る給水契約者も含まれる。)の1件当たりの年間水道料金の平均額と別荘給水契約者の1件当たりの年間水道料金の負担額がほぼ同一水準になるようにするとの考え方に立った上,別荘給水契約者においてはおおむねその水道料金が基本料金の範囲内に収まっているため基本料金の額により負担額の調整をすることとし,本件別表のとおり別荘給水契約者の基本料金を定めたというのである。

 一般的に,水道事業においては,様々な要因により水道使用量が変動し得る中で最大使用量に耐え得る水源と施設を確保する必要があるのであるから,夏季等の一時期に水道使用が集中する別荘給水契約者に対し年間を通じて平均して相応な水道料金を負担させるために,別荘給水契約者の基本料金を別荘以外の給水契約者の基本料金よりも高額に設定すること自体は,水道事業者の裁量として許されないものではない。しかしながら,前記事実関係等によれば,旧高根町の簡易水道事業においては,平成8年度において,水道料金を年間50万円以上支払っている大口需用者が29件あり(記録によれば,これらの大口需用者はいずれも別荘以外の給水契約者であることがうかがわれる。),その年間水道使用量は同町の簡易水道事業における総水道使用量の約20.3%に当たり,一方,別荘給水契約者の件数は1324件であり,その年間水道使用量は同町の簡易水道事業における総水道使用量の約4.7%を占めるにすぎないというのである。このように給水契約者の水道使用量に大きな格差があるにもかかわらず,上告人の主張によれば,本件改正条例による水道料金の改定においては,ホテル等の大規模施設に係る給水契約者を含む別荘以外の給水契約者の1件当たりの年間水道料金の平均額と別荘給水契約者の1件当たりの年間水道料金の負担額がほぼ同一水準になるようにするとの考え方に基づいて別荘給水契約者の基本料金が定められたというのである。公営企業として営まれる水道事業において水道使用の対価である水道料金は原則として当該給水に要する個別原価に基づいて設定されるべきものであり,このような原則に照らせば,上告人の主張に係る本件改正条例における水道料金の設定方法は,本件別表における別荘給水契約者と別荘以外の給水契約者との間の基本料金の大きな格差を正当化するに足りる合理性を有するものではない。また,同町において簡易水道事業のため一般会計から毎年多額の繰入れをしていたことなど論旨が指摘する諸事情は,上記の基本料金の大きな格差を正当化するに足りるものではない。

 そうすると,本件改正条例による別荘給水契約者の基本料金の改定は,地方自治法244条3項にいう不当な差別的取扱いに当たるというほかはない。

 3 以上によれば,本件改正条例のうち別荘給水契約者の基本料金を改定した部分は,地方自治法244条3項に違反するものとして無効というべきである。そうすると,憲法14条1項違反等の点について判断するまでもなく,被上告人らは別荘給水契約者に係る本件別表所定の基本料金と本件改正条例による改定前の基本料金との差額分について支払義務を負うものではないから,同差額分に関する未払水道料金の債務不存在確認及び支払済みの水道料金相当額の不当利得返還並びに被上告人らのうち未払水道料金がある者に対する簡易水道の給水停止の禁止を求める被上告人らの請求を認容した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

第4 結論

 以上説示したところによれば,原判決のうち本件別表の無効確認請求に関する部分は破棄を免れず,上記請求に係る被上告人らの訴えを却下すべきであり,上告人のその余の上告は棄却すべきである。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官古田佑紀の補足意見がある。

 裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見と見解をともにするものであるが,地方自治法244条3項の適用について補足的に意見を述べたい。

 同項は,公の施設の利用について,「不当な差別的取扱い」を禁止するという当然の事理を明らかにした規定であり,その性質上一般的,包括的な確認的規定であることからして,ある地方公共団体の区域内に生活の本拠を有する者ではなくても,そこに固定した生活等の拠点を有し,継続的な活動を予定している者であって,そのことの故に当該地方公共団体における租税等を負担すべき立場にあるようなものも,同項にいう「住民」に含まれるものと考える。

 被上告人らは,旧高根町内に別荘を所有し,夏季等の一時期とはいえ同所において生活をすることを予定しており,そのことの故に固定資産税や均等割部分ではあるが住民税を負担していることからすれば,これらの者についても,同項により「不当な差別的取扱い」が禁止されるものというべきである。

 (裁判長裁判官・滝井繁男,裁判官・津野 修,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋,裁判官・古田佑紀)

 

小野幹雄裁判長名判決 条件付法律関係の確認の利益を認めた最高裁平成11年

民亊訴訟法判例百選第5版 27事件

債権確認請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成7年(オ)第1445号

平成11年1月21日

【判示事項】      建物賃貸借契約継続中に賃借人が賃貸人に対し敷金返還請求権の存在確認を求める訴えにつき確認の利益があるとされた事例

【判決要旨】      建物賃貸借契約継続中に賃借人が賃貸人に対し敷金返還請求権の存在確認を求める訴えは、その内容が右賃貸借契約終了後建物の明渡しがされたときにおいてそれまでに生じた敷金の被担保債権を控除しなお残額があることを条件とする権利の確認を求めるものであり、賃貸人が賃借人の敷金交付の事実を争って敷金返還義務を負わないと主張しているときは、確認の利益がある。

【参照条文】      民事訴訟法134

            民法619-2

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集53巻1号1頁

            最高裁判所裁判集民事191号31頁

            裁判所時報1236号19頁

            判例タイムズ995号73頁

            金融・商事判例1072号28頁

            判例時報1667号71頁

            金融法務事情1551号41頁

【評釈論文】      別冊ジュリスト169号70頁

            成城法学66号139頁

            判例タイムズ1009号39頁

            判例タイムズ臨時増刊1036号250頁

            法学協会雑誌118巻7号164頁

            法学教室229号118頁

            法曹時報54巻3号175頁

            みんけん(民事研修)514号24頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人辻惠、同藤田正人の上告理由について

 本件訴えは、建物賃貸借契約の継続中に、賃借人である被上告人が、前賃貸人から賃貸人の地位を承継した上告人に対し、保証金の名称で前賃貸人に交付したとする敷金の返還請求権の存在確認を求めるものであり、上告人は、前賃貸人に対する右敷金交付の事実を否認し、敷金の返還義務を負わないと主張する。第一審は、本件訴えは確認の利益を欠くものであるとして、これを却下したのに対し、原審は、確認の利益を認め、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。

 建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物明渡しがされた時において、それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものであって(最高裁昭和四六年(オ)第三五七号同四八年二月二日第二小法廷判決・民集二七巻一号八〇頁)、賃貸借契約終了前においても、このような条件付きの権利として存在するものということができるところ、本件の確認の対象は、このような条件付きの権利であると解されるから、現在の権利又は法律関係であるということができ、確認の対象としての適格に欠けるところはないというべきである。また、本件では、上告人は、被上告人の主張する敷金交付の事実を争って、敷金の返還義務を負わないと主張しているのであるから、被上告人・上告人間で右のような条件付きの権利の存否を確定すれば、被上告人の法律上の地位に現に生じている不安ないし危険は除去されるといえるのであって、本件訴えには即時確定の利益があるということができる。したがって、本件訴えは、確認の利益があって、適法であり、これと同旨の原審の判断は是認することができる。右判断は、所論引用の各判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第一小法廷

         裁判長裁判官  小野幹雄

            裁判官  遠藤光男

            裁判官  井嶋一友

            裁判官  藤井正雄

            裁判官  大出峻郎

 

遺言者生存中に提起された遺言無効確認の訴え

民亊訴訟法判例百選 第5版 26事件     遺言無効確認請求事件

もう少し親切にしてもよいのではなかろうか。

【事件番号】      最高裁判所第2小法廷判決/平成7年(オ)第1631号

【判決日付】      平成11年6月11日

【判示事項】      心神喪失の常況にある遺言者の生存中に推定相続人が提起した遺贈を内容とする遺言の無効確認の訴えの適否

【判決要旨】      遺言者の生存中に推定相続人が提起した遺贈を内容とする遺言の無効確認の訴えは、遺言者が心神喪失の常況にあって、遺言者による当該遺言の取消し又は変更の可能性が事実上ないとしても、不適法である。

【参照条文】      民事訴訟法134

            民法964

            民法985

            民法1022

【掲載誌】       家庭裁判月報52巻1号81頁

            最高裁判所裁判集民事193号369頁

            裁判所時報1245号182頁

            判例タイムズ1009号95頁

            金融・商事判例1075号20頁

            判例時報1685号36頁

            金融法務事情1564号68頁

【評釈論文】      ジュリスト臨時増刊1179号121頁

            別冊ジュリスト169号68頁

            判例タイムズ1013号65頁

            判例タイムズ臨時増刊1036号200頁

            判例評論495号26頁

            法律時報別冊私法判例リマークス21号118頁

            民商法雑誌122巻6号109頁

            NBL702号182頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の控訴を棄却する。

 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人以呂免義雄の上告理由について

一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである

1被上告人は、上告人藤井ウメの養子で、同上告人の唯一の推定相続人であり、上告人田中清は、上告人藤井ウメのおいである。

2上告人藤井ウメは、平成元年一二月一八日、奈良地方法務局所属公証人黒瀬孝導作成同年第八四九号公正証書によって遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

3本件遺言の内容は、上告人藤井ウメの所有する奈良市西登美ケ丘所在の土地建物の持分一〇〇分の五五を上告人田中清に遺贈するというものである。

4奈良家庭裁判所は、平成五年三月一五日、上告藤井ウメが、アルツハイマー型老人性痴呆である旨の鑑定の結果に基づき、心身喪失の常況にあるとして、同上告人に対し禁治産宣言をした。同上告人の症状は回復の見込みがない。

二 本件訴えは、被上告人が上告人らに対し、本件遺言につき、上告人藤井ウメの意思能力を欠いた状態で、かつ、公正証書遺書の方式に違反して作成されたと主張して、本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求めるものである。

三 原審は、遺言者の生存中に遺言の無効確認を求める訴えは原則として不適法であるが、前記事実関係の下において、本件のように遺言者による遺言の取消し又は変更の可能性がないことが明白な場合には、その生存中であっても遺言の無効確認を求めることができるとして、本件訴えを適法と判断し、本件訴えを却下した第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に差し戻した。

四 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1本件において、被上告人が遺言者である上告人藤井ウメの生存中に本件遺言が無効であることを確認する旨の判決を求める趣旨は、上告人田中清が遺言者である上告人藤井ウメの死亡により遺贈を受けることとなる地位にないことの確認を求めることによって、推定相続人である被上告人の相続する財産が減少する可能性をあらかじめ除去しようとするにあるものと認められる。

2ところで、遺言は遺言者の死亡により初めてその効力が生ずるものであり(民法九八五条一項)、遺言者はいつでも既にした遺言を取り消すことができ(同法一〇二二条)、遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときには遺贈の効力は生じない(同法九九四条一項)のであるから、遺言者の生存中は遺贈を定めた遺言によって何らかの法律関係も発生しないのであって、受遺者とされた者は、何らかの権利を取得するものではなく、単に将来遺言が効力を生じたときは遺贈の目的物である権利を取得することができる事実上の期待を有する地位にあるにすぎない(最高裁昭和三〇年(オ)第九五号同三一年一〇月四日第一小法廷判決・民集一〇巻一〇号一二二九頁参照)。したがって、このような受遺者とされる者の地位は、確認の訴えの対象となる権利又は法律関係には該当しないというべきである。遺言者が心身喪失の常況にあって、回復する見込みがなく、遺言者による当該遺言の取消又は変更の可能性が事実上ない状態にあるとしても、受遺者とされた者の地位の右のような性質が変わるものではない。

3したがって、被上告人が遺言者である上告人藤井ウメ生存中に本件遺言の無効確認を求める本件訴えは、不適法なものというべきである。

五 そうすると、本件訴えを適法とした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件訴えを不適法として却下した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴は棄却すべきである。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官北川弘治 裁判官河合伸一 裁判官福田 博 裁判官亀山継夫)

石田和外裁判長名判決 相殺と差押え 最高裁大法廷昭和45年

民法判例百選Ⅱ 第8版 39事件 定期預金等請求事件

国税がとりっぱぐれた事件です。

最高裁判所大法廷判決/昭和39年(オ)第155号

昭和45年6月24日

【判示事項】       1、債権の差押前から債務者に対して反対債権を有していた第三債務者が右反対債権を自働債権とし被差押債権を受働債権としてする相殺の効力

             2、相殺に関する合意の差押債権者に対する効力

【判決要旨】       1、債権が差し押えられた場合において、第三債務者が債権者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、右債権および被差押債権の弁済期の前後を問わず、両者が相殺適状に達しさえすれば、第三債務者は、差押後においても、右反対債権を自働債権として、被差押債権と相殺することができる。

             (補足意見、意見および反対意見がある。)

             2、銀行の貸付債権について、債務者の信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合には、債務者のために存する右貸付金の期限の利益を喪失せしめ、同人の銀行に対する預金等の債権につき銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意は、右預金等の債権を差し押えた債権者に対しても効力を有する。

             (意見および反対意見がある。)

【参照条文】       民法511

             民事訴訟法598-1

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集24巻6号587頁

             訟務月報16巻8号830頁

             最高裁判所裁判集民事99号399頁

             裁判所時報548号2頁

             判例タイムズ249号125頁

             金融・商事判例215号2頁

             判例時報595号29頁

             金融法務事情584号4頁

【評釈論文】       金融・商事判例235号2頁

             金融法務事情584号13頁

             金融法務事情591号4頁

             金融法務事情592号4頁

             金融法務事情730号28頁

             金融法務事情1581号182頁

             公証31号18頁

             財政経済弘報1366号6頁

             財政経済弘報1369~1370号12頁

             シュトイエル103号4頁

             ジュリスト460号82頁

             ジュリスト460号88頁

             ジュリスト460号90頁

             ジュリスト481号152頁

             ジュリスト臨時増刊482号50頁

             ジュリスト増刊(民法の判例第2版)129頁

             別冊ジュリスト36号185頁

             別冊ジュリスト47号100頁

             別冊ジュリスト79号188頁

             別冊ジュリスト120号180頁

             別冊ジュリスト127号154頁

             商事法務533号2頁

             手形研究14巻8号81頁

             手形研究14巻9号4頁

             法学協会雑誌89巻1号126頁

             法学教室397号116頁

             法学研究(慶応大)44巻10号105頁

             法曹時報23巻5号207頁

             法律時報43巻1号115頁

             民事研修161号90頁

             民商法雑誌67巻4号168頁

             立命館法学89号41頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人広木重喜、同天野五平、同坂梨良宏、同由布惟友、同木村穰名義の上告理由について。

 国税債権が一般債権者に対する関係において優先的地位を与えられる場合のあることは所論のとおりであるが、旧国税徴収法(昭和三四年法律一四七号による改正前のもの。以下同じ。)による滞納処分としての債権の差押およびこれに伴う法定取立権の制度は、強制執行による一般の債権の差押および取立命令の制度とその実質において異なるところはなく、第三債務者の相殺権に及ぼす効力についても、国税滞納処分であることまたは旧国税徴収法に基づく法定取立権であることの故に、これを別異に取り扱うべき実定法上の根拠はない。したがつて、その差押が第三債務者の相殺権に及ぼす効力についても、民法の相殺に関する規定の解釈の問題として考慮すれば足りるものというべきである。

 ところで、相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権については確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものである。相殺制度のこの目的および機能は、現在の経済社会において取引の助長にも役立つものであるから、この制度によつて保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきものであつて、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、明文の根拠なくして、たやすくこれを否定すべきものではない。

 およそ、債権が差し押えられた場合においては、差押を受けた者は、被差押債権の処分、ことにその取立をすることを禁止され(民訴法五九八条一項後段)、その結果として、第三債務者もまた、債務者に対して弁済することを禁止され(同項前段、民法四八一条一項)、かつ債務者との間に債務の消滅またはその内容の変更を目的とする契約、すなわち、代物弁済、更改、相殺契約、債権額の減少、弁済期の延期等の約定などをすることが許されなくなるけれども、これは、債務者の権能が差押によつて制限されることから生ずるいわば反射的効果に過ぎないのであつて、第三債務者としては、右制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁をもつて差押債権者に対抗することができるものと解すべきである。すなわち、差押は、債務者の行為に関係のない客観的事実または第三債務者のみの行為により、その債権が消滅しまたはその内容が変更されることを妨げる効力を有しないのであつて、第三債務者がその一方的意思表示をもつてする相殺権の行使も、相手方の自己に対する債権が差押を受けたという一事によつて、当然に禁止されるべきいわれはないというべきである。

 もつとも、民法五一一条は、一方において、債権を差し押えた債権者の利益をも考慮し、第三債務者が差押後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗しえない旨を規定している。しかしながら、同条の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、これと異なる論旨は採用することができない。

 つぎに、原審が確定したところによれば、被上告銀行と訴外浅田工業株式会社(以下訴外会社という。)との間に本件差押前に締結された継続的取引の約定書には、その第九条第一項本文として「左の場合には、債務の全額につき弁済期到来したるものとし、借主(訴外会社をいう)又は保証人の被告銀行(被上告銀行)に対する預金その他の債権と弁済期の到否にかかわらず、任意相殺されても異議がなく、請求次第債務を弁済する」との条項が、そして同項第三号として「借主又は保証人につき、仮処分差押仮差押の申請、支払停止、破産若くは和議の申立てがあつたとき」との条項が存し、被上告銀行は、右特約に基づき、本件差押当日現在被上告銀行が訴外会社に対して有していた原判示の貸付金債権合計六、一〇六、〇〇〇円、および同日現在訴外会社が被上告銀行に対して有していた原判示の預金等の債権合計六、五〇三、九二八円の両者について、本来の弁済期未到来の債権については各弁済期が同日到来したものとして、昭和三五年三月二一日本件第一審の口頭弁論において、上告人に対し、前者を自働債権とし、後者を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をしたというのである。

 右認定の事実によれば、右特約は、訴外会社またはその保証人について前記のように信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合においては、被上告銀行の訴外会社に対する貸付金債権について、訴外会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、一方、同人らの被上告銀行に対する預金等の債権については、被上告銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意と解することができるのであつて、かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、本件各債権は、遅くとも、差押の時に全部相殺適状が生じたものといわなければならない。そして、差押の効力に関して先に説示したところからすれば、被上告銀行のした前示相殺の意思表示は、右相殺適状が生じた時に遡つて効力を生じ、本件差押にかかる訴外会社の債権は、右相殺および原審認定の弁済により、全部消滅に帰したものというべきである。

 したがつて、これと結論を同じくする原審の判断は、結論において正当であり、これと異なる所論は、ひつきよう、独自の見解のもとに原判決を論難するに帰し、採用することができない。なお、相殺と差押の効力、およびいわゆる相殺予約の効力に関し、さきに当裁判所が示した見解(昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決、民集一八巻一〇号二二一七頁)は、右の限度において、変更されるべきものである。

 よつて、本件上告は、これを棄却すべきものとし、民訴法三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に従い、裁判官岩田誠の補足意見、裁判官松田二郎、同色川幸太郎、同大隅健一郎の意見、裁判官入江俊郎、同長部謹吾、同城戸芳彦、同田中二郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

 裁判官岩田誠の補足意見は、次のとおりである。

 私は、本判決の多数意見に賛同するものであるが、差押と相殺の関係、すなわち、国税滞納処分として、上告人国が訴外浅田工業株式会社(以下単に訴外会社という)の被上告人株式会社親和銀行(以下単に被上告銀行という)に対して有する債権(割増定期預金債権、定期預金債権)を差し押えた場合に、第三債務者である被上告銀行は、訴外会社に対して有する如何なる債権を自働債権として上告人に相殺を対抗できるかの点について、私かぎりの意見を附加したい。

 当庁昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決(民集一八巻一〇号二二一七頁)の多数意見は、「第三債務者が差押前に取得した債権であるからといつて、その弁済期の如何に拘らず、すべて差押債権者に相殺を対抗し得るものと解することは正当ではない。すなわち、差押当時両債権が既に相殺適状にあるときは勿論、反対債権が差押当時未だ弁済期に達していない場合でも、被差押債権である受働債権の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるときは、前記民法五一一条の反対解釈により、相殺を以つて差押債権者に対抗し得るものと解すべきである。けだし、かかる場合に、被差押債権の弁済期が到来して差押債権者がその履行を請求し得る状態に達した時は、それ以前に自働債権の弁済期は既に到来しておるのであるから、第三債務者は自働債権により被差押債権と相殺することができる関係にあり、かかる第三債務者の自己の反対債権を以つてする将来の相殺に関する期待は正当に保護さるべきであるからである。これに反し反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後に到来する場合は、相殺を以つて差押債権者に対抗できないものと解するのが相当である。けだし、かかる場合に被差押債権の弁済期が到来して第三債務者に対し履行の請求をすることができるに至つたときには、第三債務者は自己の反対債権の弁済期が到来していないから、相殺を主張し得ないのであり、従つて差押当時自己の反対債権を以つて被差押債権と相殺し自己の債務を免れ得るという正当な期待を有していたものとはいえないのみならず、既に弁済期の到来した被差押債権の弁済を拒否しつつ、自己の自働債権の弁済期の到来をまつて相殺を主張するが如きは誠実な債務者とはいいがたく、かかる第三債務者を特に保護すべき必要がないからである。」と判示している。

 しかし、右にいう「差押債権者に相殺を対抗し得る」とは如何なる意味であろうか。元来、相殺とは、互いに相対立する同種の債権を有する当事者間において、双方の債務がともに弁済期にある場合になしうるものであるから、相殺の意思表示は、右双方の債務がともに弁済期に達した時、すなわち相殺適状を生じた時、またはその後になされるのを原則とする。したがつて、債権が差し押えられた場合において、差押債権者に対し、第三債務者が相殺を主張するのは、差押債権者から、その被差押債権(受働債権)の請求を受けたときに初めて生ずる事柄である。換言すれば、相殺の対抗の問題は、被差押債権が履行期(弁済期)に達し、差押債権者が第三債務者に対し、その支払を請求したとき、初めて、現実化する問題なのである。もつとも、対立する同種の債権の当事者としての将来相殺によつて清算し得る合理的な期待をもつ者の地位を相殺権と呼ぶこともある。前記判示にいう「差押債権者に相殺を対抗し得る」との意も、「差押当時第三債務者が将来相殺によつて清算し得る合理的な期待を有する」こと、すなわち「相殺権を有することを、差押債権者に主張し対抗し得る」という意とも解せられる。それが右の意であるとすれば、なるほど、第三債務者は、差押債権者から被差押債権(受働債権)の弁済期前にその支払を請求されたとき、右受働債権より先に弁済期の到来する反対債権を有することを理由に差押債権者に前記意義の相殺権を対抗し、もつて受働債権の将来の履行を拒むことを得るといえることになるかもしれない。しかしながら、現実の問題としては、差押債権者の主張する被差押債権(受働債権)は、この場合は未だ履行期に達していないのであるから、第三債務者は、相殺権を云々するまでもなく、履行期に達していないことを理由に差押債権者の請求を拒めば足りるのである。また、既に弁済期にある被差押債権の請求を受けた場合に、第三債務者が、未だ弁済期に達しない反対債権を有することを理由に、前記意義の相殺権を対抗し差押債権者に被差押債権の履行を拒むことはできない。これを拒みうるとすることの不合理なことは、前記大法廷の多数意見の判示するとおりである。しかし、右の如き場合は、被差押債権(受働債権)と、第三債務者の債務者に対する反対債権とは、そもそも相殺適状にないのであるから、第三債務者は法律上相殺することができないに過ぎないのである(民法五〇五条)。そして、本件多数意見も、右の場合でも、第三債務者が差押債権者に対し、相殺を対抗できるとはいつていないのである。すなわち、本件多数意見も、「第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきである」と判示しているのであつて、相殺適状にないのに、反対債権のあることを主張して弁済期に達している差押債権者の請求を拒み得るとするものではない。

 前記大法廷の多数意見は、「差押債権者に相殺を対抗し得る」との意を前記意義における相殺権を対抗し得るとの意に用い、第三債務者の有する反対債権(自働債権)の弁済期が被差押債権(受働債権)の弁済期より後に来る関係にさえあれば、差押債権者が何らか自己の都合で被差押債権(受働債権、殊に本件のような取り立て債権と思われる定期預金債権)の履行請求をおくらせている間に、第三債務者の反対債権が弁済期に達し相殺適状を生じた場合でも、第三債務者には相殺することが許されないとするかの如くである。この理をおせば、もし、第三債務者において被差押債権(受働債権)の存在自体を争い、訴訟となり、その結果、差押債権者主張どおりの債権の存在を認める裁判(第三債務者がその被差押債務の存在を争うことは、常に必ずしも不誠実であるとはいえない。)はあつたが、その訴訟の間に第三債務者の有する反対債権の弁済期も到来し、相殺適状を生じた場合でも、第三債務者が差押以前から有していた反対債権をもつて被差押債権と相殺することは許さないとすることになるであろう。しかし、この後の設例では、第三債務者は被差押債権(受働債権)の履行期日以降自己の有する反対債権と相殺適状が成立するまでの被差押債権に対する履行遅滞による損害金債務を負担しなければならないことは論をまたないけれども、このような場合においても、第三債務者をすべて「差押当時自己の反対債権を以つて被差押債権と相殺し自己の債務を免れ得るといる正当な期待を有しないもの」として、差押債権者に対し相殺できないとしてよいものであろうか。私は、かく解することは、却つて不合理のように思う。けだし、民法は、相対立する債権の弁済期が、本来互いに異なることを予定したればこそ、双方の債権が共に弁済期に達していることを相殺の要件としているのであつて、そこにおいては、同種の債権が相対立してさえいれば、相殺に対する正当な期待が肯定されているのである。もし然らずとすれば、両債権の弁済期が同じでないかぎり、差押の無い場合においても、弁済期の遅い債権を有する債権者は、常に、相殺によつて自己の債権を決済すべき正当な期待を有していないことになるであろう。しかし、それは、民法が相殺の制度を認めた本来の趣旨に反する議論ではあるまいか。そして、差押の効力について、本件多数意見のいうところからすれば、第三債務者が差押前に債務者に対して有していたこの期待は、差押によつて無視されるべきものではないのである。

 国税徴収法に基く滞納処分としての滞納者の債権の差押も、同法に基くその債権の法定取立権も、本来滞納者の財産から滞納された税を取り立てることを目的とするのであるから、差し押えられた債権が、差押当時から何らかの第三債務者の抗弁に服するようなものであるときは、差押によつて第三債務者の右抗弁を剥奪することはできないこと当然である。そうだとすれば、差押債権者と第三債務者との間の利益を調整するため設けられた民法五一一条は、前記大法廷の判決における横田裁判官の反対意見および本件多数意見の如く、その文言どおりに解すべきで、明文を異にするドイツ法と同様の解釈をする必要はないものと信ずる。

 裁判官松田二郎の意見は、次のとおりである。

 (一) 当裁判所の大法廷は、先に昭和三九年一二月二三日、預金返還請求事件(昭和三六年(オ)第八九七号)において、反対債権による被差押債権との相殺並びに相殺契約の効力に関し、次の判示をしたのである。すなわち、「(1)甲が乙の丙に対する債権を差し押えた場合において、丙が差押前に取得した乙に対する債権の弁済期が差押時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、丙は右両債権の差押後の相殺をもつて甲に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは丙は右相殺をもつて甲に対抗することはできないものと解すべきである(以下これを判示第一点という)、(2)債権者と債務者との間で相対立する債権につき将来差押を受ける等一定の事由が発生した場合には、両債権の弁済期のいかんを問わず、直ちに相殺適状を生ずる旨の契約および予約完結の意思表示により相殺をすることができる旨の相殺予約は、相殺をもつて差押債権者に対抗できる前項の場合にかぎつて、差押債権者に対し有効であると解すべきである(以下これを判示第二点という)」としたのである(民集一八巻一〇号二二一七頁)。私は、この判決の右判示第一点に賛成し、右判示第二点に反対したのであつた。

  しかるところ、本件につき、今や当裁判所の大法廷は、前記判例を変更した。今次の多数意見は、主としてわが民法五一一条「支払ノ差止ヲ受ケタル第三債務者ハ其後ニ取得シタル債権ニ依リ相殺ヲ以テ差押債権者ニ対抗スルコトヲ得ス」の規定をその主張の根拠とするものといえよう。多数意見はいう「同条(民法五一一条を指す)の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他より取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である」と。多数意見はこのような見解に立つて曰く、「したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうる」と。もつとも、多数意見は、前示昭和三九年一二月二三日判決との差異を明らかにしていないが、両者の主たる差異は次の点にあらわれると解される。すなわち、昭和三九年一二月二三日の判決によれば、差押債権者が債務者の第三債務者に対して有する債権を差押えた場合、第三債務者が相殺に供しうる反対債権は、差押の時点において既に弁済期が到来しているか、少なくとも被差押債権よりも先に弁済期の到来するものでなければならないのに対し、今次の多数意見は、差押の時点において被差押債権より後に弁済期の到来する反対債権をもつても相殺をなし得るとするのである。かくして、昭和三九年一二月二三日の大法廷判決は、僅か五年有余にして変更されるに至つた。

  思うに、社会事情の急激に変遷しつつある現在において、判例がこれに適応する必要ある場合には、短期間にこれを変更しなければならないことも生じ得る。しかし、この差押と相殺および相殺に関する契約の効力について、かくも急激に判例を変更する必要があつたであろうか。私はしかく考えない。そればかりか、今次の多数意見には理論として到底賛成し得ないのである。

 (二) 私の解するところによれば、債権を差押えた場合、被差押債権は、差押の時点における状態においていわば差押という拘束を受けるものであるが、差押の一事によつて被差押債権の内容自体は何等の変化を受けることはない。すなわち、たまたま差押があることによつて、第三債務者は、従前に比し利益も不利益も蒙るべきではなく、被差押債権は、もし差押当時負担をもつていたときはその負担付のままの状態で存続することとなるのである。したがつて、第三債務者は、差押当時債務者に対し主張し得た抗弁をもつて差押債権者に対抗し得、したがつて、又、第三債務者は、差押当時債務者に対し主張し得なかつた抗弁をもつて差押債権者に対抗し得ないのである。

  よつて、相殺可能の要件を考えるに、二つの債権が対立し、ともに既に弁済期が到来しているときは、両者の弁済期の先後を問わず、その各々より相殺を主張し得るが、両債権とも弁済期未到来のとき、後に弁済期の到来する債権をもつて、先に弁済期の到来する債権に対し相殺を主張し得ることは認め得ない。もし、これを許せば、相手方に理由なく期限の利益を失わしめることとなるからである。したがつて、債権が差押られたとき、第三債務者が債務者に対し、たとえ反対債権を有していたにせよ、「差押の時点」において第三債務者の有する反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後であるときは、第三債務者は、相殺を主張し得ない。このことは、差押の時点においてのみならず、その時点の以後においても同様であつて、被差押債権が取立られることのないまま、反対債権の弁済期が到来した場合においても、なお、第三債務者は相殺を主張し得ないものと解すべきである。けだし、前述のごとく、被差押債権は、「差押の時点」の状態において拘束されたものとなるからである。

 しかるに、もし多数意見によるときは、差押の時点に第三債務者が債務者に対し反対債権を有するときは、たとえその反対債権の弁済期が被差押債権の弁済期より後であるときでも、第三債務者は相殺を主張し得ることとなろう。かくては、差押債権者は、差押の時点において第三債務者より相殺されうる危険がないのにかかわらず、たまたま差押当時、第三債務者が債務者に対し反対債権を有しさえすれば、たとえ、その債権の弁済期が債務者の第三債務者に対して有する債権の弁済期に後れるものであつても、相殺される危険にさらされる。これは、差押といういわば偶然の一事によつて、第三債務者が相殺をなし得る範囲が拡大することとなる。そして、このことの不当は、差押債権者が差押と同時に転付を受けた場合を考えることによつて、容易に理解し得るところである。

 思うに、条文の解釈に当つては、その文言の重ずべきことは当然であるが、その字句にとらわれることなく、理論に従つてこれを解すべきものである。そして、私は、相殺と差押との関係は前述のごときものであると解し、民法五一一条もこれに従つて理解すべきものであると考える。したがつて、同条の文言そのままを根拠とする多数意見には賛成し得ないのである。

  私は、今回の多数意見に接して、右昭和三九年の事件につき横田正俊裁判官の述べられた意見を想起するものである。同裁判官は、民法五一一条をその文言どおりこれを解そうと主張し、この限りにおいて、同裁判官の意見は、今次の多数意見に影響するところがあつたものと思われる。そして、横田正俊裁判官がその主張の一根拠として、破産手続(和議手続又は会社更生手続なども同じ)の場合においても、相殺権が十分に尊重され、破産債権者が宣告当時、破産者に対し債務を負担する場合には、破産債権を自働債権として破産手続によらないで相殺し得ることをあげ、「他の一般の債権者にとつては通常の差押の場合に比し利害関係のより甚大な破産等の場合においてすら、破産者に対し反対債権を有する破産債権者に対しては、相殺権の行使が広く認められ、他の一般債権者に対して優越した地位が与えられていることが知られる」(前記判例集二二三四頁)といわれる。おそらく、今次の事件の多数意見も、同様の考に立つものと臆測される。しかし、破産のときは、期限付債権でも破産宣告の時において弁済期に至りたるものと看做される(破産法一七条)から、その結果として、破産債権による相殺が可能となるのである。これは、破産手続のため、破産者の有し又は負担していた多くの債権債務を処理するための便宜に基づくのであつて、何等多数意見の根拠となり得ないと思われる。現に、ドイツ破産法は、わが国の破産法と同様広く相殺を認めつつ(ドイツ破産法五四条)、差押の場合には相殺をもつて差押債権者に対抗し得る場合を制限しているのである(ドイツ民法三九二条)。

 (三) 私は、相殺に関する特約については、前示昭和三九年の判決の際私の書いた反対意見を引用する。

  今次の多数意見によれば、右判決の際論ぜられだところの、相殺に関する契約の効力のごときは、殆んど論ずる価値なき問題となつてしまつたといえよう。私は、この相殺の点につき、わが学界及び銀行などの業界にて大いに論ぜられたことを想起して感概なきを得ない。多数意見は「相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的制度」というが、私の臆測をもつてすれば、多数意見は、債権差押の場合の相殺につき、余りにも差押債権者に不利であり、第三債務者に有利であつて、「公平」に欠くるところがあると思われる。けだし、多数意見によれば、差押の一事により被差押債権は差押の時点まで背負つていなかつた負担を差押の時点において突然受けることとなるからであり、これは差押債権者にとつては予期しない不利益となり、第三債務者にとつては望外の利益となるからである。

 裁判官色川幸太郎は、裁判官松田二郎の意見に同調する。

 裁判官大隅健一郎の意見は、次のとおりである。

 私は、本判決の結論自体には反対でないが、次の点において多数意見には賛成することができない。

 (一) 昭和三九年一二月二三日の当裁判所大法廷判決(民集一八巻一〇号二二一七頁)は、相殺と差押の効力に関して、次のように判示した。すなわち、二人が互に相手方に対し同種の目的を有する債権を有する場合において、第三者がその一方の債権を差し押えたときは、相手方(第三債務者)は、差押当時両債権がすでに相殺適状にあるときはもちろん、反対債権が差押当時いまだ弁済期に達していない場合でも、その弁済期が被差押債権である受働債権の弁済期よりも先に到来するものであるときは、相殺をもつて差押債権者に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆である場合には、第三債務者は相殺をもつて差押債権者に対抗することができないものと解するのが相当である、というのである。これに対して、多数意見は、相殺制度の機能と民法五一一条の反対解釈とから、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権と受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであるとして、右の判例の見解を変更すべきものとしている。しかし、私は、いまにわかにかかる判例変更をなすべき理由を見出すことができない。その理由は、入江、長部、城戸、田中裁判官の反対意見中のこの点に関する部分と同様であるから、その限りにおいてこれに同調する。

  なお、前記の昭和三九年一二月二三日の大法廷判決自体からは必ずしも明らかでないが、私の解するところでは、同判決の趣旨を推及すれば、(1)差押当時第三債務者の有する反対債権がいまだ弁済期に達していない場合でも、その弁済期が被差押債権である受働債権の弁済期よりも先に到来するものであるときは、たとえ差押債権者が被差押債権につき転付命令を得てその転付を受けた場合においても、第三債務者は差押債権者に対し相殺を主張してその債務の弁済を拒否することができるとともに、他方、(2)第三債務者の有する反対債権の弁済期が被差押債権のそれよりも後に到来するときは、その弁済期が到来した時いまだ被差押債権の弁済がなされていなかつた場合でも、第三債務者は相殺をもつて差押債権者に対抗しえないものと解すべきであると考える。多数意見が(1)の点につきいかに解するかは明らかでないが、かりに右と反対の見解をとるものとするならば、多数意見は、一見、相殺制度の目的および機能にかんがみて第三債務者の地位をつよく尊重するかのごとくであつて、実際上は、かえつて第三債務者の正当な期待を害しこれに不当な不利益を課する結果となるのではないかと思う。けだし、差押債権者は差押と同時に転付命令の申請をする場合が多いと考えられるからである。また、(2)の点については多数意見は明らかに反対であるが、これは逆に差押債権者に対して不当な不利益を及ぼすものといわざるをえない。差押債権者に対して第三債務者がどこまで相殺権を対抗しうるかの問題は、民法五一一条の規定からも窺えるように、この両者の利益を比較衡量して決すべきであるが、以上の点からみても、多数意見は右両者の利益の調整において欠けるところがあるのではなかろうか。

 (二) 多数意見が、被上告銀行と訴外会社との間における取引約定書中、訴外会社またはその保証人についてその信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合においては、被上告銀行の訴外会社に対する貸付金債権について、訴外会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、一方、同人らの被上告銀行に対する預金等の債権については、被上告銀行において期限の利益を放棄し、ただちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意(以下これを相殺予約という。)を有効と解している点については、私も結論において賛成である。しかし、多数意見が、かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないとして、一般的にこの種の合意が有効で、かつ、第三者にも対抗しうるもののごとく述べている点には、疑問をとどめざるをえない。けだし、かかる相殺予約が契約自由の原則上当事者間において有効であることは当然であるとしても、これをもつて差押債権者に対抗しうるものとするならば、私人間の合意のみによつて差押の効力を排除しうることとなるばかりでなく、その公示方法を欠く現状においては、一般債権者に不測の損害をもたらすおそれがあることは否定しがたいところであつて、一般的にその効力を認めることには躊躇せざるをえないからである。したがつて、ここでも、相殺予約をしている第三債務者と差押債権者との間の利益の比較衡量により、問題の解決をはからなければならない。

 ところで、およそ商人間に継続的取引関係があり、かつ、相互に債権債務を生ずる関係が存する場合には、その取引上の多数の権利関係に牽連性をもたせ、これを一体的に把握する思想が存することは、交互計算(商法五二九条以下)、商事留置権(同法五二一条)などの制度にみられるところであるが、わけても、銀行とその取引先との間においては、銀行の取引先に対する貸付金などの債権と取引先の銀行に対する預金債権とは、相互に密接を牽連関係に立ち、預金債権は貸付金債権などの担保としての機能を営んでいるのが実情である。そして、銀行取引約定書における前記のような相殺予約は、この預金債権の担保的機能を確保するための手段としてなされるものにほかならなく、銀行はかかる特約を活用することの期待のもとに貸付をしているのである。しかも、銀行取引における上述のごとき事情や、一般に銀行とその取引先との間の取引約定書中にこの種の相殺予約に関する定めがとり入れられていることは、取引界においてはほぼ公知の事実となつているものと認められるのであつて、その定めをもつて差押債権者に対抗しうるものとしても、あながち不当とはいえないと考える。それゆえ、相殺予約一般の効力の問題はしばらく措いて、少なくとも本件の被上告銀行と訴外会社との間の取引約定書における相殺予約のごときについては、それが有効であり、かつ、これをもつて上告人に対抗しうるものと解するのが相当である。その意味において、この点における多数意見の結論に賛成するものである。

 以上のように、私は、相殺と差押の効力については、多数意見に反対であり、昭和三九年一二月二三日の大法廷判決の見解を正当と考えるが、被上告銀行と訴外会社との間の取引約定書における相殺予約については、それが有効で、かつ、これをもつて上告人に対抗しうるものと解するから、結局、原審の判断は結論において正当であり、本件上告を棄却すべきものとする点においては、多数意見と帰結を同じくするわけである。

 裁判官入江俊郎、同長部謹吾、同城戸芳彦、同田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

 多数意見は、相殺制度の効用を重視し、民法五一一条の反対解釈から、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものとしている。しかしながら、その弁済期の如何にかかわらず、すべて差押債権者に相殺を対抗し得るものと解することが正当でないことは、当裁判所がさきに示した見解のとおりであつて(昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日大法廷判決、民集一八巻一〇号二二一七頁参照)、いま、これを変更すべき理由はない。したがつて、本判決に対する反対意見として、以下に付加するほか、右大法廷判決の多数意見を、ここに引用する。

 一般に、被差押債権は、反対債権を有する第三債務者の立場からみるときは、右反対債権の担保としての機能を営んでいることは、否定することはできない。しかし、他面、これを差押債権者その他の一般債権者の立場からみるときは、債務者(被差押債権の債権者)の一般財産として、右債権者らの債権のひきあてとなつていることも、また看過すべきではなく、これら差押債権者らの利益も、第三債務者の利益と並んで平等に保護すべきものといわなければならない。もし、この後者の点に対する配慮を怠るならば、債権者間の平等を害するのみならず、一般債権の実現を困難にし、ひいては、強制執行制度の実効をも損なうおそれるしとしないのである。したがつて、差押債権者に対して第三債務者がどこまで相殺権を対抗しうるかの問題も、この両者の利益を比較衡量して決すべきものであり、民法五一一条も、ひつきよう、差押の効力が潜脱的に覆滅されることを防止する趣旨の規定と解しえられるから、その文言に拘泥し、同条を、多数意見の如く、第三債務者が差押前に取得した債権であれば、すべてこれによる相殺を差押債権者に対抗しうるものと解すべきいわれはないのである。

 およそ、相殺は相対立する債権の弁済期が共に到来したときにはじめてなしうるのであつて、第三債務者の有する反対債権の弁済期が被差押債権のそれよりも後に到来するものである場合には、差押債権者は、被差押債権の弁済期到来と同時にその段階においてすでに右債権の弁済を受けうる地位にあるのであるから、第三債務者はもはや右差押債権者の地位を害することをえず、自らの有する反対債権をもつて相殺をなしえないものといわなければならない。けだし、両債権の弁済期の先後が右のような関係にある場合には、第三債務者は、差押当時、自己の有する反対債権をもつて、被差押債権と相殺することにより自己の債務を免れるという正当な期待を有しないものというべきであり、同法五一一条は、かかる場合にも類推適用さるべきものというべきであつて、もし、かように解さなければ、第三債務者が、既に弁済期の到来した被差押債権の弁済を拒否しつつ、自己の自働債権の弁済期の到来をまつて、相殺を主張しうることをも認容せざるをえず、かくては、差押債権者の利益に比して、第三債務者の利益を不当に保護する結果を招来するにいたるからである。

 多数意見は、また、被上告銀行と訴外会社との間における取引約定書中、訴外会社またはその保証人について一定の事情が発生した場合においては、被上告銀行の訴外会社に対する貸付債権について、訴外会社のために存する期限の利益を喪失せしめ、一方、同人らの被上告銀行に対する預金等の債権については、被上告銀行において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意を、契約自由の原則上当然に有効なものとしている。しかしながら、差押債権者と第三債務者の利益の比較衡量という観点からすれば、かかる合意も、前記の範囲、すなわち、反対債権の本来の弁済期が被差押債権のそれより先に到来する場合にかぎつて、これを有効と解すべきものであつて、然らざる場合にまで、これを有効と解すべきではない。けだし、そのような場合にまで右合意を有効とするならば、私人間の合意のみによつて差押の効力を排除しうることになるばかりでなく、物権と異なり、その公示方法を欠く現状においては、一般債権者は不測の不利益を蒙るおそれなしとせず、他の担保権との均衡をも害するものといわなければならない。当事者間のいかなる合意も、かかる優先権の公示たる機能を果たすものとはいえず、また、債権なるが故に、いかなる契約も自由であるとする見解は、差押債権者に対する関係において、被差押債権が、債務者の一般財産を構成している点を忘れた議論であつて、その採りえないことは、前述のとおりである。

 しからば、本件においては、被上告銀行の主張する相殺は、同銀行の自働債権とこれより弁済期のおくれる被差押債権との間に限つて認容されるべきもので、それ以外の関係に立つ債権間の相殺は、これを許すべからざるものである。しかるときは、原審の確定した自働債権および受働債権のうち、原判決の引用する第一審判決の別表(二)の(1)および(7)記載の貸付債権と同(一)の(1)記載の預金債権との相殺のみが許され(その余の同(一)の(5)ないし(7)の預金債権については、上告人は、当審において、被上告銀行の同意のもとにその請求を取り下げたので、これについては、もはや判断を加える必要をみない。)被上告銀行は、上告人に対し、本訴請求債権のうち、右相殺の残額である一、四五五、〇〇〇円を支払うべき義務があるものというべきである。したがつて、これと異なる見解のもとに、被上告銀行の相殺の抗弁を全面的に採用し、上告人の本訴請求をすべて排斥した原判決は、差押と相殺の関係についての法令の解釈適用を誤つたものというべく、論旨は右限度において理由があり、原判決は破棄を免れない。よつて、本件については、原判決を破棄し、被上告銀行をして、上告人に対し一、四五五、〇〇〇円の支払をなすべき旨の判決をすべきものである。

    最高裁判所大法廷

        裁判長裁判官  石田和外

           裁判官  入江俊郎

           裁判官  草鹿浅之介

           裁判官  長部謹吾

           裁判官  城戸芳彦

           裁判官  田中二郎

           裁判官  松田二郎

           裁判官  岩田 誠

           裁判官  下村三郎

           裁判官  色川幸太郎

           裁判官  大隅健一郎

           裁判官  松本正雄

           裁判官  飯村義美

           裁判官  村上朝一

           裁判官  関根小郷

 

千種秀夫裁判長名判決 事情変更の原則適用を認めなかった最高裁平成9年

民法判例百選Ⅱ 第8版 39事件 ゴルフクラブ会員権等存在確認請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成8年(オ)第255号

平成9年7月1日

【判示事項】       1 事情変更の原則と契約締結時の当事者の予見可能性及び帰責事由

             2 ゴルフクラブ入会契約後のゴルフ場ののり面の崩壊という事情の変更とゴルフ場経営会社の予見可能性及び帰責事由

【判決要旨】       1 事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、契約締結時の当事者にとって予見することができず、かつ、右当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要である。

             2 自然の地形を変更してゴルフ場を造成したゴルフ場経営会社は、ゴルフクラブ入会契約締結後にゴルフ場ののり面が崩壊したとしても、事情変更の原則の適用に関しては、特段の事情のない限り、右崩壊について予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない。

【参照条文】       民法1-2

             民法3編第2章契約

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集51巻6号2452頁

             裁判所時報1198号232頁

             判例タイムズ953号99頁

             判例時報1617号64頁

             金融法務事情1501号51頁

【評釈論文】       ジュリスト1128号74頁

             ジュリスト臨時増刊1135号73頁

             別冊ジュリスト160号98頁

             判例タイムズ臨時増刊978号18頁

             判例タイムズ1021号48頁

             法学協会雑誌117巻1号127頁

             法学教室209号100頁

             法曹時報51巻6号125頁

             法律時報別冊私法判例リマークス17号43頁

             民商法雑誌118巻4~5号655頁

             別冊NBL62号218頁

 

       主   文

 

 原判決中上告人らの請求に関する部分を破棄し、右部分についての被上告人の控訴を棄却する。

 前項の部分に係る控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人芝原明夫、同水田利裕、同金高好伸の上告理由第三及び第四について

 一 本件は、大日本ゴルフ観光株式会社の経営するゴルフ場「阪神カントリークラブ」(現在の名称は「パインヒルズゴルフ」。以下「本件ゴルフ場」という。)の会員たる地位を取得した上告人ら(ただし、上告人Aについては、その被承継人である亡Bのことをいう。以下同様とする。)が、本件ゴルフ場の営業を譲り受け会員に対する権利義務を承継した被上告人に対し、本件ゴルフ場の会員資格を有することの確認を求める事案である。被上告人は、上告人らは、本件会員資格のうち預託金返還請求権及び会員権譲渡権を有するが、本件ゴルフ場施設の優先的優待的利用権については、事情変更の原則又は権利濫用の法理の適用により、これを有しないと主張している。

 二 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 大日本ゴルフ観光は、本件ゴルフ場の造成工事を完成させた上、昭和四八年七月二五日、東コース・中コース・西コース(二七ホール)を有する本件ゴルフ場を開設した。上告人らは、同社と会員契約を締結し、又は本件ゴルフ場の会員から同社の承認を受けて会員権を譲り受けることにより、本件ゴルフ場の会員たる地位を取得した。上告人らが同社に対して有していた会員としての権利の内容は、(一) 本件ゴルフ場の開業日に非会員よりも優先的条件かつ優待的利用料金でゴルフコース及び付属施設の一切を利用する権利、(二) 第一審判決添付会員権目録の「入会日」欄記載の日から一〇年間の据え置き期間経過後に同目録の「入会金金額」欄記載の預託金の返還を請求する権利、(三) 会員権を第三者に譲渡する権利である。

 2 株式会社モーリーインターナショナルは、昭和六二年九月二一日、大日本ゴルフ観光から本件ゴルフ場の営業を譲り受け、同社の会員に対する権利義務を承継した。被上告人は、平成四年三月二日、モーリーインターナショナルから同月三一日現在の本件ゴルフ場の営業を譲り受け、同社の会員に対する権利義務を承継した。

 3 本件ゴルフ場は、谷筋を埋めた盛土に施工不良があること及び盛土の基礎地盤と切土地盤に存在する強風化花こう岩のせん断強度が小さいことから、被圧地下水のわき出しなどにより、のり面の崩壊が生じやすくなっており、開業以来度々のり面の崩壊が発生していた。

  本件ゴルフ場は、平成二年五月に、同元年九月から閉鎖されていた中コースの一部と営業中であった東コースの一部ののり面が崩壊し、応急措置としての修復はされたものの、それ以前におけるのり面の崩壊状況とあいまって、営業が不可能になった。モーリーインターナショナルは、同二年五月末日にすべてのコースを閉鎖し、同年六月一日から本件ゴルフ場の全面改良工事に着手した。兵庫県は、平成二年五月二二日から同三年六月三日まで四回にわたり、本件ゴルフ場に対して防災処置をとるよう要請していた。

 4 本件改良工事の内容は、(一) 降雨時に上昇した地山の地下水が盛土内に侵入してもこれを速やかに排除できる岩砕盛土、地下排水管、地表面排水の構造とすること、(二) せん断破壊に強い材料を盛土材料として使用し、全体構造としてすべりに強い盛土体とし、土砂盛土内にせん断抵抗力の大きい岩砕盛土を盛土規模に応じ複数箇所に設けること、(三) 旧盛土箇所の崩壊土砂及び軟弱土の排土と岩砕盛土、地下排水管、地表面排水工、排水井等による修復工事を実施するというものであり、これらとともにクラブハウスの建築も含まれていた。本件改良工事にかかった費用は、右クラブハウスの建築も含め、約一三〇億円である。

 5 上告人らは、既に預託している預託金以外には、多額の費用を要した本件改良工事後の本件ゴルフ場を使用するための新たな預託金などの経済的負担を負うことを拒否している。

 三 原審は、前記二の事実関係に加えて、さらに、(一) モーリーインターナショナルは、大日本ゴルフ観光から営業を譲り受けた時点において、本件ゴルフ場について、のり面崩壊に対する防災処置を施す必要が生じることを予見していなかったとはいえないが、本件改良工事のような大規模な防災処置を施す必要が生じることまでは予見しておらず、かつ予見不可能であった、(二) 本件改良工事及びこれに要した費用一三〇億円は、本件ゴルフ場ののり面崩壊に対する防災という観点からみて、必要最小限度のやむを得ないものであった、(三) 大日本ゴルフ観光は、昭和六二年一一月の時点において既に営業実態のない会社になっており、その資産状態も明らかでなく、同社に対して本件改良工事についての費用負担を求めることは事実上不可能である、と説示した上、右事実関係及び前記二の事実関係を総合すると、上告人らに対し本件ゴルフ場の会員資格のうち施設の優先的優待的利用権を当初の契約で取得した権利の内容であるとして認めることは、信義衡平上著しく不当であって、事情変更の原則の適用により上告人らは右優先的優待的利用権を有しないと解すべきであると判断し、上告人らの請求を認容した第一審判決を取り消して、右請求を全部棄却した。

 四 しかしながら、上告人らの請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 上告人らと大日本ゴルフ観光の会員契約については、本件ゴルフ場ののり面の崩壊とこれに対し防災措置を講ずべき必要が生じたという契約締結後の事情の変更があったものということができる。

 2 しかし、事情変更の原則を適用するためには、契約締結後の事情の変更が、当事者にとって予見することができず、かつ、当事者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであることが必要であり、かつ、右の予見可能性や帰責事由の存否は、契約上の地位の譲渡があった場合においても、契約締結当時の契約当事者についてこれを判断すべきである。したがって、モーリーインターナショナルにとっての予見可能性について説示したのみで、契約締結当時の契約当事者である大日本ゴルフ観光の予見可能性及び帰責事由について何ら検討を加えることのないまま本件に事情変更の原則を適用すべきものとした原審の判断は、既にこの点において、是認することができない。

 3 さらに進んで検討するのに、一般に、事情変更の原則の適用に関していえば、自然の地形を変更しゴルフ場を造成するゴルフ場経営会社は、特段の事情のない限り、ゴルフ場ののり面に崩壊が生じ得ることについて予見不可能であったとはいえず、また、これについて帰責事由がなかったということもできない。けだし、自然の地形に手を加えて建設されたかかる施設は、自然現象によるものであると人為的原因によるものであるとを問わず、将来にわたり災害の生ずる可能性を否定することはできず、これらの危険に対して防災措置を講ずべき必要の生ずることも全く予見し得ない事柄とはいえないからである。

  本件についてこれをみるのに、原審の適法に確定した前記二の事実関係によれば、本件ゴルフ場は自然の地形を変更して造成されたものであり、大日本ゴルフ観光がこのことを認識していたことは明らかであるところ、同社に右特段の事情が存在したことの主張立証もない本件においては、事情変更の原則の適用に当たっては、同社が本件ゴルフ場におけるのり面の崩壊の発生について予見不可能であったとはいえず、また、帰責事由がなかったということもできない。そうすると、本件改良工事及びこれに要した費用一三〇億円が必要最小限度のやむを得ないものであったか否か並びに大日本ゴルフ観光に対して本件改良工事の費用負担を求めることが事実上不可能か否かについて判断するまでもなく、事情変更の原則を本件に適用することはできないといわなければならない。

 4 また、前記二及び三の事実関係によっても上告人らの本件請求が権利の濫用であるということはできず、他に被上告人らの権利濫用の主張を基礎付けるべき事情の主張立証もない本件においては、右権利濫用の主張が失当であることも明らかである。

 五 原判決には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、論旨は理由があり、その余の論旨につい判断するまでもなく原判決中上告人らの請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上の説示によれば、上告人らの請求を認容した第一審判決の結論は正当であるから、右部分については被上告人の控訴を棄却すべきである。

 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  千種秀夫

           裁判官  園部逸夫

           裁判官  大野正男

           裁判官  尾崎行信

           裁判官  山口 繁

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