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2020年08月

受領者の剪定を遺言執行者に委託した遺言の効力

最高裁平成5年 ふつうはだめでしょうけど例外的な扱いをしています。

民法判例百選Ⅲ 第2版 85事件            土地建物所有権移転登記抹消登記、遺言執行者の地位不存在確認請求事件

 

最高裁判所第3小法廷判決/昭和63年(オ)第192号

平成5年1月19日

【判示事項】      受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言が有効とされた事例

【判決要旨】      受遺者の選定を遺言執行者に委託する旨の遺言は、遺産の利用目的が公益目的に限定されているため、右目的を達成することができる被選定者の範囲が国又は地方公共団体等に限定されているものと解されるときは、有効である。

【参照条文】      民法960

            民法964

            民法1006

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集47巻1号1頁

            家庭裁判月報45巻5号50頁

            最高裁判所裁判集民事167号上1頁

            裁判所時報1091号55頁

【評釈論文】      ジュリスト1042号117頁

            ジュリスト臨時増刊1046号98頁

            別冊ジュリスト132号224頁

            判例タイムズ臨時増刊852号166頁

            法学協会雑誌111巻8号172頁

            法学教室156号108頁

            法曹時報48巻2号211頁

            法律時報別冊私法判例リマークス8号97頁

            民事研修648号11頁

            民商法雑誌109巻3号491頁

            別冊NBL41号125頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人築尾晃治、同尾原英臣の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 亡Aの法定相続人は、いずれも妹である上告人らだけであったが、後記の本件遺言がされた時点では、Aと上告人らとは長らく絶縁状態にあった。

 2 Aは、昭和五八年二月二八日、被上告人に遺言の執行を委嘱する旨の自筆による遺言証書(以下「本件遺言執行者指定の遺言書」という。)を作成した上、これを被上告人に託するとともに、再度その来宅を求めた。

 3 Aは、同年三月二八日、右の求めに応じて同人宅を訪れた被上告人の面前で、「一、発喪不要。二、遺産は一切の相續を排除し、三、全部を公共に寄與する。」という文言記載のある自筆による遺言証書(以下「本件遺言書」という。)を作成して本件遺言をした上、これを被上告人に託し、自分は天涯孤独である旨を述べた。

 4 被上告人は、Aが昭和六〇年一〇月一七日に死亡したため、翌六一年二月二四日頃、東京家庭裁判所に本件遺言執行者指定の遺言書及び本件遺言書の検認を請求して同年四月二二日にその検認を受け、翌二三日、上告人らに対し、Aの遺言執行者として就職する旨を通知した。

 二 遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、そのためには、遺言書の文言を前提にしながらも、遺言者が遺言書作成に至った経緯及びその置かれた状況等を考慮することも許されるものというべきである。このような見地から考えると、本件遺言書の文言全体の趣旨及び同遺言書作成時のAの置かれた状況からすると、同人としては、自らの遺産を上告人ら法定相続人に取得させず、これをすべて公益目的のために役立てたいという意思を有していたことが明らかである。そして、本件遺言書において、あえて遺産を「公共に寄與する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法三四条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。また、本件遺言に先立ち、本件遺言執行者指定の遺言書を作成してこれを被上告人に託した上、本件遺言のために被上告人に再度の来宅を求めたという前示の経緯をも併せ考慮すると、本件遺言執行者指定の遺言及びこれを前提にした本件遺言は、遺言執行者に指定した被上告人に右団体等の中から受遺者として特定のものを選定することをゆだねる趣旨を含むものと解するのが相当である。このように解すれば、遺言者であるAの意思に沿うことになり、受遺者の特定にも欠けるところはない。

 そして、前示の趣旨の本件遺言は、本件遺言執行者指定の遺言と併せれば、遺言者自らが具体的な受遺者を指定せず、その選定を遺言執行者に委託する内容を含むことになるが、遺言者にとって、このような遺言をする必要性のあることは否定できないところ、本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。

 三 以上と同旨の理解に立ち、本件遺言を有効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。所論引用の大審院判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するか、又は原審の専権に属する事実の認定を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官  坂上壽夫

            裁判官  貞家克己

            裁判官  園部逸夫

            裁判官  佐藤庄市郎

            裁判官  可部恒雄

 

鹽野宜慶裁判長名判決 遺言の条項の解釈は実質的に 最高裁昭和58

民法判例百選Ⅲ 第2版 84事件

遺贈存在確認等請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和55年(オ)第973号

昭和58年3月18日

【判示事項】      遺言書中の特定の条項の解釈

【判決要旨】      遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書の特定の条項を解釈するにあたつても、当該条項と遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して当該条項の趣旨を確定すべきである。

【参照条文】      民法968

【掲載誌】       家庭裁判月報36巻3号143頁

            最高裁判所裁判集民事138号277頁

            判例タイムズ496号80頁

            金融・商事判例696号44頁

            判例時報1075号115頁

【評釈論文】      ジュリスト臨時増刊815号91頁

            別冊ジュリスト99号220頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人山中伊佐男の上告理由について

 一 上告人らが本訴において主張するところは、(ハ)主位的請求原因として、(1)訴外柘植伊作(以下単に「伊作」という。)は、昭和四九年三月七日に自筆の遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成し、昭和五一年一〇月一七日に一部字句の訂正をした、(2)伊作は、本件遺言書において、妻である被上告人の死亡を停止条件として、弟妹である上告人柘植静枝及び同柘植三郎に対し第一審判決別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)の持分各一〇分の一、同柘植隼太に対し同持分二〇分の三をそれぞれ遺贈する旨の遺言をした、(3)そして、伊作は昭和五一年一二月二四日に死亡し、右のとおり遺贈の効力が生じた、(4)しかるに、被上告人は、伊作から本件不動産の単純遺贈を受けたものとして、本件不動産につき長崎地方法務局時津出張所昭和五二年六月一三日受付第六一一八号をもつて遺贈を原因とする自己単独名義の所有権移転登記を経由した、(5)よつて、上告人らは、被上告人との間において、上告人らが伊作から前記のとおりの遺贈を受けたことの確認を求めるとともに、被上告人に対し、右登記の抹消登記手続を求める、というのであり、(7)予備的請求原因として、(1)伊作の遺言のうち本件不動産の遺贈に関する部分は、内容が不明確であつて、遺言者伊作の真意を把握することができないから無効である、(2)よつて、上告人らは、被上告人との間において、右遺言部分が無効であることの確認を求める、というのである。

 二 原審は、上告人らの右主張について判断するにあたり、(1)伊作が本件遺言書により遺言をしたこと、(2)4」伊作が昭和五一年一二月二四日に死亡したこと、(3)本件遺言書に、伊作の遺産の一部である本件不動産について、「被告人にこれを遺贈する。」(以下「第一次遺贈の条項」という。)とあり、続いて、「被上告人の死亡後は、上告人静枝二、訴外柘植八郎二、上告人三郎二、同隼太一云訴外馬場五郎一云同高野九州男一云同高野多美子一云同高野芳子二の割合で権利分割所有す。但し、右の者らが死亡したときは、その相続人が権利を継承す。」(以下「第二次遺贈の条項」という。)と記載されていること、以上の事実を確定したうえ、右事実に基づいて、(1)本件遺贈は、一般に「後継ぎ遺贈」といわれるものであつて、第一次受遺者の遺贈利益が、第二次受遺者の生存中に第一次受遺者が死亡することを停止条件として第二次受遺者に移転する、という特殊な遺贈である、(2)ところで、この種の遺贈は、受遺者に一定の債務を負担させる負担付遺贈とも異なり、現行法上これを律すべき明文の規定がない、(3)そのため、右遺贈を有効とした場合には、第一次受遺者の受ける遺贈利益の内容が定かではなく、また、第一次受遺者、第二次受遺者及び第三者の相互間における法律関係を明確にすることができず、実際上複雑な紛争を生ぜしめるおそれがある、(4)関係者相互間の法律関係を律する明文の規定を設けていない現行法のもとにおいては、第二次受遺者の遺贈利益については法的保護が与えられていないものと解すべきである、(5)したがつて、上告人らに対する第二次遺贈の条項は、伊作の希望を述べたにすぎないものというべきであり、また、被上告人に対する第一次遺贈の条項は、これとは別個独立の通常の遺贈として有効である、と判示した。

 三 しかしながら、右判断は、にわかに是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。

 しかるに、原審は、本件遺言書の中から第一次遺贈及び第二次遺贈の各条項のみを抽出して、「後継ぎ遺贈」という類型にあてはめ、本件遺贈の趣旨を前記のとおり解釈するにすぎない。ところで、記録に徴すれば、本件遺言書は甲第一号証(検認調書謄本)に添付された遺言状と題する書面であり、その内容は上告理由書第一、一に引用されているとおりであることが窺われるのであつて、同遺言書には、(1)第一次遺贈の条項の前に、伊作が経営してきた合資会社柘植材木店の伊作なきあとの経営に関する条項、被上告人に対する生活保障に関する条項及び馬場五郎及び被上告人に対する本件不動産以外の財産の遺贈に関する条項などが記載されていること、(2)ついで、本件不動産は右会社の経営中は置場として必要であるから一応そのままにして、と記載されたうえ、第二次遺贈の条項が記載されていること、(3)続いて、本件不動産は換金でき難いため、右会社に賃貸しその収入を第二次遺贈の条項記載の割合で上告人らその他が取得するものとする旨記載されていること、(4)更に、形見分けのことなどが記載されたあとに、被上告人が一括して遺贈を受けたことにした方が租税の負担が著しく軽くなるときには、被上告人が全部(又は一部)を相続したことにし、その後に前記の割合で分割するということにしても差し支えない旨記載されていることが明らかである。

右遺言書の記載によれば、伊作の真意とするところは、第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であつて、第二次遺贈の条項は伊作の単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが、本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺贈であると解するか、また、上告人らに対しては、被上告人死亡時に本件不動産の所有権が被上告人に存するときには、その時点において本件不動産の所有権が上告人らに移転するとの趣旨の遺贈であると解するか、更には、被上告人は遺贈された本件不動産の処分を禁止され実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず、上告人らに対する被上告人の死亡を不確定期限とする遺贈であると解するか、の各余地も十分にありうるのである。

原審としては、本件遺言書の全記載、本件遺言書作成当時の事情などをも考慮して、本件遺贈の趣旨を明らかにすべきであつたといわなければならない。

四 以上によれば、前記原審認定の事実のみに基づき原審が判示するような解釈のもとに、被上告人に対する遺贈は通常のものであり、上告人らに対する遺贈は伊作の単なる希望を述べたものにすぎないものである旨判断した原判決には、遺贈に関する法令の解釈適用を漂つた違法があるか、又は審理不尽の違法があるものといわざるをえず、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、右の点について更に審理を尽くす必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮崎梧一 大橋 進 牧 圭次)

 

上告代理人山中伊佐男の上告理由

第一、争点

一、本件遺言状の全文は、左のとおりです。

「 遺言状 施無畏者を信じ、安心して往生せん事を念願す

一、分骨して身延山に御預かり願う

一、合資会社柘植材木店は馬場五郎が代表社員になつて事業を継続する事、

一、朝江は無限責任社員としての義務を負う責務に対して朝江に生活保証として毎月少く共、金拾万円以上を柘植材木店より報酬として支給する事

一、私の出資金弐百弐拾万円は、朝江に壱百弐拾万円五郎に壱百万円の権利を遺贈す

一、エイトウへの出資金参拾万円朝江に遺贈す

一、下西山町六〇の一の土地建物は五隊に遺贈す但し、朝江が存命中は無家賃で朝江に貸与し、固定資産税は朝江の負担とす

右の遺贈の五郎に賦課される贈与税が高額で遺贈を受けて却つて迷惑と考えられ事も考慮して、先年十八銀行無記名定期預金百五拾万円を譲渡したる事も之れに充当が意味だつた

これでも尚不足を生じる場合は(税額-150万円)×1/2を朝江は五郎に補助する事、

一、川長寛より買受けた長与町斉藤郷字中津三九二の一の田、壱反七畝〇七歩、同町浜開四三一の口の田四畝一六歩、同町四三一の七の宅地弐五〇・八四平方米(約七拾五坪)及び山本秀一より買受けた田、長与町斉藤郷字馬場の本四一番一壱八八弐平方米より分割つ実測九五弐・八八六平方米(弐八八坪四)とその土地上の倉庫一棟は朝江に遺贈す

馬場の本土地及倉庫は柘植材木店が経営中は置場して必要付一応其侭して、

朝江の死後は柘植静枝弐、八郎弐、三郎弐、隼太参、馬場五郎参、高野九州男参、高野多美子参、高野芳子弐の割合で権利分割所有す、換金出来難い為、柘植材木店に賃貸して収入を右の割合各自取得す

但右の割合で取得した本人が死亡した場合はその相続人が権利を継承す

一、現金及預金は私の没後の一切の費用と朝江の生活費に充てる事、

一、下西山町の家にある動産は朝江に遺贈する衣類等は朝江の計らいで、兄弟妹五郎進呈し別に宮崎、徳永、藤原、深堀、宮田、高野に適当な物を形見として進呈す、

一、杉本わかは故縁の者無い為、朝江、五郎て相談の上、措置され度し、

一、朝江が一括して遺贈を受けた場合の不動産の税金が分割した場合より甚しく安い時は、朝江が全部(或は一部)相続して、その後、前記の割合で頒合しても差し支えなし、

昭和四拾九年参月七日(五十一年拾月七日或る一部を改更す)

柘植伊作

朝江・五郎・隼太 殿」

二、右遺言状の要旨は、

1 身延山に分骨すること、

2 合資会社柘植材木店(以下「材木店」という)の代表社員を五郎に指名。

3 材木店における朝江の地位・報酬の確認、

4 材木店に対する遺言者の出資金を朝江と五郎に遺贈

5 エイトウえの出資金を朝江に遺贈。

6 下西山町の土地建物を五郎に遺贈。

但朝江の存命中は無家賃で朝江に貸与すること。

五郎の贈与税不足の場合は朝江が補助すること。

7 (この項が本件の争点)

(一)川長より買受けた中津の田二筆と宅地、山本より買受けたと馬場の本の土地と、地上の倉庫は朝江に遺贈す、

(二)右馬場の本の土地及び倉庫は、材木店の木材置場として必要につき、一応其侭にして、

(三)朝江死後は、

(1)  柘植静枝 二(遺言者の妹)

(2)    八郎 二( 〃  弟)

(3)    三郎 二( 〃  弟)

(4)    隼太 三( 〃  弟)

(5)  馬場五郎 三( 〃  甥)

(6) 高野九州男 三(被上告人の弟)

(7) 高野多美子 三( 〃   妹)

(8)  高野芳子 二( 〃   妹)

の割合で権利分割所有す。

○換金出来難いため、材木店に賃貸して収入を右割合で各自取得す。

○但し右割合で取得した本人死亡の場合はその相続人が権利を継承す。

8 現金と預金は死後の費用と朝江の生活費。

9 下西山にある動産は朝江に遺贈。

10 杉本は、朝江と五郎で措置する。

11 朝江が一括して遺贈をうけた場合の税金と、右各人に分割の税金より安い場合は、朝江が全部相続したうえ、前記の割合で配分しても差支えない。

三、さらに右要旨の相続財産に関する部分のみを要約しますと、

1 馬場五郎には、

(一) 材木店の代表者の地位(二項)

(二)    〃   出資金(四項)

(三) 下西山の土地・建物(六項)

(四) 本件物件につき、二〇分の三(七項)

2 朝江には、

(一) 材木店からの報酬(三項)

(ニ) 同上   出資金(四項)

(三) エイトウの出資金(四項)

(四) 中津の田 二筆 宅地

    馬場ノ本の田 倉庫

(五) 現金と預金(八項)

(六) 下西山の動産(九項)

3 右、朝江、五郎を除いた上告人ら七名の親族には七項に定める各割合により馬場ノ本の土地と倉庫を与える。

とのことで、遺言者の遺産のすべては、右被上告人朝江と五郎に遺贈し、ごく一部分の、そのまた一部分を上告人ら兄弟に遺贈しています。

四、そこで本件の争点である七項にいう馬場ノ本の土地、倉庫については、上告人としては、右遺言状記載のまま、遺言者の真意に遵り、

1 右物件を被上告人朝エに、遺贈することにはしておくが、

2 「一応其侭(登記はなおさないで、その侭)にして」

3 朝江の死後は、上告人柘植静枝外七名に導一白者が定めたとおりの割合で、所有権を取得せしめる。

というにあるものと解釈し、遺言者の真意は、右八名の者に所有権を分割遺贈することにあると解しました。

さらに補足すれば、遺言者は、右七項の中で

1 材木店の賃貸料についても、右八名が、「右の割合をもつて、各自取得す」と明白に遺言し、

2 八各の受遺者が死亡した場合には、「その相続人が権利を継承す」というところまで遺言しているし、

3 さらに、遺言状の最後の一一項では、遺言者は相続税のことを心配し、「朝江が全部相続して、前の割合で各自に分割してやつてもよろしい」とまでつけ加えています。

従つて、右遺言をなした遺言者の真意は、右物件につきこれを上告人ら八名の者に、所有権を取得させるにあることは、まことに明白であります。

第二、原判決の要旨。

一、右遺言状七項争点の部分についての原審の解釈は、要約すれば、

1 「この種の遺贈については、受遺者に一定の債務を負担させる負担付遺贈と異なり、現行法上これを律すべき明文の規定がない。」

2 「そのため、この種の遺贈を有効とした場合、」

(一) 「相互間における法律関係が必ずしも明確でなく、」

(ニ) 「実際上の問題として複雑な紛争を生ずる虞がある。」

3 「以上のような観点に立つて考えると、関係者相互間の法律関係が明確を欠く現行法のもとでは、第二次受贈者の遺贈利益に、法的保護を与えるのは相当でなく、控訴人らに対する第二次遺贈の部分は伊作の希望を述べたにすぎない。」と解している。

二、右原判決の判示につき感ずることは、遺言者の意思が全く無視されているということで、

1 遺言者が受贈者八名の氏名を明示し、各人に対する配分の割合まで一々入念に明示し、かつ、各受贈者死亡後の継承措置まで指示しており、右遺言者の遺言は、まことに明白であるのに、

2 それを原判決は、

「この種の遺贈を有効とした場合」という前提のもとに、その不合理を説き、無効に帰着せしめながら、無効と宣言せずして、「遺言者の希望を述べたにすぎない」と、遺言者の真意と全く異なる認定をしています。

三、遺言状の内容によつてもわかるように、遺言者伊作は、法律知識も豊富で、一〇名に及ぶ受贈者に夫々遺贈をするにつき、「遺贈、贈与」の意思表示と「希望」の意思表示とを混同することは全くありません。

右遺言状七項の記載そのものによつても明白なように

1 [受贈者八名の割合で権利分割所有す。」と明言し、

2 「賃貸して収入を右の割合各自取得す。」と明言し、

3 「その相続人が権利を継承す。」と明言したこの文言からしても、「単なる希望」との認定の余地はありません。

第三、結び

一、方式にかなつた遺言があつても、その意思表示の内容が確定できなければ、遺言者の遺志を実現することはできません。

また、遺言書の記載から、その内容が明確でない場合、解釈によつてその内容を確定しなければならないでしよう。

しかし、遺言の解釈については、あくまで、遺言者の真意を尊重し、探究すべきであると信じます。

二、遺言の解釈は、遺言者の意思を確定すことを目的とするもので、また遺言者の意思は、遺言のことばから確定すべきであります。

遺言のことばから遺言者の意思を確定するため、外部的証拠を用ゆる場合もあるでしようが、本件においては、本件遺言状全体により綜合探究するときは、遺言者の意思の確定はできた筈です。

三、それでもなお、受贈者や目的物について、遺言者の意思を確定できない場合、この遺言は不明確として、無効とすべきであるにかかわらず、遺言者の真意(たとい無効であつても)に反し、「遺言者の希望」にすぎぬと判断したのは、

1重大な事実の誤認であり、

2法律の適用を誤つた違法があり、

3民法第九〇〇条三号の適用を阻む結果となつたことは審理不尽にもつながる違法がある。

と信じます。

 

大竹たかし裁判長不当判決 青色申告取消に関する東京高裁平成26年

青色申告承認取消処分取消等請求控訴事件

 

【事件番号】      東京高等裁判所判決

【判決日付】      平成26年10月15日

【掲載誌】       税務訴訟資料264号順号12543

 

       主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 津島税務署長が平成22年7月5日付けで控訴人に対してした平成19年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す旨の処分を取り消す。

 3 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成18年分の所得税の更正処分のうち、総所得金額につき1309万6514円、税額につき還付金の額に相当する税額190万9973円を超える部分及び翌年へ繰り越す雑損失の金額につき1559万3835円を下回る部分を取り消す。

 4 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成19年分の所得税に係る更正処分のうち、総所得金額につき742万0204円(雑損失の繰り越し控除後の金額0円)、税額につき還付金の額に相当する税額162万9100円を超える部分及び翌年へ繰り越す雑損失の金額につき812万3631円を下回る部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

 5 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成20年分の所得税に係る更正処分(ただし平成22年12月1日付け異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額につき564万0096円(雑損失の繰り越し控除後の金額0円)、税額につき還付金の額に相当する税額341万1000円を超える部分及び翌年へ繰り越す雑損失の金額につき752万5835円を下回る部分及び過少申告加算税賦課決定処分(平成22年12月1日付け異議決定による一部取り消された後のもの)を取り消す。

 6 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成21年分の所得税に係る更正処分のうち、総所得金額につき1294万5661円(雑損失の繰り越し控除後の金額541万9826円)、税額につき還付金の額に相当する税額430万5915円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

 7 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成19年1月1日から同年12月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税に係る更正処分(平成23年12月22日付けの裁決により一部取り消された後のもの)のうち、納付すべき消費税額5万6700円、地方消費税の納付すべき譲渡割額1万4100円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

 8 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成20年1月1日から同年12月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税の更正処分のうち、納付すべき消費税額につき還付金の額に相当する税額15万2624円、地方消費税の納付すべき譲渡割額につき還付金の額に相当する税額3万8156円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

 9 津島税務署長が平成22年7月8日付けで控訴人に対してした平成21年1月1日から同年12月31日までの課税期間の消費税及び地方消費税の更正処分のうち、納付すべき消費税額4万2000円、地方消費税の納付すべき譲渡割額1万0500円を超える部分を取り消す。

第2 事案の概要

 1(1)ア 控訴人は、勤務医として稼働する傍ら不動産貸付業を営み、所得税について青色申告の承認を受け、所得税並びに消費税及び地方消費税の申告をしていた。

   イ(ア) 津島税務署長は、平成22年7月5日付けで、控訴人に対し、平成19年分以降の青色申告の承認を取り消す旨の処分をした。

    (イ) 津島税務署長は、平成22年7月8日付けで、控訴人に対し、平成18年分ないし平成21年分の所得税の各更正処分及び平成19年分ないし平成21年分の所得税に係る過少申告加算税の各賦課決定処分をした。

    (ウ) 津島税務署長は平成22年7月8日付けで、控訴人に対し、平成19年課税期間ないし平成21年課税期間に係る消費税等の各更正処分並びに平成19年課税期間及び平成20年課税期間の消費税等に係る過少申告加算税の各賦課決定処分をした。

  (2) 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、前記(1)イの各処分について、控訴人には青色申告の承認の取消事由はなく、控訴人の所得税並びに消費税及び地方消費税の申告の内容は適正であるから、津島税務署長が行った前記(1)イの各処分には違法があるなどと主張して、前記(1)イの各処分の一部ないし全部の取消しを請求する事案である。

  (3) 原審は、控訴人の請求をいずれも棄却し、控訴人が控訴した。

 2 関係法令等の定め、前提事実、本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する被控訴人の主張、争点並びに争点に対する当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」2ないし6に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、本判決における略語は原判決本文に記載のもののほか、原判決別紙2略語一覧表の例による。)。

  (1) 原判決15頁12行目の「乙について」を「保管していた現金の紙幣の種類について」と改める。

  (2) 同21頁9行目の「つけ込まれており」を「付け込まれており」と改める。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所も、控訴人の請求は、いずれも理由がないから棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」1ないし7に記載のとおりであるから、これを引用する。

  (1) 原判決27頁6行目の「ないことをもって」を「なかったとしても、そのことをもって」と改める。

  (2) 同27頁20行目の「賃料の支払というのであるから、同主張を前提とすれば」を「賃料の支払というのであり、これを覆すに足りる証拠はないのであるから」と改め、同28頁12行目の「以上に述べたところは」を「H物件の平成19年分の賃料収入を4万1000円として計上することは」と改める。

  (3) 同29頁26行目・同30頁1行目の「原告の主張を前提としても」を「控訴人の主張を考慮して」と改め、同頁3行目の「認められる」を「認めるのが相当である」と改める。

  (4) 同32頁25行目の「従事することに妨げがなく」を「従事することが妨げられないと認められる者であって」と改める。

  (5) 同33頁21行目の「解されないし、、」を「認められないし、」と改め、同34頁9・10行目の「乙が」の次に「駐車場の清掃や草取りを行っていたこと自体は認定する余地があるとしても、」を加える。

  (6) 同43頁6行目の「ことからすれば、」の次に「当該振込手数料120円の支出があったとまでは認められず、」を加える。

  (7) 同44頁7行目の「ことからすれば、」の次に「振込手数料120円の支出があったとは認められず、」を加える。

  (8) 同54頁18行目の「そのほかにも、」を削除する。

  (9) 同55頁16行目の「消費税30条7項」を「消費税法30条7項」と改める。

  (10) 同58頁14行目の「仮に原告の主張に従い」を「控訴人の主張を考慮して」と改める。

  (11) 同59頁4行目の「前記アの点につき原告の主張に従ったとしても、」を削除する。

  (12) 同59頁7・8行目の「仮に原告の主張に従い」を「控訴人の主張を考慮して」と改める。

 2 以上によれば、控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第5民事部

        裁判長裁判官  大竹たかし

           裁判官  山本剛史

           裁判官  田中寛明

 

塚本伊平裁判長不当判決 税理士の必要経費に関する広島高裁平成25年

              決定処分取消請求控訴・同附帯控訴事件

 

【事件番号】      広島高等裁判所松江支部判決

【判決日付】      平成25年10月23日

【掲載誌】       税務訴訟資料263号順号12318

 

       主   文

 

 1 控訴人の控訴に基づき原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

 2 上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

 3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

 4 訴訟費用は、第1、2審、控訴及び附帯控訴を通じて被控訴人の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴及び附帯控訴の趣旨

 1 控訴

   主文第1、2項と同旨

 2 附帯控訴

  (1) 原判決の被控訴人敗訴部分を取り消し、次のとおり変更する。

  (2) 鳥取税務署長が被控訴人に対して平成20年3月14日付けでした被控訴人の平成16年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1272万1014円、還付金の額に相当する税額341万3690円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

  (3) 鳥取税務署長が被控訴人に対して平成20年3月14日付けでした被控訴人の平成17年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1520万0391円、還付金の額に相当する税額288万7856円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

  (4) 鳥取税務署長が被控訴人に対して平成20年3月14日付けでした被控訴人の平成18年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1336万8936円、還付金の額に相当する税額304万3988円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第2 事案の概要等

 1 事案の骨子

   本件は、税理士業を営む被控訴人が、その妻乙(以下「乙」という。)を青色事業専従者として、平成16年分から平成18年分までの各年分(以下「本件各年分」という。)に係る乙の各給与(以下「本件各専従者給与」という。)を事業所得の金額の計算上必要経費に算入して、別表1ないし3の各「A 原告申告額」欄記載のとおりにした各確定申告について、鳥取税務署長(以下「処分行政庁」という。)が、本件各専従者給与のうち乙の労務の対価として相当であると認められる金額を超える部分の金額は必要経費に算入できないとして、同各「B 更正処分額」欄記載のとおり本件各年分に係る所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と本件各賦課決定処分とを併せて「本件各処分」という。)を行ったことに対し、被控訴人が、本件各専従者給与の金額は乙の労務の対価として相当であり、本件各処分は違法であると主張して、本件各処分の取消しを求めた事件である。

   原審は、平成16年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1507万2608円、還付金の額に相当する税額271万3190円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち7万円を超える部分、平成17年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1680万0235円、還付金の額に相当する税額240万7856円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち4万8000円を超える部分並びに平成18年分の所得税の更正処分のうち総所得金額1570万1362円、還付金の額に相当する税額234万4388円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち6万9900円を超える部分を各取り消し、その余の被控訴人の請求を棄却するとの判決をした。

   原判決に対し、控訴人は、本件各処分は適法であると主張して被控訴人の請求の棄却を求めて控訴した。

   被控訴人は、控訴人の控訴を受けて、原審における請求と同旨の判決を求めて附帯控訴した。

 2 前提事実

   当事者間に争いがないか、証拠(個別の掲記する。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる本件の前提となる事実は、次のとおりである。

  (1) 当事者等

   ア 被控訴人は、昭和●年●月●日に税理士の登録を受け、開設した事務所(以下「被控訴人事務所」という。)において税理士業を営む税理士である。

   イ 乙は、昭和●年●月に被控訴人と結婚し、被控訴人が昭和●年●月に被控訴人事務所を開設した当初から被控訴人事務所で勤務しており、本件各年分において、いずれも年間を通じて被控訴人の事業に従事していた(甲4、証人乙)。

     乙は、税理士資格を有していない。

   ウ 被控訴人は、昭和59年2月9日、処分行政庁に対し、所得税の青色申告承認申請をするとともに、乙を青色事業専従者とする届出をし、同年以降の所得税の青色申告承認を受けた(乙1、2)。

  (2) 本件各処分等の経緯

   ア 被控訴人は、本件各年分において、乙が被控訴人の事業に従事したことの対価として、平成16年分は1240万円、平成17年分及び平成18年分は各1280万円の青色事業専従者給与を支給した(本件各専従者給与)。

   イ 被控訴人は、本件各専従者給与について、それぞれ全額を本件各年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、処分行政庁に対し、別表1ないし3の各「A 原告申告額」欄のとおり記載した本件各年分の各確定申告書を、平成16年分については平成17年1月26日に、平成17年分については平成18年1月24日に、平成18年分については平成19年1月29日に、各提出した(乙8ないし10)。

   ウ 処分行政庁は、平成19年4月から被控訴人の本件各年分の所得税について税務調査を実施し、平成20年3月14日付けで、乙は税理士資格を有していないから、その労務の性質は税理士の補助事務の域を出るものではなく、被控訴人事務所に勤務していた他の従業員(以下「本件各使用人」という。)及び類似同業者の専従者の労務の性質と同様なものと認められること、乙が事業に従事した時間を正確に記録したものはないから、その労務提供の程度も本件各使用人及び類似同業者の専従者と比較して大きな差異がなかったと認めるのが相当であること、そうすると、本件各専従者給与は、乙の労務の性質及び労務提供の程度が本件各使用人及び類似同業者の専従者と大きな差異がないにもかかわらず、類似同業者の専従者給与の最高額である663万円の2倍を超える著しく高額なものであり、労務の対価として不相当であることを理由に、本件各年分の乙の青色事業専従者給与として認められる額は、平成16年分については609万9000円、平成17年分については601万1000円、平成18年分については612万3000円であるとして、別表1ないし3の各「B更正処分額」欄記載の内容の本件各処分を行った(甲1の1ないし3)。

   エ 被控訴人は、処分行政庁に対し、平成20年5月12日付けで本件各処分の取消しを求めて異議申立てをしたが、処分行政庁は、同年8月8日付けでこれを棄却する旨の決定をした(甲2の1、2)。

     そこで、被控訴人は、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったが、国税不服審判所長は、平成21年6月3日付けでこれを棄却する旨の裁決をした(甲3の1、2)。

   オ 被控訴人は、平成21年12月1日、本件訴えを提起した。

 3 争点及び争点に対する当事者の主張

   本件の争点は、被控訴人の事業所得の金額の算定に際し、必要経費として控除されるべき相当な青色事業専従者給与の額は、本件各更正処分において処分行政庁が認めた平成16年分は609万9000円、平成17年分は601万1000円、平成18年分は612万3000円を超えるか否か、換言すれば、被控訴人が乙に支給した本件各専従者給与は乙の労務の対価として相当であるか否かという点である。

  (1) 控訴人の主張

   ア 法令の定め

     所得税法57条1項は、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者が青色事業専従者に対し支給した給与の金額で、その労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況その他政令で定める状況に照らしてその労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る事業所得の金額の計算上必要経費に算入することとし、同条の委任を受けた同法施行令164条1項は、①所得税法57条1項に規定する青色事業専従者の労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、②その事業に従事する他の使用人が支払を受ける給与の状況及びその事業と同種の事業でその規模が類似するものに従事する者が支払を受ける給与の状況、③その事業の種類及び規模並びにその収益の状況と定めている。

     本件各専従者給与が乙の労務の対価として相当と認められるか否かは、上記の法令の規定に照らして判断されるものであるところ、本件各専従者給与は、類似同業者給与比準方式及び使用人給与比準方式のいずれにおいても、乙の労務の対価として相当とは認められないものである。

   イ 類似同業者給与比準方式

     控訴人は、①本件各年分において、税理士資格のみで「税理士業」を営んでいる者であること(ただし、各年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した個人、各年分の期間が12か月に満たない個人、各年分において、更正又は決定の各処分が行われた個人のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法所定の不服申立期間又は出訴期間が経過していない個人並びにこれらの争訟が係属している個人を除く。)、②本件各年分において、所得税法143条(青色申告)の承認を受けており、所得税青色申告決算書を提出している者であること、③本件各年分において、「税理士業」に係る売上金額(税込金額)が被控訴人の売上金額(税込金額)の2分の1以上2倍以下(いわゆる倍半基準)の範囲内にある者であること、④会計法人あるいは税理士法人を有していないこと、⑤税理士の資格を有していない配偶者のみを事業専従者としていること、⑥本件各年分を通じて専従者給与を支払っていることという条件により、被控訴人事務所と近隣の鳥取税務署、倉吉税務署、米子税務署及び津山税務署管内の被控訴人の類似同業者を抽出したところ、その配偶者に係る青色事業専従者給与の平均額は、別表4記載のとおり、平成16年分(類似同業者7人)が571万6356円、平成17年分(同9人)が545万0462円、平成18年分(同8人)が525万5915円であった。

     したがって、平成16年分が1240万円、平成17年分及び平成18年分が各1280万円という本件各専従者給与は、いずれも上記平均額の2倍を上回る金額ということができる。

     なお、被控訴人は、類似同業者の抽出過程が恣意的であるとか、抽出基準が不合理であるなどと主張するが、本件における類似同業者の抽出は、被控訴人事務所と近隣の地域を管轄する鳥取税務署、倉吉税務署、米子税務署及び津山税務署の各税務署長に対し、広島国税局長が、「「同業者調査票」の作成及び提出について(指示)」(乙14の1ないし4。以下「本件通達」という。)を発遣する方法により、上記のとおりの合理的な抽出基準を設定してされたものであり、本件通達を受けた各税務署長は、本件通達における抽出基準をすべて満たす者を機械的に抽出したのであるから、抽出過程に恣意性が介在する余地はなく、また、いわゆる倍半基準は、一般的に抽出の基準として合理的であると認められているし、「青色事業専従者が会計業務を統括していること」などという条件は、確定申告書や青色申告決算書には青色事業専従者の担当業務や職責を記載する項目がないためにその条件に基づく抽出が不可能である上、一定の評価を伴うものであり、これを抽出条件に入れるとすれば、抽出基準の客観性が失われることになるから、被控訴人の主張は、理由がない。

   ウ 使用人給与比準方式

     乙は、税理士資格を有していないから、その業務は被控訴人の税理士業務の補助と言わざるを得ないところ、その業務の内容は、乙が記載していた税務日誌(乙32の1ないし3)の用語によれば、申告書及び明細書を各3部作成し、被控訴人の印鑑がもらえる状態に置く「セット」、法人税の決算書に添付する明細書を会計ソフトで作成する「ワープロ」、帳簿の会計入力をする「入力」、本件各使用人が行った会計帳簿を点検する「チェック」、領収証の貼り付けや補助簿の整理をする「整理」といったものであるから、その性質は、税理士の補助事務に従事する本件各使用人の労務の性質と同等であると認められる。もとより、税理士又は税理士法人でない者は、原則として税理士業務を行うことはできないから、税理士資格を有しない乙が行う備品の管理等の庶務的な労務をもって、事業者ないし共同経営者に担当すると評価することはできない。

     また、乙が本件各年分において被控訴人の事業に従事した時間数を正確に記録したものはなく、乙の供述によっても、繁忙期以外は特に残業をしていないということである上、本件各年分のうち、平成17年2月22日から平成18年12月31日までの被控訴人事務所における乙及び本件各使用人の各専用のパソコンの起動時刻及び終了時刻の記録(乙33、48の1ないし4。以下「パソコンログ記録」という。)によれば、乙専用のパソコンの稼働時間は、本件各使用人のうちで最も稼働時間が長いCの専用パソコンの稼働時間の約1.21倍程度であるから、乙の残業の状況は、本件各使用人と特段変わるところはないと認めるべきであり、乙の労務の提供の程度も、本件各使用人と大きな差異はなかったと認められる。

     本件各年分において年間を通じて被控訴人の事業に従事した本件各使用人の1人当たりの給与額の平均は、別表5記載のとおり、平成16年分は357万9167円、平成17年分は384万2250円、平成18年分は360万8375円である。

     したがって、平成16年分が1240万円、平成17年分及び平成18年分が各1280万円という本件各専従者給与は、いずれも本件各使用人の平均給与額の3倍以上の高額なものということができる。

   エ まとめ

     類似同業者給与比準方式及び使用人給与比準方式から検討したとおり、乙が支給を受けた本件各専従者給与は著しく高額であるから、不相当であることは明らかであり、本件各専従者給与のうち乙の労務の対価として相当であると認められる金額は、類似同業者給与比準方式及び使用人給与比準方式により算出した金額を超えるものではないとみるのが相当である。そこで、類似同業者給与比準方式及び使用人給与比準方式により算出した金額を比較すると、類似同業者給与比準方式により算出した金額の方が高額であるため、被控訴人が乙に支給した本件各専従者給与のうち、本件類似同業者青色事業専従者給与平均額(平成16年分は571万6356円、平成17年分は545万0462円、平成18年分は525万5915円)を超える部分の金額(平成16年分は668万3644円、平成17年分は734万9538円、平成18年分は754万4085円)は、被控訴人の事業所得の金額の計算上、必要経費としては算入できない金額になるというべきである。

     以上によれば、被控訴人が本件各年分において納付すべき各所得税の額は、別表1ないし3の各「D 被告主張額」欄記載のとおり、平成16年分は還付金の額が141万3590円、平成17年分は還付金の額が62万8766円、平成18年分は還付金の額が78万0788円となるところ、これは、本件各更正処分における納付すべき税額となる平成16年分の還付金の額152万8490円、平成17年分の還付金の額83万5966円、平成18年分の還付金の額104万0888円をそれぞれ上回るから、本件各更正処分は、いずれも適法である。

     そうすると、本件各年分につきいずれも国税通則法65条所定の過少申告加算税の賦課要件に欠けるところはないから、本件各賦課決定処分も、適法である。

     よって、本件各処分は、適法である。

  (2) 被控訴人の主張

    所得税法57条は、本来法人であれば従業員の給与は当然に必要経費として算入される以上、法人化していない事業であっても極力法人と同様の税務処理をするべきであり、それこそが税の公平な負担に資するという考えを根底に置く規定であるから、青色事業専従者給与は、法人における給与と同様に原則として必要経費に算入され、相当と認められない部分に限って例外的に必要経費に算入されないものであって、青色事業専従者の労務とその給与との対価関係が明確であることまでは要求されていないと解すべきである。

    その上、本件各専従者給与は、以下のとおり、乙の労務の性質及びその提供の程度等に照らし、その全額が乙の労務の対価として相当である。

   ア 労務の性質

     乙は、昭和●年から他の税理士事務所で勤務を始め、昭和●年以降は被控訴人事務所において、一貫して、税理士業務の補助のほか、財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務(税理士法2条2項に規定されている税理士資格がなくても行うことが可能な事務。以下「会計業務」という。)に従事してきたものであり、平成16年の時点では経験年数が●年になる熟練の会計業務者である。そのため、乙は、被控訴人事務所において、本件各使用人が作成した会計帳簿の内容を最終的に検討して完成させるなど、会計・税務書類の作成を統括する事務を行っていた。税理士事務所を税理士業務を行う税理事務所と会計業務を行う会計事務所に分離する場合には、税理士事務所が顧客から受注した業務のうち、会計業務を会計事務所に外注委託することになるが、その際税理士事務所が会計事務所に対して支払う対価は受注額の約80%に及ぶことが一般的である。すなわち、税理士事務所の売上高の約80%は会計業務の経費というべきなのであり、このことは、税理士事務所の業務における会計業務の重要性を物語っているところ、乙は、被控訴人事務所において、会計業務の責任者であった。

     また、学校法人については、その会計業務は常に予算との対比で会計処理を行わなければならず、特殊な会計帳簿の作成等が必要となること、極めて煩雑で短期間に作成することが求められる補助金の申請業務をもしなければならないことといった特徴があり、医療法人については、その会計業務及び税理士業務の補助業務は病院会計準則に対応した決算書等を作成しなければならないこと、保険診療収入の非課税規定により事業税の計算が一般法人と異なっていることなどの特徴があるところ、被控訴人事務所では、これらの特殊専門的な業務を担当し得るのは乙だけであったことから、乙は、上記業務をすべて担当していた。

     その上、乙は、被控訴人の事業所得の申告のための会計帳簿の作成及び決算手続に関する事務並びに本件各使用人に対する給与の支払及び社会保険手続等の労務管理一切を担っていた。

     このように、乙は、被控訴人事務所の会計業務の統括責任者であるとともに、副所長という立場にあったものであるから、被用者というよりもむしろ事業者ないし共同経営者として被控訴人の業務に従事してきたものであり、乙の労務の性質は、本件各使用人とは大きく異なるものであった。

   イ 労務提供の程度

     被控訴人事務所は、午前9時から午後5時までを勤務時間とし、土曜日、日曜日及び祝日並びに盆と年末年始期間を休業日としているが、乙は、繁忙期を除く通常の時期であっても、午前7時30分ころには出勤し、午後6時ころまで被控訴人の事業に従事しており、繁忙期については、深夜まで働いた上、自宅に持ち帰って仕事をしたり、場合によっては徹夜で仕事をしたりしていたのであって、パソコンログ記録によっても、本件各使用人のうちの従事時間が最も長いCより少なくとも1.21倍程度長く仕事に従事していることが認められるところ、実際には、被控訴人事務所で勤務するほか、自宅でも仕事をしていたのであるから、パソコンログ記録よりも大幅に長い時間被控訴人の事業に従事していた。

   ウ 控訴人が主張する使用人給与比準方式について

     以上ア、イのとおり、乙は、被控訴人事務所において非常に重要な要素を占める会計業務の責任者として本件各使用人を統括し、乙にしかできない特殊な会計業務その他の関連業務に従事していたのであるから、その労務の内容は、本件各使用人と全く異なるものである上、乙は、被控訴人事務所の設備備品の管理のほか、購入に関しても決定権を持っていたのであり、長時間に及ぶ労務の提供をしても残業代等が支給されていないことからしても、乙は、従業員ではなく、被控訴人と共に被控訴人事務所を経営する共同経営者の地位にあったといえるのであり、したがって、本件各使用人に支給されていた給与と比較することは、全く意味がない。

     そして、前記アのとおり、一般的な税理士事務所の売上高の約80%は会計業務のための経費というべきところ、被控訴人事務所の事業収入(別表3のとおり平成18年分では5888万5555円)の80%に相当する額(4710万8444円)から必要経費(別表3のとおり同年分では3206万1174円)を差し引いた額(1504万7270円)が会計業務の受ける収入となり、被控訴人事務所の事業規模からすれば、その額までが会計業務の統括責任者である乙の給与として許容される額となる。そうすると、本件各専従者給与の金額は、低額とさえいい得るものである。

   エ 控訴人が採用した類似同業者給与比準方式について

     控訴人が行った類似同業者の専従者給与の平均の算出方法は、いわゆる通達回答方式によるものであるが、通達を受けた各税務署の具体的な抽出過程は明らかになっていないから、その過程において担当者の恣意が入り込む余地は排除されていないし、恣意が入らなかったとしても、単純ミスにより過誤が生じている可能性も否定できないから、控訴人が採用した類似同業者給与比準方式には信用性がない。

     その上、控訴人が設定した類似同業者の抽出基準は、売上金額がいわゆる倍半基準の範囲内にある者、会計法人あるいは税理士法人を有していないことというのであるが、前者については、余りに範囲を拡大し過ぎているし、後者については、被控訴人事務所では、乙が会計業務の責任者として本件各使用人を使用しており、当該会計業務で集計された帳簿をもとに被控訴人が税務申告業務を行うこととなっていたのであって、会計法人を有しているのとその実態において異ならなかったから、別法人としているか否かはさておくとしても、少なくとも「専従者が会計業務の責任者として従事していること」という抽出基準を設定しなければ、被控訴人事務所の実態を反映したものとはいえない。加えて、被控訴人は、行政書士の資格を有しているのに、控訴人が設定した類似同業者の抽出基準には、税理士資格のみで「税理士業」を営んでいる者との基準が付加されている。このように、控訴人が設定した類似同業者の抽出基準は、被控訴人事務所の実態とかけ離れており、不合理なものである。

     したがって、類似同業者給与比準方式により控訴人が算出した青色事業専従者給与の平均額は、本件各専従者給与には妥当しない。

第3 当裁判所の判断

 1 本件各専従者給与の水準について

  (1) 本件各専従者給与及び本件各使用人の給与

   ア 乙が本件各年分において被控訴人の事業に従事した労務の対価として、被控訴人が平成16年分は1240万円、平成17年分及び平成18年分は各1280万円の青色事業専従者給与を支給したこと(本件各専従者給与)は、当事者間に争いがない。

   イ 他方、本件各年分において、乙と同様に年間を通じて被控訴人事務所で被控訴人の事業に従事していた本件各使用人の1人当たりの給与を平均すると、平成16年分は357万9167円、平成17年分は384万2250円、平成18年分は360万8375円であることが認められる(乙16ないし19。ただし、すべて枝番を含む。別表5参照)。

  (2) 本件各専従者給与の相当性の判断基準

    以上のとおり、乙が支給を受けていた本件各専従者給与は、本件各年分における本件各使用人の給与の平均額と比較すると3倍以上の極めて高額なものであったことが認められる。

    そうすると、所得税法57条1項及び同法施行令164条1項(前記第2の3(1)ア参照)に照らして、本件各専従者給与全額が乙の労務の対価として相当であると認められるためには、すなわち、被控訴人の事業所得の金額の算定に際し、本件各専従者給与全額を必要経費として控除することが認められるためには、乙の労務の実態が本件各使用人のそれとは質的に異なる程の大きな差異があることが必要であって、そのような差異が認められない場合には、被控訴人の事業所得の金額の算定に際して必要経費として控除し得る乙の青色事業専従者給与の額は、乙の労務の対価として相当であると認められる金額に減額されなければならないというべきである。

    これに対し、被控訴人は、本来法人であれば従業員の給与は当然に必要経費として算入されるのであるから、法人化していない事業であっても極力法人と同様の税務処理をするべきであり、それこそが税の公平な負担に資するという考えを根底におく所得税法57条の趣旨からすれば、青色事業専従者給与は法人における給与と同様に原則として必要経費に算入され、相当と認められない部分に限って例外的に必要経費に算入されないと解すべきであり、青色事業専従者の労務とその給与との対価関係が明確であることまでは要求されていないと主張する。

    しかしながら、所得税法57条1項及びそれを受けた同法施行令164条1項は、親族に対する給与はとかく労務との対価性の有無を問わずに高額になりがちであって、無制限にこれを必要経費として認めると課税の適正公平を損なう危険性が高いことから、青色申告承認者に限り、かつ、提供された労務との対価関係が明確であるものに限り、必要経費として事業所得の金額の算定に際して控除することを認めたものであると解されるから、被控訴人の主張は、採用できない。

 2 乙の労務の実態について

  (1) 労務提供の程度

   ア そこで、乙の労務の実態について検討するに、本件において、乙が被控訴人の事業に従事していた時間を客観的かつ明確に明らかにするに足りる証拠は見当たらない。

     乙は、この点について、自己が記載していた税務日誌(乙32の1ないし3)によって被控訴人の事業に従事していた時間が明らかになる旨証言する(乙証人尋問調書127項ないし130項、138項)が、同税務日誌の記載と被控訴人事務所の乙専用のパソコンのパソコンログ記録(乙33)とを対比すると、税務日誌の記載によれば乙が被控訴人の事業に従事している旨記載されているのに、乙のパソコンは稼働していなかったという場合が多々あるのみならず、乙のパソコンが稼働しているにもかかわらず、税務日誌には乙が被控訴人の事業に従事している旨記載されていない場合もあることが認められる(乙32の3の平成18年6月11日の欄、乙33の同日の記録、乙証人尋問調書136項、137項)から、税務日誌の記録は正確であって、それによれば乙が被控訴人の事業に従事していた時間が明らかになる旨の乙の証言は、採用し難い。

     他方、被控訴人事務所の乙及び本件各使用人の各専用パソコンの平成17年2月22日から平成18年12月31日までの間のパソコンログ記録によれば、乙は、本件各使用人のうちで最も稼働時間が長いCの専用パソコンの稼働時間の約1.21倍の時間にわたって乙の専用パソコンを稼働させていたことが認められる(甲3の2、乙33、48の1ないし4)。

     この事実に加えて、乙及び本件各使用人は、専ら被控訴人事務所の各自の専用パソコンを使用して税務会計事務を行っていたこと、乙自身、繁忙期以外はほとんど残業をしていない旨証言していること(乙証人尋問調書125項、126項)を併せ考えれば、乙が通常本件各使用人よりも早く被控訴人事務所に出勤し、遅く退社していたことを考慮しても、乙の被控訴人の事業に従事していた時間が本件各使用人に比して異質となる程に大幅に長かったとは認められないというべきである。

   イ これに対し、被控訴人は、乙は繁忙期には資料を自宅に持ち帰るなどして深夜や休日を問わずに仕事をしていたので、その労務の提供の程度は本件各使用人の比較にならない程長時間であり、乙が繁忙期以外はほとんど残業をしていない旨証言したのは、自身のことではなく、一般的な勤務時間に関する質問であると誤解したためであるなどと主張する。

     しかしながら、乙や被控訴人の陳述や証言を除けば、乙が自宅で被控訴人の事業に日常的に従事していたことを明らかにする証拠は見当たらず、かえって、乙が学校法人の補助金申請事務の関係で特に繁忙であると証言する3月末から4月10日にかけての期間(乙証人尋問調書77項ないし97項)等においては、乙の専用パソコンのパソコンログ記録(乙33)によれば、乙は、土曜日や日曜日であっても被控訴人事務所に出勤して作業を行っていたことが認められるから、乙が資料を持ち帰るなどして自宅で長時間にわたって被控訴人の事業に従事していたとの事実は、認めるに足りないといわざるを得ない。また、乙は、「あなたの勤務時間についてなんですけれども、」と確認された上での「残業することも、よくあったということなんですかね。」との質問に対し、「繁忙期以外はほとんどないです。」と答えたものである上(乙証人尋問調書125項)、直後の「あなたの働いていた時間を資料とかで証明するとすれば、先ほど示されたパソコンのログの記録というものになりますか。」との質問に対して、「いえ、私は、税務日誌に書いております。」と、自己に関する質問であると正しく理解して回答しているのである(乙証人尋問調書127項)から、残業の有無に関する上記の質問について、一般的な勤務時間に関する質問であると勘違いをして回答したものとは認め難く、乙がその後に上記証言を否定し、乙自身は繁忙期以外でも残業をしていた旨証言していること(乙証人尋問調書142項、207項)を考慮しても、乙の証言に関する被控訴人の主張の不自然さは払拭できない。

   ウ 以上によれば、乙が被控訴人の事業に従事していた時間は、本件各使用人よりは一定程度長時間に及んでいたとは認められるものの、本件各使用人とは質的に異なるといえる程に長時間ではなかったと認められ、そうすると、乙が被控訴人の事業のために提供していた労務の程度は、基本的に本件各使用人と同程度のものであったと認めることが相当である。

  (2) 労務の性質

   ア 被控訴人は、税理士として被控訴人事務所を開設し、被控訴人の責任において顧客から税務、会計事務の委任を受け、それに係る業務を遂行していたものであり、乙は、税理士資格を有していなかったのであるから、被控訴人事務所における乙の労務の性質は、基本的に税理士業務の補助と認めることが相当であり、このことは、乙を青色事業専従者とする届出等において、被控訴人自身が乙の仕事の内容を「事務」、「税理士業務補助」等と記載していること(乙1、3、4)からも裏付けられるところである。

     したがって、被控訴人の事業に従事していた乙の労務の性質は、本件各使用人や、類似同業者において税理士業務の補助事務に従事している青色事業専従者の労務と同質であったというべきである。

   イ これに対し、被控訴人は、乙は経験年数●年の熟練の会計業務者であり、被控訴人事務所において非常に重要な要素を占める会計業務の責任者として本件各使用人を統括しつつ、乙にしかできない学校法人や医療法人という特殊な会計業務その他の関連業務に従事していたのであるから、乙の労務の内容は本件各使用人と全く異なるものである上、乙は被控訴人事務所において設備備品を管理するほか、購入の決定権をも有していたのであるから、実質的に被控訴人と共に被控訴人事務所の共同経営者の立場にあったものであるとして、乙の労務の性質は、単なる税理士業務の補助という本件各使用人とは質的に異なる旨主張する。

     確かに、乙が税務会計事務に従事した期間が平成16年12月31日時点で●年を超えていることは認められる(甲3の2、甲4、乙証人尋問調書3項ないし7項)から、乙は、会計業務に熟達していたといい得るけれども、前記のとおり、被控訴人は、税理士の資格を有する被控訴人の責任において顧客から税務、会計事務の委任を受けてその業務を行っていたのであるから、税理士資格がなくても可能な会計業務については乙が責任者となっており、被控訴人はほとんど関与していなかったとは想定し難く、かえって、被控訴人事務所で被控訴人に雇用されていた丁、戊、B及びCが、それぞれの作成した書類のチェックは被控訴人が行っていた旨一様に陳述していること(乙35の問答25、26、乙41の問答12、乙42の問答19、20、乙43の問答21)に照らしても、被控訴人事務所では、会計業務に関しても、被控訴人の監督の下で遂行されていたと認めることが合理的である。したがって、乙が被控訴人事務所における会計業務の統括責任者であった旨の被控訴人の主張は、採用できない。

     また、学校法人や医療法人に係る会計業務が通常の会計業務と異なる特殊性を有すること、学校法人の補助金申請に関する業務が極めて煩雑な上に短期間での対応を要求される業務であること、被控訴人事務所においては乙のみがそれらの業務を担当していたことは認められる(甲5、6、8、14の1、2、甲15ないし18、乙43の問答18、19、乙証人尋問調書77項ないし97項、弁論の全趣旨)が、学校法人や医療法人に係る会計業務が通常の会計業務とは全く異なる会計処理の基準に基づいて処理されるものであるとはおよそ認められない(乙38、39、54、弁論の全趣旨)し、学校法人の補助金申請に関する業務も、煩雑ではあるとしても、特殊専門的な会計知識が必要な業務とは認められず(乙62ないし71。いずれも枝番のあるものは枝番を含む。)、したがって、これらの業務は、基本的に被控訴人が委任を受けた税務、会計事務に含まれる業務であって、異質な業務であるとは認め難いというべきである。その上、法人が約130件、個人が約120件に上る被控訴人事務所の関与先(乙30の1ないし3、乙31、乙証人尋問調書148項)の中で、学校法人は2件、医療法人は3件にすぎず(乙証人尋問調書149項ないし154項)、乙が日常的に学校法人や医療法人に係る会計業務その他の関連業務に従事していたとは認められないことを併せ考えると、乙が学校法人や医療法人に係る業務を1人ですべて担当していたことをもって、乙の労務の内容が本件各使用人と大きく異なるものとなると認めることも困難である。

     さらに、納税者と「生計を一にする配偶者その他の親族」である青色事業専従者(所得税法57条1項参照)が、納税者の事業の庶務的な面の責任者となることはごく一般的な事態であると認められるから、乙が被控訴人事務所における設備や備品を購入する決定権を有していたとしても、被控訴人事務所における乙の労務の性質が税理士である被控訴人の補助事務であることを超えて、被控訴人事務所の共同経営者のようなものに変質するとは認められない。

     なお、被控訴人は、本件各処分後の平成●年●月●日、被控訴人事務所の会計業務部門を独立させ、乙及び被控訴人を代表取締役とする株式会社A(以下「A」という。)という法人を設立し(甲21の1ないし4)、被控訴人事務所が委任を受けた税務、会計事務のうちの会計業務その他の付随業務を請け負わせるようにしたが、Aの代表取締役となった乙の業務内容や所得は、被控訴人事務所における本件各年分中の乙の業務内容や所得と変わらない(乙証人尋問調書24項、212項ないし216項)から、乙が従前から被控訴人事務所の会計業務の責任者であり、被控訴人事務所の共同経営者的な立場にあったことはこの事実からも認められる旨主張する。

     しかし、上記のとおり、乙がA設立前の被控訴人事務所において会計業務の統括責任者の立場にあったとは認められないし、その当時の乙の業務と、A代表取締役としての乙の業務とに変化がないことを認めるに足りる客観的な証拠も見当たらない。また、Aの代表取締役としての乙の報酬額と本件各専従者給与とが異ならないとしても、本件各専従者給与が乙の労務の対価として相当であることを裏付けることを企図して、被控訴人が両者を同額に定めることは極めて容易なことであると考えられる。そうすると、これらの事実が、被控訴人事務所における乙の労務の性質が本件各使用人のそれと異なるものであったとの被控訴人の主張の根拠となるとは認められず、被控訴人の主張は、採用できない。

   ウ 以上によれば、被控訴人の事業に従事していた乙の労務の性質は、税理士業務の補助であって、基本的に本件各使用人と異なるものではないと認められる。

  (3) まとめ

    以上のとおりであるから、その労務提供の程度、労務の性質等に照らして、被控訴人事務所における乙の労務の実態は、本質的に税理士業務の補助として、本件各使用人のそれと同様、同等であって、大きな差異はなかったと認められる。

 3 乙の青色事業専従者給与として相当な額について

  (1) 本件各専従者給与の過大性

    以上によれば、乙が被控訴人の業務に従事していた対価として支給された本件各専従者給与は、高額に過ぎて不相当であるといわざるを得ない。

    そこで、所得税法57条1項及び同法施行令164条1項に照らして相当と認められる乙の労務の対価の額について、以下、検討する。

  (2) 使用人給与比準方式による認定

    ところで、本件各年分において乙が被控訴人の事業のために提供していた労務の程度については、本件各使用人を含めて本件各年分において被控訴人の事業に従事した者の従事時間数を正確に記録したものは存在しないから、客観的な証拠によって具体的に認定できるものはなく、前記2(1)アのとおり、平成17年2月22日から平成18年12月31日までの期間の被控訴人事務所の乙及び本件各使用人の各専用パソコンのパソコンログ記録によって、乙の専用パソコンの稼働時間が本件各使用人のうちで最も稼働時間が長いCの専用パソコンの稼働時間の約1.21倍であることが明らかになるにすぎない。

    そうすると、被控訴人事務所における乙の労務の性質が基本的に本件各使用人と同等であったとしても、本件各使用人との労務提供の程度の差異が明確ではない以上、本件各使用人の給与との比較によって乙の労務の対価として相当な額を認定することは、適当でないと認められる。

  (3) 類似同業者給与比準方式による認定

   ア 本件においては使用人給与比準方式による認定が相当でない以上、乙の労務の対価として相当な額を認定するには、上記所得税法57条1項及び同法施行令164条1項に照らし、類似同業者における青色事業専従者の給与の金額との比較において認定することが相当である。

   イ 控訴人は、①本件各年分において、税理士資格のみで「税理士業」を営んでいる者であること(ただし、各年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した個人、各年分の期間が12か月に満たない個人、各年分において、更正又は決定の各処分が行われた個人のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法所定の不服申立期間又は出訴期間が経過していない個人並びにこれらの争訟が係属している個人を除く。)、②本件各年分において、所得税法143条(青色申告)の承認を受けており、所得税青色申告決算書を提出している者であること、③本件各年分において、「税理士業」に係る売上金額(税込金額)が被控訴人の売上金額(税込金額)の2分の1以上2倍以下の範囲内(いわゆる倍半基準の範囲内)にある者であること、④会計法人あるいは税理士法人を有していないこと、⑤税理士の資格を有していない配偶者のみを事業専従者としていること、⑥本件各年分を通じて専従者給与を支払っていることという抽出条件を設定し、被控訴人事務所と近隣の鳥取税務署、倉吉税務署、米子税務署及び津山税務署管内の被控訴人の類似同業者を抽出したこと、上記各税務署管内で、平成16年分は7人、平成17年分は9人、平成18年分は8人の類似同業者が抽出されたこと、その類似同業者の配偶者に係る青色事業専従者給与の平均額は、平成16年分が571万6356円、平成17年分が545万0462円、平成18年分が525万5915円であったことがそれぞれ認められる(乙14、15の各1ないし4、乙34、証人丙。別表4参照)。

     控訴人が設定した上記の抽出条件は、配偶者が税理士業務の補助事務者として納税者の事業に従事している被控訴人の事業態様と類似の同業者を選定する上で合理的であり、抽出された件数も、類似同業者の特殊性ないし個別事情を平均化するに足りるものというべきである。

   ウ これに対し、被控訴人は、各税務署の具体的な抽出過程において担当者の恣意が入り込む余地や単純ミスにより過誤が生じる可能性があるから、抽出作業の基礎資料となった類似同業者とされる者の青色申告決算書等が明らかにならない限り、控訴人による類似同業者の抽出結果を信用することはできないと主張する。

     しかしながら、本件における類似同業者の抽出は、広島国税局長が、被控訴人事務所と近隣の地域を管轄する鳥取税務署、倉吉税務署、米子税務署及び津山税務署の各税務署長に対し、本件通達を発遣する方法によりされたものである(乙14の1ないし4)から、本件通達を受けた各税務署長ないし担当者は、訴訟に使用されることを前提に(丙証人尋問調書23頁)、基礎資料である青色申告決算書を精査し、本件通達における抽出基準をすべて満たす者を機械的に抽出したと認められ、特段の事情がない限り、その抽出過程に恣意等が介在することは想定できないというべきところ、本件において、そのような事情は認められない。

     被控訴人は、本件各処分時において処分行政庁が行った類似同業者の抽出では鳥取税務署管内に類似同業者は存在しないと回答されたにもかかわらず、当訴訟のためにされた類似同業者の抽出においては同税務署管内において類似同業者が抽出されたことをもって、抽出過程における担当者の恣意やミスを否定できないとし、控訴人が採用した類似同業者給与比準方式の信用性を弾劾するが、控訴人は、具体的な回答の作成要領を示して鳥取税務署その他の税務署長に対して回答を求めており、それによって抽出基準がより明確となったことなどのために上記の差異が生じたと考えられるから、被控訴人が指摘する事態が当訴訟のためにされた類似同業者給与比準方式の信用性を疑わしめることになるとは認められない。

     したがって、その抽出過程や基礎資料が明らかでないことから控訴人が採用した類似同業者給与比準方式には信用性がないとの被控訴人の主張は、採用できない。

   エ また、被控訴人は、控訴人が類似同業者を抽出する条件として、売上金額について被控訴人のそれの2分の1以上2倍以下という倍半基準を設定したこと及び「青色事業専従者が会計業務の責任者として従事していること」という抽出基準を設定しなかったことにおいて、その抽出基準は被控訴人の事業実態とかけ離れており、不合理であるなどと主張する。

     しかし、いわゆる倍半基準は、類似同業者を抽出するに当たってその事業規模の類似性を画定する基準として一般的に合理的であると考えられるから、倍半基準は余りに範囲を拡大するものとして不当であるとの被控訴人の主張は、採用できない。また、前記2(2)イで認定したとおり、乙は、被控訴人事務所における会計業務の責任者であったとは認められないのであるから、控訴人が「青色事業専従者が会計業務の責任者として従事していること」という抽出基準を設定しなかったことは極めて合理的であって、被控訴人の主張は、その前提において失当である。

     被控訴人は、さらに、被控訴人は行政書士の資格を有しており、同資格においても業務を行っているから、控訴人が設定した税理士資格のみで「税理士業」を営んでいる者との類似同業者の抽出基準は、被控訴人の事業実態と齟齬しており、不合理であると主張する。

     しかし、被控訴人が行政書士として業務を行い、それによる報酬を得ていたとしても、被控訴人自身、本件各年分の所得の内訳書において、「税理士報酬」と区分して「行政書士報酬」と記載していないように(乙8ないし10、乙30の1ないし3)、被控訴人が得ていた行政書士としての業務による報酬は、被控訴人事務所の売上金額のうちのごくわずかなものにすぎなかったと推認されるから、控訴人が類似同業者の抽出基準として、税理士資格のみで「税理士業」を営んでいる者との条件を付したことにより、控訴人の類似同業者抽出基準が不合理となるとまでは認められない。

     被控訴人は、その他、類似同業者を抽出するについて津山税務署管内を加えたことは不当であるなどとも主張するが、独自の立場に基づく主張であって、採用できない。

   オ 以上のとおり、控訴人が採用した類似同業者給与比準方式は合理的でかつ信用できるものであり、それによって導かれた本件各年分の類似同業者の配偶者に係る青色事業専従者給与平均額は、税理士業務の補助として被控訴人の事業に従事する配偶者たる乙の給与の額として相当であると認められるから、本件各年分における乙の労務の対価として相当な額は、同平均額である平成16年分が571万6356円、平成17年分が545万0462円、平成18年分が525万5915円と同額と認定することが相当であると認められる。

 4 本件各処分の適法性について

  (1) 被控訴人が本件各年分において納付すべき各所得税の額

    前記3(3)オのとおり、本件各年分における青色事業専従者である乙の労務の対価として相当な額は、平成16年分が571万6356円、平成17年分が545万0462円、平成18年分が525万5915円であるから、被控訴人が乙に支給した本件各専従者給与のうち、それぞれ同額を超える部分の金額(平成16年分は668万3644円、平成17年分は734万9538円、平成18年分は754万4085円)は、被控訴人の事業所得の金額の計算上、必要経費としては算入できない金額となる。

    そうすると、被控訴人が本件各年分において納付すべき各所得税の額は、別表1ないし3の各「D 被告主張額」欄記載のとおり、平成16年分は還付金の額が141万3590円、平成17年分は還付金の額が62万8766円、平成18年分は還付金の額が78万0788円となると認められる。

  (2) 本件各処分の適法性

    上記(1)で算出された被控訴人が本件各年分に納付すべき各所得税の額は、いずれも本件各更正処分において納付すべき税額とされた平成16年分の還付金の額152万8490円、平成17年分の還付金の額83万5966円、平成18年分の還付金の額104万0888円を上回るから、本件各更正処分は、いずれも適法である。そして、適法である本件更正処分に基づく国税通則法65条所定の過少申告加算税の額は、平成16年分が22万1500円、平成17年分が21万円、平成18年分が21万2000円となるから、本件各賦課決定処分も、適法である。

    よって、本件各処分は、すべて適法である。

 5 結論

   以上のとおりであるから、被控訴人の請求はすべて理由がないのでこれを棄却すべきところ、被控訴人の請求を一部認めて本件各処分を一部取り消した原判決はその限度において相当でないので、控訴人の控訴に基づいて原判決の控訴人敗訴部分を取り消して同部分に係る被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

    広島高等裁判所松江支部

        裁判長裁判官  塚本伊平

           裁判官  小池晴彦

           裁判官  高橋綾子

 

 別表4及び5 省略

藤井敏明裁判長名判決 不法残留幇助について無罪とした東京高裁平成元年

令和元年度重要判例解説 刑法5 出入国管理及び難民認定法違反幇助被告事件

東京高等裁判所判決/平成30年(う)第2076号

令和元年7月12日

【判示事項】      被告人が、大韓民国の国籍を有する内縁の夫において在留期間の更新又は在留資格の変更を受けないでその在留期限を超えて不法に本邦に残留していることを知りながら、被告人方に同居させるなどして、その不法残留を容易にさせて幇助したとする第1審判決が、控訴審において、事実誤認、法令の解釈適用の誤りを理由に破棄され、被告人に無罪が言い渡された事例

【参照条文】      刑法62

            出入国管理及び難民認定法70-1

            刑事訴訟法336

            刑事訴訟法380

            刑事訴訟法397-1

            刑事訴訟法400ただし書

【掲載誌】       LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      ジュリスト1544号152頁

            法学教室471号142頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被告人は無罪。

 

       理   由

 

 1 本件の概要及び控訴趣意

 本件公訴事実の要旨は,被告人が,大韓民国の国籍を有する内縁の夫であるAが,平成27年2月25日,本邦に上陸後,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けないで,その在留期限である同年5月26日を超えて不法に本邦に残留しているものであることを知りながら,同月27日頃から平成29年6月30日までの間,東京都新宿区内の被告人方等にAを居住させるなどし,もって同人がその在留期間を超えて不法に本邦に残留することを容易にさせてこれを幇助した,というものである。

 弁護人倉地智広(主任),同渡邉彰悟及び同岩井信の控訴趣意は,①被告人には,幇助行為及び幇助の故意が認められないのに,幇助犯の成立を認めた原判決には事実誤認がある,②幇助の意義と限界を一切明らかにせず,漫然と被告人に幇助犯の成立を認めることは,社会に過度の萎縮効果を与えるものであり,憲法31条に反し,また,被告人と同様,不法残留者と同居している者は日本社会に数多くいるところ,被告人だけを恣意的に処罰することは不公正にして不平等であり,憲法14条に反する,③被告人の行為は,内縁の妻に適用される民法上の同居・扶助義務を履行したものであり,正当行為として違法性が阻却されるか(刑法35条),実質的違法性を欠くのに,これを認めなかった原判決には法令適用の誤りがある,というものである。

 2 原判決が認定した前提事実

 (1) Aは,大韓民国の国籍を有し,平成19年に本邦に入国し,日本国籍を有する女性と婚姻し,在留資格を「短期滞在」から「日本人の配偶者等」に変更した上で在留期間の更新を重ね,最終的にその在留期間は平成27年2月23日(3年)とされた。しかしながら,Aは,前記女性と平成24年7月に離婚し,平成25年1月14日以降は本国に帰国したため,在留期間の更なる更新は望めない状況にあった。

 (2) 被告人は,平成4年に婚姻したが,平成23年頃には婚姻関係が破綻し,平成24年には東京都世田谷区内に自己名義でアパートを賃借して単身別居生活を送っていた。その後,被告人は,平成27年9月に夫に対して離婚調停を申し立てたが,翌年には不調となり,本件当時も離婚は成立していなかった。

 (3) 被告人は,平成26年春頃,インターネットを通じてAと知り合い,被告人が大韓民国のA方を訪問するなどして,間もなく交際を開始した。Aは,同年8月5日に本邦に入国し,被告人が居住するアパートで被告人と同居するようになった。なお,同居後の同アパートの家賃は2か月分を除き,被告人が負担していた。

 (4) Aは,在留期限が到来する直前の平成27年1月29日に一旦出国した上,同年2月25日に「短期滞在」(90日)の在留資格で本邦に再び入国して被告人との同居を再開し,有効期限である同年5月26日が経過した後も,そのまま本邦に不法残留した。被告人は,Aの在留資格が「短期滞在」であり,同日頃には在留期間が経過することを認識していたが,自分の離婚が成立していなかったことから,Aと婚姻して「日本人の配偶者等」の在留資格を得るなど,適法な在留資格を得ることができないと考え,そのまま何らの手続を採ることもなく,Aとの同居を継続した。

 (5) 被告人は,Aと飲食店を経営することとし,それに必要な食品衛生に関する資格を取得した上,平成28年4月頃,被告人名義で東京都新宿区内の店舗の賃貸借契約を締結し,同年6月20日から同所で飲食店の営業を開始し,Aも同店で稼働した。また,被告人は,同年5月頃,同区内のマンションを被告人名義で賃借し,同所に転居してAとの同居を継続した。なお,被告人らは,同店舗の家賃や光熱費等は同店の売上金から拠出し,同マンションの家賃や駐車場代は同店の営業により得た利益の中から拠出していた。

 (6) 被告人は,Aが来日した平成26年8月頃以降,Aと交際関係にあることを周囲に隠すことはなく,自己の両親や子供らに紹介して家族ぐるみで付き合いをしていたほか,店舗の大家等にも紹介し,ブログにもAと内縁関係にあることを前提とした書き込みをするなどしていた。もっとも,被告人は,他者に対し,Aの在留期間が平成27年5月26日までであり,不法残留の状態にあることを知らせてはいなかった。

 (7) 平成29年7月1日,Aは不法残留の被疑事実で逮捕された。

 3 原判決の判断

 前記2の前提事実をもとに,以下の理由により,原判決は,被告人について,Aの不法残留に対する幇助犯が成立すると判断し,公訴事実と同旨の罪となるべき事実を認定した。

 すなわち,被告人は,近い将来にAの在留期限が到来し,在留資格の変更や在留期間の更新が見込めない状況であることを認識しながら,①Aが来日した直後から被告人名義で賃借したアパートで同居を開始し,②Aの在留期間が経過した後も同アパート及び新たに被告人名義で賃借したマンションで同居を継続したほか,③平成28年6月20日以降は,被告人名義で賃借した店舗において,被告人が取得した飲食店の営業に必要な資格を利用し,Aと共に飲食店を経営して被告人及びAの生活資金を得ていたものと認められる(以上のうち②,③を併せて,以下「本件行為」という。)。被告人のかかる行為は,適法な在留資格を有しない者が通常困難を伴う住居及び生活資金を得るための手段を提供するものとして,Aの正犯行為の実行を容易にしたことは明らかであり,また,被告人がそのことを認識・認容していたことについても疑いを容れる余地はない。

 原審弁護人が,在留特別許可に係るガイドラインの考慮事項に「婚姻が安定かつ成熟していること」とあること等を根拠に,被告人の本件行為は,内縁の相手方たる地位に基づく行為であり,犯罪促進的であると社会的に評価されておらず,幇助に該当しないと主張したのに対し,婚姻又は内縁の相手方たる地位に基づく行為といっても,その不法滞在に対する関与の度合いは様々であって一律に論じることはできないと解されるし,在留特別許可は,不法滞在が違法であることを前提とした上で,出入国管理行政の適正な運用の確保という法益と,当該処分時において現に生じている不法滞在者の本邦に引き続き滞在する利益を,比較衡量の上,後者が優先されると判断される場合に,法務大臣の裁量により,事後的・救済的に将来の在留資格を付与するものである上,前記ガイドラインも,複数ある積極的要素の一つとして前記の項目を挙げているにすぎず,内縁関係にある外国人の不法滞在を容易にする行為が犯罪促進的でないと社会的に評価されているとはいえないとした。

 さらに,原審弁護人は,被告人の行為は,内縁関係に準用される民法上の同居・協力・扶助の法的義務を履行したにすぎず,刑法35条の法令行為として違法性が阻却されると主張したが,これらの義務が他の法益に優先するとの解釈をとる余地がないことは自明であり,出入国管理及び難民認定法及び民法との関係において,その実態を捨象して婚姻ないし内縁関係そのものに出入国管理行政の適正な運用の確保という法益に優先する保護利益を肯定しているとはいえないとしてこれを排斥した。

 4 当裁判所の判断

 原判決の前提事実に関する認定(前記2)は,当裁判所も支持できるが,その事実関係の下で,被告人について,不法残留幇助罪の成立を認めた判断は是認することができない。

 弁護人の控訴趣意及び検察官の答弁を踏まえ,以下,当裁判所が,そのように判断する理由を説明する。

 (1) 被告人が本件行為に至る経緯やその実態をみると,Aが不法残留となる約9か月前から,被告人とAは,同居し,生計を共にしていたものであるところ,Aは資産を有しており,被告人が離職した際の家賃等をAが負担していたことからも認められるように,被告人によって一方的に扶養されるという関係にはなかった。

 また,Aが不法残留となった後に二人が転居し,飲食店経営を始めたという事情はあるものの,転居によって,以前から継続していた同居の性質が変容したとはいえず,飲食店経営はA及び被告人の生計の手段として行われていたものであるから,本件行為は,Aと内縁関係にある被告人が,同居して生計を共にする従来からの状態を継続していたものにすぎないと評価することができる。他方で,被告人は,一定の場所に居住し,公然とAと共に飲食店を切り盛りし,ブログにAとの内縁関係を前提とする記事を載せ,家族や知人に紹介するなど,Aの存在を殊更隠そうとしていたような状況は認められないし,公務所に虚偽の文書を提出するなどして当局に不法残留の発覚を妨害するなどしたことも認められない。

 (2) 他方,正犯であるAの不法残留は,在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留した,という不作為犯であるから,前記(1)のような実態の本件行為が,Aの正犯行為を促進する危険性を備えたものと評価することは困難というべきである。

 (3) そうすると,原判決が,被告人につき,Aの不法残留に対する幇助罪の成立を認めたのは,正犯行為の性質を的確に踏まえないまま,幇助行為の要件を形式的に捉え,本件行為の性質を誤認して,それが幇助犯に当たるとする不合理な判断をしたもので,ひいては,刑法62条1項の解釈適用を誤ったものというべきである。

 これに対し,検察官は,答弁書でるる主張するが,それらを検討しても,以上の認定,判断は左右されない。

 したがって,弁護人のその他の所論を検討するまでもなく,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りが認められるから,事実誤認をいう弁護人の論旨は理由がある。

 よって,刑訴法397条1項,380条,382条により,原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,更に判決することとし,前記のとおり,本件公訴事実については,犯罪の証明がないから,同法336条により,被告人に無罪の言渡しをする。

  令和元年7月12日

    東京高等裁判所第5刑事部

        裁判長裁判官  藤井敏明

           裁判官  幅田勝行

           裁判官  高杉昌希

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