岡本法律事務所のブログ

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2020年11月

ラジオタイランド 日本語 2020年11月30日 月 2200~2215JST

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2200 ニュース

タイ中央銀行は戴冠式の記念紙幣のデザインを発表した。

 

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観光業の回復は2年後とみられている。

 

政府は狂犬病撲滅を計画している。

 

ニュース展望

来年に第二弾が実施されるアーシップ・ハーシップキャンペーンのイベント事業

生活必需品半額支援

 

小島ひでみ

 

適応のないがん手術をした医師について実刑とした奈良地裁 山本病院事件

医事法判例百選 第2版(2014年)61事件

業務上過失致死被告事件

 

【事件番号】       奈良地方裁判所判決/平成22年(わ)第42号

【判決日付】       平成24年6月22日

【判示事項】       1 病院長・医師である被告人と同病院勤務医について,肝臓外科専門医ではなく,肝臓切除手術の執刀経験も皆無である両名のみでは,大出血の危険を伴い高度の専門性を有する肝臓背部側の腫瘍の切除手術を安全に実施するための人員態勢として不十分であることを認識し,その実施を避けるべき業務上の注意義務があったと認定して,医師の業務上の共同注意義務違反を認めた事例

             2 被害者の遺体が解剖されておらず,その解剖所見等は存在しないものの,手術中の麻酔記録や看護師,専門医の供述等から被害者の死因を出血死と認定し,かつ,本件肝臓切除手術と被害者死亡の因果関係を認定した事例

【参照条文】       刑法211-1前段

             刑法60

【掲載誌】        判例タイムズ1406号363頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       別冊ジュリスト219号132頁

             法学新報122巻11~12号387頁

             刑事法ジャーナル46号115頁

 

       主   文

 

 被告人を禁錮2年4月に処する。

 訴訟費用は被告人の負担とする。

 

       理   由

 

(認定事実)

 被告人は,昭和58年6月,医師免許を受け,平成11年7月1日以降,奈良県甲市所在のa病院の院長として,同病院の業務全般を統括し,かつ,医師として,同病院における医療業務に従事していた。また,Cは,昭和55年5月に医師免許を受け,平成18年3月30日から同年8月16日までの間,前記a病院の常勤医師として同病院における医療業務に従事していた。

 被告人及びCは,平成18年1月10日以降,a病院に入院中のDの肝腫瘍(以下「本件腫瘍」という。)の治療を行うに際し,同人のCT検査,腹部超音波検査,肝血管造影検査(腹部アンギオ)の結果等から,本件腫瘍がS7と呼ばれる肝臓の背部の表面から数センチメートル内側にあることを認識した。

 一般に,そのような部位の切除手術は,肝静脈損傷等による大出血の危険を伴う高度の専門性を有するもので,そのような切除手術を実施するには,肝臓外科医等の専門医が適切な手術方法によって実施するとともに,大出血等の急変に備えて手術中の患者の血圧脈拍等を管理し,迅速的確な止血処理が行えるようにするための十分な人員態勢を確保して実施すべきであるが,被告人及びCは,肝臓外科の専門医ではない上,肝臓の切除手術(以下「肝切除術」という。)の執刀経験は皆無であった。したがって,被告人及びCは,医師が両名だけの態勢で前記Dの肝臓の前記部位を切除して本件腫瘍を摘出する手術を行えば,手術中の執刀ミス等により大出血がおこり,それに対する適切な止血処理ができずに,同人が出血によって死亡するおそれがあることを十分予見できた。このような場合,医師として医療業務に従事する被告人及びCとしては,肝臓外科の専門医でなく肝切除術の執刀経験もない被告人とCの医師2名だけでは前記のような手術を安全に実施するための人員態勢として不十分であることを認識し,その実施を厳に避けるべき業務上の注意義務があった。ところが,被告人及びCは,これを怠り,本件腫瘍の切除摘出手術が安全に実施できるものと軽信し,被告人,C及び看護師2名の計4名という,前記手術を実施するのに不十分な人員態勢のまま,平成18年6月16日午前10時9分頃,前記a病院第1手術室において,被告人らが本件腫瘍の切除摘出手術を開始した過失により,その頃から同日午後1時30分頃までの間,電気メス等を用いて前記D(当時51歳)の右第7肋間を直線に約10センチメートル切開して切開部を開胸器で広げたものの,肝静脈切断や損傷を避けるための十分な術野を確保できないまま,そこからS8と呼ばれる肝右葉前部から肝臓上部に接着する横隔膜を剥離し本件腫瘍に向かって肝臓を切り進めていく中で,肝静脈等を損傷して大出血をさせ,適切な止血処理を行うこともできず,よって,同日午後3時39分頃,同病院において,前記Dを肝静脈損傷等に基づく出血により死亡させた。

(証拠の標目)

 なお,以下,括弧内の甲ないし乙で始まる番号は,検察官請求証拠を証拠等関係カード記載の番号で示したものである。

・ 被告人の公判供述

・ 公判調書中の証人E,同F,同G(第3回公判分及び第11回公判分とも),同H,同I(第4回公判分及び第12回公判分とも),同J,同K,同L,同M,同N,同O,同Q,同R,同S及び同Tの各供述部分

・ E(甲12)及びU(甲15)の各検察官調書

・ V(甲11)及びW(甲14)の各検察官調書抄本

・ X(甲31),Y(甲32)及びR(甲33)の各警察官調書

・ 写真撮影報告書(甲1,2)

・ 捜査報告書(甲4,5,7,9,10,38,44,46,60)

・ 捜査関係事項照会書謄本(甲47,49,51,53),捜査関係事項照会回答書(甲37,48,50,52,54)

・ 戸籍謄本(甲3)

・ 押収してある麻酔記録2枚(平成24年押第2号の1〔甲69〕)及びAngioフィルム各3枚(同号の4〔甲74〕,同号の5〔甲75〕)

(補足説明)

第1 争点

 1 被告人の注意義務の存在及び注意義務違反の事実

   検察官は,被告人とCが判示D(以下「被害者」という。)の肝臓に発見された本件腫瘍の判示切除摘出手術(以下「本件手術」ともいう。)を実施したことを前提に,被告人とCには,本件腫瘍が肝血管腫であると診断すべき注意義務及び本件手術を開始してはならない注意義務があったと主張し,被告人及びCが本件腫瘍を肝臓がんであると誤診したこと並びに被告人とCが必要な人員態勢を確保しないまま本件手術を安全に実施できると軽信し本件手術を開始したことが過失行為である旨主張する。

   これに対し,弁護人は,Cが主治医として被害者の治療に従事し,本件手術実施の最終決定を行った上,執刀医も担当していたとして,被告人には,本件腫瘍が手術の必要のない肝血管腫と的確に診断する注意義務や,肝切除術に十分な人員態勢を確保し,それができない場合には手術の実施を回避すべき注意義務はなかったなどと主張し,検察官が主張する被告人の注意義務の存在及び注意義務違反の事実を争っている。

 2 被害者の死因及び因果関係

   検察官が本件手術により被害者が出血死したと主張するのに対し,弁護人は,客観的な本件手術の記録等に照らすと被害者が本件手術中大量に出血した事実はなく,被害者は急性心筋梗塞等の出血以外の原因によって死亡した可能性があるなどと主張して,被害者の死因及び本件手術と被害者の死亡結果との間に因果関係があることを争っている。

 3 争点の摘示

   そこで,本件の争点は,①被告人の注意義務及び注意義務違反の存否,②被害者の死因が出血死であるか,並びに③被告人及びCがした本件手術と被害者の死亡結果との間に因果関係が存在するかの3点となる。以下,順次検討する。

第2 前提となる経過等

 次の事実は関係証拠から明らかに認められ,被告人においてもこれらの事実を争っていない。

 1 被告人及びCの地位・経歴

   被告人は,昭和58年6月1日に医師免許を取得し,以後心臓血管外科医や呼吸器外科医等として病院勤務をした後,平成11年7月にa病院を開設した。a病院においては,本件当時,2階は治療を必要とする患者が入院する急性期病棟,3階は積極的な治療までは必要ないものの退院までまだ時間を要する患者が入院する療養型病棟と位置付けられていたところ,被告人は,同病院において,院長として同病院の業務全般を統括するとともに,医師として同病院における医療業務に従事し,本件当時は,主に2階の急性期病棟に入院中の患者の治療を担当していた。なお,被告人は,平成3年9月27日に医療法による診療科名として麻酔科の許可を受けている(甲9)。

   Cは,昭和55年5月28日に医師免許を取得し(甲37),b市民病院等において外科医として勤務し,平成18年3月30日から同年8月16日までa病院で勤務していた(甲38)。Cは,同病院に在職中,主に3階の療養型病棟に入院中の患者の治療を担当していた。

 2 本件手術に至る経緯

  (1) 被害者の入院

    被害者は,いわゆる行旅(行路)病人であり,平成17年10月25日から平成18年1月10日まで他の病院2か所に入院した後,同日,慢性肝炎,高血圧及び狭心症などの検査及び治療の目的でa病院へ転院して同病院2階急性期病棟に入院した。

    被害者は,当初被告人が主治医となってその治療を担当していたが,同年(なお,以下,平成18年の出来事については年の記載を省略する。)3月14日に3階療養型病棟へ転棟して,当時同病院の副院長であったKが主治医となった。しかし,同月30日にCが同病院で勤務をするようになったころからは,Cが被害者の主治医となった。

  (2) 被害者の治療等の経過

   ア 被害者は,a病院に入院後,冠動脈造影検査や経皮的冠動脈形成術を受けたほか,各種検査等を受けていたところ,3月23日に腹部の単純CT検査を受けた。そのCT画像を読影したa病院の放射線科医師Uは,被害者の肝臓部分に低吸収域を認めた。低吸収域とは,放射線が水や脂肪,空気を通り抜けて黒く映った部分をいい,通常,腫瘤性病変を疑うものである。Uは,鑑別診断が必要と判断し,「C・T検査」の所見欄に,本件腫瘍が肝細胞がんである疑いがあるため,造影CT検査を行うよう被害者の治療を担当する医師に申し送る旨を記載し(甲15,甲10・232丁),Kは,同月25日頃,被害者につき造影CT検査を行うよう依頼した(甲10・60,227丁)。

   イ その後,前記のとおり,被害者の治療にはCが主治医として担当するようになった。Cは,被害者のa病院における入院診療録(以下「本件診療録」という。)の4月2日と記載された欄(なお,以下,本件診療録中診療経過を記載した部分〔甲10・5ないし12丁,119ないし121丁,227,228丁〕における一定の日付けの記載については,単に「○月○日欄」等と記載する。)に,『enhanced CT→hemangioma HCC 疑と説明』『enhance CT angio op >の方向で』と,被害者に血管腫と肝臓がんの疑いがあり,血管造影検査及び手術の一方または両方を行う予定としたように読める記載をした(甲10・228丁)。

     前記造影CT検査は4月3日に実施され,その結果,造影剤が肝臓の動脈,門脈及び静脈を流れる間,いずれにおいても白く写り,造影剤が血管内に残っていることが認められた。肝細胞がんの場合,動脈から造影剤を入れて撮影すると,その段階で腫瘍部分が白く染まり,造影剤が動脈から出て行くと腫瘍部分の染まりがなくなるのに対し,血管腫であれば,動脈に造影剤を入れたときだけではなく,門脈や静脈に造影剤が流れて行ったときにも白く染まるのが一般的である。したがって,被害者の前記造影CT検査の結果は,典型的な血管腫であることを示すものであった。同検査の読影を行ったUは,「C・T検査」の結果報告書に,本件腫瘍について血管腫の疑いがあり,腫瘍マーカーが上昇すれば肝血管造影をするように申し送りした(甲10・60丁)。

     Cは,同月4日欄に,C型肺炎及びB型肺炎が陰性である旨記載した(甲10・228丁)。

     被害者は,4月5日,再度,2階急性期病棟へ転棟した。

   ウ 肝臓は,解剖学的に,右葉と左葉に分かれ,右葉の前側(腹面側)を前区域,後ろ側(背面側)を後区域と呼び,さらに前区域上方がS8,同下方がS5,後区域上方がS7,同下方がS6と呼ばれ区分されている(甲64,E20丁等)。Cは,同月5日欄に,前記造影CT検査において,肝臓のS7の部位に,1.5センチメートル大の腫瘍があることが確認された旨記載した(甲10・5丁)。

     また,Cは,同月11日欄には,腫瘍マーカーであるPIVKA-Ⅱが基準値内であること,C型肝炎ウイルス検査結果が陰性であること,肝機能が正常であることを記載した上,『HCCと考える根拠 ↓ CTのみ ↓ angio』と記載した。そして,被告人は,前記記載に続き,同日欄の『症状・経過等』欄に『肝angio』と記載し,『処方・手術・処置等』欄には『肝アンギオ予定』と記載した上薬剤投与の指示を記載した(甲10・6丁)。

     Cは,同月12日,被害者に,同月18日に肝血管造影検査を実施する旨伝え,被害者は,被告人に行ってもらいたい旨述べ,Cはこれらを本件診療録に記載した(甲10・7丁)。

   エ 被告人及びCは,4月18日,a病院の診療放射線技師長M及び同技師Nとともに,被害者に対し肝血管造影検査を実施し,(同日午後2時38分,3時5分,5時33分,5時35分,5時40分の)5回の造影が行われ,被告人は,少なくともそのうち当初の2回の造影に立ち会い,造影時のモニター画像を見ていた(第6回公判調書中の証人Mの供述部分,証人尋問調書11丁〔以下,各公判調書中の証人及び被告人の供述録取記載について,単に「M11丁」等と証人尋問調書等における丁数とともに略記し,証人の供述全体を指す場合には「M証言」等と略称する。〕。なお,弁護人は,この検査に被告人がどの程度関与したかについてるる主張するが,M証言の内容や,これがN証言と符合していること,被告人自身の公判供述〔被告人19丁〕等からすれば,前記認定の範囲では疑いがない。)。同検査の結果,本件腫瘍は,肝臓のS7の表面から少し内側にあって,右肝静脈から枝分かれした肝静脈が伸びている部分に近接した箇所に位置していることが判明した。

     また,この肝血管造影検査における造影画像には,本件腫瘍が造影剤によりまだら状に黒く写っており,細い血管が糸くずのように集まったところにじわじわと造影剤が染み込んでいくためにまだら状に写るという,肝血管腫の典型的な所見を示していた(甲10・61丁,甲11,12)。

     Cは,この検査結果に基づく判断として,同日,本件腫瘍が肝臓がんであると診断した(甲10・2,61丁)。

     Cは,翌19日,被害者に対し,被害者の肝腫瘍が99パーセント肝臓がんであること,被害者に肝硬変やC型肝炎がないことを告げ,非常に効果的な治療ができる可能性があるなどと告げた(甲10・8丁)。

   オ 4月19日,被告人の指示によりに腹部超音波検査が実施され,a病院の臨床検査技師Jは,被害者の肝臓のS7領域に,大きさが長径19.8ミリメートル・短径12.6ミリメートルの高い輝度を示すエコー域(「high echo域」)があることを確認した。

     この高輝度エコー域の存在は肝血管腫に特徴的であって,肝細胞がんの場合は,高輝度のものと低輝度のものが混ざったモザイク状のエコー像になる。そこで,Jは,本件腫瘍が肝血管腫であると考え,同検査の報告書に『high echo』と高輝度エコー域の存在を明記し,その位置を図示した(甲10・54丁,J3ないし6丁)。

   カ Cは,5月9日,被害者に対し,「肝細胞がんです。手術すれば,命を脅かすことはないでしょう。Dさんの場合には,肝硬変,C型肝炎がないという好条件がそろっているので,手術もしやすいし,回復も早いです。抗がん剤の効果も限定的です。体力のある今のうちに手術をしたほうがよいと思います。」などと説明し(甲10・9丁),薬での治療を希望する被害者に対して,薬ではどうにもならず手術しかないこと,手術を進めるのは被告人とも相談した結果であることなどを告げた(甲36)。

     さらに,被告人も,同日,被害者に対して,小さいがんだから早めに手術した方がよいなどと告げた(甲36)。

     Cは,6月10日,被害者に対し,手術方法に関して,開胸開腹下に肝臓右葉後下区域を切除する旨のインフォームド・コンセントを行った。被害者は,同日,本件手術の実施に同意する旨の手術同意書に署名した(甲10・11丁,31,32丁)。

   キ Nは,前記肝血管造影検査の後頃,Cに対し,Cが被害者の肝臓の腫瘍を除去する手術をするのか尋ね,その際,Cから,その手術は,腫瘍の切除をするため肝臓を持ち上げてひっくり返す必要があり,その点が難しいが,他は難しくない旨聞いた(N12丁,21ないし23丁)。

   ク a病院では,被害者に対して,1月10日から5月22日まで,血液の総合検査が合計18回実施されており,いずれの血液検査の結果においても,肝機能の異常を示すAST(GOT),ALT(GPT)及びγ-GPTの数値は正常範囲内であり,PIVKA-ⅡやAFPといった腫瘍マーカーの数値もほぼ正常範囲内であった。

     また,肝細胞がんに罹患している患者の多くがウイルス性肝炎にも罹患しているところ,被害者の血液検査の結果,被害者はC型肝炎にもB型肝炎にも罹患していないと判明した(甲10・19ないし24丁,160ないし171丁,甲11,12)。

  (3) 本件手術の準備

   ア キューサの借出し

     被告人は,本件手術のために,a病院事務長のOに医療機器であるキューサ(超音波メス)を業者から借り出して手配するように依頼した。本件手術の数日前,業者の担当者が,キューサの使用方法について説明するためにa病院を訪問し,被告人及びC並びに本件手術に立ち会う予定であった看護師F及び同Gの4名がこの説明を受けた。

   イ 輸血の準備

     本件手術の数日前,当時,急性期病棟で勤務していた看護師Hは,本件手術の手術申込票を見て,看護師等を介し,Cに,輸血の準備は必要ないか確認したところ,Cは,看護師等を介し,簡単な手術なので不要である旨及び被告人と相談して決める旨答えた(H27丁)。

     また,Gや,当時急性期病棟の病棟師長であった看護師Lは,被告人に対し,本件手術に関し,輸血の準備は必要ないか確認した。被告人は,いずれも,本件手術は1時間くらいの簡単な手術なので輸血は必要ない旨返事していた(G第3回8丁,L6丁,12丁,被告人32丁)。

     そして,Cは,6月9日欄に『輸血は院長と相談の上』と記載したものの,結局,本件手術開始前に,輸血の準備はされなかった(甲10・10丁,27丁)。

   ウ 外部医師の招聘

     被告人は,本件手術に先立ち,Gから,本件手術にあたり外部から肝臓の専門医を招聘する必要性について問われたが,その必要性を否定した(G第3回6,7丁)。

   エ 本件手術の手術申込票の記載

     本件手術の手術申込票(甲10・13,14丁)の『執刀医』欄には『「A」Dr』と,『麻酔医』欄には『「A」Dr←→C』と記載された。

     Cは,この手術申込票の『手術必要物品』欄に『キューサー』と記載し,被告人は,これに加えて,『超音波プローベ』『開胸器』『胸腔ドレーン』と記載した。

 3 本件腫瘍の客観的な性質

   本件腫瘍は肝血管腫である(甲11,12,証人E,同J)。なお,病理組織検査の結果,本件腫瘍は海綿状血管腫という良性腫瘍と判明し,壊死した肝細胞がんの痕跡も認められなかった(甲14)。血管腫とは,細い血管が糸くずのように固まった腫瘍のことであり,それが肝臓にある場合には肝血管腫とも呼ばれる。

 4 本件手術の経緯

  (1) 手術開始まで

    本件手術では,医師である被告人及びCのほか,Fが直接介助の看護師として,Gが間接介助の看護師として立ち会うこととなった。直接介助の看護師は,主に清潔操作を担当し,執刀医や介助医にメスを渡すなどの作業を行い,間接介助の看護師は,主に不潔操作を担当し,患者の全身管理のために麻酔や心電図,血圧等のモニターを管理したり,直接介助が必要な物を直接介助の手元に用意したりする作業を行う。

    被害者は,6月16日(以下,同日,すなわち本件手術当日の出来事については,特に断りのない限り,〔年〕月日の記載も省略する。)午前9時40分頃,a病院の第1手術室に入室した。被告人及びC以外には医師は立ち会わなかった。

    Cは,午前9時46分頃,被害者に対して麻酔剤の導入を開始した。麻酔導入後は,被告人,C,F及びGの4人で被害者を左側臥位の形にして固定し,被告人が被害者の背部側,Cが同腹部側,Fが被告人の右隣の位置にそれぞれ立った。Gは,基本的に被害者の頭部付近に立ち,必要に応じて移動していた。

  (2) 手術中の経緯

   ア 開胸から横隔膜剥離の途中頃まで

     午前10時9分頃,被告人ないしCが,被害者の右わき腹を,被害者の背中側から腹部に向けて,メスで皮膚切開を始め,本件手術が開始された。

     メスが肋骨まで達すると,被告人は,右の第7肋間を直線で約10ないし15センチメートル切開した。このとき,骨まで切ることはなく,第7肋間から更に腹の中心まで切り進むことはなかった。そして,被告人は,視野確保のため,肋間を切開した部分に開胸器を掛けて拳2個分程度上下に広げ,肝臓のS8を直接視認可能な状態にした。その後,被告人(及びC)は,肺間膜を電気メスで切除した上で,横隔膜をピンセットでつまみ上げ,電気メスで横隔膜を切開していった(その後の具体的経過については争いがある。)。その後,被告人ないしCは,キューサを使い始めた。

     この間,被害者の収縮期血圧は,麻酔導入後120(ミリメートル水銀柱。以下血圧について同様)程度であったのが,手術開始後上昇し,その後,午前10時25分頃から10時50分頃までは140ないし160(180)程度で推移した。また,被害者の心拍数は,手術開始時60程度であったが,手術開始後やはり上昇し,その後午前10時15分頃から10時45分頃までは70ないし80程度で推移した(いずれも機械測定による。以下,血圧等の測定値は,出血量と尿量を除き全て機械による測定数値である。また,それらの測定値が意味するところについては後述する。)。

   イ 最初の輸血手配の頃まで

    (ア) Gは,午前10時40分ないし45分頃,被害者の出血量が400ミリリットルに達したことから,被告人に対し,400出血していますが,輸血は要らないですかと声をかけた(G第3回14,15丁,30丁)。

      被害者の収縮期血圧は,午前10時40分頃から11時までの間に,160前後から100前後へと,またETCO2(呼気中の二酸化炭素濃度であり,正常値は35ないし45である。R8丁)の値も27から16へと,いずれも低下した。

      また,被害者の心拍数は,午前10時52分頃に約85に,その約2分後である午前10時54分頃に110以上に上昇した後,そのまた二,三分後には80,そのまた二,三分後である午前11時頃には70と低下した。

      Gは,午前11時頃,被害者の出血量が600ミリリットルに達したので,再度,被告人に対し,輸血の手配はしないのかと尋ねたところ,被告人は,輸血の手配をするように指示をした。Gは,これを受けて,a病院検査室に輸血の手配を依頼し,同検査室から血液センターにMAP3パックが発注された。MAPは,濃厚赤血球の赤血球製剤であり,1パックの内容量は400ミリリットルであるが,そのうち赤血球成分は280ミリリットルである(I第4回15,16丁)。なお,本件診療録中にある本件手術の麻酔記録(甲10・26,28丁,甲69。以下「本件麻酔記録」という。)の『出血量』欄には,午前11時までに600ミリリットルの出血があった旨記載されている。

    (イ) (ア)の頃,被害者の肝臓に急な出血があり,被告人とCはその止血を試みた(被告人は,平成22年2月23日付け供述書〔乙6,以下「本件供述書」という。〕においては午前10時50分頃には止血できたと陳述しているが,公判廷においては,その止血は午後零時頃になってできたと述べている〔被告人40丁〕。)。

   ウ その後午後零時頃まで

     また,被告人は,午前11時頃,Gに指示して,吸入麻酔薬セボフルレンの注入をいったん停止した。その後,被害者の収縮期血圧は徐々に上昇し,午前11時10分頃に約140となった。その後,被害者の収縮期血圧は,同時10分過ぎに約30まで下がり,同時15分過ぎに再び約145まで上がり,同時20分頃に約40まで下がるという経過を経て,その5分後頃から60,65と徐々に上がりはじめ,午前11時30分頃には70まで回復した。

     被告人は,午前11時30分頃,Gに指示し,被害者に対するセボフルレン注入を,注入量を当初の2分の1である0.5パーセントにして再開した。

     被害者の収縮期血圧は,午前11時35分頃には120となり,その後午前11時50分頃には約150まで上昇し,午後零時7分頃には再び約80に下がった。

     この間,被害者の心拍数は,午前11時5分頃から11時30分頃まではおおむね80ないし90で一定していたが,午前11時35分頃いったん約110に上昇し,その直後頃後80程度に下がった後再び上昇し,午前11時45分頃から午後零時30分までは,概ね90ないし100で推移していた。また,ETCO2の値は,セボフルレン注入が停止してから約15分後に19に回復し,その後しばらくそのまま推移して午後零時頃には21となった。

     本件麻酔記録の『出血量』欄には,午前11時以降午後零時までは記載がなく,午後零時までに1500ミリリットルの出血があった旨記載されている。

   エ 午後零時から手術終了直前まで

     被害者に対しては,MAPが,午後零時14分,午後零時42分,午後1時4分にそれぞれ1パック投与(投与開始)された。また,被害者に対しては,本件手術開始から午後1時30分までの間にヴィーンFという輸液4本,合計2000ミリリットルが投与された。

     被害者の収縮期血圧は,午後零時7分頃にいったん約80に低下し,その後から午後1時までの間,概ね130,105,70,130,170,110,70,155,210,130と推移し,午後1時に約40に低下して,その後,午後1時から1時30分までの間は,概ね110,170,150,110,150,140と推移した。

     被害者の心拍数は,前記のとおり午前11時35分頃から午後零時30分までは概ね90ないし100で推移していたが,その後上昇し,午後零時45分頃から1時30分までは概ね100ないし110の間で推移していた。

     ETCO2の値は,午後零時から1時30分までの間,21,23,21,21,16,15,14と変化した。

   オ 手術の終了

     被告人及びCは,前記出血に対し,止血点を探しながら電気メスの凝固機能であるスプレーモードやアビテンシートを用いて止血処理を行った。その上で,被告人は,肝臓の病変部分を更にキューサで切り取り,肝組織片を取り出した。

     その後,被告人は,腹腔内の血液等を外に出すために,ペンローズを腹部に装着し,その管の先端を腹部から二,三センチメートル出した状態にして,その上にガーゼを当てた。また,胸部にはチェストドレーンバッグを装着して,吸引による圧力を掛け,胸の中の血液等を吸い出すようにした状態で閉胸した。閉胸する際に,腹腔内の洗浄は行われなかった。

     そして,Cが皮膚を縫合し,本件手術は午後1時30分頃に終了した。セボフルレンの注入は午後1時26分に停止され,笑気ガスの供給は午後1時31分に停止された。

     被告人は,本件手術終了の前後頃,手術室にいたCらに対して,輸血をしておくように指示をし,第1手術室を退室した。

 5 本件手術後の状況

  (1) 体位変換後の変化

    本件手術が終了し,被告人が手術室から退室した後,C,F及びGの3名は,被害者を支えている固定具を外し,被害者の体を左側臥位から仰向けに戻す体位変換を行った。この体位変換は,手術が終わった後一般的に行われる行為であり,側臥位等の不安定な状態のままにすると,患者が麻酔から覚めたときに動いて手術台から落ちる危険性があることや,麻酔の気管チューブを側臥位の状態のままで抜くのは難しいことなどがその理由である。

    Cら3名は,体位変換の際,被害者の体が手術台から落ちないように,ずらしながら被害者を仰向けにし,被害者に対して衝撃を与えたようなことはなかった(F26,27丁)。

    しかし,被害者を仰向けにした後(直後かある程度後かについては争いがある。),異常を知らせる血圧計のアラームが鳴り,Gは,血圧を測り直すために,何度か血圧計の測定ボタンを押したり,マンシェットを巻き直したりしたが,血圧を測定できなかった。このとき,Gは,被害者の皮膚が蒼白であるのを見た(G第3回22,23丁,41丁)。

    被害者の収縮期血圧は,午後1時30分から1時40分頃までは150,130と推移しているが,午後1時40分から記録がされなくなった。また,ETCO2の値は,午後1時30分頃が14で,午後1時45分には9となったが,その後測定されなくなった。

    そして,心拍数は,午後零時30分から1時30分までは,100ないし110で推移していたものが,午後1時35分頃から低下を始め,午後1時45分には70となった。

  (2) 手術室における救命措置等

    さらに,午後1時45分頃,被害者の心拍数が60を切り,脈拍を蝕知できなくなったため,Cらは心臓マッサージを開始した。カウンターショックを1回行ったものの,被害者の心拍は再開しなかった(甲10・11丁)。

    被害者の収縮期血圧は,午後2時から2時30分までの間は,60,100,120,140,120,100と推移した。ETCO2は,午後2時15分頃から再び測定可能となり,午後2時45分頃まで測定されている。心拍数は,午後2時頃には40,午後2時から2時30分までの間は,70から230までの間を乱高下していた。

    血中の酸素濃度である酸素飽和度は,正常値が100であるところ,午後1時頃から測定されていなかったが,午後2時15分から2時30分までの間には10から50の値で測定された。

    なお,本件手術中,昇圧剤等は使用されなかったが,同手術終了後,血圧上昇剤(ノルアドレナリン)及び急性循環不全改善剤(カタボン)が投与された。

  (3) 集中治療室における救命措置等

    Cらは,午後2時38分頃,心臓マッサージを続けながら被害者をa病院2階の集中治療室へ移送した。この際,被害者は心停止状態であった。集中治療室と手術室とをつなぐ部屋において,GやFから被害者の引き渡しを受けたHは,被害者の顔面が蒼白状態で,呼吸が停止していることを確認し,また,その後,自らも心臓マッサージをしたが,その際,被害者の胸のあたりがぷよぷよしており,腹腔内に血液が溜まっているものと考えた(H8,9丁)。同じくその場に駆けつけたLも,被害者の全身の肌が蒼白状態であることを確認し,被害者を集中治療室に移動する際,被害者の腹部が波打つように動くことを視認した(L9丁)。

    集中治療室においては,CやHが,被害者に対し,心臓マッサージを繰り返しながら人工呼吸器を装着した。また,Cの指示により,制酸中和薬(メイロン),血圧上昇剤(ボスミン),急性循環不全改善剤(カタボン),副腎皮質ホルモン剤(ソルメドロール)等の薬剤が投与されたほか,少なくとも輸血として,MAP1パック及び新鮮凍結血漿5本が被害者に投与された。

    なお,集中治療室において,被害者の胸に装着されていたチェストドレーンバッグ内に,50ミリリットルの血液が溜まっていることが確認された。

  (4) 被害者の死亡

    集中治療室で様々な治療を行ったものの被害者は全く反応せず,Cは,午後3時39分に被害者の死亡確認を行った。

    Cは,被害者の死因を急性心筋梗塞によるショックと診断して本件診療録にその旨記載し,死亡診断書の直接死因欄にもその旨記載した(甲10・11,12丁,16丁)。

    もっとも,被告人は,7月頃,6月分の被害者の仮レセプトにおいて,同月16日の傷病名欄に急性循環不全及び出血性ショックと記載して,a病院の医事課の職員に渡した。

  (5) その後の経過

    a病院に対しては,10月6日に定期の医療監視が行われ,これに同行したc保健所所長のRは,本件診療録等に目を通して,手術中の異状死ではないかと疑った。Rは,被害者の案件を持ち帰って検討することとし,平成19年1月19日に同院へ医療監視の担当者らとともに赴き,被告人及びOから事情を聴取した。このとき,Rが被害者の死因は出血性ショックではないかと尋ねたのに対し,被告人は,死因は心筋梗塞であると答えた(R2ないし5丁,O18丁)。

 6 本件診療録について

   本件診療録には,本件腫瘍が肝血管腫であることを示す前記各検査結果が綴られていたが,本件診療録はa病院において被害者の診療に従事する医療関係者の多数が利用し,必要な記載等を行うものであり,そのような医療従事者は,被害者の入院中,容易にその記載内容を知ることができる状況にあった。

   被告人は,本件診療録中4月5日以降の診察経過等を記載する用紙の『処方・手術・処置等』欄の,同月11日欄,同月13日欄,5月11日欄,6月3日欄に,それぞれ処方等の記載をした。

第3 争点に関する判断等

 1 本件手術の方法とその決定者

  (1) 当事者の主張等

    検察官は,本件腫瘍の切除は,右第7肋間を切開し,横隔膜切開により直視下に置いたS8からS7に向けて掘り進むような方法により行われたと主張する。これに対し,弁護人は,本件手術はS7を直接切除する方法で行われたとし,被告人も弁護人の主張に沿う供述をする。

  (2) 検討

    この点,検察官は,前記のように主張する理由として,S7の部位にある本件腫瘍を切除しようとすれば,肝臓を脱転して同部位を腹腔側に起こし,直視下に置く必要があり,そのためにはいずれにせよ開腹切開が必要となり,開胸のみの切開方法はない,とされており,また,S7と接着している横隔膜を切開し直接S7に切り込む方法も考えられるが,そうすると横隔膜を切開すると同時に肝実質も切開することになるとし,さらに,横隔膜を切開している途中に出血したという記憶は残っていない旨いうF証言とも合致しない,などと主張する。

    しかし,S7と接着している横隔膜を切開し直接S7に切り込む方法が同時に肝実質も切開することになるということは,その危険性を示すものではあるものの,これが物理的に行い得ないことを示すものではない。また,Fは,被告人ないしCが肝臓のS8からS7に向けて切り進んでいたことを直接見た旨供述しているものではなく,F証言を全体としてみると,Fは被告人やCが本件手術中具体的にどのように被害者の肝臓を扱っていたかを明確に記憶していたとはいえないから,F証言から,被告人ないしCがS8からS7に向けて切り進んだと認めることはできず,この点は同じく本件手術に立ち会ったGの証言についても同様である。

従業員の法人への架空請求は重加算税において法人の行為と同視できな 令和元年審決

当たり前とおもいますが、そうでない納税者敗訴例があったりします。

国税不服審判所裁決

令和元年10月4日

請求人の従業員が、架空の請求書を作成して請求人に交付した一連の行為は、請求人による行為と同視できないとした事例

【判決要旨】       原処分庁は、請求人の従業員(本件従業員)が行った金員の詐取を目的とした仮装行為(本件仮装行為)について、法人の従業員の業務に関連する行為は、当該法人の活動領域内の行為として自己の行為の一部分とみることができるから、従業員の行為が納税者である法人の行為と同視できないといえるような特段の事情がない限り、請求人に国税通則法第68条《重加算税》第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実がある旨主張する。

             しかしながら、①本件従業員は、請求人の経営に参画することや、経理業務に関与することのない一使用人であったと認められ、②本件仮装行為は、請求人の業務の一環として行われたものではなく、本件従業員が私的費用に充てるための金員を請求人から詐取するために独断で行ったものであると認められる。一方、③請求人においては、一定の管理体制が整えられていたものの、本件仮装行為のような詐取行為を防止するという点では、管理・監督が十分であったとは認められない。もっとも、職制上の重要な地位に従事せず、限られた権限のみを有する一使用人が、独断で請求人の金員を詐取したという事件の事情に鑑みれば、本件従業員に対する請求人の管理・監督が十分ではなく、本件仮装行為を発覚できなかったことをもって、本件仮装行為を請求人の行為と同視することは相当ではない。したがって、以上の点を総合考慮すれば、本件従業員による本件仮装行為を納税者たる請求人の行為と同視することはできないと判断するのが相当であり、同項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるとは認められない。

【参照条文】       国税通則法68-1

【掲載誌】        裁決事例集No.117

 

1 事実

 (1) 事案の概要

   本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が損金の額に算入した外注費のうち、下請業者への工事発注業務等を担当していた請求人の従業員が親族名義の口座に振り込ませた金員について、原処分庁が、架空外注費であり、当該従業員による上記行為は納税者による隠蔽又は仮装に該当するとして、法人税、地方法人税及び消費税等に係る重加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、当該従業員による上記行為は納税者による隠蔽又は仮装に該当しないことなどを理由として、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

 (2) 関係法令

  イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第68条《重加算税》第1項は、通則法第65条《過少申告加算税》第1項の規定に該当する場合において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、政令で定めるところにより、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る過少申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に100分の35の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する旨規定している。

  ロ 通則法第74条の11《調査の終了の際の手続》第2項は、国税に関する調査の結果、更正決定等をすべきと認める場合には、当該職員は、当該納税義務者に対し、その調査結果の内容(更正決定等をすべきと認めた額及びその理由を含む。)を説明するものとすると規定し、同条第3項は、同条第2項の規定による説明をする場合において、当該職員は、当該納税義務者に対し修正申告を勧奨することができる旨、また、この場合において、当該調査の結果に関し当該納税義務者が納税申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した書面を交付しなければならない旨規定している。

 (3) 基礎事実

   当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

  イ 請求人について

   (イ) 請求人は、昭和〇年〇月○日に設立された、主に建物の総合管理の請負を目的とする法人である。

   (ロ) 請求人の事業年度は、4月1日から翌年3月31日までである(以下、平成27年4月1日から平成28年3月31日まで及び平成28年4月1日から平成29年3月31日までの各事業年度を順次「平成28年3月期」及び「平成29年3月期」といい、これらを併せて「本件各事業年度」という。)。

  ロ 請求人のエンジニアリング事業本部エンジニアリング部について

   (イ) 請求人のエンジニアリング事業本部エンジニアリング部(以下「エンジニアリング部」という。)は、請求人が管理を請け負うビルの所有者やテナント等から、建物設備の更新工事やテナントの入退去に伴う内装工事等(以下、これらの工事等を「内装工事等」という。)を請け負うことを主たる業務としている。

   (ロ) エンジニアリング部の従業員数は、本件各事業年度を通じて18名であった。そのうち、部長及び経理主任を除く16名の各従業員(以下「各担当者」という。)は、請求人が管理を請け負う複数のビルの内装工事等について受注から完了までをそれぞれが単独で担当しており、各担当者が担当する工事の施主との交渉、下請業者の選定及び工事の管理等の対外的業務について請求人からそれぞれが一任されている。

  ハ エンジニアリング部の事務手続の概要について

   (イ) 工事受注に際しては、各担当者が下請業者を選定した上で、施主宛の見積書を作成し、エンジニアリング事業本部長及びエンジニアリング部長(以下、両者を併せて「本部長及び部長」という。)の決裁を受ける。

   (ロ) 工事受注後、各担当者が受注伝票を作成し、本部長及び部長の決裁を受ける。受注伝票には、契約金額、見積原価、粗利、原価率、工事名、施工ビル名等とともに、下請業者名と当該下請業者が担当する工事の内容及び金額が記載されている。

   (ハ) 工事完了後、各担当者が工事完了報告書、請求書及び売上伝票を作成し、本部長及び部長の決裁を受ける。

   (ニ) 下請業者からの請求書については、各担当者が確認した後、本部長及び部長の支払承認決裁を受けた上で経理部に回付され、当該請求書に基づき下請業者に請負代金が支払われる。

  ニ G及びHについて

   (イ) G(以下「本件従業員」という。)は、平成17年4月に請求人の子会社に入社、平成25年4月に請求人に転籍し、同年12月にエンジニアリング部の主任、平成28年4月に課長となり、平成30年8月12日付で懲戒解雇となるまでの間、エンジニアリング部に在籍していた。主任、課長へと職制上の地位の変更はあったものの、本件従業員の業務内容及び権限に変更はなく、在籍期間を通じて部下はいなかった。

   (ロ) 本件従業員は、エンジニアリング部における各担当者の一人として、請求人が管理を請け負う複数のビルの内装工事等について受注から完了までを単独で担当しており、本件従業員が担当する工事の施主との交渉、下請業者の選定及び工事の管理等の対外的業務について請求人から一任されていた。

   (ハ) Hは、本件従業員の配偶者であるJ(以下「本件従業員妻」という。)が使用する屋号である。

  ホ Hを下請業者とする外注取引について

   (イ) 本件従業員は、請求人が受注した別表1の「施工ビル名」欄の各案件について、下請業者として「業者名」欄にHと記載された各受注伝票(以下「本件各受注伝票」という。)を作成するとともに、同表の「工事名」欄の各工事(以下「本件各外注工事」という。)の請負代金として、同表の「金額(税込み)」欄記載の各金額(以下「本件各金員」という。)を請求する旨のH名義の各請求書(以下「本件各請求書」という。)を、本件従業員妻とともに作成し、請求人に交付した(以下、本件各外注工事の請負代金として本件各金員を請求するために本件各請求書を作成し請求人に交付した一連の行為を「本件行為」という。)。

     本件各請求書には、Hの住所として「〒○○○-○○○○ d県g市h町○-○」、振込先銀行口座として「K銀行 ○○支店 普通預金No.○○○○ H」と記載されている(以下、当該振込先銀行口座を「本件預金口座」という。)。

   (ロ) 請求人は、本件各請求書に基づき、Hに対する本件各外注工事に係る外注費(以下「本件外注費」という。)として別表1の「金額(税抜き)」欄の平成28年3月期合計金額2,690,000円及び平成29年3月期合計金額3,816,000円を本件各事業年度の外注費勘定にそれぞれ計上し、本件各金員を本件預金口座に振り込んだ。

  ヘ 調査結果の説明等について

   (イ) 原処分庁所属の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)は、平成30年2月13日から請求人に対する税務調査(以下「本件調査」という。)を開始し、同年5月25日、調査結果の説明(以下「本件調査結果説明」という。)を行った。

     本件調査結果説明は、L管理本部副本部長兼経理部長、M経理部次長及びN税理士(以下、順次「L部長」、「M次長」という。)に対し、本件調査担当職員が作成した調査結果の内容を説明するためのメモ(以下「本件説明メモ」という。)に沿って行われた。本件説明メモの「外注費否認」欄の記載内容は別表2のとおりであり、「Hに対する外注費(預け金)」と記載されている。

   (ロ) 本件調査結果説明の後、本件調査担当職員は、本件外注費を含む本件説明メモの項目について通則法第74条の11第3項の規定に基づく修正申告の勧奨(以下「本件修正勧奨」という。)を行った。その際、本件調査担当職員は、修正申告書を提出した場合には不服申立てをすることはできないが更正の請求をすることはできる旨を説明するとともに、その旨を記載した「修正申告等について」と題する書面をL部長に交付し、L部長はその控えに署名押印した。

   (ハ) 請求人は、本件調査を契機に内部調査を行い、Hにおいて本件各外注工事を実施した事実がないとうかがわれることを把握したことから、原処分庁に対し、本件修正勧奨を受けて、本件外注費を含む本件調査の指摘事項について修正申告を行う旨申し出、平成30年5月29日、本件修正勧奨に沿う内容の各修正申告書を提出した。

 (4) 審査請求に至る経緯

  イ 請求人は、本件各事業年度の法人税について、青色の確定申告書に別表3の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限(法人税法第75条の2《確定申告書の提出期限の延長の特例》第1項の規定により1月間延長されたもの)までにそれぞれ申告した。

    また、請求人は、平成27年4月1日から平成28年3月31日まで及び平成28年4月1日から平成29年3月31日までの各課税事業年度(以下、順次「平成28年3月課税事業年度」及び「平成29年3月課税事業年度」といい、これらを併せて「本件各課税事業年度」という。)の地方法人税について、青色の地方法人税申告書に別表4の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。

  ロ 請求人は、平成27年4月1日から平成28年3月31日まで及び平成28年4月1日から平成29年3月31日までの各課税期間(以下、順次「平成28年3月課税期間」及び「平成29年3月課税期間」といい、これらを併せて「本件各課税期間」という。)について、消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)の確定申告書に別表5の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。

    なお、請求人は消費税等に係る経理処理について、いわゆる税抜経理方式を採用している。

  ハ 請求人は、本件修正勧奨に基づき、平成30年5月29日、本件各事業年度の法人税、本件各課税事業年度の地方法人税及び本件各課税期間の消費税等について、別表3ないし別表5の各「修正申告」欄のとおり記載した各修正申告書を提出し、それぞれ修正申告(以下「本件各修正申告」という。)をした。

  ニ 原処分庁は、平成30年7月27日付で、別表3ないし別表5の各「賦課決定処分」欄のとおり、本件各事業年度の法人税、本件各課税事業年度の地方法人税及び本件各課税期間の消費税等について、それぞれに係る重加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。

  ホ 請求人は、本件各賦課決定処分に不服があるとして、平成30年10月26日に審査請求をした。

 

2 争点

 (1) 本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か(争点1)。

 (2) 請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か(争点2)。

 

3 争点についての主張

 (1) 争点1(本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か。)について

 

   原処分庁

   次のとおり、本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法はない。

   本件調査担当職員は、平成30年4月17日に、L部長、M次長、P経理部次長(以下「P次長」という。)、Q税理士及びN税理士に対して、調査資料(会計伝票及び本件各請求書の写し)を提示した上で、本件外注費が架空外注費として重加算税の対象である旨の説明を行った。

   これに対し、Q税理士は、平成30年4月27日、請求人内で検討した結果、Hに対する送金額は、全額を本件従業員に対して返還請求することとしたが、税務上は「預け金」として処理するよう、L部長に伝えた旨を本件調査担当職員に申し出た。

   これらを前提として、本件調査担当職員は、平成30年5月25日に、L部長、M次長及びN税理士立会いの下、本件外注費を否認して預け金として処理すること、法人税、地方法人税及び消費税等に重加算税が賦課されること等が記載されている本件説明メモを提示した上で本件調査結果説明を行った。

   したがって、原処分に関する本件調査結果説明には、通則法第74条の11第2項にいう調査終了の際の手続を欠く違法はない。

   請求人

   次のとおり、本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法がある。

   本件説明メモには、「預け金」の総額が記載されているのみで、請求人がHに対して支払った外注費のどの取引を預け金として集計したか説明がなされていないことから、原処分庁は、適切に、重加算税の根拠となる調査結果の内容を説明したものとは認められない。

   したがって、原処分に関する本件調査結果説明には、通則法第74条の11第2項にいう調査終了の際の手続を欠く違法がある。

 

 (2) 争点2(請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か。)について

 

   原処分庁

   次の理由から、請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実がある。

   イ 本件従業員による本件行為は通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する。

    (イ) 本件従業員が本件従業員妻に本件各請求書を作成させた経緯、本件外注費として支払われた金員の使途、Hが実際に本件各外注工事を行っていないことからすれば、本件従業員はHに対して工事を外注する意図はなく、Hである本件従業員妻においても工事を請ける意図はなく、本件従業員(請求人)からの発注行為及びこれに対応するHの受注行為も認められない。そうすると、Hの本件各外注工事に係る本件各請求書は架空のものであり、かかる本件各請求書に基づき本件外注費を計上したことは、実際には存在しない外注費の計上である。

    (ロ) 請求人が、Hを通じて他の業者により実際に工事が行われたと主張する各工事については、いつ誰にいくらの金額が支払われたかも不明であるから、当該各工事の金額を外注費として、請求人の損金の額に算入することはできない。

   ロ 本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することができる。

    (イ) 法人の従業員による課税標準等の隠蔽又は仮装行為については、当該法人の代表取締役は、適正な納税申告を行うために従業員等を指導・監督すべき義務を負っていると考えられるところ、納税者たる法人の従業員が隠蔽又は仮装行為を行った場合には、当該法人は、法人の機関として役員に行動させ、また、従業員を自らの手足として用いて、活動領域を拡大することによってそこから経済的な利益を得ている以上、その拡大された活動領域において生じる危険ないし責任も負担していると考えられるし、従業員の業務に関連する行為は、当該法人の活動領域内の行為として自己の行為の一部分とみることができるから、従業員の行為が納税者の行為と同視できないといえるような特段の事情がない限り、原則として、当該法人は適正な申告をすべき義務を自ら怠ったものとみて、重加算税の適用対象となるというべきである。

    (ロ) 本件従業員の業務は、エンジニアリング部において、営業部等から補修工事等の引き合いがあった案件について、施主に対する見積書の作成、現場管理業務及び外注先への発注等であることからすれば、本件従業員が自ら担当する現場の下請業者を選定し、工事を発注することは、本件従業員の業務範囲内の行為であると認められる。本件外注費に係る事実の仮装もかかる業務の一環として行われている。また、本件においては、本件従業員によるHに対する支払は、請求書等を出さない外注業者への支払をするため等にプールしておいた金員とみるべきである。

      したがって、本件従業員による本件行為は業務に関連する行為であると認められる。

    (ハ) 請求人において、下請業者への支払については、Rエンジニアリング事業本部長及びSエンジニアリング部部長の決裁をもらうことになっているところ、本件外注費についても、基本的に当該決裁を受けて支払われ、当該決裁を受けていない2件についても〇〇部の決裁を経ている。

    (ニ) 本件従業員以外の者が、下請業者の実態や施工の確認を随時行っていれば、本件従業員による本件行為を容易に把握できたというべきであるところ、当該行為を把握できなかったのは、請求人において、本件従業員に担当現場における下請業者の選定、工事の発注の一切を任せたまま、本件従業員の業務に対する監督が不足していたことが原因というべきであり、請求人が本件従業員の行為を防止する相当の注意義務を果たしていたとは認められない。

    (ホ) また、本件各請求書には、本件従業員の住所「d県g市i町○-○」と極めて近い住所「d県g市h町○-○」が記載されており、そもそも「d県g市h町」という地名自体が存在しないのであるから、決裁の過程において、本件各請求書の記載に不審を抱く機会は十分にあったと認められるので、請求人は、本件従業員による本件行為を容易に認識することができたと認められる。

    (ヘ) 以上からすれば、本件従業員による本件行為を請求人の行為と同視できないといえるような特段の事情はない。

   請求人

   次の理由から、請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実はない。

   イ 本件従業員による本件行為は通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当しない。

    (イ) 本件各外注工事のうち、別表1の順号6、15、18ないし20及び22の6件の各工事については、工事が行われた旨の請求人の従業員による証言、あるいは、請求人がHにのみ外注している事実及び施主からこれらの工事代金が支払われている事実からすれば、Hにおいて又はHを通じて実際に工事が行われているといえるから、事実の仮装はない。

    (ロ) 上記(イ)の6件の工事以外の工事についても、原処分庁は、Hにおいて又はHを通じて実際に工事が行われたか、個別の調査を行っておらず、ずさんな調査に基づく認定である。

    (ハ) したがって、本件各外注工事のいずれの工事についても、Hにおいて又はHを通じて実際に工事が行われていないとはいえないから、事実の仮装があったとは認められない。

   ロ 本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することができない。

    (イ) 本件従業員は、独断で、本件外注費を計上することにより、請求人から本件各金員を詐取して個人的な遊興費を得ていたものである。

    (ロ) 本件従業員は、取締役への就任等、経営に関与したことはなく、職制上の重要な地位に従事したこともない。また、請求人の経理帳簿等に携わる職務に就いたこともない。本件従業員は、部下を持たず、エンジニアリング部の他の各担当者と同様に、請求人の顧客からの工事の依頼に基づいて工事の受注及び監督を行っていた一使用人であった。

      原処分庁は、本件従業員の業務範囲が下請業者を選定し工事を発注するものであることをもって、本件従業員の行為を請求人の行為と同視できる旨主張するが、請負金額が数万円という少額な工事を受注するに当たり、個々の工事における外注先の選定及び発注を任せる権限委譲は、一般的に採用される当然の手続であり、その程度の権限委譲を工事担当者に対してすることができなければ、施主から期待される工事期間内に適切に工事を完了させることができないばかりか、工事の質をも維持できないものである。

    (ハ) 本件従業員は、本件各外注工事の利益率が請求人の目標利益率を下回らないようにしており、また、少額な工事においてHのみを下請業者とすることで請求人内部にHの工事実績があるものと認識させ、利益が確保できる高額な工事にはHを入れ込んで利益を詐取する等、Hをどの工事に関与させるかについて様々な態様を取っており、また、同じ工事現場でも詐取する工事とそうでない工事を選り分ける、偏りがないようにするなど、上司等が決裁過程において不信を抱かないようにしていた。このような巧妙な方法による詐取行為は、請求人が把握できないものであった。

    (ニ) 原処分庁は、本件従業員以外の者が下請業者の実態や施工の確認を行っていれば容易に把握できた旨主張するが、年間800件の工事を受注する請求人において、少額な工事を担当する下請業者をはじめ全ての下請業者の実態や施工の確認などを随時把握させることなど現実的な対応ではない。

    (ホ) 原処分庁は、本件各請求書に記載のあったHの所在地が本件従業員の住所と極めて近いことをもって決裁過程において不審を抱く機会が十分あったと認められるから、請求人が容易に本件従業員の仮装行為を認識できた旨主張するが、昨今の個人情報保護体制の下、決裁権者といえども部下の自宅住所を簡単に把握できるものではなく、おおよその地域を知っていたとしても、各工事において複数の決裁を行わなくてはならないエンジニアリング部において、部下の正確な自宅住所を念頭に決裁手続をすることまで求められるものではない。

 

4 当審判所の判断

 (1) 争点1(本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法があるか否か。)について

  イ 認定事実

    請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

   (イ) 本件調査担当職員は、平成30年4月17日、L部長、M次長、P次長、N税理士及びQ税理士に対し、会計伝票及び本件各請求書の写しを提示した上で、本件外注費について次の指摘をした。

    A 本件外注費に係る本件各金員は、本件預金口座に入金されており、Hが工事の施工等を行った事実が認められないことから、本件外注費は架空外注費として重加算税の対象となること。

    B Hに対して支払った本件各金員は、本件預金口座に預けている状態であること。

   (ロ) 上記(イ)の指摘を受けて、Rエンジニアリング事業本部長、T管理本部長及びL部長は、本件従業員に対してHを下請業者として用いた理由等を聴取する内部調査を行った。

     内部調査後、Q税理士は、平成30年4月27日、請求人内で検討した結果、Hに対して支払った本件各金員については本件従業員に対し全額返還を求めることとしたが、税務上は預け金として処理するようL部長に伝えた旨を本件調査担当職員に申し出た。

   (ハ) 本件各修正申告において修正されている本件外注費に係る額は、本件説明メモに記載された外注費の額に基づいて計上されている。

  ロ 検討

    上記イの(イ)のとおり、本件調査担当職員は、L部長、M次長、P次長、N税理士及びQ税理士に対して、会計伝票及び本件各請求書の写しを提示した上で、本件外注費が重加算税の対象となることを説明していること、上記1の(3)のヘの(イ)のとおり、本件調査担当職員が、L部長、M次長及びN税理士に対して提示した本件説明メモにも、本件外注費の金額及び本件外注費がHに対する外注費(預け金)である旨が明記されており、重加算税の対象となる金額及び内容が明らかになっていることから、本件調査結果説明は通則法第74条の11第2項の規定に基づく調査結果の内容説明として適法に行われている。

    また、上記1の(3)のヘの(ロ)のとおり、本件修正勧奨は通則法第74条の11第3項の規定に基づく手続として適法に行われている。

    したがって、本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法はない。

  ハ 請求人の主張について

    請求人は、上記3の(1)の「請求人」欄のとおり、本件説明メモには、預け金の総額が記載されているのみで、請求人がHに対して支払った外注費のどの取引を預け金として集計したのかについて説明がなされていないことから、原処分庁は適切に重加算税の根拠となる調査結果の内容を説明したものとは認められない旨主張する。

    しかしながら、上記イの(ロ)のとおり、本件調査担当職員の指摘を受けて、請求人は、自ら内部調査を行い、Hに対して支払った本件各金員を本件従業員に対し全額返還を求めることとした上で、預け金として処理する旨申し出ていること、同イの(ハ)のとおり、請求人は、本件説明メモに記載された金額に基づいて本件各修正申告をしていることからすれば、請求人は、Hに対して支払った外注費のどの取引を預け金として集計したのかについて正確に把握していたものと認められる。そうすると、原処分庁は、この点について請求人に説明したものと推認するのが合理的である。

    仮に、本件調査担当職員が、本件調査結果説明において、Hに対して支払った外注費のどの取引を預け金として集計したのかについて説明していなかったとしても、本件外注費に係る預け金の額は、本件各修正申告に係る課税標準等、税額等又は加算税の算定に影響するものではないことから、そのことをもって本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法があるとは認められない。

    したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

 (2) 争点2(請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるか否か。)について

  イ はじめに

    本件においては、①本件従業員による本件行為が通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当するか否か、②本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することができるか否かが問題となっている。よって、これらの点について以下検討する。

  ロ 法令解釈

   (イ) 通則法第68条第1項にいう「事実を隠蔽」するとは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について、これを隠蔽しあるいは故意に脱漏することをいい、また、「事実を仮装」するとは、所得、財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが事実であるかのように装う等、故意に事実をわい曲することをいうと解するのが相当である。

   (ロ) 通則法第68条第1項に規定する重加算税の制度は、納税者が過少申告をするにつき隠蔽又は仮装という不正手段を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を課すことによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものである。

     通則法第68条第1項は、「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し」と規定し、隠蔽又は仮装する行為の主体を納税者としているのであって、本来的には、納税者自身による隠蔽又は仮装する行為の防止を企図したものと解される。

     しかし、納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができるときには、形式的にそれが納税者自身の行為でないというだけで重加算税の賦課が許されないとすると、重加算税制度の趣旨及び目的を没却することになる。

     したがって、納税者が法人である場合、法人の従業員など納税者以外の者が隠蔽又は仮装する行為を行った場合であっても、それが納税者本人の行為と同視することができる場合には、納税者本人に対して重加算税を賦課することができると解するのが相当である。

     そして、従業員の行為を納税者本人の行為と同視できるか否かについては、①その従業員の地位・権限、②その従業員の行為態様、③その従業員に対する管理・監督の程度等を総合考慮して判断するのが相当である。

  ハ 認定事実

    請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。

   (イ) 本件従業員の本件行為について

    A 本件従業員及び本件従業員妻は、本件各外注工事に関して、本件調査担当職員に対して、要旨次のとおり申述している。

     (A) 本件従業員の申述

      a 本件従業員妻は本件各外注工事のいずれの工事現場においても作業を行っておらず、Hは従業員を雇っていない。

      b 本件各金員は、私がゴルフ代や飲食代等に使用していた。

     (B) 本件従業員妻の申述

      a 私は現場等へは行っておらず、工事等も行っていない。

      b 本件各金員は、本件従業員がゴルフ代や飲食代等に使用していた。それらの領収書は、ノートに貼り付けて保管している。

      c 私は、本件従業員から指示され、請求人に対する本件各請求書を自宅のパソコンで作成し発行していた。

        上記各申述内容は、自己に殊更不利益な事実を真摯に述べるものであり、申述内容それ自体としても具体的であって不自然な点も見当たらず、客観証拠とも合致するものであることから、いずれも信用することができる。

    B 本件従業員妻が、本件預金口座に振り込まれた本件各金員の使途を証するものとして保管していた領収書によれば、その大半は、ゴルフ代及び飲食代であり、飲食代の多くは本件従業員の自宅近辺に所在する飲食店における飲食代であることからすると、本件各金員は、本件従業員のゴルフ代及び飲食代等に費消されていたものと認められる。

    C 以上のとおり、上記本件従業員及び本件従業員妻の申述並びにこれらと一致する他の客観証拠からすると、本件従業員はHにおいて本件各外注工事を受注する意図がなく、また、Hには工事を行うことができる従業員がいないため本件各外注工事を施工することができないにもかかわらず、本件従業員は、Hを本件各外注工事の下請業者とする本件各受注伝票を作成するとともに、本件従業員妻に指示し作成させた本件各請求書を請求人に交付して本件各金員を請求し支払わせたものと認められる。

   (ロ) 本件従業員の地位・権限について

    A 本件従業員は、在職期間を通じて、主任、課長へと職制上の地位の変更はあったものの、本件従業員の業務内容及び権限に変更はなく、本件従業員が請求人の経営に参画することはなかった。

    B 本件従業員は、在籍期間を通じて、エンジニアリング部において他の各担当者と同様に、内装工事等に関して施主との交渉から外注業者の選定及び工事の管理等の受注工事に関する対外的業務について請求人から一任されていたものの、単独で遂行できる業務は施主や下請業者とのやり取り及びこれに伴う書面作成や現場管理といった業務のみで、これらの業務に関して特別な権限を付与されることはなかった。

    C 以上のとおり、本件従業員は、請求人の経営に参画することや、経理業務に関与することはなく、その他特別に付与された業務や権限もなかったことからすれば、本件従業員の地位権限は、一使用人としての限定されたものであったと認められる。

   (ハ) 本件従業員の行為態様について

    A 本件従業員は、上記(イ)のBのとおり、本件預金口座に振り込まれた本件各金員をゴルフ代及び飲食代等の個人的な使途に費消していた。

    B 請求人は、本件外注費が架空外注費であるとの指摘を受けて、本件従業員に対して内部調査を行った結果、本件従業員による詐取行為を把握したことから、「業務に関し不当に金品、その他を受け取り、もしくは与え、又は職務、職位を利用して不正に自己の利益をはかる行為をしたとき」に該当すること等を理由に、平成30年8月12日付で本件従業員を懲戒解雇処分とした。

      また、請求人は、本件各金員について本件従業員に対して返還請求をしている。

    C 以上のとおり、本件行為は、請求人の業務の一環として行われたものではなく、本件従業員が私的費用を請求人から詐取するために独断で行ったものと認められる。

   (二) 本件従業員に対する請求人の管理・監督について

    A エンジニアリング部における事務手続としては、上記1の(3)のハのとおり、工事受注時における施主宛の見積書及び受注伝票を、工事完了時における工事完了報告書、請求書及び売上伝票を、各担当者が作成した上で本部長及び部長の決裁を受けるなど一定の管理体制が整えられている。本件各外注工事についても同様にこれらの事務手続に従って各種書類の作成及び決裁が行われていた。

    B エンジニアリング部における現場管理としては、各担当者が担当する内装工事等について、担当者以外の従業員や上司が、現場の施工状況、工事の進捗状況及び下請業者の実態等について確認する体制は執られていなかった。本件各外注工事についても同様に本件従業員以外の従業員や上司が現場確認等を行うことはなかった。

    C 以上のとおり、エンジニアリング部においては、内装工事等に係る各種書類の作成及び決裁といった事務手続については一定の管理体制が整えられていたものの、内装工事等に係る現場の施工状況、工事の進捗状況及び下請業者の実態等について、担当者以外の従業員や上司が確認する体制は執られていなかったことからすれば、本件行為のような詐取行為を防止するための請求人の管理・監督が十分であったとは認められない。

  ニ 当てはめ

   (イ) 本件従業員による本件行為が通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当するか否かについて

     上記ハの(イ)のCのとおり、Hにおいて本件各外注工事を施工することができないにもかかわらず、本件従業員は、Hを下請業者とする本件各受注伝票を作成するとともに、本件従業員妻に指示して架空の本件各請求書を作成させ請求人に交付することにより、請求人に本件外注費を計上させ、本件各金員を支払わせたものである。これらの行為は、実際には存在しない外注費を、あたかもそれが存在するかのように装ったものであることから、本件従業員による本件行為は通則法第68条第1項に規定する「仮装」に該当する。

   (ロ) 本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することができるか否かについて

     上記ハの(ロ)のCのとおり、本件従業員は、請求人の経営に参画することや、経理業務に関与することのない一使用人であったと認められ、同ハの(ハ)のCのとおり、本件行為は、請求人の業務の一環として行われたものではなく、本件従業員が私的費用に充てるための金員を請求人から詐取するために独断で行ったものであると認められる。一方、同ハの(ニ)のCのとおり、請求人においては、一定の管理体制が整えられていたものの、本件行為のような詐取行為を防止するという点では、管理・監督が十分であったとは認められない。もっとも、職制上の重要な地位に従事せず、限られた権限のみを有する一使用人が、独断で請求人の金員を詐取したという事件の事情に鑑みれば、本件従業員に対する請求人の管理・監督が十分ではなく、本件行為を発覚できなかったことをもって、本件行為を請求人の行為と同視することは相当ではない。

     以上の点を総合考慮すれば、本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することはできないと判断するのが相当である。

   (ハ) 結論

     したがって、上記(イ)のとおり、本件従業員による本件行為は通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当するものの、上記(ロ)のとおり、本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視することはできないことから、請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるとは認められない。

  ホ 原処分庁の主張について

    原処分庁は、上記3の(2)の「原処分庁」欄のロの(イ)のとおり、法人の従業員の業務に関連する行為は、当該法人の活動領域内の行為として自己の行為の一部分とみることができるから、従業員の行為が納税者たる法人の行為と同視できないといえるような特段の事情がない限り、重加算税の適用対象となるとした上で、①同ロの(ロ)のとおり、本件行為が本件従業員に付与された業務の一環として行われていること、Hに対する支払は請求書等を出さない外注業者への支払をするためにプールしておいた金員とみるべきであること等を指摘し、本件行為は本件従業員の業務に関連する行為である旨、また、②同ロの(ハ)ないし(ヘ)のとおり、本件従業員以外の者が下請業者の実態や施工の確認を行っていれば、本件従業員による本件行為を容易に把握できたこと等を指摘し、本件従業員による本件行為を納税者たる法人の行為と同視できないといえるような特段の事情はない旨主張する。

    しかしながら、①上記ハの(ハ)のCのとおり、本件行為は本件従業員が私的費用を請求人から詐取するために独断で行ったものであり、本件各金員が請求書等を出さない外注業者への支払をするためにプールしておいた金員とは認められないことからすれば、本件行為は本件従業員の業務に関連する行為であると評価することはできず、また、②上記ニの(ロ)のとおり、本件行為のような詐取行為を防止するための請求人の管理・監督が十分であったとは認められないとしても、本件行為に係るその他の事情も含めて総合考慮すれば、本件従業員による本件行為を納税者たる請求人の行為と同視できないと判断するのが相当であることから、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。

 (3) 本件各賦課決定処分の適法性について

   上記(2)のニの(ハ)のとおり、本件各事業年度において、請求人に通則法第68条第1項に規定する「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があるとは認められないことから、同項に規定する重加算税の賦課要件を満たしていない。他方、上記(1)のロのとおり、本件調査の終了の際の手続に原処分の取消事由となる違法はなく、また、本件各事業年度の修正申告に基づき納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちに、その修正申告前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、請求人に通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。

   また、本件各賦課決定処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

   したがって、平成28年3月課税事業年度の地方法人税に係る重加算税の賦課決定処分は、その全部を取り消し、その他の原処分は、別紙1ないし別紙5の「取消額等計算書」のとおり、いずれもその一部を取り消すべきである。

 (4) 結論

   よって、審査請求は理由があるから、平成28年3月課税事業年度の地方法人税に係る重加算税の賦課決定処分はその全部を取り消し、その他の原処分は、いずれもその一部を取り消すこととする。

 

別表1 本件外注費の内訳(省略)

別表2 本件説明メモ(「外注費否認」欄)(省略)

別表3 審査請求に至る経緯(法人税)(省略)

別表4 審査請求に至る経緯(地方法人税)(省略)

別表5 審査請求に至る経緯(消費税等)(省略)

別紙1から別紙5 取消額等計算書(省略)

 

遺産分割を2年間禁止した家庭四阿番所の審判例 令和元年

遺産分割申立事件

名古屋家庭裁判所審判/平成29年(家)第50065号

令和元年11月8日

【判示事項】       被相続人がした複数の遺言の効力及び解釈について相続人間に争いがあり,これに関して民事訴訟の提起が予定されている遺産分割事件につき,遺産全部の分割を2年間禁止する旨の審判がされた事例

【参照条文】       民法907-3(平30法72号改正前)

【掲載誌】        判例タイムズ1475号241頁

             判例時報2450・2451合併号111頁

             LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 1 被相続人の遺産の全部について,令和3年11月7日までその分割をすることを禁止する。

 2 手続費用は各自の負担とする。

 

       理   由

 

 本件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は,下記のとおりである。

第1 本件の経過

   本件記録によれば,下記の各事実が認められる。

 1 被相続人(大正6年■■月■日生の女性)は,昭和15年2月26日,Gと婚姻し,その後,両者の間には,同年■月■■日に長男Hが誕生した。

 2 Hは,昭和41年10月15日,Iと婚姻し,その後,両者の間には,昭和42年■■月■■日に長男として申立人Aが,昭和44年■月■日に二男として申立人Bが誕生した。

 3 申立人Aは,平成7年12月25日,申立人Cと婚姻した。

 4 Gは,平成10年■月■■日に死亡した。

 5 申立人Bは,平成13年7月5日,Jと婚姻した。

 6 被相続人は,平成22年4月30日,被相続人の姪に当たる相手方と養子縁組した。この養子縁組に対して,申立人A及び申立人Bがその無効確認を求める訴訟を提起したが(名古屋家庭裁判所岡崎支部平成25年(家ホ)第67号,控訴審は名古屋高等裁判所平成28年(ネ)第335号。),平成28年9月14日,同訴訟の控訴審において請求棄却の判決が言い渡され,その後,同判決は確定した。

 7 被相続人は,平成23年11月18日,全財産を相手方に相続させる旨の自筆証書遺言(以下「本件第1遺言」という。)をした。

 8 被相続人は,平成23年12月10日,全財産をHに相続させるとともに,遺言執行者として申立人Aを指定する旨の自筆証書遺言(以下「本件第2遺言」という。)をした。

 9 被相続人は,平成24年3月29日,申立人ら及びJとそれぞれ養子縁組した。このうち,申立人らと被相続人との養子縁組に対して,相手方がその無効確認を求める訴訟を提起したが(名古屋家庭裁判所平成28年(家ホ)第314号),平成30年11月29日,請求棄却の判決が言い渡され,その後,同判決は確定した。

 10 Hは,平成25年■月■日に死亡した。

 11 Jは,平成27年■月■■日に死亡した。

 12 被相続人は,平成28年■月■■日に死亡した。

 13 被相続人は,死亡した当時,別紙遺産目録記載の財産を保有していた。

 14 申立人らは,平成29年12月15日,本件審判を申し立てた。これに対して,当裁判所は,平成30年3月28日,本件を名古屋家庭裁判所豊橋支部の調停に付するとともに(以下,この調停事件を「本件調停事件」という。),本件調停事件が終了するまで審判手続を中止する旨を決定した。

 15 相手方は,平成30年4月7日,相手方の夫である当事者参加人に対し,自己の相続分の50分の1を無償で譲渡した。

 16 当事者参加人は,平成30年4月10日,相手方から相続分の一部譲渡を受けたことにより,当事者となる資格を取得したとして,本件調停事件への当事者参加を申し出て,本件調停事件の担当裁判所からこれを認められた。

 17 本件調停事件は,平成31年1月18日に調停不成立となり,本件審判手続が再開された。

 18 現在,申立人らは,本件第1遺言は,これと抵触する本件第2遺言により撤回されており,かつ,本件第2遺言は,全財産を相続させるものとされたHが被相続人より前に死亡した場合には,Hの代襲者たる申立人A及び申立人Bに全財産を相続させる趣旨のものであるから,被相続人の遺産は,すべて申立人A及び申立人Bに相続されると主張している。これに対して,相手方及び当事者参加人は,本件第2遺言は,全財産を相続させる対象とされたHが被相続人より前に死亡したことで失効しており,その結果,本件第1遺言は撤回されることなく効力を維持するから,被相続人の遺産は,すべて相手方及び相手方から相続分の一部譲渡を受けた当事者参加人に相続されると主張している。

 19 申立人らは,本件審判手続において,本件第1遺言の無効確認等を求める訴訟を提起する旨の意向を表明しており,現在,その提訴を準備中である。

第2 当裁判所の判断

   前記のとおり,被相続人の遺産分割については,その前提となる本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等に関して当事者間に争いがあり,その効力等の如何によって,相続人の範囲や各自の相続分が大きく左右される状況にある。また,申立人らは,これらの争いを民事訴訟により解決すべく,その提訴を準備中である。このような状況下においては,当裁判所が本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等について判断の上で遺産分割審判をしたとしても,その判断が提起予定の訴訟における判決等の内容と抵触するおそれがあり,そうなれば,既判力を有しない遺産分割審判の判断が根本から覆されてしまい,法的安定性を著しく害することとなるから,本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等に関する訴訟の結論が確定するまでは,遺産の全部についてその分割をすべきではない。

   そして,当事者間の争い及び申立人らが提訴予定の訴訟の内容,申立人らの提訴の準備状況その他諸般の事情に鑑みると,本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等に関する訴訟の結論が確定するまでには,向こう2年程度の期間を要することが見込まれるから,令和3年11月7日までの間,被相続人の遺産全部の分割を禁止することが相当である(なお,それより前に当該訴訟が解決に至った場合には,事情の変更があったものとして,分割禁止の審判を取り消し又は変更することが可能である(家事事件手続法197条))。

第3 結論

   したがって,被相続人の遺産全部の分割を令和3年11月7日まで禁止することとして,主文のとおり審判する。

  令和元年11月8日

    名古屋家庭裁判所家事第2部

           裁判官  山田哲也

 

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