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2021年12月

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分譲住宅の地震による土地液状化と販売会社の責任(否定) 東京地裁平成27年

論点体系 判例民法 第3版 6 契約1 第一法規・2019年216頁

損害賠償請求事件

東京地方裁判所判決/平成24年(ワ)第6037号

平成27年12月25日

【判示事項】        平成22年に販売された戸建分譲住宅に係る東北地方太平洋沖地震による土地の液状化につき,販売会社の瑕疵担保責任及び不法行為責任が否定された事例

【参照条文】        民法570

              民法709

【掲載誌】         判例タイムズ1428号237頁

              LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 原告の請求をいずれも棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

 第1 請求

 被告は,原告に対し,1980万円及びこれに対する平成24年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 第2 事案の概要

 本件は,平成22年6月に被告から土地及び建物(戸建分譲住宅)を購入した原告が,平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)により,上記土地が液状化して不均一に沈下し,上記建物が傾斜するという被害が生じたことについて,上記土地が中地震動によって液状化する蓋然性が極めて高く,そのことを予見することができたことを前提に,(1) 当該売買契約締結当時の知見に照らして必要とされる液状化対策が講じられなかったものであるから,上記土地には「瑕疵」が存在し,その結果,上記の被害が生じ,原告が補修工事及び建物建替工事費用相当の損害を被ったとして,被告に対し,瑕疵担保責任(民法570条)に基づく損害賠償を求め,また,(2) ①被告は,上記土地について平成22年当時の知見に照らして必要とされる液状化対策を講じるべき義務を負っていたのにこれを怠り,その結果,上記の被害が生じ,原告が上記の損害を被ったとして,あるいは,②被告は,上記土地及び建物の売買契約を締結するに当たり,上記土地の液状化に関する事項を説明すべき義務を負っていたのにこれを怠り,その結果,原告が上記土地を購入するに至り,上記の損害を被ったとして,被告に対し,不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を求める事案である。

 1 争いのない事実等

 次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲3~5,17,18,30,33,乙2~4,6,19~21,26,37,42,原告本人)及び弁論の全趣旨により容易に認められる。

 (1) 原告は,平成22年6月12日,被告から,建売住宅である別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)及びその土地上にある同目録記載2の建物(小規模木造建築物。以下「本件建物」といい,本件土地と併せて「本件土地建物」という。)を,代金2880万円で買い受けた(以下,この売買契約を「本件売買契約」という。)。

 本件売買契約には,本件土地建物につき,引渡日以降,被告の責めに帰すことができない事由又は天災地変その他不可抗力により生じた毀損・滅失その他について,被告は,担保責任を負わない旨の規定(8条3項。以下,この規定を「本件免責条項」という。)がある。

 (2) 本件土地一帯は,利根川から約2kmの南側に広がる「加須低地」と呼ばれる沖積低地に位置する水田地帯であったところ,▲▲町□□土地区画整理事業により,昭和61年頃に造成工事が行われ,宅地化されたものである。

 被告は,平成10年9月,本件土地一帯を株式会社A2から買い受け,ここに戸建住宅を建築して分譲することを計画した。そして,平成21年10月,B2株式会社(以下「B2」という。)に対し,本件土地上の建物の設計及び建築を依頼した。

 本件土地については,本件建物を建築する前に,柱状改良工法(地中に固化材と水を混合した固化材スラリーを注入攪拌して柱状の改良杭を造成する工法)による地盤補強工事がされた。また,本件建物の基礎については,鉄筋コンクリートベタ基礎工事がされた。しかし,本件土地の液状化対策については,地表面水平加速度値150~200cm/sの2乗程度の中地震では液状化による地表面への影響は少ないと判断され,更に進んでその検討がされることはなかった。

 (3) 平成23年3月11日,本件地震が発生した。埼玉県久喜市▲▲においては,震度5強が観測され,本件土地の震度も,これと同程度であった。

 本件地震の影響により,本件土地及びその周辺に液状化現象が生じ,その結果,原告は,本件土地が不均一に沈下し,本件建物が傾斜するという被害を受けた(この被害を「本件被害」という。)。

 原告は,本件地震によって被害を受けたことについて,同年4月14日,保険会社から900万円の地震保険金を受領した。

 (4) 本件建物の傾斜の具体的状況は,次のとおりであり,その傾斜は,生活に支障を来す程度に至るものであり,本件土地建物については,補修工事が必要である。

 ア 平成23年3月17日の時点では,西から東に79mm下がり(約1/90),北西から南東に62mm下がり(約1/90)の傾きが生じていた。

 イ 平成23年11月の時点では,本件建物1階南西側に位置する洋室の西側角を基準点として,本件建物1階南東側に位置する和室の東側角で最大の115mmの沈下が生じており,本件建物の各部屋の傾斜角度は,①1階南西側の洋室が南東方向へ-1.1度,北東方向へ-0.8度,②1階北西側の食堂及び台所が南東方向へ-1.1度,北東方向へ-1.4度,③1階北側の洗面所が南東方向へ-0.1度,北東方向へ-0.5度,④1階東側の和室が南東方向へ-0.9度,北東方向へ-0.6度,⑤2階北側の洋室が南東方向へ-0.4度,北東方向へ-0.1度,⑥2階北西側の洋室が南東方向へ-0.8度,北東方向へ-0.2度,⑦2階南東側の寝室が南東方向へ+0.1度,北東方向へ-0.2度であった。

 ウ この傾斜により,本件建物の1階便所,2階主寝室等の扉が勝手に閉じたり,2階洋室の扉が勝手に開いたり,1階食堂,リビングルーム及び2階主寝室において巾木と床の間に隙間が生じるなどの現象が生じている。

 (5) 久喜市は,本件地震発生後の平成23年4月及び同年5月,本件土地を含む△△地区の地盤を調査した(ボーリング調査及びSWS試験による調査。以下,この調査を「平成23年調査」という。)。

 (6) 建築基準法及びその関連法規

 建築基準法20条4号イ(平成26年法律第54号による改正前のもの)は,小規模木造建築物について,当該建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合するものでなければならない旨を定める。そして,建築基準法施行令36条3項(平成27年政令第11号による改正前のもの)は,同法20条4号イの政令で定める技術的基準について,同施行令第3章第1節から第7節の2の規定(同施行令36条~80条の3)に適合する構造方法を用いることとする旨を定める(小規模木造建築物については,同施行令93条が適用されない。)。

 建築基準法施行令38条3項は,建築物の基礎の構造について,建築物の構造,形態及び地盤の状況を考慮して国土交通大臣が定めた構造方法を用いるものとしなければならない旨を定める。そして,平成12年建設省告示第1347号「建築物の基礎の構造方法及び構造計算の基準を定める件」(以下「告示1347号」という。)第1は,同項に規定する建築物の基礎の構造について,①地盤の長期に生ずる力に対する許容応力度(改良された地盤にあっては改良後の許容応力度)が20kN/平方メートル未満の場合にあっては基礎杭を用いた構造,②20kN/平方メートル以上30kN/平方メートル未満の場合にあっては基礎杭を用いた構造又はべた基礎,③30kN/平方メートル以上の場合にあっては基礎杭を用いた構造,べた基礎又は布基礎としなければならない旨を定める。

 同施行令93条本文は,地盤の許容応力度及び基礎杭の許容支持力について,国土交通大臣が定める方法によって,地盤調査を行い,その結果に基づいてこれを定めなければならない旨を定める。そして,平成13年国土交通省告示第1113号「地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力を求めるための地盤調査の方法並びにその結果に基づき地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力を定める方法等を定める件」(以下「告示第1113号」という。)第1は,同条本文を受け,地盤の許容応力度及び基礎杭の許容支持力を求めるための地盤調査の方法を定め,静的貫入試験をその方法の一つとし,また,同告示第2~第6は,地盤調査の結果に基づき,地盤の許容応力度及び基礎杭の許容支持力を定める方法を定める。

 (7) 平成20年に公表された小規模建築物基礎設計指針

 日本建築学会構造委員会は,平成20年2月25日,「小規模建築物基礎設計指針」(甲30,乙26,37,42。以下「平成20年指針」という。)を公表した。これは,上記委員会が,地盤・基礎工学の分野において,一般的に妥当と認められている理論・調査資料・実験結果及び我が国における設計・施工・調査の経験・実績などを総合的に勘案し,また小規模建築物における慣行及び設計・施工・調査などの一般的な技術水準なども考え併せながら,推奨指針としてとりまとめたものである。

 平成20年指針には,地盤の液状化現象とそのメカニズム,小規模建築物を設計する際の地盤の液状化判定及び液状化対策について,以下の記載がされている。

 ア 地盤の液状化現象とそのメカニズム

 飽和状態にある粒径の揃った緩い砂質土が地震などによって揺すられた場合,砂粒子間に存在する間隙水の水圧が次第に上昇し,ついには砂粒子のかみ合わせが外れ,砂粒子が水中に浮遊した状態になる。このように外力によってせん断力(物体内部にずれを生じさせる力)が繰り返し作用し,砂質土が液体状になる現象を「液状化現象」と呼んでいる。

 地震時に液状化し易い地盤は,地下水位が高く,かつ,緩く堆積した砂質地盤であり,埋立地盤など人工造成地盤や比較的最近に堆積した沖積層が,それに該当する場合が多い。さらに,埋立地では,砂以外の,例えばシルトや礫が多く含まれる地盤でも,液状化が発生する場合があることが確認されている。

 イ 液状化判定

 平成13年に日本建築学会が公表した「建築基礎構造設計指針」(以下「基礎指針」という。)に基づく液状化判定では,地表面から20m程度以浅で液状化の可能性がある地層の各深度に対し,①想定する地震動レベルに応じた荷重(繰返しせん断応力比)Lと,②N値(地盤の硬軟,締まり具合を示す値。標準貫入試験により,質量63.5kgのハンマーを75cm自由落下させ,標準貫入試験用サンプラーを30cm打ち込むのに要する打撃回数から算出される。)と細粒分含有率から評価される強度(液状化抵抗比)Rを算出した上,③荷重に対する強度の比率(強度R/荷重L)Flを計算し,Fl値が1より大きくなる土層については,液状化の可能性がない,1以下となる土層については,液状化の可能性があると判断するものとされる。

 また,Fl値を用いて地盤構成を考慮した評価値PL値や,地盤内のせん断ひずみから求めた地表面の動的水平変位Dcyによって,地盤全体の液状化の程度を判断する方法もある。

 しかし,小規模建築物の設計の場合,このような基礎指針に基づく液状化判定に必要な土質定数を得るための調査や試験が行われることはまれであり,地盤調査としてSWS試験(スウェーデン式サウンディング試験。ロッド先端にスクリューポイントを取り付け,おもりを載荷し,これを地盤に25cm貫入するのに要する半回転数を測定し,その貫入抵抗から地盤の硬軟を調査する試験。)のみが行われているケースが多い。また,小規模建築物のように軽量な構造物の液状化による被害は,過去の中地震動時の場合でみると,概ね地表面から5m程度の深さまでの層の液状化に起因している。

 したがって,小規模建築物の設計における中地震動(地表面水平加速度値150~200cm/sの2乗)に対する液状化の判定は,以下のように,(ア)微地形などからの「概略判定」と併せて,(イ)地表面から5m程度までの範囲の層を対象とした,簡易粒度分析と地下水位に基づく「簡易判定法」によって行うことを推奨する。

 (ア) 概略判定

 概略判定は,事前調査によって得られた地形区分,敷地の履歴,造成などに関する情報から,地盤の液状化の可能性について,大まかな判断をしようとするものである。

 すなわち,微地形からみた地盤表層の液状化可能性の程度については,①自然堤防縁辺部,比高の小さい自然堤防,蛇行州,旧河道,旧池沼,砂泥質の河原,砂丘末端緩斜面,人工海浜,砂丘間低地,堤間低地,埋立地,湧水地点(帯),盛土地が「大」,②デルタ型谷底平野,緩扇状地,自然堤防,後背湿地,湿地,三角州,砂州,干拓地が「中」,③扇状地型谷底平野,扇状地,砂礫質の河原,砂礫州,砂丘,海浜が「小」とされるところ,計画地がこのいずれの微地形に該当するかを事前調査の資料などから判定し,併せて,地方公共団体によって作成されている液状化マップや液状化履歴図を併せみることによって,計画地の液状化の可能性について,大まかな判断をすることができる。

 (イ) 簡易判定法

 簡易判定法は,沖積層(河川の作用によって堆積した粘土,シルト,砂,礫などの堆積物)を対象として土質と地下水位を確認することにより,液状化によって発生する地表面の変状の程度を推定しようとするものである。小規模建築物の場合,液状化による地表面の変状が建築物の被害に大きな影響を及ぼすことなどを考えれば,この判定法は,小規模建築物の設計における液状化の簡易な判定法として推奨できるものと考えられる。

 具体的には,地表面から深さ5mまでの範囲の土質と地下水位を確認することにより,「非液状化層」,すなわち,地下水位より浅い砂層,又は粘性土(細粒分含有率Fc>35%の粒度の土層)の厚さ「H1」と,その下部の「液状化層」,すなわち,非液状化層下面から地表面下5mまでの砂層の厚さ「H2」を設定し,その両者の関係により,地表面に被害が及ぶ影響の大小を判断するものであり,H1≦H2,かつ,H1≦2mの場合には影響が大きく,H1≧H2,又は,H1≧3mの場合には影響が小さいと判断される(その余の場合は,影響の程度が中又は小とされる。)

 土質の判別は,SWS試験を実施した試験孔を利用し,ロッド先端部にサンプリング装置をスクリューポイントと付け替えて土砂を採取し,土質の判定と簡易粒度分析を行って細粒分含有率を求めることが可能である。また,地下水位については,同様に試験孔を利用して,テスターなどの器具を利用すれば測定することが可能である。なお,地下水位は,降雨,潮位,季節,経年変化によって影響を受けることにも注意を要する。

 ウ 液状化対策

 液状化対策の基本的考え方としては,液状化の発生を防止し,又は液状化の程度を軽減するという考え方と,構造物,特に基礎構造を頑丈にして,液状化に抵抗できるようにするという考え方がある。前者の考え方による方法としては,締固めなどによって地盤の密度を高める方法,セメントを土と混合するなどして地盤を化学的に固める方法等がある。後者の考え方による方法としては,杭や基礎梁を強化する方法がある。

 小規模建築物の場合,液状化による被害として人命が損なわれたことは,過去の地震でほとんどない。しかし,中地震程度の地震動によって液状化が発生し,そのことによって建築物に不同沈下の被害が生ずることなどの可能性が高いことから,その対策が必要であると考えられる。

 対策工法としては,小規模建築物の場合,経済的に抜本的な液状化対策が難しい場合もあることから,不同沈下が生じても上部構造物の損傷が極力抑えられ,復旧が可能となるという観点から選定することが肝要であろう。対策例としては,(a)柱状地盤補強又は杭基礎,(b)矢板壁,(c)べた基礎,(d)浅層混合処理などがある。(a)柱状地盤補強又は杭基礎は,液状化によって地表面が変状し,あるいは地盤の支持力を失っても,杭状地盤補強や杭によって建築物の傾斜などを防止しようとするものである。(b)矢板壁は,建築物直下の地盤を拘束することによって,液状化の発生やその影響をできる限り抑制しようとするものである。(c)べた基礎は,建築物の軽量化を図るとともに,基礎の剛性を高めることによって,建築物に「への字」の変形などの被害を防止し,建築物が一体傾斜した場合でも,その復旧を可能にしようとするものである。そして,(d)浅層混合処理は,基礎底面下の表層土を建築物位置全面にわたって地盤改良することで,堅固な支持地盤を構築し,液状化の発生やその影響をできる限り抑制しようとするものである。

 いずれの方法を選定するにしても,小規模建築物における液状化対策の実施に当たっては,経済的に限界がある場合もあることから,費用対効果などを十分に考慮して,対策実施の有無及び工法選定を慎重に行うことが大切である。

 2 主たる争点

 本件における主たる争点は,次のとおりである。

 (1) 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求関係

 ア 本件土地に「隠れた瑕疵」が存在し,被告に瑕疵担保責任が生じるか否か(争点1)

 イ 被告が本件免責条項により瑕疵担保責任を免れるか否か(争点2)

 (2) 不法行為に基づく損害賠償請求関係

 ア 被告の液状化対策義務違反による不法行為が成立するか否か(争点3)

 イ 被告の説明義務違反による不法行為が成立するか否か(争点4)

 ウ 不法行為に基づく損害賠償請求権が時効により消滅するか否か(争点5)

 (3) 原告の損害額(争点6)

 なお,被告は,不法行為に基づく損害賠償請求に係る原告の主張について,時機に後れた攻撃防御に当たるとして,その却下を求めているが,その主張は,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求に係る主張と基礎となる事実関係をほぼ共通にするものであると認められ,その主張をすることにより訴訟の完結が遅延するとまで認められるものではないから,これを却下するには及ばないというべきである。

 3 争点に対する当事者の主張

 (1) 争点(1)(本件土地に「隠れた瑕疵」が存在し,被告に瑕疵担保責任が生じるか否か)について

 (原告の主張)

 本件売買契約が締結された平成22年当時,小規模建築物の建築を目的とした宅地の売買契約においては,我が国で通常想定され得る震度5強程度の地震に耐え得る品質・性能を有していることが予定されており,その当時の知見によれば,中地震動(地表面水平加速度値150~200cm/sの2乗)に対して液状化の蓋然性が高い土地については,そのことに留意して支持力を検討し,当時の知見に照らした液状化対策を講じることが必要とされていた。

 しかしながら,本件土地は,以下に述べるとおり,①中地震動によって液状化する蓋然性が極めて高く,②そのことを予見することができたにもかかわらず,③本件売買契約締結当時の知見に照らして必要とされる液状化対策が講じられなかったものである。そうすると,本件土地は,宅地として通常有すべき品質・性能を欠き,宅地として使用するには適さない土地であったのであり,「隠れた瑕疵」が存在したものというべきである。

 上記瑕疵のために,本件土地が本件地震の影響により液状化し,その結果,原告が本件被害を受けたのであるから,被告は,原告に対し,民法570条に基づき,本件被害に係る損害を賠償する義務を有する。

 ア 本件土地が中地震動によって液状化する蓋然性が高いこと

 (ア) 本件売買契約締結当時から平成23年4月までの間に,地質性状が変化する事情はないから,本件土地は,本件売買契約締結当時も,平成23年調査の時点と同じ状態であったといえる。平成23年調査の結果によれば,本件土地周辺の地層構成は,表層~深さ0.9mが礫質土(0.8mからは,含水量を多く含む。),深さ0.9~3.7mが粗砂土(不均一で含水量が非常に多く,非常に緩い層),深さ3.7~4.1mが礫混じり粘土,深さ4.1~8.8mがシルト質粘土であり,表層~深さ4.1mまでは埋土である。地下水位は,表層から70cm下と比較的浅い位置にある。また,表層から10m以内のN値は,概ね1~5の範囲内であり,非常に低い数値となっており,表層から深さ約1~4mの範囲で,液状化のし易さを示すFl値が,液状化の可能性があると判断される値である1未満となっている。

 (イ) 平成20年指針が示す液状化判定方法の一つである「微地形からの概略判定」を用いると,本件土地は「後背湿地」等に該当し,液状化可能性の程度は,「中」と判断される。

 (ウ) 平成23年調査の結果を前提として,平成20年指針が示すもう一つの判定方法である「簡易判定法」を用いると,中地震動に対する液状化の影響については,「大」と判断される。すなわち,本件土地は,本件売買契約締結当時も平成23年調査の時点と同じ状態であったといえるところ,平成23年調査の結果によれば,①地下水位が地表面から深さ70cmにあり,地表面から深さ70cmの範囲が砂層となっているから,非液状化層の厚さ(H1)は70cmとなり,また,②この深さから地表面下5mまでの範囲に,砂層が少なくとも3m存在している(表層から深さ370cmまでは礫質埋土や粗砂埋土である。)から,液状化層の厚さ(H2)は,少なくとも3mとなり,本件売買契約締結当時,本件土地の中地震動に対する液状化の影響は,「大」と判定される。

 (エ) 以上によれば,本件土地は,本件売買契約締結当時,中地震動以上の地震が発生した場合に液状化する蓋然性が極めて高かったことは明らかである。

 イ 液状化する蓋然性が高いことについての予見可能性

 本件売買契約締結当時,平成20年指針によって,小規模建築物の地盤調査,荷重の算定,基礎の計画,地盤の液状化判定方法及び液状化対策に関する知見が,広く知られていたものである。そして,平成20年指針が示す「簡易判定法」を用いれば,本件土地の中地震動に対する液状化の影響が「大」であるとの判定結果を得ることができたのであり,本件売買契約締結当時,本件土地が中地震動によって液状化する蓋然性が高いことについて,これを予見することができたものである。

 ウ 当時の知見に照らして必要とされる液状化対策の欠缺

 本件売買契約締結当時の小規模建築物の地盤の液状化判定方法及び液状化対策に関する知見(平成20年指針)によれば,液状化の可能性のある地盤については,その影響に留意して支持力を検討し,液状化の可能性を適切に評価した上で,必要に応じてその対策を講じるべきものとされている。しかるに,被告は,本件土地について,概略判定しか行わず,その結果,中地震動に対する液状化の影響が少ないという誤った判定をし,当時の知見に照らして必要とされる液状化対策を講じなかったものである。

 被告は,自らが実施した柱状改良工法による地盤補強工事及びべた基礎工事について,平成20年指針所定の液状化対策工に該当する旨を主張するが,いずれもこれに該当するものではない。すなわち,被告が行った柱状改良工法は,地表面から深さ3.5mの改良柱体を造成するものにすぎず,改良柱体の底部が液状化の可能性がある深さ約1~4mの範囲を超えるものではないから,液状化対策工に当たらない。また,本件では,べた基礎工事自体は行われているものの,平成20年指針は,液状化対策となるべた基礎について,建物の軽量化及びジャッキアップ用架台の設置を伴うものとしているのであり(甲30の92頁の図5.6.6の記載参照),被告が行ったべた基礎工事は,液状化対策工に当たらない。

 エ 被告は,本件土地について,SWS試験による地盤調査を行い,長さ3.5mの柱状改良杭を用いた柱状改良工法によって地盤を改良し,地盤改良後の許容応力度(支持力)が30kN/平方メートル以上になるようにした旨を主張する。

 しかし,本件売買契約締結当時の知見(平成20年指針)によれば,地盤調査としてのSWS試験については,「貫入深度は基本的に10m」とされていたところ(甲30の34頁),被告が実施したSWS試験は,5本中4本が貫入深度5mにとどまっている。また,SWS試験は,「N値10~15以下程度の硬さの地盤で,礫を含む地盤ではその信頼性に乏しい」とされているところ(乙1),平成23年調査によれば,本件土地のN値は概ね1~5の範囲内であるから,被告が行ったSWS試験の結果は,その信用性に疑問が残る。さらに,当時の知見(平成20年指針)に照らせば,「SWS試験などの結果,不均一な地盤や自沈層などの軟弱な地盤により不同沈下が予想される場合」には土質試験を実施する必要があるとされているところ(甲30の46頁),被告が実施したSWS試験の結果によれば,「軟弱層の深度が深い」(乙1),「自沈層(軟弱層)が見られる」(乙2)という結論に至ったというのであるから,本件土地については,土質試験が実施されるべきであったのに,被告は,これを実施していない。

 そうすると,被告が本件土地について行った地盤調査は,当時の知見に照らして不十分であったといえ,かかる地盤調査結果に基づいてされた柱状改良工法も,当時の知見に照らして不十分であったものである。

 (被告の主張)

 ア 被告の実施した地盤調査及び地盤補強工事

 (ア) 建築物における地盤の許容応力度(支持力)は,30kN/平方メートルが一つの基準とされており(告示第1347号第1における区分参照),30kN/平方メートル以上であれば,安全性を備えていると評価することができるところ,被告は,B2に対し,本件土地の地盤調査を行い,その調査の結果に応じた対策工を講じることを依頼した。

 (イ) B2からの依頼を受けた株式会社C2(以下「C2」という。)は,平成21年11月,本件土地について,SWS試験による地盤調査を行った。

 SWS試験は,告示第1113号第1が「地盤の許容応力度及び基礎ぐいの許容支持力を求めるための地盤調査の方法」として定めている静的貫入試験の一つである。小規模木造建築物については,その基礎の構造に関しては法令等(建築基準法施行令38条3項,告示1347号第1)による規制はあるが,地盤の調査及び対策工に関しては法令等による規制はない。地盤の許容応力度に関する同施行令93条本文は適用されず(同施行令36条3項参照),告示第1113号も適用されないが,実際の地盤調査及び対策工は,これらの規定を斟酌して行われている。本件土地の地盤調査も,これらの規定に従い,SWS試験の方法により実施された。

 本件土地のSWS試験による地盤調査の結果は,調査をした全5地点のうち3地点につき許容応力度が30kN/平方メートル以上であったものの,その余の2地点については,許容応力度が20kN/平方メートル未満というものであった。

 (ウ) B2は,上記地盤調査の結果を受け,本件土地について,調査した5地点ともGL-2.0~2.50m間でWsw=50~100kg自沈を示しており,地耐力2tf/平方メートル以下の地盤であり,その対策工としては,軟弱層の深度が深いことから,長さ3.5mの柱状改良杭を用いた柱状改良工法によって地盤を改良するのが適切であると判断した。そして,株式会社D2(以下「D2」という。)に対し,本件土地の地盤改良後の応力度(支持力)が30kN/平方メートル以上になるように,地盤補強工事の具体的内容を検討するよう依頼した

 地盤補強の対策工には,①表層改良,②柱状改良工法,③鋼管杭工法等,複数の方法が存在するところ,いかなる対策工を選択するかは,当該土地の地盤調査結果を踏まえて,土地の規模や利用方法等と対策工の性能,施工性,コスト等を比較検討した上で決定されるものである。また,当該土地における改良底部の位置が,対策工を選択する際のおおよその目安となり,改良底部の位置が地表から2mより浅い場合は表層改良,2~8m程度の場合は柱状改良工法,8mより深い場合は鋼管杭工法が用いられることが多い。

 D2は,改良杭となる柱体の直径(杭径)を600mm,改良底部の地表からの長さ(柱体の長さ)を3.5mとし,このような柱体を本件土地の32箇所に仮配置して,その支持力の計算をしたところ,支持力30kN/平方メートル以上となることが確認されたため,この仕様による伏図を作成した。そして,平成21年12月,本件土地について,上記の仕様の柱状改良工法により,地盤補強工事を行った。

 (エ) 以上のとおり,本件土地は,本件売買契約締結当時,30kN/平方メートル以上の許容応力度を備えていたものであり,小規模木造建築物の敷地として通常有すべき品質及び性能を有しており,本件土地に「瑕疵」はない。

 イ 本件売買契約締結当時の本件土地の液状化の蓋然性及び予見可能性

 本件土地については,以下に述べるとおり,本件売買契約締結当時,中地震動によって液状化する蓋然性が高かったということはできず,このことを予見し得たということもできないから,本件土地に液状化対策が講じられていなかったとしても,「瑕疵」があるとはいえない。

 (ア) 被告は,次の経過により,本件土地について,地表面水平加速度値150~200cm/sの2乗程度の中地震では,液状化による地表面への影響は少ないと結論づけ,更に液状化対策の検討をすることをしなかったものである。

 すなわち,B2は,本件土地に関する土地条件図,地形図及び古地図(乙25の資料2~4)を参照し,本件土地が過去水田であったものであり,平成20年指針の「微地形からの概略判定」によれば地盤表層の液状化可能性の程度が「中」とされる「湿地」に該当すると判断するとともに(なお,原告は,本件土地が「後背湿地」に該当すると主張するが,「後背湿地」とは,河川沿いに発達する自然堤防背後の低平地をいうから,原告の上記主張は誤りである。),本件土地が▲▲町の□□土地区画整理事業により住宅地として造成された地盤であり,造成時点で地中の排水がされていることから,地下水位は造成地盤より低いと判断した。そして,日本の液状化履歴マップ(乙18)及び「昭和55年度埼玉県地震被害想定策定調査ボーリング資料集(3)」(乙25の資料5)を参考にして,地形,地層構成,地下水位を確認するとともに,平成16年に△△地区(本件土地から北東へ1km程度離れた場所)において行われたボーリング調査の結果(乙27)を参考にした上,本件土地について,地表面水平加速度値150~200cm/sの2乗程度の中地震では,液状化による地表面への影響は少ないと結論づけた。

 この判断は正当であり,本件売買契約締結当時,本件土地が中地震動によって液状化する蓋然性が高く,これを予見することができたということはできない。

 (イ) 原告は,平成20年指針が本件売買契約締結当時の知見であり,その当時,簡易判定法により液状化の可能性を判定しなければならなかったことを前提として,本件土地について中地震動による液状化の蓋然性が高かった旨を主張する。

 しかしながら,本件地震前においては,本件建物のような小規模木造建築物について,液状化現象発生の危険性についての調査やその対策に係る法的規制は存せず,国又は業界団体における基準も,液状化対策に係るものは定められていなかったものである。その理由としては,未だ小規模木造建築物で安価な液状化対策工法が考案されておらず,費用対効果の点から,小規模木造建物に具体的な液状化対策を講じることが困難であったことが挙げられる。そして,平成20年指針は,社団法人日本建築学会における学会内の最新の議論を踏まえた指針として,簡易判定法を推奨するにとどまるものであり,小規模建築物を建築する業者等に対して,その建築に先立ち,簡易判定法によって液状化可能性を判定すべき法的義務を課すものではないことは明らかである。

 実際にも,平成20年指針のいう簡易判定法は,これを行うにはサンプリング装置をロッド先端部に付けて土砂を採取する必要があるところ,この装置を保有している業者は限られており,だれでも容易に行い得るというものではない。本件地震前においては,小規模木造建築物について,概略判定で液状化の可能性を見極め,その可能性が高いとされる場合に初めて簡易判定法を用いるのが通常であった。

 したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くというべきである。

 (ウ) 原告は,本件土地が本件売買契約締結当時も平成23年調査の時点と同じ状態であることを前提に,平成23年調査に基づき,本件土地が中地震動によって液状化する蓋然性が高かったと主張する。

 しかしながら,土地については,地震の影響により,表層部の地盤強度の低下や乱れが顕著に表れたり,地下水位が変動したり,深度によってN値が増減したりすることが明らかになっている。特に,液状化現象が発生した土地は,発生が認められない土地と比較して,地盤支持力が低下(軟弱化)することが多いことが確認されている。

 したがって,本件土地が本件売買契約締結当時も平成23年調査の時点と同じ状態であるとはいえず,原告の上記主張は,その前提を欠くというべきである。

 (エ) そもそも,本件地震には,地震動の長さ,余震回数及び規模が極めて大きいという特殊性があったものである。そして,揺れを意味する震度自体が小さい場合でも,揺れの回数が多く,継続時間が長期となるときには,液状化現象が発生する。本件土地の液状化は,多数回にわたる余震と,長時間に及ぶ地震動の継続という本件地震の特殊性に基づいて発生したものと推測され,本件土地については,このような特殊性を持たない通常の中地震動によって液状化する蓋然性が高く,これを予見することができたとはいえない。

 ウ 被告が実施した地盤補強工事等の液状化対策工該当性

 被告が実施した柱状改良工事及びべた基礎工事は,平成20年指針において液状化対策とされる柱状地盤補強工事及びべた基礎工事に該当し,被告は,結果的に平成20年指針所定の液状化対策工を実施したものであるから,この点でも,本件土地に「瑕疵」があるとはいえない。

 原告は,平成20年指針に掲載された図をもって,建物軽量化,ジャッキアップ用架台の設置を伴わない以上,液状化対策工に該当しない旨を主張するが,その図は,例示に過ぎない上,本件建物は,屋根にアスファルトルーフィング,コロニアル葺を,外壁に軽量モルタルを用いるなどしており,建物軽量化の要件を満たしているものであるから,原告の上記主張は,失当である。

 (2) 争点2(被告が本件免責条項により瑕疵担保責任を免れるか否か)について

 (被告の主張)

 本件土地の液状化現象は,本件地震という天災地変その他不可抗力により生じた毀損・滅失に当たるから,被告は,本件免責条項により,瑕疵担保責任を免れる。

 (原告の主張)

 宅地建物取引業法は,宅地建物取引業者は,自ら売主となる宅地又は建物の売買契約において,その目的物の瑕疵担保責任に関し,民法の規定するものより買主に不利になる特約をしてはならない旨を規定し(40条),また,消費者契約法は,当該消費者契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに,消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項を無効とする旨を規定しているところ(8条1項5号),本件免責条項は,これらの規定により無効である。

 したがって,被告は,本件免責条項によって瑕疵担保責任を免れるものではない。

 (3) 争点3(被告の液状化対策義務違反による不法行為が成立するか否か)について

 (原告の主張)

 前記のとおり,本件土地については,本件売買契約締結当時,中地震動によって液状化する蓋然性が高く,このことを予見することができたものであるから,売主である被告は,本件土地について,液状化に留意して支持力を検討し,必要に応じて,液状化被害を防止する対策を講じる義務を負っていたものである。しかるに,被告は,これを怠り,本件土地について,中地震動に対する液状化の影響が少ないという誤った判断をし,当時の知見に照らして必要とされる液状化対策を講じなかったのであるから,被告には液状化対策義務の違反による不法行為が成立する。

 被告の上記不法行為のために,本件土地が本件地震の影響により液状化し,その結果,原告が本件被害を被ったものであるから,被告は,原告に対し,本件被害に係る損害を賠償する義務を有する。

 (被告の主張)

 前記のとおり,本件土地については,本件売買契約締結当時,中地震動によって液状化する蓋然性が高かったということはできず,このことを予見し得たということもできない。

 また,平成20年指針に記載された液状化対策工法が施工されていたとしても,本件震災の特殊性からすれば,本件土地が液状化した可能性は否定できず,結果回避可能性が認められない。

 さらに,被告が実施した柱状改良工事,べた基礎工事は,いずれも平成20年指針において液状化対策とされる工事に当たるものであり,被告に結果回避義務違反も認められない。

 したがって,被告には,液状化対策義務違反による不法行為は成立しない。

 (4) 争点4(被告の説明義務違反による不法行為が成立するか否か)について

 (原告の主張)

 前記のとおり,本件土地については,本件売買契約締結当時,中地震動によって液状化する蓋然性が高く,このことを予見することができたものであるから,売主である被告は,本件売買契約を締結するに当たり,買主である原告に対し,本件土地の液状化に関する事項,すなわち,①本件土地について,中地震動によって液状化する蓋然性が高いこと,②本件土地について実施した地盤調査の方法,内容,結果等,③本件土地について実施した地盤補強工事の目的,経緯,内容等,④被告が本件土地について液状化の影響について小さいと判断するに至った経緯,根拠,理由等,⑤被告が本件土地について液状化の影響について小さいと判断し,液状化対策を行っていないことについて十分に説明し,原告が本件土地を購入するかどうかを適切に判断できるようにすべき義務があった。しかるに,被告は,これを怠り,本件売買契約を締結するに当たり,原告に対し,上記の事項について,何ら説明をしなかったのであり,被告には説明義務違反による不法行為が成立する。

 被告の上記不法行為のために,原告は,本件土地を購入するかどうかを適切に判断できず,これを購入するに至り,その結果,本件被害を受けたものであるから,被告は,原告に対し,本件被害に係る損害を賠償する義務を有する。

 (被告の主張)

 前記のとおり,本件売買契約当時,本件土地について,中地震動によって液状化する蓋然性が極めて高かったということはできず,本件売買契約締結当時,被告がこのことを予見し得たということもできない。

 したがって,被告は,原告主張の説明義務を有するものではなく,説明義務違反による不法行為は成立しない。

 (5) 争点5(不法行為に基づく損害賠償請求権が時効により消滅するか否か)について

 (被告の主張)

 原告は,本件地震により本件土地建物に被害が発生した平成23年3月11日から3年以上が経過した平成27年2月になって,被告に対し,上記各不法行為に基づく損害賠償請求をしたものであり,その損害賠償請求権については,消滅時効が成立している。被告は,上記消滅時効を援用する。

 したがって,原告の上記各不法行為に基づく損害賠償請求権は,時効により消滅したものである。

千葉補足意見つき民亊再生と三者間相殺 最高裁平成28年

倒産判例百選第6版 71事件

清算金請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成26年(受)第865号

平成28年7月8日

【判決要旨】    再生債務者に対して債務を負担する者が,当該債務に係る債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しない。

          (補足意見がある。)

【参照条文】    民事再生法92-1

【掲載誌】     最高裁判所民事判例集70巻6号1611頁

          裁判所時報1655号184頁

          判例タイムズ1432号65頁

          金融・商事判例1508号53頁

          金融・商事判例1500号4頁

          判例時報2322号53頁

          金融法務事情2057号54頁

          LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】    判例秘書ジャーナルHJ100020

          銀行法務21 820号18頁

          金融・商事判例1516号8頁

          金融・商事判例1527号2頁

          金融法務事情2053号6頁

          金融法務事情2073号48頁

          論究ジュリスト20号96頁

          ジュリスト1505号152頁

          ジュリスト1509号84頁

          税務事例49巻5号60頁

          判例時報2347号158頁

          法学協会雑誌135巻4号912頁

          法学研究(慶応大)90巻5号43頁

          法政論集(名古屋大)274号269頁

          法曹時報70巻12号203頁

          熊本ロージャーナル12号49頁

          北大法学論集72巻1号155頁

 

       主   文

 

 1 原判決を次のとおり変更する。

   第1審判決を次のとおり変更する。

  (1) 被上告人は,上告人に対し,4億3167万5585円及びうち4億3150万8744円に対する平成20年10月2日から支払済みの前日まで2%を365で除した割合を日利とする各日複利の割合による金員を支払え。

  (2) 上告人のその余の請求を棄却する。

 2 訴訟の総費用は,これを5分し,その3を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人田中信隆,同福森亮二の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 1 本件は,再生手続開始の決定を受けた上告人が,被上告人との間で基本契約を締結して行っていた通貨オプション取引等が平成20年9月15日に終了したとして,上記基本契約に基づき,清算金11億0811万1192円及び約定遅延損害金の支払を求める事案である。被上告人は,上記再生手続開始の決定後,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が上告人に対して有する債権(再生債権)を自働債権とし,上告人が被上告人に対して有する上記清算金の支払請求権を受働債権として上記基本契約に基づく相殺をしたことにより,上記清算金の支払請求権は消滅したなどと主張している。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 証券会社である上告人は,米国法人A(以下「A」という。)の子会社であった。また,信託銀行である被上告人及び証券会社であるB株式会社(以下「B」という。)は,いずれもC株式会社の完全子会社である。

 (2) 上告人は,平成19年2月1日,被上告人との間で,基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し,通貨オプション取引及び通貨スワップ取引(以下,併せて「本件取引」という。)を行っていた。

 (3) 本件基本契約には,要旨次のような定めがある。

 ア 一方の当事者の信用保証提供者が,破産決定その他救済を求める手続の開始を申し立てた場合には,当該当事者につき,期限の利益を喪失する事由(以下「期限の利益喪失事由」という。)に該当することとなるものとし,当事者間に存在する全ての取引は,期限の利益喪失事由の発生に伴い行われる関連手続の開始又は申請の直前の時点で終了するものとする(以下,この定めにより当事者間に存在する全ての取引が終了することを「期限前終了」といい,その終了の日を「期限前終了日」という。)。

 イ 期限の利益喪失事由が生じ,一方の当事者(甲)について期限前終了をしたときは,他方の当事者(乙)は,乙及びその関係会社(直接的又は間接的に,乙から支配(議決権の過半数を所有することをいう。以下同じ。)を受け,乙を支配し,又は乙と共通の支配下にある法的主体をいう。以下同じ。)が甲に対して有する債権と,甲が乙及びその関係会社に対して有する債権とを相殺することができる(以下「本件相殺条項」という。)。本件相殺条項は,甲が再生債務者となった場合であっても,乙が,自らの関係会社が甲に対して有する債権を自働債権とし,甲の乙に対する債権を受働債権として相殺することができるというものである。

 (4) 本件基本契約における上告人の信用保証提供者であるAは,平成20年9月15日,米国連邦倒産法第11章の適用申請を行い,本件取引は,前記(3)アの定めにより期限前終了をした。上告人は,被上告人に対し,本件基本契約に基づき,清算金4億3150万8744円並びに期限前終了日である同日から同年10月1日までの確定約定遅延損害金16万6841円及び上記清算金に対する同月2日から支払済みの前日まで2%を365で除した割合を日利とする各日複利の割合による約定遅延損害金の支払を求める債権(以下「本件清算金債権」という。)を取得した。

 (5) Bは,上告人との間で,平成13年11月26日に本件基本契約と同様の基本契約を締結し,取引を行っていたが,同取引が平成20年9月15日に終了したため,上告人に対し,同基本契約に基づき,同取引の清算金17億1168万6829円の支払を求める債権(以下「B清算金債権」という。)を取得した。

 (6) 上告人は,平成20年9月19日,再生手続開始の決定を受けた。

 被上告人は,再生債権の届出期間内である同年10月2日,上告人に対し,本件相殺条項に基づき,上告人が被上告人に対して有する本件清算金債権と,被上告人の関係会社であるBが上告人に対して有するB清算金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺」という。)。なお,Bは,同日,上告人に対し,本件相殺に同意している旨を通知した。

 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件清算金債権は本件相殺によりその全額が消滅したと認め,原告の請求を棄却すべきものとした。

 本件相殺は,2当事者が互いに債務を負担する場合における相殺ではないが,再生手続開始の時点において再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在すると認められ,かつ,相殺が再生債権者間の公平,平等を害しない場合には,民事再生法において制限される相殺には当たらないと解するのが相当である。そして,本件相殺条項の合意時において,上告人と被上告人は,関係会社を含めたグループ企業同士で総体的にリスク管理をすることを企図しており,本件相殺条項のような3者間の相殺を定めた契約は,分社化が進んだ金融機関のデリバティブ取引における慣行といえる程度に広く用いられていたと推認されること等からすれば,本件相殺は,再生手続開始の時点で再生債権者が再生債務者に対して債務を負担しているときと同様の相殺の合理的期待が存在するものであると認められ,かつ,再生債権者間の公平,平等を害するものであるとまではいえない。そうすると,本件相殺は,同法93条の2第1項によって相殺が禁止される場合に当たらず,同法92条により許容されるものと解するのが相当である。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 相殺は,互いに同種の債権を有する当事者間において,相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し,もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする制度であって,相殺権を行使する債権者の立場からすれば,債務者の資力が不十分な場合においても,自己の債権について確実かつ十分な返済を受けたと同様の利益を得ることができる点において,受働債権につきあたかも担保権を有するにも似た機能を営むものである。上記のような相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することは,通常,再生債権についての再生債権者間の公平,平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではないことから,民事再生法92条は,原則として,再生手続開始時において再生債務者に対して債務を負担する再生債権者による相殺を認め,再生債権者が再生計画の定めるところによらずに一般の再生債権者に優先して債権の回収を図り得ることとし,この点において,相殺権を別除権と同様に取り扱うこととしたものと解される(最高裁昭和39年(オ)第155号同45年6月24日大法廷判決・民集24巻6号587頁,最高裁平成21年(受)第1567号同24年5月28日第二小法廷判決・民集66巻7号3123頁参照)。

 このように,民事再生法92条は,再生債権者が再生計画の定めるところによらずに相殺をすることができる場合を定めているところ,同条1項は「再生債務者に対して債務を負担する」ことを要件とし,民法505条1項本文に規定する2人が互いに債務を負担するとの相殺の要件を,再生債権者がする相殺においても採用しているものと解される。そして,再生債務者に対して債務を負担する者が他人の有する再生債権をもって相殺することができるものとすることは,互いに債務を負担する関係にない者の間における相殺を許すものにほかならず,民事再生法92条1項の上記文言に反し,再生債権者間の公平,平等な扱いという上記の基本原則を没却するものというべきであり,相当ではない。このことは,完全親会社を同じくする複数の株式会社がそれぞれ再生債務者に対して債権を有し,又は債務を負担するときには,これらの当事者間において当該債権及び債務をもって相殺することができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,異なるものではない。

 したがって,再生債務者に対して債務を負担する者が,当該債務に係る債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものと解するのが相当である。

 これを本件についてみると,本件相殺は,再生債務者である上告人に対して本件清算金債権に係る債務を負担する被上告人が,上記債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくするBが有する再生債権であるB清算金債権を自働債権として相殺するものであるから,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものというべきである。

 5 以上によれば,本件相殺が民事再生法92条により許容されるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり,論旨は理由がある。そして,以上に説示したところによれば,上告人の請求は,被上告人に対し,清算金4億3150万8744円並びに期限前終了日である平成20年9月15日から同年10月1日までの確定約定遅延損害金16万6841円及び上記清算金に対する同月2日から支払済みの前日まで2%を365で除した割合を日利とする各日複利の割合による約定遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却すべきであり,原判決を主文第1項のとおり変更することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見との関係で,次のとおり私見を付加しておきたい。

 1 本件相殺条項による相殺的処理と民事再生手続における効力

 (1) 本件相殺条項は,被上告人の「関係会社」の同意を停止条件として,上告人の被上告人に対する債権と関係会社(本件ではBがこれに当たる。)の上告人に対する債権とを,相殺的処理により消滅させること(以下,これを「本件相殺的処理」という。)を認める旨を当事者間で合意するものであるが,弁済や相殺などのいわゆる法定の債務消滅行為とは異なる面があるため,倒産手続の一つである再生手続においても本件相殺的処理の効力をそのまま認めることができるかが問題となる。

 (2) 再生手続においては,優先権を有する場合以外は,再生債権の処理について,再生債権者間の公平,平等な扱いを基本原則としており(以下,この原則を「債権者平等原則」という。),民事再生法(以下「法」という。)85条が再生計画の定めるところによらない再生債権消滅行為の原則的禁止を定めているのもその現れである。法は,その例外として92条ないし93条の2等において「相殺」に関して定めているが,このような例外は,相殺の性質上,それを認めることが他の再生債権との関係でも債権者平等原則の趣旨に背馳しないためである。

 (3) ところで,本件相殺的処理は,上告人の全債権者のための引き当て財産となるべき債権を当事者間の合意である本件相殺条項により消滅させるものである。そして,これは,上告人に期限の利益喪失事由が発生し,その後に関係会社の同意がされることにより,期限の利益喪失事由が発生した時点に遡って本件相殺的処理を行うというものである。内田貴被上告人訴訟代理人(東京大学名誉教授)による「上告受理申立理由書に対する意見書(2)」のとおり,このような当事者間ないし関係会社を巻き込んだ3当事者間における合意による本件相殺的処理は,再生手続開始前に債権債務の差引清算が完結しているものであると主張して,そもそも再生手続の規制の対象にはならず,したがって法92条の相殺該当性を問題にするまでもなく,有効性を肯定できるとする見解もあり得よう。

 このような3者間の合意による相殺処理は,3者間の相殺について,債権債務に強い牽連性がある場合等,一定の条件の下において認められるとする見解や立法例も見られるところであり(上記「上告受理申立理由書に対する意見書(2)」),関係当事者間における債権債務の差引清算の合意の効力としては確かにあり得るところである。問題は,再生債務者に破綻事由が発生しその財産が全債権者の引き当てになる事態が生じ,再生手続開始前であっても申立時(なお,本件取引はその時点において期限前終了をしていた。)には法85条とほぼ同趣旨の弁済禁止等の保全処分が発令される等のいわゆる倒産状態になり,債務者にとって,自由な財産処分が許されなくなった場面であっても,そのような合意の効力ないし合意による処理が認められるか否かである。

 (4) この場面では,既に再生手続開始後と同じ法的規制を受ける状態が始まっており,法の規制が契約自由の原則に優先して働くことになるため,本件相殺的処理の有効性は,結局,それが債権者平等原則の例外として法が許容しているといえる場合に限られるといわざるを得ない。そして,具体的には,本件相殺的処理が許容されるのは,法92条1項の規定する相殺に該当する場合であるから,民法505条の定める相殺に当たると評価できるものでなければならない。そして,本件においては,法定相殺とされるための要件のうち,特に,同一当事者間で互いに債権債務が存在していること(以下,この要件を「相互性」という。)が満たされているかどうかが問題となるのである。

 2 本件相殺的処理における「相互性」の有無

 (1) 相殺について相互性が要求されるのは,相互に債権債務を有する当事者は,相手方の資力に関係なく信頼し合うものであるから,一方の当事者の資力が悪化しても,この信頼を裏切って相殺を禁ずることは,かえって不公平となるので,対当額で債権債務を消滅させる処理が公平に適するという考え方が制度の基礎にあり(我妻榮「新訂債権総論」317頁等参照),相殺についての担保的機能や相殺による債権回収への合理的期待が存在するからであろう。

 本件において,被上告人は,上告人に対して,その期限の利益喪失事由(経営破綻)発生時点で債権を有していたわけではなく,本件相殺条項によって関係会社の債権を自働債権として相殺的処理ができるとされていたにすぎず,形式的には相互性の要件を満たしているとはいい難い。

 (2) 被上告人は,この点について,以下のような趣旨の主張をしている。

  ① 本件相殺条項は,関係会社(B)が同意することを停止条件として,関係会社が「期限の利益喪失当事者」(以下「利益喪失者」という。本件では上告人である。)に対して有する債権の債権者を「非期限の利益喪失当事者」(以下「利益非喪失者」という。本件では被上告人である。)に交替させることを内容とする「債権者の交替を定めた更改契約又はそれに類する非典型的契約」であり,関係会社の同意により債権者の交替が行われ,利益喪失者との間での相互性の要件を満たすことになり,その結果,本件相殺的処理は,法92条により許容される。

  ② また,関係会社(B)の同意は,再生手続開始の決定後ではあるが,その時点で再生債権の譲渡がされたととらえるべきではなく,上記同意により本件相殺的処理を行う権限を利益非喪失者に認めたのであり,それにより再生手続開始前に遡って相殺処理がされたことになるのであるから,相殺禁止を定める法93条の2第1項1号等にも当たらない。

 (3) しかしながら,上記(2)①につき,本件相殺条項が,債権者の交替による更改等を定めたものといえるかは,慎重に検討する必要があるところ,債権の帰属,発生及び当事者の交替は,明確な取決めがなければならないのであって,本件相殺条項の文言によってもこれらが明確とはいえず,また,当事者の意思等にも沿わない面があり,このような見方は,やはり無理があるといわざるを得ない。

 また,上記(2)②につき,関係会社の同意について,利益非喪失者に本件相殺的処理を行う権限を認めたものであるという説明をしても,結局,相互性を満たすために,その時点で自己の債権を被上告人に譲渡したのと同じ状態を生じさせるものであって,法93条の2第1項1号等の規制を免れることはできない。

 3 本件相殺条項の意味と「関係会社」の範囲等

 (1) 本件基本契約は,1992年版のISDAマスター契約(ISDA(国際スワップ・デリバティブズ協会)が作成したデリバティブ取引の標準契約書)に依拠したものであり,本件相殺条項は,ISDAマスター契約にスケジュールと呼ばれる別紙として添付され,本件基本契約を構成している。そして,一般に,デリバティブ取引は,原審認定のとおり,取引当事者間の債権債務が日々刻々変化する上,取引終了までは債権債務の状況がどのようになるかが判然としないものであり,取引当事者において期限前終了事由(経営破綻)が生じる場合のリスク管理が重要となり,そのため,本件のように,債権債務の相殺的処理によるリスクの低減ないし回避が方策として検討されることになる。

 (2) ところで,本件相殺条項の当事者の一方は,世界的な金融グループであったDグループに属する証券会社であり,他方は,同じく世界的な投資銀行・証券持株会社であるC株式会社の100%子会社であって,いずれも,持株会社を頂点とする金融グループの構成員である。このような企業グループでは,経営的な観点から,頂点となる持株会社を設立し,その分社化として,本件当事者のようなグループに属する企業がいわば姉妹会社として,様々な分野で活動している。このような企業グループは,グループを構成する個々の企業の単なる寄せ集めではなく,多様な分野で各企業が各自の経済活動を行って相互に協力,連携をしながら,グループ全体をいわば一つの複合的,有機的な企業体として動かしていくものであり,分社化した各企業において生じたリスクも,グループ全体として,リスク管理を行うことを考えることはあり得る方策であろう。本件相殺条項も,そのような観点から,Eグループ内で,直接又は間接に共通の支配下にある企業を「関係会社」として位置付けて,本件相殺的処理により取引契約の当事者でない関係会社の同意を条件とした上,その利益喪失者に対して有していた清算金債権を自働債権とし,利益喪失者の利益非喪失者に対する清算金債権を受働債権として,本件相殺的処理をして対当額において消滅させることにより,企業グループ全体のリスク管理を図ったものとみるべきである。このような処理は,分社化が進んだ金融機関におけるデリバティブ取引業界において一定程度採用されている状況にあるものと推察されるところであり,少なくとも契約当事者間あるいはそれを構成員とする企業グループ間においては,経済的合理性,相当性を有するものであり,相殺的処理についての担保的機能や相殺的処理による債権回収への合理的期待が,当初から存在しているといえよう。

 このようなデリバティブ取引の性質,当事者及びそれらを支配下に置く企業グループにおけるリスク管理の観点等を踏まえると,本件相殺的処理について,利益非喪失者と関係会社とが一体的なものかどうかの評価に関わる両者間の組織上の関連性(資本や人事等の関連性)や営業活動上の関連性(営業方針,情報,経営戦略等の関連性)が問われることとなり,その内容いかんでは,法定相殺の基本要件である相互性が実質的に認められると解する余地が生じよう。

 (3) しかしながら,本件相殺条項は,上告人及び被上告人が契約の当事者となっている本件基本契約を構成するものであり,そこでいう「関係会社」は,契約当事者が属する企業グループ内の共通の支配下にありグループに属する子会社ではあるが,本件基本契約外の第三者である。また,関係会社とは具体的にどの法主体なのか,が本件相殺条項等において当初から特定されているわけではなく,ましてや,関係会社と上告人との間の債権の発生が,本件取引と同様のデリバティブ取引によるものであるといった限定もない。さらに,その「関係会社の同意」も,本件相殺条項を含む本件基本契約締結時において,上告人の経営破綻の際には本件相殺的処理に同意することが当然に予定されている関係にあるともいえない。なぜなら,経営破綻状態になった時点で,被上告人から照会された関係会社は,そもそも同意するかどうか,被上告人とのどのような条件(本件相殺的処理により被上告人は大きな利益を得るので,関係会社は自己の債権を自働債権として使用されることの対価を一定程度要求できる地位にある。)の下で同意するのか等は,その時点における関係会社の経営判断によることになるからである。

 そうすると,前記のとおり,「相殺」において相互性を要求する趣旨は,相互に債権債務を有する当事者は,相手方の資力に関係なく信頼し合って取引を行うものであることから,一方当事者の資力が悪化したときには,対当額で債権債務を消滅させるのが公平に合致する,というものであるところ,本件相殺条項により第三者的立場の関係会社を巻き込んだ相殺的処理は,このような当事者間の信頼を基礎とするものではないといわざるを得ず,その点で相互性は認め難いといえよう。

 (4) もっとも,本件相殺条項において,「関係会社」が,単に,共通の支配下にある同じ企業グループの法主体というだけでなく,被上告人と関係会社との間に密接な組織的関係ないし協力的な営業実態等が存在する姉妹会社であるような場合には,更に検討を要しよう。

 例えば,①関係会社が,上告人との間で被上告人と同種のデリバティブ取引を行っているもので,被上告人との間に,姉妹会社としての当該取引上の協力,連携関係があり,被上告人と上告人との取引に関し一定の情報を共有しており,実質的に一つの取引関係から債権債務が生じているような実態があり,その意味で文字どおり姉妹会社であって,かつ,契約締結時ないしその後然るべき時期には会社名が特定されるような場合,あるいは,②本件相殺条項における同意との関係で,被上告人が本件相殺的処理を必要とするような一定の状況が生じた際には,予め定められた条件の下で,関係会社として当然に「同意」をする義務を負うことが別途,被上告人と関係会社の両当事者間で合意されており,そのことが上告人等にも周知されているような場合である。

 本件基本契約及び本件相殺条項において,「関係会社」がこのように限定されて特定され,しかも,そのような実態があるような場合には,姉妹会社間での法人格否認が可能なときは勿論,それまではいかないときであっても,被上告人と関係会社との組織ないし営業上の一体性を認め,当該デリバティブ取引における上告人に対する共通の当事者とみることが不可能ではなく,相互性の要件を満たしていると解される余地がある。

 本件において被上告人とBとの関係や上告人とのデリバティブ取引の実態が上記のように評価し得るものである可能性はあるが(もっとも,本件ではその主張立証が十分とはいえない。),本件相殺条項自体においては,このような限定はされておらず,関係会社であるBは,本件取引においては本来第三者としかみることはできないのであるから,上告人に対して清算金債権を有していたとしても,上告人との関係で被上告人と一体性を有しているとして相互性の要件を満たしているとまで評価することはできない。

 (5) この点については,「関係会社」の規定を上記のようなものとして予め限定的に捉えて縮小解釈し,本件の実態からして「相互性」を肯定してよいとする見解があろう。しかし,法令の合憲限定解釈の手法とは異なり,契約条項の解釈は,まず,当事者の意思がどのようなものであったのかを,文理と当事者の合理的意思から探る作業であって,それによれば,一般的に企業グループ全体のリスク管理を図るという趣旨にほかならず,被上告人とBとの関係のように極めて緊密な関係にある場合に限ってのリスク管理とみることはできない。次に,本件相殺条項については,その性質上,このような縮小解釈は,個々の事案ごとの判断となるため,「関係会社」の範囲が不明確となって予測可能性を害することになり,その結果,恣意的な,グループ単位の相殺的処理を拡大させ,リスク管理を図ることの容易な巨大な企業グループによる市場の寡占化に繋がる事態を生じさせかねず,また,それが債権者平等原則との関係で許容される程度を超えるおそれもある。そうすると,「関係会社」としか規定していない文理の下では,このような縮小解釈により関係会社を巻き込んだ本件相殺的処理が例外的処理を定めた法92条の相殺に当たるとして処理することは,司法的解釈の範囲を超えるものと考える。

 さらに,規定の縮小解釈ではなく,本件において,Bを関係会社として本件相殺条項を適用する限りにおいて,被上告人との一体性が認められるというように,いわば具体的事案へ適用する限りにおいて相互性を満たすとする解釈手法についても,契約当初から当事者間において関係会社であるBとの取引をも念頭に置いて,これらとの間の債権債務の相殺的処理に合理的期待を有していた関係にあったとはいえず(本件相殺条項の解釈としては,無理である。),やはり採り難いところである。

 (6) 以上によれば,「関係会社」の範囲を限定し,本件相殺的処理を相殺と同視していく方向での解釈による対処,すなわち法92条の(類推)適用の手法の採用はできないことになろう。

 なお,今後の経済界,金融界におけるデリバティブ取引が大きく進展し,企業グループを全体としてリスク管理を図ることが強く要請される状況となり,企業グループ以外の小規模業者も含めて当該業界全体としても,本件相殺的処理ないしそれに類するより広範な相殺的処理のようなリスク管理の必要性・合理性を承認してよいとする共通の認識が広く醸成されてくるような状況が生じてきた場合には,「関係会社」をより限定的に規定した契約書を作成することによって法92条の該当性を肯定することや,あるいは,立法によって,法92条等が許容する相殺とは別個の債権者平等原則の例外となる債権債務の差引清算の措置を採用すること等が検討課題となろう。その際は,その是非,すなわち,上記のような状況が本当に生じているとして処理してよいか,また,立法対応としても,倒産法制における債権者平等原則との関係から,その例外を認めることになる所要の要件等をどのようなものにするのか等について慎重な検討が求められることとなろう。

(裁判長裁判官 小貫芳信 裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

『切手でたどる郵便創業150年の歴史Vol.1戦前編』の感想、レビュー(Tetsu Okamotoさんの書評)【本が好き!】 (honzuki.jp)

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