2022年02月
事業譲渡と労働契約承継 魚沼自動車教習所事件 東京高裁平成20年
事業譲渡と労働契約承継 魚沼自動車教習所事件 東京高裁平成20年
実務に効く労働判例精選 有斐閣・2014年3-2
契約上の地位確認等請求控訴、附帯控訴事件
東京高等裁判所判決/平成19年(ネ)第2133号、平成19年(ネ)第5729号
平成20年12月25日
【判示事項】 1 自動車学校(湘南校)の閉鎖に伴い訴外A社を解雇された組合所属の教習指導員X1らがなした,同時期に自動車学校(秦野校)を新設したグループ会社Y社に対する地位確認および未払賃金の請求を認容した一審判断が維持された例
2 一審がA社を被告とせずにY社のみを被告として審理を行ったことにつき,A社を共同被告とすべき理由はなく,Y社の訴訟上の防御に支障が生じたとも認めがたいとして,訴訟要件を欠くとのY社主張が退けられた例
3 A社とY社は,人的・物的に緊密な協力関係にあったと認められるものの,自動車教習所の公認手続,営業用財産の取得先,新規採用の実態からすれば,A社からY社への営業譲渡により秦野校が開設されたとは認められず,A社とY社間に労働契約を包括的に承継する合意があったとは認められないとした一審判断が維持された例
4 秦野校開設にあたりY社代表者がその基本方針決定に関与していないとは考えられず,A社代表者でありかつY社取締役であるB2が団交の席で行った,A社の従業員は原則として全員Y社の秦野校に移ってもらう旨の発言はY社の方針に従った発言であると推認され,その発言はY社の代理または使者として,A社の従業員に対し,勤務場所を秦野校として将来雇用するとの労働契約の申込みをしたものと評価でき,X1らはこれに対する承諾の意思表示をしているとしてX1らとY社との労働契約の成立を認め,同契約の効力発生時期につき,Y社とX1らとの間の合理的意思としては,A社との労働契約が終了しA社での業務が終了した時点で当該従業員を雇用するとの始期付労働契約が成立したと解するのが相当であるとし,また,賃金についてもA社の基本給を下回らないとする黙示の合意が成立しているとした一審判断が維持された例
5 X1およびX2の地位確認請求,判決確定までの毎月の賃金支払請求を認容したものの,口頭弁論終結後に就業規則上の定年を迎えたX3については,すでに退職しているとして地位確認請求が棄却され,退職日までの期間に限り未払賃金請求を認めるとして,一審判決が変更された例
【掲載誌】 労働判例975号5頁
【評釈論文】 労働判例975号5頁
労働法律旬報1713号20頁
主 文
1 本件控訴及び附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人A及び被控訴人Bが,控訴人に対し,それぞれ労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 控訴人は,被控訴人Aに対し,1316万5371円及びうち30万6171円については平成17年3月29日から,その余の金額については各35万7200円に対する同年4月から平成20年3月までの各月29日(平成18年及び平成19年の各2月分については各3月1日)からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員,並びに平成20年4月から本判決確定に至るまで毎月28日限り35万7200円及びこれに対する各月29日(29日がない月については翌月1日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 控訴人は,被控訴人Bに対し,1244万6657円及びうち28万9457円については平成17年3月29日から,その余の金額については各33万7700円に対する同年4月から平成20年3月までの各月29日(平成18年及び平成19年の各2月分については各3月1日)からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員,並びに平成20年4月から本判決確定に至るまで毎月28日限り33万7700円及びこれに対する各月29日(29日がない月については翌月1日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 控訴人は,被控訴人Cに対し,825万7238円(ママ)びうち31万6800円については平成17年3月29日から,うち17万8838円については平成19年1月29日から,その余の金額については各36万9600円に対する平成17年4月から平成18年12月までの各月29日(平成18年2月分については同年3月1日)からそれぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。
8 この判決は,第3項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴及び附帯控訴の趣旨
(控訴の趣旨)
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
(附帯控訴の趣旨)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らが,控訴人に対し,それぞれ労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 控訴人は,平成16年6月から本判決確定の日に至るまで毎月25日限り,被控訴人A(以下「被控訴人A」という。)に対し46万0970円,被控訴人B(以下「被控訴人B」という。)に対し40万9326円,被控訴人C(以下「被控訴人C」という。)に対し51万2377円及びこれらの各金員に対する各月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。
5 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人らが株式会社湘南ドライビングスクール(以下「訴外会社」という。)経営の自動車教習所(以下「湘南校」という。)に教習指導員(以下「指導員」という。)として雇用されていたところ,同校が閉校し,控訴人が秦野自動車教習所(以下「秦野校」という。)を開校するに当たり,①訴外会社と控訴人との間で控訴人が訴外会社とその従業員との間の労働契約上の地位を承継する旨の合意があった,②控訴人と被控訴人らとの間で控訴人が湘南校と同一の労働条件で被控訴人らを雇用して秦野校で勤務させる旨の合意があったとして,被控訴人らが,控訴人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,湘南校閉校後の賃金としてそれぞれ原判決別紙一覧表(1)ないし(3)記載の未払賃金額欄の各金員及びこれに対する各支払月の26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,本訴請求は被控訴人らが控訴人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と原判決別紙一覧表(5)記載の各賃金及びこれに対する同表記載の各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとしてこれを認容し,その余は理由がないとして棄却したので,控訴人がこれを不服として控訴し,被控訴人らは,附帯控訴をし,控訴人と訴外会社の実質的同一性により労働契約関係が存在するとの主張を追加し,未払賃金に関する請求を拡張した。
2 前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり訂正付加するほか原判決の「事実及び理由」第2の1,2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁8行目(本誌940号〈以下同じ〉49頁右段23行目)の「合併した」を「合併し,平成19年4月1日,商号を現在の株式会社ショウ・コーポレーションに変更した」と改める。
(2) 原判決4頁26行目(50頁左段32行目)の「湘南校は」の次に「,平成15年12月15日以降新規受講生の受入れを停止し」を加える。
(3) 原判決5頁23行目(50頁右段13行目)の「伝達した」を「伝達し,湘南校は,秦野校の公認取得の目処が立った平成15年12月に新規受講生の受入れを停止している」と改める。
(4) 原判決6頁2行目(51頁左段2行目)末尾の次に「この中には,訴外会社従業員のまま秦野校に手伝いに派遣された者や,訴外会社への退職願を提出しないで秦野校に異動を命じられ,後日退職願を提出した者も少なくない。また,転籍に当たっては退職金は支払われず,控訴人からの退職時に訴外会社からの退職時に支払われるべきであったものと併(ママ)せてその支払がされている。」を加える。
(5) 原判決7頁21行目(51頁左段30行目)末尾の次に「次郎は,平成15年10月10日の団体交渉の席上,上記協定書の締結要求につき,「(秦野に)全員を連れて行く」と明言し,Jも,「私ども(次郎及びJ)は,みんな連れて行くって言ってるでしょ」と答えている。」を加える。
3 当審における当事者の追加主張
(控訴人)
(1) 被控訴人らは,本訴提起当時,訴外会社との間に労働契約上の地位を有しながら控訴人との間の労働契約上の地位の確認と給料の支払を請求し,この2つの地位を両立させるため控訴人と訴外会社が実質的に同一会社であると主張した。仮に両者が実質的に同一会社であるとしても,法形式上は控訴人と訴外会社とは別会社であるから,本訴においては控訴人と訴外会社とを共同被告とすべきであった。しかし,原審は,訴外会社を共同被告としないまま漫然と審理を続けた。この点で,原審の審理は訴訟要件を欠く違法なものであり,仮に訴訟要件を充足しているとしても,訴外会社が共同被告とならなかったことにより,控訴人は防御方法を著しく欠き,そのような状態でされた原審の事実認定は採証法則に反するものである。
(2) 仮に控訴人と被控訴人らとの間に外形的に労働契約が成立したとしても,その要素である賃金についての合意はないから,上記契約は無効というべきである。
(3) 被控訴人Cは平成19年1月4日をもって満60歳となり同日退職となったから,仮に控訴理由が認められないとしても,原判決中,被控訴人Cの同年2月1日以降の期間の請求に関する部分は取り消されるべきである。
(被控訴人ら)
(1) 乙山グループは,社会的実態として存在し,控訴人及び訴外会社等のグループ内の各社を実質的に支配していたところ,被控訴人ら労働組合員を排除するために,秦野校の運営主体をあえて訴外会社ではなく控訴人としたのであるから,不当労働行為を禁ずる労働組合法7条の適用を回避するために法人格を濫用し,これにより被控訴人らの利益が害されているのであるから,訴外会社の法人格は否認すべきであり,その背後にある乙山グループの構成部分である控訴人と被控訴人らとの雇用契約関係を認めるベきである。
(2) 被控訴人Cは定年後も再雇用を希望しているところ,訴外会社においては,労使慣行及び労働協約により60歳定年後再雇用を希望する労働者を65歳まで再雇用することとなっていた。控訴人の就業規則30条にいう労使協定の定める要件からしても,被控訴人Cが再雇用されない事由は見出し難い。したがって,被控訴人Cは秦野校において再雇用されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 控訴人の訴訟要件等に関する主張について
控訴人は,訴外会社が共同被告とされていないことにより,本訴は訴訟要件を欠き,また,控訴人は防御方法を欠いたと主張するが,本訴は,被控訴人らが控訴人に対し,控訴人との間で労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と未払賃金の支払を求めるものであるから,控訴人のみを被告とすれば足り,訴外会社を共同被告とすべき理由はなく,また,控訴人の訴訟上の防御に支障が生じたとも認め難いから,控訴人の上記主張は採用することができない。
2 事実関係
本件における控訴人及び関係するグループ企業の経営状況,控訴人の経営する秦野校の開校と訴外会社の経営する湘南校の閉校に至る事実の経過等の事実関係については,次のとおり訂正付加するほか,原判決の認定(「第3 争点に対する判断」1)のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決9頁14行目(51頁右段32行目-「〈証拠略・人証略〉」中)の「17」の次に「,18の1,2,乙20」を加え,11頁16行目(52頁右段8行目)の「同一公安員会内」を「同一公安委員会内」と,18行目(52頁右段11行目)の「収監」を「収用」とそれぞれ改める。
(2) 原判決12頁14行目(52頁右段下から7行目)の「取得し」を「取得したが,その代金は,東京都から前記土地売却代金が支払われるまでの間,訴外会社名義で株式会社G2銀行から借り入れて支払い」と改め,16行目(52頁右段下から5行目)の「なお」の次に「,後記(18)のとおり,被控訴人Aから訴外会社の上記借入れの事実を指摘された後,控訴人は訴外会社の上記債務を引き受け」を加える。
(3) 原判決14頁20行目末尾(53頁右段21行目)の次に「被控訴人Aは,秦野校が控訴人の子会社であるとのJの上記発言に対し,本件土地建物の購入資金が訴外会社の借入れによってまかなわれているのではないかと質したが,Jはこれを強く否定した。」を,26行目(53頁右段29行目)の「組合に対し」の次に「,訴外会社の給与体系は,昼間に空き時間があっても給料を全額支払い,夜の残業について別途残業手当を支払うこととなっており,経費がかかりすぎると指摘したほか」をそれぞれ加える。
(4) 原判決15頁3行目(53頁右段32行目)の「秦野校の」を「秦野校は名実ともに訴外会社とは別会社であって,その」と改め,5行目(53頁右段36行目)末尾の次に「Jは,秦野校は従業員の雇用の確保のためにわざわざ買ってもらった旨述べた。」を加え,20行目(54頁左段4行目)の「秦野校において」を「秦野校は訴外会社とは別法人であるが,同校において訴外会社の従業員が」と,22行目(54頁左段8行目)の「説明した」を「説明し,秦野校に行くか否かにつき拒否権を持つのはそちらであり,嫌だいう者を無理に連れて行くわけにはいかないと述べた」とそれぞれ改める。
(5) 原判決17頁1行目(54頁左段下から1行目)の「湘南校で」を「この時点では湘南校の職制に就いていない従業員は,いずれも組合員である被控訴人ら3名とH及びIのみとなっていたところ,同校で」と,5行目(54頁右段7行目)の「発言した」を「発言した上,湘南校の従業員にはこのまま残るか辞めるかのいずれかを選択してもらうと述べた」と,6行目(54頁右段8~9行目)の「脱退した」を「脱退し,後記(35),(41)のとおり,秦野校で勤務するようになった」とそれぞれ改める。
(6) 原判決18頁15行日末尾(55頁左段5行目)の次に「また,湘南校から秦野校に移った従業員らにはいずれも退職金が支払われておらず,そのころ,F2は被控訴人らに対し控訴人と訴外会社との間で退職金は引き継ぐとの合意ができていると説明した。」を加える。
(7) 原判決19頁7行目(55頁左段32行目)末尾の次に改行して次のとおり加える。
「 控訴人の就業規則30条は,「従業員の定年は満60歳とし,定年に達した日をもって退職とする。ただし,本人が希望し,高年齢者雇用安定法第9条第2項に基づく労使協定により定められた基準に該当した者については再雇用する。」と定めており,被控訴人Cは平成19年1月4日をもって満60歳となった。また,同法に基づく労使協定である「定年後の再雇用対象者の基準に関する労使協定」は,満60歳に達した者で次の事由のいずれにも該当する者を再雇用すると定めている。
① 過去1年間の出勤率が85パーセント以上の者で無断欠勤がない者
② 勤務に支障のない健康状態にある者
③ 定年退職後直ちに業務に従事できる者
④ 協調性があり,勤務態度が良好な者」
3 争点1(控訴人と訴外会社との間で,訴外会社から控訴人ヘ営業譲渡に伴い労働契約を承継する旨の合意があったか)について
当裁判所は,訴外会社から控訴人への営業譲渡に伴い労働契約を承継する旨の合意があったとは認め難いものと判断する。その理由は,次のとおり訂正付加するほか,原判決の理由説示(「第3 争点に対する判断」2)のとおりであるから,これを引用する。
原判決19頁13行目から14行目(55頁左段下から9行目)の「発表していたのであり」を「発表し,10月10日には,秦野校は従業員の雇用の確保のためにわざわざ買ってもらったものであると述べており」と,20頁3行目(55頁右段13行目)の「出向したもの」を「出向し,その間の賃金は訴外会社が負担したもの」と,4行目(55頁右段16行目)の「皆無である」を「皆無であり,しかもこれらの従業員に対して退職金が支払われた形跡がない」とそれぞれ改め,11行目(55頁右段24~25行目)の「人的異動だけでなく」の次に「,訴外会社は,上記認定のとおり,本件土地建物の代金を一時銀行から借り入れて負担したほか,出向者に対する賃金を負担するなど金銭面でも多大の協力をしており,また,」を,21頁17行目から18行目(56頁左段20行目)の「訴外会社との間で」の次に「営業譲渡がされたとは認め難いから」を,18行目(56頁左段21行目)の「労働契約を」の次に「営業譲渡に伴って」をそれぞれ加える。
4 争点2(控訴人と訴外会社の従業員との間で労働契約が締結されていたか)について
当裁判所は,平成15年10月10日,控訴人と訴外会社の従業員との間で,訴外会社とその従業員との間の労働契約が終了し訴外会社での業務が終了した時点で秦野校で雇用するとの始期付き労働契約が成立し,これに基づき,被控訴人らについては平成17年2月25日労働契約の効力が発生したと判断する。その理由は,次のとおり訂正付加するほか,原判決の理由説示(「第3 争点に対する判断」3)のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決22頁22行目(56頁右段13行目)の「当たって」の次に「,本件土地建物の代金を一時銀行から借り入れて負担したほか,出向者に対する賃金を負担するなど金銭面でも多大の協力をしており」を加え,23頁17行目(56頁右段下から8行目)末尾の次に改行して次のとおり加える。
「オ また,前記認定の事実によると,次郎及びJは,同日以降も湘南校の従業員全員を秦野校で雇用する旨繰り返し述べていたにもかかわらず,湘南校に残存する職制に就いていない従業員が組合に属する5名のみになった時点でこれを翻し,湘南校に残るか辞めるかのいずれかを選択するよう申し渡したこと,しかも,そのように申し渡したにもかかわらず,その後組合を脱退した2名については秦野校で雇用され,結局,組合に残った被控訴人3名以外の者は希望する限り全員が秦野校で雇用されたことが認められる。これらによると,次郎は,控訴人の代理又は使者として湘南校の従業員全員に対し上記の申込みをしたにもかかわらず,その後,組合に所属する者のみを雇用の対象外とする意図の下に前言を翻すに至ったと認めるのが相当であり,そのことによって,上記申込みの効力が左右されるものでないことはいうまでもない。」
(2) 原判決24頁8行目(57頁左段17行目)末尾の次に改行して次のとおり加える。
「 なお,控訴人は,仮に控訴人と被控訴人らとの間に外形的に労働契約が成立したとしても,その要素である賃金についての合意はないから,上記契約は無効であると主張するが,賃金についても後記のとおり黙示の合意が成立していることが認められるから,控訴人の上記主張は採用することができない。」
5 争点3(未払賃金額及び被控訴人Cの地位)について
(1) 当裁判所も,控訴人と被控訴人らを含む湘南校の従業員との間において,控訴人における賃金は訴外会社の基本給を下回るものではないとの黙示の合意を基に労働契約が成立したと認めることができると判断する。その理由は,原判決の理由説示(「第3 争点に対する判断」4(1),(2))のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決25頁1行目(57頁左段下から7行目)の「明示していないこと」を「明示していないものの,賃金の額は残業手当を含めて訴外会社の基本給程度が相当であると受け取れる発言をしていること」と改める。
(2) 前記認定のとおり,訴外会社における平成17年2月25日時点の被控訴人Aの基本給は月額35万7200円,被控訴人Bの基本給は月額33万7700円,被控訴人Cの基本給は月額36万9600円であり,控訴人の給与規程によれば,その支払期日は前月21日から当月20日までの賃金を当月28日に支給することと定めているから,控訴人には,被控訴人らに対し,平成17年2月25日以降の分につき同年3月以降毎月28日に上記基本給額に基づく賃金を支払うべき義務が発生したと認めることができる。
(3) もっとも,被控訴人Cは,平成19年1月4日をもって満60歳となり,控訴人の就業規則に基づき同日退職になったと認めることができるから,被控訴人Cについては,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は理由がなく,未払賃金請求は,平成17年2月25日から平成19年1月4日までの期間に相当する部分に限って理由があり,その余は理由がないといわざるを得ない。
この点について,被控訴人Cは,訴外会社の労使慣行又は労働協約,控訴人における労使協定により再雇用されるべきであると主張する。
しかし,控訴人における定年後の再雇用の可否は,控訴人における労使協定によるベきであり,同協定は,前記のとおり,その定める4つの要件をすべて満たすものに限って再雇用を認めることとしているが,被控訴人Cがこれらの要件をすべて満たしていたと認めるに足りる証拠はないから,上記主張は採用することができない。
(4) 被控訴人らは,附帯控訴において未払賃金請求につき請求を拡張し,本件口頭弁論終結後に発生する賃金をも請求しているが,前記認定の事実関係からすると,被控訴人A及び被控訴人Bについては,上記(2)の基本給額の限度において上記将来の請求部分も含めて理由があると認めることができる。
6 結論
(1) 被控訴人らの請求のうち,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求については,被控訴人A及び被控訴人Bの各請求は理由があるが,被控訴人Cの請求は理由がない。
(2) 被控訴人Aの未払賃金請求は,本件口頭弁論終結日である平成20年3月25日までに支払期日が到来した未払賃金合計1316万5371円(平成17年2月25日から同年3月20日までの日割計算分30万6171円及び同月21日から平成20年3月20日までの36か月分1285万9200円の合計額)及びうち30万6171円については平成17年3月29日から,その余の金額については各35万7200円に対する同年4月から平成20年3月までの各月29日(平成18年及び平成19年の各2月分については各3月1日)からそれぞれ支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに同年4月から本判決確定に至るまで毎月28日限り35万7200円及びこれに対する各月29日(29日がない月については翌月1日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
(3) 被控訴人Bの未払賃金請求は,本件口頭弁論終結日である平成20年3月25日までに支払期日が到来した未払賃金合計1244万6657円(平成17年2月25日から同年3月20日までの日割計算分28万9457円及び同月21日から平成20年3月20日までの36か月分1215万7200円の合計額)及びうち28万9457円については平成17年3月29日から,その余の金額については各33万7700円に対する同年4月から平成20年3月までの各月29日(平成18年及び平成19年の各2月分については各3月1日)からそれそ(ママ)れ支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに同年4月から本判決確定に至るまで毎月28日限り33万7700円及びこれに対する各月29日(29日がない月については翌月1日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
(4) 被控訴人Cの未払賃金請求は,上記平成19年1月4日までに発生した未払賃金合計825万7238円(平成17年2月25日から同年3月20日までの日割計算分31万6800円,同月21日から平成18年12月20日までの21か月分776万1600円,同月21日から平成19年1月4日までの日割計算分17万8838円の合計額)及びうち31万6800円については平成17年3月29日から,うち17万8838円については平成19年1月29日から,その余の金額については各36万9600円に対する平成17年4月から平成18年12月までの各月29日(平成18年2月分については同年3月1日)からそれぞれ支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
(5) よって,本件控訴及び附帯控訴に基づき,原判決を上記のとおり変更し,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第10民事部
裁判長裁判官 吉戒修一
裁判官 藤山雅行
裁判官 野口忠彦
事業譲渡と労働契約承継 大阪地裁平成21年
事業譲渡と労働契約承継 大阪地裁平成21年
実務に効く労働判例精選 有斐閣・2014年4-1
地位確認等請求事件(1事件)、損害賠償請求事件(2事件)
大阪地方裁判所判決/平成19年(ワ)第6718号、平成19年(ワ)第15664号
平成21年1月15日
【判示事項】 1 権利能力なき社団(本件クラブ)の経営するゴルフ場の経営破綻回避のため,支援を承諾した被告Y2電鉄が100%出資する子会社(被告Y1社)を設立して事業譲渡を行った際に,本件クラブの従業員であり,原告組合の組合員でもある原告Aら7名がY1社に不採用とされた件につき,AらのY1社に対する地位確認請求等が棄却された例
2 本件クラブとY1社は別個独立した団体であって,形骸化,濫用のいずれの側面から見ても法的に一体のものととらえることはできないとされ,事業譲渡契約の当事者は,その対象を何にするか自由に決定できるところ,本件譲渡契約において雇用の承継を除外する合意を無効とすべき理由もないとされた例
3 Y1社が雇用契約の承継を拒否することが信義則上できないともいえないし,不採用が解雇に当たるともいえないとされた例
4 親会社が使用者と認められるためには,その業務運営を支配し,被支配会社の労働者の労働条件について現実かつ支配的な支配力を有していることが必要であるところ,本件において,Y1社従業員との関係でY2電鉄に使用者性が認められる余地はあるものの,Y2電鉄が本件クラブの従業員の労働条件,退職について,現実かつ具体的支配力がありそれを行使したとはいえないとして,Y2電鉄の使用者性が否定された例
5 労使関係や事業譲渡に至った経緯,キャディー職としての組合員の採用状況のほか,承継内容が事業契約者の自由な意思に任されていることを総合すると,本件事業譲渡に伴う雇用の解消が不当労働行為であったとも認められないし,Y1社の採用時における雇入れ拒否も不利益取扱いとはならないとされた例
6 本件クラブおよび本件クラブの理事等であった個人被告4名,ならびにY2電鉄による不当労働行為があったことを理由とする,Aらおよび組合の損害賠償請求が棄却された例
【掲載誌】 労働判例985号72頁
労働経済判例速報2039号3頁
【評釈論文】 法学セミナー54巻10号121頁
主 文
1 1・2事件原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は1・2事件を通じて1・2事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 1事件
(1) 原告組合を除く原告らが被告クラブとの間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 被告クラブは,原告組合を除く原告らに対し,平成19年6月25日から本判決確定の日まで毎月25日限り,別紙賃金一覧表記載〈88頁-編注〉の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 1事件被告らは,連帯して,各原告らに対し,それぞれ100万円及びこれらに対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 2事件
被告南海電鉄は,上記1(3)の1事件被告らと連帯して,各原告らに対し,それぞれ100万円及びこれらに対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要など
1 事案の概要
(1) 1事件
ア 原告組合を除く原告ら(以下,1・2事件を通じて「個人原告ら」といい,同原告らと原告組合をあわせて「原告ら」という。)は,都市公園法に基づいて都市公園みさき公園内で大阪ゴルフクラブという名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を営む法人格なき社団である大阪ゴルフクラブ(以下「本件クラブ」という。)に雇用されていた。
イ そこで,個人原告らが,被告クラブが本件クラブから同ゴルフ場事業の譲渡を受けた旨の契約をしたことを前提として,①その際,被告クラブが雇用関係の承継も受けた,また,②被告クラブが本件クラブと実質的に一体であった(ただし,同譲渡契約書上は人的関係部分〔雇用関係部分〕は除くとされていた。)などを理由に,原告組合ないし同組合に加入していた個人原告らを嫌悪する意思(不当労働行為意思など)をもって同事業譲渡契約を通じて同原告らの雇用を解消した行為(本件クラブが同原告らを退職させ,被告クラブがその雇用をせず,不採用とした一体の行為)が解雇に該当するところ,同解雇が解雇権の濫用で違法無効であるとして,被告クラブに対し,①個人原告らが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び②個人原告らに平成19年6月から本判決確定の日まで毎月25日限り,別紙賃金一覧表記載の割合による賃金及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,原告らが1事件被告らそれぞれに対し,同被告らが同違法な個人原告らを排除する行為(解雇)に関与したとして,同排除行為によって原告らそれぞれが被った慰謝料など各100万円及びこれらに対する不法行為の日(原告らを同排除した日)である平成19年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 2事件
2事件は,原告らが,本件クラブと被告クラブを支配する被告南海電鉄が個人原告らの使用者というベき立場で原告組合ないし同組合に加入していた個人原告らを嫌悪して上記事業譲渡契約という手法を使って本件クラブないし被告クラブから排除しようとしたものであって,同排除行為などは不当労働行為に該当するとして,不法行為に基づいて同排除行為によって原告らそれぞれが被った慰謝料など各100万円及びこれらに対する不法行為の日(原告らを同排除した日)である平成19年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(ただし,文章の末尾に証拠などを掲げた部分は証拠などによって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)
(1) 本件ゴルフ場
本件ゴルフ場は,都市公園法に基づく都市公園みさき公園(開設者・公園管理者岬町)内にあり,その面積は57.2ヘクタールで,同公園のうち,本件ゴルフ場以外の部分は,駅前部分が9.9ヘクタール,みさき公園部分が23.9ヘクタールで,都市公園みさき公園全体の面積合計は91ヘクタールである。本件ゴルフ場敷地を含む同公園全体の土地の所有者は被告南海電鉄である。
(2) 当事者など
ア(ア) 本件クラブは,ゴルフを目的とした社団で,定款の定めがある独立した団体として被告南海電鉄から委託を受けて本件ゴルフ場の運営をしてきた。同クラブの定款(〈証拠略〉)には定められていないものの同クラブには本件ゴルフ場を運営するためのグリーン委員会や競技委員会など計9委員会が組織されていた。(〈証拠略〉,弁論の全趣旨)ところで,本件ゴルフ場は,昭和13年7月に開業され,戦中,戦後の一時期にその運営が中断した時期があったものの昭和33年に再開された名門ゴルフコースで,同クラブの理事長は,かっ(ママ)ては被告南海電鉄の社長が就任していたことがあった。同クラブ解散時の理事である被告K及び被告Lは,いずれも被告南海電鉄の元取締役で,理事長付き支配人,支配人,副支配人の3名はいずれも被告南海電鉄からの出向社員であった。
なお,同解散時,支配人が2名となっていたのはV支配人が病気であったためで,たまたまの事態である(弁論の全趣旨)。
本件クラブの平成18年12月当時の構成員(会員数)は1109名で,従業員が78名(正社員36名,パート・アルバイト39名,被告南海電鉄からの出向者3名)いた(〈証拠略〉)。
(イ) 本件クラブは,平成19年4月22日,臨時総会で被告南海電鉄が新たに出資して設立した被告クラブに対する本件ゴルフ場事業の譲渡承認とともに本件クラブ解散の各決議をした。
本件クラブによる本件ゴルフ場の営業は平成19年5月31日をもって終了した。
イ 被告クラブは,本店所在地が被告南海電鉄と同一で,本件クラブから本件ゴルフ場事業の事業譲渡を受けるため,被告南海電鉄が100%出資して平成19年4月12日,設立された。同クラブの代表取締役は,被告南海電鉄の元取締役のHである。
ウ(ア) 原告組合は,本件クラブの従業員のうち,キャディを除く従業員で構成される労働組合でUIゼンセン同盟に加入している。
(イ) 個人原告らは,いずれも本件クラブの従業員で,原告組合の組合員である。個人原告らの入社年月,その職務などは別紙原告ら一覧表〈88頁-編注〉記載のとおりである(被告南海電鉄らとの関係で,弁論の全趣旨)。
(3) 本件ゴルフ場の運営など
ア 都市公園みさき公園管理者である岬町は,平成19年3月31日までの間,ゴルフ場敷地に係る部分の公園の設置及び管理を被告南海電鉄に委ねてきたところ,本件クラブは,被告南海電鉄からの委託を受けてその事業を辞めた平成19年5月31日まで本件ゴルフ場の運営に当たってきた。
なお,本件ゴルフ場の土地及びクラブハウス施設はいす(ママ)れも被告南海電鉄が所有している(ただし,同クラブハウス施設は平成18年3月まで株式会社大阪ゴルフクラブの所有であった。)(〈証拠略〉,弁論の全趣旨)。
イ 被告クラブは,後記のとおり本件ゴルフ場を譲り受け,同年6月1日より本件クラブに代わって本件ゴルフ場の経営に当たっている。
(4) 本件ゴルフ場事業の譲渡
本件クラブと被告クラブとの間で平成19年4月22日までに以下の内容を含む譲渡契約書が締結されている(以下,同契約書による契約を「本件事業譲渡契約」という。)(ただし,以下のイの譲渡財産部分は〈証拠略〉)。
ア 本件クラブは,本件クラブのゴルフ事業及びこれに付随する事業の全部(以下「本事業」という。)を被告クラブに譲り渡し,被告クラブはこれを譲り受ける。
イ 本件クラブは,平成19年5月31日(以下「譲渡日」という。)をもって,譲渡財産(譲渡日現在における本件クラブの本事業に関する一切の固定資産とリース資産と法定期限内の貯蔵品並びに会員の預かり保証金債務と退会金債務と同日時点での未払いリース債務及び株式会社大阪ゴルフクラブの株主会員を含む会員の地位〔但し,被告クラブ所定の届出用紙で所定期限内に新たに会員の届出をした者に限る。〕とし,その詳細については本契約締結後,本件クラブと被告クラブとの協議の上,これを決定する。なお,被告クラブは上記以外はいかなる債務〔税金を含む〕も承継しない。)を被告クラブに譲渡し,被告クラブはこれを譲り受けるものとする。
ウ 本事業に従事している本件クラブの従業員の雇用関係については,被告クラブは,これを承継せず,本件クラブの責任と負担において退職金・給与その他一切の従業員に対する支払をする。
(5) 本件解雇にいたる経緯(ただし,以下のアないしエについて,被告南海電鉄らとの関係で〈証拠略〉。)
ア 本件クラブは,平成17年11月27日,業績悪化を理由として原告組合に対し,「コース管理業務を平成18年3月から,専門業者に業務委託する。コース管理に所属する従業員は,平成18年2月末で本件クラブを退職(退職金支給)し,希望者は委託業者が受け入れる。」旨の申し入れをした(〈証拠略〉)。
本件クラブと原告組合は,同申入内容について団体交渉を重ねたが,合意に達することができなかった。そこで,原告組合は,同年10月26日,大阪府労働委員会にあっせんの申し立て(〈証拠略〉)をしたが,あっせんは合意に至らなかったため打ち切られている。
イ 本件クラブは,原告組合に対し,同月28日付けで翌月の11月1日から当分の間,コース部門従業員全員(同全員が原告組合の組合員である。)に自宅待機を命じる旨の通知(〈証拠略〉)をした。
ウ 本件クラブは,同日以降,株式会社P(以下「P社」という。)に対して本件ゴルフ場のコース管理業務を委託している。
なお,P社は,ゴルフ場の造成などを主な業とする株式会社Qの100%出資会社で,ゴルフ場のコース管理などを主な業とする会社である。
エ 原告組合は,平成19年1月7日,上記自宅待機の解除を求めて,始業時間から終業時間までストライキを行った(〈証拠略〉)。その後,同自宅待機の解除を求めて団体交渉の開催を本件クラブに対して繰り返し求めた。
本件クラブは,原告組合との間で上記自宅待機解除及び同解除した者を来場者獲得のための営業販売促進活動に就ける旨の合意をし(〈証拠略〉),同合意に基づいて同年3月24日,自宅待機を命じていた原告らに対して営業課への配置転換を命じた(〈証拠略〉)。しかし,本件クラブからは同配置転換をした個人原告らに対し,狭い建物の室内に待機を命じただけで,何らの具体的業務指示がなされたわけでもなかった。
オ 本件クラブは,同年4月1日,原告組合との団体交渉の中で「同年5月31日付けをもって被告南海電鉄が100%出資する関係会社,仮称南海大阪ゴルフクラブ株式会社に事業譲渡が行われる。本件クラブは譲渡日をもって解散する。そのために会員総会を開く必要があるので臨時会員総会を4月22日に行う予定である。」旨明らかにした。
それ以降,原告組合及びその上部団体のUIゼンセン同盟は本件クラブと被告南海電鉄に雇用と労働条件の承継について団体交渉の申し入れをした(〈証拠略〉)。
カ(ア) 被告クラブは,同月25日,本件クラブの従業員を対象として,①業務スタッフ職(事務所・ロッカールーム・浴場など)6名程度,②営業スタッフ職(フロント・売店など)3名程度,③マスタ室(マスタ室・ポーターなど)6名程度,④キャディ職(キャディなど)50名程度の募集を行った(被告Jら関係について,〈証拠略〉)。
(イ) 個人原告らを含む本件クラブの従業員64名は同募集に最終的に応募し,同年5月7日から同月11日にかけて被告クラブの面接を受けた(〈証拠略〉)。
しかし,原告らは,同月22日付けで不採用との通知(〈証拠略〉)を受けた。同不採用となったのは上記応募者のうち原告らとR(従前,原告Aらと同様コース管理部門を担当していた。)のみである。
キ 本件クラブは,同月27日,個人原告らを含む従業員全員に同年5月31日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)(〈証拠略〉)。
(6) 本件クラブ内での労働組合構成
本件クラブには,平成19年5月31日時点で,原告組合,キャディで構成される大阪ゴルフキャディ労働組合,キャディで構成される泉州労連大阪ゴルフキャディ労働組合の3つの労働組合が存在していた。前2つの労働組合がUIゼンセン同盟に加入し,最後の労働組合が泉州地方労働組合連合会(泉州労連)に加入していた(被告南海電鉄らとの関係で,〈証拠略〉,弁論の全趣旨)。
(7) 賃金額
個人原告らの平成19年3月分ないし5月分の賃金の平均月額は別紙賃金一覧表記載のとおりである(被告南海電鉄らとの関係で弁論の全趣旨)。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件事業譲渡契約の際,本件クラブから被告クラブヘの従業員の雇用承継合意があるか。(争点1)
(原告ら)
ア 本件クラブと被告クラブとの間の本件事業譲渡契約書にはその承継対象として本件クラブと従業員との間の雇用関係を除く旨記載されている。
イ(ア) しかし,被告クラブは,平成19年6月1日の本件ゴルフ場での事業再開後ほどなく,多数の従業員の募集を行い(〈証拠略〉),キャディとして採用した者をキャディ職以外の職務に従事させている(〈証拠略〉)。被告クラブでは本件クラブから継続雇用を希望する従業員だけでなく本件クラブでの従業員全員を雇用する必要性が客観的にあった。
(イ) 本件クラブと被告クラブは,本件クラブと従業員との雇用関係も承継させることを原則としたうえで,本件事業譲渡契約書上,本件クラブの従業員の労働条件の切り下げを容易に行う趣旨から雇用関係を承継対象から除外したに過ぎない。
ウ したがって,本件クラブと被告クラブとの間の本件事業譲渡契約では同雇用関係の承継も合意されている。
(被告ら)
否認する。
本件事業譲渡契約書には,明確に雇用関係が承継されない旨記載されている。
(2) 本件クラブと被告クラブとの間に同一性があるか。(争点2)
(原告ら)
ア 本件クラブと被告クラブは,以下の事由からして実質的同一性がある。
(ア) 本件クラブと被告クラブは,
① いずれも全く同一の施設を用いて同一の営業(本件ゴルフ場営業。なお,会員も会員の成績も承継している。)を行っている。
② 財政的,資本的に被告南海電鉄の100%支配下にある。
なお,本件クラブの存続は被告南海電鉄の一存で決せられ,また,本件クラブからの事業承継のみを目的とした被告クラブの設立も被告南海電鉄の意思によって決せられた。
③ 主要な役員が被告南海電鉄の元役員で占められている。
④ 本件事業譲渡の前後を通じて本件ゴルフ場の支配人など使用者は,いずれも被告南海電鉄からの出向者で使用者の実態に変化がない。
⑤ 従業員も解雇された原告らを除けばほぼ同一である。
(イ) 被告クラブは,本件クラブから本件ゴルフ場の事業承継のみを目的として設立されたもので,あたかも本件クラブに法人格を付与したものというべきである。
(ウ) 本件クラブから被告クラブへの同事業承継は個人原告らを排除するため,被告らの原告組合に対する嫌悪の情(不当労働行為意思)をもってなされたものである。同事業承継という手続は個人原告らを排除するための手段に過ぎない。
イ したがって,本件クラブと被告クラブとの間に実質的同一性がある以上,個人原告らの本件クラブに対する雇用契約上の権利を有する地位は被告クラブに承継される。
(被告ら)
ア 本件クラブと被告クラブは,以下の事由からして実質的同一性がない。
(ア) 被告南海電鉄は,本件クラブからの支援要請を受け,その経過の中で破綻が回避できない状況であったことを踏まえ,同破綻による混乱の回避や本件ゴルフ場の健全な運営を意図して,本件クラブに本件事業譲渡の提案をしたものである。同提案には社会的,経済的合理性がある。
(イ) 本件クラブは,被告南海電鉄に対して,多額の債務を有しているが,被告南海電鉄とは独立した存在であって,本件事業譲渡ないし本件クラブの解散については会員総会などでの各決議が不可欠で,同各決議には会員の自主的な判断が介在している。被告南海電鉄が本件事業譲渡ないし本件クラブの解散について決定したものではない。
(ウ) 被告クラブが本件クラブが営んでいた本件ゴルフ場と同一の施設を用いて同一の営業を行っているのは同事業を譲り受けた以上,当然のことである。また,被告クラブの従業員が本件クラブの従業員と重なり合っているのも,本件クラブより雇用確保の要請があったこともあって本件クラブの従業員から採用を行うこととしたためであった。これも同一性の事由となるものではない。
(エ) 本件クラブの役員の中に被告南海電鉄の元役員などがいたが,それは本件クラブでの社員総会などで選任されたものである。同選任された者は本件クラブの役員として社員の意思を代表して行動している。
(オ) 被告らには,原告が主張するような不当労働行為意思はなかった。
イ したがって,本件クラブと被告クラブとの間に実質的同一性がない以上,個人原告らの本件クラブに対する雇用契約上の権利は被告クラブに承継されない。
(3) 本件事業譲渡契約の一部(本件クラブとその従業員との雇用関係を承継させない旨の合意部分〔以下「本件除外合意部分」という。〕)が無効か。(争点3)
(原告ら)
ア 本件事業譲渡契約のうち,本件クラブと従業員との「雇用関係を承継しない」旨の本件除外合意部分は以下の事情から無効である。
(ア) 本件クラブと被告クラブは,同除外合意部分の合意について,原告組合ないし原告組合に加入している原告らを嫌悪する不当労働行為意思に基づいて行った。,
同各クラブに不当労働行為意思があったことは,後記(7)の原告らの主張ア(ア)の①ないし⑥記載のとおりである。
(イ) 同除外合意部分は平成19年法律128号(労働契約法)による削除前の労働基準法18条の2(労働契約法では16条)を潜脱するものである。
イ 個人原告らの本件クラブに対する雇用契約上の権利は同除外合意部分が公序良俗に反して無効となるため,同雇用関係が被告クラブに承継されることとなる。
したがって,個人原告らは,被告クラブとの関係で雇用契約上の権利を有する地位にあることになる(参照・東京高裁平成14年2月27日判決〔中労委青山会事件〕〔労判824号17頁〕)。
(被告ら)
ア 本件クラブと被告クラブは,同除外合意部分を原告組合に対する嫌悪の情(不当労働行為意思)をもって締結したものではない。
なお,被告クラブにおける従業員の採否状況は以下のとおりであって,不当労働行為意思に基づくものではなく,合理的理由に基づいている。
(ア) 本件クラブの従業員に対し,従業員の募集をして採用した。その際,キャディを50名程度募集した(〈証拠略〉)が,本件クラブからは40名程度が応募し,全員を採用した。しかし,人数が足りなかったため,平成19年6月1日の開業以後もキャディを積極的に募集し,採用している。しかし,クラブハウス関係の仕事については同開業以後一切募集,採用していない。
なお,同開業以後,キャディとして採用した者のうち3名をクラブハウス関係の仕事に従事させているが,それは人材の効率的活用という観点から行っている。
(イ) 被告クラブは,個人原告らを以下のとおりの事情で不採用としたものである。
原告D,原告Gを除く原告Aらは,従前コース管理業務を行ってきた者で被告クラブにおいて同業務を行う者は不要(外部委託方針)であり,同人らを他の職務に就かせるとなると他の者の雇用に影響が及ぶため不採用とした。また,原告Dは,従前経理課長ないし業務課長の職務を遂行してきたが,被告クラブにおいて原告Dが行ってきた業務は必要(経理業務は外注化方針)がなく,原告Dのような高給の者を雇い入れることは難しく,不採用とした。そして,原告Gは,面接時,フロント業務が好きでない旨話したことと被告クラブにおいてフロントに専属の従業員を置くまでの必要性がなかったこと,同人を他の職務に就かせるとなると他の者の雇用に影響が及ぶため不採用とした。
なお,コース管理業務に従事していた者で原告Aら以外の1名も不採用としている。
(ウ) 被告クラブは,原告組合の組合員も以下のとおり採用している。
被告クラブは,コース管理業務に従事していた原告Aら7名を除いて原告組合の加入者7名が上記採用に応募してきたが,原告D,原告Gを除く5名を採用している。また,原告組合の執行委員の要職にあったUの採用を決定している(ただし,同人は,事後に辞退している。)。
被告クラブが上記応募に従って採用したキャディの中にはUIゼンセン同盟大阪キャディ労働組合に加入している者が相当数いたと思われるところ,同組合は原告組合と同様UIゼンセン同盟が上部団体であるが,応募した者全員を採用している。
イ 本件事業譲渡契約による承継は特定承継である。したがって,本件クラブと従業員らとの雇用契約は本件クラブと被告クラブとの間で個別の承継する旨の合意がない限り承継が認められない。また,仮に原告らが主張するとおり本件事業譲渡契約のうち同除外合意部分が無効としても,本件クラブと従業員との雇用関係が被告クラブとの関係で承継するという法的根拠はない。
(4) 被告クラブは,本件クラブと個人原告らとの雇用関係の承継を信義則上拒否できないか。(争点4)
(原告ら)
ア 本件事業譲渡契約の契約書の中では本件クラブと個人原告らを含む従業員との間の雇用関係について,被告クラブに承継されない旨合意されているが,以下の事情などからして,被告クラブは,信義則上,同雇用関係の承継を拒否できない。
(ア) 事業譲渡の際における譲渡元企業と労働者との間の雇用関係の承継にあたっては,労働者の地位の不安定を解消するという観点から信義則上,解雇権濫用法理にしたがって制限するのが相当である。
(イ) 本件においては以下の事由がある。
① 上記(2)の(原告ら)の主張ア(ア)及び(ウ)を引用する。
② 本件ゴルフ場の土地所有者である被告南海電鉄は,都市公園内にあった本件ゴルフ場を私企業が営むことができなかったため,やむなく本件クラブに同事業業務を委託していた。
③ 本件事業譲渡の最大の理由は本件クラブの被告南海電鉄に対する都市公園使用料の滞納にあったところ,被告南海電鉄が本件ゴルフ場用地を取得した際には都市公園使用料を請求すべきではないとされていた(〈証拠略〉)。また,被告南海電鉄は,平成17年当時から岬町に対して同用地を都市公園指定地内からはずすように協議していたところ,同指定地からはずれると同ゴルフ場は私企業でも営むことができ,本件クラブにその業務を委託する必要がなかった。
④ 本件事業譲渡後も原告Aらが行っていた本件ゴルフ場のコース管理業務は存在し,原告Aら以外の本件クラブの従業員は被告クラブに採用され,ほぼ従来の雇用がそのまま継続されている。
⑤ 被告南海電鉄は,昭和51年12月7日,本件クラブから9000万円を受領した際,「ゴルフ場の従業員は99%まで地元民」であり,「岬町,被告南海電鉄,本件クラブの三者が共存共栄の精神に徹し将来も培って行くべき」ことを「被告南海電鉄の歴代責任を担われる方々に申し送られるものとし」て受領している(〈証拠略〉)。上記事情からすると,原告Aらが本件事業譲渡後も被告クラブにおいて雇用が継続されると期待することに合理性がある。
イ したがって,個人原告らは,被告クラブとの間で従前本件クラブとの間で有していた雇用契約上の権利を有する地位にある。
(被告ら)
ア 通常,事業譲渡契約による承継は特定承継であるところ,当該事業譲渡契約の当事者は,その対象を何にするか自由に決定することができる。
イ 被告クラブは,本件クラブとの本件事業譲渡契約に際して,本件クラブから従業員との雇用関係を承継すると,人件費が高くなりすぎ,事業として成り立ち得なくなるとして同雇用関係を除外したものである。
ウ 上記(3)の被告らの主張アのなお書き部分を引用する。
(5) 個人原告らの本件クラブからの退職と被告クラブでの不採用を総合して,被告クラブからの同原告らに対する解雇と評価しうるか。同解雇と評価される場合,同解雇は解雇権の濫用か。(争点5)
(原告ら)
定額残業制 東和システム事件 東京高裁平成21年
定額残業制 東和システム事件 東京高裁平成21年
実務に効く労働判例精選 有斐閣・2014年5-2
地位確認等請求控訴,附帯控訴事件
東京高等裁判所判決/平成21年(ネ)第1967号、平成21年(ネ)第2648号
平成21年12月25日
【判示事項】 1 ソフトウエア会社の一審被告Y社においてSEとして勤務していた一審原告Xら3名の割増賃金等請求につき,同人らが一定の時間外労働に従事したことに争いはないところ,Xらは課長代理職にあったものの労基法41条2号の管理監督者には当たらず(一審維持),その法定時間外労働について割増賃金請求権を有するとされた例
2 Y社の給与規程22条は,課長代理が超過勤務手当請求権を有しないとしている点において無効であり,課長代理職にある者は,所定時間外・法定時間内の労働についても,超過勤務手当の支給を請求できるとされた例
3 Xらに支給されていた本件特励手当は,超過勤務手当の代替または補填の趣旨を持つものであって,特励手当の支給と超過勤務手当の支給とは重複しないものと解せられるから,Xらが受給しうる未払超過勤務手当から既払いの特励手当を控除すべきであるとされ,当該手当を時間外手当算定の基礎に含めて計算すべきとした一審判断が変更された例
4 Xらの超過勤務手当額の算定につき,一部時効消滅を認めた一審判断を維持したうえで,所定時間外労働時間(残業時間)に1時間当たりの単価を乗じた額から既払特励手当額を差し引く方法によるべきとされ,Xらにつき一審認容額を大幅に減額した55万~534万余円が認められた例
5 Y社に対し付加金の支払いを命じるのが相当ではあるが,Y社の態度がことさらに悪質なものであったとはいえず,その額は未払超過勤務手当額の3割が相当であるとして,Xらにつき17万~160万余円の付加金が認められた例
【掲載誌】 労働判例998号5頁
LLI/DB 判例秘書登載
主 文
1 控訴人の控訴及び被控訴人X2の当審における新たな請求に基づき,平成21年3月11日付け更正決定により更正された後の原判決の主文第1項ないし第6項(ただし,平成21年4月9日付け更正決定により更正された後のもの)を次のとおり変更する。
(1)ア 控訴人は,被控訴人X1に対し,55万7564円及びうち別表2-2の「⑧未払超過勤務手当」欄記載の各月の金員に対する「⑥支払日」欄記載の各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人は,被控訴人X1に対し,17万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人X1のその余の請求を棄却する。
(2)ア 控訴人は,被控訴人X2に対し,290万4499円及びうち別表3-2の「⑧超過勤務手当超過分」欄記載の各月の金員に対する「⑥支払日」欄記載の各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人は,被控訴人X2に対し,87万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人X2のその余の請求を棄却する。
(3)ア 控訴人は,被控訴人X3に対し,534万8997円及びうち別表4-2の「⑧未払超過勤務手当」欄記載の各月の金員に対する「⑥支払日」欄記載の各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人は,被控訴人X3に対し,160万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人X3のその余の請求を棄却する。
2 被控訴人らの各附帯控訴をいずれも棄却する。
3 被控訴人X1及び被控訴人X3の当審における各新たな請求をいずれも棄却し,被控訴人X2の当審におけるその余の新たな請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを8分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。
5 この判決の第1項の(1)ないし(3)の各アは,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の取消しに係る部分についての被控訴人らの各請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
ア(ア) 控訴人は,被控訴人X1に対し,1465万3907円及びうち別紙1の各月の「残業代」欄記載の金員に対する「支払日」欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ) 控訴人は,被控訴人X1に対し,826万7625円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ(ア) 控訴人は,被控訴人X2に対し,2327万6952円及びうち別紙2の各月の「残業代」欄記載の金員に対する「支払日」欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(新たな請求を含む。)
(イ) 控訴人は,被控訴人X2に対し,1410万9967円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(新たな請求を含む。)
ウ(ア) 控訴人は,被控訴人X3に対し,2781万3502円及びうち別紙3の各月の「残業代」欄記載の金員に対する「支払日」欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(イ) 控訴人は,被控訴人X3に対し,1982万5195円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 控訴人は,被控訴人らそれぞれに対し,各49万2000円及び別紙4の各月の「差額」欄記載の金員に対する「支払日」欄記載の日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(新たな請求を含む。)
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人の負担とする。
(3) 上記(1)のアないしエについて仮執行宣言
第2 事案の概要
1 被控訴人らは,控訴人に雇用されているシステムエンジニア(SE)であり,いずれも,旧職制上の「課長代理」の職位にあり,旧職制上の管理職として基本給のほかに「課長代理」としての職務手当(月額1万5000円),特励手当(月額・基本給の30%相当額)等の支給を受けており,所定労働時間(1日7.5時間)を超える残業については超過勤務手当の支給はなく,退職金の算定については管理職として退職金基礎給を退職時基本給の70%,支給率を110%とされていたが,平成17年11月1日から新職制が施行され,それまでの「課長代理」の職位にあった者は課長(管理職,職務手当月額2万5000円)又は副長(非管理職,職務手当月額1万5000円~7000円)となり,管理職は課長以上の職位にある者とされたものの,被控訴人らはいずれも新職制における課長に任命されることなく,従前どおり旧職制の「課長代理」の職位にあるものとして扱われていた(管理職。職務手当月額1万5000円,超過勤務手当不支給,特励手当支給。)。なお,控訴人においては,原審係属中の平成20年11月1日,就業規則を改定し,被控訴人らを「課長補佐」に任命した(非管理職。職務手当月額1万5000円,超過勤務手当支給,特励手当不支給。)。
本件は,被控訴人らが,(ア)「課長代理」は労働基準法(以下,単に「法」という。)41条2号の「管理監督者」には当たらない,特励手当は実質的にも超過勤務手当ではない,として,平成13年9月分から平成20年7月分までの所定時間外及び法定時間外の労働についての超過勤務手当ないしは割増賃金の支払を求め(その金額の算定に当たり,特励手当は法37条1項の「通常の労働時間の賃金」に含まれているとし,同条4項の「割増賃金の基礎となる賃金」に算入され,算出された超過勤務手当ないしは割増賃金の額から特励手当の額を差し引くべきではないとする。),(イ)また,法114条により付加金の支払を求め,(ウ)さらに,平成17年11月からの新職制下において被控訴人らに支払われるべき職務手当の額は月額2万5000円であるとして,平成17年11月分から平成20年7月分までの職務手当の不足分の支払を求め,(エ)併せて,控訴人との雇用契約上,(a)給与規程(平成12年4月1日改訂のもの。以下,これを「給与規程」という。)の22条に基づく超過勤務手当請求権,(b)同規程18条及び管理職新職制導入案等に伴う規程改訂に基づく課長職としての職務手当請求権,(c)同規程23条に基づく特励手当請求権,(d)退職金規程(平成10年4月1日改訂)5条及び7条に基づく退職金請求権を有する地位にあることの確認を求めた事案である。
控訴人は,被控訴人らが法41条2号の「管理監督者」に当たるものであると主張し,仮に被控訴人らに超過勤務手当請求権があるとしても,超過勤務手当算定の基礎となる賃金の中に特励手当を含ましめるべきではない,と主張して,被控訴人らの主張を争った。
原審は,上記(ア)及び(イ)の各請求につき,控訴人の消滅時効の抗弁を容れて平成16年12月分までは請求を棄却し,平成17年1月分から平成20年7月分までを一部認容し,上記(ウ)の請求を棄却し,上記(エ)の請求については確認の利益がないとしてその請求に係る訴えを却下した。
そこで,控訴人が上記(ア)及び(イ)の各請求の敗訴部分について控訴し,被控訴人らも上記(ア)ないし(ウ)の各請求の敗訴部分について附帯控訴した。したがって,当審における審判の対象は,上記(ア)ないし(ウ)の各請求の当否となる。
当審において,被控訴人X2は,上記(ア)及び(イ)の各請求につき,平成20年8月分から10月分までの超過勤務手当及び付加金の各請求を追加し,また,被控訴人らは,上記(ウ)の請求について,平成20年8月分から10月分までの職務手当の不足分の各請求を追加した。
2 争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1に記載(原判決3頁9行目から5頁12行目まで)のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり付加し,訂正し又は削除する。
(1) 原判決3頁12行目の「被告は,」の次に「昭和47年11月に設立され,」を加え,同行の「会社である」の次に「(Aから継続的にシステム開発やプログラム開発の仕事を下請けしている。)」を加え,同頁25行目の「課長代理の職位にある。」を「新職制の適用を受けず,旧職制の「課長代理」の職位にあった。」に改め,同頁末行の「管理職に当たるかには」を「法41条2号の「管理監督者」に当たるかについては被告と原告らとの間に」に改める。
(2) 原判決4頁12・13行目の「平成13年は244日,14年は245日,16年は245日,」を削り,同頁14行目の「である。」の前に「平成20年は243日,」を加え,同頁15行目の「給与は,」の次に「まず,基準内給与と基準外給与に分けられ,」を加え,同頁18行目の「就業規則」を「給与規程」に改め,同頁19行目の「割増賃金」の次に「(給与規程上は「超過勤務手当」と表現されている。)」を加え,同頁20行目の「残業代」の前に「課長代理の」を加え,同頁20・21行目の「取り上げられ」を「取り上げられて」に改め,同頁21行目の「給与制度改訂」の次に「等に係る回答並びに通知」を加え,同頁22行目の「甲9」を「甲9の1及び2」に改め,同頁23行目の「残業代は支払う」の次に「,退職金規程における課長代理の扱いは一般職扱いとする」を加える。
(3) 原判決5頁3行目の「被告に対し,」の次に「B労働組合及び同組合C支部の連名で,」を加え,同頁12行目の「時間外手当」の次に「(給与規程上の超過勤務手当)」を加える。
3 争点及び争点についての当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3に記載(原判決5頁13行目から同頁18行目まで及び同頁20行目から15頁11行目まで)のとおりであるから,これを引用する。ただし,次のとおり付加し又は訂正する。
(1) 原判決7頁6行目の「給与規程」の次に「(乙11)」を加え,同頁12行目の「基準外手当」を「基準外給与」に改め,同頁22行目の「見合いのものであるから,」の次に「仮に原告らに時間外手当を支払うべきものとされた場合には,その算定された」を加え,同頁26行目の「基準内賃金」を「基準内給与」に改める。
(2) 原判決15頁8行目の「甲12の1及び2」の次に「(被告代表者作成名義のB労働組合執行委員長X1及び同組合C支部執行委員長X3宛て平成17年9月8日付け「管理職新職制導入案等について」と題する書面)」を加える。
4 当審における控訴人の主張
(1) 控訴人においては,従業員を管理職と一般職に分け,所定労働時間を超えた労働時間について,一般職には所定の計算方法によって算定される超過勤務手当を支給し,管理職(実労働時間の長短にかかわらず24時間担当職務に責任を負っていることが期待されている。)には超過勤務手当の代替の趣旨で定率の特励手当を支給してきた。この取扱いは,従業員全体の処遇の適正にかなうものであり,超過勤務手当と特励手当は,職制に応じて支給対象が異なり,択一的な関係にある。
被控訴人らには給与規程に定める超過勤務手当を請求する労働契約上の権利はない。被控訴人らは,控訴人の職制上,管理職であって特励手当の支給を受けていたから,労働契約上(給与規程上),超過勤務手当を受給する権利はない。
(2) 被控訴人らの職務には,以下の点からも,「管理監督者」性があり,被控訴人らは法41条2号の「管理監督者」であるから,法定割増賃金請求権もない。
プロジェクトの構成員や下請会社の決定権は,形式的にはプロジェクトリーダーである被控訴人らにはないが,実際にはプロジェクトリーダーの意見が大きく反映され,「権限がない」とはいえない。プロジェクトのスケジュールが発注者の計画表に沿って行われることは「管理監督者」性を否定する理由とはならず,むしろ,発注者の計画表に遅れないように完成させることにリーダーの力量が発揮されるのであり,かえってプロジェクトの統括を行っているといえる。
被控訴人らは,部下の人事考課は行っていないが,有給休暇の承認(現場にはいない上位者の承認なく部下の有給休暇が承認されていた実態がある。)や休日出勤指示などの労務管理を行っていたことは疑いがなく,人事考課の権限がないことのみで部下に対する労務管理の決定権がないとはいえない。
テックジャパン事件 固定残業代の成立要件 最高裁平成24年
固定残業代の成立要件 最高裁平成24年
事実認定 17事件
損害賠償・残業代支払請求,仮執行による原状回復請求申立て事件
最高裁判所第1小法廷判決/平成21年(受)第1186号
平成24年3月8日
【判示事項】 基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において,使用者が,各月の上記一定の時間以内の労働時間中の時間外労働についても,基本給とは別に,労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの)37条1項の規定する割増賃金の支払義務を負うとされた事例
【判決要旨】 基本給を月額41万円とした上で月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い,140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定のある雇用契約の下において,次の(1),(2)など判示の事情の下では,労働者が時間外労働をした月につき,使用者は,労働者に対し,月間総労働時間が180時間を超える月の労働時間のうち180時間を超えない部分における時間外労働及び月間総労働時間が180時間を超えない月の労働時間における時間外労働についても,上記の基本給とは別に,労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの)37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負う。
(1) 上記の各時間外労働がされても,上記の基本給自体が増額されるものではない。
(2) 上記の基本給の一部が他の部分と区別されて同項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上,上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間数は各月の勤務すべき日数の相違等により相当大きく変動し得るものであり,上記の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と上記の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
(補足意見がある。)
【参照条文】 労働基準法32
労働基準法(平20法89号改正前)37-1
【掲載誌】 最高裁判所裁判集民事240号121頁
裁判所時報1551号128頁
判例タイムズ1378号80頁
判例時報2160号135頁
労働判例1060号5頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 ジュリスト1453号218頁
判例時報2181号188頁
民商法雑誌147巻2号237頁
労働法学研究会報64巻12号4頁
労働法令通信2292号26頁
主 文
1 原判決主文第1項中上告人の損害賠償請求以外の請求に係る上告人の控訴を棄却した部分,第2項(2)中上告人の損害賠償請求以外の請求を棄却した部分並びに第3項(1)中12万7901円及びこれに対する平成20年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じた部分を超える部分を破棄する。
2 前項の破棄部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人西村紀子,同岡田尚,同佐藤正知の上告受理申立て理由第2について
1 本件は,人材派遣を業とする会社である被上告人に雇用されて派遣労働者として就労していた上告人が,被上告人に対し,平成17年5月から同18年10月までの期間における時間外労働(法定の労働時間を超える時間における労働をいう。以下同じ。)に対する賃金(以下「時間外手当」という。)及びこれに係る付加金の支払等を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 人材派遣を業とする会社である被上告人は,平成16年4月26日,雇用期間を同年7月31日まで,基本給を月額41万円,賃金の計算期間を毎月1日から末日までとし,毎月10日に前月分の賃金を支払う旨の約定の下に,上告人を派遣労働者として雇用した。上告人と被上告人との間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)においては,上記のとおり基本給を月額41万円とした上で,1か月間の労働時間の合計(以下「月間総労働時間」という。)が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり2560円を支払うが,月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり2920円を控除する旨の約定がされている。被上告人は,就業規則において,労働時間を1日8時間,休日を土曜日,日曜日,国民の祝日,年末年始(12月30日から1月3日まで)その他会社が定める休日と定めている。
(2) 上告人は,平成17年5月から同18年10月までの間の各月において,いずれも1週間当たり40時間を超える労働又は1日当たり8時間を超える労働をした。同期間の各月において,上告人の月間総労働時間は,平成17年6月にあっては180時間を超え,それ以外の各月にあっては180時間以下であった。
(3) 本件雇用契約は,4回更新され,上告人は,最終の契約満了日である平成18年12月31日に被上告人を退職した。
(4) 第1審は,上告人の請求の一部を認容し,① 損害賠償として12万円及びこれに対する平成19年1月1日から支払済みまで年5%の割合による金員,② 時間外手当として14万7708円及びこれに対する同月11日から支払済みまで年14.6%の割合による金員,③ 上記②の時間外手当に係る付加金として2万3097円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員の各支払を命ずるとともに,上記①及び②について仮執行をすることができることを宣言する旨の判決を言い渡した。被上告人は,平成20年4月25日,上告人に対し,この仮執行の宣言に基づき,上記①に係る12万7901円(元本12万円と同19年1月1日から同20年4月25日までの遅延損害金7901円の合計額)及び上記②に係る17万5516円(元本14万7708円と同19年1月11日から同20年4月25日までの遅延損害金2万7808円の合計額)を支払った。
3 原審は,上記事実関係等の下において,月間総労働時間が180時間を超える月の労働時間のうちその超える部分における時間外労働(以下「月間180時間を超える労働時間中の時間外労働」という。)に対する時間外手当の請求は認容すべきであるが,その余の時間外労働(月間総労働時間が180時間を超える月の労働時間のうち180時間を超えない部分又は月間総労働時間が180時間を超えない月の労働時間における時間外労働。以下「月間180時間以内の労働時間中の時間外労働」という。)に対する時間外手当の請求は棄却すべきものとし,月間180時間を超える労働時間中の時間外労働に対する時間外手当3万3153円から時間外手当として既に支給された1万9840円を控除した1万3313円及びこれに対する平成19年1月11日から支払済みまで年14.6%の割合による金員(前記2(4)②の一部)の支払を命じ,また,上告人の時間外手当に係る付加金の請求も棄却すべきものとした。その判断の要旨は,次のとおりである。
上告人と被上告人は,本件雇用契約を締結するに当たり,月間総労働時間が140時間から180時間までの労働について月額41万円の基本給を支払う旨を約したものというべきであり,上告人は,本件雇用契約における給与の手取額が高額であることから,標準的な月間総労働時間が160時間であることを念頭に置きつつ,それを1か月に20時間上回っても時間外手当は支給されないが,1か月に20時間下回っても上記の基本給から控除されないという幅のある給与の定め方を受け入れ,その範囲の中で勤務時間を適宜調節することを選択したものということができる。これらによれば,本件雇用契約の条件は,それなりの合理性を有するものというべきであって,上告人の基本給には,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当が実質的に含まれているということができ,また,上告人の本件雇用契約に至る意思決定過程について検討しても,有利な給与設定であるという合理的な代償措置があることを認識した上で,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権をその自由意思により放棄したものとみることができる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 本件雇用契約は,前記2(1)のとおり,基本給を月額41万円とした上で,月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払い,月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額を減額する旨の約定を内容とするものであるところ,この約定によれば,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても,基本給自体の金額が増額されることはない。
また,上記約定においては,月額41万円の全体が基本給とされており,その一部が他の部分と区別されて労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。以下同じ。)37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上,上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は,1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり,月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め,月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。
これらによれば,上告人が時間外労働をした場合に,月額41万円の基本給の支払を受けたとしても,その支払によって,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり,被上告人は,上告人に対し,月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても,月額41万円の基本給とは別に,同項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁参照)。
(2) また,労働者による賃金債権の放棄がされたというためには,その旨の意思表示があり,それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるところ(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照),そもそも本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないことに加え,上記のとおり,上告人の毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり,上告人がその時間数をあらかじめ予測することが容易ではないことからすれば,原審の確定した事実関係の下では,上告人の自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえず,上告人において月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したということはできない。
(3) 以上によれば,本件雇用契約の下において,上告人が時間外労働をした月につき,被上告人は,上告人に対し,月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても,本件雇用契約に基づく基本給とは別に,労働基準法37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものというべきである。
(4) なお,本件雇用契約において,基本給は月額41万円と合意されていること,時間外労働をしないで1日8時間の勤務をした場合の月間総労働時間は,当該月における勤務すべき日数によって相応に変動し得るものの,前記2(1)の就業規則の定めにより相応の日数が休日となることを踏まえると,おおむね140時間から180時間までの間となることからすれば,本件雇用契約における賃金の定めは,通常の月給制の定めと異なる趣旨に解すべき特段の事情のない限り,上告人に適用される就業規則における1日の労働時間の定め及び休日の定めに従って1か月勤務することの対価として月額41万円の基本給が支払われるという通常の月給制による賃金を定めたものと解するのが相当であり,月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い,月間総労働時間が140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定も,法定の労働時間に対する賃金を定める趣旨のものと解されるのであって,月額41万円の基本給の一部が時間外労働に対する賃金である旨の合意がされたものということはできない。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。
さらに,職権により判断するに,原審は,上告人の平成17年6月分の12時間57分の時間外労働に対する時間外手当につき,1時間当たりの単価2562.5円に時間外手当の係数1.25を乗ずるものとしながら,その計算結果を3万3153円としているところ,この計算結果は上記計算方法と合致しないものであり,原審の判断中この部分には判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある。
以上によれば,原判決中,上告人の時間外手当の請求及びこれに係る付加金の請求を棄却すべきものとした部分(上記各請求に係る上告人の控訴を棄却した部分及び被上告人の附帯控訴に基づき第1審判決を変更して上告人の請求を棄却した部分)並びに被上告人の仮執行の原状回復申立てに基づいて上告人に被上告人に対する金員の支払を命じた部分のうち時間外手当の請求に係る部分は,破棄を免れない。そして,前記4(4)の特段の事情の有無,上告人に支払われるべき時間外手当の額,付加金の支払を命ずることの適否及びその額,被上告人の仮執行の原状回復申立てのうち時間外手当の請求に係る部分の適否等について更に審理を尽くさせるため,上記破棄部分につき本件を原審に差し戻すこととする。なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,これを棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子の補足意見がある。
裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。
本件に関し,労働基準法等の趣旨を踏まえ若干指摘しておきたい点があるので,補足意見を付しておきたい。
1 労働基準法37条は,同法が定める原則1日につき8時間,1週につき40時間の労働時間の最長限度を超えて労働者に労働をさせた場合に割増賃金を支払わなければならない使用者の義務を定めたものであり,使用者がこれに違反して割増賃金を支払わなかった場合には,6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられるものである(同法119条1号)。
このように,使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは,罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため,時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ,法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は,通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。本件の場合,その判別ができないことは法廷意見で述べるとおりであり,月額41万円の基本給が支払われることにより時間外手当の額が支払われているとはいえないといわざるを得ない。
便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが,その場合は,その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合,そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。
2 さらに,原審は,本件では手取額を大幅に増加させることとの均衡上変則的な労働時間が採用されるに至ったもので合理性を有するとして,個々の労働基準法の規定や同法全体の趣旨に実質的に反しない限りは私的自治の範囲内のものであるとしているが,契約社員としての月額41万円という基本給の額が,大幅に増額されたものである,あるいは格段に有利な給与設定であるとの評価は,原審の認定した事実関係によれば,派遣労働者である契約社員という立場を有する上告人の給与については妥当しないと思われる。確かに,41万円という額は,正規社員として雇用される場合の条件として被上告人から提示された基本給月額と単純に比較すれば,7万円余り高額ではあるものの,上告人は契約社員であるため正規社員と異なり,家族手当を始めとする諸手当,交通費,退職金は支給されず,毎年度の定期昇給も対象外であるなど,契約内容の全体としては,決して格段に有利な給与設定といえるほどのものとは思われない。さらに,本件の場合,数か月を限った有期雇用の契約社員であるから身分は不安定といわざるをえず,仕事の内容等も自由度や専門性が特別高く上告人の裁量の幅が大きいものとも思えず,原判決のいうように私的自治の範囲の雇用契約と断定できるケースとは大きな隔たりがあるように思われる。
3 労働基準法の定める労働時間の一日の最長限度等を超えて労働しても例外的に時間外手当の支給対象とならないような変則的な労働時間制が法律上認められているのは,現在のところ,変形労働時間制,フレックスタイム制,裁量労働制があるが,いずれも要件,手続等が法令により相当厳格に定められており,本件の契約形態がこれらに該当するといった事情はうかがわれない。
近年,雇用形態・就業形態の多様化あるいは産業経済の国際化等が進む中で,労働時間規制の多様化,柔軟化の要請が強くなってきていることは事実であるが,このような要請に対しては,長時間残業がいまだ多くの事業場で見られ,その健康に及ぼす影響が懸念されている現実や,いわゆるサービス残業,不払残業の問題への対処など,残業をめぐる種々の状況も踏まえ,今後立法政策として議論され,対応されていくべきものと思われる。