山王川事件最高裁 昭和43年
環境判例百選第2版17事件
損害賠償請求事件
最高裁判所第3小法廷判決/昭和39年(オ)第902号
昭和43年4月23日
【判示事項】 共同行為者の流水汚染により惹起された損害と各行為者の賠償すべき損害の範囲
【判決要旨】 共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して流水を汚染し違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が、右違法な加害行為と相当因果関係にある全損害について、その賠償の責に任ずべきである。
【参照条文】 民法709
民法719
国家賠償法2-1
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集22巻4号964頁
訟務月報14巻6号627頁
最高裁判所裁判集民事90号1065頁
判例タイムズ222号102頁
金融・商事判例113号11頁
判例時報519号17頁
【評釈論文】 経営法学ジャーナル5号126頁
ジュリスト404号66頁
ジュリスト臨時増刊433号61頁
ジュリスト増刊(民法の判例第2版)184頁
別冊ジュリスト43号42頁
別冊ジュリスト65号34頁
別冊ジュリスト126号48頁
別冊ジュリスト240号34頁
時の法令646号53頁
判例タイムズ224号51頁
判例評論120号38頁
法曹時報20巻10号119頁
法律論叢42巻1号99頁
補償研究68号72頁
民事研修596号23頁
民商法雑誌60巻3号126頁
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告指定代理人武藤英一、同古館清吾の上告理由第一点について。
共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責に任ずべきであり、この理は、本件のごとき流水汚染により惹起された損害の賠償についても、同様であると解するのが相当である。これを本件についていえば、原判示の本件工場廃水を山王川に放出した上告人は、右廃水放出により惹起された損害のうち、右廃水放出と相当因果関係の範囲内にある全損害について、その賠償の責に任ずべきである。ところで、原審の確定するところによれば、山王川には自然の湧水も流入し水がとだえたことはなく、昭和三三年の旱害対策として多くの井戸が掘られたが、山王川の流域においてはその数が極めて少ないことが認められるから、上告人の放出した本件工場廃水がなくても山王川から灌漑用水をとることができなかつたわけではないというのであり、また、山王川の流水が本件廃水のみならず所論の都市下水等によつても汚染されていたことは推測されるが、原判示の曝気槽設備のなかつた昭和三三年までは、山王川の流水により稀釈される直前の本件工場廃水は、右流水の約一五倍の全窒素を含有していたと推測され、山王川の流水は右廃水のために水稲耕作の最大許容量をはるかに超過する窒素濃度を帯びていたというのである。そして、原審は、右の事実および原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、本件工場廃水の山王川への放出がなければ、原判示の減収(損害)は発生しなかつた筈であり、右減収の直接の原因は本件廃水の放出にあるとして、右廃水放出と損害発生との間に相当因果関係が存する旨判断しているのであつて、原審の拳示する証拠によれば、原審の右認定および判断は、これを是認することができる。所論は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。
同第二点について。
原審の確定するところによれば、原判示の本件工場廃水は多量の窒素を含み、これが水量の少ない山王川に排出されるときは、右山王川の流水は水稲耕作の窒素許容量をはるかに超える窒素濃度を有することになり、ために右流水を水稲耕作の灌漑用水として利用するにつき有害かつ不適当になるというのである。そして、原審は、右の事実および原審認定の本件における事実関係のもとにおいては、本件工場廃水の放出は、少なくとも本件の昭和三三年のように降雨量の少ない年においては、違法性を帯びるにいたる旨判断しているのであつて、原審の右認定および判断は、挙示の証拠により、これを是認することができる。所論は、原判決を正解せず、原審の前記認定にそわない事実を前提として原判決を非難するに帰し、採用することができない。
同第三点(1)について。
記録によれば、甲四二号証として原審に提出された書証が、井戸掘負担金を証明する資料でないことは、論旨指摘のとおりである。しかし、記録によれば、原審は、所論の井戸掘負担金の額を認定する証拠として、被上告人□□A本人尋問の結果を引用しているところ、右によれば、井戸掘負担金額の内訳が原判決添付目録井戸掘負担金欄記載のとおりであるとする原審の認定を是認することができる。それ故、所論は、原判決の結論に影響を及ぼすものではなく、採用のかぎりではない。
同第三点(2)について。
原審の確定するところによれば、本件工場廃水の流入する直前の山王川の流水は通常の窒素施肥量にやや近い窒素を含有していたにすぎないが、活性汚泥法による曝気槽の設置された昭和三四年以降においても、右廃水の流入後における流水は、水稲耕作における窒素の最大許容量をはるかにこえる窒素濃度を帯びていたというのであり、また、同三四年頃、上告人と被上告人らとの間で、本件工場廃水の排出方法について原判示の約定が成立したが、その後においても山王川の窒素濃度が減少せず、灌漑用水として十分に利用することができない状態にあつたので、被上告人らは、同三四年七月から同三六年五月までの間に、原判示の深井戸四本を掘つたというのであつて、原審の挙示する証拠によれば、右の認定は、これを是認することができる。そして、原審は、右の事実によれば、山王川の流水を水稲耕作に使用するためには、被上告人らとしては、本件工場廃水により汚染された流水を稀釈する等してこれを浄化し、流水の窒素含有量を水稲耕作に支障のない量にまで引き下げる必要があつたのであり、前記深井戸四本による井戸水注入は汚染された流水の水質浄化のための一方法であるから、右深井戸四本の井戸掘に要した費用と、本件工場廃水放出との間には相当因果関係が存する旨、判断しているものと解せられ、原審の右判断は、前記の事実関係のもとにおいては、正当としてこれを是認することができる。所論の実質は、ひつきよう、原審の前記認定を非難し、右認定にそわない事実を前提として、原判決を非難するに帰するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)