草場良八裁判長名判決 刑事免責による供述調書は許容されないとした最高裁平成7年大法廷判決
太田刑事訴訟法判例ノート掲載 52、103,293頁 松宮先端刑法各論247頁
刑事訴訟法判例百選掲載 高橋刑法各論第3版696頁
外国為替及び外国貿易管理法違反、贈賄、議員における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所大法廷判決/昭和62年(あ)第1351号
【判決日付】 平成7年2月22日
【判示事項】 一 いわゆる刑事免責を付与して得られた供述を録取した嘱託証人尋問調書の証拠能力
ニ 内閣総理大臣が運輸大臣に対し民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨するよう働き掛けることと賄賂罪における職務行為
【判決要旨】 一 刑訴法はいわゆる刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して得られた供述を録取した嘱託証人尋問調書を事実認定の証拠とすることは許容されない。
ニ 内閣総理大臣が運輸大臣に対し民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨するよう働き掛けることは、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示として、賄賂罪の職務行為に当たる。(一につき補足意見、ニにつき補足意見及び意見がある。)
【参照条文】 刑事訴訟法1
刑事訴訟法146
刑事訴訟法226
刑事訴訟法248
刑事訴訟法317
憲法38-1
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集49巻2号1頁
最高裁判所裁判集刑事265号7頁
裁判所時報1141号43頁
判例タイムズ877号129頁
判例時報1527号3頁
【評釈論文】 季刊刑事弁護4号24頁
警察公論50巻6号34頁
ジュリスト1069号4頁
ジュリスト1069号13頁
ジュリスト1071号106頁
ジュリスト1072号140頁
ジュリスト臨時増刊1091号28頁
ジュリスト臨時増刊1091号143頁
ジュリスト臨時増刊1091号168頁
ジュリスト1101号113頁
別冊ジュリスト148号148頁
別冊ジュリスト150号82頁
判例評論437号2頁
法学教室177号7頁
法学新報103巻1号229頁
法曹時報50巻4号168頁
主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
第一 被告人aの弁護人木村喜助の上告趣意(同弁護人外四名連名の上告趣意書)第一点及び同弁護人の上告趣意(同弁護人外一名連名の上告趣意書)並びに被告人bの弁護人宮原守男、同森本脩、同志村利昭の上告趣意第一点及び第二点について
右各上告趣意は、c及びdに対する各嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決を論難するが、本件嘱託証人尋問調書を除いても、原判決の是認する第一審判決の挙示するその余の関係証拠によって、同判決の判示する本件各犯罪事実を優に認定することができるから、所論は、原判決の結論に影響を及ぼさない主張というべきである。
しかしながら、所論の重要性にかんがみ、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力の有無について、以下判断を示すこととする。
本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決は、是認することができない。
その理由は、以下のとおりである。
一 本件嘱託証人尋問調書は、第一審裁判所において、刑訴法三二一条一項三号に該当する証拠能力を有する書面として取り調べられ、本件各犯罪事実を認定する証拠として挙示されているものであるところ、原判決及びその是認する第一審裁判所の昭和五三年一二月二〇日付け決定によれば、その作成の経緯は、次のとおりである。
東京地方検察庁検察官は、東京地方裁判所裁判官に対し、被告人b外二名に対する贈賄及び氏名不詳者数名に対する収賄等を被疑事実として、刑訴法二二六条に基づき、当時アメリカ合衆国に在住したc、dらに対する証人尋問を、国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託してされたい旨請求した。右請求に際して、検事総長は、本件証人の証言内容等に仮に日本国法規に抵触するものがあるとしても、証言した事項について右証人らを刑訴法二四八条により起訴を猶予するよう東京地方検察庁検事正に指示した旨の宣明書を、また、東京地方検察庁検事正は、右指示内容と同じく証人らを同条により起訴を猶予する旨の宣明書を発しており、東京地方裁判所裁判官は、アメリカ合衆国の管轄司法機関に対し、右宣明の趣旨をcらに告げて証人尋問されたいとの検察官の要請を付記して、cらに対する証人尋問を嘱託した。これを受けた同国の管轄司法機関であるカリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所は、本件証人尋問を主宰する執行官(コミッショナー)を任命し、まず、cに対する証人尋問が開始されたが、その際、cが日本国において刑事訴追を受けるおそれがあることを理由に証言を拒否し、dらも同様の意向を表明し、前記検事総長及びその指示に基づく東京地方検察庁検事正の各宣明によって日本国の法規上適法に刑事免責が付与されたか否かが争われたところがら、右連邦地方裁判所ファーガソン判事が、cらに対する証人尋問を命じるとともに、日本国において公訴を提起されることがない旨を明確にした最高裁判所のオーダー又はルールが提出されるまで本件嘱託に基づく証人尋問調書の伝達をしてはならない旨裁定した。そこで、検事総長が改めてcらに対しては将来にわたり公訴を提起しないことを確約する旨の宣明をし、最高裁判所は検事総長の右確約が将来にわたり我が国の検察官によって遵守される旨の宣明をし、これらが右連邦地方裁判所に伝達された。これによって、以後cらに対する証人尋問が行われ、既に作成されていたものを含め、同人らの証人尋問調書が順次我が国に送付された。
二 右のような経緯にかんがみると、前記の検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明は、cらの証言を法律上強制する目的の下に、同人らに対し、我が国において、その証言内容等に関し、将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したものであって、これによって、いわゆる刑事免責が付与されたものとして、cらの証言が得られ、本件嘱託証人尋問調書が作成、送付されるに至ったものと解される。
三 そこで考察するに、「事実の認定は、証拠による」(刑訴法三一七条)とされているところ、その証拠は、刑訴法の証拠能力に関する諸規定のほか、「刑事事件にっき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」(同法一条)刑訴法全体の精神に照らし、事実認定の証拠とすることが許容されるものでなければならない。本件嘱託証人尋問調書についても、右の観点から検討する必要がある。
1 (一) 刑事免責の制度は、自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度であって、本件証人尋問が嘱託されたアメリカ合衆国においては、一定の許容範囲、手続要件の下に採用され、制定法上確立した制度として機能しているものである。
(二) 我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。この制度は、前記のような合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であるところからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。しかし、我が国の刑訴法は、この制度に関する規定を置いていないのであるから、結局、この制度を採用していないものというべきであり、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることは、許容されないものといわざるを得ない。
(三) このことは、本件のように国際司法共助の過程で右制度を利用して獲得された証拠についても、全く同様であって、これを別異に解すべき理由はない。けだし、国際司法共助によって獲得された証拠であっても、それが我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるかどうかは、我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきものであって、我が国の刑訴法が刑事免責制度を採用していない前示のような趣旨にかんがみると、国際司法共助によって獲得された証拠であるからといって、これを事実認定の証拠とすることは許容されないものといわざるを得ないからである。
2 以上を要するに、我が国の刑訴法は、刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容していないものと解すべきである以上、本件嘱託証人尋問調書については、その証拠能力を否定すべきものと解するのが相当である。
第二 被告人bの弁護人宮原守男、同森本脩、同志村利昭の上告趣意第七点について所論は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反の主張であり、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ、職権により被告人bの贈賄罪の成否について判断する。
一 本件請託の対象とされた行為のうち、eが内閣総理大臣として運輸大臣に対しf株式会社にgの大型航空旅客機L一〇一一型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、eの内閣総理大臣としての職務権限に属するとした原判決は、結論において正当として是認できる。その理由は、以下のとおりである。
1 賄賂罪は、公務員の職務の公正とこれに対する社会一般の信頼を保護法益とするものであるから、賄賂と対価関係に立つ行為は、法令上公務員の一般的職務権限に属する行為であれば足り、公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは、問うところではないけだし、公務員が右のような行為の対価として金品を収受することは、それ自体、職務の公正に対する社会一般の信頼を害するからである。
2 eが内閣総理大臣として運輸大臣に対しfにL一〇一一型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、eの内閣総理大臣としての職務権限に属する行為であるというためには、右行為が、eが運輸大臣を介してfに働き掛けるという間接的なものであることからすると、(1)運輸大臣がfにL一〇一一型機の選定購入を勧奨する行為が運輸大臣の職務権限に属し、かつ、(2)内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨をするよう働き掛けることが内閣総理大臣の職務権限に属することが必要であると解される。
(一)そこで、まず、運輸大臣の職務権限について検討する。
民間航空会社が運航する航空路線に就航させるべき航空機の機種の選定は、本来民間航空会社がその責任と判断において行うべき事柄であり、運輸大臣が民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することができるとする明文の根拠規定は存在しない。しかし、一般に、行政機関は、その任務ないし所掌事務の範囲内において、一定の行政目的を実現するため、特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言等をすることができ、このような行政指導は公務員の職務権限に基づく職務行為であるというべきである。
そして、運輸大臣がその長である運輸省の任務ないし所掌事務についてみると、運輸省設置法(昭和四七年法律第一〇五号による改正前のもの)は、運輸省の任務の一っとして「航空」に関する国の行政事務を一体的に遂行することを規定し(三条一一号)、航空局の所掌事務として、「航空運送事業、利用航空運送事業及び航空機使用事業に関する免許、許可又は認可に関すること」(二八条の二第一項一三号)などを、運輸省の権限として、「航空運送事業、利用航空運送事業及び航空機使用事業を免許し、又は許可し、並びにこれらの事業の業務に関し、許可し、認可し、又は必要な命令をすること」(四条一項四四号の九)などを定めている。
また、航空法(昭和四八年法律第一一三号による改正前のもの)は、運輸大臣に対し、定期航空運送事業を経営しようとする者に対する免許権限(一〇〇条一項)のほか、定期航空運送事業者の事業計画変更の認可権限(一〇九条、一〇一条)を付与しているところ、定期航空運送事業者である民間航空会社が新機種の航空機を選定購入して路線に就航させようとするときは、使用航空機の総数、型式、登録記号、運航回数、整備の施設等の変更を伴うため事業計画の変更が必要となり(航空法施行規則(昭和四八年運輸省令第五九号による改正前のもの)二二〇条、二一〇条一項参照)、運輸大臣の認可を受けなければならないこととなる。そして、運輸大臣は、事業計画変更申請に際し、「公衆の利用に適応するものであること、当該路線における航空輸送力が航空輸送需要に対し、著しく供給過剰にならないこと、事業計画が経営上及び航空保安上適切なものであること、申請者が当該事業を適確に遂行するに足る能力を有するものであること」などの認可基準(航空法一〇九条二項、一〇一条)に適合するかどうかを審査し、新機種の路線への就航の可否を決定しなければならないものとされている。
このような運輸大臣の職務権限からすれば、航空会社が新機種の航空機を就航させようとする場合、運輸大臣に右認可権限を付与した航空法の趣旨にかんがみ、特定機種を就航させることが前記認可基準に照らし適当であると認められるなど、必要な行政目的があるときには、運輸大臣は、行政指導として、民間航空会社に対し特定機種の選定購入を勧奨することも許されるものと解される。したがって、特定機種の選定購入の勧奨は、一般的には、運輸大臣の航空運輸行政に関する行政指導として、その職務権限に属するものというべきである。そうすると、本件において、運輸大臣がfに対しL一〇一一型機の選定購入を勧奨する行政指導をするについて必要な行政目的があったかどうか、それを適法に行うことができたかどうかにかかわりなく、右のような勧奨は、運輸大臣の職務権限に属するものということができる。
(二)次に、内閣総理大臣の職務権限について検討する。
内閣総理大臣は、憲法上、行政権を行使する内閣の首長として(六六条)、国務大臣の任免権(六八条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(七二条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものである。そして、内閣法は、閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め(四条)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し(六条)、行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている(八条)。このように、内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため、内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。したがって、内閣総理大臣の運輸大臣に対する前記働き掛けは、一般的には、内閣総理大臣の指示として、その職務権限に属することは否定できない。
(三) 以上検討したところによれば、運輸大臣がfに対しL一〇一一型機の選定購入を勧奨する行為は、運輸大臣の職務権限に属する行為であり、内閣総理大臣が運輸大臣に対し右勧奨行為をするよう働き掛ける行為は、内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示という職務権限に属する行為ということができるから、eが内閣総理大臣として運輸大臣に前記働き掛けをすることが、賄賂罪における職務行為に当たるとした原判決は、結論において正当として是認することができるというべきである。
二 以上のとおり、被告人bにっき贈賄罪の成立を肯定した原判決の結論を是認できるから、本件請託の対象とされた行為のうち、eが直接自らfにL一〇一一型機の選定購入を働き掛ける行為が、eの内閣総理大臣としての職務権限に属するかどうかの点についての判断は示さないこととする。
第三 その余の上告趣意について
被告人aの弁護人木村喜助のその余の上告趣意は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人bの弁護人宮原守男、同森本脩、同志村利昭のその余の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、その実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同法四一四条、三九六条により、主文のとおり判決する。
この判決は、判示第一にっき、裁判官大野正男の補足意見、判示第二の一にっき、裁判官園部逸夫、同大野正男、同千種秀夫、同河合伸一の補足意見、裁判官可部恒雄、同大西勝也、同小野幹雄の補足意見、裁判官尾崎行信の補足意見、裁判官草場良八、同中島敏次郎、同三好達、同高橋久子の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
判示第一についての裁判官大野正男の補足意見は、次のとおりである。
私は、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定する法廷意見に同調するものであるが、その理由とするところについて、私の見解を補足しておきたい。
一 右嘱託証人尋問は、刑訴法二二六条、二二八条に基づき、国際司法共助として実施されたものであるが、法廷意見の指摘するとおり、我が国の法律においては、共犯者に刑事免責を与えることにより自己負罪拒否特権を消滅させて証言を強制することを認める規定は存しない。
このように、刑事免責を与えて自己負罪拒否特権を消滅させた上証言を強制する手続は、アメリカ合衆国では合憲合法とされているが、我が国の刑訴法は、そのような規定を設けず、これを採用していないのであって、適法とすることはできない。しかしながら、嘱託を受けて証人尋問を行うのはアメリカ合衆国の裁判所であるから、嘱託証人尋問は、受託国である同国で認められた合法的手続で実施されることになるのは当然である。もっとも、受託国においてされる捜査資料収集手続が、嘱託国である我が国の憲法に違反し、あるいは法律の明文の規定に反するような重大な違法があると評価される場合には、そのような方法による捜査資料収集手続を嘱託することは許されず、そのような方法によって収集された資料は違法収集証拠としてその証拠能力を否定され(最高裁昭和五一年(あ)第八六五号同五三年九月七日第一小法廷判決・刑集三二巻六号一六七二頁参照)、それに基づいて収集された証拠も原則として証拠能力がないと解すべきである。
そこで、本件嘱託証人尋問にそのような重大な違法が存するといえるかどうかを検討すると、刑事免責による証言強制の許否は、日米両国の法制度のずれから生じている問題であって、前記のとおり、我が国の刑訴法はこの制度を採用していないため、我が国内では行うことができないものの、憲法に違反するとまで解することはできず、我が国の裁判官による嘱託に基づきアメリカ合衆国の裁判官又はその命ずる者によって実施されている点において司法上の統制を受けているということができ、捜査機関が国際的犯罪の捜査資料を収集するために、アメリカ合衆国において合法として行われた強制捜査手続について、重大な違法があるものということはできない。
二 しかしながら、捜査の端緒ないし捜査資料の収集として右のごとき嘱託証人尋問をし得るということと、その結果得られた資料を我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるということとは別個の問題であり、異なった観点からの考察が必要である。
手続の公正と証人に対する被告人の審問権を尊重すべき刑事裁判の本質的機能を考えるとき、本件嘱託証人尋問調書の証拠としての許容性は、以下の二点において否定されるべきである。
一は、刑事免責を与えることによって自己負罪拒否特権を消滅させて証言させるというような我が国において認められていない制度によって得られた資料を、我が国の裁判において事実認定の証拠として採用することは、明文の規定によらないで、我が国内においても刑事免責制度を認めるのと同様の結果を招来することになりかねず、公正の観念に反する。この点は法廷意見の述べるところであり、私も同意見である。
二は、本件嘱託証人尋問調書を事実認定の証拠とすることについては、被告人の反対尋問権及び対審権の保障という面から、問題があるといわざるを得ない。
本件嘱託証人尋問は、東京地方検察庁の検察官の申請に基づく東京地方裁判所裁判官の嘱託により、被疑者及び弁護人の立会いなしに、すなわち、その審問を受けることなしに、カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所において、東京地方検察庁の検察官が列席して行われている。また、本件において、証人とされたc、dはいずれも、もともと来日の意思を有せず、我が国の裁判所に証人として出廷する意思のないことを明示していた。
嘱託証人尋問の根拠となる刑訴法二二八条二項は、第一回公判期日前の証人尋問に被告人、被疑者又は弁護人を立ち会わせるかどうかを裁判官の裁量にゆだねている。この規定が、反対尋問権を保障した憲法三七条二項に反しないとされるのは、反対尋問権は受訴裁判所の訴訟手続における保障であって捜査手続における保障ではなく、刑訴法二二八条は検察官の強制捜査処分請求に関する規定であって、受訴裁判所の訴訟手続に関する規定ではなく、その供述調書はそれ自体では証拠能力を持つものではないからであるとされている(最高裁昭和二五年(あ)第七九七号同二七年六月一八日大法廷判決・刑集六巻六号八〇〇頁)。
しかし、前記両証人について、我が国の法廷において、被告人及び弁護人がこれに対質して反対尋問をする機会がないことは、嘱託した当時からあらかじめ明らかであったのである。もっとも、嘱託証人尋問に際しては、証人の依頼した弁護士である代理人が在廷していたが、これは証人の法的利益擁護のためであって、場合によっては共犯者たる証人と利害が対立することのある被告人の法的利益を擁護するためのものではないから、これをもって反対尋問権の保障に資するものであるとは到底いえない。
このように、当初から我が国の法廷における被告人、弁護人の審問の機会を一切否定する結果となることが予測されていたにもかかわらず、その嘱託証人尋問手続によって得られた供述を我が国の裁判所が証拠として事実認定の用に供することは、伝聞証拠禁止の例外規定である刑訴法三二一条一項各号に該当するか否か以前の問題であり、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ事案の真相を明らかにすべきことを定めている刑訴法一条の精神に反するものといわなければならない。
判示第二の一についての裁判官園部逸夫、同大野正男、同千種秀夫、同河合伸一の補足意見は、次のとおりである。
我々は、被告人bの行為は、eに対し内閣総理大臣の職務権限の行使の対価として金員を供与したものとして、同被告人にっき贈賄罪の成立を肯定すべきものとする多数意見に同調するものであるが、内閣総理大臣の職務権限、ことにこれと内閣法六条との関係について、我々の考え方を明らかにしておきたい。
一 まず、本件における内閣総理大臣の職務に関する議論は、刑法の解釈と適用に必要な範囲で行われるべきものであって、行政法の解釈と適用という観点からの議論とは区別すべきものと考える。このことは、多数意見の冒頭に述べられているところがら明らかであって、重ねてここに論ずる必要はないが、あえて付言すれば、次のとおりである。
賄賂罪における職務の範囲に関する刑法上の判断は、行政法上の観点からの職務権限の理論に直接影響を及ぼすものではない。本件の場合、右の判断に当たり、内閣総理大臣が現実に運輸大臣に働き掛け、その働き掛けによって運輸大臣が勧奨を行ったという事実があったことを前提としてその是非を論じているのではなく、請託の内容とされた将来の行為を想定して、刑法上、それがどの範囲でこれらの者の職務に関するものと解釈されるかを検討しているのであるから、既になされた具体的行為が適法といえるか、すなわち、実定行政法のいかなる規定によって法令上許容された範囲にあると解されるかという行政法上の問題とは区別しなければならない。
二 内閣総理大臣は、憲法七二条に基づき、行政各部を指揮監督する権限を有するところ、この権限の行使方法は、内閣法六条の定めるところに限定されるものではない。
内閣総理大臣の右指揮監督権限は、行政権の主体たる内閣を代表して、内閣の統一を保持するため、行使されるものであり、その権限の範囲は行政の全般に及ぶのである。そして、行政の対象が、極めて多様、複雑、大量であり、かつ常に流動するものであることからすると、右指揮監督権限は、内閣総理大臣の自由な裁量により臨機に行使することができるものとされなければならない。したがって、その一般的な行使の態様は、主任の国務大臣に対する助言、依頼、指導、説得等、事案に即応した各種の働き掛けによって、臨機に行われるのが通常と考えられ、多数意見が「指示を与える権限」というのは、右指揮監督権限がこのような態様によって行使される場合を総称するものと理解することができる。
三 内閣総理大臣の指揮監督権限が右のような通常の態様で行使される場合、それは、強制的な法的効果を伴わず、国務大臣の任意の同意、協力を期待するものである。これに対し、内閣総理大臣が、内閣法六条の定めるところにより、閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部の長たる主任大臣を指揮監督する場合には、主任大臣はその指揮監督に従う法的義務を負い、もしこれに従わない場合には、閣議決定に違反するものとして、行政上の責任を生ずることとなる。このように、内閣法六条は、内閣総理大臣が憲法七二条に基づく指揮監督権限の行使について右のような法的効果を伴わせる場合の方法を定めるものであって、本来前項で述べたような性質を有する憲法上の指揮監督権限を制限するものではなく、もとより制限できるものでもない。
四 そもそも、内閣法六条の規定は、基本的には、内閣の行政各部に対する統制権を内閣の首長(憲法六六条一項)としての内閣総理大臣と他の国務大臣(主任の大臣)との関係に着目して定めたものであって、組織法としての意義が大きいものと考えられる。すなわち、憲法上、国の行政権は内閣に属するものとされているが、内閣が一体となって行政権を行使するために、内閣法は、内閣の職権行使は閣議によるとし(内閣法四条一項)、内閣総理大臣が閣議を主宰するものとし(同条二項)、行政各部は、行政について統合調整の責任を有する内閣総理大臣の指揮監督の下に置かれる(同法六条)としている。これは、国家行政組織法二条の規定とあいまって、内閣の統轄の下に、国の行政機関がすべて一体として行政機能を発揮すべきことを保障しているものである。
しかしながら、内閣法六条には作用法としての側面があり、内閣総理大臣が行政各部を指揮監督する場合の要件として、閣議にかけて決定した方針の存在が必要であることを定めているのである。右規定の目的は、内閣と行政各部の一体性を保持するため、行政各部が閣議の決定した方針に従って行政を執行するよう、これを監視する権限を内閣総理大臣に付与したものと解することができる。閣議にかけて決定した方針は、本来、内閣総理大臣の個々の指揮監督権限の行使をまつまでもなく、当然に行政各部によって実施されるのであるから、右規定の実際的意義は、行政の統轄調整を図るため特に必要が生じたときに、内閣総理大臣が、右規定に基づき、内閣の首長として、行政各部の主任の大臣に対し強制的な法的効果を伴う指揮監督権限の行使をすることができる点にあるといえる。内閣法六条に基づく内閣総理大臣の職務権限の発動は、右のような性格のものと理解されるべきものである。
五 以上を要するに、内閣総理大臣の指揮監督権限は、本来憲法七二条に基づくものであって、閣議決定によって発生するものではない。右指揮監督権限の行使に強制的な法的効果を伴わせるためには、内閣法六条により、閣議にかけて決定した方針の存在を必要とするが、右方針決定を欠く場合であっても、それは、内閣法六条による指揮監督権限の行使ができないというにとどまり、そのことによって内閣総理大臣の憲法上の指揮監督権限のすべてが失われるものではなく、多数意見のいわゆる「指示を与える権限」は、何らの影響を受けずに存続するものといえる。
そして、この権限は、賄賂罪の適用に当たっては、その対象となる内閣総理大臣の一般的職務権限に該当するものというべきである。したがって、閣議にかけて決定した方針が存在するとはいえない場合であっても、内閣総理大臣に対し、主任大臣の権限に属する事項について、主任大臣に一定の働き掛けをするよう請託して金銭を供与すれば、そのような働き掛けをすることができる具体的条件の有無にかかわらず、内閣総理大臣の職務の公正とこれに対する社会の信頼を害することが明らかであるから、贈賄罪が成立すると解するのが相当である。
六 以上の前提に立って本件をみた場合、本件においては、内閣法六条にいう閣議にかけて決定した方針があったか否かにかかわらず、内閣総理大臣たるeは、憲法七二条に基づく指揮監督権限の行使方法として、L一〇一一型機の選定購入をfに勧奨するよう運輸大臣に対し働き掛けをすることはできるのであって、その働き掛けが、賄賂罪の適用において、内閣総理大臣たるeの一般的職務権限に属すること前述のとおりであるから、被告人bがeに対し右のような働き掛けをしてくれるよう請託して賄賂を供与したことをもって贈賄罪に当たるとした原判決は、結局、正当として是認できる。原判決摘示の閣議にかけて決定した方針の存在は、右請託の内容、動機等を認定するための事情としては意義を有するけれども、これら閣議にかけて決定した方針が、右の機種選定購入に関し、内閣法六条による指揮監督権限行使のための根拠となるか否かは、本件における内閣総理大臣の職務権限を論ずるに当たっては、考慮する必要がないのである。
七 なお、特定の機種の選定購入を勧奨することが、一般的には、運輸大臣の職務権限に属することは、多数意見の説示するとおりであるが、あえてこれに付言すると、運輸大臣がこのような勧奨を実行した場合に、それが適法な行政指導に当たると認められるかどうかは、具体的な事実関係の下において別個に判断すべき行政法上の問題である。本件で問題となっている勧奨は、前示贈賄罪成立の時点では、将来行われる可能性があるというにすぎず、その内容、方法及び関連する諸条件等は明らかでないのであるから、行政法上の観点からその適法性の判断をすることはできず、また判断すべきものでもない。刑法上の観点からは、右のような行為は、具体的場合において行政法上それを適法に行うことができるかどうかにかかわりなく、運輸大臣の一般的職務権限に属する行為とみるのが相当なのである。
判示第二の一についての裁判官可部恒雄、同大西勝也、同小野幹雄の補足意見は、次のとおりである。
我々は、被告人bの贈賄罪の成立にっき、本件請託の対象とされた行為のうち、eが内閣総理大臣として運輸大臣に対しfにL一〇一一型機の選定購入を勧奨するよう働き掛ける行為が、閣議決定の有無を問わず、内閣総理大臣の指示権という職務権限に属するとする多数意見に与するものであるが、本件においては、賄賂罪の成否に関する限り、憲法七二条、内閣法六条に基づく指揮監督権限を根拠として内閣総理大臣の職務権限を肯定すべきものとした原判決の立論も是認し得るものと考える。これと所見を異にする個別意見にかんがみ、付言することとする。その理由の要点は、以下のとおりである。
一 内閣総理大臣の行政各部に対する指揮監督権限の行使は、「閣議にかけて決定した方針に基づいて」しなければならないが、その場合に必要とされる閣議決定は、指揮監督権限の行使の対象となる事項にっき、逐一、個別的、具体的に決定されていることを要せず、一般的、基本的な大枠が決定されていれば足り、内閣総理大臣は、その大枠の方針を逸脱しない限り、右権限を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、内閣総理大臣の指揮監督権限は、行政の統轄調整を図る手段として、内閣の首長である内閣総理大臣にのみ付与された憲法上の権限であって、それが機能するためには、内閣の意思として閣議決定された方針を逸脱しない限り、いかなる場合に、どのような事項について右権限を行使するかは、内閣総理大臣の自由裁量に委ねられていると解すべきであるからである。そして、このことは、「閣議決定に基づいて」と規定することなく、「閣議にかけて決定した方針に基づいて」と規定する内閣法六条の文理にも合致する。
したがって、内閣総理大臣は、閣議決定が一般的、基本的大枠を定めるものであるときは、それを具体的施策として策定し、実現する過程で生じる様々な方策、方途の選択等に関しても、閣議決定の方針を逸脱しない限り、適宜、所管の大臣に対し、指揮監督権限を行使することができるというべきであり、行使の対象となる具体的事項が閣議決定の内容として明示されているか否かは問うところではない。
二 これを本件についてみると、原判決は、内閣総理大臣の指揮権行使の根拠となる閣議にかけて決定した方針として、「1」昭和四五年一一月二〇日の「航空企業の運営体制について」と題する閣議了解、「2」昭和四六年一二月一九日の「円の為替レートの切り上げにあたって」と題する政府声明についての閣議決定、「3」昭和四七年七月一八日の衆議院議員h及び参議院議員iの提出に係る質問主意書に対する答弁についての閣議決定を挙げているところ、「1」の閣議了解は、「航空機のジエット化、大型化を推進する」というもので、直接、機種等について触れるところはなく、また、「2」、「3」の閣議決定は、「八項目の対外経済政策及び七項目の緊急対策を積極的に推進する」というもので、直接、航空機について言及するものではない。
しかしながら、原判決及び第一審判決の認定した事実によれば、「1」の閣議了解は、昭和四五年一〇月の運輸政策審議会の「航空輸送需要の多い基幹路線について大型ジエット機の導入を促進する必要がある」ことなどを内容とする運輸大臣に対する答申を受け、当時における国内航空上の最大の課題である「増大する航空輸送の需要に対処し、利用者の利便増進を確保する」ことを踏まえた政府の基本方針として策定したものであり、運輸大臣は、右閣議了解による方針を具体化する施策として、昭和四七年七月一日「国内幹線への大型ジエット機の投入は、同四九年度以降(沖縄線は同四七年以降)認める」旨決定し、j、f等の各社に示達するなどした、また、「2」、「3」の閣議決定は、いずれも対外経済政策推進関係閣僚懇談会において決定された対外政策に基づくものであって、対外貿易収支不均衡是正のための対外輸入の促進等が政府の基本方針であることを確認し、これを積極的に推進することを明らかにしたものであり、右閣議決定後の昭和四七年八月一五日の運輸大臣を含む経済関係閣僚懇談会において、緊急輸入の品目、数額の取りまとめを急ぐこととし、運輸省においては、航空各社から外国航空機購入計画等を提出させるなどした上、「昭和四七年及び四八年度中にわが国民間航空企業が米国から購入予定の航空機の金額は約三億二〇〇〇万ドルである」とし、これを同年八月末のk外務審議官とl駐日米国大使との間に行われた日米会談に提示した上、同年九月一日、eとm米国大統領との首脳会談の際に「日本の民間航空会社は、四七及び四八会計年度に、米国から約三億二〇〇〇万ドル相当の大型機を含む民間航空機の購入を計画中であり、日本政府は、購入契約が締結され次第、これら航空機の購入を容易ならしめる意向である」旨発表した、そして、f等の我が国航空各社においては、導入する大型ジエット機の機種選定に入り、外国航空機製造会社の売り込みも激化したが、本件請託当時、fがアメリカ合衆国から輸入する大型ジエット機の機種は、本件L一〇一一型機ほか二機種にほぼ絞られていた、というのである。
三 右事実にかんがみると、fがアメリカ合衆国からL一〇一一型機ほか二機種のうち、いずれかの航空機を選定購入することは、前記「1」ないし「3」の閣議了解及び閣議決定によって決定された基本的政策が、具体的施策として策定、実現される過程で生じた問題ということができるから、右機種選定についての行政指導が運輸大臣の職務権限に属するものである限り、内閣総理大臣は、右閣議了解及び閣議決定の方針に基づくものとして、運輸大臣に対し、右行政指導をするよう指揮監督権限を行使することができるものというべきである。
四 そして、運輸大臣の職務権限については、前記多数意見の説示するとおりであって、要するに、運輸大臣の民間航空会社に対する機種選定についての行政指導は、いやしくも運輸大臣において適法に行い得る場合がある以上、運輸大臣の職務権限に属するというに尽きる。
五 以上の次第であるから、本件においては、前記の閣議了解及び閣議決定は相まって、内閣総理大臣の指揮監督権限行使のために必要な閣議にかけて決定した方針に当たるというべきであり、これと同旨をいう原判決及び第一審判決の判断は是認することができる。
判示第二の一についての裁判官尾崎行信の補足意見は、次のとおりである。
私は、多数意見に同調するものであるが、次の三点にっき私の見解を補足し、その理由を明らかにしておきたい。
一 指揮監督権限と指導等の法的関係について
1 私は、内閣総理大臣の職務権限は各主任大臣の権限すべてに及ぶと解し、本件請託の対象とされた民間航空会社に対し特定機種の航空機の選定購入を勧奨する行為が、運輸大臣の職務権限内にあるならば、そのような勧奨行為をするよう運輸大臣に指揮することは、同時に内閣総理大臣の職務権限内にあると考える。けだし、内閣総理大臣は内閣の首長として行政各部を指揮監督する(憲法七二条)のであるから、その指揮監督権限は、各主任大臣の分担管理する(国家行政組織法五条一項)各々の行政事務全般に及ぶこととなるからである。本件においては、多数意見の説示するとおり、右のような勧奨行為も運輸大臣の職務権限に属すると解されるところがら、運輸大臣に対してそのような勧奨行為を指揮することは、いわゆる職務密接関係行為の概念に依拠するまでもなく、内閣総理大臣の本来の職務行為として、その職務権限に属するものということができる。