■心愛さん母、「虐待止めたが逆切れされた」 児相に話す
(朝日新聞デジタル - 05月15日 05:17)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5619451

児童相談所側も録音とかしておかないといけないんでしょうねえ。

もう20年ちかく前のものですが児童虐待で傍観した母の責任も問題にした出題として



第1問

 甲は、酒癖が悪く、酔うと是非善悪の判断力を失い妻乙や二人の間の子供Aに暴行を加える事を繰り返しており、そのことを自覚していた。甲は、ある日、酒を飲み始めたところ、3歳になるAが台所で茶わんを過って割ってしまったことを見とがめ、Aの顔を平手でたたくなどのせっかんを始めた。甲は、しばらく酒を飲みながら同様のせっかんを続けていたところ、それまで泣くだけであったAが反抗的なことを言ったことに逆上し、バットを持ち出してAの足を殴打し重傷を負わせた。甲は、Aが更に反抗したため、死んでも構わないと思いつつAの頭部をバットで強打し死亡させた。乙は、その間の一部始終を見ていたが、日ごろAが乙にも反抗的な態度をとることもあって、甲の暴行を止めようとはしなかった。甲については、逆上しバットを持ち出す時点以降は是非善悪の判断力が著しく減退していたとして、甲及び乙の罪責を論ぜよ。

39条 1.心神喪失者の行為は、罰しない。

2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

(共同正犯)

60条二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

621.正犯を幇助した者は、従犯とする。

2.従犯を教唆した者には、従犯の刑を科す

 

199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

204条 人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 


第1問

第1 甲の罪責

一 まずは構成要件行為ごとに検討する。

1 甲がAの顔を平手でたたき続けた行為は不法な有形力を他人に対して行使しているので暴行罪(208条)の構成要件に該当する。わが子のそそうをしたことに対するせっかんとしておこなっているので、民法上の親権・監護権の行使として刑法35条により違法性阻却が問題たりうるが、3歳になる程度のおさない人間に体罰が功を奏するわけもないので、違法性阻却はない。責任阻却事由も特に異常酩酊におちているような事情もなく特に存在しない。暴行罪が成立する。

2 甲がAの足を殴打し重傷を負わせた行為は傷害罪(204条)の構成要件に該当する。バットによる殴打は懲戒権行使としても行き過ぎは明らかであり、違法性阻却事由はない。

 責任については、バットを持ち出して以降の行為時には、是非善悪の判断力が著しく減刑する心神耗弱状態にあり、刑法39条2項により必要的減刑となる。

3 甲がAを、死んでも構わないと思いつつ、Aの頭部をバットで強打し死亡させた行為につき殺人罪(199条)の構成要件に該当し、刑法39条2項の適用がある。

 そして、これら暴行罪と傷害罪は、殺人罪と被害者が同一であり時間的場所的に接着してなされているので殺人罪に吸収される。

二、甲は酒癖が悪く酔うと是非善悪の判断力を失うことを自覚してAのそばで飲酒に及んおり、酩酊及び責任能力低下について、自己の行為が原因となっている。かかる場合にも完全な責任を問い得ないとすると国民の法感情に反することから、いわゆる原因において自由な行為の理論により完全な責任を問えないか問題になる。

   まず、行為時に責任能力を判断するの同時存在の原則は維持されるべきである。責任の前提として責任能力が要求されるのは、責任能力ある段階での意思決定に基づき犯罪を実現しているときに初めて非難が可能だからである。

    とすれば、結果行為時に限定責任能力の状態であっても、結果行為が責任能力ある時点での意思決定の実現過程といえる場合には完全な責任を問えると解する原因において自由な行為論はとりえない。

 自己の行為を道具としておこなう間接正犯類似行為として考え、利用行為自体に責任があれば責任能力を問いうると考える。この場合過失犯については定型が緩いので、暴行の故意がある時点で完全責任能力があれば傷害罪の傷害部分は過失犯であるから完全責任能力となる。

  本件で、甲が酒を飲み始めて暴行を開始した時点においては、甲は殺人の故意を有していなかったが暴行の故意はあるから、原因行為から傷害の結果行為にについて暴行を利用した間接正犯が成立している。よって傷害については刑法39条2項の適用はない。しかし、殺人については故意もなく、自己の責任能力低下した行為の利用意思もないので間接正犯類似構造もない。

三 以上から、甲に殺人罪が成立し、刑が必要的に減軽される。

第二 乙の罪責

  乙が甲のAに対する殺人を止めようとしなかった点につき、殺人罪が成立しないか。

  乙は甲のA殺害の一部始終を見ていたという行為態様であるから、共同正犯あるいは@同時犯・幇助犯(62条1項)のいずれに問擬すべきか。

 この点、片面的共同正犯は求められないと解する。刑法60条は実行行為を共同するものであって双方の共謀があってしかるべきだからである。また、自己の犯罪として行為をした場合には正犯となり、他人の犯罪に加功したにすぎない場合には幇助犯となると解するが、本件では、乙は、Aに対する殺人に関して、甲の犯行を見ていただけであって、何ら重要な役割を演じたとはいえないから、自己の犯罪として行為をしたとはいえず、甲の犯罪に加功したにすぎないといえる。幇助については片面的にもなしうると解する。62条の文言上定型がゆるやかだかれである。

  殺人罪の幇助犯を検討することになる。

では、乙に殺人の幇助犯は成立するか。乙は甲の行為を見ていたにすぎず、何ら作為を行っていないことから不作為による幇助の可罰性が問題となる。

  この点、幇助とは実行行為以外の方法で正犯の行為を促進することをいうところ、不作為によっても正犯の行為を促進することは可能であるから不作為も幇助たりうると解する。

  もっとも、あらゆる不作為が幇助にあたるとすると元々不定型な幇助の範囲がますます不明確となり罪刑法定主義(憲法31条)に反するおそれがある。作為による幇助と構成要件的に同価値の不作為のみが幇助たりうると解すべきである。具体的には①作為義務があり、②作為の可能性・容易性が必要と解する。

 本件では、まず、乙はAの母親であるから、Aに対する監護義務(民820条)があり、また、その場には、甲の他には乙しかおらず、甲の生命は乙に依存していたといえる。とすれば、甲の行為をやめさせようとする作為を行う義務があったといえる(①充足)。

 また、自ら甲を止めることは困難であったとしても、外に出て人を呼んだり携帯電話等で110番通報をする等と言った作為を行うことは容易かつ可能であったといえる(②充足)。 よって、乙に殺人罪の幇助犯(62条1項、199条)が成立する。

以上

この結論だと結果的に母のほうがこの問題だと罪が重くなる可能性もありますね。