司法試験2019年論文式刑法 問題

〔第1問〕(配点:100)

以下の【事例1】から【事例3】までを読んで,後記〔設問1〕から〔設問3〕までについて,答えなさい。

【事例1】

甲(男性,25歳)は,他人名義の預金口座のキャッシュカードを入手した上,その口座内の預金を無断で引き出して現金を得ようと考え,某日,金融庁職員に成りすまして,見ず知らずのA(女性,80歳)方に電話をかけ,応対したAに対し,「あなたの預金口座が不正引き出しの被害に遭っています。うちの職員がお宅に行くのでキャッシュカードを確認させてください。」と告げ,Aの住所及びA名義の預金口座の開設先を聞き出した。

同日,甲は,キャッシュカードと同じ形状のプラスチックカードを入れた封筒(以下「ダミー封筒」という。)と,それと同種の空の封筒をあらかじめ用意してA方を訪問し,その玄関先で,Aに対し,「キャッシュカードを証拠品として保管しておいてもらう必要があります。後日,お預かりする可能性があるので,念のため,暗証番号を書いたメモも同封してください。」と言った。Aは,それを信用し,B銀行に開設されたA名義の普通預金口座のキャッシュカード及び同口座の暗証番号を記載したメモ紙(以下「本件キャッシュカード等」という。)を甲に手渡し,甲は,本件キャッシュカード等をAが見ている前で空の封筒内に入れた。その際,甲は,Aに対し,「この封筒に封印をするために印鑑を持ってきてください。」と申し向け,Aが玄関近くの居間に印鑑を取りに行っている隙に,本件キャッシュカード等が入った封筒とダミー封筒をすり替え,本件キャッシュカード等が入った封筒を自らが持参したショルダーバッグ内に隠し入れた。Aが印鑑を持って玄関先に戻って来ると,甲は,ダミー封筒をAに示し,その口を閉じて封印をさせた上でAに手渡し,「後日,こちらから連絡があるまで絶対に開封せずに保管しておいてください。」と言い残して,

本件キャッシュカード等が入った封筒をそのままA方から持ち去った。その数時間後,甲の一連の行動を不審に感じたAが前記事情を警察に相談したことから,甲の犯行が発覚し,警察から要請を受けたB銀行は,同日中に前記口座を凍結(取引停止措置)すること

に応じた。翌日,甲は,自宅近くのコンビニエンスストアに行き,同店内に設置されていた現金自動預払機(以下「ATM」という。)に前記キャッシュカードを挿入して現金を引き出そうとしたが,既に前記口座が凍結されていたため,引き出しができなかった。

〔設問1〕【事例1】における甲のAに対する罪責について,論じなさい(住居侵入罪及び特別法違反の点は除く。)。

【事例2】(【事例1】の事実に続けて,以下の事実があったものとする。)

甲は,現金の引き出しができなかったため,ATMの前で携帯電話を使ってA方に電話をかけてAと会話していた。同店内において,そのやり取りを聞いていた店員C(男性,20歳)は,不審に思い,電話を切ってそそくさと立ち去ろうとする甲に対し,甲が肩から掛けていたショルダーバッグを手でつかんで声をかけた。甲は,不正に現金を引き出そうとしたことで警察に突き出されるのではないかと思い,Cによる逮捕を免れるため,Cに対し,「引っ込んでろ。その手を離せ。」と言ったが,Cは,甲のショルダーバッグをつかんだまま,甲が店外に出られないように引き止めていた。

その頃,同店に買物に来た乙(男性,25歳)は,一緒に引きをしたことのあった友人甲が店員のCともめている様子を見て,甲が同店の商品をショルダーバッグ内に盗み入れてCからとがめその頃,同店に買物に来た乙(男性,25歳)は,一緒に万引きをしたことのあった友人甲が店員のCともめている様子を見て,甲が同店の商品をショルダーバッグ内に盗み入れてCからとがめられているのだろうと思い,甲に対し,「またやったのか。」と尋ねた。甲は,自分が万引きをしたと乙が勘違いしていることに気付きつつ,自分がこの場から逃げるために乙がCの反抗を抑圧してくれることを期待して,乙に対し,うなずき返して,「こいつをなんとかしてくれ。」と言った。乙は,甲がショルダーバッグ内の商品を取り返されないようにしてやるため,Cに向かってナイフ(刃体の長さ約10センチメートル)を示しながら,「離せ。ぶっ殺すぞ。」と言い,それによってCが甲のショルダーバッグから手を離して後ずさりした隙に,甲と乙は,同店から立ち去った。

〔設問2〕【事例1】において甲が現金を引き出そうとした行為に窃盗未遂罪が成立することを前提として,【事例2】における乙の罪責について,論じなさい(特別法違反の点は除く。)。

なお,論述に際しては,以下の①及び②の双方に言及し,自らの見解(①及び②で記載した立場に限られない)を根拠とともに示すこと。

乙に事後強盗の罪の共同正犯が成立するとの立場からは,どのような説明が考えられるか。

乙に脅迫罪の限度で共同正犯が成立するとの立場からは,どのような説明が考えられるか。

【事例3】(【事例1】の事実に続けて,【事例2】の事実ではなく,以下の事実があったものとする。)

甲は,現金の引き出しができなかったため,同店の売上金を奪おうと考え,同店内において,レジカウンター内に一人でいた同店経営者D(男性,50歳)に対し,レジカウンターを挟んで向かい合った状態で,ナイフ(刃体の長さ約10センチメートル)をちらつかせながら,「金を出せ。」と言って,レジ内の現金を出すよう要求した。それに対し,Dが「それはできない。」と言って甲の要求に応じずにいたところ,甲は,「本当に刺すぞ。」と怒鳴り,レジカウンターに身を乗り出してナイフの刃先をDの胸元に突き出したが,それでも,Dは甲の要求に応じる素振りさえ見せなかった。

同店に客として来ておりそのやり取りを目撃していた丙(女性,30歳)は,Dを助けるため,間近に陳列されていたボトルワインを手に取り,甲に向かって力一杯投げ付けた。ところが,狙いが外れ,ボトルワインがDの頭部に直撃し,Dは,加療約3週間を要する頭部裂傷の傷害を負った。

なお,ボトルワインを投げ付ける行為は,丙が採り得る唯一の手段であった。

〔設問3〕【事例3】において,丙がDの傷害結果に関する刑事責任を負わないとするには,どのような理論上の説明が考えられるか,各々の説明の難点はどこかについて,論じなさい。