有名判決です。西田ほか「判例刑法各論第7版」434事件 刑法判例百選Ⅱ 第8版 78事件

 民事に刑事の事実認定が従属するか独立するかが争点となっています。

長嶋補足意見があり、独立説・従属説で補足意見のほうが独立性が強くなっています。

 

 

建造物損壊被告事件

最高裁判所第3小法廷決定/昭和58年(あ)第1072号

昭和61年7月18日

【判示事項】 刑法260条の「他人ノ」建造物に当たるとされた事例

【判決要旨】 被告人所有の建物につき根抵当権の設定を受けた甲が抵当権実行の結果自らこれを競落して、同人に対する所有権移転登記が経由された後、執行官が右建物につき不動産引渡命令の執行をしようとした際、被告人が同建物の損壊に及んだ等の判示の事実関係の下では、たとえ被告人が右根抵当権設定の意思表示は甲の側の詐欺による物としてこれを取り消したから同建物は依然として自己所有のものであると主張し、将来民事訴訟等において右詐欺の主張が認められる可能性を否定し去ることができないとしても、同建物は刑法260条の「他人ノ」建造物に当たるというべきである。(補足意見がある。)

【参照条文】 刑法260

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集40巻5号438頁

       判例タイムズ620号80頁

       判例時報1210号138頁

【評釈論文】 警察研究59巻1号39頁

       ジュリスト873号50頁

       ジュリスト879号64頁

       ジュリスト臨時増刊887号165頁

       別冊ジュリスト117号132頁

       判例評論354号221頁

       法学61巻1号179頁

       法学新報94巻6~8号169頁

       法曹時報41巻12号245頁

       主   文

  本件上告を棄却する。

        理   由

 

  弁護人上田國廣の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

  なお、所論は、被告人が損壊した本件建物は刑法二六〇条の「他人ノ」建造物には当たらない旨主張するものであり、この点について、一、二審判決が判断を異にしているので、検討する。まず、被告人が昭和五〇年五月一〇日長崎県漁業協同組合連合会(以下「県漁連」という。)の職員二名と自ら交渉した結果、県漁連に対するあわびの売買代金債務の担保のため、被告人所有の本件建物に根抵当権を設定することを承諾し、同月一三日本件建物に県漁連を根抵当権者とする根抵当権設定登記が経由されたこと、その後、県漁連が長崎地方裁判所壱岐支部に対し、本件建物の任意競売(民事執行法附則二条による廃止前の競売法に基づく。)の申立をし、同競売手続において、県漁連が最高価の競買申出をしたため競落許可決定を受け、その代価を同支部に支払い、昭和五五年一月四日本件建物につき、右競落を登記原因とし、所有者を県漁連とする所有権移転登記が経由されたこと、同年三月一二日同支部執行官が先に発せられた本件建物等についての不動産引渡命令の執行のため本件建物に臨んだ際、被告人が本件建物を損壊する所為に及び、更に、執行官が立ち去つた後も同様の所為を続けたこと、以上の事実は、一、二審判決がともに認定するところであり、所論も争つていない。また、本件当日被告人が執行官に対し「今すぐ出てくれと言われても困る。今年の一〇月まで待つてくれ」と申し入れたことは、原判決が認定するところであり、記録に照らし、右認定は是認することができる。ところで、被告人は、本件建物に対する根抵当権設定の意思表示は、県漁連職員が根抵当権の設定は形式だけにすぎず、その実行はありえないかのような言辞を用いたため、その旨誤信してなしたものであり、本件損壊以前にその取消の意思表示をしたから、本件建物の所有権は本件損壊当時も依然として被告人にあつた旨主張しているところ、第一審判決は、被告人の主張するような詐欺が成立する可能性を否定し去ることはできず、その主張にかかる取消の意思表示をした事実も認められるから、本件損壊当時本件建物が刑法二六〇条の「他人ノ」建造物であつたことについて合理的な疑いを容れない程度に証明があつたとはいえない旨判断し、被告人を無罪とした。これに対し、原判決は、被告人の本件建物に対する根抵当権設定の意思表示は県漁連側の詐欺によるものではなく、本件損壊当時本件建物は県漁連の所有であつたと認められる旨詳細に説示して第一審判決を破棄したうえ、建造物損壊罪の成立を認め、被告人を懲役六月、執行猶予二年に処した。所論は、要するに詐欺の成立を否定した原判決は事実を誤認したものであり、第一審判決が正当であるというのである。しかしながら、刑法二六〇条の「他人ノ」建造物というためには、他人の所有権が将来民事訴訟等において否定される可能性がないということまでは要しないものと解するのが相当であり、前記のような本件の事実関係にかんがみると、たとえ第一審判決が指摘するように詐欺が成立する可能性を否定し去ることができないとしても、本件建物は刑法二六〇条の「他人ノ」建造物に当たるというべきである。

  よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

  この決定は、裁判官長島敦の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

  裁判官長島敦の補足意見は、次のとおりである。

  私は、本件上告を棄却すべきものとする法廷意見に賛成であり、その職権で判断を示している刑法二六〇条の解釈についても全く異論はないが、本件は犯罪の特別構成要件要素として含まれている民事法上の権利の存否につき、どこまで刑事裁判において立ち入つて認定判断を行うべきかという困難な論点を含んでいるので、私の考えるところを補足しておきたいと思う。

  一 刑法二六〇条は「他人ノ建造物」を損壊する行為を処罰する。他方、刑法二六二条は「自己ノ物」であつても、差押を受け、物権を負担し又は賃貸したものを損壊したときは、同法二五九条から二六一条までの例によるものとしている。この両者を対比すると、二六二条が「自己ノ」というのは、自己の所有に属することを意味し、二六〇条が「他人ノ」というのは他人の所有に属することを意味すると解するのは素直な解釈というべきである。

  そこで、本件では、損壊行為の対象となつた本件建物が被告人以外の他人の所有に属するか、それとも被告人の所有つまり自己の所有に属するかにより、本件行為が刑法二六〇条の構成要件に該当するか否か、すなわち建造物損壊罪の成否が決まるのである。

  二 被告人は、本件建物が自己の所有に属するものと信じていたという主張(客観的には他人の所有に属する建造物であるが自己の所有に属するものと信じていた、つまり、そこに錯誤があつたという主張)をしているのではなくて、それが客観的に自己の所有に属することを主張している。すなわち、被告人は、客観的な所有権の帰属そのものを争つているのであるが、その主張によれば、本件建物は、もともと、被告人が新築した住宅であつて、同人が先に県漁連に対して設定した根抵当権は、詐欺によるものとして取消の意思表示をしたので無効に帰しており、本件損壊行為時においては、被告人の所有に属し、かつ、物権を負担していないものとして、刑法二六〇条の対象となる建造物には当たらないというのである。

  他方、原審が確定した本件事実関係によれば、県漁連は、右根抵当権に基づき、本件建物につき任意競売の申立をし、みずから最高価競買申出をして競落許可決定を受け、競落代金を支払つて所有権移転登記を経由し、次いで不動産引渡命令の執行のため執行官が本件建物に臨んだ際本件建物の損壊行為がなされた経緯が認められる。その間、被告人からは、これらの手続に対して異議その他の不服の申立のなされた形跡は記録上全く認めることができない。なお、被告人のいう根抵当権設定取消の意思表示とは、本件根抵当権設定と同時になされた船舶等についての譲渡担保契約に基づき県漁連から被告人に対してその船舶等の引渡を求めて提起された別件民事訴訟の控訴審において被告人の訴訟代理人が陳述した準備書面中の記載、ないしは、本件損壊行為につき訴追されている本件刑事訴訟の控訴審の段階で被告人によつてなされた右根抵当権設定の取消の意思表示をいうものであるところ(原審において、弁護人は、他にも「取消と認めることができる行為」があつた旨の主張をしている。)、別件民事訴訟においてそのいわゆる意思表示がなされた事実が、本件建物に対する右の任意競売手続の開始から不動産引渡命令の執行に至る手続の過程において全く主張されていないことについては、争いがないところである。

  三 物に対する所有権の帰属は、いうまでもなく民事実体法によつて決せられる。建造物損壊罪の構成要件のように、「他人ノ」建造物が行為の客体となつているときは、原則として、その物が民事実体法上、他人の所有に属するものと解されなければならない。本件に即していえば、本件建物が民事法上、県漁連の所有に属し、被告人本人の所有に属さないと解されることが一般的にいつて必要となる。

  しかしながら、このことは、民事法上他人の所有に属するとする解釈・判断が常に、そのまま刑法の構成要件に含まれる「他人ノ」物の解釈に妥当すること、及び、民事法上他人の所有に属さないと判断されるときは、刑法上も、その物は常に他人の所有に属さないものと解されなければならないということを意味するものではない。けだし、民事法は、その物の所有権が誰に属するかを終局的に決することによつて財産関係の法秩序の安定を図ることを目的とするのに反し、刑法は、この場合、その物に対する現実の所有関係を保護することによつて既に存在している財産関係の法秩序の破壊を防止することを目的とすると考えられるからである。いいかえれば、民事法にあつては、窮極的な所有権の帰属を確定することがその使命とされるが、刑事法にあつては、社会生活上、特定の人の所有に属すると信じて疑われない客観的な状況のもとで或る物に対する現実の所有関係が存在し、かつ、その民事法上の所有権を否定すべき明白な事由がないときは、その現実の所有関係を実力による侵害から保護し、法秩序の破壊を防止することをその使命とするということができる。このことは、同時に、民事裁判と刑事裁判のあり方にも反映することとなる。つまり、民事裁判では、所有権の窮極的な帰属を判断決定することが求められるから、これに関連をもつあらゆる主張、抗弁、立証を許容し審理すべきこととなるが、刑事裁判では、犯罪の構成要件要素とされている物に対する所有権の帰属については、当該犯罪の構成要件の予定する法益の侵害があるかどうかという観点からその現実の所有関係について審理判断すれば足り、窮極的な所有権の帰属を確定する必要はないということができるであろう。

  四 刑法二六〇条の建造物損壊罪の保護法益は、当該建造物に対する所有権にあると解されるが、現に社会一般の観念においてその所有関係の存在について疑いが抱かれず、かつ、民事法上も所有権の存在を否定すべき明白な事由が認められないときは、そのような客観的な所有関係のもとに安定している社会生活上の経済的法秩序を維持することが、民事法上の所有権の保護にも通ずるというべきであり、このような場合、民事裁判において将来、窮極的にその所有権が否定されるかどうかにかかわらず、建造物損壊罪の成立を認めるべきことは、同罪の保護法益の面からも十分に説明できるのである。

  本件についてみると、前記のとおりの経緯で本件建物につき不動産引渡命令の執行がなされるに至つており、それまでの手続の過程において、被告人からの異議等の申立もなく、更に本件損壊行為に先立ち、被告人の妻及び被告人が本件建物が被告人の所有に属することにつきなんらの主張をもしないで、もつぱらその執行の延期を求めている状況からみても、社会一般の観念においてこれが県漁連の所有に属することについて全く疑義のない状況にあつたのであるから、被告人の本件建物を損壊する行為が「他人ノ建造物」の損壊に当たることは明白であるというべきである。したがつて、別件民事訴訟において、本件競売の原因となつた根抵当権の設定行為を詐欺を原因として取り消す旨の意思表示をしたかどうかにかかわらず(そのような主張は、それ自体、本件所有権の存在を否定すべき明白な事由とはいえない。)、右犯罪の成立することはいうまでもない。第一審裁判所がこの点につき立ち入つた審理を行ない、原審も、民事法上の論点につき深く立ち入つて事実審理を行なつたことは、その点が被告人の犯罪の成否を決すべき唯一の論点として被告人によつて強く主張されたことからみて理解できなくはないし、また、原審の行き届いた審理の結果として、民事法上も被告人の主張の理由のないことが明確とされた点において一概にこれを失当ということはできないが、刑事裁判と民事裁判との差異を重視する私の見解からは不必要な程度にまで民事関係の事実認定及び民事法上の解釈に立ち入つたものというべきこととなる。

  (裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 長島 敦 裁判官 坂上壽夫)

 

  弁護人上田國廣の上告趣意(昭和五八年九月一〇日付)

  原判決には、以下に述べるとおり判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

  一、はじめに

 原判決は第一審の無罪判決を破棄したが、その理由とするところは、長崎県壱岐郡芦辺町諸吉本村触二、一七八番地七の建物に昭和五〇年五月一三日付で設定された根抵当権設定登記は、被告人の了解のもとに設定されたものであり、県漁連側の詐欺による被告人の意思表示に基くものではないというものである。

  しかし、原判決の右判断は後述するような関係各証拠を正当に評価すれば、明らかに事実を誤認したものといわざるを得ない。

  二、原判決が詐欺を認定しなかつた理由について

 原判決は、詐欺を認定しなかつた理由として、第一審判決の認定理由に反論する形で次の諸点をあげている。

  第一点、本件あわびの売買契約は一方的に解約できないものであり、生産予定量を前提にしたにすぎない本件確認誓約書記載の債務総額を、被告人が承認したからといつて不自然でないこと。

  第二点、確認誓約書による分割払いの約束は、被告人にとつて有利な内容であり、かつ、被告人に弁済可能性があつたこと。

  第三点、あわびの取引は多分に投機的であり、被告人は、業者として投機的な性質を利用して利益をあげてきたのであるから、被告人が全財産について担保権を設定したとしても不自然でないこと。

  第四点、当時被告人の債務支払能力が楽観を許さない状態にあり、中村太郎(以下中村という)らが、債権保全措置として抵当権を設定するなどしたのは、債権者側として当然のことであり、欺罔行為にまで及んだと推測することができないこと。

  以上の諸点から原判決は、中村らの各供述は信用できるとし、逆に被告人や証人松永栄子の各供述を排斥している。

  三、第一点について

 原判決は確認誓約書の債務総額は六月末までの出荷予定の分を含めた概算上のもので、現実の取引高で当然修正を受けると判示するが、当時のあわびの生産は順調で、このままでは容易に契約上最高の数量まで出荷され、被告人は多額の損害を蒙るおそれがあつた。従つて、原判決の論理は単なる抽象的可能性を前提とするだけであり、現実の被告人の考えを全く無視したものである。

  また、本件売買契約が一方的に取り消せないとしても、被告人は現に県漁連に電話してその後の出荷停止を要求しているのであるから、そのような被告人が直後に将来の出荷分を含めた多額の債務を承認するのは極めて不自然である。

  第一審判決判示のように「たとえ予定生産量の三〇パーセント増の範囲内では全部買取らねばならないという取引慣行があつたにせよ、右のように予定生産量(したがつてその代金額)を大幅に上回る数量のあわびを買取ることを前提とした債務総額を容易に承認することは考え難いこと」とみるのが合理的である。

  四、第二点について

 1、原判決は、分割払いは被告人にとつて有利な内容であり、かつ、台風による値上りによる弁済可能性がなかつたとはいえないと判示している。しかし、以下に述べるようにこの点についても事実を誤認したものといわざるを得ない。

  2、分割払いについて

 確かに、売買契約書によれば代金は「現品受領の日から五日以内」とされている。しかし、現実の運用はこれと異なり、ほとんどの業者があわびを売つてから代金支払いをしていたのであり、この時も被告人と同様に支払いが滞つていた業者もいる(岩永正人の証人尋問調査)。このことは、被告人自身の取引でも前年度の未払金約五三〇万円があつたこと、本件の取引において保証金として県漁連に入金しなければならない金八〇〇万円の内金四〇〇万円しか入金されていなかつたことをみても容易に推認される。また、県漁連側も、現実に第三者に販売されない限り入金も困難なことを認識し、かつ、支払いの遅れを是認していたものと思われる。

  なお、中村作成の復命書中に「壱岐郡芦辺町のあわび・さざえ取引業者は、金融筋の信用度が薄く、資金力に乏しく売却して支払う方式である」と記載されており売買契約書の記載と異なる取扱いであることを示している。従つて、前記のような分割払いは被告人にとつて実質上も有利になるものではなく、本件債務確認書や約束手形によつて、各月ごとに現実の販売状況と異なる可能性のある金額を支払わされることが、かえつて不利益であつたとさえ評価できる。

  3、弁済可能性について

 当時被告人に弁済の能力およびその見通しがなかつたことは明らかである。まず、被告人自身も次のように述べている。

  「7  被告人は、昭和五〇年の五月になつてすぐの時点で県漁連に対し、これ以上取引を続けたら困ると言つて解約の申し出をしているね。

     はい。

   8  中村らが五月九、一〇日頃被告人宅に来た時点でも同じような状況だつたか。

     同じような状況でした。このまま取引を続けていけば値が安かつたものですから支払えなくなるという思いでしたので五月二日に県北事業所の岩永所長に話しましたところ、自分だけでは返答できんからということでした。」(第一審第八回公判における被告人供述調書)

  中村も、一方では被告人に支払能力があると証言しながら、弁護人の問に答えることができずにいる。このことは、被告人の支払能力について中村自身も当然のことながら疑問を持つていたことを窺わせるものである。すなわち、中村は次のように証言している。

  「94 昭和五〇年五月九日の時点で市況は低落しているので、基本契約分だけでも倒産する、それをなおかつ契約を上回る債務承認書を入れその数量を買い取ることを真実理解して署名する者がいますか。

     ……(答えない)……

  95 あわびは一定期間しか保存がきかない、次から次に荷がきて数量が増える、斃死していく、そういう中で市況の上昇まで待つことはできませんね。

     はい。

   96 そうすると、余分なものがくればくるほど明らかに倒産へ歩んでいくことははつきりしてきませんか。

     ……(答えない)……」(第一審第三回公判における中村証人尋問調書)

  中村がこのように認識していたことを裏付けるものが同人の作成にかかる復命書である。右復命書には「本会としてとるべき対策または感想」として「壱岐郡芦辺町のあわび・さざえ取引業者は、金融筋の信用度が薄く資金力に乏しく、売却して支払う方式であるため、取引については楽観を許せない危険な事態にあります…」と記載され、一般的にも弁済可能性が極めて薄いとの認識があつたことを示している。また、「被告人に対する今後の対策」として「落札予定数量二六〇〇〇Kの内、未だ本人が受取つてないあわびについて(予定数量増を含む)資金力のある業者に落札値とにらみ合せ引取らせる方法目下県北事業所で交渉中」と記載され、落札予定数量に対する譲渡担保設定の方針と併せ考えれば、中村が実質的に被告人が支払能力を失つていると判断したことを示すものである。

  なお、岩永正人も本件確認誓約書作成時、あわびの売れる見通しがなかつたことを自認している(第一審第七回公判における岩永正人の証人尋問調書四八項)。

  4、以上の諸点を総合すれば原判決は事実を誤認しているといわざるを得ず、第一審判決の指摘するように

 「当時現実に生じていた約六二三〇万円の債務が既に支払えない状態にあつたうえ、暴落したあわびの価格が近々回復する見込みはなく、しかも被告人が既に受取つた分の大部分を在庫として保管していたそのあわびも水温の上昇とともに斃死率が増大していくという状況にあつて、被告人も県漁連も、七、八月に台風が来て、あわびの価格が上るのに期待する外はないという状態にありながら、本件確認誓約書の内容は、前示のとおり被告人は五月から八月までのわずか四か月の間に一億〇四一〇万円全額を弁済するというものであり、その実現の可能性には疑問があること、」と判断するのが自然かつ合理的である。

  五、第三点について

 原判決は、あわび取引で得た財産であるなら右財産について担保権を設定したとしても不自然でないという。このような判断は事実認定上の判断とりわけ被告人の心理状況がどうであつたかを推測させる事実とはなり得ないし、仮になつたとしても、原判決のような結論に結びつくものではない。

  仮に、被告人の全財産があわび取引で取得されたものであるとしても、一度成功して自己の所有となり、しかもその財産が住居用の新築不動産であれば、何とかして自己の所有として守りぬきたいと考えるのが人間の常識的な心理である。原判決のような判断をする人間は仮にいるとしても、極めて例外的な少数の者であるといわざるを得ない。

  第一審判決が摘示するように

 「根抵当権を設定した本件不動産及び譲渡担保を設定した大福丸は被告人及び妻栄子の全財産ともいうべきものであり、特に本件建物は被告人が自己の家族の住居用に新築したばかりの建物であるから、証人中村太郎の当公判廷における供述の如く中村が債務不履行の場合は根抵当権の実行までありうるということまで話をしたとすれば、被告人らがそのことを承知したうえで(前記のとおり四か月の間に一億〇四一〇万円を弁済しなければ、債務不履行となる。)、同じく同証人の供述の如く被告人らが「すんなり」(署名)押印したとは考え難いこと、」と考えるのが、自然かつ常識的である。

  六、第四点について

 原判決指摘のように一般的に債権者側として、債務者の債務支払能力が楽観を許さない場合、債権保全措置として担保を確保しようと考えることは当然であり、そのことだけで、債務者に対して欺罔行為にまで及ぶと推測することはできない。

  しかし、第一審判決は、右のような単純な判断をしているわけではない。

  本件では被告人に法的に担保提供の義務はなく、被告人からは、あわび取引の中止が通告されており、被告人の支払能力からいくと、このままでは、県漁連が莫大な損害を蒙る虞れがあつた。

  通告後一週間たらずで中村が岩永とともに被告人方へ赴いたことは、債権管理の責任者である中村の危機感を端的に表わすものである。

  被告人は多額のあわびを在庫として抱え、右取引分の支払能力についてさえ危惧の念を持つていたのであるから、中村が被告人に未取引分を含め、かつ契約上の最大取引量である三〇パーセント増の代金を認めさせ、手形を切らせるとともに、被告人の全財産に「すんなり」と担保を設定させるためには、中村らが何らかの欺罔行為にでることは十分に考えられるのである。中村らは現に僅か二日間で右の段取りをつけているのであり、そうであれば、中村らが被告人らの主張するような欺罔行為を行なつたと考えるのが自然かつ常識的な判断であると言わざるを得ない。

  第一審判決の指摘するように

 「本件売買契約では、被告人は信認金、連帯保証人及び落札保証金以外、特に担保の提供を要求されていなかつたところ、被告人の債務支払能力は楽観を許さない危険な状態にあると認識していた中村、岩永の両名としては、債権保全措置として何としても抵当権等により担保を確保しておく必要があつたこと」

  と考えるのが正しい判断である。