債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件

【事件番号】 最高裁判所第3小法廷決定/平成23年(許)第34号

【判決日付】 平成23年9月20日

【判示事項】 1 債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定の有無の判断基準

2 大規模な金融機関の全ての店舗又は貯金事務センターを対象として順位付けをする方式による預貯金債権の差押命令の申立ての適否

【判決要旨】 1 債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定は,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものであることを要する。

 2 大規模な金融機関の全ての店舗又は貯金事務センターを対象として順位付けをする方式による預貯金債権の差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法である。

 (1,2につき補足意見がある。)

【参照条文】 民事執行法143

       民事執行規則133-2

【掲載誌】  最高裁判所民事判例集65巻6号2710頁

       裁判所時報1540号319頁

       判例タイムズ1357号65頁

       金融・商事判例1379号16頁

       金融・商事判例1376号15頁

       判例時報2129号41頁

       金融法務事情1934号68頁

       金融法務事情1931号32頁

 

       LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】 銀行法務21 745号18頁

       金融・商事判例1390号8頁

       金融法務事情1953号44頁

       ジュリスト1470号73頁

       判例時報2148号168頁

       法学研究(慶応大)85巻8号31頁

       法曹時報66巻6号1514頁

       民商法雑誌146巻2号170頁

       早稲田法学87巻4号183頁

       現代消費者法14号107頁

 

      主   文

 

  本件抗告を棄却する。

  抗告費用は抗告人の負担とする。

 

        理   由

抗告代理人加藤淳也,抗告復代理人松澤良人,同鬼頭浩二の抗告理由について

 1 本件は,抗告人が,抗告人の相手方に対する金銭債権を表示した債務名義による強制執行として,相手方の第三債務者Z1銀行,同Z2銀行及び同Z3銀行に対する預金債権並びに第三債務者Z4銀行に対する貯金債権の差押えを求める申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。抗告人は,その申立書において,差し押さえるべき債権(以下「差押債権」という。)を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗又は貯金事務センター(以下,単に「店舗」という。)を対象として順位付けをした上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをしている。

  2 原審は,本件申立ては,差押債権の特定(民事執行規則133条2項)を欠き不適法であるとして,これを却下すべきものとした。

  3(1) 民事執行規則133条2項は,債権差押命令の申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,差押債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならないと規定している。そして,債権差押命令は,債務者に対し差押債権の取立てその他の処分を禁止するとともに,第三債務者に対し差押債権の債務者への弁済を禁止することを内容とし(民事執行法145条1項),その効力は差押命令が第三債務者に送達された時点で直ちに生じ(同条4項),差押えの競合の有無についてもその時点が基準となる(同法156条2項参照)。

  これらの民事執行法の定めに鑑みると,民事執行規則133条2項の求める差押債権の特定とは,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならないと解するのが相当であり,この要請を満たさない債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。債権差押命令の送達を受けた第三債務者において一定の時間と手順を経ることによって差し押さえられた債権を識別することが物理的に可能であるとしても,その識別を上記の程度に速やかに確実に行い得ないような方式により差押債権を表示した債権差押命令が発せられると,差押命令の第三債務者に対する送達後その識別作業が完了するまでの間,差押えの効力が生じた債権の範囲を的確に把握することができないこととなり,第三債務者はもとより,競合する差押債権者等の利害関係人の地位が不安定なものとなりかねないから,そのような方式による差押債権の表示を許容することはできない。

   (2) 本件申立ては,大規模な金融機関である第三債務者らの全ての店舗を対象として順位付けをし,先順位の店舗の預貯金債権の額が差押債権額に満たないときは,順次予備的に後順位の店舗の預貯金債権を差押債権とする旨の差押えを求めるものであり,各第三債務者において,先順位の店舗の預貯金債権の全てについて,その存否及び先行の差押え又は仮差押えの有無,定期預金,普通預金等の種別,差押命令送達時点での残高等を調査して,差押えの効力が生ずる預貯金債権の総額を把握する作業が完了しない限り,後順位の店舗の預貯金債権に差押えの効力が生ずるか否かが判明しないのであるから,本件申立てにおける差押債権の表示は,送達を受けた第三債務者において上記の程度に速やかに確実に差し押えられた債権を識別することができるものであるということはできない。そうすると,本件申立ては,差押債権の特定を欠き不適法というべきである。

  4 以上と同旨をいう原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

    よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

  裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。

  私は法廷意見に与するものであるが,本件申立ての如く,差押債権を表示するに当たり,各第三債務者の全ての店舗を対象として順位付けをした(以下,かかる方式を「全店一括順位付け方式」という。)上,同一の店舗の預貯金債権については,先行の差押え又は仮差押えの有無,預貯金の種類等による順位付けをした申立てにつき,法廷意見とは異なり,差押債権の特定性(民事執行規則133条2項)を認める高等裁判所の決定例も存するところから,法廷意見を若干敷衍する。

  1 これまでに全店一括順位付け方式による申立ての可否が問われた裁判例は,差押債権がいずれも債務者の第三債務者たる金融機関に対する預貯金債権であり,また従来の学説も専らかかる場合を念頭に置いて検討されてきた。

    しかし,全店一括順位付け方式による申立ての可否は,第三債務者が金融機関の場合に限らず,第三債務者が全国あるいは一定の地域に多数の店舗展開をし,当該店舗毎あるいは一定数の店舗を束ねたブロック毎に仕入代金の管理がなされている百貨店,流通業者,外食産業等の場合や,支店単位あるいはブロック単位毎に下請業者の管理を行っている全国規模のゼネコン,広い地域で事業を展開する土木建設業者等の場合にも問題となるのであって,それらの場合も視野に入れた上で,かかる方式による申立ての可否を検討する必要がある。

  2 差押命令(仮差押命令の場合も同様であり,以下双方の場合を含めて検討する。)の第三債務者に対する送達により,差押債権につき弁済禁止や処分禁止の効力が及ぶのであるから,差押債権の特定は,第三債務者において差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかにかつ確実に差し押さえられた債権の種類及び金額を具体的に識別できるものである必要がある。

    債権者が差押命令の申立てに当たって債務者の第三債務者に対する債権の内容を具体的に把握することは一般に困難であるから,差押債権につき特定基準を具体的に措定することによって間接的に特定すること(間接的特定)も許容されるが,裁判所は,差押命令の発令に際し,申立てにおいて措定された特定基準が上記の要件を満たしているか否かを判断するに当たって,第三債務者の状況を直接認識することはできないから,当該第三債務者の置かれている社会経済的状況の下で,一般に当該第三債務者が速やかにかつ確実に差押債権の種類及び金額を識別するに足りるだけの基準たり得るか否かとの観点から判断するべきである。

    かかる観点から特定基準を考える場合,特段の事情がない限り,第三債務者の債務管理の単位を基準として差押債権の種類及び金額が特定されるべきであり,それを超えて,複数の債務管理の単位に係る債務者の第三債務者に対する債権につき,差押えの順位を付けてなされる債権差押命令の申立ては,かかる申立てに基づく債権差押命令が発令されても,第三債務者が差押債権の種類及び金額を速やかにかつ確実に識別することが困難であるというべく,したがって差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。

    なお,金融機関に対する預金債権の差押えにつき全店一括順位付け方式による差押債権の特定を認める見解は,金融機関がそれに対応できるコンピュータシステム(CIFシステム)を設置しているとか,金融機関は預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムを設けているから対応が可能なはずである等としているが,現時点においてCIFシステムが全店一括順位付け方式による差押えに直ちに対応できる機能を有していることを示す資料は公表されておらず,また,預金保険制度の適用に対応する名寄せシステムは,その目的を異にするものであり,同システムをもって上記の方式による差押えに直ちに対応できるものではない。

  3 ところで,全店一括順位付け方式を肯定する見解は,第三債務者が差押債権を識別するに至るまでに若干の時間を要することを認めながら,差押命令の送達から第三債務者が差し押さえられた債権を識別するに至るまでの間に,第三債務者から債務者に対してなされた弁済は民法478条により保護され,第三債務者の民法481条による責任は同条を柔軟に解釈することにより対応が可能であり,また,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,差押えの対象外の債権の支払を遅延しても債務不履行責任を問われることはないので,同方式による差押命令を認めても支障はない旨主張している。

    しかし,上記の民法478条,481条に関する議論は論者によって十分に詰められていないし,債権の流動化を含む経済取引の迅速化が求められている今日,債務者の第三債務者に対する債権につき,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,債務者への支払に応じてよいか否かが判然としない浮動的な状態が生ずることは,取引上重大な支障をもたらすことになりかねない。なお,論者によっては,かかる浮動的な状態が生じたとしても,債務不履行の問題は生じないとする者もあるが,そのような浮動的な状態が生ずることによる取引上の支障は,債務不履行責任の追及という事後的な手続では到底救済され得ないような不利益を債務者にもたらしかねないのである。

    殊に預金債権の差押えに関して言えば,普通預金口座(総合口座)におけるATMが普及している今日,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,第三債務者である金融機関が債務者の預金につきATMの利用を停止し,結果的にその対象預金が差押えの対象外であった場合には,債務者の不利益の問題が生じ,他方,結果的に差押えの対象であった預金がその間にATMにより払い出された場合には,民法481条による責任の有無の問題が生ずる。また,差押債権に当座預金が含まれている場合には,差押債権の識別作業中,当該当座預金を支払口座とする手形,小切手の決済を如何にするかという信用秩序に影響を及ぼしかねない問題をも生じかねないのである。

  4 さらに,全店一括順位付け方式による債権差押えを認める場合には,法廷意見にて指摘するとおり競合する債権差押えとの間で問題を生ずる。すなわち,全店一括順位付け方式による差押命令が発せられた後に,他の債権差押命令が発せられた場合,その差押えの効力如何(先行する差押えに係る転付命令により後の差押えが空振りとなるか,差押えの競合により後の差押えに係る転付命令が無効となるか,差押えの競合がなく直接の取立てが可能となるか等)は,先行する全店一括順位付け方式の差押えによる差押債権の識別作業が完了するまで不明の状態に置かれることになり,先行して複数件の全店一括順位付け方式の差押命令が発せられている場合には,それら複数件の差押えの対象債権の識別作業が完了するまで,その後の差押えの効力如何が判明しないこととなり,債務者及び第三債務者のみならず,後れて差し押さえた差押債権者の地位を非常に不安定なものとすることになる。

    また,全店一括順位付け方式を認めると,請求債権額が相当額に及ぶ場合には,債権者は一件の債権差押えの申立てをもって,債務者の第三債務者に対して有する債権を包括的に差し押さえる効果を得ることとなるが,かかる状態が生ずることは債権者間の公平の観点からは望ましい事柄ではないと考える。

  5 以上述べた諸点からすれば,全店一括順位付け方式による債権差押命令の申立ては,差押債権の特定を欠くものといわざるを得ない。

 

裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)