関税法違反の実行の着手時期 最高裁平成26年判決

刑集判決です。

 

       関税法違反被告事件

 

最高裁判所第2小法廷判決/平成25年(あ)第1333号

平成26年11月7日

 

【判示事項】 関税法111条3項,1項1号の無許可輸出罪につき実行の着手があるとされた事例

 

【判決要旨】 航空機に機内預託手荷物として積載するスーツケースに隠匿する方法でうなぎの稚魚を無許可で輸出しようとした行為について,入口にエックス線検査装置が設けられ,周囲から区画された国際線チェックインカウンターエリア内にある保安検査済みシールを貼付された手荷物は,そのまま機内預託手荷物として航空機に積載される扱いになっていたなどの本件事実関係(判文参照)の下においては,被告人らが,同スーツケースを機内持込手荷物と偽って入口での保安検査を回避して同エリア内に持ち込み,不正に入手していた保安検査済みシールを貼付した時点では,既に関税法111条3項,1項1号の無許可輸出罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。

 

       (補足意見がある。)

 

【参照条文】 刑法43

       関税法111-3

       関税法1-1

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集68巻9号963頁

       裁判所時報1615号239頁

       判例タイムズ1409号131頁

       判例時報2247号126頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 警察学論集68巻9号171頁

       警察公論72巻7号85頁

       ジュリスト1489号97頁

       捜査研究64巻6号16頁

       法学セミナー60巻3号127頁

       法曹時報68巻6号186頁

       刑事法ジャーナル44号89頁

 前田「刑事法判例の最前線 第3講」

       主   文

  原判決を破棄する。

  本件控訴を棄却する。

 

        理   由

  検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は単なる法令違反の主張であり,弁護人山内大将の上告趣意は,単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  しかしながら,検察官の所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

  第1 第1審判決が認定した犯罪事実の要旨

  1 第1審判決は,以下のとおり無許可輸出の未遂罪の犯罪事実を認定し,被告人を罰金88万円に処した。

  被告人は,A,B,C,D,E及び氏名不詳者と共謀の上,税関長の許可を受けないで,うなぎの稚魚を中華人民共和国に不正に輸出しようと考え,平成20年3月29日(以下「本件当日」という。),千葉県成田市所在の成田国際空港第2旅客ターミナルビル3階において,香港国際空港行き日本航空(以下「日航」という。)731便の搭乗手続を行うに当たり,税関長に何ら申告しないまま,うなぎの稚魚合計約59.22kg在中のスーツケース(以下「本件スーツケース」という。)6個を機内持込手荷物である旨偽って同所に設置されたエックス線装置による検査を受けずに国際線チェックインカウンターエリア(以下「チェックインカウンターエリア」という。)内に持ち込み,あらかじめ入手した保安検査済シール(以下「検査済シール」という。)を各スーツケースに貼付するなどした上,同カウンター係員に本件スーツケース6個を機内預託手荷物として運送委託することにより,税関長の許可を受けないでうなぎの稚魚を輸出しようとしたが,税関職員の検査により本件スーツケース内のうなぎの稚魚を発見されたため,その目的を遂げなかった。

  2 なお,上記1の事実のうち「同カウンター係員に本件スーツケース6個を機内預託手荷物として運送委託することにより」との部分について,原判決は,「運送委託の事実を認定した点で事実誤認がある」旨判示するが,本件では,被告人らが運送委託したことを示す証拠がないことは明白であるから,第1審判決の上記判示部分は,被告人らが運送委託を企図したということを示したものと理解するのが相当であり,第1審判決に事実誤認はない。

  第2 原判決の要旨

  被告人は,第1審判決に対して量刑不当を理由に控訴したが,原判決は,控訴理由に対する判断に先立ち,無許可輸出罪の実行の着手時期に関し,職権で以下のとおり判示した上,本件は無許可輸出の予備罪にとどまるとして第1審判決を破棄し,被告人を罰金50万円に処した。

  実行の着手とは,「犯罪構成要件の実現に至る現実的危険性を含む行為を開始した時点」であって,本件のような事案においては,本件スーツケース6個について運送委託をした時点と解すべきである。航空機の搭乗手続の際に,機内預託手荷物として運送委託をすれば,特段の事情のない限り,自動的に航空機に積載されるから,その時点において本件スーツケース6個が日航731便に積載される現実的危険性が生じるからである。この点に関し,検察官は,「積載する行為」又は「積載する行為に密接に関連し,かつ,積載に不可欠な行為」があれば,この時点で実行の着手を認めるべきとの一般論を前提とし,チェックインカウンターエリア内で本件スーツケース6個に検査済みシールを貼付すれば,「輸出行為が既遂に至るまでに何ら障害のない状況が作出された」と主張するが,肝心の運送委託をしない限り,そのような状況が作出されたと客観的に断ずることはできない。そうすると,「検査済みシールを本件スーツケース6個に貼付するなどした」までの事実をもって,無許可輸出の未遂罪が成立するとはいえず,単に無許可輸出の予備罪が成立するにとどまるというべきであり,第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りが存する。

  第3 当裁判所の判断

  しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

  1 1,2審判決の認定及び記録によると,本件の事実関係は,次のとおりである。

  (1) A(以下「A」という。)は,平成18年2月頃から,氏名不詳者より,日本から香港へのうなぎの稚魚の密輸出を持ちかけられ,報酬欲しさに,これを引き受け,繰り返し密輸出を行っていたが,その後,被告人らを仲間に勧誘した。

  (2) 本件当時の成田国際空港における日航の航空機への機内預託手荷物については,チェックインカウンターエリア入口に設けられたエックス線検査装置による保安検査が行われ,検査が終わった手荷物には検査済みシールが貼付された。また,同エリアは,当日の搭乗券,航空券を所持している旅客以外は立入りできないよう,チェックインカウンター及び仕切り柵等により周囲から区画されており,同エリアに入るには,エックス線検査装置が設けられた入口を通る必要があった。そして,チェックインカウンターの職員は,同エリア内にある検査済みシールが貼付された荷物については,保安検査を終了して問題がなかった手荷物と判断し,そのまま機内預託手荷物として預かって航空機に積み込む扱いとなっていた。一方,機内持込手荷物については,出発エリアの手前にある保安検査場においてエックス線検査を行うため,チェックインカウンターエリア入口での保安検査は行われていなかった。

  (3) Aらによる密輸出の犯行手口は,①衣類在中のダミーのスーツケースについて,機内預託手荷物と偽って,同エリア入口でエックス線検査装置による保安検査を受け,そのスーツケースに検査済みシールを貼付してもらった後,そのまま同エリアを出て,検査済みシールを剥がし,②無許可での輸出が禁じられたうなぎの稚魚が隠匿されたスーツケースについて,機内持込手荷物と偽って,上記エックス線検査を回避して同エリアに入り,先に入手した検査済みシールをそのスーツケースに貼付し,③これをチェックインカウンターで機内預託手荷物として預け,航空機に乗り込むなどというもので,被告人らは,Aの指示で適宜役割分担をしていた。

  (4) Aは,氏名不詳者から,「本件当日に15か16ケースのうなぎの稚魚を運んでもらいたい。そのため5人か6人を用意してほしい。」などと依頼され,被告人,D,B及びEの4名について,本件当日発の日航731便の搭乗予約をしていたが,前日になって,「明日は2名で6ケースになった」旨伝えられ,被告人らに対し,被告人,E及びDが本件スーツケース6個を同エリア内に持ち込み,C(以下「C」という。)とBが香港までの運搬役を担当するよう指示した。Aは,C分の同便の搭乗予約をしていなかったが,他の予約分をCに切り替えるつもりでいた。

  (5) 本件当日,A及び被告人を含む総勢6名は,ダミーのスーツケースを持参して成田国際空港に赴き,手分けして同エリア入口での保安検査を受け,検査済みシール6枚の貼付を受けてこれを入手した。そして,被告人らは,同空港で,氏名不詳者から本件スーツケース6個を受け取り,1個ずつ携行して機内持込手荷物と偽って同エリア内に持ち込んだ上,手に入れていた検査済みシール6枚を本件スーツケース6個にそれぞれ貼付した。

  (6) その後,AとCは,本件スーツケースを1個ずつ携え,日航のチェックインカウンターに赴き,Cの航空券購入の手続をしていたところ,張り込んでいた税関職員から質問検査を受け,本件犯行が発覚した。

  2 本件における実行の着手の有無

  (1) 上記認定事実によれば,入口にエックス線検査装置が設けられ,周囲から区画されたチェックインカウンターエリア内にある検査済みシールを貼付された手荷物は,航空機積載に向けた一連の手続のうち,無許可輸出が発覚する可能性が最も高い保安検査で問題のないことが確認されたものとして,チェックインカウンターでの運送委託の際にも再確認されることなく,通常,そのまま機内預託手荷物として航空機に積載される扱いとなっていたのである。そうすると,本件スーツケース6個を,機内預託手荷物として搭乗予約済みの航空機に積載させる意図の下,機内持込手荷物と偽って保安検査を回避して同エリア内に持ち込み,不正に入手した検査済みシールを貼付した時点では,既に航空機に積載するに至る客観的な危険性が明らかに認められるから,関税法111条3項,1項1号の無許可輸出罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。

  (2) したがって,本件が無許可輸出の予備罪にとどまるとして第1審判決を破棄した原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

  よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,なお,訴訟記録に基づいて検討すると,第1審判決は,被告人に対し罰金88万円に処した量刑判断を含め,これを維持するのが相当であり,被告人の控訴は理由がないこととなるから,同法413条ただし書,414条,396条によりこれを棄却し,当審及び原審における訴訟費用につき同法181条1項ただし書を適用することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

  裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

  私は,本件における手荷物の機内預託手続の実施態様等に鑑み,無許可輸出罪の実行の着手を認めた法廷意見に関連し,次のとおり私見を補足しておきたい。

  1 原判決は,本件スーツケース6個が日航731便に積載される現実的危険性は運送委託の行為をすることにより生ずるとして,この行為の時点を捉えて無許可輸出罪の実行の着手を認めるべきであるとしている。航空機を利用する密輸出が成功するか否かは,保安検査において無許可輸出品の隠されていることが発覚せずにパスさせることができるかが最大の鍵を握っているところ,保安検査で発覚する蓋然性は決して低くなく,近時行われているように,機内預託手荷物の保安検査がチェックインカウンターでの預託後に行われる場合であれば,保安検査に向けて運送委託のための行為を開始するか否かが,実行の着手の有無の判断において,重要な要素ということになろう。

  しかしながら,本件における手荷物の機内預託手続の実施態様は,これとは異なるものであり,原判決のような判断をすることはできない。

  2 本件における機内預託手荷物の保安検査は,上記のようなものとは異なり,チェックイン手続の前に,チェックインカウンターエリアの入口において行われており,密輸出が成功するか否かの鍵を握る場面が運送委託に向けた行為より前の段階で登場する。そして,本件では,法廷意見が判示したとおり,ダミーのスーツケースを利用して保安検査を済ませて検査済みシールを入手して同エリアに入り,その後,手荷物を携帯したまま同エリアから出て,今度はうなぎの稚魚の入った手荷物を機内持込手荷物であると称して同エリア入口での保安検査を免れ,同エリア内に入って,そこで既に入手し剥がしていた検査済みシールを本件スーツケース6個に貼り付けるという一連の偽装工作を完了させており,密輸出の成功の鍵を握る最大の山場を既に乗り越えた状態となっていたのである。残るのは,被告人ら自らが,そのままこれらをチェックインカウンターへ運び運送委託をすることだけである。そして,法廷意見の判示するとおり,検査済みシールを貼付した時点では,通常は,もはや保安検査等で無許可輸出品がスーツケースに入っているか否かの再確認をされるおそれはなくなっており,密輸出に至る客観的な危険性が明らかに認められる。

  3 また,本件スーツケースは,いまだチェックインカウンターエリア内に存置された状態にあり,被告人らにおいて運送委託に向けた行為を開始してはいなかったものの,保安検査を積極的に利用して機内預託手荷物として正式に検査が済んでいるかのような状態を既に作り出しており,密輸出の成功の鍵を握る偽装工作が成功裏に完了し,輸出のための手続の重要な部分が終了しているのである。すなわち,これらの一連の偽装工作は,保安検査前の専ら被告人らだけの領域内で行われたのではなく,保安検査という,機内への手荷物の運送委託の前提となる一連の手続過程に入り込み,これを利用して検査済みシールを貼付することにより完成している。このような状況は,密輸出に至る客観的な危険性が明らかに認められると同時に,構成要件該当行為である機内への無許可輸出品の運送委託に密接な行為が行われたと評価することもできるものである。

  4 以上によれば,本件においては,運送委託行為ないし積載依頼に向けた行為の開始がなくとも,密輸出の実行の着手を肯定してよいと考える。

  原判決は,いまだ手荷物を運送委託する行為がなかった点を捉えて,予備罪の成立にとどめる判断をしている。しかし,本件では,手荷物を預託する際に保安検査を行うという近時行われている検査体制とは異なる検査状況があり,運送委託を完成させるための最も重要で最大の障害となる部分を済ませるに至っており,さほどの重要性がなくなった運送委託の直前の状態まできているという事情があるから,実行の着手を認めることが十分に可能であるというべきである。