道路交通法の救護義務の成否

道路交通法違反被告事件

【事件番号】 札幌高等裁判所判決/平成27年(う)第203号

【判決日付】 平成28年2月4日

 

【判示事項】 自動車相互間で交通事故が発生し,一方の自動車運転者が警察官に対し事故報告をしたときの,他方の自動車運転者の事故報告義務のあり方

 

【判決要旨】 自動車相互間で交通事故が発生し,一方の自動車運転者又は第三者から事故報告が行われた場合,間もなく警察官が事故現場に臨むことが予想されることから,他方の自動車運転者は,原則として,事故現場にとどまり続けなければならない。そして,他方の運転者が事故現場を離れることが許されるのは,他者を介するなどして,警察官に対し,事故現場を離れざるを得ない事情を伝え,警察官からその許諾を得た上,一時的に事故現場を離れる場合に限定されるものと解される。また,当該運転者が,警察官の許諾を得ることなく,やむを得ない事情により事故現場を離れた場合は,用務先に所在する電話機を使用するなどして可及的速やかに警察官に対する事故発生の報告をすべきである。

       被告人は,帰宅後も自宅の電話機を使用して警察官に対する事故報告をしておらず,警察官の要請に基づき現場に戻り,警察官に対し事故報告をしたのであり,直ちに警察官に対する事故報告をしたとはいえない。

 

【参照条文】 道路交通法119-1

       道路交通法72-1後段

 

【掲載誌】  高等裁判所刑事裁判速報集平成28年289頁

 

【評釈論文】 法律時報89巻6号107頁

判例特別刑法第3集14事件

 

       理由一部要旨

 

  自動車相互間で交通事故が発生した場合,それぞれの自動車運転者が,道路交通法72条1項後段所定の報告義務を負い,一方の自動車運転者または第三者から報告が行われても,他方の自動車運転者の事故報告義務は消滅しない(最高裁昭和47年(あ)第1110号・昭和48年12月21日第二小法廷判決・刑集27巻11号1461頁参照)から,他方の自動車運転者も,直ちに,警察官に対する事故報告をしなければならず,他者を介して行う場合を含め,自らの意思に基づき可及的速やかに警察官に対する事故報告をする必要がある。また,上記事故報告義務が,交通事故が発生した場合に,警察官に対し,所定の事項を知らせ,当該事故に対する適切妥当な措置を講じる必要性の有無等をその責任で判断させ,職責上執るべき万全の措置を検討,実施させるためのものであることや,事故報告を受けた警察官が,負傷者を救護し,または道路における危険を防止するために必要があると認められるときに,当該報告をした運転者に対し,警察官が現場に到着するまで現場を去ってはならない旨を命ずることができること(同条2項)などに照らすと,一方の自動車運転者または第三者から事故報告が行われた場合に,間もなく警察官が事故現場に臨むことが予想されることから,他方の自動車運転者がそのまま事故現場にとどまり,臨場した警察官に対して事故報告をしても,なお直ちに警察官に事故報告をしたものと評価することが可能であるとしても,その場合には,他方の自動車運転者は,原則として,事故現場にとどまり続けなければならないものというべきである。そして,他方の運転者が事故現場を離れることが許されるのは,他者を介するなどして,警察官に対し,事故現場を離れざるを得ない事情を伝え,警察官からその許諾を得た上,一時的に事故現場を離れる場合に限定されるものと解される。また,当該運転者が,警察官の許諾を得ることなく,やむを得ない事情により事故現場を離れた場合は,用務先に所在する電話機を使用するなどして可及的速やかに警察官に対する事故発生の報告をすべきである。

  これを本件について見ると,①被告人が午後0時10分頃に本件事故を起こし,Vが午後0時14分頃に携帯電話で警察官に事故発生の報告をしたが,②その頃,被告人が,本件事故の直前まで本件自動車に同乗していた知人のMに「主人の具合が悪いので家に帰る。ちょっと様子を見て,すぐに戻って来る。」と告げた上,夫の様子を見るため,本件事故の現場から約450メートルの距離にあり,1,2分で到着できる自宅に本件自動車を運転して戻った後,③午後0時40分頃に上記現場に臨場した警察官の要請を受けたMが,自宅にいた被告人に電話をかけて,事故現場に戻るように伝えた結果,④被告人が,警察官の上記臨場から10分以内に上記現場に戻り,警察官に対し事故発生の報告をした,という原判決認定の事実のほか,被告人は,⑤降車して直近から本件事故を目撃したMが現場にいた上,Mの自宅がそこから約30メートルの距離にあることから,Mに依頼し,その自宅の電話機を借りて警察官に事故発生の報告をすることが可能かつ容易であったのに,それを行わないまま,⑥Vが①のとおり警察官に対する報告をしている最中に,本件自動車で帰宅した。一方,⑦Vは,そのような被告人の行動を見て,被告人が逃走したものと判断して,通話先の警察官に対し,「いなくなりました。」と叫んだ。その上,⑧被告人は,本件事故の発生から30分以上が経過した時点でMからの電話を受けるまで,自宅の電話機を使用するなどして警察官に対する事故発生の報告をしなかった事実が認められる。被告人が④の報告をしたことをもって,直ちに警察官に対する事故報告をしたといえないことは論を待たない。

     【主文は出典に掲載されておりません。】