元農水次官の殺人事件と同じ8年求刑ですが、3年6月と寛大な判決になっています。
岡田健彦裁判長の寛大な判決です。
主 文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成20年12月末頃,千葉県船橋市(以下略)所在の現在の自宅で,中度知的障害を有する実弟A(以下「A」ともいう。)と同居を始め,それ以降,同人が就労移行支援事業施設に入居していた平成25年11月からの約3年間を除き,食事,排せつ,入浴,衣服の着脱等の介助をし,その勤務先と連絡を取って就労を支援するなど,生活全般にわたって面倒をみており,被告人の夫もこれを分担していた。
Aは,平成29年1月5日から就職して農園で農作業に従事していたが,職場において,同僚に対して,文句を言ったり,怒ったり,つかみかかったり,物を投げつけたりし,また,特定の女性に対して,つきまとったり,待ち伏せたり,つかみかかったりして,問題を起こしていた。被告人は,そのような問題が生じるたび,Aの上司である農場長から電話で苦情を伝えられたため,電話口で謝罪し,勤務週報の家族のコメント欄にも謝罪の言葉を記していたほか,被害者にも謝罪文を書かせて対応していた。
Aは,同年8月末頃に手を怪我してから前記仕事を休んでいたが,同年9月20日から復帰することになったところ,被告人は,同月18日,前記農場長から,電話で,Aが仕事に復帰するに当たり,女性トラブルを起こさないようきつく注意しておくようにと強く言われた。そのため,被告人は,Aの仕事復帰が翌日に迫った同月19日午後5時30分頃から同日午後8時20分頃までの間に,同人が仕事に復帰すれば再び勤務先等で問題を起こして迷惑が掛かり,また農場長から苦情が来るものと考えたが,それまでに,Aに施設に入る話をすると嫌がって大騒ぎし暴力を振るうことがあり,また,同人を施設に入れるよう被告人の夫に数回相談しても断られていたため,Aがこれ以上勤務先等に迷惑を掛けないようにするには同人を殺害するしかないと決意し,前記自宅で,A(当時45歳)に対し,殺意をもって,その頸部をベルト(平成30年千葉検領第532号符号68)等で締め付け,よって,同日午後9時26分頃,同市(以下略)Bセンターにおいて,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させた。
(証拠の標目)
括弧内の甲の各番号は証拠等関係カードの検察官請求証拠の番号を,弁の各番号は同カードの弁護人請求証拠の番号をそれぞれ表す。
被告人の公判供述
証人Cの公判供述
Dの検察官調書(甲7)
捜査報告書(甲22ないし24,26,27)
報告書(弁8,14)
電話用紙写し(弁12)
千葉地方検察庁で保管中のベルト1本(平成30年千葉検領第532号符号68)及びタオル1本(同号符号69)
(法令の適用)
罰条 刑法199条
刑種の選択 有期懲役刑
酌量減軽 刑法66条,71条,68条3号
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の処理 刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,同居する実弟の首をタオルやベルトで絞めて殺害したという殺人の事案である。
犯行態様は,自宅でラジオを聴いていて無警戒でいた被害者のそばに行って,イヤホンを外させるや突然首にタオルを巻き付け,途中で被害者から許してほしい旨懇願されたにもかかわらず,その首をタオル,更にはベルトで相当時間絞め続けたものと認められ,強固な殺意に基づく執拗で残酷な犯行といえる。信頼していた姉である被告人に45歳という若さで殺害された被害者の無念さは計り知れない。他方,凶器に用いられたタオルやベルトは,事前に準備したものではなく,たまたまその場にあった同人の所持品であって,犯行は突発的・衝動的なものといえる。
犯行に至る経緯や動機についてみると,被告人は,平成20年12月末頃から,途中約3年間を除いて,知的障害のある被害者と同居して日常生活全般にわたって介助していた。ところが,被害者は,被告人から注意されると,怒って手加減なくつかみかかるなどし,深夜まで大騒ぎすることもよくあった。被告人は,被害者が就労できるよう支援もしていたが,被害者がしばしば同僚や特定の女性との間でトラブルを起こしていたことから,頻繁に職場から苦情を受けて,判示のとおり,自ら謝罪するなどして対応していた。被害者には,介助なく一人でできる事柄もいろいろとあったものの,それゆえ他人に迷惑を掛けることが多く,また,被告人の夫も介助を分担していたとはいえ,主として被害者を介助していたのは被告人であって,その苦労は大きく,本件の約3か月前には自殺しそうになったほどであるということに照らしても,長年の介護により肉体的・精神的に相当疲弊していたものとみられる。そうした中で,被告人が,被害者の仕事復帰により,再び勤務先等に迷惑を掛けることになり,先々他人に傷害を負わせるなどの大きな事態も発生しかねないと心配した情況は理解できる。また,被害者を退職させて施設に入れようと夫に数回相談したが,その都度断られてしまったという経緯があり,被告人自身の精神状態をみても,うつ病による思考狭窄や悲観的認知が本件当時の思考に一定程度影響を与えたとみられることなど,犯行に至る経緯には酌むことのできる事情が認められる。もっとも,周囲に迷惑を掛けたという被害者の言動は生来の障害に起因するもので,そのことは被告人も十分に理解していたところであり,自らの心配や苦痛から解放されるために被害者を殺害することは決して許されることではない。被告人は本件当日も殺害するかどうか迷った末に,ケースワーカーに相談するなどといった他の手段を取ることなく,殺害を決意したというのであって,短絡的であり,被告人に対する非難の程度は担当に大きい。
以上を踏まえれば,本件は,前科のない者が,介護疲れから,被害者1名を殺害したという同種事案の中で,中程度よりやや重いところに位置づけられるものといえ,知的障害により生ずる困難をその者を殺害することによって回避しようとしたという本件の問題性に鑑みても,刑の執行を猶予することが相当であるとはいえない。
そうすると,被告人に対しては懲役刑の実刑をもって臨むのが相当といえるが,加えて,被告人は公判廷において事実を認めて反省の態度を示しており,寛大な処罰を望み社会復帰後の支えとなる見込みの夫ら親族が存在することなども考慮して,酌量減軽の上,刑期については主文の程度にとどめた。
(検察官岡本春菜,私選弁護人東耕三,同久保隼哉各出席,裁判員裁判)
(求刑 懲役8年)
平成31年3月8日
千葉地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 岡田健彦
裁判官 佐藤恭子
裁判官 鬼頭忠広
岡田健彦裁判長の寛大な判決です。
殺人被告事件 |
【事件番号】 | 千葉地方裁判所判決/平成30年(わ)第68号 |
【判決日付】 | 平成31年3月8日 |
【判示事項】 | 被告人は,実弟の被害者(当時45歳)が勤務先等に迷惑を掛けないためには殺害するしかないと決意し,その頸部をベルトなどで絞めつけて殺害したとして殺人罪に問われた事案。裁判所は,犯行態様は強固な殺意に基づく執拗で残酷な犯行であるが,被告人は,知的障害のある被害者と同居して日常生活全般にわたって介助し,被害者の職場同僚や女性とのトラブルに対応するなど,長年の介護で肉体的・精神的に相当疲弊し,被告人自身のうつ病等も影響しての犯行経緯には酌むことのできる事情が認められるところであるが,知的障害から生じる問題を殺害で回避した問題性に鑑み,刑の執行猶予が相当事案ではないとして,懲役3年6月に処した事例(求刑懲役8年) |
【掲載誌】 | LLI/DB 判例秘書登載 |
主 文
被告人を懲役3年6月に処する。
未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成20年12月末頃,千葉県船橋市(以下略)所在の現在の自宅で,中度知的障害を有する実弟A(以下「A」ともいう。)と同居を始め,それ以降,同人が就労移行支援事業施設に入居していた平成25年11月からの約3年間を除き,食事,排せつ,入浴,衣服の着脱等の介助をし,その勤務先と連絡を取って就労を支援するなど,生活全般にわたって面倒をみており,被告人の夫もこれを分担していた。
Aは,平成29年1月5日から就職して農園で農作業に従事していたが,職場において,同僚に対して,文句を言ったり,怒ったり,つかみかかったり,物を投げつけたりし,また,特定の女性に対して,つきまとったり,待ち伏せたり,つかみかかったりして,問題を起こしていた。被告人は,そのような問題が生じるたび,Aの上司である農場長から電話で苦情を伝えられたため,電話口で謝罪し,勤務週報の家族のコメント欄にも謝罪の言葉を記していたほか,被害者にも謝罪文を書かせて対応していた。
Aは,同年8月末頃に手を怪我してから前記仕事を休んでいたが,同年9月20日から復帰することになったところ,被告人は,同月18日,前記農場長から,電話で,Aが仕事に復帰するに当たり,女性トラブルを起こさないようきつく注意しておくようにと強く言われた。そのため,被告人は,Aの仕事復帰が翌日に迫った同月19日午後5時30分頃から同日午後8時20分頃までの間に,同人が仕事に復帰すれば再び勤務先等で問題を起こして迷惑が掛かり,また農場長から苦情が来るものと考えたが,それまでに,Aに施設に入る話をすると嫌がって大騒ぎし暴力を振るうことがあり,また,同人を施設に入れるよう被告人の夫に数回相談しても断られていたため,Aがこれ以上勤務先等に迷惑を掛けないようにするには同人を殺害するしかないと決意し,前記自宅で,A(当時45歳)に対し,殺意をもって,その頸部をベルト(平成30年千葉検領第532号符号68)等で締め付け,よって,同日午後9時26分頃,同市(以下略)Bセンターにおいて,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させた。
(証拠の標目)
括弧内の甲の各番号は証拠等関係カードの検察官請求証拠の番号を,弁の各番号は同カードの弁護人請求証拠の番号をそれぞれ表す。
被告人の公判供述
証人Cの公判供述
Dの検察官調書(甲7)
捜査報告書(甲22ないし24,26,27)
報告書(弁8,14)
電話用紙写し(弁12)
千葉地方検察庁で保管中のベルト1本(平成30年千葉検領第532号符号68)及びタオル1本(同号符号69)
(法令の適用)
罰条 刑法199条
刑種の選択 有期懲役刑
酌量減軽 刑法66条,71条,68条3号
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の処理 刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,同居する実弟の首をタオルやベルトで絞めて殺害したという殺人の事案である。
犯行態様は,自宅でラジオを聴いていて無警戒でいた被害者のそばに行って,イヤホンを外させるや突然首にタオルを巻き付け,途中で被害者から許してほしい旨懇願されたにもかかわらず,その首をタオル,更にはベルトで相当時間絞め続けたものと認められ,強固な殺意に基づく執拗で残酷な犯行といえる。信頼していた姉である被告人に45歳という若さで殺害された被害者の無念さは計り知れない。他方,凶器に用いられたタオルやベルトは,事前に準備したものではなく,たまたまその場にあった同人の所持品であって,犯行は突発的・衝動的なものといえる。
犯行に至る経緯や動機についてみると,被告人は,平成20年12月末頃から,途中約3年間を除いて,知的障害のある被害者と同居して日常生活全般にわたって介助していた。ところが,被害者は,被告人から注意されると,怒って手加減なくつかみかかるなどし,深夜まで大騒ぎすることもよくあった。被告人は,被害者が就労できるよう支援もしていたが,被害者がしばしば同僚や特定の女性との間でトラブルを起こしていたことから,頻繁に職場から苦情を受けて,判示のとおり,自ら謝罪するなどして対応していた。被害者には,介助なく一人でできる事柄もいろいろとあったものの,それゆえ他人に迷惑を掛けることが多く,また,被告人の夫も介助を分担していたとはいえ,主として被害者を介助していたのは被告人であって,その苦労は大きく,本件の約3か月前には自殺しそうになったほどであるということに照らしても,長年の介護により肉体的・精神的に相当疲弊していたものとみられる。そうした中で,被告人が,被害者の仕事復帰により,再び勤務先等に迷惑を掛けることになり,先々他人に傷害を負わせるなどの大きな事態も発生しかねないと心配した情況は理解できる。また,被害者を退職させて施設に入れようと夫に数回相談したが,その都度断られてしまったという経緯があり,被告人自身の精神状態をみても,うつ病による思考狭窄や悲観的認知が本件当時の思考に一定程度影響を与えたとみられることなど,犯行に至る経緯には酌むことのできる事情が認められる。もっとも,周囲に迷惑を掛けたという被害者の言動は生来の障害に起因するもので,そのことは被告人も十分に理解していたところであり,自らの心配や苦痛から解放されるために被害者を殺害することは決して許されることではない。被告人は本件当日も殺害するかどうか迷った末に,ケースワーカーに相談するなどといった他の手段を取ることなく,殺害を決意したというのであって,短絡的であり,被告人に対する非難の程度は担当に大きい。
以上を踏まえれば,本件は,前科のない者が,介護疲れから,被害者1名を殺害したという同種事案の中で,中程度よりやや重いところに位置づけられるものといえ,知的障害により生ずる困難をその者を殺害することによって回避しようとしたという本件の問題性に鑑みても,刑の執行を猶予することが相当であるとはいえない。
そうすると,被告人に対しては懲役刑の実刑をもって臨むのが相当といえるが,加えて,被告人は公判廷において事実を認めて反省の態度を示しており,寛大な処罰を望み社会復帰後の支えとなる見込みの夫ら親族が存在することなども考慮して,酌量減軽の上,刑期については主文の程度にとどめた。
(検察官岡本春菜,私選弁護人東耕三,同久保隼哉各出席,裁判員裁判)
(求刑 懲役8年)
平成31年3月8日
千葉地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 岡田健彦
裁判官 佐藤恭子
裁判官 鬼頭忠広
コメント