詐欺罪の損害額 東京高裁平成28年

可分な場合は分けろ、ということで被告人に有利になっています・

詐欺被告事件

東京高等裁判所判決/平成27年(う)第1939号

平成28年2月19日

 

【判示事項】 改正前の障害者自立支援法(現・障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)に基づき事業者が障害者に代わって支払を受けるという訓練等給付費の制度の下において,障害者ごとに提供された就労継続支援等に関する資料を添付するという態様で請求がされ,障害者ごとに提供されたその内容等を審査して金額の算定がされる訓練等給付費について,被告人が,就労継続支援等の提供をした障害者に係る給付費に,その提供をしなかった障害者に係る分を加えて金額を水増しした内容虚偽の請求をし,水増し分を含む給付費の交付を受けたという本件事実関係の下では,詐欺罪は,内容虚偽の請求と因果関係のある就労継続支援等の提供をしなかった障害者に係る給付費について成立し,交付を受けた給付費全額について成立するものではないとされた事例

 

【参照条文】 刑法246-1

       刑事訴訟法380

 

【掲載誌】  東京高等裁判所判決時報刑事67巻1~12号2頁

       判例タイムズ1426号41頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 警察学論集71巻2号182頁

       捜査研究65巻11号31頁 
 前田最前線148頁

 

       主   文

  原判決を破棄する。

  被告人を懲役2年に処する。

        理   由

 

 第1 本件控訴の趣意

  本件控訴の趣意は,弁護人泉英伸作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,論旨は,要するに,被告人を懲役2年4月に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,執行猶予を付すべきである,というのである。

 第2 職権判断

  論旨に対する判断に先立ち,職権をもって調査すると,本件は,障害者のための就労継続支援事業所を運営していた被告人が,改正前の障害者自立支援法(現「障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律」)に基づく障害者の訓練等給付費に関し,就労継続支援等の提供をしなかった障害者に関する水増しをした請求をして給付費を不正に受給した詐欺の事案であるが,以下にみるとおり,原判決は,水増し分に係る給付費を含む給付費全額について詐欺罪の成立を認めたと解さざるを得ないところ,本件の事実関係の下では,水増し分に係る給付費についてのみ詐欺罪が成立するというべきであるから,原判決は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあり,破棄を免れない。

  すなわち,原判決の認定した「罪となるべき事実」の要旨は以下のとおりである。

  被告人は,障害福祉サービス事業等を営む特定非営利法人の会長として,同法人が運営する就労継続支援事業所の業務全般を統括していたものであるが,改正前の障害者自立支援法に基づく訓練等給付費の給付制度を利用して同給付費をだまし取ろうと考え,真実は,前記事業所において,5名の障害者に就労継続支援等を提供した事実はないのに,平成22年8月から平成24年8月までの間,24回にわたり,被告人方において,前記法人職員をして,県国民健康保険団体連合会職員を介して市社会福祉課職員に対し,前記5名に就労継続支援等を提供した旨の内容虚偽の介護給付費・訓練等給付費等明細書および就労継続支援提供実績記録票等の電子情報を送信させて訓練等給付費の支払を請求し,市社会福祉課長に,前記介護給付費・訓練等給付費等明細書記載のとおりに前記事業所において前記5名に就労継続支援等の提供がされたものと誤信させて訓練等給付費の支給を決定させ,よって,平成22年9月から平成24年9月までの間,24回にわたり,市から前記連合会を介して,前記法人理事被告人名義の普通預金口座に,前記5名に就労継続支援等を提供した旨の虚偽の請求に基づく訓練等給付費合計1217万1360円を含む合計4204万3890円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた(「請求年月日」「就労継続支援提供月」「障害者氏名」「請求金額(円)」「振込日」「振込金額」がそれぞれ記載された別紙一覧表が添付されている。)。

  そこで検討すると,改正前の障害者自立支援法に基づく訓練等給付費の制度の下においては,障害者に就労の機会を提供し必要な訓練等の便宜を提供するという就労継続支援に関し,本来は各障害者が事業者に訓練等の費用を払った上で市町村から直接給付費の支払を受ける仕組みであるところ,障害者等の便宜に鑑み,市町村は,給付費として障害者に支給すべき額の限度において事業者に支払をすることができるとされている。そして,事業者が行う請求は,各月に提出する請求書に,給付決定を受けている障害者ごとに提供した就労継続支援等の内容等を記載した介護給付費・訓練等給付費等明細書および就労継続支援提供実績記録票等を添付するという態様で行われ,市における支給の決定も,障害者ごとに提供された就労継続支援等の内容等を審査して金額の算定が行われており,請求の態様および金額の算定において,障害者単位の運用がされている。本件において,被告人は,就労継続支援等の提供をした障害者に関する明細書および実績記録票等に加えて,就労継続支援等の提供をしなかった5名の障害者に関する内容虚偽の明細書および実績記録票等を添付して水増し分を含む合計金額の支払を24回にわたって請求し,市は,障害者ごとに提供された就労継続支援等の内容等について審査した上で給付費の金額の算定をして支給の決定をし,水増し分を含む合計金額を24回にわたって被告人の管理する預金口座に振込入金したものと認められる。そうすると,改正前の障害者自立支援法に基づき事業者が障害者に代わって支払を受けるという訓練等給付費の制度の下において,障害者ごとに提供された就労継続支援等に関する資料を添付するという態様で請求がされ,障害者ごとに提供された就労継続支援等の内容等を審査して金額の算定がされる訓練等給付費について,被告人が,就労継続支援等の提供をした障害者に係る給付費に,その提供をしなかった障害者に係る分を加えて金額を水増しした内容虚偽の請求をし,水増し分を含む給付費の交付を受けたという本件事実関係の下では,詐欺罪は,内容虚偽の請求と因果関係のある就労継続支援等の提供をしなかった障害者に係る給付費について成立し,交付を受けた給付費全額について成立するものではないというべきである。

  原判決は,「罪となるべき事実」の項において,「虚偽の請求に基づく訓練等給付費合計1217万1360円を含む合計4204万3890円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。」と認定しているところ,この判示からすると,原判決は,本件詐欺の被害額は給付費全額である合計4204万3890円であると認定したものと解され,本件詐欺の被害額を虚偽の請求に基づく分に限定し,その被害額の含まれる振込入金の金額を明らかにして事実を特定するために併せてこれを記載したものとは解し難い。また,原判決は,「量刑の理由」の項においても,「被害額としては,極めて多額である。そして現在のところ,市との間で虚偽の請求に基づいて受領した給付費約1200万円全額について,具体的な返還の合意はいまだ成立していない。」と説示しており,給付費全額を本件詐欺の被害額と認定したことを前提としているとみられる説示をしている。

  以上によれば,原判決は,給付費全額について詐欺罪の成立を認めたものと解さざるを得ず,原判決には法令の適用の誤りがある。

 第3 破棄自判

  前記の法令の適用の誤りは,本件詐欺の被害額に少なくない差異をもたらすものであり,判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,量刑不当の論旨に対する判断を省略して,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に判決する。

 (罪となるべき事実)

  原判決が認定した「罪となるべき事実」中,末尾を「もって人を欺いて財物を交付させた。」から「もって人を欺いて現金合計1217万1360円を交付させた。」と改め,別紙一覧表の「請求金額(円)」を「請求金額および詐取金額(円)」と改めるほかは,原判決記載のとおりである。

 (証拠の標目)

  原判決記載のとおりである。

 (法令の適用)

  「罰条」の「刑法246条1項」とあるのを「包括して刑法246条1項」と改めるほかは,原判決記載のとおりである。

 (量刑の理由)

  本件は,障害者のための就労継続支援事業所を運営していた被告人が,改正前の障害者自立支援法に基づく障害者の訓練等給付費に関し,就労継続支援等の提供をしなかった5名の障害者に関する水増しをした請求をして,2年間に,24回にわたり,合計1217万1360円の給付費を不正に受給したという詐欺の事案である。

  公的な訓練等給付費の制度を悪用した犯行を常習的に行っていた上,被害額も多額であることから,被告人が供述するとおり詐取金は事業所の運営費等に充てられて私的な使用がなかったとしても,犯情は悪質であり,被告人の刑事責任は重い。他方で,土地を売却して約250万円を弁償し,原判決後にも親族の協力により200万円を弁償した上,保釈保証金350万円が返還された際には弁償に充て,その後も弁償を継続していくことを市に提案している。加えて,妻も弁償に協力する旨述べていること,前科前歴がないことなどの事情も認められる。そうすると,本件詐欺の罪質および被害額に照らせば実刑は免れないが,刑期については懲役2年が相当であると判断した。

   平成28年2月19日

     東京高等裁判所第8刑事部

         裁判長裁判官  大島隆明

            裁判官  楡井英夫

            裁判官  安藤祥一郎