岸盛一裁判長名判決 財田川事件再審最高裁 昭和51

刑事訴訟法判例百選 第10版 A56

再審請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件

最高裁判所第1小法廷決定/昭和49年(し)第118号

昭和51年10月12日

 

【判示事項】 再審請求の審理に審理不尽の違法があるとして1、2審決定が取消され、1審に差し戻された事例

 

【参照条文】 刑事訴訟法435

       刑事訴訟法437

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集30巻9号1673頁

       最高裁判所裁判集刑事202号15頁

       判例タイムズ340号104頁

       判例時報828号23頁

 

【評釈論文】 警察研究52巻11号53頁

       ジュリスト臨時増刊642号186頁

       法曹時報32巻1号192頁

       法律時報49巻3号43頁

 

       主   文

 

  原決定及び原原決定を取り消す。

  本件を高松地方裁判所に差し戻す。

 

        理   由

 

  申立人本人の抗告の趣意は、事実誤認の主張であり、弁護人小早川輝雄、同佐藤進、同佐野孝次、同赤松和彦の抗告の趣意は、違憲(憲法三二条、三一条違反)をいうが、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張を出ないものであり、弁護人矢野伊吉の抗告の趣意は、違憲(憲法三七条違反)をいうが、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、以上はすべて刑訴法四三三条の抗告適法の理由にあたらない。

  しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、後に詳述する理由によつて、原決定及び原原決定は、同法四一一条一号により取消しを免れない。

  第一 本件再審請求の経過

  一 本件再審請求の対象である確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、「被告人(犯行当時一九才)は、借金の支払と小遣銭に窮し、a村の一人暮しのブローカーA1が日頃多額の現金をもつていると考え、これを場合によつては強奪しようと企て、昭和二五年二月二八日午前二時過ぎころ、国防色ズボン(証二〇号)等を身につけ、刺身包丁を携え同人方に到り、同家炊事場入口の錠である俗にゴツトリといわれるものを刃物様のもので突いてあけて侵入、就寝中の同人の枕許あたりを物色したが、胴巻が見当らなかつたため、いつそ同人を殺害して金員を奪おうととつさに決意し、同人の頭、腰、顔を多数回切りつけ突くなどし、同人の腹に巻いてあつた胴巻の中から現金一万三千円位を強奪したあと、なおも止めを刺すべく、心臓部に一回包丁を突き刺し、包丁を全部抜かずにさらに同じ部位を突き刺して(後記のいわゆる二度突き)、同人を殺害した」というのである。

  二 本件申立人(以下、単に申立人という。)は、第一審の公判において捜査段階での自白を全面的に翻して犯行を否認したが、第一審判決(昭和二七年二月二〇日言渡し)は、右の事実を認定したうえ、関係法条を適用して申立人を死刑に処した。

  右の認定に供された証拠としては、申立人の昭和二五年八月二一日付の検察官に対する第四回供述調書(以下、単に第四回検面調書という。)のほか、被害者の血液型0型と同型の血痕の付着した国防色ズボン(証二〇号)を含め合計二六点の証拠物、鑑定書、検証調書、被害者の妻、捜査官の各証言等が挙示されている。

  三 第二審判決(昭和三一年六月八日言渡し)は、第一審判決の事実認定を是認し、申立人の控訴を棄却した。その理由の骨子は次のとおりである。すなわち、

  (一) 被害者の創傷のうち、とくに頭、胸、口角部、右手指等の切創は、申立人が犯行当時の模様、凶器の用法について第四回検面調書中で供述したことと符合し、申立人のその旨の自白を裏付けていること

 (二) 申立人が本件当夜着用していたと自白する国防色ズボン(証二〇号)右脚表部に、O型のしかも飛沫血痕のようにみえる人血痕が付着し、鑑定書によるとこれが被害者の血液型〇型と一致すること

 (三) 司法警察員作成の検証調書によると、犯人の出入口と思われる炊事場入口の板戸の錠になつているゴツトリを刃物様のもので開けて侵入した痕跡が認められるが、これが第四回検面調書中の申立人の侵入口についての自白と一致することを挙げ、以上三点が有力な資料とされるべきであるとしたほか

 (四) 第四回検面調書の自白の真実性に疑いはないこと

 (五) 凶器の刺身包丁は申立人が犯行後帰宅の途中投げ棄てたという財田川轟橋付近の川の中から発見されていないが、検証の結果によると、包丁は流失埋没の可能性があり、また本件後五か月を経過して捜索がおこなわれたため、これが発見されなくても、そのことの故に凶器を右の財田川に投げ棄てたとの自白に真実性がないとは認められないこと

 (六) 申立人が主張する本件当夜のアリバイは成立しないこと

 (七) 申立人に対し取調官が違法不当な取調べをしたとは認められないことなどの四点を挙示している。

  四 上告審判決(昭和三二年一月二二日言渡し)は、一、二審における申立人の主張を反復した上告趣意に対し、事実誤認、訴訟法違反の主張を出ないものであつて上告適法の理由にあたらない、第二審の控訴趣意に対する説示は正当であると認められる、として上告を棄却し、第一審判決が確定するに至つたものである。

  五 第一次再審請求

  (一) 昭和三二年三月三〇日申立人から再審請求がされた。申立人の主張は刑訴法四三五条一号、二号所定の再審事由があるというのであるが、その主張自体右の再審事由にあたらないものであるところ、その理由の要旨は、

  (A) 申立人が当時はいていた靴と犯行現場の遺留足跡痕とが一致しているというのに、その靴が警察官に押収されたにもかかわらず証拠として公判廷に提出されていないのは両者が一致していないことを示しているということ

 (B) 当時申立人が着用していたズボンは、国防色の軍人用のものであるが、それを友人に貸したことがあり、そのズボンが証拠物として押収されているとしても、それに付着している血痕はその友人の血かもしれないし、当時警察官をしていた申立人の兄A2が国防色ズボンをはいていたことがあつたが、A3という人の鉄道自殺を警察官の兄が処理した際、A3の血がズボンに付着したものとも思われるし、また被害者の血液はON型であるから、国防色ズボン(証二〇号)の付着血痕が0型と判明しているだけでは、右ズボンの血液が被害者の血液であると断定することはできないということ

 (C) 犯行現場のリユツクサツク、バンド、マフラー等の遺留物件に関する捜査が不十分であり、かつ、ほかに真犯人がいると聞いているし、友人のA4らが真犯人かもしれない、また凶器の入手経路を調べてもらいたいということ

 (D) A1が殺害された日の後である昭和二五年四月一日に申立人が犯した農業協同組合での強盗傷人罪の容疑で申立人が警察署へ車で押送される途中、本件の賍金の費消残金八千円を申立人が車の中から捨てたと警察官はいうのであるが、両手錠をかけられ監視つきであつた申立人にそのようなことのできるはずはなく、右は警察官の虚偽の供述であるということなどである。

  (二) 右の再審請求に対して、第一審は、以上の主張は刑訴法四三五条一号、二号、六号所定の再審事由にあたらないとして申立人の請求を棄却した(昭和三三年三月二〇日付決定)。

  なお、第一審は右の棄却決定と同時に即時抗告申立の期間を延長して七日間とし、棄却決定に対して不服申立をすることができることを教示した書面を別途送付したにもかかわらず、申立人は即時抗告の申立をし)なかつた。

  六 第二次再審請求(本件)

  (一) 本件再審請求は、前記第一次再審請求棄却決定がされてから、ほぼ一一年余を経過した昭和四四年四月、それよりさきに申立人が裁判所にあて自己の無実の罪であることをうつたえた書信の真意が再審請求の申立であるとして扱われ、第二次再審請求に対する手続が開始されることとなつた。

  (二) その請求の理由としては、前記五の(一)の(A)ないし(D)に掲げられた理由のほか主要なものとして次のような点を挙げている。すなわち、

  (A)(1) 真犯人はA4であるということ

 (2) 本件は強盗殺人事件ではなく単純な殺人事件であつて申立人の犯行ではないということ

 (3) 捜査段階の自白は、取調官の拷問に堪えかねてされた虚偽の自白であつて任意性がないということ

 (B)(1) 申立人作成名義の手記五通は捜査官が偽造したものであるということ

 (2) 国防色ズボン(証二〇号)は警察に領置されていた間に申立人の弟が普段はいていたズボンとすりかえられたものであるということ

 (C) 第四回検面調書は、検察官が勝手に作成した内容虚偽のものであるということ

 (D)(1) 刺身包丁が、申立人が棄てたと自白した場所(財田川轟橋付近)から発見されていないのは、自白が虚偽であることの証拠であるということ

 (2) いわゆる二度突きについての自白は取調官の誘導によるものであるということ

 (3) 犯行当夜の申立人にアリバイがあるということ

 (4) 公判に提出されない捜査段階の記録が紛失しているが、これは単に事務上の過誤では片づけられないということなどである。

  (三) 原原審の判断(昭和四七年九月三〇日付決定)

  原原審は、前記申立人の主張が刑訴法所定の再審事由各号のいずれをいうものであるかにつき釈明を求めることなく、審理の過程で、新たな証拠として前記手記の筆跡鑑定を命じ、鑑定人A5作成の鑑定書を取り調べたほか、第一審公判手続で取り調べた幾多の証人を喚問するなど、公判手続の証拠調にも比肩する詳細な事実調べをおこなつた結果、本件再審請求は、刑訴法に定めるいずれの再審事由にもあたらないとしてこれを棄却した。

  (A) その理由の骨子は次のとおりである。すなわち、

  (1) A4を真犯人と認める証拠はない。

  (2) 手記五通は、その筆跡は申立人の筆跡と認めることは困難であるとのA5作成の鑑定書によつても、偽造とは認められない。

  (3) 国防色ズボン(証二〇号)が捜査官により故意にすりかえられた形跡はなく、同ズボンに付着した血痕は鉄道自殺をしたA3あるいは前記農業協同組合での強盗傷人罪の被害者A6の血液ではない。

  (4) 凶器の刺身包丁が発見されないことから直ちに申立人の自白の真実性を否定することにはならないとした確定判決の判断に異論はない。

  (5) 真犯人でなければわからないはずのいわゆる二度突き(胸部を一回突き刺し、包丁を全部抜かないでさらに突き込んだため、創傷の外部所見は一個であるのに内景でV字型に分かれていること)の事実については、申立人が自白をした当時(昭和二五年七月二九日付、同年八月五日付の司法警察員に対する各供述調書)は捜査官はまだ鑑定書(同年八月二五日作成日付)を見ておらず、二度突きのことは知らなかつたのであるから、捜査官による自白の誘導はありえないとの捜査官の証言を覆すに足りる新らしい証拠はない。

  (6) 第四回検面調書が検察官の偽造したものと認める証拠はない。

  (7) 申立人のアリバイは認められない。

  (8) 公判不提出記録を紛失した事実は認められるが、これは事務処理上の過誤としては異例ではあるが、捜査官が故意に廃棄又は隠匿したとは認めることはできない、というのである。

  (B) しかしながら、原原決定は、確定判決の事実認定には個々の点につき解明できない疑点が数々あるとしている。その要点は次のとおりである。すなわち、

  (1) 捜査官の供述によると、現場に遺留されていた血痕足跡は申立人が当時はいていたとして発見された黒皮短靴とは寸法が違つていたというが、そうであるならば、捜査官は申立人が犯行時にはいていたという黒皮短靴についてなお追求し又は捜査を遂げるべきであつた。また、これを押収し、公判廷に提出して犯行現場に残された血痕足跡が犯行当時申立人がはいていたという黒皮短靴と寸法が合うか否かを明白にすべきであつたのにこれをしなかつたことは不可解である。

  (2) 第四回検面調書の申立人の自白の真実性には疑問がある。同調書には、取り調べ中の申立人に国防色ズボン(証二〇号)等の証拠物を示しこれに対する供述をさせた旨の記載があるが、これは誤りではないかとの疑問がある。その点につき検察官は、当時鑑定のため鑑定人に交付し自己の手許に存在しなかつた証拠物の一部を鑑定中のA7大学から便宜借用して警察官に持ち帰らせ、これを申立人に示したものであると主張するが、その明確な証拠はない。同ズボンに当時検察官の手許にあつた証拠物との通し番号がつけられているのも疑問である。

  (3) 国防色ズボン(証二〇号)から検出された血痕はごく微量であること、国防色上衣に血痕反応が認められないことからみると、犯行時これを着用していなかつたのではないかとの疑問がある。右ズボンに微量にしか付着していない〇型血液が申立人と犯行とを結びつける決定的証拠であるとすることは疑問である。

  (4) 凶器の刺身包丁が申立人の自白どおりa村の青年学校で盗まれたものかどうかの裏付けが明白でない。

  (5) いわゆる二度突きについては、捜査官はその旨の記載のある鑑定書が到達するまでは知りえなかつたというのであるが、本件の翌日解剖された結果を、取調べ主任のA8警部補が知らなかつたと弁解するのは不可解であり、本件担当の警察署長がその事実を同警部補に知らせなかつたというのもいいすぎであり裁判所を誤らせるものである。

  (6) 被害者の腹部に巻かれてあつたという胴巻には血痕が付着していない。犯行現場の状況からすれば、これに血痕が付着すると推認でぎるのに、付着していない理由について深い検討がなされた形跡はない。犯行直後に行われた警察官の検証の結果によれば、胴巻は室内の着物かけにかけてあつたことが明らかであるから、犯人において被害者が腹部に巻いていた胴巻を外して着物かけに移動させたということには大きな疑問がある。また、申立人の自白によれば、手についた血を布様のものでぬぐつたあと胴巻をつかんだということであるが、胴巻から取り出した奪取金の札にも血がついていたものがあるというのであるから、胴巻と財布に血痕がついていないということは、胴巻が被害者の腹部に巻かれてはおらず、犯人はこれらには手を触れていないのではないかとの疑問も否定できない。

  (7) 申立人が自白するところによれば、申立人は警察官の監視のもとで連行途中の自動車のなかから両手錠のまま賍金の残額八千円を車外に捨てたということであるが、警察官に気づかれないように車外に投棄することができたか甚だ疑問であり、しかも申立人には当時この金員が残つていたのに、別件の農業協同組合での強盗傷人の罪を犯したことも不合理である。