西川知一郎裁判長名判決 所得税の退職金 大阪地判平成20年

納税者勝訴の例としてもっと注目されてよいように思われます。

認定納税告知処分取消等請求事件

大阪地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第236号

 

【判決日付】 平成20年2月29日

 

【判示事項】 会社の使用人らがその執行役に就任するに当たり,使用人の退職金規程に基づいて支給された退職金名目の金員に係る所得が所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するとされ,これを同法28条1項にいう「給与所得」に該当するとしてされた納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分が取り消された事例

 

【判決要旨】 (1) 所得税法が、退職所得について所得税の課税上他の給与所得と異なる優遇措置を講じているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び同期間中の就労に対する対価の一部の累積としての性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、このような結果を避ける趣旨にでたものと解される。

 

       (2) ある金員が、所得税法30条1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、それが、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、③一時金として支払われていること、との要件を備えることが必要であり、また、同項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、それが、形式的には上記各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、上記「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである。そうであるところ、上記①の要件を満たさず、継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて上記3つの要件と要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものとして、「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものとして解すべきである(最高裁第二小法廷判決昭和58年9月9日、同第三小法廷判決昭和58年12月6日)。

 

       (3)~(8) 省略

 

【参照条文】 所得税法30-1

 

【掲載誌】  判例タイムズ1267号196頁

       労働判例961号35頁

       税務訴訟資料258号順号10910

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 ジュリスト1369号130頁

       税法学560号233頁

 

       主   文

 

  1 八尾税務署長が平成16年3月30日付けで原告に対してした平成15年7月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(ただし,いずれも平成17年6月28日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

  2 訴訟費用は被告の負担とする。

 

        事実及び理由

 

 第1 請求

  主文1項と同旨

 第2 事案の概要

  本件は,原告の使用人であった一色昭夫ら6名がその執行役に就任するに当たり,原告が,同人らに対してその就業規則及び退職金規程に基づく退職金として合計6341万円(以下「本件各金員」という。)を支払い,その支払の際,本件各金員に係る所得は所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するとして所得税を源泉徴収し,これを国に納付したところ,八尾税務署長が上記所得は同法28条1項にいう「給与所得」に該当するとして,原告に対し,納税告知及び不納付加算税賦課決定をしたことから,原告が,上記各処分(いずれも平成17年6月28日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)の各取消しを求めた取消訴訟である。

  1 法令の定め

  (1) 所得税法

  ア 所得税法28条1項は,給与所得とは,俸給,給料,賃金,歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいうと規定する。

  イ 同法30条1項は,退職所得とは,退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与(以下「退職手当等」という。)に係る所得をいう旨規定する。

  同法は,退職所得の金額は,その年中の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1に相当する金額とする(同法30条2項)とともに,上記退職所得控除額は,政令で定める勤続年数に応じて増加することとして(同条3項),課税対象額が一般の給与所得に比較して少なくなるようにしている。また,同法は,税額の計算についても,他の所得と分離して累進税率を適用することとして(同法22条1項,同法201条),退職手当等に係る税負担の軽減を図っている。

   (2) 所得税基本通達

  所得税基本通達(昭和45年直審(所)第30号)30-1は,「退職手当等とは,本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので,退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。したがって,退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で,その支払金額の計算基準等からみて,他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは,退職手当等に該当しないことに留意する。」とし,同通達30-2は,「引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち,次に掲げるものでその給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは,30-1にかかわらず,退職手当等とする。」とするところ,同通達30-2が引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするものとして掲げるものは,別紙1のとおりである。同通達30-2の2は,使用人(職制上使用人としての地位のみを有する者に限る。)からいわゆる執行役員に就任した者に対しその就任前の勤続期間に係る退職手当等として一時に支払われる給与(当該給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上当該給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものに限る。)のうち,例えば,① 執行役員との契約は,委任契約又はこれに類するもの(雇用契約又はこれに類するものは含まない。)であり,かつ,執行役員退任後の使用人としての再雇用が保障されているものではないこと,② 執行役員に対する報酬,福利厚生,服務規律等は役員に準じたものであり,執行役員は,その任務に反する行為又は執行役員に関する規程に反する行為により使用者に生じた損害について賠償する責任を負うこと,のいずれにも該当する執行役員制度の下で支払われるものは,退職手当等に該当するとし,注として,上記例示以外の執行役員制度の下で支払われるものであっても,個々の事例の内容から判断して,使用人から執行役員への就任につき,勤務関係の性質,内容,労働条件等において重大な変動があって,形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があると認められる場合には,退職手当等に該当することに留意するとする。

  2 前提事実

  以下の各事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠(特記しない限り,各枝番を含む。)によって容易に認定することができる。

   (1) 原告について

 原告は,昭和37年に設立された,各種製品の企画,販売及び輸出入に関する業務等を行うことを目的とする,資本金の額34億3500万円の株式会社である。

  (甲1)

   (2) 一色らの執行役就任

  原告は,平成15年6月26日の株主総会決議に基づき,平成17年法律第87号による廃止前の株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「商法特例法」という。)1条の2第3項にいう「委員会等設置会社」に移行した。

  原告の取締役会は,同日,原告の使用人であった一色昭夫(以下「一色」という。),二宮和(以下「二宮」という。),三井正男(以下「三井」という。),四谷明(以下「四谷」という。),五木治夫(以下「五木」という。)及び六田元(以下「六田」という。)の6名(併せて,以下「一色ら」という。)を執行役(商法特例法21条の5第1項4号)に選任し,一色らは,同日,原告の執行役に就任した。

  (甲1,甲2)

   (3) 原告による本件各金員の支払等

  ア 原告の就業規則49条(甲23)は,社員の退職金は,別に定める退職金規程により支給する旨規定し,これを受けて定められた退職金規程(甲4。以下「本件退職金規程」という。)の定めは,別紙2のとおりである。

  原告は,平成15年7月31日,一色らに対し,本件退職金規程に基づいて算出した退職金合計6341万円(本件各金員)を支払うこととし,その際,一色らから,本件各金員に係る所得は所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するとして合計20万4100円の源泉所得税を徴収し,同年8月11日,これを国に納付した。一色らに対する退職金の額及び原告が源泉徴収して国に納付した源泉所得税の内訳等は,下記のとおりである。

          記

    勤続年数 退職金の額      源泉所得税の額

  一色 26年 1282万7000円  3万1300円

  二宮 26年 1282万7000円  3万1300円

  三井 25年 1205万6000円  2万7800円

  四谷 25年 1142万5000円       0円

  五木 20年  869万5000円  3万4700円

  六田 10年  558万0000円  7万9000円

  合計     6341万0000円 20万4100円

  イ(ア) 平成15年6月26日当時の原告の「役員の定年および退職慰労金等についての内規」(乙1。以下「本件内規」という。)第3章の主な規定は,別紙3のとおりであり,これによれば,使用人から役員に就任した場合,その際に使用人としての退職金(本件退職金規程に基づく退職金)を支給した上で,役員退任時には,本件内規に基づき,原告におけるすべての在職年数(使用人としての勤続年数及び役員としての勤続年数)を基礎として算出された退職慰労金から上記既払額(使用人としての退職金額)を控除することとされていた(本件内規3章3条(6))。

  (イ) 原告においては,本件各金員の支払後,報酬委員会規程(甲10)が策定され(平成17年6月24日施行),同規程10条1項1号は,取締役及び執行役(役員)の退職慰労金の額は,退任時の報酬月額に在任年数と役位係数を乗じて算出した額を限度とするとし,同項5号は,使用人から役員に就任した場合は,社員としての退職金を支給し,役員退職慰労金については,同項1号の算出により支給するとし,執行役就任前における使用人であった勤続期間の通算を行わないこととしている。

  (甲4,甲5,甲10,甲23,乙1,弁論の全趣旨)

   (4) 本件訴えに至る経緯

  ア 八尾税務署長は,平成16年3月30日付けで,原告に対し,本件各金員に係る所得は所得税法28条1項にいう「給与所得」に該当するとして,原告の平成15年7月分の給与所得の源泉徴収に係る所得税について,納税告知(納税告知額2007万0520円)及び不納付加算税賦課決定(不納付加算税額200万7000円)をした。

  イ 原告は,平成16年5月20日,八尾税務署長に対し,上記納税告知及び不納付加算税賦課決定について異議申立てをしたが,八尾税務署長は,同年8月6日付けで,これを棄却する旨の決定をした。

  ウ 原告は,平成16年9月2日,国税不服審判所長に対し,上記異議決定につき,審査請求をした。国税不服審判所長は,平成17年6月28日付けで,原告に対し,本件各金員に係る所得は給与所得に該当するが,上記納税告知及び不納付加算税賦課決定における税額の計算には誤りがあったとして,納税告知額を1157万7836円(その内訳は,一色245万7692円,二宮264万2228円,三井226万7128円,四谷219万1440円,五木138万9028円,六田63万0320円),不納付加算税額を115万7000円とする旨の一部取消裁決をした(同裁決によって一部取り消された後の上記納税告知及び不納付加算税賦課決定を,それぞれ,以下「本件納税告知」,「本件賦課決定」といい,両者を併せて,以下「本件各処分」という。)。

  エ 原告は,平成17年12月15日,当庁に対し,本件訴えを提起した。

  (甲6から8まで,顕著な事実)

  3 争点及び当事者の主張

  本件における争点は,本件各金員に係る所得が所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当しないかどうかであり,この点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。

  (被告の主張)

   (1) 退職所得該当性の判断基準について

 ア 退職所得について,所得税の課税上,他の給与所得と異なる優遇措置が講ぜられているのは,一般に,退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は,その内容において,退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び同期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに,その機能において,受給者の退職後の生活を保障し,多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって,他の一般の給与所得と同様に一率に累進税率による課税の対象とし,一時に高額の所得税を課すこととしたのでは,公正を欠き,かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから,このような結果を避ける趣旨に出たものと解される。そして,退職所得該当性については,その名称にかかわりなく,退職所得の意義について規定した所得税法30条1項の規定の文理及び退職所得に対する優遇課税についての上記立法趣旨に照らし,これを決するのが相当である。

  イ そこで,このような観点から考察すると,まず,ある金員が上記規定にいう「退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには,それが,① 退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること,② 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること,③ 一時金として支払われること,との要件を備えることが必要であると解される(最高裁昭和53年(行ツ)第72号同58年9月9日第二小法廷判決・民集37巻7号962頁)。そして,退職所得優遇制度の趣旨等に照らせば,①にいう「退職」とは,民法上の雇用契約の終了といった私法上の法律関係に即した観念として理解すべきではなく,社会通念上,一般に「退職」として理解される,実質的にその事業所等との勤務関係を終了するという実態を備えたものでなければならないと解すべきである(所得税基本通達30-1参照)。

  ウ(ア) 次に,上記規定にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには,それが,形式的には上記①から③までの要件のすべてを備えていなくても,実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し,課税上,上記「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることが必要であり(前掲最高裁昭和58年9月9日第二小法廷判決),具体的には,当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか,あるいは,当該勤務関係の性質,内容,労働条件等において重大な変動があって,形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要すると解すべきである(最高裁昭和54年(行ツ)第35号同58年12月6日第三小法廷判決・裁判集民事140号589頁)。

  退職所得が,本来は給与所得として課税されるものであるのに,退職手当等の金員の性質及び機能に照らし,税負担の軽減という優遇措置を特別に講ぜられているものであることからすれば,退職所得は,本来,退職(すなわち,当該事業所との勤務関係の終了)という実態を伴わなければならないのであって,退職せず,引き続き在職するにもかかわらず,退職と同一に取り扱うことが相当といえる場合というのは,限定的に解釈されなければならない。そうとすれば,引き続き在職するなどして勤務関係が継続している者に対して支給される金員が退職所得に該当するかどうかの判定に当たっては,それが,(Ⅰ) 退職の事実があったと同様の事情の下に支給され,かつ,(Ⅱ) 本来の退職者が受けるべき退職金(退職者が特定の事業所等において勤務したことに対する報償及びその期間の就労に対する対価の一括後払としての性質,つまりそれまでの勤務の精算金的性質を有する金員)と同様の算出方法によって算出されたか(すなわち精算支給であるか)といった,退職手当等として当然の性質を有しているか否かの検討を行わなければならない。

  この点,打切り支給(所得税基本通達30-2柱書にいう「その給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われる」ことをいう。以下同じ。)でなければ,清算金的性質を有するとはいえず,したがってまた,実質的に退職があったのと同視することもできないから,打切り支給でない給与は,上記「これらの性質を有する給与」には当たらない。そして,退職の事実がないのに退職所得としての優遇措置を受けられること及び公平な課税の観点からして,打切り支給であることは明確でなければならず,打切り支給である旨は,社内の明文の規定により定められていることを要するというべきである。したがって,当該支払の時点において,打切り支給である旨が就業規則等に明記されている場合(以下「打切り支給明記要件」ともいう。)でなければ,「これらの性質を有する給与」に当たらないと解すべきである。

  これを,使用人として勤務した後に執行役として勤務した場合についてふえんすると,打切り支給においては,使用人として勤務した期間で退職金を算出して精算支給し,その後の執行役として勤務した期間は,使用人として勤務した期間を加味することなく,執行役として勤務した期間のみで退職(慰労)金を算出することになる。すなわち,この場合の退職(慰労)金は,もともと原告との間で使用人等としての勤務関係がなかった執行役が退任する場合に支払うものと同様の算出方法となる。打切り支給では,雇用関係終了時と委任関係終了時に,それぞれ精算支給するから,雇用関係部分と委任関係部分とを明確に分離して退職金を算出するという点において,雇用関係から委任関係に移行したという私法上の形式に沿った支給がされることとなるため,勤務関係の法形式のみならず,算出方法においても退職と同視し得る事実関係が存在することとなる。つまり,打切り支給であれば,雇用契約終了時に実質的に退職があったのと同視することができるのである。

  したがって,上記のとおり,少なくとも,引き続き在職するなどして勤務関係が継続している場合に,雇用契約の終了に伴う退職金を本来の退職金と同視するには,使用人としての雇用契約終了時点で,打切り支給が明記されていることを要件とすべきである。

  所得税基本通達30-2も,以上と同様の考え方を採っており,判例上もその合理性が認められている。

  (イ) この点について,原告は,打切り支給明記要件は,将来における事実を現在の事情によって推認するものであるという特殊性を有するのみならず,その将来事実を推認する根拠として脆弱であるとして,打切り支給明記要件は不可欠の要件ではないといった趣旨の主張をする。しかしながら,勤務関係が継続しているにもかかわらず,「これらの性質を有する給与」として,退職所得に係る優遇措置を受けるためには,これを享受し得る退職金としての実質を備えていることが必要であり,そのことを認定するためには精算性が認められなければならないのであるから,勤務関係が継続する場合の「退職金」名目の一時金を所得税法30条1項の退職金の性質を有する給与と認めるために打切り支給を要件とすることは不当ではないし,法的安定性及び課税の公平を図る上でも打切り支給明記要件により当該一時金が退職金としての清算金的一括後払の性質を有していることが明確にされていることが確認できることが必要である。また,規程が将来変更されるかもしれないからといって,打切り支給を要件とすることの根拠が脆弱であるとする理由にはならない。すなわち,打切り支給明記要件は,将来事実を推認しようとするものではなく,その金員が支給される時点において,一括後払金としての本来の退職金が有する精算金的性質を有しているか否かの判定のために必要不可欠な要件なのである。

  また,原告は,社内規則の整備の有無によって使用人が不利益を受ける旨主張する。しかしながら,打切り支給を明記した規定がないとしても,使用人から役員に就任した際には一時金を支給せず,役員退任時に使用人期間分と役員期間分を合わせたところの退職金を支給すれば,その退職金の全額について,優遇措置を受けることができる上,そのこと自体は何ら困難ではないのであるから,原告の上記批判は当たらないというべきである。そもそも,会社の規定が整備されていないことやその支給時期及び支給方法の選択により,「退職金」の支払と同視し得る状況が整わないままに一時金を支給し,このことにより使用人が不利益を被ることになるとしても,その結果を避けるために法解釈を緩めたり拡大したりすることは,課税の公平に照らしても適切ではなく,原告の上記主張は失当である。

   (2) 本件各金員が「退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当しないこと

 ア 「退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというために,事業所等との勤務関係からの離脱という「退職」の実態がなければならないことは前述のとおりであるところ,一色らと原告との関係については一色らが執行役に就任したことに伴い,雇用関係から委任関係に変わったというにすぎないのであり,一色らと原告の勤務関係は継続しているのであるから,本件各金員は,退職すなわち原告との勤務関係の終了という事実によって初めて給付されたものであるとは到底いえない。

  イ これに対して,原告は,本件各金員が,前記(1)イ①の要件を満たす旨の主張として,商法特例法上の執行役の地位,権限等について述べた上で,「閉鎖的な中小企業」との比較を行うが,これらはいずれも抽象的な主張にとどまっており,①の要件該当性の主張として失当である。そもそも,一色らは,執行役就任前に既にいわゆる執行役員として原告における重要な役職にあったのであり,執行役就任の前後で一色らの役職名,給与等に変化は認められないのであるから,原告の上記主張には説得力がない。

  なお,本件内規によれば,役員に対する退職慰労金は,原告退職時(役員退任時)に,原告におけるすべての在職年数(使用人としての勤続年数及び役員としての勤続年数)を基礎として算出される仕組みとなっていることに照らせば,原告自身,雇用関係から委任関係に身分関係が変動したとしても,原告を「退職」したとは認識しておらず,雇用関係に変更があったとしても勤務関係は継続するという認識に立っているものと解される(使用人が役員に就任する場合,このように認識されるのが社会通念上も一般的であり,原告における上記取扱いは,正に社会通念に沿ったものであるといえる。)。

  ウ 以上により,本件各金員は,前記(1)イ①の要件を満たさず,所得税法30条1項にいう「退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当しない。

   (3) 本件各金員が「これらの性質を有する給与」に該当しないこと

 ア 本件各金員支給時に存在した原告の規程は,本件退職金規程及び本件内規であり,同内規によれば,役員に対する退職慰労金は,原告退職時(役員退任時)に,原告におけるすべての在職年数(使用人としての勤続年数及び役員としての勤続年数)を基礎として長期勤続優遇の支給率を適用した上で,特別加算も行って算出される仕組みとなっている。このように,原告においては,雇用関係のみで退職した者と雇用関係から委任関係に変わった者とでは,退職金の精算時点及び算出方法が相違するところ,雇用関係終了時に支払われる金員は,雇用関係のみで退職した者については,勤務期間全体に対応する精算金であるのに対し,雇用関係から委任関係に変わる者については,今後も勤務を続け,いずれ勤務関係を終了したときに,勤務期間全体に対応した精算金が算出されることを前提とした,それより以前の途中段階での一時金であるということができる。そうとすると,両者の計算方法が同じであるとしても,その金員の性質は明らかに異なり,本件退職金規程が規定する退職金は,原告を実質的に退職することなく引き続き役員として勤務する者については,精算金的性質を有していないことが明白である。

  以上によれば,本件退職金規程に基づき支払われた本件各金員が,所得税法30条1項にいう「これらの性質を有する給与」に該当するということはできない。

  イ なお,この点について,原告は,本件内規において「役員」が「取締役または監査役」と定義付けられていたことのみに依拠して,内規は執行役には適用(準用)されないから打切り支給か否かは不明であったと主張する。しかしながら,原告においては,委員会等設置会社への移行に伴い,執行役が取締役の職務の一部を担うことになり,新たに設けた報酬委員会規程で「役員」の定義を「取締役及び執行役」とし(同規程10条),取締役と執行役とを同様に取り扱っている。したがって,役員に対する退職金の計算方法等を変更した上記報酬委員会規程が平成17年6月24日に施行されるまでは,役員たる執行役にも本件内規が準用されるのがむしろ自然である。

  また,本件内規が執行役に準用されないとしても,本件各金員の支払時点において打切り支給である旨が就業規則等に明記されていなかった以上,本件各金員が「これらの性質を有する給与」に該当することはない。

   (4) 本件各処分の適法性

  ア 本件納税告知について

 以上のとおり,本件各金員に係る所得は退職所得には該当しない。そうとすれば,本件各金員に係る所得は,所得税法28条1項にいう「給与所得」(賞与に係る所得)に該当するというべきである(法人税法35条4項参照)。

  そうであるところ,一色らは,原告に対し,平成15年分給与所得者の扶養控除等申告書(所得税法194条1項,2項)を提出していた。また,一色らが受け取った本件各金員は,いずれも前月中の通常の給与の額の10倍を超えている。

  以上の事実関係によれば,本件各金員は,給与所得者の扶養控除等申告書の提出があり,賞与の金額が前月中の通常の給与等の10倍を超える場合(所得税法186条2項1号)に該当するから,経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律(平成11年法律第8号。ただし,平成17年法律第21号による改正前のもの)の「別表第一(平成11年4月1日以後の給与所得の源泉徴収税額表(月額表))」の甲欄を適用することになる。そこで,この税額表を適用し,源泉徴収税額を計算すると,別紙4のとおり,差引き納付すべき源泉徴収税額は,源泉徴収すべき税額1178万1936円から原告が納付した金額20万4100円を控除した金額である1157万7836円となる。

  したがって,同金額でされた本件納税告知は,適法である。

  イ 本件賦課決定について

 本件納税告知に係る税額(ただし,1万円未満の端数を切り捨てたもの)1157万円に100分の10の割合を乗じて計算した金額(国税通則法67条1項,同法118条3項)は,115万7000円であるから,同金額でされた本件賦課決定は,適法である。