鳥取不審死事件広島高裁松江支部平成26年 犯人と被告人の同一性

強盗殺人,詐欺,窃盗,住居侵入被告事件

広島高等裁判所松江支部判決/平成24年(う)第58号

平成26年3月20日

【判示事項】       強盗殺人2件,詐欺12件,窃盗及び住居侵入の事件で,弁護人は,強盗殺人について無罪を主張したが,原審は,強盗殺人罪を認定して死刑判決をしたのに対し,控訴した事案。弁護人は,強盗殺人2件の犯人は被告人ではない。詐欺事件において被告人は主導的立場になかった旨の主張をした。控訴審は,被告人は,強盗殺人の被害者2名の最終接触者であり,殺害の機会を有していたのは被告人のみであること,睡眠薬を入手し,被害者らに服用させる機会を有していたこと,被害者らからの高額の支払請求を免れるという殺害動機があったことから,被告人を両事件の犯人と認め,詐欺についても,被告人が主導的立場にあったと認め,原判決の認定に事実誤認はないとし,控訴を棄却した事例

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 本件控訴を棄却する。

 

       理   由

 

第1 控訴の趣意等

   本件控訴の趣意は,主任弁護人丑久保和彦並びに弁護人丸山創及び弁護人水野彰子連名作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり,これに対する検察官の答弁は,検察官辻好隆作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。

   弁護人の控訴趣意は,要するに,被告人はB1(以下「B1」という。)に対する強盗殺人事件(原判決(罪となるべき事実)第2の事件。以下「北栄町事件」という。)及びC1(以下「C1」という。)に対する強盗殺人事件(原判決(罪となるべき事実)第8の事件。以下「摩尼川事件」という。)の犯人ではなく,また,被告人はD1及びE1から現金126万円を騙し取ったという詐欺事件以外の詐欺及び窃盗等の事件(原判決(罪となるべき事実)第3ないし第7,第9,第10。以下「本件詐欺事件等」という。)において主導的立場ではなかったから,本件詐欺事件等における被告人の刑事責任が共犯者であるF1(以下「F1」という。)よりも重いとは認められないにもかかわらず,被告人が北栄町事件及び摩尼川事件の犯人であり,かつ,本件詐欺事件等において主導的立場にあったと認定して被告人を死刑に処した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというものである。

第2 控訴趣意中,北栄町事件に関する主張について

 1 原判決の認定

   原判決は,北栄町事件について,犯人がB1の体内から検出された睡眠薬等(以下「B1睡眠薬等」という。)の成分の由来となった睡眠薬等をB1に服用させた上,鳥取県東伯郡北栄町東園548番地所在の船小屋付近の砂浜(以下「本件砂浜」という。)において,意識もうろう状態のB1を海中に誘導し,B1を入水させて溺死させたという類型の事件であると認定した上,(1)B1が行方不明となった時点でB1と行動を共にし,かつ,本件砂浜で全身ずぶ濡れ状態であったのは被告人であって,F1ではない以上,北栄町事件の犯人は被告人であると推認するほかないことに加え,(2)被告人がB1睡眠薬等の成分の由来となった睡眠薬等を事前に入手していたこと,(3)被告人がB1から270万円の債務の弁済を強く求められていたこと,(4)被告人がB1の死亡後にF1に口裏合わせを依頼していることといった上記(1)の推認を補強する事実も併せて,被告人が北栄町事件の犯人であると認定した。

 2 上記認定に対する弁護人の主張の概要

   所論は,上記(1)ないし(4)の各間接事実を認めるに足りる証拠はない上,(5)被告人には北栄町事件の犯行に及ぶ機会がなかったこと,(6)本件砂浜の状況やB1が殺害された方法等に照らすと,被告人が意識もうろう状態のB1を車から降ろして海中まで誘導し入水させるという行為を行うことは著しく困難であり,かつ,第三者に目撃される危険性が高いこと,(7)被告人にB1を殺害する動機がなかったことといった被告人が北栄町事件の犯人であるとの推認を妨げる重要な間接事実を原判決が考慮しておらず,結局のところ,証拠上認定し得る間接事実を総合しても,被告人が北栄町事件の犯人であることには合理的な疑いが残るから,被告人が北栄町事件の犯人であるとの原判決の認定は誤っていると主張する。

   以下,弁護人の主張に即して検討する。

 3 検討

  (1) 被告人は,B1が行方不明となった時点でB1と行動を共にし(B1の最終接触者は被告人か),かつ,本件砂浜で全身ずぶ濡れ状態であったかについて

   ア 原判決は,①北栄町事件当日の平成21年4月4日(以下第2の項において年月日を示さない場合には,北栄町事件当日である平成21年4月4日を指す。)に鳥取県倉吉市清谷町1丁目185番地所在のファッションセンターしまむら倉吉店(以下「しまむら倉吉店」という。)で「フジンパンツ,フジンシャツ,スキャンティ,フジンクツシタ,ランジェリー」の売上げがあった旨の同店の売上記録(以下「本件売上記録」という。),本件売上記録の商品と同一仕様の長袖パーカー及び靴下が被告人が使用していた自動車であるスバルプレオ(車両番号鳥取○○○こ○○○○。以下「プレオ」という。)及び被告人の自宅から発見されたこと,北栄町事件当日に女性が全身の衣類を着替えるために必要な組み合わせで被告人の体型に合ったものという条件を満たす売上げは非常に少なく,また,本件売上記録の商品と同一仕様の長袖パーカーと靴下とを被告人の周囲の者が北栄町事件当日とは別の機会に購入する確率は極めて低いと認められることなどからすれば,ずぶ濡れになったので着替えを買ってきてほしいと被告人から頼まれてしまむら倉吉店に行き,女性用衣類を購入した旨のF1の証言を信用することができる,②F1が午前11時11分過ぎ頃に本件砂浜付近で被告人と合流し,その時点でB1は行方不明になっていたとのF1の証言も信用できるから,B1が行方不明となった時点でB1と行動を共にしたのは被告人であると各認定した。

   イ 上記の点について,F1は,平成21年4月4日,被告人からB1と会ってくるので,ファミリーマート鳥取丸山店まで車で送ってほしいと言われて,被告人を同店まで車で送り,被告人の自宅に戻ったところ,被告人からの電話やメールで,B1に連れ回され青谷(西)方面に向かっている,迎えに来てほしいといった連絡を受けたため,トヨタカローラフィールダー(車両番号鳥取○○○ぬ○○○○。以下「フィールダー」という。)で自宅を出て西に向かっていたところ,午前10時40分,被告人からの電話を受け,B1と話していたら川に落とされた,寒いから早く迎えに来てほしい,着替えを買ってきてほしいと言われ,しまむら倉吉店に向かっていたところ,午前10時42分以降の5回の被告人からの電話で,寒いから着替えを買いに行かなくていい,早く来てなどと言われ,午前11時11分頃,ローソン鳥取大栄店の先の本件砂浜近くの空き地で,全身ずぶ濡れ状態の被告人と合流し,被告人から,B1に海に引きずり込まれ,気付いたらB1がいなくなっていたからB1を捜してほしいと言われた,そこで,本件砂浜やその周辺を捜したが,B1を見つけることはできず,B1のダイハツミラ(車両番号鳥取○○ね○○○○。以下「ダイハツミラ」という。)のトランクに積んであったというスコップを被告人から渡され,これを持って帰ってと言われたのでフィールダーの後部座席に積み込み,被告人から着替えたいのでしまむら倉吉店に向かってほしいと言われ,本件砂浜を離れ,しまむら倉吉店にフィールダーを停め,被告人から渡された1万円を受け取り,被告人を車内に残して同店に入り,被告人から指示されていた大きめな服でできれば3Lサイズの衣類を探すために,店員に対して3Lサイズはどこにあるのかと尋ねたり同人に案内してもらったりしながら,キャミソール,パンティー,靴下,ズボン及びフード付きトレーナーを購入し,フィールダーに戻ると,被告人から着替えるためにラブホテルに行ってほしいと言われ,鳥取県東伯郡湯梨浜町大字はわい温泉445番地2所在のラブホテル「ホテルホワイト」(以下「ホテルホワイト」という。)に向かった,ホテルホワイトに入室すると,被告人から,B1のことが心配なのでもう1回ダイハツミラの停まっているところに見に行ってきてほしいと言われ,フィールダーに乗って本件砂浜まで戻ったが,B1を見つけることはできず,午後0時19分から午後0時32分までの間,被告人から4回電話を受け,B1さんがいたか,今どこだなどと言われ,午後0時43分には被告人に電話をかけ,その後,ホテルホワイトに戻り,しまむら倉吉店で購入した衣類に着替えた被告人と共にホテルホワイトを出発し,途中で上記のスコップを捨て,被告人の自宅に戻った旨証言しており(F1の原審第13回公判期日における証人尋問調書75頁ないし94頁,原審第14回公判期日における証人尋問調書2頁ないし31頁,47頁ないし52頁等),上記証言によれば,F1は,北栄町事件当日にはB1と会っていないことになる。

   ウ 上記のF1の証言に関し,しまむら倉吉店の2番レジにおいて,午前11時42分頃,「フジンパンツ」(3Lサイズの杢グレー色の婦人物パンツ。商品コード581-3085),「フジンシャツ」(3Lサイズの白色の婦人用の長袖パーカー。商品コード571-5355),「フジンクツシタ」(22センチメートルから24センチメートルまでのサイズのグレー色の婦人用靴下。商品コード445-4154),「ランジェリー」(Lサイズの黒色の婦人用キャミソール。商品コード377-9936),「スキャンティ」(商品コード372-3138)の売上げがあったことが認められる(検82,証人G1)。また,本件売上記録の「フジンパンツ」(3L),「フジンシャツ」(3L)及び「ランジェリー」(L)は,身長149センチメートル,体重68キログラムという比較的太めの被告人の体型(検62)に合うものであり,かつ,被告人が使用していたプレオから上記の「フジンシャツ」と同一仕様の長袖パーカーが,被告人の自宅から上記の「フジンクツシタ」と同一仕様の靴下が,それぞれ発見されたこと(検82)が認められる。さらに,本件砂浜からしまむら倉吉店までを車で約10分で移動することが可能であり,かつ,しまむら倉吉店からホテルホワイトまでの所要時間も車で約10分であること(検57,証人G1),被告人及びF1がホテルホワイトに入室したのが,本件売上記録の正確な時刻(午前11時42分頃)から約10分後の午前11時51分であったこと(検82)が認められる。以上の事実からすれば,本件売上記録の商品を購入したのはF1であったとしか考えられず,そうすると,ずぶ濡れになった被告人の着替え用の衣類を購入するためにしまむら倉吉店に立ち寄り,被告人の着替え用の衣類を購入してからホテルホワイトに行った旨のF1の上記一連の証言は,極めて信用性が高く,これにより,F1が午前11時11分過ぎ頃に本件砂浜付近で被告人と合流した時点でB1は行方不明になっていたとのF1の証言も,信用性が高いというべきである。

   エ これに対し,所論は,まず,F1が本件売上記録に整合するように証言をした可能性を否定できないし,また,B1の遺体が海中から発見された状況から犯人が濡れた衣服の着替えを現場周辺で購入したという捜査側の描いたストーリーに沿ってF1が上記の供述をした可能性があることに照らすと,しまむら倉吉店で被告人の着替えを購入したというF1の供述を得た後にしまむら倉吉店への捜査を開始した旨のG1(以下「G1警察官」という。)の証言を信用することはできず,さらに,F1がしまむら倉吉店で購入したとされている「スキャンティ」のサイズが明らかになっていないことについて,G1警察官は,商品コードを誤ってしまむら倉吉店に照会したために「スキャンティ」の仕様書を入手することができなかったと証言しているが,「スキャンティ」のサイズという重要な証拠に関する照会の際に商品コードを誤るという初歩的なミスをするとは信じ難く,被告人を北栄町事件の犯人とするのに矛盾する事実を隠蔽している疑いを払拭し難いので,G1警察官の上記証言も信用できない旨主張する。

     しかし,しまむら倉吉店の本件売上記録のみではなく,本件売上記録の時刻と被告人及びF1がホテルホワイトに入室した時刻といったその他の証拠との整合性及びしまむら倉吉店において女性物の衣類を選ぶ際の店員とのやり取りや各商品のサイズや柄を検討した上で商品の購入を決断するまでの状況に関するF1の証言が極めて具体的であること(F1の原審第14回公判期日における証人尋問調書14頁ないし22頁,51頁,52頁)に照らすと,F1の証言の信用性は極めて高いと認められる。また,F1は,平成21年12月中頃,捜査官からB1さんのことについて教えてほしいと言われたため,しまむら倉吉店で被告人の着替えを買ったと話したが,その際に捜査官から資料を見せられたりはしていないと証言し(F1の原審第13回公判期日における証人尋問調書94頁),G1警察官も,F1の供述を得た後にしまむら倉吉店への捜査を開始したと証言しており,B1の遺体が海中から発見された状況から犯人が濡れた衣服の着替えを現場周辺で購入したというストーリーを捜査官が描いたのではないかとの所論の指摘は,根拠のない憶測にすぎないといわざるを得ない。以上を併せ考えれば,F1が本件売上記録に整合するように虚偽の証言をしているとは到底認め難い。さらに,G1警察官の証言によれば,G1警察官は,本件売上記録の商品についてしまむら本店に照会する際,「スキャンティ」の商品コードの末尾4桁が「3138」であるのに「3188」としたため,女性物のパンティーの仕様書を受け取ったが,その時にその誤りに気付かず,照会の回答を受けた約10か月後に誤りに気付いて改めて照会し直したものの,回答を得ることができなかった(G1の証人尋問調書11頁ないし12頁)というものであり,極めて初歩的なミスであるが故にかえって生じ易いミスであると考えられることからしても,G1警察官が被告人を北栄町事件の犯人とするのに矛盾する事実を隠蔽しているとも認められない。

     したがって,所論の上記主張は,採用できない。

   オ 所論は,F1が被告人からずぶ濡れになっているとの電話を受けた午前10時40分から被告人と合流した午前11時11分頃までに30分以上経過しているから,被告人の身体がある程度乾いていた状態であるのが自然であるにもかかわらず,F1は被告人が頭から足先まで全身ずぶ濡れであったとか,髪も水滴が滴り落ちるくらいに濡れていたと思うといった被告人に不利な証言に固執していることからすれば,北栄町事件におけるF1の証言は,この点からも信用できないと主張する。

     しかし,北栄町事件が平成21年4月4日という陽光がさほど強くない初春の時期であったことからすれば,30分が経過してなお被告人が全身ずぶ濡れであったり髪も水滴が滴り落ちるくらいに濡れていたりしたとしても,格別不自然とはいえないから,所論の上記主張は,採用できない。

   カ 所論は,比較的太めの体型の女性用の上下の下着及び上着並びに靴下をまとめて購入する客が稀であるとか非常に少ないと断じることはできない上,太めの体型の女性は被告人以外にも多数存在していること,しまむら倉吉店における本件売上記録の商品と同一仕様の商品の販売数量が明らかになっていないことからすれば,北栄町事件当日に女性が全身の衣類を着替えるために必要な組み合わせで被告人の体型に合ったものという条件を満たす売上げは非常に少ないと考えられるとの原判決の推認は誤っていると主張する。

     確かに,被告人と同様の体型の女性が被告人以外にも存在していることは所論指摘のとおりであるが,比較的太めの体型の女性用の上下の下着及び上着並びに靴下をまとめて購入するということは,通常のサイズの場合に比して少ないと考えられる上,その購入時刻とF1が購入したと証言する時刻とが偶然一致しているばかりか,同一仕様の商品の一部がたまたま被告人の自宅等から発見されるということは更に稀であるといえることからすれば,これと同旨の原判決の推認が誤っているとは認められない。

     したがって,所論の上記主張は,採用できない。

   キ さらに,所論は,被告人の自宅とプレオから発見された婦人用の長袖パーカー及び靴下が,北栄町事件当日とは別の機会に被告人以外の者が購入した衣類である可能性を排斥することはできず,また,発見されたものが婦人用の長袖パーカーと靴下のみであるところ,購入した衣類の一部のみを処分するということは考えられないことなどからすれば,これらを購入したのが被告人以外の者である可能性がある旨主張し,被告人も,プレオは被告人だけではなく,同じアパートに住むH1(以下「H1」という。)やU1も使用していた旨供述する(当審第1回公判期日における被告人供述調書41頁)。

     しかし,被告人が使用するプレオから本件売上記録の「フジンシャツ」と同一仕様の婦人用の長袖パーカーが発見されたのみならず,通常は被告人及びその同居者しか出入りしないと認められる被告人の自宅からも本件売上記録の「フジンクツシタ」と同一仕様の靴下が発見されたことからすれば,これらがいずれも本件売上記録の「フジンシャツ」及び「フジンクツシタ」と一致する高度の蓋然性を否定することは困難である。

     したがって,所論の上記主張は,採用できない。

   ク 所論は,仮に被告人が北栄町事件の犯人であれば,犯行の痕跡が残されている可能性のある本件砂浜にF1を行かせるという自らの犯行が発覚する危険を犯すような行動をとることは考え難いことからすれば,ホテルホワイトに入室した後,被告人から本件砂浜付近を見に行ってきてほしいと頼まれたので見に行った旨のF1の証言は,不自然で信憑性を欠くと主張する。

     しかし,被告人においてB1を海中に誘導し,入水させた後の本件砂浜の状況等を気にかけつつも,自らが本件砂浜に戻ることを躊躇してF1を本件砂浜に行かせようと考えたとしても,それは相応に合理的であると考えられるから,F1の上記証言が不自然であるとは認め難い。

     したがって,所論の上記主張は,採用できない。

   ケ また,被告人は,①B1の運転するダイハツミラで,途中ファミリーマート鳥取浜村店や道の駅北条公園に立ち寄ったりしながら,国道9号を西に向かっていた途中,B1が,被告人に対して被告人とB1との交際について「今後どうするだ。」,「どう思っとる。」などと述べたり,F1のことを「あれは男だろう。」などと問い質したりしていたが,被告人が曖昧な答えをしていることについて怒り出したため,そのまま怒らせたら大変だと思った被告人が,B1に対し,「頭,冷やして。」と言ってローソン鳥取大栄店付近路上でダイハツミラから降ろしてもらうと,B1が本件砂浜方面にいったん去った後,被告人を降ろした場所まで戻ってきたが,被告人がB1に対して「頭,冷えたん。」と尋ねたところ,B1から「いや,もうちょっと。」と言われたので,「じゃあ,もう1回頭冷やしてきて。」と言ったら,B1は「分かった。」と言って本件砂浜の方にダイハツミラを走らせて行ってしまい,その後,被告人はB1と顔を合わせていない,②この間に被告人はF1にメールや電話で迎えに来るように頼んでいたため,午前11時11分過ぎ頃,フィールダーに乗ってきたF1と合流し,フィールダーの後部座席に乗り,F1に対し,B1を怒らせてしまったこと及び被告人のかばんをダイハツミラに残したままにして(ママ)まったことを説明したところ,F1は,フィールダーを運転し,本件砂浜手前の空き地にフィールダーを停め,フィールダーのトランクからペットボトル入りミルクティー2本を持ち出し,被告人をフィールダーに残して1人で本件砂浜の方向へ歩いて行き,約20分経過後,ズボンを濡らした状態で,被告人のかばんを持って戻ってきた,③その後,F1はフィールダーを運転して,しまむら倉吉店には寄らずに,被告人と共にホテルホワイトに入った後,被告人を同ホテルの部屋に残してフィールダーを運転してどこかに行き,しばらくしてから戻ってきたが,その時,フィールダーの後部座席にはB1が当日来ていた着衣の上下とスコップが積んであったと述べ(当審第1回公判期日における被告人供述調書20頁ないし38頁,当審第2回公判期日における被告人供述調書24頁ないし26頁,66頁ないし68頁,70頁),被告人がB1と別れた後にF1がB1と接触したという趣旨の供述をする。

     しかし,まず,被告人が上記①で供述するB1のとった行動自体,一般的には直ちには理解し難いものである。のみならず,被告人と午前11時11分頃に合流した後のF1の行動に関する被告人の上記②,③の供述によると,本件砂浜付近の空き地を去ってホテルホワイトに行く前の時点でF1のズボンが濡れていたというのであるから,F1が北栄町事件を実行したとすれば,それは,F1がホテルホワイトをいったん出てどこかへ行って戻ってくるまでの間ではなく,F1が被告人と合流した後,本件砂浜手前の空き地にフィールダーを停め,同車を降りてから再び戻ってくるまでの間ということになり,そうすると,F1は,約20分の間に,かなりの広さのある本件砂浜(検58添付資料①,⑨,⑩)でB1を探し出し,B1睡眠薬等の成分の由来となった睡眠薬等を何らかの方法でB1自身に服用させ,B1が意識もうろう状態に至るのを待ってB1を海に誘導し,入水させた上でフィールダーに戻ってきたということになるが,B1睡眠薬等の睡眠効果が現れ,意識もうろう状態になるのに要する時間(I1の証言)及び上記一連の各行為それぞれに要すると想定される時間を考慮すれば,F1が約20分間に上記の一連の行為を行うことは極めて困難であると認められるから,被告人の上記供述は,不自然といわざるを得ない。すなわち,被告人は,午前11時51分頃にホテルホワイトに入室したとの動かぬ事実(検82)と,被告人とF1とがしまむら倉吉店に立ち寄ったことはないこと及び被告人がB1と別れた後にF1がB1と接触した可能性があることといった自己の供述とを整合させようとして,結果として不合理な供述をしているというほかないのであって,そうである以上,B1の最終接触者がF1であるという趣旨の被告人の上記供述は,採用できない。

   コ 以上によれば,被告人はB1が行方不明となった時点でB1と行動を共にしており,かつ,本件砂浜で全身ずぶ濡れ状態であったという事実について合理的な疑いが残るとの所論の主張は,いずれも採用できず,本件売上記録,同記録の商品が被告人の自宅及びプレオから発見されたこと並びにこれらに整合するF1の証言に基づいて,B1の最終接触者が被告人であると認定した原判決は,正当である。

  (2) 被告人がB1の体内から検出された睡眠薬等(B1睡眠薬等)の成分の由来となった睡眠薬等を北栄町事件以前に入手していたかについて

   ア 原判決は,北栄町事件に関し,B1睡眠薬等の成分と北栄町事件当時にH1が服用していた睡眠薬等(以下「H1睡眠薬等1」という。」の成分とが一致していること,並びに,H1の証言によって,被告人がH1睡眠薬等1の保管場所を知っており,これに関心を抱いていたこと及び北栄町事件前の平成21年3月下旬頃にH1がH1睡眠薬等1の1包を紛失したことを各認定し,また,摩尼川事件に関し,C1の体内から検出された睡眠薬等(以下「C1睡眠薬等」という。)の成分と摩尼川事件当時にH1が服用していた睡眠薬等(以下「H1睡眠薬等2」という。)の成分とが一致していること,並びに,H1の証言によって,被告人が摩尼川事件前の平成21年9月21日頃及び同月24日頃にH1からH1睡眠薬等2を合計3包譲り受けたと各認定し,さらに,H1睡眠薬等1の成分とH1睡眠薬等2の成分とが一部変化しているが,これは,B1睡眠薬等とC1睡眠薬等との成分の変化に対応していることを併せ考慮して,被告人がH1睡眠薬等1を持ち出した可能性が高いと推認した。

     これに対し,所論は,①H1睡眠薬等1及びH1睡眠薬等2と同じ成分の薬が他に存在しないとは限らないから,B1睡眠薬等とH1睡眠薬等1及びC1睡眠薬等とH1睡眠薬等2のそれぞれについて成分が一致しているからといって,B1睡眠薬等がH1睡眠薬等1に由来し,かつ,C1睡眠薬等がH1睡眠薬等2に由来すると断定することはできない,②平成21年3月下旬にH1睡眠薬等1の1包を紛失した旨及び同年9月21日頃及び同月24日頃に被告人にH1睡眠薬等2の合計3包を譲り渡した旨のH1の各証言は信用できない旨主張する。

     そうすると,被告人がB1睡眠薬等の成分の由来となった睡眠薬等を北栄町事件以前に入手していたかという点と,被告人がC1睡眠薬等の成分の由来となった睡眠薬等を摩尼川事件以前に入手していたかとの点とは,論理上関連するから,以下,併せて検討することとする。

   イ まず,所論の上記①の主張について,平成21年3月18日にH1が□□病院の医師J1(以下「J1医師」という。)から処方されたH1睡眠薬等1は,ハルシオン(トリアゾラム),ハルラック(トリアゾラム),スローハイム(ゾピクロン),ルナプロン(ブロムペリドール),乳糖,フルニトラゼパム(フルニトラゼパム),ソメリン(ハロキサゾラム)が一包に混ざったもの(括弧内は薬の成分)であり,平成21年9月8日にH1がJ1医師から処方されたH1睡眠薬等2は,H1睡眠薬等1の成分のうちのソメリンがソフミン(成分はレボメプロマジン)に変更されたものが1包に混ざった状態のものであること(検74,90,証人J1),B1睡眠薬等の成分は,トリアゾラム,ゾピクロン,ブロムペリドール,フルニトラゼパム代謝物,ハロキサゾラムであり(検67),H1睡眠薬等1の成分と一致しており,また,C1睡眠薬等の成分は,トリアゾラム及びその代謝物,ゾピクロン,ブロムペリドール,フルニトラゼパム及びその代謝物,レボメプロマジンであり(検87),H1睡眠薬等2の成分と一致している上,H1睡眠薬等1とH1睡眠薬等2の成分の違いが,B1睡眠薬等とC1睡眠薬等の成分の違いに整合していることが認められる。これに加えて,上記のように多数の薬剤を組み合わせ,かつ,旧型の抗精神病薬成分(ブロムペリドール)を含むものは珍しいこと(J1医師の証言),乳糖を除く上記の各成分は医師の処方箋が必要な薬物の成分であること(検68,88)も併せれば,B1睡眠薬等の成分はH1睡眠薬等1に,C1睡眠薬等の成分はH1睡眠薬等2に,それぞれ由来している蓋然性が極めて高いと認めることが合理的である。

   ウ そうすると,被告人がB1睡眠薬等の由来となったH1睡眠薬等1及びC1睡眠薬等の由来となったH1睡眠薬等2をそれぞれ入手していたか,すなわち,被告人が,北栄町事件前に近接した時期にH1睡眠薬等1を入手し,また,摩尼川事件前に近接した時期にH1睡眠薬等2を入手していたと認められるかが問題となるところ,所論は,これに関するH1の証言が信用できない旨主張する(前記ア②)。

    (ア) H1は,①被告人は,H1が睡眠薬を服用していることを知っており,平成20年秋頃には,これがH1の自宅の寝室のベッドの南東横の3段棚の上に置いてあることをH1から聞くなどして知っていたところ,同年11月頃,H1に対し,余分に睡眠薬をもらってきてほしいと申し入れ,H1からこれ以上処方量を増やしてもらえないとの理由で断られると,H1の妻に睡眠薬(ハルシオン)をもらってきてほしいと頼み,後日,H1の妻から睡眠薬(ハルラック)を受け取ったものの,その後もH1に睡眠薬を譲ってほしいと3回ほど申し入れていた(H1の証人尋問調書5頁ないし10頁),②H1は,平成21年3月下旬ころ,妻からの指摘で睡眠薬等1包がなくなっていることに気づき,被告人がH1の服用している睡眠薬を欲しがっており,その置き場所を知っていたこと,週1回ないし3回くらいH1の自宅を訪れていた被告人がH1夫妻の隙を狙って睡眠薬を持ち出すことは可能であったこと,H1に睡眠薬を譲ってほしいと申し入れた者は被告人以外にいなかったことから,被告人が持ち出したのではないかと疑ったものの,被告人が持ち出したことの証拠がなかったことから被告人に問い質すことはしなかったが,自分の服用する睡眠薬が足りなくなったため,睡眠薬の処方を受けていた□□病院への通院日を,予定していた同年4月1日(水曜日)から同年3月31日(火曜日)に1日早めた(H1の証人尋問調書10頁ないし14頁),③H1は,K1という暴力団から覚せい剤を買わないかとの被告人からの誘いをいったん受け入れ,その後断ったところ,その後,被告人から,H1が買うはずであった覚せい剤を所持していたとしてK1の組長と若い者が逮捕されたので保釈金50万円を用意してほしい,用意できないなら覚せい剤のことを警察に話すと言われたため,家主から10万円を借りて,被告人に交付した(H1の証人尋問調書14頁ないし21頁),④H1は,平成21年9月21日,被告人から,K1の組長の女が覚せい剤を止めたいがそうすると夜眠れないので同人に渡すための睡眠薬を譲ってほしいと言われ,いったんは断ったものの,被告人から強く懇願されたこと及び自分が覚せい剤を止める時の苦痛を思い出したことから,被告人に対して手元に残っていた睡眠薬等4包のうちの2包を渡し,残りの2包のうちの1包をその日に服用したため,□□病院への通院予定日の前日である同月24日には1包しか残っていなかったところ,同日,被告人から,K1の若い者が鳥取駅まで薬を取りに来ているからもう1つちょうだいと言われ,残り1包しかないと言いながらこれを見せたところ,被告人から,明日病院やけん,いいやろうと言われてこれを取り上げられたと証言する(H1の証人尋問調書21頁ないし27頁)。

    (イ) 上記のH1の証言の信用性に関し,所論は,次のとおり指摘する。

     a 所論は,H1は警察から取調べを受けた際,麻薬及び向精神薬取締法違反で立件される可能性があることを自覚しており,そうなれば,覚せい剤取締法違反の前科があるために厳しい処分を受けることが予想され,そのため,服用していた睡眠薬を被告人に盗まれた旨の虚偽の供述をしていたことからすれば,薬物犯での立件を見送るなどの何らかの見返りに捜査官に迎合する可能性があったこと,飲酒や睡眠薬の影響で記憶をなくすことがあったかとの点に関して,捜査段階では,スパッと記憶が飛んでしまうことがあると供述していたのに,公判廷では曖昧な証言に終始するという不誠実な証言態度をとっていたこと,H1は同じアパートに住んでいて交流のあったL1と被告人とを取り違えている可能性があることから,H1の証言は信用できないと主張する。

       しかし,H1は,睡眠薬の譲渡が麻薬及び向精神薬取締法違反に問われる可能性があることや,H1睡眠薬等2を被告人に譲り渡したことが明らかになればその処方を受けることができなくなることから,被告人が逮捕された後の警察での取調べの際,平成21年9月末ころに被告人に盗まれたといったんは供述したものの,本当のことを言おうと思って翌日警察に電話をかけ,被告人に譲り渡したと供述を変え,原審においても,睡眠薬の譲渡が麻薬及び向精神薬取締法違反に問われる可能性があることを認識しながら,被告人に睡眠薬を譲り渡した旨の捜査段階における供述を維持する証言をし続けていることが認められ(H1の証人尋問調書3頁,27頁ないし30頁,47頁),上記のH1の証言からは,H1が薬物犯での立件を見送るなどの何らかの見返りを受けて捜査官に迎合したなどといった事情は全くうかがわれない。

       また,H1は,上記(ア)のとおり被告人から睡眠薬を要求されてきた経過を証言し,その中で,H1に睡眠薬を要求した者は被告人のみであると一貫して述べていること,被告人からK1の暴力団組長と交流があると聞かされていたことを踏まえて,平成21年9月に被告人に睡眠薬を譲り渡した経緯について述べていることからすれば,H1に睡眠薬を要求した者について被告人と他の者とを取り違えて記憶しているとも認め難い。

       確かに,H1は,焼酎の水割りで睡眠薬を飲んだり睡眠薬を飲んだ後でお酒を飲んだりするとすぐ眠れる,睡眠薬とお酒とを飲んでから寝るまでに記憶がなくなってしまうということはなかった,すぱっと記憶が飛んでしまうとか寝るまでにどこで何をしていたのか分からなくなってしまうことがあると述べたことはないと証言し(H1の証人尋問調書45頁),他方で,平成21年12月2日付けH1の警察官調書を示されて,酒と一緒に睡眠薬を飲んだ後,ふと気づいたら朝になっていて,ベッドの中だったという説明をしたかとの問いに対して,「3年も前のことなので,覚えてないです。」と答え,また,目が覚めた時に自分が寝るまでにどこで何をしていたのか,睡眠薬を飲んでからどれくらいで寝てしまったのか,どうやってベッドに戻ってきたのか,全く覚えておらず分からない状態で,記憶が飛んでしまったようになったという説明をしたかとの問いに対して,「調書に書いてあるんであったら,そうだったのかもしれません。」と答え,さらに,毎晩晩酌しているので,少しお酒を飲み過ぎた後に睡眠薬を飲むと,時間を空けて飲んだつもりでもすぱっと記憶が飛んでしまうことがあると説明したかとの問いに対して,「調書に書いてあるんだったら,そうだったかもしれません。」と答えており,睡眠薬と酒とを併用した場合に,睡眠薬を服用してから入眠までの記憶が覚醒時に残っているかという点に関するH1の捜査段階における供述と公判廷における証言との間には食い違いがあるものの,この違いについて,H1は,時間の経過により記憶が曖昧になっていると正直に答えており,このような証言態度が不誠実であると認めることはできないし,この点に関するH1の証言が曖昧であることによって,被告人から睡眠薬を要求されて譲り渡した経緯に関するH1の証言の信用性が直ちに左右されるものでもない。

       以上のとおり,被告人から睡眠薬を要求されて譲り渡した経緯に関するH1の証言の内容が具体的かつ一貫性があることやその証言態度に照らせば,上記(ア)のとおりのH1の一連の証言は,極めて信用性が高いと認められるから,所論の上記主張は,採用できない。