川合昌幸裁判長名判決 舞鶴女子高生殺害事件控訴審

一審無期懲役を無罪 最高裁も維持 強制わいせつ致死,殺人被告事件

大阪高等裁判所判決/平成23年(う)第889号

平成24年12月12日

【判示事項】       被告人が,被害者(当事15歳女性)にわいせつ行為をしようとし,川岸付近で被害者の衣服を剥ぎ取り,抵抗されるや同女顔面等を鈍器等で殴り傷害を負わせたうえ死亡させた強制わいせつ致死・殺人被告事件で,原審は無期懲役刑を言い渡したが,被告人は無罪を主張して争い,訴訟手続の法令違反・事実誤認を理由として控訴した事案。控訴審は,原審の目撃証言に対する信用性,及び化粧ポーチやパンティー等の遺留品に関する被告人供述に秘密の暴露を認定した説示は論理側・経験則に照らし不合理であり,事実誤認がある等とし,公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するとして無罪とした事例

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 一審判決を破棄する。

 被告人は無罪。

 

       理   由

 

第1 控訴理由及びこれに対する答弁

 1 被告人及び弁護人の控訴理由,これに対する検察官の答弁

  (1) 被告人及び弁護人の控訴理由

   ア 訴訟手続の法令違反

     一審裁判所は,被告人の検察官調書(一審乙2ないし8,41)及び警察官調書(同21,23,26,30,32)並びに尾関利一検事の一審証言のうち被告人の供述を内容とする部分について,「被告人がその内容の供述をした旨の立証趣旨の限度で」証拠として採用し,いずれも事実認定の用に供したが,その証拠採用は伝聞法則に違反し,これらの証拠は,刑事訴訟法322条1項に該当しない上,違法収集証拠にも当たるなど,証拠能力を欠くから排除されるべきものである。そして,その余の証拠によっては原判示「犯罪事実」を認定することはできないから,一審裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

   イ 事実誤認

     被告人は本件の犯人ではないのに,被告人を犯人と認めた一審判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

  (2) 検察官の答弁

    一審裁判所の訴訟手続に法令違反はないし,一審判決に事実誤認はない。

 2 検察官の控訴理由,これに対する弁護人の答弁

   検察官の控訴理由は,一審判決の無期懲役の量刑は軽すぎて不当であり,死刑に処するのが相当であるというものであり,これに対する弁護人の答弁は,検察官の主張は理由がないというものである。

第2 控訴理由に対する判断

 1 訴訟手続の法令違反の主張について

   一審裁判所が,被害者の遺留品の特徴に関する被告人の各供述調書や尾関検事の一審証言のうちの被告人供述部分の証拠能力を認めたのは,その結論において正当と是認できる。

   弁護人は,①供述録取書を非伝聞証拠として採用し得るのは,被告人がその供述をしたという記載が存在するということを要証事実とする場合に限られるのであって,これによって被告人がその供述をしたという事実を要証事実とする場合はあくまでも伝聞証拠であるから,伝聞法則に従わなければならない,②これらにおいて被告人の供述として録取・証言されたものは,被告人の供述といえるか疑問があり,少なくとも任意になされたものではない疑いがあるにもかかわらず,検察官が弁護人からの可視化申入れを無視しているため,取調べ過程が明確にされておらず,これらが刑事訴訟法322条1項該当書面等であることについての検察官の立証責任は果たされてない,③これらは利益誘導等により得た違法収集証拠であるなどと主張する。

   ①の点については,一審判決は,被告人の各供述調書等は,被告人がそのような供述をしたこと自体を立証するものであり,その事実が遺留品の特徴についての被告人の認識を推認させるものであるから,伝聞証拠には当たらない旨説示している。しかし,一審判決は,上記供述調書等から認定できる被告人の供述状況を,他の証拠の証明力の認定に資する事実(いわゆる補助事実)や他の証拠の証拠能力に関する事実としてではなく,遺留品を間近で見たことを自認した事実を示すものとして,すなわち,被告人が犯人であることを示す間接事実として,事実認定に用いているのであるから,これは,供述調書に録取するなどされた供述内容の全体的な真実性を問題にするものではないとはいえ,遺留品の特徴についての被告人の認識を示す供述部分の内容それ自体の真実性が問題とされていると解する余地がある。したがって,これが伝聞証拠には当たらないとの一審判決の説示には直ちには賛同できない。もっとも,これらが伝聞証拠に当たるとしても,被告人が遺留品の特徴の認識があることを推認させる事実を述べたことは,刑事訴訟法322条1項にいう不利益な事実の承認に当たり,後記のとおりその供述の任意性には問題がないことなどにも照らせば,同条項及び同法324条1項により証拠として採用できると解され,その証拠能力は肯定できる(なお,尾関検事の証人尋問は,「被告人が秘密の暴露に関する供述をした経緯等」を立証趣旨として請求され,これに対し,一審弁護人がしかるべくとの意見を述べたことから,証拠採用されたものであり,同証人尋問において,弁護人指摘の被告人の供述部分に係る証言がなされた際にも,一審弁護人からは何ら異議が述べられていない。)から,結局のところ,①の点について,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反はない。

   また,②及び③の点については,後記のとおり被害者の遺留品の特徴に関する被告人の供述調書等の作成過程において,捜査官による何らかの誘導等があった可能性が否定できず,その証明力には疑問があるものの,他方で,取調べ当時,捜査官は,被告人に,被告人の言い分が真実であることの根拠を述べるように求め,被告人も自発的にこれに応じたことに疑いを容れる余地はないから,本件捜査の過程において,弁護人からいわゆる可視化申入れがなされたのに対し,捜査官らにおいて取調べ過程の録音録画等の措置をとらなかったことを考慮しても,任意性に疑問は生じないし,違法収集証拠に当たるなどという指摘も当たらない。弁護人の主張は採用できない。

   以上によれば,一審裁判所の訴訟手続に,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反はない。弁護人の主張には理由がない。

 2 事実誤認の主張について

  (1) 本件は,被告人が犯人であることを示す直接的な証拠(犯行目撃証言,自白等)がない事案であるところ,一審判決は,その挙示する証拠により,被告人が犯人であることを含め原判示「犯罪事実」を認め,その認定理由としては,「事実認定の補足説明」の項において,大要,①A,Bの一審証言をはじめとする関係証拠により,被告人が,平成20年5月7日午前1時頃,スナック×××を出て,自転車を押して被害者と共に大波街道を北上し,同日午前2時3分頃,株式会社△△△前を通過して浜田八田線を東進したことが認められると説示するとともに,②Cの一審証言の信用性を肯定して,同人が,同日午前3時15分頃,大波上集会所前交差点付近で,被告人が被害者と一緒に歩いていたのを目撃した事実が認められるとし,これにより,被告人が,犯行時刻に近い時刻に,遺体発見現場(犯行現場)にごく近接した場所で被害者と一緒にいたと認められるとした上で,これに加えて,犯行が深夜の人の往来の少ない郊外で行われたことからすると,被告人が被害者と別れた後に別の人物が犯行現場において被害者を殺害した可能性は想定し難く,さらに,③被告人が,捜査段階で,自発的に被害者の遺留品である化粧ポーチ及びパンティについてその客観的特徴と合致する具体的な供述をしているところ,これらを知っていた理由としては,被告人が犯人であるほかにはほとんど考えにくいことからすると,被告人が犯人であることが強く推認され,他方,④被告人は,本件当日に外出したことや被害者と一緒に歩行したことを否定して,Dが被害者の遺留品を捨てるのを見たなどとする明らかな虚偽の供述を述べるに止まっており,上記の推認を覆して被告人が犯人であることに疑いを抱かせる事情は存在しないとして,これらによれば,被告人が被害者を殺害するなどした犯人であることが認められると認定説示している。

    一審判決の上記認定説示のうち,①は是認できるものの,②及び③については,論理則,経験則等に照らし不合理な点があって,いずれも賛同できず,そうすると,結局,④について検討するまでもなく,本件の証拠により認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたら合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとはいえない。以下,一審判決の説示に沿って順次検討する。

  (2) 被告人が,平成20年5月7日午前1時頃,×××を出て,自転車を押して被害者と共に大波街道を北上し,同日午前2時3分頃,△△△前を通過して浜田八田線を東進したこと(上記(1)①)について

   ア 一審判決が,「事実認定の補足説明」の項の第3の1において,×××の従業員であるA,大波街道を自動車で通行していたBの一審証言をはじめとする関係証拠により,被告人が,平成20年5月7日午前1時頃,×××を出て,自転車で自宅に向かったこと,同日午前1時20分頃,海上自衛隊舞鶴教育隊南門から北方約130メートルの大波街道上に,被害者と自転車にまたがって立つ被告人がいたこと,被告人及び被害者が,同日午前1時32分頃に舞鶴教育隊格納庫前を,同日午前1時36分頃に同正門前を,同日午前2時3分頃に△△△前をそれぞれ通過したことが認められる旨認定説示するところは,おおむね正当として是認できる。

   イ Aの一審証言について

     弁護人は,Aが,一審公判廷において,被告人が平成20年5月7日午前1時頃に×××を出たと証言する点につき,被告人が名乗っていた「□□□」の伝票には来店及び退店の時刻の記載がなく,Aの記憶以外には客観的証拠がないから信用できず,被告人が別の時刻に店を出た可能性があると主張する。しかし,一審判決が説示するとおり,Aは,被告人が店を出た後,時計を見て30分程度来客がないかを待った上,15分程度後片付けをした後,帰宅するために,同日午前1時47分頃,送迎担当の運転手に電話をかけた旨証言するところ,運転手に電話をかけた時刻については通話履歴による客観的な裏付けがあり,同時刻から逆算して被告人の退店時刻を説明するところには合理性が認められ,十分に信用できる。

     この点に関し,弁護人は,最後の客が帰ってから30分待つというルールのほかに,閉店準備時刻は何時以降というルールがなければ,午後11時に最後の客が帰ったときには,午後11時30分に閉店準備を始めることになりかねないから,×××の営業終了時刻が午前2時であったことを考えれば,閉店の準備は午前1時30分以降というルールがあった可能性も多分にあり,Aが午前1時30分頃に掃除を始めたという事実は,必ずしも被告人が午前1時頃に店を出たことを意味するわけではないなどとも主張する。しかし,Aは,一審公判廷において,最終の客の退出が午前1時頃であっても,暇なときは30分待って客が来なければ掃除を始める旨明確に述べているのであって,午前1時30分以降に閉店準備をするというルールがあったなどという指摘は,単なる憶測にすぎないというべきである(Aが30分程度客を待っても来なければ閉店準備をすると述べている趣旨は,ある程度閉店時刻に近い時刻になった時点で暇であれば,柔軟に閉店準備をすることにしてもよいとされていることをいうものと理解できる。閉店時刻の3時間も前である午後11時の段階で30分間客が途切れれば,直ちに閉店準備をすることになりかねないなどと指摘する弁護人の主張が,誤解に基づくものであることは明らかである。)。弁護人の主張は採用できない。

   ウ Bの一審証言について

     弁護人は,平成20年5月7日午前1時20分頃,海上自衛隊舞鶴教育隊南門から北方約130メートルの大波街道上に,被害者と自転車にまたがって立つ被告人がいたと述べるBの一審証言の信用性について,①被告人の帰宅ルートは,大波街道経由の西回りルートに限らないから,仮に被告人が同日午前1時過ぎ頃に×××を出たと認定できるとしても,それはB証言の信用性を肯定する事情とはならない,②Bの目撃時刻は午前1時20分頃という深夜であり,月齢は0.6でほとんど闇夜であったこと,Bが被告人と被害者が立っていた場所として証言する地点は,歩道の西側に歩道に沿って設置されている街灯の間隙に当たり,街灯の照明が届きにくい場所であったし,Bは車両を運転している状況で目撃したことからすると,視認条件は悪く,Bが男性の容貌を正確に把握できたとは考えられない,③Bは,男性の顎の特徴につき,「顎の細い顔に見えた」旨証言するが,これは,Bが写真面割台帳(一審甲110)の中から特定した写真や,捜査段階で初めて面割をした際に男の特徴として供述したところ(一審弁4)からすると,「顎が逆の台形状に頬から飛び出している形状」を意味するはずであるにもかかわらず,目撃の約1か月後(平成20年6月6日)にB供述に基づき作成された似顔絵(一審甲118)は,そのような形状になっていないし,目撃の2か月後(平成20年7月7日)の供述(一審弁3)でも,頬から顎が飛び出しているという特徴を一切供述していなかったこと,また,車両の減速方法についても,Bは,一審公判廷では,男女を目撃した際ブレーキを踏んで減速し,時速50ないし60キロメートルで走っていたところを,時速25ないし30キロメートルくらいまで落とした旨証言したが,平成20年7月7日の時点では,自然とアクセルを抜いて減速したと述べていることなどからすると,記憶が変容していることが窺える,などと主張する。

     しかし,①の点については,後記のとおり被告人が深夜あえて東回りルートで帰宅したとは考え難いから,Bが被告人と被害者を目撃した時刻や場所と,被告人の×××からの退店時刻とが整合することは,Bの一審証言の信用性を支える大きな根拠となり得るものである。

     また,②の点については,Bの目撃時刻と同時刻に同人立会により実施された目撃状況再現の実況見分調書(一審甲36〔控訴審検1〕)によれば,Bが目撃した地点には,その道路西側に金網フェンスがあり,さらにその西側が海上自衛隊舞鶴教育隊の敷地に接しているところ,その敷地内には同フェンスに面して,高さ約7メートルの位置に道路側を照らす街灯が設置された鉄柱が約40メートル間隔で立てられており,Bが目撃した男性の位置から南方28.3メートル,北方12.3メートルの位置に同街灯があるほか,歩道上にも高さ10メートルの街灯の設備があり,これは男性から北方49メートルの位置にあること,この目撃状況再現の実況見分時にも,男性の顔の輪郭等がはっきりと視認できたことが認められる。この点に関し,弁護人は,その目撃状況を撮影した同実況見分調書添付写真5について,街灯の光が男性の後方(背中の方)から当たっているにすぎないから,男性の容貌を正確に把握できる状況にはなかったと主張するが,弁護人指摘の写真を子細にみても,街灯の光は男性の背後の側からのみ当たっているかはっきりせず,むしろ,一見すると,前方から光が当たっているようにも見えるのであって,弁護人の主張は当を得ていない(なお,弁護人は,控訴審における弁論においては,同写真の撮影時に,警察官が実況見分時に使用した車両のハザードランプがついていた可能性があるなどと主張しているが,単なる憶測にすぎないというべきである上,そもそも,弁護人が弁論においてこのような指摘をすること自体,街灯の光が男性の後方のみから当たっていたとする当初の主張と矛盾している。)。また,Bは車を運転している状況で目撃したから視認条件が悪いという指摘についても,一審判決が説示するとおり,Bは,深夜で普段は歩行者が少ない場所であることなどから女性が襲われるかもしれないなどと思い,自動車を大きく減速し,運転席横の窓を開け,すれ違う際に横から男性の顔を見た上で,その後も二,三回振り返って,正面から男性の顔を注視したというのであって,Bが男性の容貌につき相当程度正確に視認可能であったことに疑問は生じない。弁護人は,運転しながら二,三回振り返ることはできないと主張するが,一審判決が指摘するとおり,当時,B車両の前後には,自車走行車線にも対向車線にも車がなく,人通りもなかったというのであるから,相当程度スピードを落とした上で,振り返って歩道上の男性を見ることは十分に可能であったと考えられる。また,弁護人は,一審証人E’ことEの立会による実況見分の結果(一審弁47)によれば,男性の帽子やサングラスがどのような種類か不明で,顔の輪郭や表情は判別できなかったなどと指摘するが,同実況見分は,Eが自動車の後部座席(運転席の後ろ)に座った状態で,身を乗り出して運転席窓から外を見るという形で行われている上,3回実験したうちの1回目は,フロントガラス越しに車外の対象者を見るのではなく,自動車の横にさしかかった際に車外の対象者に初めて気づきその時点から対象者を見ていることなど,Bの一審証言とは視認状況がかなり異なっているから,Bの一審証言の信用性を左右するようなものではない。さらに,弁護人は,Bは,男性の年齢につき,一審公判廷では50代から60代くらい,捜査段階では45歳から55歳と幅の広い年齢を述べているところ,これは,中高年以上の男性であったという程度しか把握できていなかったことを物語っており,視認状況が悪かったことの証左である旨も主張するが,人の外見からその年齢をどの程度正確に把握できるかは,その視認状況のみからは一概にはいえないのであって,Bが上記程度の幅のある供述をしたからといって,それが直ちに視認状況が悪かったことを示すものとはいえない。

     ③の点については,まず顎の形状については,弁護人指摘の写真面割台帳の写真と,B供述に基づき作成された似顔絵は,同一人物であるとみて何ら差し支えないといえるもので,顎の形状についても,弁護人が指摘するような顕著な違いは認められず,弁護人指摘の捜査段階の供述調書(一審弁3)の供述内容とも矛盾しない。また,減速方法についても,自動車運転時にはその時々の状況に応じた減速方法を無意識に選んで操作することもあり得るのであって,特に職業運転手であるBにとっては,そのような操作は日常茶飯事であるから,その点の記憶があいまいで変容を来しているとしても,それは,一審判決が指摘するとおり,些細な点の食い違いにすぎず,B証言の根幹部分の信用性に影響を及ぼすものではない。弁護人は,車をどのように操作したかという記憶と,その際に何を見たかという目撃内容とは切り離せないエピソード記憶であるなどと指摘するが,独自の経験則に基づくものというほかない。

     弁護人の主張はいずれも採用できない。

   エ 防犯カメラに写った人物と被告人の同一性について

     弁護人は,一審判決が,被告人が被害者と共に,平成20年5月7日午前1時32分頃に大波街道上の舞鶴教育隊格納庫前を,同日午前1時36分頃に同正門前を,同日午前2時3分頃に△△△前をそれぞれ通過したと認定する点につき,①信用できないBの一審証言を前提とするものである,②防犯カメラの映像は極めて不鮮明であり,人物や自転車の異同識別に利用するに足るだけの画質を有してはいないから,防犯カメラの映像それ自体から被害者と同行する人物が被告人であるとはいえない,などと主張する。

     しかし,①の点については,Bの一審証言が十分信用できることは前記ウで説示したとおりである。②の点についても,一審判決は,防犯カメラの映像それ自体から被害者に同行する人物と被告人の同一性を認めたものではなく,Bの一審証言や,被告人が当日大波街道を△△△前まで北上し浜田八田線を東進する経路で帰宅した可能性が高いことに加え,各防犯カメラの映像を精査しても,同日午前零時30分頃から同日午前8時30分頃までの間に自転車とともに大波街道を北上して浜田八田線を東進した人物の中で,被害者に同行していた人物以外には,被告人と頭髪等の特徴が一致する者が見当たらないことなどを踏まえて,被告人と同人物が同一であると認定したものであって,その認定説示に不合理なところはない(なお,確かに,防犯カメラの映像は不鮮明であり,これが直ちに被告人と男性が同一であることを証するだけの証明力を有するものでないことは一審判決が適切に説示するとおりであるが,防犯カメラの映像中の人物のうち被害者に同行していた人物以外の者の特徴と被告人の特徴とを比較し,頭髪等に顕著に違いがあることなどを判定根拠として,被害者に同行していた人物以外の者の中に被告人はいないということを識別するという限りでは,防犯カメラの映像の証拠価値は十分に認めることができる。)。

     この点に関し,弁護人は,被告人が舞鶴市街地から自宅に帰る際のルートは,一審判決がいうように大波街道経由の西回りルートに限られるわけではなく,府道舞鶴高浜線を経由する東回りルートもあるところ,被告人は,自転車に乗って自宅から遠く離れたところに出かけ,いろいろなところから物を拾い集める性癖があったから,夜間であっても,必ずしも一直線に帰宅していたわけではなく,日用品を集めるために,住宅地の多い東回りルートで帰宅した可能性もあるなどと主張する。しかし,一審判決が指摘するとおり,西回りルートの方が距離も短く,起伏も小さいことは明らかであって,弁護人が主張する被告人の性癖を考えても,飲酒後の夜間にあえて遠回りして帰宅する可能性があったとは認め難い。そして,被告人は,警察官調書(一審乙18)において,舞鶴市街からの帰りは大波街道を通る西回りルートを通ることがほとんどであり,旬工房というスーパーに買い物に行く以外は東回りルートは通らない旨を明言していたにもかかわらず,一審公判廷において,これを翻したものであって,しかも,その変遷の理由については十分に説明できていないことに照らしても,東回りルートで帰宅したとの主張は根拠に乏しい(ただし,被告人の検察官調書(一審乙38)中の,舞鶴市街地から帰宅する場合は,大波街道を通るルートしか通ったことがない旨の供述は,上記警察官調書と矛盾する上,現に,被告人の行動確認の結果(一審甲120)によれば,被告人が舞鶴市街地から上記旬工房なるスーパーに立ち寄った上で東回りルートを用いて帰宅している事実が認められることに照らしても,信用できないというべきである。)。なお,弁護人は,弁護人のうち1名が自ら自転車に乗って×××から被告人宅へ行き来したところ,東回りルートと西回りルートとでは,距離も高低差も,捜査段階で警察官により行われた実測走行ほどの差はなく,所要時間も大幅に異なることはないとの結果が得られたと主張するが,弁護人の実測結果(控訴審弁8)は,捜査段階での警察官による実測走行(一審甲119,Fの一審証言)とは,測定の開始地点や走行ルートが異なることが認められ,したがって,直ちに警察官の実測走行の結果が不正確であるなどとはいえない上,弁護人の実測結果を前提としても,依然として,西回りルートの方が,距離が近く,高低差もあまりないことには変わりはないといえる。弁護人の主張は採用できない。

   オ 結局,一審判決が,被告人が,平成20年5月7日午前1時頃,×××を出て,自転車を押して被害者と共に大波街道を北上し,同日午前2時3分頃,△△△前を通過して浜田八田線を東進したと認定したこと(前記(1)①)につき,不合理な点はない。

  (3) 被告人が,平成20年5月7日午前3時15分頃,△△△前から浜田八田線を東進した先にある大波上集会所前交差点付近で,被害者と一緒に歩いていたこと(前記(1)②)について

   ア Cの一審証言の信用性について

     Cは,一審公判廷において,平成20年5月7日午前3時15分頃,浜田八田線を東進し,大波上集会所前交差点を徐行して通過する際,その北側歩道上に,十代に見える小柄な若い女性と共に,自転車を押す男性が南向きに立っていて,同男性は,やや面長の輪郭の,顎がちょっと細い,ヤギのような顔立ちで,細くて幅の広い気色悪いような感じの目をして,黒っぽい服で,黒っぽい野球帽をかぶっており,同男性は被告人とよく似ていた旨証言している。

     一審判決は,「事実認定の補足説明」の項の第3の2において,このCの一審証言の信用性を認め,被告人が,平成20年5月7日午前3時15分頃,△△△前から浜田八田線を東進した先にある大波上集会所前交差点付近で,被害者と一緒に歩いていたと認定説示した。

     しかし,Cの視認状況は必ずしもよいとはいえず,しかも,取調べの際に被告人の写真を単独で見たことによりCの記憶が変容した可能性も否定できない上,Cが供述する目撃した男性の特徴は,事件直後の初期段階では,被告人のそれと大きく異なっていたものが,その後の時間の経過に伴い,被告人の特徴と一致しないものが順次消失し,最終的には被告人の特徴とほぼ整合する内容にまで変遷しており,その合理的な説明もつかないことなどに照らし,Cの一審証言の信用性には疑問を差し挟む余地がある。そして,Bらの一審証言や防犯ビデオ画像の精査結果から認められる男女の移動経路等を踏まえても,Cの目撃した男性と被告人とが同一であったと断定することはできず,被告人が,平成20年5月7日午前3時15分頃,大波上集会所前交差点付近で,被害者と一緒に歩いていたとした一審判決の認定説示は,論理則,経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ない。以下詳述する。

   イ 視認状況について

     C立会により目撃状況を再現した実況見分調書(一審甲40〔控訴審検2〕)によれば,大波上集会所前交差点には,4か所に街灯設備があって,いずれも交差点内を照らしており,同交差点は明るい状態であり,特に,Cが目撃した男性の位置から東方2.5メートルの地点に,高さ約10メートルの街灯が設置されていたこと,また,同交差点には計6基の信号機が設置されていたことが認められる。そして,Cは,一審判決が指摘するとおり,同交差点付近から西方約150メートル付近で男女を見かけ,その時刻にその場所で男女の二人連れが歩いているのを見たのは初めてであったことから,不審に思って興味を抱いて見ていたところ,その後,サングラスを忘れていたことに気づいて,同じ道を通って自宅に戻った際に,同交差点付近で同じ男女を見かけたため,すぐ止まれるくらいの速度で徐行し,助手席の窓を開け,体を助手席に乗り出すようにして自動車内から男女を注視したというのである。そして,Cの視力が1.0以上と良好であり,男性との距離も2メートルほどであったことからしても,Cが男性の容貌を把握することが不可能であったとまではいえないと認められる。

     しかし,Cが男性を目撃したのは,同交差点を通過するほんの数秒のことである上,Cは,男性だけでなく,その1メートルほど手前に立っていた被害者の様子も注目していたというのである。Cが被害者の容貌等について述べるところをみても,その年齢は十代半ばから後半,体格は小柄,身長は150センチメートル程度,黒っぽいストレートの髪型,ズボンにトレーナー様の服装であったなどと,被害者の実際の容貌等にかなりの程度合致するものを相当程度具体的かつ詳細に述べているほか,目撃時には,被害者がCの方を見てにこにこ笑っており,体を揺すってものすごく楽しそうにしていた,などとも証言している。このような証言内容からは,Cは,目撃時に,被害者の方に相当強い注意を向けていたことが窺えるのであって(同様に走行中の車内から男女を目撃したBの証言・供述とはこの点に差異が認められ,Bの視認状況とCの視認状況との間には差があるというべきである。なお,Cは,平成20年5月16日に駐在所に情報提供をした当初から,女性の特徴についてはかなり詳しく説明していることが認められる。),被害者の後方に立っていたという男性の容貌を正確に捉えることができたかどうかについては,疑問を差し挟む余地があるというべきである。これらの点に照らすと,被害者と一緒にいた男性に対するCの視認状況は,決して良好であったとはいえない。

   ウ 捜査段階における識別手続について

     Cは,平成20年5月16日に自ら駐在所に出向いて,男女を目撃した旨の情報提供をした後,同年12月27日,平成21年1月6日及び同月11日にG警察官の取調べを受け,同日付け警察官調書(一審弁6)が作成され,同月11日(一審甲39)及び2月5日(一審甲40〔控訴審検2〕)に,目撃状況の再現実況見分に立ち会った。Cは,同月11日に,上保由樹検事の取調べを受けて検察官調書2通(控訴審弁1,2)が作成されるとともに,写真面割が行われて54枚の写真の中から被告人の写真を選び出し,平成22年7月1日には,上野正晴検事の取調べを受けて,更に2通の検察官調書(控訴審弁3,4)が作成されたことが認められる。

     Cは,目撃した際の状況や男女の特徴等につき供述をしているところ,平成21年1月11日にG警察官の取調べが終わった後,同警察官が所持していたファイル中に被告人の顔写真1枚があるのを見つけて,本件殺人の被疑者とされている者の顔に興味を抱き,G警察官に頼んで,同写真を見せてもらったことが認められる。この写真の提示は,まだ正式に写真面割の手続をしていない段階において,Cが,警察が殺人事件の被疑者として考えている人物の写真であるとの認識の下に,被告人の写真のみを見たというのであるから,その記憶保持に影響がなかったなどと容易に断定することはできず,写真の提示によりCの記憶が変容した可能性は否定できないというべきである。

     この点につき,一審判決は,CがG警察官に頼んで見せてもらった写真は,後に上保検事が写真面割に用いた写真面割台帳(一審甲112)中の写真とは別のものであり,現在よりも顔の横幅が広く印象が異なっており,Cが2枚の写真の印象の違いについても供述していること,Cは,上保検事による写真面割に際し,自分が目撃した者とよく似ているものとして被告人の写真を特定したものであり,自らの記憶に照らして目撃した人物と写真の同一性を判断する姿勢で識別をしたことが認められるとして,G警察官の所持していた写真を見たことや写真面割等の一連の捜査の過程で,Cの記憶が変容したり影響を受けた懸念はない旨を説示している。しかし,ここでは,G警察官による写真の提示によって,Cの記憶が無意識のうちに変容した可能性の有無が問題となるのであって,Cが,写真面割の時点で,その主観においては自己の記憶に照らして目撃した人物と写真との同一性を判断するという姿勢であったからといって,それは写真の提示の影響がなかったことの根拠とはならないというべきである。この点の一審判決の説示は説得力が乏しいといわざるを得ず,賛同できない。

   エ Cの供述の変遷について

     さらに,控訴審における事実取調べの結果をも踏まえて,一連の捜査過程におけるCの供述を子細にみると,以下の事情が指摘できる。

    (ア) Cは,平成20年5月16日に自ら駐在所に出向いて男女の特徴を供述したところ,その際,目撃した男性については,年齢19,20歳くらい,細い顔,細身で背は低くない,身長170ないし175センチメートルくらい,頭髪はロン毛ではなく短かった(特徴のある髪型ではなかった。),色不明,着衣等不明,気持ち悪い目つきなどと述べるとともに,顔まではよく覚えていないが,目つきが特に印象に残っていると述べ,同駐在所に掲示してあった「指名手配被疑者 高橋克也」の顔写真を見て,その目の横幅をもう少し狭めた感じと説明し,「尋ね人 H」の顔写真を見て,その目の上下をもう少し大きくした感じであったと説明した。

      このC供述は,目撃直後といってよい段階のもので,記憶も比較的新鮮であったと窺えるが,この際のC供述に係る男性の容貌の特徴は,年齢や髪型,帽子を含む着衣の状況等があいまいである上,目つきについては,一審公判廷で証言するところと大きく異なっていることが認められ(駐在所に貼付してあった顔写真は,いずれも細長い目とはいえず,特に高橋克也のそれはむしろ上下に幅広いといってもよいもので,これの横幅をもう少し狭めた感じという説明は,Cの一審証言に係る男性の目の特徴とは明らかに異なるものである。),Cの一審証言の信用性を相当程度減殺するものといわざるを得ない。

      確かに,Cから目撃情報を聴取した駐在所の警察官は,捜査報告書(一審甲100)において,Cは,男性が女性の後方に位置していたことから,男性の顔の詳細に至る特徴及び着衣の詳細までははっきりと認識できず,局部的に目元付近を注視したものであり,当該男性の顔,輪郭等の特徴について,年齢を判別できるほどの目撃情報が得られていないことから,年齢は異なる年齢層である可能性も考えられる旨を記載しており,Cの年齢についての供述は断定的なものではなかったと窺える。しかし,最も注視したという目つきについての証言内容に食い違いがあることについて,後記のとおりその合理的な説明は困難であることからすると,やはりCの一審証言の信用性に疑問を抱かせるものといわざるを得ない。

    (イ) その後のCの供述をみても,Cは,G警察官が録取した平成21年1月11日付け警察官調書(一審弁6)では,目撃した男性は,服装や髪型については,暗がりではっきりとは見えなかったが,細身でスラリとした体型で,背筋がピンッと張り,やや顎を上げたような反り気味の姿勢がシルエットでよく分かった,服装についてははっきりとしたことは覚えておらず,人相についても暗がりでのことなのではっきりとはいえないが,いわゆるロン毛のような長い髪ではなかったと思う,身長は女性より頭一つ分くらい大きい背丈で,中背くらいという印象であった,女性が一見して若い女の子であったこともあり,どうせ若い男だろうと思っていたが,実際にはっきり見ているわけではないので,本当のところは分からない,などと供述している。

      ここでは,(ア)で記載した駐在所でのCの供述内容のうち,被告人と類似する特徴については,ほぼ同様の内容が供述録取されているものの,目つきの点など,被告人の特徴と異なると思われる点については録取されていないことが認められる。

      この点につき,G警察官は,一審公判廷において,Cが,細身でスラリとした体型,帽子をかぶっていたように思う,人相については,細い目であり,顔の特徴につき,ヤギのような顔という珍しい言い方をしていたが,顔の特徴についてうまく表現ができない様子で,鼻や口は分からないなどと述べていたことから,人相に関する供述については慎重に検討し,記憶を喚起する必要があると考えて,この際は供述調書に録取しなかったなどと証言している。しかし,事件発生から8か月以上も経過し,G警察官自身による取調べも既に3度に及んでいたというこの段階において,更に具体的にいかなる方法で,Cの記憶を喚起しようとしていたのかという疑問は払拭できない。むしろ,仮にCがヤギのような顔であったとか,細い目であったとかといった特徴的な供述をしていたというのであれば,G警察官が,それを供述調書に記載しないというのは不自然といわざるを得ないし,帽子についても,仮にG警察官がCから帽子をかぶっていたと聞いていたのであれば,供述調書に録取した上で,その後の目撃状況の再現実況見分でも男性役の者に帽子をかぶせるなどして顔の見え方等を含めて確認するのが自然というべきであるが,そのような前提での再現はされていない。そうすると,G警察官が説明するところは,Cが述べる男性の容貌の特徴を録取しなかった理由として必ずしも納得が行くものではない。G警察官がCを取り調べた段階では,既に被告人が本件の被疑者と目されていたことを考えれば,G警察官が,Cが供述する男性の特徴のうち被告人と一致する点のみ供述調書に録取したという疑いもあながち否定はできないし,更に翻って,CがG警察官が証言するように男性の特徴を供述していたのかについても,疑問を差し挟む余地がないとはいえない。

    (ウ) さらに,同年2月11日付けの2通の検察官調書(控訴審弁1,2)では,目撃した男性につき,目がとても印象的であり,幅が広めの目で,横長で気持ち悪い印象を受けた,顔の形は,やや細めで,かつ,やや長めであった,鼻や口のつくりは分からず,全体的に黒っぽい服装であった,身長は170センチメートルかそれよりも高いくらいに見え,細身でスラリとした体型であり,背筋がピンと伸びていた,黒っぽい帽子をかぶっており,前方に庇がついた形の帽子であった,などと録取されている。

      これは,男性の特徴につき,それまでよりも具体的な内容が録取されたものであるが,それにとどまらず,(ア)の駐在所で述べた供述内容と比較すると,男性の目つきについて,もともと上下に幅広いものであったはずが,横長の目に変わってしまっているほか(同調書においては,駐在所での説明内容についても言及されているが,そこでは,目つきについては,駐在所で説明をした当時から横長の目であると説明したとした上で,高橋克也の顔写真の目よりも上下がやや狭い目であり,また,Hの顔写真については,目玉の感じがよく似ているなどと録取されており,変遷がみられる。),それまでには供述していなかった帽子をかぶっていたことなども録取されており,全体として,供述内容が被告人の特徴により近いものに変遷している。しかし,同調書においては,男性の年齢については,女の子の年齢に引っ張られて男の年齢を推測して答えたので,若い年代だったとは限らない旨,理由を示して駐在所への情報提供時と異なる説明をしているのに,目つきや帽子の有無に関する説明の変遷については,理由が何も示されていない(なお,Cは,一審公判廷において,帽子については,駐在所に行ってから二,三週間後に,仕事でトラックを運転していた際に,男性が庇のついた黒っぽいよれよれの帽子をかぶっていたことを思い出したなどと説明する一方で,G警察官に男性の頭部のことを説明したかどうかについては,話に出たと思うとか,帽子をかぶっているような話はしたかと思うとか証言した挙げ句,はっきりしないが,帽子のことは聞かれていたら答えていたはずであるなどと証言している。しかし,前記のとおり,G警察官が作成した平成21年1月11日付け警察官調書には,帽子のことは録取されておらず,髪型につきロン毛ではなかったとのみ録取されている。仮にCがG警察官に帽子のことを述べていたのであれば,前記のとおり,その点を録取していないというのは不自然であるし,逆にCが帽子のことを述べていなかったとすると,髪型のことが話題になったにもかかわらず,帽子のことを述べなかったことになるから,やはり不自然の感は否めない。Cの説明は直ちに納得できるものではない。)。