附帯控訴と請求の拡張 最高裁昭和32年

民事訴訟法判例百選 第5版 A38

              土地明渡請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和31年(オ)第910号

昭和32年12月13日

【判決要旨】       第一審において全部勝訴の判決を得た原告も、控訴審において附帯控訴の方式により、請求の拡張をなし得るものと解すべきである。

【参照条文】       民事訴訟法232

             民事訴訟法378

             民事訴訟法372

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集11巻13号2143頁

             裁判所時報248号15頁

             判例タイムズ79号87頁

             判例時報134号21頁

【評釈論文】       別冊ジュリスト5号186頁

             別冊ジュリスト76号262頁

             民商法雑誌37巻6号112頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第一点、並びに同押谷富三、同田宮敏元の上告理由第一点について。

 第一審において、全部勝訴の判決を得た当事者(原告)も、相手方が該判決に対し控訴した場合、附帯控訴の方式により、その請求の拡張をなし得るものと解すべきである。本件原審において、被上告人がした所論請求の拡張も、これを実質的に観れば、附帯控訴に外ならないものと解すべきであり、その方式においても、民訴三七四条、三六七条に反するところのないことは、記録上明らかであるから、右請求の拡張すべからざるものとする論旨は、採用することはできない。(なお、貼用印紙の不足額については、当審において被上告人をして追貼せしめたから、この点においても、欠くるところはない。)

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第二点について。

 昭和二一年九月二〇日被上告人と上告人との間に本件裁判上の和解が成立したことは、原審の確定したところであり、本訴は、被上告人が上告人に対し右和解契約の履行を請求するものであつて、たとえ、右裁判上の和解に所論のような訴訟法上の効力に関する問題が存在するとしても、その如何にかかわらず、右裁判上の和解において、当事者間に私法上の和解が有効になされたことは争い難いところであるから、所論は、ひつきよう、右私法上の和解の履行を求める本訴請求を拒否する理由とはならないものである。

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第三点、第四点、同鍛治利一、同片山通夫、同押谷富三の上告理由第五ないし第八点、および、同押谷富三、同田宮敏元の上告理由第三点について。

 原審は、本件土地賃貸借契約について、被上告人は、かねてから本件土地を含む一、一〇七・四坪をビル建築用敷地として使用する計画を持つていたため、これを長期にわたつて他に賃貸することのできない事情が存したことを認定した上、本件賃貸借成立に至る動機、その契約内容、本件土地の位置および周囲の環境等に関する諸事情を判示のように認定し、これ等の諸事情と挙示の各証拠を綜合して、本件土地賃貸借の設定をもつて、借地法九条にいわゆる土地の一時使用のために賃借権を設定したことが明らかな場合に該当するものと判断したのであつて、原審の右の判断は首肯し得るところである。所論はいずれも右原審の認定ならびに判断を非難するものであるが、原審の右判定は正当であつて、論旨を採用することはできない。(なお第八点の所論は単に違憲に名を藉りて原審が正当になした判断を攻撃するにすぎない。)

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第六点について。

 一時使用のための賃貸借の場合、契約の更新に関する所論借地法等の規定の適用のないことは明らかであり、本件賃貸借において、正当の事由がなければ契約の更新を拒絶することができない旨の約款の存したことは、原審において上告人の主張しないところであるから、原判決がその点について特段の判断をすることなく、本件賃貸借は約旨に従つて、期間の満了により終了した旨判示したことをもつて、原判決に所論のような違法ありとすることはできない。

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第五点、同鍛治利一、同片山通夫、同押谷富三の上告理由第九点について。

 原判決が本件明渡の請求をもつて、所論のような権利の濫用にあたらないとした判断は正当であつて、右の判示に所論のような違法あることはみとめられない。

 上告代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由第七点、同鍛治利一、同片山通夫、同押谷富三の上告理由第一〇点、同押谷富三、同田宮敏元の上告理由第二点について。

 被上告人の上告人に対する本件土地の明渡請求は、本件賃貸借の終了を原因とする明渡義務の履行を求めるものであるから、右賃貸借終了の事実を認定し賃借人たる上告人に右土地の明渡ならびに約定賃料額相当の損害金の支払を命じた原判決の所論判示に何ら違法のかどはない。被上告人が上告人をして本件土地を使用収益することを得しめない事実若しくは被上告人がすでに本件土地の一部につきその占有を回復した事実のごときは、原審において上告人の主張もなく、原審の認定しないところである。論旨は理由がない。

 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

   上告人代理人片山通夫、同押谷富三の上告理由

第一点 一、二審に於て請求の拡張を為すことの適否に付検討するに覆審制度を採用してる我民事訴訟法に於ては若し二審に於て請求を拡張せられたる請求部分に付ては遂に覆審の恩典をうくる機会と利益を得ないという極めて不利益な結果となり上訴制度本来の趣旨に反する。蓋し控訴に関する民訴第三六〇条によつては「控訴は地方裁判所が第一審として為した終局判決に対して為す」ことを大前提として居るに拘はらず若し二審に、て請求の拡張を許されるものとせば此の控訴に関する第三六〇条の規定に抵触を来たし「一審の終局判決」として限定された限度を超過するの結果を惹起する。

二、又若し例へば(イ)一審にて十五万円を請求せる処勝訴し二審にて之を壱千万円に拡張せる場合(ロ)一審にて単に家屋の損害金のみを求め勝訴したる上二審にて該家屋の明渡夫自身の請求をも拡張をなし(ハ)一審にて(A)土地明渡を求め勝訴したる上二審にて隣接の(B)(C)の土地の明渡を求むる拡張を為す等其二審に於ける請求が一審より遙に数量の上に於て多額に性質の上に於て重大なる場合斯る二審の請求の拡張は果して許さるべきか二審に於ける請求拡張は如何なる程度限界迄為し得るものなりや又性質の異る請求を拡張し得るや等幾多の難問題が発生し単に本件の如き土地の明渡に於て其坪数を拡張せる単純なる場合のみ二審の請求の拡張を許すとせば叙上の如き請求の拡張に於て是を如何なる程度限界にて適法不適法となるや其限界は如何にすべきやの難問題に逢着する。

三、是等の点より考量すれば二審に於ては絶対に請求の拡張を許すべからざるものと思量する。其相手方の異議あると否とに拘はらざるものである。然るに本件に於ては百坪中の五十坪のみ一審にて勝訴となり二審にて百坪に拡張し控訴人は之に対し不適法として異議を述べた処原判決は此点に関し単に「請求の基礎に変更なきは勿論之が為に訴訟の完結を著しく遅延せしめ」ないから適当と判断したが(イ)請求の基礎に変更ありや否や(ロ)訴訟を著しく遅延せしめるや否やの問題とは全く別個の問題で叙上の如き(一)(二)に述べた二審制度の基本に抵触する根本原則に違反するに付此点に於て民事訴訟法三九四条判決に影響を及ぼすべき法令の違反あるにより原判決は破毀を免れない。

第二点 一、当事者間に何等紛議が存在しないに拘はらず為された即決和解は無効であるとの抗弁に対し原判決は「被控訴人から其所有に係る本件土地に近接する土地を借りて居た柴田組との間に賃貸借に付紛争を生じたので本件賃貸借に付ても将来の紛争を防止する為……」とて右抗弁を排斥した。然し乍本件土地に近接する土地に紛争あつたとしても本件土地夫自体には何らの紛争がない又紛争を生ずるの恐も存在しない極めて平和な間柄である。特に被上告人大阪北支社長、富永英治の実弟である上告人が同人の紹介で賃貸借を為した間柄であつた。従つて此くの如き近接地自体の紛争を以て本件土地の和解の必要の素因を為すは極めて「口実つけ」にして右近接土地の紛争の為に本件土地夫自体に如何なる紛争の起る恐ありや具体的事実を明にするに非らざれば判決に理由を附せざるの違反あり民事訴訟法第三九五条六号前段により破毀を免れない。

第三点 一、原判決は本件は借地法第九条所定の一時使用の為の借地であると判断する証拠として(イ)昭和十一年頃ビル建築の申請却下されたが尚其計画を放棄することなく(ロ)終戦後荒廃したが所期の目的実現の見込立つ迄信頼できる借地人に賃貸することとなり(ハ)現に右地上は大阪玄関口として恥しくない立派なビルを建築する意向である等を認定し右認定事実を根拠として一時使用の為借地権を設定したこと明なりと判断した。

二、然し乍右(ハ)の事実は現在に於ける被上告人の希望に過ぎない。事は遠く昭和廿一年頃の賃貸借契約成立当時の事柄である。現在の右(ハ)の事実を以て十年以前の昭和廿一年当時の契約成立の当事者の意思を断定することは不当も甚しい。蓋し借地法第九条の一時使用の為の賃貸借であるか否かの認定は右契約成立当時の事情、動機、契約の性質から定めるべきに拘はらず十年経過後の現在の事情を以て其認定の資料としたのは実験法則又は証拠法に違反する不当があり民事訴訟法第三九四条所定の法令の違反又は三九五条六号前段に違反し破毀を免れない。

第四点 一、原判決は借地法第九条の判断に当り前示の(イ)(ロ)(ハ)の如き諸点から之を一時使用の為の借地と認定した。然し乍之等の事情から寧ろ反対に一時使用の為でないと判断せらるる。

二、蓋し同条の「一時使用」とは宅地上に存在する設備の構造、種類、宅地利用の目的其他の事情から当事者間に借地権を短期間に限り存続せしむる合意が成立したと推認できる相当の理由ある場合である。一時使用とは借地上に建設せられた建物使用の目的態様に永続性なく借地人をして期間的に保護する必要がないことが明瞭に認められる場合でなければならない。存続期間に付て短期の合意であることの一事を以てしてはならない。(大判大正一二、一二、八、民集六五五頁)

三、上告人は土地家屋は高級喫茶を目的とする本建築で仮建築でない事を強調したに反し原判決は地上建物は「借地法第二条の堅固の建物なら格別木造スレート瓦葺二階建に過ぎないから本建築であればそれだけでは反証とならない。」とした。

四、而して上告人の此点に関する主張は本件家屋は昭和廿一年六月建築され戦災都市に於ける建築物の制限に関する勅令第三八九号後なる同年八月十五日から施行されたから本件家屋には適用されない。本件家屋は事実上も法律上も本建築で仮設建築でないことを主張した。而して上告人は此の点に付本建築なりや堅固の建物なりや等に付鑑定の申請をしたが之を却下し原審は此重大なる建築の性質、構造という点に付其専門的建築家の意見によらないで「木造スレート瓦葺二階建に過ぎないから」とて其登記簿上の名称にのみ捕へられ其構造、性質の実情を審査しなかつた不法がある。

五、要するに原判決は将来ビル建築の計画あるからの一事に拘泥し地上の実際の建築の構造、性質を審査しないのみならず其ビル建築の計画という事に付ても将来の建築の具体性即ち建築の構造、経費、場所、何の為の建築等の具体的事実の主張も立証も其証拠調をしないで只単に将来ビル建築の計画という極めて不明確、不確定な一事を捕へて現存する借地人側の地上建物の構造、性質や其他の特殊の事情に耳を傾けない不法がある。

六、加之原判決は警察力で阻止できない様な第三国人の不法占拠、進駐軍より取上を防止する為信頼できる借地人を求めた結果被上告人の大阪北支社長富永英治の実弟である信頼できる人として上告人に賃貸したことを認定したが右認定は「一時使用の為賃貸した」ことの反証となれ右認定の資料とはならない。蓋し当時の混乱状態、無警察状態の窮境を防ぐに必要な信頼できる借地人として被上告人に関係ある上告人に此急場の救を求め高級喫茶の店を開くことを許容しながら之を目して一時使用の為の貸地となすは矛盾も甚しい。従つて叙上の原判決自ら認定した事実を無視して之と反対の判断を下し「一時使用の為の借地」となすは失当である。

七、原判決は更に「(イ)期間満了の際異議なきときは更に二年更新する旨の約定あるも(ロ)被控訴人が所期の目的実現の見込立つも暫定的に賃貸したものであるから(ハ)約定期間が満了するも尚目的実現の運に至らざる場合を慮り更新の約定をしたものと考へられ(ニ)斯る約定は必ずしも一時使用の為の賃貸借と両立しないものでもない」と判断した。然し(イ)に付ては証拠によつて認定したが右(ハ)(ニ)に付ては何等証拠によらないで判断した不法あるのみならず右(ハ)(ニ)の説明だけでは上告人の(イ)の論旨を排斥する法律上の理論が成立しない。更新の規定ある以上必ずしも二ヶ年の短期間と絶対的に限定したものでない。原判決は嚢に「(ニ)本件和解調書に期間は二年で満了する」旨の記載ありとし之を捕へ以て二年の短期間に限定したから一時使用の為と断定し乍右(イ)の更新の規定存在することを排斥するには何らかの法律上の理論的根拠を示さなければならないに拘はらず之を示さない不法がある。

八、叙上の如く原判決は大審院の従来の判例即ち昭和九、二、廿二、裁判例八巻二八頁、昭和九、四、十二、裁判例八巻八八頁、昭和十五、十一、廿七、民集二一一〇頁等にも違反するにより結局民事訴訟法第三九四条所定の法令違反あるにより破毀を免れない。

第五点 一、原判決は権利の濫用問題に付「一時使用の為に賃借期間を二年と定めて賃貸し其期間満了し予て計画の建築する必要に迫られ明渡を求めたのは権利の行使として当然である」との趣旨で権利の濫用にあらずとして此抗弁を排斥したが「私権は公共の福祉に遵ふ権利の行使は信義に従ひ誠実に之をなすことを要」し然らざる場合の権利の行使は権利の濫用として許されないことは民法第一条の明定する処である。

二、原判決は「(イ)昭和十一年頃八階ビル建築許可申請せるも却下せられ其後戦争の為資材入手困難で一時中絶し右計画を抛棄することなく本件土地を保有していたこと(ロ)本件土地は荒廃に任されて居たが三国人が不法占拠し警察力でも阻止できず被控訴人は所期の目的実現する見込立つ迄暫時土地を信頼できる借地人に賃貸することとなり被控訴人の大阪北支社長の富永英治から紹介を受けた控訴人に賃貸した……」ことを認定して居る。然し被控訴人の本件土地を含む一帯の土地の上に高層建物を建築する必要に迫られて居ることの具体的事実に付ては被控訴人は何等の主張なく原審も亦何等の判断をして居ない。即現在如何なる内容の建築、設計ができ上つて居るのか其工事の内容、費用、土地の利用の仕方等を明白にし之と借地人の特殊な利益とを比較対照しなければならない。然るに原審は此重要な点に付何等の審査をしないで「賃貸借の期間二年満了により賃貸借終了したから予て計画の建築をする必要に迫られて居り明渡を求むるのは権利の行使としては当然である」と極めて抽象的に判断している。

三、然し乍終戦後再び被上告人は如何なる企画、如何なる新な構想の下に本件土地一帯の地上に如何なる建築を為すか其権利行使の具体的内容、其権利行使の具体的程度、限界を定むるかは看過できない重要問題である。本件土地は空地でなく地上に建物が一杯に建築されてる。而も原判決自ら認定せる如く三国人の不法占拠を警察力でさへ阻止できない荒廃の土地を信頼の出来る善き借地人として上告人が紹介されて借地人となり多額の投資を為して本件土地を護り抜いて今日の繁華街を為した特殊の事情下にある本件地上建物を収去しその土地明渡を求むるに当つては宜しく被上告人の右地上建築の叙上具体性を判断せなければ其権利の行使が果して公共の福祉に遵ふてるか信義誠実の原則に従つてるか判断できない。換言すれば当事者双方の利害関係を比較して考へなければ其権利行使は正当かどうかを決定することができない。然るに原判決は何等上の建築の具体的事実を確認せず単に抽象的に「予て計画の建物を建築するに必要に迫られて明渡を求むるは権利の行使と叙しては当然である。」と認定したが前段(二)の(イ)(ロ)に認定せられ居る如く建築は一時中絶した以上其後如何なる建築が企画されてるかは当然証拠により認定するを必要とする事項でなければならないのに単に斯る抽象的必要では権利の行使として当然であるとは断定できない。

四、果して然らば被上告人の権利の行使は其地上に二の(イ)(ロ)に記した原判決認定の関係の下に信頼出来る借地人として本件土地を護り抜いて来た上告人の生活や営業を一拠にして明渡によつて悲惨な結果を招来し本件一帯の土地の繁華街を壊滅する迄の権利の行使として当然であるかその権利の行使は権利の濫用とならないかどうかに付ては其建築の具体性を審査しないと謂う点当事者双方の利害関係を比較考慮しない点に於て理由が不備であるに帰するから民訴三九四条所定の法令違反又は三九五条六号前段の違反により原判決は破毀を免れない。

第六点 一、原判決は本件は賃貸期間の満了によるものにして被上告人は昭和廿三年六月十四日内容証明郵便にて賃貸借を更新しない旨通知したから本件賃貸借は昭和廿三年六月十九日限り期間満了により終了したと判示している。

二、然し乍ら原判決認定の如く本件和解調書により当事者間に於ては期間満了の際被上告人異議なきときは更に満二年を限り更新する旨の定がある。果して然らば被上告人が其更新を拒否した場合には之に付ては正当の事由あることを必要とする。更新を拒否するに付正当の事由あることを要する旨の法条なくとも凡て正当の事由によるに非ざれば更新を拒否することができないものと解することは当事者の意思契約の本来の趣旨社会生活に於ける借地人と貸主との関係特に本件の如く(イ)第三国人の不法占拠を拒否するため無警察状態の時に貸主から信頼できる借地人をとて其信頼できるものとして上告人が許され(ロ)高級喫茶店を為すことを契約の要素とし(ハ)引揚者なる上告人が多額の投資を為し今日の北大阪随一の繁華街を現出するに付多大の犠牲と努力を為し(ニ)之が為に被上告人に於ては地価暴騰による巨額の利得を為せる特殊関係にある賃貸借に於ては(ホ)特にビル建築の具体的事情の緊急切迫せる事情なきに拘はらず其期間満了を機として更新を拒否するには正当の事由の存することを要する。然るに原判決は(イ)乃至(ホ)の特殊の事情を認め乍ら更新拒否の正当なりや否やに付判断せざる不当がある。正当の事由は借家法第一条の二民法一〇一九条、六六四条、六七二条、六八〇条、五〇〇条、三五四条、一一〇条、二六九条等に於ける律意民法第一条の信義誠実の原則等に準じ又法律全般の建前から見ても更新拒否には直接之を定むる規定なくとも必ず正当の事由あることを必要とするものと解せなければならないに拘はらず何等此点に関する判断を為さないのは判決に理由を附せないことに帰するから民訴三九五条六号前段の違反あり破毀を免れない。

第七点 一、原判決は「本件明渡請求は賃貸借の終了を原因とし明渡の義務の履行を求めるものであるから控訴人に於て現に本件土地を占有するか否か又被控訴人に於て右土地を占有する者との間に右の如き裁判上の和解を為すと否とは右控訴人の明渡義務に何らの消長ないから控訴人の右主張は理由ない」と判断した。

二、然し乍ら本件土地一杯に地上建物が存置し何ら空地のなき本件土弛を何人が占有して居るかを判断することは上告人の明渡義務の履行ができるか否やを判断するに付必要な前提であるに拘はらず原判決は右の点に何等判断しなかつたのは不法である。蓋し賃貸借期間終了による賃借人の明渡義務は其明渡が社会観念上可能であるか否かをも判断しなければ其明渡義務を命ずるや否やを判定することができない。地上一杯に建築して何の空地も無い本件土地の地上建物は第三者の所有である場合(本件は富永アヤの所有と認定)上告人の右明渡に付ては(イ)上告人が果して本件土地を占有してるのか否か(ロ)原判決附図(一)乃至(四)の各土地を何人か占有してるか否やに付何らの判断を与へず(ハ)従つて其明渡が可能か否かに付ても何ら判定しないことは判決に理由を附せない違法あるから民訴三九四条所定の法令違反又は三九五条六号前段の違反で破毀を免れない。

   上告人代理人鍛治利一、同片山通夫、同押谷富三の追加上告理由

第五点 原判決はまた「(三)控訴人(上告人)は右和解条項中賃貸借期間二年とあるは借地法第一一条の規定に違反し無効であるばかりでなく同条項中臨時設備その他一時使用の目的で本件土地を賃貸する旨の約定、および賃貸期限を昭和二三年六月一九日までとする旨の約定は控訴人はかかる約定をなす意思なきか、右は事実に反し被控訴人を通じてなした虚偽の意思表示によるものであるか、または、控訴人においてその趣旨を理解せずしてなされたもので、法律行為の要素に錯誤あるもので無効であると主張するが、本件賃貸借契約は後記認定の如く、一時使用のために借地権を設定したことの明かな場合であつて、賃貸借期間の約定は借地法に違反することなく、また和解条項中控訴人主張の如き約定はいずれも一時使用のために借地権を設定したものであることを表わすためになされたものであり、控訴人において十分その趣旨を諒解して該約定がなされたものであることも後記認定の通りであるから、右約定はその意思なくしてなされたものでも、通謀による虚偽の意思表示にもとずくものでもなく、また法律行為の要素に錯誤ある意思表示によるものでもないことが明白」である旨判示した。即ち、後記認定の如く、本件土地賃貸借契約は、一時使用のために借地権を設定したことの明かな場合であるから昭和二一年九月二〇日作成の甲第四号証即決和解は借地法第一一条にいわゆる、借地権者に不利な契約条件でないとするのである。しかし、原判示の後記認定なるものを見るに、これは被控訴人主張の第二の事実にもとずく請求の当否についての判断とある部分であるが、そこでは、この甲第四号証即決和解調書が有効に成立したことを前提として、これを根拠に上告人の主張を排斥し、一時使用の目的たること明かな場合だと云つている。これはおかしな話で、昭和二一年六月二〇日に成立した、上告人、被上告人間の賃貸借がどんなものであるかを明かにし、それが右の即決和解調書に改められたのが、借地人に不利益な契約条件に変更したことになるかどうかを審按しなければならぬ筋合であつて、原判決は、先づ、この筋道を忘れている。矛盾撞着といわねばならない。そこで以下各論点においてこれを指摘し原判決の違法にして破毀を免かれない所以を明かにする。先づ「その他、控訴人は本件土地を賃借したのは同地上に家屋を建築し、これを店舗として高級喫茶店を経営する目的であつて、同地上に建築された家屋も本建築であつて、仮建築物でないと主張するが、借地法第二条にいわゆ堅固の建物というなら格別、本件家屋は木造瓦、スレート交葺二階家に過ぎないから、それが本建築であれ、それだけでは叙上認定をくつがえす資料となしがたく、」とする点であるが、借地法によつて保護される借地権は建物の所有を目的とする地上権及賃借権であつて、同法第九条にいわゆる、「臨時設備其の他一時使用のため借地権を設定したること明かなもの以外のもの全部である。而して「臨時設備其の他一時使用のためであること明かな借地権」とは、博覧会場や縁日、祭礼等」に際して使ふ臨時的建物其他これに等しい建物を建設使用するためのもので、一時使用の目的であることが、それ自体明かな借地権を云ふのであつて、単に契約証書に短期の存続期間の定めがあつたり、または一時的とか仮建設とかいふ文言があるからといつて一時的借地権たること明かであるといふことはできぬ。然らずとすれば、優越的地位にある土地所有者は契約書にそのような文言を加えるだけで借地法の規定を潜脱することができることとなり借地法は空文となつてしまふ。救に、契約書の文言に捉はれず、契約締結の目的や経緯、土地使用の態様などを綜合して判断しなければならない。このことは大審院昭和一五、一一、二七判決(民集二一一〇頁)も「賃貸借の期間が短期の一時的のものなりや否やを判定するに当りては、単に賃貸借契約証書に一時賃貸借なる旨の記載あるのみに依りて一時的のものなりと速断すること能はざるは勿論にして、宜しく土地使用の目的及事実上引続き之を賃貸し来りたる期間、其の他の賃料改定、借地借増の有無、賃貸借契約証書の作成の事情等を照合して当事者の意思如何を探究したる上之が判断を為すべきものとす」と言つている。本件においては上告人が高級喫茶店を経営する目的で本件土地上に立派な建物を建築することを目的として賃貸借を締結したのであつて、建築した家屋は昭和二十一年六月に(新円時代の初期で貨幣価値は今より非帯に高かつた)十五坪で金十万円を費した本建築である。其の頃バラツク建は坪当り千五百円位であつたから実にその四、五倍の建築費であり、被上告会社では、その建築に際し、大阪支店の営業部長武田仲雄が不動産係馬野登に命じて地割をさせ建築中は始終来ていたし、落成して高級喫茶ビクトリヤの開業には来てくれるし、大阪の駅前に相応しい立派なものだと喜んでくれていたのである。このことは乙第三号証土地賃貸借契約書に、高級喫茶店の建設を目的とする旨を明かにしているし、(1)武田仲雄の第一審証言に、十二、富永政雄の建物は被告大山の建物に比較して見ると立派な建物であると思つて居ります……十三、戦災後本件土地附近の土地を原告会社で具体的にどのように利用するかについては私は知りませんでした。それは其の事に付いては私の営業部の仕事ではなくそれは本社経理部面の仕事でありそれで本社経理部より右土地の利用法に付いて具体的に指示してなかつたからです。原告代理人の問に対して、十四、右の土地に付いて借地の申込者が原告会社の支社の係の方にくると本社に其の事を連絡して賃貸借契約条件について一回・稟議していました。(2)馬野登の証言に「相手方の借地人に云つて居ないのは会社が計画を実現するにも資材の事などで一朝一夕には出来ませんからその中に不法占拠の問題が起きましたので言つてありません。永い間貸せないと云ふのは斯う云う理由からです」(第一審、会社の建築計画なるものは、借地者に全然話していない。即ちそんな話はなかつたこと武田証人の言ふ通りである)一、支社長の富永と上司の武田営業部長の両人が話合つて居るのを聞いたことはありませんが、後になつて右の両人が松井、永砂にいづれも十五坪から十七坪を又貸する承認を本社から得て貸すことにしたと聞いたことがあります。そして地割は何時どうして出来たか知りませんが、上司から地割に立会うことを命ぜられましたのでその地割に立会い扇型に繩を引いた事を覚えています。その時松井、永砂の両人は立会つていました。その他に富永英治、富永正夫、私が立会いました。なおその日が何年何月何日であると判然記憶は致して居りませんが此の契約書から言いますと昭和二十一年五、六月頃だつたと思います。一、地割については当日より前に富永英治と武田部長の二人が会つて誰はどこからどこ迄と云ふように地図によつて決つていたものと思います。その地図は大阪支店にありました。私は大阪へ行つたのです。またその地図は簡単な地図で私が退社する時一切の書類を会社に渡しましたからその時右の地図も会社に渡してある筈です。「地割の見取図は富永正夫が書いて武由営業部長に見せて了解を得たものと思います。私は其の地図を京都でも見たことがあります。地割の見取図を書くまでに富永兄弟が話合つた上武田部長にその話を持ち込んだのです。一、地割の繩を引いた夫々の土地に各々建築にかかりその中で松本は自分のところから大工を引張つて来て建築させましたし富永は永砂にさせたように思ひます、そして永砂は自分の分も自分で建築しました。松井は軽飲食店、永砂は喫茶店のような軽飲食店の看板を夫々掲げて開店したのをその時武田部長に同伴して見ましたから知つています。だから右の店の事については武田もよく承知して居る筈です(原審)。(3)原田好郎の原審証言に「富永正夫の建築は当時二、三度行つて見た事はあります。少なくともバラツクではありませんでした」(4)富永英治の原審証言に「武田部長は此所は大阪の玄関口でもあり、附近に闇市もあるし、バラツクも建つてくる状態だから、会社として見苦しいものばかりでは困る、体裁のよいものを作つてくれという事でした」「乙第三号証の第一条である高級喫茶の意味は高級と言うからには相当な建物-本建築の意味で交渉の時は私が  (ママ)喫茶とでも名を付け様かと言つたら正夫も結構だというし、武田部長も困るから相当な綺麗な立派なものを建てて貰い度いと言つていました。当時はバラツク建もありましたが本建築の建物も所々にありました。しかし建築届の名義は皆な仮建築名義であつたと思います」「一、そして建築が出来上り正夫は高級喫茶「ビクトリヤ」、松井は「商都」、永砂はおでん屋「勇」の看板ものれんもそれぞれ掛けたのですが、その建築中も近所ですから何回となく、私も支社の者も皆見て廻りました。内へ入つた事もありますが、馬野も一緒であつたと思います。武田部長も来た時一緒に廻つて居ります。一、そして出来上つた建物はバラツク建ではなく本建築で立派な建築でしたが費用は何程であつたか私は知りません。バラツクというのは板を張つた納屋の様なもので本建築というのは戦前よりある建築の様なものを、意味して、私は云つて居ります。正夫の建築は当時中でも一番立派な建物でした。他の者も相当な材料を使つて居りました。」「前述の正夫の建てた家は本建築と申上げましたが、コンクリートで基礎をして、其頃世間一般に建つている様な家です。建築許可名義は仮建築ですが当時は木造の普通の家屋は全部永久的な建物であつても仮建築の許可名義でした」「会社より正夫の建築に対し、文句を言つて来たことはありません。又大山の方は神戸支社関係ですから詳しく聞いて居りません」(5)上告人正夫の原審供述に一、その後同年六月上旬頃被控訴会社から馬野と云ふ人が来て松井、永砂、私と兄の英治と其の他に松井の建築請負人等が立会つて繩で線を引いて各地割をしました。一、その後,私は永砂に建築を請負はせ七月初め頃工事に掛り八月中旬頃竣工しました。松井方の建築は私方より半月程先に出来上り永砂方は私の家が出来上つてからすぐ建築に掛りました。そうして私は高級喫茶店を、松井は軽飲食店、永砂はスタンドを経営することになりました。一、契約の際私が高級喫茶をやることをも松井が軽飲食店、永砂がスタンドを経営する事も武田部長に話してありましたが其の際武田はあそこは大阪の北玄関であるからバラツク建でなく高級なものを建ててほしいと申しており私はそれを約束しました。しかし建築の内容については細かい話はありませんでした。それで私はその趣旨に副うようにしましたので建築費は一五坪で一〇万円程掛り当時としてはよいものでした。当時バラツク建は坪当り一、五〇〇円位でした。松井、永砂方も私方とあまり違わないものを建てました。私はその後この家屋に東京火災保険会社に二〇万円の火災保険を契約しました。なお私方の開店祝の時にも武田を招待しその後で松井、永砂方へも案内しました。(中略)乙第三号証を示す。一、本件土地の賃貸借契約書でこれは私方の建築工事半ば頃出来ました。とあるによつて明かである。原審は「借地法第二条にいわゆる堅固の建物というなら格別、本件家屋は木造瓦、スレート交葺二階家に過ぎないから、それが本建築であれ、それだけでは」一時使用のために借地権を設定したことが明かな場合でないとすることは出来ないと言ふが、借地法は、(a)石造、土造、煉瓦造又は之に類する堅固の建物の所有を目的とするもの、と、(b)其の他の建物の所有を目的とするもの、とについて等しく借地法の規定を適用するのであつて、前者は存続期間が六十年であるに対し、後者は三十年であるの相違が存するに止まる。故に本件上告人の建設した建物は堅固の建物ではないが、木造瓦、スレート交葺二階建の本建築であるから借地法第二条にいわゆる其他の建物として同法第二条乃至第八条の適用を受けるのである。原判決は借地法第二条並に同第九条の解釈を誤つた判決であり破毀を免かれない。

第六点 原判決は其理由において「被控訴人において控訴人が本件土地の一部を松井、永砂に転貸するにつき承諾を与えたことは前記認定のとおりであるが、控訴人に対し本件土地を一時使用のために賃貸期間を二ヶ年として賃貸し、右条件の下に転貸を承諾したものであることも、叙上認定の各事実に徴し自ら明白であるから、右転貸を承諾したことも亦右認定をなすの妨げとなることなく」と判示した。しかし、転貸については被上告人は自ら社員の馬野に命じて転借人のために各自の借地坪数につき現地において繩を張つてその転借坪数の土地を引渡し、松井には軽飲食店、永砂には軽飲食兼喫茶店を営業するために普通の建物を建築させたのである。そして、原審も「その後被控訴人は昭和二二年一二月まで松井、永砂に対する転貸について何等異議を述べなかつた」と判示するとおり、右の建築に対し何等苦情を云はないのである。昭和二二年十二月になつて右のように無断転貸を理由に契約解除の通告して来たのは、原審も判示する如く、同年十一月に右家屋の一部が火災(類焼)のために、焼失したので被上告人等は悪意を起し(被上告人自体は会社だが、その財力を笠に非人情なことでも何でもして忠勤を励み自分の地位を得ようとする者がある)て右土地を取り上げようと策し、外に何も口実の付け様がないところから、無断転貸なりと唱へて契約解除を通告し、右土地を奪取せんとしたのである。(転借人に対してはこの策戦が功を奏して野望を遂げたこと先に述べた通りである)而して無断転貸云々は虚偽であること原審も認定されたところである。故に右の如く被上告人が転貸さしている事実に徴し之を否定すべき特段の事情のない限り、本件賃貸借はいわゆる其の他の普通の建物の所有を目的とする賃貸借契約であると認むべきが当然である。然るに慢然これを否定し去つたのは社会通念に反するのみならず理由不備の裁判であり破毀を免がれない。

第七点 原判決は其理由において「また、本件裁判上の和解条項には期間満了の際被控訴人において異議なきときは、更に満二ヶ年を限り更改する旨の約定あるも、叙上認定の如く被控訴人は初期の目的を実現する見込が立つまで、暫定的に本件土地を賃貸したものであるから、約定期間が満了するも、なお目的実現の運びに至らない場合あるを慮り、更新の約定をなしたものとも考へられ、かかる約定は必ずしも一時使用のための賃貸借と両立しないものでもないから、これを以ても前記認定を左右することができない。」と判示した。しかし昭和二一年六月二〇日附で作成された土地賃貸借契約書(第三号証)には「本契約は締結の日より満二ヶ年目に甲(被上告人)若くは乙(上告人)より解約又は更改の申出なき時は両者間に本契約続行の意思あるものとして継続有効なるものとす」(第七条)とあつて、本件土地賃貸借契約は、締結の日より満二ヶ年経過しても、当事者の何れかから契約の変更を申出でない限り、同一内容にて有効に継続することを約定してあつたのであり、先に述べたように高級喫茶店経営の為に店舗を建設することを目的とすることと相俟つて、通常の賃貸借契約であることを示しているのである。然るに本件即決和解調書では「六、賃貸期限終了の際申立人に於て異議なきときは期限満了の日より満二ヶ年を限り本契約を更新することを得」と改めたのである。これは、相互平等の契約条項を、上告人の権利を奪つて、被上告人をして一方的に生殺与奪の権利を保有せしむるように借地条項を変更したものであつて、契約条件を借地権者たる上告人に不利益に変更するものであり借地法第十一条に照し之れを定めざりしものと看做されるのである。原審は、甲第四号証の即決和解が有効なりと前提し当初の借地契約の不利益変更であることを看過したものであり、然らずとせんか、前段理由では、後記の如く本件賃貸借契約は臨時設備其の他一時使用の為借地権を設定したること明かなる場合であるとし乍ら、後段で一時使用の為に設定した借地権たること明かな場合であるかどうかを判断するに付いては、右即決和解の条項を抽き来つて、然るか故に、一時使用を目的として設定したこと明かなりとするものであつて、じゆん還論法に外ならず。則ち、借地法第九条の解釈を誤つたものに非ずんば理由不備の裁判であり破毀を免かれない。

第八点 原判決は其理由において「なお控訴人は本件家屋の建築に多額の資金を投じたことから見て期間二ヶ年の約定は賃料改定の期間であつて本件賃貸借は一時使用の賃貸借でないと主張するが、本件土地は道路を距てて阪急百貨店と相対し、近くに大阪駅を控え、北大阪でも人通の多い恰好の場所にあり、而も控訴人の借地の目的は高級喫茶店の経営であるので、短期間に投下した資金を回収することも強ちできないことでもないので、右事実も叙上認定を左右するに足らず」と判示した。しかし高級喫茶店を経営するために立派な本建築をするのであり、資金封鎖の初まつて間もないいわゆる新円時代の昭和二十一年六月に於て、当時の制限坪数十五坪ぎりぎりの建物を金十万円を投じて建築したのは、永く借地できる約束であればこそであり、二年で取毀たねばならないものとすれば、そんなことをする筈がないのである。されば、乙第三号証土地賃貸借契約書にも「本契約は締結の日より満二ヶ年間に甲(被上告人)若くは乙(上告人)より解約又は更改の申出なき時は両者間に本契約続行の意思あるものとして継続有効なるものとす」と約定した次第である。然るに、「短期間に投下した資金を回収することも強ちできないことでもない」と判示したのは全く証拠を無視し、独断を以て、被上告人に利益な事項を肯定し、上告人を敗訴せしめたものであり、公平な裁判でない。憲法第三七条第一項は、被告人に公平な裁判を保障しているが、裁判は公平無私でなければならないものであるから民事事件についても憲法は当事者に公平な裁判を保障しているものといわねばならない。憲法第三二条が、何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない、といふのは証拠に基づく公平な裁判を保障したものである。また憲法第七六条第三項に、すべて裁判官はその良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される、と規定したのも、裁判官は法の本質である条理、合理性に従ひ、その内在的要請たる公平の理に拘束されることを明かにしたものである。而も本件を見るに、大山吉雄の第一審供述には「私は契約に依り三百坪を借りて商店街二十一軒を建築しました。その工賃に九十四万五千円かかりましたから私が一軒当り取り決めた家賃が月千五百円ですから皆で年に三十七万八千円、もし期限を二ヶ年とすれば家賃収入が二ヶ年で七十五万六千円ですから二ヶ年後には取り壊して土地を返還するとの約束であつたとすれば私は営利を目的として建設したものですからそんな計画も出来ない訳であります。その他に地代が坪五円として年に三万六千円、不動産取得税として新築の時一回限り支払つた新築税が三万一千五百円、その他家屋税、所得税、火災保険料を合計すると年に四十二万一千円の入費が要つています。これは今日から見て分つたものです。若し期限が二ヶ年であるとすれば私の損失費は総計六十二万四千円となります。現在では商店街の方も多少家賃を改訂して損失費を埋めつつあります」とあるし、上告人正夫の第一審における供述にも「本件地上に建築した建物の費用は総額百五十万円位で現在尚私は百三十万円位の借金があります。二年で明け渡すのなら私はこの様な建築は致しません。当時原告から本件の外にも坪五円で借りてくれないかと云われたが私は断りました」とある。加之被上告人側の証人も、上告人の建築は立派なものであることを証言していること先に述べた如くである。而も上告人は、右建物がどの位の建築費を要したか、どの程度の建物であるかについて建築専門家の鑑定を求めたのである。然るに原審は、この鑑定の申出を却下し、右証拠も無視して「短期間に投下した資金を回収することも強ちできないこともない」とて上告人を敗訴せしめたものであり、公平を欠き、上述憲法の各法条に違反するのみならず、審理不尽、理由不備の裁判であり破毀を免がれないと信ずる。

第九点 原判決は其理由において「更に控訴人は本件土地の明渡を求める被控訴人の請求を権利の濫用として許されないと主張するので考えるに、被控訴人は控訴人に対し本件土地を一時使用のため賃貸借期間二ヶ年と定めて賃貸したもので、右賃貸借は既に期間の満了により終了しており、被控訴人は本件土地を含む前記一一〇七・四坪の土地に予ねて計画せる高層建築物を建設する必要に迫られて明渡を求めるに至つたものであることは上叙認定事実によつて明白であるから被控訴人において控訴人に対し本件土地の明渡を請求するは私権の行使として当然のところであつて、これを権利の濫用として許されないものとなす控訴人の主張はその理由がなく、採用することができない」と判示した。しかし、仮りに一時使用のためであること明かな場合なりとしても、それは当然に本訴明渡請求が権利の濫用でないとすることはできない。当事者は信義誠実の原則に従つて行動すべく、権利の濫用は許されない。(民法第一条)即ち相手方との約定により、相手方をして、その約定に信頼せしめ、その基礎の上に資本及び労力を投下して一定の生活関係を樹立するに至らしめたものは、これを自己の積極的行為によつて破壊しない義務を負ふか、少くとも、これと抵触する権利の行使を許されないものとせねばならぬ。被上告人は上告人に高級喫茶店として立派な建物を建築するように要請し、二ヶ年を経過しても被上告人、上告人の何れかより契約の変更を提議しない限り同一の条項にて本件土地賃貸借契約が存続することを、約し乍ら(乙第三号証第七条)、これに信頼して、立派な本建築をした上告人に対して二ヶ年を経過したことを理由に右建物の取毀、土地明渡を訴求するのは、被上告人の言を信じて、その上に抜き差しならない生活関係を樹立した上告人に対し掌を反すが如く、根底より、これを破壊し去らんとするものであつて、信義誠実の原則に反し、権利の濫用と云はねばならない。原判決は此の点においても違法の判決であり破毀を免がれない。

第十点 原判決は其理由において「なお控訴人は本件土地中控訴人および富永アヤが現に占有する部分は六三・〇一坪であつて、その余の土地は控訴人以外の者が占有し、被控訴人は同人等との間にその明渡につき控訴人主張の如き裁判上の和解をしているから、同人等の占有部分につき控訴人に対しその明渡を求める請求は失当であると主張するが、被控訴人の控訴人に対する本件土地の明渡請求は本件賃貸借の終了を原因とする明渡義務の履行を求めるものであるから控訴人において現に本件土地を占有するか否か、また被控訴人において現に右土地を占有する者との間に右の如き裁判上の和解をなすと否とは、控訴人の右明渡義務に何等の消長がないので、控訴人の右主張も採用することができない」と判示した。しかし、先にも述べたように、賃貸借契約は、賃貸人が賃借人に或物の使用収益をなさしめることを約し賃借人は之に賃料を支払ふことを約すに因つて成立する契約である。(民法六〇一条)故に、賃貸人は賃貸物件を賃借人に引渡し、これを使用収益することを得せしめる義務を負ふのであるが、それだけではまだ賃借人に対して賃料債権を強行することはできないし、契約が終了しても賃貸物の返還請求権は生じない。即ち賃料請求権は、賃貸人が賃貸物を賃借人に引渡して、これを使用収益せしむる義務と双務関係に立ち、同時履行の抗弁に服するし、賃貸物の返還請求権は、賃貸人が賃借人に対して賃借物を引渡し使用収益せしめる義務を履行したから、契約消滅による原状回復請求権の一種として生じるのである。然るに本件においては、被上告人は本件地上の建物が昭和二二年十一月類焼し更地となるや、此の機を逸せず上告人より本件借地を奪い去らんと悪計を案じ松井信一、永砂勇太郎等には何れも被上告人の承諾の下に転貸したものであり被上告人は不動産係馬野登を現地に臨ましめて同人等の為に繩張りをなして各自の借地を明確となして引渡したものであつて、同人等は直ちに右地上に建物を建築して営業しているものであるに拘はらず、翌十二月十日着書面を以て上告人に対し無断転貸である、とて本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、その承継人である、株式会社武蔵(甲十五号証)及び鉄尾一三、同トモヱ(乙第十八号証)に対しては事情をよく知らないのを奇貨とし地主であり、生命保険会社である外見的信用を利用して、上告人には契約違反で解除したから権利がない、従つて貴殿にも権利なく、不法占拠である、被上告人と話合をしなければ不法行為者として家屋の取毀ちをした上更に責任を追及すると威嚇し遂に同人等をして前示甲第十五号証、乙第十八号証の即決和解に承諾せしめ、賃料同損害金をも免除(請求しないことにする)を約したのである。斯くて転借人は上告人に対し賃料を支払はないのは勿論、上告人には権利はないから、地主と直接関係となつたのだと、上告人の右土地に対する支配を無くしてしまつたのであり、被上告人は右土地を上告人に使用収益することを得せしめないのであるから右土地の明渡(返還)請求権も存在しないのである。然るに原審が「本件賃貸借の終了を原因とする明渡義務の履行を求めるものであるから、上告人において現に本件土地を占有するか否か、また被上告人において現に右土地を占有する者との間に右の如き裁判上の和解を為すと否とは、上告人の右明渡義務に何等の消長がない」としたのは、此の理を忘れたものであつて、民法第六〇一条の解釈を誤つたものと云ふべく到底破毀を免がれない。

   上告人代理人押谷富三、同田宮敏元の追加上告理由

第一点 原判決は原審における請求の拡張の申立に対する適否の判断を誤つた違法がある。

被上告人は原審において昭和三一年一月一七日請求の趣旨を拡張し第一審以来主張していた土地五十坪を百坪に、又損害金一ヶ月につき金二百円を金五百円に拡張した。原審はこれに対し「被控訴人(被上告人)は昭和二一年九月二〇日控訴人(上告人)との間に成立した裁判上の和解による賃貸借契約終了を原因とし、本件土地の明渡を求めることは原審(第一審)以来何等の変更なく、原審において本件土地の内その一部の明渡を求めていたが、当審において請求を拡張し本件土地全部の明渡を求めるに至つたものでその間請求の基礎に変更なきは勿論、これが為訴訟の完結を著しく遅延せしめるものと考えられないので、右請求の拡張は適法である」と判示した。控訴審において請求の拡張の許されざることは別の理由書によつて詳述している処であるが、仮りに控訴審に於て之れが許されるとしても、被控訴人が控訴審において請求を拡張して第一審判決を有利に変更を求める場合には単に被控訴人としての受動的立場から更に進んで積極的に第一審判決の変更を求めるべきもの即ち附帯控訴を申立てこれによつて請求の拡張申立をなすべきである。判例(昭和二年(オ)第一〇二三号同年一二月七日云渡)においてこの趣旨を「(前略)何者モ第一審判決以上ニ自己ニ有利ナル判決ヲ控訴審ニ於テ得ムトスルニハ単ニ受動的ナル被控訴人ノ立場に在リテハ能クシ得ヘキ事柄ニ非ス先ツ攻撃者タル積極的ノ地位ヲ獲得スルコトヲ要スルヲ以テナリ(中略)今被控訴人カ原審ニ於テ為シタル拡張申立ナルモノ取モ直サス附帯控訴ニ外ナラサルカ故(後略)」と明言している然るに被上告人は原審において右請求の拡張申立を附帯控訴の方式によらずしてなしており、右申立が判例の「附帯控訴ニ外ナラザルモノ」と謂うことが出来るかを検討すると、附帯控訴は民事訴訟法第三七四条第三六七条Ⅱ項により所定の要件を具備すべく又相当額の印紙をも貼用すべきこととなつている。然るに右申立においては第一審判決に対し附帯控訴を申立る旨の記載を欠き又附帯控訴状に貼用すべき相当額の印紙の貼用も欠けている。原審裁判長は民事訴訟法第三七〇条に則りこれらの点を職権で審査し且つ不備の点の補正を命じ其の補正がないときはこれを却下すべきものである。従って被上告人の請求拡張の申立は附帯控訴として不適法であり、且つ附帯控訴の性質を有する請求の拡張申立としても不適法で却下さるべきものである。然るに原判決は其の判断を誤り請求の趣旨拡張の申立を認容した違法があるから破毀を免れない。

第二点 原判決は本件土地の内訴外鉄尾一三外二名の占有部分に付上告人に明渡を命じた違法がある。上告人は原審において本件土地中現に上告人及び富永アヤが占有使用している部分は六三、〇一坪に過ぎず、その余の土地中八、七坪は鉄尾一三、一〇、六坪は株式会社大村、一六、七八坪は株式会社武蔵において夫々占有使用しており、被上告人は鉄尾一三外二名との間に一定期間右土地を使用することを許容し各当事者間に裁判上の和解が成立しているので、同人等の占有部分につき上告人に対しその明渡を求める被上告人の請求は失当であるとの主張に対し原審は「被控訴人(被上告人)の控訴人(上告人)に対する本件土地の明渡請求は本件賃貸借の終了を原因とする明渡義務の履行を求めるものであるから、上告人において現に本件土地を占有するか否か、また被上告人において現に右土地を占有する者との間に右の如き和解をなすと否とは控訴人の右明渡義務に何等の消長がない」と判示した。一、上告人と右鉄尾外二名との間に本件土地中夫々の占有部分につき鉄尾及び株式会社大村については乙第十八号証株式会社武蔵については甲第十四号証の如き和解が夫々成立し、上告人は右鉄尾外二名に対し夫々一定期間の土地の占有使用を許容し期間満了後は地上家屋を収去し土地明渡請求をなしうる債務名義を得ていることは当事者間争がない。この事実によると被上告人は右鉄尾外二名の夫々の占有する土地を前記和解調書に基き右鉄尾外二名を占有代理人とし間接占有を取得し該土地の支配権を手中に納めたものである。してみると被上告人の上告人に対する右鉄尾外二名の占有土地の明渡請求はその訴の利益を欠くを以つて当然棄却さるべきものである。二、被上告人は前記の通り右鉄尾等の占有土地につき被上告人と右鉄尾等との和解によりいはば自力救済的に其の支配権を得た以上被上告人の上告人に対する本件土地の中右鉄尾等の占有部分についての明渡請求権は満足を得て消滅したものと見るべきである。従つて被上告人の右請求は失当である。三、上告人より本件土地を賃借してその一部を杉田及び永砂勇太郎に転貸したのであるが、鉄尾及び株式会社大村は永砂より、株式会社武蔵は杉田より上告人の了解なく夫々の占有部分につきその占有を取得した。然るに、被上告人と右鉄尾等との間に前記和解が成立し、右鉄尾等は現在所有者たる被上告人より正権限に基き其の占有を許されている。すると上告人が右鉄尾等に対しその占有せる土地の返還を求めんとするも同人等が前記の正権限を主張してその返還を拒否し得べきを以て上告人の被上告人に対する土地の返還義務は履行不能となる。従つて原審判決が上告人の賃貸借終了に基く明渡義務に何等の消長がないと判示したことは違法である。四、被上告人は右鉄尾等に対し夫々の占有部分についてこれの無償使用を許容し、損害金の請求をしないことを約していること当事者間に争がない。被上告人は本件土地の内右鉄尾等の占有部分についてはこれを他に賃貸してその賃料を取得する機会を自ら失つているのであるから、右鉄尾等の占有期間内は他に賃貸し得べき機会なく従つて其の賃料を取得し得ないのであるから得べかりし賃料相当額の損害金の発生する由もない。よつて原判決の認める損害金中二の部分に対しては違法と言うべきで原判決は破毀を免れない。

第三点 原判決は本件賃貸借契約を借地法第九条にいわゆる一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合に該当するものとしたのは法令の適用を誤つた違法がある。

原判決は賃貸借がいわゆる一時使用のためか否かにつき、賃貸借の動機目的態様その他諸般の事情から賃貸借を短期間内に限つて存続させる合意があつたと認むべき相当の理由がある場合を指称するものと解すべきとして、一、被上告人は関西九州地区における営業を総轄する為の事務所および無料診療所を建設する目的で本件土地を買受け、昭和十一年頃同地上に八階建のビル建設のため建築許可願を出して却下されたが其の後もこの計画を抛棄していないこと。二、本件土地は戦時中から荒廃するにまかされていて戦後第三国人が本件土地の一部を不法占拠し、当時の警察力を以つてしてもこれを阻止することが困難であつたので被上告人が所期の目的を実現する見込の立つまで暫時信頼の出来る借地人に賃貸することにし賃貸期間は二年とし必要のときは何時にても明渡を請求し得る約旨であつたこと。三、和解調書に臨時設備その他一時的使用のための目的で昭和二三年六月一九日まで(二ヶ年)とする、被上告人において必要があれば期間中と雖も一ヶ月の予告期間を以つて明渡を請求することが出来る。四、本件土地は阪急百貨店の東側、大阪駅に近く買収当初より高層建築物の建設を企図し、現に立派なビルを建設する意向であること。などの諸点を綜合して本件賃貸借契約は借地法第九条のいわゆる一時使用のために借地権を設定した場合に該当するものと判示した。併しながら、一、被上告人のビル建築の計画又は希望の如き全く内心的な事項は本件賃貸借自体の動機目的態様その他の事情に該らないから、原判決がこれを以つて一時使用の認定の資料となしたことは違法である。二、被上告人において昭和十一年頃本件土地上にビル建築の計画があり、本件賃貸借契約当時この計画を抛棄していなかつたとするも、昭和二一年六月乃至九月当時の社会秩序経済状態の混乱特にビル建築の資材等の関係より短時日の後に大ビル建築が可能となるなどと何人も想像だに出来なかつたことは公知の事実である。従つて被上告人がビル建築の計画を持続していたとしてもこのことは直ちに本件賃貸借が一時使用のためのものであるとの認定の基礎としたのは経験則に違背し違法である。三、本件賃貸借は家屋所有の目的であり且つ其の家屋は高級喫茶店を営むためのものでありその家屋は木造瓦スレート交葺二階建本建築であることは当事者間争がない。而して上告人は右高級喫茶店の家屋及び設備に莫大な資金を投じていることは原判決の認めるところである。従つて右の如き賃貸借自体の目的態様其他の諸事情よりするならば本件賃貸借はいわゆる一時使用の為に設定されたものと到底看ることが出来ない。四、原判決は「控訴人は(中略)高級喫茶店を経営する目的であつて同地上に建築された家屋も本建築であつて仮建築物でないと主張するが、借地法第二条にいわゆる堅固の建物と云うなら格別本件家屋は木造スレート交葺二階建に過ぎないからそれが本建築であれそれだけで叙上の認定を覆す資料となしがたい」と判示した。右判示によれば借地法第二条の堅固建物であれば格別非堅固建物であればいわゆる一時使用のための借地権に過ぎぬと断じたものであつて、これは借地法第二条第九条の解釈を誤つた違法がある。五、原判決は上告人は本件家屋の建築に多額の資金を投じたことから見て期間二ヶ年の約定は賃料改定期間であつて一時使用のための賃貸借でないと主張するが、本件土地は道路を距てて阪急百貨店と相対し、近くに大阪駅を控え、北大阪でも人通の多い恰好の場所にあり而も控訴人の借地の目的は高級喫茶店の経営であるので、短期間に投下した資金を回収することも強ちできないものでもない」と判示しているが、終戦一年後の社会秩序経済状態の混乱期に右の如き短期間に投下資金の回収出来ないことは極めて明らかな事実であつてこれを前記の如く判示したことは社会通念にもどる著るしき恣意の認定と謂うの外はない。ik以下略