定額残業代規定を有効とした東京高判平成31年割増結婚式場運営会社A事件

賃金等支払請求控訴事件 労働者敗訴

ジュリスト1543号 2020年4月号 128頁の判例評釈 三上安雄弁護士は判旨賛成。

東京高等裁判所判決/平成29年(ネ)第2423号

平成31年3月28日

【判示事項】      1 担当する結婚式のない日の始業時刻について,シフト表によって認定するのが相当(ただし,シフト表の記載にかかわらず,スタッフスケジュールにおいて始業が推認される日は,スタッフスケジュールから認定するのが相当)であるとされた例

            2 担当する結婚式のある日の始業時刻について,顧客到着予定時刻の1時間前とするのが相当とされた例

            3 終業時刻について,控訴人兼被控訴人(一審原告)Xが最終メール送信時刻から主張している日については,メール送信時刻,あるいはその時刻に近接するシャットダウンログの時刻までは,少なくとも被控訴人兼控訴人(一審被告)Y社の指揮命令下に置かれたものと評価でき,またXが,シャットダウンログ,あるいはログオフログから主張している日については,Xがログオフした可能性が乏しいことをうかがわせる状況がなければ,その時刻まで業務の必要性があったものと認めるのが相当であるが,シャットダウンログのみしかない日には,他に証拠がなければ,シフト表をはじめとする他の指標を用いて終業時刻を認定するのが相当とされた例

            4 その他終業時刻について,担当する結婚式のある日は原則として結婚式終了時刻の2時間後,担当する結婚式のない日は,スタッフスケジュールから終業時刻が明らかな場合はそれにより,それがなければシフト表によって終業時刻を認定するのが相当とされた例

            5 定額残業代の合意が有効となるためには,通常の労働時間の合意に当たる部分と時間外・休日・深夜の割増賃金に当たる部分とを判別できるものであることを要するところ,Y社の給与規程はその要件を満たすものであり,本件特約は定額残業代の定めとして有効であって,基礎賃金には,職能手当は含まないと解するのが相当とされた例

            6 支給が合意された定額残業代の額を超える時間外労働等が行われた場合に,その超過分について割増賃金が別途支払われることは労働基準法上当然に求められるから,差額の精算合意を定額残業代の定めの有効要件とする必要はないとされた例

            7 職能手当は基礎賃金の約109時間分にも当たり,実際の勤務体系とはかけ離れたものであること,定時より後に業務が行われているにもかかわらず,タイムカードによる従業員の出退勤管理を行っておらず,残業代を支給したことも計算したこともないこと等から定額残業代の定めを公序良俗違反とした一審判断を否定し,時間外労働等の対価でないとはいえないとされた例

【参照条文】      労働基準法32

            労働基準法37

【掲載誌】       判例時報2434号77頁

            労働判例1204号31頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      ジュリスト1543号126頁

            季刊労働法268号202頁

 

       主   文

 

 1 1審被告の控訴に基づいて,原判決を次のとおり変更する。

  (1) 1審被告は,1審原告に対し,3万9565円及びうち3万7126円に対する平成27年5月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

  (2) 1審原告のその余の請求を棄却する。

 2 1審原告の本件控訴を棄却する。

 3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを100分し,その99を1審原告の負担とし,その余を1審被告の負担とする。

 4 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 当事者が求めた裁判

 1 1審原告

  (1) 原判決を次のとおり変更する。

  (2) 1審被告は,1審原告に対し,429万5200円及びうち422万1081円に対する平成27年5月11日から,うち7万4119円に対する同月28日から,各支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

  (3) 1審被告は,1審原告に対し,429万5200円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 1審被告

  (1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。

  (2) 上記部分につき,1審原告の請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要(用語の略称及び略称の意味は,特に断りのない限り原判決に従う。以下同じ。)

 1 本件は,1審被告の従業員であった1審原告が,1審被告に対し,1審被告との間の雇用契約に基づいて,未払賃金等512万1111円(残業代483万3379円,遅延損害金28万7732円),うち473万6793円に対する平成27年5月11日から,うち9万6586円に対する同月28日から,各支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金並びに395万9576円の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

   原判決は,(1)ないし(5)のとおり判断して,法内残業代87万2095円,時間外割増賃金224万1433円及びそのうち305万3327円に対する平成27年5月11日から支払済みまで賃確法所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金並びに155万1380円の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で1審原告の請求を認容したところ,1審原告及び1審被告が,同判決を不服として控訴した。

  (1) 争いのある始業時刻につき,担当する結婚式のない日は変更後を含むシフト表の定時又は定時と認められる時刻,担当する結婚式のある日は新郎新婦到着予定時刻の1時間前の時刻

  (2) 争いのある終業時刻につき,担当する結婚式のない日の終業時刻は,①第1期間(平成25年4月1日から同年9月17日まで)及び第2期間(同月18日から平成26年6月13日まで)は,最終メール送信時刻が定時より後で22時以前の場合には送信時刻,22時より後の場合は22時(ただし,平成25年4月15日は20時,同年6月17日及び同年7月18日は20時),②第3期間(平成26年6月14日から同年10月31日まで)は,シャットダウンログ時刻が22時以前の場合は原則定時,Dの休日又は早番の日はシャットダウンログの時刻,シャットダウンログの時刻が22時より後の場合は22時,③第4期間(同年11月1日から平成27年4月13日まで)のうち平成26年11月29日までは,同月5日及び同月19日はシャットダウンログの時刻,同月13日及び21日は22時,同月6日は20時,同月2日,9日,10日,14日,16日,22日はシフト表の定時,同月30日以降は,シフト表の定時(ただし,同年12月26日は18時30分,同月27日は19時35分),担当する結婚式のある日の終業時刻は,①原則として結婚式終了時刻の2時間後であるが,②第1期間及び第2期間は,最終メール送信時刻が結婚式終了時刻の2時間後以前の場合は結婚式終了時刻の2時間後,最終メール送信時刻が結婚式終了時刻の2時間後より後で22時以前の場合は送信時刻,最終メール送信時刻が22時より後の場合は22時,③第3期間は,シャットダウンログの時刻が22時以前の場合は結婚式終了時刻の2時間後,シャットダウンログの時刻が22時より後の場合は22時,④第4期間のうち平成26年11月29日までは,同月23日は22時,その他の各日は結婚式終了時刻の2時間後,⑤第4期間のうち同月30日以降は,結婚式終了時刻の2時間後

  (3) 通常シフトの場合1時間の休憩時間があり,通常シフト以外の場合の休憩時間は原則として認められないが,12時始業の場合,担当する結婚式のある日は30分の休憩時間があった。

  (4) 定額残業代の定め(本件特約)は公序良俗に違反し無効であり,1審原告の残業代の計算における基礎賃金は,基本給と職能手当の合計である24万4000円である。

  (5) 付加金は時間外割増賃金と同額が認められるが,平成25年10月分以前の時間外割増賃金に相当する付加金請求は認められない。

    1審原告は,当審において,請求の趣旨を前記第1の1のとおり変更した。後記3のとおり,1審原告及び1審被告が当審において主張した始業時刻,終業時刻及び休憩時間は,別紙1主張整理表の1審原告,1審被告各欄記載のとおりであり,1審原告の主張する時間外割増賃金額は,別紙2割増賃金計算書記載のとおりであり,1審被告が主張する時間外割増賃金額は,別紙3割増賃金計算書記載のとおりである。

 2 前提事実及び争点は,以下のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2及び3に記載のとおりであるから,これらを引用する。

  (1) 原判決2頁10行目の「当事者間に争いがない。」を「当事者間に争いがないか,後記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実」に改める。

  (2) 原判決2頁17行目の末尾の次に「給与は基本給15万円,手当は職能手当7万円,非課税交通費1万円であり,職能手当は,時間外割増,深夜割増,休日出勤割増としてあらかじめ支給する手当とされていた(乙30)。」を加える。

  (3) 原判決2頁24行目から3頁1行目までを削除する。

  (4) 原判決3頁3行目の「本件雇用契約書」を「雇用契約書(以下「本件雇用契約書」という。)」に,同頁23行目の「予め」を「あらかじめ」にそれぞれ改める。

  (5) 原判決4頁13行目の「業務すること」を「勤務すること,あるいは法定休日に就業すること」に,同頁14行目の「業務」を「勤務」にそれぞれ改める。

  (6) 原判決4頁21行目から23行目までを削除する。

  (7) 原判決5頁4行目の末尾の次に改行の上,以下を加える。

  「(4) 業務用パソコン

     1審原告が1審被告において業務に使用していたパソコン(本件パソコン)は,1審原告が専用使用することが許されていたものではなく,他の社員との共用であった(争いがない。)。

     本件パソコンの起動ログは本件パソコンの電源を入れてOSが起動した時,シャットダウンログは本件パソコンのOSがシャットダウンした時にそれぞれ記録され,誰がOSを起動あるいはシャットダウンしたかは記録されない。

     本件パソコンのログオンログは,本件パソコンにおいて何らかの出来事が発生した時(利用者がWordファイルを開いた時など)に記録される。ログオンログやログオフログで「セキュリティID:PC102¥X1」となっているのは,本件パソコン利用者が「X1」のユーザー名を選択して操作した場合に記録されるが,パスワードが設定されていないため,1審原告以外も「X1」のユーザー名で本件パソコンを操作することが可能であった(乙51,52)。

   (5) 残業代の提供

     1審被告代理人は,平成29年4月26日,1審原告代理人に対し,原審判決主文第1項及び第2項で認容された元金及びこれに対する同日までの遅延損害金の合計420万0032円を支払うとして,振込口座を指定するよう求めたが,1審原告代理人は,同月28日,原審判決主文第3項で認容された付加金を併せて支払うよう求め,そうでなければ適正な弁済の提供に該当しないと回答した(乙24,25)。そこで,1審被告は,同年5月16日,420万0032円を供託した(乙26)。」

  (8) 原判決5頁9行目の「(争点4)」の次に「,賃確法上の利率の適用(争点5)」を加える。

 3 争点についての当事者の主張

  (1) 争点1(始業時刻及び終業時刻)

   (1審原告の主張)

    1審原告が主張する始業時刻及び終業時刻は,別紙1主張整理表の1審原告欄記載のとおりである。

   ア 始業時刻

    (ア) 担当する結婚式のない日

     a ログオンログが残されている日について

       1審原告は,出勤すると本件パソコンを起動し,自身のアカウントを使用して本件パソコンにログオンしている。他のプランナーが1審原告のアカウントでログオンしても,1審原告が担当する顧客のデータやメール等しか閲覧できないから,他のプランナーや支配人が1審原告のアカウントでログオンする必要はない。また,他のプランナーや支配人には個別のアカウントが設定されていた。したがって,1審原告のログオンログ(甲45,46)は,1審原告が自身のアカウントでログオンした時刻の記録であることは明らかである。

     b 起動ログが残されている日について

       1審原告は,出勤すると本件パソコンを起動する。本件パソコンをD及びEと共用していた期間も存するが,いずれも新人であり,1審原告より早く出勤して本件パソコンを起動することはなかった。したがって,本件パソコンの起動ログは,1審原告の始業時刻を示していることは明らかである。

     c メモが残されている日について

       1審原告は,平成26年11月1日以降,始業時刻のメモを作成していた。1審原告が自身の労働時間を記録してきたものであるから,その信用性は高い。また,メモで記載された日に近接する時刻にパソコンの起動ログ及びログオンログが存在すれば,当該ログは1審原告がパソコンを起動した記録であることが推認されることとなるし,メモが1審原告の始業時刻を正確に反映していることの証左となる。

     d それ以外の日について

       本件パソコンのログオンログ等が残っていない日は,やむを得ず,シフト表上の時刻を始業時刻と主張する。

    (イ) 担当する結婚式のある日

     a 起動ログ,ログオンログが残されている日について

       1審原告は,担当する結婚式がある日にも,出勤すると本件パソコンを起動させるから,起動ログあるいはログオンログの時刻が残されている日については,その時刻を始業時刻と主張する。

     b メモが残されている日について

       前記(ア)cと同様である。

     c それ以外の日について

       担当する結婚式のある日で,ログオンログ等のない日は,やむを得ず,新郎新婦が会場に入る1時間前を始業時刻と主張する。

   イ 終業時刻

    (ア) 担当する結婚式のない日

     a シフト表,最終送信メール,ログオフログ,シャットダウンログ,スタッフスケジュール,メモが残されている日について

       後述する担当する結婚式のある日と同様である。

     b 試食会がある日について

       試食会にはプランナー全員が出席することとされており,試食会がお開きになった後の退勤時刻は早くとも22時頃になったから(証人F14頁),試食会のある日で最終送信メール等が存在しない日は,22時を退勤時刻と主張する。

     c スタッフスケジュールから推認する日について

       スタッフスケジュールによれば,午前中に結婚式のある日には,午前中に会場等の清掃ができないから,その前日の夜にプランナーは館内の清掃を行うこととされており,この清掃は22時まで行われていた。平成26年1月4日前のスタッフスケジュールは存しないとのことであるが,それ以前においても,午前中に結婚式がある日の前日においては,全日22時まで清掃を行っていたと推認される。

    (イ) 担当する結婚式のある日

     a 最終送信メールが残されている日について

       1審原告が最終送信メールを送信した時間まで業務を行っていたことは明らかである。最終送信メール送信後も事務処理等の業務を行っていたが,シャットダウンログ等が存在しない場合,やむを得ず,最終送信メールの送信時刻を終業時刻と主張する。

     b ログオフログが残されている日について

       1審原告のログオフログが存在することは,1審原告が当該時刻まで,本件パソコンを操作して業務を行っていたことを示している。したがって,ログオフログが存する日は,ログオフログの時刻を終業時刻と主張する。

     c ログオンログが残されている日について

       1審原告のログオンログが存在することは,1審原告が当該時刻後も自身の使用するパソコンを操作して業務を行っていたことを示している。したがって,ログオンログが存在する日は,ログオンログの時刻を終業時刻と主張する。

     d シャットダウンログが残されている日について

       1審原告が「早」のシフトで18時30分に退勤した日以外,本件パソコンを共用していたプランナーが1審原告のパソコンをシャットダウンすることはなかった。したがって,シャットダウンログは,1審原告の終業時刻を記録するものといえるから,シャットダウンログの時刻を終業時刻と主張する。

     e メモが残されている日について

       1審原告は,平成26年11月1日以降,退勤時刻のメモを作成していた。1審原告が自身の労働時間を記録してきたものであるから信用性は高い。また,メモの時刻と,最終送信メール,ログオフログ,シャットダウンログの時刻は近接しており,メモが1審原告の始業時刻を正確に反映していることの証左となる。

     f スタッフスケジュールが残されている日について

       プランナーは,スタッフスケジュールの記載に従い業務を行っている。そこで,最終送信メール,ログオフログ及びシャットダウンログが存在しない日,あるいはこれらの記録よりも後の時刻にスタッフスケジュールに予定が記載されている場合,スタッフスケジュールの時刻を1審原告の終業時刻と主張する。

     g それ以外の日について

       やむを得ず,シフト表の定時を1審原告の終業時刻と主張する。

   (1審被告の主張)

    1審被告が主張する始業時刻及び終業時刻は,別紙1主張整理表の1審被告欄記載のとおりである。

   ア 担当する結婚式のない日

      シフト表(甲20,乙18)の出退勤時刻による。シフト表に「早」又は「A」とあるのは9時30分から18時,「遅」,「12」又は「B」とあるのは12時から20時,「13」とあるのは13時から20時30分,「C」は12時から21時,「8」は8時から20時である。

      ただし,スケジュール表(乙29)からシフト表の定時より退勤時刻が前であることが明らかな場合,スケジュール表の時刻を優先する。また,1審原告がシフト表より遅い時刻を始業時刻,あるいは早い時刻を退勤時刻と主張した日については,その時刻による。なお,1審被告が,原審口頭弁論終結時までに1審原告に有利に始業時刻及び退勤時刻を主張したものは,そのまま主張を維持する。

   イ 担当する結婚式のある日

     結婚式スケジュール表(乙7ないし9)上の新郎新婦会場入りの1時間前を始業時刻,お開き・見送りの2時間後を退勤時刻とする(乙17)。

     ただし,1審原告がシフト表より遅い時刻を始業時刻,あるいは早い時刻を退勤時刻と主張した日については,その時刻による。なお,1審被告が,原審口頭弁論終結時までに1審原告に有利に始業時刻及び退勤時刻を主張したものは,そのまま主張を維持する。

   ウ 1審原告の主張に対する反論

    (ア) 1審原告の休日中,「X1」のアカウントによるログオンが24日存する(乙54)。そのうち,1審原告が休日出勤したとするのは4日(平成26年2月26日,同年7月7日,同年11月17日,同年12月4日)だけである。しかも,1審原告は,平成26年11月1日以降,出退勤時刻のメモ(甲7)を作成していたから,同月17日,同年12月4日の出退勤時刻もメモに記載されていなければならないが,記載されていない。その理由について,1審原告は,過去に遡って記載することが難しかった(1審原告本人30頁)と,メモを事後的に作成したかのように供述している。

      さらに,本件パソコンのログオンログ(甲43)又はログオフログ(甲44)が存在する平成25年9月12日から平成27年3月16日の間に,E(アカウント名「E」),D(アカウント名「G」),H(アカウント名「I」)及びJ(アカウント名「K」)のログオフが存し(「E」が平成25年9月17日から同年11月21日まで,「G」が平成26年6月27日から平成27年1月22日まで,「I」が同年3月2日から同月15日まで,「K」が同年1月22日から同年3月15日まで),「X1」のアカウントのログオフは全体の6割にすぎない(乙55)。しかも,Eは,ブライダル専門学校を卒業して,複数の結婚式場でウェディングプランナー業務を経験したベテラン(乙57),Hは,7年半以上別会社の冠婚部に在籍し,全日本冠婚葬祭互助協会のブライダルプロデューサーチーフの資格を取得しているベテラン(乙58),Jも,別会社でウェディングプランナーをしていたベテラン(乙59),Dも,即戦力として正社員に採用されており,1審原告より業務量が少なかったとはいえない。

      以上からすると,本件パソコンのログは1審原告の出退勤時刻としての証拠とはならず,メモも信用できない。

    (イ) 結婚式後の会場の後片付けは外部業者が行っているし(証人L5頁),新郎新婦の控え室には新郎以外の男性の入室は禁じられているから,1審原告は後片付けをしていない(乙16,33,44,45)。また,1審原告自身,2次会の見送りを1審被告から指示されていないことは認めている(1審原告本人23頁)。

    (ウ) 1審原告が,スタッフスケジュールの「X1」欄に記載されている打合せの全てに出席する必要はない。スタッフスケジュールにおいてプランナーが出席する必要があるのは「最終」「進行」「担」のみであり,その他はプランナーが出席する必要はない。1審原告自身,新郎新婦に対し外部業者との打合せであるという案内をしている(乙5の49)。

      スタッフスケジュールによれば,平成26年2月28日20時から22時の間,清掃と記載されているが,1審原告は,その日の20時57分にメールをしている(乙5の49)ことから明らかなように,スタッフスケジュール記載の清掃に参加していない。

  (2) 争点2(休憩時間中の指揮命令からの解放の有無)について

   (1審原告の主張)

    12時から13時の間も業者や顧客等から多くの電話があり,来客もあったから,食事をとっている最中も食事をやめて電話対応や来客への対応を行わなければならなかった。したがって,これらの時間も労働時間というべきである。13時出勤及び12時出勤のシフトの場合も,休憩時間と呼べるものは一切なく,業務を行いながら,弁当やパン,おにぎり等で食事を済ませており,休憩をとることはできなかった。また,担当する結婚式がある日には休憩時間と呼べる時間はなく,1審原告は休憩を取ることができなかった。

    したがって,残業代請求期間中,休憩時間は存しない。

   (1審被告の主張)

    12時から13時までの電話対応や来客対応は,コンシェル又は電話担当が担う(甲16,乙29)。その時間帯の電話は2,3本にすぎず,1審被告は,1審原告に対し,鳴った電話全てに応答するよう指示していない。

    12時始業時刻のシフトの場合,夕方頃からの顧客との打合せが始まる前に適宜1時間,13時始業時刻のシフトの場合,試食会前の17時から18時の間に,それぞれ休憩を取る。結婚式担当者は,新郎新婦が披露宴会場に入った後披露宴が終了する2時間30分の間に,1時間の休憩を取ることができた。

  (3) 争点3(基礎賃金が基本給と職能手当との合計か基本給のみか)

   (1審原告の主張)

    定額残業代制度は,①使用者が労働者の労働時間を管理していること,②基本給と割増賃金に当たる部分が区分されていること(明確区分性),③労働基準法所定の計算方法による額が支給額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていることが必要であり,これらの要件を充足しているかは,雇用契約において使用者が労働者に明示した内容,差額支払の合意が形式的なものではないかなどを考慮して雇用契約の実態に即して判断されるべきである。その判断の結果,各要件を充足していない場合,労働基準法37条及び公序良俗に反し無効となる。

    1審被告においては,1審原告らプランナーの労働時間を管理していなかったから,①の要件を満たしていない。また,職能給が割増賃金の性質を有さず,労働時間数が明らかにされていないから適正な割増賃金の金額を計算することもできず,何時間分の割増賃金として支給されているかも明示されていないから,②の要件を満たしていない。さらに,差額支払の仕組みが備わっておらず,差額支払の合意を実行していないから,③の要件も満たしていない。

    しかも,本件特約は,36協定の上限額である45時間を大きく超えるから,労働基準法32条,36条に違反する。

    よって,本件特約は公序良俗に反し無効である。そのため,職能給は月によって定められた基本給に算入されるべきであるから,1審原告の基本給は24万4000円となる。

   (1審被告の主張)

   ア 定額残業代の有効要件としては,①割増賃金に該当する部分が明確に区分されており,②当該手当が割増賃金の対価の趣旨で支払われていることで足りる。給与規程19条は,20条1項と異なり,「法定外」との限定がなく,本件特約には所定時間外・法定時間内労働手当(法内時間外労働手当)と法定時間外・休日・深夜労働(法定時間外労働)の手当の両者を含むから,職能手当9万4000円から法内時間外労働手当を控除した分が時間外労働手当に該当する。また,基本給15万円に対応する基礎時給は863円であり,平成25年から平成27年の茨城県の最低賃金(713円から747円)を2割近く上回っている(乙27)。本件特約のうち法定時間外労働手当部分は,法定時間外労働について労働基準法所定の割増率を上回る率での割増賃金の支払合意として有効である。

   イ 定額残業代の合意が有効とされるために,差額支払の合意や差額支払の実態があることは必要ではない。また,使用者が被用者の労働時間を管理していることは定額残業代の有効要件ではなく,管理義務違反があっても付加金で対応すれば足りる上,1審被告は,残業の事前承認制又は自己申告制(給与規程20条1項本文,本件雇用契約書3条1項③)により,労働時間を管理していた。さらに,何時間分の時間外労働に相当するかの明記も不要である。

   ウ 仮に本件特約が公序良俗に反するとしても,少なくともシフト表の定時まで労働した場合に発生する時間外労働手当,又は45時間分の法定時間外労働手当の対価と認められるべきである(予備的主張1)。

     また,本件特約は,不可避的に発生する時間外労働に対する対価を定額で支払う旨の合意である以上,法定時間外労働手当のみならず,法内時間外労働手当を含むというべきであり,法内時間外労働をさせることは労働基準法32条1項の禁止するところではないから,少なくとも想定労働時間のうち法内時間外労働に関する部分は公序良俗違反にならない(予備的主張2)。

     さらに,本件特約が無効となっても,職能手当の全部又は一部が残業代として支払われたことが認められなくなるにとどまり,法定時間外労働手当の基礎賃金は15万円として計算すべきである。

     なお,本件特約で想定される法定外時間外労働等の時間(87.14時間)と比較して,実際の時間外労働等の時間がかい離していたとしても,対価性が明確に認められる本件では,本件特約は無効にならないというべきである。仮に本件特約で想定される時間外労働等の時間より少ない時間外労働等の時間が認定され,その結果,実際の時間外労働等の時間とかい離したため本件特約が無効となる場合には,1審被告は,月87.14時間を上限として1審原告の法定時間外労働等の主張を認めることとするから,本件特約が無効となることはない。

   エ 定額残業代として支払った金額が労働基準法所定の割増賃金の額を超えない場合,使用者は,支給した定額残業代と実際の割増賃金との差額の返還を請求することができ,また,当該返還請求権の範囲内で労働者の翌月以降の割増賃金支払義務と相殺することができる。

     1審被告は,平成25年11月,平成26年2月,3月,5月の支払義務を受働債権とし,当該月以前に発生していた差額の不当利得返還請求権と相殺する意思表示をするので,上記月においても差額の支払義務を負わない。

  (4) 争点4(付加金請求の当否)について

   (1審原告の主張)

    労働基準法114条に定める「違反のあった時」は,最終の未払があった平成27年4月13日と解すべきである。したがって,1審原告の請求は2年を経過していない。その主張が認められないとしても,1審原告が労働審判を申し立てた同年5月15日から2年前の平成25年5月15日から,1審原告が退職するまでの期間における未払賃金に相当する付加金相当額の請求が認められるべきである。

    また,1審原告及び1審被告が互いに控訴して争っている事案において,原審で認容された金額を供託したからといって割増賃金全額の支払が確保されたとはいえず,使用者の義務違反の状態が是正されたことにはならない。1審被告には重大な労働基準法違反が存する上,使用者が割増部分のみの支払義務を負うとする1審被告の主張は独自なものである。

   (1審被告の主張)

    事実審の口頭弁論終結時までに未払割増賃金の支払を完了し,義務違反が消滅したときは,裁判所は付加金の支払を命じることはできない。1審被告は,原審判決後,時間外労働手当等を供託しているから,付加金を命じることはできない。仮に控訴審で認容額が増額しても,1審被告は,労働基準法37条の義務違反の解消に努めているから,不足分について付加金は発生しない。また,1審被告には,時間外割増賃金と同額の付加金が命じられるほど重大な労働基準法違反はなく,付加金は割増分のみに付されるべきであるから,割増される前の通常の賃金分について付加金を課することはできない。

  (5) 争点5(賃確法上の利率の適用)について

   (1審被告の主張)

    1審原告がパソコンのログや自己の手控えにより出退勤時刻を立証しようとしたのに対して,1審被告は,共用パソコンであることや手控えの作成経緯に疑義がある,職能給により残業代は支払済みであると主張し,原判決も,1審原告の主張・立証に疑義があるとして1審被告の主張の一部を認めている。以上からすると,1審被告には,賃確法施行規則6条4号の合理的な理由があるというべきである。

   (1審原告の主張)

    争う。1審被告は,タイムカード等による出退勤管理を一切怠っておきながら,1審原告の提出したログ等の信用性を争っており,合理的な理由は存しない。

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所は,1審原告の請求は,1審被告に対し,3万9565円及びうち3万7126円に対する平成27年5月11日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。

 2 争点1(始業時刻及び終業時刻)及び争点2(休憩時間中の指揮命令からの解放の有無について)の判断は,原判決を次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1および2に記載のとおりであるから,これらを引用する。

  (1) 原判決13頁22行目の「結婚式のある日である。」を「結婚式のある日であり,その日は,新郎新婦会場入りの1時間前に出勤し,お開き・送迎の少なくとも2時間後には退勤することができるとされていた。」に改め,同頁26行目の「20,」を「15,17,20,21」に改める。

  (2) 原判決14頁4行目の「22時ころまでかかることもあった。」を「22時頃まで長引くことがあり,その後も打合せ後の後処理など業務を行うこともあった。」に改める。

  (3) 原判決14頁14行目の「甲16,乙2」を「甲16,23,24,乙2,29,31ないし33,45,48」に改める。

  (4) 原判決14頁16行目の「一覧表」を「別紙主張整理表」に改める。

  (5) 原判決15頁1行目から11行目までを次のとおり改める。

  「エ 1審被告においては,従業員の間で1台のパソコンを共用することが多かった。本件パソコンのログオンログ及びシャットダウンログのある期間のうち,平成25年9月17日から同年11月21日までE(ただし,同人は同年9月30日付けで退職している。),平成26年6月27日から平成27年1月22日まで(1審原告は平成26年9月頃からと供述するが(1審原告本人8ないし10頁),後記証拠によれば採用できない。)D,平成27年3月2日から同月15日までH,同年1月22日から同年3月15日までJの各アカウントを使ったログオン又はログオフの記録が残されている(乙56)。そのうち,Dは,平成23年4月から平成26年3月まで,平日は併設されたレストラン,土日は結婚式場でアルバイトとして勤務していたが,同年4月から正社員となり,同年7月以降,プランナーとしてシフトが組まれた(乙3)。

     平成26年6月から平成27年2月までの間の1審原告の休日に,本件パソコンが使用された日は20日あった(平成26年6月18日,同月23日,同年7月7日,同月17日,同年8月7日,同月8日,同月15日,同年9月3日,同月4日,同月11日,同月22日,同年10月15日,同年11月4日,同月17日,同月26日,同年12月1日,同月15日,同月25日,平成27年2月4日,同月12日(乙10,18の12ないし20)。ただし,そのうち,1審原告は,平成26年7月7日,同年11月17日,同年12月4日,休日出勤したとしている。)。そのシャットダウンログ時刻は,17時19分から21時56分までであり,21時を超えたのは2日であった。

     ログオンをするに当たり,パスワードは設定されていないから,誰でも「X1」のアイコンをクリックすれば「X1」のアカウントでログオンでき,1審原告のメールアドレスでメールを送信することができた。実際,1審原告の休日である平成26年6月2日19時13分にNが1審原告のアドレスを使用して顧客に対し,本日は1審原告が不在のため,内容確認できるのが水曜日になるとした上,「水曜日以降にご連絡をさせていただきますのでよろしくお願いいたします」とするメールを送信している(乙53)ほか,同じく1審原告の休日である平成25年9月17日,同年10月28日,同年11月14日,同年12月18日,平成26年1月25日,同年2月10日,同月24日,同月26日,同年3月5日,同月31日,同年4月9日,同年5月7日,同月28日,同年6月2日,同月16日,同月23日,同年8月7日,同月14日,同月25日,同月27日,同年9月3日,同月22日,同年10月15日,平成27年1月8日の24日間,「X1」のユーザー名でログオンされていた(乙54)。ただし,「X1」のユーザー名でログオンした場合には,1審原告が担当するデータやメール等しか見ることができないという制約があった。