訴訟承継 権利譲渡人からの引受申立て 東京地裁昭和54年

民事訴訟法判例百選 第5版 A36

損害賠償請求事件

東京地方裁判所判決/昭和50年(ワ)第6243号

昭和54年9月28日

【判示事項】       自衛隊のジェット戦闘機が訓練中墜落した事故につき国に機体の点検整備についての安全配慮義務違反があるとして債務不履行による損害賠償請求が1部認容された事例

【参照条文】       民法415

【掲載誌】        下級裁判所民事裁判例集31巻1~4号288頁

             訟務月報26巻1号68頁

             判例タイムズ402号112頁

             判例時報949号78頁

 

       主   文

 

  一 被告は、原告小代アヤカに対し、金九一○万三八三二円及びこれに対する昭和五○年八月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

 二 被告は、原告高瀬優香利に対し、金二二六五万六三二四円及びこれに対する昭和五○年八月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

 三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 四 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

 五 この判決は第一、二項に限り仮に執行することができる。

       ○ 事     実(省略)

 

       理   由

 

一 本件事故の概要

 高瀬が、航空自衛隊第八航空団(福岡県築城基地に所在)の訓疎計画に基づき、昭和四一年五月一九日、FI八六Fジエツト戦闘機四機編隊の二番機(事故機)に搭乗し、長崎市西方海上の訓練空域において局地有視界方式による海上自衛隊艦船に対ずる攻撃訓練実1中、事故機の火災警報装置が点燈したため緊急脱出し、海上に墜落死亡したことは当事者間に争いがなく、証人森田四郎平、同大中康生の各証言及び弁論の全趣旨によ九ば、右事故に至る経過として以下の事実を認めることができる。

1 本件事故機の属する編隊は、レーダーによる探知を避けるため、約五○○フイートの高度で攻撃目標である自衛隊艦船に向つて接近し、同艦船から三マイルの地点で一、二番機と三、四番機の二手に分かれ、一、二番機は右高度から約七○○○フイートまで急上昇して反転降下し、艦首の方からロケツト攻撃を、三、四番機は直進して跳飛爆撃をそれぞれ実施する計画であつた。

  2 右計画に従つて、編隊が二手に分かれた頃、事故機から「二番機火災発生」との送信がなされたが、すでに攻撃態勢に入つていたいずれの編隊僚機もこれに気づかず「 一番機は計画どおり艦船に対するロケツト攻撃を終了した。事故機は一番機に続いて攻撃態勢には入らず、そのままゆつくりと高度を上げ、高度三○○○ないし四○○○フイートまで上昇し、この間、二度にわたり「火災を点検してください。」との発信をなしたが、いずれの編隊僚機もこれに気づかなかつた。

3 その後、艦船に乗り組んでいた航空統制官の一人が事故機の異常に気づき、事故機と交信したところ、二度にわたり「二番機、火災警報燈が点燈した。」との返答があつた。この頃、ロケツト攻撃を終えた一番機は、未だ攻撃態勢にない事故機に対し、計画どおり飛行せよと指示したところ、その直後に事故機から「火災警報燈が点燈した。点検して下さい。」との応答があつたため、事故機に対し、直ちに高度をとるよう指示するとともに、火災の有無を確認するため、ずでに高度約三○○○フイートの位置をスロツトル(燃料調節のための絞り弁)をアイドル(最低回転数)にしたときの速度である時速約一六○ノツトで水平飛行に近い姿勢で僅かずつ高度を下げていた事故機を追尾する態勢に入つたが、煙や炎は見えなかつた。

  4 事故機はその後も緩徐な降下を続げながら暫時直進した後、高瀬は緊急脱出する旨発信して、右機体から緊急脱出したが、高度不足のために落下傘が開ききらないうちに海上に墜落し、死亡した。

 二 被告の責任

 被告国と国家公務員(以下、「公務員」という。)との間において、被告国は公務員に対し、被告が公務の遂行のために設置寸べき場所、施設もしくは器具等の設置管理にあたつて、公務員の生命および健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つており、本件のようにジエツト戦闘機に搭乗し戦闘訓練に従事する自衛官に対しては、機体、I部品等の十分な整備を実施し、事故発生を防止して飛行の安全を保持すべき義務とともに、万一事故が発生した場合に搭乗者が緊急脱出ずるに際して使用する落下傘の点検整備を十分に行い、その生命の安全を保全すべき義務を負つているものというべきである。そこで、被告の事故機についての点検整備を十分に実施すべき安全配慮義務の違反の有無について検討するに、I本件事故機が前記訓練計画に従い対艦攻撃訓練実施中にその火災警報装置が点燈したこと、右装置は何らかの原因によつてエンジン系統に火災が発生した場合、もしくは、圧縮器によつて圧縮されたホツト・エアーが漏れ、火災の危険が生じた場合に、エンジンの圧縮器及び燃焼室の部分に取り付けられた探知回路のサーモカツプルが電気的に感応して火災警報燈が点燈ずる仕組みになつていることはいずれも当事者間に争いがないから、本件事故機はニンジン系統に火災を起こしたか、ホツト・ニアー漏れを起こしたものと一応推定することができる。

 ところで、本件全証拠を検討するも、エンジン系統の火災もしくはホツト・エアー漏れがいかなる原因によつて発生したかを確定することはできないが、本件の如き航空機事故において、被害者側にさらにその個別、具体的な事故原因の主張、立証まで要求することになれば、それが高度の専門的知識を要する分野であること、事故原因の調査資料が被告の掌中に独占され一般に公開されるものでないこと、特に被告は自衛隊機の管理にあたるものとして、その安全性を確保ずるため、事故原因につき常に多方面からの調査検討をなすべき立場にあることからして公平を失するものというべきであり、本件事故が機体の枢要部で被告が全面的に管理し点検整備義務を負うべきエンジン系統に火災が発生したか、ホツト・エアー漏れが生じたためであると推認される以上、立証の公平の見地から、被告において本件事故機につき十分な点検整備を行なつたにもかかわらず、右事故の発生が予見し得ない偶発的な原因に基づくことの立証が尽くされない限り、事故機の点検整備を十分に実施すべき安全配慮義務の違反があつたものと推定するのを相当とする。

 しかして、弁論の全趣旨によれば、FI八六F機保有部隊では、Fl八六F機につき、飛行前点検、基本飛行後点検、定時飛行後点検、定期検査等被告主張の如き所定の点検整備を行つて飛行の安全確保に努めており、搭乗員自らも飛行に先立ち、定められた点検項目につき確認のうえ搭乗しており、本件事故機についても同様の点検整備が行なわれていたことが認められ、また、前掲証人森田の証言によれば、本件編隊が攻撃態勢に入る前に行なつた計器盤の点検の際には、特に事故機は異常を訴えていなかつたことをそれぞれ認めることができるが、一方、その後、エンジン部の火災を誘発ずるような外的原因.が発生したことは認めることができず、また、本件の如く機体の枢要部であるエンジン部分に直ちに墜落事故につながる火災もしくはその危険性が発生したものとされる事態のもとでは、右火災もしくはその危険性を招来した個別、具体的な原因が確定され、且つ、それが以上に述べた機体の点検整備体制のもとで予見ずることが不可能なものであることを確定し得ない以上、その点検整備が十分に行なわれたにもかかわらず本件事故の発生が予見不可能な偶発的原因に基づくものであることの立証が尺くされたとは言えない。

 従つて、被告は本件事故について、前記安全配慮義務違反の責任を免れず、右事故による原告らの損害を賠償すベき義務がある。

 なお、原告は、高瀬の装着した落下傘は、被告がその点検整姉を十分に実施しなかつたため、全く開かなかつたものである旨主張するが、弁論の全趣旨によ五ば、本件の落下傘についても、被告主張のとおりの点検整備が実施され、その段階で特に不具合は発見されなかつたことを認めることができ、また、前掲各証拠によれば、(一)事故後、落下傘の紐が伸び切つた段階で落下傘の本体から分離されるクオーター・バツグ(落下傘の紐を収納する袋)は回収されているが、他に落下傘の付属品は全く回収されていないことから、少なくとも高瀬の装着した落下傘の紐は一応伸び切つたものと推測されること、(ニ)一番機に搭乗し同訓練に参加していた森田編隊長は、事故直後、事故機の墜落現場付近に、ほぽ八分開きの状態で漂流している落下傘を目撃していることが認められ、これらの事実からすれば、高瀬の装着した落下傘は、クオーター・バーグに収納された紐がほぼ伸び切り、かなりの程度まで開傘したものであるが、僅かの高度不足のために、完全には開ききらなかつたものと認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて、落下傘の点検整備についても被告に安全配慮義務の違背がある旨の原告らの主張は採用できない。

三 損害(省略)

四 結諭(省略)

 (裁判官 落合 威 塚原朋一 原田晃治)