国鉄鹿児島自動車営業所事件 業務命令の適法性 最高裁平成5年

労働判例百選第8版24事件 9版22事件

              損害賠償請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成元年(オ)第1631号

平成5年6月11日

【判決要旨】       自動車営業所の管理者に準ずる地位にある職員が、取外し命令を無視して組合員バッジの着用をやめないため、同人を通常業務である点呼執行業務から外し、営業所構内の火山灰の除去作業に従事することを命じた業務命令は、右作業が職場環境整備等のために必要な作業であり、従来も職員が必要に応じてこれを行うことがあったなど判示の事情の下においては、違法なものとはいえない。

【参照条文】       民法623

             民法709

             労働基準法13

【掲載誌】        最高裁判所裁判集民事169号117頁

             判例タイムズ825号125頁

             判例時報1466号151頁

             労働判例632号10頁

             労働経済判例速報1502号3頁

【評釈論文】       岡山大学法学会雑誌45巻2号183頁

             季刊労働法170号157頁

             ジュリスト臨時増刊1046号235頁

             別冊ジュリスト134号34頁

             日本労働法学会誌83号178頁

             判例タイムズ臨時増刊852号320頁

             判例評論422号51頁

             法律時報66巻9号102頁

             民商法雑誌112巻1号108頁

             労働判例634号6頁

 

       主   文

 

 原判決中上告人ら敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。

 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人村田利雄、同有岡利夫の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

  1 上告人ら及び被上告人は、昭和六〇年当時、いずれも日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の職員であり、被上告人は国鉄九州総局鹿児島自動車営業所(以下「鹿児島営業所」という。)の運輸管理係、上告人竪山明(以下「上告人竪山」という。)は、同営業所長、上告人新野尾文雄(以下「上告人新野尾」という。)は同営業所首席助役であった。なお、被上告人は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であった。

  2 当時国鉄は、長年にわたる赤字額の累積により経営上の危機にひんして再建を迫られる一方、職場規律の乱れが内外から指摘されてその是正が求められたため、これにこたえるべく、経営能率の向上、職場規律の健全化などを果たすことが、企業としての将来を決する重要な課題となっていた。

 右のような状況を受けて、鹿児島営業所の上級機関である九州地方自動車部(以下「自動車部」という。)は、傘下の各営業所に対して、職場規律の確立に力を入れるよう指示し、その一つとして、職員の服装の乱れを是正すること、勤務時間中のワッペン、赤腕章等の着用を禁止すること及び職員に氏名札の着用を行わせることを指示した。中でも職場規律の乱れが全国でも最悪と指摘された鹿児島営業所の所長であった上告人竪山は、自動車部と打ち合わせて職場規律の確立に取り組むように特に指示されたため、職員に対し、勤務時間中のワッペン、赤腕章の着用を禁止するとともに、前記氏名札と着用場所が競合する国労の組合員バッジ(以下「本件バッジ」という。)の着用を禁止し、着用者に対して取外し命令を発していた。また、上告人竪山は、本件バッジの取外し命令に従わない職員に対しては当該職員の担当する本来の業務から外すよう、自動車部から指示を受けていた。

 なお、当時、国鉄が経営の合理化のために打ち出す種々の施策に対して、国労は反対の方針を採り、そのため国鉄の労使は恒常的に対立した状況にあった。鹿児島営業所においても、国労の組合員によるワッペン、赤腕章の着用等の行為が行われ、被上告人ら組合員は、上告人らを始めとする管理職と対立していた。このような状況の下で、本件バッジの着用は、国労の組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有し、勤務時間中にも職場内において労使間の対立を意識させ、職場規律を乱すおそれを生じさせるものであった。

  3 被上告人は、前記のとおり運輸管理係の地位にあったが、管理者に準ずる地位である補助運行管理者にも指定され、昭和六〇年七月二三日、二四日、八月五日、六日、一六日、一七日、二二日、二三日、二九日及び三〇日の各日は、補助運行管理者として点呼執行業務に従事すべき日とされていた。

 昭和六〇年七月二三日、被上告人が、本件バッジを着用したまま点呼執行業務を行おうとしたため、上告人竪山は、被上告人に対して本件バッジの取外し命令を発したが、被上告人は右命令に従わなかった。そこで、同上告人は、被上告人を点呼執行業務から外し、鹿児島営業所構内に降り積もった火山灰を除去する作業(以下「降灰除去作業」という。)に従事すべき旨の業務命令を発した。その後の同月二四日、八月五日、六日、一六日、一七日、二二日、二三日、二九日及び三〇日についても、上告人竪山は、前同様の経緯により、本件バッジの取外し命令に従おうとしない被上告人を点呼執行業務から外し、前記作業に従事すべき旨の業務命令を発した(右の各業務命令を、以下「本件各業務命令」という。)。

  4 降灰除去作業は、桜島の噴火活動によって上空に吹き上げられ鹿児島市内に飛来して降り積もった火山灰を除去するものであり、かなりの不快感と肉体的苦痛を伴う作業であるが、鹿児島営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要なものであり、従来も、職員がその必要に応じてこれを行うことがあった。

 本件各業務命令は、勤務時間中に同営業所構内(広さ約一二〇〇平方メートル)の降灰除去作業に従事すべき旨を命じたものであるが、作業方法及び服装等についての特段の指示はなく、また、所定の休憩時間(正午から午後一時まで)以外の休憩の取り方についても特段の指示はなかった。被上告人は、本件各業務命令に基づき、前記の各日、それぞれ午前八時三五分ころから午後五時ころまで、同営業所構内の降灰除去作業に従事した。

  5 上告人ら管理職は、被上告人が降灰除去作業に従事中、右作業状況を監視し、また、勤務中の他の職員が被上告人に清涼飲料水を渡そうとしたところ、上告人竪山がこれを制止する等のことがあった。

 二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断した。

  1 降灰除去作業は、被上告人の労働契約上の義務の範囲内に含まれるから、本件各業務命令を労働契約に根拠のない作業を命じたものとはいえない。

  2 また、本件バッジの着用は、職場規律を乱し、職務専念義務に違反するものであるから、上告人竪山がした前記取外し命令及びこれに従わなかった被上告人を点呼執行業務から外した措置には、いずれも合理的な理由があり、これが違法なものとはいえない。

  3 しかし、本件各業務命令は、被上告人には運輸管理係としての日常の業務があり、殊更降灰除去作業を命ずべき必然性はなかったのに、本件バッジの取外し命令に従わなかったことに対し、懲罰的に発せられたものである。このように、かなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせることは、業務命令権の濫用であって違法である。したがって、本件各業務命令は、被上告人に対する不法行為に当たり、上告人らは、これにより被上告人の被った精神的損害を賠償すべき義務がある。

 三 しかしながら、原審の前項3の、本件各業務命令が違法であって被上告人に対する不法行為に当たるとする判断は、是認することができない。

 前記の事実関係からすると、降灰除去作業は、鹿児島営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要な作業であり、また、その作業内容、作業方法からしても、社会通念上相当な程度を越える過酷な業務に当たるものともいえず、これが被上告人の労働契約上の義務の範囲内に含まれるものであることは、原判決も判示するとおりである。しかも、本件各業務命令は、被上告人が、上告人竪山の取外し命令を無視して、本件バッジを着用したまま点呼執行業務に就くという違反行為を行おうとしたことから、自動車部からの指示に従って被上告人をその本来の業務から外すこととし、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであり、職場管理上やむを得ない措置ということができ、これか殊更に被上告人に対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められない。なお、上告人ら管理職が被上告人による作業の状況を監視し、勤務中の他の職員が被上告人に清涼飲料水を渡そうとするのを制止した等の行為も、その管理職としての職責等からして、特に違法あるいは不当視すべきものとも考えられない。そうすると、本件各業務命令を違法なものとすることは、到底困難なものといわなければならない。

 四 したがって、本件各業務命令が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、結局同旨をいう論旨は理由があり、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記のとおり、本件各業務命令は、不法行為を構成するものではないから、これが不法行為を構成することを前提とした被上告人の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく理由がないというべきであって、第一審判決中上告人ら敗訴部分を取り消した上、その請求を棄却すべきである。

 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島 昭 裁判官中島敏次郎 裁判官大西勝也)

 

 上告代理人村田利雄、同有岡利夫の上告理由

 原判決には、以下に述べるとおり、証拠の取捨選択を誤った経験則違背の重大な事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである。

 一 原判決は、「使用者が労働者に対し労働契約に基づき命じうる業務命令の内容は、労働契約上明記された本来的業務ばかりでなく、労働者の労務の提供が円滑かつ効率的に行われるために必要な付随的業務をも含むことはいうまでもない。しかしながら、そのような業務であっても、使用者はこれを無制限に労働者に命じうるものではなく、労働者の人格、権利を不当に侵害することのない合理的と認められる範囲のものでなければならないものというべきである。そして、その合理性の判断については、業務の内容、必要性の程度、それによって労働者が蒙る不利益の程度などとともに、その業務命令が発せられた目的、経緯なども総合的に考慮して決せられる必要がある」、「使用者が付随的業務としてこれ(降灰除去作業)を労働者に命ずるについては、その作業量、作業時間、作業人員、作業方法及び本来の業務との比較衝量などを考慮して、作業がいたずらに苛酷なものにわたらないようにすべきであって、このような考慮を欠いて必要性及び相当性の範囲を越えていたずらに苛酷な作業を行わせたり、懲罰、報復等の不当な目的で行わせたりすれば、それは業務命令権の濫用として違法なものとなると言わなければならない。」として正しく判断基準を定立しながら、証拠の取捨判断を誤ったため「本件のようにかなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるというのは、業務命令権の濫用であって違法であり、不法行為を成立せしめるものである。」との重大な事実誤認に至った

 二1 まず、本件業務命令が発せられるに至った経緯について、原判決は「上告人竪山が七月二三日組合員バッチを着用したまま点呼執行業務を行おうとした被上告人に対し、離脱命令を発し、被上告人がこれに従わなかったからであって」とし、被上告人が組合員バッチを離脱せず、よって点呼執行業務を外されたことから直ちに本件降灰除去作業に従事させたかのように認定しているがこれは重大な事実誤認である。

  2 被上告人の運輸管理係としての業務と補助運行管理者としての業務の指定は、仕事量、人員等を総合的に勘案して翌月分を当月末迄に作定しており、補助運行管理者としての一昼夜交代勤務(二勤務日の取扱い)に空白が生ずれば二日間の何らの業務指定のない日勤勤務日が発生するのである(上告人新野尾の第二審における尋問の結果第五八項乃至第六五項等)。

 そこで、いかなる業務を担当させるかが当然問題となるが、当時鹿児島営業所で最も必要度の高い業務に従事させることが業務運営上適切な処置であることは明らかであるところ、当時の状況からみて環境整備の一貫として降灰除去作業が鹿児島営業所にとって最も必要性が高い業務であったのである。

 原判決は、「運輸管理係としての日常の業務があった。」というが、前述のとおり、被上告人がなすべき右業務の作業量は、総合的な考慮の下に運輸管理係としての勤務日で十分支障なく処理できるものであり、どうしても運輸管理係の業務に従事させなければならない特別な事情もなかった。

 被上告人の補助運行管理者としての業務を外し、降灰除去作業を命ずる決定をしたのは上告人らの所属する鹿児島自動車営業所の上部機関である九州地方自動車部であるが、この決定をしたのは右のような事情を勘案したうえでのことであり(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第一一二項等)、何らの考慮もなく直ちに本件降灰除去作業を命じたかのような原判決の事実認定は失当である。

  3 以上のとおりであるから原判決のいう「ことさら被上告人に降灰除去作業を行わせる必然性はなかった」という認定は、前提に誤りがあり失当である。

 三 降灰除去作業の実態。

  1 本件降灰除去作業の必要性。

 本件当時は、鹿児島自動車営業所の存する鹿児島市内は桜島の断続的な噴火に伴う灰が右営業所構内に降り積もる状況にあり、これを除去することは「職場の環境を整備して、労務の提供の円滑化、効率化をはかるためにも必要であった」ことは、原判決も正しく認定するところであり、本件降灰除去作業を不必要とする事情は全く存しない。

  2 本件降灰除去作業の相当性。

   (一) 作業量及び作業時間。

 原判決は、「作業面積はおよそ一二〇〇平方メートルの広さであり、作業時間はいずれの日も午前八時三五分から夕方五時までであって、途中昼休みとして正午から午後一時ころまで休憩をとる以外は特に休憩を許されたこともなかった」と認定している。

 しかし、休憩時間については、日本国有鉄道就業規則に認められている正午ころから午後一時ころまでの休憩時間のほか、被上告人は適宜休憩をとっていたのであり(被上告人の第一審における尋問の結果第八一項等)、上告人竪山もこれを認めていたものである(上告人竪山の第一審における尋問の結果第八四項)。また、実際の作業においても、被上告人は自己の判断を選択に基づき、作業方法、作業場所、その広さを決定して作業していたものであるから(被上告人の第二審における尋問の結果第八〇項等)、降灰除去作業を命じた日には一律に約一、二〇〇平方メートルの構内全部にわたって被上告人に作業させたとか、その作業方法等いちいち細かく指示したこともなく、作業時間中も降雨があれば、被上告人は、車庫に待避して作業を中止していたのである(上告人新野尾の第二審における尋問の結果第五二項乃至第五四項等)。

   (二) 作業人員

 原判決は降灰除去作業が「被上告人一人で行われた。」として、あたかも被上告人のみ選別的に降灰除去作業を担当させられたかのように判示している。

 しかしながら、訴外松下ら他の職員も当時降灰除去作業に従事したことは証拠上明らかであり(上告人竪山の第二審における尋問の結果第九一項乃至第九四項等)、原判決の判断は失当である。

   (三) 作業方法

 上告人らは本件降灰除去作業の方法について、「格別の」方法を伝えたことはないが、これは何ら不当なものではなく、まさに作業方法については、降灰地帯の住民としてその方法を熟知している被上告人の任意な方法によることを容認していたことを示すものである。

   (四) その他の作業環境について。

 (1) 服装については、「格別の考慮」は必要でなかった。即ち、本件降灰除去作業に適する衣服・長靴等が従前から被上告人には貸与されており(上告人竪山の第二審にける尋問の結果第四六項乃至第五一項等)、現に被上告人も作業に適する服装を整えている(被上告人の第二審における尋問の結果第六二項乃至第六四項等)。

 (2) 原判決は、「作業中、上告人らの監視下に置かれていた。」と認定するが、これは、失当である。

 上告人新野尾は偶々望見した被上告人のだらけた姿が当時内外から批判を蒙っていた鹿児島自動車営業所の職場規律に対する不信を増大する危険があると考えて一度だけ注意を与えたに過ぎない(上告人新野尾の第二審における尋問の結果第三九項等)。

 上告人らは、それぞれの業務により鹿児島自動車営業所を留守にする時間帯があったが、その際に相互に被上告人の監視について話し合ったこともなく、他の助役等にこれを指示依頼したこともない。

 当時上告人らは、自動車部から特に職場規律の確立のための努力とその報告を求められていたものであるから(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第四二項、第五八項等)、当然鹿児島自動車営業所全体の業務執行の在り方に特段の注意を払っていたものであり、一人被上告人のみに注目することなどあり得ず、ましてこれを監視していたものではない。

   (五) 以上のとおりであって、原判決は、本件降灰除去作業の各日時における具体的態様を何ら個別的に明らかにすることなく、一般的抽象的に作業面積、時間等を数値として把握した結果、具体的事実を見誤ったものである。被上告人の本件降灰除去作業は、その必要性及び相当性の範囲を越えるものではなく、「いたずらに苛酷」な作業とまで認定するに足る証拠はない。

 四 本件降灰除去作業の目的

 原判決は、本件降灰除去作業命令は「組合員バッチの離脱命令に従わなかった被上告人に対し、懲罰的に発せられたものと認めざるを得ない。」と判示し、懲罰的目的が存在したことを認定しているが全く失当である。

 (1) 動機の不存在。

 上告人竪山が被上告人に対し、本件降灰除去作業命令を伝えた動機は、九州地方自動車部総務課長の訴外奥田義一の具体的指示があり、それに従わざるを得なかったためである(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第八八項、第一一二項等、上告人竪山の第二審における尋問の結果第八五項、第八六項、第九六項等)、上告人竪山は、鹿児島自動車営業所長として、内外の批判を蒙っていた職場規律の確立に腐心し、被上告人に対しても服務規程の遵守を指導して来たが、被上告人がこれに服さないため、その対応につき上部機関である九州自動車部の求めに応じ同部に報告し、その指示を仰いでいたものである。

 上告人竪山の報告に基づき前記奥田義一らが、服制違反の被上告人に対して、補助運行管理者の職務からはずすこと、及び鹿児島自動車営業所の降灰の状況や被上告人の担務の内容等を総合的に判断した結果、被上告人に環境整備のため降灰除去作業を行わせるのが適当と判断し、その判断の結論を被上告人に伝えることを上告人竪山に指示したものである(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第八六項、第一一二項等)。

 上告人竪山は右奥田義一の指示に従ったにすぎず、降灰除去作業という具体的作業内容を自らの判断で決定したものでも自らの判断で命令したものでもない。

 上告人竪山らの説得による鹿児島自動車営業所における職場規律回復の努力は、本件後間もなく結実するに至っており(奥田義一証人の第一審にける尋問の結果-第八回-第一五一項、第一五二項)、当時上告人らが特別に懲罰的業務命令に仮託して被上告人に対して個人的に懲罰的、報復的所為に出なければならない必要は何ら存しなかった。

 (2) 原判決は、「被上告人に対してのみ」降灰除去作業を行わせたとして、あたかも上告人らに懲罰的、報復的目的があるかのように認定するが、前述のとおり当時降灰除去作業には訴外松下をはじめ他の者にも必要に応じて降灰除去作業に従事させており、一人被上告人のみを選別的に従事させたものではないことは、証拠上明らかである。

 (3) 更に、被上告人が従事した本件降灰除去作業は、当時鹿児島市民全体が一般的に負担していた作業内容等と比較しても、前述の具体的作業量からみて労働契約に基づく付随的業務としての環境整備作業の範囲を越えるものではない。本件降灰除去作業の外観から直ちに上告人らの被上告人に対する懲罰的、報復的目的を認定することは失当というべきである。

 (4) 原判決の判示のとおり、「本件当時国鉄は、長年にわたる赤字額の累積により経営上の危険に瀕しており、その再建を迫られる一方、職場規律の乱れが内外から指摘されてその是正が求められていたためそれに応えるべく経営能率の向上、職場規律の健全化などを果すことが企業の将来を決する重要な課題となっていた」、「中でも職場規律の乱れが全国でも最悪を指摘された鹿児島営業所所長であった上告人竪山は、鹿児島営業所の上級機関である自動車部と打ち合わせて職場規律の確立に取り組むよう特に指示された。」、「当時国鉄が経営の合理化のため打ち出す種々の施策に対し、被上告人の所属する国労が反対する方針をとり、そのため労使間は恒常的に対立した状況にあった」ものである。上告人らが勤務する「鹿児島営業所においてもワッペン赤腕章の着用などの闘争が行われ上告人らはじめ管理職と被上告人ら組合員とは対立した状況にあった」が、これは国鉄再建と職場規律に対する内外の批判に対する処方?が労使間で組織的、対立的に異なっていたために、国鉄の使用者側である上告人らと国労組合員である被上告人がそれぞれ組織の原理に従い組織人として対立していたものであり、決して労使という立場を離れて純然たる個人的関係において対立していたものではない。

 以上を要するに原判決は証拠の評価を誤り、上告人らを含む国鉄当局側と組合員である被上告人の対立という構造に捉らわれた結果、木を見て森を見ない例えのとおり、上部機関の命令に従ったにすぎない上告人ら現場管理者と現場職員である被上告人の個人的な関係という歪んだ倭少的把握に陥り、これを個人的不法行為という枠で判断するに至ったため使用者側に位置する上告人竪山らに、被上告人に対する懲罰、報復等の不当な目的があったものとの誤った認定に至ったものといわざるを得ない。

 上告人らに被上告人に対する懲罰的、報復的目的があったとする原判決の認定は重大な事実誤認といわざるを得ない。

 五 業務命令権行使について。

  1 原判決は「上告人竪山は、自動車部から国労バッチ離脱命令に従わない者に対しては本来の業務からはずすよう指示を受けていたが、その場合に本来の業務に替えて如何なる作業に従事させるべきかについてはなお決定すべき権限を有していた」「被上告人に対し、本来の業務に替えて如何なる業務に従事させるかについては、仮に自動車部からの示唆があったとしても、上告人竪山はその実施及び実施の態様についてはなおこれを決定すべき権限を有している」と判示して上告人竪山がその権限に基づいて本件降灰除去作業を具体的に決定したとの認定をしているが、これは重大な事実誤認である。

  2 上告人竪山は、本件につきすべて上部機関である九州自動車部に経過を報告し、その対応策の指示をあおいだ。自動車部は被上告人を補助運行管理者から降ろすこと及びその空白時間における被上告人の業務内容を訴外奥田義一らに決定せしめることとし、訴外奥田義一は、上告人竪山の報告及び自ら鹿児島自動車営業所に足を運んで、現地の降灰の状況を把握したうえで、環境整備としての降灰除去が必要と判断して、被上告人に降灰除去作業を行わせることを自ら決定し、これを業務命令として被上告人に伝達することを上告人竪山に指示した(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第八五項、第九〇項等)。上告人竪山は、訴外奥田義一の右具体的指示に基づき本件降灰除去作業を被上告人に伝達したものにすぎない(上告人竪山の第二審における尋問の結果第七八項乃至第八五項等)。

 右のとおり、上告人竪山は本件降灰除去作業を自ら決定したものではない。自動車部が上告人竪山に対してなしたのは降灰除去作業命令の「示唆」ではなく命令伝達の「指示」である(奥田義一証人の第一審における尋問の結果-第八回-第一一二項等)。

 九州自動車部と上告人竪山は、上下の関係にあり、もし上告人竪山が自動車部の指示に従わないときは上告人竪山は懲戒を受ける関係にある(上告人竪山の第二審ける尋問の結果第九六項、第九七項)。上告人竪山が自動車部の「指示」を忠実に被上告人に対し伝達したことは、組織人として当然のことである。

 六 業務命令権行使の濫用について。

  1 権利の行使とはいえ、それが濫用にわたり違法に他人の権利を侵害すれば、不法行為を成立せしめるものであることは、一般論としては異論のないところである。

  2 原判決は「本件のようにかなりの肉体的、精神的苦痛を伴う作業を懲罰的に行わせるというのは業務命令権行使の濫用であって、違法であり、不法行為を成立しめる。」と判示する。

 しかしながら、例えば三交代でする熔鉱炉湯口の誘導作業のように降灰除去作業をはるかに上回る肉体的、精神的苦痛を伴う作業が業務として世に行われていることは挙示にいとまのないところであり、まして、前述のとおり本件降灰除去作業はそれ自体「いたずらに過酷な」ものではないから本件降灰除去作業が被上告人に何がしかの肉体的、精神的苦痛を与えるとしても、これをもって権利の濫用といえないことは明らかである。

  3 要するに本件ではまさに上告人らの主観、原判決にいう「懲罰的」目的が権利の濫用という評価を導きだした最大の要素であると言わざるをえない。

 上告人らは、業務命令権の行使者でなく伝達者に過ぎないこと前述のとおりであるが、仮に業務命令権行使者に擬すとしても前述のとおり上告人らには、原判決の言う「懲罰的」目的は全く存在しないことが明らかであり、上告人らの業務命令権行使の濫用が認められる余地は全くない。

 仮に、被上告人が本件降灰除去作業により補助運行管理者の業務に比して肉体的疲労を覚え、あるいは同業務を降ろされたことにより精神的打撃を蒙ったものと感じられたとしても、肉体的疲労については、作業の実態が作業日間にある五日乃至一一日間の間隔であることから十分回復できる筋合いのものであり、精神的打撃は、被上告人が敢えて自己の信念に基づいて服制違反を継続した結果というべきである。被上告人の組合員としての信念の当否はともかくとして、被上告人が職員として守るべき服制に従い、補助運行管理者としての業務に際し、国労バッチを外すといういわば一挙手により被上告人が蒙ったという精神的苦痛は回避しえたものであり、いわば自ら招来した苦痛であるから被上告人において甘受すべきものである。

 被上告人の本件降灰除去作業によって鹿児島自動車営業所構内降灰の幾分かは除去された結果環境整備に資し、労務提供の円滑化、効率化に貢献したものであって、その益は大である。

 七 上告人新野尾の共同不法行為責任について

  1 上告人新野尾につき原判決は「上告人竪山は、自動車部から国労バッチ離脱命令に従わない者に対しては本来の業務から外すように指示を受けていたが、その場合に本来の業務に替えて如何なる作業に従事させるべきかについてはなお決定すべき権限を有していたこと、上告人新野尾は鹿児島営業所の首席助役であり所長を補佐し、営業所の助役を統括する立場にあったこと、同営業所の田中助役は後記認定のとおり、ハンドマイクを携帯して被上告人の本件作業を監視していたほか上告人新野尾も巡視の際被上告人に作業を励行するよう注意を与えるなどしていること、以上の事実が認められ、これによると被上告人を本件降灰除去作業に従事させるについては、所長である上告人竪山、首席助役である上告人新野尾ほか助役ら管理職においてある程度の協議検討がなされていたものと推測することができる。」「そして右のとおり上告人新野尾が被上告人に対し、作業を励行するよう注意していることと併せ考慮すると上告人新野尾は上告人竪山と共同して被上告人に本件降灰除去作業を行わせたものということができ、従って、本件業務命令及びその実施の態様が権限の濫用等により不法行為を構成する立場には上告人新野尾も共同不法行為者としてその責任を免れないというべきである。」と判示する。

  2 しかしながら、上告人竪山は、被上告人の作業を決定すべき権限はなく、前記奥田義一によって決定された作業内容を伝達したにすぎないこと(上告人竪山の第二審における尋問の結果第八五項、第八六項等)、上告人新野尾は首席助役として所長を補佐し、上位者の所長である上告人竪山の指示に従うべき下位者であること、所長の補佐役としてぶらぶらしている職員に注意を与えることは管理者としての当然の職務であること等を併せ考えると、上告人ら管理職間で、被上告人を本件降灰除去作業に従事させるについて、ある程度の協議検討がなされていたものとの推測は経験則に違背する誤った判断である。

  3 また前述のとおり、上告人新野尾の被上告人に対する注意は、見苦しい姿で座っていた被上告人の態度が従来から存在していた鹿児島自動車営業所の職場規律の弛緩に対する、内外の批判を増す危険のあるものとして、これを回避するため自主的な判断で与えたものであり、その注意も被上告人のだらしない姿が外部から望見できなくなるような状況を期待した程度のものであって到底作業の督励といえるようなものではない(上告人新野尾第二審における尋問の結果第三九項)。

 上告人らの間には被上告人に対し本件降灰除去作業を行わせることについての共同は全くない。

 八 もし、原判決が維持されるとすれば、組織の原理に基づき上級機関の指示に従う以外方法のない上告人らのような善良な現場管理者は上部機関による懲戒と不法行為責任の狭間で耐え難い苦痛を蒙ることになり、著しく正義に反する不当な結果となる。

 九 以上のとおり、原判決には証拠を無視した経験則違反の重大な事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである。