2次家永教科書事件1審 東京地裁昭和45

憲法判例百選 第6版 92事件 第7版 87事件 佐藤幸治2版288頁

検定処分取消訴訟事件

 

【事件番号】      東京地方裁判所判決/昭和42年(行ウ)第85号

【判決日付】      昭和45年7月17日

【判決要旨】      1 憲法26条は子どもの教育を受ける権利を生存権の文化的教育的側面から保障したものである。すなわち、同条は、子どもの教育を受ける権利に対応して国民(親)に子どもを教育する責務(国民の教育の自由ともいう。)があることを前提として、国に国民の右責務を助成するための公教育制度の設定等の選任がある旨を定めたものであつて、いわゆる国家教育権を認めたものとは解されない。

            2 いわゆる教育の自由は国民の教育の自由と公教育における教師の教育の自由とに分けられる。前者はいわゆる国家教育権に対する教育レベルの概念で、その実体は国民の子供を教育する責務であると考えられる。

            公教育における教師の教育の自由(教授の自由)は、基本的には、学問の自由を定める憲法23条によつて保障されていると解される。したがつて、国が教師に対し一方的に教科書の使用を義務づけたり、教科書の採択に当たつて教師の関与を制限したり、学習指導要領を法的拘束力あるものとしてその細目にわたつて現場の教師に強制したりするのは妥当でない。

            3 学問の自由(憲法23条)の内容の一つである学問研究の成果を発表する自由は憲法21条によつて保障されていると解せられる。したがつて学問研究者は、憲法21条によつて学術ないし一般図書の出版の自由が保障されていることはいうまでもないが、同時に、国民の一人として子どもを教育する責務を負つており、また教育がそもそも真理を教える真理教育であるべきことにかんがみ、教科書執筆、出版の自由も同条によつて保障されていると解するを相当とする。

            4 教科書検定は、国が福祉国家として児童、生徒の心身の発達段階に応じ必要かつ適切な教育を施こし、教育の機会均等、教育水準の維持向上を図る責任を果すための諸施策の一つとしてなされるものであるから、この限度において教科書執筆、出版の自由が制約をうけても、それは公共の福祉の見地からする必要かつ合理的な制限というべきである。ただし憲法21条2項および教育基本法11条に違反するものであつてはならないことはいうまでもない。

            教科書検定は、教科書執筆、出版に対する事前許可たる法的性格を有するが、憲法21条2項が検閲を禁止している趣旨にかんがみ、執筆者の思想(学問研究の成果である学説を含む。)の内容の審査にわたらない限り、検閲に該当するものとはいえない。

            現行の教科書検定制度は、それ自体違憲とまではいえないが、ことに検定基準などの運用を誤るときは表現の自由を侵す恐れが多分にあるものである。

            5 教育基本法11条は、教科書検定についていえば、教科書検定における審査は教科書の誤記、誤植その他の客観的に明らかな誤り、教科書の造本その他教科書についての技術的な事項および教科書内容が教育課程の大網的基準の枠内にあるか、の諸点にとどめらるべきで、右の限度を越えて教科書の記述内容の当否にまで及ぶべきではないとする趣旨である。

            6 以上の立場から検討すると、本件各検定不合格処分は憲法21条2項に違反し、同時に教育基本法11条に違反するといわざるを得ない。

【参照条文】      憲法21

            憲法23

            憲法26

            憲法31

            教育基本法1

            教育基本法2

            教育基本法10

            学校教育法21

            文部省設置法5-1

            文部省設置法27

            教科用図書検定規則

            教科用図書検定基準

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集36巻4号616頁

            行政事件裁判例集21巻7号別冊1頁

            訟務月報16巻9号1011頁

            判例タイムズ251号99頁

            判例時報597号3頁

            判例時報604号29頁

【評釈論文】      教育委員会月報22巻5号3頁

            教育委員会月報22巻6号3頁

            ジュリスト459号15頁

            ジュリスト461号2頁

            ジュリスト臨時増刊482号15頁

            別冊ジュリスト31号24頁

            別冊ジュリスト41号26頁

            別冊ジュリスト44号84頁

            別冊ジュリスト64号33頁

            別冊ジュリスト68号102頁

            別冊ジュリスト85号20頁

            別冊ジュリスト95号146頁

            中京法学5巻2号249頁

            時の法令726号51頁

            時の法令727号48頁

            日本法学36巻4号115頁

            判例時報604号6頁

            判例時報604号11頁

            判例時報604号15頁

            判例時報604号20頁

            判例時報604号23頁

            判例時報604号26頁

            法学セミナー175号2頁

            法と民主主義51号41頁

            法と民主主義51号43頁

            法律時報42巻11号8頁

            法律時報42巻11号22頁

            法律時報42巻11号28頁

            法律時報42巻11号34頁

            法律時報42巻11号39頁

            法律時報42巻11号62頁

            法律時報42巻11号66頁

            法律時報42巻11号73頁

            歴史学研究365号54頁

            歴史学研究370号4頁

            労働法律旬報750号2頁

 

       主   文

 

1 被告が原告の昭和四三年度用教科用図書高等学校日本史(第三学年用)改訂の原稿審査において、左記改訂箇所について、昭和四二年三月二九日付でした各検定不合格処分は、いずれもこれを取り消す。

     記

(一) 改訂箇所番号五「第1編 原始社会とその文化、扉の見出し『歴史をささえる人々』」1頁

(ニ) 改訂箇所番号六「第2編 古代国家と古代文化の形成、扉の見出し『歴史をささえる人々」」9頁

(三) 改訂箇所番号一四「第3編 封建社会と封建文化の発展、扉の見出し『歴史をささえる人々』」63頁

(四) 改訂箇所番号一八「第4編 近代社会の発展、扉の見出し『歴史をささえる人々』」175頁

(五) 改訂箇所番号一二「脚注、(1)『古事記』も『日本書紀』も『神代』の物語から始まつている。『神代』の物語はもちろんのこと、神武天皇以後の最初の天皇数代の間の記事に至るまで、すべて皇室が日本を統一してのちに、皇室が日本を統治するいわれを正当化するために構想された物語であるが、その中には諸豪族の民衆の間で語り伝えられた神話・伝説なども織り込まれており、古代の思想・芸術などを今日に伝える史料として貴重なものである。」33頁

(六) 改訂箇所番号一九「1941年(昭和16年)4月、南進態勢を強化するため、日本は日ソ中立条約を結んだ。」256頁

2 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       事   実

 

第一 当事者の申立て

一 原告

主文と同旨の判決を求める。

二 被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二 原告の主張

一 請求の原因

別紙訴状の「請求の原因」欄に記載のとおり。

二 事実および法律上の主張

別紙昭和四二年一〇月一七日付原告準備書面(第一)および昭和四二年一一月二八日付原告準備書面(第二)に記載のとおり。

三 主張の補充

別紙「教科書検定制度ならびに本件検定処分の違憲違法性」と題する書面に記載のとおり。

第三 被告の主張

一 請求の原因に対する答弁

別紙答弁書の「請求の原因に対する答弁」欄に記載のとおり。

二 事実および法律上の主張

別紙「本案前の主張について」と題する書面および昭和四二年一〇月一七日付被告準備書面(第一)に記載のとおり。

三 原告の主張に対する反論

別紙昭和四二年一一月二八日付被告凖備書面(第二)、昭和四二年一二月二一日付被告準備書面(第三)、昭和四三年一月三一日付被告準備書面(第四)および昭和四四年四月一四日付被告準備書面(第七)にそれぞれ記載のとおり。

四 主張の補充

別紙「教科書検定制度ならびに本件改訂検定の合憲性および適法性」と題する書面に記載のとおり。

第四 証拠関係(省略)

(昭和四五年七月一七日 東京地方裁判所民事第二部)