第1次家永教科書訴訟上告審 最高裁平成5年 行政判例百選 第6版82-1

憲法判例百選 第6版 93事件 第7版 88事件 佐藤幸治2版288頁

損害賠償請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/昭和61年(オ)第1428号

平成5年3月16日

【判示事項】      一 学校教育法二一条一項(昭和四五年法律第四八による改正前のもの)、五一条(昭和四九年法律第七〇号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号)、旧教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号)に基づく高等学校用の教科書図書の検定と憲法二六条、教育基本法一〇条

            二 右検定と憲法二一条二項前段

            三 右検定と憲法二一条一項

            四 右検定と憲法二三条

            五 右検定における文部大臣の裁量的判断と国家賠償上の違法

【判決要旨】      一 学校教育法二一条二項(昭和四五年法律第四八号による改正前のもの)、五一条(昭和四九年法律第七〇号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号)、旧教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は、憲法二六条、教育基本法一〇条に違反しない。

            二 右検定は、憲法二一条二項前段に違反しない。

            三 右検定は、憲法二一条一項に違反しない。

            四 右検定は、憲法二三条に違反しない。

            五 右検定における合否の判定等の判断は、文部大臣の合理的な裁量にゆだねられているが、文部大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会の判断の過程に、申請原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況、教育状況についての認識や、検定の基準に違反するとの評価等に関して看過し難い過誤があり、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となる。

【参照条文】      学校教育法21-1(昭45法48号改正前)

            学校教育法51(昭49法70号改正前)

            旧教科用図書検定規則(昭23文部省令4号)1

            旧教科用図書検定規則(昭23文部省令4号)2

            旧教科用図書検定規則(昭23文部省令4号)3

            憲法26

            教育基本法10

            憲法21

            憲法23

            国家賠償法1-1

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集47巻5号3483頁

            訟務月報40巻3号518頁

            最高裁判所裁判集民事168号上293頁

            裁判所時報1095号113頁

            判例タイムズ816号97頁

            判例時報1456号62頁

【評釈論文】      ジュリスト1026号8頁

            ジュリスト1026号22頁

            ジュリスト1026号30頁

            ジュリスト1026号35頁

            ジュリスト臨時増刊1046号29頁

            ジュリスト臨時増刊1046号42頁

            別冊ジュリスト130号178頁

            別冊ジュリスト241号172頁

            訟務月報40巻3号96頁

            南山法学17巻2号237頁

            法学教室156号98頁

            法曹時報48巻1号153頁

            法律時報65巻8号8頁

            法律のひろば46巻10号37頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 一 上告代理人森川金寿、同尾山宏、同新井章、同雪入益見、同高橋清一、同田原俊雄、同今永博彬、同内藤功、同四位直毅、同榎本信行、同福田拓、同吉川基道、同荒井誠一郎、同小林正彦、同大川隆司、同大森典子、同高野範城、同門井節夫、同江森民夫、同金井清吉、同上野賢太郎、同荒井良一、同渡辺春己、同吉田武男、同立石則文、同加藤文也、同藤田康幸、同斎藤豊、同栄枝明典、同前田留里、同山崎泉、同井沢光朗の上告理由第三章第一節について

 1 所論は、要するに、学校教育法二一条一項(昭和四五年法律第四八号による改正前のもの、以下同じ)、五一条(昭和四九年法律第七〇号による改正前のもの、以下同じ)、旧教科用図書検定規則(昭和二三年文部省令第四号、以下「旧検定規則」という)、旧教科用図書検定基準(昭和三三年文部省告示第八六号、以下「旧検定基準」という)に基づく高等学校用の教科用図書の検定(以下「本件検定」という)は、国が教育内容に介入するものであるから、憲法二六条、教育基本法一〇条に違反するというにある。

 2 しかし、憲法二六条は、子どもに対する教育内容を誰がどのように決定するかについて、直接規定していない。憲法上、親は家庭教育等において子女に対する教育の自由を有し、教師は、高等学校以下の普通教育の場においても、授業等の具体的内容及び方法においてある程度の裁量が認められるという意味において、一定の範囲における教育の自由が認められ、私学教育の自由も限られた範囲において認められるが、それ以外の領域においては、国は、子ども自身の利益の擁護のため、又は子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、子どもに対する教育内容を決定する権能を有する。もっとも、教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であることが要請され、殊に、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植え付けるような内容の教育を施すことを強制することは許されない。また、教育行政機関が法令に基づき教育の内容及び方法に関して許容される目的のために必要かつ合理的と認められる規制を施すことは、必ずしも教育基本法一〇条の禁止するところではない。以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和四三年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁)の示すところである。

 3 学校教育法二一条一項は、小学校においては文部大臣の検定を経た教科用図書(以下「教科書」という)等を使用しなければならない旨を規定し、同法四〇条が中学校に、同法五一条が高等学校にこれを準用している。これを受けて、旧検定規則一条一項は、右文部大臣の検定は、著作者又は発行者から申請された「図書が教育基本法及び学校教育法の趣旨に合し、教科用に適することを認めるものとする」旨を規定している。そして、その審査の具体的な基準は旧検定基準に規定されているが、これによれば、本件の高等学校用日本史の教科書についての審査は、教育基本法に定める教育の目的及び方針等並びに学校教育法に定める当該学校の目的と一致していること、学習指導要領に定める当該教科の目標と一致していること、政治や宗教について立場が公正であることの三項目の「絶対条件」(これに反する申請図書は絶対的に不適格とされる)と、取扱内容(取扱内容は学習指導要領に定められた当該科目等の内容によっているか)、正確性(誤りや不正確なところはないか、一面的な見解だけを取り上げている部分はないか)、内容の選択(学習指導要領の示す教科及び科目等の目標の達成に適切なものが選ばれているか)、内容の程度等(その学年の児童・生徒の心身の発達段階に適応しているか等)、組織・配列・分量(組織・配列・分量は学習指導を有効に進め得るように適切に考慮されているか)等の一〇項目の「必要条件」(これに反する申請図書は欠陥があるとされるが、絶対的に不適格とはされない)を基準として行われ、他の教科、科目についてもほぼ同じである。したがって、本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的なものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。

 しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の側にはいまだ授業の内容を批判する十分な能力は備わっていないこと、学校、教師を選択する余地も乏しく教育の機会均等を図る必要があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準であることが要請されるのであって、このことは、もとより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小学校、中学校の場合と異ならないのである。また、このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないことも明らかである。そして、本件検定が、右の各要請を実現するために行われるものであることは、その内容から明らかであり、その審査基準である旧検定基準も、右目的のための必要かつ合理的な範囲を超えているものとはいえず、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のような検定を経た教科書を使用することが、教師の授業等における前記のような裁量の余地を奪うものでもない。

   なお、所論は、教育の自由の一環として国民の教科書執筆の自由をいうが、憲法二六条がこれを規定する趣旨でないことは前記のとおりであり、憲法二一条、二三条との関係については、後記二、三において判断するとおりである。

   したがって、本件検定は、憲法二六条、教育基本法一〇条の規定に違反するものではなく、このことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。

 二 同第三章第二節(憲法二一条違反)について

 1 本件検定において合格とされた図書については、その名称、著作者の氏名及び発行者の住所氏名等一定の事項が官報に公告され(旧検定規則一二条一項)、文部大臣が都道府県の教育委員会に送付する教科書の目録にその書目等が登載され、教育委員会が開催する教科書展示会にその見本を出品することができる(教科書の発行に関する臨時措置法五条一項、六条一、三項)。そして、前記のとおり、学校においては、教師、児童、生徒は右出品図書の中から採択された教科書を使用しなければならないとされている。他方、不合格とされた図書は、右のような特別な取扱いを受けることができず、教科書としての発行の道が閉ざされることになるが、右制約は、普通教育の場において使用義務が課せられている教科書という特殊な形態に限定されるのであって、不合格図書をそのまま一般図書として発行し、教師、児童、生徒を含む国民一般にこれを発表すること、すなわち思想の自由市場に登場させることは、何ら妨げられるところはない(原審の適法に確定した事実関係によれば、現に上告人は、昭和三二年四月に検定不合格処分を受けた高等学校用日本史の教科用の図書とほとんど同じ内容のものを、昭和三四年に一般図書として発行している。なお、上告人がその後も、右検定不合格図書を「検定不合格日本史」の名の下に、一般図書として発行し、版を重ねていることは、周知のところである)。また、一般図書として発行済みの図書をそのまま検定申請することももとより可能である。

 2 憲法二一条二項にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるものを指すと解すべきである。本件検定は、前記のとおり、一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質がないから、検閲に当たらず、憲法二一条二項前段の規定に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁)の趣旨に徴して明らかである。

 3 また、憲法二一条一項にいう表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり、その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。これを本件検定についてみるのに、(一) 前記のとおり、普通教育の場においては、教育の中立・公正、一定水準の確保等の要請があり、これを実現するためには、これらの観点に照らして不適切と認められる図書の教科書としての発行、使用等を禁止する必要があること(普通教育の場でこのような教科書を使用することは、批判能力の十分でない児童、生徒に無用の負担を与えるものである)、(二) その制限も、右の観点からして不適切と認められる内容を含む図書のみを、教科書という特殊な形態において発行を禁ずるものにすぎないことなどを考慮すると、本件検定による表現の自由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度のものというべきであって、憲法二一条一項の規定に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁、最高裁昭和五二年(オ)九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁、最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁)の趣旨に徴して明らかである。

   所論引用の最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁は、発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する事前抑制そのものに関する事案において、右抑制は厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容され得る旨を判示したものであるが、本件は思想の自由市場への登場自体を禁ずるものではないから、右判例の妥当する事案ではない。

   所論は、本件検定は、審査の基準が不明確であるから憲法二一条一項の規定に違反するとも主張する。確かに、旧検定基準の一部には、包括的で、具体的記述がこれに該当するか否か必ずしも一義的に明確であるといい難いものもある。しかし、右旧検定基準及びその内容として取り込まれている高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号)の教科の目標並びに科目の目標及び内容の各規定は、学術的、教育的な観点から系統的に作成されているものであるから、当該教科、科目の専門知識を有する教科書執筆者がこれらを全体として理解すれば、具体的記述への当てはめができないほどに不明確であるとはいえない。所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。

   したがって、本件検定は憲法二一条一項の規定に違反するとはいえず、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は採用することができない。

 三 同第三章第三節(憲法二三条違反)について

  教科書は、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、普通教育の場において使用される児童、生徒用の図書であって(後出四の2参照)、学術研究の結果の発表を目的とするものではなく、本件検定は、申請図書に記述された研究結果が、たとい執筆者が正当と信ずるものであったとしても、いまだ学界において支持を得ていなかったり、あるいは当該学校、当該教科、当該科目、当該学年の児童、生徒の教育として取り上げるにふさわしい内容と認められないときなど旧検定基準の各条件に違反する場合に、教科書の形態における研究結果の発表を制限するにすぎない。このような本件検定が学問の自由を保障した憲法二三条の規定に違反しないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和三一年(あ)第二九七三号同三八年五月二二日大法廷判決・刑集一七巻四号三七〇頁、最高裁昭和三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。

 四 同第三章第四節のうち、法治主義(憲法一三条、四一条、七三条六号)違反の点について

 1 学校教育法五一条によって高等学校に準用される同法二一条一項は、文部大臣が検定権限を有すること、学校においては検定を経た教科書を使用する義務があることを定めたものであり、検定の主体、効果を規定したものとして、本件検定の根拠規定とみることができる。

 2 また、本件検定の審査の内容及び基準並びに検定の手続は、文部省令、文部省告示である旧検定規則、旧検定基準に規定されている。しかし、教科書は、小学校、中学校、高等学校及びこれらに準ずる学校において、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、授業の用に供せられる児童又は生徒用図書であり(昭和四五年法律第四八号による改正前の教科書の発行に関する臨時措置法二条一項)、これらの学校における教育が正確かつ中立・公正でなければならず、心身の発達段階に応じて定められた当該学校の目的、教育の目標、教科の内容(具体的には、法律の委任を受けて定められた学習指導要領)等にそって行われるべきことは、教育基本法、学校教育法の関係条文から明らかであり、これらによれば、教科書は、内容が正確かつ中立・公正であり、当該学校の目的、教育目標、教科内容に適合し、内容の程度が児童、生徒の心身の発達段階に応じたもので、児童、生徒の使用の便宜に適うものでなければならないことはおのずと明らかである。そして、右旧検定規則、旧検定基準は、前記のとおり、右の関係法律から明らかな教科書の要件を審査の内容及び基準として具体化したものにすぎない。そうだとすると、文部大臣が、学校教育法八八条の規定(「この法律に規定するもののほか、この法律施行のため必要な事項で、地方公共団体の機関が処理しなければならないものについては政令で、その他のものについては監督庁が、これを定める」)に基づいて、右審査の内容及び基準並びに検定の施行細則である検定の手続を定めたことが、法律の委任を欠くとまではいえない。

 3 したがって、所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。

 五 同第三章第四節のうち、手続保障(憲法三一条)違反の点について

 1 所論は、行政手続にも憲法三一条が適用されるところ、(一) 検定の審議手続が公開されていないこと、(二) 検定不合格の場合は、事前に不合格理由についての告知、弁解、防御の機会が与えられず、事後の告知も理由の一部についてされるにすぎないこと、(三) 教科用図書検定調査審議会の人選が不公正であること、(四) 検定の基準(旧検定基準)の内容が不明確であることなどから、本件検定は手続保障に違反するものであるというにある(その余の論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎない)。

 2 しかし、右(三)の審議会の人選が不公正であるとの点は原審の認定にそわない事実に基づくものであり、右(四)の旧検定基準が不明確とはいえないことも前記のとおりであるから、右(三)、(四)についての所論違憲の主張は、その前提を欠く。

 3 また、行政処分については、憲法三一条による法定手続の保障が及ぶと解すべき場合があるにしても、それぞれの行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方に告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を必要とするものではない。

   本件検定による制約は、思想の自由市場への登場という表現の自由の本質的な部分に及ぶものではなく、また、教育の中立・公正、一定水準の確保等の高度の公益目的のために行われるものである。これらに加え、検定の公正を保つために、文部大臣の諮問機関として、教育的、学術的な専門家である教育職員、学識経験者等を委員とする前記審議会が設置され(昭和五八年法律第七八号による改正前の文部省設置法二七条一項、昭和五九年政令第二二九号による改正前の教科用図書検定調査審議会令一条、三条一項)、文部大臣の合否の決定は同審議会の答申に基づいて行われること(旧検定規則二条)、申請者に交付される不合格決定通知書には、不合格の理由として、主に旧検定基準のどの条件に違反するかが記載されているほか、文部大臣の補助機関である教科書調査官が申請者側に口頭で申請原稿の具体的な欠陥箇所を例示的に摘示しながら補足説明を加え、申請者側の質問に答える運用がされ、その際には速記、録音機等の使用も許されていること、申請者は右の説明応答を考慮した上で、不合格図書を同一年度内ないし翌年度に再申請することが可能であることなどの原審の適法に確定した事実関係を総合勘案すると、前記(一)、(二)の事情があったとしても、そのことの故をもって直ちに、本件検定が憲法三一条の法意に反するということはできない。以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁)の趣旨に徴して明らかである(その後、旧検定規則が昭和五二年文部省令第三二号教科用図書検定規則によって全文改正され、同規則一一条によって、新たに不合格理由の事前通知及び反論の聴取の制度が設けられたことは、原判決の説示にもみられるとおりである)。

 4 したがって、所論の点に関する原審の判断は、本件検定に手続保障違反の違法がないとした結論において正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 六 同第四章について(ただし、本判決末尾添付の「個別検定箇所分類表」の×印が付された箇所に関する部分を除く。右部分は、昭和六三年一一月二四日付け上告理由補充書をもって上告理由から撤回されている。後記七、八につき同じ)

  所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係の下においては、本件各検定処分において検定関係法令が憲法又は教育基本法の趣旨に反して適用、運用されたとはいえないとした原審の判断は、前記各大法廷判決(昭和三八年五月二二日判決、昭和四四年一〇月一五日判決、昭和四九年一一月六日判決、昭和五一年五月二一日判決、昭和五八年六月二二日判決、昭和五九年一二月一二日判決、平成四年七月一日判決)の趣旨に徴して、正当として是認することができ、その過程にも所論判断遺脱等の違法はない。論旨は採用することができない。

 七 同第五章(第一節第四及び平等原則違反、一貫性原則違反の点を除く)について

 1 本件検定における教科用図書検定調査審議会の合否の判定は、旧検定基準の絶対条件については各条件ごとに合否を判定し、必要条件については、各条件ごとに申請原稿中の欠陥があるとされる箇所を具体的に指摘し(右欠陥箇所の指摘を「検定意見」と称している)、その欠陥の質及び量に基づき各条件ごとの評点を決し、右各評点を合計して合否を判定し(必要条件全体に一〇五〇点の評点を配し、八〇〇点以上を「合」とする)、右絶対条件及び必要条件のいずれについても「合」とされたものを、合格と判定している。そして、この場合においても、指摘された欠陥で程度が大きいと認められるものについては、その修正を条件として合格と判定される(中学校用および高等学校用教科用図書の検定申請新原稿の調査評定および合否判定に関する内規・昭和三四年一二月一二日審議会決定)。上告人側の申請に係る本件図書については、昭和三七年度は、申請原稿に三二三箇所の欠陥が指摘され、絶対条件は「合」とされたが、必要条件の合計評点が七八四点で同条件において「否」とされ、不合格と判定された。また、昭和三八年度は、申請原稿に二九〇箇所の欠陥が指摘されたが、絶対条件、必要条件(合計評点八四六点)とも「合」とされ、欠陥修正後の再審査を条件として合格と判定された。右審議会の合否の判定は、欠陥の指摘(検定意見)とともに文部大臣に答申され、文部大臣は両年度とも答申どおりの処分をした(なお、昭和三八年度は、再審査の段階で欠陥の追加指摘がされた)。以上は原審の適法に確定するところである。

 2 本件検定の審査基準等を直接定めた法律はないが、文部大臣の検定権限は、前記一の2記載の憲法上の要請にこたえ、教育基本法、学校教育法の趣旨に合致するように行使されなければならないところ、前記のとおり、検定の具体的内容等を定めた旧検定規則、旧検定基準は右の要請及び各法条の趣旨を具現したものであるから、右検定権限は、これらの検定関係法規の趣旨にそって行使されるべきである。そして、これらによる本件検定の審査、判断は、申請図書について、内容が学問的に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量に委ねられるものというべきである。したがって、合否の判定、条件付合格の条件の付与等についての教科用図書検定調査審議会の判断の過程(検定意見の付与を含む)に、原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況、教育状況についての認識や、旧検定基準に違反するとの評価等に看過し難い過誤があって、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となると解するのが相当である。

 なお、検定意見は、原稿の個々の記述に対して旧検定基準の各必要条件ごとに具体的理由を付して欠陥を指摘するものであるから、各検定意見ごとに、その根拠となるべき学説状況や教育状況等も異なるものである。例えば、正確性に関する検定意見は、申請図書の記述の学問的な正確性を問題とするものであって、検定当時の学界における客観的な学説状況を根拠とすべきものであるが、検定意見には、その実質において、(一) 原稿記述が誤りであるとして他説による記述を求めるものや、(二) 原稿記述が一面的、断定的であるとして両説併記等を求めるものなどがある。そして、検定意見に看過し難い過誤があるか否かについては、右(一)の場合は、検定意見の根拠となる学説が通説、定説として学界に広く受け入れられており、原稿記述が誤りと評価し得るかなどの観点から、右(二)の場合は、学界においていまだ定説とされる学説がなく、原稿記述が一面的であると評価し得るかなどの観点から、判断すべきである。また、内容の選択や内容の程度等に関する検定意見は、原稿記述の学問的な正確性ではなく、教育的な相当性を問題とするものであって、取り上げた内容が学習指導要領に規定する教科の目標等や児童、生徒の心身の発達段階等に照らして不適切であると評価し得るかなどの観点から判断すべきものである。

 3 原審が裁量権の範囲の逸脱の審査基準として説示するところは、結局のところ、以上と同旨をいうものとして是認することができる。

   また、審議会が付した所論の各検定意見(前記「個別検定箇所分類表」の「固有濫用」欄参照)に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、その説示の一部において措辞妥当を欠く点がないではないが、右各検定意見に看過し難い過誤があったとはいえないとする趣旨のものとして、結論において是認し得ないものではない(右各検定意見の中には、その内容が細部にわたり過ぎるものが若干含まれているが、いまだ、旧検定基準に違反するとの評価において看過し難い過誤があるというには当たらない)。

 4 したがって、文部大臣の本件各検定処分に所論の裁量権の範囲の逸脱の違法があったとはいえず、これと同旨の原審の判断は相当である。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するに帰し、いずれも採用することができない。

 八 同第五章のうち、平等原則違反、一貫性原則違反の点について

  原審の適法に確定した事実関係の下においては、文部大臣の本件各検定処分に所論平等原則違反、一貫性原則違反の裁量権の範囲の逸脱の違法があったとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 九 同第五章第一節第四について

  所論の点に関する原審の判断は、記録に照らして是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。論旨は、原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

 一〇 結論

  よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  可部恒雄

           裁判官  坂上壽夫

           裁判官  園部逸夫

           裁判官  佐藤庄市郎

 

(個別検定箇所分類表は末尾添付)