商事留置権と民事再生手続

倒産判例百選第6版 54事件 解説者交替  倒産判例百選第5版53事件

限不当利得返還請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成22年(受)第16号

平成23年12月15日

【判決要旨】       会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は,同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を,法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき,同会社の債務の弁済に充当することができる。

             (補足意見がある。)

【参照条文】       民事再生法53-1

             民事再生法53-2

             民事再生法85-1

             商法521

             手形法18

             手形法77-1

             民法91

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集65巻9号3511頁

             裁判所時報1546号15頁

             判例タイムズ1364号78頁

             金融・商事判例1387号25頁

             金融・商事判例1382号12頁

             判例時報2138号37頁

             金融法務事情1940号96頁

             金融法務事情1937号4頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       金融・商事判例1396号8頁

             金融法務事情1953号15頁

             季刊 事業再生と債権管理136号69頁

             ジュリスト1453号135頁

             別冊ジュリスト216号108頁

             別冊ジュリスト222号190頁

             判例時報2157号171頁

             法学教室389号付録22頁

             法学教室390号付録31頁

             法曹時報65巻11号2924頁

             法律時報別冊私法判例リマークス46号

             民商法雑誌146巻3号306頁

             山形大学法政論叢56号132頁

             立命館法学343号2068頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。

 被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人今井和男ほかの上告受理申立て理由について

 1 本件は,株式会社である被上告人が,銀行である上告人において,被上告人から取立委任を受けた約束手形を被上告人の再生手続開始後に取り立てたにもかかわらず,その取立金を法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき被上告人の当座貸越債務の弁済に充当したことを理由に被上告人に引き渡さないことは,上記取立金を法律上の原因なくして利得するものであり,上告人は悪意の受益者に当たると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき,上記取立金合計5億6225万9545円の返還及びこれに対する民法704条前段所定の利息の支払を求める事案である。

   会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行が,同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を銀行取引約定に基づき同会社の債務の弁済に充当することの可否が争われている。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

  (1) 被上告人は建築の請負等を目的とする株式会社であり,上告人は銀行業務を目的とする株式会社である。

  (2) 被上告人と上告人は,平成18年2月15日付けで,被上告人について,支払の停止又は破産,再生手続開始,会社更生手続開始,会社整理開始若しくは特別清算開始の各申立てがあった場合,上告人からの通知催告等がなくても,被上告人は上告人に対する一切の債務について当然に期限の利益を喪失し,直ちに債務を弁済する旨の条項のほか,次の条項(以下「本件条項」という。)を含む銀行取引約定を締結した。

    被上告人が上告人に対する債務を履行しなかった場合,上告人は,担保及びその占有している被上告人の動産,手形その他の有価証券について,必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法,時期,価格等により取立て又は処分の上,その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず被上告人の債務の弁済に充当することができる。

  (3) 被上告人は,平成20年2月12日,東京地方裁判所に再生手続開始の申立てをし,同月19日,再生手続開始の決定を受けた。

    被上告人は,上記再生手続開始の申立て当時,上告人に対し,少なくとも9億6866万9079円の当座貸越債務(以下「本件当座貸越債務」という。)を負担していたが,上記銀行取引約定に基づき,その期限の利益を喪失した。

  (4) 上告人は,被上告人の再生手続開始の申立てに先立ち,被上告人から,満期を平成20年2月20日~同年6月25日とする第1審判決別紙「代金取立手形の明細」記載の各約束手形(以下「本件各手形」と総称する。)について,取立委任のための裏書譲渡を受けた。

    上告人は,本件各手形について商法521条の商事留置権を有する。

  (5) 上告人は,被上告人の再生手続開始後,本件各手形を順次取り立て,合計5億6225万9545円の取立金(以下「本件取立金」という。)を受領した。

  (6) 上告人は,本件各手形につき商事留置権を有する上告人が,本件取立金を本件条項に基づき本件当座貸越債務の一部の弁済に充当することは,民事再生法上,別除権の行使として許されるものであって,上告人による本件取立金の利得は法律上の原因を欠くものではないと主張している。

 3 原審は,次のとおり判断し,上記事実関係の下において,上告人による本件取立金の利得は法律上の原因を欠くものであるとして,被上告人の請求を認容すべきものとした。

  (1) 民事再生法53条1項及び2項は,別除権とされた各担保権につき新たな効力を創設するものではなく,当該担保権本来の効力の範囲内でその権利の行使を認めるにとどまるものであるから,別除権者が別除権の行使によって優先的に弁済を受けるためには,当該別除権とされた担保権に優先弁済権が付与されていることが必要である。留置権は,留置的効力のみを有するものであり,商法及び民事再生法には商事留置権に優先弁済権を付与する旨の規定もないから,再生手続において商事留置権に優先弁済権が付与されているとはいえず,商事留置権を有する者が商事留置権の行使によって優先的に弁済を受けることはできない。留置権による競売(民事執行法195条)の場合,その被担保債権と競売による換価金引渡債務に対応する反対債権との相殺により事実上の優先弁済が受けられるとしても,再生債権者が再生手続開始後に債務を負担したときは相殺が禁止されるから(民事再生法93条1項1号),留置権者は,再生手続開始後に受領した換価金を再生債務者に返還しなければならない。

  (2) 別除権の目的である財産の受戻し(民事再生法41条1項9号)や担保権の消滅(同法148条)は,目的物の価値や事業の継続のための必要性等を考慮して厳格な要件の下に行われる制度であって,単なる任意弁済である本件条項に基づく弁済充当の場合とはその利益状況を異にするから,上記制度の下で商事留置権者が被担保債権について優先的に弁済を受けることになるからといって,再生手続開始前における私人間の合意によって弁済禁止の原則(同法85条1項)に例外を設けることは許されない。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  (1) 留置権は,他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法295条1項),留置権による競売(民事執行法195条)は,被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって,上記の留置権の本質的な効力を否定する趣旨に出たものでないことは明らかであるから,留置権者は,留置権による競売が行われた場合には,その換価金を留置することができるものと解される。この理は,商事留置権の目的物が取立委任に係る約束手形であり,当該約束手形が取立てにより取立金に変じた場合であっても,取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上,異なるところはないというべきである。

    したがって,取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する者は,当該約束手形の取立てに係る取立金を留置することができるものと解するのが相当である。

  (2) そうすると,会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は,同会社の再生手続開始後に,これを取り立てた場合であっても,民事再生法53条2項の定める別除権の行使として,その取立金を留置することができることになるから,これについては,その額が被担保債権の額を上回るものでない限り,通常,再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。このことに加え,民事再生法88条が,別除権者は当該別除権に係る担保権の被担保債権については,その別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の部分についてのみ再生債権者としてその権利を行うことができる旨を規定し,同法94条2項が,別除権者は別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない旨を規定していることも考慮すると,上記取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定は,別除権の行使に付随する合意として,民事再生法上も有効であると解するのが相当である。このように解しても,別除権の目的である財産の受戻しの制限,担保権の消滅及び弁済禁止の原則に関する民事再生法の各規定の趣旨や,経済的に窮境にある債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し,もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ろうとする民事再生法の目的(同法1条)に反するものではないというべきである。

    したがって,会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は,同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を,法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき,同会社の債務の弁済に充当することができる。

  (3) 以上によれば,上告人は,本件取立金を本件条項に基づき本件当座貸越債務の弁済に充当することができるというべきであり,上告人による本件取立金の利得が法律上の原因を欠くものでないことは明らかである。

 5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,上記請求を棄却することとする。

   よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官金築誠志の補足意見がある。

   裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。

   民事再生法は,商事留置権を別除権としているが,優先弁済権を有せず留置的効力のみを有する留置権の本来の効力に,変更を加えていない。これに対し,破産法は,商事留置権を特別の先取特権とみなし,優先弁済権を与えている。このような取扱いの差異は,破産手続が債務者財産の清算を目的としているのに対し,再生手続は債務者の事業の継続を目的としているという,手続の目的の違いに由来するところが大きいものと考えられる。再生手続において,例えば債務者所有の事業用機械や商品について留置権が成立している場合を想定すると,留置権及びその被担保債権の処理について,留置権者との交渉によって解決するインセンティヴが再生債務者に働き,別除権の目的財産の受戻しや担保権の消滅の制度が有効に機能することが期待できるから,留置権が本来有していない優先弁済権を付与するまでの必要性はないといえるであろう。

   本件で問題になっている手形の留置権については,事情は相当に異なる。再生手続の開始は,委任契約の終了事由ではないから,取立委任を受けている銀行は,満期が来れば手形を取立てに回さざるを得ない。満期に呈示しなければ遡求権を失い,時間の経過で手形債務者の資力が悪化することもあり得るから,手形を留置しつつ,満期前に取立委任契約を解除して満期の取立てを事実上不能にすることは,不利な時期に委任を解除したものとして損害賠償責任を負う危険を冒すことになる。手形は満期に金銭化が予定されているものであり,再生債務者に,銀行に対する債務を弁済して手形の返還を受けるというインセンティヴが働くことは期待できないであろう。また,民事執行法に基づいて留置権の目的物が換価された場合,換価金を弁済に充当することを認めなくても,債権者は,自己の債権と換価金引渡債務とを相殺することによって,実質的に優先弁済を受けることができるから,担保としての実効性は確保されると考えられているが,本件のように再生手続の開始後に満期が到来する手形について,こうした解決方法に十分な実効性は認められないと思われる。本件のような手形について,再生手続開始前に取立金引渡債務に係る停止条件不成就の利益を放棄することによって相殺が可能になるという見解を採ったとしても,条件不成就の利益の放棄は不渡りのリスクを全て引き受けることを意味するのであるから,銀行にとって極めて限られた場合にしか選択できない方法と考えられるからである。そうしてみると,銀行は,取立金に対する留置的効力又は本件条項のような銀行取引約定に基づく弁済充当が認められなければ,民事再生法において商事留置権が別除権とされているにもかかわらず,代償なしに担保権を失うおそれが強いことになる。

   そこで,少なくとも,取立金について留置権の効力を及ぼすことを認めなければ実質的に不当であると思われるが,手形交換制度は,取立てをする者の裁量の介在する余地のない公正な方法であり,これによって手形金を取り立てた場合,取立金としてある限り,取立委任契約に基づいて委任者のために適正に管理すべき金銭であって,銀行において個別的に計算が明らかにされているものと考えられるから,留置権の目的としての特定性は備えているといってよい(信託法34条1項2号ロ参照)。したがって,取立金については留置権の効力が及ぶと解すべきであるところ,銀行が取立金を留置することができるとすれば,法廷意見が述べるように,これを再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることは予定できない筋合いであるから,上記の弁済充当が認められると解しても,再生債権者らの本来有する利益を害するとはいえない。

   さらに別の観点から考えると,民事再生法は,別除権に係る担保権の被担保債権のうち別除権の行使によって弁済を受けることができない部分(不足額)についてのみ再生債権者としての権利行使ができるとし,その権利行使のためには不足額の見込額を届け出なければならないとして,担保目的物の価値の範囲内の被担保債権について再生債権としての地位を否定している。これは,上記範囲内の被担保債権については,担保目的物の換価等によって満足を得ることが予定されているからであるが,このことと,同法85条1項が再生計画の定めるところによらなければ弁済してはならないとしているのは再生債権についてであることを考慮すると,再生債権としての権利行使が否定されている上記範囲内の被担保債権に関する限り,担保目的物の価値をもって被担保債権の満足に充てるための合理的な当事者間の特約については,別除権の行使に付随する合意として,その有効性を認める余地があるものと思う。前述のように,取立金について留置権の効力を及ぼすことができれば,一応不当な結果は避けることができるが,弁済期にある金銭債権を被担保債権とし金銭を目的物とする留置権について,留置的効力に期待されるところの交渉による解決のインセンティヴが働くものかどうか疑問であり,この留置権を,再生手続が終了して相殺が可能となるまで存続させることに,実質的な意味があるとも思われないのであって,弁済充当合意の有効性を認めることが合理的である。

   なお,本件条項のような銀行取引約定に基づく弁済充当と,別除権の目的財産の受戻しや担保権の消滅請求とは,趣旨・目的,どちらにイニシアティヴがあるかなどの点で異なるが,債務の弁済により担保権を消滅させるという効果において共通する。しかし,受戻し等に裁判所の許可を要することとした趣旨は,事業にとっての必要性や目的物の価額評価の相当性を審査するためであるが,満期における手形の取立ては,銀行にとっては委任契約上の義務の履行であり,再生債務者,再生債権者らにとっても不利益なものではないし,手形交換制度による取立てについて,換価手続の適正さを特に審査する必要性もないと思われる。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)