賃借権の時効取得 最高裁昭和62年

民法判例百選Ⅰ 第8版 47事件

建物収去土地明渡請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和60年(オ)第615号

昭和62年6月5日

【判示事項】      土地貸借権の時効取得が認められるとされた事例

【判決要旨】      甲所有の土地を買い受けてその所有権を取得したと称する乙から右土地を貸借した丙が、右賃貸借契約に基づいて平穏公然に目的土地の占有を継続し、乙に対し賃料を支払っているなど判示の事情のもとにおいては、丙は、民法163条の時効期間の経過により、甲に対して右土地の貸借権を時効取得することができる。

【参照条文】      民法163

            民法601

【掲載誌】       最高裁判所裁判集民事151号135頁

            判例タイムズ654号124頁

            金融・商事判例786号3頁

            判例時報1260号7頁

            金融法務事情1186号80頁

【評釈論文】      ジュリスト臨時増刊910号66頁

            判例タイムズ667号48頁

            判例タイムズ臨時増刊706号26頁

            民商法雑誌98巻2号296頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

  上告代理人長島兼吉の上告理由第一点について

 他人の土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときには、民法一六三条により、土地の賃借権を時効取得するものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり(昭和四二年(オ)第九五四号同四三年一〇月八日第三小法廷判決・民集二二巻一〇号二一四五頁、同五一年(オ)第九九六号同五二年九月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一二一号三〇一頁)、他人の土地の所有者と称する者との間で締結された賃貸借契約に基づいて、賃借人が、平穏公然に土地の継続的な用益をし、かつ、賃料の支払を継続しているときには、前記の要件を満たすものとして、賃借人は、民法一六三条所定の時効期間の経過により、土地の所有者に対する関係において右土地の賃借権を時効取得するに至るものと解するのが相当である。

 これを本件についてみるに、原審は、(1)本件土地を含む分筆前の原判示一七八番四の土地は、もと上告人らの祖父磯野泉蔵の所有であつたところ、上告人らは、泉蔵の死亡に伴い相続により右土地の所有権を取得した磯野與右エ門ほか九名からそれぞれ三分の一の割合による共有持分の贈与を受け、昭和四三年四月八日、その旨の共有持分移転登記を経由した、(2)平野定次は、昭和三年の新潟県両津町の大火の後間もなく、泉蔵から分筆物の前記土地の提供を受け、その一部である本件土地上に本件建物を建築し、これを所有してきたが、その後、定次の隠居に伴い平野次郎助が、次いで同人の死亡に伴い平野善徳が、それぞれ家督相続により本件建物の所有権を承継取得した、(3)磯田佐吉は、昭和二五年五月一二日、善徳から本件建物を買受けると同時に、その敷地である本件土地を建物所有の目的、賃料一年一六〇〇円の約定で賃借し、同月二五日本件建物につき右売買を原因とする所有権移転登記を経由したものであるが、その際、善徳は、佐吉に対し、本件土地を含む分筆前の前記土地は、定次が泉蔵から買受けてその所有権を取得したものではあるが、なお問題があり、佐吉に不利益が及ぶようなことがあれば、善徳において責任を持つ旨を約した、(4)佐吉は本件建物に居住し、その敷地として本件土地を使用する一方、その賃料は善徳の姉を通じて善徳に支払つてきた、(5)佐吉は昭和四六年八月三一日に死亡し、被上告人らが相続によつて同人の地位を承継したものであるところ、同人の死亡後は、被上告人磯田忠男が、本件建物に居住し、前同様の方法で昭和五五年分まで賃料の支払いを続けてきた、(6)佐吉及び被上告人らは、以上の期間中、上告人らや本件土地の前所有者から本件土地の明渡を求められることはなかつた、(7)被上告人らは、昭和五八年八月四日の本訴第一審口頭弁論期日において、佐吉は本件土地について用益を開始した昭和二五年五月一二日から二〇年を経た昭和四五年五月一二日の経過とともに本件土地の所有者に対抗することができる賃借権を時効により取得したとして、右時効を援用する旨の意思表示をした、との事実を確定している。以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、右の事実関係のもとにおいては、佐吉の本件土地の継続的な用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているものと認めるのが相当であるから、同人は、民法一六三条所定の二〇年の時効期間を経た昭和四五年五月一二日の経過により、本件土地の所有者である上告人らに対する関係において本件土地の賃借権を時効取得したものであり、被上告人らは、佐吉の死亡に伴い、相続により右賃借権を承継取得したものということができる。これと同旨の原審の判断は相当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 同第二点について

 所論の主張は、賃借権の取得時効を中断する事由の主張として十分なものとはいえないから、原判決にこれについての判断を欠いた違法があるとしても、右違法は判決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。したがつて、論旨は採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧 圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島 昭 裁判官香川保一 裁判官林 藤之輔)

 

 上告代理人長島兼吉の上告理由

第一、事実の概要

一、本件宅地を含む両津市大字夷字海方一七八番四宅地一九六・三六平方メートルは、上告人ら先々代磯野泉蔵(以下泉蔵という)の所有であつたが、昭和二五年泉蔵死後、上告人らの父与右ヱ門(以下与右ヱ門という)外九人の相続人のうち一人の異母弟がいたので、遺産相続の協議が整わず徒らに時を経過したが、昭和四三年四月与右ヱ門から上告人ら三名が各自三分の一宛持分の贈与を受け、その登記手続も了した。

二、昭和三年一〇月両津町大字夷の大火によつて町の殆どは全焼、時の土屋町長は、この際、町の区画整理を施行せんとしたが、たまたま訴外亡平野定次所有宅地が道路敷として買収されることとなり、定次の居宅を建てる宅地がなかつた。土屋町長は兼て定次と親交のある泉蔵に本件宅地提供を求めたので、将来賃借料などを取定める約定で定次に貸与した。

三、本件建物は、定次死亡後、平野次郎吉が家督相続し、更に次郎吉死亡後、平野善徳(以下善徳という)が家督相続によりその所有権を取得した。

四、善徳は、昭和二五年五月一二日本件建物を訴外磯田佐吉に売渡して所有権移転登記がなされ、佐吉は昭和四六年八月三一日死亡、被上告人らは、夫々三分の一宛遺産相続した。

五、これより先、泉蔵は佐吉が本件建物を善徳から買受ける交渉をしておると聞いて、昭和二四年四月四日佐吉に対して内容証明郵便をもつて、本件宅地は泉蔵の所有であるから、善徳から本件建物を買受けても土地明渡を求めるから、買うならばその覚悟で買えとの注告をした。(甲第六号証参照)

六、佐吉は、昭和四五年初頃から上告人らの父与右ヱ門を通して、本件宅地を譲渡してくれと申出ていたが、たまたま昭和四五年四月二五日上告人ら母テルが死亡し、その葬式に島外で生活しておる上告人英夫とマサ子が帰宅し、三人が一堂に会した席上、与右ヱ門よりの「佐吉が本件宅地を譲渡してくれとの申出があつた旨」を告げられた。しかし、上告人らは、これを断り与右ヱ門を通してその旨佐吉に通告した。

七、上告人らは、佐吉に対する建物収去、土地明渡等の交渉を父与右ヱ門に委せておいたが、与右ヱ門は海運業者であり、その頃越佐機帆船組合の統合問題による紛争が続き、その解決に奔走しており、佐吉に対する提訴が遅延しておる間、昭和四五年七月善徳より上告人らに対して新潟地方裁判所佐渡支部昭和四五年(ワ)第四七号事件をもつて共有持分移転登記請求事件を提起してきた。これは恐らく上告人らが昭和四五年四月、佐吉の本件宅地の譲渡方の求めを断つたゝめの提訴であつたと考えられる。

 しかし、この訴訟は、一審は上告人ら勝訴、善徳は控訴して御庁昭和五一年(ネ)第一八号事件として係属、昭和五五年一二月一八日和解により被控訴人の上告人らの所有権が確認された。しかし、この和解だけに約三ケ年を要したのは、その間善徳において被上告人らに、本件建物を収去させる交渉期間を与えられ度いとのことであつたが、結局建物収去等の請求は上告人らにおいて訴求することゝして和解が成立した。

八、その他の事実関係については、原判決の第二当事者主張の請求原因記載のとおりて(但し、原判決は、上告人らが時効中断事実としての「承諾」の主張をどう誤解したか、時効完成後に、時効による「利益放棄」の主張をしたかの如き、主張したとして、前後矛盾の事実を掲げてあるが、この事実だけは援用しない)あるから、これを援用しておきます。

第二、上告理由

 上告理由第一点

一、本件賃貸借契約は、真実の賃貸借契約ではなく賃貸借を仮装したもので、その実質は、使用貸借契約であるから賃借権として時効取得の対象として、法律が保護すべき権利ではない。

二、蓋し、被告上告人らの先代磯田佐吉(以下佐吉という)は、昭和二五年五月一二日本件建物を買受けて、本件宅地を賃料年金一、六〇〇円で(賃貸借の期間は不詳)賃貸借契約を締結したというが、当時、建物の売主である平野は、本件宅地が果して、その所有権に帰属するか否かも判然としていなかつたし、佐吉もまた上告人らの先々代泉蔵の所有権に属しているか疑問視していたことは、一件記録によつて判然としておる。

三、又、佐吉は、既に昭和二四年四月四日泉蔵より甲第六号証の内容証明郵便で、建物を買受けても宅地は貸せないから無駄、との意味の内容を告げられておる。

 されば、貸主平野も借主佐吉も、その賃貸借契約の将来については、安定性のないことは当事者間においては、互に了承し合つていたことが窺える。

四、本件賃貸借契約の賃借料についてみても、昭和二五年五月以来、同五六年中本件宅地が上告人らの所有権に属することが確定するまで三〇年余に亘つて、物価の上昇や経済事情の変動にもかゝわらず、当初の年一六〇〇円のまゝ一銭の増額もなされておらない。平野は、この三〇年間郵政省の国家公務員で、いわゆる月給生活者であるから、その収入は百円でも多い方を欲することは当然である。にもかゝわらず賃借料を三〇年間一、六〇〇円で据置くことは不可解である。一方借主の佐吉にしても、本件宅地の公簿上の所有者は、上告人らであり、何時建物収去の請求をうけるかもわからぬから賃借料の値上げを承諾する筈はない。

五、従つて、経験則から推論しても三〇年間賃借料の一銭の増額のない賃貸借契約などある筈はなく、仮装の賃貸借契約であるか、然らずんば単なる使用貸借契約にすぎない、と云わざるを得ない。

六、およそ賃借権として法律の保護をうけて、時効取得の対象となるためには、長年月に亘つて社会的に合理性と妥当性のある賃借料、すなわち賃貸借物件である宅地の価値に相応する賃借料を支払つてきた賃借人の賃借権をこそ時効取得の保護対象として、時効取得の主張を容認すべきである。

七、されば、本件賃借権についての被上告人らの時効取得の主張は、経験則にも信義則にも違反するものであるのに原判決は法律の解釈と適用を誤り、上告人らの主張を却けたのは失当である。

上告理由第二点〈省略〉