抵当権に基づく妨害排除請求 最高裁平成17年 潮見 入門2版 94,172,219頁
民法判例百選Ⅰ 第6版 88事件 第8版 89事件 第9版 86事件
建物明渡請求事件
最高裁判所第1小法廷判決/平成13年(オ)第656号、平成13年(受)第645号
平成17年3月10日
【判示事項】 1 所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合
2 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することができる場合
3 第三者による抵当不動産の占有と抵当権者についての賃料額相当の損害の発生の有無
【判決要旨】 1 抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者であっても,抵当権設定登記後に占有権原の設定を受けたものであり,その設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,当該占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができる。
2 抵当不動産の占有者に対する抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり,抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には,抵当権者は,当該占有者に対し,直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができる。
3 抵当権者は,抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない。
【参照条文】 民法369
民法709
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集59巻2号356頁
裁判所時報1383号107頁
判例タイムズ1179号180頁
金融・商事判例1218号29頁
金融・商事判例1213号27頁
判例時報1893号24頁
金融法務事情1742号30頁
【評釈論文】 神奈川法学38巻2~3号219頁
銀行法務21 657号74頁
金融・商事判例1247号44頁
ジュリスト1306号167頁
判例時報1912号190頁
不動産研究47巻4号32頁
法学教室301号82頁
法学セミナー50巻7号120頁
法曹時報60巻4号1210頁
法律のひろば59巻1号55頁
民事法情報228号66頁
民商法雑誌133巻4~5号791頁
別冊ジュリスト195号178頁
主 文
1 原判決主文第3項を破棄し、同部分に係る被上告人の請求を棄却する。
2 賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求に係る被上告人の控訴を棄却する。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 控訴費用及び上告費用は、これを3分し、その1を被上告人の負担とし、その余を上告人の負担とする。
理 由
第1 事案の概要
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、平成元年9月5日、A社(以下「A社」という。)との間で、A社所有の土地上に地下1階付9階建ホテル(以下「本件建物」という。)を請負代金17億9014万円で建築する旨の請負契約を締結し、平成3年4月30日、本件建物を建築して完成させたものの、A社が請負代金の大部分を支払わなかったため、その引渡しを留保した。
(2) A社は、平成4年4月ころ、被上告人との間で、請負残代金が17億2906万円余であることを確認し、これを同年5月から8月まで毎月末日限り500万円ずつ支払い、同年9月末日に残りの全額を支払うこと、被上告人の請負残代金債権を担保するため、本件建物及びその敷地につき、いずれも被上告人を権利者として、抵当権(以下「本件抵当権」という。)及び停止条件付賃借権(以下「本件停止条件付賃借権」という。)を設定すること、本件建物を他に賃貸する場合には被上告人の承諾を得ることを合意した(以下「本件合意」という。)。本件停止条件付賃借権は、本件抵当権の実行としての競売が申し立てられることなどを停止条件とするものであって、本件建物の使用収益を目的とするものではなく、本件建物及びその敷地の交換価値の確保を目的とするものであった。そして、A社は、本件合意に基づき、同年5月8日、本件抵当権設定登記と本件停止条件付賃借権設定仮登記を了した。そこで、被上告人は、A社に対し、本件建物を引き渡した。
(3) ところが、A社は、本件合意に違反し、上記分割金の弁済を一切行わず、しかも、平成4年12月18日、被上告人の承諾を得ずに、B社(以下「B社」という。)に対し、賃料月額500万円、期間5年、敷金5000万円の約定で本件建物を賃貸して引き渡した(以下、この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。その後、平成5年3月に敷金を1億円に増額し、同年5月1日に賃料を月額100万円に減額するとの合意がそれぞれされたが、敷金が実際に交付されたか否かは定かでない。
(4) B社は、平成5年4月1日、被上告人の承諾を得ずに、上告人に対し、賃料月額100万円、期間5年、保証金1億円の約定で本件建物を転貸して引き渡した(以下、この転貸借契約を「本件転貸借契約」という。)。不動産鑑定士の意見書によれば、本件建物の適正賃料額は、平成7年1月31日時点で月額592万円、平成10年10月26日時点で月額613万円とされており、本件転貸借契約の賃料額は、適正な額を大幅に下回るものであった。
(5) 上告人とB社の代表取締役は同一人である。また、A社の代表取締役は、平成6年から平成8年にかけて上告人の取締役の地位にあった者である。なお、A社は、平成8年8月6日に銀行取引停止処分を受けて事実上倒産した。
(6) 被上告人は、平成10年7月6日、東京地方裁判所八王子支部に対し、本件建物及びその敷地につき、本件抵当権の実行としての競売を申し立てた。本件建物の最低売却価額は、平成12年2月23日に6億4039万円であったものが、同年10月16日には4億8029万円に引き下げられたものの、本件建物及びその敷地の売却の見込みは立っていない。このように、本件建物及びその敷地の競売手続による売却が進まない状況の下で、A社の代表取締役は、被上告人に対し、本件建物の敷地に設定されている本件抵当権を100万円の支払と引換えに放棄するように要求した。
2 被上告人は、上告人に対し、第1審において、上告人による本件建物の占有により本件停止条件付賃借権が侵害されたことを理由に、賃借権に基づく妨害排除請求として、本件建物を明け渡すこと及び賃借権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを請求したところ、第1審はこの請求をいずれも棄却した。これに対し、被上告人が、控訴し、原審において、上記請求と選択的に、上告人による本件建物の占有により本件抵当権が侵害されたことを理由に、抵当権に基づく妨害排除請求として、本件建物を明け渡すこと及び抵当権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを追加して請求したところ、原審はこの追加請求をいずれも認容した。
第2 上告代理人相澤建志、同藤井秀夫の上告受理申立て理由1について
1 所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより、抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ、抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができる(最高裁平成8年(オ)第1697号同11年11月24日大法廷判決・民集53巻8号1899頁)。そして、抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても、その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ、その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは、抵当権者は、当該占有者に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、上記状態の排除を求めることができるものというべきである。なぜなら、抵当不動産の所有者は、抵当不動産を使用又は収益するに当たり、抵当不動産を適切に維持管理することが予定されており、抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権原を設定することは許されないからである。
また、抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり、抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には、抵当権者は、占有者に対し、直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるものというべきである。
2 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、次のことが明らかである。
本件建物の所有者であるA社は、本件抵当権設定登記後、本件合意に基づく被担保債権の分割弁済を一切行わなかった上、本件合意に違反して、B社との間で期間を5年とする本件賃貸借契約を締結し、その約4か月後、B社は上告人との間で同じく期間を5年とする本件転貸借契約を締結した。B社と上告人は同一人が代表取締役を務めており、本件賃貸借契約の内容が変更された後においては、本件賃貸借契約と本件転貸借契約は、賃料額が同額(月額100万円)であり、敷金額(本件賃貸借契約)と保証金額(本件転貸借契約)も同額(1億円)である。そして、その賃料額は適正な賃料額を大きく下回り、その敷金額又は保証金額は、賃料額に比して著しく高額である。また、A社の代表取締役は、平成6年から平成8年にかけて上告人の取締役の地位にあった者であるが、本件建物及びその敷地の競売手続による売却が進まない状況の下で、被上告人に対し、本件建物の敷地に設定されている本件抵当権を100万円の支払と引換えに放棄するように要求した。
以上の諸点に照らすと、本件抵当権設定登記後に締結された本件賃貸借契約、本件転貸借契約のいずれについても、本件抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められるものというべきであり、しかも、上告人の占有により本件建物及びその敷地の交換価値の実現が妨げられ、被上告人の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるということができる。
また、上記のとおり、本件建物の所有者であるA社は、本件合意に違反して、本件建物に長期の賃借権を設定したものであるし、A社の代表取締役は、上告人の関係者であるから、A社が本件抵当権に対する侵害が生じないように本件建物を適切に維持管理することを期待することはできない。
3 そうすると、被上告人は、上告人に対し、抵当権に基づく妨害排除請求として、直接自己への本件建物の明渡しを求めることができるものというべきである。被上告人の本件建物の明渡請求を認容した原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
第3 上告代理人相澤建志、同藤井秀夫の上告理由について
民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、上記各項に規定する事由に該当しない。
第4 職権による検討
1 原審は、上告人の占有により本件抵当権が侵害され、被上告人に賃料額相当の損害が生じたとして、前記のとおり、抵当権侵害による不法行為に基づく被上告人の賃料相当損害金の支払請求を認容した。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
抵当権者は、抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないというべきである。なぜなら、抵当権者は、抵当不動産を自ら使用することはできず、民事執行法上の手続等によらずにその使用による利益を取得することもできないし、また、抵当権者が抵当権に基づく妨害排除請求により取得する占有は、抵当不動産の所有者に代わり抵当不動産を維持管理することを目的とするものであって、抵当不動産の使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではないからである。そうすると、原判決中、上記請求を認容した部分は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、破棄を免れない。そして、上記説示によれば、上記請求は理由がないから、これを棄却することとする。
3 また、上記請求と選択的にされている賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求については、前記事実関係によれば、本件停止条件付賃借権は、本件建物の使用収益を目的とするものではなく、本件建物及びその敷地の交換価値の確保を目的とするものであったのであるから、上告人による本件建物の占有により被上告人が賃料額相当の損害を被るということはできない。そうすると、第1審判決中、賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求を棄却した部分は正当であるから、これに対する被上告人の控訴を棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 泉 徳治
裁判官 横尾和子 甲斐中辰夫
島田仁郎 才口千晴
上告代理人相澤建志、同藤井秀夫の上告受理申立て理由
1 判例違反
(1) 原判決(東京高等裁判所平成11年(ネ)第3608号)は本件において抵当権に基づく明渡し請求を認容しているが、本件における上告人は正当な賃借権、転借権に基づく占有者であるところ、最高裁判所大法廷平成11年11月24日判決(民集53巻8号1899頁)は不法占有者の場合にこれを認めるにすぎないものであり、最高裁判所第二小法廷平成3年3月22日判決(民集45巻3号268頁)は抵当権に基づく明渡請求を認めていないものであり、原判決はいずれの最高裁判所判決にも違反しているものである。
2 法令の解釈に関する重要な事項
(1) 前記大法廷判決は、抵当権に基づく明渡し請求の要件として
イ 第三者による不法占有
ロ 抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるとき
をあげているところ、イについては前記のとおりであるが、ロについてはどのような事実があればロの要件が満たされるのかという点は重要な法令(前記最高裁判所大法廷判決)解釈の問題と考えられるべきである。
(2) 原判決は次の事実を認定して、抵当権侵害の判断根拠としている。
ア 抵当権設定者の契約違反
イ 転貸借があること
ウ 賃借権設定者、賃借人、転借人間の意思疎通の可能性があること
エ 賃料が適正賃料より低いこと
オ 多額の敷金が差し入れられたことになっていること
カ 抵当権設定者が低額の和解金で抵当権の抹消を求めた事実があること。
(3) ところで、抵当権の権利実現は競売手続を通して行われるものであるから、上記のような事実を評価して前記ロの要件を検討する場合には、これらの事実が競売手続にどのように現れ、それが買受希望者にどのように作用するかという面から検討されなければならないはずである。その意味で、原判決があげる事実関係が妥当な範囲のものであるか、その事実から前記ロの要件が認定できるか、が検討されるべきである。
(4) 買受希望者は、通常競売記録(現況調査報告書、評価書等)及び現場の状況(現実の占有状況)を検討すると思われる。
そうであれば、抵当権侵害の要件を検討するうえで、現実の占有状況は極めて重要な事実である。
通常、競売妨害を目的とするような占有は、単に荷物を持ち込んで放置するとか、単に目的物を占拠するのみで正常な用に供しないとか、現実の占有者が誰かわからなくするなどがある。
しかしながら、上告人による本件建物の占有は、公然とかつ平穏に建物の本来の用法に従ったホテルとして使用して営業を行っているものであり、しかも正当な占有権限に基づくものである。
この事実は、抵当権侵害を検討するうえで抵当権侵害を否定する要素として考慮すべきであり、少なくとも無視されるべき事実ではない。
正常な用益は、物理的にみても建物の価値を維持することはあっても減ずるものではないはずである。
原判決が、この現実の占有状況を全く無視してロの要件を認定したのは誤りであり、法令の解釈を誤ったものと言うべきである。
(5) 次に原判決の列挙する事実を検討する。
イ 抵当権設定者の契約違反は、なるほど設定者の悪性の徴表ではあるが、一般に設定者は債務不履行の状態にあるものであり、他方において現実の占有者ではなく、本件においても将来万一強制執行による明渡しを行う場合において現実に相手方になるものではない。のみならず、このような抵当権設定者の契約違反は競売記録上に現れるものではなく、この点を理由として買受希望者が応札を躊躇したりする事実はない。
ロ 転貸借があることも、占有関係を複雑にするという面は否定できないにしても、現実の占有者は競売事件記録上明確であって、かつ公然たる占有を行っている状況からみれば、どれだけ障害になるか疑問である。
ハ 賃貸人、賃借人及び転借人間の意思疎通が考えられること、という点は無意味な事実関係である。一方において、これら三者はそれぞれの契約を通じて関係していることはどんな事例であっても同様であり、意思疎通の可能性は常にあるものであるし、他方において現実の占有者や契約関係は記録上明らかであり、これら三者が共謀したところで何かができるわけではない。
占有者がある競売物件を買受けようとする者は、強制執行を予測して買受けるはずであり、そうであれば、賃貸借であれ転貸借であれ、格別の差はないはずであり、ことさらに転貸借があることを抵当権侵害の判断要素にあげることは誤りである。少なくとも、それによって現実の占有者をわかりにくくさせる意図でもないかぎり、意味のない事実関係と言うべきである。
ニ 賃料が適正賃料より低いこと、という点も無意味である。
原判決は賃料額から利回り計算を逆算して評価額が下がると言うが、本件建物はホテルであって、借受希望者が簡単に見つかるような物件ではない。従って利回りを考えて買受けを希望する者など考えられない。
そもそも原判決は、「抵当不動産の買受希望者は、買受けた不動産をみずから占有することを望むのが通常である。」(7頁3交換価値の実現の不法な妨害の項)と述べており、矛盾した評価、場あたり的な論法であって、誤った解釈と言うべきである。
ホ 敷金が多額である点も、本件賃借権、転借権がいずれも競落人に対抗できないものであるところからみれば、問題にならないはずである。
ヘ 抵当権設定者が低額の和解金で抵当権の抹消を求めた事実がある、との点は、競売手続にどのように反映され、買受希望者にどのようにして知られる事実であろうか、抵当権侵害の場面で取り上げる事実としては、理解し難い事実である。
(6) 原判決は、叙上の事実関係が抵当不動産の交換価値の実現を不法に妨げていると認定している。
しかしながら、これらの事実関係の存在と現実の競売事件の進行状況、評価額との関係などには何ら言及されていない。
言うなれば、因果関係の説明なしに結論を出しているものである。
本件競売事件の最大の特殊性は、目的物件がホテルであることである。評価書においても占有減価はしない旨が明言されている。汎用性のない建物は価格が下がるのは当然である。
競売価格の下落が、あるいは買受希望者が現れないことの原因が、目的物件がホテルという特殊用途の建物であるということになく、原判決が列挙する事実関係にある、という解釈の理由は何ら示されておらず、その意味で原判決は法令の解釈を誤っているばかりでなく、理由不備でもある。
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