恵庭事件 札幌地裁昭和42年3月29日

自衛隊法違反被告事件

札幌地方裁判所判決/昭和38年(わ)第193号

昭和42年3月29日

【判示事項】       いわゆる恵庭事件の第一審判決(全文)

【参照条文】       自衛隊法121

【掲載誌】        下級裁判所刑事裁判例集9巻3号359頁

             裁判所時報470号1頁

             判例タイムズ204号219頁

             判例時報476号25頁

【評釈論文】       ジュリスト370号25頁

             ジュリスト370号73頁

             ジュリスト398号299頁

             別冊ジュリスト21号168頁

             別冊ジュリスト27号16頁

             別冊ジュリスト44号248頁

             別冊ジュリスト57号16頁

             別冊ジュリスト69号280頁

             別冊ジュリスト96号342頁

             前衛267号99頁

             前衛268号197頁

             時の法令608号56頁

             日本及日本人1448号32頁

             法学セミナー135号13頁

             法律公論168号22頁

             法律時報39巻5号1頁

             法律時報39巻9号16頁

             法律時報39巻9号21頁

             法律のひろば20巻6号31頁

             法律論叢(京都大)81巻5号99頁

 

       主   文

 

 被告人両名は、いずれも無罪。

 

       理   由

 

一、被告人両名に対する本件公訴事実の内容は、

 「第一、被告人野崎美晴は、

  (一)、昭和三七年一二月一一日午後三時二〇分頃、千歳郡恵庭町字柏木陸上自衛隊北恵庭部隊隊舎地域の西方約一・三粁の地点にある同町桜森陸上自衛隊島松演習場内の東南部附近に折柄実弾射撃演習の目的で設けられてあつた陸上自衛隊北部方面隊第一特科団第一特科群一〇二大隊第二中隊の加農砲計二門の射撃陣地において同中隊が射撃命令伝達等のため、

   (イ)、同中隊射撃指揮所と戦砲隊本部に一台宛設置した野外電話機に接続して両電話機間に敷設した長さ約四二米六〇糎の通信線を右射撃指揮所の電話機の位置から戦砲隊本部に向つて約二四米七〇糎離れた箇所において一箇所ペンチを使用して切断し、

   (ロ)、続いて右戦砲隊本部と第一砲砲側に一台宛設置した野外電話機に接続して両電話機間に敷設した長さ約五一米四〇糎の通信線を同戦砲隊本部の電話機の位置から第一砲に向つて約一六米離れた箇所及び約四四米二五糎離れた箇所においてそれぞれペンチを使用して切断し、

  (二)、同日午後三時五〇分頃、前記第一特科団に属する第三〇一観測中隊が右第一〇二大隊第二中隊の射撃支援に使用するため同演習場内の旭丘附近に設置した音源標定機一台と同演習場内の熊見ケ原附近に設置した音源標定用第四マイクロホンに接続して両者間に敷設した長さ約五、三〇〇米の通信線を第四マイクロホンの位置から音源標定機に向つて約八〇〇米九〇糎離れた箇所及び約八〇四米六五糎離れた箇所においてそれぞれペンチを使用して切断し、

  もつて何れも陸上自衛隊の使用する防衛の用に供する物を損壊し、

 第二、被告人野崎健美は、

  (一)、昭和三七年一二月一二日午前一〇時二〇分頃右第三〇一観測中隊が前日に引き続き前記第一〇二大隊第二中隊の射撃支援に使用するため前日同様島松演習場内の旭丘及び熊見ケ原に設置した音源標定機と第四マイクロホンに接続して両者間に敷設した通信線を第四マイクロホンの位置から音源標定機に向つて約一、八七四米九〇糎離れた箇所において一箇所ペンチを使用して切断し、

  (二)、同日午前一〇時三〇分頃右第一〇二大隊第二中隊が前日に引き続き射撃命令伝達等のため前日同様右演習場内東南部附近に設けた戦砲隊本部と第一砲砲側の両野外電話機に接続して両電話機間に敷設した通信線を同戦砲隊本部の電話機の位置から第一砲に向つて約一六米離れた箇所においてペンチを使用して切断し、

  もつて何れも陸上自衛隊の使用する防衛の用に供する物を損壊し

 たものである。」

 というにあり、検察官は、被告人両名の右各所為がいずれも自衛隊法一二一条に該当する旨主張している。

  そして、被告人両名がそれぞれ公訴事実記載の日時場所において、公訴事実記載のように通信線を切断した事実については、(1)、第四回公判調書中、被告人両名の供述記載部分、(2)、証人小田原昭、同寺沢博、同長谷川精吾、同仁科宗夫の当公判廷における各供述、(3)、司法警察員若松源三、同東外義作成の各実況見分調書および(4)、押収してあるペンチ二丁(昭和三九年押七一号の二、三)によつて、いずれも、これをみとめることができる。

二、弁護人らは、被告人両名の行為が自衛隊法一二一条の構成要件にあたらないと主張するとともに、他方、同条およびこれを含む自衛隊法全般ないし同法によつてその存在のみとめられている自衛隊が憲法九条、前文等の諸条項や平和主義の理念に反する旨を力説強調し、自衛隊法一二一条は、違憲無効の法規と断ずるほかないと主張している。

  そこで、まず、被告人両名の各行為がはたして検察官主張のように自衛隊法一二一条にいわゆる「自衛隊の・・・・使用する・・・・その他の防衛の用に供する物を損壊し・・・・」たばあいに該当するかどうかについて判断することとする。

三、自衛隊法一二一条(以下、単に、「本件罰条」と略称するばあいもある。)は、保安庁法(昭和二七年法律二六五号)の改正により、防衛庁設置法(昭和二九年法律一六四号)および自衛隊法(同年法律一六五号)のいわゆる「防衛二法」が制定され、自衛隊のおもな任務が「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛すること」(自衛隊法三条一項参照)にあることが明示されたのをはじめ、「防衛出動」に関する規定の新設等にともない、あたらしく立法された罰条であるところ、一般の器物損壊に関する刑法二六一条に比較すると、親告罪性を排除して、その違反行為の訴追を容易ならしめるとともに、法定刑をかなり大はばに引きあげている。

  そこで、本件罰条違反の罪の罪質については、通常、器物損壊罪の特別罪と理解するむきが多いが、本件罰条があらたにもうけられた趣旨・背景および規定内容にかんがみれば、刑法上の器物損壊罪が有する財産犯罪的な性格よりも、むしろ、自衛隊という組織・機関によつていとなまれることとなつた「国の防衛作用」を妨害(侵害)する犯罪類型としての性格(一種の公務妨害罪的な要素)に、第一次的な意義があり、財産犯罪たる比重は副次的なものにとどまると考えるのが相当である。

四、一般に、刑罰法規は、その構成要件の定め方において、できるかぎり、抽象的・多義的な表現を避け、その解釈、運用にあたつて、判断者の主観に左右されるおそれ(とくに、濫用のおそれ)のすくない明確な表現で規定されなければならないのが罪刑法定主義にもとづく強い要請である。

  その意味からすると、本件罰条にいわゆる「その他の防衛の用に供する物」という文言は、包括的・抽象的・多義的な規定方法であり、検察官主張のように、「客観的、具体的であつて、なんら不明確な点はない。」と断定するには、たやすく同調できないところが多い。

  たしかに、刑罰法規の立法者がその立法段階で、ありとあらゆる事態をもれなく想定し、刑罰をもつて規制すべき必要かつ十分な範囲・対象をつねに明確な文言で精密に規定するような立法作業をおこなうのは、なかば不能にひとしい面もあるため、その規制範囲等に関する一応の基本的な決定を示すことにより(例示規定がその好例といつてよい。)、個々の事案における具体的に妥当な判断については、これを、裁判官を含めた法の適用者にゆだねるばあいがすくなくないことは否定しがたい。したがつて、ある範囲での包括的・抽象的規定方法をとることも、前記のごとき立法作業の性質上、やむをえないのであるが、それは、あくまで、必要最低限にとどめるべきであると同時に、本件罰条のように、その規制秩序の特殊性とあいまち、規定文言の抽象的・多義的な性格がすこぶる濃厚な刑罰法規の解釈に際しては、厳格解釈の要請がひときわ強くはたらくのであつて、類推解釈の許容される限界についても、いつそう多くのきびしい制約原理が支配し、刑罰権のし意的な濫用を厳重に警戒する態度をもつてのぞまねばならないものというべきである。

五、本件罰条の文理的構造にてらすと、ひろく、自衛隊の所有し、または使用するいつさいの物件に対する損傷行為を処罰対象としているものでないことは明白であり、さらに、自衛隊のあらゆる任務もしくは業務の遂行上必要性のあるすべての物件に対する損傷行為を処罰の対象とする法意でないこともまた疑いをいれない。

  ところで、本件罰条にいう「その他の防衛の用に供する物」の意義・範囲を具体的に確定するにあたつては、同条に例示的に列挙されている「武器、弾薬、航空機」が解釈上重要な指標たる意味と法的機能をもつと解するのが相当である。すなわち、およそ、防衛の用に供する物と評価しうる可能性なり余地のあるすべての物件を、損傷行為の客体にとりあげていると考えるのは、とうてい妥当を欠くというべきである。もし、このような思考方法を採用するならば、例示物件を挙示している趣意をほとんど無に帰するのはもちろん、本件罰条にもとづく処罰の範囲が不当に拡大され、前説示のごとき罪刑法定主義の理念にゆゆしい脅威をあたえるであろう。

  本件罰条は、ある限度内での類推解釈を許容することを前提として、その許容される限界を客観的にあきらかにする趣旨のもとに、「武器、弾薬、航空機」という例示物件をかかげているものと解され、したがつて、「その他の防衛の用に供する物」とは、これら例示物件とのあいだで、法的に、ほとんどこれと同列に評価しうる程度の密接かつ高度な類似性のみとめられる物件を指称するというべきである。

  そこで、本件罰条違反の罪の罪質を念頭において、これら例示物件の特色について考察すると、それらは、いずれも、(1)、その物自体の機能的な属性として、いわゆる防衛作用のうち、とくに、自衛隊法上予定されている自衛隊の対外的武力行動に直接かつ高度の必要性と重要な意義をもつ物件であり、それだけ、現実の防衛行動に先だち、その機能を害する行為からまもられていなければならない要求が大きく、(2)、実力部隊の性格をもつ自衛隊の物的組織の一環を構成するうえで、いわば、不可欠にちかい枢要性をもつ物件であり、したがつて、これに対する損傷行為は、自衛隊の本質的な組織構成をおびやかす面をもち、さらに、(3)、規模・構造等の関係で、ひとたび損傷行為がくわえられたばあいにもたらされる影響が深刻なものとなる危険の大きい物件であり、同種の物件によつても、用法上の代たいをはかることの容易でない等の特色をもつている。

六、以上の見地にそくして、被告人両名の切断した本件通信線が自衛隊法一二一条にいわゆる「その他の防衛の用に供する物」にあたるか否かを検討してみるに、前判示のごとく、例示物件に見られる一連の特色とのあいだで類似性が是認せられるかどうかについては、つとめて厳格な吟味を必要とするのであるが、本件通信線が自衛隊の対外的武力行動に直接かつ高度の必要性と重要な意義をもつ機能的属性を有するものといいうるか否か、自衛隊の物的組織の一環を構成するうえで不可欠にちかいだけの枢要性をそなえているものと評価できるか否か、あるいは、その規模・構造等の点で損壊行為により深刻な影響のもたらされる危険が大きいと考えられるかどうか、ないしは、同種物件による用法上の代たいをはかることが容易でないと解されるかどうか、これらすべての点にてらすと、多くの実質的疑問が存し、かつ、このように、前記例示物件との類似性の有無に関して実質的な疑問をさしはさむ理由があるばあいには、罪刑法定主義の原則にもとづき、これを消極に解し、「その他の防衛の用に供する物」に該当しないものというのが相当である。なお、検察官指摘のごとく、本件通信線が野外電話機、音源標定機等と用法上一体の関係にあつたと思料される点を考慮にいれても、右判断に消長をおよぼすとは考えられない。

  ちなみに、本件では、検察官は、審理の全般を通じて、被告人両名に対し自衛隊法一二一条違反による処罰を求める態度を終始一貫し、訴因・罰条の変更等を請求する意向をまつたく表明しなかつたのみならず、弁護人側も、もつぱら、自衛隊法一二一条違反としての訴因に焦点をしぼり、その点にのみ防禦の措置を講じてきた本件訴訟の具体的な経過に徴すると、被告人両名の行為につき、刑法二六一条の器物損壊罪にあたる余地の有無に言及すべきかぎりでないのは多言を要しないところである。

七、弁護人らは、本件審理の当初から、先にも判示したように、自衛隊法一二一条を含む自衛隊法全般ないし自衛隊等の違法性を強く主張しているが、およそ、裁判所が一定の立法なりその他の国家行為について違憲審査権を行使しうるのは、具体的な法律上の争訟の裁判においてのみであるとともに、具体的争訟の裁判に必要な限度にかぎられることはいうまでもない。このことを、本件のごとき刑事事件にそくしていうならば、当該事件の裁判の主文の判断に直接かつ絶対必要なばあいにだけ、立法その他の国家行為の憲法適否に関する審査決定をなすべきことを意味する。

  したがつて、すでに説示したように、被告人両名の行為について、自衛隊法一二一条の構成要件に該当しないとの結論に達した以上、もはや、弁護人ら指摘の憲法問題に関し、なんらの判断をおこなう必要がないのみならず、これをおこなうべきでもないのである。

八、よつて、被告人両名に対する本件各公訴事実は罪とならないものであるから、刑訴三三六条にしたがい、被告人両名につき、いずれも無罪を言いわたすこととする。

  そこで、主文のとおり、判決する。

(裁判官 辻 三雄 角谷三千夫 猪瀬俊雄)