トランスジェンダーの女性の化粧による就労拒否についての大阪地裁令和2年決定

賃金仮払仮処分申立事件 解説ジュリスト1555 131頁 富永晃一

大阪地方裁判所決定/令和2年(ヨ)第10002号

令和2年7月20日

【掲載誌】       LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 1 債務者は,債権者に対し,令和2年7月から本案第一審判決言渡しに至るまで,毎月28日限り,18万円を仮に支払え。

 2 債権者のその余の申立てを却下する。

 3 申立費用は債務者の負担とする。

       事実及び理由

 

第1 申立ての趣旨

   債務者は,債権者に対し,令和2年3月から本案第一審判決言渡しに至るまで,毎月28日限り,33万円を仮に支払え。

第2 事案の概要

 1 本件は,債務者に雇用されている債権者が,債務者に対し,債務者の責めに帰すべき事由による就労拒否があったと主張して,民法536条2項に基づき,賃金の仮払いを求める事案である。

 2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の疎明資料等により容易に認めることができる事実)

  (1)当事者

   ア 債務者

     債務者は,大阪市内を主要営業区域とした一般乗務旅客自動車運送事業を営むタクシー会社である。

   イ 債権者

    (ア)債権者は,平成30年11月12日,債務者との間で,期間の定めのない労働契約を締結し,同日以降,タクシー乗務員として勤務してきた。

    (イ)債権者は,昭和35年○月○○日生の男性であるところ,医師により性同一性障害との診断を受けており,生物学的性別は男性であるものの,性別に対する自己意識(以下「性自認」という。)は女性である。そのため,債権者は,ホルモン療法の施行を受けつつ,眉を描き,口紅を塗るなどの化粧を施し,女性的な衣類を着用するなどして,社会生活全般を女性として過ごしており,タクシー乗務員として勤務中も,顔に化粧を施していた。

    (ウ)債権者は,令和2年2月7日以降,債務者において業務に従事していない。

                             (甲1,27)

  (2)性同一性障害について

    性同一性障害とは,生物学的性別と性自認とが一致しない状態であることをいう。性同一性障害を抱える者の臨床的な特徴としては,①自らの生物学的性別を嫌悪あるいは忌避する,②自らの存在を性自認に従った性別と同一化したい,性自認に従った性別になりたいと強く願う,③性自認に従った性別としての性的役割を果たそうとするといったものがある。

                               (甲30)

  (3)債権者の労働条件

   ア 所定労働時間

     債務者においては,1か月単位の変形労働時間制が採用されており,債権者は,18時から翌日4時,7時から17時又は7時から翌日3時までのいずれかの勤務時間帯において,勤務をしていた。

   イ 賃金

    (ア)債権者の賃金は,月給制であり,基本給及び労働基準法37条1項所定の割増賃金に対する固定残業代(固定深夜及び固定時間外)及び労働基準法37条1項所定の割増賃金(割増深夜及び割増時間外)が支払われていたほか,債権者の売上に応じた歩合給が,別途,封筒に入れられて現金支給されていた。

    (イ)債権者に対する賃金の支払は,毎月20日を締日として,当月28日に行われていた。

    (ウ)令和元年3月支給分から令和2年2月支給分までの間(ただし,令和元年9月及び同年10月支給分を除く)の,債権者に対する賃金の支給実績は,別紙1のとおりである。なお,債権者は,令和元年8月29日から同年10月18日までの間,免許停止処分を受けていたために乗務を行うことができていなかった。

  (4)債権者と債務者担当者らとの面談

   ア 男性の乗客と思われる者からの苦情

     債務者は,令和2年2月7日の4時頃,男性の乗客から債権者に男性器をなめられそうになったとの苦情(以下「本件苦情」という。)を受けた。

   イ 債権者と債務者担当者らとの面談

     債権者は,令和2年2月7日,債務者を含むグループ会社の渉外担当者であるA(以下「A渉外担当」という。),債務者を含むグループ会社の顧問であるB(以下「B顧問」という。)及び債務者の営業所長であるC(以下「C所長」といい,上記三名を総称して「A渉外担当ら」という。)ら3名との間で,面談(以下「本件面談」という。)を行った。

     A渉外担当らは,債権者に対し,本件面談において,①本件苦情が寄せられたこと,②乗客から,債権者が,乗車拒否をしたり,運賃について過大な額を説明したなどの苦情が寄せられているとの指摘を行なった(なお,本件面談におけるA渉外担当らの発言内容は,後述の認定事実(1),(2)のとおりである。)。

  (5)就業規則の定め

    被告の就業規則(平成30年12月28日より実施のもの)には,以下の定めがある。

   ア 22条

    (ア)1号

      「会社の信用,品位を失墜し従業員としての対面を汚す行為をしてはならない。」

    (イ)2号(以下「本件身だしなみ規定」ということがある。)

      「身だしなみについては,常に清潔に保つことを基本とし,接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと。また,会社が就業に際して指定した制服名札等は必ず着用し,服装に関する規則を遵守しなければならない。」

    (ウ)24号

      「乗客に対しては丁寧な言葉使いを用いなければならない。暴言,悪態等の行為は絶対にしてはならない。」

    (エ)48号

      「相手方の望まない性的言動により他人に不利益や不快感を与えたり(セクシュアルハラスメント),パワーハラスメント行為を行ったり,妊娠・出産・育児休業・介護休業等に定めるハラスメント等のハラスメントに該当する行為をしてはならない。別に定めるハラスメント防止規程を遵守しなければならない。」

   イ 53条1項

    (ア)柱書

      「懲戒の種類及び程度は,その情状により譴責,減給,出勤停止,降階,懲戒解雇の6種類とする」

    (イ)3号

      「出勤停止…始末書を取り乗務を禁じ出勤を停止して反省させる。ただし出勤停止期間は最高30日間を超えることはない。出勤停止期間は欠勤として取扱う。」

   ウ 54条1項

    (ア)柱書

      「従業員が次の各号の一に該当するときは,情状に応じて,譴責,減給,出勤停止,降階とする。」

    (イ)2号

      「正当な理由なく業務上の指示命令に従わなかったとき」

    (ウ)3号

      「素行不良で著しく会社内の秩序又は風紀を乱したとき」

    (エ)4号

      「相手方の望まない性的言動により,円滑な職務遂行を妨げ,就業環境を害し,又は,その性的言動に対する相手方の対応によって,一定の不利益を与えるような行為を行ったとき,及び職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為を行ったとき,妊娠・出産・育児休業・介護休業に関するハラスメントのようなハラスメント行為を行ったとき」

                             (以上,乙7)

  (6)新型コロナウイルス感染症のまん延に伴う売上げの減少

   ア 新型コロナウイルス感染症のまん延

     新型コロナウイルス感染症の急速なまん延が生じたことを受けて,新型コロナウイルス感染症対策本部長は,令和2年4月7日,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,緊急事態措置を実施すべき区域を大阪府や兵庫県などとして,緊急事態宣言を行った。緊急事態措置を実施すべき区域には,同月16日,京都府も加えられることとなった。

     大阪府,兵庫県及び京都府に対しては,同年5月21日,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,緊急事態解除宣言が行われた。

                            (審尋の全趣旨)

   イ 売上げの減少

     上記のように,新型コロナウイルス感染症がまん延し,緊急事態宣言が行われたことによって,多くの国民が外出を自粛し,外国人旅行客の訪日が大幅に減少するなどした結果,タクシー業者は,債務者を含め,売上げを大きく減少させることとなった。そのため,債務者が乗務員に対して支給した賃金額は,別紙2の内容のとおりとなった。

                             (乙8~14)

 3 争点

  (1)債権者に対する就労拒否の事実の有無及び就労拒否についての債務者の帰責性の有無(争点1)

  (2)被保全債権の額及び保全の必要性(争点2)

 4 争点に対する当事者の主張

  (1)争点1(債権者に対する就労拒否の事実の有無及び就労拒否についての債務者の帰責性の有無)について

   (債権者の主張)

   ア 債務者が債権者の就労を拒否したこと

     債権者は,本件面談において指摘を受けた苦情内容のうち,乗車拒否の点を除くと,身に覚えのないものであり,その旨をA渉外担当らに告げた。しかしながら,A渉外担当らは,債権者に対し,苦情の内容が事実であるか否かは問題でなく,苦情が来ること自体が問題であると告げた。その上で,A渉外担当らは,債権者に対し,債権者が性同一性障害であることから同様の性的指向を持つ者が寄ってくること,性同一性障害に違和感を持つ乗客が社会生活を女性として過ごしている債権者に対して不快な思いをすること,性同一性障害は病気であるから治らないことを主な理由として,令和2年2月7日以降,債権者を「乗務させられない」と述べた。その態様は,およそ債権者に対し,何らかの反省を促してその様子をみるというものではなかった。むしろ,A渉外担当らは,債権者が上記理由による乗務拒否は解雇と同じ意味ではないかと質すと,債権者に対し,乗務をさせられないことをどう取るかは債権者の判断次第である,けじめを付けたらどうか,他のタクシー会社に就職するのも手であるなどと告げて,自主退職を強制していた。

     以上によれば,債務者は債権者の就労を拒否したものというべきである。

   イ 就労拒否については債務者に帰責性があること

    (ア)債権者が乗客の下半身をなめようとする行為又はそれと疑われる行為を行ったとの点について

      債権者が,男性の乗客の下半身をなめようとした,あるいはそれと疑われる行為をしたとの事実はない。

    (イ)債権者が濃い化粧をしていたとの点について

      A渉外担当らは,本件面談において,債権者の就労を拒否する理由として,債権者が化粧をして乗務していた点を挙げていなかったし,債権者が化粧を止めたとしても,乗務をさせることはない旨を述べていた。そもそも化粧が濃いか薄いかについては,主観の問題である。仮に化粧が濃いことを問題とするのであれば,乗務の際には化粧を薄くするよう告げればよいはずであるし,就労を拒否するというのであれば,就業規則に基づいて懲戒処分としての出勤停止処分を科せばよいはずである。しかしながら,債務者はこれらの手段を採っていない。そうすると,債務者は,債権者の化粧の濃さを就労拒否の理由にしていたとはいえないし,仮に就労拒否の理由になっていたとしても,正当なものではない。

      債務者は,債権者が化粧すること自体を禁止していたものと考えられるところ,性同一性障害者である債権者が,女性乗務員と同様に化粧をすることを認めないのには,正当な理由があるとはいえない。

    (ウ)まとめ

      以上から,債務者による債権者の就労拒否は,債権者の言動等を理由とした正当なものではなく,債務者の責めに帰すべき事由によるものである。

   (債務者の主張)

   ア 債権者が就労不能の状態にないこと

     債務者は,本件苦情が寄せられたこと,債権者が本件面談において極めて濃い化粧を施していたことを理由として,債権者に対し,当日そのまま乗務することを認められるような状況にはなかった。そこで,A渉外担当らは,債権者に対し,上記理由により債権者を乗務させることはできないと告げた上で,今後債権者がどのように態度を改めて反省するか,その様子をみた上で会社としての対応を考えようとしていた。

     本件面談においても,A渉外担当らは,債権者が反省せずに現状のままであるならば,乗務をさせることはできないと述べた上,今後の対応について,債権者の自主性を重んじるべく,債権者自身で判断するよう伝えている。

     したがって,債務者が債権者の就労を拒否したとの事実はなく,債権者は,就労不能の状態にはない。

   イ 就労拒否について債務者に帰責性がないこと

    (ア)債権者が乗客の下半身をなめようとする行為又はそれと疑われる行為を行ったこと

      債務者は,令和2年2月7日の午前4時20分頃に,本件苦情を受けた。第三者が単にいたずらで,本件苦情のような内容の通告をするとは考えられないから,債権者は,男性の乗客に対し,下半身をなめようとする行為又はそれと疑われる行為を行ったものというべきである。

      債権者のかかる行為は,就業規則22条24号及び48号に違反するものである。

    (イ)債権者が濃い化粧をしていたこと

      タクシーでは,乗務員と乗客が閉ざされた狭い空間を一定時間共有することになり,乗務員が乗客に対し不快感を与えることがあってはならない。快不快を決める権限は乗客の側にあるというべきところ,男性乗務員が,乗客に身体的な接触を持とうとすることはもちろんのこと,化粧をすることについても不快に感じる乗客が多く,債務者は,債権者に対し,服務規律に従って乗客に不快感を与えるような身だしなみで乗務することがないよう伝えていた。男性乗務員が化粧をした場合,不快感や違和感を抱く乗客が多くならざるを得ないことからすると,男性乗務員の化粧を禁止することには十分な合理性がある。

      仮に,男性乗務員に化粧をすることが認められるとしても,化粧の程度には限度があり,乗客に不快感や違和感を与えないものでなければならない。債務者で勤務する女性乗務員は,濃い化粧に不快感を示す乗客がいることや,濃い化粧が乗客に対する性的誘引になりかねないことから,化粧を極力控えめにしている。許容される化粧の程度を表現すれば,地肌になじむファンデーションを使用し,チークを血色がよく見える程度に抑え,口紅も色目を抑えてナチュラルな色にし,アイメイクをしないというものである。

      それにもかかわらず,債権者は,本件面談の場にも極めて濃い化粧(濃いファンデーション,光沢のある口紅,濃いアイライナー,極端に細くした眉毛)をし,豊胸をして現れるなどしている。債権者は,自らが性同一性障害であることを指摘するものの,こうした態度は,債務者の看板を背負った状態において自身の個性や価値観を押し通そうとするものであり,サービス業であるタクシー業の本質に照らしてもこうした態度が認められないことは明らかである。

      債権者が濃い化粧をして乗務を行うことは,就業規則22条の1号,2号,24号及び48号に違反する行為である。

    (ウ)債権者は化粧をして乗務をしない前提で採用されたこと

      債権者は,採用当時,債務者に対して,自らが性同一性障害であると告げたものの,全く化粧をしておらず,化粧しない状態で仕事をすると誓約していた。それにもかかわらず,債権者は,極めて濃い化粧をして乗務を行っている。

    (エ)まとめ

      以上から,債務者は,債権者に対して就労拒否したと評価される場合であっても,かかる就労拒否は,債権者の言動を理由とする正当なものであって,債務者に帰責性があるとはいえない。

  (2)争点2(被保全債権の額及び保全の必要性)について

   (債権者の主張)

   ア 被保全債権の額

     債権者の賃金支給額は,令和元年3月支給分から令和2年2月支給分までの間(ただし,令和元年9月及び同年10月支給分を除く)において,平均33万円であり,かかる支給実績からして,債権者に支払われるべき賃金額は,かかる金額を下回ることはない。債務者は,新型コロナウイルスの影響によって,従業員の平均賃金が激減したなどと主張するものの,債務者の主張する平均賃金の額は,正社員とそれ以外の者とを全て含めたものであり,かつ,稼働していない乗務員も頭数に入れて計算されたものであるから,正社員である債権者が得られたであろう賃金額を算定するにあたって参考となるものではない。また,新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言は,大阪府について全面解除されており,令和2年4月及び同年5月の状況は,いわば例外事情に当たるものであるから,これらの月における賃金の支給状況は,本件において考慮されるべきものではない。

   イ 保全の必要性

     債権者には不動産などめぼしい財産はなく,預貯金を取り崩して生活できるほどの蓄えはない。令和2年2月分の賃金(同月28日支給)は11万円しか支払われておらず,その後も賃金が支払われないため,同年3月以降は困難な生活を強いられることになり,債権者の最低限度の生活を維持するためには,賃金を仮に支払わせることが必要である。

   (債務者の主張)

   ア 被保全債権の額

     新型コロナウイルスの影響によって,タクシー会社は債務者のみならず,厳しい経営環境にさらされており,売上額が激減している。これに伴って,債務者が従業員に支給した給与額も激減することとなり,別紙2のとおり,令和元年12月度には従業員の平均給与額が月額38万8654円であったのに対し,令和2年4月度には月額11万4664円となり,同年5月度には月額8万0774円となった。新型コロナウイルスの影響は今後も続くことが明らかであり,債権者の被保全債権額が月額33万円であるということはできない。

   イ 保全の必要性

     債権者は,長年にわたって会社に勤務した経歴を有しており,そうした人物が債権者の主張する程度の資産しか有していないとは到底考えられず,保全の必要性は認められない。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   争いのない事実,掲記の疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,以下の事実が一応認められる。

  (1)本件面談における本件苦情の内容等についてのやり取り

    A渉外担当らが,債権者に対し,本件苦情の内容について問いただしたところ,債権者は,本件苦情の内容は事実ではないと否定した。

    A渉外担当らは,債権者に対し,本件苦情のような内容の苦情を乗客から受けることはなく,火のないところに煙は立たないため,苦情の内容は事実であると考えることもできる,いずれにしろ,上記苦情の内容が真実であるか否かは問題ではなく,債権者が上記内容の苦情を受けることが問題であると伝えた。加えて,債務者は,債権者が以前にも自分の膨らんだ胸を触らせたという内容の苦情を受け,その際には丸く収めたものの,その後に本件苦情を受け,性的な趣旨の苦情が二度目のものとなる以上は,債権者を「乗せるわけにはいかない」と考えている旨を伝えた。

                             (甲28,29)

  (2)本件面談における債権者の化粧等についての発言内容

   ア 債権者の化粧についての発言内容

     A渉外担当らは,債権者に対し,債権者の化粧に関連して,以下の趣旨の発言をした。

    (ア)債権者が男性である以上,身だしなみを整える意味で化粧をすることはできない。

      なお,実際には,A渉外担当が,債権者に対し,「身だしなみで化粧はないやん。男性やねんから。でしょ」との発言を行なった。

    (イ)債権者が業務の終了後に化粧をすることについては特に構わないものの,債権者の化粧に違和感のある乗客が不快感を覚える結果,債務者に対して苦情が寄せられることとなる以上,債権者が化粧をして乗務に従事しようとする限り,債権者を乗務させることができないのは当たり前の話である。

      具体的には,B顧問が「今日はだいぶ化粧も濃いわ」,A渉外担当が「濃いなあ。思いっきり濃い。分かるぞ」,C所長が「はっきり言うて,普段業務してるときもっと濃いで。眉毛バッチリ描いてんねんから」などと,それぞれ債権者に対し指摘をした。その上で,B顧問は,債権者に対し,「前話したときね,あのときはメイクしてなかった。全くメイクしてなかった。で,その状態で仕事するって言うたやん。X1さん。あのときから今比べたら,かなり,やっぱり違和感があるって。違和感ある人,お客さんが乗ってきてや,不快な思いさすからや,苦情来んねや。会社として乗せられへん。当たり前の話や」,「そのメイクで仕事したらあかんで。誤解招くて。一部の人,X1さんのように同じような性同一性障害の人,ターゲットにしてるんちゃうで。九分九厘一般の人やで。ほな,一般の人が不快に思うのはええんかい。一部の人が褒めてくれる。わかった,と。ほな9割の人が不快に思うんはええんか。その人ら放っとくの,違うでしょ」と告げた。

    (ウ)A渉外担当は,債権者が本件面談当日に施していた化粧について,「へどが出る」もので「不愉快な思い以外の何物でもな」く,「気持ち悪い」ものであると感じている。

    (エ)債務者が債権者を採用した際,債権者は化粧を施すなどしていなかったのであり,化粧をした上で乗務に従事することを知っていれば,債権者を採用することはなかった。

    (オ)債権者は,化粧をして乗務している最中に,男性から性的な行為をするよう求める趣旨の声を掛けられることを自認しており,そうした者から,債権者が「ひょっとしたら自分らと同じような感覚持ってる人間がおるよ,と思われていること自体が問題」であって,債務者の評判を落とすものである。

   イ 債権者の今後の行動についての発言内容

     A渉外担当らは,債権者に対し,債権者の今後の行動に関して,以下の趣旨の発言をした。

    (ア)A渉外担当らは,債権者に対し,債権者が「性同一性障害の病気」であり,化粧をせずに,「普通にタクシー乗務員として仕事」をすることができるのであればよいが,債権者が「病気」であり,治らない以上は,債権者に辞職を求めるわけではないものの,債権者を乗務させることはできない。

      なお,この点に関し,A渉外担当は,債権者に対し,「治らんでしょ。病気やねんから。なら,うちでは乗せられへん。それだけ」と告げた。

    (イ)債務者は,債権者が具体的に今後どのような行動を取ればよいかについて,債権者が今後,化粧をしなければよいという問題でもなく,具体的にどうすればよいかについては,債権者が考えなければならない,他社でタクシーに乗務することも方法の一つである。

                          (以上,甲28,29)

  (3)女性乗務員の取扱いについて

    債務者においては,女性乗務員も勤務をしているところ,債務者は,女性乗務員が顔に化粧を施して乗務をすることについて,本件身だしなみ規定に違反するものとは捉えていない(審尋の全趣旨)。

 2 争点1(債権者に対する就労拒否の事実の有無及び就労拒否についての債務者の帰責性の有無)について

  (1)債務者が債権者の就労を拒否したか否かについて

    A渉外担当らは,本件面談において,債権者に対し,債権者を「乗せるわけにはいかない」と告げたり,債権者が化粧を止めるか否かにかかわらず乗務させることはできない旨を告げたり,あるいは,他社でタクシーに乗務することも方法の一つであるなどとしながら,今後の行動については債権者自身で考えるよう述べて,退職を示唆するなどしている(認定事実(2)イ)。このようにA渉外担当らが,タクシー乗務員である債権者の唯一の労務提供方法であるタクシー乗務について,本件面接以後の債権者の行動いかんにかかわらず,行わせることはできないと告げ,退職すら示唆していることからすると,債務者が債権者の就労を拒否したことは明らかである。

    これに対し,債務者は,債権者に対して反省を促し,債権者の今後の行動について債権者の自主性に委ねる趣旨のものであって,就労を拒否するものではないという趣旨の主張をするが,A渉外担当らの本件面談における発言内容とおよそ整合するものではなく,上記主張を採用することはできない。

  (2)債権者に対する就労拒否についての債務者の帰責性の有無について

   ア 本件苦情について

    (ア)本件苦情の内容が真実であることを理由とする点について

      債務者は,仮に債務者が債権者の就労を拒否したと評価されるとしても,本件苦情の内容が真実であり,債権者が男性乗客の下半身をなめようとする行為又はそれと疑われる行為を行った以上は,就労拒否の正当な理由がある旨の主張をする。

      しかしながら,A渉外担当らは,債権者に対し,本件苦情の内容が真実であるか否かを問題としているのではないと述べており(認定事実(1)),苦情内容の真実性は,債権者に対する就労拒否の理由であるとされてはいない。

      仮にこの点を措くとしても,債権者は,本件苦情の内容が真実であると認めていない上,一件記録上,債務者が本件苦情の内容の真実性について調査を行った形跡もみられない。債務者の上記主張の唯一の根拠となっているのは,朝4時頃に,いたずらで本件苦情のような内容を通告する者がいるはずはないという点にあるものの,こうした点を考慮しても,本件苦情の存在をもって,直ちに本件苦情の内容が真実であると認めることはできない(なお,仮に上記苦情の内容が事実であるとすると,債務者は,懲戒処分としての出勤停止命令等の手段によって,債権者の就労を拒否することが考えられるものの,債務者は,上記の手段を講じるなどしておらず,就労拒否の法的な根拠が明らかにされていない。)。

      以上によれば,本件苦情の内容が真実であることを理由として,債権者に対しその就労を拒否することは,正当な理由に基づくものとはいえない。

    (イ)本件苦情の存在について

      A渉外担当らの債権者に対する説明内容(認定事実(1))によれば,債務者は,上記苦情の存在自体をもって,債権者の就労を正当に拒否することができるとの見解を前提にしているものと考えられるところ,かかる見解を言い換えれば,債務者は,仮に上記苦情の内容が虚偽であるなど,非違行為の存在が明らかでないとしても,上記苦情を受けたこと自体をもって,正当に債権者の就労を拒むことができることとなる。しかしながら,非違行為の存在が明らかでない以上は,上記苦情の存在をもって,債権者に対する就労拒否を正当化することはできない。

    (ウ)まとめ

      以上を総合すると,債務者が,本件苦情の真実性又は存在自体を理由として,債権者の就労を拒否することは,正当な理由に基づくものとはいえない。

   イ 債権者の化粧が濃いとの点について

    (ア)債務者の主張内容

      債務者は,債権者が極めて濃い化粧をして乗務に従事しており,かかる行為が乗客に違和感や不快感を与えるものであるから,債権者の就労を拒否する正当な理由があるものと主張する。

    (イ)本件身だしなみ規定について

      本件身だしなみ規定は,サービス業であるタクシー業を営む債務者が,その従業員に対し,乗客に不快感を与えないよう求めるものであると解され,その規定目的自体は正当性を是認することができる。それゆえ,従業員が,債務者から本件身だしなみ規定に従うよう業務上の指示命令を受けたにもかかわらず,当該従業員がこれに従わない場合などには,就業規則54条1項2号等の懲戒事由に該当する可能性があり,この場合,債務者は,従業員に対し,懲戒処分を行うことができる(なお,本件で,債務者は,債権者に対し,濃い化粧をして乗務に従事したことをもって,懲戒処分としての出勤停止処分を行ってはいない。)。

      しかしながら,本件身だしなみ規定に基づく,業務中の従業員の身だしなみに対する制約は,無制限に許容されるものではなく,業務上の必要性に基づく,合理的な内容の限度に止めなければならない。

    (ウ)乗務員の化粧について

      本件身だしなみ規定は,化粧の取扱いについて,明示的に触れていないものの,男性乗務員が化粧をして乗務したことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,債務者が,女性乗務員に対して化粧を施した上で乗務することを許容している(認定事実(3))以上,乗務員の性別に基づいて異なる取扱いをするものであるから,その必要性や合理性は慎重に検討する必要がある。他方,男性乗務員の化粧が濃いことをもって,本件身だしなみ規定に違反したものと取扱うことは,女性乗務員に対しても男性乗務員と同一の取扱いを行うものである限り,性別に基づいて異なる取扱いをするものと評価することはできない。

    (エ)債務者における乗務員の化粧に対する取扱い

      A渉外担当らは,本件面談において,債権者の化粧の濃さに言及している(認定事実(2)ア(イ))ものの,化粧が濃いと判断した根拠について,A渉外担当は化粧が「分かる」こと,C所長は「眉毛バッチリ描いて」いることという,化粧として突飛なものとは思われない点を指摘している(同上)。また,A渉外担当は,債権者が男性である以上,化粧をすることはできない旨を述べ(認定事実(2)ア(ア)),さらに,A渉外担当らは,ファンデーションの濃さ,口紅の光沢,アイライナーの濃さなどといった許容される化粧の限度に言及し,改善を求めたことはなく,むしろ,債権者が今後化粧をしなければよいという問題ではないなどと述べている(認定事実(2)イ(イ))。

      以上の事実によれば,A渉外担当らは,本件面談において,債権者が乗務中に化粧をすることができることを前提としつつ,その濃さが,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えていたのではなく,債権者が化粧をしているのが外見上判別できること,すなわち,債権者が化粧をして乗務すること自体を,本件身だしなみ規定に違反するものと捉えており,そのことをもって,債権者に対する就労拒否の理由としていたと認めることができる。債権者の化粧が極めて濃いことを就労拒否の理由とした旨の債務者の主張は採用することができない。

      そうすると,債権者に対する化粧を施した上での乗務の禁止及び禁止に対する違反を理由とする就労拒否については,それらの必要性や合理性が慎重に検討されなければならない。

    (オ)債権者に対する化粧の禁止及び禁止違反を理由とする就労拒否の必要性及び合理性

      社会の現状として,眉を描き,口紅を塗るなどといった化粧を施すのは,大多数が女性であるのに対し,こうした化粧を施す男性は少数にとどまっているものと考えられ,その背景には,化粧は,主に女性が行う行為であるとの観念が存在しているということができる。そのため,一般論として,サービス業において,客に不快感を与えないとの観点から,男性のみに対し,業務中に化粧を禁止すること自体,直ちに必要性や合理性が否定されるものとはいえない。

      しかしながら,債権者は,医師から性同一性障害であるとの診断を受け,生物学的な性別は男性であるが,性自認が女性という人格である(前提事実(1)イ(イ))ところ,そうした人格にとっては,性同一性障害を抱える者の臨床的特徴(前提事実(2))に表れているように,外見を可能な限り性自認上の性別である女性に近づけ,女性として社会生活を送ることは,自然かつ当然の欲求であるというべきである。このことは,生物学的性別も性自認も女性である人格が,化粧を施すことが認められていること,あるいは,生物学的性別が男性である人格が,性自認も男性であるにもかかわらず,業務上,その意に反して女性的な外見を強いられるものではないこととの対比からも,明らかである。外見を性自認上の性別に一致させようとすることは,その結果として,A渉外担当が「気持ち悪い」などと述べた(認定事実(2)ア(ウ))ように,一部の者をして,当該外見に対する違和感や嫌悪感を覚えさせる可能性を否定することはできないものの,そうであるからといって,上記のとおり,自然かつ当然の欲求であることが否定されるものではなく,個性や価値観を過度に押し通そうとするものであると評価すべきものではない。そうすると,性同一性障害者である債権者に対しても,女性乗務員と同等に化粧を施すことを認める必要性があるといえる。

      加えて,債務者が,債権者に対し性同一性障害を理由に化粧することを認めた場合,上記のとおり,今日の社会において,乗客の多くが,性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らず,債務者が性の多様性を尊重しようとする姿勢を取った場合に,その結果として,乗客から苦情が多く寄せられ,乗客が減少し,経済的損失などの不利益を被るとも限らない。

      なお,A渉外担当らは,債権者に化粧を施した上での乗務を認めることによって,債権者が同性愛者などから「ひょっとしたら自分らと同じような感覚持ってる人間がおるよ,と思われていること自体が問題」であると述べている(認定事実(2)ア(オ))ところ,その趣旨は必ずしも明らかでないが,いずれにしろ,業務上の支障が生じると認めるに足りる根拠もない。

      以上によれば,債務者が,債権者に対し,化粧の程度が女性乗務員と同等程度であるか否かといった点を問題とすることなく,化粧を施した上での乗務を禁止したこと及び禁止に対する違反を理由として就労を拒否したことについては,必要性も合理性も認めることはできない。

    (カ)したがって,債務者は,債権者の化粧を理由として,正当に債権者の就労を拒否することができるとの主張を採用することはできない。

   ウ まとめ

     以上を総合すると,債権者に対する就労拒否は,①本件苦情を理由とする点,②債権者の化粧を理由とする点のいずれにおいても,正当な理由を有するものではないから,債務者の責めに帰すべき事由によるものであるということができる。

     したがって,債権者は,債務者に対し,民法536条2項に基づいて,令和2年2月7日以降分につき,賃金支払請求権を有するものということができる。

 2 争点2(被保全債権の額及び保全の必要性)について

   債権者の賃金は,基本給,固定残業代,割増賃金及び歩合給で構成されている(前提事実(3)イ)ところ,新型コロナウイルス感染症のまん延や緊急事態宣言の影響により,債務者を含むタクシー業者の売上げが大きく減少していること(前提事実(6)イ)に鑑みると,債権者の賃金のうち,基本給及び固定残業代以外の部分については,新型コロナウイルス感染症がまん延し,緊急事態宣言が行われるに至った時点以前と同程度の金額が支払われるとの疎明があるとはいえない。これに加え,疎明資料(甲18~27)及び審尋の全趣旨によれば,債権者は,単身で生活しており,令和2年2月7日に債務者から就労を拒否されて以降,収入がなく,預金を取り崩して生活しており,現時点で同預金は相当程度目減りしているとうかがわれることや,令和2年1月から同年2月までの2か月間についての,1か月間に要する生活費の概算額やその内容等に照らせば,債権者の申立ては,支払金額につき月額18万円の範囲で保全の必要性があり,その支払期間は,本件審理の経過等に照らし,本件申立てにかかる審理が終了した令和2年7月から,本案の第一審判決言渡しに至るまでの間とするのが相当である。

第4 結論

   以上によれば,本件申立ては,主文第1項の限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから却下することとし,事案の性質に鑑みて担保を立てさせないこととして,主文のとおり決定する。

  令和2年7月20日

    大阪地方裁判所第5民事部

           裁判官  溝口 達