破産申立てを放置した弁護士の責任 東京地裁平成21年 

倒産判例百選 6版 有斐閣・2021年 11事件

損害賠償請求事件

東京地方裁判所判決/平成20年(ワ)第19528号

平成21年2月13日

【判示事項】    会社から自己破産の申立てを受任した弁護士が二年間申立てを放置した場合において、破産財団の損害につき弁護士の不法行為責任が肯定された事例

【参照条文】    民法709

【掲載誌】     判例時報2036号43頁

 

       主   文

 

 一 被告は原告に対し、金四九六万〇八二七円及びこれに対する平成二〇年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。

 三 この判決は仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第一 請求

 主文同旨

第二 事案の概要

 本件は、破産会社の破産管財人である原告が、当該破産事件の申立代理人である被告は、破産財団を構成すべき財産の管理を著しく怠り、破産財団に損害をもたらしたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として四九六万〇八二七円及びこれに対する不法行為の後であるとする平成二〇年一月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

 一 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨により明らかな事実)

 (1) 有限会社甲野(以下「訴外会社」という。)は衣料雑貨の卸売り等を目的とする有限会社であった。

 (2) 訴外会社の代表者であった丁原松夫(以下「丁原」という。)は、平成一七年一一月二五日、被告の事務所で訴外会社の倒産処理について相談し、同年一二月二日、訴外会社の事業を廃止するとともに、被告に対し訴外会社の自己破産の申立てを委任し、被告代表者は、同日、朝日信用金庫を除く訴外会社の各債権者に対し、「債務整理開始通知(破産申立予定)」と題する書面(甲一)を発信し、被告が訴外会社から債務整理を受任したことを通知するとともに、訴外会社及びその関係者に対する取立行為をしないようになどと依頼した。

 被告は、その際、訴外会社から印鑑や通帳類を預からず、訴外会社の預金口座について何らの措置も講じなかった。訴外会社は、当時預金口座に存した金員及びその後に預金口座に入金された金員の大半を後記のとおり費消した。

 訴外会社の朝日信用金庫預金口座には、平成一八年一月ころまで取引先からの入金が予定されていたことから、被告は、そのころまで朝日信用金庫及び取引先に対し受任通知を発信せず、同年二月二日付書面により初めて朝日信用金庫に受任通知を発信した。

 (3) 被告代表者は、上記受任から二年を経過した平成一九年一二月、訴外会社の代理人として当庁に破産手続開始を申し立て、当庁(民事第二〇部)は、平成二〇年一月一六日午後五時、訴外会社の破産手続開始決定をした。

 (4) 被告が訴外会社から破産申立てを受任した当時、朝日信用金庫千住支店の訴外会社の普通預金口座の残高は一〇万六九三八円であり、これとその後の同口座への入金額との合計額は三六八万六六八四円であるが、上記破産手続開始決定当時の同口座の残高は六万三七四八円であった。

 また、上記受任当時、城北信用金庫日暮里駅前支店の訴外会社の普通預金口座の残高は一七万一九四九円であり、これとその後の同口座への入金額との合計額は六五五万一五三六円であるが、上記破産手続開始決定当時の同口座の残高は〇円であった。

 したがって、被告が上記受任した当時の訴外会社の預金残高とその後の破産手続開始決定時までの入金額との合計額から同開始決定時における預金残高を差し引いた金額は、次の計算により、一〇一七万四四七二円となる(この金額を以下「本件差額」という。)。

 三、六八六、六八四+六、五五一、五三六-六三、七四八=一〇、一七四、四七二

 本件差額は、上記のとおり、訴外会社が被告に破産申立てを委任し、被告がその受任通知を朝日信用金庫を除く債権者に発信した後、訴外会社の破産手続開始決定までの間に、訴外会社により支出された(ただし、預金口座からの自動引落し分を含む。)。

 二 原告の主張

 (1) 被告の責任

 会社の自己破産申立てを受任し、受任通知を債権者に送付した弁護士は、会社の印鑑や通帳類を依頼者から預かるなどして、会社財産の散逸を防止すべきである。しかるに、被告は、訴外会社から自己破産の申立てを受任し、債権者に受任通知を発送しながら、印鑑や通帳類を預かることもせず、二年間破産申立てを遅延させ、訴外会社が財産を私消し、偏頗弁済をするに任せて、破産財団を構成すべき財産を減少させたから、被告は、訴外会社の破産管財人である原告に対し、その減少額である本件差額を賠償すべきである。

 ただし、本件差額(訴外会社の支出)のうち、次のア、イの合計額は、損害として主張しない。したがって、本件差額からこれらの金額を差し引いた四九六万〇八二七円が原告の損害である(一〇、一七四、四七二-三、六六七、六〇〇-一、五四六、〇四五=四、九六〇、八二七)。

 ア 以下の、元従業員ヘの賃金・退職金の支払合計三六六万七六〇〇円

  (ア) 戊田竹夫への支払一五八万五六〇〇円

  (イ) 甲田梅夫への支払二〇八万二〇〇〇円

 イ 以下の、原告が否認権行使により回収した金員合計一五四万六〇四五円

  (ア) 吉川帽子株式会社(以下「吉川帽子」という。)から四〇万円

  (イ) オリックス債権回収株式会社から八万〇三六七円

  (ウ) 有限会社スコール(以下「スコール」という。)から七六万五六七八円

  (エ) 株式会社インス(以下「インス」という。)から三〇万円

 (2) 被告の主張(2)に対して

  ① 乙野花子(旧姓「丁原」。以下「乙野」という。)が従業員であったとする被告主張事実は否認する。同人の給料月額がちょうど一〇万円とされているのは不自然であり、同人に対する支払総額一一〇万円は、丁原が、離婚した乙野に対し、財産分与として給付したと解される。しかし、丁原個人が負担すべき財産分与を訴外会社が負担すべき理由はない。

  ② 丁原は訴外会社の取締役であり、丁原に対する報酬の支払は、その算定根拠を問うまでもなく正当化されない。

  ③ 破産申立弁護士費用として六三万円が相当である旨の被告の主張は否認する。被告は、受任通知を出した以外に何もせず、破産財団の消失をもたらしたから、破産債権者の共同の利益を害しているので、弁護士費用を受け取る余地はない。

  ④、⑤ 吉川帽子及びインスからの回収が合計七〇万円にとどまったのは、双方から、それぞれの弁済受領後、破産手続開始までに一年以上が経過している事実を指摘され、破産法一六六条により否認権行使の困難が予想されたためであり、これも被告が破産申立てを遅滞した結果である。

  ⑦ 債務者の預金口座からの引落しや金融機関からの相殺を防止するため、預金を別口座に移転するなどの措置を講じることは、破産申立てを受任した弁護士として当然になすべきことであり、これをしないで朝日信用金庫に引落しを許したのは、弁護士としての責務を怠ったものである。

  ⑧ないし⑩ 電話料金等、口座利用手数料等及びその他の支出については、いずれもその支出を正当化しうる事実ないし事情について立証がない。

 三 被告の主張

 (1) 原告の主張(1)に対して

 破産手続開始決定があるまでは、財産の管理処分権は債務者に存するのであり、申立代理人にはない。破産者の財産散逸を防止することが申立代理人に期待されているとしても、それは道義上の期待であり、その期待に背いたとしても法律上の責任を負うことはない。よって、原告の主張(1)は、それ自体失当である。なお、被告は、訴外会社の破産申立ては受任したが、財産管理は受任していない。

 被告は、本件受任後、丁原に対し財産を費消したり偏頗弁済をしないようにと指示した。訴外会社の債権者に対してもその旨通知した。ただし、債権者からのクレーム対応、地方の債権者に対する挨拶回り等、破産申立手続に付随する業務は、丁原が引き続き行った。かかる業務は、自己破産手続を円滑に行う上で、また、引き続き丁原が同じ職種につくための準備として必要であり、これに伴う電話、ファックス、郵便代、交通費、宿泊費等の費用の支出が必要となった。

 朝日信用金庫に対する受任通知が遅れたのは、同信用金庫の訴外会社の口座に平成一八年一月まで売掛金の入金が予定されており、同信用金庫に対して受任通知をすると、入金された売掛金と同信用金庫に対する債務とが相殺されてしまうため、売掛金の入金を待って受任通知を発送した。申立代理人名義の口座を設けてこれに入金させる方法もあるが、売掛先は、破産の事実を知ると支払を拒み、回収が困難となる事態が生じかねないため、売掛先に対する受任通知をしなかったものである。

 本件破産申立てが遅れたのは、被告のもとに債権調査表が全て届いたのが平成一八年七月二八日だったからであり、同年四月までに破産申立てをすることはできなかった。

 (2) 原告が損害と主張する支出は、次のとおりいずれも合理性のある支出であるから、原告の損害と認めることはできない。

  ① 乙野の賃金・退職金一一〇万円

 乙野は、訴外会社の代表者丁原の当時の妻であったが、訴外会社の役員には就任しておらず、経理担当の従業員という立場であったから、他の従業員に対すると同様、破産申立前の賃金・退職金の支払に不当性はなく、合理的なものである。

  ② 丁原の報酬一二四万二〇〇〇円

 丁原は訴外会社の取締役であり、従業員ではないが、訴外会社は従業員三名と少人数の会社であり、丁原自身も実質的には従業員と同様の業務を行ってきた。報酬額も毎月四一万四〇〇〇円と固定であり、報酬というより賃金に近いものであった。従ってこの支払に不当性はなく、合理性が認められてしかるべきである。

  ③ 破産申立弁護士費用六三万円

 被告は、訴外会社の自己破産申立てを六三万円で受任し、自己破産申立てをした。これは破産申立費用として相当な金額である。

  ④ 吉川帽子への弁済金六一万三二六四円のうち未回収額二一万三二六四円

  ⑤ インスへの弁済金四一万九九四七円のうち未回収額一一万九九四七円

 以上④、⑤につき、原告は、いずれとも裁判所の許可を得て和解していることからすると、回収できなかった三三万三二一一円については、財団に組み入れなくても不当ではないという判断であった。そうでないとしても、これを回収できなかったのは、管財人である原告の責任である。

  ⑥ ミサキ産業への弁済金七四万九三七〇円

 なお、ミサキ産業は、自己破産手続中であり、支払不能状態である。

  ⑦ 朝日信用金庫への返済金一六万五四六三円

 預金口座からの自動引落しによる。朝日信用金庫は、訴外会社の債権者であり、その債権と預金とは支払停止前に相殺適状になっていたから、同金庫は相殺権を行使しうる。そうすると、口座の金員は、破産財団の損害ではない。

  ⑧ 電話料金等 二八万五三一九円

  ⑨ 口座利用手数料等 四二〇〇円

  ⑩ その他 四五万一二六四円

 以上⑧ないし⑩は、訴外会社の残務処理費用として支出された。⑧は、債権者からのクレームに電話対応等をするために要した経費などであり、⑩は、丁原が地方の買掛先へ挨拶回りに行く際の交通費及び宿泊費等である。いずれも前記のとおり破産手続の円滑化と丁原の再起のために必要又は有益な支出であった。

第三 当裁判所の判断

 一 被告の責任について

 被告は、破産手続開始があるまで債務者の財産の管理権は債務者に存するから、破産申立てを受任した弁護士には、当然には債務者の財産の散逸を防止すべき法的義務はなく、それは道義的に期待されるにとどまるものであるとか、本件で被告が訴外会社から受任したのは破産申立てのみであって、財産管理は受任していないなどと主張する。

 しかし、破産手続は、債務者の財産について、債権者による個別の請求・執行を禁止し、債権者に対し法律上の優先順位に従った平等な配当を行うための手続であり、その目的のために、債務者は、破産手続開始とともに破産財団を構成することとなる財産について、破産手続開始の前後を問わず、債権者のために保全することが求められ、偏頗弁済等、債権者の平等を害する行為が禁じられる(破産法一六〇条以下の否認権に関する規定、同法二六五条以下の罰則規定を参照)。したがって、債務者から破産申立てを受任した弁護士は、債務者が負担するこのような責務を果たすべく指導するとともに、債務者に代わりこれらの責務を遂行することにより、早期に債務者をその負担から解放し、もって債務者の利益を実現すると同時に、上記のような破産手続の目的実現に協力するという公益的責務を遂行する者であり、このような立場から、債務者の財産を保全し、可及的速やかに破産申立てを行い、その財産を毀損することなく破産管財人に引き継ぐことが求められるのである。その際、破産申立てという財産的危機状況にある債務者は、債権者の弁済要求の強弱や債権者との人間関係の濃淡などから、得てして偏頗弁済を行いがちであり、また、財産隠匿や私消の誘惑にかられるものであるから、破産申立てを受任した弁護士は、これらの不当な財産処分が行われることのないよう、細心の注意を払うことが求められる。

 一方、破産申立てを受任した弁護士からその旨の通知を受けた債権者は、個別の請求・執行を差し控えることとなるが、もしも、弁護士が破産申立ての受任通知を発しながら破産申立てを長期間せず、債務者の財産の散逸も防止しないという事態が許容されることとなれば、債務者としては、破産申立てを弁護士に委任して受任通知を発送して貰いさえすれば、債権者から請求・執行を受けることなく、財産の自由処分を引き続き行い得ることとなって、債権者を害すること著しいし、そのような事態が常態化すれば、受任通知を受けた債権者は、それを信頼することができず、個別の請求・執行を自制することがなくなり、早い者勝ちの無秩序と混乱を避け難い結果となり、倒産法制を設けた趣旨を没却することにもなりかねない。

 以上のとおりであるから、破産申立てを受任し、その旨を債権者に通知した弁護士は、可及的速やかに破産申立てを行うことが求められ、また、破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することのないよう措置することが求められる。これらは、法令上明文の規定に基づく要請ではないが、上述の破産制度の趣旨から当然に求められる法的義務というべきであり、道義的な期待にとどまるものではないというべきである。そして、破産申立てを受任した弁護士が故意又は過失によりこれらの義務に違反して破産財団を構成すべき財産を減少・消失させたときには、破産管財人に対する不法行為を構成するものとして、破産管財人に対し、その減少・消失した財産の相当額につき損害賠償の責めを負うべきものと解する。

 しかるところ、被告は、訴外会社の破産申立てを受任し、その旨を債権者に通知しながら二年間もその申立てをせず、受任時に存在した金員及び受任時から破産手続開始決定時までの間に入金された金員の大半が残存しないという事態を招来したのであるから、上記の義務に著しく違反し、破産管財人に対し本件差額相当額の損害を与えたものというべきであり、その間における訴外会社の支出が破産開始決定後に破産管財人としても支出すべき金員であるなどこれを破産財団に対して正当化しうる事実ないし事情があると認められない限り、その賠償義務を免れないというべきである(「訴外会社の支出が破産財団に対して正当化しうる事実ないし事情のあること」は、上記不法行為に対する損益相殺若しくは違法阻却事由又はこれらに類似するものとして、被告がその主張立証責任を負担すべきものと解する。)。

 なお、被告は、訴外会社代表者である丁原に対し、偏頗弁済や私消をしないようになどと注意を与えていたというのであるが、上記のとおり財産的危機状況にある債務者は、偏頗弁済や私消を行いがちなものであるから、注意を与えた程度ではこれらが行われるおそれは解消しないのであり、被告がそのような状態を放置したまま受任通知を発信した後二年間も破産申立てを遅滞したことに重大な過失があることは明白であって、被告の上記主張は、上記賠償責任を免れさせるものとは認められない。また、被告は、平成一八年七月二八日まで債権者から債権調査票が返送されなかったため、同年四月ころまでは破産申立てをすることができなかった旨主張するが、債権者一覧表は、申立ての後に遅滞なく提出することでも足りるのであるから(破産法二〇条二項)、この主張をもって、破産申立ての遅滞に正当な理由があるとすることはできない。

 二 損害について

 以上によれば、本件差額である一〇一七万四四七二円と同額である訴外会社の支出について、その支出を破産財団に対し正当化しうる事実ないし事情の存否が問われるところ、原告は、上記支出のうち元従業員らの賃金・退職金として支出された三六六万七六〇〇円及び否認権の行使により支払先から回収した一五四万六〇四五円を損害額として主張しないとしているので、これらを控除した残額である四九六万〇八二七円の支出について、以下、検討する(以下の番号は、前記第二の三の(2)における番号に従うものである。)。

  ① 乙野への賃金・退職金一一〇万円について

 被告は、乙野は訴外会社の経理担当の元従業員であるから、その賃金及び退職金として支出された一一〇万円は、合理的な支出である旨主張する。

 しかし、乙野は丁原の元妻であり、従前訴外会社の従業員として稼働していた事実も、従業員として給与の支払を受けていたとする事実も認めるに足りる証拠はなく、上記一一〇万円の支払を正当化しうる事実ないし事情があると認めることはできない。

  ② 丁原への報酬一二四万二〇〇〇円について

 被告は、本件差額のうち一二四万二〇〇〇円は、丁原への報酬として支払われたが、丁原は従業員と同様の業務を行い、その報酬も従業員と同様の形態あったから、その報酬の支払は、他の従業員への給与・退職金の支払と同様、合理的な理由がある旨主張する。

 会社の従業員の給与・退職金は、会社の破産手続開始に先立ち、破産手続によらずに支払われる場合があるが、このような取扱いが許容される主たる理由は、それが、破産手続上、財団債権(破産法一四九条)ないし優先的破産債権(破産法九八条一項、民法三〇八条)とされるものだからであると考えられる。会社の代表者が従業員と同様の業務を行い、その報酬も従業員と同様の形態で支払われていたからといって、その報酬債権が「使用人の給料の請求権」や「雇用関係に基づいて生じた債権」に当たらないことは言うまでもない。そうすると、訴外会社の取締役であった丁原の報酬について上記従業員に対すると同様な取扱いが許容されるべき理由はない。上記被告の主張を採用することはできない。他に上記一二四万二〇〇〇円の支出を正当化しうる事実ないし事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

  ③ 被告への破産申立弁護士費用(報酬)六三万円について

 被告は、本件差額から破産申立弁護士費用(報酬)として六三万円の支払を受け、これは破産申立ての費用(報酬)として相当な金額である旨主張する。

 しかし、破産財団を構成することが予定された債務者の財産から破産申立てのための弁護士費用(報酬)を支出することは、これを委任された当該弁護士の行う事務が破産制度の目的を実現するために有益である限りにおいて正当化されるものというべきところ、前示のとおり、被告は本件破産申立てを著しく遅滞し、一〇〇〇万円以上となったはずの訴外会社の財産の散逸を放置して、これがほとんど管財人に引き継がれない事態を招来し、これがため、破産管財人である原告は、否認権行使を余儀なくされるなど、破産財団に属すべき財産の確認及びその回復のために手間と時間を掛けなければならず、破産財団の迅速な換価配当という破産制度の趣旨目的に反する有害な結果を招いたのであるから、訴外会社から被告に対する弁護士費用(報酬)の支出は、被告の行った事務の内容を考慮しても、正当化しうるものと認めることはできない。上記被告の主張は採用できない。

  ④ないし⑥ 偏頗弁済の未回収額合計一〇八万二五八一円について

 被告は、吉川帽子及びインスへの弁済としての支出で原告が回収できなかった部分三三万三二一一円は、裁判所の許可を得て回収しないことにしたのであるから、これが不当な支出ではなかったとか、回収できなかったのは原告の責任であるなどと主張する。

 しかし、これらの弁済は、支払停止に該当するというべき破産申立ての受任通知が発信された後の弁済であり、偏頗弁済であって、本来支出すべきでない不当な支出であったことは明らかである。そして、いったん支出された金員について早期にその全額を回収することは一般的にも困難を伴うばかりでなく、被告の破産申立遅滞により、これらの支出から破産申立てまで一年以上が経過していたため、破産法一六六条により同法一六〇条一項二号に基づく否認権行使が不可能となっていたのであるから、これらのうちに回収できなかった部分のあることが破産管財人である原告の責任に帰すべきものであると認めることはできない。被告の上記主張は採用できない。

 以上のことは、弁済額の全額である七四万九三七〇円が回収できていないミサキ産業に対する弁済についても同様に言えることである。

  ⑦ 朝日信用金庫への返済一六万五四六三円について

 被告は、朝日信用金庫への返済は、同金庫の普通預金口座からの自動引落しであること、同信用金庫は訴外会社の債権者であり、その有する債権は支払停止以前から当該預金と相殺適状にあったことから、不当なものではない旨主張する。

 しかし、被告が破産申立てを受任した当時、朝日信用金庫の訴外会社に対する債権が、期限の利益喪失等により、訴外会社の普通預金と相殺適状にあったと認めるに足りる証拠はない。また、預金口座からの自動引落しによる弁済を放置しておくことは、偏頗弁済や預金を受働債権とする相殺を防止できない結果となるから、破産申立てを受任した弁護士は、特段の事情のない限り、これらを防止するための措置を講じるべきであり、この措置を講じないまま破産財団を構成すべき財産を減少させる場合には、その減少額につき賠償責任を免れないものというべきである。被告は、前示のとおり、朝日信用金庫の口座につき引落しや相殺を防止するための措置を講じなかったのであり、そのことに上記特段の事情があるものとは認められない。以上の次第であるから、被告の上記主張を採用することはできない。

  ⑧ないし⑩ 電話料金等、口座利用手数料等及びその他の支出の合計七四万〇七八三円について

 被告は、⑧電話料金等二八万五三一九円、⑨口座利用手数料等四二〇〇円及び⑩その他の支出四五万一二六四円は、訴外会社の残務処理のためのもので、不当な支出ではない旨主張する。

 しかし、これらが破産手続上有益な支出であるとか、破産手続上も当然に支払われるべきものであるなど、その支出を正当化しうる事実ないし事情を認めるに足りる証拠はない。被告は、上記⑧及び⑩について、丁原が債権者からのクレームに電話対応するために要した経費や地方の買掛先債権者へ挨拶回りをするために要した交通費、宿泊費等である旨主張するが、そのことを認めるに足りる証拠はないし、仮にクレーム対応や挨拶回りが上記のような金額を要するものであったとしたら、それは破産財団ひいては破産債権者にとって有害無益な行為であったというほかない。また、⑨口座利用手数料等のうち四件の振込手数料各六三〇円(合計二五二〇円)は、甲四の一、五及び弁論の全趣旨によれば、偏頗弁済である吉川帽子、スコール、インス及びミサキ産業に対する各弁済に係る振込手数料であったと推認され、他の手数料等については何に要したものであるか判然とせず、いずれについてもその支出を正当化しうる根拠があるとする証拠はない。また、そもそも、訴外会社は、破産申立てを被告に委任すると同じ日に事業を廃止したのであるから、破産管財人に処理を委ねることを待てないような急を要する残務は、あったとしても僅かな日数で処理することができたと考えられるのであり、これらの支出を正当化しうる根拠があるとは考えにくいというべきである。被告の上記主張は採用できない。

 以上によれば、本件差額のうち、原告が被告の不法行為による損害として主張する訴外会社の支出合計四九六万〇八二七円については、いずれもその支出を破産財団に対する関係で正当化しうるものがあるとは認められないから、その全額が原告の損害であると認められる。

 三 結論

 以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

         (裁判官 針塚 遵)