藤山雅行裁判長名判決 高校入試にだされた内申書開示 東京地裁平成13年

調査書特記事項を開示しない処分取消請求事件


東京地方裁判所判決/平成12年(行ウ)第284号

平成13年9月12日

【判示事項】      高等学校入学試験の際に中学校から提出された調査書の特記事項欄につき、東京都個人情報の保護に関する条例一六条二号及び五号所定の非開示事由に該当しないとして、同条例に基づく非開示決定が取り消された事例

【参照条文】      東京都個人情報の保護に関する条例16-2

            東京都個人情報の保護に関する条例16-5

【掲載誌】       判例時報1804号28頁

 

       主   文

 

 一 被告が原告に対し平成一〇年五月二五日付けでした個人情報一部開示決定(一〇武高第一三一号)のうち、調査書の「特記事項」欄を開示しないとした部分を取り消す。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第一 請求

 主文同旨

第二 事案の概要

 本件は、原告が、東京都個人情報の保護に関する条例(以下「本件条例」という。)に基づき、被告に対し、東京都立乙山高等学校の入学者選抜に際して原告が在学した小金井市立丙川中学校から同高等学校に提出された原告の調査書(以下「本件調査書」という。)に記録された個人情報の開示を請求したところ、調査書のうち「特記事項」欄に記録された情報を開示しないとする一部開示決定(以下「本件決定」という。)がされたため、これを不服として、同決定中の非開示部分の取消しを求める事案である。

 一 判断の前提となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

 (1) 本件条例の定め

 本件条例は、「個人に関する情報の取扱いについての基本的事項を定め、都の実施機関が保有する個人情報の開示及び訂正を請求する権利を明らかにし、もって個人の権利利益の保護を図るとともに、都政の適正な運営に資することを目的」として定められた(一条)ものである。「何人も、実施機関に対し、自己の個人情報(中略)で次に掲げるものの開示の請求(中略)をすることができる。」(一二条一項)と規定され、同項の各号には開示請求の対象が列挙され、同項一号には「公文書(中略)であって、昭和五九年一〇月一日以後に事案決定手続が終了したものに記録されている個人情報」が挙げられている。そして、「未成年者又は禁治産者の法定代理人は、本人に代わって開示請求をすることができる。」(同条二項)こととされている。

 一方、本件条例においては、「実施機関は、開示請求に係る個人情報が次の各号のいずれかに該当する場合は、当該個人情報を開示しないことができる。」(一六条)旨規定され、同項の各号において非開示事由が列挙され、同条二号には「個人の評価、診断、判断、選考、指導、相談等に関する個人情報であって、開示することにより、事務の適正な執行に支障が生ずるおそれがあるとき。」、同条五号には「国、地方公共団体又は他の実施機関等との間における協議、協力等により作成し、又は取得した個人情報であって、開示することによりこれらのものとの協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるとき。」との事由が挙げられている。

 そして、本件条例二条一項において、「『実施機関』とは知事、教育委員会、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員、地方労働委員会、収用委員会、海区漁業調整委員会、内水面漁場管理委員会、固定資産評価審査委員会、公営企業管理者及び消防長をいう。」と定義されている。

 (2) 調査書

 調査書は、学校教育法四九条、同法施行規則(平成一〇年省令三八号による改正前のもの)五四条の三、五九条一項に基づき、高等学校の入学者選抜のための資料として、在学中の中学校の校長が作成し、当該生徒が進学しようとする高等学校の校長に送付することが義務付けられている文書である。

 被告は、毎年、都立高等学校の入学者選抜の日程、選抜方法、選抜資料等を記載した「東京都立高等学校入学者選抜実施要綱」(以下「選抜要綱」という。)を定めている。原告が都立高等学校入学選抜を受験した平成九年度の選抜要綱によれば、調査書には「各教科の学習の記録」「特記事項」等を記載することとなっており、「特記事項」欄には、「教科の学習活動」、「特別活動等」及び「その他の活動」の三欄があり、それぞれ、「選択教科を中心とする教科の学習活動」、「道徳及び特別活動」、「その他の学校内外の活動」において継続性を伴う特に顕著な成果を上げた者についてその活動を各該当する欄に記載することとなっている。特記事項を記入できる人数は、各該当欄について中学校第三学年の生徒全員の数に一〇〇分の一〇を乗じて得た数以内とし、特記事項を記入できる延べ人数(各該当欄の合計数)は中学校第三学年の生徒の数に一〇〇分の二〇を乗じて得た数以内とされている。

 調査書は、志願者が在学又は卒業している中学校の教職員が記載者となり、記載者以外の複数の教職員が成績一覧表等と照合し、確認して、当該中学校長が上記の内容を確認の後、内容を証明して作成されるものとされ、中学校長は特記事項を記入する生徒の決定に当たっては、特に公正を期し、学級担任、教科担任の意見のみでなく、関係教職員の意見を総合して行い、ア 偶発的な活動の事実から判断せず、継続的な活動を通して、その生徒の人間形成上好ましい影響を与えていることや他生徒への好ましい影響も考慮すること、イ 校外活動を対象とする場合であっても、上記アに加え、校内の活動も考慮すること、ウ 生徒個人の技能的な面や知識のみから考えることなく、活動に対する意欲や積極的な態度などを重視することの各事項に留意するものとされている。

 (3) 入学者選抜における調査書の位置づけ

 都立高等学校の「学力検査に基づく選抜(第一次募集)」においては、調査書、学力検査の成績、実技検査、面接等を総合した成績(総合成績)等が選考の資料とされ、学力検査の点数と調査書の点数の合計(総合得点)一〇〇〇点満点に、面接・作文・実技検査を行う学校においては、それぞれの点数を加算したものが総合成績とされる。総合得点における、学力検査と調査書の点数配分は、学校によって六対四、五対五、四対六の三パターンがあり、そして、選抜における調査書の取扱いは、「各教科の学習の記録」欄の評定数値につき、学力検査を実施する教科の評定数値の一倍の数値、学力検査を実施しない教科の評定数値の一・二倍または一・三倍(学力検査を行う科目数によって決せられる。)の数値、特記事項欄一欄に記載がある場合は四、二欄に記載がある場合は六、三欄に記載がある場合は八と評定した数値のそれぞれを合算して五九点満点の調査書点を算出し、これを総合得点一〇〇〇点とした学力検査と調査書の比重によって決せられる調査書点の満点との比によって換算をし(例えば学力検査と調査書の点数配分が四対六の場合には調査書の満点は六〇〇点満点ということになり、五九点満点の調査書点に五九分の六〇〇を乗じて、六〇〇点満点に換算することとなる。)、総合得点を算出することとなる。

 (4) 本件訴訟に至る経緯

 原告は、平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで、小金井市立丙川中学校に在籍し、平成九年度の東京都立高等学校の入学者選抜を受け、同中学校卒業後、東京都立乙山高等学校に進学した。

 原告は、平成一〇年五月一一日付けで、被告に対し、本件条例に基づき、本件調査書の開示を請求した。なお、本件開示請求においては、その請求書に「甲野太郎」の氏名のみが記載され、本件決定通知書にも「甲野春子法定代理人甲野太郎様」との記載がされているが、請求書の「請求にかかる個人情報の内容」欄には甲野太郎が原告の法定代理人親権者の資格で開示請求している旨が記載されており、被告も、法定代理人である母の表示がないこと等について特に問題とせず、同請求を原告を主体とした適式なものとして取扱ったものであり、原告の母親である甲野花子も本件口頭弁論期日において、甲野太郎が単独で本件開示請求を行ったことに異議はないと述べている。

 これに対し、被告は、平成一〇年五月二五日付けで、本件調査書のうち、「特記事項」欄については本件条例一六条二号に該当することを理由として非開示とし、その余の部分につき開示する旨の決定をし、原告は、同年六月一日に、非開示部分を除く調査書の閲覧をし、写しの提供を受けた。

 前記決定につき、原告は、平成一一年一月二六日、被告に対して行政不服審査法に基づく異議申立てをした。被告は、東京都個人情報保護審査会に対して諮問をし、同審査会は、審議を経た後、平成一二年七月一七日、本件部分非開示決定が妥当であるとの判断をした上で、調査書の記載内容の開示に向けて、調査書の特記事項欄に関する見直し改善を図るように要望するとの実施機関に対する審査会の要望を付した答申を行い、これを受け、被告は、同年七月三一日、異議申立てを棄却する旨の裁決を行い、原告は、同年八月三日に、同裁決の裁決書の送達を受けた。

 (5) 本件訴え提起後の制度の変更

 被告は、平成一二年九月、平成一三年度の選抜要綱を定め、都立高等学校入学者選抜に用いる調査書について、平成一三年度入試よりその様式を一部変更し、「特記事項」欄を「諸活動の記録」欄に改め、生徒及びその保護者に全面的に開示することとした。

 二 争点

 被告は、本件調査書の特記事項欄が、本件条例一六条二号に該当するものとして当該部分の非開示決定をし、また、本件訴訟において、特記事項欄が本件条例一六条五号に該当するとの理由を追加し、いずれにしても、非開示決定は適法である旨を主張し、原告は、本件調査書の特記事項欄が本件条例一六条二号又は五号に該当することを争うとともに上記のような理由の追加は許されないと主張する。したがって、本件の争点は、①特記事項欄が本件条例一六条二号に該当するものか否か、②上記非開示決定の理由を追加することの可否、③特記事項欄が本件条例一六条五号に該当するものか否かである。

 三 争点に関する当事者の主張

 (1) 争点1(特記事項欄が本件条例一六条二号に該当するものか否か。)

 ア 被告

 本件条例一六条二号にいう「評価」とは、学業成績等、個人の能力、性格、適正等について専門的見地又は一定の基準に基づいて行った審査等の判定の記録をいい、「選考」とは、個人の知識、能力、資質等の調査に基づいて、特定の職業、地位等に就く適任者の選考を行った記録をいうのであり、本件調査書の特記事項欄が、同条同号が定める「個人の評価、診断、判断、選考、指導、相談等に関する個人情報」であることは明らかである。

 また、「事務の適正な執行に支障が生ずるおそれ」とは、本人に個人情報を開示することにより、事務の性質上、事務の執行が阻害されたり、事務を実施する意味を失わせたり、関係者間の信頼関係を損なうおそれがあることをいい、当該個人情報に関係する具体的な事務における支障が生ずるおそれのみならず、将来の同種の事務の支障となるおそれを含むものであるから、当該生徒及び保護者との間の事務のみならず、調査書を生徒本人又はその保護者に開示することとしたときに、後の調査書の記載が適正に行われなくなるなど調査書制度そのものの適正公正な運用を阻害することとなる場合をも含むものである。

 特記事項欄は教師が専門的見地から顕著な成果を上げたと評価判断した一定割合の生徒についてのみ記載するものであるから、調査書の特記事項欄が開示されたとすれば、記載されなかった生徒は、その自尊心が傷つけられ、意欲や向上心を失い、あるいは、教師や学校に対する不信感を抱いて、その後の教師の指導に支障を来たすことになる。また、学校と生徒本人・保護者の評価判断とは必ずしも同じものではなく、通知票の記載とも必ずしも一致しないことからすれば、保護者又は生徒本人が上記評価に対して反発や誤解をしたり、あるいは感情的になって、教師や学校との信頼関係を損なうこととなる。しかも、入学者選抜に当たっての調査書及び「特記事項」欄の点数配分等が公表されており、保護者や生徒本人の関心も高いことから、上記の誤解や感情的反発から、教師や学校のトラブルを生じる可能性もある。かかる事態が生じた場合、生徒・保護者の理解を得ることが決して簡単なことではなく、さらに、そのような状況で、調査書の生徒本人又は保護者への全面的な開示を行うこととした場合には、教師及び学校が前記のような弊害を慮って内容に踏み込んだ「特記事項」欄の記載が抑制され、人物を総合的に評価するという「特記事項」欄本来の意義が失われるおそれがある。また、調査書の特記事項欄を設けたことは、生徒が受験のための勉強や学校での試験のための勉強のみに生徒が集中することの弊害を避け、生徒の自主的、自発的な学校内外での活動を促し、これを評価したものを入学選抜に生かそうとした趣旨を持つものであるが、特記事項を開示するといかなる活動が記載され、あるいは記載されなかったかが明らかとなり、これが偏狭な受験技術の一つとして社会に流れ、生徒はその自主的・自発的意思とは無関係に教師や学校が顕著な成果と評価すると考えられる諸活動に集中することとなる。さらに、調査書は、中学校において公開を前提とせず記入され、高等学校に提出されており、被告側の判断により開示されると、中学校と高等学校との信頼関係を損なうおそれもある。

 上記のように、調査書の特記事項欄を開示した場合には、調査書の記載が適正に行われなくなるなど、調査書制度そのものの適正公正な運用を阻害することとなって、事務の適正な執行に支障が生ずるおそれがあるといえる。

 原告の指摘するように、他の道府県において、全面的に調査書が開示されているとしても、入試における調査書の活用方法や記載の内容・方法等には都道府県ごとに差違があるから、他の道府県での開示状況からして東京都においても開示をしても支障がないということにはなり得ないし、本件決定の違法性の判断基準時は処分時であって、平成一三年度の入学者選抜から調査書の様式・取扱いが変更になるからといって、本件一部開示決定が違法となるものではない。

 イ 原告

 本件条例が、個人の権利保護を図ることを目的としている以上、個人の情報は原則として最も深い利害関係を有する本人に開示すべきものであり、本件条例一六条に列挙された非開示事由は、厳格に解釈されなければならないものであって、同条二号の「事務の適正な執行に支障が生ずるおそれ」は実施機関の主観的な危惧感のみでは足りず、具体的・客観的に明白なおそれがなければならないと解すべきである。また、そのおそれは情報主体たる原告に開示した場合に生じる具体的な弊害であることが必要なものであって、調査書を開示した場合の一般的な弊害のみを理由に非開示とすることはできないものである。

 被告らが主張する非開示事由は、いずれも一般論にすぎず、本件調査書を原告に開示することによる個別具体的な実害の発生をいうものではないから、そもそも、それらを非開示事由として、本件調査書の特記事項欄を非開示とすることはできないし、特記事項に記載される生徒は、各欄一割、全体でも二割の生徒でしかなく、記入されることが特別なのであって、斜線を引かれることは消極的な評価ではなく、それらの評価は単なる入試制度上の加点の有無にかかる評価にすぎないものであるから、記入されなかったからといって一般的に自尊心を傷つけられたり、保護者や生徒が反発心を抱くとは考えにくい。個別的にそのような場合が全くない訳ではないが、そのような個別的な事例によってトラブルが生ずるとしても調査書作成事務の適正な執行に支障を生ずるとまでは考えられない。そして、調査書が都立高等学校の入学者選抜において、合否の決定に極めて重大な影響をもつものであること、調査書の「特記事項」欄以外の部分や入学者選抜試験の得点等、都立高等学校の入学者選別における情報は広く開示されていること等を考慮すれば、特記事項欄も当然開示すべきである。

 他の道府県において、調査書の内容を全面的に開示しているところもあって、それらの地域において調査書の開示により弊害が生じた例はなく、また、東京都においても、従前から事実上、生徒に対し特記事項の記載事項が告げられていたケースはままみられたところであり、平成一二年度からは調査書の内容が全面的に開示されたのであるから、開示について何らの不利益はないはずである。

 (2) 争点3(特記事項欄が本件条例一六条五号に該当するものか否か。)

 ア 被告

 本件条例一六条五号にいう「協議・協力等」とは、法令等に基づき、又は任意に行われる指示、依頼、照会、検討等をいうものであり、「協力関係又は信頼関係」とは、公の機関等の間における当面の又は将来にわたる継続的で包括的な協力関係又は信頼関係をいうものである。

 調査書は、学校教育法及び同法施行規則に基づき、高等学校の入学者選抜のための資料として在学中の中学校の校長が作成し、当該生徒が進学しようとする高等学校の校長に送付される文書であり、被告が様式等を定めて提出を求め、これを受けて小金井市立丙川中学校長から被告(具体的には東京都立乙山高等学校長)に送付されるものであり、本件非開示部分を開示すると、被告と小金井市教育委員会ないしその管理下にある中学校との信頼関係を損なうおそれがあるものであって、同部分は本件条例一六条五号所定の文書に該当するものといえる。

 イ 原告

 被告が各中学校に調査書の提出を求める際に、非開示である旨を明示したことはなく、また、調査書の特記事項部分について非開示とした法令等はないのであって、各学校も調査書が本件条例に基づき取り扱われることを前提に記入を行っているものであるから、本件条例に基づいて開示をしたとしても中学校の信頼関係を損なうものとはいえない。

第三 争点に対する判断

 一 被告が主張する非開示事由の有無の判断方法について

 被告が主張する本件条例一六条二号及び五号の非開示事由は、その文言及び内容からして、客観的かつ一義的にその有無を決定することは困難であり、ある程度幅のある概念ということができる。このような定めからすると、本件条例は、これらの要件の有無に関する判断について、実施機関に要件裁量を認めているものと解するのが相当である。

 したがって、裁判所としては、この点についての実施機関の判断の適否を審査するに当たっては、自らを実施機関の立場においていかなる判断をすべきであったかという観点からではなく、実施機関の判断を前提として、その判断の際に前提となった事項や判断内容について、社会通念に照らして看過できない過誤欠落があったか否かという観点からこれを行うべきである。

 もっとも、本件条例一六条二号及び五号は開示による支障の点のみをとらえた定めとなっているが、本件条例は個人の情報開示請求権及び訂正請求権を明定するとともに個人の権利利益の保護を目的とするものであるから、これら各号該当性を判断するに当たっても、まず、情報が非開示とされた場合に当該個人が受けるおそれがある不利益を十分に考慮し、各号が定める開示による支障がこの不利益を上回るものか否かという観点を欠くことは許されないのであり、このことは各号自体の定めに黙示的に内包されていると解すべきである。そして、本件条例が開示請求権に加えて情報訂正請求権を定めたことに照らすと、この不利益の有無を判断するに当たっては、実施機関の保有する情報に誤りがある可能性がどの程度あるかという観点もまた欠くことができないというべきである。

 二 非開示によって原告が受ける不利益について

 被告の主張からは、本件決定に当たり、特記事項の記載に誤りがあるおそれがあるか否か、もし誤りがあった場合に原告がどのような不利益を受けるかといった観点が考慮された形跡はうかがわれないところであり、被告の主張は、特記事項の記載に誤りはないとの前提に立つものと理解するほかない。

 しかしながら、特記事項の記載は、前記認定のとおり、多数の教職員の意見を総合して慎重にされているものではあるが、当該中学校という一つの組織内に属する教職員のみが関与して、評価対象者の意見を聴くことなく、一方的に行うものであって、その記載の適否を第三者が客観的な見地から審査する余地は全くないのである(《証拠略》によると、成績一覧表調査委員会の制度が設けられていることが認められるが、同委員会は、各中学校から提出された成績一覧表の特記事項各欄の合計及び総計の人数がそれぞれ所定の数以内か否かを調査するにとどまり、その記載内容の適否を調査するものではない。)。そして、中学校の教職員は、現状においては、ある程度の転勤等はあるものの、基本的には採用されてから退職に至るまで同一職種で過ごすものであって、校長等の管理的な立場の者についても一定割合で他の職種の者を登用するといった制度は採られていないのであるから、そうした状況にある者のみによる判断は、一面的かつ独善的になる危険が免れないのであり、それが外部からの審査を受けないまま多年にわたって繰り返されると、客観的にみて恣意的ともいうべき記載がされても、それに対する批判を受ける機会のないまま、そうした記載が選考の資料とされる危険が生ずるし、さらには、万が一、特記事項の記載につき不正が行われたとしても、それを外部から客観的かつ制度的に審査する機会がない点で、そうした不正が生まれるおそれも全くないとはいえない。

 このような制度の下においては、記載事項を本人や保護者に開示することによって、その批判にさらすことが、恣意や不正を防止する唯一の方法というべきであって、この記載を非開示にすることは、その機会を奪うことになり、記載の内容が個人の人物評価にかかわるものであることを考慮すると、それに関する誤りを放置することは人格の尊厳を傷つけるものというべきであって、当該記載が入学試験にどのような影響を及ぼしたかにかかわらず、本人が不利益を受けるおそれが大きいというほかない。

 被告は、本件決定において、この点を十分に考慮したとは認め難く、その判断には重要な考慮要素を考慮していない点において、看過し難い欠落があったというほかない。また、仮に、被告において、この点を正しく考慮していたならば、開示によって相当重大な支障が生ずるおそれが具体的に予想されない限りは、非開示事由該当性が認められないとの判断をすべき状況にあったというべきである。

 三 争点1(特記事項欄が本件条例一六条二号に該当するものか否か。)

 本件条例一六条二号の規定の文言、本件条例の趣旨及び同条例一条に記載された本件条例の目的等からすれば、同号に定める「おそれ」が生じたとするためには、個人情報の開示により実施機関の事務の適正な執行に支障が生ずる具体的かつ客観的なおそれがあることが必要であり、単なる実施機関の主観的なおそれや抽象的なおそれがあるのみでは非開示事由に該当すると認められないと解すべきである。そして、本件条例一六条各号の非開示事由の定めが、都の事務の適正を図ることを目的としていることによれば、同号にいう「事務」とは実施機関をはじめとする都の機関における事務全般をさすものであり、開示の請求者と実施機関との間の個別的・具体的な事務に限られるものではないというべきである。

 これを本件についてみるに、前記第二、一(2)記載の調査書の特記事項欄の記載事項及び同欄記載が一定数の生徒についてのみ認められていることからすれば、特記事項欄に記載をする生徒の選定及びその記載事項の決定には、記入者をはじめとする当該中学校の教師らの判断を伴う主観的な要素によらざるを得ず、また、入学者選別において特記事項欄が前記第二、一(3)のように活用され、一〇〇〇点満点の評価において特記事項欄の記載の有無によって最大約八〇点の差違をもたらすものであるから、特記事項欄の記載の有無及びその記載の内容は、生徒及び保護者の高い関心を呼ぶ事項であることは明らかであって、被告が指摘するとおり、生徒本人や保護者との判断と実際の記載が一致しなかった場合において、これを公開した際、生徒の自尊心が傷つけられ、意欲や向上心が失われること、教師や学校に対する不信感を抱いて、教師の指導に支障をきたすこと等が生じる可能性があることは否定できない。

 しかし、調査書の「特記事項」欄に記載される事項は、各項目ごとに「顕著な成果を上げた生徒について」その活動を記載するものであって、同欄に不利益な事項が記載されることはなく、また、特記事項欄の記載がされる生徒の各欄ごとの人数と全体の延べ人数の上限が一定の低い割合に定められていることからすると、記載の有無は相対的な評価というべきであって、絶対的な評価ではないのであるから、記載がない場合も当該生徒に絶対的にみて特記に値する事項がないということを意味するものではない。この二点において、当時の特記事項の記載は、生徒の人物全体につき絶対的な評価を記載するものに比べて開示しても生徒本人や保護者の理解を得やすいものというべきである。すなわち、特記事項欄の記載のように人物評価にかかわる記載については、それが絶対評価によるものである場合、仮に、ある事項について記載がないときには、当該生徒にはその事項に該当する事実が絶対的に存在しないことを意味するのであり、この点について当該生徒や保護者が認識を異にする場合には、評価者と評価対象者の主観に根本的な差違があることとなり、後者の理解を得るのは非常に困難であって、被告が危惧するような支障が生ずることも多いと考えられる。これに対して、相対評価による記載にとどまる場合は、ある事項に記載のないことが当該生徒に該当事項に該当する事実が存在しないことを意味するものではなく、他により強度に該当する生徒がいるために、人数制限の結果、記載に至らなかったにとどまるときもあり、そのようなときは、評価者としてはその旨説明するとともに、他の生徒について具体的に明らかにすることはできないと説明することにより、評価対象者側の理解を得ることも可能となるのである。

 このような観点から他県の取扱いをみると、本件処分当時、大阪府や兵庫県において、特記事項欄類似の記載事項を含めた調査書の記載内容全部が公開されていた事実は当事者間に争いがなく、《証拠略》によると、その記載は絶対評価であって、入学試験の合否判定の際に総合判定の資料とされているにもかかわらず、調査書の内容を全面的に開示したことによって特段の不都合が生じたと認めるに足りる証拠はない。被告は、この点について、これらの記載が特に点数化されていないことと相対評価でないことを指摘して、開示によってトラブルの生ずるおそれが一般的とはいえないと主張する。このうち、入学試験の合否判定の影響の程度については、大阪府等の総合判定の具体的運用が明らかでないことからすると、被告が指摘する差違が生ずるか否か明らかでない。また、相対評価でなく絶対評価である点は、むしろ前記のとおり、評価対象者と認識を異にする場合は、むしろ東京都におけるような相対評価による記載に比べて、より理解を得にくいものと考えられるのである。

 すなわち、大阪府及び兵庫県の制度は、東京都の制度と比べると開示によってトラブルの起こるおそれが少ないとはいい難いものであり、それにもかかわらず開示が行われ、特に不都合が生じていないのであるから、被告においては、このことを非開示事由不存在の方向の事由として考慮すべきであったのに、上記被告の主張のような考慮しかせず、非開示事由不存在の方向には考慮しなかった点において、判断内容に過誤があったというほかない。その他に被告が主張する特記事項欄の開示により支障が生ずるおそれは、いずれも極めて抽象的なものであって、本件条例一六条二項に該当するものとは到底認められない。

 以上によると、被告がした本件条例一六条二号に該当するとの判断には、前記二に判示のとおり非開示によって原告が受ける不利益という重要な要素についての考慮が欠落している上、同要素とともに考慮すべき開示による支障の判断内容についても、その重要な部分に誤りがあったといわざるを得ず、これらは社会通念に照らして看過し得ない過誤欠落というべきであるから、この点についての被告の判断は是認することができず、特記事項欄が本件条例一六条二号に該当するものとは認められない。

 四 争点3(特記事項欄が本件条例一六条五号に該当するものか否か。)

 本件条例一六条五号が「国、地方公共団体又は他の実施機関等との間における協議、協力等により作成し、又は取得した個人情報」について非開示とできる場合を定めていることからすると、同号該当性が肯定されるには、まず、当該情報の作成又は取得が他の機関との協議、協力等の関係に基づくことが必要であり、他の機関から法令の定めによって義務的に提供されたものは、同号に該当しないと解すべきである。

 そして、調査書は、在学中の中学校の校長が作成し、各高等学校を通じて教育委員会に提出するものであるところ、前記のとおり、中学校長は、入学選抜において調査書の作成を義務付けられているのであるから、調査書記載の情報は法令の定めによって義務的に提供されるのであって、協議又は協力関係によって提供されるものではないというべきであるから、調査書記載の情報は、およそ本件条例一六条五号所定の情報に該当しないものといわざるを得ない。

 さらに、弁論の全趣旨によれば、調査書の特記事項欄については非公開を前提とした運用がされており、各中学校もこれを前提に記入を行っているところであって、本件調査書が作成された平成九年度も同様の運用が行われていたと認められるものの、本件訴訟で問題となっているのは、条例に基づく調査書の開示の可否であって、都の機関である被告や公的機関である都内の中学校の学校長は当然本件条例の存在を認識し、かつ、これに従うべきであるから、被告と各中学校との間で特記事項欄の開示につき本件条例の趣旨に反する運用がされていたとしても、これによって、本件条例に基づく開示が妨げられるいわれはない。

 五 結論

 よって、争点2について判断するまでもなく、被告の主張はいずれも採用できず、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 村田斉志 廣澤 諭)