未熟児の黄疸と医師の不法行為 最高裁平成7年

手嶋豊『医事法入門 第3版』有斐閣・2011年・189頁

損害賠償請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成3年(オ)第2030号

平成7年5月30日

【判示事項】    医師が未熟児である新生児を黄だんの認められる状態で退院させ右新生児が退院後核黄だんにり患して脳性麻ひの後遺症が生じた場合につき医師の退院時における説明及び指導に過失がないとした原審の判断に違法があるとされた事例

【判決要旨】    医師が未熟児である新生児を黄だんの認められる状態で退院させ、右新生児が退院後核黄だんにり患して脳性麻ひの後遺症が生じた場合につき、医師が、右新生児の血液型の判定を誤り、父母に対して、血液型不適合はなく黄だんが遷延しているのは未熟児だからであり心配はない旨の説明をし、退院時には、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで、残存していた黄だんについては特段の言及もしなかったなど判示の事実関係があるときは、医師の退院時における説明及び指導に過失がないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。

【参照条文】    民法415

          民法709

          医師法23

【掲載誌】     最高裁判所裁判集民事175号319頁

          裁判所時報1147号180頁

          判例タイムズ897号64頁

          判例時報1553号78頁

【評釈論文】    判例タイムズ臨時増刊945号110頁

          判例評論451号39頁

          北大法学論集48巻3号159頁

          NBL616号60頁

          別冊NBL45号282頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人木村澤東、同田村宏一の上告理由第六について

一 原審の認定し、また当事者間に争いがないとされた事実関係は、次のとおりである。

 1 上告人屋比久勝及び同美鈴は、大崎産婦人科医院を開業する医師である被上告人との間で、昭和四八年九月二〇日、上告人美鈴が出産のために右医院に入院する際、分娩、分娩後の母子の健康管理及び仮に病的異常があればこれを医学的に解明し、適切な治療行為を依頼する旨の診療契約を、同月二一日、上告人屋比久修代が出生した際、同女の法定代理人として、上告人修代の健康管理及びその身体に病的異常があればこれに対する適切な治療行為と治療及び療養方法についての指導を依頼する旨の診療契約をそれぞれ締結した。

 2 上告人美鈴の出産予定日は昭和四八年一一月一日とされていたが、上告人美鈴は、同年九月二〇日、被上告人経営の医院に入院し、翌二一日、吸引分娩により上告人修代を未熟児の状態で出産した。同女の生下時体重は、二二〇〇グラムであり、前頭位であって、仮死状態ではなかったものの、娩出後少し遅れて泣き出し、顔面はうっ(鬱)血状態を示していたが、それ以外には特に異常は認められなかった。被上告人は、同日夕方から上告人修代を保育器に入れ、同月二三日まで酸素を投与し、二四日には酸素投与を中止し、二五日には保育器から小児用寝台に移した。

 3 上告人美鈴は、長男の真弘、長女の差代もともに被上告人の医院に入院して順次出産したが、この二人のどちらにも黄疸が出たこと、上告人修代は三人目で、この場合は黄疸が強くなると児が死ぬかもしれないと他人から聞かされ、母子手帳にも血液型の不適合と新生児の重症黄疸に関する記載があったことなどから第三子である上告人修代に黄疸が出ることを不安に思い、被上告人に上告人修代の血液型検査を依頼した。被上告人は、これに応じて上告人修代の臍帯から血液を採取して血液型の検査を行い、同女の血液型を母親と同じO型と判定し、その旨を上告人美鈴に伝えた。しかし、この判定は誤りで、実際には上告人修代の血液型はA型であった。

 4 上告人修代の黄疸は、生後四日を経た同年九月二五日ころから肉眼で認められるようになり、同月二七日に被上告人がイクテロメーター(黄疸計)で計測したところ、その値は二・五であったが、その後退院する同月三〇日まで上告人修代の黄疸は増強することはなかった。この黄疸についての被上告人の上告人美鈴らに対する説明は、上告人美鈴らにとって、上告人修代には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配はない、と理解される内容のものであった。

 5 被上告人は、同年九月三〇日、上告人修代には軽度の黄疸が残っており、体重も二一〇〇グラムで生下時の体重を下回っていたが、食思は良好で一般状態が良かったため、上告人修代を退院させた。右退院に際して、被上告人は上告人美鈴に対して、何か変わったことがあったらすぐに被上告人あるいは近所の小児科の診察を受けるようにというだけの注意を与えた。

 6 上告人修代は、同年一〇月三日ころから黄疸の増強と哺乳力の減退が認められ、活発でなくなってきた。そこで、上告人美鈴は、同月四日、たまたま自宅店舗(時計店)に客として訪れた近所の小児科医に「うちの赤ちゃん黄色いみたいなんですけど、大丈夫でしょうか。」と質問したところ、右小児科医は、心配なら淀川キリスト教病院の診察を受けるよう勧めた。しかし、上告人勝が受診を急ぐことはないと反対したことなどから、上告人修代を右病院に連れて行ったのは同月八日になってからであった。

 7 上告人修代は、同年一〇月八日の午前一一時ころ、淀川キリスト教病院で診察を受けたが、その時点では、上告人修代の体温は三五・五度、体重は二〇四〇グラムで、皮膚は柿のような色で黄疸が強く、啼泣は短く、自発運動は弱く、頭部落下法で軽度の落陽現象が出現し、モロー反射はあるが反射速度は遅いという状態であり、また、血清ビリルビン値測定の結果では、総ビリルビン値が一デシリットル当たり三四・一ミリグラムで、そのうち間接(非抱合)ビリルビン値が三二・二ミリグラムであった。

 上告人修代は、同病院医師竹内徹により核黄疸の疑いと診断され、同日午後五時三〇分から午後七時三〇分にかけて交換輸血が実施された。しかし、上告人修代は、核黄疸に罹患し、その後遺症として脳性麻痺が残り、現在も強度の運動障害のため寝た切りの状態である。

 8(一) 核黄疸は、間接ビリルビンが新生児の主として大脳基底核等の中枢神経細胞に付着して黄染した状態をいい、神経細胞の代謝を阻害するため死に至る危険が大きく、救命されても不可逆的な脳損傷を受けるため治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残す疾患である。核黄疸の発生原因としては、血液型不適合による新生児溶血性疾患と特発性高ビリルビン血症とがあるが、いずれも血液中の間接ビリルビンが増加することによって核黄疸になるものである。

  (二) 核黄疸の臨床症状は、その程度によって第一期(筋緊張の低下、吸啜反射の減弱、嗜眠、哺乳力の減退等)、第二期(けいれん、筋強直、後弓反射、発熱等)、第三期(中枢神経症状の消退期)、第四期(恒久的な脳中枢神経障害の発現)の四期に分類されるのが一般であり(プラハの分類)、また、核黄疸の予防及び治療方法としては、交換輸血の実施が最も根本的かつ確実なものであるが、この交換輸血は右の第一期の間に行う必要がある。このような核黄疸についての予防及び治療方法は、上告人修代の出生した昭和四八年当時も現在も変わらない。

  (三) 右の交換輸血の適応時機の決定に最も重要な意義をもつのは血清ビリルビン値であって、血清ビリルビン値の核黄疸発生に関する危険いき(閾)値は、一般に成熟児では一デシリットル当たり二〇ミリグラム、未熟児では一五ミリグラムとされているところ、昭和四八年当時は、独自に血清ビリルビン値の測定をする開業医はほとんどなく、一般に肉眼及びイクテロメーターを用いて黄疸の程度を観察し、黄疸が強ければ、血清ビリルビン値を測定できる医療機関に測定を依頼したり、転医させるなどの措置を執るのが通常であった。また、血清ビリルビン値の測定を行うべきか否かのイクテロメーターの限界値は、四・〇とされていた。

二 原審は、右事実関係の下において、上告人修代にプラハの分類による第一期症状が出始めたのは、退院の三日後である昭和四八年一〇月三日ころであり、同月八日には既に第二期の症状を示していた。上告人修代の核黄疸は、原因は不明であるが被上告人の医院を退院した時に存在していた黄疸が遷延していたところに、退院後に発生した感染症を基礎疾患とする哺乳力低下、脱水が加わり、黄疸が急速に増強したことにより生じたものであると認定し、退院までの上告人修代の黄疸は軽度であり、交換輸血の適応時機ではなかったから、被上告人には交換輸血を自ら実施し、あるいはこれを実施できる他の医療機関への転医の措置を執るべき注意義務はなく、また、上告人修代は未熟児であったが、黄疸の症状は軽度で、一般状態は良かったことが確認されているから、被上告人が上告人修代を退院させたことに注意義務違反はなかったと判断した上、上告人修代が退院する際の被上告人の措置に関して、次のように判示した。すなわち、

 新生児特に未熟児の場合は、核黄疸に限らず様々な致命的疾患に侵される危険を常に有しており、医師が新生児の看護者にそれら全部につき専門的な知識を与えることは不可能というべきところ、新生児がこのような疾患に罹患すれば普通食欲の不振等が現れ全身状態が悪くなるのであるから、退院時において特に核黄疸の危険性について注意を喚起し、退院後の療養方法について詳細な説明、指導をするまでの必要はなく、新生児の全身状態に注意し、何かあれば来院するか他の医師の診察を受けるよう指導すれば足りるというべきところ、被上告人は、上告人修代の退院に際し、上告人美鈴に対して、何か変わったことがあったらすぐに被上告人あるいは近所の小児科医の診察を受けるよう注意を与えているのであるから、退院時の被上告人の措置に過失はない。

三 しかしながら、退院時の被上告人の措置に関する原審の右判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるのであるが(最高裁昭和三一年(オ)第一〇六五号同三六年二月一六日第一小法廷判決・民集一五巻二号二四四頁参照)、右注意義務の基準となるべきものは、一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるというべきである(最高裁昭和五四年(オ)第一三八六号同五七年三月三〇日第三小法廷判決・裁判集民事一三五号五六三頁、最高裁昭和五七年(オ)第一一二七号同六三年一月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号一七頁参照)。ところで、前記の事実に照らせば、新生児の疾患である核黄疸は、これに罹患すると死に至る危険が大きく、救命されても治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残すものであり、生後間もない新生児にとって最も注意を要する疾患の一つということができるが、核黄疸は、血液中の間接ビリルビンが増加することによって起こるものであり、間接ビリルビンの増加は、外形的症状としては黄疸の増強として現れるものであるから、新生児に黄疸が認められる場合には、それが生理的黄疸か、あるいは核黄疸の原因となり得るものかを見極めるために注意深く全身状態とその経過を観察し、必要に応じて母子間の血液型の検査、血清ビリルビン値の測定などを実施し、生理的黄疸とはいえない疑いがあるときは、観察をより一層慎重かつ頻繁にし、核黄疸についてのプラハの第一期症状が認められたら時機を逸することなく交換輸血実施の措置を執る必要があり、未熟児の場合には成熟児に比較して特に慎重な対応が必要であるが、このような核黄疸についての予防、治療方法は、上告人修代が出生した当時既に臨床医学の実践における医療水準となっていたものである。

 そして、(一) 上告人美鈴は、被上告人の医院で順次出産した長男や長女にも黄疸が出た経緯があり、上告人修代は三人目で、この場合は黄疸が強くなると児が死ぬかもしれないと他人から聞かされ、母子手帳にも血液型の不適合と新生児の重症黄疸に関する記載があったことから、第三子である上告人修代に黄疸が出ることを不安に思っていた、(二)そのため上告人美鈴は、被上告人に上告人修代の血液型検査を依頼し、被上告人は、これに応じて血液型検査を行ったが、その判定を誤り、実際には上告人修代の血液型はA型であったのに母親である上告人美鈴の血液型と同じO型であるとした、(三)体重二二〇〇グラムの未熟児で生まれた上告人修代には、生後四日を経た昭和四八年九月二五日ころから黄疸が認められるようになり、上告人美鈴らはこれに不安を抱いたが、被上告人は、上告人修代には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児のためであり心配はない旨の説明をしていた、(四)上告人修代の黄疸は同月三〇日の退院時にもなお残存していた上、上告人修代の体重は退院時においても二一〇〇グラムしかなかったなどの事情があったことは、前述のとおりである。

 そうすると、本件において上告人修代を同月三〇日の時点で退院させることが相当でなかったとは直ちにいい難いとしても、産婦人科の専門医である被上告人としては、退院させることによって自らは上告人修代の黄疸を観察することができなくなるのであるから、上告人修代を退院させるに当たって、これを看護する上告人美鈴らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべきところ、被上告人は、上告人修代の黄疸について特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかる被上告人の措置は、不適切なものであったというほかはない。被上告人は、上告人修代の黄疸を案じていた上告人美鈴らに対し、上告人修代には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配はない旨の説明をしているが、これによって上告人美鈴らが上告人修代の黄疸を楽観視したことは容易に推測されるところであり、本件において、上告人美鈴らが退院後上告人修代の黄疸を案じながらも病院に連れて行くのが遅れたのは被上告人の説明を信頼したからにほかならない(記録によれば、上告人美鈴は、一〇月八日上告人修代を淀川キリスト教病院に連れて行くに際し、上告人勝が上告人修代に黄疸の症状があるのは未熟児だからであり心配いらないとの被上告人の言を信じ切って同行しなかったため、知人の松本勝子に同伴してもらったが、同病院の竹内医師から上告人修代が重篤な状態にあり、直ちに交換輸血が必要である旨を告げられて驚愕し、松本を通じて上告人勝に電話したが、急を聞いて駆けつけた同上告人は、竹内医師から直接話を聞きながら、なお、その事態が信じられず、竹内医師にも告げた上で、被上告人に電話したが、被上告人の見解は依然として変わらず、上告人勝との間に種々の問答が交わされた挙句、竹内医師の手で上告人修代のため交換輸血が行われた経緯が窺われるのである)。

 そして、このような経過に照らせば、退院時における被上告人の適切な説明、指導がなかったことが上告人美鈴らの認識、判断を誤らせ、結果として受診の時期を遅らせて交換輸血の時機を失わせたものというべきである。

 したがって、被上告人の退院時の措置に過失がなかったとした原審の判断は、是認し難いものといわざるを得ない。そして、被上告人の退院時の措置に過失があるとすれば、他に特段の事情のない限り、右措置の不適切と上告人修代の核黄疸罹患との間には相当因果関係が肯定されるべきこととなる筋合いである。原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻すこととする。

 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

 

 上告代理人木村澤東、同田村宏一の上告理由

       目   次

第一.原判決の特徴点

一.総論

二.乙第二号証の信用性

三.上告人修代の黄疸経過

四.認定の明瞭さを理由の不備

第二.債務不履行の法的構成

一.医師の一般的債務内容

二.本件における債務内容

三.債務に対応する事実認定

四.事実認定の方法論

五.医療過誤における訴訟資料の乏しさと立証関題

第三.乙第二号証の信用性

一.原判決が乙第二号証を採用した理由

二.乙第二号証の記載が信用に値しない理由

第四.鑑定意見について

一.鑑定書の二つのスタンス

二.四家・中村鑑定の推論過程

三.竹内鑑定のスタンス

四.加部鑑定

第五.黄疸の経緯と感染論

一.二つの論点

二.感染説は本当に成り立ち得るのか

三.上告人の主張-漸次増強論

四.問題の本質

第六.説明義務違反

一.本件核黄疸は、どうすれば防止しえたか

二.二つの説明義務違反

三.一般的説明義務

四.注意力低下

五.原判決の判断

六.因果関係

第七.司法的救済

 原判決には、明らかに判決に影響を与えるべき法令違背-理由不備及び理由齟齬、法令の解釈適用の誤り並びに審理不尽の違法がある。

第一 原判決の特徴点

一 総論

 原判決の判断は、大綱においてほぼ一審判決を踏襲したものであるが、一審判決がいずれとも判断しかねるとしていた諸点について踏み込んだ事実の認定を行っている(結果としてより明瞭に誤謬を犯している)。しかし、他方原審においてなした上告人の主張については、十分にこれを整理し、判断を下しているとは到底言いがたい。

 まず最初に、一審判決と比較して原判決の特徴的な点について順次指摘する。

二 乙第二号証の信用性

 本件において最も重要な乙第二号証の一及び同号証の四(乙第三号証はその翻訳)の信用性についての判断が第一の特徴として挙げられよう。

 1 一審判決は、乙第二号証の一及び同号証の四の信用性について、

(1)上告人美鈴において、一〇月八日時点では未だ記憶が鮮明であったであろうこと

(2)医師の問診に対してできるだけ正確に答えようとする筈であることをもって信用性を認める根拠に挙げている(一審判決一九丁表)。

 2 これに加えて原判決は、

(3)上告人美鈴は、黄疸の危険性についても十分に認識していたので、上告人修代の黄疸の症状につき留意してこれを正確に観察したうえ記憶したことを医師に問われるままに説明した。と信用性の根拠を追加し、且つ右認定に至る間接事実として、

 上告人美鈴は既に二児の出産経験者で長男は新生児黄疸が四日目に少し出た、長女は長男の場合よりも少し強く出たので被上告人が注射をしたこと、

 上告人修代は三人目の出産で、この場合は黄疸が強くなると児が死ぬかもしれないと人から聞かされ、また母子手帳にもそのようなことが書かれてあったので心配で、被上告人に上告人修代の血液型検査を依頼したこと、の二点を挙げている(以上原判決五丁裏)。

 要するに、上告人美鈴は、本来的に黄疸の危険を了知していたので、一層黄疸に対する観察眼も鋭くまた記憶も鮮明であった筈であり、それ故問診の回答も相当程度に正確であろうとの論法と思われる。

三 上告人修代の黄疸経過

 原判決は、上告人修代の黄疸の経過について、『被上告人医院退院時に未熟児ゆえの遷延性黄疸が遷延している状態にあり、退院後の一〇月三日頃から感染を基礎疾患とする哺乳力低下・脱水が発現して黄疸が急速に増強し核黄疸になった』という認定をしている(原判決六丁裏以降)。

 この点、一審判決は『本件の場合核黄疸になった原因は究極的には不明であるが、何らかの原因で遷延していた黄疸が退院後の感染、脱水などの事情により急速に増悪した可能性が比較的大きい』という認定に留まっている点と対照的である。つまりは、一審よりも明確に退院後の感染の事実を認めているわけである。

四 認定の明瞭さを理由の不備

 このように原判決の認定は、一審の認定よりも曖昧な部分が少なく、より明暸なものと言える。

 しかし、そのことは逆に言えば、右認定に至る論拠の薄さを一審よりも露呈することでもある。原審は何故に、上告人らの慎重な医学的推論や加部鑑定意見を排斥することができたのだろうか。原判決を子細に検討しても、このような結論を導くに足りる十分な理由は付されておらず、理由らしき部分においても論理の飛躍が目に余るのである。要するに原判決は認定事実が明暸になった反面、逆に理由が粗雑になったものと評しえよう。上告人らが理由不備・齟齬・ひいては審理不尽を主張する所以である。

第二 債務不履行の法的構成

一 医師の一般的債務内容

 本訴において上告人は被上告人の債務不履行を主張しているので、同主張の法的構成についてまず概括的に述べる。

 医療契約における医師の債務の内容は、事案によって千変万化し、一義的に特定してこれを表すことは不可能であるが、一般的にいえば、最高裁判所昭和三六年二月一六日判決のように、『人の生命及び身体を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務を要求される(民集一五巻二号二四四頁)。』ということになろう。

二 本件における債務内容

 では、本件の場合、被上告人にいかなる債務の不履行があったのか、そしてその前提としていかなる状況において被上告人の債務の内容が具体的に構成されるのかを検討しなくてはならない。

 被上告人は産婦人科医であり、上告人美鈴が上告人修代を出産するに際し、母子の健康につき『実験上必要とされる最善の注意義務』が課せられる。

 本件においては、上告人修代に発症した黄疸について、

(1)生理的黄疸か否かを経時的に観察すること

 肉眼での観察、イクテロメーター、ビリルビン値の測定

(2)黄疸の状況に応じて適切な措置をとること

 経過の観察、より精密な検査、設備の整った病院への転院措置

(3)退院するにあたり、被上告人にかわり新生児を観護する両親に対し、事態の変化に適切且つ迅速な対応をなしうるように指示説明をすることなどの段階的な注意義務が認められる。

三 債務に対応する事実認定

 そうなってくると、右各注意義務から導き出される前提的事実認定の論点は、

(1)被上告人の観察下にある時点(九月二一日出生から同月三〇日までの入院期間)における上告人修代の黄疸の症状経緯はいかにあったのか、

(2)被上告人医院退院時における上告人修代の黄疸の症状はどの程度のものであったのか、またそれはどのような傾向(回復・悪化・遷延)であったか。

(3)被上告人は、退院時においてどのような説明をなしたのか。が挙げられる。

 そして次に、被上告人の各措置の懈怠と結果に対する因果関係はどうなるか、その寄与の割合はどの程度か、という問題が生じるのである。

四 事実認定の方法論

 1 本訴においてこれらの諸点を明らかにするためには、争いの少ない周辺事実を適切に配置し、これらの事実を起点としてあらゆる角度から推論を巡らせていかねばならない。

 2 右の周辺事実の指摘と論理については、原審における控訴人第八回準備書面四頁以降に論じたとおりである。右書面は、本件における前提資料からの推論と、結果からの消去法的逆認定とを、専ら医学的観点から論じた。さらに控訴人第一〇回準備書面では社会的経験則の観点からの認定論理を開陳した。その具体的内容は、各書面を参照されたいし、また本書においても該当箇所で触れる。

 結論的に言えば、これらの前提となる医学的資料からでは、十二分に本件事案を解明することはできないということであり、これを解明しようとするならば更に緻密な医学的推論を巡らし可能性を検証することであり、さらにこれに加えて社会的事実の経緯が右各可能性に整合するかどうかを総合的に判断していくという非常に手間のかかることをせねばならないということである。

 3 ところが、原判決はこれをなさなかった。原判決の認定論理は、すべて『はじめに乙第二号証ありき』である。乙第二号証の記載を認定の基礎とすることはこれらの複雑な手法を用いずに、一挙に問題を解決できる、それだけに安易で危険な手法であるが、原判決はこの安易な道を選択してしまった。原判決の誤謬の根源はここにある。後に詳述するが、加部鑑定につき深くその医学的合理性を吟味することなく排斥する理由も乙第二号証であるし、上告人が積み上げてきた種々の問題点の指摘と検討を殆ど一顧だにしようとしないのも乙第二号証によるものである。要するに原判決は乙第二号証に頼り切っているのである。

 4 しかし、このような手法は、当然のことながら、あらゆる点で破綻する。これが上告人の本上告の本義である理由不備・審理不尽の実体的根拠である。すなわち、乙第二号証の信用性の認定についても、上告人が指摘する様々な問題点をことさらに無視し、非常に浅いところで表面的に認定している。また結論として論じられる症状経緯についても、『間接ビリルビン値が高いので感染の可能性はない』『あったとしても非常にまれ』という艦定意見が出されているにもかかわらず、これらを過小に位置付け『ないことはない』『そうだとしても矛盾はしない』という殆ど確率論を無視した強引な認定をしている。もちろん、すべからく訴訟において、すべての事実や所見が美しく整合すること等ありえない。いずれかの事実を認定しようとする以上、何らかの反対事実との衝突は避け難い。その場合、その反対事実のみを拾い集め判決を論難することはたやすいことであるし、間違っている。上告人においても右の理は当然にわきまえている。上告人は、双方に有利不利一切の訴訟資料を集め、その上で論じているのである。

 各論に入る前に、まず右の基本的な構造を強く指摘しておくことにする。

五 医療過誤における訴訟資料の乏しさと立証問題

 1 ところで、前述したとおり本訴においては、非常に証拠資料に乏しいという問題がある。

 この点は一審でも原審でも論議されてきた問題であるが、被上告人医院入院中の記録がほとんど記載されていない。そして退院から淀川キリスト教病院にいくまでの八日間については医師の支配下にないため、どのような経過であったのか客観的な医学上の記録というものがまるで存在しない。そうなってくると、先に述べたようにほぼ認められる周辺の諸事実をもとに、種々の推論を重ねていかねばならないのである。ここに本件訴訟の困難性がある。

 2 被上告人医院において確かな黄疸の経緯を記載した記録が存在しないことは、『真実問題なく推移していたから記載すべき内容がないのは当然』とする被上告人の主張と『元来経過観察を怠っていたのだからいずれにせよ然るべき記載がある筈もなく、逆に被上告人のカルテに十分な記載がないことは被上告人の観察義務懈怠の傍証となる』とする上告人らの主張とで、いずれとも結び付くのである。

 3 しかし、右記録が存在しないことによって不利益を被るのは結局上告人らにほかならない。被上告人の記載不十分の不利益を、何故上告人らが負わねばならないのか、上告人らとしてはまことに釈然としない。当時の医療水準の問題もあるが、被上告人において入院中でもビリルビン値を測定し、その経過を記しておけば、事柄は遥かに明暸になった筈である。少なくとも一度は計っているイクテロメーターについて、経日的に測定・記載しておけば、ここまで推論に推論を重ねて論議することはなかったのである。

 4 上告人美鈴が我が子の黄疸を心配し、何度も被上告人に問い、血液検査まで施行されているのは、ほぼ争いのない事実である。また吸引分娩や未熟児などの黄疸のリスクを負っており、退院時でも黄疸が遷延していたという本件事案において、真実上告人修代の黄疸が生理的範囲に留まっていたとしても、単なる『肉眼的観察』を主とし、イクテロメーター一回だけの記載(もっとも当該記載についてさえ争いはある)しかないというのは、いかに被上告人が観察は怠らなかったと主張しても、医師として十分な観察を行なったとは思い難いのである。少なくともこの程度の記載しかないという状況について被上告人には一定の帰責性があろう。しかし、逆に上告人らにおいてその不利益を甘受せねばならないということは、どのように考えても不公平である。仮にここに、全く患者を診ず、カルテも記載せぬまま症状を看過し重大な事態に至らしめたという典型的な過誤があったとしても、当然のことながら証拠のない患者としては、その経緯を立証することができず、敗訴になってしまう可能性が高いのである。このような不正義がまかりとおって良いわけはない。

 5 医療過誤訴訟においては種々の特殊性が論議されているが、決め手となる訴訟資料が医師側に偏在する点が当事者の対等性を大きく損ない、適切な権利実現を阻んでいるとの指摘は、既に多くなされている。例えば中野貞一郎博士は、医療過誤訴訟をもって『情報偏在訴訟』とし、患者側の主張立証の困難性をどのように克服し、権利の実現を図るように、民事訴訟制度の運用における一つの問題であると指摘されている(法学教室二六号六頁『医療過誤訴訟について」)。

 6 元来、法は事案の特殊性や被害救済の必要性に応じて、無過失責任、中間責任、あるいは重過失責任などの特殊類型を設けて、実質的公平に意を払っている。工作物責任しかり、自動車損害賠償補償法しかり、逆に責任を軽減するものとして失火責任法しかりである。そして明文の規定がなくとも、解釈によってこれらの不平等を是正しようとする試みはなされている。後でも述べるが、困難な医療過誤訴訟や公害訴訟などにおいて挙証責任の転換や、過失の推定法理などの実践理論の構築がはかられているのである。