交通事故 保険で全額が填補されなかった場合 最高裁昭和50年1月31日民集登載

『裁判官が説く民事裁判実務の重要論点[交通損害賠償編]』第一法規・2021年47頁

損害賠償、敷金返還請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/昭和49年(オ)第531号

昭和50年1月31日

【判示事項】    不法行為又は債務不履行による家屋焼失に基づく損害賠償額から火災保険金を損益相殺として控除することの適否

【判決要旨】    第三者の不法行為又は債務不履行により家屋が焼失した場合、その損害につき火災保険契約に基づいて家屋所有者に給付される保険金は、右第三者が負担すべき損害賠償額から損益相殺として控除されるべき利益にはあたらない。

【参照条文】    民法415

          民法709

          商法665

【掲載誌】     最高裁判所民事判例集29巻1号68頁

          最高裁判所裁判集民事114号109頁

          判例タイムズ319号129頁

          金融・商事判例444号2頁

          判例時報769号43頁

          金融法務事情747号31頁

【評釈論文】    ジュリスト臨時増刊615号90頁

          別冊ジュリスト70号14頁

          別冊ジュリスト78号28頁

          判例タイムズ325号119頁

          法曹時報28巻5号119頁

          民商法雑誌73巻4号74頁

 

       主   文

 

 被上告人の請求中、金四〇四万円及びこれに対する昭和三八年四月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

 前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

 上告人のその余の部分に対する上告を棄却する。

 訴訟の総費用は第一、二、三審を通じてこれを三分し、その一を被上告人の、その余を上告人の各負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人佐藤通吉の上告理由第一点について。

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

 同第二点について。

 家屋焼失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に給付される保険金は、既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解するのが、相当である。ただ、保険金を支払つた保険者は、商法六六二条所定の保険者の代位の制度により、その支払つた保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する結果、被保険者たる所有者は保険者から支払を受けた保険金の限度で第三者に対する損害賠償請求権を失い、その第三者に対して請求することのできる賠償額が支払われた保険金の額だけ減少することとなるにすぎない。また、保険金が支払われるまでに所有者が第三者から損害の賠償を受けた場合に保険者が支払うべき保険金をこれに応じて減額することができるのは、保険者の支払う保険金は被保険者が現実に被つた損害の範囲内に限られるという損害保険特有の原則に基づく結果にほかならない。

 本件において原審の確定するところによれば、被上告人は上告人からその所有にかかる本件建物を賃借し、敷金六〇〇万円を差し入れ、右建物においてパチンコ店を経営していたところ、その住込店員の重大な過失によつて本件建物を焼失し、上告人は右建物の焼失によつて合計八四六万円の損害を被つたこと、訴外富士火災海上保険株式会社は、上告人との間で締結した火災保険契約に基づき、保険金として六五〇万円を上告人に支払つたことが、それぞれ認められる。右事実によれば、被上告人は、上告人に対する本件建物返還義務の履行不能による損害賠償として、右建物の焼失により上告人が被つた八四六万円の損害を賠償する義務を負担するに至つたものであり、上告人が保険金として受領した六五〇万円を、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除すべきものでないことは、前記説示に照らし明らかであつて、本件建物賃貸借が目的物の滅失によつて終了した結果、敷金六〇〇万円は被上告人の上告人に対する右損害賠償債務に当然に充当され、損害賠償債務はうち六〇〇万円が右充当によつて消滅したことになる。したがつて、上告人の被上告人に対する敷金返還債務は、右のとおり敷金の全額が充当されたことにより消滅し、既に存在しないにもかかわらず、原審は、被上告人の上告人に対する損害賠償額の算定にあたつて、上告人が保険金として受領した六五〇万円をいわゆる損益相殺として控除した結果、右賠償額は一九六万円であるとし、敷金のうち一九六万円のみが充当されるとして、上告人は残りの四〇四万円を被上告人に返還すべき義務があるとしたものであつて、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、右違法は原判決中この部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の部分につき、原判決は破棄を免れず、さらにこれと同旨の第一審判決は取消を免れない。この部分に関する被上告人の請求は棄却すべきものである。しかし、訴外富士火災海上保険株式会社は、保険金を支払つたことによつて、右上告人の被上告人に対する損害賠償残債権二四六万円を取得したこともまた前記説示に照らして明らかであるから、上告人の被上告人に対する損害賠償請求を理由がないとして排斥した原判決は、その結論において正当であり、右の部分につき、論旨は結局採用することができず、この部分に対する上告は棄却すべきものである。

 よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  江里口清雄

           裁判官  関根小郷

           裁判官  天野武一

           裁判官  坂本吉勝

           裁判官  高辻正己