無料で通訳の援助を受ける権利 東京高裁平成5年

佐藤幸治『日本国憲法論 第2版』成文堂・2021年138頁

大麻取締法違反、関税法違反

東京高等裁判所判決/平成4年(う)第1138号

平成5年2月3日

【判示事項】      市民的及び政治的権利に関する国際規約一四条3(f)の法意

【参照条文】      市民的及び政治的権利に関する国際規約14の3の(f)

            刑事訴訟法181

【掲載誌】       東京高等裁判所判決時報刑事44巻1~12号11頁

 

 しかし、通訳に要する費用には、国選弁護費用とは異なる次のような特徴が認められ、そのような性質上の差異を考慮すると、これを国選弁護費用と同一に扱うべきであるとする見解には、にわかに左袒するを得ない。

 第一に、通訳の援助を受ける権利は、わが国内において自力執行力を有するものと解される国際人権B規約によって初めて成文上の根拠を持つに至ったものであって、これまでのわが国内法の知らないところである。刑訴法一七五条に定める通訳は、「国語に通じない者に陳述をさせる場合」に、その者の陳述を裁判所が理解するために付するいわば「裁判所のための通訳」であって、被告人に裁判所で使用する言語を理解させるためのものではない。いうまでもなく、法廷内外における裁判の進行はd語によってなされるのであるから、被告人にこれが理解できないときは裁判の実質は失われる。被告人に裁判の様子を理解させるための通訳は、成文上の根拠規定がないにもかかわらず、長く法廷慣行として行われて来たものであって、そのことは、従来から「被告人のための通訳」は裁判が裁判として成り立つための不吋欠の要素であると観念されて来たことを示すものである。

 第二に、その結果として、被告人が「裁判所において使用されるd語を理解すること又は話すことができない場合」には、無条件かつ絶対的に通訳の援助が与えられる。弁護人の援助を受けることは必ずしも裁判にとって不可欠の要素ではない。弁護人を付すると否とは被告人の選択に委ねられる。被告人が自ら弁護人を選任する場合には、その費用も自ら負担すべきは当然である。そして、被告人に弁護人がない場合に、裁判所が「司法の利益のために必要」と認めて弁護人を付するについても、被告人が「十分な支払手段を有しないとき」でなければ、その費用は被告人の負担とされる。いわば、弁護人に関しては、私選・費用自弁が原則とされているのである。これに対し、被告人が通訳の援助を受ける権利には例外がなく、また、費用自弁という原則もない。

 第三に、国際人権B規約3(1)が「無料で」という用語を用いていることに留意すべきである。憲法三七条二項は、「公費で」と規定し、前記3(4)は「自らその費用を負担することなく」と規定している。前者はその費用を国が負担する趣旨が明らかであるし、後者の場合も、被告人以外の者一具体的には選任者である国)が負担することを予定しているといえる。第一次的に国が負担すべきものとされているからこそ、後日の求償が問題となるのである。これに対し、「無料で」という場合には、必ずしも何人かがその費用を負担するということを前提としていない。文字どおり無料というだけである。被告人の知人や奉仕活動家、あるいは大使館の職員などで適格を有する者が無償奉仕しても、大使館が費用を負担して通訳人を斡旋しても、無料であることに変わりはない。このように、「無料で」という場合には、国による立替払という観念は当然には含まれない。

 第四に、「無料で」とされるのは、被告人が「十分な支払手段を有しないとき」に限られない。被告人に支払能力があると否とにかかわらず、無料とされるのである。国による立替払という観念が通用するのは、本来被告人が負担すべき費用であるにもかかわらず、無資力で支払えないため、差し当たり国が立て替えるという関係がある場合である。被告人に十分な資力がある場合でも無料とされているのは、それが本来被告人の負担すべきものでないことを示しているというべきである。

 以上を総合すると、国際人権B規約一四条3(f)に規定する「無料で通訳の援助を受けること」の保障は無条件かつ絶対的のものであって、裁判の結果被告人が有罪とされ、刑の言渡しを受けた場合であっても、刑訴法一八一条一項本文により被告人に通訳に要した費用の負担を命じることは許されないと解するを相当とする。原判決は、右各条項の解釈を誤り、ひいて訴訟手続の法令に違反したものであって、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点においても破棄を免れない。論旨は、右の限度において理由がある。(半谷・新田・濱井)