出張旅費不正受給懲戒解雇の従業員と会社間 神戸地裁尼崎支部平成20年

平野 改正2版9、248頁

解雇無効確認等請求事件(第一事件)、損害賠償等請求事件(第二事件)

神戸地方裁判所尼崎支部判決/平成17年(ワ)第213号、平成17年(ワ)第327号

平成20年2月28日

【判示事項】        出張旅費を不正受給したとして懲戒解雇された元従業員の会社に対する懲戒解雇処分の無効確認及び退職金の支払請求が棄却され、会社の右元従業員に対する出張旅費の不当利得返還、解雇後の会社の名誉等を毀損する文書の送付行為を違法とする損害賠償及び会社内部資料返還の各請求が認容された事例

【参照条文】        民法703

              民法709

              民法710

【掲載誌】         判例時報2027号74頁

 

       主   文

 

 一 原告の請求をいずれも棄却する。

 二 原告は、被告に対し、二一〇九万五九九五円及びうち一五二万七五〇〇円に対する平成一六年一一月一日から、うち一八二四万一九八九円に対する同年一二月三〇日から、うち一三二万六五〇六円に対する平成一七年九月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 三 原告は、被告に対し、別紙「文書、資料一覧表」記載の物件を引き渡せ。

 四 被告のその余の請求をいずれも棄却する。

 五 訴訟費用のうち、第一事件により生じた分は原告の負担とし、第二事件により生じた分は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

 六 この判決の第二項は、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第一 請求

 一 原告の請求

 (1) (主位的請求)

 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

 (2) (予備的請求)

 被告は、原告に対し、八〇五万円及びこれに対する平成一五年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 (3) 訴訟費用は被告の負担とする。

 (4) 仮執行宣言

 二 被告の請求

 (1) 原告は、被告に対し、五四三二万三五七六円及びうち一五八万〇五二〇円に対する平成一六年一一月一日から、うち四六五九万一九九〇円に対する同年一二月三〇日から、うち六一五万一〇六六円に対する平成一七年九月二八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 (2) 原告は、自ら別紙「差止行為目録」記載の各行為をしてはならず、かつ、第三者をして同各行為をさせてはならない。

 (3)ア (主位的請求)

 原告は、被告に対し、別紙「ファイル目録」記載のファイル一式、及び、原告が現に所持するSIVに関する文書・技術文書その他これらに関する一切の資料等を返還せよ。

 イ (予備的請求)

 原告は、別紙「ファイル目録」記載のファイル一式、及び、原告が現に所持するSIVに関する文書・技術文書その他これらに関する一切の資料等を廃棄せよ。

 (4) 仮執行宣言

第二 事案の概要及び争点

 一 事案の概要

 本件は、被告の従業員であった原告が、被告に対し、被告が原告に対してなした懲戒解雇処分(以下「本件懲戒解雇処分」ともいう。)が無効であることを理由として、労働契約上の権利を有することの確認(主位的請求)、被告の退職金不支給処分が無効であることを理由として、被告の年金支給規則九条但書に基づく退職金額の五割に相当する金員の支払(予備的請求)を求めた事案(第一事件)、並びに、被告が原告に対して、原告による出張旅費の不正受給を理由とした不当利得の返還、原告が被告の名誉等を毀損する文書を被告の顧客等に送付したとして不法行為に基づく損害賠償、同種行為の差止め、及び、原告が所持する被告の技術資料等の返還(主位的請求)、廃棄(予備的請求)を求めた事案(第二事件)である。

 二 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる事実)〈編注・本誌では証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉

 (1) 当事者

 ア 被告は、各種一般機械器具及び部品の製造並びに販売を業とする株式会社である。被告は、鉄道の車両用及び地上用の電気機械等を製造し、日本国内及び海外の鉄道会社、公共団体に対して製品を納入している。

 イ 原告は、昭和四五年四月一日ころ、被告との間で雇用契約を締結して入社し、平成一五年九月一七日当時、交通システム事業所・生産革新推進プロジェクトグループに所属し、専任の職にあった。

 (2) SIVについて

 SIV(車両用補助電源装置)とは、電気鉄道車両に搭載される電力変換用インバータ装置のことであり、車両内の空調装置、照明機器、制御装置の電源として電力を供給するものである。通常は、電車の車両の床下に懸架されている箱状の装置であり、構成部品としてトランス(変圧器)が組み込まれている。

 被告は、SIV関連装置を昭和五七年ころから製造し、電鉄会社や車両製造メーカーに出荷しており、平成一九年三月までに約三〇〇〇台の出荷実績を有している。原告は、被告で主にSIVの設計を含む車載用電力変換装置設計部門を歩んだ。

 (3) 原告による出張旅費精算

 平成一三年五月から平成一五年六月にかけて原告が行った出張旅費精算の内容は、別紙「出張旅費精算内容一覧表」記載のとおりである。

 (4) 原告に対する懲戒解雇、退職金不支給

 ア 平成一五年九月一七日、被告は交通システム事業所名で、原告に対し、原告が、平成一三年五月から平成一五年六月にかけて、多数回にわたり出張を偽装し会社を欺罔した旅費精算を行ったこと、「出張届ならびに出張旅費精算書」(以下、単に「出張届」という。)に繰り返し上長の許可なく上長印を押印したこと、及びこれら多数回に及ぶ不正な出張旅費精算により会社から金銭を詐取したことは、社員としての本分にもとる行為であるとして、社員就業規則七八条六号、一六号、二〇号により懲戒解雇すること(本件懲戒解雇処分)を通知した。また、被告はそのころ、原告に対して退職金を支給しないことを決定した。

 イ 被告の社員就業規則には、以下の規定が存在する。

第七六条(懲戒)

 ① 懲戒は次に掲げる譴責・出勤停止及び懲戒解雇とする。

  (1) 譴責は厳重注意し、将来を戒める。

  (2) 出勤停止は七日を限って出勤を停止し、将来を戒める。

  (3) 懲戒解雇は予告期間を設けず、又予告手当も支給せずに即時解雇する。但し、事情によっては予告するか、又は予告手当を支給することがある。

第七八条(懲戒解雇)

  社員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。但し、情状酌量の余地があるときは出勤停止若しくは譴責に留めることがある。

 (1) 氏名又は重要な経歴を偽って雇入れられ、その他会社に対し偽りの行為があったとき。

 (2) 許可なく会社財産を持ち出し、又は持ち出そうとしたとき。

 (3) 故意に会社財産を破損・破棄・濫用・隠匿又は滅失したとき。

 (4) 職務上重大な過失により会社に著しい損害を与えたとき。

 (5) 会社の機密を他ヘ漏らし、その他会社の不利益をはかったとき。

 (6) 不当にその地位を利用して私利をはかったとき。

 (7) 会社の許可なく業務上金品の贈与を受け、又はもてなしを受けたとき。

 (8) 風紀を乱し、又は秩序を破ったとき。

 (9) 正当な理由なしに上長の命に服さないとき。

 (10) 故意に作業能率を阻害したとき。

 (11) 不当な他人の自由の拘束、名誉毀損、その他これに類する人権侵害の行為をなしたとき。

 (12) 他人に暴行又は脅迫を加えたとき。

 (13) 特に危険な場所において喫煙したとき。

 (14) 正当な理由なしに無届欠勤引き続き七日以上に及んだとき。

 (15) 数回懲戒処分を受けてもなお改悟の見込がないとき。

 (16) 刑罰に触れる行為があって社員としての体面を著しく汚したとき。

 (17) 会社の許可なく他に雇われたとき。

 (18) 正当な理由がなく欠勤・遅刻・早退が多く、著しく業務に不熱心なとき。

 (19) 前各号に規定する行為を故意に唆し、又は援助したとき。

 (20) その他、前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき。

 ウ 被告の年金支給規則には、次の規定がある。

第一条(通則)

  当社の社員として当社に永年勤務し退職した者の在職中の労に報い、その退職後の生活を補助するため本規則により年金支給制度を設ける。

第二条(資格)

  年金受領資格は勤続満二〇年以上に達した場合に生じる。

第三条(年金)

 ① 年金資格者が退職した場合は年金を支給する。

第九条(懲戒解雇)

  懲戒解雇の場合は第二条の規定に拘らず、年金受領資格はなくなるものとする。

  但し、事情によっては所定額の五割の範囲内において特に年金又は一時金を支給することがある。

第一一条(一時金の支給)

  第三条ないし第五条又は第一〇条の規定に拘らず、年金又は遺族年金共にその受領者の希望及び事由によっては第一二条ないし第一四条の規定に基づき、その後の年金の支給を打ち切り、或いは減額して一時金を支給する。

 (5) 資料等の回収

 平成一五年一〇月一日、被告の従業員は原告の自宅に赴き、原告が被告に無断で持ち出した会社資料の返還を求め、原告から資料一式を受領した。その際、原告は、全ての資料を返還した旨述べた。

 (6) 原告による文書等の送付

 ア 原告は、平成一六年五月二六日から同年六月一一日にかけて、以下のとおり被告の顧客である鉄道会社各社に対して「SIV用インバータ変圧器落下事故に係わる件(報告)」と題する文書等を送付した。

  ① 西武鉄道株式会社

       平成一六年五月二六日到達

  ② 東日本旅客鉄道株式会社

       平成一六年五月二六日到達

  ③ 京浜急行電鉄株式会社

        平成一六年六月一日到達

  ④ 横浜市交通局

        平成一六年六月一日到達

  ⑤ 東京都交通局

        平成一六年六月一日到達

  ⑥ 東京地下鉄株式会社

        平成一六年六月一日到達

  ⑦ 近畿日本鉄道株式会社

        平成一六年六月一日到達

  ⑧ 札幌市交通局

        平成一六年六月一日到達

  ⑨ 北越急行株式会社

       平成一六年六月一一日到達

  ⑩ 名古屋市交通局

        平成一六年六月三日到達

  ⑪ 西日本旅客鉄道株式会社

        平成一六年六月四日到達

  ⑫ 新京成電鉄株式会社

        平成一六年六月五日到達

 イ そのころ、原告は、上記と同様の文書等を、新聞社等の複数の報道機関に送付した。

 (7) 被告は、同年一〇月一八日付け通知書をもって、原告に対し、不正に受給した出張旅費の返還として、一五八万〇五二〇円(別紙「出張旅費精算内容一覧表」の評価欄に「××」と記載された出張に係る旅費精算合計額)を同月三一日までに支払うよう請求したが、同期限が経過しても原告は請求に応じなかった。

 三 争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点及び各争点における当事者の主張の要旨は以下のとおりである。

 (1) 本件懲戒解雇処分の効力について

 ア 懲戒解雇事由の有無について

  (ア) 被告の主張

  a 原告は、平成一三年五月から平成一五年六月にかけて、繰り返し、出張命令がなく、出張等をなすべき理由もないにもかかわらず、所属上長の職印を冒用して「出張届」を偽造し、これを被告に提出して不正な請求を行って金銭を不正に取得した。かかる行為は、社員就業規則七八条六号「不当にその地位を利用して、私利をはかったとき」、同条一六号「刑罰に触れる行為があって社員としての体面を著しく汚したとき」、同条二〇号「その他、前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」の各懲戒解雇事由に該当する。

 原告の出張旅費請求についていわゆるカラ出張の疑いが濃厚であるものは、①休日の出張(業務性、行先の妥当性は不明)、②勤怠との不一致はないが、旅費精算内容(行先・時間・宿泊者人数)に疑問点のある出張、③勤怠との不一致がある出張や、メール発信ログと不一致だがその時間差が僅少な出張、④勤怠、メール発信ログの双方の不一致である出張や、勤怠は合致しているが、メール発信ログとの不一致がある出張、メールでの記録内容等との不一致がある出張である。

 平成一三年五月から平成一五年六月までの間に原告が精算請求を行った合計四二〇日分(精算金額合計一一五〇万一六四三円)の出張のうち、いわゆるカラ出張の疑いが濃厚であるものは、少なくとも二七四日分(精算金額合計七七三万一五八六円)に上る。

  b 原告が主張するような調査を被告が原告に対して命じたことはなく、原告の上長である車両電源システム設計課課長の乙山松夫(以下「乙山課長」という。)が調査のための出張を追認した事実もない。

  (イ) 原告の主張

  a 出張旅費精算書の記載内容と原告の勤怠、電子メール報告内容・発信記録との間に不一致が生じていることは認めるが、その余は否認する。

  b(a) 「①休日の出張(業務性、行先の妥当性は不明)」について

 休日の出張であるからといって、実際に出張に行っているのであるから、直ちに業務上の必要性がないことにならない。この中には乙山課長が自ら出発検印又は帰着検印した出張も存在する。

  (b) 「②勤怠との不一致なし。ただし、旅費精算内容(行先・時間・宿泊者人数)に疑問点あり」について

 原告は実際に出張をしており、かつ原告一人分の出張旅費を請求しているのであるから、出張旅費を被告から詐取したことにはならない。

 たとえ同宿者がいたとしても、直ちに業務上の必要性は否定されない。取引先で工事等を行う出張では、面識のない現場作業員と同宿することがしばしばあり、同宿者の名前を覚えていないのがむしろ普通である。

  (c) 「③勤怠と不一致、メール発信ログと不一致であるが、その時間差が僅少なもの」「④勤怠、メール発信ログの双方が不一致。勤怠は合致しているが、メール発信ログと不一致。メールでの記録内容等との不一致」について

 根拠となっている就業管理表、勤怠簿、「出張届」の正確性について疑問があり、出張の事実が認められるものがある。

 メール発信ログ記録及びメール発信リストに基づき、原告の不正出張を証明することはできない。メール発信ログ記録には原告自身がメール発信していない記録も認められる。

 記録上の不一致は、実際に業務上の出張をしたものの勤怠簿や出張旅費精算書に記憶違いによる記載がなされたことや、原告が被告から命じられた調査(以下「本件調査」という。)のための出張旅費を捻出する便法として実際とは異なる日時、出張先を記載した「出張届」を作成したために生じたものである。本件調査とは、被告が製作し西武鉄道に納入したSIV装置において、トランスがボルトの外れによってSIV装置内に落下したこと(以下「本件落下」という。)があったため、同様の締付構造を有する既出荷のSIV装置において緊結状態に不具合が生じていないかを調査するというものであった。

  c 原告は出張の都度「出張届」を提出し、乙山課長がその内容を認知していたのであって、出張には業務性があった。乙山課長は、原告が本件調査のための出張に行っていたことを承知していたのであり、少なくとも事後の追認があった。

 イ 本件調査命令の有無について

  (ア) 原告の主張

  a 本件落下を受けて、平成一二年一二月一四日及び同月一六日、被告神戸工場製造部内の会議において、原告を担当としてM-4500方式のSIV装置を対象に現地調査を行うこと(水平展開)が決定された。その後、同月二五日及び同月二七日に対象台数の絞り込みがなされ、対象台数八七〇台について現地調査を行うことが決まった。原告は、外部出向中でこれらの会議には出席していないが、決定内容については丙川部長、丁原担当部長、乙山課長及び戊田専任から逐次報告を受けた。

 他の取引先に対し本件落下を公表して正式にボルトの締付不良の検査をすることは、被告の信用を失うことや取引先が被る損害について賠償問題を招くことが懸念されたため、取引先に秘して検査をすることとなった。

  b 本件調査は被告の会議において決定されたものであり、その後の会議において中止する旨変更されたことはなく、原告に対して中止が指示されたこともない。

 被告は西武鉄道への最終報告での客先了解を得たこと及び二度の検証試験にて問題がないことが判明したというが、これらは虚偽の報告及び試験であって、不具合が解決したとは決定されていない。

  c 原告は、被告の指示通り、顧客に対してトランスのボルト締結部の点検申し入れをすることなく、本件調査を実行した。

  (イ) 被告の主張

  a 被告において全数調査を行う旨の正式な機関決定は、一度もなされておらず、かつ、その後、被告が原告に対して、本件調査をなすよう命令した事実もない。

 本件落下の原因は、他部門から派遣された未熟な応援者により、仮止めの状態のままで本締めを忘れ、出荷及び輸送されたことによるものであり、SIVそれ自体の品質上の問題ではないことが、平成一二年一二月二〇日の被告製造部品質会議にて確認された。そして、既に出荷したSIVを対象とした全数調査を実施する必要がないことは、上記品質会議等における確認、顧客側との協議及び確認等のプロセス、さらには、振動試験及び実輸送試験(輸送振動試験)等も経て、遅くとも平成一三年二月までには部内のコンセンサスとなっていた。

  b 原告が本件調査をした事実はない。

 SIVを点検するには、鉄道会社に事前連絡の上、車両基地に鉄道会社のしかるべき担当者の案内のもとで、該当車両の点検線への移動、高圧電気の遮断、車両移動の禁止(表示、輪止め)などの安全装置をとる必要があり、原告が、何のアポイントメントもなく突然赴いて点検することなど不可能である。そもそも多数のSIV装置を過不足なく点検するためには、営業運用中の車両を予め計画的に点検線へ入線させる車両運用計画変更などの客先の組織的業務を発生させることが不可欠である。

 原告が主張するような突然訪問し勝手に点検する手法では、上記の問題点に加え、点検すベき車両が点検線にないことや、既に過去に点検した車両であった等の車両取り上げの不具合も生じることが明らかであり、個人的な隠密行動でSIV装置の一斉点検をすることは全く非現実的な絵空事である。

 ウ 本件懲戒解雇処分の相当性について

  (ア) 原告の主張

  a 以下の事情によれば、本件懲戒解雇処分は、社会通念上相当として是認できないものであって、懲戒権の濫用として無効である。

  b 本件調査のための出張が被告の業務でないとしても、原告が本件調査を被告から命じられた事実があること、その後これを中止すべき合理的理由はなく、むしろ本件調査の必要性が認められること、本件調査を中止する旨の決定が被告においてなされていないこと、原告は実際に本件調査を行っておりそのために出張旅費請求を行ったこと、原告の出張について乙山課長がこれを追認したと認められる状況においてなされたことなど、原告の出張旅費請求は、やむを得ない事情の下でなされたものというべきであり、原告の行為の違法性は小さいと考えられる。

  c 被告においては、出張をする従業員が、机の決められた場所に置いてある課長印を使用して、「出張届」に押印することが一般的であり、本件は、このような悪しき慣行の中でなされたものであって、他の従業員が同様の事実に基づき懲戒解雇処分がなされていないことからすると、原告に対する処分は、他の従業員に対する処分と均衡を失している。

 仮に原告が不正請求をしたのであれば、上長である乙山課長は、原告が自身の印鑑を勝手に使用し、出張を偽装して出張旅費を請求していることを知りながら、約二年間これを放置していたことになるところ、乙山課長には、何らの懲戒処分がなされていないことと比較して原告に対する本件懲戒解雇処分は不相当である。

  d 被告が本件懲戒解雇処分のために行った手続は、原告の弁明を無視し、形式的に聴聞の機会を設けたに過ぎないのであって、そのような手続で懲戒解雇処分をなすことは不当である。

 原告は、被告からの事情聴取において、弁明を行おうとしたが、そのような弁明については話をする必要がないとされ、勤怠等と出張旅費精算書とに不一致があることは認めるのか、どうしてカラ出張したのか、実際に出張に行ったのなら証拠を示せなどと答えようのない質問を受けるばかりであった。また、顛末書は、原告が言わんとする本件調査のための出張であることを弁明できる形式のものではなかった。

 当時、原告は、職場に立ち入ることや関係者と連絡を取ることを禁止されていたため、出張の事実を証明することができなかった。

  (イ) 被告の主張

  a 原告の主張は否認ないし争う。

  b そもそも、課長印を冒用して、「出張届」を作成する行為自体が、懲戒解雇事由に該当する行為であって、原告の主張は、不正旅費請求を正当化させる事情にはおよそなり得ない。

  c 確かに、当時、課長印が机の上に置かれていたことは事実であるが、被告会社内において、出張者が勝手に押印することが一般的であったという事実は全くない。

 乙山課長は懲戒処分を受けている。そもそも、上長に対する処分との権衡は、自己の不正行為を正当化する理由にはなり得ない。

  d 被告は、原告に対して三回にわたり事情聴取を行い、弁明の機会を与えた上、顛末書の提出を求めて出張の事実を証明するよう要請したところ、原告から出張の事実を証明する資料等は提出されなかった。被告が原告に対して、同伴者を明らかにするよう要請しても、一切明確な回答をすることはなかった。原告は自筆の弁明書を提出しており、十分な弁明の機会が与えられていた。

 被告は、懲戒解雇処分に至るまでに充分な事情聴取、手続、検討過程を踏んでいる。そして、これらの手続を経ても、原告が一向に明らかにしない、業務性、行先の妥当性が不明な出張や、同宿者を明らかにすることを拒んだ出張旅費精算が多数存在するため、被告は、原告の行為が社員就業規則の懲戒解雇事由に該当し、懲戒解雇処分をもって対処するしかないとの結論に至り、社員就業規則に則って懲戒解雇処分したのであるから、本件懲戒解雇処分は相当であって、適正に行われている。

 (2) 退職金不支給処分の効力(退職金不支給事由の有無)について(予備的請求)

 ア 原告の主張

 被告における退職金は、功労報酬的な意味合いよりも賃金後払的な性質がより強いと解されるところ、退職金を全額不支給とするには、懲戒解雇事由が存在するだけでなく、長年の勤続の労を抹消するほどに重大な不信行為があることが必要である。被告の年金支給規則第九条は、原則として五割の範囲内で退職金(一時金)が支給されるものと考えるべきである。

 仮に、本件懲戒解雇処分が有効であったとしても、原告の虚偽の旅費請求には情状において宥恕すべき事情が認められること、原告が当時得られた退職金は二〇〇〇万円以上であったところ、被告が被った損害は一五八万〇五二〇円に過ぎないことからすると、原告に長年の勤続の労を抹消するほどに重大な不信行為はないというべきであって、被告の退職金不支給処分は無効であり、被告は、原告に対し、年金支給規則第九条が規定する原告が得ることができた退職金(一時金)の五割に相当する金員(八〇五万円)の支払をなすべき義務を負う。

 よって、原告は、被告に対し、八〇五万円及びこれに対する原告が退職した日以降の日である平成一五年九月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

 イ 被告の主張

 本件懲戒解雇処分については、原告が長年にわたり、出張を偽装し会社を欺罔した旅費精算を行ったこと、「出張届」に繰り返し上長の許可なく上長印を押印したこと、及びこれら多数回に及ぶ不正な出張旅費精算により会社から金銭を詐取したことが理由となっており、その期間、回数及び悪質性に鑑みれば、退職金不支給処分は適切である。

 被告の損害は約一六〇万円にとどまらず、極めて多数の不正請求が存在する。

 (3) 不当利得返還請求権の有無(不正な旅費受給の有無)について

 ア 被告の主張

  (ア) 原告は、平成一三年五月から平成一五年六月までの間に、以下①ないし④のとおり、二七四日(出張日数)にわたり、被告から出張命令がないにもかかわらず、また、出張等をなすべき理由がないにもかかわらず、所属上長の職印を無断で持ち出して「出張届」を偽造し、これを被告に提出して不正な請求をなし、合計七七三万一五八六円を不正に取得したのであるから、被告は原告に対し、同額の不当利得返還請求権を有する。

  ①「休日出張分」合計一三二日分(精算金額合計四二七万二四六〇円)(別紙「出張旅費精算内容一覧表」評価欄に「休日」と記載されたもの)

  ②旅費精算内容(行先、時間、宿泊人数等)に疑義があるもの合計五二日分(精算金額合計一一六万六五四六円)(同別紙評価欄に「△」と記載されたもの)

  ③勤怠との不一致が認められるもの合計三〇日分(精算金額合計七一万二〇六〇円)(同別紙評価欄に「×」と記載されたもの)

  ④メールの発信記録等の不一致が明白なもの合計六〇日分(精算金額合計一五八万〇五二〇円)(同別紙評価欄に「××」と記載されたもの)

  (イ) 本件調査命令が原告に対してなされた事実はなく、原告が本件調査のための出張をした事実もない。乙山課長による黙認の事実もない。

  (ウ) よって、被告は、原告に対し、不当利得に基づき、七七三万一五八六円及びうち一五八万〇五二〇円(上記(ア)④の分)に対する平成一六年一一月一日から、うち六一五万一〇六六円(上記(ア)①②③の合計額)に対する平成一七年九月二八日(訴えの変更申立書送達の日)から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

 イ 原告の主張

  (ア) 原告が被告に提出した出張旅費精算書の記載内容と原告の勤怠、電子メール報告内容・発信記録との間に不一致が生じていることは認めるが、その余の被告の主張は否認ないし争う。

  (イ) 原告の主張は、本件調査のための出張であり、被告の業務命令に基づく業務上必要な出張である。原告は出張の都度「出張届」を提出しており、乙山課長がその内容を認知していたものであって業務性があった。

 原告の出張旅費請求は、本件調査に要する費用を捻出するための便法であり、出張届には、原告が実際に行った出張とは異なる日時、出張先が記載されている。

  (ウ)a ①について

 休日であっても、実際に出張に行っているのであるから、直ちに業務上の必要性がないことにはならない。出張の当・不当に関する事項であって、不当利得には当たらない。

  b ②について

 たとえ同宿者がいたとしても、実際に出張に行っているのであれば、業務上の必要性は否定されないし、原告自身の出張旅費分しか請求していないから、出張旅費を水増し請求したことにもならない。

  c ③、④について

 根拠となっている就業管理表、勤怠簿、「出張届」の正確性について疑問があり、出張の事実が認められるものがある。

 勤怠簿は各自の自己申告によるもので、また、後日記憶に基づき記載されるのが通例であるから、その内容に正確性が担保されているとは言いがたく、出張費を詐取したとの認定は困難である。

 メール発信ログ記録及びメール発信リストに基づき、原告の不正出張を証明することはできない。メール発信ログ記録には原告自身がメール発信していない記録も認められる。

  (エ) 被告が請求しているのは既に原告に対して支給済みの出張旅費であって、一旦、被告が出張であることを認め支給した出張旅費であるから、仮に原告の出張が不当であったとしてもそれは被告の労務管理上の問題に過ぎず、法律上の原因がないことにはならない。

  (オ) 出張旅費精算書のとおりの出張の事実が認められないとしても、上長である乙山課長において、原告が本件落下の調査のために出張に行っていることを長期間にわたり黙認したのであり、原告が出張旅費を取得する法律上の原因がある。

 (4) 名誉毀損・信用毀損、営業妨害による損害賠償請求について

 ア 名誉毀損・信用毀損、営業妨害の成否について

  (ア) 被告の主張

  a 原告は、平成一六年五月二六日から同年六月一一日ころにかけて、繰り返し執拗に被告の最重要顧客である一二の鉄道会社やマスコミに対して、「被告がSIVの品質問題を隠している」などの虚偽の事実、被告に対する誹謗中傷、脅迫的内容や、名誉毀損・信用毀損表現の記載された文書を通知・頒布した。また、同年一〇月六日には、西武鉄道に対して、「三菱電機SIVの品質問題」と記載した文書を送付した。

 原告が送付した文書(添付資料を含む。)の内容は、要旨以下のとおりである。①被告が品質問題を不正に隠した(被告が、人命に関わる安全上の品質問題を隠し通していること)。②原告は、被告に命じられて問題隠しの工作を行っていたものである。それゆえ、懲戒解雇には理由がなく、また、問題隠しの責任を一人負わされた。③原告は被告に対して、SIVの総点検の実施及び報告を要請する。④原告は被告に対して、不当解雇に対する保証及び解雇措置の撤回を要求する。

 原告の行為は、被告の技術、過去に発生した不具合の原因、製品の品質管理システム、稼働中の製品そのものの品質等について虚偽の事実を流布するものである。原告は、自己の主張が虚偽であることを当然に認識していたはずであり、原告の行為は、被告の信用を故意に毀損しようとするものである。

 原告の行為は、明らかに被告の信頼を失墜させ、営業利益を毀損させ、製造メーカーとしての被告の社会的評価を著しく損ない、名誉を毀損するものであって、不法行為に該当する。

  b 原告が添付同封した文書は、いずれも被告作成にかかる内部文書、内部検討文書、さらには、各種技術文書等であり、他に公開を予定していない内部文書ないし企業機密文書である。原告による頒布行為は、組織の内部者でなければ入手できない内部文書を添付して及んでおり、かかる情報漏洩行為は、反真実かつ自己利益目的と相まって、不法行為を構成するものである。

  (イ) 原告の主張

 原告が、各取引先及びマスコミに対し、被告の品質管理体制に問題がある旨の文書を送付したことは認めるが、その余は、否認ないし争う。

 イ 違法性阻却事由の有無について

  (ア) 原告の主張

  a 原告が各取引先及びマスコミへ文書を送付したことは、被告が公共交通機関である電車車両搭載機器の製造メーカーであるところ、被告がSIV機器の組立に関しずさんな工作方法をなしていること、被告の品質管理体制に不備があることを指摘することによって被告の製造管理体制を是正し、もって、公共交通機関の安全という公共の利益を図る目的があった。

  b 原告の鉄道会社に対する送付文書中、被告の名誉・信用毀損と考えられるのは、被告が人命に関わる安全上の品質問題を隠し通している旨の記述であるが、かかる記述内容は真実である。

 品質問題の内容としては、本件落下を踏まえ七つの工作不具合及び管理不具合(①締め付け方法が図面と相違していた、②締め付けトルク管理がされていなかった、③チェックシート上に重要部に関してのトルクチェック、チェックマーク確認の項目がなかった(締め付けた証拠確認ができなかった)、④回り止めの接着剤の塗布が洩れていた、⑤回り止め接着剤塗布時に拭き取られるべきグリスが拭き取られていなかった、⑥重要作業箇所でありながら他部門の車両組み立てに精通していない作業者に締め付け作業をさせていた、⑦重要箇所締結部でありながら品質管理部門の確認がされていなかった)が発見されており、このことが、被告が工作品質、品質管理に根本的問題を抱えていることを示している。

 被告の品質問題について客先に虚偽の報告がなされたこと、現実に調査が被告の指示どおりに原告を中心に実行され、その結果、ボルトの緩み等が発見されたことは真実である。

  (イ) 被告の主張

  a 原告は、自己の膨大な数のカラ出張を正当化するためだけに、虚偽のストーリーを作出・展開し、文書に記載して頒布した。

 これら一連の行為に及んだ原告の目的は、自己に対する懲戒解雇処分の撤回を図ることと推認されるところ、懲戒解雇処分は、就業規則等に照らしても、また、不正出張旅費請求の回数、態様等に鑑みても適正、正当であるから、原告の目的が不当であることは明白である。また、不正な金銭的利益を得ることも目的であった。

 自己の主張(被告の品質問題やSIVに関する不具合)を展開する手段として、鉄道会社やマスコミ等に虚偽の文書を送付する行為は適切とは言えず、加害目的が認められる。

  b 原告が送付した文書の記載内容は、いずれも真実性を欠く。

 本件落下の原因は、①不慣れな応援作業者が、ボルトナットの本締めを忘れたこと、②本件西武鉄道向けSIVのトランス装置は、特殊な構造のため取付ボルト部の締結状態をチェックすることが困難であり、締結不良を見逃したこと、③ボルトが仮止め状態のままであったために、トラック輸送の振動により極めて短時間でボルトが外れたことであった。したがって、他のタイプのトランス装置においては、①応援作業者にトランスの取付ボルトに関わる作業をさせたことが過去になく、未熟な応援作業者の作業ミスによる類似の事象が発生し得ないこと、②西武鉄道で採用されたものと同構造の装置は他になく、チェックできない構造のものが他にないこと、③過去に被告の工場から出荷されたSIV製品において同様の不具合の発生が皆無であること等の事実に照らせば、他のタイプのトランス装置が落下することは技術的にあり得ず、本件落下と類似の事象が今後発生する危険性は考えられなかった。そして被告は、西武鉄道に対しその旨の報告、作業実施をなし、理解を得た。それ故、原告の「被告が品質問題を隠している」「被告が人命に関わる安全上の品質問題を隠し通している」旨の主張は虚偽である。被告が、原告に対して、「問題隠しの工作を行うよう」出張等を命じることなどおよそあり得ない。

 原告は、SIVの設計を長年担当し、かつ本件西武鉄道向けSIV用トランス取付不具合の対応を行った担当者であり、自らの主張が虚偽であることを当然認識していたはずである。

 ウ 損害及び因果関係について

  (ア) 被告の主張

  a 直接損害及び間接損害:一三五九万一九九〇円

 被告は、相当数の人的物的資源を活用し、原告の一連の行為は全く根拠がないことの理解を、広く顧客等に求めるなどの対応を強いられ、そのため、外注費用、材料費、工場技術者や本社担当者等の出張費用等の通常負担すべき費用ではない損害が発生し、その合計は一三五九万一九九〇円を下らない。

  b 慰謝料:三〇〇〇万円

 原告による名誉毀損、信用毀損、営業妨害行為は、原告が内部事情を知悉する元従業員であることを最大限に悪用し、内部者でなければ入手し得ない内部文書・技術文書等を利用した点において悪質であり、その態様、反復継続の状況に加え、鉄道会社という最重要顧客に対して、被告の信頼を失墜させ、あるいは、失墜させる危険をもたらしたこと、被告において風評被害を防ぐために多大な労力をかけざるを得なかったこと等に鑑みると、慰謝料は三〇〇〇万円を下らない。

 一連の対応に伴う人件費等相当額として、合計五〇〇万円以上もの多額の損害が生じており、このことは、慰謝料額に反映されるべきである。

  c 弁護士費用:三〇〇万円

 被告は、被告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任し、その費用及び報酬として三〇〇万円を支払うことを約した。

  d よって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、四六五九万一九九〇円及びこれに対する平成一六年一二月三〇日(第二事件の訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

  (イ) 原告の主張

 被告の主張は争う。

 被告が主張する各損害項目は、損害として認められない。仮に損害が認められるとしても、権利を守ることは権利者の責務であって、弁護士費用として損害額の一〇パーセント相当額の損害以外は不法行為と相当因果関係がない。

 エ 差止請求の可否について

  (ア) 被告の主張

 原告は、計画的に反復継続して文書等送付による営業妨害行為及び信用毀損行為に及んだのであり、その際、被告が本源的に所有し、営業秘密性を有する文書・図面等を用いている。かかる行為は、不正競争防止法二条一項七号の「不正競争」に該当し、又は少なくともこれに同視しうる行為である。原告がこれらの行為を再度繰り返す危険性は皆無とは言えず、原告によるこれらの通知・頒布等の行為を事前に差し止める必要性は高く、かつ、原告のかかる表現行為は、虚偽の事実の摘示を含んでおり、法の保護に値するものではないこと、さらに不正競争防止法三条の趣旨にも鑑みれば、被告は、名誉、信用及び営業権を侵害されたことに基づき、原告ないし第三者をして同様の妨害行為をさせることの排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利を有する。

  (イ) 原告の主張

 被告の主張は否認ないし争う。

 (5) 返還、廃棄請求について

 ア 返還請求の可否について

  (ア) 被告の主張

  a 原告による通知・頒布行為に際しては、被告が所有する別紙「ファイル目録」記載のファイル一式から文書、技術書面、図面等を抽出等した上、添付・同封しているから、被告は原告に対し、所有権に基づき、原告が持ち出した別紙「ファイル目録」記載のファイル一式、又は、原告が現に所持するSIVに関する文書・技術文書その他これらに関する一切の資料等の返還を請求する権利を有する。

  b 仮に、原告が現に所持する前記資料等が写しであるとしても、原告が当該「写し」を被告の社内で作成した場合、その写しの所有権は被告にあり、よって、この場合、被告は所有権に基づき、「写し」にかかる前記資料等の返還を請求することができる。

 原告が被告の社外で「写し」を作成した場合であっても、就業規則六五条が「解雇された者は会社から借用している物を取りそろえ、直ちに返納しなければならない」と規定し、これは雇用契約における約定となっているところ、かかる「写し」は、被告が本源的に所有するファイル(内部文書の集合体)から文書・図面等を抽出するなどして、原告において写しを得たものであることが明白であることに照らせば、原告が所持する一切の文書・図面等は被告からの借用物であると言え、被告は返還を求めうるというべきである。

  c そもそも、団体内(企業等)の各構成員(社員)が保有する、当該団体に関係する情報の媒体としての文書等が、「写し」か「原本」かを議論することは無意義であるか、困難であることが認識されて然るべきである。法的に保護されるべき利益は、各従業員が保有する、情報が化体された有体物としての文書等が適切に管理されることであり、仮に、従業員が、外部においてコピーをして写しを得たとしても、これは情報の本源的保有者である組織体に帰属・返還されるべきものである。したがって、「写し」であることだけを理由に、法的には直ちに返還請求権の対象とはならないという結論は、組織における意思決定等の保護の観点等に照らしても正しいものとは言えない。

  (イ) 原告の主張

  a 原告が所持するファイルは、写しであって、被告に所有権は認められない。

  b 原告が所持している文書(写し)は、原告が手控え用に所持していた文書(写し)及び会議資料として配布された文書(写し)であり、かかる文書(写し)については、会議終了後等に回収されることはなく処分が所持者に委ねられており、所有権が被告にあるとは到底言えない。

 また、就業規則六五条は、被告から貸与される備品等の返還を定めた規定であることが明らかであり、資料の写しがこれにあたるとは到底言えない。

 イ 廃棄請求の可否について(予備的請求)

  (ア) 被告の主張

 仮に返還請求が認められないとしても、原告の行為の態様、執拗性、悪質性は著しく、返還を求められない場合の司法的救済としては廃棄が必要かつ相当であること、就業規則六五条は懲戒解雇に際して借用物の返還を規定しているところ、これらの行為に応じない元社員に対しては、当該物の廃棄を求めることが必要かつ相当であり、同条の趣旨として含意されていること、原告が、SIVに関する文書・技術文書等を使用して、被告に対して、名誉毀損ないし信用毀損行為を執拗に繰り返したこと、懲戒解雇により原告がこれらのSIVに関する文書・技術文書を所持する理由は存在しないこと、さらには、侵害物を組成した当該物の廃棄を司法的救済において求めることが必要かつ相当で、不正競争防止法三条の趣旨をも考慮し、悪意をもって侵害行為に使用された情報に対する保護が認められるべきであることから、就業規則六五条に基づき、別紙「ファイル目録」記載のファイル一式、又は、原告が現に所持するSIVに関する文書・技術文書等その他これらに関する一切の資料等の廃棄が認められるべきである。