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カテゴリ:民法 > 不動産賃貸借

賃貸借契約の債務不履行解除と転貸借契約 最高裁平成9年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 64事件

建物賃料等請求本訴、保証金返還請求反訴事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成6年(オ)第456号

平成9年2月25日

【判示事項】      賃借人の債務不履行による賃貸借の解除と賃貸人の承諾のある転貸借の帰すう

【判決要旨】      賃貸借が賃貸借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸借が転借人に対して目的物の返還を請求したときに、転貸人の転借人に対する債務の不履行不能により終了する。

【参照条文】      民法601

            民法612

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集51巻2号398頁

            裁判所時報1190号73頁

            判例タイムズ936号175頁

            金融・商事判例1019号3頁

            判例時報1599号69頁

            金融法務事情1487号51頁

【評釈論文】      関東学園大学法学紀要8巻2号53頁

            産大法学31巻3~4号216頁

            ジュリスト1116号120頁

            ジュリスト臨時増刊1135号75頁

            別冊ジュリスト160号136頁

            判例タイムズ臨時増刊978号78頁

            判例評論465号21頁

            法学協会雑誌135巻7号1809頁

            法律時報別冊私法判例リマークス16号46頁

            NBL654号144頁

            別冊NBL62号214頁

 

       主   文

 

 原判決中、上告人ら敗訴の部分を破棄し、同部分につき第一審判決を取り消す。

 前項の部分に係る被上告人の請求をいずれも棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人須藤英章、同関根稔の上告理由について

 一 被上告人の本訴請求は、上告人らに対し、(一) 主位的に本件建物の転貸借契約に基づいて昭和六三年一二月一日から平成三年一〇月一五日までの転借料合計一億三一一〇万円の支払を求め、(二) 予備的に不当利得を原因として同額の支払を求めるものであるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 被上告人は、本件建物を所有者である訴外有限会社田中一商事から賃借し、同会社の承諾を得て、これを上告人キング・スイミング株式会社に転貸していた。上告人株式会社コマスポーツは、上告人キング・スイミング株式会社と共同して本件建物でスイミングスクールを営業していたが、その後、同会社と実質的に一体化して本件建物の転借人となった。

 2 被上告人(賃借人)が訴外会社(賃貸人)に対する昭和六一年五月分以降の賃料の支払を怠ったため、訴外会社は、被上告人に対し、昭和六二年一月三一日までに未払賃料を支払うよう催告するとともに、同日までに支払のないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。しかるに、被上告人が同日までに未払賃料を支払わなかったので、賃貸借契約は同日限り解除により終了した。

 3 訴外会社は、昭和六二年二月二五日、上告人ら(転借人)及び被上告人(貸借人)に対して本件建物の明渡し等を求める訴訟を提起した。

 4 上告人らは、昭和六三年一二月一日以降、被上告人に対して本件建物の転借料の支払をしなかった。

 5 平成三年六月一二日、前記訴訟につき訴外会社の上告人ら及び被上告人に対する本件建物の明渡請求を認容する旨の第一審判決が言い渡され、右判決のうち上告人らに関する部分は、控訴がなく確定した。

   訴外会社は平成三年一〇月一五日、右確定判決に基づく強制執行により上告人らから本件建物の明渡しを受けた。

 二 原審は、右事実関係の下において、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約が被上告人の債務不履行により解除されても、被上告人と上告人らとの間の転貸借は終了せず、上告人らは現に本件建物の使用収益を継続している限り転借料の支払義務を免れないとして、主位的請求に係る転借料債権の発生を認め、上告人らの相殺の抗弁を一部認めて、被上告人の主位的請求を右相殺後の残額の限度で認容した。

 三 しかしながら、主位的請求に係る転借料債権の発生を認めた原審の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

  賃貸人の承諾のある転貸借においては、転借人が目的物の使用収益につき賃貸人に対抗し得る権原(転借権)を有することが重要であり、転貸人が、自らの債務不履行により賃貸借契約を解除され、転借人が転借権を賃貸人に対抗し得ない事態を招くことは、転借人に対して目的物を使用収益させる債務の履行を怠るものにほかならない。そして、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合において、賃貸人が転借人に対して直接目的物の返還を請求したときは、転借人は賃貸人に対し、目的物の返還義務を負うとともに、遅くとも右返還請求を受けた時点から返還義務を履行するまでの間の目的物の使用収益について、不法行為による損害賠償義務又は不当利得返還義務を免れないこととなる。他方、賃貸人が転借人に直接目的物の返還を請求するに至った以上、転貸人が賃貸人との間で再び賃貸借契約を締結するなどして、転借人が賃貸人に転借権を対抗し得る状態を回復することは、もはや期待し得ないものというほかはなく、転貸人の転借人に対する債務は、社会通念及び取引観念に照らして履行不能というべきである。したがって、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、賃貸人の承諾のある転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求した時に、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了すると解するのが相当である。

 これを本件についてみると、前記事実関係によれば、訴外会社と被上告人との間の賃貸借契約は昭和六二年一月三一日、被上告人の債務不履行を理由とする解除により終了し、訴外会社は同年二月二五日、訴訟を提起して上告人らに対して本件建物の明渡しを請求したというのであるから、被上告人と上告人らとの間の転貸借は、昭和六三年一二月一日の時点では、既に被上告人の債務の履行不能により終了していたことが明らかであり、同日以降の転借料の支払を求める被上告人の主位的請求は、上告人らの相殺の抗弁につき判断するまでもなく、失当というべきである。右と異なる原審の判断には、賃貸借契約が転貸人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合の転貸借の帰趨につき法律の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人ら敗訴の部分は破棄を免れず、右部分につき第一審判決を取り消して、被上告人の主位的請求を棄却すべきである。また、前記事実関係の下においては、不当利得を原因とする被上告人の予備的請求も理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  可部恒雄

           裁判官  園部逸夫

           裁判官  大野正男

           裁判官  千種秀夫

           裁判官  尾崎行信

更新料特約の有効性 最高裁平成23年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 63事件

更新料返還等請求本訴,更新料請求反訴,保証債務履行請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成22年(オ)第863号、平成22年(受)第1066号

平成23年7月15日

【判示事項】      1 消費者契約法10条と憲法29条1項

            2 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項の消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」該当性

【判決要旨】      1 消費者契約法10条は、憲法29条1項に違反しない。

            2 賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料の支払を約する条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額にすぎるなどの特段の事情がない限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。

【参照条文】      消費者契約法10

            憲法29-1

            民法第3編第2章第7節〔賃貸借〕

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集65巻5号2269頁

            裁判所時報1535号265頁

            判例タイムズ1361号89頁

            金融・商事判例1384号35頁

            金融・商事判例1372号7頁

            判例時報2135号38頁

            金融法務事情1948号83頁

            LLI/DB 判例秘書登載

            登記情報604号104頁

【評釈論文】      ジュリスト1440号66頁

            ジュリスト1441号106頁

            別冊ジュリスト224号130頁

            成蹊法学80号196頁

            白鴎法学41号67頁

            阪大法学63巻2号599頁

            判例時報2157号148頁

            駒澤法学12巻1号112頁

            法学協会雑誌130巻2号546頁

            法曹時報66巻3号770頁

            法律時報84巻11号129頁

            法律時報別冊私法判例リマークス46号

            民商法雑誌146巻1号92頁

            現代消費者法13号103頁

 

       主   文

 

 1 原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分を破棄し,同部分に係る第1審判決を取り消す。

 2 前項の部分に関する被上告人Xの請求を棄却する。

 3 上告人のその余の上告を却下する。

 4 被上告人らは,上告人に対し,連帯して,7万6000円及びこれに対する平成19年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 訴訟の総費用のうち,上告人と被上告人Xとの間に生じたものは,これを4分し,その1を上告人の,その余を同被上告人の負担とし,上告人と被上告人Zとの間に生じたものは同被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 第1 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告理由について

 1 上告理由のうち消費者契約法10条が憲法29条1項に違反する旨をいう部分について

 消費者契約法10条が憲法29条1項に違反するものでないことは,最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成17年(オ)第886号同18年11月27日第二小法廷判決・裁判集民事222号275頁参照)。論旨は採用することができない。

 2 その余の上告理由について

 その余の上告理由は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

 3 なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分については,上告理由を記載した書面を提出しない。

 第2 上告代理人田中伸,同伊藤知之,同和田敦史の上告受理申立て理由について

 1 本件本訴は,居住用建物を上告人から賃借した被上告人Xが,更新料の支払を約する条項(以下,単に「更新料条項」という。)は消費者契約法10条又は借地借家法30条により,定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条によりいずれも無効であると主張して,上告人に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの更新料22万8000円及び定額補修分担金12万円の返還を求める事案である。

 上告人は,被上告人Xに対し,未払更新料7万6000円の支払を求める反訴を提起するとともに,連帯保証人である被上告人Zに対し,上記未払更新料につき保証債務の履行を求める訴えを提起し,この訴えは,上記の本訴及び反訴と併合審理された。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人Xは,平成15年4月1日,上告人との間で,京都市内の共同住宅の一室(以下「本件建物」という。)につき,期間を同日から平成16年3月31日まで,賃料を月額3万8000円,更新料を賃料の2か月分,定額補修分担金を12万円とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,平成15年4月1日,本件建物の引渡しを受けた。

 また,被上告人Zは,平成15年4月1日,上告人との間で,本件賃貸借契約に係る被上告人Xの債務を連帯保証する旨の契約を締結した。

 本件賃貸借契約及び上記の保証契約は,いずれも消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

 (2) 本件賃貸借契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,被上告人Xは,契約締結時に,上告人に対し,本件建物退去後の原状回復費用の一部として12万円の定額補修分担金を支払う旨の条項があり,また,本件賃貸借契約の更新につき,① 被上告人Xは,期間満了の60日前までに申し出ることにより,本件賃貸借契約の更新をすることができる,② 被上告人Xは,本件賃貸借契約を更新するときは,これが法定更新であるか,合意更新であるかにかかわりなく,1年経過するごとに,上告人に対し,更新料として賃料の2か月分を支払わなければならない,③ 上告人は,被上告人Xの入居期間にかかわりなく,更新料の返還,精算等には応じない旨の条項がある(以下,この更新料の支払を約する条項を「本件条項」という。)。

 (3) 被上告人Xは,上告人との間で,平成16年から平成18年までの毎年2月ころ,3回にわたり本件賃貸借契約をそれぞれ1年間更新する旨の合意をし,その都度,上告人に対し,更新料として7万6000円を支払った。

 (4) 被上告人Xが,平成18年に更新された本件賃貸借契約の期間満了後である平成19年4月1日以降も本件建物の使用を継続したことから,本件賃貸借契約は,同日更に更新されたものとみなされた。その際,被上告人Xは,上告人に対し,更新料7万6000円の支払をしていない。

 3 原審は,上記事実関係の下で,本件条項及び定額補修分担金に関する特約は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人Xの請求を認容すべきものとし,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。

 4 しかしながら,本件条項を消費者契約法10条により無効とした原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 更新料は,期間が満了し,賃貸借契約を更新する際に,賃借人と賃貸人との間で授受される金員である。これがいかなる性質を有するかは,賃貸借契約成立前後の当事者双方の事情,更新料条項が成立するに至った経緯その他諸般の事情を総合考量し,具体的事実関係に即して判断されるべきであるが(最高裁昭和58年(オ)第1289号同59年4月20日第二小法廷判決・民集38巻6号610頁参照),更新料は,賃料と共に賃貸人の事業の収益の一部を構成するのが通常であり,その支払により賃借人は円満に物件の使用を継続することができることからすると,更新料は,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である。

 (2) そこで,更新料条項が,消費者契約法10条により無効とされるか否かについて検討する。

 ア 消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法等の法律の公の秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを定めるところ,ここにいう任意規定には,明文の規定のみならず,一般的な法理等も含まれると解するのが相当である。そして,賃貸借契約は,賃貸人が物件を賃借人に使用させることを約し,賃借人がこれに対して賃料を支払うことを約することによって効力を生ずる(民法601条)のであるから,更新料条項は,一般的には賃貸借契約の要素を構成しない債務を特約により賃借人に負わせるという意味において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるというべきである。

 イ また,消費者契約法10条は,消費者契約の条項を無効とする要件として,当該条項が,民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることをも定めるところ,当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的(同法1条参照)に照らし,当該条項の性質,契約が成立するに至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。

 更新料条項についてみると,更新料が,一般に,賃料の補充ないし前払,賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有することは,前記(1)に説示したとおりであり,更新料の支払にはおよそ経済的合理性がないなどということはできない。また,一定の地域において,期間満了の際,賃借人が賃貸人に対し更新料の支払をする例が少なからず存することは公知であることや,従前,裁判上の和解手続等においても,更新料条項は公序良俗に反するなどとして,これを当然に無効とする取扱いがされてこなかったことは裁判所に顕著であることからすると,更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に更新料の支払に関する明確な合意が成立している場合に,賃借人と賃貸人との間に,更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について,看過し得ないほどの格差が存するとみることもできない。

 そうすると,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は,更新料の額が賃料の額,賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらないと解するのが相当である。

 (3) これを本件についてみると,前記認定事実によれば,本件条項は本件契約書に一義的かつ明確に記載されているところ,その内容は,更新料の額を賃料の2か月分とし,本件賃貸借契約が更新される期間を1年間とするものであって,上記特段の事情が存するとはいえず,これを消費者契約法10条により無効とすることはできない。また,これまで説示したところによれば,本件条項を,借地借家法30条にいう同法第3章第1節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものということもできない。

 5 以上によれば,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな違法があり,論旨はこの趣旨をいうものとして理由がある。なお,上告人は,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についても,上告受理の申立てをしたが,その理由を記載した書面を提出しない。

 第3 結論

 以上説示したところによれば,原判決中,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分を除く部分は破棄を免れない。そして,前記認定事実及び前記第2の4に説示したところによれば,更新料の返還を求める被上告人Xの請求は理由がないから,これを棄却すべきであり,また,未払更新料7万6000円及びこれに対する催告後である平成19年9月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の請求には理由があるから,これを認容すべきである。なお,被上告人Xの定額補修分担金の返還請求に関する部分についての上告は却下することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

 

 

立退料提供申出の時期 最高裁平成6年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 62事件

建物収去土地明渡等請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成2年(オ)第326号

平成6年10月25日

【判示事項】      借地法4条1項所定の正当事由を補完する立退料等の提供ないし増額の申出の時期

【判決要旨】      借地法4条1項所定の正当事由を補完する立退料等金員の提供ないしその増額の申出は、事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては、原則としてこれを考慮することができる。

            (補足意見がある。)

【参照条文】      借地法4-1

            借地法6-2

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集48巻7号1303頁

            最高裁判所裁判集民事173号169頁

            裁判所時報1133号165頁

【評釈論文】      ジュリスト臨時増刊1068号85頁

            別冊ジュリスト160号138頁

            別冊ジュリスト238号126頁

            判例タイムズ臨時増刊1020号69頁

            法曹時報49巻3号176頁

            法律時報別冊私法判例リマークス12号56頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 一 上告代理人竹田章治の上告理由第二点について

  土地所有者が借地法六条二項所定の異議を述べた場合これに同法四条一項にいう正当の事由が有るか否かは、右異議が遅滞なく述べられたことは当然の前提として、その異議が申し出られた時を基準として判断すべきであるが、右正当の事由を補完する立退料等金員の提供ないしその増額の申出は、土地所有者が意図的にその申出の時期を遅らせるなど信義に反するような事情がない限り、事実審の口頭弁論終結時までにされたものについては、原則としてこれを考慮することができるものと解するのが相当である。けだし、右金員の提供等の申出は、異議申出時において他に正当の事由の内容を構成する事実が存在することを前提に、土地の明渡しに伴う当事者双方の利害を調整し、右事由を補完するものとして考慮されるのであって、その申出がどの時点でされたかによって、右の点の判断が大きく左右されることはなく、土地の明渡しに当たり一定の金員が現実に支払われることによって、双方の利害が調整されることに意味があるからである。このように解しないと、実務上の観点からも、種々の不合理が生ずる。すなわち、金員の提供等の申出により正当の事由が補完されるかどうか、その金額としてどの程度の額が相当であるかは、訴訟における審理を通じて客観的に明らかになるのが通常であり、当事者としても異議申出時においてこれを的確に判断するのは困難であることが少なくない。また、金員の提供の申出をするまでもなく正当事由が具備されているものと考えている土地所有者に対し、異議申出時までに一定の金員の提供等の申出を要求するのは、難きを強いることになるだけでなく、異議の申出より遅れてされた金員の提供等の申出を考慮しないこととすれば、借地契約の更新が容認される結果、土地所有者は、なお補完を要するとはいえ、他に正当の事由の内容を構成する事実がありながら、更新時から少なくとも二〇年間土地の明渡しを得られないこととなる。

 本件において、原審は、被上告人が原審口頭弁論においていわゆる立退料として二三五〇万円又はこれと格段の相違のない範囲内で裁判所の決定する金額を支払う旨を申し出たことを考慮し、二五〇〇万円の立退料を支払う場合には正当事由が補完されるものと認定判断しているが、その判断は、以上と同旨の見解に立つものであり、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するに帰するもので、採用することができない。

 二 その余の上告理由について

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。右判断は、所論引用の当審判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官可部恒雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官可部恒雄の補足意見は、次のとおりである。

 一 法廷意見は、借地法四条一項但書所定の「正当ノ事由」の有無は、同法六条による異議申出時を基準として判断すべきであるとして、従前の実務の取扱いを是認しつつ、いわゆる正当事由の補完事由としての立退料等の金員の提供ないしその増額の申出は、事実審の口頭弁論終結時までにされたものは原則として考慮することができる旨を判示した。

 右にいう補完事由としての立退料等の金員(以下、記述の便宜上、単に「立退料」と略称する)の提供等の申出と、正当事由を具備するか否かの判断の基準時との関係については、借地関係に特有の、ともいうべき実務上の問題点があり、本件はまさにこの点についての先例となるものと考えられるので、以下に法廷意見を補足して意見を述べておくこととしたい(なお、借地借家関係の法令については、記述の便宜上、借地借家法(平成三年法律第九〇号)施行前の借地法及び借家法によることとする)。

 二 借地権は建物所有を目的とするため、その存続期間として三〇年ないし六〇年にわたる長期間が法定され、更新後の期間も堅固建物については三〇年以上、非堅固建物についても二〇年以上とされており、土地所有者にとっては、借地権の存続期間の満了時を除いて貸地の返還を求め得る機会はない。そして、土地所有者が借地権者による契約の更新の請求又はいわゆる法定更新を拒絶するには、実体的には「自ラ土地ヲ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」であることを要し、さらに手続的には「遅滞ナク異議ヲ述」べることを要するものとされる。

 ところで、借地法の条文の構造からすれば、正当事由を具備するか否かの判断の基準時は、借地権者の更新請求又は(存続期間満了による)借地権消滅後における土地の使用継続に対する異議申出時をもって原則とするのが最も素直な解釈であり、借地についての比較的少数の先例もその趣旨に読むことができよう(最高裁昭和三七年(オ)第一二九四号同三九年一月三〇日第一小法廷判決・裁判集民事七一号五五七頁、最高裁昭和四八年(オ)第八五九号同四九年九月二〇日第三小法廷判決・裁判集民事一一二号五八三頁)。

 三 ここで登場するのが、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額の申出と正当事由具備の判断の基準時との関係である。

 立退料の提供は、戦後、借地法の解釈適用に関する実務の運用上、借地契約の更新を求める借地権者と更新を拒絶する土地所有者との間の利害の調整を図るべく、いわば実際の必要に基づいて実務の中から生み出されたものであるが、立退料の提供により正当事由が補完されるか否か、特にその金額として幾許が相当であるかは、訴訟での審理を通じて初めて明らかになるのが通常であることは、法廷意見の指摘するとおりであるのみならず、当事者の立場にあることから、それぞれに主観的事情の伴うことも避け難いところである。

 したがって、前記のように、正当事由具備の判断の基準時は異議申出時をもって原則とすべきであるとはいっても、「遅滞ナク」異議を述べるべきその時点において、立退料の提供、しかも後に受訴裁判所において相当として許容されるべき金額の申出をすることを要するというのは、土地所有者と借地権者との間の土地使用関係の解消に伴う紛争の実態に合致せず、立退料のもつ本来の補完的性質にも反し、実務の産物であるその実際的機能を著しく減殺し、遂には殆ど無に帰せしめる結果ともなろう。

 そこで、異議申出の時点を原則とするとの見地に立ちつつ、立退料などいわゆる正当事由の補強条件の申出が事後になされたとしても、客観的な事実の変遷とは性質を異にすることに着目し、遅すぎる補強条件の申出として法的安定性を害するおそれのない限り、これを加味して判断すべきであるとか、基準時(異議申出時)において予想し得たものである場合、又は基準時における正当事由の存否の徴憑たり得るものである場合には、これを補完的に考慮すべきであるとか、の解釈上の努力(注)が裁判例に現れることとなるのである。

    注 「1」 東京高裁昭和五一年二月二六日判決・高民集二九巻一号一六頁、「2」 東京高裁昭和五四年三月二八日判決・判例時報九三五号五一頁、「3」 東京高裁昭和六一年一〇月二九日判決・判例時報一二一七号七〇頁等がそれである。

      右の「1」東京高裁昭和五一年判決(最三小昭五一・一一・九判決により上告棄却)は、「補強条件の申出の要件として『遅滞なく』とは、単に歳月の日数によって算えられるべきでな」いとして、更新拒絶より四年一〇ケ月後の金員提供の申出及び更に九ケ月後の増額の申出を「遅滞なく」されたものであるとした。次に、右の「2」東京高裁昭和五四年判決(最二小昭五五・一・二五判決により上告棄却)は、異議申出時より九ケ月後の立退料提供の申出及び更に一年後の増額の申出により、また、右の「3」東京高裁昭和六一年判決(最三小平元・七・一八判決により上告棄却)は、異議申出時より四年五ケ月後の立退料の申出により、いずれも正当事由が補完された旨を判示した。

 四 以上、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないし増額の申出と正当事由具備の判断の基準時との関係を借地関係について見てきたが、有償による不動産の使用関係の解消については、借地のみならず借家関係についても同様の問題が存するかに見える。借家についても、建物の賃貸人が賃借権の更新を拒絶し又は解約の申入れをするについては、自己使用その他「正当ノ事由」を具備することを必要とし、正当事由の補完事由としての立退料の提供が実務の中から生み出されたのは、むしろ借地に先立つ借家の関係においてであったといってよいからである。

 五 しかしながら、借地関係と借家関係では、この点の様相を著しく異にする。

 すなわち、

 地上建物の保護のため二〇年以上の長期にわたって借地権の存続期間が法定される借地関係に比し、借家関係については、借家権の存続期間を長期にわたって法定するところがないばかりでなく、約定により期間の定めのある賃貸借においても、借家法二条による法定更新の後は、期間の定めのない賃貸借となるものとされ(最高裁昭和二六年(オ)第八一号同二八年三月六日第二小法廷判決・民集七巻四号二六七頁)、期間の定めのない借家契約は、「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」には、六ケ月の告知期間を置くことにより(注)、いつでも解約の申入れをすることができる。

    注 正当事由は解約申入れの時から六ケ月間存続することを要するとするのが判例であるといってよく(最高裁昭和二七年(オ)第一二七〇号同二九年三月九日第三小法廷判決・民集八巻三号六五七頁、後出最高裁昭和四一年一一月一〇日第一小法廷判決、最高裁昭和四〇年(オ)第一〇八号同四二年一〇月二四日第三小法廷判決・裁判集民事八八号七三三頁)、下級審の裁判例としてもこれが実務の大勢を占めている。

 そして、建物の賃貸人が賃貸借契約の解約申入れに基づく該建物の明渡請求訴訟を継続維持しているときは、解約申入れの意思表示が黙示的・継続的に(注)されているものと解すべきである、とすること判例である(最高裁昭和四〇年(オ)第一四九七号同四一年一一月一〇日第一小法廷判決・民集二〇巻九号一七一二頁)から、当初の解約申入れの時点(A)では、正当事由を具備するというに足りないとされる事案においても、その後、立退料の提供の申出(B)があり、さらにその増額の申出がなされた時点(C)で正当事由の補完が認められるならば、その時(B又はCの時点)から六ケ月の期間の経過により、解約の効力を生ずることになる。

    注 右の昭和四一年判決に先立つ最高裁昭和三〇年(オ)第一七九号同三四年二月一九日第一小法廷判決・民集一三巻二号一六〇頁の判例評釈は、「有効な解約申入を理由とする明渡訴訟の提起、その維持・継続」により「時々刻々解約申入がなされている」と解し得るとした(星野・法協七八巻一号一〇八頁)。これが右の昭和四一年判決の説明のために借用されているのは十分肯けることである(同年度解説[90]四九一頁)。

 六 以上に見るように、借家関係については、借地のそれと異なり、「一年末満ノ期間ノ定アル賃貸借ハ之ヲ期間ノ定ナキモノト看做ス」(借家法三条ノ二)とするのみで、借家権の存続期間についてそれ以上に規定するところがなく、法定更新後は期間の定めのない賃貸借となるので、正当事由を具備する限り、何時でも解約の申入れをすることができ、解約申入れを理由とする明渡訴訟の継続中は「時々刻々」解約申入れがなされていると解すべきである、というのであるから、こと借家に関する限り、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額申出の時点と、正当事由具備の判断の基準時(黙示的な解約申入れの時点)とは、もともと一致し、或いは実務上些少の工夫により容易に一致させることができ、右の補完事由の申出の時点と基準時との不一致に由来する実務上の困難は、借地関係に特有の問題であることが明らかとなるのである。

 七 借地と借家との別は以上のとおりとして、ここで改めて検討を要するのは、正当事由の補完事由としての立退料の提供ないしその増額の申出は、自己使用その他、正当事由の内容を構成し、原被告間においてその存否が争われる「事実」であるのか、という論点である。

 立退料の提供ないしその増額の申出は、訴訟上、受訴裁判所の関与の下に、訴訟当事者である土地所有者から借地権者に対してなされるもので、土地所有者の自己使用の必要とか、借地権者の地上建物に対する生活上の依存度というような、基準時における「事実」として、当事者間においてその存否が争われる余地はなく、立退料の提供の申出は、基準時において正当事由がなお充足されず、土地所有者の側からする一定額の金員の提供によって初めて正当事由が補完され得るという事案において、受訴裁判所をして右金員の支払と引換えに(その支払は執行開始の要件である)借地権者に土地明渡しを命ずる判決をすることを可能ならしめるものであり、この点においてのみ法律上の意味を有するものにほかならない。

 受訴裁判所は、たとい一定額の金員の支払により正当事由が補完され得ると判断した場合においても、原告たる土地所有者からその旨の申出がない限り、前記の引換給付の判決をすることはできず、また、原告が明確に上限を画して一定額以下の金員の提供を申し出た場合に、その上限を超えて引換給付の判決をすることは許されない。「裁判所ハ当事者ノ申立テサル事項ニ付判決ヲ為スコトヲ得ス」(民訴法一八六条)とする点の拘束は、その意味で絶対的であるといってよい。

 立退料の提供の申出のもつ法律上の意味は以上のとおりであり、そして、それ以外の意味をもたない。正当事由の補完事由とされるとはいえ、それは正当事由の内容を構成するものとしてその存否が争われる「事実」ではない。にもかかわらず、それが正当事由の補完事由とされるが故に、正当事由具備の判断の基準時との関係で実務処理上の困難に出遭い、下級審裁判例において様々の解釈上の努力が積み重ねられて来たことは、さきに見たとおりである。

 思うに、判例形成の責任が最上級審にあることはもとよりであるが、さきに注記した裁判例に見るような、実務上の困難に対処するための苦渋に満ちた解釈上の努力から、もはや脱却すべき時機が到来したことに、実務上の注意を喚起しておきたい。本判決の意義はそこにあると考える。

    注 立退料の提供又はその増額の申出と正当事由具備の基準時との関係につき、法廷意見と共通の見解を示す比較的最近の判決がある。最高裁平成二年(オ)第二一六号同三年三月二二日第二小法廷判決・民集四五巻三号二九三頁がそれである。

      しかし、同判決は借家に関するもので、右の基準時との関係で実務上の困難に遭遇していた類型の事案でないばかりでなく、同事件の上告人は借家人であって、立退料の提供ないし増額の申出についての同判決の所見は、被上告人たる賃貸人にとって有利となることこそあれ、賃借人たる上告人の有利に働く余地のないことはむしろ自明のところであろう。したがって、その判旨のような見解を上告論旨が開陳したのであれば、これが肯定されても上告人自身に不利益を齎すのみであるから、上告理由として体をなさないものとならざるを得ない。しかるに、判旨が、論旨の何ら言及するところのない見地に踏み込んで、進んで職権的に判断し、その結論が不利益変更禁止の原則により許されないというのは、上告審の措置として理解しにくいところがある。同判決の事案が借家に関するものであることに加え、先例拘束性をもつ判例としての位置づけが困難である点に、法廷意見が同判決に言及しない理由があるように思われる。

      なお、本判決に従い、補完事由としての立退料の提供ないし増額の申出が事実審の口頭弁論終結に至るまで許されるとして、次に、土地所有者の申し出た立退料の額の相当性を判断すべき金額評価の時点は何時か、の問題がある。土地所有者による立退料の支払が借地権者に対する収去明渡しの執行と引換えになされるもので、引換給付の時点における借地権者の不利益を緩和ないし補償すべき性格をもつところからすれば、その時点に最も近接する事実審の口頭弁論の終結時において、土地所有者の申出にかかる金額が相当なりや否やを判断するほかなく、この論点は、本判決の示す結論の延長線上にあるものと考える。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  園部逸夫

           裁判官  可部恒雄

           裁判官  大野正男

           裁判官  千種秀夫

           裁判官  尾崎行信

正当事由と建物賃借人の事情 最高裁昭和58年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 61事件

家屋収去土地明渡等請求本訴、地上権確認等請求反訴事件

最高裁判所第1小法廷判決/昭和54年(オ)第1398号

昭和58年1月20日

【判示事項】      建物所有を目的とする借地契約の更新拒絶に正当の事由があるかどうかを判断するにあたり建物賃借人の事情を借地人側の事情として斟酌することの許否

【判決要旨】      建物所有を目的とする借地契約の更新拒絶に正当の事由があるかどうかを判断するにあたつては、借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるか又は実質上建物賃借人と借地人とを同一視することができるなどの特段の事情の存する場合のほかは、建物賃借人の事情を借地人側の事情として斟酌することは許されない。

【参照条文】      借地法4-1

            借地法6-2

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集37巻1号1頁

            最高裁判所裁判集民事138号27頁

            裁判所時報856号1頁

            判例タイムズ494号81頁

            金融・商事判例670号9頁

            判例時報1073号63頁

            金融法務事情1022号52頁

【評釈論文】      季刊実務民事法4号186頁

            ジュリスト793号56頁

            ジュリスト臨時増刊815号73頁

            別冊ジュリスト105号128頁

            時の法令1176号54頁

            判例タイムズ493号116頁

            判例評論297号40頁

            法曹時報37巻8号224頁

            法律時報56巻4号136頁

            法律のひろば36巻4号33頁

            民商法雑誌91巻3号379頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を広島高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人廣兼文夫、同福永綽夫の上告理由第二点について

 建物所有を目的とする借地契約の更新拒絶につき借地法四条一項所定の正当の事由があるかどうかを判断するにあたつては、土地所有者側の事情と借地人側の事情を比較考量してこれを決すべきものであるが(最高裁昭和三四年(オ)第五〇二号同三七年六月六日大法廷判決・民集一六巻七号一二六五頁)右判断に際し、借地人側の事情として借地上にある建物賃借人の事情をも斟酌することの許されることがあるのは、借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認したものであるとか又は実質上建物賃借人を借地人と同一視することができるなどの特段の事情の存する場合であり、そのような事情の存しない場合には、借地人側の事情として建物賃借人の事情を斟酌することは許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第三三六号同五六年六月一六日第三小法廷判決・裁判集民事一三三号四七頁参照)。しかるに、原審は、上告人らがした本件借地契約の更新拒絶につき正当の事由があるかどうかを判断するにあたり、本件土地の共有者の一人である上告人Aと借地人である被上告人Bの土地建物の所有関係及び営業の種類、内容のほか、右被上告人Bから本件土地上の建物を賃借している被上告人C、同Dの営業の種類、内容などを確定したうえ、上告人側の本件土地の必要性は肯定できるとしながら、他方、借地人側の事情として、なんら前記特段の事情の存在に触れることなく、漫然と本件土地上の建物賃借人の事情をも考慮すべきものとし、これを含めて借地人側の事情にも軽視することができないものがあり、前記更新拒絶につき正当の事由が備わつたものとは認められないと判断しているのであつて、右判断には、前述したところに照らし、借地法四条一項の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならず、右違法が原判決中第一次請求を棄却した部分に影響を及ぼし、更には第二次請求の当否につき判断した部分にも影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

 よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第一小法廷

        裁判長裁判官  谷口正孝

           裁判官  団藤重光

           裁判官  藤崎萬里

           裁判官  中村治朗

           裁判官  和田誠一

信頼関係破壊に至らないとされた最高裁平成8年

民法判例百選Ⅱ 第8版 2018年 60事件

建物収去土地明渡請求事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成6年(オ)第693号

平成8年10月14日

【判示事項】      小規模で閉鎖的な有限会社における実質的な経営者の交代と民法六一二条にいう賃借権の譲渡

【判決要旨】      賃借人である小規模で閉鎖的な有限会社において、持分の譲渡及び役員の交代により実質的な経営者が交代しても、そのことは、民法六一二条にいう賃借権の譲渡に当たらない。

【参照条文】      民法612

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集50巻9号2431頁

            最高裁判所裁判集民事180号539頁

            裁判所時報1181号279頁

            判例タイムズ925号176頁

            金融・商事判例1009号3頁

            判例時報1586号73頁

            金融法務事情1477号42頁

【評釈論文】      金融法務事情1480号4頁

            ジュリスト1107号132頁

            判例タイムズ941号72頁

            判例タイムズ臨時増刊978号80頁

            判例タイムズ1035号84頁

            判例評論461号23頁

            法学協会雑誌118巻3号124頁

            法学教室199号142頁

            法曹時報50巻11号179頁

            法律時報別冊私法判例リマークス16号42頁

            民商法雑誌116巻6号149頁

            NBL630号67頁

            別冊NBL62号93頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告人の上告理由第一点について

 一 本件は、土地の所有者である被上告人らが、右土地上に建物を所有して右土地を占有する上告人に対し、所有権に基づいて建物収去土地明渡しを求め、上告人の土地賃借権の抗弁に対して、賃借権の無断譲渡を理由とする賃貸借契約の解除を再抗弁として主張した事案であるところ、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 第一審判決別紙物件目録一ないし三記載の土地(以下「本件土地」という。)は、Dの所有であったが、昭和六〇年に同人が死亡し、その子であるEが右土地を相続した。

 平成三年一二月四日、被上告人有限会社B1重機は、同目録一及び二記載の土地を、同有限会社B2興業は、同目録三記載の土地を、それぞれEから買い受けた。

 2 上告人は、昭和四五年にDとの間で本件土地につき普通建物の所有を目的とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、右土地上に前記目録四記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築所有して、右土地を占有している。

 3 上告人は、貨物自動車運送事業等を目的とする資本金二〇〇〇万円の有限会社であり、設立時以来の代表取締役である上告補助参加人が経営を担当し、上告人の持分はすべて上告補助参加人及びその家族が所有し、役員も同人らとその親族で占められていた。

 上告人は、一般区域貨物自動車運送事業の免許を受け、貨物自動車を保有し、本件建物を車庫として使用して、運送業を営んでいた。

 4 上告補助参加人及びその家族は、平成三年九月二〇日、その所有する上告人の持分全部を個人で運送業を営んでいたF(上告人の現代表取締役)に売り渡し、同日付けで上告人の役員全員が退任し、Fがその代表取締役に、同人の家族がその他の役員に就任した。

 同日以後、Fが中心となって上告人の経営を行い、上告人は、従前からの自動車及び従業員にF個人が運送業に使用していた自動車及び従業員を加え、本件土地建物を使用して従前と同様の運送業を営んでいる。

 5 被上告人らは、平成四年八月二五日の第一審口頭弁論期日において、上告人に対し、賃借権の無断譲渡を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

 二 原審は、右事実関係の下において、次のとおり判断して、被上告人らが主張した解除の再抗弁を認め、被上告人らの建物収去土地明渡請求を認容すべきものとした。

 1 上告人は、上告補助参加人の経営する個人会社であったところ、上告補助参加人が上告人の経営の一切を新たな経営者であるFに譲渡して上告人の経営から手を引いたものであり、右譲渡の前後を通じて上告人の法人格は形式的には同一性を保持しているとはいえ、小規模な個人会社においては、経営者と土地所有者との個人的な信頼関係に基づいて土地賃貸借契約が締結されるのが通常であり、経営者の交代は、その実質に着眼すれば、旧経営者から新経営者に対する賃借権の譲渡であるから、上告補助参加人からFに対して本件土地の賃借権が譲渡されたものと解するのが相当である。

 2 Eが賃借権の譲渡を承諾した事実を認めることはできず、右譲渡が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるということもできない。

 三 しかしながら、原審の右1の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 1 民法六一二条は、賃借人は賃貸人の承諾がなければ賃借権を譲渡することができず、賃借人がこれに反して賃借物を第三者に使用又は収益させたときは、賃貸人は賃貸借契約を解除することができる旨を定めている。右にいう賃借権の譲渡が賃借人から第三者への賃借権の譲渡を意味することは同条の文理からも明らかであるところ、賃借人が法人である場合において、右法人の構成員や機関に変動が生じても、法人格の同一性が失われるものではないから、賃借権の譲渡には当たらないと解すべきである。そして、右の理は、特定の個人が経営の実権を握り、社員や役員が右個人及びその家族、知人等によって占められているような小規模で閉鎖的な有限会社が賃借人である場合についても基本的に変わるところはないのであり、右のような小規模で閉鎖的な有限会社において、持分の譲渡及び役員の交代により実質的な経営者が交代しても、同条にいう賃借権の譲渡には当たらないと解するのが相当である。賃借人に有限会社としての活動の実体がなく、その法人格が全く形骸化しているような場合はともかくとして、そのような事情が認められないのに右のような経営者の交代の事実をとらえて賃借権の譲渡に当たるとすることは、賃借人の法人格を無視するものであり、正当ではない。賃借人である有限会社の経営者の交代の事実が、賃貸借契約における賃貸人・賃借人間の信頼関係を悪化させるものと評価され、その他の事情と相まって賃貸借契約解除の事由となり得るかどうかは、右事実が賃借権の譲渡に当たるかどうかとは別の問題である。賃貸人としては、有限会社の経営者である個人の資力、信用や同人との信頼関係を重視する場合には、右個人を相手方として賃貸借契約を締結し、あるいは、会社との間で賃貸借契約を締結する際に、賃借人が賃貸人の承諾を得ずに役員や資本構成を変動させたときは契約を解除することができる旨の特約をするなどの措置を講ずることができるのであり、賃借権の譲渡の有無につき右のように解しても、賃貸人の利益を不当に損なうものとはいえない。

 2 前記事実関係によれば、上告人は、上告補助参加人が経営する小規模で閉鎖的な有限会社であったところ、持分の譲渡及び役員の交代により上告補助参加人からFに実質的な経営者が交代したものと認められる。しかしながら、上告人は、資産及び従業員を保有して運送業を営み、有限会社としての活動の実体を有していたものであり、法人格が全く形骸化していたといえないことは明らかであるから、右のように経営者が交代しても、賃借権の譲渡には当たらないと解すべきである。右と異なり、実質的には上告補助参加人からFに賃借権が無断譲渡されたものとして被上告人らの契約解除の主張を認めた原審の判断には、民法六一二条の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の点につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、記録によれば、被上告人らは、本件賃貸借契約につき他の解除事由をも主張していることが認められるから、この点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第二小法廷

        裁判長裁判官  根岸重治

           裁判官  大西勝也

           裁判官  河合伸一

           裁判官  福田 博

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