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刑事上罰すべき他人の行為による訴えの取下げの効力 最高裁昭和46年
刑事上罰すべき他人の行為による訴えの取下げの効力 最高裁昭和46年
民亊訴訟法判例百選 第5版 91 第6版 86事件
認知請求事件
最高裁判所第2小法廷判決/昭和46年(オ)第243号
昭和46年6月25日
【判示事項】 刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下の効力
【判決要旨】 詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為によつてなされた訴の取下は、民訴法420条1項5号の法意に照らし、無効と解すべきである。
【参照条文】 民事訴訟法236
民事訴訟法420-1
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集25巻4号640頁
最高裁判所裁判集民事103号235頁
判例タイムズ265号138頁
判例時報637号40頁
【評釈論文】 ジュリスト臨時増刊509号100頁
別冊ジュリスト76号138頁
別冊ジュリスト114号166頁
判例タイムズ267号77頁
法学協会雑誌90巻5号135頁
法学研究(慶応大)45巻8号127頁
法曹時報24巻4号97頁
民商法雑誌66巻4号170頁
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人佐野孝次の上告理由について。
訴の取下は訴訟行為であるから、一般に行為者の意思の瑕疵がただちにその効力を左右するものではないが、詐欺脅迫等明らかに刑事上罰すべき他人の行為により訴の取下がなされるにいたつたときは、民訴法四二〇条一項五号の法意に照らし、その取下は無効と解すべきであり、また、右無効の主張については、いつたん確定した判決に対する不服の申立である再審の訴を提起する場合とは異なり、同条二項の適用はなく、必ずしも右刑事上罰すべき他人の行為につき、有罪判決の確定ないしこれに準ずべき要件の具備、または告訴の提起等を必要としないものと解するのが相当である。そして、被上告人法定代理人のした本件の訴の取下が、上告人の刑事上罰すべき強要行為によつてなされたものであるとした原判決の事実認定・判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができる。したがつて、本件訴の取下は無効であるとして本案につき審理判断をした原判決は正当であつて、その認定・判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 岡原昌男
裁判官 色川幸太郎
裁判官 村上朝一
親子関係不存在と権利濫用 最高裁平成18年
親子関係不存在と権利濫用 最高裁平成18年 判例講義民事訴訟法7事件 家族法判例百選第7版 25事件 民法判例百選Ⅲ 第3版 30事件 潮見入門2版 441頁
実務精選120 離婚・親子・相続事件判例解説・第一法規・2019年36―1
親子関係不存在確認請求事件
最高裁判所第2小法廷判決/平成17年(受)第833号
平成18年7月7日
【判決要旨】 戸籍上の父母とその嫡出子として記載されている者との間の実親子関係について父母の子が不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集60巻6号2307頁
家庭裁判月報59巻1号92頁
裁判所時報1415号318頁
判例時報1966号58頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 金融・商事判例1266号8頁
戸籍時報609号61頁
判例タイムズ1241号44頁
法曹時報61巻5号1633頁
民商法雑誌136巻2号253頁
別冊ジュリスト193号52頁
主 文
1 原判決のうち実親子関係不存在確認請求に関する部分を破棄する。
2 前項の部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人大迫唯志ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,被上告人が,戸籍上被上告人の弟とされている上告人は両親の実子でも養子でもないと主張して,上告人と両親との間の実親子関係及び養親子関係がそれぞれ存在しないことの確認を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,大正12年▲月▲日,亡Aと亡Bの夫婦(以下「A夫婦」という。)の長女として出生し,昭和5年▲月▲日,亡Dと亡Eの夫婦(以下「D夫婦」という。)と養子縁組をし,その後,D夫婦の子として養育された。亡Cは,大正14年▲月▲日,A夫婦の二女として出生した。
(2)上告人は,昭和16年▲月ころ,亡Fと亡Gの夫婦(以下「F夫婦」という。)の間に出生した。F夫婦は,Aに対し,上告人をA夫婦の嫡出子として出生の届出をするように懇請し,Aは,上告人についてA夫婦の間に同月▲日に出生した長男として出生の届出をした。
(3)A夫婦は,上告人を同夫婦の実子として養育した。上告人は,高校卒業のころ,自分がA夫婦の実子ではないのではないかという疑問を抱いたことはあったが,A夫婦を含む周囲の者からその旨を告げられることはなく,A夫婦の実子であると思い続けていた。その後,上告人は,大学に進学し,卒業後,婚姻したが,昭和51年までA夫婦及びCと生活を共にした。また,Cは,上告人の学費を負担するなど上告人の養育に協力した。Aは,昭和49年▲月▲日に死亡したが,生前上告人が自分の子ではない旨を述べたことはなかった。Aの遺産はすべて妻であるBが相続した。
(4)上告人は,平成2年ころ実母であるGの喜寿を祝う集まりに呼ばれ,平成5年ころには,自分が真実はF夫婦の間に生まれた子であることを認識するに至ったが,その後も,従前と同様に,B,C及び被上告人との間で家族としての関係を継続し,同人らも,上告人がA夫婦の間の子であることを否定したことはなかった。
(5)Bは平成8年▲月▲日に死亡した。その遺産は遺言によりすべてCが相続したが,このような遺言がされたのは,遺産の主なものがBとCが居住していた自宅の土地建物であり,Bの死後もCが引き続きこれに居住できるようにBが配慮したためであることがうかがわれる。
(6)独りで生活していたCは,平成14年▲月▲日ころ自宅で死亡し,その約10日後に発見された。Cは,Bの死亡後も,上告人がA夫婦の実子であることを否定する旨を述べたことはない。
(7)被上告人は,上告人がCの安否の確認をしなかったためにCの死亡の発見が遅れたと思い憤りを感じていたところ,Cの法要の参列者を上告人が被上告人に相談なく決めようとしたことなどに反発し,上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定するに至った。
3 上告人は,被上告人がD夫婦と養子縁組をした後,D夫婦の子として生活していたこと,A夫婦は,生涯上告人との実親子関係を継続し,死亡するまでこれを否定することはなかったこと,A夫婦は死亡したため,現在では,上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることはできない状況にあること,被上告人は,Cの死後,その遺産の相続について上告人と話し合うなかで,上告人が,A夫婦と親子関係がなく,Cの相続人ではないと主張するに至ったのであって,本訴請求は専ら被上告人が上記遺産の独占を図る目的のものであることなどの事情に照らすと,本訴請求は権利の濫用であると主張した。
4 原審は,次のとおり判断して,被上告人の請求をいずれも認容すべきものとした。
身分関係を公証する戸籍にはその記載が正確であることを確保すべき要請があること,身分関係の存否確認訴訟の判決には対世的効力があるからその訴えの提起者に関する個別事情を重視するのは相当ではないこと,現在の特別養子縁組制度においても厳格な要件と重大な効果が法定されていることに照らせば,本件訴訟に至る経緯,本訴請求が認容されることにより上告人の受けるであろう精神的苦痛等を考慮しても,本訴請求が権利の濫用に当たるとまでいうことはできない。
5 しかしながら,原審の上記判断のうち実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした部分は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
実親子関係不存在確認訴訟は,実親子関係という基本的親族関係の存否について関係者間に紛争がある場合に対世的効力を有する判決をもって画一的確定を図り,これにより実親子関係を公証する戸籍の記載の正確性を確保する機能を有するものであるから,真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には,実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるのが原則である。しかしながら,上記戸籍の記載の正確性の要請等が例外を認めないものではないことは,民法が一定の場合に,戸籍の記載を真実の実親子関係と合致させることについて制限を設けていること(776条,777条,782条,783条,785条)などから明らかである。真実の親子関係と異なる出生の届出に基づき戸籍上甲乙夫婦の嫡出子として記載されている丙が,甲乙夫婦との間で長期間にわたり実の親子と同様に生活し,関係者もこれを前提として社会生活上の関係を形成してきた場合において,実親子関係が存在しないことを判決で確定するときは,虚偽の届出について何ら帰責事由のない丙に軽視し得ない精神的苦痛,経済的不利益を強いることになるばかりか,関係者間に形成された社会的秩序が一挙に破壊されることにもなりかねない。そして,甲乙夫婦が既に死亡しているときには,丙は甲乙夫婦と改めて養子縁組の届出をする手続を採って同夫婦の嫡出子の身分を取得することもできない。そこで,戸籍上の両親以外の第三者である丁が甲乙夫婦とその戸籍上の子である丙との間の実親子関係が存在しないことの確認を求めている場合においては,甲乙夫婦と丙との間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ,判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより丙及びその関係者の被る精神的苦痛,経済的不利益,改めて養子縁組の届出をすることにより丙が甲乙夫婦の嫡出子としての身分を取得する可能性の有無,丁が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機,目的,実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者の有無等の諸般の事情を考慮し,実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときには,当該確認請求は権利の濫用に当たり許されないものというべきである。
そして,本件においては,前記事実関係によれば,次のような事情があることが明らかである。
(1)上告人の出生の届出がされた昭和16年からBが死亡した平成8年までの約55年間にわたり,上告人とA夫婦ないしBとの間で実の親子と同様の生活の実体があり,かつ,被上告人は,Cの死亡によりその相続が問題となるまで,上告人がA夫婦の実子であることを否定したことはない。
(2)判決をもって上告人とA夫婦の実親子関係の不存在が確定されるならば,上告人が受ける精神的苦痛は軽視し得ないものであることが予想され,また,土地建物を中心とするA夫婦の遺産をすべて承継したCの死亡によりその相続が問題となっていることから,上告人が受ける経済的不利益も軽視し得ないものである可能性が高い。
(3)A夫婦は,上告人が実の子ではない旨を述べたことはなく,上告人との間で嫡出子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに,A夫婦が死亡した現時点において,上告人がA夫婦との間で養子縁組をして嫡出子としての身分を取得することは不可能である。
(4)被上告人は,Cの死亡の発見が遅れたことについて憤りを感じたこと,Cの法要の参列者が被上告人に相談なく決めようとされたことなどから,上告人とA夫婦との親子関係を否定するに至ったというのであるが,そのような動機に基づくものであったということは,被上告人が上告人とA夫婦との間の実親子関係を否定する合理的な事情とはいえない。
以上によれば,上告人とA夫婦との間で長期間にわたり実親子と同様の生活の実体があったこと,A夫婦が既に死亡しており上告人がA夫婦との間で養子縁組をすることがもはや不可能であることを重視せず,また,上告人が受ける精神的苦痛,経済的不利益,被上告人が上告人とA夫婦との実親子関係を否定するに至った動機,目的等を十分検討することなく,被上告人において上記実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち実親子関係不存在確認請求に関する部分は破棄を免れない。そして,以上の見解の下に被上告人の上記確認請求が権利の濫用に当たるかどうかについて更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
6 前記事実関係によれば,上告人はA夫婦の養子としての生活をしてきたものではないから,被上告人が上告人とA夫婦との間の養親子関係が存在しないことの確認を求めることが権利の濫用に当たるとはいえない。原判決のうち養親子関係不存在確認請求に関する部分は,正当として是認することができ,同部分に係る上告は,これを棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 中川了滋 裁判官 古田佑紀)
死後懐胎子の認知請求権否定 最高裁平成18年9月4日
死後懐胎子の認知請求権否定 最高裁平成18年9月4日 家族法判例百選 第7版 30事件
実務精選120 離婚・親子・相続事件判例解説・第一法規・2019年38 民法判例百選Ⅲ 第3版 35事件 潮見入門2版 445頁
認知請求事件
【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/平成16年(受)第1748号
【判決日付】 平成18年9月4日
【判示事項】 保存された男性の精子を用いて当該男性の死亡後に行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子と当該男性との間における法律上の親子関係の形成の可否
【判決要旨】 保存された男性の精子を用いて当該男性の死亡後に行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子と当該男性との間に,認知による法律上の親子関係の形成は認められない。
(補足意見がある。)
【参照条文】 民法787
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集60巻7号2563頁
家庭裁判月報58巻12号44頁
裁判所時報1419号384頁
判例タイムズ1227号120頁
判例時報1952号36頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 戸籍809号12頁
千葉大学法学論集22巻2号1頁
法学セミナー52巻1号109頁
法曹時報61巻2号711頁
法律のひろば60巻6号47頁
別冊ジュリスト193号62頁
主 文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告人の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)BとAは,平成9年*月*日に婚姻した夫婦(以下「本件夫婦」という。)である。
(2)Bは,婚姻前から,慢性骨髄性白血病の治療を受けており,婚姻から約半年後,骨髄移植手術を行うことが決まった。本件夫婦は,婚姻後,不妊治療を受けていたが,Aが懐胎するには至らず,Bが骨髄移植手術に伴い大量の放射線照射を受けることにより無精子症になることを危ぐし,平成10年6月,a県b市に所在する病院において,Bの精子を冷凍保存した(以下,この冷凍保存した精子を「本件保存精子」という。)。
(3)Bは,平成10年夏ころ,骨髄移植手術を受ける前に,Aに対し,自分が死亡するようなことがあってもAが再婚しないのであれば,自分の子を生んでほしいという話をした。また,Bは,骨髄移植手術を受けた直後,同人の両親に対し,自分に何かあった場合には,Aに本件保存精子を用いて子を授かり,家を継いでもらいたいとの意向を伝え,さらに,その後,Bの弟及び叔母に対しても,同様の意向を伝えた。
(4)本件夫婦は,Bの骨髄移植手術が成功して同人が職場復帰をした平成11年5月,不妊治療を再開することとし,同年8月末ころ,c県d市に所在する病院から,本件保存精子を受け入れ,これを用いて体外受精を行うことについて承諾が得られた。しかし,Bは,その実施に至る前の同年9月*日に死亡した。
(5)Aは,Bの死亡後,同人の両親と相談の上,本件保存精子を用いて体外受精を行うことを決意し,平成12年中に,上記病院において,本件保存精子を用いた体外受精を行い,平成13年5月*日,これにより懐胎した被上告人を出産した。
2 本件は,上記の経過により出生した被上告人が,検察官に対し,被上告人がBの子であることについて死後認知を求めた事案である。
3 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件請求を棄却した第1審判決を取り消し,本件請求を認容すべきものとした。
(1)民法787条は,生殖補助医療が存在せず,男女間の自然の生殖行為による懐胎,出産(以下,このような生殖を「自然生殖」といい,生殖補助医療技術を用いた人為的な生殖を「人工生殖」という。)のみが問題とされていた時代に制定されたものであるが,そのことをもって,男性の死亡後に当該男性の保存精子を用いて行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子(以下「死後懐胎子」という。)からの認知請求をすること自体が許されないとする理由はない。
(2)民法787条に規定する認知の訴えは,婚姻外で生まれた子を父又は母が自分の子であることを任意に認めて届出をしない場合に,血縁上の親子関係が存在することを基礎とし,その客観的認定により,法律上の親子関係を形成する制度である。したがって,子の懐胎時に父が生存していることは,認知請求を認容するための要件とすることはできない。そして,死後懐胎子について認知が認められた場合,父を相続することや父による監護,養育及び扶養を受けることはないが,父の親族との間に親族関係が生じ,父の直系血族との間で代襲相続権が発生するという法律上の実益がある。
もっとも,夫婦の間において,自然生殖による懐胎は夫の意思によるものと認められるところ,夫の意思にかかわらずその保存精子を用いた人工生殖により妻が懐胎し,出産した子のすべてが認知の対象となるとすると,夫の意思が全く介在することなく,夫と法律上の親子関係が生じる可能性のある子が出生することとなり,夫に予想外の重い責任を課すこととなって相当ではない。そうすると,上記のような人工生殖により出生した子からの認知請求を認めるためには,当該人工生殖による懐胎について夫が同意していることが必要であると解される。
以上によれば,死後懐胎子からの認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情がない限り,子と父との間に血縁上の親子関係が存在することに加えて,当該死後懐胎子が懐胎するに至った人工生殖について父の同意があることが必要であり,かつ,それで足りると解される。
(3)被上告人は,Bの死亡後に本件保存精子を用いて行われた体外受精によりAが懐胎し,出産した者であるから,Bとの間に血縁上の親子関係が存在し,Bは,その死亡後に本件保存精子を用いてAが子をもうけることに同意していたと認められる。そして,本件全証拠によっても,本件請求を認容することを不相当とする特段の事情は認められない。そうすると,被上告人は,Bを父とする認知請求が認められるための上記要件を充足しているというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法の実親子に関する法制は,血縁上の親子関係を基礎に置いて,嫡出子については出生により当然に,非嫡出子については認知を要件として,その親との間に法律上の親子関係を形成するものとし,この関係にある親子について民法に定める親子,親族等の法律関係を認めるものである。
ところで,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能とするまでになっており,死後懐胎子はこのような人工生殖により出生した子に当たるところ,上記法制は,少なくとも死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは,明らかである。すなわち,死後懐胎子については,その父は懐胎前に死亡しているため,親権に関しては,父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく,扶養等に関しては,死後懐胎子が父から監護,養育,扶養を受けることはあり得ず,相続に関しては,死後懐胎子は父の相続人になり得ないものである。また,代襲相続は,代襲相続人において被代襲者が相続すべきであったその者の被相続人の遺産の相続にあずかる制度であることに照らすと,代襲原因が死亡の場合には,代襲相続人が被代襲者を相続し得る立場にある者でなければならないと解されるから,被代襲者である父を相続し得る立場にない死後懐胎子は,父との関係で代襲相続人にもなり得ないというべきである。このように,死後懐胎子と死亡した父との関係は,上記法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係が生ずる余地のないものである。そうすると,その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題は,本来的には,死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理,生まれてくる子の福祉,親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識,更にはこれらに関する社会一般の考え方等多角的な観点からの検討を行った上,親子関係を認めるか否か,認めるとした場合の要件や効果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわなければならず,そのような立法がない以上,死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係の形成は認められないというべきである。
以上によれば,本件請求は理由がないというべきであり,これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,本件請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官滝井繁男,同今井功の各補足意見がある。
裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見の結論に賛成するものであるが,その理由につき補足して意見を述べておきたい。
1 民法787条に規定する認知の訴えの制度は,婚姻外で生まれた子を父又は母が自分の子であることを任意に認めて届出をしない場合においても,血縁上の親子関係が存在することを認定して法律上の親子関係を形成するものである。そして,父又は母の死亡後にも,一定期間に限って子又はその法定代理人によって認知の訴えを提起することを認めている。これらは,民法の制定時期に照らし,自然生殖を前提としたものである。
ところで,今日,進歩した生殖補助医療技術の手を借りて子を持つことができる可能性が格段に広がってきた。民法の実親子関係法制は,上記のとおり,自然生殖による出生子についての親子関係を予定していたものであるが,両親が,その意思に基づき,自然生殖の過程の一部について今日の進歩した医療の補助を受け,子を懐胎,出産した場合は,自然生殖による懐胎,出産と同視し得るものであり,これによって生まれた子との間に法律上の親子関係を認めることには何らの問題はないと考える。これに対し,既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて子を懐胎,出産したという本件のような場合については,そもそも子は生存中の父母の配偶子によって生まれるものであるという自然の摂理に反するものであり,上記法制の予定しない事態であることは明らかである。確かに既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子と当該死亡した精子提供者との間にも血縁関係が存在するが,民法は,嫡出推定やその否認を制限する規定,認知に関する制限規定など,血縁関係のない子との法律上の親子関係を認めたり,血縁上の親子関係のある者にも法律上の親子関係を認めない場合が生じることを予定した規定を置いていることからも明らかなように,血縁主義を徹底してはいないのであって,血縁関係があることから当然に法律上の親子関係が認められるものということはできないのである。また,民法は,認知請求において懐胎時の父の生存を要件とする明文の規定を置いていないが,自然生殖を前提とする上記法制の下では,同要件は当然の前提となっているものというべきものであって,同要件を定める明文の規定がないことをもって,既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子と当該死亡した精子提供者との間に法律上の親子関係を認める根拠とはし得ないと考える。
2 死亡した精子提供者の生前における明確な同意がある場合には,上記両者の間に法律上の親子関係を認めてよいという考えがある。しかしながら,本来,子は両親が存在して生まれてくるものであり,不幸にして出生時に父が死亡し,あるいは不明であるという例があるにしろ,懐胎時には,父が生存しており,両親によってその子が心理的にも物質的にも安定した生育の環境を得られることが期待されているのである。既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子はそもそもこのような期待を持ち得ない者であり,精子提供者の生前の同意によってそのような子の出生を可能とすることの是非自体が十分な検討を要する問題である上,懐胎時に既に父のいない子の出生を両親の合意によって可能とするというのは,親の意思と自己決定を過大視したものであって,私はそれを認めるとすれば,同意の内容や手続について立法を待つほかないと考えるのである。
我が国の立法作業は,社会情勢の変化や科学の進展に対応して必ずしも迅速に行われているとはいえないことがある。したがって,司法は,法の欠缺といわれる領域を埋めるための判断を必要とする場合もあり得ると考える。しかしながら,本件のような医療の進展によって生じた未知の領域において生まれた子に法律上の親子関係を肯定するについては,法律上の親子というものをどうみるかについての様々な価値との調和と法体系上の調整が求められるのであって,司法機関がそれを待たずに血縁関係の存在と親の意思の合致というだけで,これを肯定することができるという問題ではないと考えるのである。
現在,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会において,精子,卵子,胚の提供等による生殖補助医療によって出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する立法が検討されている。そこでは,第三者が提供する精子等を用いて夫婦間で行われる生殖補助医療によって生まれた子の親子関係をどのような条件で認めるかについては一定の合意が得られつつあるものの,死亡した者が提供した冷凍保存精子を用いた生殖補助医療によって生まれた死後懐胎子の父子関係については,検討が進んでいない状況にある。これは,精子提供者が死亡した後にその冷凍保存精子を用いた生殖補助医療の是非等の根本問題についての意見の集約が得られないことによるものと思われる。
今日の生命科学の進歩,とりわけ生殖補助医療の進歩によって,民法の実親子関係法制が想定していなかった子が少なからず出生しているといわれているが,法規制がないため,そのような子の出生を可能とする生殖補助医療は,医学界や医療集団の自己規制にゆだねられている実情にある。あるべき規制がどのようなものであれ,既に生まれてきた子についてはその福祉を第一に考えるべきだという考えは理解でき,私もそのことに異論はない。しかしながら,法律上の親子関係を肯定することが生まれてきた死後懐胎子の福祉にとってどれだけの意味を持つものかは,必ずしも明らかになっているわけではない。ここで考えなければならないのは,生まれてきた死後懐胎子の福祉をどうするかだけではなく,親の意思で死後懐胎子を生むということはどういうことであり,法律上の親子関係はどのようなものであるべきかであって,その中で,生まれてくる子の福祉とは何かが考えられなければならないのである。既に生まれている死後懐胎子の福祉の名の下に,血縁関係と親の意思の存在を理由に法律上の親子関係を肯定すれば,そのことによって懐胎時に父のいない子の出生を法が放任する結果となることになりかねず,そのことをむしろ懸念するのである。何人もその価値を否定し得ない生まれてきた子の福祉の名において,死後懐胎子を生むということ,法律上の親子であるということの意味,そして,その中で自分の意思にかかわらず出生することとなる死後懐胎子についての検討がおろそかにされてはならないと考えるのである。
3 私は,以上の問題は,もはや医学界や医療集団の自己規制にゆだねられておいてよいことではなく,医療行為の名において既成事実が積み重ねられていくという事態を放置することはできないのであって,今日の医療技術の進歩と社会的な認識の変化の中で,死後懐胎子を始め民法の親子法制が予定していない態様の生殖補助医療によって生まれる子に関する親子法制をどういうものとみるかの検討の上に立って,これに関して速やかな法整備を行うことが求められているものと考える。
また,我が国において戸籍の持つ意味は諸外国の制度にはない独特のものがあり,子にとって戸籍の父欄が空欄のままであることの社会的不利益は決して小さくはないし,子が出自を知ることへの配慮も必要であると考える。今後,生命科学の進歩に対応した親子法制をどのように定めるにせよ,今日の生殖補助医療の進歩を考えるとき,その法制に反した,又は民法の予定しない子の出生ということも避けられないところである。親子法制をどのように規定するにせよ,法律上の親子関係とは別に,上記の生殖補助医療によって生まれる子の置かれる状況にも配慮した戸籍法上の規定を整備することも望まれるところである。
裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。
1 本件は,夫の生前に採取し,冷凍保存した精子を用いて,夫の死後に,妻の卵子との間で行われた体外受精により懐胎し,出産した子(以下「死後懐胎子」という。)から,検察官に対し,死亡した夫の子であることについて死後認知を求める事件である。
科学技術の進歩は著しく,生殖補助医療の技術も日進月歩の状況にあるが,これに伴って,様々な法律問題が生じている。本件の死後懐胎子の認知請求の問題もその一つである。
2 現行法制の下での父子関係に関する定めを見ると,婚姻関係にある夫婦の間に出生した子は,嫡出子として,夫との間に父子関係を認められ,婚姻関係にない男女の間に出生した子は,血縁上の父の認知により法律上の父子関係を認められる。父が認知をしない場合には,子などによる認知を求める裁判の判決により,血縁上の父と子の間の法律上の父子関係が形成される。現行法制は,基本的に自然生殖による懐胎により出生した子に係る父子関係を対象として規律しているものであって,死後懐胎子と死亡した父との父子関係を対象としていないことは明らかである。民法は,懐胎の後に父が死亡した場合の死後認知については規定を置いているが,懐胎の時点において,既に父が死亡している場合については,想定をしておらず,したがってこの場合の法律上の父子関係の形成については,規定を置いていない。本件の請求は,父が死亡した場合の規定の準用ないし類推適用により子から認知の請求がされたものである。
3 生殖補助医療が着実に広まってきたことに伴って,生殖補助技術を利用して懐胎し,出生した子が増加してきており,これを受けて,これらの子の法律上の親子関係,特に父子関係については,現行法制の解釈として一定の要件の下において,父子関係が認められてきている。しかし,これまで父子関係が認められてきたのは,いずれも,懐胎の時点において,血縁上の父が生存している場合のことであって,本件のように懐胎の時点において血縁上の父が死亡している場合のものではない。
本件のように精子提供者が死亡した後に,その者の精子を利用して人工生殖により懐胎させることの許否自体について,医学界においても議論のあるところであり,意見は一致していない。ことは人の出生という生命倫理上の高度な問題であり,また,これについての国民一般の意識が奈辺にあるかについても,深い洞察が必要である。
4 厚生科学審議会生殖補助医療部会においては,生殖補助医療を適正に実施するための制度の整備に関し,医学(産婦人科),看護学,生命倫理学,法学の専門家からなる「専門委員会」の報告について,小児科,精神科,カウンセリング,児童・社会福祉の専門家や医療関係者,不妊患者の団体関係者,その他学識経験者も委員として加わり,より幅広い立場から検討が行われ,平成15年4月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を公表した。この報告書においては,「生まれてくる子の福祉を優先する,人を専ら生殖の手段として扱ってはならない,安全性に十分配慮する,優生思想を排除する,商業主義を排除する,人間の尊厳を守る」との基本的な考え方に立って検討が行われた。その結果,精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療を受けることができる者の条件,精子・卵子・胚の提供を行うことができる者の条件,提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療の実施の条件について報告が行われた。その中で,提供者が死亡した場合の提供された精子の取扱いについては,提供者の死亡が確認されたときには,提供された精子は廃棄する旨を提言し,その理由として,提供者の死亡後に当該精子を使用することは,既に死亡している者の精子により子どもが生まれることになり,倫理上大きな問題であること,提供者が死亡した場合は,その後当該提供の意思を撤回することが不可能になるため,提供者の意思を確認することができないこと,生まれた子にとっても,遺伝上の親である提供者が初めから存在しないことになり,子の福祉という観点からも問題であること,が挙げられている。
また,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会が平成15年7月15日に公表した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」においては,夫の死後に凍結精子を用いるなどして生殖補助医療が行われ,子が出生した場合については,このような生殖補助医療をどのように規制するかという医療法制の在り方を踏まえ,子の福祉,父母の意思への配慮といった観点から慎重な検討が必要になるところ,医療法制の考え方が不明確なまま,親子法制に関して独自の規律を定めることは適当ではないと考えられたため,この問題については更なる検討は行わないこととしたとされている。
以上のとおり,死後懐胎子については,医療法制の面でも,親子法制の面でも,様々な検討が行われ,意見が出されているが,法律上の手当てはされていない現状にある。
5 このような中で,ことの当否はさておき,本件のように,死亡した夫の冷凍保存精子を用いた懐胎が行われ,それにより出生した子と精子提供者との間の父子関係をどのように考えるべきかという問題が発生しているのである。
この場合に生まれてきた子の福祉を最重点に考えるべきことには異論はなかろう。そこで,死亡した父と死後懐胎子との間に法律上の父子関係を形成することにより,現行法上子がどのような利益を受けるか,関係者との間にいかなる法律関係が生ずるのかを考えると,法律上の父と子との間において発生する法律関係のうち重要かつ基本的なものは,親権,扶養,相続という関係であるが,現行法制の下においては,認知請求を認めたとしても,死亡した父と死後懐胎子との間には,法廷意見のとおり,親権,扶養,相続といった法律上の父と子の間に生ずる基本的な法律関係が生ずる余地はなく,父の親族との関係で親族関係が生じ,その結果これらの者との間に扶養の権利義務が発生することがあり得るにすぎず,認知を認めることによる子の利益はそれほど大きなものではなく,現行法制とのかい離が著しい法律関係になることを容認してまで父子関係を形成する必要は乏しいといわざるを得ない。もっとも,親権や扶養の関係は,自然懐胎の場合の死後認知においても死亡した父との間にそのような関係を生ずる余地がない点では同様であるが,それは,懐胎の時点においては親権や扶養の関係が生ずることが予定されていたところ,その後父が死亡したという偶然の事態の発生によるものであって,懐胎の当初からそのような関係が生ずる余地がないという死後懐胎の場合とは趣を異にするものである。
たしかに,死後懐胎子には,その出生について何らの責任はなく,自然懐胎子と同様に個人として尊重されるべき権利を有していることは疑いがなく,法の不備を理由として不利益を与えることがあってはならないことはいうまでもないのであって,この点をいう被上告人やその法定代理人の心情は理解できるところである。しかしながら,このような子の認知請求を認めることによる子の利益は,上記のようにそれほど大きなものではない一方,これを認めることは,いまだ十分な社会的合意のないまま実施された死後懐胎による出生という既成事実を法的に追認することになるという大きな問題を生じさせることになって,相当ではないといわなければならない。
この問題の抜本的な解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる検討に基づく法整備が必要である。すなわち,精子提供者の死亡後に冷凍保存精子を用いた授精を行うことが医療法制上是認されるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのかという根源的な問題についての検討が加えられた上,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提とした上,どのような要件の下に父子関係を認めるのか,認めるとすればこの父子関係にどのような効果を与えるのが相当であるかについて十分な検討が行われ,これを踏まえた法整備がされることが必要である。子の福祉も,このような法の整備が行われて初めて実現されるというべきである。そして,生殖補助医療の技術の進歩の速度が著しいことにかんがみると,早期の法制度の整備が望まれるのである。
(裁判長裁判官・中川了滋,裁判官・滝井繁男,裁判官・津野 修,裁判官・今井 功)
外国での代理母出産と嫡出推定 最高裁平成19年
外国での代理母出産と嫡出推定 最高裁平成19年 潮見入門2版 438頁
実務精選120 離婚・親子・相続事件判例解説・第一法規・2019年37 医事法判例百選第2版89事件 民法判例百選Ⅲ 第3版 36事件
市長村長の処分に対する不服申立て却下審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件
最高裁判所第2小法廷決定/平成18年(許)第47号
平成19年3月23日
【判示事項】 1 民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判と民訴法118条3号にいう公の秩序
2 女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合における出生した子の母
【判決要旨】 1 民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものとして,我が国において効力を有しない。
2 女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合においても,出生した子の母は,その子を懐胎し出産した女性であり,出生した子とその子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供していたとしても,母子関係の成立は認められない。
(2につき補足意見がある。)
【参照条文】 民事訴訟法118
民法772-1
民法4編3章1節
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集61巻2号619頁
家庭裁判月報59巻7号72頁
訟務月報54巻3号642頁
裁判所時報1432号80頁
判例タイムズ1239号120頁
判例時報1967号36頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 戸籍時報616号62頁
戸籍時報663号11頁
ジュリスト1341号165頁
千葉大学法学論集23巻2号173頁
判例時報2002号190頁
判例タイムズ1256号38頁
法曹時報62巻5号1297頁
法の支配147号100頁
法律時報82巻2号116頁
法律のひろば61巻3号58頁
民事研修657号22頁
明治学院大学法科大学院ローレビュー9号149頁
別冊ジュリスト193号64頁
主 文
原決定を破棄し,原々決定に対する相手方らの抗告を棄却する。
当審における抗告費用は相手方らの負担とする。
理 由
抗告代理人都築政則ほかの抗告理由について
1 本件は,日本人夫婦である相手方らが,相手方X1の精子と同X2の卵子を用いた生殖補助医療により米国ネバダ州在住の米国人女性が懐胎し出産した双子の子ら(以下「本件子ら」という。)について,抗告人に対し,相手方らを父母とする嫡出子としての出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したところ,抗告人は,相手方X2による分娩(出産)の事実が認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として本件出生届を受理しない旨の処分をし,これに対し,相手方らが,戸籍法118条に基づき,本件出生届の受理を命ずることを申し立てた事案である(以下,この申立てを「本件申立て」という。)。
2 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
(1)相手方X1と同X2は,平成6年▲月▲日に婚姻した夫婦である。
(2)相手方X2は,平成12年▲月▲日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,相手方X2は,将来自己の卵子を用いた生殖補助医療により他の女性に子を懐胎し出産してもらう,いわゆる代理出産の方法により相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得ることも考え,手術後の放射線療法による損傷を避けるため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。
相手方らは,平成14年に,米国在住の夫婦との間で代理出産契約を締結し,同国の病院において2度にわたり代理出産を試みたが,いずれも成功しなかった。
(3)相手方らは,平成15年に米国ネバダ州在住の女性A(以下「A」という。)による代理出産を試みることとなり,Cセンターにおいて,同年▲月▲日,相手方X2の卵巣から採取した卵子に,相手方X1の精子を人工的に受精させ,同年▲月▲日,その中から2個の受精卵を,Aの子宮に移植した。
同年5月6日,相手方らは,A及びその夫であるB夫妻(以下「AB夫妻」という。)との間で,Aは,相手方らが指定しAが承認した医師が行う処置を通じて,相手方らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については相手方らが法律上の父母であり,AB夫妻は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的権利又は責任も有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約(以下「本件代理出産契約」という。)を締結した。
(4)同年11月▲日,Aは,ネバダ州a市Dセンターにおいて,双子の子である本件子らを出産した。
(5)ネバダ州修正法126章45条は,婚姻関係にある夫婦は代理出産契約を締結することができ,この契約には,親子関係に関する規定,事情が変更した場合の子の監護権の帰属に関する規定,当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含まれていなければならないこと(1項),同要件を満たす代理出産契約において親と定められた者は法的にあらゆる点で実親として取り扱われること(2項),契約書に明記されている子の出産に関連した医療費及び生活費以外の金員等を代理出産する女性に支払うこと又はその申出をすることは違法であること(3項)を規定しており,同章には,親子関係確定のための裁判手続に関する諸規定が置かれている。
同章161条は,親子関係確定の裁判は,あらゆる局面において決定的なものであること(1項),親子関係確定の裁判が従前の出生証明書の内容と異なるときは,新たな出生証明書の作成を命ずべきこと(2項)を規定している。
(6)相手方らは,同年11月下旬,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)に対し親子関係確定の申立てをした。同裁判所は,相手方ら及びAB夫妻が親子関係確定の申立書に記載されている事項を真実であると認めていること及びAB夫妻が本件子らを相手方らの子として確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類を精査した後,同年12月1日,相手方らが2004年(平成16年)1月あるいはそのころAから生まれる子ら(本件子ら)の血縁上及び法律上の実父母であることを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成する責任を有する関係機関に,相手方らを子らの父母とする出生証明書を準備し発行することを命じ(主文2項),関係する州及び地域の登記官に,法律に準拠し上記にのっとった出生証明書を受理し,記録保管することを命ずる(主文3項)内容の「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。
(7)相手方らは,本件子らの出生後直ちに養育を開始した。ネバダ州は,平成15年12月31日付けで,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した出生証明書を発行した。
(8)相手方らは,平成16年1月,本件子らを連れて日本に帰国し,同月22日,抗告人に対し,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した嫡出子としての出生届(本件出生届)を提出した。
抗告人は,相手方らに対し,同年5月28日,相手方X2による出産の事実が認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として,本件出生届を受理しない旨の処分をしたことを通知した。
3 原々審は,本件申立てを却下したが,原審は,要旨次のとおり説示して,原々決定を取り消し,本件出生届の受理を命じた。
(1)民訴法118条所定の外国裁判所の確定判決とは,外国の裁判所が,その裁判の名称,手続,形式のいかんを問わず,私法上の法律関係について当事者双方の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものと解される(最高裁平成6年(オ)第1838号同10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853頁)。ネバダ州裁判所による相手方らを法律上の実父母と確認する旨の本件裁判は,親子関係の確定を内容とし,我が国の裁判類型としては,人事訴訟の判決又は家事審判法23条の審判に類似するものであり,外国裁判所の確定判決に該当する。
(2)民訴法118条3号の要件について
本件裁判が民訴法118条による効力を有しないとすると,相手方らと本件子らとの嫡出親子関係については,相手方らの本国法である日本法が準拠法となるところ,我が国の民法の解釈上,法律上の母子関係については子を出産した女性が母であると解されるから,相手方らは法律上の親ではないことになる。一方,本件子らとAB夫妻との親子関係については,AB夫妻の本国法であるネバダ州修正法が準拠法となるところ,同法上,本件代理出産契約は有効とされ,相手方らが法律上の親であって,AB夫妻は本件子らの法律上の親ではないことになる。本件子らは,このような両国の法制度のはざまに立たされて,法律上の親のない状態を甘受しなければならないこととなる。
民訴法118条3号所定の「判決の内容が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」とは,外国裁判所の判決の効力を我が国で認め,法秩序に組み込むことにより我が国の公序良俗(渉外性を考慮してもなお譲ることのできない我が国の基本的価値,秩序)に混乱をもたらすことがないことを意味するが,これを判断するについては,上記の状況を踏まえ,本件事案につき,個別的かつ具体的内容に即した検討をした上で,本件裁判の効力を承認することが実質的に公序良俗に反するかどうかを判断すべきであるところ,以下のとおり,本件裁判の効力を承認することは実質的に公序良俗に反しないというべきである。
ア 我が国の民法等の法制度は,生殖補助医療技術が存在せず,自然懐胎のみの時代に制定されたものであるが,法制定当時に想定されていなかったことをもって,人為的な操作による懐胎又は出生のすべてが,我が国の法秩序の中に受け入れられないとする理由にはならず,民法上,代理出産契約に基づいて親子関係が確定されることはないとしても,外国でされた人為的な操作による懐胎又は出生に関し,外国の裁判所がした親子関係確定の裁判については,厳格な要件を踏まえた上で受け入れる余地はある。
イ 本件子らは,相手方X2の卵子と相手方X1の精子により出生した子らであり,相手方らと本件子らとは血縁関係を有する。
ウ 本件代理出産契約に至ったのは,相手方X2の子宮頸部がんによる子宮摘出手術等の結果,自ら懐胎により子を得ることが不可能となったため,相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには,その方法以外はなかったことによる。
エ 他方,Aが代理出産を申し出たのは,ボランティア精神に基づくものであり,その動機・目的において不当な要素をうかがうことができず,本件代理出産契約は相手方らがAに手数料を支払う有償契約であるが,その手数料は,Aによって提供された働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州修正法において認められているもの)であり,子の対価ではない。契約の内容についても,妊娠及び出産のいかなる場面においても,Aの生命及び身体の安全を最優先とし,Aが胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反する何らの約束も強制力を持たないこととされ,Aの尊厳を侵害する要素を見いだすことはできない。
オ 本件では,AB夫妻は,本件子らと親子関係にあることもこれを養育することも望んでおらず,他方,相手方らは,本件子らを出生直後から養育し,今後も実子として養育することを強く望んでいるのであって,本件子らにとって,相手方らを法律的な親と認めることがその福祉を害するおそれはなく,むしろ,相手方らに養育されることがもっともその福祉にかなう。
カ 厚生科学審議会生殖補助医療部会は,代理出産を一般的に禁止する結論を示しているが,本件代理出産は,その禁止の理由として挙げられている子らの福祉の優先,人を専ら生殖の手段として扱うことの禁止,安全性,優生思想の排除,商業主義の排除,人間の尊厳の6原則に反することはない。現在,我が国では代理出産契約について明らかにこれを禁止する規定は存せず,我が国では代理出産を否定するだけの社会通念が確立されているとまではいえない。
キ 法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会における議論では,外国で代理出産が行われ,依頼者の夫婦が実親となる決定がされた場合,代理出産契約は我が国の公序良俗に反し,その決定の効力は我が国では認められないとする点に異論がなかったが,本件裁判は,本件代理出産契約のみに依拠して親子関係を確定したのではなく,本件子らが相手方らと血縁上の親子関係にあるとの事実及びAB夫妻も本件子らを相手方らの子と確定することを望んでおり関係者の間に本件子らの親子関係について争いがないことも参酌して,本件子らを相手方らの子と確定したのであり,本件裁判が公序良俗に反するものではない。
ク 本件のような生命倫理に関する問題につき,我が国の民法の解釈では相手方らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判の効力を承認する結果として,我が国において相手方らを本件子らの法律上の親とすることに違和感があることは否定できない。しかしながら,身分関係に関する外国裁判の承認については,多くの下級審裁判例や戸籍実務(昭和51年1月14日民二第280号法務省民事局長通達参照)においては,身分関係に関する外国の裁判についても,準拠法上の要件は満たす必要はなく,民訴法118条に定める要件が満たされれば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由は見いだせない。
(3)よって,本件裁判は民訴法118条の適用ないし類推適用により効力を有し,本件子らは相手方らの嫡出子ということになるから,本件出生届は受理されるべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認められるためには,判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされているところ,外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって,その一事をもって直ちに上記の要件を満たさないということはできないが,それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には,その外国判決は,同法条にいう公の秩序に反するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるものではない。
(2)我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けている(民法772条1項参照)。また,母とその非嫡出子との間の母子関係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。
民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くものであるが,民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしているのは,その制定当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生した子とのつながりがあるという事情が存在し,その上で出産という客観的かつ外形上明らかな事実をとらえて母子関係の成立を認めることにしたものであり,かつ,出産と同時に出生した子と子を出産した女性との間に母子関係を早期に一義的に確定させることが子の福祉にかなうということもその理由となっていたものと解される。
民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提となっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。そこで,子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。
もっとも,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気持ちから,本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように,現実に代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては,医学的な観点からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉などの諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対応が強く望まれるところである。
(3)以上によれば,本件裁判は,我が国における身分法秩序を定めた民法が実親子関係の成立を認めていない者の間にその成立を認める内容のものであって,現在の我が国の身分法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものといわざるを得ず,民訴法118条3号にいう公の秩序に反することになるので,我が国においてその効力を有しないものといわなければならない。
そして,相手方らと本件子らとの間の嫡出親子関係の成立については,相手方らの本国法である日本法が準拠法となるところ(法の適用に関する通則法28条1項),日本民法の解釈上,相手方X2と本件子らとの間には母子関係は認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係があるとはいえない。
(4)原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原決定は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,相手方らの申立てを却下した原々決定は正当であるから,これに対する相手方らの抗告を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官津野修,同古田佑紀の補足意見,裁判官今井功の補足意見がある。
裁判官津野修,同古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。
本件において,Aを代理母として出生した本件子らに対し相手方夫妻が親としての愛情を注ぎその養育に当たっていることについては,疑問の余地はない。
しかしながら,本件に関する民法等の解釈をするに当たっては,本件のみにとどまらず,卵子を提供した女性と懐胎,出産した女性とが異なる場合の親子関係すべてに共通する問題として考察する必要がある。
母子関係は人の最も基本的な関係の一つであるとともに,子にとっては自らのアイデンティティにかかわる根源的な問題であるが,現行民法上,このような場合における出生した子と懐胎,出産した女性及び卵子を提供した女性との間の法的な関係については,何ら特別の規定が置かれていない。
代理出産が行われている国においては,代理出産した女性が自ら懐胎,出産した子に対して母親としての愛情を抱き,その引渡しを拒絶したり,反対に依頼者が引取りを拒絶するなど,様々な問題が発生しているという現実もあるところ,このような問題が発生した場合,懐胎,出産した女性,卵子を提供した女性及び子との間の関係が法律上明確に定められていなければ,子の地位が不安定になり,また,関係者の間の紛争を招くことともなって,子の福祉を著しく害することとなるおそれがある。
また,代理出産を一定の場合に認めるとするのであれば,出生する子の福祉や親子関係の公益性,代理出産する女性の保護などの観点から,代理出産契約が有効と認められるための明確な要件が定められる必要がある。さらに,その要件を満たしていることが代理出産を依頼した女性との実親子関係を認めるための要件となるとすれば,実親子関係の有無の判断が個別の事案ごとにされる代理出産契約の有効性についての判断に左右されることになり,実親子関係を不安定にすることになるばかりでなく,客観的には同様の経過を経て出生する子の間で,ある者は実子と認められ,ある者は実子と認められないという結果を生ずることも考慮しなければならない。
そうすると,本件のように,代理出産によらなければ自己の卵子による遺伝的なつながりのある子を持つことができないという特別の事情については十分理解できるし,また,生まれてきた子の福祉は極めて重要であり,十分に考慮されなければならないところではあるが,代理出産に伴って生じ得る様々な問題について何ら法制度が整備されていない状況の下では,子を懐胎,出産し,新しい生命を現に誕生させた女性を母とする原則を変更して,卵子を提供した女性を母とすることにはちゅうちょを感じざるを得ない。
生殖補助医療の発達によって今後も同様の問題が生ずることが予想されることから,代理出産やそれに伴う親子関係等の問題については,法廷意見の指摘する様々な問題点について検討をした上,早急に立法による対応がなされることを強く望みたい。
諸外国の事情をみても,米国の一部の州やイギリスでは代理出産が認められているが,その中でも,出産した女性を母とした上で,依頼した夫婦を親とする措置を出生後にとることとしているものと,出生時から依頼した者を親とするものとがあり,また,代理出産契約を有効とする要件についても所によって異なる。一方,ドイツ,フランスや米国の一部の州などにおいては,代理出産がおよそ禁止されているとともに,代理出産による子があった場合でも出産した女性を母とすることとされているが,その子と依頼者との間で養子縁組を認めるものと養子縁組も認めないものとがあるなど,代理出産に関しては,それぞれの国の国情を踏まえ,多様に法制が分かれている。このことは,代理出産に関しては,様々な面において考え方が多様に分かれるものであることを示しているといえ,立法による対応が強く望まれるゆえんである。
なお,本件において,相手方らが本件子らを自らの子として養育したいという希望は尊重されるべきであり,そのためには法的に親子関係が成立することが重要なところ,現行法においても,Aらが,自らが親として養育する意思がなく,相手方らを親とすることに同意する旨を,外国の裁判所ではあっても裁判所に対し明確に表明しているなどの事情を考慮すれば,特別養子縁組を成立させる余地は十分にあると考える。
裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。
私は,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が成立しないとの法廷意見に賛成するものであるが,本件のような民法の想定しない事態についての親子関係に関する問題の解決について,私の考えを述べておきたい。
本件で直接問われているのは,相手方らと本件子らとの間に実親子関係を認めた外国の裁判が我が国において効力を有するかという問題であるが,法廷意見のとおり,親子関係のように我が国の身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念に関する事柄については,我が民法の解釈として容認されない内容の外国の裁判は,民訴法118条3号の公序良俗に反するものとして,我が国においてその効力を認められないのであるから,結局は,我が民法において代理出産により出生した子の母子関係はどのように解釈すべきかという問題に帰着することになる。
医学の進歩は著しく,生殖補助医療の分野においても,様々な新しい技術が開発され,実施されている。これらの技術の進歩により,これまで子を持つことができなかった夫婦や男女が子を持つことが可能になったが,これに伴い,従来では想定されなかった様々な法律問題が生じている。精子提供者が死亡した後に実施された凍結精子を用いた体外受精による精子提供者と子との間の父子関係の成否の問題がその一つであり(最高裁平成16年(受)第1748号同18年9月4日第二小法廷判決・民集60巻7号2563頁),本件の代理出産の問題もその一つである。このような技術の進歩に伴って生ずる身分法上の問題については,民法の制定当時には,想定されていなかったのであるから,それに関し民法が規定を設けていないことはいうまでもない。この場合に,民法が規定を設けていないからといって,そのことだけで直ちにこれを否定することは相当ではない。問題となった法律関係の内容に照らし,現行法の解釈として認められるものについては,身分関係を認めることは裁判所のなすべき責務である。
しかし,身分関係,中でも実親子関係の成否は,法廷意見の述べるように,社会生活上の関係の基礎となるものであって,身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわる問題である。具体的な事案の中で,関係当事者の権利利益を保護すべきか否かという側面からの考察のみではなく,そのような関係を法的に認めることが,我が国の身分法秩序等にどのような影響を及ぼすかについての考察をしなければならない。
本件においては,相手方らは本件子らと血縁関係を有すること,相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには他の方法がなかったこと,本件代理出産契約はその動機目的において不当な要素をうかがうことができず,その内容においても代理出産した女性の尊厳を侵害する要素を見出すことはできないこと,代理出産した女性及びその夫は本件子らを自らの子とすることは望まず,相手方らは本件子らを実子として養育することを強く望んでいること等原審の認定する事実関係によれば,本件子らの福祉という点から考えれば,あるいは,本件子らと相手方らとの間の法的な実親子関係を認めることがその福祉にかなうということができるかもしれない。しかし,ことは,それほど単純ではない。本件のような場合に実親子関係を法的に認めることの我が国の身分法秩序等に及ぼす影響をも視野に入れた考察をしなければならない。代理出産に関しては,生命倫理や医療の倫理として許容されるか,許容されるとしてもどのような条件が必要かについて多様な意見があり,また,出生した子やその子を懐胎出産した女性,卵子を提供した女性その他の関係者の間の法律関係をどのように規整するかについても,議論のあり得るところである。本件において,現行法の解釈として相手方らと本件子らとの間の実親子関係を法的に認めることは,現段階においては,医学界においても,その実施の当否について議論があり,否定的な意見も多い代理出産を結果的に追認することになるほか,関係者の間に未解決の法律問題を残すことになり,そのような結果を招来することには,大いに疑問がある。
この問題の解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる検討を踏まえた法の整備が必要である。すなわち,医療法制上,代理出産が是認されるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのか,という問題について検討が必要であり,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提とした上,出生した子,その子を懐胎し出産した女性,卵子を提供した女性,これらの女性の配偶者等の関係者間の法律関係をどのように規整するかについて,十分な検討が行われ,これを踏まえた法整備が必要である。この問題に関係する者の正当な権利利益の保護,子の福祉といった問題もこのような法制度の整備により初めて,公平公正に解決されるということができる。
関係者が多く,多様な関係者の間に様々な意見が存在することから,妥当な合意を得ることは,必ずしも容易ではないとは考えるが,困難であるからといって,これを放置することは,既成事実が積み重ねられる結果となり,出生してくる子の福祉にとっても決して良い結果をもたらさないことは明らかである。医学の進歩がもたらす恩恵を多くの者が安心して享受できるようにするためにも,できるだけ早く,社会的な合意に向けた努力をし,これに基づいた立法がされることが望まれるゆえんである。
なお,本件子らと相手方らとの間に特別養子縁組を成立させる余地は十分にあるとする点においては,津野修裁判官,古田佑紀裁判官の補足意見のとおりと考える。
(裁判長裁判官・古田佑紀,裁判官・津野 修,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋)