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カテゴリ:憲法 > 国際私法

ディズニー英会話事件 東京地裁平成29年4月11日

佐藤修二『租税と法の接点』大蔵財務協会・2020年105頁 租税法判例百選第7版 76事件 ワールドファミリー事件

法人税更正処分取消等請求事件

東京地方裁判所判決/平成21年(行ウ)第472号

平成29年4月11日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       ジュリスト1516号10頁

             ジュリスト1536号118頁

 

       主   文

 

 1 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成9年9月1日から平成10年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額(省略)円を超える部分(還付すべき金額が(省略)円を下回る部分)並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 2 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成10年9月1日から平成11年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額(省略)円を超える部分(還付すべき金額が(省略)円を下回る部分)並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 3 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成11年9月1日から平成12年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額(省略)円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 4 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成12年9月1日から平成13年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額(省略)円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 5 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成13年9月1日から平成14年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 6 新宿税務署長が平成(省略)付けで原告に対してした原告の平成14年9月1日から平成15年8月31日までの事業年度の法人税の更正(平成(省略)付け裁決により一部取り消された後のもの)のうち,所得金額(省略)円及び納付すべき税額(省略)円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定(同日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 7 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

  主文同旨

第2 事案の概要

  本件は,(省略)に本店を置く兄弟会社(原告と親会社を同じくする会社)から幼児向け英語教材を輸入して我が国の国内で販売する内国法人である原告が,平成9年9月1日から平成10年8月31日までの事業年度(以下「平成10年8月期」といい,原告の他の事業年度についても同様の表現をする。),平成11年8月期,平成12年8月期,平成13年8月期,平成14年8月期及び平成15年8月期(以下,これらを併せて「本件各事業年度」という。)の法人税の申告をしたところ,新宿税務署長(以下「原処分行政庁」という。)から,上記の幼児向け英語教材を輸入する取引について,租税特別措置法(平成10年8月期から平成13年8月期までについては平成13年法律第7号による改正前のもの,平成14年8月期については平成14年法律第79号による改正前のもの,平成15年8月期については平成16年法律第14号による改正前のもの。以下,これらの改正前のものを包括して「措置法」という。)66条の4第1項の規定により,同条2項の規定する独立企業間価格で行われたものとみなされて,平成16年11月24日付けで原告の本件各事業年度の法人税の更正(以下「本件各更正処分」という。また,本件各更正処分のうち,平成10年8月期の法人税に係る更正を「平成10年8月期更正処分」といい,他の更正についても同様の表現をする。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」といい,本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)を受けたことから,本件各更正処分において同項1号ロの規定する再販売価格基準法によりされた独立企業間価格の算定に誤りがあるなどとして,本件各更正処分(平成(省略)付け裁決(以下「本件裁決」という。)により一部取り消された後のもの)のうち申告額(平成13年8月期については平成(省略)付けの更正により変更された納付すべき税額)を超える部分(還付すべき金額については申告額を下回る部分)及び本件各賦課決定処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)の取消しを求める事案である。

   なお,本判決で使用する略語等の主なものは,別紙2「略語等一覧表」のとおりである。

 1 関係法令等の定めと移転価格税制の仕組み

  (1) 関係法令等の定め

    本件の主な関係法令等の定めは,別紙3「関係法令等の定め」記載のとおりである(本件で適用される条項につき数次の改正がされているが,本件との関係において実質的な差異が生じないものについては,最も新しいもののみ記載した。)。なお,以下,租税特別措置法施行令(平成10年8月期から平成13年8月期までについては平成13年政令第141号による改正前のもの,平成14年8月期及び平成15年8月期については平成16年政令第105号による改正前のもの)を,これらの改正前のものを包括して「措置法施行令」と,租税特別措置法関係通達(法人税編)(平成10年8月期から平成13年8月期までについては平成14年2月15日付課法2-1通達による改正前のもの,平成14年8月期については平成15年2月28日付課法2-7通達による改正前のもの,平成15年8月期については平成16年12月20日付課法2-14通達による改正前のもの)を,これら改正前のものを包括して「旧措置法通達」と,租税特別措置法関係通達(法人税編)(平成23年10月27日課法2-13による改正後のもの)を「新措置法通達」と,国税庁長官制定の平成13年6月1日付け「移転価格事務運営要領」(平成17年4月28日査調7-3ほかによる改正前のもの)を「旧事務運営指針」と,同じく,国税庁長官制定の平成13年6月1日付け「移転価格事務運営要領」(平成19年6月25日査調7-21ほかによる改正後のもの)を「新事務運営指針」と,それぞれいう。

  (2) 我が国における移転価格税制の仕組み(乙1,乙118)

   ア 移転価格税制の基本的な仕組み

     我が国における移転価格税制は,我が国の法人が「特殊の関係」にある外国法人(国外関連者)との間で取引(国外関連取引)を行った場合に,その法人がその国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき,又はその法人がその国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは,その法人の所得の計算において,その取引が独立企業間価格で行われたものとみなすというものである(措置法66条の4第1項)。この場合における国外関連取引者に支払う対価の額と当該国外関連取引に係る独立企業間価格との差額は,法人の各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入されず(同条4項),その結果,国外関連取引の実際の取引価額のいかんにかかわらず,例えば,国外関連者に対する資産の販売の場合には,独立企業間価格に満たない部分に相当する金額が益金に算入され,国外関連者からの資産の購入の場合には,独立企業間価格に相当する金額が原価とされることになる。

   イ 移転価格税制に関する概念等

    (ア) 国外関連者とは,外国法人で,当該法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数又は出資の総額の100分の50以上の株式の数又は出資の金額を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める特殊の関係のあるものをいう(措置法66条の4第1項)。

      なお,上記のような特殊の関係にないものを,非関連者という。

    (イ) 国外関連取引とは,法人が,昭和61年4月1日以後に開始する事業年度において,当該法人に係る国外関連者との間で行った資産の販売,資産の購入,役務の提供その他の取引をいう(措置法66条の4第1項)。

    (ウ) 独立企業間価格とは,国外関連取引が措置法66条の4第2項各号に掲げる取引のいずれに該当するかに応じて,当該各号に定める方法により算定した金額をいう(措置法66条の4第2項)。

    (エ) 移転価格税制の適用対象となる法人は,原則として,我が国において当該法人の当該事業年度の所得に対する法人税及び解散による清算所得に対する法人税について納税義務のある法人である(措置法66条の4第1項)。

   ウ 独立企業間価格の算定

    (ア) 独立企業間価格について定めた措置法66条の4第2項は,同項1号において,国外関連取引の典型的な取引形態として「棚卸資産の販売又は購入」を取り上げ,同取引形態に係る取引に関する独立企業間価格の算定方法を定め,同項2号において,それ以外の取引形態についても同様の方法により独立企業間価格を算定する旨規定している。

    (イ) 措置法66条の4第2項1号は,棚卸資産の販売又は購入に係る取引に関する独立企業間価格の算定方法として,次のようなものを規定している。

     a 独立価格比準法(措置法66条の4第2項1号イ)

       特殊の関係にない売手と買手が,国外関連取引に係る棚卸資産と同種の資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額に相当する金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法

     b 再販売価格基準法(措置法66条の4第2項1号ロ)

       国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(以下「再販売価格」という。)から,通常の利潤の額を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法

     c 原価基準法(措置法66条の4第2項1号ハ)

       国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入,製造その他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額を加算して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法

     d aからcまでに掲げる方法(以下「基本三法」という。)に準ずる方法その他政令で定める方法

       ただし,dの方法は,基本三法を用いることができない場合に限り用いることができる。

   エ 再販売価格基準法

    (ア) 再販売価格基準法(措置法66条の4第2項1号ロ)とは,国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(再販売価格)から通常の利潤の額(当該再販売価格に通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。以下同じ。)を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。

    (イ) 上記の「通常の利益率」とは,国外関連取引に係る棚卸資産と同種又は類似の棚卸資産を,特殊の関係にない者(非関連者)から購入した者(再販売者)が当該同種又は類似の棚卸資産を非関連者に対して販売した取引(以下「比較対象取引」という。)に係る当該再販売者の売上総利益の額(当該比較対象取引に係る棚卸資産の販売による収入金額の合計額から当該比較対象取引に係る棚卸資産の原価の額の合計額を控除した金額をいう。)の当該収入金額の合計額に対する割合(以下,原告が行う取引に係る同様の割合も含めて「売上総利益率」という。)をいう(措置法施行令39条の12第6項本文)。ただし,比較対象取引と当該国外関連取引に係る棚卸資産の買手が当該棚卸資産を非関連者に対して販売した取引とが売手の果たす機能その他において差異がある場合には,その差異により生ずる割合の差につき必要な調整(以下,この差異により生ずる割合の差についての調整を「差異調整」という。)を加えた後の割合とする(同項ただし書)。

    (ウ) 以上を算式で表すと次のとおりとなる。

     ① 再販売価格(国外関連取引における買手が非関連者に販売した価格)-通常の利潤の額=独立企業間価格

     ② 通常の利潤の額=①の再販売価格×通常の利益率(比較対象取引に係る売上総利益率に必要な差異の調整を加えたもの)

   オ 小括

     以上のとおり,法人が,国外関連者から棚卸資産の購入に係る取引をした場合,その対価の額が独立企業間価格を超える場合には,その法人の所得の計算において,その取引は独立企業間価格で行われたものとみなされる。

     そして,独立企業間価格の算定方法については,基本三法とこれに準じる方法があるところ,そのうちの再販売価格基準法によって独立企業間価格の算定を行う場合,国外関連取引に係る棚卸資産と同種又は類似の棚卸資産を,特殊の関係にない者(非関連者)から購入した者(再販売者)が当該同種又は類似の棚卸資産を非関連者に対して販売した取引(比較対象取引)に係る当該再販売者の売上総利益の額(当該比較対象取引に係る棚卸資産の販売による収入金額の合計額から当該比較対象取引に係る棚卸資産の原価の額の合計額を控除した金額をいう。)の当該収入金額の合計額に対する割合(売上総利益率)につき,比較対象取引と当該国外関連取引に係る棚卸資産の買手が当該棚卸資産を非関連者に対して販売した取引とが売手の果たす機能その他において差異がある場合には,その差異により生ずる割合の差につき必要な調整(差異調整)を加えた後の割合(通常の利益率)を,国外関連取引に係る棚卸資産の再販売価格に乗じて通常の利潤の額を算定し,この通常の利潤の額を当該再販売価格から控除して計算した金額(独立企業間価格)をもって当該国外関連取引に係る対価の額とすることとなる。

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最高裁判所第2小法廷決定/平成18年(許)第47号

平成19年3月23日

【判示事項】       1 民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判と民訴法118条3号にいう公の秩序

             2 女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合における出生した子の母

【判決要旨】        1 民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するものとして,我が国において効力を有しない。

            2 女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合においても,出生した子の母は,その子を懐胎し出産した女性であり,出生した子とその子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供していたとしても,母子関係の成立は認められない。

              (2につき補足意見がある。)

【参照条文】       民事訴訟法118

             民法772-1

             民法4編3章1節

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集61巻2号619頁

             家庭裁判月報59巻7号72頁

             訟務月報54巻3号642頁

             裁判所時報1432号80頁

             判例タイムズ1239号120頁

             判例時報1967号36頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       戸籍時報616号62頁

             戸籍時報663号11頁

             ジュリスト1341号165頁

             千葉大学法学論集23巻2号173頁

             判例時報2002号190頁

             判例タイムズ1256号38頁

             法曹時報62巻5号1297頁

             法の支配147号100頁

             法律時報82巻2号116頁

             法律のひろば61巻3号58頁

             民事研修657号22頁

             明治学院大学法科大学院ローレビュー9号149頁

             別冊ジュリスト193号64頁

 

       主   文

 

 原決定を破棄し,原々決定に対する相手方らの抗告を棄却する。

 当審における抗告費用は相手方らの負担とする。

 

       理   由

 

 抗告代理人都築政則ほかの抗告理由について

 1 本件は,日本人夫婦である相手方らが,相手方X1の精子と同X2の卵子を用いた生殖補助医療により米国ネバダ州在住の米国人女性が懐胎し出産した双子の子ら(以下「本件子ら」という。)について,抗告人に対し,相手方らを父母とする嫡出子としての出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したところ,抗告人は,相手方X2による分娩(出産)の事実が認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として本件出生届を受理しない旨の処分をし,これに対し,相手方らが,戸籍法118条に基づき,本件出生届の受理を命ずることを申し立てた事案である(以下,この申立てを「本件申立て」という。)。

 2 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。

 (1)相手方X1と同X2は,平成6年▲月▲日に婚姻した夫婦である。

 (2)相手方X2は,平成12年▲月▲日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,相手方X2は,将来自己の卵子を用いた生殖補助医療により他の女性に子を懐胎し出産してもらう,いわゆる代理出産の方法により相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得ることも考え,手術後の放射線療法による損傷を避けるため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。

 相手方らは,平成14年に,米国在住の夫婦との間で代理出産契約を締結し,同国の病院において2度にわたり代理出産を試みたが,いずれも成功しなかった。

 (3)相手方らは,平成15年に米国ネバダ州在住の女性A(以下「A」という。)による代理出産を試みることとなり,Cセンターにおいて,同年▲月▲日,相手方X2の卵巣から採取した卵子に,相手方X1の精子を人工的に受精させ,同年▲月▲日,その中から2個の受精卵を,Aの子宮に移植した。

 同年5月6日,相手方らは,A及びその夫であるB夫妻(以下「AB夫妻」という。)との間で,Aは,相手方らが指定しAが承認した医師が行う処置を通じて,相手方らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については相手方らが法律上の父母であり,AB夫妻は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的権利又は責任も有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約(以下「本件代理出産契約」という。)を締結した。

 (4)同年11月▲日,Aは,ネバダ州a市Dセンターにおいて,双子の子である本件子らを出産した。

 (5)ネバダ州修正法126章45条は,婚姻関係にある夫婦は代理出産契約を締結することができ,この契約には,親子関係に関する規定,事情が変更した場合の子の監護権の帰属に関する規定,当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含まれていなければならないこと(1項),同要件を満たす代理出産契約において親と定められた者は法的にあらゆる点で実親として取り扱われること(2項),契約書に明記されている子の出産に関連した医療費及び生活費以外の金員等を代理出産する女性に支払うこと又はその申出をすることは違法であること(3項)を規定しており,同章には,親子関係確定のための裁判手続に関する諸規定が置かれている。

 同章161条は,親子関係確定の裁判は,あらゆる局面において決定的なものであること(1項),親子関係確定の裁判が従前の出生証明書の内容と異なるときは,新たな出生証明書の作成を命ずべきこと(2項)を規定している。

 (6)相手方らは,同年11月下旬,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)に対し親子関係確定の申立てをした。同裁判所は,相手方ら及びAB夫妻が親子関係確定の申立書に記載されている事項を真実であると認めていること及びAB夫妻が本件子らを相手方らの子として確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類を精査した後,同年12月1日,相手方らが2004年(平成16年)1月あるいはそのころAから生まれる子ら(本件子ら)の血縁上及び法律上の実父母であることを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成する責任を有する関係機関に,相手方らを子らの父母とする出生証明書を準備し発行することを命じ(主文2項),関係する州及び地域の登記官に,法律に準拠し上記にのっとった出生証明書を受理し,記録保管することを命ずる(主文3項)内容の「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。

 (7)相手方らは,本件子らの出生後直ちに養育を開始した。ネバダ州は,平成15年12月31日付けで,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した出生証明書を発行した。

 (8)相手方らは,平成16年1月,本件子らを連れて日本に帰国し,同月22日,抗告人に対し,本件子らについて,相手方X1を父,相手方X2を母と記載した嫡出子としての出生届(本件出生届)を提出した。

 抗告人は,相手方らに対し,同年5月28日,相手方X2による出産の事実が認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由として,本件出生届を受理しない旨の処分をしたことを通知した。

 3 原々審は,本件申立てを却下したが,原審は,要旨次のとおり説示して,原々決定を取り消し,本件出生届の受理を命じた。

 (1)民訴法118条所定の外国裁判所の確定判決とは,外国の裁判所が,その裁判の名称,手続,形式のいかんを問わず,私法上の法律関係について当事者双方の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものと解される(最高裁平成6年(オ)第1838号同10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853頁)。ネバダ州裁判所による相手方らを法律上の実父母と確認する旨の本件裁判は,親子関係の確定を内容とし,我が国の裁判類型としては,人事訴訟の判決又は家事審判法23条の審判に類似するものであり,外国裁判所の確定判決に該当する。

 (2)民訴法118条3号の要件について

 本件裁判が民訴法118条による効力を有しないとすると,相手方らと本件子らとの嫡出親子関係については,相手方らの本国法である日本法が準拠法となるところ,我が国の民法の解釈上,法律上の母子関係については子を出産した女性が母であると解されるから,相手方らは法律上の親ではないことになる。一方,本件子らとAB夫妻との親子関係については,AB夫妻の本国法であるネバダ州修正法が準拠法となるところ,同法上,本件代理出産契約は有効とされ,相手方らが法律上の親であって,AB夫妻は本件子らの法律上の親ではないことになる。本件子らは,このような両国の法制度のはざまに立たされて,法律上の親のない状態を甘受しなければならないこととなる。

 民訴法118条3号所定の「判決の内容が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと」とは,外国裁判所の判決の効力を我が国で認め,法秩序に組み込むことにより我が国の公序良俗(渉外性を考慮してもなお譲ることのできない我が国の基本的価値,秩序)に混乱をもたらすことがないことを意味するが,これを判断するについては,上記の状況を踏まえ,本件事案につき,個別的かつ具体的内容に即した検討をした上で,本件裁判の効力を承認することが実質的に公序良俗に反するかどうかを判断すべきであるところ,以下のとおり,本件裁判の効力を承認することは実質的に公序良俗に反しないというべきである。

 ア 我が国の民法等の法制度は,生殖補助医療技術が存在せず,自然懐胎のみの時代に制定されたものであるが,法制定当時に想定されていなかったことをもって,人為的な操作による懐胎又は出生のすべてが,我が国の法秩序の中に受け入れられないとする理由にはならず,民法上,代理出産契約に基づいて親子関係が確定されることはないとしても,外国でされた人為的な操作による懐胎又は出生に関し,外国の裁判所がした親子関係確定の裁判については,厳格な要件を踏まえた上で受け入れる余地はある。

 イ 本件子らは,相手方X2の卵子と相手方X1の精子により出生した子らであり,相手方らと本件子らとは血縁関係を有する。

 ウ 本件代理出産契約に至ったのは,相手方X2の子宮頸部がんによる子宮摘出手術等の結果,自ら懐胎により子を得ることが不可能となったため,相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには,その方法以外はなかったことによる。

 エ 他方,Aが代理出産を申し出たのは,ボランティア精神に基づくものであり,その動機・目的において不当な要素をうかがうことができず,本件代理出産契約は相手方らがAに手数料を支払う有償契約であるが,その手数料は,Aによって提供された働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州修正法において認められているもの)であり,子の対価ではない。契約の内容についても,妊娠及び出産のいかなる場面においても,Aの生命及び身体の安全を最優先とし,Aが胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反する何らの約束も強制力を持たないこととされ,Aの尊厳を侵害する要素を見いだすことはできない。

 オ 本件では,AB夫妻は,本件子らと親子関係にあることもこれを養育することも望んでおらず,他方,相手方らは,本件子らを出生直後から養育し,今後も実子として養育することを強く望んでいるのであって,本件子らにとって,相手方らを法律的な親と認めることがその福祉を害するおそれはなく,むしろ,相手方らに養育されることがもっともその福祉にかなう。

 カ 厚生科学審議会生殖補助医療部会は,代理出産を一般的に禁止する結論を示しているが,本件代理出産は,その禁止の理由として挙げられている子らの福祉の優先,人を専ら生殖の手段として扱うことの禁止,安全性,優生思想の排除,商業主義の排除,人間の尊厳の6原則に反することはない。現在,我が国では代理出産契約について明らかにこれを禁止する規定は存せず,我が国では代理出産を否定するだけの社会通念が確立されているとまではいえない。

 キ 法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会における議論では,外国で代理出産が行われ,依頼者の夫婦が実親となる決定がされた場合,代理出産契約は我が国の公序良俗に反し,その決定の効力は我が国では認められないとする点に異論がなかったが,本件裁判は,本件代理出産契約のみに依拠して親子関係を確定したのではなく,本件子らが相手方らと血縁上の親子関係にあるとの事実及びAB夫妻も本件子らを相手方らの子と確定することを望んでおり関係者の間に本件子らの親子関係について争いがないことも参酌して,本件子らを相手方らの子と確定したのであり,本件裁判が公序良俗に反するものではない。

 ク 本件のような生命倫理に関する問題につき,我が国の民法の解釈では相手方らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判の効力を承認する結果として,我が国において相手方らを本件子らの法律上の親とすることに違和感があることは否定できない。しかしながら,身分関係に関する外国裁判の承認については,多くの下級審裁判例や戸籍実務(昭和51年1月14日民二第280号法務省民事局長通達参照)においては,身分関係に関する外国の裁判についても,準拠法上の要件は満たす必要はなく,民訴法118条に定める要件が満たされれば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由は見いだせない。

 (3)よって,本件裁判は民訴法118条の適用ないし類推適用により効力を有し,本件子らは相手方らの嫡出子ということになるから,本件出生届は受理されるべきである。

 4 しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1)外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認められるためには,判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しないことが要件とされているところ,外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度に基づく内容を含むからといって,その一事をもって直ちに上記の要件を満たさないということはできないが,それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものと認められる場合には,その外国判決は,同法条にいう公の秩序に反するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。

 実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるものではない。

 (2)我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定を設けている(民法772条1項参照)。また,母とその非嫡出子との間の母子関係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。

 民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くものであるが,民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしているのは,その制定当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生した子とのつながりがあるという事情が存在し,その上で出産という客観的かつ外形上明らかな事実をとらえて母子関係の成立を認めることにしたものであり,かつ,出産と同時に出生した子と子を出産した女性との間に母子関係を早期に一義的に確定させることが子の福祉にかなうということもその理由となっていたものと解される。

 民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提となっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。そこで,子を懐胎し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産により当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討すると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とすべき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによるものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるものであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんがみると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。

 もっとも,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという強い気持ちから,本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように,現実に代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては,医学的な観点からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉などの諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対応が強く望まれるところである。

 (3)以上によれば,本件裁判は,我が国における身分法秩序を定めた民法が実親子関係の成立を認めていない者の間にその成立を認める内容のものであって,現在の我が国の身分法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものといわざるを得ず,民訴法118条3号にいう公の秩序に反することになるので,我が国においてその効力を有しないものといわなければならない。

 そして,相手方らと本件子らとの間の嫡出親子関係の成立については,相手方らの本国法である日本法が準拠法となるところ(法の適用に関する通則法28条1項),日本民法の解釈上,相手方X2と本件子らとの間には母子関係は認められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係があるとはいえない。

 (4)原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原決定は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,相手方らの申立てを却下した原々決定は正当であるから,これに対する相手方らの抗告を棄却することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官津野修,同古田佑紀の補足意見,裁判官今井功の補足意見がある。

 裁判官津野修,同古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。

 本件において,Aを代理母として出生した本件子らに対し相手方夫妻が親としての愛情を注ぎその養育に当たっていることについては,疑問の余地はない。

 しかしながら,本件に関する民法等の解釈をするに当たっては,本件のみにとどまらず,卵子を提供した女性と懐胎,出産した女性とが異なる場合の親子関係すべてに共通する問題として考察する必要がある。

 母子関係は人の最も基本的な関係の一つであるとともに,子にとっては自らのアイデンティティにかかわる根源的な問題であるが,現行民法上,このような場合における出生した子と懐胎,出産した女性及び卵子を提供した女性との間の法的な関係については,何ら特別の規定が置かれていない。

 代理出産が行われている国においては,代理出産した女性が自ら懐胎,出産した子に対して母親としての愛情を抱き,その引渡しを拒絶したり,反対に依頼者が引取りを拒絶するなど,様々な問題が発生しているという現実もあるところ,このような問題が発生した場合,懐胎,出産した女性,卵子を提供した女性及び子との間の関係が法律上明確に定められていなければ,子の地位が不安定になり,また,関係者の間の紛争を招くことともなって,子の福祉を著しく害することとなるおそれがある。

 また,代理出産を一定の場合に認めるとするのであれば,出生する子の福祉や親子関係の公益性,代理出産する女性の保護などの観点から,代理出産契約が有効と認められるための明確な要件が定められる必要がある。さらに,その要件を満たしていることが代理出産を依頼した女性との実親子関係を認めるための要件となるとすれば,実親子関係の有無の判断が個別の事案ごとにされる代理出産契約の有効性についての判断に左右されることになり,実親子関係を不安定にすることになるばかりでなく,客観的には同様の経過を経て出生する子の間で,ある者は実子と認められ,ある者は実子と認められないという結果を生ずることも考慮しなければならない。

 そうすると,本件のように,代理出産によらなければ自己の卵子による遺伝的なつながりのある子を持つことができないという特別の事情については十分理解できるし,また,生まれてきた子の福祉は極めて重要であり,十分に考慮されなければならないところではあるが,代理出産に伴って生じ得る様々な問題について何ら法制度が整備されていない状況の下では,子を懐胎,出産し,新しい生命を現に誕生させた女性を母とする原則を変更して,卵子を提供した女性を母とすることにはちゅうちょを感じざるを得ない。

 生殖補助医療の発達によって今後も同様の問題が生ずることが予想されることから,代理出産やそれに伴う親子関係等の問題については,法廷意見の指摘する様々な問題点について検討をした上,早急に立法による対応がなされることを強く望みたい。

 諸外国の事情をみても,米国の一部の州やイギリスでは代理出産が認められているが,その中でも,出産した女性を母とした上で,依頼した夫婦を親とする措置を出生後にとることとしているものと,出生時から依頼した者を親とするものとがあり,また,代理出産契約を有効とする要件についても所によって異なる。一方,ドイツ,フランスや米国の一部の州などにおいては,代理出産がおよそ禁止されているとともに,代理出産による子があった場合でも出産した女性を母とすることとされているが,その子と依頼者との間で養子縁組を認めるものと養子縁組も認めないものとがあるなど,代理出産に関しては,それぞれの国の国情を踏まえ,多様に法制が分かれている。このことは,代理出産に関しては,様々な面において考え方が多様に分かれるものであることを示しているといえ,立法による対応が強く望まれるゆえんである。

 なお,本件において,相手方らが本件子らを自らの子として養育したいという希望は尊重されるべきであり,そのためには法的に親子関係が成立することが重要なところ,現行法においても,Aらが,自らが親として養育する意思がなく,相手方らを親とすることに同意する旨を,外国の裁判所ではあっても裁判所に対し明確に表明しているなどの事情を考慮すれば,特別養子縁組を成立させる余地は十分にあると考える。

 裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。

 私は,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が成立しないとの法廷意見に賛成するものであるが,本件のような民法の想定しない事態についての親子関係に関する問題の解決について,私の考えを述べておきたい。

 本件で直接問われているのは,相手方らと本件子らとの間に実親子関係を認めた外国の裁判が我が国において効力を有するかという問題であるが,法廷意見のとおり,親子関係のように我が国の身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念に関する事柄については,我が民法の解釈として容認されない内容の外国の裁判は,民訴法118条3号の公序良俗に反するものとして,我が国においてその効力を認められないのであるから,結局は,我が民法において代理出産により出生した子の母子関係はどのように解釈すべきかという問題に帰着することになる。

 医学の進歩は著しく,生殖補助医療の分野においても,様々な新しい技術が開発され,実施されている。これらの技術の進歩により,これまで子を持つことができなかった夫婦や男女が子を持つことが可能になったが,これに伴い,従来では想定されなかった様々な法律問題が生じている。精子提供者が死亡した後に実施された凍結精子を用いた体外受精による精子提供者と子との間の父子関係の成否の問題がその一つであり(最高裁平成16年(受)第1748号同18年9月4日第二小法廷判決・民集60巻7号2563頁),本件の代理出産の問題もその一つである。このような技術の進歩に伴って生ずる身分法上の問題については,民法の制定当時には,想定されていなかったのであるから,それに関し民法が規定を設けていないことはいうまでもない。この場合に,民法が規定を設けていないからといって,そのことだけで直ちにこれを否定することは相当ではない。問題となった法律関係の内容に照らし,現行法の解釈として認められるものについては,身分関係を認めることは裁判所のなすべき責務である。

 しかし,身分関係,中でも実親子関係の成否は,法廷意見の述べるように,社会生活上の関係の基礎となるものであって,身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわる問題である。具体的な事案の中で,関係当事者の権利利益を保護すべきか否かという側面からの考察のみではなく,そのような関係を法的に認めることが,我が国の身分法秩序等にどのような影響を及ぼすかについての考察をしなければならない。

 本件においては,相手方らは本件子らと血縁関係を有すること,相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得るためには他の方法がなかったこと,本件代理出産契約はその動機目的において不当な要素をうかがうことができず,その内容においても代理出産した女性の尊厳を侵害する要素を見出すことはできないこと,代理出産した女性及びその夫は本件子らを自らの子とすることは望まず,相手方らは本件子らを実子として養育することを強く望んでいること等原審の認定する事実関係によれば,本件子らの福祉という点から考えれば,あるいは,本件子らと相手方らとの間の法的な実親子関係を認めることがその福祉にかなうということができるかもしれない。しかし,ことは,それほど単純ではない。本件のような場合に実親子関係を法的に認めることの我が国の身分法秩序等に及ぼす影響をも視野に入れた考察をしなければならない。代理出産に関しては,生命倫理や医療の倫理として許容されるか,許容されるとしてもどのような条件が必要かについて多様な意見があり,また,出生した子やその子を懐胎出産した女性,卵子を提供した女性その他の関係者の間の法律関係をどのように規整するかについても,議論のあり得るところである。本件において,現行法の解釈として相手方らと本件子らとの間の実親子関係を法的に認めることは,現段階においては,医学界においても,その実施の当否について議論があり,否定的な意見も多い代理出産を結果的に追認することになるほか,関係者の間に未解決の法律問題を残すことになり,そのような結果を招来することには,大いに疑問がある。

 この問題の解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる検討を踏まえた法の整備が必要である。すなわち,医療法制上,代理出産が是認されるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのか,という問題について検討が必要であり,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提とした上,出生した子,その子を懐胎し出産した女性,卵子を提供した女性,これらの女性の配偶者等の関係者間の法律関係をどのように規整するかについて,十分な検討が行われ,これを踏まえた法整備が必要である。この問題に関係する者の正当な権利利益の保護,子の福祉といった問題もこのような法制度の整備により初めて,公平公正に解決されるということができる。

 関係者が多く,多様な関係者の間に様々な意見が存在することから,妥当な合意を得ることは,必ずしも容易ではないとは考えるが,困難であるからといって,これを放置することは,既成事実が積み重ねられる結果となり,出生してくる子の福祉にとっても決して良い結果をもたらさないことは明らかである。医学の進歩がもたらす恩恵を多くの者が安心して享受できるようにするためにも,できるだけ早く,社会的な合意に向けた努力をし,これに基づいた立法がされることが望まれるゆえんである。

 なお,本件子らと相手方らとの間に特別養子縁組を成立させる余地は十分にあるとする点においては,津野修裁判官,古田佑紀裁判官の補足意見のとおりと考える。

 (裁判長裁判官・古田佑紀,裁判官・津野 修,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋)

 

米、出生地主義廃止の意向 新政権、不法移民対策(共同通信) - Yahoo!ニュース

日本人と韓国人の婚姻無効を認めた水戸地裁平成28年

婚姻無効確認請求事件

水戸家庭裁判所判決/平成28年(家ホ)第10号

平成28年12月16日

【判示事項】      日本に国籍及び住所を有する男性の原告が,大韓民国に国籍及び住所を有する被告に対し,婚姻の届出は被告に在留資格を取得させる目的でされたもので,原告被告ともに婚姻する意思はなかったとして,婚姻無効確認を求めた事案について,被告が本件訴訟に応訴していること,原告が日本に国籍及び住所を有していること,原告及び被告が最後の共通の住所を日本国内に有していたこと等を考慮し,条理に従い,日本に国際裁判管轄を認めた上で,準拠法について原告の本国法である日本国民法742条1号を適用し,原告の請求を認容した事例

【参照条文】      法の適用に関する通則法24-1

            民法742

【掲載誌】       判例タイムズ1439号251頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      戸籍959号24頁

            戸籍時報782号52頁

            別冊ジュリスト256号92頁

 

       主   文

 

 1 平成27年□月□□日C市長に対する届出によってなされた原告と被告との婚姻は無効であることを確認する。

 2 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   主文第1項と同旨

第2 当事者の主張等

 1 本案前の主張(国際裁判管轄の有無)

  (1) 原告

    本件は,原告住所地の日本に国際裁判管轄を認めるべきである。

  (2) 被告

    本件について,日本の裁判所が審理を行うことに異議はなく,当裁判所による審理を求める。

 2 原告の主張する請求原因

  (1) 原告は,平成27年□月□□日に被告との婚姻届をC市長に提出し,戸籍上,原告と被告が同日婚姻した旨の記載がされた。

  (2) 上記(1)の届出は,被告に在留資格を取得させる目的でなされたものであり,届出当時,原告被告ともに婚姻する意思はなかった。

 3 請求原因に対する被告の認否

   原告の請求は争わず,原告の主張する請求原因はすべて認める。

第3 当裁判所の判断

 1 後掲各証拠および弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1) 原告(昭和37年□月□日生)は,日本に国籍および住所を有する男性であり,被告(1980年□□月□□日生)は,大韓民国に国籍および住所を有する女性である(甲1,弁論の全趣旨)。

  (2) 被告は,平成11年頃,日本在住の母と生活をするために日本に入国したが,在留期間の更新や在留資格の変更をしないまま,在留期間を経過した後も日本に滞在したため,平成15年□□月頃,日本から退去強制された(甲6)。

  (3) 被告は,退去強制後の上陸拒否期間の経過を待たずして,平成18年□月□□日頃,正規のパスポートや乗員手帳を持たずに船で日本に入国し,D県内での生活を再開した(甲6)。

  (4) 平成25年□□月又は同年□□月頃,大韓民国で生活していた被告の父が病気で倒れたが,その際被告は,在留資格がないためすぐに大韓民国に帰ることができなかった。そこで,被告は,在留資格を取得したいと強く考えるようになり,日本人と偽装結婚をして,在留資格を取得するという方法を考えるようになった。(甲6,7)

  (5) 被告は,交際相手であったEを通じ,あるいはEと共に,原告に対し,在留資格を取得する目的で偽装結婚することを依頼し,原告は,平成26年□□月頃,これを引き受けた(甲5,7)。

  (6) 原告および被告は,Eと共謀の上,被告による長期在留資格取得の目的で,平成27年□月□□日,C市役所□□□庁舎において,C市長に対し,婚姻する意思がないのに,原告を夫とし,被告を妻として婚姻する旨の婚姻届(以下「本件婚姻届」という。)を提出して同市役所職員にこれを受理させたことにより,戸籍上,原告と被告が同日婚姻した旨の記載(以下「本件婚姻」という。)がされた(甲1,5,7)。

  (7) 原告と被告は,上記(6)の前後頃,偽装結婚の発覚を防ぐなどの目的で,C市□□□において同居を開始したが,両者間に肉体関係はなかった(甲5,7)。

  (8) 原告と被告は,平成27年□月□□日頃から数回にわたり,入国管理局において,被告の在留資格の申請を行ったが,入国管理局の職員に偽装結婚であることを見破られた(甲5,7)。

  (9) 被告は,平成27年□□月□日,水戸地方裁判所で,上記(6)の内容を含む電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪等で懲役3年執行猶予4年の判決を受け(甲4),原告も,同年□□月□□日,同裁判所で,上記(6)の内容を含む電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪で懲役1年6月執行猶予3年の判決を受け(甲3),これらの判決は,いずれも確定した(弁論の全趣旨)。

  (10) 被告は,上記(9)の判決を受けた後,日本から退去強制された(弁論の全趣旨)。

 2 国際裁判管轄について

   本件は,日本に国籍および住所がある原告と,大韓民国に国籍および住所がある被告との間の渉外的婚姻無効確認訴訟であるから,その国際裁判管轄について検討する。

   婚姻無効確認訴訟においても,被告の住所は国際裁判管轄の有無を決定するに当たって考慮すべき重要な要素であるというべきであるが,被告が我が国に住所を有しない場合であっても,原告の住所その他の要素から原告の請求と我が国との関連性が認められ,我が国の管轄を肯定すべき場合のあることは,否定し得ないところであり,どのような場合に我が国の管轄を肯定すべきかについては,国際裁判管轄に関する法律の定めがなく,国際的慣習法の成熟も十分とは言い難いため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である(最高裁平成5年(オ)第764号平成8年6月24日第二小法廷判決民集50巻7号1451頁参照)。

   これを本件についてみると,被告は大韓民国に住所を有するものの,①被告が我が国の管轄を争わず,かえって当裁判所における審理を求めて本件訴えにつき応訴していること,②原告が我が国に国籍および住所を有していることに加え,前記認定事実のとおり,③本件婚姻届の提出が我が国内で行われていること,④原告および被告が最後の共通の住所を我が国内に有していたこと,⑤原告および被告が我が国の刑事裁判手続により本件婚姻届提出にかかる電磁的公正証書原本不実記録・同供用の罪で有罪判決を受け,その判決が確定していることが認められる。これらの事情を併せ考慮すると,本件請求と我が国との密接な関連性が認められ,また,被告自身も当裁判所での審理を求めて応訴しており,本件訴訟につき我が国の管轄を肯定したとしても,被告の不利益が大きいということはできないから,本件訴訟につき我が国の国際裁判管轄を肯定することは条理に従い例外的に許されるというべきである。

   以上によれば,本件訴訟において,我が国に国際裁判管轄を認めるのが相当である。

 3 本件婚姻の有効性について

   前記認定事実によれば,原告と被告は,当初から偽装結婚をする前提で本件婚姻届を提出したというのであるから,本件婚姻手続にあたり,原告被告間にその手続を履行すること自体については意思の合致があり,両者間に法律上の身分関係を設定する意思があったといえるものの,それは,被告に日本の在留資格を取得させるための便法として仮託されたものにすぎず,原告には,本件婚姻届が提出された当時,被告との間に真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思すなわち婚姻意思はなかったことが明らかというべきである。

   ところで,法の適用に関する通則法24条1項によれば,婚姻の実質的成立要件の準拠法について,各当事者の本国法によるべきところ,婚姻の意思の欠缺は,相手方とは関係がなく,当事者の一方のみの関係で婚姻の障碍となるものであるから,本件において原告が被告との婚姻の意思を有していなかった以上,被告につきその本国法による要件充足の有無を検討するまでもなく,原告の本国法である日本国民法742条1号により,本件婚姻は全体として無効である。

第4 結論

   よって,原告の本件請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

    水戸家庭裁判所

        裁判長裁判官  鈴木義和

           裁判官  島崎卓二

           裁判官  山口由佳

 

 

西田美昭裁判長名判決 日本ガイダンド事件 東京高判 平成19年6月28日

佐藤修二『租税と法の接点』大蔵財務協会・2020年・59頁 行政判例百選第5版 71事件

法人税決定処分等取消請求控訴事件

東京高等裁判所判決/平成17年(行コ)第278号

平成19年6月28日

【判示事項】       匿名組合契約に基づくオランダ法人に対する利益分配金について日本に課税権がないとされた事例

【判決要旨】       (1) 法人税法138条11号(国内源泉所得)、同法施行令177条4号(国内にある資産の所得)及び同令184条1号(匿名組合契約に準ずる契約の範囲)に規定する「匿名組合契約」とは、商法上の匿名組合契約を指すものと解するのが相当である(最高裁判所昭和36年10月27日判決、同昭和37年10月27日判決参照)。

             (2)~(11) 省略

             (12) 日蘭租税条約の適用に当たり、第一に検討すべきは、問題となっている所得(利益)が日蘭租税条約7条から22条までのいずれの所得に該当するかということである。

             (13) 租税条約の解釈の問題として、法的な意味で親会社、子会社というような緊密な関係にある場合であったとしても、我が国にある子会社の恒久的施設が、当然に外国あるに親会社の恒久的施設となるものではないと解釈されており、米国親会社が被控訴人会社及び訴外A社の日本子会社B社を管理支配するとともに、被控訴人会社がB社を管理支配するという構造が認められ、グループにおける資金関係、資本関係及び人的関係を統合した米国親会社及び被控訴人会社の管理支配を通じて、被控訴人会社とB社が共同事業を営んでいたことなど緊密な関係があったとしても、当然に被控訴人会社とその子会社の恒久的施設を同一視することはできない。

             (14) 被控訴人会社が日本に恒久的施設を有していたかを判断する際に基準とすべきものは、日本の商法及び日蘭租税条約であり、それぞれの国において、歴史、伝統、文化等を背景として形成された独自の法体系、法制度が存在し、機能しているのであるから、同じ又は類似の文言・法的概念であっても、それぞれ異なった意味を有することが少なくないから、その判断に当たり、オランダ、米国などの裁判例、学説は、単なる参考以上の意味を有するものではない。

             (15)~(20) 省略

【参照条文】       法人税法(平14法15号改正前)138

             法人税法(平14法15号改正前)139

             所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国政府とオランダ王国政府との間の条約8-1

             商法(平17法87号改正前)535

【掲載誌】        判例タイムズ1275号127頁

             判例時報1985号23頁

             税務訴訟資料257号順号10741

【評釈論文】       別冊ジュリスト207号130頁

 

       主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴人

  (1) 原判決を取り消す。

  (2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

  (3) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

 2 被控訴人

 主文第1項同旨

第2 事案の概要等

 1 事案の概要

 日本ガイダント株式会社(以下「日本ガイダント」という。)とオランダの法人であるガイダント・ビーヴィ(以下「GBV」という。)は,平成6年11月1日付けで契約を締結した。被控訴人は,GBVの同契約上の地位を承継したオランダ法人である。控訴人は,被控訴人が同契約に基づき日本ガイダントから受領した金員は,被控訴人が日本国内に有する恒久的施設を通じて行う事業から生じた所得であり,平成14年法律第15号による改正前の法人税法138条1号に規定する「国内源泉所得」及び所得に対する租税に関する二重課税の回避のための日本国政府とオランダ王国政府との間の条約(以下「日蘭租税条約」という。)8条1項に規定する「企業の利得」に当たるとして,被控訴人に対し,平成7年12月期分(平成7年12月5日から同月31日までの事業年度),平成8年12月期分(同年1月1日から同年12月31日までの事業年度),平成9年12月期分(同年1月1日から同年12月31日までの事業年度)及び平成10年12月期分(同年1月1日から同年12月31日までの事業年度)の各法人税について,平成13年2月8日付けの決定及び無申告加算税賦課決定をした。被控訴人は,(1) 被控訴人が日本ガイダントから受領した上記金員は上記契約が匿名組合契約であることに基づく利益分配金であり,日蘭租税条約23条に規定する「一方の居住者の所得で前諸条に明文の規定がないもの」に当たるから,我が国には課税権がない,(2) 仮に,被控訴人が日本ガイダントから受領した上記金員が日蘭租税条約8条1項に規定する「企業の利得」に当たるとしても,被控訴人は日本国内に恒久的施設を有しないから,我が国には課税権がなく,従って,上記決定及び無申告加算税賦課決定は違法であるなどと主張して,上記決定及び無申告加算税賦課決定の取消しを求めた。原審は,被控訴人の請求を認容した。そこで,控訴人がこれを不服として控訴した。

 2 関係法令の定めは原判決「事実及び理由」の第二,二記載のとおりであり,前提となる事実は同第二,三記載のとおりであり(ただし,原判決12頁2行目の「Pacemekers」を「Pacemakers」と改める。),控訴人の主張する課税根拠は同第二,四記載のとおりであり,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,当審における当事者の主張を後記3項のとおり付加するほか,同第二,五及び六記載のとおりであるから,これを引用する(後記のとおり,控訴人は,原判決は争点の把握を誤っていると主張するが,理由がない。)。

 なお,本判決(原判決を引用した部分を含む。)において商法とは,平成17年法律第87号による改正前の商法をいう。

 3 当審における当事者の主張

 (控訴人の主張)

  (1) 原判決における争点把握の誤り,国際課税の基本ルールと日蘭租税条約の解釈,パートナーシップにおける恒久的施設の認定

 ア 原判決における争点把握の誤り

 原判決は,本件の争点が,本件契約が匿名組合契約か任意組合契約であるかの契約の解釈にあるとした上,本件契約が匿名組合契約と認められ,匿名組合である以上,被控訴人は我が国の恒久的施設を通じて事業を行っているわけではないとして,我が国には課税権はないとした。

 しかしながら,後記イのとおり,日蘭租税条約を含む国際課税の基本ルールの下では,被控訴人が我が国に恒久的施設があると認められる限り,それに帰せられる所得は,すべて日蘭租税条約8条1項の規定する利得に該当するといわなければならないから,我が国の課税権の有無を検討するに当たっては,まず,被控訴人が我が国に恒久的施設を有しているか否かの認定判断を欠くことはできない。また,後記ウのとおり,オランダにおけるパートナーシップにおける恒久的施設の認定について,その事業形態が共同して事業を運営していると認められるときは,他方のパートナーの事業施設は,他方のパートナーの恒久的施設に当たると認定することも可能である。

 以上から,原判決の争点の把握は誤りである。

 イ 国際課税の基本ルールと日蘭租税条約の解釈

 国際課税のルールに照らせば,出資者がある事業に出資を行い,当該事業からの利益の配分を受けるという場合に,その事業に対し持分を有するとされるとき,あるいはその事業を共同して運営管理していると認められるときは,当該事業の営業を行う者の事業の拠点である施設は,恒久的施設と認定される。従って,任意組合として共同事業であることが明らかな場合はもちろん,匿名組合であっても,上記の要件を満たす場合は,その出資者が恒久的施設を有すると認められる場合に当たるというべきである。従って,契約の性質決定と恒久的施設の有無の認定とは論理必然的には結び付かない問題である。租税条約の適用に当たり,第一に検討すべきは,恒久的施設の存否である。

 事業から生ずる所得については,「恒久的施設なければ課税せず」とするのが国際的な課税ルールとなっている。日本においても,法人税法等はもとより各国との租税条約においても,同様の課税ルールに立った取扱いを定めており,本件において適用されている日蘭租税条約も例外ではない。そして,日蘭租税条約8条1項によれば,オランダにある企業が,日本における恒久的施設を通じて事業を行う場合,日本においては,その企業の利得に対し,当該恒久的施設に帰せられる部分についてのみ課税することができるとされている。日蘭租税条約8条にいう「利得」とは何かについて,同条約は特に定義規定を設けていないが,OECDモデル条約7条(日蘭租税条約8条に相当する。)は,「利得」という用語について,本条(7条)及びOECDモデル条約における他の条において用いられる場合には,企業活動を遂行する際に得られる一切の所得を含む広範な意義を有すると理解されるべきであると解されており(乙17号証の2,3枚目・パラ32),OECDモデル条約を受けて締結された日蘭租税条約8条1項についても同様に解すべきであるから,同条約8条1項にいう「利得」には企業活動を行う者がその企業活動を通じて稼得するすべての所得が,その種類を問わず含まれるものというべきである。

 本件において,まず第一に検討すべき問題である,被控訴人が国内に恒久的施設を有しているか否かは,国内に当該企業の「事業を行う一定の場所」として機能していると評価し得る物的施設が存在しているか否かを検討しなければならない。本件において,日本ガイダントの医療機器の販売を行うための国内事業所があるので,この事業所が,オランダ法人である被控訴人にとって,本件事業を行うための日本国内にある事業所と評価し得るかが問われなければならない。

 ウ オランダにおけるパートナーシップにおける恒久的施設の認定について

 オランダにおけるパートナーシップ(CV)成立に係る要件として,各パートナーが利益に対する取り分を受け取る権利を有していること,有限責任パートナーはCVの方針決定に参加すること又は少なくとも参加することができることが挙げられている。そして,オランダの最高裁判決及び被控訴人の見解(乙14の1・2)からすると,パートナーシップでの事業参加の場合は,そのパートナーシップに対し持分を保有し,パートナーシップの成果に対して直接権利を有するような事業参加の形態であるという場合には,パートナーの事業拠点は,事業参加者の恒久的施設になり得る。

 オランダの最高裁判決(恒久的施設に関する議論は,基本的に条約締結国間の課税権の配分を定めた租税条約の解釈の問題であるから,我が国において同様の事例に係る裁判例等がない場合に,外国の裁判例を引用することは,条約を解釈するに当たり適切な方法である。また,被控訴人の租税コンサルタントがオランダ税務当局に対する回答を行う際にそれを引用しているから,同最高裁判例を本件の解釈に引用することは,何ら不当なものではない。)等によれば,たとえリミテッド・パートナーシップであっても,各パートナーに帰属する所得があり,パートナーがパートナーシップの持分を有する限り,パートナーシップの事務所は,リミテッド・パートナーの恒久的施設であると判断されていると解することが可能である。すなわち,リミテッド・パートナーのパートナーシップの業務に対する具体的関与のいかんを問わず,パートナーシップの持分を有し,かつ,パートナーシップの利益を直接受領するという形式が整っていれば,業務執行者の事業拠点をリミテッド・パートナーの恒久的施設として認定することが可能というベきである。そうすると,持分という要件を充たすか否かが不明な場合でも,その事業形態が共同して事業を運営していると認められるときは,他方のパートナーの事業施設は他方のパートナーの恒久的施設に当たると認定することも可能であるというべきである。

  (2) 本件契約は任意組合契約であり,日本ガイダントの事業拠点は被控訴人の恒久的施設と解すべきである。

 その理由は以下のとおりである。

 ア 本件契約の目的と特異性

 被控訴人らガイダントグループは,本件各利益に対して日本及びオランダのいずれの国でも課税されないようにするため,本件契約書上の表現に意を払って,本件契約書を作成した。そして,被控訴人は,この契約について,オランダの税務当局に対しては,日本にGBV又は被控訴人の恒久的施設があると認定されるように意図して,事業持分を有する共同事業としてのパートナーシップ契約であると説明しているが,日本の税務当局に対しては,事業に対する持分がなく恒久的施設がないと認定されることを企図して,匿名組合契約であると主張している。このように本件契約は,持分の有無という点に関し,オランダでは持分のある契約として,日本では持分のない契約として,全く相容れない主張をすることを狙って巧妙に仕組まれた特異な契約なのであり,このような場合,契約上文言を解釈するに当たっては,使用された文言の通常の使用方法や被控訴人がその契約に関して表明したところの意思も踏まえて解釈するのが相当である。

 イ 「interests」の解釈

 以下の点から,原判決の解釈(「interests」を利益と訳するのが相当である)は誤りである。

 (ア) パートナーシップ契約における文言として,「interests」という語が意味するところは,通常は「持分」のことである。

 (イ) 被控訴人は,オランダの税務当局に対し,被控訴人が日本に恒久的施設を有する旨主張して課税権は日本にあるとしたが,その根拠として挙げたのは,オランダの最高裁判決であり,本件契約はオランダ法上のパートナーシップの1つであるCVに該当し,被控訴人は本件事業についての持分を有することを前提にしたものである。本件契約にある「interests」は,パートナーシップにおける通常の使用法と同様に「持分」と解釈して初めて被控訴人のオランダの税務当局への説明と整合性を持つことになる。

 (ウ) GBVは,平成7年12月5日,GBVが保有する本件契約にかかわる出資持分(原文は「Silent Partnership Interest」)を現物出資する方法により,被控訴人を設立した(乙4)。仮に,ここにいう「Interest」が,本件契約に基づく将来の利益分配請求権を指すにすぎないのであれば,営業者の利益自体が不確定なものである以上,現物出資の価額が特定できず,現物出資の目的としては適切なものではない。そうであるとすると,この「interest」は持分と解して,初めて現物出資の目的財産とみるのが相当である。

 (エ)a 原判決は,本件契約書5条1項(a)が組合財産の所有権が営業者に帰属するとする条項であると解した上で,これとの対比において,「interests」を「持分」と解釈するのは相当でないとする。しかし,同項(a)は,単に組合財産は営業者によって保持される(will be held)との規定であり,同項(b)は,営業者の組合財産に係る所有権行使は,本契約の規定に従うとされている。ところが,「本契約の規定」中,営業者の組合財産の所有権行使に関する明確な規定は存在しない。

 そうすると,本件契約書5条1項(a)が,組合財産の所有権の帰属を定めた規定と直ちに解することはできないのであって,その論拠とされた本件契約書5条1項の解釈に関する原判決の上記判示は,誤りがあるというべきである。

 b まして,原判決は「interests」を「利益」と訳さなければ本件契約書1条と5条1項との間に矛盾が生じると指摘する一方で,本件契約書10条1項の表題部の「Partnership Interest」という用語について,「組合持分」と訳されていることを否定しない(原判決29頁)。原判決の採った訳によれば,今度は本件契約書の1条と10条との間に矛盾が生じることになるのであって,本件契約書の解釈として極めて不自然な結果となる。

 ウ 本件契約書によれば,本件事業から生ずる損益は,出資割合に応じて,直接,GBV及び日本ガイダントに帰属することとされている(4条2項)。この規定は,被控訴人自身がオランダ税務当局に対しCVの利益に対する取り分を直接受けることができる旨その解釈を表明していたから,被控訴人の解釈に従えば,その文言どおり,本件事業から生ずる利益に対する取り分を直接受けることを可能とする趣旨の規定と解して何ら妨げはない。商法上の匿名組合では,営業者に生じた利益は,その営業者に一旦帰属し,その後,匿名組合員に分配されることになり,直接,その損益が組合員に帰属するようなことはない。本件契約において,組合損益が直接組合員に帰属するという規定は,匿名組合契約(商法535条)とは相容れないものであり,任意組合の要件に合致するものである。

 エ 本件契約書6条2項(c)においては,「匿名組合員は,……営業者への組合財産及び事業につき,書面による質問状を送付できる」として,営業者の事業内容に対する質問権が付与されている。この権利は,行使の方法によっては,営業者の事業方針に対して強い影響力を及ぼすことを可能にするものである。次に,本件契約書10条2項は,匿名組合員は,新たな匿名組合員の参加について,「組合員の組合事業への参加は他の全組合員の全員一致の合意なしには認めない。」として,業務執行に他の者を加えることに対する拒否権が与えられている。ここでいう「新たに出資者を募るか否か」は,業務執行の方針決定の重要な一部というべきであり,この権利は民法上の任意組合における組合員の管理権に近い強力な権利というほかない。

 以上のように,被控訴人は,商法上の匿名組合員に認められている検査権(商法542条,153条)を超えて,営業者の営業方針についての判断に参加することのできる権利を有していると解釈し得る規定が存在している。

 オ それ以外にも,本件契約には,任意組合の特徴を有している条項が含まれている(出資割合は営業者が9.32%で,匿名組合員が90.68%であること-契約書の1条。組合持分の譲渡等の制限-同10条1項。「本件契約の終了の時点で,組合事業に帰属する全財産が売却されていない場合には,匿名組合員は出資金勘定の公正な市場価格に対する権利」を有し,「出資金勘定の公正な市場価格の検討に当たっては営業権,未実現利益及びその他の隠れた積立金を考慮する」ものとされていること-同8条3項(c)。本件契約書の条項が上記のように定め,典型的匿名組合契約における匿名組合員の出資価額返還請求権(商法541条)よりも有利な権利を匿名組合員に与えたことは,日本ガイダントと被控訴人との間において完全に有効な債権法上の法的効果を有する内的共同財産が存在することを意味するものというべきである(乙30の2の14頁参照))。

 更に,営業者及び匿名組合員が「ガイダント」という同一商号を使用しているのであるから,本件組合は,匿名組合員が「隠れた出資者」となる匿名組合というよりも,むしろ任意組合であるとするのが相当である。

  (3) 仮に,本件組合が匿名組合の一種であると性質決定されたとしても,非典型的匿名組合契約であり,被控訴人が日本に恒久的施設を有するというべきである(当審における新たな主張)。

 仮に,本件契約が,匿名組合契約の一種と性質決定されたとしても,事業に対して持分を有し,事業利益を直接受領し得る関係にあったこと,本件契約における匿名組合契約は,後記のとおり,業務執行型及び財産参加型の非典型的匿名組合契約であって,被控訴人は,本件契約に基づく本件事業の経営方針に対する強い権利を有し,組合財産に対する参加を通じてその経営に影響を及ぼし得るという立場にあり,共同して事業を運営管理していたということができることからすれば,日本ガイダントの事業所は,被控訴人の日本における恒久的施設であると認めることができる(篠田教授の意見書(乙30の2)参照)。いわゆる組合形式を採用して事業を行う外国法人の恒久的施設の判定は,私法上の組合契約の性質決定のみによってなされるものではなく,組合員の組合事業への参加意思の有無,営業者と匿名組合員の共同事業性などを勘案してなされるべきであるとの控訴人の主張は,我が国の課税実務及び当事者の合意により多種多様な組合形式の事業が存在することと整合するものであり,また,我が国における匿名組合契約に関する法律専門家(乙38の植松守雄弁護士の見解)の解釈,及びオランダ,アメリカ,ドイツの課税実務においても古くから承認され,国際的には一般的な解釈とされている(乙39の2のフォーゲル博士の鑑定意見書参照)。

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