ひきこもりの子が父を殺人し死体遺棄した事件で懲役7年 裁判員裁判事件

殺人,死体遺棄被告事件

【事件番号】 大阪地方裁判所判決/平成21年(わ)第4837号

【判決日付】 平成22年5月24日

【判示事項】 父母と3人で暮らしていた被告人が,一人で母親の介護を続けてきたものの,その後母親が自宅内で凍死してしまったことから,その死体を自宅に放置していたところ,犯行当日,父親にこれを発見されて叱責されたことに立腹の余り,父親を絞殺するとともに,父親と母親の死体をいずれも押入れ内に遺棄したという殺人,死体遺棄の事案について,被告人はアスペルガー症候群に罹患していた可能性が高いものの,それが各犯行に与えた影響は本質的ではなかったなどとする精神鑑定の結果を踏まえ,心神耗弱の成立は否定する一方で,同疾患が各犯行に与えた影響の大きさ等を量刑上重視し,懲役7年の判決を言い渡した裁判員裁判の事例(検察官の求刑-懲役10年,弁護人の科刑意見-懲役3年6か月。)

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役7年に処する。

  未決勾留日数のうち160日をこの刑に算入する。

 

        理   由

 

  【犯行に至る経緯】

  略

  【法令適用の過程】

 (1) 「有罪と認定した事実」に記載の被告人の各行為は,次の各刑罰法令にそれぞれ該当する(〔 〕内は法定刑)。

    第1の行為…刑法199条〔死刑又は無期若しくは5年以上の懲役〕

    第2の行為…父親と母親に対する各死体遺棄につき,いずれも刑法190条〔3年以下の懲役〕

   ところで,第2は1個の行為が数個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により,1罪として犯情の重い父親の死体を遺棄した罪の刑で処断を行う。

   そして,第1の罪について,後記犯情により,その法定刑の中から有期懲役刑を選択した上,第1,第2の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により,重い第1の罪の刑に刑法47条但書の制限内で法定の加重を行う。

   その結果導き出された刑期の範囲内で,当裁判所は,後記「量刑の理由」により,被告人を主文の刑に処することとした。

 (2) 被告人には未決勾留の期間があるので,刑法21条を適用して,その日数のうち主文の日数をこの刑に算入する。

 (3) 訴訟費用(国選弁護費用,証人費用,鑑定費用)が生じているが,刑事訴訟法181条1項但書を適用して,被告人にはこれを負担させない。

  【量刑の理由】

 1 本件事案の概要

   本件は,寝たきりの母親を一人で介護していた被告人が,凍死してしまった母親の死体を自宅の一室に放置していたところ,これに気付いた父親から,母親の死について叱責されたため,母親の介護に関し日ごろ抱いていた父親に対する不満が爆発して,父親を殺害しようと決意し,父親の首にネクタイを二重に巻き付けるなどして絞殺し(第1の犯行),その後,父親と母親の死体を自宅の押入れ内に運び入れて隠し,これを遺棄した(第2の犯行)という事案である。

 2 量刑上ポイントとなる事情

  (1) まず,本件の量刑の中心となる殺人の罪について検討する。

   ア 本件殺害に至る経緯・動機について見ると,確かに,被告人が,父親や親戚等からの助力もない状態の下で,母親の介護を一手に担い,被告人なりに懸命に介護に努めていた点は評価できる一面があるとはいえ,前記認定のとおり,父親自身も,長い精神病歴を持ち,自宅の一室にこもって生活していたことを考えると,父親が母親の介護に助力しなかったからといって,一概に父親を責めることはできないし,まして,被告人は,勝手な思い込みから,父親のみならず,親戚や近所の人らにも全く助力を求めようとしないまま,父親に対し一方的に不満を募らせた挙げ句に,自分を叱責した父親(変わり果てた母親の姿を目にして,父親が被告人を叱責したのは当然の行動であり,何ら落ち度は認められない。)を,その心情も理解しないままいきなり絞殺したというのであるから-後記のとおり,これに対するアスペルガー症候群の影響は一定限度考慮しなければならないとしても-その経緯・動機には,総じて酌むべきものは乏しいといわざるを得ない。

   イ また,その犯行態様を見ても,被告人は,父親の背後から首に二重にネクタイを巻き付け,数分間にわたって,舌骨が折れるまで思い切り絞め付けたものであって,確定的かつ強固な殺意に基づく冷酷な犯行であるといわざるを得ないし,計画的犯行とまではいえないものの,母親の死から約1週間後に,父親の殺害やその具体的方法について考えた際のイメージどおりに本件殺害に及んでいる点は,犯行の悪質性の一端をあらわすものとして見過ごすことができない。

   ウ そして,犯行の結果は,言うまでもなく極めて重大である。父親は,結婚後まもなく被告人をもうけ,その後,統合失調症を発症するまでの25年余りは,脊髄を痛めたり,うつ病になったりしながらも,家族のために懸命に働いてきたのであり,統合失調症で入通院後は,その影響からか自宅の一室にこもるようになっていたとはいえ,年金を受給しながら一応平穏に生活していたのである。そのような中,父親は,妻の死に気付き,これを問いただしただけで,自らの一人息子である被告人から突如として首を絞められ,殺害されるに至ったものであり,その無念さや苦しみはいかばかりであったかと察せられる。

     また,後記死体遺棄の点も含め,本件犯行が父親の親族に与えた精神的衝撃や深い悲しみには著しいものがあり,父親の兄が,自己の甥にも当たる被告人に対し,激しい憤りや厳しい処罰感情を述べていることには,十分に理解できるものがある。

  (2) 次に,死体遺棄の罪について見る。

    その犯行は,両親の死体を自宅の押入れに入れて隠したというものであって,犯行の結果,自ら殺害した父親の死体を腐敗させただけでなく,既に死後約2か月半が経っていた母親の死体についてもさらに腐敗を続けさせたものであって,自分を生み育ててくれた実の両親に対する仕打ちとして,あまりに冷淡かつ無惨であるというほかない。犯行動機についても,第1の父親殺害の犯行後,前記認定のような目的から,その日のうちに母親の死体ともども押入れに運び入れて隠したというものであって,何ら酌むべきものを見出し得ない。

  (3) しかし,その一方で,被告人のために酌むべき以下の事情も認められる。

   ア まず何よりも,本件は,被告人のアスペルガー症候群を抜きにしては考えられない犯行というべきである。確かに,被告人のアスペルガー症候群は,社会性を失わせたり,社会的適応を不可能にする程度には至っていないものの,幼少期からの被告人の人格形成に少なからざる影響を及ぼしていたものと考えざるを得ない。本件各犯行に至るまでの過程には,父親が統合失調症を患い,母親は寝たきりになって介護が必要になるなど,不幸な事情が積み重なったという背景があるが,そのような状況下で,被告人は,アスペルガー症候群の影響により,父親や親戚,近隣住民等に助力を求めるといった社会的なつながりを利用した対処が難しく,また,周囲の者からの助力が得られず,サポートしてくれる人間もいなかったこともあって,一人で困難を抱え込んでいた側面があり,その結果として,被告人にとっての極限状態の中で父親殺害の犯行に至ってしまったものである。アスペルガー症候群にかかったことは被告人の責任ではないのであるから,この点は被告人のために相当程度有利に考慮する必要がある。

     そして,既に認定したとおり,被告人は,本件各犯行当時,心神耗弱の状態にまではなかったものの,アスペルガー症候群の影響を相当程度受けていたのであり,このことも,被告人のために酌むべき事情となる。

   イ 次に,被告人は,父親に対する不満を口にしたり,責任転嫁的な発言もしており,真の反省が伴っているか疑問がないではないが,この点にもアスペルガー症候群が影響している可能性を否定できないし,ともかくも本件各犯行については捜査段階から一貫して認めており,公判廷でも,亡くなった両親やその遺族らに対して被告人なりの反省の言葉を述べ,自らの犯した罪に対する刑については,素直にこれに服する旨述べていることは,被告人の反省状況を示すものとして適切に評価しなければならない。加えて,被告人には前科はなく,社会に迷惑をかけずに過ごしてきたという事情もある。

 3 総合判断

   以上の諸事情を総合して,被告人に対する刑を判断する。

   本件の量刑の中心となる殺人の犯行は,その経緯・動機の悪質性や犯行態様等に照らすと,同種事犯と対比しても決して軽い事案ということはできず,その後犯された各死体遺棄の犯行の動機・態様の悪質性も併せ考えると,被告人には相当の重罰をもって臨むべきとも思われる。

   ただその一方で,本件犯行は被告人の有するアスペルガー症候群を抜きにしては考えられず,心神耗弱を疑わせる程度には至らないまでも,本件各犯行にも相当程度影響を与えていた上,本件各犯行に至るまでの経過においても,アスペルガー症候群の影響が背景となって被告人にとって不幸な状況が積み重ねられたことは否定し難いのであって,このことは,被告人の量刑上十分に考慮する必要がある。

   そうすると,検察官の懲役10年の求刑は,上記観点から重すぎると考えられる一方,懲役3年6か月という弁護人の科刑意見も,犯行の悪質性を考慮すれば軽すぎるといわざるを得ない。以上の各種の事情を考慮し,公平の見地から従前の量刑傾向も踏まえた結果,懲役7年の刑が相当であると判断するに至った。

   前記判決宣告日同日

     大阪地方裁判所第7刑事部

         裁判長裁判官  杉田宗久

            裁判官  三村三緒

            裁判官  大和隆之