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カテゴリ: 交通事故

一時金賠償と定期金賠償 東京高裁平成15年

民事訴訟法判例百選 第5版 A25

              損害賠償請求控訴事件

東京高等裁判所判決/平成14年(ネ)第5039号

平成15年7月29日

【判示事項】       損害賠償請求権者が一時金賠償方式による支払を求めている場合に、定期金賠償方式による支払が命じられた事例

【参照条文】       民法709

             民事訴訟法117

             自動車損害賠償保障法3

【掲載誌】        判例時報1838号69頁

【評釈論文】       朝日法学論集32号55頁

             ジュリスト臨時増刊1269号134頁

             判例評論546号7頁

             法学研究(慶応大)78巻3号85頁

             NBL1107号74頁

 

       主   文

 

 一 原判決中、被控訴人甲野花子に関する部分を次のとおり変更する。

  (1) 控訴人は、被控訴人甲野花子に対し、金四九三九万一九〇八円及びこれに対する平成九年三月二二日から支払済みに至るまで年五分の金員を支払え。

  (2) 控訴人は、被控訴人甲野花子に対し、平成一五年六月二五日からその死亡又は被控訴人甲野花子が満八四歳に達するまでのいずれか早い方の時期に至るまでの間、一か月金二五万円の金員を、毎月二四日限り支払え。

  (3) 被控訴人甲野花子のその余の請求を棄却する。

 二 被控訴人甲野一江、被控訴人甲野二江及び被控訴人甲野梅子に対する控訴を棄却する。

 三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その二を被控訴人らの負担とし、その余は控訴人の負担とする。

 四 この判決一項の(2)は、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第一 当事者の求めた裁判

 一 控訴の趣旨

 (1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

 (2) 上記取消しに係る被控訴人らの請求を棄却する。

 (3) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

 二 控訴の趣旨に対する答弁

 (1) 本件控訴を棄却する。

 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 事案の概要

 一 事案の要旨

 (以下、被控訴人らについては名前のみで特定する。)

 本件は、交通事故による脳挫傷後遺状態から回復せずに意識障害が残存したままのいわゆる植物状態に陥った被控訴人花子が自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条に基づいて、逸失利益、介護費用、慰謝料等の合計一億一三八六万三四四四円の損害賠償を求め、被控訴人花子の長女である被控訴人一江が三〇〇万円、同二女である被控訴人二江が二〇〇万円、同母である被控訴人梅子が一〇〇万円の各慰謝料の支払を求めている事案である。

 二 第一審は、被控訴人花子につき、その推定余命年数が通常人より短いと認めることはできないとした上、逸失利益について生活費控除割合を二〇パーセントとして算定し、将来の介護費用について定期金賠償方式を採用すべきではないなどとして、合計九四一四万三二三九円及び遅延損害金の限度で請求を一部認容し、また、被控訴人一江につき二〇〇万円、被控訴人二江につき一五〇万円、被控訴人梅子につき一〇〇万円の各慰謝料及び遅延損害金を認容し、その余を棄却した。

 三 争いのない事実

        〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

 (1) 事故の発生

 次の事故が発生した(以下「本件交通事故」という。)

 発生日時 平成九年三月二二日午後一〇時三〇分ころ

 発生場所 千葉県東金市《番地略》先路上

 加害車両 普通乗用自動車(《ナンバー略》)

 運転者  控訴人

 所有者  控訴人

 被害車両 普通貨物自動車(《ナンバー略》)

 運転者  訴外丙川春夫

 同乗者  被控訴人花子(昭和三〇年六月二九日生)

 事故状況 前記日時場所において、控訴人が泥酔状態で加害車両を運転したため、進路前方の安全確認義務を果たすことができず、停止中の被害車両に追突し、その反動で、被害車両が道路脇の生け垣、電柱等に衝突した。

 (2) 責任原因

 本件事故は、控訴人の酒酔い運転及び前方不注視の過失により惹起されたものであるとともに、控訴人は前記加害車両を保有し、これを自己の運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条に基づき、被控訴人花子に生じた損害を賠償する責任がある。

 (3) 損害の発生

 本件事故により、被控訴人花子は脳挫傷、右上腕骨々折、全身打撲の傷害を負い、次のとおり治療を受けた。

 ア 浜野病院

 平成九年三月二二日通院(ただし、同病院に救急搬送されて応急処置を施され、直ちに千葉県救急医療センターに転送)

 イ 千葉県救急医療センター

 平成九年三月二三日から同年八月四日まで一三五日間入院

 ウ 国保成東病院

 平成九年八月四日から同年一〇月二四日まで八二日間入院

 エ 九十九里病院

 平成九年一〇月二四日から平成一〇年五月三一日まで二二〇日間入院

 オ 上記治療のかいもなく、被控訴人花子は脳挫傷後遺状態から回復せずに意識障害(失外套状態)が残存したまま平成一〇年五月三一日に症状固定となり、後遺障害等級事前認定の結果、一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し常に介護を要するもの)の認定がされた。被控訴人花子は、その後も意識が回復しないまま、九十九里病院に入院を継続中である。

 (4) 既払金

 被控訴人花子は、本件事故に関する自動車損害賠償責任保険金(以下「自賠責保険金」という。)として三〇〇〇万円の支払を受けた。

 四 主要な争点

 (1) 被控訴人花子の推定余命年数

 (2) 定期金賠償方式採用の当否

 (3) 被控訴人花子の逸失利益算定における労働能力喪失期間及び将来介護料算定の看護期間等

 (4) 支給された高額療養費還付金を損害填補とみなすことの可否

 五 主要な争点に対する当事者の主張

 (1) 被控訴人花子の推定余命年数について

 ア 控訴人の主張

  (ア) 被控訴人花子は、意識のない寝たきりの状態、いわゆる植物状態にある。本件事故直後から昏睡状態という高度意識障害が遷延している臨床経過、平成九年一〇月二五日以降の三度の頭部MRIでは両側大脳の萎縮と脳幹の萎縮が認められるなどの画像所見から、びまん性軸索損傷と考えられ、後遺障害診断書によると、失外套状態にあるとされている。

  (イ) 寝たきり者は、通常人よりも何らかのトラブル(痰詰りや易感染性など)に巻き込まれる確率が高い可能性を示唆し、又はそのトラブルからの回復力の低さ(詰った痰を咳で出す能力の低さや生じた感染に対する抵抗力の低さなど)を示し、その生存余命は現在の医療・社会環境である一定の規則に従って、通常人よりも低いといわねばならない。

  (ウ) 平成四年自動車事故対策センターの寝たきり者のデータに基づけば、事故時四〇歳代の事故後四年経過時点における、平均余命等は次のとおりである。

  ① 五年後の生存率は〇・四五〇、死亡率は〇・四七五である。

  ② 一〇年後の生存率は〇・二二六、死亡率は〇・六六二である。

  ③ 一五年後の生存率は〇・一二一、死亡率は〇・七六七である。

  ④ 二〇年後の生存率は〇・〇六五、死亡率は〇・八二三である。

  ⑤ 平均余命は六・三年である。

  (エ) 被控訴人花子は、これまでは、比較的安定していたが、年齢が若く病院の介護レベルが高いため、大きな問題とならずに経過したと考えられるが、今後は加齢に伴って更に内蔵機能・免疫機能が低下し、肺炎・尿路感染・褥瘡が問題となってくるはずである。

  (オ) 口頭弁論終結時に死亡の結果発生の可能性が具体化していなければ直ちに平均余命まで生存すると認定することは、被害者保護に重きを置くあまり、逆に加害者にとっては酷にすぎる結果となる可能性が高く、ひいては裁判に対する一般人の公平観を揺るがせる危険も否定できないと指摘されている。

  (カ) 以上から、将来の介護費用の算定において、被控訴人花子の推定余命年数は、せいぜい症状固定時から一〇年間と認定すべきである。

 イ 被控訴人花子の主張

 植物状態患者の平均余命については、これまで、平均余命より短い期間を認定した原審の判断を支持した最高裁判決が二件ある(最高裁判所昭和六三年六月一七日判決、同平成六年一一月二四日判決)が、両判決とも、「余命期間は事実認定の問題であり、平均余命より短い期間を認定した原審の事実認定が違法とはいえない」としたものにすぎず、先例的な価値は乏しいとされている。下級審判決には平均余命より制限して認定するものもあるが、裁判実務の大勢は平均余命により認定する扱いである。被控訴人花子が入院している九十九里病院の担当医師によれば、被控訴人花子の状態は安定しており、生命が危険になるような感染症(肺炎、尿路感染、褥瘡、胃瘻部感染、敗血症など)を併発したことはこれまでになく、九十九里病院ではこのような感染症の併発予防を行っており、仮にこのような感染症が併発しても、それに対する治療も行えるのである。

 したがって、被控訴人花子の状態は安定しており、平均余命までの生存期間が認定されるべきである。

 (2) 定期金(年金)賠償について

 ア 控訴人の主張

 仮に、被控訴人の推定余命年数について、平均余命よりも短いとする事実認定ができないとするならば、前述したとおり、口頭弁論終結時に死亡の結果発生の可能性が具体化していなければ直ちに平均余命まで生存すると認定することは、加害者にとっては酷にすぎる結果となる可能性が高い。

 そこで、被害者保護を確保することを当然の前提とし(現実の生存期間にわたっての介護費用が賠償されるよう確保して)、損害の衡平な分配という不法行為法の理念を失わずに賠償義務を加害者に負わせる方法として、定期金賠償の方法が検討されねばならない。

 イ 被控訴人花子の主張

  (ア) 人身事故賠償において、治療費や通院交通費、休業損害などの現実損害については実損害の賠償額算定は容易である。しかし、死亡や後遺障害に伴う逸失利益は、将来の確実な収入は見込まれるものの未だ現実に発生していない損害であるから、口頭弁論終結時において賠償額を算定するのは一種の擬制であるし、本件で問題になっている植物状態患者についてはその生存期間を確定できないところから、将来介護費用の算定については一層擬制的とならざるを得ない。

 しかしながら、これまでの実務においては、それが擬制的な算定であることを踏まえた上で、一時金賠償の方式を取ってきている。定期金賠償を認めた下級審判例も散見されるが、最高裁判所昭和六二年二月六日第二小法廷判決・裁判集民事一五〇号七九頁は、「損害賠償請求権者が訴訟上一時金による賠償の支払を求める旨の申立てをしている場合に、定期金による支払を命ずる判決をすることはできないものと解するのが相当である。」としており、この判例は現在まで変更されていない。

  (イ) 将来の介護費用の算定には擬制的にならざるを得ないことから、定期金方式の賠償の必要性・有用性が広く認識されていた。それにもかかわらず一時金賠償が実務の大勢を占めてきた主たる理由は、①貨幣価値の変動等の事情変更があった場合の対処方法がないこと、②賠償義務者の資力悪化の危険を被害者に負わせることになる、というものであった。この内、①の点については民事訴訟法の改正により一一七条において定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えの制度が新設されて問題は一応解決された。しかしながら②の点については未だに解決されていないのである。保険会社が支払義務者である場合には将来の履行は保証されているとの見解もあろうが、昨今のように保険の自由化が進み、保険会社間の競争が激化し、損害保険会社が破産するという経済情勢では、そのような過度の期待はできないといわなければならない。特に、損害保険会社の合併による統合が進んでいる状況にあって、控訴人が加入している富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災」という。)だけが合併から取り残されてしまい、資本参加を受けざるを得ない極めて厳しい経営状況にある。

 したがって、定期金賠償が制度化されるためには、被害者のための担保供与制度の立法化とか、公的機関・制度を新設して、将来の履行を確保することが不可欠なのである。しかしながら、このような履行確保の制度が整っていない現状においては、介護費用の算定についても、軽々しく定期金賠償方式を取るべきではない。

 (3) 被控訴人花子の逸失利益算定における生活費控除及び将来介護料算定の看護期間等

 ア 控訴人の主張

  (ア) 被控訴人花子の将来介護料算定における要看護期間は、症状固定後一〇年間であると解すべきである。

  (イ) 被控訴人花子の将来の生活に必要な費用は、専ら入院治療費ないし看護費用に限られるから、逸失利益算定においては五割の生活費控除をすべきである。

 イ 被控訴人花子の主張

  (ア) 被控訴人花子の将来介護料算定の要看護期間については、被控訴人花子は本件事故により植物状態になったのであって、本件事故がなければ通常の人生を生き、平均余命を全うすることができたものであるから、平均余命までの期間を要看護期間として将来看護料を算定すべきである。

  (イ) 植物状態患者の生活費を控除した判決例も散見されるが、裁判実務の大勢は控除しないとされている。植物状態の患者だからといって、寝間着程度しか衣服の必要がない等と決めつけるのは、患者の人間としての尊厳を否定するものである。植物状態患者についても、でき得る限り良好な、一般人と同様の環境下での治療、介護を行うべきとの要請を否定すべきではない。因みに、学説では「純粋な意味での生活費は一般人と比較して少ないものの死者と全く同視することはできないとして、死亡の場合より控えめな生活費控除(一〇~二〇%程度)をすべき」との見解が多数であるが、本件において、介護費用については実際に係る費用しか請求しておらず、近親者が毎日のように被控訴人花子の具体的な介護のために病院を訪れる費用については請求していないのであるから、このような実際の家族の負担する介護費用との調整を図る意味でも、生活費控除は行うべきではない。

 (4) 支給された高額療養費還付金を損害填補とみなすことの可否

 ア 控訴人の主張

 被控訴人花子は、将来介護料として、少なくとも月額二五万円を請求している。被控訴人花子は、症状固定後現在まで九十九里病院に入院中であり、同病院は完全看護で近親者の介護は必要ない。そうだとすれば、病院の入院費等の医療費が損害というべきものである。被控訴人花子は、国民健康保険法五七条の二、同法施行令二九条の二に基づく地方自治体の高額療養費還付制度により、光町から、症状固定後の平成一〇年六月からの入院に伴う医療費につき、同月から平成一四年一一月までの五四か月分として合計五三五万一九二二円(一か月平均九万九一〇九円)の支給を受けている。国民健康保険法の高額療養費については、保険給付を行った保険者は、給付事由を生じさせた第三者に対して有する被保険者の損害賠償請求権を代位取得する一方、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者はその価格の限度において保険給付を行う責を免れるとされている(同法六四条一項、二項)から、被保険者に対する損害を填補する性質をも有するものである。

 したがって、高額療養費還付金は、被控訴人花子の損害の填補であるから、被控訴人花子の損害額から控除されなければならない。

 イ 被控訴人花子の主張

 被控訴人花子を入院先の九十九里病院から実家に引き取って介護することは不可能な状況にあるため、被控訴人花子は、将来にわたって入院を継続する必要があり、その費用として毎月、入院代約一一万円、食事負担金二万三五六〇円、貸しオムツ代四万〇三〇〇円、業務委託料七万七五〇〇円の合計二五万一三六〇円の費用を支払っている。この金額には、毎日のように被控訴人花子を介護に訪れるその余の被控訴人ら家族の付添看護費や交通費用は含まれていないのである。したがって、被控訴人花子の看護費用としては、毎月二五万円が必要である。

 被控訴人花子の症状固定後に給付される高額療養費還付金は治療費ではなく、実質的には介護料として意味を有し、社会保障の一環として多額の医療費の負担に耐えられない被控訴人花子に対し、社会福祉の観点からなされるもので、損害の填補を目的としたものではない。また、各地方自治体は厳しい財政状況に置かれているのであり、高額療養費が将来にわたって現在の水準で給付されるかは不確実である。そうすると、既に被控訴人花子が受領した高額療養費については控除されるとしても、将来の高額療養費については、介護費用から控除すべきでない。

第三 当裁判所の判断

 一 被控訴人花子の推定余命について

 控訴人は、被控訴人花子がいわゆる植物状態にあることから、その生存余命は現在の医療・社会環境である一定の規則に従って、通常人よりも短く、被控訴人花子の推定余命年数は、せいぜい症状固定時から一〇年間と認定すべきである旨主張する。確かに、《証拠略》によれば、統計的には、一般的に植物状態の患者の生存率は年数を経過するにつれて低下し、平均余命は通常人に比較してかなり短く、平成四年自動車事故対策センターの寝たきり者に関する資料に基づけば、事故時四〇歳代の事故後六年経過時点における平均余命等は次のとおりであることが認められる。

  ① 五年後の生存率は〇・四四六、死亡率は〇・五〇五である。

  ② 一〇年後の生存率は〇・二四七、死亡率は〇・六六〇である。

  ③ 一五年後の生存率は〇・一三三、死亡率は〇・七七四である。

  ④ 二〇年後の生存率は〇・〇七一、死亡率は〇・八三六である。

  ⑤ 平均余命は六・七年である。

 《証拠略》を併せると、被控訴人花子は、本件事故直後からの昏睡状態という高度意識障害が遷延している臨床経過や平成九年一〇月二五日以降における三度の頭部MRIに認められる両側大脳と脳幹の萎縮などの画像所見から、びまん性軸索損傷の障害があると考えられ、後遺障害診断書では失外套状態にあると診断されたこと、しかし、既に本件事故時から六年以上、症状固定時から五年以上が経過しているが、被控訴人花子の本件事故後における身体の状態は、九十九里病院の看護状況のほか被控訴人花子の母被控訴人梅子、長女被控訴人一江、二女被控訴人二江、兄甲野竹夫らの献身的看護もあって、安定しており、これまでに生命が危険になるような感染症(肺炎、尿路感染、褥瘡、胃瘻部感染、敗血症など)を併発したことはなく、現在も直ちに生命の危険を推認させる事情は見当たらないこと、以上の事実が認められる。そうすると、被控訴人花子の推定余命年数は、植物状態の寝たきり者について推定余命が短いとの統計的な数値のみで症状固定時から一〇年程度であると推測することはできないが、同寝たきり者について推定余命が短いことは統計的に認めざるを得ない。

 しかしながら、被控訴人花子の現実の余命は本件事故によって短くなったのであり、そのこと自体による被控訴人花子の逸失利益の喪失も本件事故と相当因果関係があるから、結局、被控訴人花子の逸失利益の損害は本件事故前の被控訴人花子の統計的稼働年数を基に算定すべきことになる。被控訴人花子の本件事故後の現実の余命の減少は、将来の介護費用損害の算定に大きく影響を及ぼす可能性があるから、その損害賠償方式において考慮すべき事柄である。

 二 被控訴人花子の損害

 (1) 入院雑費【請求額五六万八一〇〇円】

              五六万八一〇〇円

 本件事故時である平成九年三月二三日から症状固定時である平成一〇年五月三一日までの間の入院に要した雑費について、一日当たり一三〇〇円として入院四三七日分(退院日と入院日との重複を含む。)を認めるのが相当である。

 (2) 近親者の付添看護費(交通費を含む。)【請求額一三一万一〇〇〇円】

             一三一万一〇〇〇円

 前記(1)の入院期間について、被控訴人花子が脳挫傷による意識障害という大怪我をしたことにより家族が毎日のように病院を訪れて身の回りの世話をしていたことに基づく近親者の付添看護費として交通費を含めて一日当たり三〇〇〇円とし、入院四三七日分(退院日と入院日との重複を含む。)を認めるのが相当である。

 (3) 車椅子代【請求額一〇万九四五〇円】

              一〇万九四五〇円

 ベッドメイキング、検査などで移動する場合に必要である。

 (4) 介護費用【請求額五二六三万七七〇〇円】

 ア 過去分      一一六九万一八四〇円

 《証拠略》によれば、被控訴人花子は、症状固定日の翌日である平成一〇年六月一日から本訴口頭弁論終結時である平成一五年六月二四日までの間、その介護費用として、少なくとも、毎月二五万円を要したことが認められ、その金額である一五二〇万円を基礎に、ライプニッツ方式により中間利息を控除して(六年のライプニッツ係数〇・九五二三を差し引いた〇・七六九二を乗じる)算定すると、上記金額となる。

 250,000×(12×5+24÷30)×0.7692=1169万1840円

 イ 将来分

 《証拠略》によれば、被控訴人花子は、本訴口頭弁論終結の日の翌日である平成一五年六月二五日から死亡までの間、その介護費用として、少なくとも、毎月二五万円を要することが認められる。

 控訴人は、将来介護費用の損害賠償について、被害者保護を確保することを当然の前提として、損害の衡平な分配という不法行為法の理念を失わずに賠償義務を加害者に負わせる方法として定期金賠償の方法によるべきであると主張する。

 確かに、介護費用はもともと定期的に支弁しなければならない費用であり、植物状態となった被控訴人花子の推定的余命年数については少なくとも現時点から二〇年ないし三〇年と推認することは困難であるものの、この推定余命年数は少ない統計データを基礎にするものであり、現実の余命と異なり得るものであることはもちろん、被控訴人花子の身体状態、看護状況、医療態勢や医療技術の向上の一方で、思わぬ事態の急変もあり得ることなどを考慮すると、概ねの推定年数としても確率の高いものともいい難い。そうすると、推定的余命年数を前提として一時金に還元して介護費用を賠償させた場合には、賠償額は過多あるいは過少となってかえって当事者間の公平を著しく欠く結果を招く危険がある。このような危険を回避するためには、余命期間にわたり継続して必要となる介護費用という現実損害の性格に即して、現実の生存期間にわたり定期的に支弁して賠償する定期金賠償方式を採用することは、それによることが明らかに不相当であるという事情のない限り、合理的といえる。

 これに対し、被控訴人花子は、損害賠償請求権利者が訴訟上一時金による賠償の支払を求める旨の申立てをしている場合に、定期金による支払を命ずる判決をすることができないとし、その理由として、これを命ずることについての問題点とされていた、①貨幣価値の変動等の事情変更があった場合の対処方法がないこと、②賠償義務者の資力悪化の危険を被害者に負わせることになることの内、①の点は平成八年法律第一〇九号として制定された民事訴訟法一一七条において、定期金による賠償を命じた確定判決についての変更を求める訴えの制度が設けられて解決したといえても、②の点は、未だ問題として残されたままではあることを指摘する。しかし、一時金による将来介護費用の損害賠償を命じても、賠償義務者にその支払能力がない危険性も大きいし、賠償義務者が任意に損害保険会社と保険契約を締結している場合には、保険会社が保険者として賠償義務を履行することになるから、不履行の危険性は少なくなるものといい得る。《証拠略》によれば、控訴人は、自動車事故による損害を填補するため、富士火災と任意に損害保険契約を締結していたことが認められるから、控訴人の損害賠償義務は保険者である富士火災が履行することになると推認される。もっとも、《証拠略》を併せると、富士火災は平成一三年九月中間決算期に経常損益が赤字であるなど経営状況が安定しているとはいい難く、近年は保険自由化が進み、保険会社間の競争も激化し、下位の損害保険会社の中には倒産したものがあったことが認められるが、富士火災が将来破産など倒産するとまで予測することはできない。そうであれば、被控訴人花子の将来介護費用の損害賠償債権は、その履行の確保という面では一時金方式であっても定期金賠償方式であっても合理性を欠く事情があるとはいえないし、民事訴訟法一一七条の活用による不合理な事態の回避も可能であるから、将来の介護費用損害に定期金賠償方式を否定すべき理由はない(なお、被控訴人花子は、介護費用についても定期金による賠償について反対しているものの、第一審における二〇〇二年五月一七日付け準備書面においては、その試算を前提に定期金による賠償も魅力的なものとの意見を示していた。)。以上によれば、被控訴人花子の将来の介護費用損害については、被控訴人花子の請求する将来の介護費用損害を超えない限度で、控訴人に対し、定期金による賠償を命ずるのが相当である。

 そして、その期間については、被控訴人花子の推定余命期間が確定したものではないから、平成一五年六月二五日から被控訴人花子が主張通常の平均余命までの期間を超えない限度で、これが確定する死亡又は平均余命の八四歳に達するまでのいずれかの時期までとし、支払方法については、毎月二四日限り前月二五日からの一か月分を支払うこととするのが相当である。

 (5) 禁治産宣告手続費用【請求額一〇万五四一九円】

              一〇万五四一九円

 本件事故に基づく損害賠償請求をするために禁治産宣告の申立てをした手続費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

 (6) 休業損害【請求額四五二万〇二五六円】

             四五二万〇二五六円

 賃金センサス平成九年女子労働者学歴計四〇歳から四四歳の年収金三七七万五五〇〇円を基礎に、症状固定日までの四三七日間について認めるのが相当である。

 3,775,500÷365×437=4,520,256

 (7) 逸失利益【請求額五三二一万一五一九円】

            四〇五四万二二二五円

 被控訴人花子は、本件事故当時四一歳、症状固定時四二歳であったから、本件事故がなければ、四二歳から六七歳までの二五年間就労可能であった。そこで、本件事故時の前記(6)の年収額三七七万五五〇〇円を基礎に、労働能力喪失率を一〇〇パーセントとしてライプニッツ方式により中間利息を控除して(四一歳から六七歳までのライプニッツ係数一四・三七五一から、四一歳から症状固定時年齢四二歳までのライプニッツ係数〇・九五二三を差し引いた一三・四二二八を乗じる。)算定するのが相当である。

 3,775,500×(1-0.2)×13.4228=40,542,225

 なお、被控訴人花子の将来の生活に必要な費用については、植物状態の寝たきり者についても、でき得る限り良好な、一般人と同様の環境下での治療、介護を行うべきであり、被控訴人花子が完全介護状態にあることを考慮して二〇パーセントの割合による生活費控除をするのが相当である。

 (8) 入院慰謝料【請求額三七〇万円】

                 三二〇万円

 被控訴人花子は、本件事故時である平成九年三月二三日から症状固定時である平成一〇年五月三一日までの間入院したところ、その精神的苦痛に対する慰謝料は三二〇万円が相当である。

 (9) 後遺障害慰謝料【請求額二〇〇〇万円】

                二〇〇〇万円

 被控訴人花子は、本件事故によって回復不可能で後遺障害等級一級三号に該当する後遺障害を負い、意識のないままに残りの人生を寝たきりの状態で生きていかねばならないところ、その精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

 (10) 以上一時金小計

            八二〇四万八二九〇円

 (11) 損害の填補

            四〇三五万六三八二円

 ア 自賠責保険        三〇〇〇万円

 イ 入院雑費           四三万円

 ウ 看護費       二三四万六六六〇円

 エ 休業補償費     二二二万七八〇〇円

 オ 高額療養費還付金

             五三五万一九二二円

 《証拠略》によれば、被控訴人花子の本件事故後の平成一〇年六月から平成一四年一一月までの入院に伴う医療費の内、合計五三五万一九二二円が、国民健康保険法五七条の二、同法施行令二九条の二に基づく地方自治体の高額療養費還付制度により、光町から被控訴人花子に対して支給されたことが認められる。国民健康保険法の高額療養費還付金については、保険給付を行った保険者は、給付事由を生じさせた第三者に対して有する被保険者の損害賠償請求権を代位取得する一方、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者はその価格の限度において保険給付を行う責を免れるとされている(同法六四条一項、二項)から、保険契約者である加害者の被害者である被保険者に対する損害を填補する性質をも有するものと認められる。

 したがって、前記支給に係る高額療養費の還付金は、被控訴人花子の損害を填補するものと認められるから、被控訴人花子の損害額から控除すべきである。

 (12) 以上によれば、被控訴人花子の一時金として賠償されるべき損害は、合計額八二〇四万八二九〇円から填補済みの四〇三五万六三八二円を控除すると、四一六九万一九〇八円となる。

 (13) 弁護士費用【請求額七七〇万円】

                 七七〇万円

 被控訴人花子の損害についての弁護士費用は、本件事案の難易等本件について認められる一切の事情を考慮すると、七七〇万円が相当である。

 (14) 以上一時金認容額

            四九三九万一九〇八円

 三 被控訴人一江の慰謝料【請求額三〇〇万円】

                 二〇〇万円

 《証拠略》によれば、被控訴人一江は、被控訴人花子の長女であり、本件事故が発生した平成九年三月二二日当時、高校を卒業して短大への進学が決まっており、入学金や授業料の半年分として合計約七〇万円を支払済みで、進学する短大の制服も購入し、同年四月からの短大生としての新しい生活を夢見ていたこと、しかるに、本件事故によって毎日を母親の付添看護に付きっ切りの生活に陥り、短大進学など叶わない状況になってしまったこと、しかも、母親の意識は事故後も回復せず、事故後既に三年を経過しようとしているが、この間、家族と共に母親の付添看護に努めてきており、母親の死亡に匹敵する精神的苦痛を被ったことが認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料としては二〇〇万円が相当である。

 四 被控訴人二江の慰謝料【請求額二〇〇万円】

                 一五〇万円

 《証拠略》によれば、被控訴人二江は、被控訴人花子の二女であり、本件事故当時、中学を卒業し、高校進学の目前であったこと、一五歳という多感な時期に、たった一人の頼るべき母親が回復不能な意識喪失状態に陥り、事故後も現在に至るまで家族と共にその看護に努めてきており、母親の死亡に匹敵する精神的苦痛を被ったことが認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料としては一五〇万円が相当である。

 五 被控訴人梅子の慰謝料【請求額一〇〇万円】

                 一〇〇万円

 《証拠略》によれば、被控訴人梅子は、被控訴人花子の実母であり、離婚して二人の娘を引き取って生活している被控訴人花子ら家族の将来を思いやり、何かと支えてきたこと、しかし、本件事故により意識を喪失した状態で一生を生きていかなければならない被控訴人花子の身の回りの世話を続けていかなければならず、更に、二人の孫娘の行く末をも心配せざるを得ない状況となり、正に被害者の死亡に匹敵する精神的苦痛を被ったことが認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

 六 以上によれば、被控訴人らの本件請求は、不法行為に基づき、被控訴人花子については、損害金四九三九万一九〇八円及びこれに対する不法行為の日である平成九年三月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の遅延損害金並びに本訴口頭弁論終結の日の翌日である平成一五年六月二五日からその死亡又は八四歳に達するまでのいずれか早い方の時期までの間、一か月金二五万円の金員を、毎月二四日限り支払を求める限度で、被控訴人一江については、慰謝料二〇〇万円及びこれに対する前同様の遅延損害金の限度で、被控訴人二江については、慰謝料一五〇万円及びこれに対する前同様の遅延損害金の限度で、被控訴人梅子については、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する前同様の遅延損害金について理由があるから、これを認容すべきであるが、その余の請求はいずれも理由がなく棄却すべきである。

 よって、原判決中これと結論を異にする被控訴人花子に関する部分を変更し、その余の被控訴人らの部分に関し同旨の原判決部分は相当であるから、同部分に対する控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 納谷 肇 任介辰哉)

 

複数事故と損害額の算定 最高裁平成8

民法判例百選Ⅱ 第8版 101事件

損害賠償請求事件

 

【事件番号】      最高裁判所第1小法廷判決/平成5年(オ)第527号

【判決日付】      平成8年4月25日

【判示事項】      後遺障害による逸失利益の算定に当たり事故後の別の原因による被害者の死亡を考慮することの許否

【判決要旨】      交通事故の被害者が後遺障害により労働能力の一部を喪失した場合における逸失利益の算定に当たっては、事故後に別の原因により被害者が死亡したとしても、事故の時点で、死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではない。

【参照条文】      民法416

            民法709

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集50巻5号1221頁

            最高裁判所裁判集民事179号1頁

            裁判所時報1170号177頁

            交通事故民事裁判例集29巻2号302頁

【評釈論文】      ジュリスト臨時増刊1113号81頁

            別冊ジュリスト160号188頁

            判例タイムズ921号22頁

            判例タイムズ923号63頁

            法学教室193号156頁

            法曹時報50巻11号122頁

            法律時報別冊私法判例リマークス15号74頁

            民事研修602号37頁

            民商法雑誌116巻3号112頁

            NBL624号73頁

            別冊NBL62号109頁

 

       主   文

 

 原判決中、上告人らの敗訴部分のうち、(1) 被上告人青森定期自動車株式会社及び同Aに対し、上告人Bにつき五〇五万二三七三円並びに同C及び同Dにつき各二五二万一一八七円並びにこれらに対する平成元年七月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分、(2) 被上告人日産火災海上保険株式会社に対し、同青森定期自動車株式会社に対する右各請求に係る判決が確定したときに、上告人Bにつき五〇五万二三七三円並びに同C及び同Dにつき各二五二万一一八七円並びにこれらに対する平成元年七月五日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分を破棄する。

 前項の破棄部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人樋渡源藏、同樋渡俊一の上告理由第二点について

 一 原審の確定したところによれば、(1) 昭和六三年一月一〇日、新潟県内の国道上において、被上告人青森定期自動車株式会社が保有し、被上告人Aの運転する大型貨物自動車が、Eの同乗する普通貨物自動車と衝突し、Eは、右交通事故により脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負った(以下「本件交通事故」という。)、(2) Eは、本件交通事故の後、山形県鶴岡市内の病院において入通院による治療を受けた結果、平成元年六月二八日には、知能低下、左腓骨神経麻痺、複視等の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して症状が固定した、(3) Eは、本件交通事故当時、大工として工務店に勤務していたものであるが、右の症状固定の後も就労が可能な状態になかったことから、毎日のように山形県西田川郡a町内の自宅付近の海で貝を探るなどしていたところ、同年七月四日、海中で貝を採っている際に心臓麻痺を起こして死亡した(以下「本件死亡事故」という。)、というのである。

 二 Eの相続人である上告人らは、本件において、Eの本件後遺障害による労働能力の一部喪失を理由として、Eの症状固定時である四四歳から就労可能年齢六七歳までの間の逸失利益の損害を主張している。原審は、Eの本件後遺障害による逸失利益があるとはしたものの、Eは本件交通事故と因果関係のない本件死亡率故により死亡したものであるところ、事実審の口頭弁論終結前に被害者の死亡の事実が発生し、その生存期間が確定して、その後に逸失利益の生ずる余地のないことが判明した場合には、後遺障害による逸失利益の算定に当たり右死亡の事実をしんしゃくすべきものであるとして、Eの死亡後の期間についての逸失利益を認めなかった。

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 交通事故の被害者が事故に起因する傷害のために身体的機能の一部を喪失し、労働能力の一部を喪失した場合において、いわゆる逸失利益の算定に当たっては、その後に被害者が死亡したとしても、右交通事故の時点で、その死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、右死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと解するのが相当である。けだし、労働能力の一部喪失による損害は、交通事故の時に一定の内容のものとして発生しているのであるから、交通事故の後に生じた事由によってその内容に消長を来すものではなく、その逸失利益の額は、交通事故当時における被害者の年齢、職業、健康状態等の個別要素と平均稼働年数、平均余命等に関する統計資料から導かれる就労可能期間に基づいて算定すべきものであって、交通事故の後に被害者が死亡したことは、前記の特段の事情のない限り、就労可能期間の認定に当たって考慮すべきものとはいえないからである。また、交通事故の被害者が事故後にたまたま別の原因で死亡したことにより、賠償義務を負担する者がその義務の全部又は一部を免れ、他方被害者ないしその遺族が事故により生じた損害のてん補を受けることができなくなるというのでは、衡平の理念に反することになる。

 四 これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、Eは本件交通事故に起因する本件後遺障害により労働能力の一部を喪失し、これによる損害を生じていたところ、本件死亡事故によるEの死亡について前記の特段の事情があるとは認められないから、就労可能年齢六七歳までの就労可能期間の全部について逸失利益を算定すべきである。

 したがって、これと異なる判断の下に、Eの死亡後の期間について本件後遺障害による逸失利益を認めなかった原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は上告人らの敗訴部分のうち平成五年二月二三日付け上告状補充書による不服申立て部分につき破棄を免れない。そして、本件については、損害額全般について更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。

 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第一小法廷

         裁判長裁判官  小野幹雄

            裁判官  高橋久子

            裁判官  遠藤光男

            裁判官  井嶋一友

            裁判官  藤井正雄

損害の意義 労働能力の損失 最高裁昭和56     

民法判例百選Ⅱ 第8版 100事件

損害賠償請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/昭和54年(オ)第354号

昭和56年12月22日

【判示事項】      身体的機能の一部喪失と労働能力喪失を理由とする財産上の損害の有無

【判決要旨】      交通事故による後遺症のために身体的機能の一部を喪失した場合においても、後遺症の程度が比較的軽微であつて、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められない。

【参照条文】      民法709

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集35巻9号1350頁

            最高裁判所裁判集民事134号609頁

            裁判所時報830号1頁

            判例タイムズ463号126頁

            金融・商事判例647号41頁

            判例時報1031号123頁

【評釈論文】      別冊ジュリスト94号84頁

            別冊ジュリスト105号184頁

            判例タイムズ505号120頁

            法学47巻3号145頁

            法曹時報37巻6号202頁

            民事研修599号17頁

 

       主   文

 

 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

 前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人佐々木鉄也、同大友秀夫の上告理由について

 原審は、(1) 被上告人は、昭和四七年三月一一日、本件交通事故によつて右手、右臀部に加療五日間を要する挫傷を受け、昭和五〇年一月一〇日までの約二年一〇か月にわたる通院治療の結果、身体障害等級一四級に該当する腰部挫傷後遺症を残して症状が固定し、右下肢に局部神経症状があるものの、上、下肢の機能障害及び運動障害はないとの診断を受けたこと、(2) 右後遺症は多分に心因性のものであると考えられること、(3) 被上告人は、通産省工業技術院繊維高分子材料研究所に技官として勤務し、本件事故前はかなり力を要するプラスチツク成型加工業務に従事していたが、本件事故後は腰部痛及び下肢のしびれ感があつて従前の仕事がやりづらいため、坐つたままでできる測定解析業務に従事するようになつたこと、(4) しかし、本件事故後も給与面については格別不利益な取扱は受けていないこと、などの事実関係を確定したうえ、事故による労働能力の減少を理由とする損害を認定するにあたつては、事故によつて生じた労働能力喪失そのものを損害と観念すべきものであり、被害者に労働能力の一部喪失の事実が認められる以上、たとえ収入に格別の減少がみられないとしても、その職業の種類、後遺症の部位程度等を総合的に勘案してその損害額を評価算定するのが相当であるとの見解に基づいて、右事実関係及び労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日付基発五五一号)による労働能力喪失率表を参酌のうえ、被上告人は、本件交通事故に基づく前記後遺症のため労働能力の二パーセントを喪失したものであり、その喪失期間は右事故後七年間と認めるのが相当であるとして、被上告人の年収を基準とする右割合及び期間による三四万一二一六円の財産上の損害を認定している。

 しかしながら、かりに交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と観念することができるとしても、その後遺症の程度が比較的軽微であつて、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないという場合においては、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである。

 ところで、被上告人は、研究所に勤務する技官であり、その後遺症は身体障害等級一四級程度のものであつて右下肢に局部神経症状を伴うものの、機能障害・運動障害はなく、事故後においても給与面で格別不利益な取扱も受けていないというのであるから、現状において財産上特段の不利益を蒙つているものとは認め難いというべきであり、それにもかかわらずなお後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには、たとえば、事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか、労働能力喪失の程度が軽微であつても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など、後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。原審が以上の点について何ら審理を遂げることなく、右後遺症の存在のみを理由にこれによる財産上の損害を認めている点で、原判決には損害認定に関する法令の解釈、適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるといわざるをえず、論旨は理由がある。そして、被上告人の本訴請求は、同一の交通事故によつて生じた身体障害に基づく損害の賠償を請求するものであつて、各費目別の損害額は相互に密接に関連し、上告人の本件上告も右の趣旨で原判決全部の破棄を求めるものと解しえないではないから、原判決中、上告人敗訴部分は、結局、その全部の破棄を免れない。そして、叙上の点を含め、さらに本件損害賠償額について審理を尽くす必要があるから、右破棄部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官  横井大三

            裁判官  環 昌一

            裁判官  伊藤正己

            裁判官  寺田治郎

東名高速あおり運転事件横浜地裁判決 懲役18

危険運転致死傷,暴行(予備的訴因監禁致死傷),器物損壊,強要未遂被告事件

横浜地方裁判所判決/平成29年(わ)第1680号

平成30年12月14日

【判示事項】       被告人が,高速道路上で,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条4号所定の被害者運転車両の通行を妨害する目的で危険運転行為をし,さらに,走行する同車の直前に自車を停止させた行為自体は,同号所定の「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」とは認められないが,同車に後続する大型車両が衝突したのは,先行する被告人の前記危険運転行為及びこれと密接に関連した前記直前停止行為,被告人の衝突現場付近における被害者のうち1名に対する暴行等に誘発されて生じたものであるから,被告人の前記危険運転行為と被害者らの死傷結果には因果関係が認められるとして,被告人に対して危険運転致死傷罪の成立を認めた事例。

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 被告人を懲役18年に処する。

 未決勾留日数中260日をその刑に算入する。

 

       理   由

 

(罪となるべき事実)

 被告人は,

第1 平成29年5月8日午後8時15分頃,山口県下関市a町(住所省略)の道路を普通乗用自動車を運転して走行中,A(当時41歳)の運転する普通貨物自動車に追い越されたことに憤慨し,同車を停車させた上,同人を降車させて文句を言おうと考え,その頃から同日午後8時20分頃までの間,同所付近から同市b町(住所省略)に至るまでの道路上において,パッシングし,クラクションを鳴らし,同車の進路前方に自車を停車させるなどの行為を繰り返し,同日午後8時20分頃,同所先道路上に自車に続いてA運転車両が停車した後,降車してA運転車両の運転席側付近に近づき,その頃から同日午後8時25分頃までの間,同運転席側窓ガラス及びフロントガラスを手で叩きながら,「けんかうっとるんか。」「出てこい。」などと怒号して降車を要求し,その要求に応じなければ同人の生命及び身体に危害を加えかねない気勢を示して同人を怖がらせ,もって人に義務のないことを行わせようとしたが,Aが警察に通報したため,その目的を遂げなかった(以下「第1事件」という。)

第2 同月9日午前1時頃,同市a町(住所省略)国道191号線上において,有限会社B所有の普通乗用自動車の運転席ドアを3回足蹴りして凹損(損害見積額合計23万6300円)させ,もって他人の物を損壊した(以下「第2事件」という。)

第3

 1 同年6月5日午後9時33分頃,普通乗用自動車を運転し,神奈川県足柄上郡(住所省略)の高速自動車国道第一東海自動車道(通称東名高速道路)下り54.1キロポスト先の片側3車線道路の第2車両通行帯を,cインターチェンジ方面からdインターチェンジ方面に向かい進行中,東名高速道路下り線eパーキングエリアにおいてC(当時45歳)から駐車方法を非難されたことに憤慨し,同人が乗車するD(当時39歳)運転の普通乗用自動車を停止させようと企て,同自動車道下り54.1キロポスト先道路から同郡(住所省略)同自動車道下り54.8キロポスト先道路の間において,同車の通行を妨害する目的で,第2車両通行帯を走行する同車を重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約100kmの速度で左側から追い越して同車直前の同車両通行帯上に車線変更した上,減速して自車をD運転車両に著しく接近させ,自車との衝突を避けるために第3車両通行帯に車線変更したD運転車両直前の同車両通行帯上に重大な交通の危険を生じさせる速度である前記速度で車線変更した上,減速して自車をD運転車両に著しく接近させ,自車との衝突を避けるために第2車両通行帯に車線変更したD運転車両直前の同車両通行帯上に重大な交通の危険を生じさせる速度である前記速度で車線変更した上,減速して自車をD運転車両に著しく接近させ,さらに,自車との衝突を避けるために第3車両通行帯に車線変更したD運転車両直前の同車両通行帯上に重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約63kmの速度で車線変更した上,時速約29kmまで減速して自車をD運転車両に著しく接近させたことにより,同日午後9時34分頃,Dをして,前記自動車道下り54.8キロポスト先道路に同車を停止することを余儀なくさせ,同日午後9時36分頃,同所において,同車の後方から進行してきた大型貨物自動車前部をE(当時15歳)及びF(当時11歳)が乗車していたD運転車両後部に衝突させて同車を押し出させ,同車左側部をその前方で停止していた自車右後部に衝突させるなどするとともに,これらいずれかの車両をD運転車両付近にいたC及びDに衝突させ,よって,別表(掲載省略)記載のとおり,C及びDをそれぞれ死亡させるとともに,E及びFにそれぞれ傷害を負わせた

 2 同日午後9時34分頃,前記自動車道下り54.8キロポスト先路上において,Cの胸ぐらをつかむなどの暴行を加えた(以下第3の1・2を合わせて「第3事件」という。)

第4 同年8月21日午後零時30分頃,山口市(住所省略)付近道路を普通乗用自動車を運転して走行中,G(当時44歳)の運転する普通貨物自動車に追い抜かれたことに憤慨し,同車を停車させた上,同人を降車させて文句を言おうと考え,その頃から同日午後零時40分頃までの間,同市(住所省略)付近から同市(住所省略)付近に至るまでの道路上において,同車の進路前方に車線変更した上,減速して自車をG運転車両に接近させ,自車との衝突を避けるためにG運転車両が車線変更すると,同様の車線変更及び減速行為を繰り返し,自車をG運転車両に幅寄せしながら同車の助手席側ドアを手で叩くなどし,同日午後零時40分頃,同所先道路上に同車が停車した後,その前方に自車を停車させ,降車してG運転車両助手席側付近に近づき,その頃から同日午後零時47分頃までの間,同助手席側ドアノブを引っ張るなどし,同助手席側及び運転席側窓ガラスを手で叩きながら,「降りてこいちゃ。」「出てこいちゃ。」と怒号するなどして降車を要求し,その要求に応じなければ同人の生命及び身体に危害を加えかねない気勢を示して同人を怖がらせ,もって人に義務のないことを行わせようとしたが,Gが警察に通報したため,その目的を遂げなかった(以下「第4事件」という。)

ものである。

(事実認定の補足説明)

1 第3事件について

 (1) 争点(主位的訴因について)

  公訴事実記載の日時場所において,被告人が普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)を運転してD運転の普通乗用自動車(以下「D運転車両」という。)に対し,公訴事実記載の運転行為に及んだこと,被告人車両及びD運転車両が停車中,D運転車両及び被告人車両に大型貨物自動車が衝突するなどし,公訴事実記載の死傷結果が生じたことには争いがない。また,危険運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律〔以下「自動車運転処罰法」という。〕2条4号)に関し,公訴事実記載の被告人の運転行為のうち,被告人が4度目にD運転車両前方に車線変更した上,減速して自車をD運転車両に著しく接近させるまでの行為が同罪の実行行為に当たることにも争いがなく,同罪の成否に関する争点は,①被告人がD運転車両の直前で自車を停止した行為(以下「直前停止行為」という。)について,重大な交通の危険を生じさせる速度で運転したといえるか否か,②被告人の運転行為とCらの死傷結果との間の因果関係の有無である。

 (2) 前提となる事実

  ア eパーキングエリアでの出来事

    被告人は,平成29年6月5日(以下,本項で日付の記載のない時刻は全て同日のものである。)午後9時29分頃,助手席に当時交際していた甲を乗せ,片側3車線の高速自動車国道第一東海自動車道(以下「東名高速道路」という。)下り線をcインターチェンジ方面からdインターチェンジ方面に向かい走行中,eパーキングエリア売店南側出入口前の身体障害者用スロープ付近の道幅4.6mの通路左側に被告人車両(ホンダストリーム。ミラーを広げた時の車幅1.923m。)を駐車し,歩道で喫煙していた。

    Dは,前記eパーキングエリアでCと運転を交代して,助手席にE,2列目助手席側にC,3列目にFが乗車するD運転車両(トヨタハイエース。ミラーを広げた時の車幅2.3m。)の運転を始め,通路上に駐車していた被告人車両の右側を低速で通過した際,Cは,D運転車両左側スライドドアを開けて被告人に対し,「邪魔だ,ボケ。」と怒鳴って駐車方法を非難した。

  イ D運転車両及び被告人車両の走行状況

   (ア) 被告人は,Cから非難されたことに憤慨し,D運転車両を停止させて文句を言おうと考え,被告人車両を運転してD運転車両を追跡し,東名高速道路下り54.1キロポスト(以下,キロポストの記載は全て東名高速道路下り線のものである。)付近で第2車両通行帯を走行中のD運転車両の後方に追いつき,パッシングしたり蛇行したりした。

   (イ) 被告人車両は,午後9時33分37秒頃から,54.1キロポスト先道路において,第2車両通行帯を走行中のD運転車両を時速約100kmで第1車両通行帯から(この点は,具体的かつ自然で信用できるEの証言や目撃者である乙の供述で認定した。これに対し,被告人は「D運転車両を右側から追い越した」と供述するが,信用できるE証言や乙供述等と食い違いがあり,被告人自身興奮して記憶が明確でないことを認めていることから,信用できない。)追い越して,D運転車両の直前の第2車両通行帯に車線変更した後,減速して著しく接近した。D運転車両が被告人車両との衝突を回避するために第3車両通行帯に車線変更すると,被告人車両は,午後9時33分43秒頃から,D運転車両の直前に第2車両通行帯から時速約100kmで車線変更した後,減速して著しく接近し,D運転車両が衝突を回避するために第2車両通行帯に車線変更すると,午後9時33分47秒頃から,D運転車両の直前に第3車両通行帯から時速約100kmで車線変更した後,減速して著しく接近した。さらに,被告人車両は,午後9時33分56秒頃から,被告人車両との衝突を避けるために第3車両通行帯に車線変更したD運転車両の直前に第2車両通行帯から時速約63kmで車線変更した後,午後9時34分00秒には時速約29kmまで減速して著しく接近した(以下,上記被告人の一連の運転を「4度の妨害運転」という。)。

   (ウ) 被告人車両は,その後も減速して,午後9時34分9秒頃,54.8キロポスト先道路の第3車両通行帯上で停止し,その後方約2.2m地点にD運転車両が停止した。

     被告人車両とD運転車両が停止した地点の第3車両通行帯は幅3.6mで,第2車両通行帯との間には白色破線で区分線が引かれ,右側には幅0.6mの側帯が設けられている。被告人車両は前記区分線から第3車両通行帯方向に0.3mの距離に,D運転車両は同区分線から第3車両通行帯方向に1.5mの距離にそれぞれ停車し,いずれの車両もエンジンをかけていたがハザードランプを点滅させず,両車両ともテールランプを点灯させていただけであった。

  ウ D運転車両及び被告人車両停止後の状況

   (ア) 被告人は,両車両が停車した後,被告人車両から降車し,スライドドアが開いていたD運転車両2列目助手席側付近へ歩いて行き,Cに対し,「けんか売ってんのか。」「海に沈めるぞ。」「車の方に投げるぞ。」「高速道路上に投げてやろうか。」「殺されたいのか。」などと怒鳴りながら,Cの胸ぐらをつかんで(この点は,信用できるEがその旨証言し,これと符合するF供述,目撃者である丙の供述によって認定した。これに対し,被告人は「Cの二の腕をつかんだが,胸ぐらはつかんでいない」と供述するものの,この点についての被告人供述も,信用できる前記各供述と食い違いがあり,信用できない。)車外に引っ張り出そうとしたり,D運転車両内に上半身を乗り入れてCを車内に押し倒したりした。

     これに対し,Cは,「けんか売ってません。すみません。」などと謝罪し,車外に引きずり出されないように,車内にしがみついたり踏ん張ったりし,DやEは,座っていた席から,Cが車外に引きずり出されないように,Cの腕や手をつかみ,被告人に対し,謝罪し,やめるように言うなどした。

     甲は,被告人車両から降りてD運転車両付近にいた被告人に近づき,被告人の腰を両手で引っ張ったり,やめるように言ったりした後,泣き出したEをなだめ,子供がいるからやめるよう被告人に言った。

     すると,被告人は,Cから手を離し,被告人車両に歩いて戻ろうとし,甲も後から付いて行った。

   (イ) 他方,被告人車両及びD運転車両が停車していた第3車両通行帯の後方では,同通行帯を走行していた車両が,衝突を避けるために減速や停止をし,第2車両通行帯の車両の流れが途切れた際に同通行帯へ車線変更して通過して行った。

  エ 事故の発生

   (ア) 丁は,大型貨物自動車(三菱ふそうスーパーグレード。以下「丁運転車両」という。)を運転し,前方の大型トラック(キャリアカー)に追従して,第3車両通行帯を進行していたところ,前方の大型貨物自動車が急に左に車線変更し始めた。その後方最大約24mを走行していた丁は,時速約91kmで走行中,D運転車両の後方最大約53.8m地点で同車両に気付き,急ブレーキをかけると同時に左にハンドルを切ったが,午後9時36分7秒頃,D運転車両後部に衝突し,更にD運転車両の左側部及び丁運転車両が前方に停止していた被告人車両の後部に衝突し,いずれかの車両がD運転車両付近にいたC及びDに衝突した(以下「本件事故」という。)。

     なお,丁運転車両は,D運転車両を発見した地点において,制動距離が不足するためD運転車両と衝突せずに停止することは不可能であった上,第2車両通行帯では大型貨物自動車が並走していたため,第2車両通行帯に車線変更することも不可能であった。

   (イ) 本件事故により,C及びDが死亡し,E及びFが負傷し,被告人及び甲も負傷した。

  オ 付近の当時の交通量

    本件事故の現場からdインターチェンジ方向に700m余り先の55.56キロポスト地点に設置された装置によると,本件事故の前後である午後9時30分00秒から午後9時39分59秒までの10分間,第1車両通行帯は平均時速約72kmから約74kmで91台,第2車両通行帯は平均時速約80kmから約84kmで125台,第3車両通行帯は平均時速約96kmから約100kmで72台の車両が通行していた。

 (3) 争点①(直前停止行為の構成要件該当性)について

  ア 検察官は,被告人が,被告人車両を運転中,D運転車両を停止させようと企て,4度の妨害運転後に更に減速して直前停止行為に及んだという一連一体の運転行為が危険運転致死傷罪の実行行為であると主張するが,当裁判所は,被告人の4度の妨害運転は同罪の実行行為に該当するものの,直前停止行為は同罪の実行行為には該当しないと判断したので,その理由について説明する。

  イ 危険運転致死傷罪が,単に重大な死傷事故を惹起する危険性が高い行為により死傷の結果を生じさせた場合の全てを処罰対象としているわけではなく,そのうちそのような危険性の高い類型の運転行為を実行行為として抽出した上,これに該当する運転行為により人を死傷させた場合に限って特に重く処罰する趣旨であることは,同罪の制定経緯及びその規定の形式から明らかである。

    そして,自動車運転処罰法2条4号所定の重大な交通の危険を生じさせる速度(以下「速度要件」という。)とは,通行を妨害する目的で特定の相手方に著しく接近した場合に,自車が相手方と衝突すれば大きな事故を生じさせると一般的に認められる速度又は相手方の動作に即応するなどしてそのような大きな事故になることを回避することが困難であると一般的に認められる速度をいい,その下限は概ね時速約20kmないし30km程度である。こうした速度要件は,重大な交通の危険を生じさせる速度に至らない速度で割込み運転を行った場合のように重大な死傷の結果を発生させる危険が類型的に高いとまではいえない運転行為を本罪の処罰対象から除外し,本罪の重い処罰に値する程度の当罰性を有する行為を限定する趣旨で設けられている。

    そうすると,直前停止行為,すなわち,時速0kmで停止することが,一般的・類型的に衝突により大きな事故が生じる速度又は大きな事故になることを回避することが困難な速度であると認められないことは明らかである。

  ウ これに対し,検察官は,最低速度が法定され(道路交通法75条の4),停車又は駐車が禁止されている(同法75条の8)という高速道路の特質を考慮すれば,高速道路上においては低速走行や停止行為も速度要件を充たすと主張する。

    しかしながら,自動車運転処罰法2条4号の「重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」との文言によれば,運転行為として,自動車を進行させることが要求されると解され,そこに停止まで含まれると読み取ることは,文言の解釈上無理がある。そして,速度要件を求めた自動車運転処罰法の趣旨及び立法経緯からも,停止させることまで含むとする検察官の主張を採用することはできない。

    よって,被告人の直前停止行為は同条号の実行行為には当たらない。

  エ 以上の検討により,主位的訴因の実行行為について,判示のとおり認定した。

 (4) 争点②(因果関係の有無)について

  ア 危険運転致死傷罪は,自動車運転処罰法2条各号所定の運転行為により人の死傷結果が生じた場合に成立する結果的加重犯であるところ,その制定経緯や同条の文言に照らせば,運転行為と死亡結果との間に通常の因果関係があれば足り,刑法上の因果関係と別異に解する理由はない。

  イ ところで,弁護人は,直前停止行為が実行行為に含まれないとしても,本件では被告人の4度の妨害運転に内在する危険がCらの死傷結果に現実化したとはいえないから因果関係は認められないと主張するので,以下検討する。

  ウ まず,eパーキングエリアから54.8キロポスト付近に至るまでの被告人車両の動きをみると,被告人は,同パーキングエリアでCから非難されたことに憤慨し,D運転車両を停止させてCに文句を言いたいとの一貫した意思のもとで,それ自体D運転車両及びその他の車両の衝突等による重大な人身事故につながる重大な危険性を有する4度の妨害運転に及んだ。

    そして,被告人は,4度目の妨害運転後にも減速を続けて自車を停止させたものであるから,直前停止行為は4度の妨害運転と密接に関連する行為といえる。

    次に,D運転車両の動きをみると,被告人車両の短時間での4回にわたる妨害運転に対し,車線変更するなどして逃れようとするも逃れることができなかったこと,被告人の4度目の妨害運転の際の被告人車両の進入・接近状況,減速状況や当時の交通量からすると,前方の被告人車両の減速に対して回避行動をとることは困難であったといえ,被告人の4度の妨害運転により,D運転車両は停止せざるを得なかったというべきである。さらに,両車両の停車状態からすれば,D運転車両が被告人車両を避けて前方に逃れるのは困難であり,被告人車両がD運転車両の前方に停止したためにD運転車両は停止し続けることを余儀なくされたということができる。また,被告人の妨害運転により,D運転車両を運転するDは恐怖や焦り等から冷静な判断が困難になっていたと認められることからすれば,D運転車両が4度の妨害運転によって第3車両通行帯上に停止し,かつ,停止を継続したことが,不自然,不相当であるとはいえない。

    そして,両車両が停車した後,被告人がD運転車両に近づきCに対して胸ぐらをつかむ暴行を加えたり文句を言ったりしたことも,D運転車両を停止させてCに文句を言いたいとの被告人の妨害運転行為開始当初からの一貫した意思に基づくものと認められるから,やはり4度の妨害運転と密接に関連する行為といえる。

    さらに,本件事故現場は,片側3車線の高速道路の追越車線に当たる第3車両通行帯で,本件事故現場には照明灯が設置されているとはいえ当時は夜間であったこと,本件事故現場付近は相応の交通量があったことを踏まえれば,高速道路を走行する車両は,通常,車線上に停止車両がないことを前提に走行しているのであるから,D運転車両の後続車は停止車両の確認が遅れがちとなり,その結果,後続車が衝突を回避する措置をとることが遅れて追突する可能性は高く,かつ,一旦そのような事故が発生した場合のCらの生命身体に対する危険性は極めて高かったと認められる。

    また,本件事故は,被告人車両及びD運転車両が停止してから2分後,被告人がCに暴行を加えるなどした後,被告人車両に戻る際に発生したもので,前記の追突可能性が何ら解消していない状況下のものであった。

  エ 以上によれば,本件事故は,被告人の4度の妨害運転及びこれと密接に関連した直前停止行為,Cに対する暴行等に誘発されて生じたものといえる。そうすると,Cらの死傷結果は,被告人がD運転車両に対し妨害運転に及んだことによって生じた事故発生の危険性が現実化したにすぎず,被告人の妨害運転とCらの死傷結果との間の因果関係が認められる。弁護人の主張は採用できない。

 (5) よって,第3事件について,主位的訴因である危険運転致死傷罪が成立すると判断した。

2 第1事件について

 (1) 被告人及び弁護人は,判示第1記載の日時場所において,被告人が被告人車両を運転して走行し,Aの運転する普通貨物自動車(以下「A運転車両」という。)に追い越されたことに憤慨し,同車を停車させた上,Aに文句を言おうと考え,クラクションを鳴らしたりA運転車両の進路前方に自車を停車させたりしたこと,A運転車両が停車した後,運転席側付近に近づいて同運転席側窓ガラス及びフロントガラスを手で叩いたことは争わないが,被告人は,Aを降車させる考えはなく,パッシングをしたことも,「出て来いや。」などと怒号して降車を要求したこともないと供述し,弁護人も,被告人がAに対し降車を強要した事実はないから,強要未遂罪は成立しないと主張するので,以下検討する。

 (2) Aは,当公判廷で,判示第1記載の事実に沿う証言をしているところ,追い越した後に後方で蛇行し始めた被告人車両が自車を追い抜いて行くように交差点手前で右折車線に入った際の状況等,被害に関する一連の状況について自然で具体的かつ合理的な供述をしていること,被告人の言動に身の危険を感じて110番通報したことと整合すること,被告人とは本件以前に面識がなく,特別な関係もないから虚偽供述の動機がないと認められ,以上によれば,証言の信用性は高いと認められる。

 (3) これに対し,被告人は,Aの証言に反する供述をしているところ,前記交差点手前でA運転車両が直進車線を進行していたにもかかわらず,右折すると思って,自車を右折車線上で停止させたと述べるなど,不合理で不自然な点が多いことに照らし,信用できない。

 (4) 以上のとおり,信用できる前記A証言によれば,被告人が判示第1記載のとおりの暴行脅迫を加えてAに対し降車を強要した事実が認められ,A証言から認定できる被告人の暴行態様や脅迫文言に照らせば,強要の故意があったことも明らかであるから,強要未遂罪が成立する。

3 第4事件について

 (1) 被告人及び弁護人は,判示第4記載の日時場所において,被告人が普通乗用自動車(以下,本事件において被告人が運転していた車両を「被告人レンタル車両」という。)を運転して走行し,Gの運転する普通貨物自動車(以下「G運転車両」という。)に追い抜かれたことに憤慨し,同車を停車させた上,Gに文句を言おうと考えたこと,G運転車両が停車した後,運転席側付近に近づいて同運転席側窓ガラスを手で叩いたことは争わないが,被告人は,Gを降車させる考えはなく,G運転車両の進路前方に車線変更した上,減速して自車をG運転車両に接近させるなどしたこと,G運転車両の助手席側付近に近づいて助手席側ドアノブを引っ張るなどしたこと,助手席側窓ガラスを手で叩いたこと,「出て来いちゃ。」などと怒号するなどして降車を要求したことはいずれもないと供述し,弁護人も,被告人がGに対し降車を強要した事実はないから,強要未遂罪は成立しないと主張するので,以下検討する。

 (2) Gは,当公判廷において,判示第4記載の事実に沿う証言をしているところ,被告人レンタル車両を追い抜いた状況等,被害に関する一連の状況について自然で具体的かつ迫真性のある供述をしていること,被告人の言動に身の危険を感じて110番通報したことと整合すること,被告人とは本件以前に面識がなく,特別な関係もないから,虚偽供述の動機がないと認められ,以上によれば,証言の信用性は高いと認められる。

 (3) これに対し,被告人は,Gの証言に反する供述をしているところ,被告人が走行中にG運転車両の助手席ドアに触れた態様等,不合理で不自然な点が多いことに照らし,信用できない。

 (4) 以上のとおり,信用できる前記G証言によれば,被告人が判示第4記載のとおりの暴行脅迫を加えてGに対し降車を強要した事実が認められ,G証言から認定できる被告人の暴行態様や脅迫文言に照らせば,強要の故意を有していたことも明らかであるから,強要未遂罪が成立する。

(法令の適用)

 被告人の判示第1及び第4の各所為はいずれも刑法223条3項,1項に,判示第2の所為は同法261条に,判示第3の1の所為のうち,危険運転致死の点は被害者ごとに自動車運転処罰法2条4号(人を死亡させた場合)に,危険運転致傷の点は被害者ごとに同法2条4号(人を負傷させた場合)に,判示第3の2の所為は刑法208条にそれぞれ該当するところ,判示第3の1は1個の行為が4個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重い別表番号2のDに対する危険運転致死罪の刑で処断することとし,判示第2及び第3の2の各罪についていずれも所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第3の1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役18年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中260日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

 本件は,被告人が,Cに駐車方法を非難されたことに憤慨し,被害車両を停止させて文句を言おうと考え,高速道路上で妨害運転に及んで被害車両を第3車両通行帯上に停車させ,その際,Cに暴行を加え,後続の第三者の車両に追突させて死傷させた事案(第3事件),各被害者に追い越されたこと等に立腹して文句を言おうと考え,各車両を停車させ,窓ガラスやフロントガラスを叩くなどしながら怒鳴って降車を強要したが,未遂にとどまった事案(第1事件及び第4事件),被害車両のドアを足蹴りして損壊させた事案(第2事件)である。

 まず,量刑の中心となる第3事件についてみると,被告人は,夜間で相応の交通量がある高速道路において,短時間に4回もの妨害運転を行ったもので,それ自体危険な態様である上,その後,被害車両が第3車両通行帯に停止することを余儀なくさせ,さらに,Cに暴行を加えるなどして2分間その場に留め置いたが,当時の付近の交通量や周辺車両の走行状況に照らせば,被害者らの生命・身体に対する危険は極めて高かったと認められる。また,被告人は,何度も止められたにもかかわらず妨害運転や暴行に及んでおり,強固な犯意に基づく執拗な犯行である。

 複数人が死傷したという本件の結果は重大で,家族旅行の帰りに,突如その生命を奪われたC及びDの無念さは察するに余りある。両親を一度に失った未成年者Eら遺族の悲しみは深く,被告人に対し厳罰を求めるのも当然である。

 被告人は,被害者らが乗車する車両を高速道路上に停止させて文句を言いたいという身勝手かつ自己中心的な動機から短絡的に犯行に及んでおり,酌むべき余地はない。なお,被告人の本件犯行は,eパーキングエリアで被告人がCから非難されたことがきっかけとなっているが,そもそも,被告人が駐車場所に駐車することができたのに通路上に自車を駐車していたことが問題であり,非難を受けたからといって本件犯行に及ぶのは常軌を逸しており,かかる事情を被告人に有利に酌むことはできない。

 以上によれば,E及びFの傷害結果が重くはないことを踏まえても,第3事件の危険運転致死傷は,複数人が死傷した同事案の中でも重い部類に属するものといえる。

 次に,第1事件,第2事件及び第4事件についてみると,いずれの犯行も自車が追い越されたこと等に立腹し,各車両を停車させて文句を言いたいという身勝手かつ自己中心的な経緯及び動機に基づくものである。また,第1事件及び第4事件における各車両を停車させるまでの運転態様や各被害者に降車を迫る言動は,各被害者に恐怖感を与えるものである。第2事件の器物損壊の損害額も少額ではない。

 以上に加え,被告人が,約3か月半の間に4件の犯行を行ったことは強い非難に値する。

 なるほど,被告人は,当公判廷で,第2・第3事件の事実は概ね認め,二度と運転しないなどと反省の弁を述べてはいるが,真摯に反省しているとまでは評価できない。

 そうすると,被告人の刑事責任は重大であり,被告人車両が対人・対物無制限の保険に加入しており,今後,第3事件の被害者側に対して相当額の損害賠償が見込まれることなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても,主文掲記の刑は免れないところである。

(求刑 懲役23年)

    横浜地方裁判所第1刑事部

        裁判長裁判官  深沢茂之

           裁判官  伊東智和

           裁判官  澁江美香

 あおり運転の厳罰化や、一定の違反歴がある75歳以上への実車試験導入を盛り込んだ改正道交法が2020年6月2日、衆院本会議で可決、成立した。

 

  高齢運転者対策は、一定の交通違反歴がある75歳以上に対し、免許更新時に実際に車を運転して能力を確かめる運転技能検査(実車試験)を義務付ける。不合格なら免許更新できない。繰り返し受験可能。合格者はさらに認知機能検査を受ける。「認知症の恐れなし」と判定されると高齢者講習に進み、「恐れあり」の人は医師の診断を仰ぐ。

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