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カテゴリ: 民法

三代川三千代裁判長名判決 黒川建設事件 東京地裁平成13年 退職金等請求事件

労働判例百選9版 2事件 菅野10版12版掲載

東京地方裁判所判決/平成9年(ワ)第13308号

              平成13年7月25日

【判示事項】       1 少なくとも退職金の算定に関しては,取締役という地位は,部長の上位に位置する管理職の一つと捉えられ,従業員は役員に就任した後も退職金規定にいう従業員たる身分を失わず,役員就任の期間も通算して退職金の額を算出することを当然の前提としていたとして,原告らは,取締役に就任した後も,就業規則により退職金支給を受ける従業員であるとされた例

             2 株式会社において,法人格が全くの形骸にすぎないというためには,単に当該会社の業務に対し他の会社または株主らが,株主たる権利を行使し,利用することにより,当該株式会社に対し支配を及ぼしているというのみでは足りず,当該会社の業務執行,財産管理,会計区分等の実態を総合考慮して,法人としての実体が形骸にすぎないかどうかを判断するべきであるとされた例

             3 S企画設計事務所は,外形的には独立の法主体であるとはいうものの,その実態は,分社・独立前と同様,グループの中核企業である被告会社の一部門と何ら変わるところはなく,被告代表取締役は,グループの社主として,直接自己の意のままに自由に支配・操作して事業活動を継続していたのであるから,S企画設計事務所の株式会社としての実体は,もはや形骸化しており,その法人格は否認されるとされた例

             4 被告会社および被告代表取締役は,いずれもS企画設計事務所を実質的に支配するものとして,S企画設計事務所が原告らに対して負う未払賃金・退職金債務についての責任を免れないとされた例

【掲載誌】        労働判例813号15頁

             労働経済判例速報1794号3頁

 

       主   文

 

 1 被告らは,連帯して,原告甲野一郎に対し,4731万4800円並びにうち496万5000円に対する平成9年5月1日から支払済みまで年1割4分6厘の割合による2金員及びうち4234万9800円に対する同年7月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 2 被告らは,連帯して,原告乙山二郎に対し,2054万3040円並びにうち399万6000円に対する平成9年5月1日から支払済みまで年1割4分6厘の割合による金員及びうち1654万7040円に対する同年7月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 3 原告らのその余の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は被告らの負担とする。

 5 この判決は,第1及び第2項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

 第1 請求

1 被告らは,各自,原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)に対し,4740万6750円並びにうち496万5000円に対する平成9年5月1日から支払済みまで年1割4分6厘の割合による金員及びうち4244万1750円に対する同年5月8日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 被告らは,各自,原告乙山二郎(以下「原告乙山」という。)に対し,2074万5581円並びにうち399万6000円に対する平成9年5月1日から支払済みまで年1割4分6厘の割合による金員及びうち1674万9581円に対する同年5月8日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 第2 事案の概要

1 本件は,株式会社シャトー企画設計事務所(以下「シャトー企画設計事務所」という。)を退職した原告らが,被告丙川太郎(以下「被告丙川」という。)及び被告株式会社黒川建設(以下「被告黒川建設」という。)はシャトー企画設計事務所を実質的に支配しているから法人格否認の法理が適用されるべきであり,また,原告らの退職金については被告黒川建設が重畳的債務引受をしたと主張の上,未払賃金及び未払退職金を被告らに対し請求する事案である。

2 前提となる事実

(1) 当事者等

 ア 被告黒川建設は,昭和52年7月22日に設立され,土木建築及び建設業務全般に関する業務等を営む株式会社であり,被告丙川は,被告黒川建設の代表取締役の1人である(〈証拠略〉)。

 イ 原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)は,昭和34年4月1日,株式会社シャトーテル(当時の商号は株式会社黒川建設。昭和52年9月に商号を変更。以下,商号変更の前後を通じ「シャトーテル」という。)に期間の定めなく雇用され,昭和45年3月同社取締役に就任した。昭和52年7月,被告黒川建設設立と同時にその取締役に就任し,同年9月以降はシャトー企画設計事務所の取締役をも兼任していたが,平成元年4月1日付けで,シャトー企画設計事務所の代表取締役に就任するとともに被告黒川建設の取締役を退き,平成9年4月末日をもってシャトー企画設計事務所を退職した(以上,〈証拠略〉)。

 ウ 原告乙山は,昭和38年3月26日,シャトーテルに期間の定めなく雇用され,昭和55年4月1日付けでシャトー企画設計事務所設備部部長に任命され,昭和62年4月1日付けで同社の常務取締役に,平成元年4月1日付で同専務取締役に各就任し,平成9年4月末日をもって同社を退職した(〈証拠略〉)。

 エ シャトー企画設計事務所は,昭和52年3月に設立された株式会社であり,その発行済株式合計4万株のうち,2万株は被告黒川建設が,1万6000万(ママ)株は株式会社シャトー興業(以下「シャトー興業」という。)が,2000株は株式会社シャトー殖産(同社は,「株式会社まるこう」,「株式会社丸徳不動産」との商号を有していた時期もあるが,以下,商号変更の前後を通じて「シャトー殖産」という。)が,1300株は被告丙川が,それぞれ保有している。

 なお,被告黒川建設の発行済株式の95パーセントと,シャトー興業の発行済株式の90パーセントは,いずれもシャトー殖産が保有しており,シャトー殖産の発行済株式の99パーセントは,被告丙川の長男である丙川三郎が保有している(以上は争いがない。)。

 オ 被告黒川建設及びシャトー企画設計事務所には,シャトー殖産,シャトー興業の他にも株式会社シャトー小金井(以下「シャトー小金井」という。)など複数の関連会社があり,これら関連会社は,「黒川建設シャトーグループ」(以下「シャトーグループ」という。)と総称されていた(〈証拠略〉)。

(2) 就業規則

 ア シャトー企画設計事務所及び被告黒川建設は,いずれも昭和63年12月1日に実施し,平成元年12月22日に中央労働基準監督署に対して届け出た就業規則を有するところ,この両社の就業規則は,全く同一内容のものである(被告黒川建設の就業規則は,平成5年12月1日に4条の一部が変更されているが,実質的な変更ではない。)(〈証拠略〉)。

 イ シャトー企画設計事務所及び被告黒川建設の各就業規則(以下,一括して「本件就業規則」という。)には,賃金の支払時期につき,従業員が退職又は解雇されたときには事後7日以内に支払うとの条項(第46条)があるほか,退職金に関し次の条項が存する(〈証拠略〉)。

 「(退職金の支給)

 第60条 従業員が下記の各号に該当する事由により退職した時は退職金を支給する。

  (中略)

  5 従業員が自己の都合で退職した時

  6 従業員が会社の都合で解雇された時

  (後略)

 (退職金の算定方法)

第62条 第60条第1号,第2号,第6号に該当する従業員の退職金は別表第1による

  第60条第3号,第4号,第7号に該当する従業員の退職金は別表第1の6割を支給する。

  第60条第5号に該当する従業員の退職金は別表第1を基準とし別表第2により支給する。

  別表第1の勤続期間の計算は次のとおりとする。

  1 勤続期間の起算は入社日よりとする。

  2 勤続年数の計算に1年未満の端数を生じたときは6か月未満は切捨てとし,6か月以上の場合,基準値Kは翌年度のKとの中間値をもって基準値とする。

  3 休職期間は勤続年数に算入しない。

 (退職金算定方法の変更)

第65条 退職金算定の方法は貨幣価値の変動,給与形態の変更等により適宜変更することがある。」

 ウ 本件就業規則に関連して,退職金算定に関する内規(以下「本件内規」という。)が存在するが,本件内規による退職金算定方法は次のとおりである(争いがない。)。

  (ア) 退職金の算定は,次の式による。

基本算定方式=(基本給+物価給+付加給)×K(係数)×支給率

  (イ) 基本給+物価給は,原則としては,各従業員の給与明細表中の「基本・物価給」欄の金額であるが,本件内規により設定された現在の上限金額は10万1000円である。

  (ウ) K(係数)は,原則として,本件就業規則の別表第1のとおりであるが,本件内規により,勤続年数36年の場合は90,37年以上の場合は100とされている。

  (エ) 支給率は,自己都合退職の場合,別表第2のとおりであるが,本件内規により,退職事由に関わりなく,勤続年数28年以上で退職時年齢50歳以上の場合は110パーセント,勤続年数35年以上で退職時年齢57歳以上の場合は120パーセント,勤続年数38年以上で退職時年齢60歳以上の場合は150パーセントとされている。

(3) 原告らは,前記のとおり,シャトーテルに入社し,平成9年4月末日をもってシャトー企画設計事務所を退職したが,この間,在籍したいずれの会社からも退職金の支払を受けていない(争いがない。)。

3 争点

(1) 原告らは,本件就業規則60条にいう「従業員」か。

(2) 被告らは,法人格否認の法理の適用により,原告らに対して未払賃金債務及び未払退職金債務を負うか。

(3) 被告黒川建設は,重畳的債務引受により,原告らに対して未払退職金債務を負うか。

(4) 原告らの未払賃金及び未払退職金の額

4 当事者の主張の骨子

(1) 争点1(原告らは,本件就業規則60条にいう「従業員」か)

 ア 原告ら

 取締役が従業員性を有するか否かの判断は,①使用従属関係の有無(職務の内容・遂行方法,職務権限,勤務時間・勤怠の管理状況,雇用保険,退職金共済等への加入状況),②労働の対価としての賃金支払の有無,③取締役就任の際に一旦退職し,退職金を受領しているか否か,がメルクマールになり,これらの要素を総合的に勘案して決すべきである。

 そして,原告らについては,以下のとおり,シャトーテル入社後,形式上,シャトーグループの会社の取締役の地位にあった期間も含めて,本件就業規則60条にいう「従業員」に該当することは明らかである。

  (ア) 職務の内容・遂行方法

 もともとシャトー企画設計事務所は,シャトーテルの設計部,設備部及び四国支店の設計課を独立・別法人化させ,かつ,同各部署所属の従業員全員を転籍させて設立された会社である。そして,原告甲野は,シャトーテル,被告黒川建設の各取締役就任,シャトー企画設計事務所の代表取締役就任後も,その担当する職務内容及び職務遂行の方法にはまったく変化はなかった。また,原告乙山は,昭和52年3月のシャトー企画設計事務所の独立・別法人化と同時に,シャトーテルの設計部長から横滑りしてシャトー企画設計事務所の取締役となったのである。

  (イ) 職務権限

 原告らは,シャトー企画設計事務所の経営方針・計画の策定についてさえ,シャトーグループの「社主」である被告丙川の強力な指揮監督の下でその権限を行使していたにすぎず,裁量権はまったく与えられていなかった。

  (ウ) 勤務時間管理

 原告らは,シャトーテルや被告黒川建設の取締役であった時も,シャトー企画設計事務所の取締役であった時も,勤務時間及び勤務日につき一般従業員と同様厳しく管理され,欠勤・遅刻・早退などによる賞与の減額も存在した。また,一般従業員が午前8時30分始業であるのに対して,部長以上の者はシャトーグループ所属のグループ会社の取締役も含めて全員が午前7時55分からの被告丙川主催の部長朝礼に出席することが義務付けられていた。

  (エ) 雇用保険の加入等

 原告らは,シャトー企画設計事務所の取締役就任後雇用保険に加入していない時期があったが,これは取締役は一律に雇用保険に加入できないとの社会保険事務所の取扱いによるものにすぎず,本件において過大に評価されるべきではない。

  (オ) 賃金(労働の対価性)

 原告らに対する賃金体系は,シャトー企画設計事務所の取締役となった後も従業員と同じであり,役員報酬としての体裁も一切なく,金額の決定も,株主総会や取締役会の決定によらず,シャトーグループ「社主」たる被告丙川が決定していたから,原告らの給与が労働の対価であることは明らかである。

  (カ) 取締役就任時の退職金の清算の有無

 原告らがそれぞれ取締役に就任したときに,退職金の清算は一切されなかった。

 イ 被告ら

 原告らは,シャトー企画設計事務所の代表取締役ないし取締役であって従業員ではない。また,原告甲野は,シャトー企画設計事務所の代表取締役として,商法上の代表取締役としての権限を行使していた。

 したがって,原告らは,シャトー企画設計事務所の代表取締役ないし取締役に就任した後は,本件就業規則60条の「従業員」には該当せず,就業規則に基づく退職金の支払請求権はない。

(2) 争点2(被告らは,法人格否認の法理の適用により,原告らに対して未払賃金債務及び未払退職金債務を負うか。)

 ア 原告ら

 被告らは,以下の(ア)ないし(ウ)のとおり,実質上経済的に一体のものとしてシャトー企画設計事務所の業務・財産を一般的に支配し,シャトー企画設計事務所を企業活動の面において現実的・統一的に管理・支配している。したがって,本件においては,シャトー企画設計事務所の法人格は否認され,被告丙川及び被告黒川建設こそが原告らに対する後記未払賃金及び未払退職金の支払義務を負うものである。

  (ア) シャトー企画設計事務所の発行済株式合計4万株のうち98.25パーセントが実質的に被告らによって所有されていること

 被告丙川は,株式を有する者が会社の実権を有し,かつ,自己の会社は自己と一体であるとの思想を有していた。被告丙川のこうした確たる思想を念頭にシャトー企画設計事務所の株式所有関係を見るならば,それがシャトー企画設計事務所の業務・財産を支配するに足るものであることは明らかである。

 また,被告黒川建設も,上記の株式所有関係を前提に,シャトー企画設計事務所の事業活動が事実上被告黒川建設の支配下にあって,実質的には親子会社と同等の関係にある旨対外的に表明している。

 なお,シャトー企画設計事務所の発行済株式の90パーセントは,被告黒川建設及びシャトー興業が保有し,この両社の各発行済株式の90パーセント以上を保有するシャトー殖産の99パーセント株主は,名目上丙川三郎であるが,同人が被告丙川の実子であることや,その年齢を考慮すると,実質的に株主権を有しているのは被告丙川である。

  (イ) 被告丙川,同黒川建設が,シャトー企画設計事務所をあらゆる企業活動の面において現実的・統一的に管理・支配していること

   a シャトー企画設計事務所も含めて,シャトーグループ所属の各社は,被告丙川が独断で設立及びその「消去」を決定している。

   b シャトーグループでは,「社主」たる被告丙川の意思は,被告黒川建設に置かれた統括本部(シャトーグループ企業各社を統括する部署)とその下の総務本部(シャトーグループ全体の総務関係の事務を統括的に取り扱う部署)及び財務本部(シャトーグループ全体の財務関係の事務を統括的に取り扱う部署)から,グループ各社の末端に至るまで何重にも張りめぐらされた指揮命令系統を通じて,グループ内の隅々まで徹底され浸透していた。また,シャトーグループには,総合取締役会や合同取締役会のほか,平成3年度に新たに,グループ所属の各社の社長からなり,グループ会社の組織,人事,従業員の給与及び賞与,事業計画等に関する討議を行う社長会が設置された。この社長会の議題も,被告丙川が実質上決めていた。

   c 原告らは,シャトー企画設計事務所の取締役であるにもかかわらず,受給していたのは「給与」であり,しかもその金額は社主である被告丙川が自ら決裁して決定していた。

   d シャトーグループでは,グループ所属各社の取締役の任命権限は,実質的に各社の株式のほとんどを所有する被告丙川の意向に従って決定された。

 シャトー企画設計事務所においても,その従業員の採用・退職や昇進・昇格については,一々シャトーグループ総務本部を通じて被告丙川の許可・決裁を得なければならない状況にあった。また,上記従業員の賃金・賞与の決定は,人事評価の結果により最終的に被告丙川が決定していた。

   e シャトー企画設計事務所には見るべき「資産」はなく,その収入はシャトーグループ財務本部によって管理されており,シャトー企画設計事務所の代表取締役の地位にあった原告甲野にさえ,実質上処分権が与えられず,被告丙川の支配下にあった。また,シャトー企画設計事務所が日常の業務遂行に必要な細々とした支出をする場合でも,原告らは,常に伝票を起こし,シャトーグループ財務本部を通して被告丙川の承認を得た上で,財務本部から支払をしてもらわなければならなかった。

 さらに,被告らは,シャトー企画設計事務所に対し諸種の高額な費用負担を強い,原告らがその減額を願い出ても拒否した。

   f シャトーグループでは,各種契約の締結や官公署への許認可申請の一部などについても事前に社主である被告丙川の承認を得ることとされており,その他各社社長は,権限の範囲内の業務であっても重要なものについては事前に社主の承認を得るものとされ,権限の範囲内の業務で事前承認を得ない事項についても,実施後遅滞なく社主に報告しなければならないとされていた。このように,被告丙川は,シャトーグループ各社を設立・別会社化した後も,各社の社長に事前承認や事後報告を義務付け,契約書等の原本も提出させることで,シャトーグループ内の各社をあたかも一企業の事業部門のごとく本来の企業活動の面で掌握していたのである。さらに,被告丙川は,シャトーグループ所属各社の経理数値も自ら操作を加えて決定し,グループ各社の監査結果を報告させた上,これを精査して事細かに指示を行なっていた。

  (ウ) 多額の諸費用負担等によるシャトー企画設計事務所の利益の吸い上げ構造をとっていること

 被告らは,本館ビル,別館ビルにおける法外な事務所賃料,多額の建物管理費,健康管理指導料や本来被告黒川建設が負担すべき財務本部及び総務本部の各種保険料や人件費その他の不当に高額な諸費用の負担をシャトー企画設計事務所に強いることで,シャトー企画設計事務所の利益吸い上げの構造を作っていた。

 上記諸費用負担額は,被告ら(具体的には被告丙川の支配下にある財務本部及び総務本部)が決定しており,原告らが不当に高額であるとして何度減額を願い出ても,被告丙川はこれを聞き入れなかった。

 イ 被告ら

 法人格否認の法理において,第三者がその法人の債務を負担するものとされるのは,法人格が全くの形骸にすぎない場合や,法人格が法律の適用を回避するために濫用されている場合と解するべきところ,本件はこのいずれにも該当しない。以下詳論する。

  (ア) シャトー企画設計事務所の法人格が全くの形骸にすぎないということはない。

   a 被告黒川建設は昭和52年に設立され,シャトー企画設計事務所からは法人として独立している。また,シャトー企画設計事務所は,設立時より就業規則を有しておりこれを労働基準監督署に届け出ている。シャトー企画設計事務所を設立し,原告らを代表取締役ないし取締役に就任させ,その給料を決定しているのは被告丙川であるが,これは,株主である丙川三郎の代理人としての当然の権利行使にすぎない。

 また,総合取締役会,合同取締役会等の原告主張の会合が種々行われていることや,総務本部,財務本部が存在し,被告丙川が最終的に種々の決定をしていることは事実であるが,前者については,シャトーグループ全体の連絡のために当然必要な会合であって,通常の企業ではどこでも行われていることであり,後者については,株主の代理人としての行為である。

   b 従業員はシャトー企画設計事務所が雇用し,給料を支払っている。

 シャトーグループ各社における従業員の採用面接等は各会社の社長が行い,かつ決定しており,シャトー企画設計事務所においても,原告甲野がこれを行っていた。また,被告丙川が,平成5年ころ,シャトー企画設計事務所の経営状態が悪化したため同社従業員のリストラを原告甲野に要請しても原告甲野は応じず,むしろ新しく採用したりしている。

 さらに,同社従業員の退職金の決定等も原告甲野に委(ママ)されていた。また,原告甲野ら取締役の給料は被告丙川が決定し,決裁書類に捺印しているが,従業員の給料については,被告丙川が捺印した書類はない。従業員の問題について被告丙川が種々意見を述べ,その決定権が被告丙川にあるとしても,株主の代理人としての権限行使であり,法人格否認の法理には関係ないことである。

   c シャトー企画設計事務所の営業等についても,代表取締役である原告甲野が,シャトー企画設計事務所の銀行印及び代表印を所持し,毎月の経理を管理し,同社の事業について契約を締結し,資金繰りも行っていた。

 被告丙川は,原告甲野に対し,シャトー企画設計事務所本社の賃料が高いことから,賃料の安いシャトー小金井所有のビルに移るよう勧め,また,平成6年ころ,シャトー企画設計事務所の経営状態が悪化してきたので,同社を解散したらどうかという話をしたが,原告甲野は,いずれも拒絶し,被告丙川の勧めに応じなかった。

   d 原告らは,被告黒川建設が不当にシャトー企画設計事務所の利益を吸い上げていると主張するが,全く事実に反し,むしろ被告黒川建設及びグループ各社は,シャトー企画設計事務所に対して,実際に設計依頼をせず,業務も行っていないにもかかわらず設計料を支払ったり,通常より多くの設計料を支払うなどして多額の援助をしている。

   e シャトー企画設計事務所の経理,決算もきちんと行われている。

  (イ) 「法律の適用を回避するために濫用されている」こともない。

   a 被告らは,被告黒川建設の収入をシャトー企画設計事務所に隠したり,シャトー企画設計事務所から不当に利益を収得したりしてはいない。むしろ,被告らは,シャトー企画設計事務所に対する資金的な支援をしている。

 原告らは,シャトー企画設計事務所が諸費用や立替金等を支払っている事実をもって利益の吸い上げと主張するが,これらは,他のシャトーグループ各社の諸費用等と比べて均衡を損なうものではない。

   b 被告丙川及び同人の親族等の関係者や株主は,シャトー企画設計事務所から,設立時以来給与や報酬その他の金員を受領していない。

 かえって,シャトー企画設計事務所の業績は,原告甲野の代表取締役就任当初以来収益前倒しをしなければ黒字決算できない状況にあって,経営が厳しくなっているにもかかわらず,原告甲野は,自身の高額の収入を確保していた。

   c シャトー企画設計事務所のシャトーグループ各社に対する債務の未払は,平成5年ころから続き,平成9年6月には黒川建設とシャトー殖産に対する債務の合計額は1億3460万7999円であった。

 このうち,被告黒川建設に対する債務は同月30日現在で4686万4749円であり,この額は賃料・諸費用月額354万4500円の13か月分以上に相当する。また,シャトー殖産に対する債務は同日現在で8774万3250円であり,賃料・諸経費・人件費月額409万6158円の21か月分以上に相当する。

(3) 争点3(被告黒川建設は,重畳的債務引受により,原告らに対して未払退職金債務を負うか。)

 ア 原告ら

 同一の企業グループ内において退職金の算定基礎となる勤続年数につき,同一企業グループに属する他社での勤続年数を通算することとされる場合,異動前企業を退職し異動先の企業に異動する労働者は,同一企業グループ外に離脱する時を不確定期限とする,同一企業グループ内における通算在職期間に応じた退職金を受け取ることができる抽象的な権利ないし法的地位を取得すると解するべきであるが,退職金請求権保護の重要性に鑑み,異動前企業が同一グループ内でも中核企業ないし親会社の地位にあり,かつ,異動先企業が異動前企業の一部門を独立させた企業である場合や,異動前企業の子会社の立場にある場合には,当該労働者の上記権利ないし法的地位に対応する退職金債務について一切免責されるのではなく,異動先企業と共に重畳的に債務を引き受けると解するのが,当事者の合理的意思及び社会的公平に合致する。

 本件においては,被告黒川建設は,シャトーグループ内部の中核企業であり,シャトー企画設計事務所の親会社であるから,被告黒川建設は,シャトー企画設計事務所が負担する原告らに対する退職金債務を重畳的に引き受けたというべきである。したがって,原告らは,シャトーグループを離脱した日である平成9年4月30日に,シャトー企画設計事務所のみならず,被告黒川建設に対しても退職金請求権を取得したと解するべきである。

 イ 被告ら

 被告黒川建設は,昭和52年7月22日の設立以来自らの努力で会社を営業してきたものであって,シャトー企画設計事務所の親会社の立場にはなく,被告黒川建設より先に設立されたシャトー企画設計事務所の債務を重畳的に引き受ける義務を負うこともない。また,被告黒川建設がシャトー企画設計事務所の従業員の退職金の支払債務を重畳的に引き受ける契約をしたことも,これに同意したこともない。

 被告黒川建設は,シャトー企画設計事務所から何らの利益も得ておらず,むしろ設計料の名目で多額の資金を援助しており,かつ,同社に対し,4686万4749円の債権を有している。この金額は,本件において問題となっている退職金以上の金額である。この未払債務がありながら,原告らは,平成5年以降も高額の給料収入を得ていたものであり,これらの収入は被告黒川建設の負担によって得ていたものと考えられるのである。したがって,被告黒川建設が退職金の支払義務を重畳的に負うものではない。

(4) 争点4(原告らの未払賃金及び未払退職金の額)

 ア 原告ら

  (ア) 原告らの未払賃金は次のとおりである。

 原告甲野 合計496万5000円

 (平成8年11月分~平成9年4月分,月額82万7500円)

 原告乙山 合計399万6000円

 (平成8年11月分~平成9年4月分,月額66万6000円)

  (イ) 本件就業規則及び本件内規は,シャトーグループ全体の就業規則及び内規である。そして,これに基づき,原告らの退職金を算定すると次のとおりとなる。

   a 原告甲野

 (a) 基本給+物価給 10万1000円

 (b) 付加給 18万1945円

  上記付加給は,左記金額の合計額である。

 ・1万円×5か月(係長在職月数)÷457か月(勤続月数)=109円

 ・5万円×74か月(課長在職月数)÷457か月(勤続月数)=8096円

 ・7万円×13か月(部長在職月数)÷457か月(勤続月数)=1991円

 ・11万円×109か月(取締役在職月数)÷457か月(勤続月数)=2万6236円

 ・15万円×120か月(常務取締役在職月数)÷457か月(勤続月数)=3万9387円

 ・50万円×97か月(代表取締役在職月数)÷457か月(勤続月数)=10万6126円

 (c) K(係数) 100

 (d) 支給率 150パーセント

 (e) 原告甲野の未払退職金額

  (10万1000円+18万1945円)×100×1.50=4244万1750円

   b 原告乙山

 (a) 基本給+物価給 10万1000円

 (b) 付加給 8万4242円

  上記付加給は,左記金額の合計額である。

 ・1万円×95か月(係長在職月数)÷410か月(勤続月数)=2317円

 ・5万円×27か月(課長在職月数)÷410か月(勤続月数)=3292円

 ・7万円×132か月(部長在職月数)÷410か月(勤続月数)=2万2536円

 ・15万円×24か月(常務取締役在職月数)÷410か月(勤続月数)=8780円

 ・20万円×97か月(専務取締役在職月数)÷410か月(勤続月数)

  =4万7317円

 (c) K(係数)82.2

 (d) 支給率  110パーセント

 (e) 原告乙山の未払退職金額

  (10万1000円+8万4242円)×82.2×1.10=1674万9581円

  (ウ) よって,①原告甲野は,被告らに対し,未払賃金及び未払退職金として,連帯して4740万6750円並びにうち496万5000円に対する最終の支払日の翌日である平成9年5月1日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項及び同法施行令1条所定の年1割4分6厘の割合による遅延利息及びうち4244万1750円に対する弁済期の翌日である同年5月8日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を,②原告乙山は,被告らに対し,未払賃金及び未払退職金として,連帯して2074万5581円並びにうち399万6000円に対する最終の支払日の翌日である平成9年5月1日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項及び同法施行令1条所定の年1割4分6厘の割合による遅延利息及びうち1674万9581円に対する弁済期の翌日である同年5月8日から支払済に至るまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める。

 イ 被告ら

  (ア) 原告らの主張する未払賃金債務が存在することは認めるが,これらの債務者は,シャトー企画設計事務所であって,被告らではない。

  (イ) 本件内規は,被告黒川建設の内規である。

 原告らの主張する退職金額の計算のうち,基本給+物価給の額及びK(係数)の値は認める。課長及び部長について付加給が存在することは認めるが,係長,取締役,専務取締役,常務取締役及び代表取締役には付加給はない。また,原告乙山の部長在職月は36か月である。

 さらに,シャトー企画設計事務所が原告らに対し退職金を支払っていない事実は認めるが,被告らは原告らに対し退職金債務を負うものではない。

 第3 争点に対する判断

1 シャトーグループの形成とその組織について

 証拠によれば,次の事実が認められる。

(1) グループの形成

 被告丙川は,昭和30年ころ,それまで個人で行なっていた設計業務をシャトーテルに移し(シャトーテルの設立自体は昭和25年8月),以後,建築設計・施工,マンション・ビルの建築分譲,ホテル・レストラン経営等に業務分野を拡大させ,昭和40年代に,分譲したマンションの管理等を行なう株式会社シャトー管理,株式会社シャトー海洋調査(旧商号株式会社シャトー水路測量),株式会社シャトー貿易,リゾート開発等を行なうシャトー興業,不動産仲介等を行なう株式会社シャトー不動産,レストラン等の経営を行なう株式会社シャトーレストラン(旧商号シャトーホテルレストラン)等の関連会社を設立した。

 しかし,昭和50年にホテル「シャトーテル赤根崎」を建築するため多大な債務を負担したことを契機に,シャトーテルの資金繰りが悪化したため,被告丙川は,昭和52年3月,シャトー企画設計事務所を設立してシャトーテルの行っていた設計業務を,同年7月,被告黒川建設を設立してシャトーテルの行っていた建設業務を,それぞれ新会社に移管した。

 さらに,昭和54年以降昭和55年10月までに,シャトーテル新潟支店を分社・独立させて株式会社シャトー塩沢を,同小金井支店を分社・独立させてシャトー小金井を,シャトーテルが経営していたホテル「シャトーテル大手前」の運営部門を分社・独立させて株式会社シャトーテル大手前(旧商号株式会社シャトーレストラン。昭和40年代に設立された前記株式会社シャトーレストランとは別法人。)を,それぞれ設立した。

 これらシャトーテルの各部門の分社・独立に伴い,各部門に従事していたシャトーテルの従業員も原則として新会社に移籍した。

 上記新会社設立と業務移管を経て,シャトーテルは,昭和57年1月会社を解散した(なお,同社は,昭和57年10月にいったん清算結了の登記がされたが,平成2年4月24日復活し,その旨の登記がされている。)。

 また,シャトーテルは,昭和54年4月にホテル「シャトーテル松山」を他に売却していたが,昭和61年9月,シャトーグループが同ホテルを買収したことにより,同ホテルを経営する会社として株式会社シャトーテル松山が設立された。

 平成7年当時のシャトーグループは,被告黒川建設及びシャトー企画設計事務所他9社から成っており,各社の資本金は,被告黒川建設が3億円と突出して多く,他の会社は,2000万円から多くても5000万円までであった。

(以上につき,〈証拠略〉,原告甲野本人)

(2) グループ内組織

 シャトーテルは,昭和40年ころから,毎月社内報を発行していたが,関連会社の設立に伴い,遅くとも昭和46年2月までには,グループ会社全体の社内報に変わり,名称も「MONTHLY KUROKAWACHATEAU CONGLOMERATE」となって現在に至っている。「黒川建設シャトーグループ」の総称が使用されるようになったのも同じころからである(以上,〈証拠略〉)。

 この社内報に掲載された組織図によると,シャトーグループの組織は次のとおりである。

 昭和40年代に設立されたグループ各社は,シャトーテルの各支店や経理部,総務部等と同様,株主-会長-社長-常務会-取締役会という系列の下に位置づけられ,昭和52年に設立されたシャトー企画設計事務所も,独立前と同様,シャトーテルの建設本部の下に位置づけられた。建設本部には担当専務取締役がいるものの,シャトーテルの社長直属の部門ともされている。

 被告黒川建設が設立された後は,シャトーテルも他のグループ各社と同様,株主-会長-社長-常務会-取締役会という系列の下に位置づけられ,建設本部の外,社長室,総務部,経理部及び調査室が社長直轄の部門とされ,建設本部の下にシャトー企画設計事務所と建設部が位置づけられていた。

 昭和57年にシャトーテルの解散決議がなされた後は,「黒川建設」本社の下に,被告丙川をリーダーとする経営会議及びグループ総括本部が位置し,その下に,被告黒川建設の営業本部,建設本部,経理部及び総務部と,グループ各社が位置づけられた。この時期,グループ各社のトップの地位には,会長職として被告丙川自身か,又は社長職として被告丙川の実弟である丙川四郎が就いていた。

 そして,遅くとも平成3年以降は,「黒川建設シャトーグループ統轄本部」(以下「グループ統轄本部」という。)がシャトーグループの最上位に位置し,その下に,総務本部(シャトーグループ全体の総務関係の事務を統括的に取り扱う部署),財務本部(シャトーグループ全体の財務関係の事務を統括的に取り扱う部署),開発室が置かれ,被告黒川建設を含むグループ各社も,このグループ統括本部の下に位置づけられた。さらに,グループ統括本部に直属するものとして,グループ全体の社長会,経営会議(平成4年まで),事業計画販売促進会議,その他各種の会議や委員会が存在した。

 平成7年以降も,グループ統轄本部を最上位とし,その下にシャトーグループ各社が位置する組織構造に変わりはないが,グループ統轄本部の下に位置していた財務本部及び総務本部が全グループ財総本部となって,シャトー殖産内に移管され,被告丙川がその本部長の地位に就いた。財務部長及び総務部長は,いずれもシャトー殖産の取締役であるAとBであるが,この両名は,それまでは被告黒川建設に在籍していた者である。

 (以上につき,〈証拠略〉)

(3) シャトーグループの就業規則

 前述のとおり,被告黒川建設及びシャトー企画設計事務所は,それぞれ労働基準監督署に届け出た就業規則を有するが,これらとは別に,シャトーグループ全体の就業規則も存在する。グループ全体の就業規則の内容は,有給休暇に関する条項が若干異なるほかは,シャトー企画設計事務所及び被告黒川建設のそれと全く同一であり,実施の日も同様に昭和63年12月1日とされている(なお,グループの就業規則4条は変更後の被告黒川建設のそれと同一。)(以上,〈証拠略〉)。

(4) シャトーグループと被告丙川の地位及び権限

 ア 被告丙川は,シャトーグループの「社主」と称し,グループに属する株式会社の設立及び「消去」をもっぱら独断で決していた(被告黒川建設代表者兼被告本人丙川(以下「被告丙川本人」という。)。

 イ 社主である被告丙川は,シャトーグループのグループ統轄本部の長の地位にあり,グループ統轄本部下にあった財務本部のリーダーを務め(総務本部のリーダーは被告黒川建設の副社長C),前記のとおり,平成7年に財務本部と総務本部とが統合され,全グループ財総本部としてシャトー殖産内に置かれた後は,その本部長の地位にあった(〈証拠略〉)。

  ウ シャトーグループでは,グループ会社の役員をメンバーとする総合取締役会,合同取締役会,幹部朝礼及び部長朝礼が定期的に開催されていたが,いずれの会も,社主である被告丙川がリーダーとなっていた(〈証拠略〉)。

2 争点1(原告らは本件就業規則60条の「従業員」か)について

(1) シャトー企画設計事務所及び被告黒川建設は,それぞれ自社の就業規則を労働基準監督署に届け出ているが,両社の就業規則は全く同一内容のもので実施の時期も同一であること,これらとは別に,同一時期に実施されたシャトーグループ全体の就業規則が存在し,このグループ全体の就業規則は,有給休暇に関する条項が若干異なる他は,被告黒川建設及びシャトー企画設計事務所のそれと全く同一であることは前記のとおりである。

 そして,1において認定したシャトーグループ内の組織等に照らすと,シャトーグループ各社内では,グループ全体の就業規則が各社共通の就業規則として各従業員に対し示されていたものと推認される。

 本件において問題とされる退職金に関する条項は,シャトー企画設計事務所及び被告黒川建設の就業規則では60条以下,シャトーグループ全体の就業規則では59条以下であるが,その文言は全く同一である。そこで,原告らについて,シャトー企画設計事務所,被告黒川建設又はシャトーグループの各就業規則のいずれが適用されるかはともかくとして,原告らが本件就業規則60条又はシャトーグループ就業規則59条の「従業員」に該当するか否かについて検討する。

(2) 原告らが,シャトーテル入社後,平成9年4月にシャトー企画設計事務所を退社するまで,シャトーテル,被告黒川建設あるいはシャトー企画設計事務所の取締役に就任したいずれの時にも,帰属していたいずれの会社からも退職金の支給を受けていないことは前記のとおりである。

無権代理と本人をともに相続した場合 最高裁昭和63年

所有権移転登記抹消登記手続請求事件

実務69-3

最高裁判所第3小法廷判決/昭和58年(オ)第1362号

昭和63年3月1日

【判示事項】        無権代理人を本人とともに相続した者が更に本人を相続した場合における無権代理行為の効力

【判決要旨】        無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効力を生ずるものと解するのが相当である。

【参照条文】        民法113

              民法117

              民法896

【掲載誌】         家庭裁判月報41巻10号104頁

              最高裁判所裁判集民事153号465頁

              判例タイムズ697号195頁

              金融・商事判例822号3頁

              判例時報1312号92頁

              金融法務事情1225号31頁

【評釈論文】        香川法学9巻4号57頁

              金融法務事情1237号15頁

              ジュリスト臨時増刊935号62頁

              判例タイムズ713号48頁

              判例タイムズ臨時増刊735号32頁

              判例評論372号198頁

              法律時報別冊私法判例リマークス1号18頁

              北大法学論集41巻2号327頁

              民商法雑誌99巻2号114頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人成田薫、同成田清、同池田桂子の上告理由第一点について

 原審は、(一)第一審判決別紙目録一ないし四、七、九、一一、一三の各土地(以下「本件各土地」という。)は、もと分筆前の愛知県小牧市大字大草字七重三六六〇番一の土地の一部をなし、亀谷峰の所有であった、(二)峰の妻亀谷と□は、昭和三五年七月ころ、峰の代理人として、野崎峯男に対し、右三六六〇番一の土地を売り渡した(以下「本件売買」という。)が、峰から本件売買に必要な代理権を授与されていなかった、(三)と□は昭和四四年三月二二日に死亡し、夫である峰及び子である被上告人らが同女の法律上の地位を相続により承継した、(四)峰は昭和四八年六月一八日に死亡し、被上告人らが同人の法律上の地位を相続により承継した、(五)本件各土地について、いずれも上告人を権利者とする原判決主文第二項掲記の各登記(以下「本件各登記」という。)がされている、との事実を確定した上、無権代理人が本人を相続した場合に、無権代理行為の追認を拒絶することが信義則上許されないとされるのは、当該無権代理行為を無権代理人自らがしたという点にあるから、自ら無権代理行為をしていない無権代理人の相続人は、その点において無権代理人を相続した本人と変わるところがなく、したがって、無権代理人及び本人をともに相続した者は、相続の時期の先後を問わず、特定物の給付義務に関しては、無権代理人を相続した本人の場合と同様に、信義に反すると認められる特別の事情のない限り、無権代理行為を追認するか否かの選択権及び無権代理人の履行義務についての拒絶権を有しているものと解するのが相当であるとの見解のもとに、本件売買に関して無権代理人であると□及び本人である峰をともに相続した被上告人らは、信義に反すると認められる特別の事情のない限り、本人の立場において本件売買の追認を拒絶することができ、また、無権代理人の立場においても本件各土地を含む前記土地の所有権移転義務を負担しないものであり、しかも、右の追認ないし履行拒絶が信義に反すると認められる特別の事情があるということはできず、本件売買が有効となることはないとして、上告人の抗弁を認めず、本件各土地の共有持分権に基づいて本件各登記の抹消登記手続を求める被上告人らの本訴請求を認容すべきものと判断している。

 しかしながら、原審の右の判断を是認することはできない。その理由は次のとおりである。

 すなわち、無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのか相当である。けだし、無権代理人が本人を相続した場合においては、本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、右のような法律上の地位ないし効果を生ずるものと解すべきものであり(大審院大正一五年(オ)第一〇七三号昭和二年三月二二日判決・民集六巻一〇六頁、最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁参照)、このことは、信義則の見地からみても是認すべきものであるところ(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照)、無権代理人を相続した者は、無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから、一亘無権代理人を相続した者が、その後本人を相続した場合においても、この理は同様と解すべきであって、自らが無権代理行為をしていないからといって、これを別異に解すべき根拠はなく(大審院昭和一六年(オ)第七二八号同一七年二月二五日判決・民集二一巻一六四頁参照)、更に、無権代理人を相続した者が本人と本人以外の者であった場合においても、本人以外の相続人は、共同相続であるとはいえ、無権代理人の地位を包括的に承継していることに変わりはないから、その後の本人の死亡によって、結局無権代理人の地位を全面的に承継する結果になった以上は、たとえ、同時に本人の地位を承継したものであるとしても、もはや、本人の資格において追認を拒絶する余地はなく、前記の場合と同じく、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものと解するのが相当であるからである。

 これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、と□は、峰の無権代理人として、本件各土地を含む前記土地を野崎に売却した後に死亡し、被上告人ら及び峰が同女の無権代理人としての地位を相続により承継したが、その後に峰も死亡したことにより、被上告人らがその地位を相続により承継したというのであるから、前記の説示に照らし、もはや、被上告人らが峰の資格で本件売買の追認を拒絶する余地はなく、本件売買は本人である峰が自ら法律行為をしたと同様の効果を生じたものと解すべきものである。そうすると、これと異なる見解に立って、無権代理行為である本件売買が有効になるものではないとして、上告人の抗弁を排斥し、被上告人らの本訴請求を認容すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかというべきであるから、右違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、以上の見地に立って、上告人の抗弁の当否について、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すべきである。

 よって、その余の論旨に関する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官長島 敦 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官坂上壽夫)

 

 上告代理人成田薫、同成田清、同池田桂子の上告理由

第一 原判決は、民法一一三条一項、一一七条一項、一条二項、の法令解釈を誤り、かつこれがために判決に影響を及ぼすこと明らかであり、破棄されるべきである。

 原判決は「そもそも無権代理人が本人を相続した場合に追認拒絶することが信義則上許されないとされるのは当該無権代理行為を無権代理人自らがなしたという点に存する」とし、最高裁判所昭和三七年四月二〇日第二小法廷判決(民集一六巻四号九五五頁)を引用しつつ、無権代理人を相続した後本人を相続した相続人については、無権代理人を相続した本人と同様、特段の事由のない限り、追認拒絶権の行使を認めるべきものとしている。

 しかしながら、原審のこの法的判断は、その引用する最高裁判所昭和三七年四月二〇日判決における「無権代理人が自らなした無権代理行為」という語句に拘泥し、同判決の真意を誤解したものであって、無権代理人が本人を相続した場合に関する一連の判例の流れから食み出し、また他人の物の売買に関する一連の判例との整合性を欠くものである。

 以下理由を述べる。

一、 右の最高裁判所昭和三七年四月二〇日判決は、本人が無権代理人を相続した場合(以下本人相続型という)の法律関係の擬律に触れた最初の判例である。

 そこで、右判例は先ず、傍論で、無権代理人が本人を相続した場合(以下無権代理人相続型という)に言及し、「無権代理人が自らなした無権代理行為につき、本人の資格において追認を拒絶する余地を認めるのは信義に反する」とし、本人相続型においては、右と異なり、「相続人たる本人が被相続人の無権代理行為の追認を拒絶しても何ら信義に反するところはない」とし、「被相続人の無権代理行為は一般に本人の相続により、当然有効になるものではない」と結論づけた。つまり、無権代理人相続型の場合には無権代理行為について追認の拒否を認めず、無権代理行為は当然に有効になるものとし、他方、本人相続型の場合にはもともと本人であるから、本人として有していた追認拒絶権を失ういわれはないとしているのである。かかる場合に本人の追認拒絶権が認められるのは、財産処分行為を本人の意思にかからせるべく、本人を無権代理行為から守るためである。

二、 本人相続型に対し、無権代理人相続型の場合については、大審院以来、判例は処分権の取得を理由として無権代理行為の瑕疵が治癒され有効になるものと解している。

 すなわち、(1) 無権代理人相続型についての最初の判例である昭和二年三月二二日大審院判決(民集六巻一〇六頁)は、「無権代理人が本人を相続し本人と代理人との資格が同一人に帰するに至りたる以上、本人が自ら法律行為を為したると同様の法律上の地位を生じたものと解す」べきものとし、その理由は「恰も権利を処分したる者が実際其の目的たる権利を有さざる場合と雖も、其の后、相続その他に因り該処分に該る権利を取得し、処分者たる地位と権利者たる地位とが同一人に帰するに至りたる場合に於て該処分行為が完全なる効力を生ずるものと認めざるべからざると同様なり」としている。

(2) また、昭和九年九月一〇日、大審院判決(民集一三巻一七七七頁)は、無権代理行為当時本人が無能力者のときは無権代理行為は成立しないと主張した上告理由に対して、これを容れず、「無権代理人が本人を相続するときは、本人が自ら法律行為を為したると同一の法律上の地位を生ずる」ものとされ、このことは右(1)の判例によって是認された法理であると述べている。

(3) さらに昭和四〇年六月一八日最高裁判決(民集一九巻四号九八六頁)は、無権代理人が本人の共同相続人の一人であって他の相続人の相続放棄によって単独相続人となった場合であるが、前記(1)の判例に従っている。

三、 以上、本人相続型と無権代理人相続型を峻別する論拠は、財産的処分行為を本人の意思にかからしめて、権利を害された本人の保護の必要性にあるというべきところ、本件では、第三者が無権代理人と本人の双方を相続した場合である。

 かかる場合について、原判決は、相続の前後を問わず、無権代理人の相続人が本人を相続した場合も本人の相続人が無権代理人を相続した場合も「いずれの相続人の場合も同列に論ずべきものである」としているが、相続の先後関係こそが、双方相続の場合のキーポイントであると言わねばならない。

 この点につき、すでに、昭和一七年二月二五日大審院判決(民集二一巻一六四頁)は、双方相続の中でもとりわけ、無権代理人を先きに相続した場合につき、次のように判断している。

 傍論において無権代理人相続型の場合に言及したうえ、無権代理人として責を負うべき者が本人の地位についた場合「無権代理行為の追認を為すべきこそ相当なれ、今更追認を拒絶して代理行為の効果を自己に帰属することを回避せんとするが如きは信義則上許さるべきに非ず」と。

 すなわち、無権代理人の相続人は無権代理行為を自らなした者ではないが、すでに相続によって無権代理行為について無権代理人と同じ責を負うべき立場にあるから、その後本人を相続することによって追認しうる地位についた以上、無権代理行為を追認するのが当然であるというのである。しかも注目されるのは、この判決が信義則理論に立脚しており、原判決の引用している前記昭和三七年四月二〇日最高裁判決はその判旨を踏襲しているということである。

四、 本件事案は原認定によると無権代理であって他人の物の売買ではないが、社会現象として同一である限り、かかる事案が無権代理と他人の物の売買の二つの構成で争われることは周知のとおりである。従って両構成の結論については整合性が得られなければならない。

 他人の物の売主を相続して、その後権利者本人を相続した場合についての最高裁判例は見当らない。しかし、昭和五〇年六月一七日大阪高等裁判所判決は、他人の権利の売主を相続した者が、その相続後に他人の権利を取得した事案について、「相続人は、信義則に反しないと認められるような特別の事情のない限り、売主としても履行義務を拒否することができないと解するのが相当である」と判断している。

 右高裁判決は、最高裁判所昭和四九年九月四日大法廷判決の事案、すなわち、「他人の権利の売主をその権利者が相続し売主としての履行義務を承継した場合でも、権利者は信義則に反すると認められるような特別の事情のないかぎり、右履行義務を拒否することができる」との事案・判断との相異点・類似点を確認してなされていることは、右高裁判決文により明らかである。

 右大阪高裁判決の事案について、本件原審の「自らなした者ではないから」との論理を適用するならば、他人の権利の売主を相続した者は、自ら他人の権利を売った者ではないから、その相続後他人からその権利を取得した場合に履行義務を拒否しても信義則に反することにはならないとしなければ、本件判決との整合性は得られない。

五、 原判決は、要するに無権代理人と本人を相続した場合、相続の前後によって結論を異にするのは不当であるとの価値判断から「無権代理人を相続した後、本人を相続した相続人も、本人を相続した後無権代理人を相続した相続人も同列に論ずべきである」とし、「無権代理人及び本人をともに相続した相続人に追認拒絶権を認めるのであれば、少なくとも特定物の給付義務に関しては、無権代理人の履行義務についての拒絶権もこれを認めるべきである。けだし、これを反対に解するとすれば、一方で与えたものを他方で奪う結果となり」他方「相手方としても、本人の追認がない以上、無権代理人が本人を相続したという偶然の事情がなければ、本来特定物の給付を受け得なかったのであるから、相続人に履行義務の拒絶権を与えたからといって、不測の不利益を蒙るというわけではない」としている。

 なるほど相続の時期は被相続人の死亡という、相続人にとっては如何ともしがたい事情によって決まるものであることは言うまでもないが、相続が包括承継という被相続人の法的地位をそのまま承継するものである以上、被相続人等の死亡の先後関係によって相続人らの法的地位に決定的な影響を与えることは寧ろ当然である。

 本件においては、亀谷とくの死亡時(昭和四四年三月二二日)に、とくの子たる被上告人らはとくの無権代理人たる権利義務を相続分で言えば三分の二以上承継していたものであって(昭和五五年民法改正前)、その後の亀谷峰の死亡時(昭和四八年六月一八日)には、本人たる峰の権利義務を承継するとともに、峰自身に帰属していたとくの無権代理人たる権利義務の三分の一の相続分を承継したものである。従って被上告人らは、本人が死亡するという偶然的事情の発生以前に無権代理人としての履行義務を果たすべき地位にあったものであって、仮に本人がその自由な意思に基づきその死亡前に被上告人ら以外の第三者に権利を移転していた場合には、本件土地を取得し得なかったことは勿論であるが、しかし尚無権代理人の履行義務は被上告人らに残るはずである。従って、却って原判決によると、被上告人らが本人を相続したという偶然の事情によって不測の利益を受けることになるものと言わねばならない。

六、 結論

 以上、本人と無権代理人の双方相続した場合には、相続の先後関係を抜きにしてはその結論を論じられないものであって、無権代理人を相続したものがその後に本人を相続した場合は、無権代理人が本人を相続した場合と同様、履行義務を拒否できないものである。かかる場合には信義則理論を採っても、一一三条一項の適用の余地はないものというべきであり、原判決は民法一一七条一項の解釈を誤り、全く逆の結論を導くに至ったものである。

第二 〈省略〉

 

保険金請求権の相続に関する最高裁平成16年決定

民法判例百選Ⅲ 第2版 61事件 遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件 実務73事件

最高裁判所第2小法廷決定/平成16年(許)第11号

平成16年10月29日

【判示事項】      被相続人を保険契約者及び被保険者とし共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づく死亡保険金請求権と民法903条

【判決要旨】      被相続人を保険契約者及び被保険者とし,共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は,民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが,保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して,保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる。

【参照条文】      民法903

            商法673

            商法675-1

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集58巻7号1979頁

            家庭裁判月報57巻4号49頁

            裁判所時報1375号487頁

            判例タイムズ1173号199頁

            金融・商事判例1241号31頁

            判例時報1884号41頁

            金融法務事情1752号46頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      ジュリスト1290号118頁

            商事法務1835号48頁

            損害保険研究67巻3号287頁

            同志社法学57巻3号945頁

            法学協会雑誌123巻9号1919頁

            法学教室299号122頁

            法曹時報59巻2号572頁

            NBL809号61頁

 

       主   文

 

 本件抗告を棄却する。

 抗告費用は抗告人らの負担とする。

 

       理   由

 

 抗告代理人宇津呂雄章、同今西康訓、同宇津呂修の抗告理由について

1 本件は、AとBの各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。

2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。

(1)抗告人ら及び相手方は、いずれもAとBの間の子である。Aは平成2年1月2日に、Bは同年10月29日に、それぞれ死亡した。Aの法定相続人はB、抗告人ら及び相手方であり、Bの法定相続人は抗告人ら及び相手方である。

(2)本件において遺産分割の対象となる遺産は、Aが所有していた第1審の審判の別紙遺産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)であり、その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円、第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。

(3)A及びBの本件各土地以外の遺産については、抗告人ら及び相手方との間において、平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。)、これにより、相手方は合計1387万8727円、抗告人X1は合計1199万6113円、抗告人X2は合計1221万4998円、抗告人X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお、抗告人ら及び相手方は、本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。

(4)相手方は、AとBのためにa市内の自宅を増築し、AとBを昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ、痴呆状態になっていたAの介護をBが行うのを手伝った。その間、抗告人らは、いずれもA及びBと同居していない。

(5)相手方は、次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。

  ア 保険者をC保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円

  イ 保険者をD保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円

  ウ 共済者をE農業協同組合、共済契約者をA、被共済者をB、共済金受取人をAとする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円、死亡共済金206万0768円)

(6)抗告人らは、上記(5)の死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。

3 原審は、前記2(5)の死亡保険金等については、同項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして、死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下、この操作を「持戻し」という。)を否定した上、本件各土地を相手方の単独取得とし、相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をした。

4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について

 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は、その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また、死亡保険金請求権は、被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって、上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。

 これを本件についてみるに、前記2(5)ア及びイの死亡保険金については、その保険金の額、本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額、前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額、抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと、上記特段の事情があるとまではいえない。したがって、前記2(5)ア及びイの死亡保険金は、特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。

5 前記2(5)ウの死亡共済金等について

 上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は、共済金受取人をAとするものであるので、その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については、民法903条の類推適用について論ずる余地はない。

6 以上のとおりであるから、前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず、前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

    最高裁判所第二小法廷

        裁判長裁判官  北川弘治

           裁判官  福田 博 梶谷 玄

                滝井繁男 津野 修

 

抗告代理人宇津呂雄章、同今西康訓、同宇津呂修の抗告理由

1(1)原決定は、最高裁判所判例〔平成14年11月5日、第1小法廷判決、平成11年(受)第1136号死亡保険金支払請求権確認請求事件、民集56巻8号2069頁〕の解釈適用を誤ったものである。

(2)原決定は、理由第1の5(1)ないし(3)の保険金(共済金)につき、「死亡保険金(共済金)請求権は、指定された保険金(共済金)受取人が、被保険者(被共済者)死亡時に、自己の固有の権利として取得するのであって、保険(共済)契約者から承継取得するものではないし、保険(共済)契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものでもなく、被保険者(被共済者)の稼働能力に代わる給付でもないのであって、死亡保険金(共済金)請求権が実質的に保険(共済)契約者又は被保険者(被共済者)の財産に属していたものとみることはできない(最高裁判所平成14年11月5日判決・民集56巻8号2069頁参照)。」ということを理由に、「したがって、前記第1の5(1)ないし(3)の保険金(共済金)は、民法903条1項所定の遺贈又は生計の資本としての贈与に該当するものと解することはでき」ないとして、その特別受益性を否定した。

(3)しかし、原決定が参照引用する最高裁平成14年11月5日判決は、相続人以外の第三者に保険金受取人が変更・指定された事案(争点としては遺留分減殺請求の可否)であり、特別受益の持戻しを定める民法903条の趣旨である共同相続人間の公平という観点はおよそ働く余地のない事案である。そのため、上記最高裁判決は、「自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるということもできない。」と判示したものであり、かかる判決の射程は、共同相続人間の公平という観点が重視される特別受益の事案について直ちに及ぶものではない。

(4)ところで、最高裁第三小法廷平成10年3月24日判決〔民集52巻2号433号、判タ973号138頁〕は、特別受益の持戻しを定める民法903条が同法1044条で遺留分に準用される趣旨を、共同相続人間の公平の観点から、特別受益を遺留分算定の基礎となる財産に算入するのみならず、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に加えて、特段の事情がない限り遺留分減殺の対象に加えたものであると解しており、民法1044条による同法903条の準用は、同法1030条の制約を受けない旨を明らかにしている。

 とすれば、前記最高裁平成14年11月5日判決が、自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を相続人以外の第三者に変更する行為は民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではないとしたのは、他面、そのような契約者が死亡保険金受取人を契約者の共同相続人の1人に変更・指定した場合に、これが民法1044条による準用により同法1030条の制約を受けずに遺留分減殺の対象となる同法903条の特別受益に該当するか否かについては、射程が及ばないことをむしろ明らかにしたものと解される。

(5)しかるに、原決定は、上記最高裁平成14年11月5日判決を参照引用し、これのみを理由として本件保険金の特別受益性を否定しているのであり、同判決の解釈適用を誤っており、ひいては、前記最高裁第三小法廷判決平成10年3月24日判決にも反している(以上、判例違反)。もとより、原決定の上記判断には、民法903条1項の解釈に関する重要な事項を含むものである。

2(1)この点、生命保険金の特別受益性を否定した抗告裁判所の判例もある。

(2)高松高裁平成11年3月5日決定(家裁月報51巻8号48頁、民商122-6-141)は、被相続人が保険契約者かつ被保険者となり、相続人である相手方(妻)を受取人とした生命保険契約により相手方(妻)の受領した保険金は、相手方(妻)が保険金受取人としての地位に基づき、相続とは無関係に保険会社から取得したものであるから、保険受取人である相手方(妻)の固有資産であり、被相続人の遺産を構成するものとはいえないとし、民法903条1項所定の要件である「被相続人から」の「遺贈」ないし「贈与」に該当するとはいえないとする。

(3)しかし、上記は生命保険金が直ちに民法903条1項所定の特別受益に該当しないとしたものではなく、当該保険契約が被相続人死亡後の相手方(妻)の生活保障を目的としてなされたものであり、保険金額や遺産額(合計金1億777万988円)、抗告人(長女)の生活状況等諸般の事情を考え合わせた結果、「保険金を特別受益としなければ相続人間の衡平に反する事態が生ずるものとはいえない。」と実質的に判断して特別受益性を否定しているのであり(その他持戻し免除の意思表示も認定)、無条件ということではない。

(4)とすれば、生命保険金の一般的形式的性格のみからその特別受益性を否定した原決定の判断は、上記高松高裁平成11年3月5日決定に沿うどころか、実質的に反するものであり、抗告裁判所である高等裁判所の判例に相反する。

3 以上のとおり、原決定は、判例に違反し、また法令の解釈に関する重要な事項を含むので、本申立につき、最高裁判所に対する抗告を許可することの裁判を求める次第である。

 

養子縁組無効確認の利益 最高裁昭和63年

養子縁組無効確認請求事件

43事件

最高裁判所第3小法廷判決/昭和59年(オ)第236号

昭和63年3月1日

【判示事項】        第3者の提起する養子縁組無効の訴えと訴えの利益の有無(消極)

【判決要旨】        第3者の提起する養子縁組無効の訴えは、養子縁組が無効であることによりその者が自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けないときは、訴えの利益を欠く。

【参照条文】        民事訴訟法225

              人事訴訟手続法2-2

              人事訴訟手続法18-1

              人事訴訟手続法24

              人事訴訟手続法26

              民法802

【掲載誌】         最高裁判所民事判例集42巻3号157頁

              家庭裁判月報40巻8号67頁

              最高裁判所裁判集民事153号479頁

              裁判所時報979号1頁

              判例タイムズ664号54頁

              金融・商事判例797号43頁

              判例時報1273号59頁

【評釈論文】        ジュリスト913号73頁

              ジュリスト臨時増刊935号116頁

              判例タイムズ臨時増刊706号152頁

              判例評論358号211頁

              法学研究(慶応大)62巻6号125頁

              法曹時報41巻4号219頁

              民商法雑誌100巻3号132頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人佐伯仁の上告理由について

養子縁組無効の訴えは縁組当事者以外の者もこれを提起することができるが、当該養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けることのない者は右訴えにつき法律上の利益を有しないと解するのが相当である。けだし、養子縁組無効の訴えは養子縁組の届出に係る身分関係が存在しないことを対世的に確認することを目的とするものであるから(人事訴訟手続法二六条、一八条一項)、養子縁組の無効により、自己の財産上の権利義務に影響を受けるにすぎない者は、その権利義務に関する限りでの個別的、相対的解決に利害関係を有するものとして、右権利義務に関する限りで縁組の無効を主張すれば足り、それを超えて他人間の身分関係の存否を対世的に確認することに利害関係を有するものではないからである。

 これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実によれば、上告人は養親の高橋みすゝと伯従母(五親等の血族)、養子の被上告人高橋邑二と従兄弟(四親等の血族)という身分関係にあるにすぎないのであるから、右事実関係のもとにおいて、上告人が本件養子縁組の無効確認を求めるにつき前示法律上の利益を有しないことは明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。なお、所論のように、本件養子縁組が無効であるときは上告人が民法九五八条の三第一項のいわゆる特別縁故者として家庭裁判所の審判により養親の高橋一郎の相続財産の分与を受ける可能性があるとしても、本件養子縁組が無効であることにより上告人の身分関係に関する地位が直接影響を受けるものということはできないから、右判断を左右するものではない。

 そうすると、原判決に所論の違法はなく、また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、以上と異なる見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島 敦)

 

 上告代理人佐伯仁の上告理由

 一、原審及び第一審判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

  (一)判例違背

 原審及び第一審判決は次の判例に明らかに違背する。

  (1)大審院昭和一一年一〇月二三日民二判・昭和一一年(オ)一五一三号(民集一五巻一八六五頁、判例時報五四六号六九頁以下)

 右判例の要旨。

 「養子縁組無効確認の訴を提起できる者は、少なくともそのいずれかの親族であるかあるいは無効確認判決により直ちに権利を得または義務を免れる地位にあることを必要とする。」

 (2)大審院昭和一四年一二月八日民二判・昭和一四年(オ)一一〇〇号(新聞四五一二号九頁、評論二九巻諸法七四頁)

 右判例の要旨。

 「養子縁組無効確認の訴は、養親子の一方の親戚であれば提起することができ、右判決により直ちに権利を得、または義務を免れる地位になくとも、その無効を即時に確定する法律上の利益を有する。」

 なお、右判決は、「親族関係の他に特定の権利を得、または特定の義務を免れるが如き利害関係が現存することを必要とする」との上告理由に対する判断である点が重要である。

 (3)最高裁判所昭和四三年一二月二〇日二小判・昭和四三年(オ)七二三号(時報五四六号六九頁、タイムズ二三〇号一六六頁)

 右判決の要旨。

 「死亡した養親の子は、養親と養子の間の養子縁組無効の訴につき、訴の利益を有する。」として、前記(1)の昭和一一年の大審院判例を引用し、踏襲している。

   (4)戦後の下級審判例においても「養親子のいずれかの親族、若しくは縁組無効を確認することにより、直ちに権利を得、あるいは義務を免れる地位にある者」との判示が大多数である(例えば大阪高裁判・昭和三四年七月三一日(下民集一〇・七・一六二四)、名古屋高裁判・昭和四一年二月九日(下民集一七・一-二合併号六二))

 したがって原審のように「・・・・・・自己の相続扶養等の身分関係上の地位に直接影響を受けるという関係にあることが必要」との限定的な見解は、他に例をみない少数意見である。学説の多数は、親族である一事により原告適格を認めるべきとする(中川善之助・親族相続判例総評二巻三二頁以下、我妻栄・親族法(法律学全集)二八六頁)。

  (二)法解釈の誤り

   (1)要するに養子縁組無効確認訴訟における原告適格については右のように大審院、最高裁判例は「養親又は養子の親族であれば原告適格を認める」との法解釈を判示しているが、結局は人訴法第二六条・二条二項は第三者が原告たり得ることを定めているに留り、いかなる第三者に限られるかについては定めていないので、それは訴の利益に関する一般法理によってそれぞれの事件ごとに決することになる。

 本件の原告(上告人)は、養親みすゞとは伯叔従母(五親等)の関係にあり、被告(被上告人)邑二とは再従兄弟(六親等)の関係にあるから養親と養子との相方に親族関係があるから、右大審院判例の解釈によれば原告適格を有すること明らかである。

 ところで本件では養親みすゞ、同一郎には法定の相続人はいない。そのため上告人のような関係での親族はいるが、直接相続、扶養等の身分関係をもつ者は全くいないのである。ところが相続財産があるため、相続人がいないことをよいことに、それをねらってみすゞの死期がせまった死の直前に縁組届を偽造(一郎は痴呆性のため心神喪失中)して、夜間宿直に強引に受付をさせた、という「末期養子」の典型ともいうべき事案が本案なのである。

 ところが原審は本件の右のような不正事実の存否を無視し、門前払いの判断を示したわけであるが、これではまるで悪用を助長するばかりである。何故門前払いにするのか、全く納得ができない。しかも上告人を含む他の親族も「こんなに簡単に届出を偽造して養子になれる」などということは常識的に考えられないし、親戚つきあいや、みすゞの死後の供用などのことを考えるととても親族として認めるわけにはいかないという感情が強いのである。

 (2)ところで縁組届の方式は、戸籍法の定めるところに従って、口頭又は書面をもって極めて簡単に形式審査だけで受理されている。そのために届出は形式的便宜的で縁組の実体を構成する「縁組意思」のチェックは全然なされずにまかり通ってしまう欠陥があり、いろいろな弊害を起こしている。例えば仮装縁組とか、死期のせまった者について縁組届を偽造して届出をするいわゆる「末期養子」或いは心神喪失中の状態を利用して縁組届を偽造する等の悪用例が極めて多いのもそのためである。

 このような制度上の欠陥、運用上の弊害の実際を考慮に入れず、単にそれが「身分関係について広く影響が及ぶこと」を理由に、厳格に解決しようとする考え方は制度の実際を無視した抽象論と言わざるを得ない。むしろ制度の信用を正しく維持するためには形式的便宜主義から生ずる弊害を除去することが必要であり、そのためにはできるだけ広い範囲で不服申立を認め「縁組意思」の存否を確しかめる機会を保証することこそが法の理念に合致するところである。

 特に親族としては例え相続法上直接的に権利義務に影響がないとしても、誰がどういうことで自分と親族になるか、という生活感情は極めて強いし、不正な手段で親族関係が生ずるような事件に対して、親族ということだけで是非手段を法的に保証する必要のあることは言うまでもない。

  (三)仮りに原審が言うように、

 「養子縁組無効確認の判決により自己の相続・扶養等の身分関係上の地位(権利義務)に直接影響を受けるという関係にあることが必要である」との解釈が相当としても、本件においては、その適用解釈に誤りがある。

 すなわち、本件では養子縁組の無効が判決により確定すると、相続人が不存在(民法九五一条)となる。したがって、相続財産管理人を選任(同九五二条)し、相続財産は法人として清算することになるが、この場合上告人は特別縁故者(同九五八条)としての相続法上の地位を取得し得る関係にある。

 なお、この権利は家庭裁判所に対する分与請求を通じて裁判所の裁量決定に服するものではあるが、法による一種の財産権上の期待権(私権)として認められている。

 上告人が右特別縁故者としての地位を取得し得るか否かは、原審が言う相続・扶養等の身分関係上の地位に直接影響を受けるという関係に該当すること明白である。

 本件での養子縁組が無効にならないと、上告人は特別縁故者としての地位を絶体的に失うことになる。そうすると、被上告人が一応養子とみられるため、上告人は委任契約上の返還義務不存在の前提問題としてしか無効が主張できなくなるわけで、その不利益は極めて明白である。

 なお、上告人と本件の養親みすゞ、同一郎との関係については第一審長野地方裁判所松本支部昭和五八年三月一日付準備書面で詳述しているどおり、

 一、昭和三四年頃から死亡するまで長い間の交際で信頼を得ていた。

 二、いつもみすゞの相談相手として、生活上、財産管理上の助言者であった(一郎が痴呆症であった)。

 三、両名の不動産売買、及び売買代金の管理処分を全面的に任されていた(特にみすゞからの委任)。

 四、みすゞが晩年の病気の際も孤独を援助し、度々めんどうをみた。

 五、みすゞは上告人の母さつき(従姉)とも交際が厚かった。

等であるから、みすゞ、一郎の特別縁故者としての資格も十分あると言える(他にこの様な親族はいない)。

 これに反し被上告人らは、養親とはかろうじて顔見知りという程度のつきあいに過ぎなかったし、且つ、みすゞら死後の供養なども一切せず、全く無縁の状態にある。

 ひどいのは、みすゞの死の直後から相続財産に手をつけ、定職もないのに高級車を乗り回したり、派手な消費をして親戚一同からつまはじきされていることである。

 以上の事実関係を見落して、単に個別的な契約上の前提問題で無効を争えばよいとする原審の法律判断は、その適用を誤った違法があると言わざるを得ない。

戸籍の届出のときの本人確認 家族法の基礎知識
もともとは2014年12月にアップロードしたものです。

質問

 戸籍の届出のときもちかごろは本人確認が必要になっています。これにはどんな理由があるのでしょうか。

回答

 なりすましで戸籍届出をする事件がおきたからです。ブラック情報が信用機関に登録されてしまっているひとが名字をかえてサラ金等から金をかりるために勝手に婚姻届や養成縁組届をだした例があります。

 そこで届出の際に本人確認を厳格におこなうようになりました。婚姻・協議離婚・養子縁組・養子離縁・認知の届出がその対象です(戸籍法27条の2第1項)。

 夫のみが婚姻届をだし、妻は窓口で本人確認できなかった場合には妻に対して役場から通知されます。

 


 2009年ごろから、ホームレスの方の相談の中では、知らないうちに勝手に養子縁組をされ、勝手に借金をされているというのは一つの典型パターンとなっています。縁組み無効確認の調停又は訴訟を行って、実名を取り戻すことはできます。また、勝手に借金されたサラ金等には債務不存在の通知を送ります。

 

背後には、「戸籍の地面師」とでも言うべき犯罪者集団がいることは間違いないのですが、被害者が貧困者であり、またちゃんと時系列順に5W1Hをちゃんとした話をできないひとがおおいこともあり、警察の腰は重いです。

 


岡山市 岡本法律事務所 所長 弁護士 岡本哲

 


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