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カテゴリ: 保険

簡易生命保険契約における「子宮観血手術」の意義 最高裁平成21年

医事法判例百選第2版 2014年 87事件

保険金請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成21年(受)第540号

平成21年10月1日

【判示事項】      簡易生命保険特約約款の別表に手術保険金の支払対象となる手術として「その他の子宮観血手術(人工妊娠中絶術を除く。)」が掲げられている場合における,同別表にいう「子宮観血手術」の意義

【判決要旨】      簡易生命保険特約約款の別表に手術保険金の支払対象となる手術として「その他の子宮観血手術(人工妊娠中絶術を除く。)」が掲げられている場合において,同別表にいう「子宮観血手術」は,切開,切除の操作によるものか否かにかかわりなく,子宮に関する手術のうち一般に出血を伴う手術を指す。

【参照条文】      民法91

            簡易生命保険法(平17法102号廃止前)7

【掲載誌】       最高裁判所裁判集民事232号1頁

            裁判所時報1493号289頁

            判例タイムズ1317号106頁

            判例時報2067号27頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      別冊ジュリスト219号184頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人長谷川宅司ほかの上告受理申立て理由について

 1 本件は,簡易生命保険契約の被保険者である被上告人が,流産後に子宮内容除去術を受けたことについて,上告人に対し,上記保険契約に基づき3万円の手術保険金の支払を求める事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,平成6年9月27日,国との間で,被保険者を被上告人とし,保険期間を同日から平成21年9月26日までとする簡易生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

 (2) 本件保険契約に適用される簡易生命保険特約約款には,被保険者が,同約款の定めにより入院保険金の支払われる入院中に,その入院の原因となった疾病により同約款の別表(以下「本件別表」という。)に掲げる手術を受けたときは,所定の手術保険金(以下,単に「手術保険金」という。)を支払う旨の定めがある。そして,本件別表は,手術保険金の支払対象となる手術のうち子宮に関する手術として,①帝王切開娩出術,②子宮外妊娠手術,③子宮全摘除術,④子宮の手術(開腹を伴う手術に限る。上記①,②又は③に該当する手術を除く。)のほか,「その他の子宮観血手術(人工妊娠中絶術を除く。)」を掲げている。

 (3) 被上告人は,平成18年5月1日,流産し,同月18日,子宮内胎盤遺残のために入院して,経膣的操作により子宮内容除去術(以下「本件手術」という。)を受けた。

 (4) 子宮内容除去術は,流産及び人工妊娠中絶の際に広く行われている基本的な手術の一つである。子宮内容除去術は,胎盤を胎盤鉗子で把持しけん引するなどして子宮壁から引きはがし,更に鈍匙で遺残胎盤を子宮壁からかきさらうことなどをその内容とするもので,これを行う際には,子宮壁と胎盤とをつなぐ血管を切断したり,子宮壁に損傷が生じたりして,一般に出血を伴う。

 (5) 日本郵政公社は,本件保険契約上の国の権利義務を承継し,上告人は,郵政民営化法の施行に伴い,その管理に関する業務を承継した。

 (6) 上告人は,本件別表にいう「子宮観血手術」とは,子宮に関する手術のうち,メス等を用い,生体に切開,切除の操作を加えることによって行われる出血を伴う手術を指し,経膣的操作により行われた本件手術はこれに該当しないと主張して争っている。

 3 本件別表は,手術保険金の支払対象となる手術として「その他の子宮観血手術(人工妊娠中絶術を除く。)」を掲げるところ,ここにいう「子宮観血手術」は,切開,切除の操作によるものか否かにかかわりなく,子宮に関する手術のうち一般に出血を伴う手術を指すと解するのが相当である。そして,前記事実関係によれば,子宮内容除去術を行う際には,子宮壁と胎盤とをつなぐ血管を切断したり,子宮壁に損傷が生じたりして,一般に出血を伴うというのであるから,子宮内容除去術は,本件別表において手術保険金の支払対象外と明示されている人工妊娠中絶術を除き,本件別表にいう「子宮観血手術」に該当すると解すべきである。

 前記事実関係によれば,本件手術は流産後に行われた子宮内容除去術であり,これが人工妊娠中絶術に該当しないことは明らかである。したがって,上告人は被上告人に対して手術保険金の支払義務を負うというべきである。

 4 原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 涌井紀夫 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子)

保険者の故意免責が認められた東京高裁令和2年

令和2年度重要判例解説 ジュリスト1557号 20214月増刊 民法7

保険金請求権存在確認、保険金請求控訴事件

東京高等裁判所判決/令和元年(ネ)第4806号

令和2年2月27日

【判示事項】      建物の実質的所有者等である者の故意による保険事故の招致は被保険者の故意による保険事故の招致と同視し得るとして保険者の免責が認められた事例

【判決要旨】      1 本件建物については、その所有名義は控訴人X1であり、控訴人X1に被保険利益があることは否定できないが、Aは本件建物の実質的所有者であるか、または本件建物の利用ないし処分に係る経済的利益を享受する者であると認められる。

            2 本件免責条項の趣旨は、保険契約者または被保険者の故意または重大な過失によって保険事故を招致した場合に被保険者に保険金請求権を認めるのは、保険契約当事者間の信義則に反し、または公序良俗に反するものであることによるものと解される。

            3 本件放火は、本件建物の実質的所有者であるかまたは本件建物の利用ないし処分に係る経済的利益を享受する者であるAの関与の下でなされたものと認められ、Aの故意による保険事故の招致はAおよび控訴人X1との関係から、信義則上、被保険者である控訴人X1の故意による保険事故の招致と同視し得るものといえ、保険契約当事者間の信義則に反し、または公序良俗に反するものであることから、本件免責条項が適用され、保険者は免責される。

            4 本件放火は、Aの故意による関与の下でされたものであり、本件建物の実質的所有者等であるAの故意による保険事故の招致は、信義則上、被保険者である控訴人X1の故意による保険事故の招致と同視し得るものであるとして、本件免責条項の趣旨から控訴人X1の保険金請求を否定したものであって、控訴人X1に本件放火についての民事または刑事上の責任を負わせたものではなく、過失責任の原則等に反するものとはいえない。

【参照条文】      平成20年改正前商法630

            平成20年改正前商法641

            保険法3

            保険法17-1

            保険法32

            民法708

            弁護士法23の2

【掲載誌】       金融・商事判例1594号8頁

【評釈論文】      銀行法務21 860号67頁

 

       主   文

 

 1 控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

 2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

1 控訴人X1

 (1) 原判決中、控訴人X1に関する部分を取り消す。

 (2) 被控訴人は、控訴人X1に対し、5183万9590円及びこれに対する平成27年8月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 (3) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

2 控訴人銀行

 (1) 原判決中、控訴人銀行に関する部分を取り消す。

 (2) 被控訴人は、控訴人銀行に対し、1742万0410円及びこれに対する平成29年12月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 (3) 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

1 第1事件は、被控訴人との間で火災保険(店舗総合保険)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した控訴人X1が、平成26年5月24日に発生した火災(以下「本件火災」という。)により、当該保険の目的である建物の一部が焼損し、消火活動に伴いその全体が使用不能になったとして、本件保険契約に基づき、被控訴人に対し、保険金6926万円の一部である5183万9590円及びこれに対する支払期限の後である平成27年8月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 第2事件は、控訴人X1から、控訴人X1に対する貸金返還請求権を被担保債権として、本件保険契約に基づく控訴人X1の被控訴人に対する保険金請求権に質権(以下「本件質権」という。)の設定を受けた控訴人銀行が、同請求権に基づき、被控訴人に対し、保険金6926万円の一部(被担保債権相当額)である1742万0410円及びこれに対する平成29年12月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原審は、控訴人X1に被保険利益があると認められるものの、本件火災の出火原因は放火によるものであって、控訴人X1の姉の内縁の夫であるA(以下「A」という。)又は控訴人X1の故意による関与があったと認められ、本件保険契約上の免責条項が適用されるから、被控訴人は免責されるとして、控訴人らの本件各請求をいずれも棄却した。

 控訴人らは、これを不服として、それぞれ控訴を提起した。

2 前提事実並びに争点及び当事者の主張は、次のとおり補正し、後記第3の2のとおり当審における控訴人らの主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2(原判決2頁22行目から14頁15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

 (1) 原判決3頁6ないし7行目(本誌本号17頁左段42行目)の「以前」を「変更前」に改める。

 (2) 同5頁17行目の「甲」を「甲ロ」に改める。

 (3) 同6頁11行目(同18頁左段39行目)の「同様。」を「「旧商法」という。」に改める。

 (4) 同8頁21行目(同19頁左段10行目)の「いるのだから」を「いるのであるから」に改める。

 (5) 同頁26行目(同19頁左段16行目)の「ア」を「(ア)」に改める。

 (6) 同9頁25行目(同19頁左段47行目)の「適否」を「適用の可否」に改める。

 (7) 同10頁2行目末尾(同19頁左段51行目)に改行の上、次のとおり改める。

 「仮に、控訴人X1が放火に関与していないとしても、本件保険契約における実質的被保険者は、Aであるところ、本件火災は、A又は同人の意を受けた者による放火により生じたものであるから、本件免責条項により、被控訴人は保険金支払義務を負わない。」

 (8) 同11頁8行目(同19頁右段37行目)の「なされていない」を「されていない」に、24ないし25行目(同20頁左段3行目~4行目)の「あるのだから」を「あるから」にそれぞれ改める。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人らの本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり補正し、後記2のとおり当審における控訴人らの主張についての判断を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1から3まで(原判決14頁17行目から31頁24行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

 (1) 原判決14頁24行目、26行目、17頁6行目、8行目、13行目、20頁15行目、19行目、26頁8行目、23行目、25行目、27頁13行目、28頁4行目、22行目の各「証人」の前に「原審における」をそれぞれ加える。

 (2) 同14頁26行目、16頁10行目、17頁1行目、同頁13行目、20頁23行目、28頁23行目の各「原告」の前に「原審における」をそれぞれ加える。

 (3) 同16頁11行目(同21頁左段38行目)の「株式会社」を削る。

 (4) 同頁14行目から17行目(同21頁左段41行目~同45行目)までを次のとおり改める。

 「控訴人X1は、同月27日、控訴人銀行から5800万円の本件融資を受けて、これを売主であるRサービス株式会社に支払った。そして、本件建物について、同社から控訴人X1への所有権移転登記がされるとともに、本件融資に係る貸金債権を被担保債権とし、控訴人銀行を抵当権者とする抵当権設定登記がされた。」

 (5) 同17頁24行目(同21頁右段34行目)の「原告銀行においては、」を削る。

 (6) 同頁25行目(同21頁右段35行目~36行目)の「処理すること」の後に「を伝え」を加え、26行目(同36行目)の「勧めることを伝えた。」を「勧めた。」に、「ないし」(同37行目)を「あるいは」にそれぞれ改める。

 (7) 同18頁1行目(同21頁右段38行目~39行目)の「ただし」を「そして」に、5行目(同42行目)の「において」を「から」にそれぞれ改める。

 (8) 同頁25行目(同22頁左段13行目)の「本件建物の」から26行目(同15行目)の「焼損しなかった(乙1)。」までを次のとおり改める。

 「本件建物の3階部分は焼損した(焼損床面積は631.25平方メートル)が、1階及び2階部分は焼損しておらず、本件建物の損害は半焼(20%以上70%未満の焼損)と判定された(乙1(枝番を含む。)、9)。」

 (9) 同19頁2行目の「乙1」を「乙1の5」に改める。

 (10) 同頁8行目(同22頁左段26行目~27行目)の「フランス落とし」の次に「(注・落とし錠)」を加える。

 (11) 同頁16行目(同22頁左段37行目)の「散乱していた。」の次に「また、400ccバイク(ガソリンタンクに少量のガソリンが残っていたもの)やストーブが置かれていたが、いずれもすすけているが焼損はしていなかった。」

 (12) 同20頁16行目(同22頁右段17行目)の「被告から」から18行目(同20行目)の「確認された」までを次のとおり改める。

 「被控訴人から依頼を受けた株式会社Fの職員は、同年6月9日、本件建物から試料を採取し、油性成分調査を実施したが、その結果は、以下の(イ)ないし(エ)のとおりであり、同じく被控訴人から依頼を受けた株式会社Eの調査員及び火災原因鑑定研究所のD(以下「D」という。)は、同年6月25日、本件建物の調査を行ったが、その結果は、上記イと概ね同様の状況の他、以下の(ア)ないし(オ)のとおりであった」

 (13) 同21頁26行目の「依頼していたこと」の次に「(前後の分脈に照らし、乙9・54頁にデータ「修理」とあるのは「処理」の誤記であると認める。)」を加える。

 (14) 同22頁16行目(同23頁左段33行目)の「だから」を「であるから」に、同行目(同行目)の「(1)」を「(2)」に、18行目(同35行目)の「言える。」を「いえる。」にそれぞれ改める。

 (15) 同23頁1行目の「当裁判所に顕著である。」を「乙4、9」に改める。

 (16) 同頁8行目(同23頁右段2行目)の「事実上」を削る。

 (17) 同頁10行目(同23頁右段6行目)の「こと」の次に「(なお、控訴人X1及びAは、本件建物を取得後3年ないし40回分位は、控訴人X1が本件融資金の月額返済金を支払っていたが、その後はAが支払っている旨陳述する(乙6、7)。)」を加える。

 (18) 同頁12ないし13行目の「当裁判所に顕著である。」を「乙4」に改める。

 (19) 同頁14行目(同23頁右段11行目)の「事実上の義弟」を「Aの内縁の妻の弟」に改める。

 (20) 同24頁4行目(同23頁右段32行目)の「適否」を「適用の可否」に改める。

 (21) 同25頁5行目の(同24頁左段14行目)「徹底的に」を削る。

 (22) 同頁6ないし7行目(同24頁左段15行目~16行目)の「湮滅」を「隠滅」に改める。

 (23) 同頁15行目(同24頁左段27行目)の「むしろ、」の次に「Aは、」を加え、17行目(同29行目)の「証人としては、」を「原審における証人尋問においては、」に改める。

 (24) 同27頁5行目末尾(同24頁右段25行目)に改行の上、次のとおり加える。

 「なお、前記認定のとおり、本件放火が実行された平成26年5月24日は、本件建物に隣接する株式会社P生花市場の週に一度の休日である土曜日であり、土曜日には、前夜から早朝にかけて本件建物周辺の人通りが他の曜日より少なかったのであるから、本件放火は、このような事情を知る者による計画的な犯行であることを窺わせるところ、本件建物に出入りしていたAなどは、このような事情を知り得たことが推測される。」

 (25) 同28頁16行目(同25頁左段18行目)の「AもCも」を「原審において証人尋問が実施されたAにおいても、」に改める。

 (26) 同29頁7ないし8行目(同25頁左段41行目)の「むしろ、」から17行目末尾(同54行目)までを削る。

 (27) 同頁20行目(同25頁右段3行目)の「徹底して」を削る。

 (28) 同30頁21行目(同25頁右段39行目~40行目)の「一方、」から23行目(同41行目~42行目)の「考えられない」までを削る。

 (29) 同頁24行目(同25頁右段43行目)の「加えて、」の次に「Aにおいては、本件火災発生前後にCに対して相当な回数にわたってした架電の通話内容等につき、合理的な説明をできていないこと、」を、同行目ないし25行目(同44行目)の「出していない」の次に、「こと」をそれぞれ加える。

 (30) 同頁26行目(同25頁右段46行目)の「A」から31頁1行目(同47行目)の「なされた」までを「少なくともA又は同人の意を受けた者により行われたものであって、Aの故意による関与の下でされた」に改める。

 (31) 同31頁3行目冒頭から24行目末尾(同25頁右段49行目~同26頁左段23行目)までを次のとおり改める。

 「(2) 本件免責条項の適用の可否

  ア 前記認定・説示によれば、①控訴人X1には、本件土地建物の購入当時、本件土地建物の代金支払のためにされた本件融資の返済金(月額41万円)を支払える収入状況にはなかったこと、②控訴人X1が本件土地建物の購入の動機として供述する内容は、本件土地建物の立地状況や、購入後の本件建物の利用状況等に照らし、不自然、不合理であり信用できないこと、③本件土地建物の購入に係る交渉、本件融資に係る交渉、本件土地建物の売却に向けた行動は、いずれもAの主導により行われていたこと、④本件土地建物の購入後は、主にAが本件建物を使用・管理し、Aが本件融資の返済金の大半のほか、不動産取得税及び固定資産税の支払をしていたこと、⑤本件保険金の請求に係る交渉も主にAが行っていることなどからすると、本件建物については、その所有名義は控訴人X1であり、控訴人X1に被保険利益があることは否定できないものの、Aは、本件建物の実質的所有者であるか又は本件建物の利用ないし処分に係る経済的利益を享受する者であるものと認められる。

  イ 本件免責条項は、損害保険契約において、保険契約者又は被保険者の悪意又は重過失によって生じた損害については、保険者は損害填補の責を負わない旨を定めた旧商法641条(現行保険法17条1項本文と同趣旨)を具体化、明確化したものと解されるところ、同項の趣旨は、保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失によって保険事故を招致した場合に被保険者に保険金請求権を認めるのは、保険契約当事者間の信義則に反し、又は公序良俗に反するものであることによるものと解される(最高裁平成5年3月30日第三小法廷判決・民集47巻4号3262頁、最高裁平成16年6月10日第一小法廷判決・民集58巻5号1178頁参照)。

 上記のとおり、本件放火は、本件建物の実質的所有者であるか又は本件建物の利用ないし処分に係る経済的利益を享受する者であるAの関与の下でされたものと認められ、Aの故意による保険事故の招致は、A及び控訴人X1との関係から、信義則上、被保険者である控訴人X1の故意による保険事故の招致と同視し得るものといえる。そうすると、控訴人X1の保険金請求を認めることは、保険契約当事者間の信義則に反し、又は公序良俗に反するものであるといえるから、本件免責条項が適用され、被控訴人は免責されるというべきである。

 (3) 以上によれば、本件火災については、本件免責条項の適用があると認められるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らの本件各請求は、いずれも理由がない。」

2 当審における控訴人らの主張についての判断

 (1) 本件放火が保険金目的であることが強く疑われるとする点について

  ア 控訴人らは、①灯油の一部(ポリタンク1~2個)、段ボール箱や布類は、本件建物内にあったものを利用したものであること、段ボール箱や布類等は軽量であり、その移動は極めて容易であり、時限発火装置は、ろうそくの火で引火点の高い灯油に引火しようとしたもので、その材料もろうそく、布、服、断熱材等であり、稚拙かつ作成容易なものであることから、本件放火の準備作業はそれほど困難かつ著しく時間のかかる作業ではなかったこと、②本件建物は、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺3階建であり、外壁には耐火性に優れたヘーベルが用いられており、1階から3階までの延べ床面積は1900平方メートルであったこと、燃焼材として引火点の高い灯油(引火点は摂氏45度であり、常温では着火しない。)を使用しており、灯油は本件建物全体の延べ床面積に比して、それほど多量に撒布されていたわけではなく、その撒布された範囲もそれほど広範囲でないこと、本件放火の準備作業は本件建物を必ず全焼させるほどのものではなかったことが指摘でき、③上記①及び②からすれば、本件放火の準備作業が、本件建物を徹底的に全焼させようとする確固たる意思によることが明らかであるとはいえず、仮に本件建物を徹底的に全焼させようとする確固たる意思が推認されるとしても、そのことから本件放火が保険金目的の放火であると断定することはできない(例えば、本件放火が愉快犯である場合においても、建物を全焼させるという大規模な火災を発生させなければ満足することができない犯人もあり得る。)と主張する。

 しかしながら、上記①については、原判決説示のとおり、本件建物内に収容されていた衣類等の可燃物を適宜移動させて1階から3階までに配置して広範囲に灯油等を撒き、特に、屋内階段には1階から3階までに上記可燃物を連なるように配置して灯油等を染み込ませており、1階から3階までの各階には裁断した布を天井からつり下げるなどして時限発火装置を設置するなどしていたものであるから、本件放火の準備作業は、相当の労力と時間を要するものであったことが認められる。

 上記②については、控訴人X1提出の証拠(甲イ21)においても、灯油の危険性については、「加熱などにより液温が引火点以上になると、引火危険はガソリンとほぼ同様となる」、「布などの繊維製品などにしみ込んだ状態では、空気との接触面積が大きくなるので、危険性は増大する」と記載されており、現に本件建物の3階部分が焼損していること及び前記のとおりの本件放火の準備作業の状況に照らすと、助燃材として灯油が用いられたことをもって、本件放火の実行犯に本件建物を全焼させる意図がなかったということはできない。また、前記認定事実及び証拠(乙1の4、1の5、乙2、3、5、原審における証人Dによれば、撒布された灯油等の量は少量であるとはいえず、灯油等の撒布の範囲は広範囲なものであったと認められる。

 さらに、前記のとおり、本件放火の準備作業には、相当の労力と時間を要するものであると認められること、本件建物内には、段ボール、テレビ、ガソリンの入ったバイク、タンスや椅子等の家具、布団、マットレス、衣類などの可燃物が大量に置かれていたこと、近隣住民の通報により、幸いにして火災の初期の段階で認知されたことなどから、本件建物の焼損箇所は、本件放火犯人が着火した箇所である3階部分にとどまったものの、当該部分については、消防隊が消火活動を開始した時点において、炎が天井まで立ち上がり、激しく延焼している状況であったこと(乙1の4)からすれば、本件放火の実行犯には、本件建物を全焼させようとする確固たる意思があったことが推認できるというべきである。

 上記③については、前記のとおり、本件放火の準備作業には、相当の労力と時間を要するものであると認められるから、窃盗等の犯跡を隠滅する目的や、怨恨や愉快犯的な動機による放火とは相容れないというべきである。そして、これらの動機や目的による放火の可能性が排斥された上、本件建物が本件保険契約の目的とされていたこと、本件放火の準備作業には、相当の労力と時間を要する上、その準備には本件建物内の収容物が利用されていて、本件建物の所有者又は管理者等の本件建物の状況をよく知る者の本件放火への関与が強く疑われることからすると、本件放火は、保険金目的によるものであることが相当強く疑われるというべきである。

  イ 控訴人らは、平成25年12月にAが窃盗未遂の被害に遭い、被害届を出したことは客観的な証拠により裏付けられており、その際、窃盗犯人に遭遇し、取り押さえようとする過程で犯人に流血させたので、その窃盗犯人が放火した可能性がある旨のAの供述に信用性がないとはいえないと主張する。

 しかしながら、弁護士法23条の2に基づく照会に対する警察の回答書(甲イ18)によれば、Aは、平成25年12月11日に本件建物敷地内の駐車場において保管中の普通乗用自動車の運転席窓ガラスを割られるなどの窃盗未遂の被害に遭ったとして警察に被害届を出したことが認められるものの、同証拠中に窃盗犯人を取り押さえようとする過程で窃盗犯人を負傷させた事実等についての記載はなく、この点について客観的な証拠によって裏付けられているとはいえない上、窃盗犯人を負傷させた場所等の重要な部分においてAの供述に変遷があることは原判決説示のとおりであって、このような出来事の存在自体疑わしく、この点に関するAの供述は採用できないというべきである。

 (2) 本件放火の計画性と出入口などについて

 控訴人らは、①ろうそくや灯油を放火の実行犯が持ち込んだ客観的証拠はないこと、②本件建物の正面玄関は無理に開扉したものと考えられること、③窃盗犯人であれば侵入、準備作業は十分に可能であり、窃盗犯人は、金・土曜日にも侵入していることからすると、本件放火の実行犯がAや控訴人X1と意を通じていた者以外には考えられないということはない、④控訴人らは、本件建物の周辺が土曜日の未明から早朝にかけて人通りが少ないことについては、計画的に犯行を行おうとする者であれば容易に知り得るものであり、この点を理由としてA及び控訴人X1の本件放火への関与を肯定した原審の判断は恣意的であると主張する。

 しかしながら、上記①については、本件放火の実行犯によって時限発火措置が製作され、ろうそくはその材料であることからすると、本件放火の実行犯が持ち込んだことが推認されるというべきである。

 また、前記のとおり、撒布された灯油等の量は少量であるとはいえず、灯油等の撒布の範囲は広範囲なものであったこと、Aは、本件建物内にあったポリタンクには、わずかな量しか灯油は入っていなかったと述べていることからすると、本件放火の実行犯が灯油の一部を持ち込んだものと認められる。

 上記②については、前記認定事実によれば、本件建物の北側の正面玄関の扉は、シリンダー錠が施錠されデッドボルトが突出した状態であっても、力を入れれば開放することが可能な状態にあり、同扉が何者かによってこじ開けられた痕跡は見当たらないこと(なお、消火時に消防隊によって開けられた可能性が指摘されている(乙5)。)からすると、本件放火の実行犯が正面玄関の扉を無理にこじ開けたという控訴人らの主張は、前提を欠くというべきである。

 上記③及び④については、前記のとおり、本件放火の準備作業には、相当の労力と時間を要するものであると認められる上、その準備には本件建物内の収容物が利用されていることからすると、窃盗犯人又は部外者において本件放火の準備作業を行うことが容易であったとはいえず、むしろ、本件建物の所有者又は管理者等の本件建物の状況をよく知る者の本件放火への関与が強く疑われるというべきである。

 (3) A及び控訴人X1の動機について

 控訴人らは、①本件融資の返済義務を負担している控訴人X1にとっては、本件建物は店舗用建物として価値が見込めるから、わざわざ放火して建物価値を毀損することは合理的ではないこと、②仮に、本件建物を焼失させ、本件土地のみを売りに出して容易に有利に本件土地を換価できるという動機があったとすれば、もっと大量の燃焼材を用いるなど徹底的な方法で放火するであろうところ、本件放火は、本件建物を必ず全焼させるほどのものではなく中途半端なやり方であって、上記の動機と本件放火行為とを結びつけることはできないと主張する。

 しかしながら、上記①については、原判決の認定のとおり、本件土地建物については、少なくとも平成23年以降、買い手又は売り手も現れておらず、Aにとって経済的な負担であったことが認められ、本件建物について店舗用建物として相応の価値があったとは認められない。

 上記②については、本件放火の実行行為の態様からすると、本件放火の実行犯には、燃焼や火災の機序に関する知識、経験の不足があることが見受けられる(乙5)ものの、前記のとおり、本件放火の準備作業には、相当の労力と時間を要するものであることからすると、本件放火の実行犯には、主観的には、本件建物を全焼させる確固たる意思があったことが認められる。

 (4) A及び控訴人X1の言動について

  ア 控訴人らは、AがCと電話で連絡をとっていたのは、入院中にAができないデータの修理などの仕事の依頼をしていたものであること、Cは、本件火災の前夜にAから「煙草を買って来てほしい」等という要望の電話を受け、その際、病院の敷地まで来るとのことであるから、AがCに対し何度も架電することは不自然ではないこと、Cは証人尋問を経ていないから、その信用性を否定することはできないと主張する。

 本件火災の前夜のAのCに対する架電(本件火災前日の平成26年5月23日は9回で、このうち夜間は3回)及び本件火災発生後のAのCに対する架電(本件火災当日である同月24日は14回)について、Aは、株式会社Eの調査員からの事情聴取に対し、本件火災前後については、Cに対し、入院中にデータ処理等の仕事を依頼したものであり、本件火災発生後については、自分が動けないからできることをしてほしい旨依頼したものである旨を述べ(以下「Aの陳述」という。乙9・54~55頁)、Cは、株式会社Eの調査員からの事情聴取に対し、本件火災の前夜については、煙草を買って来てほしい等の要望があり、Aが入院中の病院に煙草を持って行ったからであり、本件火災発生後については、本件火災の知らせであり、何かできることがあればしてほしいと伝えられた旨を述べている(以下「Cの陳述」という。乙9・95~96頁)ことが認められる。これによれば、AのCに対する架電における通話内容についての説明は、Aの陳述とCの陳述とで一部合致していないこと、しかも、Cは、Aと親族関係等にもなく、本件建物の管理等に関与していた者でもないことからすると、AがCに対し、本件火災発生後の対応を依頼するというのは不自然であって信用性が乏しいものといわざるを得ない。Aの陳述及びCの陳述は、被控訴人の依頼を受けて本件火災の事実確認についての調査を行った株式会社E作成の調査報告書中に記載されたものであり、Cの証人尋問は実施されていないけれども、それによって上記の認定が左右されるものとはいえない。

  イ 控訴人らは、Aは警察からの電話で本件火災のことを知り、控訴人X1はAの姉Nからの電話で本件火災のことを知ったものであり、本件火災当日の午後には、警察により被害現場の実況見分がされていたから、既に事件として捜査がされているものとして、被害届を提出することは考えなかったのであり、本件放火への関与を隠蔽しようとするのであれば、むしろ被害届を提出して被害者を装う方が有益であり、被害届を提出していないことをもって、隠蔽のための行動であると推論することはできないと主張する。

 本件においては、控訴人X1は、T市消防長(消防署長)宛てに不動産及び動産の各り災申告書を提出している(乙1の9・5、6頁)ものの、捜査機関に対する被害届の提出はしていない。仮に、捜査機関による本件放火に関する捜査が開始されているとしても、犯罪の被害者であれば、捜査機関に対して捜査の進展を求めて被害届の提出をするのが通常であると解され、捜査の進展がない中で控訴人X1(又は本件建物の実質的所有者等であるAにおいて、本件放火につき「被害届を提出することは考えなかった」というのは、不自然であるといわざるを得ない。

 (5) Aのアリバイについて

 控訴人らは、Aの入院について、アリバイ工作であることを裏付ける証拠はないと主張する。

 しかしながら、Aの入院について、虚偽の事実を仮装したとまで認定するものではなく、アリバイ工作であると断定できるものではないとしても、補正後の原判決説示のとおり、本件放火は、Aが計画を立て、他の何者かにその実行を依頼することにより、故意により本件放火に関与したものであると推認される。そして、自ら実行行為を行うことなく、上記のような態様で本件放火に関与することも可能であるから、Aについて、本件火災発生当時に入院中であることをもって、直ちにAの本件火災への関与が否定されるとはいえない。

 (6) 本件免責条項の適用の可否について

 控訴人らは、仮にAの本件放火への関与が認められるとしても、故意過失責任の本質からすれば、本件放火について全く意を通じていない控訴人X1がAの犯罪行為に係る責めを共同して負う理由はないと主張する。

 しかしながら、補正後の原判決は、本件放火は、Aの故意による関与の下でされたものであり、本件建物の実質的所有者等であるAの故意による保険事故の招致は、信義則上、被保険者である控訴人X1の故意による保険事故の招致と同視し得るものであるとして、本件免責条項の趣旨から控訴人X1の保険金請求を否定したものであって、控訴人X1に本件放火についての民事又は刑事上の責任を負わせたものではなく、過失責任の原則等に反するものとはいえない。

 (7) したがって、控訴人らの上記各主張は、いずれも採用できない。

3 結論

 以上によれば、控訴人らの本件各請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、控訴人らの控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 裁判長裁判官 阿部 潤

    裁判官 田口治美 上田洋幸

保険代理店の手数料支払い請求が棄却された例 旧アリコ事件 東京地裁平成26年

代理店手数料支払等請求事件

東京地方裁判所判決/平成25年(ワ)第14565号

平成26年6月24日

【判示事項】       代理店手数料規定の改定が原告法人代理店にとって公序良俗に反する内容とまではいえないとして代理店手数料支払等の請求を棄却した事案

【判決要旨】       本件解約済契約は、代理店の受領する代理店手数料および保険契約者の受領する解約返戻金の合計額が被告に支払う保険料総額を上回る結果となるように、保険料率の高くなる保険商品等を意識的に選択した上、早期消滅契約とされることを回避しつつ保険料の支払いを可能な限り圧縮し、25ヵ月経過後の間もない時期に解約することを当初から意図して周到に仕組まれた計画的な作為(以下、「本件スキーム」という)の所産であると強く推認される。

             本件改定は、本件スキームを用いた典型事例が早期消滅契約として戻入の対象となるようにするとともに、優遇係数の不適用措置を定めることで、本件スキームを利用した逆ざやの発生を防止できるようにし、もって本件スキームに対する対抗策としたものと認められるのであって、その目的および手段において、十分な合理性が認められるものである。

             本件解約契約に係る逆ざやは偶発的に生じたものではなく、周到な計画の下に仕組まれた違法な本件スキームによって生じさせた不正な利益であると強く疑われるものであるから、これがすでに支払済みのものであるとして、少なくとも、早期消滅契約としての戻入を発生させるとともに優遇係数を適用しないこととする限度で、その是正を図ることは、公序良俗に反するものとまではいうことはできない。

【参照条文】       保険業法300-1

             保険業法275-3

             保険業法306

             保険業法307

             会社法16

             民法90

             商法512

             商法529

【掲載誌】        金融・商事判例1450号46頁

【評釈論文】       法学セミナー60巻1号117頁

 

       主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 被告は、原告に対し、4781万4242円及びうち581万3873円に対する平成25年3月26日から、うち267万5404円に対する同年4月26日から、うち706万8695円に対する同年5月25日から、うち840万3909円に対する同年6月26日から、うち934万0807円に対する同年7月26日から、うち871万6470円に対する同年8月24日から、うち579万5084円に対する同年9月26日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は、被告の代理店である原告が、被告に対し、代理店契約上の代理店手数料支払請求権又は不当利得返還請求権に基づき、代理店手数料の未払額(被告が戻入名目で代理店手数料から控除した金額)及び遅延損害金の支払を求める事案であり、戻入の根拠とされる代理店手数料規定の改定の有効性等が争われている。

1 前提事実(以下の事実は争いがないか、掲記の証拠によって認められる。)

 (1)ア 平成10年9月24日、アメリカンライフインシュアランスカンパニー(以下「旧アリコ」という。)は、原告との間で、生命保険募集代理店委託契約を締結し、生命保険契約の締結の媒介を委託した(甲5)。

  イ 平成11年7月6日、旧アリコは、有限会社A(その後株式会社Aに組織変更。以下「A」という。)との間で、生命保険募集代理店委託契約を締結し、生命保険契約の締結の媒介を委託した(甲6)。

  ウ 上記各代理店契約には、旧アリコは代理店の代理店業務に対し旧アリコが別に定める代理店手数料規定(以下「本件手数料規定」という。)に基づき手数料を支払う旨の条項(第12条1項)がある。

 (2)ア 原告は、旧アリコの代理店として保険契約の募集をし、別紙1のとおり、契約者欄記載の契約者らとの間で積立利率変動型終身保険契約(米ドル建又はユーロ建)を締結した。旧アリコは原告に対し、これらの契約に関し代理店手数料規定に従って算出された代理店手数料を支払った。

  イ Aは、旧アリコの代理店として保険契約の募集をし、別紙2のとおり、契約者欄記載の契約者らとの間で積立利率変動型終身保険契約(米ドル建又はユーロ建)を締結した。旧アリコはAに対し、これらの契約に関し代理店手数料規定に従って算出された代理店手数料を支払った。

 (3)ア 平成24年5月31日、被告は、旧アリコからの事業譲渡により、同社(日本支店)の保有する保険契約の全部の移転を受けた。

  イ 平成25年1月1日、原告はAを合併し、その権利義務を包括承継した。

 (4) 平成24年12月当時の代理店手数料規定(甲8の1)には、以下の趣旨の条項が定められていた。

  ア 第17条1項

 契約が、早期に失効、解約等になった場合、当該契約を早期消滅契約として、所定の係数を既支払手数料に乗じた金額を一括で戻入する。

 ここにいう早期消滅契約とは、一定の保険料入金回数(月払で24回、半年払で4回、年払で2回)を超えて保険料が支払われずに失効、解約になったものをいう(争いがない。)。

  イ 第17条2項

 代理店が、契約の継続率等を示す指標が一定の基準を満たす場合には、前項の係数(以下「非優遇係数」という。)よりも優遇された係数(以下「優遇係数」という。)を適用する。

 (5) 被告は、平成25年1月30日、上記代理店手数料規定及び代理店手数料細則を別紙3のとおり改定した(以下、その改定を「本件改定」という。)。その要旨は、以下のとおりである。

  ア 代理店手数料規定17条1項なお書の新設

 早期消滅契約に該当するかどうかの基準につき、保険料自動振替貸付が適用され充当された保険料は保険料入金回数から除外する(以下「保険料自動振替貸付除外措置」という。)。

  イ 代理店手数料規定17条2項ただし書の新設

 被告が合理的な理由があると認めた場合、代理店手数料規定17条2項の基準を満たす代理店であっても、同項を適用しないことができる。その場合、被告は当該代理店に通知するものとする。

  ウ 代理店手数料規定細則第13条1項の新設

 保険料自動振替貸付除外措置については、当面の間、平成22年1月1日以降に成立した積立利率変動型終身保険(米国通貨建2002及びユーロ建)の新契約に対して50%以上の割合の数の契約に保険料自動振替貸付の適用があり、かつ保険料自動振替貸付の適用された総契約件数が50件を超える代理店に対して、適用するものとする。

  エ 代理店手数料規定細則第13条2項の新設

 優遇係数の不適用措置を被告が通知した場合には、通知後速やかに既契約も含めて非優遇係数が適用されるものとする。

 (6) 被告は、本件改定を行った同日(平成25年1月30日)、原告に対し、本件改定後の手数料規定17条2項ただし書の規定による優遇係数の不適用措置の通知をした(甲9)。そして、保険料自動振替貸付除外措置及び優遇係数の不適用措置に従うと、旧アリコが上記(2)のとおり原告及びAに支払った代理店手数料の一部は戻入すべきものであるとして、同年3月分以降の被告が原告に支払うべき代理店手数料から戻入額を控除する扱いとし、その結果、同年3月分及び4月分の代理店手数料の一部、同年5月分から9月分までの代理店手数料の全部は原告に支払われていない。その額等は別紙4のとおりであり、この間の原告の代理店手数料のうち戻入額の控除という名目で支払がされていない金額は、本件請求額欄に記載のとおりである。

2 争点に関する当事者の主張

 本件の争点は、本件改定の有効性、原告に対し非優遇係数を適用した措置の当否である。

[原告の主張]

 (1) 本件改定は、以下に述べるとおり、原告にとって極めて不利益となる不合理なものであり、公序に反して無効というべきである。

  ア 保険契約者が現実に払い込んだ保険料であっても、保険料自動振替貸付が適用されて充当された保険料であっても、保険料の支払という点では何ら異ならないはずであり、後者についても、「保険料入金回数」に含める取扱いがされて当然である。代理店手数料規定細則第13条1項は、「平成22年1月1日以降に成立した積立利率変動型終身保険(米国通貨建、ユーロ建)の新契約に対して50%以上の割合の数の契約に保険料自動振替貸付の適用があり、かつ保険料自動振替貸付の適用された総契約件数が50件を超える代理店」にのみ、保険料自動振替貸付除外措置を適用するものとするが、その基準に合理性はない。

  イ 原告にとって、被告から代理店手数料を受領した後に、被告の判断だけで、従前認められていた優遇係数の適用を受け得る地位を一方的に排除され、代理店手数料を戻入しなければならないというというのは、重大な不利益であり、明らかに不合理な改正である。

  ウ 原告にとって代理店手数料の支払について利害関係を生じるのは保険契約を締結した時であるから、既に成立している保険契約に本件手数料規定の改正規定を適用するのは、遡及適用であって許されない。本件改定は、このような遡及適用を定めるものにほかならない。

  エ 原告の取り扱った保険契約によって被告に損失が生じたとしても、それは保険商品の設計など被告の事情に起因するものであり、原告には何の責任もない。

 (2) 仮に、本件改定が有効であるとしても、本件につき、原告に対し非優遇係数を適用することとした措置に「合理的理由」があるとはいえない。

 (3) よって、原告は、被告に対し、生命保険募集代理店委託契約に基づく代理店手数料の支払請求又は不当利得返還請求として、別紙4の本件請求額欄各記載の金額及びこれに対する約定支払日である戻入実施日欄各記載の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

[被告の主張]

 (1) 被告が本件手数料規定を変更することができる契約上の根拠は、代理店手数料規定30条及び同細則13条に求められる。

 (2) 本件改定の目的は正当であり、その手段にも合理性・妥当性が認められるから、何ら公序に反するものではない。

  ア 保険料自動振替貸付除外措置の導入を定めた理由は、保険料自動振替貸付が適用されたとしても実際には契約者から保険料の入金はないのであるから、早期消滅契約該当性の判断に当たり、これを保険料入金回数から除外することにしたものであって、当然のことである。また、その適用対象を、不正な目的を持つ一定の基準を満たす代理店に限定した(代理店手数料規定細則13条1項)ことにも合理性がある。

  イ 優遇係数の不適用措置を定めた改定は、本来優遇措置の対象とすべきでない代理店を優遇措置の対象外とするというものであり、やはり当然のことであって合理性がある。

  ウ 原告は、本件改定が遡及適用を定めるものであると主張するが、本件改定は、本件改定後に生命保険契約が解約された場合に適用されるものであるから、何ら遡及適用の問題を生じないし、仮に遡及適用であるとしても、本件改定の原因を作出した原告がその無効を主張することこそ公序良俗に反するものというべきである。

 (3) 原告は、不正な利益を上げるために優遇係数等を不正に利用したものであり、優遇係数の不適用措置を原告に適用した判断には合理性がある。

第3 当裁判所の判断

1 代理店手数料規定を被告が作成、改定することができること自体については、前記生命保険募集代理店委託契約第12条1項、3項(甲5、6)、代理店手数料規定第30条(甲8の1)及び代理店手数料規定細則第13条(甲7の2)によって認められる。

 そこで、本件改定又は本件改定後の本件手数料規定が公序良俗に反するものとして無効とされるかどうかについて、以下検討する。

2 証拠(乙30)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

 (1) 平成21年4月1日から平成25年2月1日までの間、原告は別紙5の積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)を、Aは別紙6の積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)を成立させたが、その後全て解約されている(以下、これらの保険契約を「本件解約済契約」という。)。

 (2) 本件解約済契約は、いずれも、当該契約に関して代理店の受領する代理店手数料等及び契約者の受領する解約返戻金の合計額が、被告の受領する支払保険料の総額を上回る(すなわち逆ざやとなっている)という特徴がある。本来、被告はこのような逆ざやの発生を想定していなかったが、本件を契機として被告が調査したところ、本件改定前の代理店手数料規定の下では、典型的には次のような諸条件を満たすことで逆ざやが生じることが判明した。

  ア 積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)その他の特定の種類の保険契約を対象契約として選択すること。

  イ 代理店資格がSランクであること。

 この代理店資格とは、保険料、支払手数料、継続率及び稼働月に基づいて6か月ごとに査定されるものであり、代理店資格が高いほど代理店手数料も高くなる。最上位がSランクである。

  ウ 保険料払込期間が15年~20年前後であること。

 保険料払込期間によって手数料の料率が変わるためである。

  エ スーパーパッケージ料率が適用されること。

 他の商品(収入保険、医療保険等)と一緒に販売することで手数料率が高くなるためである。

  オ 保険料の支払方法を、当初は年払にして1年目の保険料を支払い、3年目に月払に変更して25か月目(3年目の最初の月)の保険料を支払ってから解約すること。

 これは、支払保険料の総額を可能な限り圧縮する一方で、早期消滅契約として戻入の対象とされることを回避し、各種ボーナスの支払要件を充足させるように保険料の支払方法を設定したものである。

 なお、2年目の年払保険料を支払わずに(支払口座を残高不足にしておく)保険料自動振替貸付を利用すると、支払保険料の資金手当をする必要がなくなる(ただし、保険料相当額の貸付金は解約返戻金をもって精算されることになるため、保険料自動振替貸付の利用は逆ざやを生じさせるために不可欠の手段ではない。)。

 (3) 原告及びAが旧アリコの代理店として取り扱った保険契約の新契約年換算保険料(ANP)の額は、平成13年から平成20年までは旧アリコ(日本支店)の全代理店の取扱量の0.1%に満たない水準であったのに、平成21年に4.002%、平成22年に16.162%、平成23年に10.439%と激増した。そして、原告及びAが旧アリコの取り扱った積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)の契約には、他の代理店が取り扱った同種契約と比較して、次のような顕著な特徴がある。

  ア 原告及びAの募集に係る積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)の平成13年1月以降に締結された契約1336件のうち、37か月経過後も継続している契約は29件にとどまり、大多数の契約は解約されている。しかし、積立利率変動型終身保険(ドル建又はユーロ建)は、貯蓄性の高い保険商品であって長期間の契約継続が想定されているのが通常であって、短期で解約すると契約者は大きな損失を被ることになることから、このような解約状況は異常といえるものであった。

  イ しかも、このように解約された契約の圧倒的多数(積立利率変動型終身保険米ドル建2002で95.0%、同ユーロ建で99.8%)は、25か月目の保険料支払後に解約されたものであった。これは、他の代理店において同様に36か月経過までに解約された契約中25か月目の保険料支払後に解約された件数の比率が26.1%(積立利率変動型終身保険米ドル建)ないし34.4%(同ユーロ建)にすぎなかったのと大きく異なるものであった。

  ウ 加えて、本件解約済契約1312件のうち、1268件(96.6%)は契約時に年払が選択され、1010件(79.7%)はその後月払に変更されている。これは、他の代理店が同時期に取り扱った同種契約6万7770件のうち、契約時年払が選択されたのが2万7352件(40.4%)、月払に変更されたものが1139件(4.2%)にすぎないのと大きく異なっていた。

  エ さらに、本件解約済契約1312件のうち、保険料自動振替貸付の適用があるものは816件(62.2%)に上り、他の代理店が同時期に取り扱った同種契約6万7770件のうち保険料自動振替貸付が適用された件数2456件(3.6%)をはるかに上回っていた。

 (4) 本件解約済契約のNo.524、No.526、No.564の各保険契約の締結から解約に至る経緯及び収支の明細は、以下のとおりである(別紙5)。なお、No.524の契約者はNo.564の契約者の妻、No.526の契約者はNo.564の契約者の弟である。

  ア 原告は、平成20年11月1日に株式会社Bとの間で、平成21年8月1日に有限会社Cとの間で、それぞれ業務協力契約を締結した(乙14の1、乙15の1)。その要旨は、株式会社Bないし有限会社Cから紹介された顧客に対し原告が生命保険契約の募集を行い、その結果保険契約が成立した場合に原告から協力会社に業務協力費を支払うというものである。

  イ 原告は、No.524の保険契約(平成22年2月1日成立)及びNo.526の保険契約(同年3月1日成立)を有限会社Cの紹介で、同No.564の保険契約(同年10月1日成立)を株式会社Bの紹介で、それぞれ成立させたところ、これらに先立って、原告は有限会社C及び株式会社Bに対し、年払保険料にほぼ見合う金額(90%~108%)の業務協力費の支払を約していた(乙14の2、3、乙15の2)。

  ウ 上記3件の保険契約では、いずれも初年度の年払保険料の支払がされたが、2年目の年払保険料は支払われず保険料自動振替貸付が適用され、その後、月払保険料に変更されて25か月目の月払保険料が支払われた後に解約された。これらの保険契約に関し、被告が原告に支払った代理店手数料及び契約者に支払った解約返戻金から被告が受領した保険料との差引収支はいずれも被告の支払超過(逆ざや)となっており、その額は、No.524が321万8030円、No.526が323万4244円、No.564が278万5100円である。

  エ No.564の契約者は、被告からの事情聴取に対し、保険への加入、解約、その間の保険料の支払等は、全て原告又は株式会社Bに頼まれてやったことであり、支払保険料と同額を株式会社Bから受領したと述べている(乙4)。

 (5) 本件解約済契約のNo.500の保険契約の締結から解約に至る経緯、収支の明細等は、以下のとおりである。

  ア 原告は、協力会社である株式会社Dの紹介に基づき、平成22年4月1日、No.500の保険契約を成立させた。その頃までに、原告は株式会社Dとの間で覚書(乙9、10)を交わし、株式会社Dの紹介により上記保険契約(年払保険料432万6038円)が成立し原告に対して代理店手数料が支払われた場合、原告は株式会社Dに対し初年度分の業務協力費として403万1730円を支払うことを約束していた。

  イ 上記保険契約は、2年目の年払保険料が支払われず、保険料自動振替貸付が適用され、その後、月払保険料に変更されて25か月目の月払保険料が支払われた後に解約された。この保険契約に関し、被告が原告に支払った代理店手数料及び契約者に支払った解約返戻金から被告が受領した保険料との差引収支は、350万6933円の支払超過(逆ざや)となっている。

  ウ 原告代表者は、No.500の保険契約の成立に先立つ平成22年3月6日、同保険契約の保険契約者の代表取締役(被保険者でもある。)宛てに電子メールを送信しているところ、その中には以下の記載がある(乙8)。

   (ア) ご準備いただくものは以下の通りです。

 (中略)

 銀行口座(日頃あまりご利用になっていない口座が好ましいです)

 ※2回目保険料の引落し請求がかかります。残高があると引き落とされてしまいますので、出来れば日頃利用しない残高の少ない口座があれば助かります。

   (イ) なお、診査当日はアリコジャパンのドクターも同席していますのでスキームの話はタブーなのでご容赦下さい。

 (6) 被告と原告及びAとの間の各生命保険募集代理店委託契約には、以下の規定がある(甲5、6)。

  ア 保険料割戻し等の禁止(第22条)

 代理店並びに代理店の役員及び使用人は、契約者若しくは被保険者に対する、手数料の全部若しくは一部を給付する等の保険料の割引、割戻しその他の特別利益の提供を約し、又は提供する行為を、名称又は方法の如何を問わずに行ってはならない。

  イ 代理店業務の再委託禁止(第25条3項)

 代理店並びに代理店の役員及び使用人は、他の個人又は法人に対して保険契約が成立すること、又は成立したことに関し、名目の如何を問わず、金銭を支払ってはならない。

3 以上の認定に基づいて検討する。

 (1) 上記2(1)~(4)の認定事実によれば、原告及びAは、平成21年以降、積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)という特定の種類の生命保険の契約を異常なペースで成立させる一方、その大部分は、早期消滅契約とされることが回避されるタイミングである25か月経過後間もない時期に解約されていること、その間の保険料の支払状況を見ても、当初年払が選択され1年目の年払保険料は支払われるものの、2年目は自動振替貸付の適用により保険料の支払をせず、その後に月払に変更して25か月目の保険料を支払うことで、早期消滅契約とされることを回避しつつ、支払保険料額が可能な限り圧縮されるように仕組んだとしか考えられないものが極端に多いこと、このため、平成21年4月1日から平成25年2月1日までに原告又はAが契約を成立させその後解約された1千件を超える積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)において巨額(原告扱い分で計5億5415万3716円、A扱い分で計4億0740万9284円)の逆ざやが生じるという異常事態になっていることが認められる。

 (2) もちろん、保険契約の解約の時期、解約までの保険料の支払状況、代理店手数料率の適用状況等の複数の要素の偶然の組合わせによって逆ざやが生じ得ることは考えられることであり、本件手数料規定もその可能性を排除するものではないと解される。

 しかし、積立利率変動型終身保険(米ドル建2002又はユーロ建)という貯蓄型の保険で、25か月経過後間もない時期に解約した場合、契約者は少なからぬ経済的な損失を被るのであって(例えば、2(4)で例を挙げた本件解約済契約のNo.524の契約者の支払保険料が476万5046円に対し解約返戻金は51万2432円、No.526の契約者の支払保険料が474万1962円に対し解約返戻金は48万0256円、No.564の契約者の支払保険料が475万6906円に対し解約返戻金は61万0219円、2(5)で例を挙げたNo.500の契約者の支払保険料が458万6221円に対し解約返戻金は38万5389円である。)、本来、そのような事態は例外的にしか発生しないはずである。それにもかかわらず、こうした事態が大量に生じていたのであり、その考えられる理由としては、代理店に支払われた代理店手数料を原資に代理店から契約者に保険料の支払資金が還流していたと考えるほかなく、上記2(4)、(5)の認定は、これを裏付ける極めて有力な事実ということができる。

 (3) 以上の事情に照らすと、本件解約済契約は、代理店の受領する代理店手数料及び保険契約者の受領する解約返戻金の合計額が被告に支払う保険料総額を上回る結果となるように、保険料率の高くなる保険商品等を意識的に選択した上、早期消滅契約とされることを回避しつつ保険料の支払を可能な限り圧縮し、25か月経過後の間もない時期に解約することを当初から意図して周到に仕組まれた計画的な作為(以下「本件スキーム」という。)の所産であると強く推認される。そして、本件スキームが成立するためには、代理店契約第22条又は第25条3項(前記2(6))に違反して、代理店(原告又はA)が、代理店手数料を原資に、直接又は間接(協力業者を介して)に、契約者に対して保険料の支払資金を還流させることが不可欠となるから、本件スキームは全体として違法な行為であって、これによって取得した代理店手数料は不正な利益にほかならない。

 本件改定は、このような考えの下、本件スキームの徴表として、積立利率変動型終身保険(米国通貨建2002又はユーロ建)における保険料自動振替貸付の適用比率を抽出し、新たに保険料自動振替貸付除外措置(代理店手数料規定第17条1項なお書、同細則第13条1項)を定めることで、本件スキームを用いた典型事例が早期消滅契約として戻入の対象になるようにするとともに、優遇係数の不適用措置(代理店手数料規定第17条2項、同細則第13条2項)を定めることで、本件スキームを利用した逆ざやの発生を防止できるようにし、もって本件スキームに対する対抗策としたものと認められるのであって、その目的及び手段において、十分な合理性が認められるものである。

 (4) 原告は、本件改定は遡及適用を定めるものであって許されないと主張する。

 しかし、既に支払われた代理店手数料の一部が戻入の対象となり得るということ自体は本件手数料規定が当初から想定しているものであるところ、戻入の発生時を基準として考えれば、本件改定は遡及適用を定めるものとはいえない。他方、保険契約の成立時又は代理店手数料の支払時を基準として考えれば、本件改定はその後に戻入を生じさせるものとして遡及適用という側面があることは否めないが、そうだとしても、代理店契約又は代理店手数料規定上、代理店手数料規定の改定の遡及適用を禁止する条項はなく、遡及適用であるとの一事をもって、これを許さないと解すべき理由はなく、本件改定全体の合理性との関係で、公序良俗違反を構成する一要素として考慮されるべきものである。

 このような観点から見るに、本件解約済契約に係る逆ざやは偶発的に生じたものではなく、周到な計画の下に仕組まれた違法な本件スキームによって生じさせた不正な利益であると強く疑われるものであるから、これが既に支払済みのものであるとしても、少なくとも、早期消滅契約としての戻入を発生させるとともに優遇係数を適用しないこととする限度で、その是正を図ることが、公序良俗に反するものとまでいうことはできない。

 (5) 以上によれば、本件改定ないし本件改定後の代理店手数料規定が公序良俗に反するということはできない。

4 原告は、本件改定が有効であるとしても、原告に対し非優遇係数を適用することとした措置に合理的理由はない旨主張するが、これまでに認定判断したところによれば、本件解約済契約に係る戻入を優遇係数の不適用措置の対象とした被告の判断には「合理的な理由」(代理店手数料規定17条2項ただし書)があるというべきである。

5 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 裁判長裁判官 宮坂昌利

    裁判官 砂古 剛 上木英典

 

(別紙1、2)〈略〉

 

横田勝年裁判長名判決 生命保険と遺伝情報 大阪高裁平成17年

医事法判例百選 第2版 28事件

保険金請求控訴事件

大阪高等裁判所判決/平成15年(ネ)第2260号

平成16年5月27日

【判示事項】      高度障害保険金請求権の支払要件は充足していないとしながらも保険会社の支部長の対応等から高度障害保険金の支払いを拒否することは信義則違反に該当するとして支払いを認容した事例

【判決要旨】      1 責任開始期前にすでに存在した保険リスクをも保険の対象に含めると、高度障害状態に該当するリスクの高い者が多数保険に加入し、保険事故の発生率が高くなりすぎる恐れがあると同時に、被保険者間のリスクに差異が生じることとなり不公正となることは明らかであって、そのような事態を回避するために一律に責任開始期前に発病した疾病を原因とする高度障害状態を保険担保の範囲外として規定することには合理性が認められる。

            2 高度障害保険金の支払事由は、「被保険者が責任開始期以後の傷害または疾病を原因として保険期間中に高度障害状態に該当したとき」と定められており、実体法上、上記事実が存在する場合に保険金受給請求権が発生するものと考えられるから、権利の発生を主張するXにおいてその証明を行うべきである。

            3 責任開始期前の疾病に基づいて障害状態が存在し、それが単に悪化して高度障害状態に該当した場合には保険金を請求できないという本件約款に定められている以上、客観的にXは保険金受給権を有しなかったのであって、高度医療検査を受けて原因疾患を確定させたことによって保険金受給権の喪失という法的効果が生じたとはいえない。

            4 本件においては、高度医療検査を受けたことにより被保険者であるXが不利益を受けたが、逆に、同検査を受けたことにより、被保険者が有利な結果を得ることがあり得るから、一般的に同検査自体ないしその結果の利用が憲法13条に違反し、公序良俗に反することになるとはいえない。

            5 Xが、平成4年、Y社A支部長のアドバイスに従わないで、高度障害保険金の請求をしていれば、同保険金の支払いを受けられたことの可能性は非常に高かったというべきである。同支部長に同保険金の支給について決定権限のないことは明らかであるが、同支部長の上記アドバイスにより、Xが、同保険金の支払いを受けることができなくなった可能性が非常に高かったというべきであること、同支部長の職務内容、地位等を考慮すると、Y社がXの高度障害保険金の支払請求を拒否することは信義則違反に該当するといわざるを得ない。

【参照条文】      特別保障割増普通保険約款1

            疾病特約条項4

【掲載誌】       金融・商事判例1198号48頁

【評釈論文】      金融・商事判例1198号62頁

            ジュリスト1334号246頁

            別冊ジュリスト183号236頁

 

       主   文

 

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成11年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払をせよ。

 3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

 4 この判決は、第2項にかぎり、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴人の申立て

 主文と同旨。

第2 事案の概要

 事案の概要は、次に付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1 原判決5頁12行目冒頭から同6頁3行目までを、次のとおり改める。

 「本件約款第1条が高度障害保険金の支払事由となる高度障害状態を責任開始期以降の障害または疾病(以下、単に「疾病」という。)を原因とするものに限定したのは、責任開始期の時点で算定した予定高度障害率を維持するためであるから、責任開始期の時点における疾病と高度障害状態との因果関係は、責任開始期において予定高度障害率の維持が可能か否かという観点から判断すべきである。そうすると、責任開始期において、当時の医療水準によっても予見が不可能であった疾病は保険料算定に当たって考慮されていないのであるから、このような予見可能性のない疾病は、責任開始時期において存在した疾病とは、それが後の医学の進歩によって条件関係が認められるに至ったとしても、相当因果関係がないものというべきである。

 本件約款には、因果関係の判断基準として予見可能性という主観的要件は明示されていないが、その解釈に当たっては、その約款や条項の存在目的を掘り下げて合目的的に解釈すべきであるから、上記のとおり、責任開始期前の疾病と因果関係がない疾病には、責任開始期に既に生じていた疾病からは当時の医療水準に照らして予見がおよそ不可能であったと評価しうる疾病を含むというべきである。

 本件では、被控訴人の責任開始期において、専門家ですら控訴人の当時の症状がクラッベ病であり、これから高度障害が生じることをおよそ予見できなかったところ、その後、控訴人の疾病の原因を明らかにしたいとの強い希望もあって、遺伝子診断という高度医療検査を受けたことから、控訴人がクラッベ病に罹患しているとの診断がされたのであって、責任開始期にすでに存在した控訴人の疾病と控訴人の両下肢機能全廃との間には、仮に因果関係があるとしても相当因果関係はなく、したがって、本件約款第1条にいう因果関係はないので、控訴人の高度障害状態は責任開始期以後の疾病を原因とすることになり、本件保険金の支払事由に該当する。

 なお、被控訴人が保険金を支払う必要がないと解釈したいなら、信義則上、本件保険契約締結の際に、控訴人に対し、同契約時の症状を同契約後に発生ないし悪化した症状が同一疾病であることにつき、契約時期の医療水準に照らしては予見が不可能であっても、後日の医学の進歩により診断が可能となったときには、上記の因果関係があるとして同保険金を支払えないことを説明すべき義務があった。被控訴人は、同保険契約締結時に、控訴人の症状を把握しながら、上記の説明義務をつくさず、控訴人の症状を取るに足りないものとして同契約を締結したにもかかわらず、予測できない疾病の変化に、同契約締結後発生の要件を充たさないから保険金を支払わないというのは、控訴人に対する著しい不意打ちの解釈であって許されない。]

2 同7頁9行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加入する。

 「なお、控訴人は、被控訴人に説明義務違反があるのに、要件を充たさないとして高度障害保険金を支払わないとの解釈は不意打ちであるというが、被控訴人は、極めてオーソドックスに、本件規定を『責任開始期以後に発病した疾病を原因とした高度障害状態について高度障害保険金を支払うものである。』と解釈して、そのように主張しているだけで、特異な解釈をしているわけではないから、その解釈は不意打ちではないし、説明義務違反もない。」

3 同8頁4行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加入する。

 「百歩譲って、法的な立証責任を被保険者側が負うとしても、責任開始期前の疾病について保険加入時に保険者の側で保険医の診断を行い、問題がないとして保険加入を認めた以上は、責任開始期前の疾病と高度障害状態の原因たる疾病との間には因果関係はないものと事実上の推定がされるべきである。

 クラッベ病の成人型は、我が国では数例の症例しかなく、その病状や症状の発現、進行についてはほとんど分かっていない。それゆえ、控訴人のクラッベ病がいつ発病したかは厳密には不明である。そこで、控訴人が、責任開始期前にクラッベ病を発病していたかどうかは断定できない。控訴人の病状の変化は、平成2年ころに至って急激に悪化したのであるが、遺伝的素因があっても発病しない場合もあり、遅く発病したり、症状が安定したりする場合もあるから、控訴人についても、責任開始期前にはクラッベ病を発病していなかったが、症状が固定していたのに、クラッベ病の遺伝的素因に責任開始期以後の環境的要因や疾病要因等が影響したため、急激に症状が悪化した可能性がある。」

4 同13行目末尾の次に、行を改めて、次のとおり加入する。

 「また、控訴人は、責任開始期前の疾病と高度障害状態の原因たる疾病との間には因果関係はないものと事実上の推定がされるというが、証明の有無という点からは、控訴人の現在の症状が責任開始期前に発病した疾病を原因とすることは立証できている。すなわち、控訴人の10歳ころからの症状はクラッベ病によるものであると考えられるし、その後の症状経過を追えば、それが一連の症状であることは明白で、控訴人の現在の症状は、クラッベ病以外のこれと無関係な原因が加わって悪化したものでなく、クラッベ病そのものの進行によって障害状態が悪化したものである。」

5 同21行目末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

 「控訴人の症状がクラッベ病であると診断されたのは、本件保険契約締結後の遺伝子診断技術等の診療技術の進歩によるが、このように後の医学の進歩によって可能となった最先端の医療である遺伝子診断を受けたために責任開始期前の疾病と因果関係があるとされるのであれば、化学が進歩してより進んだ医療を受ければ受けるほど被保険者は、不利益を受ける結果となるのであって、これは最先端の医療を受けるという憲法13条に規定する幸福追求権を侵害する結果となり、公序良俗に反する。特に、遺伝子診断ないし遺伝子検査に基づく遺伝子情報については、それがその人の治療指針に直結するのであれば格別、そうでなければ単に遺伝子異常を知らされただけで、過去及び将来を宿命的に知るという、結果として不利益だけの情報であるというデリケートなものであるが、その情報を治療以外の目的に用いることは、遺伝子情報の保険における濫用的利用につながるものであって、許されるべきでない。」

6 同9頁11行目冒頭から同10頁17行目までを、次のとおり改める。

 「(4)信義則違反の有無

  ア 控訴人の主張

   (ア)控訴人の高度障害状態は責任開始期前の疾病と因果関係のない疾病を原因とすると解釈すべきであることは既に述べたとおりであるが、この点を控えめに見たとしても、その因果関係の有無については、いずれとも解釈する余地がある。

   (イ)そして、被控訴人は、本件保険契約締結に際し、控訴人のその時点の症状を問題としなかった。すなわち、控訴人は、本件保険契約締結に際し、保険会社の指定医の診断を必要とする保険をわざわざ選んだうえ、中学時に足の手術を受けたことやその後も神戸市立中央市民病院で診察を受けていることを進んで告知し、上記指定医に対しても、包み隠さず述べた。これに対して、被控訴人は、何ら問題ないとして保険に加入させ、責任開始期前の発病が原因で高度障害状態に陥った場合に保険金は支払われないといった留保条件は一切説明しなかった。すなわち、被控訴人は、控訴人が本件保険契約締結時に有していた症状について、医学的に見てこれが危険因子であるという評価はしなかったし、この点について控訴人に告知することもなかったのである。

 また、入院給付金については、責任開始期から2年を経過しない間は、その入院が責任開始期以後に発病した疾病の治療を目的とすることが支払条件とされているところ、控訴人は、2年以内に2回の入院をし、その際、その疾病については、原因が不明とされてはいたが、発症時期については、昭和42年12月ころとされていたのに、被控訴人は、控訴人の疾病は従前の疾病とは質的に異なる新たな疾病に当たるとして、入院給付金を給付した。被控訴人は、ここに控訴人の当時の症状が責任開始期以後の疾病であるとの判断を下したのであり、控訴人も以後この判断を前提に行動することとなったのである。

 その上、控訴人は、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求を相談したところ、同支部長は、控訴人に対し、『高度障害保険はもらえるけど、そうすると保険を止めなくてはいけません。今後入院したときに入院給付金がもらえなくなりますよ。このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいですよ。』とアドバイスした。控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の給付はされることを前提に、安心してその請求を先に延ばした。そして、平成11年に被控訴人に対して、高度障害保険金の請求をしたところ、被控訴人尼崎支部長は保険金が支払われる旨を述べて、控訴人に申請用紙を送付した。

   (ウ)以上のように、控訴人の症状に対する評価と本件保険約款条項への当て嵌めについて、被控訴人の取り扱いと解釈は、本件保険契約締結時から平成11年にかけて一貫して、控訴人の症状を問題とすることなく、平成2年の急激な症状の質的変化に対して責任開始期後発病ないし責任開始期前の疾病と因果関係のない疾病に該当すると解釈適応して対応してきたのであり、控訴人もこの解釈適応に対する期待権を有するまでに至っており、この期待権は法的保護に値するほどのものになっていたというべきである。被控訴人尼崎支部長さえも、被控訴人が過去2回の入院について入院給付金の給付を認めたことを前提に行動しているのに、従前の長期間とってきた解釈を突然変更したのであるが、これは控訴人の期待権を侵害するものであり、かかる解釈の変更は信義則上許されない。

  イ 被控訴人の主張

   (ア)被控訴人が控訴人と締結した本件保険契約は、責任開始期前に発病した疾病を原因とする高度障害状態に対しては保険金を支払わないという内容の保険契約であって、控訴人に対してのみ、特別の約定をしているものではなく、約款には、上記の内容の高度障害保険金の支払事由が明確に記載されており、被控訴人に説明義務違反はなく、信義則違反を基礎付ける事実は全くない。

   (イ)被控訴人が控訴人主張の2回の入院給付金の支払をしたことは事実であるが、これは支払事由がないにもかかわらず誤って支払ったものである。そして、この2回の入院給付金と本件の高度障害保険金は、その支払義務の根拠が本件保険契約若しくはその特約の本件約款にあるという点は共通するものの、それぞれの保険事故に該当する事実が発生したか否かという全く別個の法律関係に基づくもので、相互の関連性は全くない。したがって被控訴人が過去に入院給付金を誤って支払い、これによって控訴人が高度障害保険金が支払われると期待したからといって、そこに信義則違反が生じる余地はない。

 また、被控訴人尼崎支部長が平成11年に控訴人に対し高度障害保険金が支払われると言った事実はないし、平成4年についても、判断の材料となる診断書の提出もないのに、同保険金が支払われると告げたとは考えられない。百歩譲って、同保険金が支払われる旨の話をしたとしても、それは一般論の話で、具体的な支払の可否についてとは考えられない。

 仮に、控訴人が、高度障害保険金が支払われるものと期待したとしても、その期待は法的保護に値するとまではいえない。

   ウ 以上によれば、控訴人の信義則違反の主張は失当である。また、仮に、期待権の侵害があるとしても、その侵害による損害額が高度障害保険金の額である1000万円になる根拠はない。」

第3 当裁判所の判断

1 認定事実

 認定事実については、次に付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」の記載と同じであるから、これを引用する。

 (1) 原判決10頁21行目の「27、乙1ないし5、7」を「27、32の1及び2、34、35、乙1ないし5、7ないし9」と改める。

 (2) 同13頁17行目冒頭から同24行目末尾までを次のとおり改める。

 「(11)成人型のクラッベ病の発症経緯は、一般的には、10歳前後に運動障害、知能障害という形で発症するが、35歳ころに至って発症するものも、発症しない場合もある。発症後の進行は緩やかで、臨床診断としては下肢の痙性麻痺という診断がされることが多い。この時期においても、下肢の神経伝達速度を測定すれば低下が認められたり、髄液での蛋白の増加が認められたり、MRIにて白質病変が認められることもあるが、異常の認められない場合もある。その後の症状は、視力障害、上肢の運動障害、知能障害、小脳失調が進行し、両下肢機能の悪化に関しては緩徐であるものの進行性のもので、経過は10年以上を要する。ただし、進行が停止することや軽快することもあるし、急激に悪化することもあるとも言われ、症例が少ないことから、症状の変化は医学的に必ずしも明らかとなっているとはいえない。

 我が国における症例としては、小学校低学年ころより徒競争が苦手で、11歳ころ両足がやや尖足位であることに気づく程度であったが、30歳ころ急激に両下肢が突っ張るようになり、自転車にも乗れないようになった後、翌年には歩行不能となったというものがあり、控訴人を含めて5例程度である。」

 (3) 同14頁5行目末尾の次に「控訴人についても、同年以降、遺伝子診断、画像診断技術等の医療技術が進歩したことから、クラッベ病との診断が可能となったものである(甲21)。」と加える。

 (4) 同6行目冒頭から同14行目末尾までを次のとおり改める。

 「(13)控訴人は、上記のとおり、平成2年7月27日から同年8月28日まで、京大病院神経内科に精査目的で入院したが、その際、被控訴人尼崎支部長に入院した事実を告げて、入院給付金が支払われるかを尋ねたところ、同支部長は、これに断定的ではないが支払われる旨回答し、請求に必要な書類を控訴人に送付した。そして、被控訴人は、特段、その入院と責任開始期前の疾病との因果関係を問題にすることなく、入院給付金を支払った。また、平成3年5月16日から同月22日までの入院についても、同様に、上記のとおり入院給付金名目の金員を支払った。

 その後、控訴人は、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求について相談したが、その際、同支部長は、控訴人に対し、高度障害保険金をもらうと、本件保険契約が終了し、今後入院したときに入院給付金がもらえなくなるから、このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいとアドバイスした。控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の請求を先に延ばした。

 (14)控訴人は、平成11年に至って、被控訴人に対し、高度障害保険金の支払を請求したところ、被控訴人保険金課は、控訴人に対して高度障害保険金は支払われない旨回答した。」

2 争点(1)(責任開始期前発病不担保条項の解釈)について

 (1)支払基準の解釈準則

 支払基準を解釈する視点についての判断は、原判決14頁17行目から同15頁6行目までの記載と同じであるから、これを引用する。

 (2)本件約款の規定の検討

  ア そこで、本件約款(甲2)の規定をみると、本件約款第1条の「保険金を支払う場合」とは、典型的には、被保険者が責任開始期以後の疾病を原因として保険期間中に高度障害状態に該当した場合で、この場合、責任開始期前にすでに生じていた障害状態に責任開始期以後の疾病(責任開始期前にすでに生じていた障害状態の原因となった疾病と因果関係のないものに限る。)を原因とする障害状態が新たに加わって高度障害状態に該当した場合を含むとされている。すなわち、責任開始期以後の疾病とは責任開始期前にすでに生じていた障害状態の原因となった疾病と因果関係のないものに限られることは明白である。

 そして、このような因果関係が要求される理由としては、責任開始期前に既に存在した保険リスクをも保険の対象に含めると、高度障害状態に該当するリスクの高い者が多数保険に加入し、保険事故の発生率が高くなりすぎる恐れがあると同時に、被保険者間のリスクに差異が生じることとなり不公平となることは明らかであって、そのような事態を回避するためであるといえる。

  イ 以上によれば、保険金の支払基準として、高度障害状態の原因となった疾病の発生時期を客観的に識別する必要があるといえるし、原因となる疾病の発生時期、因果関係の有無を判断するに当たっては、純粋に科学的観点からされるべきものと解するのが相当である。

 控訴人は、支払基準の解釈は合目的的にされるべきであり、責任開始期において当時の医療水準によっても予見が不可能であった疾病は予定高度障害率に考慮されていなかったのであるから責任開始期にすでに存在した疾病とは因果関係がないものというべきであるとして、上記規約上の因果関係については相当因果関係をいうものと解すべき旨を主張する。

 確かに、保険契約時において予見が全く不可能であった疾病は予定高度障害率に考慮されていないし、上記のいわゆる逆選択の問題も不公平の問題も生じないとはいえるのであるが、本件約款の規定自体から条件的因果関係を採ったとみるのが自然であり、相当因果関係を採ったとみられるような文言もないうえ、因果関係の有無について相当因果関係によって判断することになれば、その予見可能性をできるだけ客観的に判断するとしても、主観的要素を考慮することには相違なく、障害や疾病の種類によっては、その判断ははなはだ困難であり、多数の保険契約について画一的に処理する必要がある保険事故の有無の解釈基準としては不適切というべきである。

  ウ 控訴人は、被控訴人に、本件保険契約の締結に当たって、信義則上、医学の進歩によって契約前後の疾病自体及びその症状の原因が判明し、同一の疾病、症状によって高度障害状態になったと認められた場合、同保険金を支払わないと説明すべき義務があったのにそれをせずに、同保険契約後発生との要件を充たさないから同保険金を支払わないというのは不意打ちの解釈である旨主張するが、本件約款第1条の規定の趣旨は明確であって、被控訴人の主張が不意打ちの解釈であるとまではいえず、その主張のような説明義務が被控訴人にあったとまでは認められない。

 また、控訴人は、本件で高度障害保険金の支払が認められないとすると、被控訴人は予期に反して利益を受けることとなり不当であると主張するが、希有の事例のため予定高度障害率の検討の際に考慮されていなかったとしても、予定高度障害を考慮のうえ、ひとたび支払要件を決めた以上、同要件に該当するか否かを検討し、同要件に該当しない場合、その保険金の支払いをしなかったとしても、これを不当な利益ということはできない。

3 争点(2)(保険金支払の要件が備わっているか)について

 (1)主張立証責任の所在及び控訴人の高度障害状態の発症時期並びに保険金支払いの要件が備わっていないことについての認定判断は、次に付加するほか、原判決17頁8行目冒頭から同19頁2行目末尾までの記載と同しであるからこれを引用する。

 (2)同18頁22行目末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

 「控訴人は、責任開始期にクラッベ病を発病していたかどうかは断定できない旨主張する。確かに、クラッベ病の成人型は、我が国では数例の症例しかないし、その病状や症状の発現、進行については、研究者や医師の見解も分かれているが、上記1(2)の認定判断のとおり、成人型のクラッベ病の発症経緯は、一般的には10歳前後に運動障害、知能障害という形で発症するものであるところ、責任開始期前に生じていた控訴人の歩行機能障害については、クラッベ病と考えれば合理的に説明可能であるのに対して、他の要因や疾病が原因となっていることを認める証拠はないから、クラッベ病によると推認するのが相当である。したがって、控訴人は、責任開始期前にクラッベ病を発症していたというべきであるから、控訴人の上記主張は採用できない。また、同病による症状が安定する場合があるとしても、上記のとおり、これが進行性のものであるといわれていることからすると、他の要因や疾病が原因となっていることの蓋然性が肯定できない以上、控訴人の高度障害状態は、責任開始期に発症していたクラッベ病がその後進行したものといわなければならない。」

4 争点(3)(原告の請求を拒絶することが公序良俗に反するか否か)について

 (1)争点(3)についての認定判断は、次に加除訂正するほか、原判決19頁4行目から同21頁5行目までと同じであるから、これを引用する。

 (2)同19頁24行目から同25行目の「高度医療検査の結果を用いてはならないことにはならない。」の次に「本件においては、高度医療検査を受けたことにより被保険者である控訴人が不利益を受けたが、逆に、同検査を受けることにより、被保険者が利益な結果を得ることがありうるから、一般的に同検査自体ないしその結果の利用が憲法13条に違反し、公序良俗に反することになるとはいえない。」と加え、同行目の「また」から同20頁2行目までを削除する。

(3) 同20頁22行目冒頭から同21頁2行目末尾までを、次のとおり改める。

 「本件は、保険加入のために遺伝子情報の提供が問題となった事案ではないが、保険金請求のための疾病が責任開始期前の疾病と因果関係を有するかどうかということの立証の場面において遺伝子情報が利用されたという点で、遺伝子情報の扱いについての最近の議論と同根の問題をはらんでいるということはできる。ただ、本件では、既にその結果が明らかになった上での保険金請求権の有無が問題となっているのであり、遺伝子情報の開示とか提供が問題となっているのではない。遺伝子情報の管理について、未だ何らの法規制もない現状では、遺伝子情報によって明らかになった事実を証拠法の上で排除する理由はない。」

5 争点(4)(信義則違反の有無)について

 (1)上記認定のとおり、被控訴人は、本件保険契約締結に際し、控訴人から過去の症状等について詳細に告知を受けたが、指定医の診断を経て、控訴人のその時点の症状が本件保険契約の障害になるとは判断しなかったし、平成2年7月27日から同年8月28日までの入院及び平成3年5月16日から同月22日までの入院については、特段その入院と責任開始期前の疾病との因果関係を問題にすることなく、入院給付金を支払った。また、その後、控訴人が、平成4年7月、身体障害者等級第1級に認定されたことから、被控訴人尼崎支部長に高度障害保険金請求を相談した際には、同支部長は、控訴人に対し、高度障害保険金をもらうと、同契約が終了し、今後入院したときに入院給付金がもらえなくなるから、このまま保険に入り続けて、まとまったお金が必要になったときに高度障害保険金を請求した方がいいとアドバイスし、控訴人はこのアドバイスに従って、高度障害保険金の請求を先に延ばした。そして、その後の平成6年になって、控訴人はクラッベ病であるとの確定診断を受けたのである。

 (2)以上の各事実からすると、控訴人が、平成4年、被控訴人尼崎支部長のアドバイスに従わないで、高度障害保険金の請求をしていれば、同保険金の支払を受けられたことの可能性は非常に高かったというべきである。同支部長に同保険金の支給についての決定権限のないことは明らかであるが、同支部長の上記アドバイスにより、控訴人が、同保険金の支払いを受けることができなくなった可能性が非常に高かったというべきであることに、同支部長の職務内容、地位等を考慮すると、被控訴人が控訴人の高度障害保険金の支払請求を拒否することは信義則違反に該当するといわざるをえない。

 したがって、控訴人のこの点の主張は理由がある。

6 結論

 以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、1000万円及びこれに対する平成11年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払をすべき義務があるから、控訴人の請求はこれを認容すべきところ、原判決はこれと異なるので、相当でないから、これを取り消し、主文のとおり判決する。

        裁判長裁判官  横田勝年

           裁判官  松本哲泓 末永雅之

 

須藤正彦裁判長不当判決 保険金の支払と消費者契約法10条 最高裁平成24年

生命保険契約存在確認請求事件

消費者契約法10条にあたらないとするのは疑問

最高裁判所第2小法廷判決/平成22年(受)第332号

平成24年3月16日

【判示事項】      保険料の払込みがされない場合に履行の催告なしに生命保険契約が失効する旨を定める約款の条項の,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」該当性

【判決要旨】      生命保険契約に適用される約款中の保険料の払込みがされない場合に履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める条項は,①これが,保険料が払込期限内に払い込まれず,かつ,その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に,初めて保険契約が失効する旨を明確に定めるものであり,②上記約款に,払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは,自動的に保険会社が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の条項が置かれており,③保険会社が,保険契約の締結当時,上記債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う実務上の運用を確実にしているときは,消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に当たらない。

            (反対意見がある。)

【参照条文】      消費者契約法10

            民法91

            民法541

            商法(平17法87号改正前)3編10章(保険)

            保険法3章(生命保険)

            保険法4章(傷害疾病定額保険)

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集66巻5号2216頁

            裁判所時報1552号153頁

            判例タイムズ1370号115頁

            金融・商事判例1395号14頁

            金融・商事判例1389号14頁

            判例時報2149号135頁

            金融法務事情1948号75頁

            金融法務事情1943号76頁

            LLI/DB 判例秘書登載

            登記情報610号94頁

【評釈論文】      金融・商事判例1407号8頁

            金融法務事情1943号81頁

            金融法務事情1950号36頁

            金融法務事情1953号71頁

            ジュリスト1453号67頁

            ジュリスト1476号80頁

            上智法学論集56巻1号95頁

            判例時報2169号153頁

            法学教室389号付録18頁

            法曹時報66巻8号2249頁

            法律時報87巻1号121頁

            法律時報別冊私法判例リマークス46号

            法律のひろば65巻5号63頁

            北大法学論集64巻5号1750頁

            現代消費者法16号120頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 上告代理人谷川徹三ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 1 本件は,保険会社である上告人との間で生命保険等の保険契約を締結した被上告人が,上告人に対し,上記保険契約が存在することの確認を求める事案である。上告人は,約定の期間内に保険料の払込みがないときは当然に保険契約が失効する旨の約款の条項により上記保険契約は失効したと主張するのに対し,被上告人は,上記条項は消費者契約法10条により無効であるなどとして,これを争っている。

 2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

  (1) 被上告人は,上告人との間で,平成16年8月1日に原判決別紙保険契約目録記載1の医療保険契約(以下「本件医療保険契約」という。)を,平成17年3月1日に同目録記載2の生命保険契約(以下「本件生命保険契約」といい,本件医療保険契約と併せて「本件各保険契約」という。)を,それぞれ締結した。

    本件各保険契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に当たる。

  (2) 本件各保険契約の保険料の支払は,月払とされていたところ,本件各保険契約に適用される約款(以下「本件約款」という。)には,月払の保険料の弁済期と保険契約の失効に関して,次のような条項がある。

   ア 第2回目以後の保険料は,月単位の契約応当日の属する月の初日から末日まで(以下「払込期月」という。)の間に払い込む。

   イ(ア) 第2回目以後の保険料の払込みについては,払込期月の翌月の初日から末日までを猶予期間とする。

    (イ) 上記猶予期間内に保険料の払込みがないときは,保険契約は,上記猶予期間満了日の翌日から効力を失う(以下,この条項を「本件失効条項」という。)。

   ウ 保険料の払込みがないまま上記猶予期間が過ぎた場合でも,払い込むべき保険料と利息の合計額(以下「保険料等の額」という。)が解約返戻金の額(当該保険料の払込みがあったものとして計算し,保険契約者に対する貸付けがある場合には,その元利金を差し引いた残額。以下同じ。)を超えないときは,自動的に上告人が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる(以下,この条項を「本件自動貸付条項」という。)。当該貸付けは上記猶予期間満了日にされたものとし,その利息は年8%以下の上告人所定の利率で計算するものとする。

   エ 保険契約者は,保険契約が効力を失った日から起算して1年以内(本件医療保険契約の場合)又は3年以内(本件生命保険契約の場合)であれば,上告人の承諾を得て,保険契約を復活させることができる(以下,この条項を「本件復活条項」という。)。この場合における上告人の責任開始期は,復活日とする。

  (3) 本件各保険契約の保険料は口座振替の方法によることとされていたところ,平成19年1月を払込期月とする同月分の本件各保険契約の保険料につき,保険料振替口座の残高不足のため,同月中に払込みがされず,同年2月中にも払込みがされなかった。

 3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断し,本件失効条項は消費者契約法10条により無効であるとして,被上告人の請求を認容した。

  (1) 本件各保険契約の第2回目以後の保険料の弁済期限は,本件約款に定められた猶予期間の末日であり,本件失効条項は,弁済期限の経過により直ちに本件各保険契約が失効することを定めたものである。

  (2) 本件自動貸付条項及び本件復活条項は,契約の失効によって保険契約者が受ける不利益を補う手段として十分ではないし,上告人が従来から実務上保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行っていたか否かは,本件失効条項の効力を判断するに当たって考慮すべき事情には当たらない。

 4 しかしながら,本件各保険契約の第2回目以後の保険料の弁済期限を上記猶予期間の末日であると解した上,本件失効条項が消費者契約法10条により無効であるとした原審の上記判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

  (1) 前記事実関係によれば,本件約款においては,第2回目以後の保険料は払込期月の間に払い込むべき旨が明確に定められているのであって,第2回目以後の保険料の弁済期限は各払込期月の末日であることが明らかである。本件約款に定められた猶予期間は,保険料支払債務の不履行を理由とする保険契約の失効を当該払込期月の翌月の末日まで猶予する趣旨のものというべきである。そうすると,本件失効条項は,保険料が払込期月内に払い込まれず,かつ,その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に,保険契約が失効する旨を定めたものと解される。

  (2) 本件失効条項は,上記のように,保険料の払込みがされない場合に,その回数にかかわらず,履行の催告(民法541条)なしに保険契約が失効する旨を定めるものであるから,この点において,任意規定の適用による場合に比し,消費者である保険契約者の権利を制限するものであるというべきである。

  (3) そこで,本件失効条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たるか否かについて検討する。

   ア 民法541条の定める履行の催告は,債務者に,債務不履行があったことを気付かせ,契約が解除される前に履行の機会を与える機能を有するものである。本件各保険契約のように,保険事故が発生した場合に保険給付が受けられる契約にあっては,保険料の不払によって反対給付が停止されるようなこともないため,保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付かない事態が生ずる可能性が高く,このことを考慮すれば,上記のような機能を有する履行の催告なしに保険契約が失効する旨を定める本件失効条項によって保険契約者が受ける不利益は,決して小さなものとはいえない。

   イ しかしながら,前記事実関係によれば,本件各保険契約においては,保険料は払込期月内に払い込むべきものとされ,それが遅滞しても直ちに保険契約が失効するものではなく,この債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められている上,上記一定期間は,民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月とされているのである。加えて,払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは,自動的に上告人が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の本件自動貸付条項が定められていて,長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされているなど,保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定の配慮がされているものといえる。

   ウ さらに,上告人は,本件失効条項は,保険料支払債務の不履行があった場合には契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う実務上の運用を前提とするものである旨を主張するところ,仮に,上告人において,本件各保険契約の締結当時,保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え,そのような実務上の運用が確実にされていたとすれば,通常,保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられる。多数の保険契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると,本件約款において,保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定の配慮をした上記イのような定めが置かれていることに加え,上告人において上記のような運用を確実にした上で本件約款を適用していることが認められるのであれば,本件失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないものと解される。

  (4) そうすると,原審が本件約款に定められた猶予期間の解釈を誤ったものであることは明らかであり,本件約款に明確に定められている本件失効条項について,上告人が上記(3)ウのような運用を確実にしていたかなど,消費者に配慮した事情につき審理判断することなく,これを消費者契約法10条により無効であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。

 5 以上によれば,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上の見地から更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

   よって,裁判官須藤正彦の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

   裁判官須藤正彦の反対意見は,次のとおりである。

   私は,本件約款の消費者契約法10条後段該当性の点で多数意見と見解を異にし,結論において原判決を相当と考えるので,以下に述べることとしたい。

    1 消費者たる保険契約者は,保険料の不払(残高不足)がある場合に,民法541条が適用されその催告による注意喚起があれば,そのことを知らないでいるときはそれに気付くなどして,催告期間中に保険料を納付して保険契約上の債務不履行状態を解消し,保険契約の失効という事態を回避できる。保険契約者にとって,保険契約が失効することは致命的なことであるから,同条により履行の催告を受けることのできる地位は,基本的かつ重大な利益である。されば,多数意見も,本件失効条項自体については,任意規定の適用による場合に比し,消費者である保険契約者の権利を制限するものであるというべきである(消費者契約法10条前段該当)とするところである。

      しかるところ,更に多数意見は,本件約款上に民法541条で求められる催告期間よりも長い猶予期間を定める条項及び自動貸付条項(以下,この二つの条項を併せて「本件配慮条項」という。)が定められていることに加えて,保険料払込みの督促の実務上の運用を確実にした上で本件約款を適用していることが認められるのであれば,本件失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらない(消費者契約法10条後段該当否定)とする。私は,この点については同調できない。

    2 まず,本件配慮条項の方であるが,次のとおり,そのうちのいずれもが催告の代償措置には値しないものというべきである。

     (1) 第1に,本件失効条項における1か月の猶予期間の点についていえば,我々の生活実感からすればそれは瞬く間に過ぎてしまう期間ともいえないでないし,医療保険契約や生命保険契約が失効することは保険契約者にとって死活問題ともいえることとの対比においては,保険会社は一種の継続的契約関係である保険契約関係における当事者間の信義誠実の原則としてみだりに契約関係が失効することのないよう努力すべきであり,信頼関係を破壊させる特段の事情が生じているわけではないのにわずか1か月の遅滞(2回の不払)程度でそれを失効させてしまうのは相当でないという見方も成り立ち得る。民法541条で求められる催告期間より長い1か月としたということが,債務者(保険契約者)の権利の制限(不利益)にどれだけ配慮しているのか甚だ疑わしいところである。

       のみならず,上記に述べたところからも明らかなとおり,催告期間とは,債務者(保険契約者)からみれば,債務不履行状態を解消する機会として与えられた期間であるから,その前提として,債務者(保険契約者)が債務不履行に陥っていることを知って初めて意味あることである。したがって,その起算点は,債務者(保険契約者)が債務不履行に陥っていることを知った日となるべきものである。しかして,多数意見の述べるとおり,保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付かない事態が生ずる可能性が高いのであって,その場合,払込みの督促通知がそれより後れて(一定期間経過するのが通常であろう。)債務者に到達するときは,その到達した日が債務不履行に陥っていることを知った日であるから,その日がいわば起算点となって期間が進行するというべきである。単純に,民法541条により求められる催告期間と本件の失効の猶予期間の1か月とを比較するのは正しくなく,弁済期限たる払込期月末日から督促通知の到達日までの期間が1か月という期間から差し引かれた上で比較されなければならないというべきである。例えば,本件の場合,原審の確定した事実によれば,平成19年1月の払込期月の末日の後,同年2月14日に督促通知を送付したことが認められるところ,通常,同様の時期に上記通知がされるとすれば,保険契約者が債務不履行を知るであろう同月中頃から同月末日までの約2週間程度が債務不履行解消可能期間となるにすぎないから,実質的にみれば本件の失効の猶予期間は,民法541条により求められる催告期間よりもさして長いわけではなく,この面からしても配慮の意味は乏しいといわねばならない。

     (2) 第2に,本件自動貸付条項も,解約返戻金が応分に発生していなければ保険契約者には貸付けがされるわけではないから意味があるものとも思えない。例えば,本件の場合においても,原審の確定した事実によれば,本件医療保険契約では解約返戻金そのものが発生しないものであり,本件生命保険契約でも契約締結後の年数経過の不足のためそれが発生していなかったというのであるから,本件自動貸付条項をもって保険契約者の権利の制限(不利益)を緩和する事由として考慮することは困難といわねばならない。

       結局,本件配慮条項が消費者たる保険契約者の権利の制限(不利益)を緩和する程度は相当に低く,そうすると,消費者の利益を一方的に害するものには当たらないとする結論を導く根拠として実質的に意味があり得るのは,払込みの督促の実務の確実な運用ということに殆ど尽きるといってもよいように思われる。

    3(1) そこで,この払込みの督促の実務について検討するに,もとより,約款の条項の消費者契約法10条該当性の判断においては,約款外の実務の運用も考慮されるべきであって,なるほど,払込みの督促通知によって,保険契約者は債務不履行に陥っていることを気付かされ得る。殊に,例えば,督促通知がされるだけでなく,残高不足で振替が行われなかった場合に備えてコンビニエンス・ストアからの保険料振込の用紙をも保険契約者に送付し,それだけでなく,保険会社担当者から,保険料の連続未収の場合には保険契約が失効する旨の説明・教示もしかるべく行うというのであれば,それ自体としては,一層そのようにいえよう。そして,そのような運用が確実に行われるのであれば,保険契約者は着実に債務不履行について注意を喚起されるだろう。

       だが,その督促通知をすることも,その運用が確実であることも,あくまで事実上のものにしか過ぎない。払込みの督促をすべきことが約款上に規定されているわけでもないから,法的義務とはならず,法的保護の埒外にある。そもそも,督促通知の実務上の運用が確実にされているということがどのようにして確かめられるのか疑問であるが,そのことは別にしても,「確実」といわれる実務の中で,万一,保険会社が現実に督促通知を行わなかったとしても,保険契約者は,保険会社を相手としてなすすべもない。また,払込みの督促の実務上の運用は法的に何ら担保されてなく,これを廃止するのに何らの障碍もない。つまり,保険会社がコストカット(経費節減)を実施することが求められる場合,人件費等を少なからず要するとみられるそれは,経済合理性に基づいて高い優先順位でコストカットの対象となり得,容易にそれを廃止するか,そうでないとしても極めて形骸化したものにし得るといえる。

       そうすると,実務上払込みの督促を行っていることにより,民法541条を適用しないことによる保険契約者の権利の制限(不利益)がカバーされるものとまではいい難い。

     (2) 本件失効条項は,保険契約における保険料は少額であること,そのような保険料の支払義務が不履行の場合に催告を行うことにはコストがかかり,また,その最終的解決方法として強制履行や損害賠償という方法は非現実的であること,保険制度は多数人との保険契約の締結を前提とするのであるから,迅速に多数の保険契約関係を処理する必要性があることなどに由来するものであろう。払込みの督促の旨を本件約款上に規定すれば,それが法的義務になるわけであるが,そうしないのも同様の理由によるものであろう。効率よく保険契約関係が解消処理されることは,結果的には,保険契約者が保険料支払義務から早期に解放されるという点で,また,保険契約者集団全体の保険の原資の確保に資し,民法541条に基づく催告を要求することに基づく保険会社のコストの増大による保険契約者全体の負担の増加を防止できることになるという点で,保険契約者側にも利点もあるという側面もあるが,上記に照らせば,本件失効条項や払込みの督促の運用は,結局のところ,私企業たる保険会社が迅速かつ低コストといった経済合理性を追求することによるものであろう。

       だが,保険約款の消費者契約法10条該当性を論ずる局面では,ひとり企業にとっての経済合理性等から考えられるべきではなく,たとえコスト減が制限され,それが全体の契約者等の負担にはね返るような事態になるとしても,個々の消費者としての保険契約者の目線や立場でも議論が進められるべきであろう。そもそも,その少額多数というのも保険会社側の論理であって,当該保険契約者の立場からすれば「少額」でもないし,「多数」でもないだろう。保険給付金額は,甚だ多額である。保険契約者は,保険会社にとっては無数の保険契約者のうちの1人にしか過ぎないが,当該保険契約者にとって保険会社はそうではない。保険契約が失効した場合に当該保険契約者に与える影響は致命的なもので,特に,保険契約者は,将来の健康状態の悪化による万一の事態における生活保障を得るためにこの生命保険という金融商品を取得することが多いと思われ,それが失効して保険給付が受けられなくなると,その頃に健康状態が変化しているときは新たな生命保険契約の締結が至難ということになりかねず,かくては,保険契約者の生活保障に深刻な打撃を与えるということにもなり得るのである。

       しかも,肝腎なことは,保険契約者がこの本件失効条項の存在,内容を必ずしも十分に理解していないであろう事情に加えて,事業者たる保険会社と消費者たる保険契約者間の情報力・交渉力において圧倒的な格差があることよりすると,払込みの督促の実務が事実上されなくなった場合に,保険契約者には,契約の対等な当事者としてそれを復活させる交渉も期待できないし,また,そのための手立ても十分には持ち合わせていないということである。払込みの督促通知の廃止又は形骸化が生じた場合に,保険契約者が,改めて裁判所に本件失効条項の無効の主張を持ち込むことも実際上は期待し難い。

       そうすると,払込みの督促の実務の運用が確実にされているとしても,それが事実上のものにとどまる限りは,やはり,事業者たる保険会社が消費者の正当な利益に配慮せず,迅速かつ低コストの事務処理という自己の利益を専ら優先させて消費者たる保険契約者の基本的かつ重大な利益を損なっているものとみるよりほかないのである。

    4(1) 以上要するに,本件配慮条項があることに加えて実務の運用で督促通知が確実に行われている事実が認められるとしても,それらをもってしては,消費者たる保険契約者には,民法541条の催告を受けて不履行状態を解消することができるのと同等の地位が法的に担保されていないままであるといえる。結局,本件約款の下においては,事業者たる保険会社が消費者たる保険契約者の正当な利益に配慮せず,自己の利益を専ら優先させて消費者の利益を害する結果をもたらすものといわざるを得ない。したがって,本件失効条項は,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たり,消費者契約法10条前段に加えて同条後段にも該当して無効というべきである。

     (2) さすれば,本訴訟を契機に,保険会社において,契約の解除のために通常行われているような催告が至難ということであるとしても,少なくとも,督促通知を行うべきことを約款上に明記するなどこれを法的に義務付けるようにすべきである。その場合,督促通知の内容,体裁は,例えば,猶予期間を経過すれば失効する(「失効することがある」ではなく)旨を他の字より太文字で,かつ,その箇所に太い赤下線を施すなど,保険契約者の注意を喚起するに十分な記載をするような方向での取組を進めることを期待したい。外国の立法例では,催告ないしは書留郵便による督促を法的に義務付けているものもあるようであり,そのことよりすれば,上記のようなことは,保険会社に対して難きを強いるものとは到底思えないところである。

(裁判長裁判官 須藤正彦 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官 千葉勝美)

 

 

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