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カテゴリ: 保険

戸籍上の妻が配偶者に該当しない例 最高裁令和3年

ダットサン民法3 5版264頁  退職金等請求事件

【事件番号】      最高裁判所第1小法廷判決/令和2年(受)第753号、令和2年(受)第754号

【判決日付】      令和3年3月25日

【判示事項】      民法上の配偶者が中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない場合

【判決要旨】      民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらない。

【参照条文】      中小企業退職金共済法10-1

            中小企業退職金共済法14-1

            中小企業退職金共済法14-2

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集75巻3号913頁

            裁判所時報1765号1頁

            判例タイムズ1488号89頁

            判例時報2503号77頁

            金融法務事情2182号70頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      判例秘書ジャーナルHJ100146

            判例秘書ジャーナルHJ100159

            銀行法務21 870号69頁

            家庭の法と裁判35号115頁

            金融法務事情2177号58頁

            ジュリスト1566号166頁

            ジュリスト1567号90頁

            ジュリスト1570号66頁

            法学セミナー67巻4号138頁

            経営法曹212号22頁

            法曹時報74巻10号2355頁

            判例時報2539号118頁

 

       主   文

 

 本件各上告を棄却する。

 各上告費用は各上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

 令和2年(受)第753号上告代理人井口寛二,同野村幸代の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)及び同第754号上告代理人浅岡輝彦,同山崎純の上告受理申立て理由について

 1 被上告人の母であるAは,平成26年に死亡したところ,当時,株式会社Bの従業員であり,同社は,上告人機構との間でAを被共済者とする中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約を締結していた。また,Aは,死亡当時,確定給付企業年金法所定の企業年金基金である上告人JPP基金の加入者であり,厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの。以下「平成25年改正前厚生年金保険法」という。)所定の厚生年金基金である出版厚生年金基金の加入員であった。

 本件は,被上告人が,Aの死亡に関し,上告人機構に対し上記共済契約に基づく退職金の,上告人JPP基金に対しその規約(以下「JPP基金規約」という。)に基づく遺族給付金の,出版厚生年金基金の権利義務を承継した上告人出版基金に対し出版厚生年金基金の規約(以下「出版基金規約」という。)に基づく遺族一時金の各支払を求める事案である(以下,上記の退職金,遺族給付金及び遺族一時金を併せて「本件退職金等」という。)。中小企業退職金共済法,JPP基金規約及び出版基金規約において,本件退職金等の最先順位の受給権者はいずれも「配偶者」と定められている。被上告人は,Aとその民法上の配偶者であるCとが事実上の離婚状態にあったため,Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者に該当せず,被上告人が次順位の受給権者として受給権を有すると主張している。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) 中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約に基づく退職金について

 中小企業退職金共済法10条1項は,上告人機構は被共済者が退職したときは,その者(退職が死亡によるものであるときは,その遺族)に退職金を支給する旨を規定している。上記遺族について,同法14条1項は,同項各号に掲げる者とする旨を規定しており,同項1号は,「配偶者(届出をしていないが,被共済者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」を,同項2号は,「子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹で被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの」を,同項3号は,「前号に掲げる者のほか,被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族」を,同項4号は,「子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの」をそれぞれ掲げている。そして,上記退職金を受けるべき遺族の順位について,同条2項は,同条1項各号の順位による旨を規定している。

 (2) JPP基金規約に基づく遺族給付金について

 ア 確定給付企業年金法47条は,確定給付企業年金の給付の一種である遺族給付金は,確定給付企業年金に係る規約において遺族給付金を支給することを定めている場合であって,加入者等の給付対象者が死亡したときに,その者の遺族に支給するものとする旨を規定している。上記遺族について,同法48条は,同条各号に掲げる者のうち規約で定めるものとし,遺族給付金を受けることができる順位は規約で定めるところによる旨を規定しており,同条1号は,「配偶者(届出をしていないが,給付対象者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)」を,同条2号は,「子(中略),父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹」を,同条3号は,「前二号に掲げる者のほか,給付対象者の死亡の当時主としてその収入によって生計を維持していたその他の親族」をそれぞれ掲げている。

 イ 上記アの定めを受けて,JPP基金規約65条1号は,上告人JPP基金の加入者が死亡したときは,その者の遺族に遺族給付金を一時金として支給する旨を定めている。上記遺族について,同規約66条は,確定給付企業年金法48条各号と同じ者を掲げており,遺族給付金を受けることができる順位は同条各号の順序による旨を定めている。

 (3) 出版基金規約に基づく遺族一時金について

 ア 平成25年改正前厚生年金保険法130条3項及び同項の委任を受けた厚生年金基金令(平成26年政令第73号による廃止前のもの。以下同じ。)26条1項は,厚生年金基金は,加入員等の給付対象者の死亡に関し,その遺族に一時金たる給付の支給を行うことができる旨を規定している。上記遺族について,同条2項は,同項各号に掲げる者のうち規約で定めるものとする旨を規定しており,同項1号は,「配偶者(届出をしていないが,給付対象者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」を,同項2号は,「子(中略),父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹」を,同項3号は,「前二号に掲げる者のほか,給付対象者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたその他の親族」をそれぞれ掲げている。

 そして,同条3項は,上記給付を受けることができる遺族の順位は規約で定めるところによる旨を規定している。

 イ 上記アの定めを受けて,出版基金規約60条1号は,加算適用加入員期間が3年以上である加算適用加入員が死亡したときは,その者の遺族に遺族一時金を支給する旨を定めている。上記遺族について,同規約62条は,厚生年金基金令26条2項各号と同じ者を掲げており,遺族一時金を受けることができる順位は同項各号の順序による旨を定めている。

 ウ Aは,死亡当時,加算適用加入員期間が3年以上である加算適用加入員であった。

 また,出版厚生年金基金は,Aの死亡後に消滅し,その権利義務を上告人出版基金が承継した。

 (4) Aの婚姻関係について

 ア Aは,昭和63年6月1日,Cと婚姻をし,平成元年▲月▲日に被上告人をもうけた。AとCの間には他に子はいない。

 イ Cは,平成4年頃,A及び被上告人と別居し,他の女性の下で生活を始め,以後,A及び被上告人と共に生活したことはなかった。Cは,別居後にAと面会したのは数回にすぎず,婚姻費用をほとんど分担しなかった。

 ウ Aは,平成21年頃,Cから協議離婚を求める書面の送付を受けたが,当時大学生であった被上告人の就職に支障が生ずることを懸念して,離婚の意思があったものの離婚の手続をせずにいた。その後,Aは,被上告人が大学を卒業した平成26年▲月には罹患していた病気の状態が悪化して離婚届を作成することができなくなり,Cとの離婚をしないまま同年▲月▲日に死亡した。Cは,Aが死亡したとの連絡を受けながら,その葬儀に出席しなかった。

 エ Aは,死亡の前日である平成26年▲月▲日,いわゆる危急時遺言の方式によって,推定相続人であるCを廃除し被上告人に全ての遺産を相続させる旨の遺言をした。そして,東京家庭裁判所は,平成28年10月5日,上記イの事情等を理由として,Cにつき推定相続人の廃除の審判をした。

 オ このように,AとCの婚姻関係は,Aの死亡当時,実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みがなく,事実上の離婚状態にあった。

 3(1) 中小企業退職金共済法は,中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条),退職が死亡によるものである場合の退職金について,その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号,2項),主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2~4号,2項)。このように,上記遺族の範囲及び順位の定めは,被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として,民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば,上記退職金は,共済契約に基づいて支給されるものであるが,その受給権者である遺族の範囲は,社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に,家族関係の実態に即し,現実的な観点から理解すべきであって,上記遺族である配偶者については,死亡した者との関係において,互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和54年(行ツ)第109号同58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照)。

 そうすると,民法上の配偶者は,その婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合,すなわち,事実上の離婚状態にある場合には,中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである。なお,このことは,民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない。

 (2) また,JPP基金規約に基づく遺族給付金は,公的年金の給付とあいまって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであり(確定給付企業年金法1条参照),出版基金規約に基づく遺族一時金は,加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的とするものである(平成25年改正前厚生年金保険法1条,106条参照)。そして,確定給付企業年金法や厚生年金基金令は,これらの支給を受ける遺族の範囲と順位は規約で定めるものとしつつ,規約で定めることのできる遺族として,事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者や,直系血族及び兄弟姉妹のほか,主として給付対象者の収入によって生計を維持していたその他の親族又は給付対象者と生計を同じくしていたその他の親族を掲げており,これを受けて,JPP基金規約及び出版基金規約は,上記に掲げられた者を遺族とする旨を定めている。このような定め方からすると,上記の各規約の定めも,給付対象者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば,上記の遺族給付金及び遺族一時金についても,上記(1)と同様に,民法上の配偶者は,その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には,その支給を受けるべき配偶者に当たらないものというべきである。

 (3) これを本件についてみると,前記のとおり,AとCの婚姻関係は,Aの死亡当時,事実上の離婚状態にあったものであるから,Cは,本件退職金等の支給を受けるべき配偶者には該当しない。

 4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。所論引用の判例はいずれも本件に適切でなく,論旨はいずれも採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木澤克之 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 山口 厚 裁判官 深山卓也)

 

損害保険の弁護士費用特約を使う要件 実際の出損必要とした東京高裁平成29年

保険判例百選第2版A5

弁護士への過剰請求への警戒月世継ぎるように弁護士としては感じてしまいます。

 

弁護士費用等請求控訴事件

東京高等裁判所判決/平成28年(ネ)第5242号

【判決日付】      平成29年4月27日

【判示事項】      損保会社である被控訴人との間で弁護士費用特約が付帯された自動車保険契約を締結した原告が,交通事故で負傷し,交渉を弁護士に委任して解決したのに,被控訴人が支払わないとし,弁護士報酬等を請求し,原審が請求を棄却したのに対し,控訴した事案。控訴審も,本件特約には,被控訴人に対する保険金請求権は,保険金請求権者が弁護士費用等を支出した時から発生・行使できると明記されており,被保険者の費用支出が保険金請求権の要件と解すべきであり,本件はその要件を欠くとし,控訴を棄却した事例

【掲載誌】       LLI/DB 判例秘書 自保ジャーナル2001号

【評釈論文】      損害保険研究80巻3号177頁

 

       主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,控訴人に対し,48万0490円及びこれに対する平成27年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事実関係

 1 事案の概要

   本件は,控訴人が,損害保険会社である被控訴人との間で弁護士費用特約が付帯された自動車保険契約を締結していたところ,交通事故で負傷し,これに関する交渉を控訴人訴訟代理人に委任し,同代理人が解決したにもかかわらず,被控訴人は弁護士報酬及び実費の支払をしないとして,控訴人が,被控訴人に対し,上記保険契約に基づき,上記弁護士報酬等48万0490円及びこれに対する催告後の日である平成27年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。

   原審が控訴人の請求を棄却したため,これを不服とした控訴人が控訴を提起した。

 2 前提事実

   前提事実は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1(原判決2頁15行目から4頁5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

  (1) 原判決3頁24行目の「1万8000円」を「1万0800円」に改める。

  (2) 同3頁26行目の「通じて,」の次に「交通事故の加害者と保険契約を締結していた」を加える。

 3 争点及び当事者の主張

   争点及びこれについての当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2(原判決4頁6行目から5頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

  (1) 原判決4頁11行目の「仮払金」の次に「(損害賠償額が確定する前に暫定的に支払われる金員であり,後に精算される可能性がある。)であって,既払金とは異なるもの」を加え,14行目から15行目の「被告との間で明示の合意」を「被控訴人の明示の同意」に,同行目の「黙示の合意」を「黙示の同意」に,18行目の「このこと」を「控訴人訴訟代理人は控訴人との間で委任契約を締結する時点でLAC基準の存在を知らなかったから,被控訴人の上記主張」にそれぞれ改める。

  (2) 同4頁26行目の「被告が」を「被控訴人において控訴人が請求する」に改め,5頁9行目の「明示されている」の次に「ところ,控訴人が主張する92万1374円は,仮払金ではなく,既払金に当たり,上記経済的利益に含まれないものである」を加える。

第3 当裁判所の判断

   当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。

   その理由は,次のとおり補正し,後記2のとおり控訴人の当審における主張についての判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3の1及び2(原判決5頁12行目から8頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 1 原判決の補正

  (1) 原判決5頁19行目の「超える」の次に「報酬契約をすることは差し支えないが,この基準により算定される保険金を超える」を加え,22行目の「実費」を「実費等」に改める。

  (2) 同6頁11行目,12行目及び14行目の各「被告」をいずれも「A」に改める。

  (3) 同6頁20行目の「平成27年12月2日」の次に「,控訴人訴訟代理人が請求している報酬金額には応じられず,保険金の金額について」を加え,23行目の「の保険金を支払う」を「とする」に改める。

  (4) 同7頁6行目の「296万2950円の」を「296万2950円とした上その」に改め,11行目の「保険金」の次に「請求権の」を加え,13行目の「承諾」を「同意」に,14行目から15行目の「被告が承諾」を「被控訴人において同意」に,19行目の「被告」を「A」にそれぞれ改め,21行目末尾に次のとおり加える。

    「なお,控訴人は,Aが控訴人に支払った92万1374円は,既払金ではなく,仮払金である旨主張するが,証拠(乙7,8)によれば,上記金員は,既払金であると認められ,控訴人訴訟代理人の委任事務処理によって控訴人が得た経済的利益には当たらないから,控訴人の上記主張は採用できない。」

  (5) 同7頁24行目の「当を得ない」の次に次のとおり加える。

    「(なお,控訴人は,この点に関し,控訴人訴訟代理人は控訴人との間で委任契約を締結する時点でLAC基準の存在を知らなかった旨主張するが,このことが上記合理性を左右するものではない。)」

 2 控訴人の当審における主張についての判断

   控訴人は,保険金請求権の要件は,文言上は,①保険者の同意,および②被保険者が実際に費用を支出したこととされているが,被保険者の賠償資力を保障するのが保険契約の本質的機能であり,被保険者に代わって保険者が支払うことを認めることによって責任保険による弁護士費用填補の機能が十分に発揮されることになるし,実務上も,被保険者が実際に支出していない場合にも,保険金の支払は行われているのであるから,上記②は不要であると解すべきであり,本件では上記①を満たしているから,控訴人の保険金請求権は発生する旨主張する。

   しかしながら,本件特約には,被控訴人に対する保険金請求権は,保険金請求権者が弁護士費用等を支出した時から発生し,これを行使することができるものと明記されているから,上記②は保険金請求権の要件であると解すべきである。

   確かに,実務上,被保険者が実際に支出していない場合にも,保険金の支払が行われることはあるが,これは保険者と被保険者との合意によるものと解されるから,上記の解釈を左右するものではなく,本件においてはそのような合意もない。

   なお,控訴人は,仮に,92万1374円を既払金として控除するとしても,控訴人が得られた経済的利益は204万1576円を下ることはないから,被控訴人は,少なくとも,これにLAC基準である16%を乗じた35万3276円の支払義務がある旨主張するが,上記の保険金請求権の要件を欠き,被保険者が実際に支出をしていない場合にも保険金を支払う旨の合意もないから,その請求に理由がないことに変わりはない。

   控訴人の主張は採用することができない。

 3 まとめ

   以上によれば,控訴人の請求は理由がない。

第4 結論

   よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第8民事部

        裁判長裁判官  阿部 潤

           裁判官  品田幸男

  裁判官中園浩一郎は,転補のため,署名押印することができない。

        裁判長裁判官  阿部 潤

保険の他保険告知義務違反と解除制限 東京高裁平成5年

保険法判例百選第2版A12                 保険金請求控訴事件

東京高等裁判所判決/平成3年(ネ)第2627        平成5年9月28日

【判示事項】        重複保険の不告知を理由とする保険契約の解除について、保険契約者の代理人において、右不告知が契約解除事由となることを知ったうえで、故意または重過失により他保険の存在を告知しなかったとして、保険契約の解除が認められた事例

【参照条文】        商法633

              商法644

【掲載誌】         判例タイムズ848号290頁

              判例時報1479号140頁

【評釈論文】        ジュリスト1114号123頁

              判例評論431号66頁

 

       主   文

 

 一 原判決を取り消す。

 二 被控訴人の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

 

       事   実

 

第一 当事者の求めた裁判

 一 控訴人

 主文と同旨

 二 被控訴人

  1 本件控訴を棄却する。

  2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 当事者の主張

 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決に記載(第二 事案の概要)のとおり(ただし、原判決三枚目裏九行目の「使者」の次に「(又は代理人若しくは履行補助者。本件傷害保険契約締結にあたっての被控訴人の法的地位については争いがある。)」を加える。)であるから、これを引用する。

 一 控訴人

 (第一解除及び第二解除に関する主張の補足)

  1 本件傷害保険契約は、定額給付型傷害保険であって、保険事故が生じたときは具体的な損害額とは無関係に約束された保険金を給付するものであり、その本質は条件付きの金銭給付契約であって、商法六三一条から六三四条までの規定の適用を受けない。その保険事故は急激・偶然・外来の事故による傷害又はその結果としての死亡又は後遺傷害であり、その発生率が少ないことから保険料は低額であり、支払われた保険料と保険事故が起きた場合の保険金との乖離が極端に大きく、保険事故招致を企図する者にとって誘惑的なものである。そこで、道徳的危険の防止という観点から、生命保険契約にはない重複保険契約についての告知義務や通知義務の制度が設けられているのであり、本件のような傷害保険契約にとっては、これらの制度は特に重要である。

  2 仮に、不告知ないし不通知を理由とする保険契約の解除が社会通念上公平かつ妥当と解される場合に限って許されるとしても、被控訴人は、控訴人担当者の拒否を圧してまで本件制約を締結し、また、右契約締結にあたり、担当者から告知義務・通知義務の存在及びその違反の場合の効果を説明されているのに、一日前に締結された第一契約の存在を告げず、さらには、第二契約の締結もわずか二か月後のことであって、被控訴人は、これらを知り尽くした上で右各違反をしたこと、被控訴人は、後述のとおり、日本語ができずかつ地理に不案内の順福をホテルに一人残して去っており、保険事故の発生を抑止しなかった上、順福を迎えに来ることとなっていたとする親戚の者の姓名や住所、新幹線に同乗した男性の同行者の存在を明らかにしないのであって、保険契約の善意契約性に著しくもとり、このような被控訴人に対しては、右解除することが許されるべきである。

 (当審における新たな主張)

 約款二〇条は、保険事故が発生したときは保険金を受け取るべき者は事故発生の日から三〇日以内に事故発生の状況を保険者に告知し、保険者が説明を求めたときはこれに応じなければならないと定め、その通知若しくは説明につき知っている事実を告げず若しくは不実のことを告げたときは、保険者は保険金を支払わないことを定めている。

 被控訴人は保険金を受け取るべき者であって右の義務を負っているところ、被控訴人は日本語ができない順福をホテルに一人残して韓国に旅立ったがその理由も経緯も不明であり、また、奈良の親戚が順福を迎えに来ることとなっていたと弁解するが、その親戚の者の姓名や住所を明らかにしなかったし、さらには、被控訴人は順福と被控訴人のみで新幹線に乗って大阪に行ったと説明し、男性の同行者一名の存在を隠蔽する。このように、被控訴人は本件事故の発生状況や犯人の特定に関する重要な事項について控訴人に説明を怠っており、被控訴人は前記約款の条項により保険金支払義務を負わない。

 二 被控訴人

 (第一解除及び第二解除に関する主張の補足)

 控訴人は、本件のような傷害保険契約にとっては、道徳的危険の防止という観点から告知義務や通知義務の制度は重要であると主張するが、生命保険契約(ママ)おいても同様の危険があり得るので、右主張は失当である。

 また、本件保険契約申込書には、重複保険の告知については左端に小文字で指摘されているに過ぎず、その義務の履行を厳格に要求しているとは考えられない。

 (控訴人の新たな主張に対する反論)

 被控訴人が控訴人主張の約款上の義務を負っていることは認めるが、控訴人は被控訴人に対し順福の死亡の態様を告知しており、その他の点については控訴人から説明を求められなかったから告げていないにすぎず、保険者たる控訴人に知っている事実を告げなかったり、不実のことを告げたことは否認する。

第三 証拠〈省略〉

 

       理   由

 

 一 第一、第二契約の成否

 第一、第二契約の成否に関する当裁判所の認定及び判断は、次の説示を加えるほか、原判決の「第三 争点に対する判断」中「一 第一、第二契約の成否」(原判決七枚目表七行目の冒頭から同一一枚目表末行の末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

  1 被控訴人は、当審において、小松原が第一、第二契約の契約書を偽造した証拠として、同人がその名刺の裏を利用して作成したとする仮領収証(〈書証番号略〉)と受領書(〈書証番号略〉)を提出する。このうち〈書証番号略〉は、小松原作成名義の昭和六三年九月五日(以下において、年の表示のない月日は、昭和六三年の月日を表すこととし、「昭和六三年」の表示を省略する。)付け被控訴人宛の仮領収証であって、八月八日から一〇日間の海外旅行の保険料として金一万四八四〇円を受領した旨が、また、〈書証番号略〉は、小松原作成名義の九月二〇日付け被控訴人宛の受領書であり、同日に被控訴人の領収証を受領した旨がそれぞれ記載されている。そして、被控訴人は、被控訴人が八月八日から一〇日間の韓国行き傷害保険の代金は小松原が立て替えていたので、これを九月五日に小松原に支払ったから(〈書証番号略〉)、右傷害保険と同時に加入したとする第二契約について被控訴人が八月八日に保険金を払い込んだことはあり得ないし、また、富士火災は第一、第二契約の契約書はいずれも小松原が偽造したことを認め、小松原に保険料を返還することとしたが、契約名義人が被控訴人であったことから、被控訴人宛に保険料を返済し、被控訴人が富士火災から保険料の返還を受けた旨の領収証とともに右返還金を小松原に交付した(〈書証番号略〉)と主張し、被控訴人本人の供述(原審・当審第一回)はこれに沿う。〈書証番号略〉については、小松原が病気のため記憶喪失となり(〈書証番号略〉)、同人からその作成の経緯についての供述を得ることができないが、同人が作成したことに争いのない〈書証番号略〉の筆跡との対照からいずれも真正に成立したものと認められる。

 しかし、〈書証番号略〉については、その作成の経緯に関する被控訴人の右主張には次のような疑問がある。まず、被控訴人の主張の経緯で右書証が作成されたとすると、小松原は被控訴人の保険料を立て替えたこととなるが、過去においてこのような立替払が行われたこと及び小松原と被控訴人との間に立替払が行われるような個人的な関係が形成されていたことが証拠上認められないこと。次に、同書証は、前示のとおり小松原作成名義の仮領収証であるが、「立替金」の文言がない上に、立替金に関する領収書であれば「仮」の文言を付する必要のないこと。被控訴人は八月一七日に小松原を通じて富士火災と同日から一〇日間の韓国行きの傷害保険を契約し、その保険金を同日小松原に支払っているのであって(〈書証番号略〉、証人小松原、被控訴人・当審第二回)、もし被控訴人主張の立替えが行われていたとすると、その際に立替金に関するやりとりが行われるはずであるのに、証拠上右事実が認められないこと。被控訴人は九月五日に小松原が同人の名刺の裏を利用して作成した領収証を持参して富士火災に順福の死亡保険金の支払い方を要求したが(〈書証番号略〉)、〈書証番号略〉はこれに関連して作成されたとも考えられること。以上の疑問があり、被控訴人の主張の経緯で右書証が作成されたものと認めることは困難である。仮に、被控訴人の主張のとおり右書証が作成されたとしても、第二保険の保険契約者は順福であって、右保険に関する立替金の領収証の宛名は同人となるはずであるから、右と同時に加入したとする被控訴人の傷害保険の保険金に相当する金額のみの立替金の領収証があるからといって、第二保険の成立を否定すべき根拠とはならない。

 次に、〈書証番号略〉については、被控訴人は富士火災から保険料の返還を受けた旨の領収証とともに返還金を小松原に交付したことを証するものであると主張するが、右富士火災からの領収証とともに返還金を小松原に交付したのであれば、領収証よりも重要な返還金に関する事項も記載されるはずであるのに、その記載がないことからすると、被控訴人主張の経緯で右書証が作成されたものとは直ちに認めがたい。却って、〈書証番号略〉に前示引用にかかる原判決認定の事実を総合すると、小松原は、被控訴人の執拗な要求に根負けして、自らのポケットマネーから第一契約及び第二契約の保険料相当額の二万五六二〇円を被控訴人に支払ったときに、被控訴人が富士火災宛てに作成した領収証を小松原が受領したことを証明するために〈書証番号略〉を作成したことが認められるのであって、同書証は、〈書証番号略〉と同様、第二保険の成立を認定する妨げとなるものではない。

 さらに、小松原が自己の費用負担で第一契約や第二契約を偽造する動機や必要性が認められないことを総合すると、小松原がこれらの契約書を偽造したとする被控訴人の主張は採用しがたい。

  2 被控訴人は第一契約の被保険者の中には順福が含まれていないと主張するが、前示引用にかかる原判決に認定のとおり、被控訴人の八月一六日付け外国人登録済証明書には、妻、子供三名のほか順福が同居の家族として記載されていて、第一契約の被保険者数五名の中には順福も含めなければ数が合わない上に、被控訴人は順福の同居の親族の資格で同人の死亡届をしているのであって(〈書証番号略〉)、第一契約の被保険者の中には順福が含まれていることは明らかである。〈書証番号略〉によれば被控訴人は西暦一九八八年五月二日に張明七と婚姻していることが認められるが、同女は東京に在住し、被控訴人は従来からの妻中村良子と被控訴人肩書地で同居しており(被控訴人当審第一回)、このことは、右認定の妨げとならない。

 二 第一解除及び第二解除の成否

  1 控訴人は、順福の代理人又は履行補助者である被控訴人が第一契約の存在を告知しなかったこと及び第二契約の締結を通知しなかったことを理由に本件傷害保険契約を解除したと主張するところ、第一解除の根拠として控訴人が主張する約款一〇条一項は、「保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について……知っている事実」を告げなかったときは、控訴人は契約を解除することができると定めており、本件傷害保険契約の申込書の記載事項として「他の保険契約」の欄が存在するから(〈書証番号略〉)、第一契約についての告知義務違反は、右約款一〇条一項の解除事由に当たるというべきである。また、約款一二条は、保険契約者または被保険者が重複保険契約をするときは予め、また、重複保険契約があったことを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を保険者に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求すべきことを定めており、被控訴人が第一契約を告知せず、かつ、第二契約を通知しなかったことは当事者間に争いがない。

  2 このように約款が、保険契約者等に対して、傷害保険の締結に際して他の保険契約締結の有無について事前の告知義務を課し、さらに事後に他の傷害保険契約を締結し、またはその存在を知ったときの通知義務を定めた趣旨は、本件の傷害保険が定額給付型の傷害保険であって、保険事故が生じたときは、その具体的な損害額とは無関係に約束された保険金を給付するものであり(〈書証番号略〉)、その本質は条件付きの金銭給付契約である(このため、商法六三一条から六三四条までの規定の適用を受けない。)ことに由来するものと解される。すなわち、本件傷害保険の保険事故は急激・偶然・外来の事故による傷害又はその結果としての死亡又は後遺傷害であって、その発生率が少ないため、病死も保険事故とする生命保険に比して保険料は低額であり、支払われた保険料と保険事故が起きた場合の保険金との乖離が極端に大きいことから、重複保険による保険金額の総額がその被保険者の年齢、性別、職業、保険の目的などに照らして不相当に高額になる場合には保険事故を招致して保険金を取得しようとする危険が高いという経験則に基づき、保険者としては、このような重複保険の成立を回避ないし抑制するため、当該保険契約締結の前後に重複契約に関する情報を開示させ、道徳的危険の強いものかどうかを見極めて、当該保険契約を締結しなかったり、解除するために、これらの告知義務、通知義務が設けられているものと考えられる。

 他方、各種保険の開発、普及及び保険会社による宣伝ないし勧誘等により、一般にさまざまな保険事故を対象とする保険に加入する機会が増大し、その結果特に傷害保険の分野(生命保険の特約条項としての傷害保険を含む。)においては、同一人を被保険者とする同一の保険事故に関する複数の保険契約に競合して加入することが珍しくない。このような状況のもとで、保険約款上重複保険の告知、通知義務が定められ、その懈怠が契約の解除という重大な結果をもたらすものとされているのに、一般公衆には、重複保険契約及びその不告知、付通知がそれほど重大なものと意識されているとはみられない。特に、後に他社と重複保険契約を締結した場合には、その旨を従前の保険会社に通知し、保険証券に裏書きを求めることは保険契約者にとって負担であるのみならず、これらの手順を知っている保険契約者は少ないものと推測される。それにもかかわらず、保険約款が、その各条項についての契約当事者の知、不知を問わず、特段の意思表示がない限り当然に契約内容となって当事者を拘束するいわゆる附合契約とされていることからすると、約款の規定があるからといって直ちにその契約上の効果をすべて無条件に認めることは、一般の保険契約者に対して、社会通念に照らし相当性を欠く不利益を与えるものであって当を得ないものと解される。保険契約の解除は、保険事故が生じた後においてもすることができるところ(約款一〇条四項、一六条四項。保険事故発生後の解除が解除の大多数の場合と思われる。)、保険事故発生前の保険契約の解除の場合は、保険契約者は、重複保険の事実を告知した上で新たに保険契約を締結する等の途が残されているのに比し、保険事故発生後の保険契約の解除の場合は、保険契約者はそのような手段を講ずることができず、特に不利益を与えるものである。

 そこで、右告知・通知義務の存在理由と右保険契約解除による不利益を考量し、保険会社は、約款に定められた者において重複保険の不告知又は不通知が契約解除事由となることを認識した上で、又は重過失により右の点を認識せずに、重複保険の存在を事前に告知せず、又は事後に通知をしなかった場合に限り(なお、事後の通知義務違反の場合は、約款上明示の定めはないが、事前の告知義務の場合との均衡や事後通知の負担を考慮して「故意または重過失」を要件とすべきである。)、当該保険契約を解除することができるものとすべきである。さらに、その不告知ないし不通知が不正な保険金取得の目的に出た場合をはじめ、事案の全体を眺めて、不告知ないし不通知を理由として保険契約を解除することが、保険会社による解除権の濫用とならないと認められる場合に限ってその効力を認めるのが相当である。

 なお、前示のとおり、約款上は、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人に対して右各義務を課しているところ、本件傷害保険契約の保険契約者兼被保険者は順福であることは当事者間に争いがない。しかし、右各義務が設けられた趣旨が前示のものであり、かつ、被控訴人は本件傷害保険の死亡保険金の受取人であることから、被控訴人が実質的に保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人と同視し得るように振る舞った場合は、信義則上、被控訴人の行為をもって、順福の行為と見なし、その行為が前判示の事由に該当するときは、控訴人は、保険契約者である順福又はその相続人に対し右各義務違反を理由に契約を解除し得るものというべきである。

  3 そこで、まず本件傷害保険契約締結の際の状況について検討すると、〈書証番号略〉、証人八尋の証言によれば次のとおり認められ、この認定に反する被控訴人本人尋問の結果(原審・当審第一回)は採用できない。

 (1) 被控訴人は、六月一三日、控訴人横浜支店の店舗をまず一人で訪れて傷害保険のパンフレットを持ち帰り、翌一四日に今度は順福を同伴して右支店で保険契約締結を申し込んだ。控訴人会社の係員は、個人が保険代理店を通さないで直接控訴人店舗窓口で保険に加入するのは極めて稀であることから不審に思い、契約の締結を断ったことから、被控訴人との間でやりとりがあったが、控訴人会社から後刻連絡することとしてその場を収まった。同日の夕方、控訴人の担当者は被控訴人方の留守番電話に断りの旨を伝えたところ、その夜被控訴人から抗議の電話があった。さらに翌一五日午前九時半ころ、被控訴人は、再び控訴人横浜支店を訪れて、外国人を理由に契約を締結しないのか等と大声で抗議したが、当日は順福を同伴していなかったこともあって、契約を締結することなく帰った。控訴人は検討の結果、断る理由も見当たらず、保険を引き受ける他はないとの判断に達し、翌一六日、営業推進課長である八尋有司(以下「八尋」という。)他一名が被控訴人宅を訪ね被控訴人と順福に面談して本件傷害保険契約を締結した。

 (2) 順福は日本語を殆ど理解しなかったため、本件傷害保険契約の申込書(〈書証番号略〉)作成にあたっては、順福に代わって被控訴人が専らやりとりを行い、右申込書や保険料の預金口座振替に関する申込書には、被控訴人がすべての事項を記入した。もっとも、保険金受取人として指定された被控訴人が順福の法定相続人でなかったため、八尋の求めにより順福は申込人のフリガナ欄の余白部分に署名した。右記入に先立ち、八尋は、前示のような経過があったことから、特に被控訴人に対し、他の保険加入の有無を尋ねたところ、被控訴人は「ない」と答え、回答記入欄にその旨を記入した。八尋は、申込書記載事項に虚偽があったり、後日他の保険契約を結ぶ時は被控訴人に連絡しないと保険金が支払われないことがあることも説明した。

 (3) 右申込書の欄外には「申込書記載事項(特に※欄)が事実と相違した場合は、保険金が支払われないことがあります。」と赤字で記載され、右※は性別、年齢、職業、他の保険契約及び過去三カ年の傷害保険金(五万円以上)請求または受領の欄のみに付せられている。

  4 右認定事実によれば、本件傷害保険契約の締結交渉、控訴人担当者との契約締結に関する打合せ、申込書の作成、重複保険存在の有無の確認等は、すべて被控訴人がこれを行い、順福は形式上保険契約者となったにすぎないのであって、実質的には被控訴人は順福の代理人と同視することができ、被控訴人は、信義則上、被控訴人の行為をもって順福の行為と見なし得るというべきである。そして、本件傷害保険契約締結の前日である六月一五日に第一契約が締結されていることも総合すれば、被控訴人は、本件傷害保険契約締結にあたり重複保険の不告知が契約解除事由となることを知った上で、故意または重過失により第一保険の存在を告知しなかったものと認めるのが相当であり、前判示のとおり、控訴人は第一解除をすることができるものというべきである。

  5 そこで控訴人の右解除権の行使が濫用に当たるかどうかを検討する。

 (1) 前示認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人担当者に夜間に電話したり、店頭で大声で抗議することにより、本件傷害保険契約を締結し、また、右契約締結に当たり、担当者から告知・通知義務の存在及びその違反の場合の効果の説明を受けているのに、一日前に締結された第一契約の存在を告げず、さらには、第二契約の締結もわずか二か月後のことであって、被控訴人は、これらを知った上で右各違反をしたことは明らかである。

 (2) 〈書証番号略〉によれば、約款二〇条は、保険事故が発生したときは保険金を受け取るべき者は事故発生の日から三〇日以内に事故発生の状況を保険者に告知し、保険者が説明を求めたときはこれに応じなければならないこと、及び、その通知若しくは説明につき知っている事実を告げず若しくは不実のことを告げたときは、保険者は保険金を支払わないことを定めていることが認められる。そして、被控訴人は保険金を受け取るべき者であって右の義務を負っていることから、信義則上、事故発生の日から三〇日を過ぎた後も、それが右約款上の保険金不払事由となるかどうかを問わず、控訴人に対し、事故発生の状況やこれに関する事項で知っている事実を告げるべき義務又はこれらの事項に関して不実のことを告げてはならない義務を負っているものというべきである。

 ところで、〈書証番号略〉によれば、順福の殺害現場である新阪急ホテル七〇二二号室のテーブル上のハンドバッグ内に、新横浜駅で同時に三名分発行された新幹線乗車券の内一枚と八月八日ひかり三五一号の自由席から指定席への社内補充券三名分が入っていたことが認められ、このことに証人児島英発は、右ひかり三五一号に車掌として乗車していたところ、順福、被控訴人及び四二、三歳くらいで四角い顔形、身長一・六メートル程度の男性の三名が右車内補充券を購入したと供述していて、右〈書証番号略〉の記載内容と合致し、明らかに被控訴人は、順福のほか男性一名と大阪入りしたことが認められる。しかしながら、被控訴人は、原審及び当審第一回本人尋問で、八月八日は新横浜から順福と二人で大阪に行き、新幹線の中で知人に会うことはなかった、と供述して、新幹線に同乗した男性の同行者の存在を隠蔽するのであり、被控訴人は本件事故の発生状況や犯人の特定に関する重要な事項について、控訴人に説明を怠っているといわざるを得ない。

 (3) さらに、被控訴人は、原審及び当審第一回本人尋問で、横浜から出発する四日ほど前から奈良在住の姪である柴田容子に幾度か電話連絡をとり、自分は九日の一〇時五〇分の飛行機で韓国に行くから、その間順福を預かってくれと依頼し、この点を確認した。九日朝八時ころホテルを出発する前にも姪に確認し、さらには空港でも姪の家に連絡した。その結果、姪の夫である柴田洋次が同日約束の時間より後れてホテルに迎えに行ったら順福は殺害されていたので連絡を受けたと供述する。

 他方、証人柴田容子、同柴田洋次は、いずれも、被控訴人からは八月九日より前は一切の連絡がなかったが、九日の午前一〇時頃に奈良市内の柴田洋次、容子夫妻の留守宅に、同日午後五時過ぎに新阪急ホテルに電話するように連絡が入った(留守番の中尾みどりが応対。)。柴田洋次が約束どおり電話すると、被控訴人は既にチェックアウトしており、順福のみが同ホテルに宿泊しているが、不在のため通じなかったので、柴田洋次の連絡先を明らかにして、電話を切った。その後、一〇日夕方のテレビニュースで順福殺害の事実を知り、警察に連絡した。被控訴人の連絡先が不明であったが、同日、被控訴人から連絡が入り、順福殺害の事実を教え、警察には被控訴人の連絡先を教えた。被控訴人は韓国の郷里で柴田容子が順福を殺害したと言い触らしたため、同女は、弁明のため、訪韓せざるを得なかったと供述する。

 被控訴人は、右証人柴田容子、同柴田洋次の証言は虚偽であると主張し、被控訴人が横浜を出発する数日前から柴田容子らと頻繁に電話連絡したことの証拠として〈書証番号略〉(電話料金等支払明細書)を提出し、これによれば昭和六三年八月の電話料金が通常の月に比して約五割増の四六四六円であることが認められる。しかし、被控訴人は、同月八日の夕刻に新阪急ホテルで金谷善雄と面会したと供述しており(当審第一回)、その打合せ等にも電話料金が加算されたとも考えられ、決定的な裏付けとなるものではない。却って、〈書証番号略〉によれば、被控訴人は、同月八日横浜から新阪急ホテルにツインの部屋二泊分を予約し、一〇日チェックアウトの予定で同ホテルにチェックインしたこと、右チェックインにあたり九日夜の順福の宿泊のためシングルの部屋を仮予約したが、結局部屋替えはされなかったことが認められ、順福が一〇日にチェックアウトする日程でホテルを予約していたことは明らかであり、九日の午前中に柴田容子が同ホテルまで順福を迎えにいく約束となっていたことと矛盾する。また、〈書証番号略〉によれば、新阪急ホテルの従業員が順福の死体を発見した日時は八月一〇日午後一時一五分であることが認められ、前示被控訴人の、柴田洋次が九日にホテルに迎えに行ったら順福が殺害されていたので連絡を受けたとの供述は、真実であるとは認めがたい。これらの点に、証人柴田洋次は、被控訴人が一〇日一〇時五〇分の飛行機で韓国にいくとの連絡を受けたようにも思うと供述しており、右ホテルの予約状況とも矛盾しないこと、前示証人柴田容子、同柴田洋次は、留守番の中尾みどりが残したメモ(警察で保管中)を確認していると供述しており、その供述にあいまいな点がないことを総合すると、前示証人柴田容子、同柴田洋次の供述内容が真実と認められる。

 そうすると、被控訴人は、日本語ができずかつ地理に不案内の順福をホテルに一人残して去ったこととなるが、このことを隠蔽するため、姪の柴田容子と事前に連絡をしていたと虚偽の真実を述べ、また、同女を犯人と吹聴して、殺害犯人の特定を混乱させている。

 以上認定の本件傷害保険契約締結の経緯、新幹線同乗者存在の真実の隠蔽等を総合すると、控訴人の第一解除は解除権の濫用とならないというべきである。なお、他保険である第一契約の内容をみると、その契約は毎月の保険料一万二〇六〇円の積立による契約期間五年間の積立保険契約で、満期返戻金が五〇万円、被保険者を保険契約者及びその家族とするもので、被保険者死亡の場合の保険金が一二五万円とされているごく日常的な内容のものであり(〈書証番号略〉)、第二契約も、保険期間をわずか四日間とし、死亡保険金を二〇〇〇万円、入院保険日額を四五〇〇円、通院保険金日額を三〇〇〇円とする、保険金が一五〇〇円の国内旅行傷害保険契約である(〈書証番号略〉)。しかし、〈書証番号略〉によれば、順福は、六月一三日に、神奈川県民共済生活協同組合との間で、同年七月一日を契約日(保証開始日)とし、順福を被共済者とし、不慮の事故死の共済金を五〇〇万円とする災害保障共済等を内容とする共済契約を締結しており、契約者である順福(本件傷害保険と同様、被控訴人が実質的に共済契約を締結したとすれば、被控訴人)は、本件傷害保険契約締結時に右申込を知っていたことは明らかである。控訴人は右共済契約の不告知を重複保険告知義務違反として第一解除をしたわけではないが、右共済契約が本件傷害保険契約締結時のわずか三日前、かつ、第一契約締結の二日前に申し込まれていることを参酌すると、右第一、第二契約の内容が日常的なものであるからといって、第一解除が濫用にわたるということはできない。

  6 被控訴人は、右告知義務違反と本件の保険事故発生との間に因果関係がないから、商法六四五条二項ただし書により、契約解除権は発生しないと主張する。しかし、約款(〈書証番号略〉)には右ただし書の規定と同旨の規定が存在しないことや、前示のとおり道徳的危険防止の観点から告知義務又は通知義務違反の場合は控訴人は契約を解除することができる旨の規定が設けられたことから、右約款の規定は、告知義務違反等があれば、保険事故発生との間の因果関係の有無を問わず解除権が発生する趣旨であることが明らかであり、右約款により商法六四五条二項ただし書の規定の適用を排除したものと認めるべきであるから、被控訴人の右主張には理由がない。

 三 してみれば、控訴人の第一解除の抗弁は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がない。

 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であって本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官南 敏文)

 

マイクロモビリティは個人賠償責任保険の対象外 大阪地裁令和5年

モベットの事故の処理

保険金請求事件

大阪地方裁判所判決/令和4年(ワ)第8388号

令和5年12月14日

【判示事項】      電源を入れた状態でスロットルを回し、ペダルをこぐことなく、モーターの動力のみにより走行する方法、電源を入れた状態で、スロットルを回さずにペダルをこぎ、モーターの動力による補助を受けながら走行する方法及び電源を切った状態で、モーターに頼ることなく、ペダルをこぐことで走行する方法の各走行方法による走行が可能なペダル付きの原動機付自転車(いわゆるモペット)は、原動力がもっぱら人力であるものには当たらないから、個人賠償責任保険約款の免責の対象となる「車両」に当たり、その所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害については、保険金支払の対象外となるとされた事例

【参照条文】      自動車損害賠償保障法2

            自動車損害賠償保障法5

            道路運送車両法2

            道路交通法2-1

【掲載誌】       判例時報2614号53頁

【評釈論文】      銀行法務21 925号67頁

 

       主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 被告は、原告に対し、200万円を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

 本件は、原告の父と被告との間で締結された個人賠償責任保険契約の被保険者であった原告が、ペダル付きの原動機付自転車を運転中に歩行者に衝突し負傷させたという後記2(2)記載の交通事故(以下「本件事故」という。)により、当該歩行者に対して損害賠償責任を負担したところ、この責任負担に係る損害は上記保険契約に基づく保険金の支払対象となると主張して、被告に対し、上記保険契約に基づく保険金請求として、本件事故により発生した損害の一部である200万円の支払を求める事案である。

 2 前提事実

 当事者間に争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

 (1)当事者等

 ア 原告は、平成10年×月×日生まれの男性である。

 イ 被告は、損害保険業等を営む株式会社である。

 (2)本件事故の発生

 ア 日時及び場所

 令和2年5月29日午後6時37分頃

 大阪市《番地等略》路上(以下「本件道路」という。なお、本件道路は歩行者・自転車専用道である。)

 イ 関係車両

 原告運転のペダル付きの原動機付自転車(車台番号《略》。以下「本件モペット」という。)

 本件モペットには3種類の走行方法があり、①電源を入れた状態でスロットルを回し、ペダルをこぐことなく、モーターの動力のみにより走行する方法(以下、当該走行方法を「原付モード」という。)、②電源を入れた状態で、スロットルを回さずにペダルをこぎ、モーターの動力による補助を受けながら走行する方法(以下、当該走行方法を「電動アシストモード」といい、原付モードと併せて「EVモード」という。)及び③電源を切った状態で、モーターに頼ることなく、ペダルをこぐことで走行する方法(以下、当該走行方法を「人力モード」という。)の各走行方法による走行が可能であった。

 ウ 事故態様

 本件道路を本件モペットで東進していた原告が、進行方向左前方を原告と同一方向に歩行していた訴外P2の右側から追い抜こうとしたところ、本件モペットの前部と右側に寄ってきたP2が衝突した。

 (3)本件事故に起因するP2の身体の障害

 P2は、本件事故により、中心性頚髄損傷、頚椎症性脊髄症、後頭部挫創、後頭部打撲等の傷害を負い、治療費等の損害が発生した。

 (4)保険契約の締結等

 ア 本件事故当時、原告の父と被告は、個人賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結しており、原告は、本件保険契約の契約者である原告の父の同居の親族として、本件保険契約の被保険者であった。

 イ 本件保険契約の約款には、航空機、船舶・車両(原動力がもっぱら人力であるものを除く。)、銃器(空気銃を除く。)の所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害については保険金支払の対象外となる旨の規定(以下、当該規定を「本件免責条項」という。)が含まれていた。

 3 争点

 請求原因(保険契約の締結と保険事故の発生)及び抗弁(免責事由該当事実)は、前記前提事実のとおり認められることから、本件の争点は、再抗弁である以下の2点となる。すなわち、

 (1)本件免責条項の適用除外事由(原動力がもっぱら人力であるもの)の有無(争点①)

 (2)本件免責条項の合意擬制の有無(争点②)

 4 争点に対する当事者の主張

 (1)争点①(本件免責条項の適用除外事由(原動力がもっぱら人力であるもの)の有無)について

 【原告の主張】

 ア 本件モペットにはペダルが付いており、ペダルをこぐことで人力だけでも走行することが機能的に可能であるから、本件モペットが自転車ではなく原動機付自転車に区分されることを認識することは、その外形からは困難である。本件モペットと電動アシスト自転車に外形上大きな差異はないから、電動アシスト自転車に準ずるものとして本件免責条項の除外事由に該当する。

 イ 被告が本件免責条項を設けているのは、道路交通法及び同施行規則の規定による原動機付自転車と電動アシスト自転車(軽車両)の区分に由来するところ、令和3年6月28日付け「「車両区分を変化させることができるモビリティ」について」という表題の通達(以下「本件通達」という。)によると、もともと原動機付自転車のナンバープレートを備えていない本件モペットは、EVモードが損傷するなどして人力モードとの切替えができない状態にあれば、本件通達の要件を充足し、原動力がもっぱら人力である車両として扱われることになるから、その場合には、本件免責条項の除外事由に該当する。

 また、本件事故当時、原告は、本件モペットの原動機を作動させず、ペダルをこいで走行していたのであるから、本件モペットを原動機付自転車としての本来の用い方に従って用いたとはいえず、道路交通法2条1項17号の「運転」に該当しないため、原告が本件事故当時、原動機付自転車を運転していたとはいえず、本件モペットは本件免責条項の除外事由である「原動力がもっぱら人力であるもの」に該当する。

 ウ 本件免責条項の趣旨は、他保険との分野調整にあり、自動車保険等の他保険の適用があるものにつき、後発の保険である個人賠償責任保険の保険金支給の対象外とすることで、重複保険状態となることを防止するために設けられたものである。本件モペットは、原告が取得した時点で原動機付自転車として登録されておらず、ナンバープレートの交付や設置もされていなかった上、前所有者から原動機付自転車としての登録が必要であるとの説明もなかった。したがって、本件モペットは、自賠責保険も任意保険も適用の余地がない車両であったから、本件免責条項の除外事由に該当し、保険金支払の対象となるというべきである。

 【被告の主張】

 ア 本件免責条項の適用の有無は外観で定まるものではなく、あくまでも、本件モペットが「原動力がもっぱら人力であるもの」に該当するか否かで判断されるのであって、このことは約款の文言上明らかである。本件モペットが、スロットルを回して原動機付自転車として走行できる以上、原動力がもっぱら人力であるものと解釈する余地はない。

 イ 本件免責条項は、私人間の合意である本件保険契約の約款に含まれているものであるから、行政上の取締りを目的とする本件通達により本件免責条項の解釈を変更されるというのは不合理であり、そもそも、本件事故は本件通達が発出される1年以上前に発生しているのであるから、本件通達が遡及的に本件免責条項の解釈に影響を与えることもない。仮に本件通達が、本件免責条項の解釈に影響を与えるとしても、本件通達にいう車両区分を変化させることができるモビリティに該当するためには、原告が言及する2つの要件のほかに、EVモードの際に原動機付自転車のナンバープレートを表示することが必要であるところ、本件モペットはこれら要件のいずれも一切充たしていないことから、原告の主張は失当である。

 仮に、本件事故時において本件モペットの電源が切られており、原告が人力モードで走行していたとしても、本件モペットの本来の用い方に従って用いたものであり、原動機付自転車の「運転」に該当する。

 ウ 本件免責条項の趣旨は、他保険との分野調整だけでなく、航空機、船舶、車両、銃器等の使用により生じる第三者に対する損害賠償は、個人が日常生活の中で第三者に対して負う損害賠償と比べて、質的にも量的にもより重大な責任に発展するリスクを抱えているものであるが、個人賠償責任保険においては、そのような重大な責任に見合った保険料の支払を受けておらず、その損害をてん補することはできないため、保険金支払の対象から除外するものである。

 原動機付自転車である本件モペットが上記のリスクを有する一方、原告が、道路交通法に従い、本件モペットのナンバープレートを取得するなどして自賠責保険や任意保険に加入していれば、原告のP2に対する損害賠償責任はこれら保険によっててん補されるものであったことに照らせば、本件免責条項の趣旨に鑑みても、本件免責条項の適用が肯定されるというべきである。

 (2)争点②(本件免責条項の合意擬制の有無)について

 【原告の主張】

 本件免責条項は、被告が保険金を支払うべき事故についての例外規定であり、原告の権利を大きく制限する条項である。原告の父は、本件保険契約締結時、被告から本件保険契約の約款を示されたり、内容を説明されたりしたことはなく、また、原告は、本件モペットの外形や入手経緯などから、本件モペットにおいて原動機付自転車のナンバープレートを取得し、自賠責保険等に加入しなければならないとの認識を持つことは不可能であったのであるから、本件免責条項を適用し、被告の保険金支払義務を免除することは、取引上の社会通念に照らし、信義則に反して原告の利益を一方的に害するため、民法548条の2第2項により合意しなかったものとみなされる。

 【被告の主張】

 否認ないし争う。本件免責条項の趣旨が他保険との分野調整にすぎない以上、原告の権利を制限する条項とはいえない。本件免責条項は被告のホームページ等で公開されており、原告の父はこれを見ることができる状況で被告との本件保険契約を締結している上、モペットの運転事故については、本来自賠責保険等によって損害がてん補されるものであるから、本件免責条項は合理的かつ公平な規定であり、むしろ、本件事故においても個人賠償責任保険が適用され、原告に対して多額の保険金が支払われることになれば、自賠責保険等に加入して高額な保険料を支払っている者との間で均衡を欠くことになるから、民法548条の2第2項の適用はない。加えて、原告において、本件モペットが自賠責保険等に加入しなければ第三者に対する損害賠償責任に係る損害をてん補できないとの認識を持つことは可能であったし、仮に当該認識がなかったとしても、本件保険契約は、原告の父と被告との間で締結されたものであるから、単なる受益者である原告の認識が本件保険契約の成否や民法548条の2第2項の適用の有無に影響を及ぼすものではない。

第3 当裁判所の判断

 1 争点①(本件免責条項の適用除外事由(原動力がもっぱら人力であるもの)の有無)について

 (1)個人賠償責任保険契約は、個人である被保険者が日常生活の中で、過失によって第三者の身体や財産等に損害を与え、当該第三者に対して賠償責任を負った場合に、これによって被保険者が被る損害をてん補してもらうことを目的として、保険契約者が保険者に対して保険料を支払うといった類型の保険契約である。そして、個人賠償責任保険契約は、それ単体で締結されるより、主たる別の保険契約に特約として付帯されることが多く、個人賠償責任保険契約自体の保険料は通常低額に設定されている。このような個人賠償責任保険契約の目的及び特色から、個人賠償責任保険契約においては、一般的に賠償金額が高額になると想定されるような事故類型や重大な責任に発展する可能性がある事故態様等を保険金支払の対象から除外する規定が随所に設けられている。

 前記前提事実(4)イのとおり、本件免責条項は、航空機、船舶・車両、銃器の所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害を保険金支払の対象外とする旨の規定である。航空機、船舶・車両、銃器を所有、使用又は管理する場合、これら対象物自体が潜在的に高い危険性を有するものであることから、これらを所有、使用又は管理していない場合と比して、第三者に対して損害を与える危険は増大するし、また、発生する損害額も類型的に見て高額になる傾向がある。そのため、航空機保険、船舶保険、自賠責保険など、上記対象物については、いずれも所有、使用又は管理に起因する賠償責任を補償する保険制度が別途個別に設けられている。したがって、本件免責条項は、航空機、船舶・車両、銃器など、それ自体が潜在的に高い危険性を有するものについて、これらの所有、使用又は管理に起因する賠償責任の負担に係る損害のてん補については個別の保険制度に譲ることとして、第三者に対する賠償責任のリスク・金額が大きい事故類型を個人賠償責任保険から除外する趣旨であると考えられる。

 本件免責条項において、車両の所有、使用又は管理に起因する賠償責任から原動力がもっぱら人力である車両を除外事由としていることに関しても、原動力がもっぱら人力である車両は、当該車両自体が潜在的に有している危険性が類型的に考えて大きいとまではいえず、当該車両を所有、使用又は管理することに起因する賠償責任の負担に係る損害についても、これを所有、使用又は管理しない場合と比して、必ずしも増大する傾向にあるとはいえないこと、また、原動力がもっぱら人力である様々な種類の車両について、これらの所有、使用又は管理に起因する賠償責任を補償する個別の保険制度が別途網羅的に設けられていないことから、免責の対象外とされたものと解される。

 そうだとすれば、原動力がもっぱら人力である車両は、高リスクの事故類型について、これを対象に独立のものとして設けられた他保険との分野調整という本件免責条項の趣旨に照らして、文字どおり、車両の原動力を人力に依拠しているため、他保険において個別に補償されなければならないような、車両自体に内在する危険性が高いものではなく、必然的に当該車両の所有、使用又は管理に起因する賠償責任においても、類型的に見てその責任が増大するとはいえない性質の車両がこれに当たるというべきである。

 (2)本件モペットは、道路運送車両法上の原動機付自転車に区分され、自賠責保険に加入することが義務付けられている(自賠法5条、2条1項、道路運送車両法2条3項)。原動機付自転車については、その車両自体が現に具有する危険性、それが現実化した場合における責任増大の可能性等を考慮し、被害者救済の観点から、原動機付自転車を運行する際の自賠責保険への加入を義務付けるものであるところ、本件モペットが原動機付自転車に区分されているのは、原動機付自転車に匹敵する危険性を有する車両と位置付けられており、被害者救済の観点から、自賠責保険による個別の補償の必要が高いからである。実際に、本件モペットは、原付モードによる走行が可能であり、その車両自体が現に具有する危険性は原動機付自転車と同様といえる上、本件モペットによる事故が発生した場合も、原動機付自転車による事故と同じように責任が増大するリスクを抱えているということができる。

 確かに、本件モペットは、前記前提事実(2)イのとおり、原付モード以外に、電動アシストモード(人力でペダルをこがなければ前進せず、モーターは人力を補助する役割にとどまるもの)及び人力モード(原動力は人力のみ)があるが、同(4)イのとおり、本件免責条項の対象は「車両」であり、その除外事由も「原動力がもっぱら人力である」「車両」であるから、当該車両自体が現に具有する危険性及びそれが現実化した場合における責任増大の可能性に着目して、「車両」として除外事由に該当するかどうかを判断すべきであり、個別の走行時におけるモードの違いによって除外事由該当性が変わるものではあり得ない。走行時のモードによって除外事由該当性の判断が変わってくることを前提とする原告の主張は、本件免責条項の規定振りと相容れない上、保険事故が発生した際にいずれのモードであったかという、保険給付を受ける被保険者にとって立証が困難な事情を明らかにしなければならないという負担を強いるものであり、保険給付をする保険者にとっても容易に判別し難い事実を確定できなければ給付ができないことになるもので、保険実務の運用に耐えられるものではなく、保険の趣旨にもとるものというほかない。本件モペットが原動機付自転車として個人賠償責任保険とは独立した自賠責保険の対象とされ、電動アシストモードや人力モードでも、ペダルを原動機付自転車の固有の装置として「当該装置の用い方に従い用いること」(自賠法2条2項)に該当すると考えることができ(最高裁判所昭和61年(オ)第1261号同63年6月16日第一小法廷判決・民集42巻5号414頁参照)、また、同時に加入し得る原動機付自転車の任意保険においても、電動アシストモードや人力モードであっても「所有、使用又は管理」に該当する以上(この場合に保険者が「車両」ではなく「モード」の違いを理由に原動機付自転車であることを否定することは許されるものではない。)、本件モペットを使用する原告にとって酷な結果を強いるものではない。かえって、当該「車両」が現に具有する危険性及び責任増大の観点から高リスクというべき事故類型について、これを対象に独自の保険が設けられているということからすれば、本件免責条項の趣旨に良く符合するものということができる。

 したがって、本件モペットは、本件免責条項の除外事由である原動力がもっぱら人力である車両に該当するということはできない。

 (3)原告は、本件モペットがその外形上は電動アシスト自転車と大きな差異がなく、本件通達からも電動アシスト自転車に準ずるものと扱うべきである旨、道路父通法上、原動機付自転車を運転していたとはいえない旨、そして、本件モペットの外形や入手経緯などから、本件モペットにつき原動機付自転車に区分されて、自賠責保険の加入が必要であると原告が認識するのは不可能であった旨など、るる主張するが、いずれも採用できない。すなわち、本件では本件免責条項の解釈が問題となっているところ、道路交通法上、原動機付自転車を運転していたとはいえない旨の原告の主張は、本件免責条項及びその除外事由の解釈との関係でどのような法的意味を持つのか不明であり、また、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的として様々な公法上の規制を設ける道路交通法上の解釈が、直ちに私人間の契約関係に何らかの影響を与えるものともいうことはできない。本件通達については、この点に加え、そもそも本件通達の要件を充たしているという前提自体誤っていることは被告が主張するとおりである。

 また、上記のとおり、原動力がもっぱら人力である車両に本件モペットが該当するか否かは、車両自体が現に具有する危険性、それが現実化した場合における責任増大の可能性等により判断するものであり、本件モペットの外形等に由来する自賠責保険の加入に対する原告の認識という上記の要素と全く無関係な事情がこれに影響を与える余地はない。

 したがって、原告の上記主張は、いずれも採用できない。

 2 争点②(本件免責条項の合意擬制の有無)について

 そもそも、民法548条の2は、多数の相手方との間で大量かつ画一的な取引をする場合に、合理化及び迅速性の観点から、同条1項各号に該当する場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす規定である。本件において、同条1項各号のいずれに該当するかは、当事者の主張立証によっても明らかではないものの、個人賠償責任保険契約は定型取引の典型例であり、被告が損害保険業を営む株式会社であること、個人賠償責任保険が主たる別の保険契約に特約として付帯される場合が多いことなどを踏まえると、少なくとも同条1項2号に該当することが推認され、本件保険契約の約款について、原告の父と被告との間で合意したものとみなされる。

 なお、この合意擬制を排除する同条2項について見ても、本件免責条項は、個人賠償責任保険において従来から存在する除外規定であり、社会的に広く認知された条項である上、前記のとおり、モペットは自賠責保険への加入が義務付けられているものであり、個人賠償責任保険の適用がなければ予想外に契約の相手方が不利益を被るというものでもないから、同項の適用はない。この点、原告は、本件モペットについては、原告において自賠責保険に加入しなければならないとの認識に至ることが不可能であった旨主張するが、保険契約者である原告の父において、本件免責条項の存在が、その予測を著しく裏切って不意打ちとなるような事情が本件においてうかがわれるわけではない。そして、上記1(1)記載のとおり、個人賠償責任保険は、補てん対象を少額の保険料に見合った低リスクの事故に限定することで成り立っている保険制度であるということをも併せて考慮すると、本件免責条項が信義則に反して原告の利益を一方的に害するということはできない。これと異なる原告の主張はいずれも採用できない。

第4 結論

 以上のとおり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡繁靖 裁判官 芝田由平 堀田らな)

傷害保険の保険金請求権発生時期 大阪高裁平成2年

保健判例百選 第2版 108事件

保険金請求控訴事件

大阪高等裁判所判決/平成元年(ネ)第1685号

成2年11月27日

【判決要旨】      破産宣告前に発生した交通事故に基づく傷害保険金債権および所得補償保険金債権は、身体傷害および入院治療を受けた時に発生する破産法6条2項にいう請求権に該当し、破産財団に帰属すると解するのが相当である。

【参照条文】      破産法6-1

            破産法6-2

            破産法162

            民事訴訟法385

            民事訴訟法388

【掲載誌】       判例タイムズ752号216頁

            金融・商事判例875号15頁

            金融法務事情1277号31頁

【評釈論文】      別冊ジュリスト121号132頁

            別冊ジュリスト271号218頁

            法学研究(慶応大)64巻9号140頁

 

       主   文

 

一 控訴人の被控訴人らに対する本件各控訴をいずれも棄却する。

二 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       事   実

 

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人

 1 原判決を取消す。

 2 本件を京都地方裁判所に差し戻す。

二 被控訴人ら

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 当事者の主張

 左記のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一 原判決五枚目裏九行目から同六枚目裏五行目までを次のとおり訂正する。

「7 よって、控訴人は、

  (一) 被控訴人エイアイユーに対し、その第一、第二契約に基づき、後記破産宣告を受けた昭和六二年二月一二日以降の入通院、後遺障害により生じた、

(1) 右第一契約の入院保険金三六万円(四万五〇〇〇円×八日)、通院保険金四万五〇〇〇円(二万二五〇〇円×二日)、後遺障害保険金三〇〇〇万円(最高額一億五〇〇〇万円の二〇パーセント)の合計三〇四〇万五〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成元年三月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、

(2) エイアイユー第二契約の入院保険金八万円(一万円×八日)、通院保険金一万円(五〇〇〇円×二日)、後遺障害保険金二〇〇〇万円(最高額一億円の二〇パーセント)の合計二〇〇九万円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

  (二)被控訴人大同生命に対し、大同契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の後遺障害により生じた高度障害保険金三〇三〇万円(最高額一億五一五〇万円の二〇パーセント)およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

  (三) 被控訴人安田火災に対し、安田契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の就業不能、後遺障害により生じた所得補償保険金三三三万三三三三円(五〇万円×六か月二〇日)、後遺障害保険金一〇〇〇万円(最高額五○○○万円の二〇パーセント)の合計一三三三万三三三三円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

  (四) 被控訴人日動火災に対し、日動契約に基づき、前記破産宣告を受けた日以降の入通院、後遺障害により生じた、

(1) 自損事故条項の医療保険金八万八〇〇〇円(六〇〇〇円×八日+四〇○○円×一〇日)、後遺障害保険金二八○万円(最高額一四〇〇万円の二〇パーセント)の合計二八八万八〇〇〇円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、

(2) 搭乗者傷害条項の医療保険金一四万円(一万五〇〇〇円×八日十一万円×二日)、後遺障害保険金二〇〇万円(最高額一〇〇〇万円の二〇パーセント)の合計二一四万円およびこれに対する右同日から支払済みまで右同率の割合による遅延損害金の、支払をそれぞれ求める。」

二 控訴人の主張

 1 左記のとおり、本件各保険契約に基づく保険金請求権は、破産法六条一項の「破産宣告ノ時ニ於テ有スル」財産にも、同条二項の「将来行フコトアルヘキ請求権」にも該当せず、控訴人に属する自由財産というべきである。

  (一) エイアイユー第一、第二契約、大同契約、安田契約中後遺障害保険契約、日動契約は、いずれも傷害保険契約である。そして、この種の保険契約は、急激かつ偶然な外来の事故により被った身体の傷害を保険事故とするが、入院保険金については、さらに「その直接の結果として、生活機能または業務能力の滅失をきたし、かつ医師の治療を受けた場合は、その状態にある期間に対し」支払われるもの(傷害保険普通保険約款第七条)とされる。また、後遺障害保険金の支払は、「その直接の結果として、事故の日から一八○日以内に後遺障害(身体に残された将来においても回復できない機能の重大な障害または身体の一部の欠損で、かつ、その原因となった傷害がなおった後のものをいいます)が生じたとき」に「別表(2)の各号に掲げる割合を乗じた額」で支払うものとされている(同約款第六条)。すなわち、右各保険契約は、保険事故を原因とし、その結果身体傷害が一定の状態に達したときに、初めて保険金請求権が具体化し、その請求が可能となるところ、控訴人が右各契約に基づき本訴において請求する保険金は、いずれも破産宣告後に発生した生活上の機能喪失、労働力喪失の事由に対し、その損害填補ないし生活水準の目減りの補償という性質を有するから、破産者に帰属する自由財産というべきである。

  (二) 安田契約中の所得補償保険契約は、「身体傷害」のために「就業不能」となり、その場合に生じた「損失」について保険金を支払うもので、身体傷害は保険事故ではなく、保険事故の原因にすぎない。したがって、就業不能による損失が生じない限り保険金は支払われない。控訴人が本訴において請求している所得補償保険金は、破産宣告後に、就業不能に陥ったため、失った所得の補償にあり、右保険金が自由財産として破産者個人に属すべきものであることは明らかである。

 2 右のとおり、本件各保険契約に基づく抽象的保険金請求権は、被害の発生の時点において具体化するのであるから、破産宣告後の被害に対する保険給付は破産者の自由財産とすべきで、これが破産財団に属すると言うのは、著しく公平の観念にもとる。このように解すべきことは、判例・学説上、退職金請求権について、破産宣告後に生ずる、継続勤務に対する賃金後払いとしての分ならびに交通事故による逸失利益損害賠償請求権につき破産宣告後に生じた分がいずれも破産財団に属さないと解されていることにより明らかである。

三 被控訴人らの主張

 争う。

 1 保険金請求権は、保険事故の発生と同時に単一の債権として発生し、その後の推移は右債権について予め契約時に合意された方法による当該債権の数額を算出するための材料にすぎない。

 本件各保険契約に基づく保険事故が破産宣告前に発生している以上、右各契約に基づく請求権は破産法六条一項に該当し、破産財団に属する。

 2 仮に、しからずとするも、右保険金請求権は、少なーとも、破産法六条二項にいう破産宣告前に生じた原因に基づく請求権に該当することは明らかである。

 保険金請求権は有償双務契約である保険契約に基づき発生する請求権であり、保険事故発生時までに支払われた保険料と対価関係に立つものである。しかも、本件各保険契約の保険事故がいずれも破産宣告前に生じており、しかも対価である保険料も右宣告前に支払われているのであるから、これに対応する保険金請求権が右宣告前の原因により生じたと解すべきは当然である。

 3 控訴人は、退職金請求権及び交通事故による逸失利益損害賠償請求権について、破産宣告後に生ずる分が自由財産に属すると解されているとして、本件各契約に基づく保険金も右宣告後の逸失利益に対応する分については同様に解すべきであると主張する。

 しかしながら、右退職金については、同金員が賃金後払いの性質を有し、対価たる労務が破産宣告後になされており、その取得原因が右宣告後にあるからこそ右のように解し得るのである。これに対し、有償双務契約である保険契約の保険料は破産宣告前に支払われているのであるから、保険料の対価である保険金請求権も又当然破産財団に帰属するというべきである。

 また逸失利益の損害賠償請求権は、加害行為による傷害によって、同時点で具体的権利として発生しており、ただ、その数額が事後的に確認され、数額化されるにすぎないことは、保険金請求権の場合と同じである。

第三 証拠〈省略〉

   理   由

一 請求原因1ないし4(本件各保険契約の成立)の事実は、エイアイユー第一契約及び大同契約の各締結日を除き、いずれも控訴人と当該各被控訴人との間に争いがなく、争いのある右各契約の締結日は、控訴人と被控訴人エイアイユー及び同大同生命との間に争いのない右各契約の保険期間及び弁論の全趣旨によれば、昭和六一年五月一日以前であったことが認められる。

二 ところで、控訴人が昭和六二年二月一二日、京都地方裁判所(同庁同年(ヱ第五号)において破産宣告を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、その破産管財人に加藤英範が選任された事実が認められるところ、控訴人は、本訴において右破産宣告を受ける以前の昭和六一年九月四日、車両運転の単独事故(本件自損事故)により受傷し、その治療のため同日から同月二五日までと、同月三〇日から同六二年二月一九日まで入院治療を受け、同月二四日から同六三年八月一〇日までの間に一〇日以上通院治療を受けたものの併合一〇級の後遺障害を残したとして、被控訴人エイアイユーに対し、その第一、第二契約に基づき、破産宣告を受けた昭和六二年二月「有以降の右入通院、後遺障害により生じた各保険金、被控訴人大同に対し、大同契約に基づき、前同日以降の右後遺障害により生じた高度障害保険金、被控訴人安田火災に対し、安田契約に基づき、前同日以降の就業不能により生じた所得補償保険金と、後遺障害により生じた後遺障害保険金、被控訴人日動火災に対し、日動契約に基づき、前同日以降の右入通院、後遺障害により生じた各保険金を、それぞれ請求するものである。

 これに対して被控訴人らは、控訴人の本件各保険契約に基づく保険金請求権が破産宣告前に発生したもので、破産法六条一項、少なくとも同条二項に該当し、いずれにしても破産財団に属するから、破産管財人が本訴の訴訟物につき当事者適格を有し、控訴人にはその適格がないと主張するので、検討する。

 なお、弁論の全趣旨によれば、破産者である控訴人の破産管財人加藤英範は、本件各提訴に先立ち、京都地方裁判所に、被控訴人エイアイユーに対し第一、第二契約に基づき(同庁昭和六二年(ワ)第二八五〇号)、被控訴人大同生命に対し大同契約に基づき(同第一干三九号)、被控訴人安田生命に対し安田契約に基づき(同第二七一三号)、いずれも控訴人が本件自損事故により受傷したとして、その結果生じた入通院、後遺障害、就業不能による保険金の発生を請求原因として保険金請求訴訟を提起し、現に同裁判所に係属していることが窺われる(以下一括して「別訴」という。)。

 すると右別訴は破産管財人による法定訴訟担当として、その判決の既判力が控訴人に及ぶ関係にあるものの、別訴における破産管財人(原告)と本訴における破産者(控訴人)とは、破産宣告時を基準にして訴訟の対象とされている権利が破産財団に属するときには破産管財人に訴訟追行権が付され、その権利が自由財産に当たるときには破産者が同追行権を有する関係にあるから、以下ではまず本訴において控訴人の主張する本件各契約に基づく保険金請求権が自由財産に属するか否かを、控訴人の主張自体に即して検討を加え、控訴人の当事者適格の有無につき判断することとする。

 そこで、本件各保険契約の約款の定め、及び右各保険契約の性質に照らして、控訴人の主張を前提としたならば、右各契約に基づき生ずることのあるべき保険金請求権が何時、どのような態様で発生し、何時履行期が到来すると解すべきかを考察することとするが、その前提として、本件各保険契約における保険約款の内容につき検討する。

 1 〈証拠〉及び右当事者間に争いがない事実に、弁論の全趣旨を総合すると、

  (一) エイアイユー第一、第二契約は、普通傷害保険契約であり、その約款第一条一項には、「当会社は、被保険者が(略)急激かつ偶然な外来の事故(略)によってその身体に被った傷害に対して、この約款に従い保険金(死亡保険金、後遺障害保険金および入院保険金をいいますこを支払います。」との記載があり、同第六条には、後遺障害保険金の、同第七条には、入院保険金の各支払条件及びその額の算定基準が、同第二一条には、被保険者が被控訴人エイアイユーに保険金を請求するに当たり提出すべき後遺障害診断書、入通院日数証明書等の書類が定められており、同第二三条一項には、右被控訴人は被保険者が前同第二一条一項の請求手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う旨、ただし、右被控訴人が右期間内に必要調査を終えられなかったときは、これを終えた時に遅滞なく保険金を支払う旨の定めがある。

  (二) 大同契約は、医療保険付生命保険契約であり、控訴人主張の高度障害保険金に関し、その定期保険普通保険約款第二条一項には、被保険者が給付責任開始の日以後に発生した傷害によって保険期間中に、例えば両眼の視力完全永久喪失など所定の高度障害状態となった場合に、死亡保険金と同額を保険金受取人に支払う旨定められている。また、同約款第四条二項には、保険金受取人は、高度障害保険金の支払事由が発生した場合には、すみやかに請求に必要な書類を被控訴人大同に提出すること、同条四項には、右被控訴人による調査又は診断のため特に日数を要した場合を除き、請求に必要な書類が右被控訴人の本社に到達した日の翌日からその日を含めて五日以内に保険金を支払う旨定められている。

 (三) 安田契約は、所得補償保険契約に、傷害による死亡、後遺障害担保特約条項が付されたもので、所得補償保険普通保険約款第一条には、「当会社は、被保険者が傷害(略)を被り、そのために就業不能になったときは、この約款に従い被保険者が被る損失について保険金を支払います。」と、第二条には「(1)傷害 被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故によって被った身体の傷害をいいます。」とそれぞれ定められ、また同条(4)ないし(6)には、就業不能開始日から右の状態が継続する当初の約定期間(安田契約では一四日間)を免責期間とし、右期間終了日の翌日から約定の期間(安田契約では一二か月)を填補期間とし、右期間内における被保険者の就業不能日数を就業不能期間とする旨定められ、第五条において右就業不能期間に対し被保険者に保険金を支払う旨それぞれ定められている。そして、同第二四条には、被保険者が就業不能でなくなった日等から三○日以内に身体障害及び就業不能を証明する医師の診断書等を提肝して保険金請求を行うことが、同第二五条には、被控訴人安田は、原則として被保険者又は保険金受取人が右請求手続完了日から三〇日以内に保険金を支払う旨定められている。

 また右約款の特約条項第一条には、「当会社は、被保険者が所得補償保険普通保険約款第二条第一号の傷害(略)を被りその直後の結果として傷害の原因となった事故(略)発生の日から一八〇日以内(略)に後遺障害(略)が生じたときは、この特約条項に従って保険金(死亡保険金および後遺障害保険金)を支払います。」と定められ、その履行期については、第一三条において右所得補償保険普通約款を準用している。

  (四) 日動契約は、自家用自動車保険契約で、同約款第二章自損事故条項第一条一項には、「当会社は・・・・・・自動車(略)の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害(略)を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法第三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は、この自損事故条項および一般条項に従い、保険金(死亡保険金、後遺障害保険金、(略)医療保険金をいいます。(略))を支払います。」と、同第四章搭乗者傷害条項第一項には、「当会社は、(略)搭乗中の者(略)が被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害(略)を被ったときは、この搭乗者傷害条項および一般条項に従い保険金(略)を支払います。」とそれぞれ定められている。また同約款第六章一般条項二〇条一項には、保険金請求権が次の時から発生し、行使できる旨定められている。

(1) 自損傷害に関し、後遺障害保険金については、被保険者に後遺障害が生じた時、

 医療保険金については、被保険者が平常の生活もしくは業務に従事することができる程度になおった時または事故の発生の日を含めて一六〇日を経過した時のいずれか早い時、

(2) 搭乗者傷害に関し、後遺障害保険金については、被保険者に後遺障害が生じた時または事故の発生の日を含めて一八〇日を経過した時のいずれか早い時、

 医療保険金については、自損傷害と同旨、

 以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

 2 右で認定したところに基づき、本件各保険契約に基づく保険金請求権の性質につき検討した上で、右債権が破産法六条一項、又は二項にいう破産財団に属する債権に当たるか否かについてみることとする。

  (一) まず、エイアイユー第一、第二契約、安田契約中の後遺障害担保特約条項(以下「後遺障害特約」という。)、日動契約は、右で認定した、それぞれの約款によれば、いずれも傷害保険の性質を有するところ、右保険は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に被ったことを保険事故とし、その結果生ずる入院、通院、後遺障害等は単なる支払条件にとどまるものと解される。そしてこれらの保険金の履行期は、保険金受取人が保険者に対し、右支払条件を証明する診断書等を提出して請求をした日から原則として三〇日以内とされ(エイアイユー第一、第二契約、安田契約中後遺障害特約)、或いは、後遺障害に関し、その発生した時、入通院に関し治癒した日か事故日を含め事故後一六〇日を経過した日のいずれか早い日とされており(日動契約)、これらの事実に鑑みると、右各保険規約に基づく被保険者の保険金請求権は、右保険事故の発生と同時に、約款所定の支払条件の生起を停止条件とする債権が発生し、右条件成就後約款所定の履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

  (二) 次に、大同契約は、医療保険付生命保険をその内容とし、前記で認定した定期保険普通保険約款中の高度障害保険金支払条項によると、傷害によって所定の高度障害状態になったことを保険事故とするものと解される。そしてその履行期は、原則として、保険金受取人が診断書等所定の書類を提出して請求し、被控訴人大同の本社に右書類が到達した日から起算して五日以内とされている。

 右の事実に鑑みると、大同契約に基づく高度障害保険金請求権は、傷害又は疾病によって保険期間内に所定の高度障害状態になったという保険事故の発生と同時に発生し、その後約款所定の履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

  (三) 安田契約中所得保障保険約款に基づく保険は、被保険者の傷害そのものではなく、右傷害のために発生した就業不能を保険事故とし、それにより被った実際の損害を保険証券記載の金額を限度として填補することを目的とした損害保険の一種というべきであり(最高裁平成元年一月一九日一小法廷判決、判例時報一三〇二号一四四頁)、その履行期は、前記認定の右約款によれば、保険金受取人又は被保険者による、所定期間内の請求手続完了後三〇日以内である。

 右の事実に鑑みると、右保険金請求権は、右就業不能という保険事故の発生と同時に発生し、その後約款所定の請求手続完了後における履行期の到来をもってこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。

 3 そこで、右1、2で認定、説示したところに基づき、右各保険金請求権が破産法六条一項、または二項に該当し、破産財団に属するものか否かにつき検討する。

 まず傷害保険としての性質を有するエイアイユー第一、第二契約、安田契約中後遺障害特約、日動契約に基づく保険金請求権は、前記控訴人の主張によれば、その保険事故である、「急激かつ偶然な外来の事故による身体傷害」が本件破産宣告前既に発生し、右時点において停止条件付債権として発生していることになるから、少なくとも破産法六条一項にいう破産宣告前に生じた原因に基づき将来行うことあるべき請求に当たるものといわなければならない。

 次に、安田契約中所得保障保険約款に基づく保険金請求権は、控訴人の主張によれば、その保険事故である、「被保険人者の傷害のために発生した就業不能」が本件事故日である昭和六一年九月四日、控訴人が入院治療を受けたことにより発生していることになり、右時点において債権として発生し、その後約定の免責期間を経て就業不能状態が継続することにより具体的な数額が確定し、その履行期が破産宣告後に到来することかあるにとどまるというべきであるから、右保険金請求権も又少なくとも破産法六条二項に該当する債権と解するのが相当である。

 これに対し、控訴人が本訴において請求する大同契約に基づく保険金請求権は、傷害により所定の高度障害状態になったことを保険事故とするものであるところ、控訴人の主張によると、控訴人は、破産宣告を受けた昭和六二年二月一二日から一週間後に入院先を退院し、その月の一四日から翌六三年八月一〇日までの間に一〇日通院治療を受けて、併合一〇級の後遺障害を遺したというのであるから、右請求権が自由財産に属する旨の控訴人の主張を前日とする限り、控訴人が右訴えにつき当事者適格を有することは否定できないものの、本件自損事故の傷害により所定の高度障害状態になっていないことは控訴人の右主張自体によって明らかである。

 なお控訴人は、その主張を前提とすればエイアイユー第一、第二契約、安田契約、日動契約に基づき生じることのあるべき保険金中破産宣告後の入通院期間に相当する分及び右宣告後の就業不能、後遺障害分が自由財産に属する理由として退職金請求権中破産宣告後の賃金相当分が自由財産に属すると解されていること及び不法行為に基づく逸失利益損害賠償請求権中右同様の分を自由財産に属すると解すべきことを挙げるけれども、退職金につき右のように解されているのは、それが賃金後払いの性質を有し、破産宣告後の労務の対価として発生した分は、まさに右宣告後の原因によって生じたからにほかならないし、逸失利益損害賠償請求権については、もともと事故の発生時点において不法行為による損害賠償請求権の総てが発生していると解するのが相当であるから、控訴人のこれらの点に関する主張は失当といわなければならない。

 4そうすると、控訴人の主張自体によっても、大同契約以外の本件各保険契約に基づく保険金請求権は総て破産財団に帰属することになるから、控訴人は、被控訴人エイアイユー、同安田火災、同日動火災に処する本件訴えの当事者適格を有しないことが明らかであり、また被控訴人大同生命に対する本訴請求は失当といわなければならない。

三 よって、控訴人の被控訴人エイアイユー、同安田火災、同日動火災に対する本件訴えはいずれも不適法であるから、却下すべきであり、また、被控訴人大同生命に対する本訴請求は失当であるから棄却すべきである。したがって、原判決中右被控訴人大同生命に対する請求に関する訴えを不適法として却下した部分は失当であって、本来ならば取消されるべきであり、民訴法三八八条によれば、かかる場合、控訴裁判所は事件を第一審裁判所の差戻すことを要する旨規定されているけれども、右規定の趣旨は審級の利 を保障することにあるから、本件のごとく、本案についてその理由のないことが控訴人の主張自体から明らかであり、事実の認定そのものについて審級の利益を保障すべき実質的理由のない場合には、敢えて第一審に差戻す必要はないものと解される。しかしながら、原判決を取消して請求棄却の判決をすることは、原判決よりも控訴人に不利益となり、民訴法三八五条により、原判決を控訴人の不利益に変更することは許されないので、当裁判所は原判決の結論を維持するほかない。

 そうすると、右と結論を同じくする原判決は相当であるから控訴人の被控訴人らに対する本件各控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田 眞 裁判官福永政彦 裁判官鎌田義勝)

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