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認知症の妻(66歳)を殺害した夫に懲役3年の実刑判決 山口地裁平成30年

 

福祉の充実していない昭和のころなら執行猶予になっていたかもしれません。

 

殺人被告事件

【事件番号】 山口地方裁判所判決/平成30年(わ)第82号

【判決日付】 平成30年10月15日

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役3年に処する。

  未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

 

        理   由

 

  【罪となるべき事実】

  被告人は,娘からの連絡を受け,帰国してアルツハイマー型認知症等を患う妻のAを介護ずることとし,平成29年2月末頃から,山口県下松市(以下略)において同人と二人で暮らし,夜間,飲酒しては妄想から被告人が自分の姉と浮気をしていたなどと言い募り,頻繁に目を覚ましては排尿の失敗や転倒を繰り返す前記Aの面倒を見ていたが,同人の辛そうな様子にも接するうち,変わり果てていく様子を子や孫に見せたくないなどとして前記Aとの心中を考えるようになり,引き続き面倒を見つつも,同年6月を最後に同人を病院に連れて行かなくなり,同人に飲酒を控えるように注意したり,娘や息子に相談したり,公的援助の活用や施設入所を検討したりすることもなく,平成30年3月8日には,前記Aから孫が結婚するまでは死にたくないなどと言われていたにもかかわらず,なお前記Aを殺して後追い自殺をしようと決意するに至り,同月21日午前3時頃,前記303号室において,同人(当時66歳)に対し,殺意をもって,就寝中の同人の背後から,その頸部に3重ないし4重に束ねたビニール紐を巻き付けて締め付け,よって,その頃,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。

  【証拠の標目】省略

  【法令の適用】

  被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

  【量刑の理由】

  強固な殺意に基づく殺人事案であるが,仕事で海外生活の長かった被告人が,妻である被害者の介護のために帰国するや,判示のとおり妄想に陥ったり排尿に失敗したりする妻の様子を自の当たりにし,なお独りきりで面倒を見て,心中を考えるようになった経緯には同情の余地も大きく,その犯情が大きく軽減されることは明らかである。

  しかしながら,被害者の認知症の症状は日中は特段の介護の必要もない程度のものであり,近隣には娘や息子も住んでいたのに,被害者の認知症の進行を遅らせたり環境を変えたりする手立てを考えず,本件の約2週間前には被害者から生きていたいとの願望を示されていながら,被害者のありのままを将来にわたり見せたくないとの思いを優先させて本件殺人に及んだことは,後追い自殺を念頭に置いていたとはいえ,なお短絡的で身勝手であると非難せざるを得ず,無抵抗の就寝中に突如として命を奪われた被害者の無念さは,察するに余りある。

  以上を踏まえ,特段の前科がない者が,ひも・ロープ類を凶器として配偶者を殺害した事案の量刑傾向を参照しながら検討すると,本件犯情は,酌量減軽は優に許容できるものの,刑の執行猶予を相当とするまでに軽いものとはいえず,被告人が白身にとって不利益なことも含めて事実関係を認め,被害者や遺族に対して謝罪の弁を述べていること,遺族でもある被告人の子らが,被告人に対する処罰を望んでおらず,長男は同居する意向を示していること等の一般情状を併せ考慮しても,主文限りの実刑は免れないというべきである。

 (検察官の求刑 懲役5年,弁護人の科刑意見 執行猶予付き判決)

   平成30年10月15日

     山口地方裁判所第3部

         裁判長裁判官  井野憲司

            裁判官  桂川 瞳

            裁判官  福本晶奈

DV夫を殺害した妻に懲役6年として名古屋地裁平成30年判決

【事件番号】 名古屋地方裁判所/平成30年(わ)第189号

【判決日付】 平成30年12月26日

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役5年に処する。

  未決勾留日数中220日をその刑に算入する。

        理   由

 (罪となるべき事実)

  被告人は,平成8年3月20日頃,略において,夫であるA(当時59歳)に対し,殺意をもって,頸部及び頭部等を包丁様の刃物で多数回突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,同人を頸部等刺切創による出血性ショックにより死亡させて殺害したものである。

 (事実認定の補足説明)

 第1 争点

  被告人がAに包丁を突き刺したことに争いはないが,弁護人は,被告人の行為以外の事情によりAが死亡した可能性があるとして,因果関係を争い,殺人未遂罪が成立するにとどまり,時効が完成していると主張する。

 第2 当裁判所の判断

  1 犯行を至近距離で目撃したとする被告人の長男である証人Bは,要旨として,自宅において,①土間に下りるための三段階段の最上段に腰掛け,両手で頭を抱えて守るようにしているAに対し,後方に立った被告人が逆手に持っていた包丁を2回振り下ろし,Aの頭に当たったように見えたこと,②Aが左方の洗濯機の方向に動いたところ,被告人が振り下ろした包丁がAの首の左側にすっと深く入り,首が切れて裂け,これで死んだと思ったこと,③洗濯機を抱え込むように倒れたAの頭付近を更に被告人が包丁で三,四回刺し,一度台所の方に行って約二十秒後にその場に戻り,左首に包丁を深く突き刺し,一,二回頭の辺りを刺したこと,④被告人が,再度台所の方に行って二,三十秒後にその場に戻り,Aの頭の辺りを一,二回刺したことを供述する。

  2 Bの前記供述の信用性を検討する。

  (1) Aの遺体を解剖した証人C医師の証言を踏まえてBの供述を検討すると,前記①の点は,Aの頭部に複数の切痕があり,左右の手部に防御創と考えて矛盾がない切痕が複数あることと符合し,前記②の点は,Aの左下顎部に切痕があり,その近くにある外頸動脈や内頸静脈などの太い血管が損傷した可能性が高いことと符合し,前記③,④の点は,Aの頭部に多数の切痕があり,その中にはAが動かない状態において生じたと考えられるものが複数あることと符合している。

  頭部の15か所に及ぶ損傷は,頭頂骨から後頭骨にかけての一定の範囲,多くは左側のある程度まとまった範囲に残され,成傷時の刃器の刃先は概ね同一の方向を向いており,これらの損傷を全体的にみても,Aがほぼ無抵抗の状況下において,一人の人物による短時間の犯行によって生じたものとみるのが自然である。

  以上のとおり,Bの前記供述は,遺体の損傷状況によく整合している。

  加えて,Bにとって,母による父に対する犯行は,20年以上前の出来事ではあるけれども,衝撃的な場面として印象深く記憶することができたと考えられるし,供述の態度をみても,自身の責任を軽減しようというような姿勢は見受けられず,特に信用性を疑うべき点は見当たらない。供述の内容自体も、被告人が自認する経緯(Aと口論となった後,包丁を持ち出し,逃げようとするAを土間まで追いかけた)から発展した出来事としてみて自然である。

  (2) ところで,Bは,犯行目撃場面では,被告人が手に持つ包丁がよく見えなかったが,犯行後,被告人が手に持っていた包丁を取り上げ,この包丁には血が付着していたと供述する。Bは,この包丁は,事件の発覚した平成29年1月に任意提出した柄が黒色の包丁(弁3,弁4)であると述べているところ,この包丁の刃先であるとして矛盾のない金属片がAの遺体の頭部から発見されたことからすれば,被告人が上記柄が黒色の包丁を本件犯行に使用したことが推認される。

  これを前提として,弁護人は,Aの頭蓋骨に埋没していた別の金属片があり,これは,上記柄が黒色の包丁と異なるもう1本の刃物の刃先であり,Bの供述によっては,もう1本の刃物の存在がうかがわれず,埋没していた金属片の説明がつかないと指摘して,Bの供述全般の信用性を争う。

  しかしながら,Bの前記③④の供述によれば,被告人が途中で台所で包丁を持ち替える機会があり,頭部を突き刺した際に刃先が折れたと思われることからすると,現実にそのような行動をとることも十分にあり得たといえる。そして,犯行発覚まで20年以上が経過している本件において,犯行に使用されたもう1本の刃物が発見されていないこと自体は,何ら不自然ではない。

  ところで,Bは,事件後,柄が黒色の包丁以外の包丁は,いずれも引出しに入ったままになっており血の付着等も見られなかったと述べ,さらに,事件後に発覚に至るまで包丁を1本も捨てたことはないと明確に供述する。同人は,遺体や血痕等の処理を一人でしたとも述べており,被告人が自分でもう1本の包丁を処分した可能性についても否定的である。

  確かに,このようなBの供述を前提とすれば,埋没していた金属片の説明は容易でないが,仮にBがもう1本の包丁の存在を隠蔽しようという意図があるならば,包丁の処分について殊更明確な供述をするまでもなく,覚えていないと述べれば済むことである。この点が,Bの供述全般について,責任逃れのための意図的な虚偽供述の可能性を浮かび上がらせるものではない。

  そして,もう1本の包丁の存在の有無については,時間の経過により,記憶違いや忘却があったとしても何ら不自然ではない。前記のとおり犯行目撃場面が衝撃的であって鮮明な記憶が保持されていると考えられるのに対し,犯行後の包丁の処理等については,それほどに印象に残る出来事であったかは疑問であり,この点に矛盾はない。

  以上のとおり,柄が黒色の包丁以外のもう1本の刃物についての説明がないことは,犯行態様に関するBの供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。

  弁護人は,Bの供述にはその他にも不自然な点(Aが前方に逃げようとしなかったこと,Aが体勢を崩すなどして三段階段から滑り落ちなかったこと、刺突されたAが攻撃者である被告人の方を振り向こうとしたこと,被告人が身を乗り出すようにして洗濯機の方に倒れたAを刺したこと)が含まれていると指摘するが,当時の被告人及びAの具体的な体勢やAが十分な回避行動を取れないまま短時間のうちに致命傷を負ったと考えられることなどに照らし,何ら不自然はない。

  (3) 犯行場面についての被告人の供述は,極めて断片的かつ不自然なものであり,Bの目撃供述の信用性に疑問を生じさせるものではない。

  以上によれば,Bの前記犯行目撃供述は信用することができる。

 第3 結論

  よって,Aは,被告人から包丁様の刃物で頸部及び頭部を多数回突き刺されたことによる出血性ショックで死亡したと認められ,他の事情を原因として死亡したという可能性は考えられないから,被告人の行為とAの死亡との間に因果関係があることが認められる。

 (法令の適用)

  罰条         平成16年法律第156号による改正前の刑法199条(有期懲役刑の長期は同改正前の刑法12条1項)

             裁判時においてはその改正後の刑法199条(有期懲役刑の長期は,同改正後の刑法12条1項)に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。

  刑種の選択      有期懲役刑(懲役3年以上15年以下)を選択

  未決勾留日数の算入  刑法21条

  訴訟費用の処理    刑訴法181条1項ただし書(不負担)

 (量刑の理由)

  本件は,被告人が,Aに対して,包丁様の刃物で頭部及び頸部等を多数回突き刺し,出血性ショックにより死亡させて殺害した事案である。ほぼ無抵抗のAの身体の重要部分に対して,骨に傷が残るほどの強い力で包丁様の刃物を多数回突き刺し,Aが倒れて動かなくなった後も多数回突き刺すなどしており,態様自体は残忍といわざるを得ず,強固な殺意に基づく危険性の高い悪質な犯行であると認められる。

  なお,弁護人は,本件にBの関与があると主張し,これが刑を軽減する事情に当たると指摘するが、Bが両手をつかんでいたという被告人の供述はAの手に防御創があるという証拠と整合しないから採り得ない。その他,Bが犯行の現場にいたことにより被告人の刑事責任を軽減すべき理由は見出せない。

  本件に至る経緯をみると,被告人は,Aと婚姻後,たびたびAからの暴力や暴言を受け,Aの暴力により左肩を脱臼骨折した後遺症により車の運転ができないなどの支障があったのに,Aは,次第に被告人のリハビリ等に非協力的となり,家を空けることが増えていた。本件当日には,帰省したBも立ち会って話し合いの機会を設けたにもかかわらず,Aは不誠実な態度に終始し,それを責める被告人の腹部を蹴ったりナイフを示すなどの乱暴な行為に及んだ。本件犯行の動機は,このような経緯によって蓄積した複雑な心情から,突発的に殺意が生じたものと考えられ,一旦行動に移した後は無我夢中で刺し続けたと推測される。このような経緯や動機には酌むべき点が大きい。

  また,約21年という長期間の経過後ではあったものの,被告人による自首によって本件事案の解明が可能となったことは,刑を量定する上で十分に考慮すべきである。ただし,犯行を明かさずに発覚まで長期間が経過したこと自体を被告人に有利にみるべき理由はない。

  以上によれば,配偶者に対する殺人という重大事案の中で,本件が執行猶予を付すことのできる特に犯情の軽い事案であるとはいえないが,上記の情状等を考慮すれば,主文の刑期にとどめるのが相当である。

 (求刑 懲役8年)

   平成30年12月26日

     名古屋地方裁判所刑事第6部

         裁判長裁判官  田邊三保子

            裁判官  三芳純平

            裁判官  小山大輔

 

内縁の夫が連れ子(3歳)をせっかん死させた際に妻は傷害致死ほう助罪となったが執行猶予となった平成12年札幌高裁判決

 

【事件番号】 札幌高等裁判所判決/平成11年(う)第59号

【判決日付】 平成12年3月16日

【判示事項】 被告人が親権者である三歳の子供を同棲中の男性が暴行によりせっかん死させた事案において、被告人は右暴行を制止する措置を採るべきであり、かつ、これを制止して容易に子供を保護できたのに、その措置を採ることなくことさら放置したとする傷害致死幇助罪の公訴事実について、被告人の不作為を作為による傷害致死幇助罪と同視することはできないなどとして無罪とした原判決を破棄した事例

令和になってからだと執行猶予は無理で実刑になりそうです。

 

不真正不作為犯の認定や不真正不作犯などの刑法総論の論点がありますが、そちらは判例秘書等でごらんください。主文と罪となるべき事実及び量刑の理由だけ引用しておきます。

 

【掲載誌】  高等裁判所刑事裁判速報集平成12年227頁

       判例タイムズ1044号263頁

       判例時報1711号170頁

【評釈論文】 現代刑事法3巻9号95頁

       ジュリスト臨時増刊1202号148頁

       法学教室246号別冊付録32頁

       主   文

  原判決を破棄する。

  被告人を懲役二年六月に処する。

  原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する

 この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

        

 (罪となるべき事実)

  被告人は、平成九年六月ころ、先に協議離婚したAと再び同棲を開始するに際し、当時自己が親権者となっていた、元夫Bとの間にもうけた長男C及び二男D(当時三歳)を連れてAと内縁関係に入ったが、その後、AがDらにせっかんを繰り返すよう

 になったのであるから、その親権者兼監護者としてDらに対するAのせっかんを阻止してDらを保護すべき立場にあったところ、Aが、平成九年一一月二〇日午後七時一五分ころ、釧路市鳥取南《番地略》甲野マンション一号室において、Dに対し、その顔面、頭部を平手及び手拳で多数回にわたり殴打し、転倒させるなどの暴行を加え、よって、Dに硬膜下出血、くも膜下出血等の傷害を負わせ、翌二一日午前一時五五分ころ、同市春湖台一番一二号市立釧路総合病院において、Dを右傷害に伴う脳機能障害により死亡させた犯行を行った際、同月二〇日午後七時一五分ころ、右甲野マンション一号室において、Aが前記暴行を開始しようとしたのを認識したのであるから、直ちに右暴行を阻止する措置を採るべきであり、かつ、これを阻止してDを保護することができたのに、何らの措置を採ることなく放置し、もってAの前記犯行を容易にしてこれを幇助したものである。

 (証拠の標目)《略》

 (補足説明)

 1不作為による幇助犯は、正犯者の犯罪を防止しなければならない作為義務のある者が、一定の作為によって正犯社の犯罪を防止することが可能であるのに、そのことを認識しながら、右一定の作為をせず、これによって正犯者の犯罪の実行を容易にした場合に成立し、以上が作為による幇助犯の場合と同視できることか必要と解される。

 2被告人は、平成八年三月下旬以降、約一年八か月にわたり、Aとの内縁ないし婚姻関係を継続し、Aの短期な性格や暴力的な行動傾向を熟知しながら、Aとの同棲期間中常にDらを連れ、Aの下に置いていたことに加え、被告人は、わずか三歳六か月のDの唯一の親権者であったこと、Dは栄養状態が悪く、極度のるい痩状態にあったこと、Aが、甲野マンションに入居して以降、CやDに対して毎日のように激しいせっかんを繰り返し、被告人もこれを知っていたこと、被告人は、本件せっかんの直前、Aが、Cにおもちゃを散らかしたのは誰かと尋ね、Cが、Dが散らかした旨答えたのを聞き、更にAが寝室てDを大きな声で問い詰めるのを聞いて、AがDにせっかんを加えようとしているのを認識したこと、Aが本件せっかんに及ぼうとした際、室内には、AとDのほかには、四歳八か月のC、生後一〇か月のF子及び被告人しかおらず、DがAから暴行を受けることを阻止し得る者は被告人以外存在しなかったことにかんがみると、Dの生命・身体の安全の確保は、被告人のみに依存していた状態にあり、かつ、被告人は、Dの生命・身体の安全が害される危険な状況を認識していたというべきであるから、被告人には、AかDに対して暴行に及ぶことを阻止しなければならない作為義務があったというべきである。

  ところで、原判決は、被告人は、甲野マンションで、Aから強度の暴行を受けるようになって以降、子供達を連れてAの下から逃げ出したいと考えていたものの、逃げ出そうとしてAに見付かり、酷い暴行を受けることを恐れ、逃げ出せずにいたことを考えると、その作為義務の程度は極めて強度とまではいえない旨判示しているが、原判決が依拠する前記第二の一の被告人の供述(1)及び(2)は、前記第三の一の1及び2で検討したとおり、いずれもたやすく信用することができないから、右判示はその前提を欠き、被告人の作為義務を基礎付ける前記諸事実にかんがみると、右作為義務の程度は極めて強度であったというべきである。

 3前記第四の二のとおり、被告人には、一定の作為によってAのDに対する暴行を阻止することが可能であったところ、関係証拠に照らすと、被告人は、本件せっかんの直前、AとCとのやりとりを聞き、更にAが寝室でDを大きな声で問い詰めるのを聞いて、AがDにせっかんを加えようとしているのを認識していた上、自分がAを監視したり制止したりすれば、Aの暴行を阻止することかできたことを認識しながら、前記第四の二のいずれの作為にも出なかったものと認められるから、被告人は、右可能性を認識しながら、前記一定の作為をしなかったものというべきである。

 4関係証拠に照らすと、被告人の右不作為の結果、被告人の制止ないし監視行為があった場合に比べて、AのDに対する暴行が容易になったことは疑いがないところ、被告人は、そのことを認識しつつ、当時なおAに愛情を抱いており、Aへの肉体的執着もあり、かつ、Aとの間の第二子を懐妊していることもあって、Dらの母親であるという立場よりもAとの内縁関係を優先させ、AのDに対する暴行に目をつぶり、あえてそのことを認容していたものと認められるから、被告人は、右不作為によってAの暴行を容易にしたものというべきである。

 5以上にれば、被告人の行為は、不作為による幇助犯の成立要件に該当し、被告人の作為義務の程度が極めて強度であり、比較的容易なものを含む前記一定の作為によってAのDに対する暴行を阻止することか可能であったことにかんがみると、被告人の行為は、作為による幇助犯の場合と同視できるものというべきである

(法令の適用)

  被告人の判示行為は、刑法六二条一項、二〇五条に該当するところ、右は従犯であるから、同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用については、刑訴法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

 (量刑の理由)

  本件は、当時三歳の男児Dの親権者兼監護者であった被告人が、内縁の夫AによるDに対する激しいせっかんを阻止せず、AによるDの傷害致死を容易にしてこれを幇助したという事案である。

  被告人は、甲野マンションに入居して以降とりわけ激しくなったAのDらに対する恒常的なせっかんを放置し続けていたもので、本件は起こるべくして起きた事案といってよい。被告人は、本件せっかんの当日、A及びF子とともに五時間余り外出し、その間、電灯もストーブも点いていない暗く寒い室内で、半袖シャツとパンツだけの姿で起立させられていたDを思い遣ることなく、Aが帰宅するなり、おもちゃを散らかしたといえる状況もないDを問い詰め、暴行に及ぼうとしたのを認識しながら、Dの母親であるという立場よりもAとの内縁関係を優先させ、AのDに対する暴行に目をつぶり、AやDの姿が見通せない台所の流しで夕食用の米をとぐなどしていたもので、動機に酌量すべきものはほとんどない。被告人は、AがDに対して暴行に及ぶことを阻止しなければならない極めて強度の作為義務を負っており、かつ、比較的容易なものを含む一定の作為によってこれを阻止することが可能であったのに、何らの作為にも出ず、母親として果たさなければならない義務を放棄していたもので、被告人が当時妊娠約六か月の状態であったことを考慮しても、犯行態様は決して芳しいものではない。Dは、Aの暴行及びこれを阻止しなかった被告人の不作為により、硬膜下出血等の傷害を負い、直ちに病院に搬送されて手術を受けたものの、既に手遅れの状態となっており、受傷から七時間足らずで死亡したもので、その結果は誠に重大であり、Aから連日のように無慈悲かつ理不尽なせっかんを加え続けられた挙げ句、おもちゃを散らかしたとの濡れ衣を着せられて、いわれのない激しいせっかんを受け、全身に新旧多数の打撲傷や痣、皮膚の変色を残したまま、僅か三歳六か月の幼い命を奪われたDの無念さは察するに余りあり、実父であるBが、Aに対する厳罰を望んでいるほか、Dを助けなかった被告人も許せない旨警察官に供述しているのも、誠に無理からぬところである。加えて、被告人は、本件犯行後自ら進んでAの身代わり犯人となり、緊急逮捕後は一貫して自分がDを殴って死亡させたのであり、Aは無関係である旨の虚偽の供述を繰り返し、逮捕後一か月余りを経た起訴勾留中に、ようやく真犯人がAである旨を同房者に打ち明けたもので、犯行後の行状も甚だ芳しくない。以上のようにみてくると、被告人の刑事責任は誠に重い。

  しかしながら、本件傷害致死の正犯者はあくまでAであり、被告人の幇助の態様は不作為という消極的なものであったこと、被告人自身もAからしばしば相当強度の暴力を振るわれており、前記妊娠の点をも併せ考慮すると、被告人が期待された作為に出なかったことについては、一概に厳しい非難を浴びせ難い面もあること、被告人自身、本件により自らが腹を痛めたDを亡くしており、自責の念を抱いていること、被告人は、累犯前科を有するAと異なり、これまで前科なく生活しており、原審係属中の平成一〇年五月二七日勾留取消決定により釈放された後は、飲食店従業員として稼働していること、被告人にはDのほかに児があり、現在C及びF子は施設に入所しているものの、いずれは同児らを引き取り、自ら養育していくべき責任があること、被告人には釧路市内に住む実母がいて、将来も折あるごとに被告人の相談に乗り、被告人を監督していくものと期待されることなどの諸事情も認められ、これら左前記諸事情と併せ考えると、この際、被告人に対しては、直ちに実刑をもって臨むよりも、Dの冥福を祈らせつつ、社会内で更生の道を歩ませるのが相当と考えられる。

 (原審における求刑 懲役三年)

  よって、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 近江清勝 裁判官 渡邊壯 嶋原文雄)

 

 

 

 

 

  

実子に対する傷害致死被告事件で懲役6年

控訴されているかわからないので、わかりましたらご教示ください。

 

【事件番号】 大阪地方裁判所/平成30年(わ)第2763号

【判決日付】 平成31年1月22日

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役6年に処する。

        罪となるべき事実は判例秘書をごらんください。

(量刑の理由)

  1 被告人は,無抵抗の被害児の両脇を抱えるなどして,その頭部等を手加減することなく揺さぶった上で放り投げる行為を2回繰り返し,放り投げた際に被害児の頭部等を壁等に打ち付けさせるという強度の暴行を加えており、行為態様は悪質である。もっとも,児童虐待でも,殴打するなどの暴行を長時間加えたような事案と比較すると,本件が特に執拗で無慈悲とまで評価することはできない。

    生後わずか6か月で,実の父親によって一方的に命を奪われた被害児の無念は察するに余りあり、被害児の死亡という結果はもとより重大である。被害児の母(被告人の本件当時の妻)及び祖母が厳しい処罰感情を抱くのも当然である。

    被告人は,本件当日,仕事のために家を空けていた妻の代わりに,長男(当時1歳9か月)と被害児の育児を一人で担っており,泣き止まない被害児に苛立ちを募らせ,突発的に本件犯行に及んだと認められるところ、このような動機に酌量すべき事情はない。しかし,被告人は,これまで,不慣れながらも被告人なりに長男及び被害児の育児に努めていたのであり,本件までに虐待を加えたとの事情は認められないこと,本件当時,仕事が繁忙な中で育児を行っており,相当程度ストレスを抱える環境にあったのは理解できることなどを踏まえると,検察官の主張するように,本件犯行の動機や経緯が救いようのないほど悪質とまではいえない。

    これらの諸事情を踏まえると,本件は,凶器を用いない児童虐待による傷害致死事件の中で,中程度の部類に属する事案である。

  2 一般情状についてみると,被告人が法廷で拙いながらも反省の弁を述べたこと,

  前科前歴がないことなどの事情が認められる。なお,被告人の父親が今後の監督を誓約したが,十分な監督は期待し難いことからすると,この点は被告人に有利な事情として考慮することはできない。

    以上より,被告人を主文の刑に処するのが相当と判断した。

 (求刑 懲役8年)

   平成31年1月22日

     大阪地方裁判所第5刑事部

         裁判長裁判官  長瀬敬昭

            裁判官  大久保優子

            裁判官  大畑勇馬

 

 

   

 

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