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カテゴリ: DV

児童虐待の執行猶予 大阪地裁平成30年

傷害(変更後の訴因 暴力行為等処罰に関する法律違反),監禁被告事件

 

【事件番号】       大阪地方裁判所判決/平成28年(わ)第4334号、平成28年(わ)第4664号

【判決日付】       平成30年10月1日

【判示事項】       被告人は,同居し養育している,①甥(当時11歳)の顔面を叩いたり耳を引っ張る等して傷害を負わせた常習傷害,②姪(当時12歳)を真冬の便所内に閉じ込めた監禁の児童虐待事案。裁判所は,①につき,被告人の暴力等の常習性の発露による暴行であり,懲戒権の行使として正当な範囲を逸脱した行為で,社会通念上許されず常習傷害罪が成立するとし,②につき,信用できる同居者各証言等によれば,被告人が命じて姪が真冬の一定時間便所内に閉じ込められたとして監禁罪の成立を認め,常習傷害は保護者的立場の者から反復的になされた暴力で被害者の健全な発達に及ぼす影響は無視できず,監禁の犯行態様は悪質であり,被告人の刑事責任は軽くはないとし,不合理な弁解に終始している被告人に対し,懲役2年6月・執行猶予5年を言い渡した事例

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 被告人を懲役2年6月に処する。

 未決勾留日数中240日をその刑に算入する。

 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。

 訴訟費用は被告人の負担とする。

 

       理   由

 

(罪となるべき事実)

 被告人は,

第1(訴因変更後の平成28年10月25日付け起訴状記載の公訴事実)

  常習として,平成25年3月13日頃,大阪市旭区■■■当時の被告人方において,同居していた同人の甥であるA(当時11歳。以下「A」という。)に対し,手でその顔面を叩き,両手でその両耳をつかんで強く引っ張るなどの暴行を加え,よって,同人に全治約15日間を要する左耳介後部裂傷,右耳介後部切傷等の傷害を負わせ

第2(訴因変更後の平成28年11月14日付け起訴状記載の公訴事実)

  かねてから自己が養育していた姪であるB(以下「B」という。)が,被告人から受けた暴行等によって被告人を畏怖しているのに乗じ,Bの意に反して長時間,前記当時の被告人方1階の便所内に入れることを繰り返していたものであるが,平成27年12月25日午後7時頃から午後10時頃までの間に開催されていたクリスマスパーティーの,遅くとも終盤頃までにおいて,B(当時12歳)に同便所内に入るよう命じて同人を同所に閉じ込め,その頃から同日午後10時頃までの間,同人が同所から脱出することを著しく困難にし,もって同人を不法に監禁した

ものである。

(弁護人の訴訟法上の主張に対する判断)

1 常習傷害の訴因(訴因変更後の平成28年10月25日付け起訴状記載の公訴事実)について

 (1) 訴因変更後の公訴事実の要旨

   訴因変更後の公訴事実の要旨は,被告人は,常習として,①平成25年3月13日頃,大阪市旭区■■■当時の被告人方(以下「被告人の自宅」という。)において,同居していた同人の甥であるA(当時11歳)に対し,手でその顔面を殴り,両手でその両耳をつかんで強く引っ張るなどの暴行(以下「本件暴行」という。)を加え,よって,同人に全治約15日間を要する左耳介後部裂傷,右耳介後部切傷等の傷害を負わせ,②平成26年10月頃から平成27年2月頃までの間,被告人の自宅において,同居していた同人の姪であるB(当時10歳ないし11歳)に対し,拳骨でその顔面を殴る暴行を加えたというものである。

 (2) 弁護人の主張について

  ア ①Aに対する本件暴行について

    弁護人は,A証言の内容によって検察官の主張する暴行日時が特定されたと思われるにもかかわらず,検察官が,被告人が自認する暴行が行われた時間を含むように意図的に幅のある日時での主張を訴因として維持することは,訴因を明示するにはできる限り日時等を特定しなければならないとした刑事訴訟法の趣旨を没却するものであるから許されず,訴因が不特定であると主張する。また,弁護人は,検察官が,Aが公判廷において供述し終えるまでの間,前記公訴事実に明示した「手でその顔面を殴り,両手でその両耳をつかんで強く引っ張る」暴行以外の本件暴行の内容について,検察官が,その具体的内容・回数・被害の内容を一切示さなかったことは,反対尋問の準備をする機会を奪い,被告人の防御権を著しく侵害するものであって,前記刑事訴訟法の趣旨を没却するものであるから許されず,訴因が不特定であると主張する。

    しかしながら,Aに対する暴行では,検察官において,場所は「被告人方」と具体的に記載し,暴行態様も2種類の具体的暴行を明示した上で併せて「など」と記載した上,傷害結果も具体的かつ特徴的なものが記載されている。日時の点では,「平成25年3月13日頃」とやや概括的に記載しているが,起訴日から3年半近く前の事件であって,暴行の直接証拠が当時11歳のAの供述のみであることを踏まえれば,若干の幅が生じてもやむを得ない。また,検察官が被害前後の日におけるAを診断又は目撃した人物の供述,写真,診断等によっても立証を図っている構造に照らすと,その期間の幅は3日より小さいものであって,同一の傷害を同一期間に複数回負うことは考え難いから,別の犯罪事実との識別も可能である。そして,本件手続経過の中で請求証拠等の開示や証拠の整理を通じて,弁護人においても検察官の立証の構造を予測できたものといえるから,幅をもたせた訴因であることによって,被告人側の具体的な防御の利益が害されるおそれがあったとも認められない。例えば,検察官は,A証言の後となる第16回期日間整理手続において「Aを正座させ,その状態のAの足を踏んだ」という行為が「など」に含まれる旨述べているが,この点,弁護人は,事前に弾劾証拠(弁2)の取調を請求し,採用され,Aの証人尋問時には当該弾劾証拠の内容を踏まえた反対尋問が尽くされている(A43ないし45丁)。

    したがって,検察官が,前記(1)記載の程度の特定にとどめたとしても,訴因が不特定であるとはいえない。

  イ ②Bに対する暴行について

    弁護人は,犯行の日時が「平成26年10月頃から平成27年2月頃までの間」と幅が余りに大きく,この期間全体にわたって網羅的な防御が求められることから,被告人の防御権を侵害するものであって刑事訴訟法の趣旨を没却するものであるから違法である旨主張する。

    そこで検討するに,検察官が前記(1)記載の公訴事実として訴追しているBに対する暴行は,これによりBが口を開けにくくなったという結果に対応する一回の機会に行われた暴行である(第16回期日間整理手調書参照)。このような検察官の訴追意思を前提とすれば,当該犯罪行為との異同が問題になるような同種の行為は存在しないといえるから,前記(1)記載の程度の表示であっても,裁判所に対し審判の対象を限定するには足りているというべきである。以上に加えて,期日間整理手続に付され請求証拠等の開示や証拠の整理を通じて,弁護人においても検察官の訴追意思及び立証の構造を予測できたものといえるから,前記(1)記載の程度の表示であっても,被告人の防御の利益が現実的に害されるおそれがあったとも認められない。

    したがって,検察官が,前記(1)記載の程度の特定にとどめたとしても,訴因が不特定であるとはいえない。

2 監禁の訴因(訴因変更後の平成28年11月14日付け起訴状記載の公訴事実)について

 (1) 訴因変更後の公訴事実の要旨

   訴因変更後の公訴事実の要旨は,被告人は,かねてから自己が養育していた姪であるBが,被告人から受けた暴行等によって被告人を畏怖し,その言いなりとなっているのに乗じ,Bの意に反して長時間,前記当時の被告人方1階の便所内に入れることを繰り返していたものであるが,遅くとも平成27年12月25日午後7時頃までにB(当時12歳)に同便所内に入るよう命じて同人を同所に閉じ込め,その頃から同日午後10時頃までの間,同人が同所から脱出することを著しく困難にし,もって同人を不法に監禁したというものである。

 (2) 弁護人の主張について

   弁護人は,前記(1)の記載の程度では,監禁の始期及び終期,実行行為等の具体的方法・態様,監禁が終了するに至った経緯等が特定されていないところ,少なくとも監禁罪として訴追するためには,被害者が自らの意思で一定空間にとどまっているわけではないことを明らかにするために加害者による働きかけの具体的内容を示す必要があり,これが示されなければ,審理対象も定まらず,いかなる点について防御活動を行えばよいか分からないとして,訴因が不特定である旨主張する。

   しかしながら,検察官は,監禁時期及び場所を「平成27年12月25日午後7時頃から同日午後10時頃までの間」「被告人方1階便所内」と具体的に記載し,監禁の手段も従前の経緯による心理的圧迫を前提として被告人が命じて閉じ込めたことを記載しており,具体的であって別の犯罪事実との識別は十分に可能である。また,期日間整理手続に付され請求証拠等の開示や証拠の整理を通じて,弁護人においても検察官の立証の構造を予測できたものといえるから,前記(1)記載の程度の表示であっても,被告人の防御の利益が現実的に害されるおそれがあったとも認められない。

   したがって,検察官が,前記(1)記載の程度の特定にとどめたとしても,訴因が不特定であるとはいえない。

(証拠の標目)

 括弧内の甲の数字及び乙の数字は検察官請求証拠番号を,弁の数字は弁護人請求証拠番号を示す。

判示事実全部について

・第7回公判調書中の証人Eの供述部分,第8回公判調書中の証人Gの供述部分及び第10回公判調書中の証人Bの供述部分

・検証調書(甲22)

・戸籍全部事項証明書(甲41,乙5)

判示第1の事実について

・第4回公判調書中の証人A及び同Jの各供述部分並びに第5回公判調書中の証人H及び同Oの各供述部分

・回答書(甲2)

・捜査報告書(甲8,35)

・実況見分調書(弁2[ただし,写真部分に限る。])

判示第2の事実について

・第6回公判調書中の証人Mの供述部分及び第9回公判調書中の証人Sの供述部分

・捜査報告書(甲15[抄本],36)

(事実認定の補足説明)

 必要に応じて公判廷における証人の供述部分(証人の尋問調書)や被告人の供述部分(被告人の質問調書)を示す際には,速記録における丁数を用いる。

第1 常習傷害の事実(訴因変更後の平成28年10月25日付け起訴状記載の公訴事実)について

 1 本件の主たる争点等

   本件の主たる争点は,①被告人が,A及びBに対して前記各暴行を行ったか否か,②その暴行が,被告人の暴力行為を行う習癖(常習性)の発露(以下,単に「暴力等の常習性」という。)といえるかどうか,③その暴行が正当行為として違法性が阻却されないといえるかどうかである。

   弁護人は,①A証言,B証言等は信用できないから,被告人が,前記各暴行を行ったとはいえない,②被告人には暴力等の常習性がない,③仮に被告人が何らかの暴行を行ったとしても,これらの暴行は,しつけ・教育の一環として,その方法も程度も社会通念上相当な限りで行われたものであるから,正当行為として違法性が阻却されるなどと主張し,被告人が無罪である旨主張する。

   当裁判所は,Aに対する本件暴行については,信用できるA証言によれば,①被告人が,Aに対して本件暴行を行ったと認められ,②本件暴行が被告人の暴力等の常習性の発露といえると判断した上で,③本件暴行の内容・程度等に鑑みれば,正当行為として違法性が阻却されないと判断したものの,Bに対する暴行については,①B証言等によっても,被告人が,訴因変更後の平成28年11月14日付け起訴状記載の公訴事実記載の日時・場所において,同記載の暴行を行ったと認定するには足りないと判断したから,Aに対する常習傷害についてのみ認定し,有罪であると判断した。以下,その理由について説明する。

 2 Aに対する本件暴行について

  (1) 当裁判所が認定した事実

   ア 被告人とA・Bらとの従前の関係等

     被告人は,C(以下「C」という。),A及びBの父であるD(以下「D」という。)の姉であり,同人に依頼を受けて,平成24年夏頃から,C,A及びBを被告人方で預かり,実子であるE(以下「E」という。),F(以下「F」という。),G(以下「G」という。)らと共に養育していた(B1丁,G2丁,E3丁,甲41,乙5)。

   イ 平成25年3月13日の出来事

    (ア) 被告人は,冷蔵庫にあったフルーツゼリーがなくなったことに気付き,Aが食べたと考えて,被告人の自宅1階リビングにおいて,同人を問い質した。Aはこれを否定したが,被告人は,Aの言に納得せずになおも疑った。(A2,3,13,26丁)

      そこで,被告人は,Aにゼリーを食べたことを認めさせるため,同人に対し,暴力をふるった(A2ないし11丁)。具体的には,被告人が,Aの頬辺りを平手で二,三回以上叩き,その衝撃でAの体が振られるなどした(A4,5丁,甲40・写真3)。また,被告人が,Aの足の付け根辺りを足で横から三,四回蹴り,Aは立てなくなるような強い痛みを感じ,蹴られた部位にいわゆる青たんが生じた(A5ないし7,14ないし16丁,甲40・写真7)。さらに,被告人が,Aの両方の耳たぶをそれぞれ両手でつかみ,上下左右に振って,ミチミチという裂ける音が聞こえるくらい強く引っ張り,その衝撃で,Aの体が上下左右に引っ張られた(A7ないし9,16丁,甲40・写真4ないし6)。

    (イ) その後,被告人は,Aに対し,被告人の自宅1階玄関付近(2階に上がる階段付近)において正座をするように言い,Aはこれに従った。Aが正座をしている際,被告人が,Aの太ももを踏んだことがあった(A10,11丁)。

   ウ Aの一時保護等

     Aは,平成25年3月14日,小学校に登校したところ,当時の担任であったH(以下「H」という。)がAの耳が腫れていることなどに気付き,児童相談所へ連絡を入れ,同日,一時保護となった(A1,30ないし32丁,H2丁)。

     Aは,平成25年3月14日,全治約15日間を要する左耳介後部裂傷,右耳介後部切傷,両耳介腫脹・皮下出血,全治約5日間を要する右大腿部・左大腿裏面皮下出血,及び,全治約4日間を要する左頬部皮下出血と診断された(甲2)。

  (2) A証言の信用性

   ア 前記(1)の認定に用いた本件暴行の経緯・内容に関するA証言の信用性について検討する。

   イ(ア) Aは,本件暴行の経緯・内容に関して前記(1)イ(ア)のとおり供述するところ,本件暴行の内容については,本件暴行の翌日に撮影されたAの耳,頬及び足のけがの写真(甲40・写真3ないし7)に整合する上,Aがおおむね一貫した供述をしていること(I6ないし11丁,H7,10,11丁)に鑑みても,基本的に信用できる。たしかに,本件暴行の経緯については,Aは,当初,公判供述とは異なり,灯油を運んでいて靴を汚してしまった自分が悪いので怒られた(H7丁),自分が悪いことをしたためや被告人の言うことを聞かないために怒られた(I11丁)などと供述していたことがうかがわれる。しかしながら,被告人から暴力をふるわれたという核心部分については一貫して供述していること,前記経緯に係る当初の供述内容については,監護者による暴力の理由を第三者から問われて咄嗟に取り繕ったものである可能性が否定できないことなどから,前記2(1)の認定に用いたA供述の信用性は高く,変遷とみえる部分がその信用性を減殺するものとまではいえない。

      したがって,本件暴行を受けた旨のA供述は,信用できる。

    (イ) この点について,弁護人は,Aが本件暴行を受けたと供述する時間帯には被告人が外出しており,被告人が本件暴行を行った旨のA証言が信用できない旨主張する。しかしながら,本件暴行の時間帯に関するA証言はそもそも曖昧であるところ(A1,2,25,26丁),本件暴行時にはAがまだ小学6年生(当時11歳)で幼かったことや,Aが公判廷において証言した時点で本件暴行から既に4年半以上の時間が経過していたこと等からすると,その記憶の程度や内容が曖昧であってもやむを得ないところがある。そうすると,A証言のうち本件暴行が行われた時間帯についての部分はその限度で直ちに信用できず,平成25年3月12日にAを診察した際にはその耳の異常に気付かなかった旨のJ証言をも踏まえれば,Aが本件暴行を受けた日時に関するA供述については,Aが一時保護された同月14日の前日である同月13日頃という限度で信用できるにとどまるというべきである。したがって,時間帯に関するA証言を前提とした弁護人の前記主張は採用できない。

      また,弁護人は,Aが受けたとする前記(1)イ(イ)の暴行に関し,Aが正座させられていたとする階段下の部分と玄関の土足置き場との間には相当な高さの段差があることに照らせば,階段下の部分に玄関の方を向いて座った状態のAに対してその正面から暴行を加えることは,物理的に不可能であるとも主張する。しかしながら,前記暴行時のAと被告人との位置関係について,Aは,階段下の部分の奥行きを踏まえて説明しているところ(A45丁),その内容が不自然とはいえないから,弁護人の前記主張も採用できない。

  (3) 被告人供述の信用性

    弁護人は,Aが負った耳の傷害に関し,被告人には,当時,左手の小指と薬指には交通事故の後遺症である麻痺が残存しており,被告人がそのような傷害を加えることが不可能であった旨,及び,Aの傷害結果は,平成25年3月12日にAがCとけんかをした際,Cに耳をつかんで振り回されたために生じたものである旨主張し,被告人も同旨の供述をする(第15回被告人66ないし69丁)。

    しかしながら,被告人は,平成25年3月13日夜にAの右耳をつまんだとも供述するところ,同月14日に認められたAの耳の腫れ具合(H2丁,I2丁,甲40・写真4ないし6)に照らし,被告人がAの耳の腫れに気付かなかったとは到底考えられず,被告人の前記供述は不自然かつ不合理である。以上に加え,被告人がその薬指及び小指に残存していたと供述する麻痺の内容や程度について客観的な証拠はないところ,被告人において,重い荷物が持てないなどといった場面を除いては日常生活に大きな支障があったとはうかがわれないこと(G38丁,E33丁,K,L19丁,甲48,50,51,53,54)を踏まえれば,被告人において本件暴行を行うことが不可能であったとも認め難い。

    したがって,被告人の前記供述は信用できない。

  (4) 小括

    前記2で認定した事実によれば,被告人がAに対し本件暴行を行ったこと(前記(1)イウ)が認められる。この暴行は軽微なものとはいえず,弁護人が,被告人の述べる暴行態様を前提に「暴行」(刑法204条)の可罰的違法性を欠く旨主張する点は,前提を欠き採用できない。

 3 Bに対する暴行について

  (1) B証言の信用性

    Bは,被告人からその顔を平手で叩かれたり,長いときには一日中正座をさせられたりすることが多数回あったほか,おけで水をかけられることも複数回あった(B8ないし14丁),その中で一番痛かったと記憶しているのは,被告人に左耳の前辺りを殴られた暴力であった(B14ないし17丁)旨供述するところ,その供述内容が曖昧であったり,抜けている部分があること,供述にかかる当時のBがいまだ小学校3年生から6年生であり幼かったこと,便所内への閉じ込めに関しては保護された後も話しておらず,平成29年12月になって初めて児童養護施設の職員に話したこと(M9丁)などに照らすと,その供述の信用性は慎重に判断すべきである。もっとも,Bが心的外傷後ストレス障害にり患しており解離性健忘の状態にあることが疑われること(N5ないし11丁)からすれば,一部の記憶が欠落することや時間が経ってから重要な事項を思い出すことは不自然ではない。また,Bが前記のとおり供述する暴行の態様等は,E証言(E11,12丁)やG証言(G15丁)に符合していることなどに照らすと,概括的な出来事に関しては,信用できるというべきである。

    すすんで,検察官は,公訴事実記載の期間中において,訴因として掲げたBに対する暴行があったことは,Bが暴行の前後の出来事やあごの開きにくくなった時期を3年ぐらい前と述べ,これはBに左顎関節強直症の症状及び左下顎骨に骨折した痕跡(以下「本件痕跡」という。)が認められること(甲33・5,7ないし11丁)によって裏付けられている旨主張する。

    しかしながら,上記諸事情に照らすと,Bにおいて,被告人から多数暴行があったとする(B9丁)中で,現在記憶している一番痛かった暴行の時期を,他の暴行と混同せずに的確に述べられているか疑問がある上,仮に同時期に暴行がなされていたとしても,当該暴行の状況は詳らかではなく,その後の治癒状況やあごが開かなくなっていった経過もさほど明確でないこと(B14ないし17丁)に照らすと,B証言は暴行とあごの状態について時系列的に述べたにとどまり,因果関係までも述べたものとは認めがたく,本件各証拠に照らしても,Bが述べる一番痛かった暴行がBの本件痕跡を引き起こすものであった,すなわち訴因として掲げられた暴行であったと認めるに足りない。

    また,B証言(B18ないし20丁)及び捜査関係事項照会書(甲43)によっても,本件痕跡を生じさせた原因が第三者による有形力の行使と直ちに推認できず,生じた期間も平成26年9月頃から平成27年2月頃までの間という長期間になることに照らせば,本件全証拠を踏まえても,Bが証言できていない,被告人又は第三者による別の暴行や何らかの事故等により本件痕跡が生じた可能性を容易に排斥できない。

    被告人は,不登校になり自暴自棄になっていたBに対し,二度だけ頬をたたいたことがあるのみである旨供述し,Fも同旨の供述をする(F19丁)。しかしながら,第2の3(3)において後述するとおりF供述は信用することができず,他に被告人の供述を裏付ける証拠もないのであるから,B証言の基本的な信用性を損なうものではない。

  (2) 小括

    Bが前記のように被告人から左耳の前辺りを殴られたことが認められる。もっとも,B証言の信用性には上記のとおり問題があり,訴因として掲げられた被告人のBに対する暴行があったと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ない(認定事実にあわせて訴因変更をすることの当否について検討すると,これ以上幅をもたせるような訴因への変更は,特定性を損なわせるものというべきであり,許されないものと考える。)。

 4 暴力等の常習性について

  (1) 当裁判所が認定した事実

    前記2(1)に認定した事実に加えて,次の事実が認められる。

   ア O(以下「O」という。)は,平成11年から平成14年頃にかけて被告人,その実子であるP及びQ,並びに,被告人の当時の交際相手であるL(以下「L」という。)と同居していた被告人の実子である。被告人は,そのOらと同居していた期間において,Lと一緒になって,P,Q及びOに対し,同人らが家事をしっかりできていない際に,その罰として長時間正座させることもあり,長いときで2日くらい,短いときでも30分くらい正座をさせることがあったほか,殴ったり,両耳の付け根の部分を持って耳を引っ張ったりなどしていた(O4ないし9丁)。

   イ 被告人は,Aらを預かって以降平成25年3月13日に至るまでの間,Aが家事の当番をきちんとこなせていない際に,Aに対し,その頬を平手で叩いたり,その足を蹴ったりなどすることがあり,このような暴行が10回以上あった。また,被告人は,実子やAらが家事をきちんとこなせていない際に,その罰として長時間正座をさせることもあり,長いときには2日間,短いときでも三,四時間くらい正座をさせることがあった(A18ないし21丁)。

  (2) 各証言の信用性

   ア O証言の信用性

     Oは,被告人と同居していた期間において被告人から受けた暴力につき前記(1)アのとおり供述するところ,時期は異なるが,暴行態様に関して,長時間正座させられると被告人の実子であるRから聞いた旨のS(以下「S」という。)証言(S33丁)や,被告人とのけんかにおいて,被告人から口を拳骨で殴られたり平手打ちされたりすることがある旨のG証言(G65丁),Aが耳を被告人に引っ張られているところを見た旨のE証言(E4ないし7丁)及びAが被告人に耳を引っ張られたり殴られたり蹴られたりしたと認められること(前記2(1)イ(ア)参照)と整合的である。また,被告人やLから受けた暴力の態様に関してはL証言ともおおむね整合している(なお,Lは,被告人の実子であるP,Q及びOに対して被告人がしつけのために手を上げることがあったとしても平手又は拳骨で叩く程度であった旨供述するが(L8ないし13丁),被告人による暴行態様に関しておおむね供述内容が重なり合う前記E証言,G証言,S証言及びA証言に反するから,信用できない。もっとも,Oに対してお灸をしたのはLのみであり,被告人がこれをしていない旨のL証言(L12,13丁)については,O証言に沿う証言がほかになく,その信用性を必ずしも否定できない。)。

     このようにO証言が,その特徴的な暴行態様に関して前記E証言等と整合することからすれば,Oには養育者であった被告人に対する様々な反感・悪意から不満を募らせるなどして虚偽の供述をする動機がある旨の弁護人の主張を踏まえても,O証言は,信用できる。

   イ A証言の信用性

     Aは,本件暴行より以前に被告人から受けた暴力について前記(1)イのように供述するところ,これは,E証言(E6丁)と符合する上,被告人に指示された家事がこなせない際に長いときには2日間正座させられるなどのA証言(A20,50,51,56ないし58丁)

     は,家事がしっかりできていない際に長いときには2日間くらい正座させられる旨のO証言(O5,6丁)と,その暴行の経過及び特徴的な内容においてよく符合する。

     このようにA証言が,その特徴的な暴行態様に関してO証言やE証言と符合することからすれば,Aには養育者であった被告人に対する様々な反感・悪意から不満を募らせるなどして虚偽の供述をする動機がある旨の弁護人の主張を踏まえても,A証言は,信用できる。

  (3) 被告人供述の信用性

    被告人は,Eを含めそれより年少の実子らやC,B及びAに対しては,しつけであっても平手で叩くというようなことしかしていない旨供述し(第15回被告人20丁),Fも同旨の供述をする(F19,40,44,45丁)。しかしながら,第2の3(3)において後述するとおりF供述は信用することができず,他に被告人の供述を裏付ける証拠もない。

  (4) 小括

    以上を前提に,②本件暴行が被告人の暴力等の常習性の発露であるといえるかについて検討する。

    被告人が,従前から,担当する家事をこなせなかったAに対して強い暴力を加えたり長時間正座をさせたりといった過剰な懲戒行為を加えていたこと(前記(1)イ),被告人のそのような過剰な懲戒行為は,被告人がAらと同居する以前から,被告人の実子らに対しても行われていたこと(前記(1)ア)からすれば,被告人には,過剰な懲戒行為に至る暴力等の常習性があったものと認められる。そうすると,本件暴行は,その経緯及び内容(前記2(1)イ)に鑑みれば,被告人の追及に応じなかったAに対する過剰な懲戒行為として行われたことが明らかであるから,本件暴行が被告人の前記常習性の発露として行われたものであることも明らかである。

 5 まとめ

   前記2ないし4のとおり,被告人が,Aに対し,本件暴行を行い,それが,被告人の暴力等の常習性の発露であったと認められるが,検察官が訴追するところの被告人のBに対する暴行があったと認めるには合理的な疑いが残る。

   弁護人は,仮にAに対する本件暴行が認められるとしても,③被告人の行為は,DからAを怒ってくれ,ないし,殴ってくれと依頼されたために行ったものであるから正当な懲戒権の行使であり,違法性が阻却される旨主張する。しかしながら,前記2(1)イのような暴力行為の回数の多さやその強度に鑑みれば,本件暴行は,Aに対する懲戒権の行使としてその正当な範囲を超えた措置であり,社会通念上許される行為であるとはいえない(なお,D自身もAの耳の写真を見て,これはやりすぎやろうと思った旨述べている[D30丁]。)。したがって,弁護人の主張は採用できない。

   よって,被告人が,常習としてAに対して本件暴行を加えて傷害を負わせたことについて,被告人には判示第1の常習傷害罪が成立する。

第2 監禁の事実(訴因変更後の平成28年11月14日付け起訴状記載の公訴事実)について

 1 本件の主たる争点等

   本件の主たる争点は,④公訴事実記載の日時において,Bが被告人方1階の便所内にいたか否か,及び,⑤被告人が,Bに対し,前記便所内に入るよう命じたか否かである。

   当裁判所は,④信用できるG証言及びE証言によれば,平成27年12月25日午後7時頃から午後10時頃までの間に開催されていたクリスマスパーティーの終盤頃において,一定時間,Bが被告人方1階の便所内にいたこと,かつ,⑤それは,被告人が,Bに対し,前記便所内に入るよう命じたからであって,Bの意に反するものであったことが認められると判断した。以下,その理由について説明する。

 2 当裁判所が認定した事実

   後記3のとおり信用できるG証言及びE証言によれば,前記第1の2(1)アに加え,次の事実が認められる。

  (1) Aらが一時保護されて以降のBの生活等について

    平成25年3月13日にCが一時保護され(弁3),続いて,同月14日にAも一時保護された(前記第2の2(1)ウ)後,被告人は,当初,Bを,被告人の自宅から4軒東隣の被告人の家(以下「東の家」という。)において生活させていたが,Bが被告人の自宅からお菓子を勝手に持ち帰ってこっそり食べていたことから,被告人は,Bを被告人の自宅で生活させることにした。しかし,その後もBがお菓子を物色するのを止めなかったため,被告人は,Bを被告人の自宅1階にある便所(以下「本件便所」という。)に閉じ込めるなどするようになった(G2ないし4丁)。

    被告人がBを本件便所に閉じ込める方法としては,具体的には,被告人が,Bに本件便所に行くように命じることもあれば,Bがこれに応じないときにはBを押したり引っ張って行ったりすることもあった(G4丁,E17,18丁)。また,本件便所のドアは外開きであったところ,Bが本件便所から出てこれないようにするために,被告人が,GやFに指示して,本件便所のドアと外側の洗濯機との間に,椅子や洗濯籠,乾物等の入った段ボール等の重い荷物を置いてドアを開けられなくしたり,鉄パイプや伸縮棒をドアの前に置いてドアが開くと音が鳴って分かるようにしたりといった措置を講じていたこともあった(G4ないし13,42,43丁,E13,16,17,21,43,56,57丁)。

    Bが本件便所に閉じ込められるようになった当初,その時間は,一,二時間程度であったが,次第に,半日,一日と長くなり,ついには,ずっと本件便所に閉じ込められ続けているようになっていった(G18ないし21,51丁)。また,Bは,当初は,被告人の自宅2階にある部屋で食事をしたり睡眠をとったりしていたが,次第に,本件便所の前で食事をしたり,本件便所の中で睡眠をとったりするようになり,漢字の書き取りなどをさせられているときを除けば,おおむね被告人の自宅1階,とりわけ本件便所の中で過ごすことが多くなった(G20丁,E64ないし67丁)。被告人は,GやEらに対し,被告人の自宅では2階の便所を使用するように言っていた(G20,21丁,E20丁)。

  (2) 平成27年12月25日の出来事について

    平成27年12月25日,少なくとも午後7時頃から午後10時頃までの間,東の家において,Eの企画により,クリスマスパーティーが開催され,E及びその交際相手,G,Fらのほか,被告人が参加したが,Bは参加していなかった(E27丁,G26,34ないし36丁)。

    クリスマスパーティーの終盤頃,G及び被告人がケーキのお皿等の食器を取りに被告人の自宅に戻った際,被告人は,本件便所からスプーンだけが入った鍋でご飯粒が付いている状態のものを回収し,Gに対し,1階キッチンの流し台で水に付けておくように指示して手渡した。被告人が鍋を回収した際,Gは,本件便所の中を見なかったが,その中で,被告人が誰かとぼそぼそと話している声を聴いた(以上につき,G27ないし31,74丁)。また,Eが,クリスマスパーティーの食事を終えて被告人の自宅に食器等を運んだ際,被告人の自宅の玄関と1階リビングに入ったが,Bの姿は見当たらなかった(E29,57,58,61ないし67丁)。

    前記クリスマスパーティーが終わった同日午後11時過ぎ頃,G及びFが,被告人の自宅にパジャマを取りに戻った際,被告人の自宅の1階にも2階にもBの姿は見えず,本件便所のドアの前に突っ張り棒が置かれるなどしていた(G31ないし36丁)。

  (3) 本件便所の構造等

    本件便所は,いわゆる洋式便所であり,窓や暖房設備はなく,鍵がかからないようになっていた(G21丁,甲22・写真97,137,138,141)。

 3 各証言の信用性

  (1) G証言の信用性

    Gは,被告人がBを本件便所に閉じ込めるようになった経緯やその方法等について具体的かつ詳細に供述するところ,その経緯に関する供述は,Bがお菓子を盗み食いするから本件便所の中に閉じ込めていると被告人から聞いた旨のS証言(S6丁)に符合する上,その具体的な方法に関する供述やそれが被告人の指示によることであった点についてもS証言(S6ないし9,34,35丁)とほとんど重なり合っている。また,Gは,本件便所内のBの様子についても供述するところ(G14丁),その内容は,Bが本件便所内においてパンツ1枚のみ着用していたという特徴的な格好であった旨のS証言(S10,18丁)やE証言(E13,18丁)ともよく整合する。このように,G証言は,信用性できるS証言と特徴的な内容も含めてよく整合していることから,養育者である被告人に対してGが反感を持ち虚偽供述をしている可能性がある旨の弁護人の主張を踏まえても,基本的に信用できる(なお,弁護人は,Gは被告人が鍋をとる場面を目撃したというが本来目撃できないものである旨主張する。しかしながら,その主張は,リビングと本件便所との間に視界を遮る扉があること,その扉に暖簾がかかっていること,Bから被告人に手渡しされたことなど,Gが述べていない事実を前提とするものであり,Gが供述する鍋の受け取り位置は本件便所付近が見える角度に位置することなどに照らすと,目撃できなかったと直ちにいうことはできない。)。

    また,弁護人は,S証人とその交際相手であったRらとの間で交際を終える際にトラブルがあったことがうかがわれる旨供述していること(S36ないし39丁)などから,S証人は中立的な第三者ではなくその証言が信用できない旨主張する。しかしながら,既にRを含め被告人らとの関係性がないS証人が,宣誓をした上で虚偽の供述をしてまで,被告人に敢えて不利益な供述をする動機があるとはうかがわれない。また,S証言には前記のとおり特徴的な内容が含まれるほか,具体的かつ詳細であり,S証人は,自分の目で確認した部分と想像で語っている部分を区別して供述しており,被告人に殊更不利益になるよう誇張して供述している様子もうかがわれない。そうすると,S証言は,基本的には信用できるというべきである。

  (2) E証言の信用性

    Eは,被告人がBを本件便所に閉じ込めていた方法について具体的かつ詳細に供述するところ,その内容は,S証言(S6ないし9,34,35丁)とほとんど重なり合っている。また,Eは,本件便所内のBの様子についても供述するところ(E13,18丁),その内容は,Bが本件便所内においてパンツ1枚のみ着用していたという特徴的な格好であった旨のS証言(S10,18丁)や同旨のG証言(G14丁)とも符合する。このように,E証言は,信用できるS証言と特徴的な内容も含めてよく整合していることから,養育者である被告人に対してEが反感を持ち虚偽供述をしている可能性がある旨の弁護人の主張を踏まえても,基本的に信用できる。

  (3) F証言の信用性

    Fは,平成27年12月25日のクリスマスパーティーにはほとんど参加しておらず,同パーティーの間,Bが自分と共に被告人の自宅1階リビングにおいてテレビを見ていた旨供述する。

    しかしながら,Bは,当初,弁護人らに対して,前記クリスマスパーティーの日にはBがずっと本件便所にいた旨供述していたにもかかわらず(F35丁),平成29年11月に至って,前記のような供述をし始めており,供述の変遷が認められる。かかる変遷の理由について,Fは,当初はAの事件の印象が強かったが,後になって弁護人からBの監禁事件のことを聞かれて思い出した旨供述するが,その説明は,Bが本件便所にずっと入っていた旨述べていたことの理由になっておらず,不合理であるといわざるを得ない。また,監禁されていたとされる時間帯におけるBの所在は特に重要な部分であることに照らせば,Fにおいて何らかの勘違いをしていたとも考え難い。

    また,Fは,Bと一緒にいた旨供述する一方で(F15丁),Fが家事をしながらBの近くを通ると隠れたり,離れるとテレビを見たりする旨供述する(F28,29丁)など,その供述内容は,必ずしも一貫しておらず曖昧である。

    以上検討したところによれば,F証言は,不自然な変遷が見られるほか,その内容も曖昧であるというべきところ,Fにおいて,実母である被告人を庇っている可能性も否定できないから,F証言を信用することはできない。

 4 被告人供述の信用性

   被告人は,Bを本件使所に閉じ込めたことなどなく,本件便所の前に物を置いたことがあったのは,ペットの猫が本件便所に入らないようにするためである旨供述する。しかしながら,被告人の当該供述については他にこれを支える証拠がなく,前記3(1)に示したG証言及び前記3(2)に示したE証言の信用性を減殺させるものとはいえない。

 5 ④公訴事実記載の日時において,Bが被告人方1階の便所(本件便所)内にいたか否か

   信用できる前記関係各供述によれば,E及びGは,前記3のクリスマスパーティーの間,Bの姿を見ていない。その当時,Bが本件便所の前で食事をとることが多かったところ,クリスマスパーティーの終盤頃において,被告人が本件便所の中から食後の鍋と思われるものを持ち出していたこと,その際,誰かとぼそぼそと話している声がしたことに併せて,B以外の者は,クリスマスパーティーに参加しており,本件便所又はその近辺で食事をすることが考えられないことに照らせば,この時点において,Bは,本件便所内にいたものと推認できる。以上に加え,当時,Bが被告人の自宅の1階,とりわけ本件便所で過ごすことが多かったところ,Eが被告人の自宅の玄関と1階リビングにおいてBの姿を見なかったこと,クリスマスパーティーが終わった同日午後11時過ぎ頃,被告人の自宅の1階にも2階にもBの姿は見えず,本件便所のドアの前に突っ張り棒が置かれるなどしていたことからすれば,少なくとも前記クリスマスパーティーの終盤頃から突っ張り棒が置かれていたのを目撃した頃まで,Bは本件便所内にいたものと認められる。

   この点について,検察官は,Bがクリスマスパーティーに参加していなかったことから,公訴事実記載の日時,すなわちクリスマスパーティーが開催されていた遅くとも平成27年12月25日午後7時頃から同日午後10時頃までの間,Bが本件便所にいた旨主張するが,前記認定したよりも早い時間帯において,Bが本件便所にいたことを認めるに足りる証拠はなく,検察官の主張どおり認定するには合理的な疑いが残る。

 6 ⑤被告人が,Bに対し,前記便所(本件便所)内に入るよう命じたか否か

   前記5のとおり,Bが,本件便所に一定時間入っていたことが認められる。以上に加え,前記2のとおり,Bが以前から被告人に本件便所に長時間にわたって閉じ込められることが度々あったこと,その際,被告人が本件便所の前に突っ張り棒を置いて本件便所の外に出るのを監視するなどの措置を講じていたことが認められるところ,クリスマスパーティーが終わった同日午後11時過ぎ頃,本件便所のドアの前には突っ張り棒が置かれていたことを併せ考慮すれば,被告人が,Bを本件便所に閉じ込め,Bが本件便所から出られないようにするため,前記突っ張り棒を置いたたものと推認できる。また,本件便所には暖房設備等がなかったこと,保護され年後のBが正面に便座のある便所を嫌がっていたが(M8丁),既に認定した事実と併せるとその感情は被告人方における生活で形成されていたものと推認して誤りないことも考え併せれば,真冬においてBが自発的に正面向きに便座のある本件便所(甲22の見取図第3号)にこもっていたとも考え難い。

   以上によれば,Bが本件便所に入っていたのは,明示的ないし黙示的に被告人に命じられたからであると認めるのが相当である。なお,これまでの経緯に照らせば,被告人の指示及び措置が,Bにとって本件便所内からの脱出を著しく困難にさせるものであったことも認められる。

 7 小括

   以上検討したところによれば,平成27年12月25日午後7時頃から午後10時頃までの間に開催されていたクリスマスパーティーの終盤頃において,一定時間,Bが被告人方1階の便所(本件便所)内にいたとこと,かつ,それが,被告人が,Bに対し,前記便所(本件便所)内に入るよう命じたからであると認められることから,被告人には,判示第2の監禁罪が成立する。なお,検察官は,訴因変更後の平成28年11月14日付け起訴状記載の公訴事実において,Bが被告人の「言いなりとなっている」状態であった旨主張するが,被告人から本件便所に入るよう言葉で命じられても,Bがこれに抵抗し,被告人に本件便所に無理矢理押し込まれることもあった旨のG証言(G4,5丁)に照らせば,Bが完全に被告人の言いなりとなっている状態であったとまではいえないと判断した。

第3 結論

   以上によれば,被告人には,判示第1の常習傷害罪及び判示第2の監禁罪が成立すると認められる。

   一方,訴因変更後の平成28年10月25日付け起訴状記載の公訴事実中,被告人がBに対して暴行を加えたとの点については,検察官が訴追する暴行があったとの合理的疑いが残るから,犯罪の証明がないことになる。もっとも,この点は判示第1のAに対して本件暴行を加えて傷害を負わせた常習傷害の罪といわゆる包括一罪の関係にあるとして起訴されたものと認められるから,主文において特に無罪の言渡しをしない。

(法令の適用)

罰条

 判示第1の行為  暴力行為等処罰に関する法律1条の3前段(刑法204条)

 判示第2の所為  刑法220条

併合罪の処理    刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)

未決勾留日数の算入 刑法21条

刑の全部執行猶予  刑法25条1項

訴訟費用の負担   刑訴法181条1項本文

(量刑の理由)

1 被告人は,実弟から甥や姪を預かり実子と同様に養育していたものであるところ,本件は,しつけの延長線上の過剰な懲戒行為で,あるいは,しつけの名目で,子どもらに対する暴力行為を行う習癖を有していた被告人が,その習癖の発露として当時11歳の甥を叩いたりその耳を引っ張るなどして傷害を負わせたという常習傷害1件(判示第1)と,当時12歳の姪を便所内に閉じ込めたという監禁1件(判示第2)の,いわゆる児童虐待の事案である。

2 まず,甥に対する常習傷害(判示第1)についてみるに,被害者が負った傷害は全治約15日間を要する耳介後部の裂傷ないし切傷等というもので軽くなく,保護者的な立場の者から反復的になされていた一環と認められる暴力が被害者の健全な発達に及ぼすであろう影響も無視できない(なお,検察官は,被害者に対する常習的連続的犯行であることが被害者に与えた結果の重大性を強調する。しかしながら,被害者に対する他の暴力は,具体的な罪となるべき事実として認定されていない。また,その程度は,被害者供述によっても,本件より小さいと認められ,その頻度や理由も不明確である。よって,上記記載以上にその結果を評価することは相当でない。)。その傷害結果及びそこから推知される暴力の強度に比して,家の食品を勝手に食べた疑いから被告人の意に沿わない被害者に対して暴力をふるったという経緯が軽いことに照らせば,仮に被告人においてしつけの一環であるとの認識があったとしても,本件犯行の違法性が減殺されるものではない。

  次に,姪に対する監禁(判示第2)についてみるに,家族らがクリスマスパーティーを開催しているにもかかわらず,いまだ幼い被害者を暖房設備のない真冬の便所に一人で閉じ込めたという犯行態様は悪質である。また,本件犯行が,被告人の被害者に対する常習的な監禁行為の一環としてなされたものであり,物理的な監禁にとどまらず,被害者が被告人による心理的圧迫を受けた中で行われたことも考え併せれば,監禁時間が判示第2の程度に限定されることを考慮しても,本件犯行により被害者が受けた精神的苦痛は多大であったとうかがわれ,結果は軽くない。なお,検察官は,被告人が姪を長期間監禁していたことなどを指摘し,その心身に与えた結果の重大性を主張するが,検察官が訴追していない姪に対するその余の監禁行為をそのまま量刑の前提にすることはできない。

  以上検討したところによれば,被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

3 そこで,一般情状にも目を向けるに,被告人は,不合理な弁解に終始しており,事件と向き合った反省はない。

  しかしながら,被告人には前科がないこと,本件各犯行が発覚して刑事訴追されるに至るまでは,子どもらに対する暴力行為を行う習癖を措けば一社会人として生活を営んできており,成人した被告人の実子の中には被告人との生活を望み,出廷して今後もこれまで同様に接していく旨述べる者がいること等も考慮すれば,被告人を直ちに実刑に処するのではなく,今回に限って,社会内での更生の機会を与えることが相当であると判断した。

4 よって,主文のとおり刑を量定した。

(求刑 懲役4年)

  平成30年10月18日

    大阪地方裁判所第2刑事部

        裁判長裁判官  伊藤 寿

           裁判官  荒井智也

           裁判官  三宅由子

 

DVの事実認定に関する東京高裁平成14年決定(消極)

重要判例52事件 配偶者暴力に関する保護命令に対する抗告事件

東京高等裁判所決定/平成14年(ラ)第428号

平成14年3月29日

【判示事項】       配偶者暴力に関する保護命令申立てにつき,被害者が主張する暴力の一部が認められず,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律10条の「被害者が更なる配偶者からの暴力によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」に該当しないとされた事例

【参照条文】       配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律10

【掲載誌】        判例タイムズ1141号267頁

             判例時報1791号79頁

 

       主   文

 

 一 原決定を取り消す。

 二 相手方の保護命令の申立てを却下する。

 三 保護命令申立費用及び抗告費用は、相手方の負担とする。

 

       理   由

 

 第一 抗告の趣旨及び理由

 本件抗告の趣旨及び理由は、別紙保護命令に対する即時抗告の申立書(写し)記載のとおりである。

第二 当裁判所の判断

一 《証拠略》によると、次の事実が一応認められる。

(1) 相手方(昭和三六年二月一三日生)は、フィリピン国出身の女性であるが、曰本のクラブでホステスとして稼働していた際、客として来店していた抗告人(昭和二七年五月二〇曰生)と知り合い、平成三年三月二八日に婚姻をした。抗告人と相手方との間には、長女一江(平成二年一二月二五日生)がいる。

(2) 抗告人は、結婚後、相手方及び長女とともに、数年間フィリピン国及びアメリ力合衆国に滞在していたが、そのころ、抗告人は、フィリピン国において、相手方に暴行を振るって傷害を負わせたことがあった。

(3) 抗告人等は、平成八年ころ、日本に戻り、抗告人は、タクシー運転手として稼働するようになり、また、相手方は、クラブのホステスとして稼働するようになったが、その後、荒川区教育委員会の委嘱を受けて英語講師として稼働するようになった。なお、相手方は、平成一一年一月一九日、日本に帰化をした。

(4) 抗告人と相手方とは、平成一三年一月一三日夜、自宅において抗告人の給与額等をめぐって口論となり、抗告人が相手方の身体を蹴ったりするなどの暴力を振るった。相手方は、翌一四日、東京女子医科大学附属第二病院で受診し、外傷性頚部症候群及び全身打撲と診断され、左側胸部痛があるとして、上記病院には、同年一月中に数回通院した。その後も、相手方は、抗告人及び長女と同居をしていた。

(5) 抗告人と相手方とは、平成一四年一月二日夜、自宅において相手方の行動及び抗告人の給与額等をめぐって口論となり、抗告人が相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出した。その後、相手方は、翌三日、荒川警察署に相談に行き、抗告人から「殴られ、蹴る」という暴力を振るわれたと述べたが、けがの症状は特になかった。また、抗告人は、同年二月一八日まで病院に受診に行くことはなかった。

(6) 相手方は、平成一四年一月二日から抗告人及び長女と別居している。抗告人は、別居後、相手方の居場所を探すなどの行動はとっていない。

(7) 相手方は、平成一四年一月二三日、抗告人に対し、東京家庭裁判所に離婚(夫婦関係調整)調停事件の申立てをした。

二 相手方は、平成一四年一月二日の件につき、配偶者暴力に関する保護命令申立書(以下「申立書」という。)において、抗告人が「激しく殴打し」、平成一三年一月一三日と同様の暴力を加えたと主張する。そして、荒川警察署長から提出された「配偶者からの暴力相談等対応票」と題する書面によると、前記のとおり、相手方が、平成一四年一月三日に荒川警察署で相談した際にも、「殴られ、蹴る」との暴力を振るわれたと述べた。しかし、前記のとおり、上記書面には、けがの症状につき「特になし」と記載されており、相手方は、平成一四年一月二日の件では、病院で受診しておらず、診断書を提出していない。また、相手方は、当審の審尋において、平成一四年)月二日の件につき、抗告人と口論となり、抗告人から「家から出なさい」と言われたのに、相手方が出なかったので、抗告人から手提げ鞄とジャンバーをぶつけられ、鞄は相手方の右肩に、ジャンバーは相手方の顔に当たり、また、手を捻られて家から引っ張り出されたが、抵抗をしなかったので、けがをせず、病院に行っていないと陳述した。さらに、抗告人は、原審の審尋において、平成一四年一月二日の件につき、相手方に暴力行為をしたことはなく、口論になり、「出ていけ。」と言って、相手方の手足を引っ張って外に出しただけであると陳述し、また、当審の審尋においては、相手方に暴力を振るったことはなく、相手方の手足を引っ張って外に出したこともないと陳述した。そして、一一歳の長女は、平成一四年一月二日の件につき、抗告人が相手方に暴力を振るったことを否定する書面を作成し、提出している。

 以上によると、平成一四年一月二日の件につき、抗告人による暴力の態様に関する相手方の陳述に変遷がある上、これを裏付ける客観的な疎明資料がないので、暴力に関する相手方の上記陳述は、直ちに信用することができず、相手方が申立書で主張する抗告人の暴力の真実について、他に疎明があるとするに足りる資料はない。したがって、平成一四年一月二日の件については、前記一で認定したとおり、抗告人が相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出した限度で疎明があるというべきである。

三 ところで、保護命令は、被害者が更なる配偶者からの暴力によりその生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律一〇条)に発令されることになるが、この保護命令に違反した場合には、「一年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金」(同法二九条)に処せられることに照らずと、上記発令要件については、単に将来暴力を振るうおそれがあるというだけでは足りず、従前配偶者が暴力を振るった頻度、暴力の態様及び被害者に与えた傷害の程度等の諸事情から判断して、配偶者が被害者に対して更に暴力を振るって生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高い場合をいうと解するのが相当である。

 これを本件についてみると、前記一の認定事実によると、抗告人は、平成八年以前にフィリピン国滞在中に相手方に暴力を振るって傷害を負わせ、また、平成一三年一月一三日に抗告人が相手方の身体を蹴ったりするなどの暴力を振るって抗告人に外傷性頸部症候群及び全身打撲の傷害を負わせているが、平成一四年一月二日には、抗告人か相手方の手をつかんで相手方を戸外に引っ張り出したことを超えて、抗告人が相手方に傷害を負わせたということはできず、その後に、相手方に暴力を振るったという事実もない。

 したがって、以上の事情によれは、抗告人か相手方に対して更に暴力を振るって相手方の生命又は身体に重大な危害を与える危険性が高いということはできないというべきである。

四 よって、相手方の本件保護命令の申立ては、その発令要件についての疎明がないから、理由がなく、これを却下すべきであるところ、これを認容した原決定は不当であるから、これを取り消し、保護命令申立費用及び抗告費用は、相手方に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 細川 清 裁判官 大段亨 伊藤正晴)

 別紙 保護命令に対する即時抗告の申立書(写し)《略》

 

2019年2月19日18時から20時30分にかけて 岡山弁護士会館で著者による「性犯罪被害者の心理と被害者支援に当たる弁護士に求められること」がありました。

もともとは2019年2月20日の記事です。



https://www.honzuki.jp/book/219066/review/124097/

認知症の妻(66歳)を殺害した夫に懲役3年の実刑判決 山口地裁平成30年

 

福祉の充実していない昭和のころなら執行猶予になっていたかもしれません。

 

殺人被告事件

【事件番号】 山口地方裁判所判決/平成30年(わ)第82号

【判決日付】 平成30年10月15日

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役3年に処する。

  未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

 

        理   由

 

  【罪となるべき事実】

  被告人は,娘からの連絡を受け,帰国してアルツハイマー型認知症等を患う妻のAを介護ずることとし,平成29年2月末頃から,山口県下松市(以下略)において同人と二人で暮らし,夜間,飲酒しては妄想から被告人が自分の姉と浮気をしていたなどと言い募り,頻繁に目を覚ましては排尿の失敗や転倒を繰り返す前記Aの面倒を見ていたが,同人の辛そうな様子にも接するうち,変わり果てていく様子を子や孫に見せたくないなどとして前記Aとの心中を考えるようになり,引き続き面倒を見つつも,同年6月を最後に同人を病院に連れて行かなくなり,同人に飲酒を控えるように注意したり,娘や息子に相談したり,公的援助の活用や施設入所を検討したりすることもなく,平成30年3月8日には,前記Aから孫が結婚するまでは死にたくないなどと言われていたにもかかわらず,なお前記Aを殺して後追い自殺をしようと決意するに至り,同月21日午前3時頃,前記303号室において,同人(当時66歳)に対し,殺意をもって,就寝中の同人の背後から,その頸部に3重ないし4重に束ねたビニール紐を巻き付けて締め付け,よって,その頃,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。

  【証拠の標目】省略

  【法令の適用】

  被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

  【量刑の理由】

  強固な殺意に基づく殺人事案であるが,仕事で海外生活の長かった被告人が,妻である被害者の介護のために帰国するや,判示のとおり妄想に陥ったり排尿に失敗したりする妻の様子を自の当たりにし,なお独りきりで面倒を見て,心中を考えるようになった経緯には同情の余地も大きく,その犯情が大きく軽減されることは明らかである。

  しかしながら,被害者の認知症の症状は日中は特段の介護の必要もない程度のものであり,近隣には娘や息子も住んでいたのに,被害者の認知症の進行を遅らせたり環境を変えたりする手立てを考えず,本件の約2週間前には被害者から生きていたいとの願望を示されていながら,被害者のありのままを将来にわたり見せたくないとの思いを優先させて本件殺人に及んだことは,後追い自殺を念頭に置いていたとはいえ,なお短絡的で身勝手であると非難せざるを得ず,無抵抗の就寝中に突如として命を奪われた被害者の無念さは,察するに余りある。

  以上を踏まえ,特段の前科がない者が,ひも・ロープ類を凶器として配偶者を殺害した事案の量刑傾向を参照しながら検討すると,本件犯情は,酌量減軽は優に許容できるものの,刑の執行猶予を相当とするまでに軽いものとはいえず,被告人が白身にとって不利益なことも含めて事実関係を認め,被害者や遺族に対して謝罪の弁を述べていること,遺族でもある被告人の子らが,被告人に対する処罰を望んでおらず,長男は同居する意向を示していること等の一般情状を併せ考慮しても,主文限りの実刑は免れないというべきである。

 (検察官の求刑 懲役5年,弁護人の科刑意見 執行猶予付き判決)

   平成30年10月15日

     山口地方裁判所第3部

         裁判長裁判官  井野憲司

            裁判官  桂川 瞳

            裁判官  福本晶奈

DV夫を殺害した妻に懲役6年として名古屋地裁平成30年判決

【事件番号】 名古屋地方裁判所/平成30年(わ)第189号

【判決日付】 平成30年12月26日

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  被告人を懲役5年に処する。

  未決勾留日数中220日をその刑に算入する。

        理   由

 (罪となるべき事実)

  被告人は,平成8年3月20日頃,略において,夫であるA(当時59歳)に対し,殺意をもって,頸部及び頭部等を包丁様の刃物で多数回突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,同人を頸部等刺切創による出血性ショックにより死亡させて殺害したものである。

 (事実認定の補足説明)

 第1 争点

  被告人がAに包丁を突き刺したことに争いはないが,弁護人は,被告人の行為以外の事情によりAが死亡した可能性があるとして,因果関係を争い,殺人未遂罪が成立するにとどまり,時効が完成していると主張する。

 第2 当裁判所の判断

  1 犯行を至近距離で目撃したとする被告人の長男である証人Bは,要旨として,自宅において,①土間に下りるための三段階段の最上段に腰掛け,両手で頭を抱えて守るようにしているAに対し,後方に立った被告人が逆手に持っていた包丁を2回振り下ろし,Aの頭に当たったように見えたこと,②Aが左方の洗濯機の方向に動いたところ,被告人が振り下ろした包丁がAの首の左側にすっと深く入り,首が切れて裂け,これで死んだと思ったこと,③洗濯機を抱え込むように倒れたAの頭付近を更に被告人が包丁で三,四回刺し,一度台所の方に行って約二十秒後にその場に戻り,左首に包丁を深く突き刺し,一,二回頭の辺りを刺したこと,④被告人が,再度台所の方に行って二,三十秒後にその場に戻り,Aの頭の辺りを一,二回刺したことを供述する。

  2 Bの前記供述の信用性を検討する。

  (1) Aの遺体を解剖した証人C医師の証言を踏まえてBの供述を検討すると,前記①の点は,Aの頭部に複数の切痕があり,左右の手部に防御創と考えて矛盾がない切痕が複数あることと符合し,前記②の点は,Aの左下顎部に切痕があり,その近くにある外頸動脈や内頸静脈などの太い血管が損傷した可能性が高いことと符合し,前記③,④の点は,Aの頭部に多数の切痕があり,その中にはAが動かない状態において生じたと考えられるものが複数あることと符合している。

  頭部の15か所に及ぶ損傷は,頭頂骨から後頭骨にかけての一定の範囲,多くは左側のある程度まとまった範囲に残され,成傷時の刃器の刃先は概ね同一の方向を向いており,これらの損傷を全体的にみても,Aがほぼ無抵抗の状況下において,一人の人物による短時間の犯行によって生じたものとみるのが自然である。

  以上のとおり,Bの前記供述は,遺体の損傷状況によく整合している。

  加えて,Bにとって,母による父に対する犯行は,20年以上前の出来事ではあるけれども,衝撃的な場面として印象深く記憶することができたと考えられるし,供述の態度をみても,自身の責任を軽減しようというような姿勢は見受けられず,特に信用性を疑うべき点は見当たらない。供述の内容自体も、被告人が自認する経緯(Aと口論となった後,包丁を持ち出し,逃げようとするAを土間まで追いかけた)から発展した出来事としてみて自然である。

  (2) ところで,Bは,犯行目撃場面では,被告人が手に持つ包丁がよく見えなかったが,犯行後,被告人が手に持っていた包丁を取り上げ,この包丁には血が付着していたと供述する。Bは,この包丁は,事件の発覚した平成29年1月に任意提出した柄が黒色の包丁(弁3,弁4)であると述べているところ,この包丁の刃先であるとして矛盾のない金属片がAの遺体の頭部から発見されたことからすれば,被告人が上記柄が黒色の包丁を本件犯行に使用したことが推認される。

  これを前提として,弁護人は,Aの頭蓋骨に埋没していた別の金属片があり,これは,上記柄が黒色の包丁と異なるもう1本の刃物の刃先であり,Bの供述によっては,もう1本の刃物の存在がうかがわれず,埋没していた金属片の説明がつかないと指摘して,Bの供述全般の信用性を争う。

  しかしながら,Bの前記③④の供述によれば,被告人が途中で台所で包丁を持ち替える機会があり,頭部を突き刺した際に刃先が折れたと思われることからすると,現実にそのような行動をとることも十分にあり得たといえる。そして,犯行発覚まで20年以上が経過している本件において,犯行に使用されたもう1本の刃物が発見されていないこと自体は,何ら不自然ではない。

  ところで,Bは,事件後,柄が黒色の包丁以外の包丁は,いずれも引出しに入ったままになっており血の付着等も見られなかったと述べ,さらに,事件後に発覚に至るまで包丁を1本も捨てたことはないと明確に供述する。同人は,遺体や血痕等の処理を一人でしたとも述べており,被告人が自分でもう1本の包丁を処分した可能性についても否定的である。

  確かに,このようなBの供述を前提とすれば,埋没していた金属片の説明は容易でないが,仮にBがもう1本の包丁の存在を隠蔽しようという意図があるならば,包丁の処分について殊更明確な供述をするまでもなく,覚えていないと述べれば済むことである。この点が,Bの供述全般について,責任逃れのための意図的な虚偽供述の可能性を浮かび上がらせるものではない。

  そして,もう1本の包丁の存在の有無については,時間の経過により,記憶違いや忘却があったとしても何ら不自然ではない。前記のとおり犯行目撃場面が衝撃的であって鮮明な記憶が保持されていると考えられるのに対し,犯行後の包丁の処理等については,それほどに印象に残る出来事であったかは疑問であり,この点に矛盾はない。

  以上のとおり,柄が黒色の包丁以外のもう1本の刃物についての説明がないことは,犯行態様に関するBの供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。

  弁護人は,Bの供述にはその他にも不自然な点(Aが前方に逃げようとしなかったこと,Aが体勢を崩すなどして三段階段から滑り落ちなかったこと、刺突されたAが攻撃者である被告人の方を振り向こうとしたこと,被告人が身を乗り出すようにして洗濯機の方に倒れたAを刺したこと)が含まれていると指摘するが,当時の被告人及びAの具体的な体勢やAが十分な回避行動を取れないまま短時間のうちに致命傷を負ったと考えられることなどに照らし,何ら不自然はない。

  (3) 犯行場面についての被告人の供述は,極めて断片的かつ不自然なものであり,Bの目撃供述の信用性に疑問を生じさせるものではない。

  以上によれば,Bの前記犯行目撃供述は信用することができる。

 第3 結論

  よって,Aは,被告人から包丁様の刃物で頸部及び頭部を多数回突き刺されたことによる出血性ショックで死亡したと認められ,他の事情を原因として死亡したという可能性は考えられないから,被告人の行為とAの死亡との間に因果関係があることが認められる。

 (法令の適用)

  罰条         平成16年法律第156号による改正前の刑法199条(有期懲役刑の長期は同改正前の刑法12条1項)

             裁判時においてはその改正後の刑法199条(有期懲役刑の長期は,同改正後の刑法12条1項)に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。

  刑種の選択      有期懲役刑(懲役3年以上15年以下)を選択

  未決勾留日数の算入  刑法21条

  訴訟費用の処理    刑訴法181条1項ただし書(不負担)

 (量刑の理由)

  本件は,被告人が,Aに対して,包丁様の刃物で頭部及び頸部等を多数回突き刺し,出血性ショックにより死亡させて殺害した事案である。ほぼ無抵抗のAの身体の重要部分に対して,骨に傷が残るほどの強い力で包丁様の刃物を多数回突き刺し,Aが倒れて動かなくなった後も多数回突き刺すなどしており,態様自体は残忍といわざるを得ず,強固な殺意に基づく危険性の高い悪質な犯行であると認められる。

  なお,弁護人は,本件にBの関与があると主張し,これが刑を軽減する事情に当たると指摘するが、Bが両手をつかんでいたという被告人の供述はAの手に防御創があるという証拠と整合しないから採り得ない。その他,Bが犯行の現場にいたことにより被告人の刑事責任を軽減すべき理由は見出せない。

  本件に至る経緯をみると,被告人は,Aと婚姻後,たびたびAからの暴力や暴言を受け,Aの暴力により左肩を脱臼骨折した後遺症により車の運転ができないなどの支障があったのに,Aは,次第に被告人のリハビリ等に非協力的となり,家を空けることが増えていた。本件当日には,帰省したBも立ち会って話し合いの機会を設けたにもかかわらず,Aは不誠実な態度に終始し,それを責める被告人の腹部を蹴ったりナイフを示すなどの乱暴な行為に及んだ。本件犯行の動機は,このような経緯によって蓄積した複雑な心情から,突発的に殺意が生じたものと考えられ,一旦行動に移した後は無我夢中で刺し続けたと推測される。このような経緯や動機には酌むべき点が大きい。

  また,約21年という長期間の経過後ではあったものの,被告人による自首によって本件事案の解明が可能となったことは,刑を量定する上で十分に考慮すべきである。ただし,犯行を明かさずに発覚まで長期間が経過したこと自体を被告人に有利にみるべき理由はない。

  以上によれば,配偶者に対する殺人という重大事案の中で,本件が執行猶予を付すことのできる特に犯情の軽い事案であるとはいえないが,上記の情状等を考慮すれば,主文の刑期にとどめるのが相当である。

 (求刑 懲役8年)

   平成30年12月26日

     名古屋地方裁判所刑事第6部

         裁判長裁判官  田邊三保子

            裁判官  三芳純平

            裁判官  小山大輔

 

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