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カテゴリ: 民事執行法

民事執行法181条1項と留置権 最高裁平成18年

ダットサン1 4版 物80(5)

競売申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件

最高裁判所第2小法廷決定/平成18年(許)第21号

平成18年10月27日

【判示事項】      登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売において民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に該当するための要件

【判決要旨】      登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては,その被担保債権が当該自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば,債権者による当該自動車の占有の事実が認定されていなくとも,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たる

【参照条文】      民事執行法181-1

            民事執行法195

            民事執行規則176-2

            民法295-1

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集60巻8号3234頁

            裁判所時報1423号455頁

            判例タイムズ1227号128頁

            金融・商事判例1257号26頁

            判例時報1951号63頁

            金融法務事情1794号46頁

            LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      金融・商事判例1264号12頁

            ジュリスト1351号107頁

            別冊ジュリスト247号46頁

            判例時報2014号173頁

            法学研究(慶応大)81巻5号101頁

            法学セミナー52巻5号126頁

            法曹時報61巻4号1349頁

            民商法雑誌137巻1号67頁

 

       主   文

 

 原決定を破棄し,原々決定を取り消す。

 本件を東京地方裁判所に差し戻す。

 

       理   由

 

 抗告代理人佐藤歳二,同相澤光江,同希代竜彦の抗告理由について

 1 記録によれば,本件の経緯は,次のとおりである。

 (1)抗告人は,相手方は平成17年6月19日に抗告人の店舗の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に相手方の所有に係る自動車(以下「本件自動車」という。民事執行規則86条所定の自動車(以下「登録自動車」という。)に該当する。)を駐車することによって,抗告人との間で本件駐車場の使用契約を締結したが,同年6月20日から同年10月19日までの間の本件駐車場の駐車料金87万8400円を支払わないと主張して,相手方に対し,上記契約に基づき,上記駐車料金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟を東京簡易裁判所に提起した。同裁判所は,同年12月6日,抗告人の主張に係る上記事実を認定し,抗告人の請求を全部認容する判決を言い渡し,同判決は確定した(以下,この確定判決を「本件確定判決」という。)。

 (2)抗告人は,本件確定判決の正本を提出し,本件自動車について,上記駐車料金等の支払請求権を被担保債権とする民法上の留置権による競売を申し立てた(以下,この申立てを「本件申立て」という。)。抗告人は,留置権による競売は担保権の実行としての競売の例によるところ(民事執行法195条),本件確定判決は民事執行規則176条2項により登録自動車を目的とする担保権の実行としての競売に準用される民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たると主張している。

 2 原審は,以下のように判断して,本件申立てを却下した原々決定に対する抗告人の抗告を棄却した。

 本件確定判決においては,留置権が訴訟物自体又は訴訟物である権利関係の発生原因若しくは抗弁となっているものではなく,したがって,裁判所が留置権の発生原因事実を特定して認定し,この認定事実に対して民法295条の規定の適用を肯定する判断を示しているものではないから,留置権の存在を「証する」判断が明示されているとはいえず,本件確定判決は,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」には該当しない。

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1)民事執行法181条1項は,担保権の存在を同項所定の法定文書によって証すべき旨を規定するところ,民法上の留置権の成立には,①債権者が目的物に関して生じた債権を有していること(目的物と牽連性のある債権の存在)及び②債権者が目的物を占有していること(目的物の占有)が必要である。

 留置権の成立要件のうち目的物の占有の要件については,債権者が目的物と牽連性のある債権を有していれば,当該債権の成立以後,その時期を問わず債権者が何らかの事情により当該目的物の占有を取得するに至った場合に,法律上当然に民法295条1項所定の留置権が成立するものであって,同要件は,権利行使時に存在することを要し,かつ,それで足りるものである。そして,登録自動車を目的とする留置権による競売においては,執行官が登録自動車を占有している債権者から競売開始決定後速やかにその引渡しを受けることが予定されており,登録自動車の引渡しがされなければ,競売手続が取り消されることになるのであるから(民事執行法195条,民事執行規則176条2項,95条,97条,民事執行法120条参照),債権者による目的物の占有という事実は,その後の競売手続の過程においておのずと明らかになるということができる。留置権の成立要件としての目的物の占有は,権利行使時に存在することが必要とされ,登録自動車を目的とする留置権による競売においては,上記のとおり,競売開始決定後執行官に登録自動車を引き渡す時に債権者にその占有があることが必要なのであるから,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」としては,債権者による登録自動車の占有の事実が主要事実として確定判決中で認定されることが要求されるものではないと解すべきである。

 したがって,登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては,その被担保債権が当該登録自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たると解するのが相当である。

 (2)これを本件についてみると,本件確定判決においては,抗告人が本件自動車を占有していることは主要事実として認定されていないものの,上記駐車料金等の支払請求権が本件自動車に関して生じたことが認定されているから,本件確定判決は,「担保権の存在を証する確定判決」に当たり,その正本の提出によって競売手続を開始することができるというべきである。

 4 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,上記説示したところによれば,本件申立てを却下した原々決定は不当であるから,これを取り消した上,本件を東京地方裁判所に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 (裁判長裁判官・津野 修,裁判官・滝井繁男,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋,裁判官・古田佑紀)

 

       許可抗告申立ての理由書

 1 本決定の趣旨

 本決定は,「(抗告人が民執法181条1項1号書面として提出した)本件判決書においては,抗告人(申立人)の主張する「担保権の存在」たる抗告人主張の「留置権の存在」は,判決裁判所が留置権の発生原因事実を特定して肯定的に認定しつつ,この認定事実に対し民法295条の該当性を肯定的に解釈適用する判断形式をもって『証する』ところとなっているとまで認められないのである。」としている。

 本決定は,要するに,①留置権者(債権者)が留置権確認訴訟を提起して判決でその発生原因事実が認定されているとき,または②留置物の所有者から所有権に基づく返還請求訴訟が提起された際に占有者(債権者)が留置権に基づき返還拒否の抗弁(発生障害事由ないし変更消滅事由たる抗弁)を主張し,これが認容されて判決理由中に記載されたときに限り,当該判決が民執法181条1項1号書面に該当するものであり,それ以外の場合は該当しない,というようである。

 しかし,上記のうち②は留置権者が所有者から引渡請求を受けた場面のことであるから,本件事案のように,留置権者が留置物を緊急換価しなければならないときは積極的に採れる方法ではない。してみると,本決定の趣旨は,留置権者が担保権実行として留置物を換価しようとする場合には,必ず①のように留置権確認の訴えを提起して認容判決を得なければならない,と結論付けたことになる。

 このような見解は,次に述べるように,民事執行規則176条2項により準用される民事執行法181条・195条,あるいは民法295条,商法521条等の解釈を誤ったものというほかない。

 2 民執法181条1項1号書面の趣旨について

 担保権実行のために必要な書面として民事執行法181条1項1号に規定される書面(以下「1号書面」という。)については,担保権存在確認の訴えまたは同不存在確認の訴えが訴訟物である場合がその代表例とされているが,それ以外が訴訟物となる裁判であっても,その判決の理由中で高度の蓋然性をもって担保権の存在を承認しているものであればよく,その存在を既判力をもって確定するものでなくてもよい。この解釈は立法当初からのものであり(浦野雄幸・基本法コンメンタール[第5版]民事執行法462頁等),執行実務の運用もこれによってなされている。

 しかるに,本件決定は,抗告人が提出した本件判決には「留置権の発生原因事実を特定して肯定的に認定しつつ,この認定事実に対し民法295条の該当性を肯定的に解釈適用する判断形式をもって『証する』ところとなっているとまでは認められない」としている。抗告裁判所が何を言おうとしているのか抗告人としては理解に苦しむが,本件決定全文の文脈から読めば,本件事案の場合,「抗告人は留置権確認の訴えを提起して,その認容判決を取得せよ」と述べていると理解するほかない。そうだとすれば,これは,従来の理解および実務運用に明らかに反する決定である。

 3 留置権の被担保債権の存在を認容した判決は1号書面に該当する。

 いわゆる法定担保権は,一定の類型の債権が発生した場合に,その債権を担保するため,その範囲で当該物件に対して当然に発生する担保権である。これを民事留置権(民295条)でいえば,他人の物を占有する者が,その物に関して生じた債権を有するに至ったとき,その弁済を受けるまで,その物を自らのもとに留置する権利である。それは,何人に対しても対抗することができる権利であり,真の所有者からの引渡請求があったときに具体化する。

 そして,上記の目的物と債権との牽連性については,債権が物の返還(引渡し)義務と同一の法律関係または事実関係から発生した場合は,これに該当するというのが通説であるから,占有している自動車から発生させた駐車料金や損害賠償債権と当該自動車との間に牽連性が存在することは,疑いの余地がない(近江幸治・民法講義Ⅲ 担保物権[第2版]22頁以下等)。

 そうすると,法定担保物権である留置権については,債権者(留置権者)は,占有物と牽連する債権(被担保債権)の存在を判決で証明すれば足りるのであって,留置権存在確認または同不存在確認の訴えを提起する必要はないと考える(所有権に基く引渡請求訴訟の被告として反訴を提起する場合はともかく,債権者が所有者を相手に積極的に留置権確認等の訴訟を提起する訴えの利益はないものと考える。そのために,抗告人は相手方が公示送達となる本件において,あえて留置権確認訴訟という構成を採らなかったのである。)。

 そして,被担保債権については,金銭請求訴訟の形を採るのが普通であり(留置権者には優先弁済権はないが,留置物の換価金の引渡請求権と相殺するためには,債権者としては金銭債権を確定しておく利益がある。),その場合の判決主文には,金銭支払命令しか記載しないのが実務慣行であるから,結局,被担保債権の法的性質の認定については,判決理由中に記載することになる。すなわち,金銭給付訴訟の判決理由において,債権の法的性質が決定づけられ,これにより法定担保物権である留置権の存在が証明されるのである。

 そのため,従来の実務においても,「……留置権については,設定についての契約なくして法律上当然に発生する法定担保物権であり,被担保債権と留置権の目的物とのけん連性が容易に判断できるといった権利の性質上,当該登録自動車に関する債権であることが理由中で示されている判決,(旧民訴法の)支払命令をもって,法181条1項1号にいう判決に当たると解して差し支えない」と考えられていたのである(最高裁事務総局・民事執行事件に関する協議要録[民事裁判資料第158号]188頁)。

 本件決定は,この点についてどのように考えているのか不明であるが,仮に,金銭給付命令の判決は1号書面に該当しないと考えているとすれば,従来の実務における解釈・運用に反することになる。

 4 本件判決の理由には被担保債権の発生原因事実が認定されている。

 本件判決においては,その理由中で,「被抗告人は,別紙記載の自動車目録により特定できる本件自動車を,抗告人が所有・占有する店舗内に駐車させることにより,その駐車料金債権を発生させた」旨認定されている。これらの記載によって,主文記載の金銭債権が抗告人の占有下にある本件自動車に関して発生した被担保債権であること(牽連性)が明らかとなっているのである。そして,念のために,抗告人が本件自動車につき留置権を行使してこれを占有している事実をも認定している。

 抗告裁判所は,法定担保権である留置権の発生について,上記の被担保債権発生に関する事実では,何が不足していると言うのであろうか。

 なお,本件決定は,本件判決が調書判決であること,(被告が公示送達による事案であるため)受訴裁判所が「証拠によれば,原告の主張する請求原因事実をすべて認めることができ……」としていることについて,何か格別の意味を持たせているようであり(そうでなければ,2頁下から7行目以下は全く無駄な記載であろう。),本件判決が通常の判決よりも証拠価値が低いものと評価していることが窺える。仮に,そうだとしたら,これは受訴裁判所の裁判官を侮辱するものである。受訴裁判所の裁判官は,たとい,被告が公示送達による事件であっても(民事訴訟法上,調書判決の方法が認められる事件であっても),原告が提出した証拠により,真摯に事実認定をしているはずであり,その結論を導くために必要不可欠の事実と理由を記載している筈だからである。

 抗告裁判所が受訴裁判所の判決の価値について,特段の評価をしているとすれば,明らかに執行機関としての役割を超えた動きをしている,というほかはない。

 5 以上のように,本件決定は,執行実務に大きな影響を与えるものであり,その判断には,法令の解釈に関する重要な事項が含まれている。すなわち,登録自動車競売において,不動産担保権実行に関する法181条等や自動車強制競売の規定を準用しているのは,実務上多い自動車抵当権の実行を前提にしていると思われるが,留置権実行による競売の申立てに関しては,高裁レベルでの判例もなく,必ずしも明確ではないところがある。

 抗告人は,最近,社会問題化している放置自動車を合法的に処置しようとして本件申立てをしたものであるが,心ない顧客が放置した一台の自動車の処分のために莫大な費用負担を覚悟して,わざわざそのために受訴裁判所から判決(法定文書)を取得した。自動車の放置期間が長くなればなるほど,当該自動車の価値が低減することでは債務者(所有者)が不利益を受け,他方,店舗の不法占拠が継続されることで債権者(留置権者)側の損害が拡大する関係にある。この両者の負担を解消するために,早急に自動車を換価(金銭化)して保管する必要がある。

 しかるに,抗告裁判所は,抗告人に対し審尋等をしたわけでもないのに,実に4ヶ月間も経過してから本件決定を出している。本件決定の内容を見る限り,何故これだけの長期間の審理が必要だったのか,真に理解に苦しむ。強いてこれを善解するとすれば,登録自動車の留置権に基く競売に関しては,これまで上級審の明確な判断がなかったからであろう。

 抗告裁判所におかれては,最高裁判所に対する抗告の許可を与え,早急に本件に関連する法令の解釈につき最高裁の判断が得られるようにして頂きたい。

 

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動産売買先取特権の物上代位 最高裁平成10年

民法判例百選Ⅰ 第6版 81事件 第8版 81事件 ダットサン1 4版 物82(3)ウ

債権差押命令及び転付命令に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件

最高裁判所第3小法廷決定/平成10年(許)第4号

平成10年12月18日

【判示事項】      一 請負工事に用いられた動産の売主が請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することの可否

            二 請負工事に用いられた動産の売主が請負代金債権の一部に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができるとされた事例

【判決要旨】      一 請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが、請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができる。

            二 甲から機械の設置工事を請け負った乙が右機械を代金1575万円で丙から買い受け、丙が乙の指示に基づいて右機械を甲に引き渡し、甲が乙に支払うべき2080万円の請負代金のうち1740万円は右機械の代金に相当するなど判示の事実関係の下においては、乙の甲に対する1740万円の請負代金債権につき右機械の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情があるということができ、丙は、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができる。

【参照条文】      民法304

            民法322

            民法632

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集52巻9号2024頁

            最高裁判所裁判集民事190号1073頁

            裁判所時報1234号12頁

            判例タイムズ992号90頁

            判例タイムズ1103号196頁

            金融・商事判例1061号8頁

            判例時報1663号107頁

            金融法務事情1540号47頁

【評釈論文】      行政社会論集12巻4号234頁

            金融法務事情1552号35頁

            金融法務事情1556号53頁

            ジュリスト1153号115頁

            別冊ジュリスト159号176頁

            判例タイムズ999号85頁

            判例タイムズ1004号72頁

            判例タイムズ臨時増刊1036号58頁

            法学教室226号128頁

            法学教室234号別冊付録15頁

            法律時報別冊私法判例リマークス20号30頁

            北大法学論集52巻5号335頁

            NBL668号10頁

 

       主   文

 

 本件抗告を棄却する。

 抗告費用は抗告人の負担とする。

 

       理   由

 

 抗告人の抗告理由について

 動産の買主がこれを他に転売することによって取得した売買代金債権は、当該動産に代わるものとして動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使の対象となる(民法三〇四条)。これに対し、動産の買主がこれを用いて請負工事を行ったことによって取得する請負代金債権は、仕事の完成のために用いられた材料や労力等に対する対価をすべて包含するものであるから、当然にはその一部が右動産の転売による代金債権に相当するものということはできない。したがって、請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが、請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができると解するのが相当である。

 これを本件について見ると、記録によれば、破産者エヤー・工販株式会社は、申立外松下電子部品株式会社からターボコンプレッサー(TX―二一〇キロワット型)の設置工事を代金二〇八〇万円で請け負い、右債務の履行のために代金一五七五万円で右機械を相手方に発注し、相手方は破産会社の指示に基づいて右機械を申立外会社に引き渡したものであり、また、右工事の見積書によれば、二〇八〇万円の請負代金のうち一七四〇万円は右機械の代金に相当することが明らかである。右の事実関係の下においては、右の請負代金債権を相手方が破産会社に売り渡した右機械の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情があるということができ、申立外会社が仮差押命令の第三債務者として右一七四〇万円の一部に相当する一五七五万円を供託したことによって破産会社が取得した供託金還付請求権が相手方の動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使の対象となるとした原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の大審院大正二年(オ)第四五号同年七月五日判決・民録一九輯六〇九頁に抵触するものではない。原決定に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

  平成一〇年一二月一八日

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官  園部逸夫

            裁判官  千種秀夫

            裁判官  尾崎行信

            裁判官  元原利文

            裁判官  金谷利廣

 

(参照 抗告許可決定)

         許可決定

 申立人は、当庁平成10年(ラ)第463号債権差押及び転付命令に対する執行抗告事

件について、当裁判所が平成10年7月6日にした決定に対し、抗告許可の申立て

をした。申立ての理由によれば、右決定について、民事訴訟法337条所定の事項を

含むと認められる。

 よって、当裁判所は次のとおり決定する。

     抗告を許可する。

       (平成10年9月10日 大阪高等裁判所第11民事部)

 

集合動産譲渡担保の効力 損害保険金に及ぶか 最高裁平成22年

ダットサン1 4版 物128(2)(5)

債権差押命令に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件

                 最高裁判所第1小法廷決定/平成22年(許)第14号

平成22年12月2日

【判示事項】        構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権の効力は,譲渡担保の目的である集合動産を構成するに至った動産が滅失した場合にその損害をてん補するために譲渡担保権設定者に対して支払われる損害保険金に係る請求権に及ぶか

【判決要旨】        構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権の効力は、譲渡担保の目的である集合動産を構成するに至った動産が滅失した場合にその損害をてん補するために譲渡担保権設定者に対して支払われる損害保険金に係る請求権に及ぶ。

【参照条文】        民法304

              民法369(譲渡担保)

【掲載誌】         最高裁判所民事判例集64巻8号1990頁

              裁判所時報1521号2頁

              判例タイムズ1339号52頁

              金融・商事判例1356号10頁

              金融・商事判例1362号25頁

              判例時報2102号8頁

              金融法務事情1917号102頁

              LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】        香川法学32巻1号102頁

              金融・商事判例1372号2頁

              金融法務事情1929号29頁

              金融法務事情1930号46頁

              金融法務事情1930号54頁

              ジュリスト1440号72頁

              ジュリスト1454号77頁

              専修法学論集113号149頁

              損害保険研究73巻2号201頁

              登記情報51巻10号108頁

              日本法学78巻2号311頁

              判例時報2120号162頁

              広島法学35巻1号77頁

              明治学院大学法学研究91号157頁

              法曹時報65巻5号128頁

              法律のひろば65巻5号52頁

              民商法雑誌145巻1号52頁

 

       主   文

 

 本件抗告を棄却する。

 抗告費用は抗告人の負担とする。

 

       理   由

 

 抗告代理人中川紗希の抗告理由について

 1 本件は,構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権者である相手方が,譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として,担保の目的である養殖魚の滅失により譲渡担保権設定者である抗告人が取得した共済金請求権の差押えの申立てをした事案である。

 2 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

 (1) 抗告人は,魚の養殖業を営んでいたものであり,平成20年12月9日及び平成21年2月25日,相手方との間で,原々決定別紙1ないし8記載の各養殖施設(以下「本件養殖施設」という。)及び本件養殖施設内の養殖魚について,相手方を譲渡担保権者,抗告人を譲渡担保権設定者とし,相手方が抗告人に対して有する貸金債権を被担保債権とする譲渡担保権設定契約を締結した(以下,同契約により設定された譲渡担保権を「本件譲渡担保権」という。)。その設定契約においては,抗告人が本件養殖施設内の養殖魚を通常の営業方法に従って販売できること,その場合,抗告人は,これと同価値以上の養殖魚を補充することなどが定められていた。

 (2) 平成21年8月上旬ころ,本件養殖施設内の養殖魚2510匹が赤潮により死滅し,抗告人は,Z共済組合との間で締結していた漁業共済契約に基づき,Z共済組合に対し,同養殖魚の滅失による損害をてん補するために支払われる共済金に係る漁業共済金請求権(以下「本件共済金請求権」という。)を取得した。

 (3) 抗告人は,上記の赤潮被害発生後,相手方から新たな貸付けを受けられなかったため,同年9月4日,養殖業を廃止した。

 (4) 相手方は,同年10月23日,本件譲渡担保権の実行として,本件養殖施設及び本件養殖施設内に残存していた養殖魚を売却し,その売却代金を抗告人に対する貸金債権に充当した。

 (5) 相手方は,平成22年1月29日,熊本地方裁判所に対し,上記の充当後の貸金残債権を被担保債権とし,本件譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として,本件共済金請求権の差押えの申立てをした。同年2月3日,熊本地方裁判所は,同申立てに基づき債権差押命令を発付した。

 抗告人は,本件共済金請求権に本件譲渡担保権の効力は及ばないなどとして,上記命令の取消しを求める執行抗告をした。

 3 原審は,抗告人が本件共済金請求権を取得したことは通常の営業の範囲を超えるもので,本件譲渡担保権の効力は本件共済金請求権に及び,相手方は,養殖魚が滅失した時点以降,本件共済金請求権に対して物上代位権を行使することができるとして,抗告人の執行抗告を棄却した。

 4 構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保権は,譲渡担保権者において譲渡担保の目的である集合動産を構成するに至った動産(以下「目的動産」という。)の価値を担保として把握するものであるから,その効力は,目的動産が滅失した場合にその損害をてん補するために譲渡担保権設定者に対して支払われる損害保険金に係る請求権に及ぶと解するのが相当である。もっとも,構成部分の変動する集合動産を目的とする集合物譲渡担保契約は,譲渡担保権設定者が目的動産を販売して営業を継続することを前提とするものであるから,譲渡担保権設定者が通常の営業を継続している場合には,目的動産の滅失により上記請求権が発生したとしても,これに対して直ちに物上代位権を行使することができる旨が合意されているなどの特段の事情がない限り,譲渡担保権者が当該請求権に対して物上代位権を行使することは許されないというべきである。

 上記事実関係によれば,相手方が本件共済金請求権の差押えを申し立てた時点においては,抗告人は目的動産である本件養殖施設及び本件養殖施設内の養殖魚を用いた営業を廃止し,これらに対する譲渡担保権が実行されていたというのであって,抗告人において本件譲渡担保権の目的動産を用いた営業を継続する余地はなかったというべきであるから,相手方が,本件共済金請求権に対して物上代位権を行使することができることは明らかである。

 そうすると,抗告人の執行抗告を棄却した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)

 

不動産の所有権の取得時効と抵当権 最高裁平成24年

ダットサン1 4版 物114(2)             第三者異議事件

【事件番号】        最高裁判所第2小法廷判決/平成22年(受)第336号

【判決日付】        平成24年3月16日

【判示事項】        不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合における,再度の取得時効の完成と上記抵当権の消長

【判決要旨】        不動産の取得時効の完成後、所有権移転登記がされることのないまま、第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において、上記不動産の時効取得者である占有者が、その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続し、その期間の経過後に取得時効を援用したときは、上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り、上記占有者が上記不動産を時効取得する結果、上記抵当権は消滅する。

              (補足意見がある)

【参照条文】        民法162

              民法177

              民法397

【掲載誌】         最高裁判所民事判例集66巻5号2321頁

              裁判所時報1552号156頁

              判例タイムズ1370号102頁

              金融・商事判例1395号22頁

              金融・商事判例1391号13頁

              判例時報2149号68頁

              金融法務事情1955号100頁

              LLI/DB 判例秘書登載

              登記情報609号120頁

【評釈論文】        愛知大学法学部法経論集194号71頁

              愛媛法学会雑誌39巻3~4号163頁

              九州国際大学法学論集23巻1~3号383頁

              銀行法務21 747号4頁

              金融・商事判例1412号2頁

              金融法務事情1964号38頁

              金融法務事情1977号33頁

              ジュリスト1453号69頁

              ジュリスト1480号90頁

              別冊ジュリスト223号188頁

              別冊ジュリスト262号112頁

              判例時報2172号148頁

              法学協会雑誌131巻9号1880頁

              法学教室389号付録20頁

              法曹時報67巻1号179頁

              法律時報85巻3号128頁

              法律時報別冊私法判例リマークス46号

              北大法学論集63巻6号1650頁

              民商法雑誌146巻6号563頁

              立正法学論集47巻1号193頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人松下良成の上告受理申立て理由について

 1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載1及び2の各土地(以下「本件各土地」という。)につき抵当権の設定を受けていた上告人が,抵当権の実行としての競売を申し立てたところ,本件各土地を時効取得したと主張する被上告人が,この競売の不許を求めて第三者異議訴訟を提起した事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

  (1) Aは,昭和45年3月当時,平成17年3月に本件各土地に換地がされる前の従前の土地(以下「本件旧土地」という。)を所有していた。同人は,昭和45年3月,被上告人に対し,本件旧土地を売却したが,所有権移転登記はされなかった。

    被上告人は,遅くとも同月31日から,本件旧土地につき占有を開始し,サトウキビ畑として耕作していた。

  (2) Aの子であるBは,昭和57年1月13日,本件旧土地につき,昭和47年10月8日相続を原因として,Aからの所有権移転登記を了した。

    また,Bは,昭和59年4月19日,本件旧土地につき,上告人のために,第1審判決別紙登記目録記載1の抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定し,同日付けでその旨の抵当権設定登記がされた。

    しかし,被上告人は,これらの事実を知らないまま,上記換地の前後を通じて,本件旧土地又は本件各土地をサトウキビ畑として耕作し,その占有を継続した。また,被上告人は,本件抵当権の設定登記時において,本件旧土地を所有すると信ずるにつき善意かつ無過失であった。

  (3) 上告人は,鹿児島地方裁判所名瀬支部に対し,本件各土地を目的とする本件抵当権の実行としての競売(以下「本件競売」という。)を申し立て,平成18年9月29日,競売開始決定を得た。これに対し,被上告人は,本件競売の不許を求めて本件訴訟を提起した。なお,本件競売手続については,被上告人の申立てにより,平成20年7月31日,停止決定がされた。

  (4) 被上告人は,平成20年8月9日,Bに対し,本件各土地につき,所有権の取得時効を援用する旨の意思表示をした。

 3 所論は,時効取得者と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者との関係は対抗問題となり,時効取得者は,抵当権の負担のある不動産を取得するにすぎないのに,これと異なり,被上告人の取得時効の援用により本件抵当権は消滅するとした原審の判断には,法令の解釈を誤る違法があるというのである。

 4(1) 時効取得者と取得時効の完成後に抵当権の設定を受けてその設定登記をした者との関係が対抗問題となることは,所論のとおりである。しかし,不動産の取得時効の完成後,所有権移転登記がされることのないまま,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了した場合において,上記不動産の時効取得者である占有者が,その後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは,上記占有者が上記抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げる特段の事情がない限り,上記占有者は,上記不動産を時効取得し,その結果,上記抵当権は消滅すると解するのが相当である。その理由は,以下のとおりである。

   ア 取得時効の完成後,所有権移転登記がされないうちに,第三者が原所有者から抵当権の設定を受けて抵当権設定登記を了したならば,占有者がその後にいかに長期間占有を継続しても抵当権の負担のない所有権を取得することができないと解することは,長期間にわたる継続的な占有を占有の態様に応じて保護すべきものとする時効制度の趣旨に鑑みれば,是認し難いというべきである。

   イ そして,不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者に上記不動産が譲渡され,その旨の登記がされた場合において,占有者が,上記登記後に,なお引き続き時効取得に要する期間占有を継続したときは,占有者は,上記第三者に対し,登記なくして時効取得を対抗し得るものと解されるところ(最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁),不動産の取得時効の完成後所有権移転登記を了する前に,第三者が上記不動産につき抵当権の設定を受け,その登記がされた場合には,占有者は,自らが時効取得した不動産につき抵当権による制限を受け,これが実行されると自らの所有権の取得自体を買受人に対抗することができない地位に立たされるのであって,上記登記がされた時から占有者と抵当権者との間に上記のような権利の対立関係が生ずるものと解され,かかる事態は,上記不動産が第三者に譲渡され,その旨の登記がされた場合に比肩するということができる。また,上記判例によれば,取得時効の完成後に所有権を得た第三者は,占有者が引き続き占有を継続した場合に,所有権を失うことがあり,それと比べて,取得時効の完成後に抵当権の設定を受けた第三者が上記の場合に保護されることとなるのは,不均衡である。

  (2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,昭和55年3月31日の経過により,被上告人のために本件旧土地につき取得時効が完成したが,被上告人は,上記取得時効の完成後にされた本件抵当権の設定登記時において,本件旧土地を所有すると信ずるにつき善意かつ無過失であり,同登記後引き続き時効取得に要する10年間本件旧土地の占有を継続し,その後に取得時効を援用したというのである。そして,本件においては,前記のとおり,被上告人は,本件抵当権が設定されその旨の抵当権設定登記がされたことを知らないまま,本件旧土地又は本件各土地の占有を継続したというのであり,被上告人が本件抵当権の存在を容認していたなどの特段の事情はうかがわれない。

    そうすると,被上告人は,本件抵当権の設定登記の日を起算点として,本件旧土地を時効取得し,その結果,本件抵当権は消滅したというべきである。

 5 原審の前記3の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

   よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官古田佑紀の補足意見がある。

   裁判官古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。

   法廷意見は,取得時効の完成後所有権移転登記をする前に,第三者が抵当権の設定を受けその登記がされた場合,抵当権が実行されると占有者は所有権を失うことになることに着目して権利の対立関係を認め,第三者が譲渡を受けてその登記がされた場合と同様に,登記の時から取得時効の進行を認めるものである。確かに,抵当権の実行により占有者が所有権を失うことがあるという意味においては,第三者が譲渡を受けて登記をした場合と共通性が認められる。

   しかしながら,第三者が抵当権設定を受けた場合に,これが譲渡を受けた場合と「比肩する」として,占有者について取得時効の進行を認めるためには,占有者の法的状況について上記の共通性が認められるだけでは足りず,第三者の法的状況も観察して,双方の観点から,第三者が譲渡を受けた場合と同様の状況といえるかどうかを検討する必要がある。占有者が所有権(時効の援用によって取得される所有権又は所有権を取得できる地位)を失うこととなるのは,抵当権により履行が担保されている債務の不履行があって抵当権が実行された場合であるから,抵当権が設定されても,そのことによって直ちに占有者の所有権が失われることとなるわけではなく,両者は併存する。第三者側からすると,第三者が不動産の譲渡を受け登記を経た場合であれば,占有者は確定的にその所有権を失い,第三者は占有者に対して所有権に基づきその明渡しを求めるなど,その権利を行使して取得時効の完成を妨げ,取得した所有権の喪失を防止できるのに対し,抵当権の設定を受けた場合は占有者の所有権が失われることにならないところ,抵当権は債務不履行がないにもかかわらず実行することはできないし,また占有権原や利用権原を伴うものではないからこれらの権原に基づいて占有を排除することもできないのであって,所有権のように前記のような権利の消滅を防止する手段が当然には認められない。この点は,譲渡を受けた場合と抵当権の設定を受けた場合とで大きく相違する点であって,このような差があることを踏まえても,取得時効の進行に関し,なお法的状況が同様であるといえるためには,抵当権の設定を受け登記を経た第三者において,抵当権の実行以外に,占有者に抵当権を容認させる手段など,取得時効期間の経過による抵当権の消滅を防止する何らかの法的な手段があることが必要と考える。このような手段がないとすれば,抵当権者は,本来の権利保全の仕組みからすれば自らにその権利を対抗できない者との関係で,防止する手段がないまま自己の権利が消滅することを甘受せざるを得ないことになり,均衡を失するものといわざるを得ない。法廷意見はこの点について明示的に触れるところがないが,抵当権者において抵当権の消滅を防止する手段があることを前提としているものと解され,その理解の下で法廷意見に与するものである。

   なお,法廷意見は被上告人が本件旧土地を時効取得した結果抵当権が消滅する旨判示する。この点については,従来の一般的理解に沿うものであり,また取得時効期間の進行を認めるならばその結果としての取得時効の完成も認めることが論理的であるという考えもあり得ないわけではなく,本件の結論に影響するものではないので,あえて異を唱えるものではない。しかしながら,第三者に所有権が移転された場合には,占有者が確定的に所有権を失うのに対して,第三者に抵当権が設定された場合には,そのような事情はないから,取得時効が完成している状態が変わるものではないにもかかわらず,抵当権が消滅する理由として,再び取得時効の完成を認めることは技巧的で不自然な感を免れない。第三者が所有権を取得した場合は,占有者が再度所有権を取得するためには改めて取得時効が完成することが必要であるが,第三者が抵当権の設定を受けた場合は,民法397条の規定から取得時効期間占有が継続されたこと自体によって抵当権が消滅すると解することが可能である。原始取得であることをもって他の権利が当然に消滅するとはいえないのであって,法は所有権以外の物権について所有権の時効取得によって当然にこれが消滅すべきものとしているとは必ずしもいえず,占有に関わらない物権については個別に消滅するかどうかを判断すべきものとしていると見る余地があり(民法289条,290条参照),複数の担保権が存在する場合の調整やこれらの権利の消滅を防止する手段などに関して,そのような観点からの検討をすることが適切な場合があるのではないかと思われることを付言しておきたい。

(裁判長裁判官 竹内行夫 裁判官 古田佑紀 裁判官 須藤正彦 裁判官 千葉勝美)

 

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