民事執行法181条1項と留置権 最高裁平成18年
ダットサン1 4版 物80(5)
競売申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件
最高裁判所第2小法廷決定/平成18年(許)第21号
平成18年10月27日
【判示事項】 登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売において民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に該当するための要件
【判決要旨】 登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては,その被担保債権が当該自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば,債権者による当該自動車の占有の事実が認定されていなくとも,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たる
【参照条文】 民事執行法181-1
民事執行法195
民事執行規則176-2
民法295-1
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集60巻8号3234頁
裁判所時報1423号455頁
判例タイムズ1227号128頁
金融・商事判例1257号26頁
判例時報1951号63頁
金融法務事情1794号46頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 金融・商事判例1264号12頁
ジュリスト1351号107頁
別冊ジュリスト247号46頁
判例時報2014号173頁
法学研究(慶応大)81巻5号101頁
法学セミナー52巻5号126頁
法曹時報61巻4号1349頁
民商法雑誌137巻1号67頁
主 文
原決定を破棄し,原々決定を取り消す。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理 由
抗告代理人佐藤歳二,同相澤光江,同希代竜彦の抗告理由について
1 記録によれば,本件の経緯は,次のとおりである。
(1)抗告人は,相手方は平成17年6月19日に抗告人の店舗の駐車場(以下「本件駐車場」という。)に相手方の所有に係る自動車(以下「本件自動車」という。民事執行規則86条所定の自動車(以下「登録自動車」という。)に該当する。)を駐車することによって,抗告人との間で本件駐車場の使用契約を締結したが,同年6月20日から同年10月19日までの間の本件駐車場の駐車料金87万8400円を支払わないと主張して,相手方に対し,上記契約に基づき,上記駐車料金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟を東京簡易裁判所に提起した。同裁判所は,同年12月6日,抗告人の主張に係る上記事実を認定し,抗告人の請求を全部認容する判決を言い渡し,同判決は確定した(以下,この確定判決を「本件確定判決」という。)。
(2)抗告人は,本件確定判決の正本を提出し,本件自動車について,上記駐車料金等の支払請求権を被担保債権とする民法上の留置権による競売を申し立てた(以下,この申立てを「本件申立て」という。)。抗告人は,留置権による競売は担保権の実行としての競売の例によるところ(民事執行法195条),本件確定判決は民事執行規則176条2項により登録自動車を目的とする担保権の実行としての競売に準用される民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たると主張している。
2 原審は,以下のように判断して,本件申立てを却下した原々決定に対する抗告人の抗告を棄却した。
本件確定判決においては,留置権が訴訟物自体又は訴訟物である権利関係の発生原因若しくは抗弁となっているものではなく,したがって,裁判所が留置権の発生原因事実を特定して認定し,この認定事実に対して民法295条の規定の適用を肯定する判断を示しているものではないから,留置権の存在を「証する」判断が明示されているとはいえず,本件確定判決は,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」には該当しない。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)民事執行法181条1項は,担保権の存在を同項所定の法定文書によって証すべき旨を規定するところ,民法上の留置権の成立には,①債権者が目的物に関して生じた債権を有していること(目的物と牽連性のある債権の存在)及び②債権者が目的物を占有していること(目的物の占有)が必要である。
留置権の成立要件のうち目的物の占有の要件については,債権者が目的物と牽連性のある債権を有していれば,当該債権の成立以後,その時期を問わず債権者が何らかの事情により当該目的物の占有を取得するに至った場合に,法律上当然に民法295条1項所定の留置権が成立するものであって,同要件は,権利行使時に存在することを要し,かつ,それで足りるものである。そして,登録自動車を目的とする留置権による競売においては,執行官が登録自動車を占有している債権者から競売開始決定後速やかにその引渡しを受けることが予定されており,登録自動車の引渡しがされなければ,競売手続が取り消されることになるのであるから(民事執行法195条,民事執行規則176条2項,95条,97条,民事執行法120条参照),債権者による目的物の占有という事実は,その後の競売手続の過程においておのずと明らかになるということができる。留置権の成立要件としての目的物の占有は,権利行使時に存在することが必要とされ,登録自動車を目的とする留置権による競売においては,上記のとおり,競売開始決定後執行官に登録自動車を引き渡す時に債権者にその占有があることが必要なのであるから,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」としては,債権者による登録自動車の占有の事実が主要事実として確定判決中で認定されることが要求されるものではないと解すべきである。
したがって,登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては,その被担保債権が当該登録自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば,民事執行法181条1項1号所定の「担保権の存在を証する確定判決」に当たると解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると,本件確定判決においては,抗告人が本件自動車を占有していることは主要事実として認定されていないものの,上記駐車料金等の支払請求権が本件自動車に関して生じたことが認定されているから,本件確定判決は,「担保権の存在を証する確定判決」に当たり,その正本の提出によって競売手続を開始することができるというべきである。
4 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,上記説示したところによれば,本件申立てを却下した原々決定は不当であるから,これを取り消した上,本件を東京地方裁判所に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官・津野 修,裁判官・滝井繁男,裁判官・今井 功,裁判官・中川了滋,裁判官・古田佑紀)
許可抗告申立ての理由書
1 本決定の趣旨
本決定は,「(抗告人が民執法181条1項1号書面として提出した)本件判決書においては,抗告人(申立人)の主張する「担保権の存在」たる抗告人主張の「留置権の存在」は,判決裁判所が留置権の発生原因事実を特定して肯定的に認定しつつ,この認定事実に対し民法295条の該当性を肯定的に解釈適用する判断形式をもって『証する』ところとなっているとまで認められないのである。」としている。
本決定は,要するに,①留置権者(債権者)が留置権確認訴訟を提起して判決でその発生原因事実が認定されているとき,または②留置物の所有者から所有権に基づく返還請求訴訟が提起された際に占有者(債権者)が留置権に基づき返還拒否の抗弁(発生障害事由ないし変更消滅事由たる抗弁)を主張し,これが認容されて判決理由中に記載されたときに限り,当該判決が民執法181条1項1号書面に該当するものであり,それ以外の場合は該当しない,というようである。
しかし,上記のうち②は留置権者が所有者から引渡請求を受けた場面のことであるから,本件事案のように,留置権者が留置物を緊急換価しなければならないときは積極的に採れる方法ではない。してみると,本決定の趣旨は,留置権者が担保権実行として留置物を換価しようとする場合には,必ず①のように留置権確認の訴えを提起して認容判決を得なければならない,と結論付けたことになる。
このような見解は,次に述べるように,民事執行規則176条2項により準用される民事執行法181条・195条,あるいは民法295条,商法521条等の解釈を誤ったものというほかない。
2 民執法181条1項1号書面の趣旨について
担保権実行のために必要な書面として民事執行法181条1項1号に規定される書面(以下「1号書面」という。)については,担保権存在確認の訴えまたは同不存在確認の訴えが訴訟物である場合がその代表例とされているが,それ以外が訴訟物となる裁判であっても,その判決の理由中で高度の蓋然性をもって担保権の存在を承認しているものであればよく,その存在を既判力をもって確定するものでなくてもよい。この解釈は立法当初からのものであり(浦野雄幸・基本法コンメンタール[第5版]民事執行法462頁等),執行実務の運用もこれによってなされている。
しかるに,本件決定は,抗告人が提出した本件判決には「留置権の発生原因事実を特定して肯定的に認定しつつ,この認定事実に対し民法295条の該当性を肯定的に解釈適用する判断形式をもって『証する』ところとなっているとまでは認められない」としている。抗告裁判所が何を言おうとしているのか抗告人としては理解に苦しむが,本件決定全文の文脈から読めば,本件事案の場合,「抗告人は留置権確認の訴えを提起して,その認容判決を取得せよ」と述べていると理解するほかない。そうだとすれば,これは,従来の理解および実務運用に明らかに反する決定である。
3 留置権の被担保債権の存在を認容した判決は1号書面に該当する。
いわゆる法定担保権は,一定の類型の債権が発生した場合に,その債権を担保するため,その範囲で当該物件に対して当然に発生する担保権である。これを民事留置権(民295条)でいえば,他人の物を占有する者が,その物に関して生じた債権を有するに至ったとき,その弁済を受けるまで,その物を自らのもとに留置する権利である。それは,何人に対しても対抗することができる権利であり,真の所有者からの引渡請求があったときに具体化する。
そして,上記の目的物と債権との牽連性については,債権が物の返還(引渡し)義務と同一の法律関係または事実関係から発生した場合は,これに該当するというのが通説であるから,占有している自動車から発生させた駐車料金や損害賠償債権と当該自動車との間に牽連性が存在することは,疑いの余地がない(近江幸治・民法講義Ⅲ 担保物権[第2版]22頁以下等)。
そうすると,法定担保物権である留置権については,債権者(留置権者)は,占有物と牽連する債権(被担保債権)の存在を判決で証明すれば足りるのであって,留置権存在確認または同不存在確認の訴えを提起する必要はないと考える(所有権に基く引渡請求訴訟の被告として反訴を提起する場合はともかく,債権者が所有者を相手に積極的に留置権確認等の訴訟を提起する訴えの利益はないものと考える。そのために,抗告人は相手方が公示送達となる本件において,あえて留置権確認訴訟という構成を採らなかったのである。)。
そして,被担保債権については,金銭請求訴訟の形を採るのが普通であり(留置権者には優先弁済権はないが,留置物の換価金の引渡請求権と相殺するためには,債権者としては金銭債権を確定しておく利益がある。),その場合の判決主文には,金銭支払命令しか記載しないのが実務慣行であるから,結局,被担保債権の法的性質の認定については,判決理由中に記載することになる。すなわち,金銭給付訴訟の判決理由において,債権の法的性質が決定づけられ,これにより法定担保物権である留置権の存在が証明されるのである。
そのため,従来の実務においても,「……留置権については,設定についての契約なくして法律上当然に発生する法定担保物権であり,被担保債権と留置権の目的物とのけん連性が容易に判断できるといった権利の性質上,当該登録自動車に関する債権であることが理由中で示されている判決,(旧民訴法の)支払命令をもって,法181条1項1号にいう判決に当たると解して差し支えない」と考えられていたのである(最高裁事務総局・民事執行事件に関する協議要録[民事裁判資料第158号]188頁)。
本件決定は,この点についてどのように考えているのか不明であるが,仮に,金銭給付命令の判決は1号書面に該当しないと考えているとすれば,従来の実務における解釈・運用に反することになる。
4 本件判決の理由には被担保債権の発生原因事実が認定されている。
本件判決においては,その理由中で,「被抗告人は,別紙記載の自動車目録により特定できる本件自動車を,抗告人が所有・占有する店舗内に駐車させることにより,その駐車料金債権を発生させた」旨認定されている。これらの記載によって,主文記載の金銭債権が抗告人の占有下にある本件自動車に関して発生した被担保債権であること(牽連性)が明らかとなっているのである。そして,念のために,抗告人が本件自動車につき留置権を行使してこれを占有している事実をも認定している。
抗告裁判所は,法定担保権である留置権の発生について,上記の被担保債権発生に関する事実では,何が不足していると言うのであろうか。
なお,本件決定は,本件判決が調書判決であること,(被告が公示送達による事案であるため)受訴裁判所が「証拠によれば,原告の主張する請求原因事実をすべて認めることができ……」としていることについて,何か格別の意味を持たせているようであり(そうでなければ,2頁下から7行目以下は全く無駄な記載であろう。),本件判決が通常の判決よりも証拠価値が低いものと評価していることが窺える。仮に,そうだとしたら,これは受訴裁判所の裁判官を侮辱するものである。受訴裁判所の裁判官は,たとい,被告が公示送達による事件であっても(民事訴訟法上,調書判決の方法が認められる事件であっても),原告が提出した証拠により,真摯に事実認定をしているはずであり,その結論を導くために必要不可欠の事実と理由を記載している筈だからである。
抗告裁判所が受訴裁判所の判決の価値について,特段の評価をしているとすれば,明らかに執行機関としての役割を超えた動きをしている,というほかはない。
5 以上のように,本件決定は,執行実務に大きな影響を与えるものであり,その判断には,法令の解釈に関する重要な事項が含まれている。すなわち,登録自動車競売において,不動産担保権実行に関する法181条等や自動車強制競売の規定を準用しているのは,実務上多い自動車抵当権の実行を前提にしていると思われるが,留置権実行による競売の申立てに関しては,高裁レベルでの判例もなく,必ずしも明確ではないところがある。
抗告人は,最近,社会問題化している放置自動車を合法的に処置しようとして本件申立てをしたものであるが,心ない顧客が放置した一台の自動車の処分のために莫大な費用負担を覚悟して,わざわざそのために受訴裁判所から判決(法定文書)を取得した。自動車の放置期間が長くなればなるほど,当該自動車の価値が低減することでは債務者(所有者)が不利益を受け,他方,店舗の不法占拠が継続されることで債権者(留置権者)側の損害が拡大する関係にある。この両者の負担を解消するために,早急に自動車を換価(金銭化)して保管する必要がある。
しかるに,抗告裁判所は,抗告人に対し審尋等をしたわけでもないのに,実に4ヶ月間も経過してから本件決定を出している。本件決定の内容を見る限り,何故これだけの長期間の審理が必要だったのか,真に理解に苦しむ。強いてこれを善解するとすれば,登録自動車の留置権に基く競売に関しては,これまで上級審の明確な判断がなかったからであろう。
抗告裁判所におかれては,最高裁判所に対する抗告の許可を与え,早急に本件に関連する法令の解釈につき最高裁の判断が得られるようにして頂きたい。