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大阪市ヘイトスピーチ条例事件 大阪地裁令和2年

令和2年度重要判例解説ジュリスト1557号 2021年4月増刊号 憲法4

公金支出無効確認等請求事件(住民訴訟)

大阪地方裁判所判決/平成29年(行ウ)第161号

令和2年1月17日

【判示事項】       1 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条ないし10条は,憲法21条1項に違反しない。

             2 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条ないし10条は,憲法13条に違反しない。

             3 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条ないし10条は,憲法31条に違反しない。

             4 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条ないし10条は,憲法94条及び地方自治法14条1項に違反しない。

             5 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)9条に基づく調査又は関係人への意見陳述の機会付与のための連絡に係る郵便の後納料金の支出命令について,同条例5条1項に基づく拡散防止措置及び氏名等の公表措置を実施するか否かを調査審議する段階で前記連絡を行うことが法令上の根拠を欠くということはできず,前記支出命令が財務会計法規上の義務に違反する違法なものとはいえないとされた事例

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       法学教室476号127頁

 

       主   文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 1 被告は,Aに対し,115万2480円及びこれに対する平成30年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

 2 被告は,Aに対し,1272円及びこれに対する平成30年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2 事案の概要

   本件は,大阪市の住民である原告らが,大阪市の執行機関である被告に対し,大阪市市民局総務課長(以下「総務課長」という。)が大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年1月18日大阪市条例第1号。以下「本件条例」という。)を実施するためにした各支出命令のうち,①本件条例に基づき設置された大阪市ヘイトスピーチ審査会(以下「審査会」という。)の委員に対する報酬として合計115万2480円を支出すべきものとした部分(以下,当該部分を「本件報酬各支出命令」という。)及び②本件条例に基づく調査等に要した郵便料金として合計1272円を支出すべきものとした部分(以下,当該部分を「本件郵便料金各支出命令」といい,このうち,平成28年12月16日付けで郵便料金880円を支出すべきものとした部分を「本件郵便料金支出命令1」,平成29年5月23日付けで郵便料金392円を支出すべきものとした部分を「本件郵便料金支出命令2」という。また,本件郵便料金各支出命令と本件報酬各支出命令を併せて「本件各支出命令」という。)について,(ア)本件条例は,憲法13条,21条1項,31条,94条等に違反し無効であるから,本件各支出命令は,法令上の根拠を欠いて違法である,(イ)「ダイナモ」というハンドルネーム(インターネット上で活動する際の名前)を有する者がインターネット上に動画(以下「本件動画」という。)を投稿し,不特定多数の者による視聴ができる状態に置いていた行為(以下「本件表現活動」という。)が本件条例2条1項所定のヘイトスピーチ(以下「条例ヘイトスピーチ」という。)に該当する旨及び前記ハンドルネームを本件条例に基づき公表したことは,憲法21条1項に違反するから,当該公表に至る過程で郵便料金を支出した本件郵便料金支出命令1は,違法である旨を主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,本件各支出命令を行う権限を法令上本来的に有するとされている者(同号所定の「当該職員」)である大阪市長(以下「市長」という。)の地位にあったAに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,本件報酬各支出命令に係る支出額である115万2480円及び本件郵便料金各支出命令に係る支出額である1272円並びにこれらに対する訴状送達の日である平成30年1月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求をするよう求める事案である。

 1 関係法令の定め

   別紙関係法令の定めのとおり(以下,別紙で定義した略語は,本文においても用いる。)

 2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

  (1) 当事者等

   ア 原告らは,いずれも大阪市の住民である。

   イ 被告は,大阪市の執行機関たる市長である。

   ウ Aは,平成27年11月~平成31年4月の間,大阪市の市長の地位にあった者である。

  (2) 本件表現活動及び調査審議の手続等

   ア 関西地方に居住する人物(以下「本件関係人」という。)は,平成25年2月24日,大阪市天王寺区,生野区及び東成区内で行われた「2月24日韓国国交断絶国民大行進in鶴橋」と称するデモ活動(以下「本件デモ活動」という。)を動画で撮影し,同月25日,株式会社ドワンゴ(以下「ドワンゴ」という。)が運営するインターネット上の動画投稿サイトである「ニコニコ動画」に,「ダイナモ」というハンドルネームで,本件デモ活動及びその開催前に参加者が行った集会の状況を記録した一連の動画(本件動画)を投稿し,平成28年7月1日(本件条例4条~6条の施行日)以降も,本件動画を不特定多数の者による視聴ができる状態に置いていた(本件表現活動)。(甲32,37,41,乙22,弁論の全趣旨)

   イ 本件動画には,本件デモ活動において,参加者が「不逞犯罪ゴキブリくそちょんこ,日本からたたき出せ。」,「殺せ,殺せ,朝鮮人」等の発言を繰り返す様子が撮影されている。(甲32,47,乙22)

   ウ 審査会は,本件表現活動について,案件番号「平28-2」として調査審議をすることとした。審査会会長は,本件条例9条2項に基づき本件関係者に意見陳述等の機会を付与することとし,平成28年11月頃,ドワンゴを通じて,本件関係人に対し,所在・連絡先,氏名又は団体の名称を連絡すれば,本件表現活動をした目的等に関する意見を述べ,有利な証拠を提出できる機会を確保する旨を連絡した。これに対し,本件関係人は,審査会に対して所在等を連絡せず,本件動画を削除した。(甲32,41,弁論の全趣旨)

   エ 市長であるAは,本件動画が既に削除されていることから特段の拡散防止措置は取らないこととした上,本件条例5条1項に基づく認識等公表として,平成29年6月1日付けで,本件表現活動が条例ヘイトスピーチに該当すると認め,前記のとおり特段の拡散防止措置は取らないこととした旨及び本件表現活動をした者の氏名又は名称に準じたものとしてハンドルネーム「ダイナモ」を公表(以下「本件認識等公表」という。)した。(乙22)

  (3) 審査会の委員に対する報酬の支出

   ア 総務課長であるBは,平成28年8月19日,専決により,審査会委員らに対して報酬9万6040円及び旅費1700円を支出すべき旨の支出命令をし,同月25日,当該支出命令に基づき,同額の金員が支出された。(乙7の1)

   イ Bは,平成28年9月20日,同年10月19日,同年11月22日,同年12月8日,平成29年1月17日,同年2月7日及び同年3月14日の7回にわたり,専決により,審査会委員らに対して報酬各9万6040円及び旅費各2240円(7回分の合計は報酬67万2280円,旅費1万5680円)を支出すべき旨の各支出命令をし,その後,当該各支出命令に基づき,同額の金員が支出された。(乙7の2~8)

   ウ 総務課長であるCは,平成29年4月10日,専決により,審査会委員らに対して報酬9万6040円及び旅費2240円を支出すべき旨の支出命令をし,同月19日,当該支出命令に基づき,同額の金員が支出された。(乙7の9)

   エ Cは,平成29年5月18日及び同年6月1日の2回にわたり,専決により,審査会委員らに対して報酬各9万6040円及び旅費各1700円(2回分の合計は報酬19万2080円,旅費3400円)を支出すべき旨の各支出命令をし,その後,当該各支出命令に基づき,同額の金員が支出された。(乙7の10・11)

   オ Cは,平成29年6月27日,専決により,審査会委員らに対して報酬9万6040円及び旅費2240円を支出すべき旨の支出命令(当該支出命令及び前記ア~エの各支出命令の報酬を支出すべきものとする部分(合計115万2480円)が本件報酬各支出命令に相当する。)をし,同年7月7日,当該支出命令に基づき,同額の金員が支出された。(乙7の12)

  (4) 本件条例に基づく郵便料金の支出

   ア Bは,平成28年12月16日,審査会の調査審議手続に係る郵便料金880円(内訳は,同年11月15日に郵便局に差し出されたドワンゴ宛て簡易書留郵便の料金450円及びグーグル合同会社宛て簡易書留郵便の料金430円)を含む同年11月分の後納料金として合計3万3224円を支出すべき旨の支出命令(このうち,前記880円に係る部分が本件郵便料金支出命令1である。)をし,同年12月28日,当該支出命令に基づき,3万3224円が支出された。なお,ドワンゴ宛ての簡易書留郵便は,案件番号「平28-2」(本件表現活動に係るもの),「平28-4」及び「平28-5」に係る郵便物を送付するものであった。(乙8の1,36,弁論の全趣旨)

   イ Cは,平成29年5月23日,審査会の調査審議手続郵便料金392円を含む同年4月分の後納料金として合計2万4090円を支出すべき旨の支出命令(このうち,前記392円に係る部分が本件郵便料金支出命令2である。)をし,同年5月31日,当該支出命令に基づき,2万4090円が支出された。(乙8の2)

  (5) 住民監査請求(以下,単に「監査請求」という。)

   ア 原告らは,平成29年7月7日,大阪市の監査委員に対し,市長であるAは,大阪市の職員を通じて,本件条例に基づき,条例ヘイトスピーチとされる動画の削除及び投稿者の氏名公表に関して,①平成28年11月15日及び平成29年4月5日に,動画運営会社との通信費用として,合計1272円を支出するという財務会計行為をするとともに,②審査会委員5名に対して,平成28年7月~平成29年6月に,その報酬として,合計115万2480円を支出するという財務会計行為を行ったところ,前記①及び②の財務会計行為は,違憲無効である本件条例に基づいてされたもので違法であって,大阪市が被った損害を補填するため,市長であるAに対して合計115万3752円を返還するよう請求することを大阪市に求める旨の監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。(甲1,3)

   イ 大阪市の監査委員は,平成29年8月17日付けで本件監査請求を却下し,同月18日頃,その旨を原告らに通知した。(甲1,4の1~8,弁論の全趣旨)

  (6) 本件訴えの提起

    原告らは,平成29年9月19日,前記第1の請求に加え,本件条例に基づく財務会計上の措置が無効であることの確認を求める旨の本件訴えを提起したが,同月28日,当該確認請求に係る訴えを取り下げた。

 3 争点

  (1) 本案前の争点

    適法な監査請求の前置の有無(争点(1))

  (2) 本案の争点

   ア 本件条例2条,5条~10条(以下,これらを併せて「本件各規定」という。)が憲法21条1項に違反し無効であるか否か(争点(2))

   イ 本件各規定が憲法13条に違反し無効であるか否か(争点(3))

   ウ 本件各規定が憲法31条に違反し無効であるか否か(争点(4))

   エ 本件各規定が憲法94条及び地方自治法14条1項に違反し無効であるか否か(争点(5))

   オ 本件郵便料金支出命令1に係る適用違憲の有無(争点(6))

   カ Aによる不法行為の成否(争点(7))

 4 争点に関する当事者の主張の要旨

  (1) 争点(1)(適法な監査請求の前置の有無)について

   (原告らの主張の要旨)

    本件監査請求は,違憲無効である本件条例に基づいてされた本件各支出命令は違法であり,Aが総務課長に対して本件各支出命令をすることを阻止しなかった指揮監督上の義務違反があるとしてその是正を求めるものである。

    したがって,本件監査請求は適法であり,本件訴えは適法な監査請求の前置を経たものである。

   (被告の主張の要旨)

    以下のとおり,本件訴えは適法な監査請求の前置を経たとはいえない。

   ア 原告らが本件訴えにおいて違法を主張する財務会計行為は,本件監査請求の対象ではないこと

     本件監査請求は,市長において,総務課長が本件条例に基づいて専決により本件各支出命令をすることを阻止すべき義務を怠ったことを主張するものではないから,本件訴えは,監査請求の前置を経ていない。

   イ 本件監査請求は,財務会計行為を具体的に特定していないこと

     仮に,本件監査請求が前記アの主張を含むとしても,条例が違憲の場合に当該条例に基づく支出が直ちに違法な財務会計行為となる関係にはないから,当該主張は,単に本件条例の違憲をいうものであって,財務会計行為の違法をいうものとは解されない。したがって,本件監査請求は,その対象である財務会計行為を具体的に特定していない。

  (2) 争点(2)(本件各規定が憲法21条1項に違反し無効であるか否か)について

   (原告らの主張の要旨)

    以下のとおり,本件各規定は,憲法21条1項に違反し,無効である。

   ア 本件各規定は,厳格な審査基準に照らして違憲無効であること

     本件条例5条1項に基づく認識等公表は,市長が条例ヘイトスピーチと認めた表現活動につき,削除要請等を含む拡散防止措置を実施し,その表現活動を行った者に対し,その氏名を公表する制裁を加え,もって,条例ヘイトスピーチを抑制しようとするものである。そうすると,認識等公表は,特定の表現の内容に着目した内容規制であり,表現に対する萎縮効果に鑑みて,厳格な基準により合憲性が審査されるべきである。

     そして,本件条例5条1項に基づく拡散防止措置等は,表現の拡散を防止する削除要請等及び条例ヘイトスピーチと認定された表現活動を行った者の氏名等の公表であるところ,当該表現活動を行った者が差別的表現をした旨を公表する点において,社会的評価を著しく低下させ,表現を萎縮させるとともに,匿名により表現活動を行う者に対して表現を著しく萎縮させるというべきである。

     以上のとおり,本件条例5条1項に基づく拡散防止措置等は,表現の自由を制約するものであって,厳格な審査基準に照らして違憲無効というべきである。

   イ 本件各規定が漠然性ゆえに無効であること

     表現の自由の優越的地位に照らせば,表現の自由を制約する法令については,表現行為に対する萎縮効果を最小限にすべきであり,当該法令が,その内容につき漠然不明確であり,表現行為に対する萎縮効果を有する場合には,文面上違憲無効とすべきである。

     そして,本件条例2条は,条例ヘイトスピーチを定義するものの,その定義は曖昧であって,大阪市の区域外でされた条例ヘイトスピーチの一部も規制対象とする点でその内容が漠然としており,①「核ミサイルを玩具にする金正恩を神格化している朝鮮総連を日本から追い払え。」,②「大阪市は在日外国人に対する生活保護の支給を直ちに取りやめろ。」,③「出入国管理及び難民認定法等にみられる在日特権を直ちに廃止すべきである。」,④「在日韓国人は,強制連行の嘘を掲げて日本に賠償をたかる文大統領に抗議すべきである。」といった言論が条例ヘイトスピーチに該当するか否かが明確でない。そうすると,本件条例2条は,曖昧であるために,表現行為に対して強い萎縮効果を有するから,本件各規定は,漠然性ゆえに文面上違憲無効である。

   ウ 本件各規定が過度の広汎性ゆえに無効であること

     表現の自由の優越的地位に照らせば,表現の自由を制約する法令については,その制約が過度に広汎なものであってはならず,過度に広汎な制約が存在すること自体によって,当該法令は文面上違憲無効と解すべきである。

     前記イ①~④の表現行為は,いずれも合理的な根拠を有する政治的主張を含む言論であるところ,このような政治的言論を他者の感情的反発を招くという理由で規制することは許されず,前記表現行為が,本件条例にいう条例ヘイトスピーチに該当し,拡散防止措置等による制裁から除外されないのであれば,本件各規定は,過度の広汎性ゆえに文面上違憲無効であるというべきである。

   (被告の主張の要旨)

    以下のとおり,本件各規定は,憲法21条1項に反しない。

   ア 本件各規定は表現の自由を制約しないこと

    (ア) 本件各規定はそもそも表現の自由を制約する内容を持たないこと

      本件条例5条1項に基づく認識等公表は,表現活動をした者のいかなる表現活動をも規制又は禁止するものではなく,当該表現活動を行った者の人格的価値に関する評価は何ら含まれない。また,憲法21条1項は,表現の内容に対する社会的評価を保護するものではない。

      そして,本件条例は,インターネットにおける実名の使用を義務付けるものではなく,匿名による表現の自由を制約するものではない。そして,氏名が公表されるとしても,プライバシーの侵害が問題となるにすぎず,表現の自由を侵害するものではない。

    (イ) 条例ヘイトスピーチは表現の自由の保障を受けないこと

      ある表現行為が表現の自由の保障を受けるか否か及び保障の程度は,当該表現行為と自己統治や自己実現の価値との結びつきの程度や当該表現行為がもたらす社会的弊害を考慮して判断される。そして,条例ヘイトスピーチは,個人の尊厳を否定し,平穏に生活する権利,名誉権,人格権,地域社会から排除されることのない権利,平等権等を侵害するものであり,深刻な社会的弊害をもたらすものであるから,およそ表現の自由の保障を受けないものといわざるを得ない。

   イ 仮に本件各規定が表現の自由を制約するものであるとしても,当該制約は公共の福祉による必要かつ合理的な制限であること

    (ア) 「厳格な審査基準」は妥当しないこと

      判例は,表現の自由の事後規制について,表現の内容に基づく規制と表現内容に中立的な規制とに区別して取り扱うことはしておらず,表現活動の規制一般について,制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を衡量して,公共の福祉による必要かつ合理的な制限であるか否かを判断している(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁(以下「最高裁平成4年判決」という。),最高裁昭和61年(オ)第1428号平成5年3月16日第三小法廷判決・民集47巻5号3483頁)。

      そして,本件条例に基づく認識等公表の目的は,表現活動の内容やこれに対する認識及び措置に関する情報を提供し,条例ヘイトスピーチの実態に関する市民の関心と理解を深めることをもって,市民社会の自己回復力を支援し,同種事案の防止を図り,市民等の人権を擁護することにあるのであり,公権力にとって都合の悪い特定の内容の表現を恣意的に抑圧するものではなく,むしろ市民の知る権利に奉仕するものである。加えて,前記ア(イ)のとおり,条例ヘイトスピーチは,自己実現や自己統治の価値と結びつかず,深刻な社会的弊害をもたらすものである。そうすると,本件条例の憲法21条1項適合性の審査において,厳格な審査基準は妥当せず,前記判例の判断基準に基づいて審査がされるべきである。

    (イ) 本件条例による制約は,公共の福祉による必要かつ合理的なものであること

      条例ヘイトスピーチを抑止することにより擁護される権利は,平穏に生活する権利,自由に活動する権利,名誉・信用に係る権利等の憲法13条に由来する人格権,人格権を享受する前提となる地域社会から排除されない権利,平等権(憲法14条1項),情報の提供を受ける権利(憲法21条1項)等,事後的に回復困難な憲法に由来する権利である。

      そして,大阪市は,他の地域と比較して外国籍住民が多い地域であり,多文化共生社会の実現のために種々の人権施策が採られてきた。近年,ヘイトスピーチを伴うデモ等が大阪市内を含む国内で多数実施され,被害者が多大な苦痛を受け,地域社会に深刻な亀裂を生じさせていることは周知の事実であり,平成26年には,大阪市生野区区政会議から,市長に対してヘイトスピーチへの対策を採ることを求める要望書が提出された。また,平成27年には,有識者らで構成される大阪市人権施策推進審議会が,大阪市内でヘイトスピーチが行われている状況に鑑み,大阪市はヘイトスピーチを許さない姿勢を明確に示していく必要がある旨を答申し,大阪市会は,同年,地方自治法99条に基づき,衆参議院議長,内閣総理大臣等に対し,ヘイトスピーチの根絶に向けて実効性のある法律の整備を視野に入れた対策を求める意見書を提出した。

      また,本件条例が制定された平成28年当時,国会がヘイトスピーチは許さないという立法趣旨で,理念法として差別的言動解消推進法を制定し,その前文に不当な差別的言動の解消に向けた取組を推進すべきである旨を掲げ,平成30年には,東京都においても,本件条例と同様の条例が制定されており,ヘイトスピーチへの対処は重大な課題である。

      加えて,我が国が批准する人種差別撤廃条約は,締約国に対し,立法を含む全ての適当な方法により,いかなる個人,集団又は団体による人種差別も禁止,終了させることを求めるとともに,その管轄下にある全ての者に人種差別に対する効果的な保護及び救済措置を確保することを求めており,我が国もこれらの義務を履行する必要がある。

      以上によれば,条例ヘイトスピーチの防止が必要とされる程度は極めて大きいものであるのに対し,条例ヘイトスピーチは自己統治及び自己実現の価値と結びつかず,深刻な社会的弊害をもたらすものであること,本件条例に基づく公表により制限される利益があるとしても,自らの行為を事後的に条例ヘイトスピーチである旨認定され公表されることによる不快感にすぎないことからすると,制限される利益の内容及び性質は重大なものとはいえない。そして,公表に至るまでには,後記(4)(被告の主張の要旨)のとおり,手続保障がされているから,その表現の自由への制約の態様は厳格なものではない。

      したがって,本件条例による制約は,公共の福祉による必要かつ合理的なものである。

三好達裁判長名判決 知事の交際費開示 最高裁平成6年

行政判例百選第7版34事件 

              公文書非開示決定取消請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成3年(行ツ)第69号

平成6年1月27日

【判示事項】      栃木県知事の交際費に係る公文書の栃木県公文書の開示に関する条例(昭和六一年栃木県条例第一号)六条五号該当性

【判決要旨】      栃木県知事の交際費に係る現金出納簿のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の名称等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなどを除き、栃木県公文書の開示に関する条例(昭和六一年栃木県条例第一号)において公文書の非開示事由を定めた六条五号により開示しないことができる文書に該当する。

【参照条文】      栃木県公文書の開示に関する条例(昭61栃木県条例1号)6

【掲載誌】       最高裁判所裁判集民事171号135頁

            裁判所時報1115号19頁

            判例タイムズ841号82頁

            判例時報1487号48頁

【評釈論文】      判例タイムズ臨時増刊882号316頁

            判例評論429号33頁

            法律時報71巻6号26頁

 

       主   文

 

 原判決主文一1のうち次の部分を取り消し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

  上告人の被上告人に対する昭和六一年一〇月一五日付け昭和六〇年度知事交際費現金出納簿の非開示決定のうち原判決添付別表記載の「相手方が法人その他の団体」欄の二一九件に関する情報が記録されている同出納簿中の部分についてこれを非開示とした部分を取り消した部分

 上告人のその余の上告を棄却する。

 前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人谷田容一、同鈴木宗男、同長嶋敏夫、同江連勝明、同国政英夫の上告理由について

 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

  1 被上告人は、栃木県公文書の開示に関する条例(昭和六一年栃木県条例第一号。以下「本件条例」という。)五条一項一号に基づき、本件条例の実施機関である上告人に対し、昭和六〇年度の栃木県知事の交際費の金額及び内容を知り得る公文書の開示(閲覧及び写しの交付)を請求したところ、上告人は、昭和六一年一〇月一五日、右請求に対応する公文書としては、知事交際費の総額を示す「返納票兼清算票」二通のほか交際費一件ごとの具体的な支出金額及び内容を示す「現金出納簿」一冊(以下「本件文書」という。)がこれに当たるとした上、「返納票兼清算票」二通はこれを開示したが、本件文書については、そこに記録されている情報が公文書の非開示を定めた本件条例六条のうち一号、二号、四号及び五号に該当するとして、これを開示しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

  2 本件文書に記録されている知事の交際事務に関する情報は、封筒代、葉書代等に関するものを除き、合計四二二件であり、これを支出項目別、交際の相手方別に分類すると、原判決添付別表記載のとおりとなるが、そのうち、交際の相手方が個人であって相手方が識別されるものが一七〇件、識別されないものが三三件であり、また、相手方が法人その他の団体(以下「法人等」という。)であるものが二一九件である。

  3 本件条例六条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。」と定めており、その五号に、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」が規定されている。

 二 原審は、右の事実関係の下において、本件文書に記録されている四二二件の情報は、いずれも本件条例六条五号に該当するものとはいえないと判断した。その理由は、右四二二件の情報に関する交際事務は、右五号前段にいう「その他の事務」には該当するが、場合によっては、知事との交際が公表されたことを名誉に思う者もあるであろうし、また、交際の事実を公開したことにより不快等の感情を相手方に生じさせた場合でも、その程度は交際事務の実施の目的を失わせる等の結果を招くほどに強度のものではないことも多いはずであるから、右の交際事務に関する情報が右五号後段の要件に該当するというためには、その要件の存在が個別、具体的に立証されなければならないところ、本件においては、右の点について具体的な立証がないというのである。

三 ところで、原審は、右四二二件の情報のうち交際の相手方が個人であって相手方が識別される一七〇件の情報については、これが個人のいわゆるプライバシーに関する情報の非開示を定めた本件条例六条一号に該当するとの理由で、本件処分のうち本件文書中の右情報が記録されている部分に関する部分については、結局、これを適法としている。そうすると、当審としては、本件処分のうち本件文書中のその余の二五二件の情報が記録されている部分に関する部分に限って、原審の判断の適否を検討すべきことになるところ、原審の右判断については、右二五二件の情報のうち交際の相手方が個人であって相手方が識別されない三三件の情報が同条五号に該当するとはいえないとした点は是認できるが、交際の相手方が法人等である二一九件の情報がすべて同号に該当するとはいえないとした点は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

  1 知事の交際費は、都道府県における行政の円滑な運営を図るため、関係者との懇談や慶弔等の対外的な交際事務を行うのに要する経費である。このような知事の交際は、本件条例六条五号にいう交渉その他の事務に該当すると解されるから、これらの事務に関する情報を記録した文書を開示しないことができるか否かは、これらの情報を公開することにより、知事の交際事務の実施の目的が失われ、又はその公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれがあるか否かによって決定されることになる。

  2 本件文書のうち、交際の相手方が個人であって相手方が識別されない知事の交際事務に関する三三件の情報が記録されているものについては、これを開示しても、これによってその交際の相手方の氏名が明らかにされるものでない以上、相手方に不満、不快の念を抱かせるような事態を招くことは考え難く、知事の交際事務の実施の目的が失われ、又はその公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれはないというべきであるから、その本件条例六条五号該当性を否定した原審の判断は相当である。

  3 しかし、本件文書のうち、相手方が法人等である二一九件の情報が記録されているものは、祝儀、慶弔、広告、賛助金、贈答品、みやげ等に関するものであり、その中には、相手方の名称等が記録されているものがあり、また、一般人が通常入手し得る関連情報と照合することによって相手方が識別され得るようなものが含まれていることも当然に予想される。そして知事の交際は、いずれにしても、相手方との間の信頼関係ないし友好関係の維持増進を目的として行われるものであるところ、相手方の名称等の公表、披露が当然予定されているような場合等は別として、相手方を識別し得るような前記文書の開示によって相手方の名称や支出金額が明らかにされることになれば、交際費の支出の要否、内容等は、県の相手方とのかかわり等をしん酌して個別に決定されるという性質を有するものであることから、不満や不快の念を抱く者が出ることが容易に予想される。そのような事態は、交際の相手方との間の信頼関係あるいは友好関係を損なうおそれがあり、交際それ自体の目的に反し、ひいては交際事務の実施の目的が失われるおそれがあるというべきである。また、これらの交際費の支出の要否やその内容等は、支出権者である知事自身が、個別、具体的な事例ごとに、裁量によって決定すべきものであるところ、交際の相手方や内容等が逐一公開されることとなった場合には、知事においても前記のような事態が生ずることを懸念して、必要な交際費の支出を差し控え、あるいはその支出を画一的にすることを余儀なくされることも考えられ、知事の交際事務の適切な実施を著しく困難にするおそれがあるといわなければならない。

 そうすると、右二一九件の情報が記録されている文書のうち交際の相手方が識別され得るものは、相手方の各称等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものなど、相手方の名称等を公表することによって前記のようなおそれがあるとは認められないようなものを除き、本件条例六条五号により開示しないことができる書に該当するというべきである。

 四 以上の次第であるから、原審の判断のうち、本件文書における原判決添付別表記載の「相手方が個人」欄中の「識別されないもの」欄の三三件の情報が記録されている部分についてこれを開示しないこととした本件処分を違法とした部分は、正当として是認することができ、この部分に関する論旨は理由がない。しかし、同表記載の「相手方が法人その他の団体」欄の二一九件の情報について、その相手方が識別されるものであるか否かなどの点を個別、具体的に検討することなく、本件文書におけるこれが記録されている部分を開示しないこととした本件処分をすべて違法とした部分は、本件条例六条五号に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。そうすると、この部分に関する論旨は理由があるので、原判決中この部分は破棄を免れず、以上判示したところに従って、右二一九件の情報が本件条例六条五号に該当するか否かにつき更に審理を尽くさせるため、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官三好 達 裁判官大堀誠一 裁判官味村 治 裁判官小野幹雄 裁判官大白 勝)

 

 上告代理人谷田容一、同鈴木宗男、同長嶋敏夫、同江連勝明、同国政英夫の上告理由

 原判決は、昭和六〇年度知事交際費現金出納簿(以下「本件文書」という。)を非開示とした処分の取消しを求める被上告人の請求に対し、本件文書に記録されている四二二件の交際費支出に関する情報(以下「本件情報」という。)のうち一七〇件の情報が栃木県公文書の開示に関する条例(以下「本件条例」という。)六条一号の非開示要件に該当するとの上告人の主張を認めて、当該一七〇件の情報につき被上告人の請求を棄却したが、右四二二件全部の情報が同条五号の非開示要件に該当し、また、右情報の中に一部同条二号、四号の非開示要件に各該当するものがあるとの上告人の主張をいずれも認めず、右一七〇件を除くその余の二五二件の情報につき被上告人の請求を認容した。

 しかしながら、原判決が右四二二件の情報が本件条例六条五号の非開示要件に該当することを認めなかった点には、以下に述べるとおりの条例の解釈適用の誤り、経験則違背、審理不尽及び理由の不備、齟齬の違法があり、これらの違法が判決に影響を及ぼしていることは明らかであるから、原判決のうち右上告人敗訴の部分は破棄されるべきである。

第一 原判決は、本件条例六条五号の適用除外規定、すなわち、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」との規定について、「本号は前段要件と後段要件に分かれており、前者において、県の機関が行うすべての事務の中から特定の事務を挙げて第一段の絞りをかけ、更に、後者において、一定の要件を定めることによって第二段の絞りをかけ、前段要件に該当する特定の事務であっても、その全部ではなく後段要件に該当するその一部のみを開示しないことができるとしていることが明らかである」とし、右規定中の「その他の事務」の意義について、「法文の構造上、同条に挙示された前示の諸事務(検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札及び試験のこと~上告人代理人註)と類似の事務をいうものと解すべきである」と判示するが、「その他の事務」の意義を右のように限定的に解釈することは、次の理由よりして、本件条例の解釈適用を誤ったものであり、ひいては理由不備の違法を犯しているものである。

一 一般に、法令上「その他の」という用語は、それによって結びつけられる前後の語句が部分と全体の関係にある場合、すなわち、前に置かれた語句が、後に置かれた語句の一部をなすものとしてこれに包含される場合に用いられるものである。この場合、「その他の」の前に掲げられた語句は、「その他の」の後に出てくる、より意味内容の広い語句の例示としての意義を有するに過ぎず、右用語の一般的な用法に従う限り、前の語句(例示)によって後の語句の意味内容が殊更限定されるというようなことはないのである。

 例えば、憲法九九条の「その他の公務員」とは公務員のすべてをいうものであり、「国務大臣、国会議員、裁判官等に準じ、あるいはこれらに類する公務員に限られる」というような解釈はされていない。そして、このような用法は国家賠償法二条一項の「その他の公の営造物」、労働基準法一五条一項の「その他の労働条件」、民法一四二条の「其他ノ休日」、同法六四六条一項の「其他ノ物」、商法五九条一項の「其ノ他ノ利害関係人」等々、実定法令中に多数見受けられるところであり、右「公の営造物」、「労働条件」、「休日」、「物」、「利害関係人」等の意義がその前に例示されたものと同種あるいは類似のものに殊更限定されるというような解釈はとられていない。立法に際し、ある語句につき例示規定による限定を施そうとする場合には、「その他これに準ずる収入」(労働組合法三条)、「その他これらに類する営業」(職業安定法三三条の四)というふうに表現するなどの手当がなされているのである。

 二 本件条例六条五号の「その他の」の用語も、右のような一般的用法にならったものであり、「その他の事務」とは県の機関又は国等の機関が執行する一切の事務をいうものと解するのが規定の文言に即応した解釈である。また、右六条五号は、県や国等が実施する事務に関する情報で県が保有するものの中にはその事務の適正な実施等を確保するため非公開とすべきものが多数含まれているという認識のもとに、その非公開の要件を定めたものであり、厖大かつ多岐にわたる県、国等の事務のすべてに詳細な検討を加え、これを類型化して、非公開とすべき情報が含まれる可能性のある事務の種類を網羅することは著しく困難であること、条文化に際し「・・・試験等の事務」とか「・・・試験その他これらに類する事務」というような表現を用いなかったことなどに照らしても、「検査」、「監査」等の例示は公開の可否が問題となることの多いと考えられる事務を列挙したに過ぎないと解すべきであり、「その他の事務」の意義を殊更限定的に解釈すべき理由はない。

 なお、本件条例六条四号は、「県の機関又は国等の機関が行う審議、検討、調査研究等(以下この号において「審議等」という。)に関する情報であって、公開することにより、当該審議等又は同種の審議等に著しい支障が生ずるおそれのあるもの」を非公開とすることができる旨定めている。右の審議等も広い意味では県や国等の「事務」に該当するものであるが、こうした内部的な意思形成作用すなわち行政としての最終的な意思決定までの一段階における作用と、意思決定を踏まえて執行されるところの具体的な事務・事業とは、区別することが可能であり、具体的な事務・事業の適正な執行を確保することとは別個の措置として、意思形成作用それ自体の円滑な運営を確保するための規定を設けることは、十分に意義のあるものということができる。本件条例は、右のような見地から、意思形成過程における情報と事務執行過程における情報とを区別し、前者に係る非開示要件を六条四号に、後者に係る非開示要件を六条五号に掲げたものと解されるのである。したがって、右六条四号の規定は、六条五号の「その他の事務」に県の機関又は国等の機関が執行する一切の事務が含まれると解することの妨げとなるものではない。

 三 しかるに、原判決は、右六条五号の「その他の事務」が検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札及び試験の各事務と類似の事務に限定されるとして、このことをもって「第一段の絞り」とみなし、この「前段要件」に該当する特定の事務のうち更に同号の「後段要件」に該当するその一部のみが非開示要件に該当する旨の「二段の絞り」論を展開しており、これは明らかに同号の解釈適用を誤ったものである。開示請求に係る公文書に記録された情報が六条五号の非開示要件に該当するか否かは、当該情報が県の機関又は国等の機関が執行する事務に関する情報である限り、端的に「当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれ」があるか否かによって決定されるべきなのである。

 四 ところで、原判決は、知事の交際事務が本件条例六条五号の「交渉」に関する事務に類似し、広義においてはこれと同種の事務であるとみることができるとして、右交際事務が「その他の事務」に該当することを認めている。しかし、原判決は、前記「二段の絞り」論に立脚して、「後段要件」に該当する情報は「前段要件」に該当する情報のうちの一部に限られるとの解釈のもとに、次の第二において述べるとおり、本件情報のうち本件条例六条五号の非開示要件に該当するのは、個別的具体的な立証の結果「後段要件」に該当することが証明された特定の情報に限られると断じ、本件情報(全件)が右非開示要件に該当するとの上告人の主張について具体的な判断をほとんど示さないまま、個別的具体的立証がないとの一事をもってこれを排斥しているのである。この意味において、原判決の右条例解釈適用の誤りは、理由不備の違法をもたらし、その違法が判決の結論に影響を及ぼしていることは明らかである。

第二 原判決は、本件情報が本件条例六条五号の非開示要件に該当するとの上告人の主張に対し、同号の「後段要件」に該当することが四二二件の交際事務の案件のそれぞれについて個別的具体的に証拠によって証明されなければならず、非開示決定の適法性が認められるのは右証明のなされた特定の情報についてのみであると判示し、本件情報の公開により、通常生ずべき可能性として、関係者に不快等の念を抱かせるなどして交際事務の実施の目的が失われ、又はその適切な実施を著しく困難にするおそれがあるか否かという点については直接的具体的判断を示さないまま、右個別的具体的な証明がないとの理由で上告人の主張を排斥しているが、これは、以下に述べるとおり、本件条例の解釈適用を誤り、経験則に違背し、ひいては審理不尽、理由不備の違法をもたらしているものである。

 一 原判決は、本件文書の内容等につき次の事実を認定している(一五、一六頁)。

  (一)知事は、県の代表者として、その職務執行に関し、広範囲かつ多数の関係者との間で、式典や行事その他の各種会合等への出席、慶弔事案の処理、懇談、接遇、挨拶、その他多岐にわたる交際を行う必要があるが、これらの交際事務は、関係者と県との間の友好、信頼、協力等の関係を形成、維持、確保し、もって県行政の適正かつ円滑な運営を期するために行われるものであること。

  (二)知事交際費は、知事が右のような公の交際事務を行うに当たって必要な経費であり、本件文書は、昭和六〇年度の知事交際費(合計九五〇万円)について、資金前渡員である秘書係長(原判決が引用する第一審判決の五枚目表九行目には「秘書課長」と記載されているが、これは誤記であって、第一審判決の二九枚目《理由欄二枚目》表三行目等において認定されているところの「秘書係長」が正しい。)が右交際費の収支を記帳した会計帳簿であること。

 (三)右交際費の収支のうち、特定の交際事務と関係のない封筒代、葉書代等の雑費一四件を除く交際費支出四二二件の内容は、左記のとおりであり、本件文書には、右四二二件の支出について、その日付及び金額並びに支出項目(御祝、生花、香料、供物、御見舞、接伴、広告、賛助、餞別、雑費)及び交際の相手方(氏名、職名、団体名等)が、日を追って記載されていること。

    記

 (1)知事が、各種の式典、祝賀会、大会、会合等に招待され、あるいは各種スポーツ大会等に参加する選手団等から出陣の挨拶を受けた際に、祝賀、協賛、激励等の趣旨で金銭又は生花を贈ったもの(祝儀一六一件)

 (2)知事が、関係者の弔事に際し喪主等に対する弔意の趣旨で金銭(香料)、供物又は生花を贈ったもの、及び関係者の病気、事故等に対する見舞いの趣旨で金銭又は品物を贈ったもの(慶弔一一三件)

 (3)知事が、関係者との間で御礼や信頼、友好等の関係を深める趣旨で懇談等を行った際に、会食等の費用を支出したもの(懇談経費一九件)

 (4)知事が、新聞事業者等との信頼、友好等の関係を維持する等の趣旨で当該事業者等の発行する新聞等に登載する儀礼的な広告(新年の挨拶文等)の広告料を支出したもの、及び公共的な活動を行っている民間団体から訪問、協力要請等があった際、当該活動に賛同する趣旨で儀礼的に寄付を行ったもの(広告、賛助金等六五件)

 (5)知事が、関係者の転勤、海外渡航等に際し、それまでの協力等に謝意を表し、更に今後の信頼、友好等の関係の維持を願う趣旨で儀礼的に金銭を贈ったもの(せん別等二一件)

 (6)知事が、関係者の来訪を受けた際に、信頼、友好等の関係を深める等の趣旨でみやげ等を贈り、あるいは、関係者のこれまでの協力等に謝意を表し、更に今後の信頼、友好等の関係の維持を願う趣旨で記念品等を贈ったもの(贈答品、みやげ等四三件)

 また、第一審判決は、知事交際費の運用の実態につき次の事実を認定している(理由欄四枚目表三行目以下)。

  (四)栃木県においては、知事交際費の支出基準につき訓令等の定めがなく、個別的具体的な事案ごとに、先例を参考にして、相手方の地位、県との関わりの濃淡、県に対する貢献度の大小などを考慮し、交際の必要性、交際費の支出の有無及びその金額を決定しており、これらの点に関する判断は知事の合理的な裁量に委ねられていること。

 二 上告人は、前記一(一)ないし(四)のような事実関係の下において、本件情報すなわち同(三)(1)ないし(6)のような交際費支出についての相手方、支出項目及び金額を公開した場合には、次の(一)ないし(三)のようなおそれがあるので、本件情報は本件条例六条五号の非開示要件に該当すると主張しているものである。

 (一)これらを公開すること自体が儀礼の趣旨に反するものとして、関係者に不信の念を抱かせ、更に、少なからぬ相手方に、金額などが他人に知られるということについての不快、困惑の念を抱かせるおそれがあり、ひいては(1)関係者と県との友好、信頼関係を損ない知事交際事務の実施の目的(前記一(一))が失われるおそれがあるとともに、(2)知事がその裁量により適宜の取捨選択をした上で必要な交際を行っていくこと(前記第一(四))すなわち知事交際事務を適切に実施していくことが著しく困難になるおそれがあること。

 (二)知事交際の対象になった者と然らざる者とを比較し、あるいは交際の内容や支出された金額を比較することなどを通じて、知事ひいては県の当該関係者に対する公的な評価を示すものと社会一般に受け取られがちな前記一(四)の知事の判断結果、すなわち、知事との交際における関係者の相対的重要度が明らかとなり、知事交際の対象者はもとより対象にならなかった者をも含む広範囲の関係者に、右のような相対的重要度が明らかにされること自体についての不快、困惑、不信等の念を抱かせ、また、少なからぬ関係者に、知事の判断の当否などをめぐる不満、不信等の念を抱かせるおそれがあり、ひいては右(1)、(2)のようなおそれがあること。

  (三)知事交際の内容が逐一公開され衆人監視の下に置かれることから、知事の側及び関係者の双方において、交際の要否及びその内容等に関する判断が極度に硬直化したものとなるおそれがあり、ひいては右(2)のようなおそれがあること。

 これに対し、原判決は、本件条例六条五号に該当することを理由に本件文書を非開示とした決定の適法性が認められるためには、交際事務の案件のそれぞれについて、これを公開した場合に交際事務の実施の目的が失われる等の結果を生ずることが、個別的具体的に証拠によって証明されなければならず、非開示決定の適法性が認められるのは右証明のなされた特定の情報についてのみである旨判示して、その証明がないことを理由に上告人の主張を排斥している。

 三 しかしながら、本件条例六条五号は、県の機関又は国等の機関が執行する事務に関する情報が記録された公文書を非開示とするためには、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われる「おそれ」又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にする「おそれ」があれば足りるとしているのであって、実施の目的が失われる等の結果が不可避であることとか、右結果の生ずる危険が具体的に存することや、そうした危険が客観的に明白であることなどまでを要件としているわけではない。そして、「おそれ」とは、その用語の通常の意味として「望ましくない事実又は関係が生じる可能性がある」ことをいうものであり(学陽書房「法令用語辞典」)、右六条五号に関しても、事務の実施の目的が失われる可能性又は事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にする可能性が客観的に認められるならば、同号該当性が肯定されるものと解すべきである。同号は、情報の公開による利益と適正な行政運営の確保という公共の利益との調整を図った規定であり、情報の公開によって事務の実施の目的が失われる等の行政上の弊害が生ずることを未然に防止しようとしたものである。そして、本件条例が、六条二号(法人等に関する情報)において「不利益を与えることが明らか」との要件を定めているのに対し、同条五号において「おそれ」で足りるとしているのは、適正な行政運営が確保されることによる社会公共の一般的利益を私人の経済的利益などよりも手厚く保護する趣旨であると解されるのであり、同条五号の要件を殊更限定的に解釈すべき理由はないものといわなければならない。

 また、本件条例六条の規定は、実施機関が公開するか否かを決定する場合の行為規範であるとともに、本件のような行政訴訟において非開示決定の適法性が争われた場合の裁判規範でもあり、後者の場合において、右規定が、当該情報の個別的具体的内容をみることなしに行われる判断(その意味において抽象的・類型的な判断)の基準として機能するものであることは、わが国の訴訟制度上当然のことであって、本件条例もこの点を十分に踏まえた上で制定されたものであることはいうまでもない。本件条例六条五号の規定は、当該情報の種類、性質、抽象的内容等に即して判断した結果、通常生ずべき可能性として、同号にいう「おそれ」があると認められる場合には、当該情報を記録した公文書を開示しないことができるとの趣旨で定められたものと解すべきである。ある情報を右抽象的・類型的判断が可能な程度に分類し、それぞれについて「おそれ」の有無を検討することは必要かつ可能であるが、それ以上に情報を細分化し、各案件の内容を実際にみなければなし得ないような判断をすることは不必要かつ不可能なのである。

 四 したがって、本件情報の右六条五号該当性についても、その種類、性質、抽象的内容等に即して判断した結果、通常生ずべき可能性として、関係者に不快感等を生じさせるなどして交際事務実施の目的が失われ、又はその適切な実施を著しく困難にする「おそれ」が認められれば十分であると解すべきであり、「実施の目的が失われる等の結果を生ずること」が「案件のそれぞれについて、個別的具体的に証拠によって証明されなければならない」とした原判決は、右六条五号の「おそれ」につき結果の不可避性ないしはその具体的危険性を要求し、これを個別的具体的に判断しなければならないとしている点において、明らかに同号の解釈適用を誤ったものである。

 なお、原判決は、「もし、被控訴人の主張するように、交際事務に関する情報の全部が当然に本号の後段要件に該当するとの考えが正当であるとすれば、非開示か公開かを選別するための特別な要件としての後段要件をわざわざ設ける必要はない訳であり、・・・前示のように、交際事務に関する情報は、本号の前段要件に該当する情報であると解する以上、その全部が当然に同号の後段要件に該当するとの考えは採用することができない」と判示する。このうち、上告人の主張をもって「交際事務に関する情報の全部が当然に本号の後段要件に該当するとの考え」としている点は、曲解も甚だしいものである(上告人は、交際事務に関する情報であるがゆえに当然に六条五号に該当するなどと主張しているのではなく、前記二(一)ないし(三)のような「おそれ」があるから同号に該当すると主張しているのであり、このことは、上告人が交際費の総額を示す返納票兼精算票《〈書証番号略〉》を当初から開示しているという一事をもってしても明らかである。)が、右の判示は、原判決が前述したような「二段の絞りし論に立脚して、「後段要件」の存在を意義あらしめるためには、その該当性の判断が論理必然的に「個別的具体的」でなければならず、本件情報の全部が「後段要件」に該当することはあり得ないというように理解していることを示唆するものである。しかしながら、既に第一で述べたように右「二段の絞り」論自体誤りであり、また、「後段要件」が原判決のいうような意味での個別的具体的判断を要求しているとは到底解することができないものである。

 五 加えて、四二二件の交際事務の案件のそれぞれについて本件条例六条五号の「後段要件」に該当することが個別的具体的に証拠によって証明され、その証明がなされた特定の情報のみが同号の非開示要件に該当するとの原判決の判示は、そのような「特定」が可能であることを当然の前提としているものであるが、前記一(三)(1)ないし(6)の交際費支出の個別的具体的内容(相手方、金額等)を公開した場合に相手方その他の関係者のうちの誰がいかなる感情を抱くことになるかなどを、その公開前に具体的に判定し、関係者に不快等の感情を生じさせるおそれがあるものと然らざるものとを案件ごとに特定・識別するというようなことは、事実上不可能なことである。また、前記二(二)、(三)の主張は、本件情報が公開されると、知事との交際における関係者の相対的重要度が明らかとなって関係者に不信感等を生じさせるおそれがあり、知事交際の内容が衆人監視の下に置かれて交際の要否、内容等に関する判断が硬直化するおそれがあるというものであり、このような、複数の案件につき金額等の比較がなされることや本件情報の全容が公開されることによる「おそれ」の有無を各案件ごとに判断し得るということは、論理矛盾である。

 したがって、右のような特定・識別が可能であることを前提としてなされた原判決の右判示は、明らかに経験則から逸脱した不合理な判断であるといわなければならない。

 六 本件情報の公開により、通常生ずべき可能性として、前記二(一)ないし(三)の「おそれ」が認められるか否かということは、知事交際事務の意義、目的(前記一(一))、交際費支出の内容(同(三)(1)ないし(6))、交際費運用の実態(同(四))等の事実関係に照らし、相手方その他の関係者がわが国における社会一般の常識と通常の感受性を備えたごく普通の社会人であるとした場合に、これらの関係者がいかなる感情を抱くに至るであろうかということなどを経験則に基づいて予測することにより、十分に判断することができる筈である。そして、右判断の結果、上告人の主張する「おそれ」が認められないというならば、前記二(一)ないし(三)の主張のそれぞれについて、これが認められないこと及びその理由が具体的に説示されてしかるべきである。

 しかるに、原判決は、交際費運用の実態(前記一(四))につき審理判断をせず、上告人の右各主張に対する具体的判断を示さないまま(もっとも、前記二(一)の主張との関係では相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせるか否かなどについて不十分ながらも一応の判断をしているようであるが、次の第三において述べるとおり、その趣旨は必ずしも明確でない。)、個別的具体的な証明がないとの一事をもって上告人の主張を排斥しているのである。

 原判決は、以上の点において、本件条例の解釈適用を誤り、経験則に違背し、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯したものであって、この違法が判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

第三 原判決は、本件情報を公開することは、必ずしも相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせることになるとは限らず、場合によっては、むしろ反対に、知事との交際が公表されることを名誉に思う者もあり、また、不快等の感情を生じさせた場合でも、その程度が交際事務の実施の目的を失わせる等の結果を招くほどに強度のものでないことも多い筈であるとして、上告人に、交際事務の案件のそれぞれについての、右不快感等の程度や「実施の目的が失われる等の結果」を招くことの蓋然性の立証責任を課し、その立証がないことを理由に、本件情報が本件条例六条五号に該当することを否定しているが、この判旨が、前記抽象的・類型的判断による通常生ずべき可能性としての「おそれ」を否定したものであるとすれば、次に述べる点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな本件条例の解釈適用の誤り、経験則違背、理由の齟齬ないし不備、審理不尽の違法があるといわざるを得ない。

 一 まず、原判決は、「経験則上、右のような情報の公開は、必ずしも相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせることになるとは限らない。場合によっては、むしろ反対に、知事との交際が公表されたことを名誉に思う者もあるであろう」と判示するが、これは、本件文書に記録された情報を公開することは、原則として相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせるものであるが、四二二件の交際事案の相手方の中にはそのような感情を抱かず反対に名誉に思う者もあり得る、との趣旨にも解されるものである。

 そうであるとすれば、右の情報は本件条例六条五号に該当するものであること、すなわち、その公開によって知事交際事務の実施の目的が失われる等のおそれがあることが肯定されてよい筈である。第二の三において述べたように、本件条例六条五号は実施の目的が失われる等の「おそれ」があれば足りるとしているのであり、右「おそれ」の有無は、当該情報の種類、性質、抽象的内容等に即して判断した結果、事務の実施の目的が失われる等の可能性が認められるか否かによって決定されるものと解すべきであって、本件情報の公開が原則として相手方その他の関係者に不快等の感情を生じさせるものであることが認められるならば、経験則上、通常生ずべき可能性として、関係者に不快感等を生じさせるおそれがあること、ひいては、関係者との信頼関係を損なうなどして交際事務の実施の目的が失われるに至るおそれ、知事が適宜の取捨選択により必要な交際を行うことができなくなって交際事務の適切な実施が著しく困難になるおそれのあることが認められてしかるべきである。「場合によっては知事との交際が公表されたことを名誉に思う者もあるであろう」というような漠然とした推論によって、右の通常生ずべき「おそれ」を否定することはできないといわなければならない。

 したがって、原判決が、本件情報の公開が原則として相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせるものであることを認めながら、それにもかかわらず本件条例六条五号の「おそれ」を否定したものであるとすれば、同号の解釈適用を誤って右「通常生ずべき可能性」では足りないとし、又は経験則に違背して右「通常生ずべき可能性」を否定した違法があり、ひいては理由に齟齬をきたしているものである。

 二 右の点に関し、原判決は、「たとえ不快等の感情を生じさせた場合でも、その程度は、交際事務の実施の目的を失わせる等の結果を招くほどに強度のものではないことも多い筈である」として、上告人に、具体的に右不快感等の程度やそれにより「実施の旧的が失われる等の結果」を招くことの蓋然性についての立証責任がある旨判示する。

 しかしながら、交際という行為は相手方の心情にうったえかける営みであって、知事の公の交際といえどもその例外ではなく、相手方等に不快等の感情を生じさせた場合に、友好、信頼、協力等の関係(これは、相手方の心情によって左右されるものである。)が損なわれ、交際事務を実施する目的が失われてしまうこと、あるいは今後の交際事務(これも、右同様関係者の心情によってその成否が左右されるものである。)の事案に即した適切な実施が著しく困難になってしまうこと(少なくともそれらのおそれがあること)は、経験則上明らかというべきである。したがって、不快等の感情を生じさせてもなおかつ交際事務の実施の目的が失われる等のおそれのない場合が「多い筈」であるとして、上告人が具体的に不快感等の程度などを立証しない限り本件条例六条五号該当性が認められないとした原判決の右判示は、経験則に反する著しく不合理な判断である。なお、原判決が求めるごとく右不快感等の程度を事前に推し量るというようなことは、仮に相手方その他の関係者を特定し、その性格、地位、職業等や支出された金額の多寡などを勘案したとしても極めて困難であり、ましてや、これらの事項を明らかにし得ない公開の法廷で「不快感等の程度」を立証するようなことは、いかに「相応の工夫」をしたとしても不可能であるといわざるを得ない。

 三 ところで、原判決は、相手方が「知事との交際が公表されたことを名誉に思う」場合の例として、「スポーツ大会や祝賀会に激励等の趣旨で金銭又は生花を贈ったもの」を挙げ、「このことが公表されたとしても、通常の場合に、相手方が不快感を抱き実施の目的が失われる等の結果に至るものとは考え難い」と述べており、この部分と「必ずしも相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせることになるとは限らない。・・・」との部分とを合わせ読むと、原判決のこれらの判示は、前記一のような趣旨ではなく、本件情報を公開したとしても、これによって不快等の感情を抱く者はむしろ少なく、通常、相手方その他の関係者に不快等の感情を生じさせるおそれがあるということは認められない、との趣旨であると解することもできる。

 しかしながら、右の、スポーツ大会や祝賀会に係る「御祝」の内容が公開されたとしても通常の場合に相手方等が不快感を抱くとは考え難い旨の判断は、経験則に照らし到底是認し得ないものである。わが国の国民性及び社会通念上、右「御祝」等の金額までが世間一般に公表されることは相手方の通常望まないところであり、これが公開された場合には、むしろ、相手方に不快等の感情を生じさせるおそれが極めて大きいというべきである(この点において、原判決と第一審判決とは全く相反する判断を示しているが、第一審判決の方が経験則に合致した極めて常識的な判断といえるであろう。)。また、個別的具体的な事案ごとに、相手方の地位、県との関わりの濃淡、県に対する貢献度の大小などを考慮しながら決定された支出金額等についての格差がそのまま公開された場合には、格差のあることそれ自体、あるいはそのような格差に関する世間一般の比較対照の目にさらされること(被上告人は、交際費の使途等に関する住民の「監視」の必要性を強調している。)について、多くの関係者が不快等の感情を抱くであろうことも、容易に推察されるところである(前記第二の二(二))。なお、以上の点は、相手方が個人である場合と法人その他の団体である場合とで異なるものではない。団体の祝賀会等に対する知事の「御祝」の金額までが公表されることは、当該団体(具体的にはその役職員等)の通常望まないところであり、また、各団体間における金額等の格差の内容が明らかにされた場合には、そのような格差をつけたことなどに関し不信感等が生じ、友好、信頼、協力等の関係を損なうおそれが大きいのである。この点に関する原判決の判断には明らかな経験則違背があり、また、第一審判決が認定した交際費運用の実態(前記第二の一(四))につき審理判断せず、右「金額等の格差」から生ずる問題を顧慮していないと解される点において審理不尽の違法がある。

 前記第二の一(三)(1)ないし(6)の交際費支出について、その相手方、金額等を逐一公開した場合に、通常生ずべき可能性として、相手方その他の関係者に不快等の感情を生じさせるおそれがあり、ひいては交際事務の実施の目的が失われ、あるいは交際事務の適切な実施を著しく困難にするおそれがあることは、経験則上優にこれを認めることができるものである。

 したがって、原判決が、本件情報を公開しても、通常、相手方その他の関係者に不快等の感情を生じさせるおそれがあるとは認められないとの判断をしているとすれば、経験則違背、審理不尽の違法があり、更に、本件条例六条五号の解釈適用を誤って、前記第二の一(一)のような知事交際事務の意義及びこれによる関係者との信頼関係等の維持、確保の重要性(信頼関係等がいったん損なわれてしまった場合には、これを回復することは極めて困難なのである。)を不当に軽視した違法があり、ひいては理由不備の違法を犯しているものである。

 四 なお、原判決が、右の、通常、相手方等の関係者に不快等の感情を生じさせるおそれがあるか否か、ひいては交際事務の実施の目的が失われるおそれ、その適切な実施を著しく困難にするおそれがあるか否かという点について積極、消極いずれの判断もせず、四二二件の案件の中には不快等の感情を生じさせるものと然らざるものとがあり、前者であって、当該情報の公開により交際事務の実施の目的が失われる等の結果を生ずるものであることが個別的具体的に証明された特定の案件についてしか、本件条例六条五号の該当性を認める余地はないと判示しているとすれば、同号の解釈適用を誤り、経験則に違背し、ひいては審理不尽、理由不備の違法を犯していること、前記第二のとおりである。

 

知事の大嘗祭参列と政教分離原則 最高裁平成14年

憲法判例百選 第7版 45事件 住民訴訟請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成11年(行ツ)第93号

平成14年7月11日

【判示事項】       知事が大嘗祭に参列した行為が憲法二〇条三項に違反しないとされた事例

【判決要旨】       知事が大嘗祭に参列した行為は、大嘗祭が皇位継承の際に通常行われてきた皇室の伝統儀式であること、他の参列者と共に参列して拝礼したにとどまること、参列が公職にある者の社会的儀礼として天皇の即位に祝意を表する目的で行われたことなど判示の事情の下においては、憲法二〇条三項に違反しない。

【参照条文】       憲法20

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集56巻6号1204頁

             裁判所時報1319号264頁

             判例タイムズ1105号134頁

             判例時報1799号99頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       ジュリスト1240号120頁

             判例評論533号2頁

             法学教室268号128頁

             法曹時報56巻5号200頁

             法令解説資料総覧248号124頁

             民商法雑誌128巻6号63頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

第1 上告代理人亀田徳一郎,同河野聡,同西田隆二,同松田公利,同小堀清直,同増田博の上告理由第二点及び第三点について

 1 憲法は,明治維新以降,国家と神道が密接に結び付き種々の弊害を生じたことにかんがみ,新たに信教の自由を無条件に保障することとし,更にその保障を一層確実なものとするため,20条1項後段,3項,89条において,いわゆる政教分離の原則に基づく諸規定(以下「政教分離規定」という。)を設けた。政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。そして,憲法の政教分離規定の基礎となり,その解釈の指導原理となる政教分離原則は,国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが,国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さないとするものではなく,宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ,そのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。

 このような政教分離原則の意義に照らすと,憲法20条3項にいう宗教的活動とは,およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく,そのかかわり合いが上記にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって,当該行為の目的が宗教的意義を持ち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そして,ある行為が上記にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては,当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく,当該行為の行われる場所,当該行為に対する一般人の宗教的評価,当該行為者が当該行為を行うについての意図,目的及び宗教的意識の有無,程度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社会通念に従って,客観的に判断しなければならない(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁,最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁等)。

 2 そこで,以上の見地に立って,本件について検討する。

 原審が適法に確定した事実関係によれば,大嘗祭は,天皇が皇祖及び天神地祇に対して安寧と五穀豊穣等を感謝するとともに国家や国民のために安寧と五穀豊穣等を祈念する儀式であり,神道施設が設置された大嘗宮において,神道の儀式にのっとり行われたというのであるから,鹿児島県知事である被上告人がこれに参列し拝礼した行為は,宗教とかかわり合いを持つものである。

 しかしながら,原審が適法に確定した事実関係によれば,(1) 大嘗祭は,7世紀以降,一時中断された時期はあるものの,皇位継承の際に通常行われてきた皇室の重要な伝統儀式である,(2) 被上告人は,宮内庁から案内を受け,三権の長,国務大臣,各地方公共団体の代表等と共に大嘗祭の一部を構成する悠紀殿供饌の儀に参列して拝礼したにとどまる,(3) 大嘗祭への被上告人の参列は,地方公共団体の長という公職にある者の社会的儀礼として,天皇の即位に伴う皇室の伝統儀式に際し,日本国及び日本国民統合の象徴である天皇の即位に祝意を表する目的で行われたものであるというのである。これらの諸点にかんがみると,被上告人の大嘗祭への参列の目的は,天皇の即位に伴う皇室の伝統儀式に際し,日本国及び日本国民統合の象徴である天皇に対する社会的儀礼を尽くすものであり,その効果も,特定の宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるようなものではないと認められる。したがって,被上告人の大嘗祭への参列は,宗教とのかかわり合いの程度が我が国の社会的,文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず,憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に違反するものではないと解するのが相当である。

 以上の点は,前掲各大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決に憲法20条1項,3項の解釈の誤りはない。また,その余の違憲の主張は,その前提を欠く。論旨は採用することができない。

 第2 その余の上告理由について

 論旨は,理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認を主張するものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 町田 顯 裁判官 横尾和子)

 

園部逸夫裁判長不当判決  職務質問のための留め置きを違法でないとした例

刑事訴訟法判例百選10版2事件

21世紀の人権水準からは疑問です。上告趣意を同期が欠いていますが特に身びいきはしていないつもりです。

覚せい剤取締法違反、公文書毀棄被告事件

最高裁判所第3小法廷決定/平成6年(あ)第187号

平成6年9月16日

【判示事項】 一 いわゆる強制採尿令状により採尿場所まで連行することの適否(積極)

       二 任意同行を求めるため被疑者を職務質問の現場に長時間違法に留め置いたとしてもその後の強制採尿手続により得られた尿の鑑定書の証拠能力は否定されないとされた事例

 

【判決要旨】 一 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、いわゆる強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができる。

 

       二 覚せい剤使用の嫌疑のある被疑者に対し、自動車のエンジンキーを取り上げるなどして運転を阻止した上、任意同行を求めて約六時間半以上にわたり職務質問の現場に留め置いた警察官の措置は、任意捜査として許容される範囲を逸脱し、違法であるが、被疑者が覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたことなどから運転を阻止する必要性が高く、そのために警察官が行使した有形力も必要最小限度の範囲にとどまり、被疑者が自ら運転することに固執して任意同行をかたくなに拒否し続けたために説得に長時間を要したものであるほか、その後引き続き行われた強制採尿手続自体に違法がないなどの判示の事情の下においては、右一連の手続を全体としてみてもその違法の程度はいまだ重大であるとはいえず、右強制採尿手続により得られた尿についての鑑定書の証拠能力は否定されない。

 

【参照条文】 刑事訴訟法99

       刑事訴訟法102

       刑事訴訟法218

       刑事訴訟法219

       刑事訴訟法222

       刑事訴訟法317

       警察官職務執行法2-1

       道路交通法67-3

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集48巻6号420頁

 

       裁判所時報1132号2頁

       判例タイムズ862号267頁

       判例時報1510号154頁

【評釈論文】 警察公論50巻3号76頁

       研修558号13頁

       ジュリスト1060号66頁

       別冊ジュリスト148号6頁

       別冊ジュリスト148号66頁

       判例評論443号76頁

       法学新報102巻1号227頁

       法曹時報47巻11号190頁

       法律時報67巻4号113頁

       立教大学大学院法学研究15号210頁

 

       主   文

 

  本件上告を棄却する。

  当審における未決勾留日数中一一〇日を本刑に算入する。

 

        理   由

 

  弁護人小野純一郎の上告趣意第一は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は事案を異にして本件に適切でなく、同第二は、判例違反をいうが、所論引用の各判例は、所論のように控訴審において訴因変更を許可した後控訴を棄却することは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

  なお、所論にかんがみ、職権により判断するに、原判決が被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を認めたのは、次の理由により、結論において正当である。

 一 原判決及びその是認する第一審判決の認定並びに記録によれば、事件の経過は、次のとおりと認められる。

  1 福島県会津若松警察署A警部補は、平成四年一二月二六日午前一一時前ころ、被告人から、同警察署八田駐在所に意味のよく分からない内容の電話があった旨の報告を受けたので、被告人が電話をかけた自動車整備工場に行き、被告人の状況及びその運転していた車両の特徴を聞くなどした結果、覚せい剤使用の容疑があると判断し、立ち回り先とみられる同県猪苗代方面に向かった。

  2 同警察署から捜査依頼を受けた同県猪苗代警察署のB巡査は、午前一一時すぎころ、国道四九号線を進行中の被告人運転車両を発見し、拡声器で停止を指示したが、被告人運転車両は、二、三度蛇行しながら郡山方面へ進行を続け、午前一一時五分ころ、磐越自動車道猪苗代インターチェンジに程近い同県耶麻郡a町大字b字cの通称堅田中丸交差点の手前(以下「本件現場」という。)で、B巡査の指示に従って停止し、警察車両二台もその前後に停止した。当時、付近の道路は、積雪により滑りやすい状態であった。

  3 午前一一時一〇分ころ、本件現場に到着した同警察署C巡査部長が、被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、C巡査部長は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げた。

  4 午前一一時二五分ころ、猪苗代警察署から本件現場の警察官に対し、被告人には覚せい剤取締法違反の前科が四犯あるとの無線連絡が入った。午前一一時三三分ころ、A警部補らが本件現場に到着して職務質問を引き継いだ後、会津若松警察署の数名の警察官が、午後五時四三分ころまでの間、順次、被告人に対し、職務質問を継続するとともに、警察署への任意同行を求めたが、被告人は、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けた。他方、警察官らは、車に鍵をかけさせるためエンジンキーをいったん被告人に手渡したが、被告人が車に乗り込もうとしたので、両脇から抱えてこれを阻止した。そのため、被告人は、エンジンキーを警察官に戻し、以後、警察官らは、被告人にエンジンキーを返還しなかった。

  5 右4の職務質問の間、被告人は、その場の状況に合わない発言をしたり、通行車両に大声を上げて近づこうとしたり、運転席の外側からハンドルに左腕をからめ、その手首を右手で引っ張って、「痛い、痛い」と騒いだりした。

  6 午後三時二六分ころ、本件現場で指揮を執っていた会津若松警察署D警部が令状請求のため現場を離れ、会津若松簡易裁判所に対し、被告人運転車両及び被告人の身体に対する各捜索差押許可状並びに被告人の尿を医師をして強制採取させるための捜索差押許可状(以下「強制採尿令状」という。)の発付を請求した。午後五時二分ころ、右各令状が発付され、午後五時四三分ころから、本件現場において、被告人の身体に対する捜索が被告人の抵抗を排除して執行された。

  7 午後五時四五分ころ、同警察署E巡査部長らが、被告人の両腕をつかみ被告人を警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示したが、被告人が興奮して同巡査部長に頭を打ち付けるなど激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させた。ところが、被告人の興奮状態が続き、なおも暴れて抵抗しようとしたため、同巡査部長らは、午後六時三二分ころ、両腕を制圧して被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、午後七時一〇分ころ、同県会津若松市鶴賀町所在の総合会津中央病院に到着した。午後七時四〇分ころから五二分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取した。

 二 以上の経過に即して被告人の尿の鑑定書の証拠能力について検討する。

  1 本件における強制採尿手続は、被告人を本件現場に六時間半以上にわたって留め置いて、職務質問を継続した上で行われているのであるから、その適法性については、それに先行する右一連の手続の違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断ずる必要がある(最高裁昭和六〇年(あ)第四二七号同六一年四月二五日第二小法廷判決・刑集四〇巻三号二一五頁参照)。

  2 そこで、まず、被告人に対する職務質問及びその現場への留め置きという一連の手続の違法の有無についてみる。

  (一) 職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。

  (二) これに対し、その後被告人の身体に対する捜索差押許可状の執行が開始されるまでの間、警察官が被告人による運転を阻止し、約六時間半以上も被告人を本件現場に留め置いた措置は、当初は前記のとおり適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。

  (三) しかし、右職務質問の過程においては、警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げてこれを返還せず、あるいは、エンジンキーを持った被告人が車に乗り込むのを阻止した程度であって、さほど強いものでなく、被告人に運転させないため必要最小限度の範囲にとどまるものといえる。また、路面が積雪により滑りやすぐ、被告人自身、覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動を繰り返していたのに、被告人があくまで磐越自動車道で宮城方面に向かおうとしていたのであるから、任意捜査の面だけでなく、交通危険の防止という交通警察の面からも、被告人の運転を阻止する必要性が高かったというべきである。しかも、被告人が、自ら運転することに固執して、他の方法による任意同行をかたくなに拒否するという態度を取り続けたことを考慮すると、結果的に警察官による説得が長時間に及んだのもやむを得なかった面があるということができ、右のような状況からみて、警察官に当初から違法な留め置きをする意図があったものとは認められない。これら諸般の事情を総合してみると、前記のとおり、警察官が、早期に令状を請求することなく長時間にわたり被告人を本件現場に留め置いた措置は違法であるといわざるを得ないが、その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。

  3 次に、強制採尿手続の違法の有無についてみる。

  (一) 記録によれば、強制採尿令状発付請求に当たっては、職務質問開始から午後一時すぎころまでの被告人の動静を明らかにする資料が疎明資料として提出されたものと推認することができる。

  そうすると、本件の強制採尿令状は、被告人を本件現場に留め置く措置が違法とされるほど長期化する前に収集された疎明資料に基づき発付されたものと認められ、その発付手続に違法があるとはいえない。

  (二) 身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。

  本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。

  したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。

  4 以上検討したところによると、本件強制採尿手続に先行する職務質問及び被告人の本件現場への留め置きという手続には違法があるといわなければならないが、その違法自体は、いまだ重大なものとはいえないし、本件強制採尿手続自体には違法な点はないことからすれば、職務質問開始から強制採尿手続に至る一連の手続を全体としてみた場合に、その手続全体を違法と評価し、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められない。

  5 そうであるとすると、被告人から採取された尿に関する鑑定書の証拠能力を肯定することができ、これと同旨の原判断は、結論において正当である。

  よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

   平成六年九月一六日

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官  園部逸夫

            裁判官  可部恒雄

            裁判官  大野正男

            裁判官  千種秀夫

            裁判官  尾崎行信

 

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