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カテゴリ: 行政法

外国人の地方参政権に関する平成7年最高裁判決

憲法判例百選 第6版 4事件 第7版 3事件 8版3事件 佐藤幸治2版164頁

選挙人名簿不登録処分に対する異議の申出却下決定取消請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成5年(行ツ)第163号

平成7年2月28日

【判示事項】       日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法11条、18条、公職選挙法9条2項と憲法15条1項、93条2項

【判決要旨】       日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法11条、18条、公職選挙法9条2項は、憲法15条1項、93条2項に違反しない。

【参照条文】       憲法15-1

             憲法93-2

             地方自治法11

             地方自治法18

             公職選挙法9-2

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集49巻2号639頁

             訟務月報42巻1号217頁

             最高裁判所裁判集民事174号489頁

             裁判所時報1142号63頁

             判例時報1523号49頁

【評釈論文】       ジュリスト臨時増刊1091号20頁

             訟務月報42巻1号217頁

             訟務月報42巻1号219頁

             摂南法学15号103頁

             日本法学64巻1号197頁

             判例タイムズ臨時増刊913号324頁

             判例評論441号13頁

             法学(東北大)63巻2号146頁

             法学教室177号42頁

             法曹時報50巻3号199頁

             法律時報67巻7号2頁

             法令解説資料総覧161号108頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人相馬達雄、同平木純二郎、同能瀬敏文の上告理由について

 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和三五年(オ)第五七九号同年一二月一四日判決・民集一四巻一四号三〇三七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。

 このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(前掲昭和三五年一二月一四日判決、最高裁昭和三七年(あ)第九〇〇号同三八年三月二七日判決・刑集一七巻二号一二一頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨に徴して明らかである。

 以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできず、その他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない。所論は、地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定に憲法一四条違反があり、そうでないとしても本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法一四条及び右各法令の解釈の誤りがある旨の主張をもしているところ、右主張は、いずれも実質において憲法一五条一項、九三条二項の解釈の誤りをいうに帰するものであって、右主張に理由がないことは既に述べたとおりである。

 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  可部恒雄

           裁判官  園部逸夫

           裁判官  大野正男

           裁判官  千種秀夫

小野寺規夫裁判長名判決 予防接種事故の補償 東京地裁昭和59年

憲法判例百選 6版 109事件 7版 103事件 8版 99事件解説中山茂樹京都産業大学教授 損害賠償請求事件 佐藤幸治2版195頁 行政法判例50!161頁

東京地方裁判所判決/昭和48年(ワ)第4793号、昭和47年(ワ)第3270号、昭和48年(ワ)第10666号、昭和49年(ワ)第10261号、昭和50年(ワ)第7997号、昭和56年(ワ)第15308号

【判決日付】       昭和59年5月18日

【判示事項】       1、被告国には、予防接種により発生する障害等の結果につき、被接種者に対し、いわゆる安全確保義務があると認めることはできない。また、本件予防接種当時、厚生大臣には、接種による障害等の結果発生を認容する「未必の故意」または接種にあたつての具体的過失の存在を認めることはできない。従つて、被告国には、民法上の債務不履行責任または厚生大臣の公権力の行使についての国家賠償法上の責任のいずれの責任もこれを認めることはできない。

             2、被告児(15の1)については、予防接種の実施主体である東京都中野区長及び接種担当医師が、被害児(34の1)については、接種担当医師が、いずれも予防接種実施規則に定める接種方法に違反して、複数ワクチンの同時接種の立案、その実施と過量接種をした過失が認められる。右実施主体は、被告国の機関委任事務の遂行として、また、各接種担当医師は、いずれも特別公務員の立場にあつたものであるから、被告国は、国家賠償法1条による責任がある。

             3、被告国には、被害児梶山桂子(15の1)、同河又典子(34の1)を除く、その余の被害児らとその両親等に対し、憲法29条3項の類推適用により、損失補償すべき責任がある。

【参照条文】       憲法29-3

             国家賠償法1

             民法415

             予防接種法(昭和28年法律第213号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和28年法律第213号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和39年法律第60号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和39年法律第60号による改正前のもの)9

             予防接種法(昭和39年法律第60号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和39年法律第60号による改正前のもの)13-1

             予防接種法(昭和36年法律第7号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和36年法律第7号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)6の2

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)9

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)11

             予防接種法(昭和39年法律第169号による改正前のもの)13-1

             予防接種法(昭和45年法律第111号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和45年法律第111号による改正前のもの)6の2

             予防接種法(昭和45年法律第111号による改正前のもの)9

             予防接種法(昭和45年法律第111号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和45年法律第111号による改正前のもの)14

             予防接種法(昭和51年法律第69号による改正前のもの)5

             予防接種法(昭和51年法律第69号による改正前のもの)9

             予防接種法(昭和51年法律第69号による改正前のもの)10-1

             予防接種法(昭和51年法律第69号による改正前のもの)14

【掲載誌】        訟務月報30巻11号2011頁

             判例タイムズ527号165頁

             判例時報1118号28頁

【評釈論文】       季刊実務民事法8号192頁

             北九州大学法政論集12巻3~4号101頁

             ジュリスト820号35頁

             ジュリスト臨時増刊838号49頁

             別冊ジュリスト95号178頁

             専修法学論集44号133頁

             東洋法学29巻2号71頁

             判例タイムズ530号9頁

             判例タイムズ539号20頁

             判例タイムズ539号41頁

             判例タイムズ546号10頁

             民事研修338号31頁

 

       主   文

 

 一 被告は、別紙「認容金額一覧表」記載の各原告に対し、各原告に対応する同表「認容金額」欄記載の各金員及びこれに対する各原告に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで各年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

 二 原告らのその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は被告の負担とする。

 四 この判決は、第一項記載の認容金額につき各三分の一の限度において仮に執行することができる。

 

       事   実

 

第一節 当事者双方の求めた裁判

第一 請求の趣旨

 一 被告は、請求の趣旨末尾添付の請求金額一覧表記載の各原告に対し、各原告に対応する同表「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する各原告に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。

 三 仮執行の宣言。

第二 請求の趣旨に対する答弁

 一 原告らの請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は原告らの負担とする。

 三 担保を条件とする仮執行の免脱宣言。

第二節 当事者双方の主張

第一 請求の原因

 一 当事者

 請求の原因末尾添付の原告主張一覧表(一)ないし(四八)及び(五○)ないし(六三)(以下「原告主張一覧表」という)の「接種の状況」欄の「被害児」欄記載の各被害児(以下「各被害児」という)は、いずれも「接種の状況」欄記載のとおり、「ワクチンの種類」欄記載の各ワクチン(以下「本件各ワクチン」という)の予防接種(以下「本件各接種」という)を受けた者であり、原告主張一覧表「両親欄」記載の者は、いずれも、各被害児の両親である。

 二 事故の発生

 各被害児は、原告主張一覧表「接種後の状況」及び「現在の症状」欄記載のとおり、本件各接種を受けた後、死亡し、あるいは重篤な後遺障害を有する(以下「本件各事故」という)に至つた。

 三 因果関係

 1 本件各ワクチンの接種により、時として死亡または脳炎・脳症等の重大な後遺障害が発生することがあることは、広く知られている。

 2 なお、ポリオ生ワクチンの接種によつては、脳炎・脳症は起こり得ないとの見解もあるが、ポリオ生ワクチンはサルの腎細胞にウイルスを培養したもので、これに抗生物質その他の保存剤等を加えて作られるものであつて、このワクチン液に他の微生物が含まれないという保障は全くなく、また、経口投与されたワクチン液のポリオウイルスが、腸内で増殖し、これにより腸壁に多量のヒスタ・・・ン等の化学的媒介物が産生され、血液を介して全身に広がることは充分あり得ることであり、これらの過程のなかでなんらかの物質が即時型アナフイラキシーとしての脳症を招く引き金になり、遅延型アレルギーを引きおこす原因になることは充分あり得ることである。

 3 また、インフルエンザワクチンの接種によつては、アレルギー性脳炎が起こることは考え難いとの見解もあるが、米国において、Aニユージヤージー型(いわゆるブタ型)インフルエンザについて行われた予防接種によつて、遅延型アレルギー反応である末梢神経の多発神経炎(ギラン・バレー症候群)が発生したことが確認されており、遅延型アレルギー反応が、末梢神経に多発神経炎という型で現われる場合には、いわゆるギラン・バレー症候群となり、脳に現われる場合には脳炎となるのであるから、ブタ型インフルエンザワクチンにより末梢神経に多発神経炎が発生する以上、陣じ発生機序にもとづくアレルギー性脳炎が脳に発生する蓋然性はきわめて高いものと言える。そして、ブタ型インフルエンザワクチンについて遅延型アレルギー反応(末梢神経の多発性神経炎)の発生があるならば、ふ化した卵の尿膜腔液で同じ製法により製造され、その化学的成分も変るところのない他の型のインフルエンザワクチンからも、同様のアレルギー性反応が発生すると考えるのが自然科学的にはごく自然である。

 4 ところで、ワクチン接種と重篤な副反応との因果関係は、以下の四つの要件が満たされるときは、これを肯定すべきである。

 (1) ワクチン接種と予防接種事故とが、時間的、空間的に密接していること。

 時間的密接性とは、発症までの時間(潜伏期)が一定の合理的期間内におさまつていることを意味するが、ワクチンによる神経性障害の三つの型(急性脳症型、ウイルス血症型、遅延型アレルギー反応型)により異なり、更に被接種者の個体差があるため一定の時間を頂点に自然曲線をえがき、従つて長短一定の幅があることが認識されなければならない。更に免疫学と神経病理学の双方の総合考慮やワクチンの接種が経口であるか、皮下接種であるかも潜伏期間を考慮する上で必要である。以上のような時間的密接性はまた、脳、背髄、末梢神経等のうちどの部位が侵されるかによつても変わるのである(空間的密接性)。

 (2) 他に原因となるべきものが考えられないこと。

 これは、他の原因が、一般的抽象的に考えうるというのでは足りず、具体的に存在したことが明らかであり、かつその原因と障害との間の因果の関係も明らかとなつているものでなければならない。

 (3) 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと。

 この要件は、(1)、(2)の要件程に重要ではないが、従前全く見られなかつた症状が強烈に現われるということである。

 (4) 事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること。

 これは、事故発生のメカニズムについての知見が既存の科学的知見と整合し、それらによつて説明されうるということである。

 (5) 右の考え方に従つて考察すれば、本件各事故は、いずれも右四つの要件を満たすものであり、本件各接種に起因するものであることが認められる。

 なお、各被害児についての個別的因果関係の存在は、原告主張一覧表「因果関係」欄記載のとおりである。

 四 責任

 1 安全確保義務違反による債務不履行責任

 (一) 本件各接種には、原告主張一覧表「接種の状況」欄の「接種の性質」及び「実施主体」欄記載のとおり、以下の四つの場合がある。

 (1) 本件各接種の各実施当時施行されていた予防接種法(以下「法」という)五条所定の定期の予防接種につき、被告国の機関委任事務として、市町村長(但し、昭和三九年七月一一日法律第一六九号による予防接種法の改正前においては、東京都の区の存する区域にあつては保健所長であり、右改正後は、区長を含む。以下、市町村長、保健所長、区長の総称として単に「市町村長等」という。)が実施するものを受けた場合(以下「法五条所定の接種」という)。

 (2) 法六条の二により、定期の予防接種を受けるべき者が、その定期の期間内に市町村長等以外の者(本件各接種においては開業医)が実施する当該予防接種を受けた場合(以下「法六条カ二所定の接種」という)。

 (3) 法九条により、疾病その他やむを得ない事故のため定期の期間内に予防接種を受けることができなかつた者が、その事故の消滅後一月以内に(被告国の機関委任事務として市町村長等が実施し、あるいは開業医が実施する)当該予防接種を受けた場合(以下「法九条所定の接種」という)。

 (4) 特定疾病の感受性対策として、被告国の行政指導に基づき、地方公共団体が、特定の年齢群、集団等に対し、接種を勧奨、実施する予防接種を受けた場合(以下「勧奨接種」という)。

 (二) 法五条所定の接種、法六条の二所定の接種、及び法九条所定の接種は、いずれも被告国が、法三条により何人に対してもその接種を受け、または受けさせる義務を課し、これに違反した場合には法二六条により刑事罰を課して接種を強制しているものにつき、各被害児がその義務の履行として接種を受けたものであり、また、勧奨接種は、被告国の行政指導に基づき地方公共団体が接種を強く勧奨し、これにより各被害児の両親は、法律上の強制と同視しうる程の心理的強制を受け、各被害児に接種を受けさせたものである。

 (三) 右によれば、被告国と本件各接種の被接種者である各被害児との間には、本件各接種を受けたことにより、法律あるいは行政行為に基づく特別密接な社会的接触関係が生じたものである。

 (四) ところで、予防接種に関する以下の諸事実、即ち、ワクチンは病原微生物を弱毒化ないし不活化したものあるいは病原微生物が産出する毒素であり、人体に害作用を及ぼす危険性の高い劇薬であつて、予防接種には常に事故発生の危険が存在すること、一旦事故が発生するやその被害は極めて重篤であり、死亡や脳炎等回復不能な重大な結果をもたらすこと、予防接種によつて右のような重大な被害が発生することは、本件各事故中最も古い接種時である昭和二七年以前より、古くから医学界及び公衆衛生行政当局によつて知られていたもので、被告国は予防接種によつて現実に被害が発生している事実を認識し、本件事故に見られるごとき被害が発生する蓋然性をあらかじめ予見しながら、あえて予防接庸を実施していたものであること、他方、右のような重大な危険を伴うにもかかわらず、予防接種は、医療上の治療行為とは異なり、被接種者が現実に病気に罹患している場合に、その生命・身体に対する現実の危険を排除するためになされるものではなく、公衆に免疫を付与することによつて将来伝染病が発生した場合にそのまん延を防ぐため、いわば将来の不確定な危険をあらかじめ回避するためになされるものにすぎず、医療上の治療行為の場合には、生命・身体のより重大な具体的危険を排除するため生命・身体のある程度の危険をおかしてまで治療を行うことが許される余地があるが、予防接種の場合には、現実に伝染病が流行している場合に緊急避難として許される余地が考えられる以外に、このような考え方が許容される余地は全くなく、予防接種を実施するにあたつては、万が一にも、被接種者に死亡あるいは重篤な障害を発生させることがあつてはならないこと、接種を受ける国民は接種の安全を確保すべき能力、手段を全く持たず、被告国が完全に安全を保証してくれるとの絶大な信頼のもとに予防接種を受けるほかないのに対し、被告国は、伝染病予防という行政目的を実現するために、組織的に予防接種を行うものであり、予防接種の安全確保につき、人的、物的にも最高水準の科学を最も良く活用でき、これに関する情報を独占できる立場にあること、強制によりなされる予防接種の場合には、国民は、法律上接種を受けるよう強制されているのであるから、国民が予防接種の安全性を自主的に判断して、接種による事故の危険を回避することは、そもそも全く不可能であり、また、勧奨によりなされる予防接種の場合も、国民は接種の安全性を自主的に判断することはできず、被告国の公衆衛生事業に協力すべき義務感のもとに、被告国の行政指導に基づき地方公共団体が行う勧奨に応じて接種を受けることになるのが実情であること、等の諸事実に照らせば、被告国は、前記被接種者との間の法律ないし行政行為に基づく特別密接な社会的接触関係に基づき、被接種者に対し、接種により生命・身体を侵害する事故が発生することのないよう、あらゆる人的・物的設備を動員して調査、研究等に全力を尺し、接種の実施にあたつては常に最高水準の安全性を確保すべき最高度の注意義務(債務)を負つていたものである。

 (五) しかるに、被告国は、右債務の履行を怠り、その結果、本件各事故を惹起させたものである。

 2 厚生大臣の故意または過失による国家賠償法一条の責任

 (一) 被告国は、衛生行政の最高機関として厚生省を設置し、同省は、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を図ることを任務とし、国民の保健、薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負つているものであり、厚生大臣は、衛生行政の主務大臣として、同省の事務を統括しているものである。

 (二) 厚生大臣は、本件各接種のなかで、法五条所定の接種及び法九条所定の接種のうち実施主体が市町村長等であるものにつき、被告国の機関委任事務として、市町村長等をしてこれを実施させていたものであつて、その遂行を統括し、これを指揮監督するという公権力の行使に当つていたものである。

 (三) また、本件各接種のなかで、法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種のうち実施主体が開業医のものは、いずれも法三条により何人もその接種を義務付けられ、法二六条によりこれに違反した者は刑罰を科せられるとされている予防接種につき、法五条所定の市町村長等が実施する接種を受けなかつた者が、これに代るものとして、接種義務の履行のために接種を受けた場合であるから、厚生大臣としては、これらの予防接種についても、実施主体の開業医に対し、これらが行う予防接種を監督、指導するという公権力の行使に当つていたものである。

 (四) 更に、本件各接種のうち、勧奨接種については、厚生省公衆衛生局長あるいは厚生省事務次官が、都道府県知事(指定都市市長を含む場合もある)宛に勧奨接種の実施を指示した通達をなし、これに基づき各地方公共団体が国民に対して接種を勧奨し、これを実施していたものであつて、厚生大臣は、厚生省衛生局長あるいは厚生省事務次官をして、右通達をなさしめて勧奨接種の実施につき行政指導を行い、その実施を監督、指導するという公権力の行使柏当つていたものである。

 (五) 厚生大臣は、前記の各公権力の行使たる職務を執行するにつき、以下のとおりの故意または過失があり、その結果、本件各事故を惹起させたものである。

 (1) 未必の故意

 厚生大臣は、予防接種の施行により一定の確率で死亡または回復不能の重大な後遺障害が発生することを認識しながら、それをやむを得ないものとして、本件各接種を各実施主体に実施させていたものであり、その結果、各被害児に対し、予想された本件各事故を惹起させたものであつて、このことは、厚生大臣が、前記各公権力の行使たる職務の執行につき、本件各事故の発生について未必の故意を有していたものである。

 (2) 推定される過失(過失の立証責任の転換)

 緊急避難が成立するような例外的な場合をのぞき、伝染病予防という公衆衛生の目的のために個人の生命・身体が犠牲にされることは絶対的に許されないものであり、厚生大臣としては、前記各公権力の行使たる職務を執行するにつき、予防接種により死亡又は重篤な障害が万一にも発生することのないよう万全の注意を尽すべき最高度の注意義務を負つていたものであるから、予防接種によつて事故が発生した場合には、それだけで厚生大臣の右公権力の行使たる職務の執行につき何らかの過失があつたものと推定されるべきである。

 また、予防接種は、その全過程を被告国が管理し、被告国が組織的に実施するものであり、また予防接種の実施過程に過失があつたか否かは、被告国のみがよくこれを知りうる立場にあり、更に、予防接種事故の原因の究明は高度に専門的な医学上の調査、研究を要することがらであつて、高度の専門的調査、研究能力を有し、知識や情報を独占する被告国のみがその原因を明らかにすることができるものであり、一私人にすぎない原告らには予防接種上の過誤を明らかにする能力や知識・情報は皆無に等しいから、このような実態のもとで、原告らに厳格な過失の立証責任を負担させることは、被害救済の途を閉ざすこととなり、著しく正義、公平の理念に反する結果となる。従つて、この点からも過失の推定が肯定されるべきである。

 以上により、本件各事故の発生により、厚生大臣の前記各公権力の行使たる職務の執行につき過失があつたことが推定され、過失の立証責任が転換されるから、被告国が、厚生大臣の職務執行に過失がなかつたことについて立証責任を負うことになる。

 (3) 具体的過失

 厚生大臣が前記各公権力の行使たる職務を執行するについて、予防接種事故を発生させる危険性、蓋然性を有する注意義務違反があつたときは、右職務執行に関して、事故発生についての過失(当該注意義務違反と結果との因果関係、結果の予見可能性、結果の回避可能性等)があつたことが事実上推定されるところ、厚生大臣は、本件各接種に関し、前記各公権力の行使たる職務を執行するについて、予防接種事故発生の危険性、蓋然性を有する以下のとおりの六つの注意義務違反があつた。

 (1) 実施すべきでない接種を実施させた過失

 (a) 腸チフス・パラチフスワクチン接種を実施させた過失

 腸チフス・パラチフス予防接種は、昭和二三年の法制定時に生後三六月から四八月を第一回として以後六○歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされた。しかし、腸チフス・パラチフスは経口感染する消化器系伝染病であり、上・下水道の整備をはじめとする環境衛生の改善によつて感染経路を切断する感染経路対策が、流行を防止するもつとも有効・適切な防疫対策であり、また、特効薬(抗生物質クロラムフエニコール)による治療法も確立され、昭和二〇年代後半には既に一般化されており、腸チフス・パラチフスは治療可能な疾病となつていた。他方、腸チフス・パラチフスワクチンの有効性には疑問が提起され、反面、副作用の激しさについては定評があり、昭和二二年以降昭和四〇年までの問に厚生省に報告のあつた接種後死亡例だけでも、五四例に及んでいた。

 従つて、腸チフス・パラチフスワクチンは、全国民を対象とする定期強制接種をすべきワクチンではなく、例えば、少なくとも被害児幸一郎(一六のごが接種をうけた昭和三五年四月六日までには定期強制接種を廃止すべきものであつたから、厚生大臣としては、本件各接種当時、被告国の機関委任事務として、市町村長等をして、腸チフス・パラチフスワクチンにつき法五条所定の接種を行わせるべきではなかつたものである。

 しかるに、厚生大臣は、漫然と右接種を実施させていたものであり、この点につき過失があつた。

 (b) インフルエンザワクチン接種を実施させた過失

 インフルエンザに罹患しても、心臓疾患、糖尿病等の基礎疾患を有する者や高齢者等以外の者は、個人あるいは医師の注意で大事には至らないものであり、インフルエンザ自体は、一般的には良性の感染症であつて、地球上で集団生活をする以上、避け難い疾患であり、気道感染をおこす病原体の中でインフルエンザウイルスが占める役割は大きくない。他方、インフルエンザワクチンは、あまり予防効果ないしその持続性がなく、そのうえ、流行ウイルスの抗原性が毎年変化するため流行ウイルスに完全に一致するワクチンを用意することは不可能であるから、予防接種によつてインフルエンザの流行を制圧することは不可能である。従つて、インフルエンザワクチンは、広く一般に用いられるべきワクチンとしての条件を欠いているものであり、インフルエンザに罹患することによつて生命・身体に重大な影響を生じるおそれのある者(ハイ・リスク・グループ)に対してのみなされるべきものであつて、一般人に対して一律集団接種を行うことは有害ですらある。

 従つて、厚生大臣としては、本件各接種当時、地方公共団体に対し、小、中学校の児童、生徒を中心とする一般人に対する一律集団接種を勧奨し、これを実施させるような行政指導を行うべきではなかつたものである。

 しかるに、厚生大臣は、昭和三二年以降毎年、厚生省公衆衛生局長をして、都道府県知事及び指定都市市長宛に、当該年度における「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達を発して勧奨接種実施方を行政指導し、都道府県知事等は、右通達の一部を構成する「インフルエンザ特別対策実施要領」に基づき接種方を市町村に指示し、市町村はこれを受けて国民に通知を発して、昭和三六年までは、小、中学生等流行拡大の媒介者となる者、乳幼児・老齢者等致命率の高い者、警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々を対象に、昭和三七年以降は、流行増幅の場である人口密度の高い地域を中心とした保育所、幼稚園、小、中学校の児童を対象に、集団の勧奨接種を行つていたものであつて、厚生大臣の右行政指導に過失があつた。

 (c) 種痘接種を実施させた過失

 わが国において痘そうはすでに戦前に非常在化(外国から持ち込まれる以外国内で発生することはない)していたが、昭和二一年、引揚者、復員兵の帰還等によつて国内にもち込まれ、患者一万七、九五四名、死者三、○二九名の発生をみた。しかし翌二二年には患者は三八六人と激減し、法が制定された同二三年には患者二九人、死者三人となり流行は終憶し、昭和二七年以降、死者はなく、同三一年以降患者の発生もない。昭和四八年同四九年に各一例の移入があつたが、二次感染もなく治癒している。昭和二一年の患者及び死者の増加は、戦後の混乱期の一時的な現象であり、わが国は昭和二五年には完全に非常在国になつたということができる。非常在国においては、防疫関係者及び医療関係者以外の一般

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豊胸用組成物に関する特許侵害が争われた知財高裁令和7年

法学教室2025年8月号             損害賠償請求控訴事件

知的財産高等裁判所判決/令和5年(ネ)第10040号

令和7年3月19日

【判示事項】      1 医師が、被施術者から採取した血液を原材料とする豊胸手術用混合薬剤を製造した行為が、豊胸用組成物に関する特許発明の実施に当たるとされた事例

            2 人間から採取したものを原材料とし、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明に係る特許が、特許法29条1項柱書の「産業上利用することができる発明」の要件に違反されて特許されたものとはいえないとされた事例

            3 豊胸用組成物の特許発明は、特許法69条3項の「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」に当たらないとされた事例

【参照条文】      特許法29-1柱書

            特許法36-6

            特許法69-1

            特許法69-3

            特許法70-1

            特許法70-2

            特許法102-2

            特許法102-3

            民法709

【掲載誌】       LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】      知財ぷりずむ272号42頁

            知財ぷりずむ274号1頁

            ジュリスト1612号8頁

            発明122巻8号31頁

            Law&Technology109号87頁

 

       主   文

 

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は、控訴人に対し、1503万2196円及び別紙1認容額一覧表の「認容額」欄記載の各金額に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年3%の割合による金銭を支払え。

 3 控訴人の当審におけるその余の追加請求を棄却する。

 4 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを8分し、その7を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

 5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴の趣旨

  (1) 原判決を取り消す。

  (2) 被控訴人は、控訴人に対し、1億円及び別紙2請求額一覧表の「各月請求額」欄記載の各金額に対する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から支払済みまで年3%の割合による金銭を支払え(控訴人は、当審において、原審における元本1000万円及びこれに対する遅延損害金の請求を、このように拡張した。)。

 2 控訴の趣旨に対する答弁

  (1) 本件控訴を棄却する。

  (2) 控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

第2 事案の概要

   本判決の本文中で用いる略語の定義は、本文中で別に定めるほか、別紙3略語一覧のとおりである。また、本判決において、特許法を「法」という。

 1 請求の要旨

   控訴人は、発明の名称を「皮下組織および皮下脂肪組織増加促進用組成物」とする本件特許の特許権者である。被控訴人は、医師であって、令和元年頃から令和4年頃にかけて、本件クリニックにおいて、豊胸手術等の美容医療サービスを提供していた者である。

   本件は、被控訴人が平成31年(令和元年)から令和4年3月10日(訴え提起の日)までの間、血液豊胸手術に用いるために複数の薬剤を調合して一の薬剤としたことは本件特許権を侵害する行為に当たるとして、控訴人が、原審において、民法709条に基づき、被控訴人に対し、損害賠償金1000万円及びこれに対する令和4年4月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 2 原審の判断

   原審は、被控訴人が複数の薬剤を調合して本件発明の技術的範囲に含まれる薬剤を製造したとは認められないとして、控訴人の請求を棄却した。

 3 控訴の提起と請求の拡張

   控訴人は、原判決を不服として控訴を提起し、当審において、被控訴人が複数の薬剤を調合して一の薬剤とすることに加えて、被控訴人が複数の薬剤を別々に被施術者に注射して体内においてこれらの薬剤を混ざり合わせることも、本件特許権(又は独占的通常実施権)を侵害する行為であると主張を追加した。また、控訴人は、当審において、請求の対象期間を平成31年1月1日から令和6年5月24日までとした上で、損害賠償金1億円(ただし、具体的主張としては、少なくとも令和2年5月から令和3年7月にかけて受けた損害額と主張する2億2269万7768円の一部請求)及びこれを各月に発生した損害額に応じて割り付けた額に対する当該月末日の翌日(翌月1日)から支払済みまでの民法所定の年3%の割合による遅延損害金の請求(第1の1(2))へと拡張し、法102条2項又は3項の適用を主張する。

第3 前提事実

 1 本件特許権等

  (1) 本件特許及び本件発明(甲2)

    本件特許は、Aが、平成24年2月24日、A自身を発明者として特許出願し、平成25年1月25日に設定登録がされたものである。

    本件発明(特許請求の範囲の請求項4記載の発明のうち、請求項1記載の発明を引用する発明)は、次のとおりである。

    「自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする、豊胸のために使用する、皮下組織増加促進用組成物。」

  (2) 本件特許権の帰属等(甲1、16、乙10)

    控訴人は、医療機器の販売・賃貸等を目的とする株式会社である。

    控訴人は、Aから本件特許権の譲渡を受け、平成26年11月12日付けで、その移転登録がされた。

    本件特許権については、令和3年1月25日を納付期限の末日とする第9年分の特許料不納付を原因として、令和4年7月13日に抹消登録がされたが、錯誤発見を原因として、令和5年1月10日に回復登録がされた。このため、法112条の3第2項1号の規定により、本件特許権の効力は、令和3年7月26日から令和5年1月9日までの間にされた本件発明の実施行為には及ばない。

 2 被控訴人の行為等(甲3、4、9、乙31、40、41)

   医師である被控訴人は、令和元年6月10日に本件クリニックを開設し、令和4年10月頃までのうちの一定の期間、同所において、「無細胞プラズマジェル」を用いた「3WAY血液豊胸」という名称の本件手術を提供していた。被控訴人が本件手術に用いていた薬剤の成分のうち、「トラフェルミン(販売名:フィブラスト)」は本件発明の「塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)」に、「イントラリポス」は本件発明の「脂肪乳剤」に相当する。

 3 債権譲渡通知(甲30(以下、特記しない限り、書証の枝番号の表記は省略する。)、弁論の全趣旨)

   Aの代理人弁護士は、令和6年5月22日、被控訴人に対し、Aのためにすることを示して、被控訴人による本件特許権侵害を理由とするAが有する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権並びにこれらに対する利息請求権を控訴人に全て譲渡した旨の通知をした。

第4 争点

 1 構成要件充足性に関する争点

   本件では、主要な争点の一つとして、被控訴人が本件手術に用いる薬剤を製造したことが、本件発明の実施行為としての「生産」に当たるかが問題となっている。

   そこで、まず、①被控訴人が用いた薬剤の一成分である「無細胞プラズマジェル」が本件発明の「自己由来の血漿」に相当するか(争点1-1)が問題となる。

   次に、事実認定上の争点として、被控訴人による本件手術の態様に争いがあり、②被控訴人が、本件手術に用いる薬剤として、被施術者に投与する前に、血漿、トラフェルミン及びイントラリポスという三成分を混合した一の薬剤(組成物)を製造したか(争点1-2)が問題となる。

   被控訴人は、本件手術の態様として、血漿及びトラフェルミンを含む「A剤」と、イントラリポスを含む「B剤」とを別々に被施術者に投与していたと主張するが、仮に本件手術がこのような態様であったと認められるとしても、被施術者の体内で「A剤」と「B剤」とが混ざり合うから、③被控訴人が「A剤」と「B剤」とを別々に被施術者に投与することが、本件発明に係る組成物の「生産」に当たるか(争点1-3)が問題となる。

 2 特許有効性に関する争点

   被控訴人は、特許無効の抗弁(法104条の3)を提出する。

   本件発明は「豊胸用組成物」という「物の発明」として特許されている。しかし、被控訴人は、当該組成物について、その製造のために被施術者の体内(人体)から血液を採取する必要がある上、これをそのまま被施術者の皮下(人体)に投与することが前提となっているから、本件発明は、「物の発明」の形でありながら、実質的には「豊胸手術のための方法の発明」であり、現に、被控訴人が行う医療行為である本件手術が実質的に特許権行使の対象になっていると主張する。

   そこで、①本件発明に係る特許は、産業上の利用可能性の要件(法29条1項柱書き)に違反した無効理由があるか(争点2-1)が問題となる。

   また、被控訴人は、本件特許の無効理由として、②サポート要件違反(争点2-2)及び③明確性要件違反(争点2-3)も主張する。

 3 特許権の効力が及ばない範囲に関する争点

   被控訴人は、本件特許権の効力は、被控訴人の行為には及ばないと主張する。具体的には、①試験又は研究のための実施の免責規定(法69条1項)の適用(争点3-1)、②調剤行為の免責規定(同条3項)の適用(争点3-2)及び③権利の濫用等(争点3-3)を主張し、その適否が問題となる。

 4 損害に関する争点

   被控訴人による本件特許権(又は独占的通常実施権)の侵害が認められたときは、被控訴人が賠償すべき損害額が問題となる。控訴人は、まず法102条2項による損害額の計算を主張するから、本件において同項が適用されるかが問題となる(争点4-1)。また、控訴人は、選択的に、同項により算定される損害額のほか、同条3項により算定される損害額も主張するから、これらの算定による損害額(争点4-2)が問題となる。

第5 当事者の主張

 1 争点1-1(「無細胞プラズマジェル」は本件発明の「自己由来の血漿」に相当するか)について

 (控訴人の主張)

   本件明細書等には、本件発明の「血漿」の意義は定義されていない。明細書の技術用語は学術用語を用い、用語はその有する普通の意味で使用するとされているから、生化学分野における辞書等を参照すると、「血漿」とは、「血液から赤血球その他の細胞成分を取り除いた液体」、「血液中から血球を取除いた成分」とある。被控訴人が用いていた「無細胞プラズマジェル」は、被施術者から採取した血液を遠心分離して細胞成分を完全に除いた血漿というのであるから、本件発明の「自己由来の血漿」に相当する。

   被控訴人は、出願時における出願人の意見書等(乙3、4)に基づき、本件発明の「自己由来の血漿」は「乏血小板血漿(PPP)」に限定して解釈されるべきであり、被控訴人が本件手術で使用していた「無細胞プラズマジェル」は、細胞成分を完全に除いた血漿(NCP)から製造したものであるから、本件発明の「血漿」に当たらないと主張する。しかし、上記の出願人の意見は、本件発明の実施態様の一つである乏血小板血漿(PPP)と引用文献に記載された多血小板血漿(PRP)とは区別される旨を述べるにとどまり、「自己由来の血漿」が「乏血小板血漿(PPP)」に限定されるとは述べていない。かえって、「血漿」につき、「血液から血球成分である赤血球、白血球並びに血小板を取り除いた血液に含まれる液体成分である」と述べており、これは控訴人の上記解釈に整合的である。したがって、被控訴人の解釈は誤りである。

 (被控訴人の主張)

   審査時に出願人が提出していた意見書等(乙3、4)には、出願人の意見として、「本願発明の血漿は、血液から血球成分である赤血球、白血球並びに血小板を取り除いた血液に含まれる液体成分である乏血小板血漿(PPP:Platelet Poor Plasma)であり、乏血小板血漿とは血小板を殆ど含まない血漿である」との記載がある。したがって、本件発明における「自己由来の血漿」とは「乏血小板血漿(PPP)」のみを意味すると限定して解釈されるべきである。被控訴人が用いていた「無細胞プラズマジェル」は、被施術者から採取した血液を遠心分離して細胞成分を完全に除いた血漿(NCP)から製造されるものであって、血小板が残っているPPPとは異なるから、本件発明の「自己由来の血漿」には当たらない。一般に、豊胸手術にPPPを用いると、施術後にしこりが発生することが知られているため、被控訴人は本件手術にPPPを用いていない。

 2 争点1-2(被控訴人は、血漿、トラフェルミン及びイントラリポスを混合した組成物を製造したか)について

 (控訴人の主張)

  (1) 次に述べる事情を総合すると、被控訴人は、血漿、トラフェルミン及びイントラリポスを混合して一の薬剤とし、これを被施術者に投与していたことが認められる。

   ア 本件手術に用いた成分を記録していた薬剤ノート(甲29、乙60、62)は、被控訴人が本件手術前に被施術者の状態をみてどの薬剤を入れるかを指示し、これに基づき看護師又は准看護師が記載した上で調合のために利用していたものであるが、同薬剤ノートは、被施術者ごとに、「血液」、「ガナハ」(ヒアルロン酸)、「フィブラスト」(トラフェルミン)、「AAPE」(成長因子)、「イントラ」(イントラリポス)、「メルス」(プラセンタ)、「抗」(抗生物質)の順で成分の分量が記載されており、被控訴人の主張によるとB剤として別剤となるはずの「イントラ」が、特に区別して記載されていない。これは、薬剤ノートに記載された成分があらかじめ全て混合された上で被施術者に投与されていたことを強く推認させるというべきである。

   イ 被控訴人は、本件クリニックのウェブサイトにおいて「INJECTION 注入薬剤について…当院では無細胞プラズマジェルに加えて成長因子と乳化剤を組み合わせております。」と、これらの成分が混合されている趣旨の説明をしている(甲3)。

   ウ 被控訴人は、本件手術を実際に受けたBに対し、「自己の血液を…採取し、血球成分を除去したものをジェル化し、胸に戻し豊胸する手術です…充填剤として成長因子と一部ヒアルロン酸製剤と栄養剤等を含む薬剤を使用します」、「乳房再生豊胸ではトラフェルミン○Rを使用しますが、この薬剤に含まれるエデト酸によるアレルギーがあります。また、イントラリポスには…卵黄からの脂質が含まれ、アレルギーを起こすことが知られています」等との記載がある「注入式豊胸手術承諾書および申込書(誓約書)」用紙や説明書面を交付している。また、Bは、本件手術の内容が、被控訴人主張のように、血漿と成長因子等からなるA剤と乳化剤・栄養剤等からなるB剤を別々に投与したというものとは全く異なっていたと陳述する(甲6)。

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