懲戒処分差止訴訟と義務不存在確認訴訟 最高裁平成24年
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国歌斉唱義務不存在確認等請求事件
最高裁判所第1小法廷判決/平成23年(行ツ)第177号、平成23年(行ツ)第178号、平成23年(行ヒ)第182号
平成24年2月9日
【判示事項】 1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる場合
2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められた事例
3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについていわゆる無名抗告訴訟としては不適法であるとされた事例
4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについて公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益があるとされた事例
【判決要旨】 1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する。
2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて,次の(1),(2)など判示の事情の下では,行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
(1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。
(2) 上記職務命令に従わない教職員については,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に,おおむね,その違反が1回目は戒告,2,3回目は減給,4回目以降は停職という処分量定に従い,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険がある。
3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,上記職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起することができ,その本案において当該義務の存否が判断の対象となるという事情の下では,上記懲戒処分の予防を目的とするいわゆる無名抗告訴訟としては,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法である。
4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,次の(1),(2)など判示の事情の下では,上記職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,確認の利益がある。
(1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。
(2) 上記職務命令に従わない教職員については,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険がある。
(1~4につき補足意見がある。)
【参照条文】 行政事件訴訟法3-7
行政事件訴訟法37の4-1
地方公務員法29-1
行政事件訴訟法37の4-2
行政事件訴訟法3-1
行政事件訴訟法4
地方公務員法40-1
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集66巻2号183頁
裁判所時報1549号62頁
判例タイムズ1371号99頁
判例時報2152号24頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 ジュリスト1452号98頁
ジュリスト1453号51頁
別冊ジュリスト212号440頁
判例時報2178号140頁
法学教室390号付録9頁
法曹時報67巻7号199頁
民商法雑誌148巻1号72頁
労働法律旬報1768号22頁
主 文
本件各上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
第1 本件の事実関係等の概要
1 本件は,東京都立の高等学校又は特別支援学校(平成19年3月以前は盲学校,ろう学校又は養護学校。以下,東京都立の高等学校を含むこれらの学校を併せて「都立学校」という。)の教職員として勤務する在職者(音楽科担当の教職員を含む。)及び勤務していた退職者である上告人らのうち,在職者である上告人らが,平成16年法律第84号(以下「改正法」という。)による改正前の行政事件訴訟法(以下「旧行訴法」という。)の下で被上告人東京都教育委員会(以下,被上告人としては「被上告人都教委」といい,処分行政庁としては「都教委」という。)を相手とし,上記改正後の行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の下で被上告人東京都を相手として,それぞれ,① 各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認を求め,② 上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止めを求めるとともに,上告人ら全員が,被上告人東京都を相手として,上記の起立斉唱及びピアノ伴奏に関する都教委の通達及び各所属校の校長の職務命令は違憲,違法であって上記通達及び職務命令等により精神的損害を被ったとして,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の損害賠償を求める(以下,この請求を「本件賠償請求」という。)事案である。
上記①の確認の訴え及び上記②の差止めの訴えに関しては,上記職務命令に基づく上記義務の不存在の確認を求める趣旨の訴え及び上記職務命令に従わないことを理由とする懲戒処分の差止めを求める趣旨の訴えとして第1審が各請求を認容した部分が,控訴の対象とされ,原審の訴え却下の判断及び上告を経て,当審の審理の対象とされている。以下,上記①の確認の訴えのうち当審の審理の対象である前者の趣旨の訴えを「本件確認の訴え」といい,上記の②の差止めの訴えのうち当審の審理の対象である後者の趣旨の訴えを「本件差止めの訴え」という。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は,第4章第2C(1)において,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め,同章第3の3において,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」について,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めており,現行の学校教育法52条及び学校教育法施行規則84条の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成21年文部科学省告示第34号)も,第5章において同様の内容を定めている。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの)は,第4章において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めており,現行の学校教育法77条及び学校教育法施行規則129条の規定に基づく特別支援学校高等部学習指導要領(平成21年文部科学省告示第37号)も,第5章において同様の内容を定めている(以下,上記改正の前後を通じて高等学校学習指導要領を含むこれらの学習指導要領を併せて「学習指導要領」という。)。
(2) 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,都立学校の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,① 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,② 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること,③ 教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること等を通達するものであった。
(3)ア 都立学校の各校長は,本件通達を踏まえ,その発出後に行われた平成16年3月以降の卒業式や入学式等の式典に際し,その都度,多数の教職員に対し,国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の職務命令を発し,相当数の音楽科担当の教職員に対し,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを命ずる旨の職務命令を発した(以下,将来発せられるものを含め,このような職務命令を併せて「本件職務命令」という。)。
イ 都教委は,平成16年3月の都立学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員及びピアノ伴奏をしなかった教職員合計173名に対し,同月30日,同月31日及び同年5月25日,職務命令違反等を理由に戒告処分をした。また,都教委は,同年3月の都立学校並びに東京都の市立中学校及び市立小学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令又はこれと同様の職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員合計20名に対し,同年4月6日,職務命令違反等を理由に,19名につき戒告処分をし,過去に戒告処分1回の処分歴のあった1名につき給与1月の10分の1を減ずる減給処分をした。
ウ 都教委は,上記イを始めとして,本件通達の発出後,都立学校の卒業式や入学式等の式典において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しないなどの職務命令違反をした多数の教職員に対し,懲戒処分をした。その懲戒処分は,過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,おおむね,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職となっており,過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが,免職処分はされていない。
(4) 上告人らのうち,別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは,都立学校の教職員として勤務する在職者で,そのうち同目録2記載の上告人らは音楽科担当の教職員であり,また,同目録3及び4記載の上告人らは,都立学校の教職員として勤務していた退職者(市教育委員会に異動し又は再雇用された者を含む。)である。
3 原審は,被上告人らに対する本件確認の訴えはいずれも無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。以下同じ。)であり,被上告人らに対する本件差止めの訴えはいずれも法定抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されているものをいう。以下同じ。)としての差止めの訴えである(被上告人都教委に対する本件差止めの訴えも,改正法の施行に伴い,行訴法上の差止めの訴えに転化している。)とした上で,本件通達が,本件職務命令と不可分一体の関係にあり,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるもので,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとし,本件通達の取消訴訟又は無効確認訴訟(以下「取消訴訟等」という。)を提起してその執行停止の申立てをすれば,本件通達と不可分一体の関係にある本件職務命令に基づき起立斉唱又はピアノ伴奏をすべき公的義務(公務員の職務に係る義務をいう。以下同じ。)を課されることも当該義務の違反を理由に懲戒処分を受けることも直截に防止できるから,本件確認の訴え及び本件差止めの訴えはいずれも上告人らの主張する損害を避けるため他に適当な方法がないとはいえないなど不適法であるとしてこれらを却下し,また,本件職務命令と不可分一体の関係にある本件通達が違憲,違法であるとはいえないなどとして,本件賠償請求をいずれも棄却すべきものとした。
第2 上告代理人尾山宏ほかの各上告理由について
1 上告理由のうち憲法19条違反をいう部分について
原審の適法に確定した事実関係等の下において,都立学校の校長が教職員に対し発する本件職務命令が憲法19条に違反するものではなく,また,前記第1の2(2)のとおり都教委が都立学校の各校長に対し本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達する本件通達も,教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係る職務命令につき,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき,最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参照)。所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。
2 その余の上告理由について
論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 上告代理人尾山宏ほかの上告受理申立て理由第2部第1章について
1(1) 本件確認の訴えのうち,被上告人都教委に対する訴えは無名抗告訴訟として提起されており,他方,被上告人東京都に対する訴えについては,別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張する。また,本件差止めの訴えのうち,被上告人東京都に対する訴えは,当初から行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えとして提起されており,旧行訴法の下で提起された被上告人都教委に対する訴えも,改正法の施行に伴い,改正法附則2条,3条により,被上告人都教委を相手方当事者としたまま行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えに転化したものと解される。
上記各訴えは,前記第1の1の当該各請求の内容等に照らすと,それぞれ,本件通達を踏まえて発せられる本件職務命令に従わないことによる懲戒処分等の不利益の予防を目的とするものであり,これを目的として,本件確認の訴えは本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求め,本件差止めの訴えは本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであると解されるところ,このような目的に沿った争訟方法としてどのような訴訟類型が適切かを検討する前提として,まず,本件通達の行政処分性の有無についてみることとする。
(2) 本件通達は,前記第1の2(2)の内容等から明らかなとおり,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号所定の学校の教育課程,学習指導等に関する管理及び執行の権限に基づき,学習指導要領を踏まえ,上級行政機関である都教委が関係下級行政機関である都立学校の各校長を名宛人としてその職務権限の行使を指揮するために発出したものであって,個々の教職員を名宛人とするものではなく,本件職務命令の発出を待たずに当該通達自体によって個々の教職員に具体的な義務を課すものではない。また,本件通達には,前記第1の2(2)のとおり,各校長に対し,本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項を示すとともに,教職員がこれに従わない場合は服務上の責任を問われることの周知を命ずる旨の文言があり,これらは国歌斉唱の際の起立斉唱又はピアノ伴奏の実施が必要に応じて職務命令により確保されるべきことを前提とする趣旨と解されるものの,本件職務命令の発出を命ずる旨及びその範囲等を示す文言は含まれておらず,具体的にどの範囲の教職員に対し本件職務命令を発するか等については個々の式典及び教職員ごとの個別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられているものと解される。そして,本件通達では,上記のとおり,本件職務命令の違反について教職員の責任を問う方法も,懲戒処分に限定されておらず,訓告や注意等も含み得る表現が採られており,具体的にどのような問責の方法を採るかは個々の教職員ごとの個別的な事情に応じて都教委の裁量によることが前提とされているものと解される。原審の指摘する都教委の校長連絡会等を通じての各校長への指導の内容等を勘案しても,本件通達それ自体の文言や性質等に則したこれらの裁量の存在が否定されるものとは解されない。したがって,本件通達をもって,本件職務命令と不可分一体のものとしてこれと同視することはできず,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるものとみることもできない。
そうすると,個々の教職員との関係では,本件通達を踏まえた校長の裁量により本件職務命令が発せられ,さらに,その違反に対して都教委の裁量により懲戒処分がされた場合に,その時点で初めて教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼす行政処分がされるに至るものというべきであって,本件通達は,行政組織の内部における上級行政機関である都教委から関係下級行政機関である都立学校の各校長に対する示達ないし命令にとどまり,それ自体によって教職員個人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第87号同43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁参照)。また,本件職務命令も,教科とともに教育課程を構成する特別活動である都立学校の儀式的行事における教育公務員としての職務の遂行の在り方に関する校長の上司としての職務上の指示を内容とするものであって,教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解される。なお,本件職務命令の違反を理由に懲戒処分を受ける教職員としては,懲戒処分の取消訴訟等において本件通達を踏まえた本件職務命令の適法性を争い得るほか,後述のように本件に係る事情の下では事前救済の争訟方法においてもこれを争い得るのであり,本件通達及び本件職務命令の行政処分性の有無について上記のように解することについて争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえない。
2(1) 以上を前提に,まず,法定抗告訴訟たる差止めの訴えとしての被上告人らに対する本件差止めの訴えの適法性について検討する。
ア 法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については,まず,一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項),すなわち,行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが,救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる。
本件差止めの訴えに係る請求は,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであり,具体的には,免職,停職,減給又は戒告の各処分の差止めを求める請求を内容とするものである。そして,本件では,第1の2(3)ウのとおり,本件通達の発出後,都立学校の教職員が本件職務命令に違反した場合の都教委の懲戒処分の内容は,おおむね,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職となっており,過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが,免職処分はされていないというのであり,従来の処分の程度を超えて更に重い処分量定がされる可能性をうかがわせる事情は存しない以上,都立学校の教職員について本件通達を踏まえた本件職務命令の違反に対しては,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の各処分)がされる蓋然性があると認められる一方で,免職処分がされる蓋然性があるとは認められない。そうすると,本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを求める訴えは,当該処分がされる蓋然性を欠き,不適法というべきである。
イ そこで,本件差止めの訴えのうち,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の各処分)の差止めを求める訴えの適法性について検討するに,差止めの訴えの訴訟要件については,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があることが必要であり(行訴法37条の4第1項),その有無の判断に当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。
行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは,国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から,そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される。したがって,差止めの訴えの訴訟要件としての上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である。
本件においては,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられ,その違反に対する懲戒処分が累積し加重され,おおむね4回で(他の懲戒処分歴があれば3回以内に)停職処分に至るものとされている。このように本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では,事案の性質等のために取消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ,その回復の困難の程度等に鑑み,本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるというべきである。
ウ また,差止めの訴えの訴訟要件については,「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと,すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。原審は,本件通達が行政処分に当たるとした上で,その取消訴訟等及び執行停止との関係で補充性の要件を欠くとして,本件差止めの訴えをいずれも却下したが,本件通達及び本件職務命令は前記1(2)のとおり行政処分に当たらないから,取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり,また,上記イにおいて説示したところによれば,本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか,懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから,本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,補充性の要件を満たすものということができる。
エ なお,在職中の教職員である前記1(1)の上告人らが懲戒処分の差止めを求める訴えである以上,上記上告人らにその差止めを求める法律上の利益(行訴法37条の4第3項)が認められることは明らかである。
オ 以上によれば,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,いずれも適法というべきである。
(2) そこで,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えに係る請求(以下「当該差止請求」という。)の当否について検討する。
ア 差止めの訴えの本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件をいう。以下同じ。)については,行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項),当該差止請求においては,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として,本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては,前記第2において説示したところによれば,本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから,当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。なお,本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。
イ また,差止めの訴えの本案要件について,裁量処分に関しては,行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項),これは,個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で,当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。
これを本件についてみるに,まず,本件職務命令の違反を理由とする戒告処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるとは解し難いことは,当小法廷が平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同24年1月16日判決・裁判所時報1547号10頁において既に判示したところであり,当該差止請求のうち戒告処分の差止めを求める請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。また,本件職務命令の違反を理由とする減給処分又は停職処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるか否かが,個々の事案ごとの当該各処分の時点における当該教職員に係る個別具体的な事情のいかんによるものであることは,当小法廷が上記平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同日判決及び平成23年(行ツ)第242号,同年(行ヒ)第265号同日判決・裁判所時報1547号3頁において既に判示したところであり,将来の当該各処分がされる時点における個々の上告人に係る個別具体的な事情を踏まえた上でなければ,現時点で直ちにいずれかの処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することはできず,本件においては個々の上告人について現時点でそのような判断を可能とするような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていないから,当該差止請求のうち減給処分及び停職処分の差止めを求める請求も上記の本案要件を満たしているとはいえない。
ウ 以上のとおり,当該差止請求は,上記ア及びイのいずれの本案要件も満たしておらず,理由がない。
(3) したがって,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち,免職処分の差止めを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができ,また,免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えを不適法として却下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法があり,論旨はその限りにおいて理由があるものの,当該差止請求は理由がなく棄却を免れないものである以上,不利益変更禁止(行訴法7条,民訴法313条,304条参照。以下同じ。)の原則により,上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく,原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。
3(1) 次に,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えの適法性について検討する。
無名抗告訴訟は行政処分に関する不服を内容とする訴訟であって,前記1(2)のとおり本件通達及び本件職務命令のいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない以上,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えは,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものと解するのが相当であり,実質的には,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴えの形式に引き直したものということができる。抗告訴訟については,行訴法において,法定抗告訴訟の諸類型が定められ,改正法により,従来は個別の訴訟類型として法定されていなかった義務付けの訴えと差止めの訴えが法定抗告訴訟の新たな類型として創設され,将来の不利益処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として法定された差止めの訴えについて「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと,すなわち補充性の要件が訴訟要件として定められていること(37条の4第1項ただし書)等に鑑みると,職務命令の違反を理由とする不利益処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としての当該職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める訴えについても,上記と同様に補充性の要件を満たすことが必要となり,特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を満たすか否かが問題となるものと解するのが相当である。
本件においては,前記2のとおり,法定抗告訴訟として本件職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを適法に提起することができ,その本案において本件職務命令に基づく公的義務の存否が判断の対象となる以上,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは,上記懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としては,法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法というべきである。
(2) 被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関し,前記1(1)の上告人らは,前記1(1)のとおり,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張するので,さらに,公法上の当事者訴訟としての上記訴えの適法性について検討する(なお,被上告人都教委に対する本件確認の訴えについては,被告適格の点で,適法な公法上の当事者訴訟として構成する余地はない。)。
上記(1)のとおり,被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関しては,行政処分に関する不服を内容とする訴訟として構成する場合には,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものであるが,本件通達を踏まえた本件職務命令に基づく公的義務の存在は,その違反が懲戒処分の処分事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生する危険の観点からも,都立学校の教職員の法的地位に現実の危険を及ぼし得るものといえるので,このような行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟として構成する場合には,公法上の当事者訴訟の一類型である公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として位置付けることができると解される。前記1(2)のとおり本件職務命令自体は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない以上,本件確認の訴えを行政処分たる行政庁の命令に基づく義務の不存在の確認を求める無名抗告訴訟とみることもできないから,被上告人東京都に対する本件確認の訴えを無名抗告訴訟としか構成し得ないものということはできない。
そして,本件では,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられており,これに基づく公的義務の存在は,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生し拡大する危険の観点からも,都立学校の教職員として在職中の上記上告人らの法的地位に現実の危険を及ぼすものということができる。このように本件通達を踏まえて処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険が現に存在する状況の下では,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大していくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは,行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとしては,その目的に即した有効適切な争訟方法であるということができ,確認の利益を肯定することができるものというべきである。したがって,被上告人東京都に対する本件確認の訴えは,上記の趣旨における公法上の当事者訴訟としては,適法というべきである。
(3) そこで,公法上の当事者訴訟としての被上告人東京都に対する本件確認の訴えに係る請求の当否について検討するに,その確認請求の対象は本件職務命令に基づく公的義務の存否であるところ,前記第2において説示したところによれば,本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから,上記訴えに係る請求は理由がない。なお,前記2(2)アのとおり,本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。
(4) したがって,被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判断は,結論において是認することができ,また,被上告人東京都に対する本件確認の訴えを不適法として却下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法があり,論旨はその限りにおいて理由があるものの,上記訴えに係る請求は理由がなく棄却を免れないものである以上,不利益変更禁止の原則により,上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく,原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。