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カテゴリ:憲法 > 労働法

懲戒処分差止訴訟と義務不存在確認訴訟 最高裁平成24年

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国歌斉唱義務不存在確認等請求事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成23年(行ツ)第177号、平成23年(行ツ)第178号、平成23年(行ヒ)第182号

平成24年2月9日

【判示事項】       1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる場合

             2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められた事例

             3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについていわゆる無名抗告訴訟としては不適法であるとされた事例

             4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについて公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益があるとされた事例

【判決要旨】       1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する。

             2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて,次の(1),(2)など判示の事情の下では,行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。

             (1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。

             (2) 上記職務命令に従わない教職員については,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に,おおむね,その違反が1回目は戒告,2,3回目は減給,4回目以降は停職という処分量定に従い,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険がある。

             3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,上記職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起することができ,その本案において当該義務の存否が判断の対象となるという事情の下では,上記懲戒処分の予防を目的とするいわゆる無名抗告訴訟としては,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法である。

             4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,次の(1),(2)など判示の事情の下では,上記職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,確認の利益がある。

             (1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。

             (2) 上記職務命令に従わない教職員については,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険がある。

             (1~4につき補足意見がある。)

【参照条文】       行政事件訴訟法3-7

             行政事件訴訟法37の4-1

             地方公務員法29-1

             行政事件訴訟法37の4-2

             行政事件訴訟法3-1

             行政事件訴訟法4

             地方公務員法40-1

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集66巻2号183頁

             裁判所時報1549号62頁

             判例タイムズ1371号99頁

             判例時報2152号24頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       ジュリスト1452号98頁

             ジュリスト1453号51頁

             別冊ジュリスト212号440頁

             判例時報2178号140頁

             法学教室390号付録9頁

             法曹時報67巻7号199頁

             民商法雑誌148巻1号72頁

             労働法律旬報1768号22頁

 

       主   文

 

 本件各上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

第1 本件の事実関係等の概要

 1 本件は,東京都立の高等学校又は特別支援学校(平成19年3月以前は盲学校,ろう学校又は養護学校。以下,東京都立の高等学校を含むこれらの学校を併せて「都立学校」という。)の教職員として勤務する在職者(音楽科担当の教職員を含む。)及び勤務していた退職者である上告人らのうち,在職者である上告人らが,平成16年法律第84号(以下「改正法」という。)による改正前の行政事件訴訟法(以下「旧行訴法」という。)の下で被上告人東京都教育委員会(以下,被上告人としては「被上告人都教委」といい,処分行政庁としては「都教委」という。)を相手とし,上記改正後の行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の下で被上告人東京都を相手として,それぞれ,① 各所属校の卒業式や入学式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱する義務のないこと及びピアノ伴奏をする義務のないことの確認を求め,② 上記国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと若しくは斉唱しないこと又はピアノ伴奏をしないことを理由とする懲戒処分の差止めを求めるとともに,上告人ら全員が,被上告人東京都を相手として,上記の起立斉唱及びピアノ伴奏に関する都教委の通達及び各所属校の校長の職務命令は違憲,違法であって上記通達及び職務命令等により精神的損害を被ったとして,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料等の損害賠償を求める(以下,この請求を「本件賠償請求」という。)事案である。

 上記①の確認の訴え及び上記②の差止めの訴えに関しては,上記職務命令に基づく上記義務の不存在の確認を求める趣旨の訴え及び上記職務命令に従わないことを理由とする懲戒処分の差止めを求める趣旨の訴えとして第1審が各請求を認容した部分が,控訴の対象とされ,原審の訴え却下の判断及び上告を経て,当審の審理の対象とされている。以下,上記①の確認の訴えのうち当審の審理の対象である前者の趣旨の訴えを「本件確認の訴え」といい,上記の②の差止めの訴えのうち当審の審理の対象である後者の趣旨の訴えを「本件差止めの訴え」という。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

  (1) 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの)43条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第40号による改正前のもの)57条の2の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成11年文部省告示第58号。平成21年文部科学省告示第38号による特例の適用前のもの。以下同じ。)は,第4章第2C(1)において,「教科」とともに教育課程を構成する「特別活動」の「学校行事」のうち「儀式的行事」の内容について,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」と定め,同章第3の3において,「特別活動」の「指導計画の作成と内容の取扱い」について,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めており,現行の学校教育法52条及び学校教育法施行規則84条の規定に基づく高等学校学習指導要領(平成21年文部科学省告示第34号)も,第5章において同様の内容を定めている。また,学校教育法(平成18年法律第80号による改正前のもの)73条及び学校教育法施行規則(平成19年文部科学省令第5号による改正前のもの)73条の10の規定に基づく「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」(平成11年文部省告示第62号。平成19年文部科学省告示第46号による改正前のもの)は,第4章において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めており,現行の学校教育法77条及び学校教育法施行規則129条の規定に基づく特別支援学校高等部学習指導要領(平成21年文部科学省告示第37号)も,第5章において同様の内容を定めている(以下,上記改正の前後を通じて高等学校学習指導要領を含むこれらの学習指導要領を併せて「学習指導要領」という。)。

  (2) 都教委の教育長は,平成15年10月23日付けで,都立学校の各校長宛てに,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。その内容は,上記各校長に対し,① 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること,② 入学式,卒業式等の実施に当たっては,式典会場の舞台壇上正面に国旗を掲揚し,教職員は式典会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱はピアノ伴奏等により行うなど,所定の実施指針のとおり行うものとすること,③ 教職員がこれらの内容に沿った校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われることを教職員に周知すること等を通達するものであった。

  (3)ア 都立学校の各校長は,本件通達を踏まえ,その発出後に行われた平成16年3月以降の卒業式や入学式等の式典に際し,その都度,多数の教職員に対し,国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の職務命令を発し,相当数の音楽科担当の教職員に対し,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを命ずる旨の職務命令を発した(以下,将来発せられるものを含め,このような職務命令を併せて「本件職務命令」という。)。

   イ 都教委は,平成16年3月の都立学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員及びピアノ伴奏をしなかった教職員合計173名に対し,同月30日,同月31日及び同年5月25日,職務命令違反等を理由に戒告処分をした。また,都教委は,同年3月の都立学校並びに東京都の市立中学校及び市立小学校の卒業式において各所属校の校長の本件職務命令又はこれと同様の職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しなかった教職員合計20名に対し,同年4月6日,職務命令違反等を理由に,19名につき戒告処分をし,過去に戒告処分1回の処分歴のあった1名につき給与1月の10分の1を減ずる減給処分をした。

   ウ 都教委は,上記イを始めとして,本件通達の発出後,都立学校の卒業式や入学式等の式典において各所属校の校長の本件職務命令に従わず国歌斉唱の際に起立しないなどの職務命令違反をした多数の教職員に対し,懲戒処分をした。その懲戒処分は,過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の方針に従い,おおむね,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職となっており,過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが,免職処分はされていない。

  (4) 上告人らのうち,別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは,都立学校の教職員として勤務する在職者で,そのうち同目録2記載の上告人らは音楽科担当の教職員であり,また,同目録3及び4記載の上告人らは,都立学校の教職員として勤務していた退職者(市教育委員会に異動し又は再雇用された者を含む。)である。

 3 原審は,被上告人らに対する本件確認の訴えはいずれも無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。以下同じ。)であり,被上告人らに対する本件差止めの訴えはいずれも法定抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されているものをいう。以下同じ。)としての差止めの訴えである(被上告人都教委に対する本件差止めの訴えも,改正法の施行に伴い,行訴法上の差止めの訴えに転化している。)とした上で,本件通達が,本件職務命令と不可分一体の関係にあり,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるもので,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとし,本件通達の取消訴訟又は無効確認訴訟(以下「取消訴訟等」という。)を提起してその執行停止の申立てをすれば,本件通達と不可分一体の関係にある本件職務命令に基づき起立斉唱又はピアノ伴奏をすべき公的義務(公務員の職務に係る義務をいう。以下同じ。)を課されることも当該義務の違反を理由に懲戒処分を受けることも直截に防止できるから,本件確認の訴え及び本件差止めの訴えはいずれも上告人らの主張する損害を避けるため他に適当な方法がないとはいえないなど不適法であるとしてこれらを却下し,また,本件職務命令と不可分一体の関係にある本件通達が違憲,違法であるとはいえないなどとして,本件賠償請求をいずれも棄却すべきものとした。

第2 上告代理人尾山宏ほかの各上告理由について

 1 上告理由のうち憲法19条違反をいう部分について

   原審の適法に確定した事実関係等の下において,都立学校の校長が教職員に対し発する本件職務命令が憲法19条に違反するものではなく,また,前記第1の2(2)のとおり都教委が都立学校の各校長に対し本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達する本件通達も,教職員との関係で同条違反の問題を生ずるものではないことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和28年(オ)第1241号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁,最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁,最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,最高裁昭和44年(あ)第1275号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号1178頁)の趣旨に徴して明らかというべきである(起立斉唱行為に係る職務命令につき,最高裁平成22年(オ)第951号同23年6月6日第一小法廷判決・民集65巻4号1855頁,最高裁平成22年(行ツ)第54号同23年5月30日第二小法廷判決・民集65巻4号1780頁,最高裁平成22年(行ツ)第314号同23年6月14日第三小法廷判決・民集65巻4号2148頁,最高裁平成22年(行ツ)第372号同23年6月21日第三小法廷判決・裁判集民事237号53頁参照。伴奏行為に係る職務命令につき,最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・民集61巻1号291頁参照)。所論の点に関する原審の判断は,是認することができる。論旨は採用することができない。

 2 その余の上告理由について

   論旨は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

第3 上告代理人尾山宏ほかの上告受理申立て理由第2部第1章について

 1(1) 本件確認の訴えのうち,被上告人都教委に対する訴えは無名抗告訴訟として提起されており,他方,被上告人東京都に対する訴えについては,別紙上告人目録1及び2記載の上告人らは,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張する。また,本件差止めの訴えのうち,被上告人東京都に対する訴えは,当初から行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えとして提起されており,旧行訴法の下で提起された被上告人都教委に対する訴えも,改正法の施行に伴い,改正法附則2条,3条により,被上告人都教委を相手方当事者としたまま行訴法上の法定抗告訴訟たる差止めの訴えに転化したものと解される。

    上記各訴えは,前記第1の1の当該各請求の内容等に照らすと,それぞれ,本件通達を踏まえて発せられる本件職務命令に従わないことによる懲戒処分等の不利益の予防を目的とするものであり,これを目的として,本件確認の訴えは本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求め,本件差止めの訴えは本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであると解されるところ,このような目的に沿った争訟方法としてどのような訴訟類型が適切かを検討する前提として,まず,本件通達の行政処分性の有無についてみることとする。

  (2) 本件通達は,前記第1の2(2)の内容等から明らかなとおり,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号所定の学校の教育課程,学習指導等に関する管理及び執行の権限に基づき,学習指導要領を踏まえ,上級行政機関である都教委が関係下級行政機関である都立学校の各校長を名宛人としてその職務権限の行使を指揮するために発出したものであって,個々の教職員を名宛人とするものではなく,本件職務命令の発出を待たずに当該通達自体によって個々の教職員に具体的な義務を課すものではない。また,本件通達には,前記第1の2(2)のとおり,各校長に対し,本件職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項を示すとともに,教職員がこれに従わない場合は服務上の責任を問われることの周知を命ずる旨の文言があり,これらは国歌斉唱の際の起立斉唱又はピアノ伴奏の実施が必要に応じて職務命令により確保されるべきことを前提とする趣旨と解されるものの,本件職務命令の発出を命ずる旨及びその範囲等を示す文言は含まれておらず,具体的にどの範囲の教職員に対し本件職務命令を発するか等については個々の式典及び教職員ごとの個別的な事情に応じて各校長の裁量に委ねられているものと解される。そして,本件通達では,上記のとおり,本件職務命令の違反について教職員の責任を問う方法も,懲戒処分に限定されておらず,訓告や注意等も含み得る表現が採られており,具体的にどのような問責の方法を採るかは個々の教職員ごとの個別的な事情に応じて都教委の裁量によることが前提とされているものと解される。原審の指摘する都教委の校長連絡会等を通じての各校長への指導の内容等を勘案しても,本件通達それ自体の文言や性質等に則したこれらの裁量の存在が否定されるものとは解されない。したがって,本件通達をもって,本件職務命令と不可分一体のものとしてこれと同視することはできず,本件職務命令を受ける教職員に条件付きで懲戒処分を受けるという法的効果を生じさせるものとみることもできない。

    そうすると,個々の教職員との関係では,本件通達を踏まえた校長の裁量により本件職務命令が発せられ,さらに,その違反に対して都教委の裁量により懲戒処分がされた場合に,その時点で初めて教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼす行政処分がされるに至るものというべきであって,本件通達は,行政組織の内部における上級行政機関である都教委から関係下級行政機関である都立学校の各校長に対する示達ないし命令にとどまり,それ自体によって教職員個人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえないから,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第87号同43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3147頁参照)。また,本件職務命令も,教科とともに教育課程を構成する特別活動である都立学校の儀式的行事における教育公務員としての職務の遂行の在り方に関する校長の上司としての職務上の指示を内容とするものであって,教職員個人の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと解される。なお,本件職務命令の違反を理由に懲戒処分を受ける教職員としては,懲戒処分の取消訴訟等において本件通達を踏まえた本件職務命令の適法性を争い得るほか,後述のように本件に係る事情の下では事前救済の争訟方法においてもこれを争い得るのであり,本件通達及び本件職務命令の行政処分性の有無について上記のように解することについて争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえない。

 2(1) 以上を前提に,まず,法定抗告訴訟たる差止めの訴えとしての被上告人らに対する本件差止めの訴えの適法性について検討する。

   ア 法定抗告訴訟たる差止めの訴えの訴訟要件については,まず,一定の処分がされようとしていること(行訴法3条7項),すなわち,行政庁によって一定の処分がされる蓋然性があることが,救済の必要性を基礎付ける前提として必要となる。

     本件差止めの訴えに係る請求は,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求めるものであり,具体的には,免職,停職,減給又は戒告の各処分の差止めを求める請求を内容とするものである。そして,本件では,第1の2(3)ウのとおり,本件通達の発出後,都立学校の教職員が本件職務命令に違反した場合の都教委の懲戒処分の内容は,おおむね,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目以降は停職となっており,過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対してはより重い処分量定がされているが,免職処分はされていないというのであり,従来の処分の程度を超えて更に重い処分量定がされる可能性をうかがわせる事情は存しない以上,都立学校の教職員について本件通達を踏まえた本件職務命令の違反に対しては,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の各処分)がされる蓋然性があると認められる一方で,免職処分がされる蓋然性があるとは認められない。そうすると,本件差止めの訴えのうち免職処分の差止めを求める訴えは,当該処分がされる蓋然性を欠き,不適法というべきである。

   イ そこで,本件差止めの訴えのうち,免職処分以外の懲戒処分(停職,減給又は戒告の各処分)の差止めを求める訴えの適法性について検討するに,差止めの訴えの訴訟要件については,当該処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があることが必要であり(行訴法37条の4第1項),その有無の判断に当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとされている(同条2項)。

     行政庁が処分をする前に裁判所が事前にその適法性を判断して差止めを命ずるのは,国民の権利利益の実効的な救済及び司法と行政の権能の適切な均衡の双方の観点から,そのような判断と措置を事前に行わなければならないだけの救済の必要性がある場合であることを要するものと解される。したがって,差止めの訴えの訴訟要件としての上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である。

     本件においては,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられ,その違反に対する懲戒処分が累積し加重され,おおむね4回で(他の懲戒処分歴があれば3回以内に)停職処分に至るものとされている。このように本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では,事案の性質等のために取消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,本件通達を踏まえた本件職務命令の違反を理由として一連の累次の懲戒処分がされることにより生ずる損害は,処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものであるとはいえず,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであるということができ,その回復の困難の程度等に鑑み,本件差止めの訴えについては上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるというべきである。

   ウ また,差止めの訴えの訴訟要件については,「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと,すなわち補充性の要件を満たすことが必要であるとされている(行訴法37条の4第1項ただし書)。原審は,本件通達が行政処分に当たるとした上で,その取消訴訟等及び執行停止との関係で補充性の要件を欠くとして,本件差止めの訴えをいずれも却下したが,本件通達及び本件職務命令は前記1(2)のとおり行政処分に当たらないから,取消訴訟等及び執行停止の対象とはならないものであり,また,上記イにおいて説示したところによれば,本件では懲戒処分の取消訴訟等及び執行停止との関係でも補充性の要件を欠くものではないと解される。以上のほか,懲戒処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として他に適当な方法があるとは解されないから,本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,補充性の要件を満たすものということができる。

   エ なお,在職中の教職員である前記1(1)の上告人らが懲戒処分の差止めを求める訴えである以上,上記上告人らにその差止めを求める法律上の利益(行訴法37条の4第3項)が認められることは明らかである。

   オ 以上によれば,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えは,いずれも適法というべきである。

  (2) そこで,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えに係る請求(以下「当該差止請求」という。)の当否について検討する。

   ア 差止めの訴えの本案要件(本案の判断において請求が認容されるための要件をいう。以下同じ。)については,行政庁がその処分をすべきでないことがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項),当該差止請求においては,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の可否の前提として,本件職務命令に基づく公的義務の存否が問題となる。この点に関しては,前記第2において説示したところによれば,本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから,当該差止請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。なお,本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。

   イ また,差止めの訴えの本案要件について,裁量処分に関しては,行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることが要件とされており(行訴法37条の4第5項),これは,個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で,当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることをいうものと解される。

     これを本件についてみるに,まず,本件職務命令の違反を理由とする戒告処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるとは解し難いことは,当小法廷が平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同24年1月16日判決・裁判所時報1547号10頁において既に判示したところであり,当該差止請求のうち戒告処分の差止めを求める請求は上記の本案要件を満たしているとはいえない。また,本件職務命令の違反を理由とする減給処分又は停職処分が懲戒権者としての裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法となるか否かが,個々の事案ごとの当該各処分の時点における当該教職員に係る個別具体的な事情のいかんによるものであることは,当小法廷が上記平成23年(行ツ)第263号,同年(行ヒ)第294号同日判決及び平成23年(行ツ)第242号,同年(行ヒ)第265号同日判決・裁判所時報1547号3頁において既に判示したところであり,将来の当該各処分がされる時点における個々の上告人に係る個別具体的な事情を踏まえた上でなければ,現時点で直ちにいずれかの処分が裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとなるか否かを判断することはできず,本件においては個々の上告人について現時点でそのような判断を可能とするような個別具体的な事情の特定及び主張立証はされていないから,当該差止請求のうち減給処分及び停職処分の差止めを求める請求も上記の本案要件を満たしているとはいえない。

   ウ 以上のとおり,当該差止請求は,上記ア及びイのいずれの本案要件も満たしておらず,理由がない。

  (3) したがって,被上告人らに対する本件差止めの訴えのうち,免職処分の差止めを求める訴えを却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができ,また,免職処分以外の懲戒処分の差止めを求める訴えを不適法として却下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法があり,論旨はその限りにおいて理由があるものの,当該差止請求は理由がなく棄却を免れないものである以上,不利益変更禁止(行訴法7条,民訴法313条,304条参照。以下同じ。)の原則により,上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく,原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。

 3(1) 次に,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えの適法性について検討する。

    無名抗告訴訟は行政処分に関する不服を内容とする訴訟であって,前記1(2)のとおり本件通達及び本件職務命令のいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない以上,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えは,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものと解するのが相当であり,実質的には,本件職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令に基づく公的義務の存否に係る確認の訴えの形式に引き直したものということができる。抗告訴訟については,行訴法において,法定抗告訴訟の諸類型が定められ,改正法により,従来は個別の訴訟類型として法定されていなかった義務付けの訴えと差止めの訴えが法定抗告訴訟の新たな類型として創設され,将来の不利益処分の予防を目的とする事前救済の争訟方法として法定された差止めの訴えについて「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」ではないこと,すなわち補充性の要件が訴訟要件として定められていること(37条の4第1項ただし書)等に鑑みると,職務命令の違反を理由とする不利益処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としての当該職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める訴えについても,上記と同様に補充性の要件を満たすことが必要となり,特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を満たすか否かが問題となるものと解するのが相当である。

    本件においては,前記2のとおり,法定抗告訴訟として本件職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを適法に提起することができ,その本案において本件職務命令に基づく公的義務の存否が判断の対象となる以上,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは,上記懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟としては,法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法というべきである。

  (2) 被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関し,前記1(1)の上告人らは,前記1(1)のとおり,第一次的には無名抗告訴訟であると主張しつつ,仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟としては適法であるならば後者とみるべきである旨主張するので,さらに,公法上の当事者訴訟としての上記訴えの適法性について検討する(なお,被上告人都教委に対する本件確認の訴えについては,被告適格の点で,適法な公法上の当事者訴訟として構成する余地はない。)。

    上記(1)のとおり,被上告人東京都に対する本件確認の訴えに関しては,行政処分に関する不服を内容とする訴訟として構成する場合には,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものであるが,本件通達を踏まえた本件職務命令に基づく公的義務の存在は,その違反が懲戒処分の処分事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生する危険の観点からも,都立学校の教職員の法的地位に現実の危険を及ぼし得るものといえるので,このような行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする訴訟として構成する場合には,公法上の当事者訴訟の一類型である公法上の法律関係に関する確認の訴え(行訴法4条)として位置付けることができると解される。前記1(2)のとおり本件職務命令自体は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない以上,本件確認の訴えを行政処分たる行政庁の命令に基づく義務の不存在の確認を求める無名抗告訴訟とみることもできないから,被上告人東京都に対する本件確認の訴えを無名抗告訴訟としか構成し得ないものということはできない。

    そして,本件では,前記第1の2(3)のとおり,本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられており,これに基づく公的義務の存在は,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生し拡大する危険の観点からも,都立学校の教職員として在職中の上記上告人らの法的地位に現実の危険を及ぼすものということができる。このように本件通達を踏まえて処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険が現に存在する状況の下では,毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大していくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると,本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは,行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとしては,その目的に即した有効適切な争訟方法であるということができ,確認の利益を肯定することができるものというべきである。したがって,被上告人東京都に対する本件確認の訴えは,上記の趣旨における公法上の当事者訴訟としては,適法というべきである。

  (3) そこで,公法上の当事者訴訟としての被上告人東京都に対する本件確認の訴えに係る請求の当否について検討するに,その確認請求の対象は本件職務命令に基づく公的義務の存否であるところ,前記第2において説示したところによれば,本件職務命令が違憲無効であってこれに基づく公的義務が不存在であるとはいえないから,上記訴えに係る請求は理由がない。なお,前記2(2)アのとおり,本件職務命令の適法性に係る上告受理申立て理由は,上告受理の決定において排除された。

  (4) したがって,被上告人都教委に対する本件確認の訴えを却下した原審の判断は,結論において是認することができ,また,被上告人東京都に対する本件確認の訴えを不適法として却下した原判決には,この点で法令の解釈適用を誤った違法があり,論旨はその限りにおいて理由があるものの,上記訴えに係る請求は理由がなく棄却を免れないものである以上,不利益変更禁止の原則により,上記訴えについても上告を棄却するにとどめるほかなく,原判決の上記違法は結論に影響を及ぼすものではない。

単身赴任者の帰郷旅費を給与所得として原泉徴収義務ありとした平成10年審判

国税不服審判所裁決

【日付】              平成10年1月29日

【事項】              単身赴任者に支給した帰郷交通費は、職務を遂行するための旅行でなく、帰郷に要する交通費の負担を軽減するために支給されたものであるとして、当該単身赴任者に対する給与所得に該当するとした事例

【要旨】              請求人は、単身赴任者に支給した帰郷交通費は、所得税法第9条第1項第4号に規定されている非課税とされる旅費である旨主張するが、当該帰郷交通費は、請求人が受給者の帰郷に要する交通費の負担を軽減するため、その費用の一部を補助する目的で給与関係内規の別居手当の一部として支給したものと認められることから、職務を遂行するための旅費には当たらず、同号に規定する非課税とされる旅費には当たらない。

【掲載誌】       裁決事例集No.55 273頁

 

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、電機部品卸売業を営む非同族会社であるが、原処分庁は、請求人に対し、平成9年1月31日付で平成6年1月から平成8年12月までの各月分の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)について、別表1の「納税告知処分」欄のとおりの各納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)をした。

 請求人は、本件納税告知処分を不服として、平成9年2月28日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年5月30日付で、別表1の「異議決定」欄のとおり納税告知処分の一部を取り消す異議決定をした。

 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成9年6月19日に審査請求をした。

 

2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法、不当であるから、その全部の取消しを求める。

イ 本件納税告知処分の手続について

(イ)原処分庁は、請求人に係る源泉所得税の調査(以下「原処分調査」という。)において、過去の調査とは異なり、調査を担当した職員(以下「調査担当職員」という。)に調査結果を説明させず、請求人に話合いや反論の機会も与えないまま一方的に本件納税告知処分をした。

(ロ)過去の請求人に係る原処分庁の源泉所得税の調査において、帰郷交通費の取扱いについて問題にされなかったが、今回、請求人のS支店長のF、同T支店長のG、同T支店第一課長のH、同本社電気部第一課長のJ(以下、順次「F」、「G」、「H」、「J」といい、これらを併せて「単身赴任者」という。)に対して支給した帰郷交通費(以下「本件帰郷交通費」という。)について、過去3年間にさかのぼって本件納税告知処分を受けた。

ロ 帰郷交通費について

(イ)平成6年1月から平成8年12月までの各月分の本件帰郷交通費の金額については争わない。

(ロ)本件帰郷交通費は、単身赴任者を単に帰郷させるための旅行に対して旅費を支給したものではなく、業務報告をさせるための旅行に付随した帰宅のための旅行に対して旅費を支給したものであり、実際に単身赴任者から口頭による業務報告を受けていることから、所得税法第9条《非課税所得》第1項第4号に規定する給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行した場合、その旅行に必要な支出に充てるため支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるものに該当しており、非課税所得である。

(ハ)請求人は、単身赴任者が本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行をした場合に、単身赴任者に対して業務報告書の作成は義務付けていないが、口頭による業務報告は義務付けている。

 なお、原処分庁が過去の請求人に係る源泉所得税の調査で特に問題としなかったことから、請求人としては、業務報告は口頭によるもので十分であると認識していた。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。

イ 納税告知処分の手続について

(イ)原処分庁は、原処分調査の最終日である平成9年1月16日に、請求人の常務取締役であるK(以下「K」という。)、経理部長であるL(以下「L」という。)及び経理課長であるM(以下「M」という。)に対し、調査担当職員から調査結果を説明している。

(ロ)国税通則法(以下「通則法」という。)第36条《納税の告知》において、税務署長は、源泉徴収等による国税でその法定納期限までに納付されなかったものを徴収しようとするときは、納税の告知をしなければならない旨規定されている。

 ところで、納税の告知の法的性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者に履行を請求する行為、すなわち徴収処分というべきであって、支払者の源泉所得税の納税義務は既に当該所得の支払の時に確定しているものである以上、その請求たる納税の告知は通則法第72条《国税の徴収権の消滅時効》により国税の徴収権が時効で消滅するまではこれをなし得ると解されており、同条第1項において、国税の徴収を目的とする国の権利は、その国税の法定納期限から5年間行使しないことにより、時効により消滅する旨規定されている。

 したがって、本件納税告知処分は、いずれも法定納期限から5年を経過する前に行われており、何ら違法はなく、請求人の主張には理由がない。

ロ 帰郷交通費について

(イ)本件帰郷交通費については、次の事実が認められる。

A 請求人の給与関係内規に定める別居手当の規定には、転勤のためやむを得ず扶養親族と別居する場合に月1回の帰郷交通費を支給する旨の規定があり、その支給の基礎となる金額は、帰郷に係る交通費の金額のみであり、対象となる旅行日はほぼ土曜日、日曜日等の請求人の休日である。

B 異議申立てに係る調査(以下「異議調査」という。)において、請求人の代表取締役副社長であるN(以下「N」という。)は、本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行に際して単身赴任者は業務報告を行っていると認識しているが、業務報告を義務付けてはいないし、それを具体的に証明できる客観的な報告書等の作成も行っていない旨申述している。

C 原処分調査時及び異議調査時において、請求人は、本件帰郷交通費を支給した旅行に際して単身赴任者が業務報告を行っていることを具体的に証明する資料を提示していない。

(ロ)所得税法第28条《給与所得》第1項において、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有するものをいう旨規定され、同法第6条《源泉徴収義務者》では、同法第28条第1項に規定する給与等の支払をする者は、その支払に係る金額につき源泉徴収をする義務がある旨規定されている。

 また、所得税法第9条第1項第4号において、給与所得を有する者が勤務する場所を離れてその職務を遂行するため旅行した場合、その旅行に必要な支出に充てるために支給される金品で、その旅行について通常必要であると認められるものについては、所得税を課さない旨規定されている。

 さらに、単身赴任者が職務遂行上必要な旅行に付随して帰宅のための旅行を行った場合に支給される旅費については、これらの旅行目的、行路等からみて、これらの旅行が主として職務遂行上必要な旅行と認められ、かつ、当該旅費の額が所得税基本通達9―3《非課税とされる旅費の範囲》に定める非課税とされる旅費の範囲を著しく逸脱しない限り、非課税として取り扱われている。

(ハ)以上のことから、本件帰郷交通費は、単身赴任者が旅行時に業務報告をしているとは認められず、かつ、請求人の給与関係内規に定める別居手当の一部として支払われていると認められることから、上記(ロ)の非課税所得とされる旅費には該当せず、原泉徴収の課税対象となる給与所得としてその支給額に対して源泉徴収すべきものと認められる。

 したがって、請求人の本件帰郷交通費は業務報告させるための旅行に付随した帰宅のための旅行に対して旅費を支給したものである旨の主張には理由がない。

ハ 源泉所得税の額について

 単身赴任者ごとの本件帰郷交通費に対する源泉所得税の額は、本件帰郷交通費として支給した金額に対して所得税法第190条《年末調整》の規定により源泉所得税額の再計算をした別表2及び別表3のとおりであり、その結果、請求人が同法第183条《源泉徴収義務》第1項の規定により納付すべき源泉所得税の額は、次表の税額欄のとおりとなる。

 

                               (単位 円)

年月       税額  年月       税額  年月       税額

6.1   7,509  7.1   7,326  8.1   9,941

6.2   4,459  7.2   7,815  8.2   5,861

6.3   4,459  7.3   5,635  8.3   2,233

6.4   4,750  7.4   5,635  8.4   5,861

6.5   4,459  7.5   6,021  8.5  12,113

6.6   4,459  7.6   5,635  8.6   3,402

6.7   4,459  7.7   5,635  8.7   8,332

6.8   4,750  7.8   5,999  8.8  11,464

6.9   1,700  7.9   5,635  8.9   8,898

6.10  4,459  7.10  5,635  8.10  7,835

6.11  4,459  7.11  2,183  8.11  7,842

6.12  4,578  7.12  5,646  8.12  4,218

 

 したがって、平成6年1月分、同年4月分、同年8月分、平成7年1月分、同年2月分、同年5月分、平成8年1月分、同年5月分、同年8月分、同年9月分の各納税告知処分はいずれもこの範囲で行われており、平成6年2月分、同年3月分、同年5月分から同年7月分まで、同年9月分から同年12月分まで、平成7年3月分、同年4月分、同年6月分から同年12月分まで、平成8年2月分から同年4月分まで、同年6月分、同年7月分、同年10月分から同年12月分までの各納税告知処分はいずれもこれと同額で行われているので適法である。

 

3 判断

(1)納税告知処分の手続について

 請求人は、本件納税告知処分の手続について不当である旨主張するので、以下審理する。

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。

(イ)原処分調査は、平成9年1月13日及び同月16日に、所得税法第234条《当該職員の質問検査権》第1項第2号に基づき行われた。

(ロ)Nは、異議審理庁に対し、次のとおり申述している。

A 請求人は、これまでのW国税局及び原処分庁の調査において一度として否認事項等の指摘を受けたことがなく、日々正しい申告に努めてきたにもかかわらず、原処分庁は原処分調査において急に帰郷交通費の課税についての指摘をし、そのうえ、過去3年まで遡及して課税した。

B さらに、原処分庁は、原処分調査の結果を一方的に電話により連絡したのみで、十分な話合いや説明もなく一方的に本件納税告知処分をした。

(ハ)Lは、当審判所に対し、次のとおり答述している。

A 平成9年1月13日及び同月16日の原処分調査中において、帰郷交通費は一般的に給与と認定して課税している旨を調査担当職員から説明を受けており、調査結果についても、同月一六日に、税務署に帰ってから検討して連絡する旨同人から説明を受けた。

B 平成9年1月24日に税務署から電話があり、本件帰郷交通費について、給与と認定して3年間課税すると言われた。

C Nの指示に基づき、平成9年1月27日に、K、X税理士(以下「X税理士」という。)と私が税務署へ出かけ、調査担当職員に調査結果の説明を求めたが、「本件帰郷交通費については、給与と認定して3年間課税することとしてすでに上司に決裁を回した。」と言われ、抗弁の余地はなかった。

(ニ)調査担当職員は、当審判所に対し、次のとおり答述している。

A 原処分調査中において、帰郷交通費は所得税法上給与所得になる旨説明をし、進行年度(請求人の事業年度は5月1日より翌年4月30日まで)を含め3年間の支払金額を請求人の方で調べるように依頼したところ、請求人から現在の各月の支払額を基に3年間分を算出することにしたいとの申出を受けた。

B 平成9年1月16日の午後5時ころ、調査担当職員はL、M及びX税理士に対し、本件帰郷交通費は一般的には給与所得に該当する旨を再度説明し、海外取引のコミッションの課税の可否等他の調査事項も含め、検討して連絡する旨伝えた。

C 平成9年1月下旬に、調査担当職員は本件帰郷交通費については課税の対象になるが、その他の調査事項については問題はなかった旨電話で連絡した。

D 平成9年1月27日、税務署に出署したK、L及びX税理士から「本件帰郷交通費は進行年度分から給与にするので、過去の年分はなんとかしてください。」との要請があったが、調査担当職員は本件帰郷交通費は給与として課税されるものである旨説明した。

ロ 上記の事実等に基づいて判断すると、次のとおりである。

 原処分調査は、所得税法第234条第1項第2号に基づき適法に行われており、調査担当職員は調査結果を請求人の代表取締役社長及びNに直接説明していないが、(a)上記(ハ)のA及び(ニ)のA、Bによれば、原処分調査の最終日である平成9年1月16日に、調査担当職員は、本件帰郷交通費は一般的に給与所得に該当すること及び原処分調査におけるその他の疑問点があり、それらを税務署に戻って検討する旨をLに説明したこと、(b)上記(ハ)のB及び(ニ)のCによれば、平成9年1月24日に、調査担当職員は、検討した調査事項について、電話でLに対して本件帰郷交通費については給与と認定して3年間課税するが、その他の調査事項は問題ない旨伝えていること、(c)上記(ハ)のC及び(ニ)のDによれば、Nの指示に基づきL、K及びX税理士が出署した平成9年1月27日に、調査担当職員は、Lらに本件帰郷交通費は給与と認定している旨、また、3年間課税を要する旨を説明していることが認められる。

 以上のことから、原処分庁は、請求人に対して原処分調査の結果について十分な説明をせず、一方的な納税の告知をしたとは認められない。

 なお、所得税法上、調査結果を説明しなければならない旨を定めた法の規定はないことからしても本件納税告知処分に違法又は不当はない。

ハ 通則法第36条において、税務署長は、源泉徴収等による国税でその法定納期限までに納付されなかったものを徴収しようとするときは、納税の告知をしなければならない旨規定されている。

 ところで、納税の告知の法的性質は税額の確定した国税債権につき納期限を指定して納税義務者に履行を請求する行為、すなわち徴収処分というべきであって、支払者の源泉所得税の納税義務は既に当該所得の支払の時に確定しているものである以上、その請求たる納税の告知は通則法第72条により国税の徴収権が時効で消滅するまではこれをなし得ると解されている。

 すなわち、通則法第72条第1項において、国税の徴収を目的とする国の権利は、その国税の法定納期限から5年間行使しないことにより、時効により消滅する旨規定されており、本件納税告知処分は過去3年間にさかのぼっているが、いずれも法定納期限から5年を経過する前に行われていることから何ら違法はない。

したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2)本件帰郷交通費について

 請求人は、本件帰郷交通費が所得税法上非課税とされている旅費であるから、原処分は違法、不当である旨主張するので、以下審理する。

イ 次のことについては、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。

(イ)本件帰郷交通費は、給与関係内規に定める別居手当の規定に基づき、単身赴任者に1か月に1回支給され、請求人の旅費交通費勘定で処理されており、その支給額は実費交通費の額である。

(ロ)原処分調査時及び異議調査時において、請求人は、本件帰郷交通費の支給の対象となった旅行に際して単身赴任者が義務報告を行っていることを具体的に証明する資料を提示していない。

ロ 請求人提出資料、原処分関係資料等及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。

(イ)請求人の役員及び従業員に対する給与は、昭和43年1月21日から実施されている賃金規定に基づいて支給されており、給与等の源泉徴収については、支店も含め本社で一括して行われている。

(ロ)「給与関係内規」(直前の一部変更は平成5年3月16日、はっきりした実施日は不明)において、別居手当に関し「転勤のため、やむを得ず扶養親族と別居する場合は常務会にて審査の上、下記手当を支給する」旨の記載がある。

 

                (単位 円)

職階    家族    配偶者    その他

上級職及び役職者 20,000 10,000

一般職      15,000 10,000

初級職他     10,000 10,000

上記の他、月1回の帰郷交通費

 

 なお、「給与関係内規」には、本件帰郷交通費の対象となる旅行に際して業務報告をしなければならない旨の規定はない。

(ハ)出張に関する旅費は、昭和34年10月21日から実施されている出張旅費規定(直前の改定は昭和63年11月1日、以下「旅費規定」という。)によって支給されており、旅費規定には次の記載がある。

第2条 出張を行わんとする者は

1.目的

2.行先

3.出発予定日時

4.帰着予定日時

5.予算額

を明記の出張稟議書を稟議規定に従い、上長に提出し、上長の承認を得なければならない。

第3条 出張した者は帰社の上直ちに出張報告書を提出しなければならない。

第4条 所要の経費は帰社後2日以内に精算するものとし、支払稟議書により稟議規定に従い上長に提出しなければならない。

(ニ)F、G、Hには、毎月第2火曜日開催の販売会議及び第3金曜日開催の部課長会議に出席するための本社への出張に対し、旅費規定に基づいた旅費が支給されているほか、月1回の本件帰郷交通費が支給されている。

 また、Jには、月1回の本件帰郷交通費が支給されている。

(ホ)請求人の旅費交通費の支払稟議書によると、単身赴任者が毎月の販売会議及び部課長会議に出席するために支給する旅費(以下「会議出席旅費」という。)及び本件帰郷交通費は次のとおり支給されている。

A Fについては、会議出席旅費は旅費規定に基づき精算を行っているが、本件帰郷交通費は6枚つづりのS、W間の新幹線回数券を交付している。

 なお、新幹線回数券を使用できないときの帰郷交通費はS、W間の往復交通費を現金で支給している。

B Gについては、会議出席旅費は旅費規定に基づき精算を行っているが、本件帰郷交通費は毎月1回支払稟議書の摘要欄に「月度帰省費」と記載して、P、Q間の往復交通費を現金で支給している。

C Hについては、会議出席旅費は旅費規定に基づき精算を行っているが、本件帰郷交通費は毎月1回支払稟議書の摘要欄に「月度帰省費」と記載して、P、R間の往復交通費を現金で支給している。

D Jについては、本件帰郷交通費は毎月1回支払稟議書の摘要欄に「月度帰省費」と記載して、W、P間の往復交通費を現金で支給している。

(ヘ)単身赴任者の自宅の住所等は次のとおりである。

 

氏名 勤務先及び役職    単身開始月  配偶者等扶養家族の居住地

F  S支店の支店長    平成3年5月 E市

G  T支店の支店長    平成5年5月 Q市

H  T支店の第一課長   平成8年5月 R市

J  本社の電気部第一課長 平成8年5月 T市

 

(ト)Nは、異議審理庁に対し、次のとおり申述している。

A 請求人は、社員を大切にすることを理念としており、単身赴任者は請求人の命令で単身赴任をさせているのであるから、本件帰郷交通費を請求人が負担することは当たり前のことである。

B 本件帰郷交通費を支給することを定めた時に、単身赴任者は帰郷に際して営業部門の責任者であるY取締役に業務報告をするというルールを決めたので、同人が義務報告を受けているものと理解している。

 また、現在は本部長制に制度が変更されたため、営業本部長のZが業務報告を受けていると聞いており、同人がいない場合は他の本部長が業務報告を受けると思うが、現在まで特に他の本部長が業務報告を受けたことはない。

 なお、業務報告は義務付けているものではないため、業務報告書などの書類としては何も作成していない。

C 業務報告は、金曜日の夕方4時ころからか、又は、月曜日の朝8時半ころから行っているものと思う。そして、月曜日ならば受給者は報告後はすぐに各支店へ戻っていく。

D 平日に本社が旅費を支払っているのは、通常は第2火曜日の販売会議、第3金曜日の部課長会議の月2回のはずで、この会議は強制的に受給者を本社へ戻すものであるから当然平日になる。

E 受給者は単身赴任者であるから帰郷日は当然休日であり、平日に帰郷しておれば休暇を取らせる。

F Jに対しても本件帰郷交通費が支給されているが、本来、本社から支店への業務報告はないので社内的にも認められないことになり、明らかに請求人の誤りであることから、平成9年6月以降は本件帰郷交通費を支給しないこととしている。

 したがって、Jについては、業務報告などはない。

(チ)Nは、当審判所に対して、次のとおり答述している。

A 給与関係内規に定める別居手当は業務命令により単身赴任する者が二重生活となることから、その負担を軽減するために定めたものであり、本件帰郷交通費についても帰郷に要する交通費の負担軽減のため、原則として単身赴任者のすべてに月1回実費を支給してきたものである。

 なお、別居手当は、本人から単身赴任する旨の申出があった場合、常務以上が出席して行う常務会にて審査して支給することになっているが、常務会の議事録にはこの程度のことは記載していない。

B 本件帰郷交通費の支払については、旅費規定第4条に定める「支払稟議書」を使用しているが、同第2条に定める「出張稟議書及び出張許可書」及び同第3条に定める「出張報告書」は使用していない。

C 本件帰郷交通費は旅費規定に基づいて支給するものではなく、給与関係内規に定める別居手当の規定に基づいて支給するものである。

D 業務報告は、支店に勤務する者が業務の内容等を本社に対して行うもので、本社においては下部の者が上部の者に対して行うものである。

 単身赴任者には帰郷日の前後の日に、口頭による業務報告を義務付けており、上長(営業担当役員、現在は営業本部長)に対し、口頭により業務報告が行われていると思うが、業務報告を受けたことが客観的に分かる報告書の作成を義務付けていないし、業務報告を具体的に証明する資料もない。

E Jは平成8年5月にT支店より本社に赴任しており、T支店の社員との業務打合せ等を行わせていたので、本件帰郷交通費を支給していたが、本来は旅費規定で支給すべきものと思う。

(リ)Lは、当審判所に対して、次のとおり答述している。

A 本件帰郷交通費に係る支払稟議書の記載内容は、過去3年間同様である。

B 本件帰郷交通費については、支払稟議書に基づき、(a)Fには、会議等業務に係るものも含め、新幹線の回数券(6枚つづり)を交付していたが、回数券を使用できない場合等は新幹線料金を現金で支払っており、(b)G、H、Jには新幹線料金を現金で支払っていた。

C 本件帰郷交通費に係る帰郷日については、(a)Fは、新幹線の回数券(6枚つづり)の表紙の裏面に帰郷日が記載されているものは特定でき、現金で支給したものは支払稟議書に帰郷日が記載されていれば特定できる、(b)G、H、Jは、支払稟議書に帰郷日が記載されているものは特定できる。

D 本社の営業日は、通常は暦のとおりの休祭日を除く月曜日から金曜日までである。そのほか、盆の3日間、年末年始の間は休業する。

 また、月曜日の営業開始時刻は午前8時45分で、金曜日の終業時刻は、時間外勤務のない場合は午後5時30分である。

 なお、営業本部長の退社時刻は一定していないが、通常は午後7時半ころである。

(ヌ)Lは、当審判所に対して、電話で次のとおり回答している。

A 本件帰郷交通費を除く別居手当は、役職ごとに毎月の給与に加算して支給しており、当然源泉徴収を行って納付している。

B 本件帰郷交通費は、旅費交通費勘定で経理しているので、源泉徴収はしていない。

ハ そこで、上記の事実等に基づいて総合的に判断すると、次のとおりである。

(イ)請求人の給与関係内規に定める別居手当は、業務命令により単身赴任者が二重生活となることから、その負担を軽減するために支給されるものであり、本件帰郷交通費についても、請求人が単身赴任者の本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行に要する交通費の負担を軽減するため給与関係内規に定める別居手当の規定に基づいて支給されるものであり、旅費規定に基づいて支給されるものではないこと。

(ロ)請求人は、本社において、毎月第2火曜日に販売会議、第3金曜日に部課長会議を開催しており、この2回の会議において、各支店から業務報告を受けていることは認められるが、本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行日が単身赴任者に任されており、あらかじめ決められているものでなく、かつ、特定できない旅行日がある等、当該旅行日に業務報告を受ける理由が認められないこと。

(ハ)請求人には、単身赴任者の本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行に際して、出張報告書の提出及び口頭による業務報告をしなければならない旨の規定がないこと、また、それらの業務報告を受けたことが具体的に明らかにできる書類、資料もないこと。

(ニ)Jの自宅はT市であるが、本社から支店に対する業務報告はあり得ないことから、同人に支給された本件帰郷交通費は社内的にも認められないものであること。

(ホ)以上のことから、本件帰郷交通費の支給の対象となる旅行は、所得税法第9条第1項4号に規定する非課税とされる職務を遂行するための旅行に当たらず、本件帰郷交通費は同法第28条第1項の給与所得に該当することになり、請求人はその支給に際しては同法第6条及び第183条第1項の規定により所得税を徴収し、これを国に納付しなければならない。

したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(3)源泉所得税の額について

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、原処分庁は所得税法第183条第1項の規定により徴収すべき源泉所得税の額の計算を行っており、これらの金額は本件納税告知処分(異議決定による一部取消しの後のもの)の額と同類であるか上回っているので適法である。

(4)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

 

別表1

                            (単位 円)

期間    区分 所得の種類    納税告知処分      異議決定

               (源泉所得税の額) (源泉所得税の額)

平成6年1月分  給与        4,741     4,741

平成6年2月分  給与        4,741     4,459

平成6年3月分  給与        4,741     4,459

平成6年4月分  給与        4,741     4,741

平成6年5月分  給与        4,741     4,459

平成6年6月分  給与        4,741     4,459

平成6年7月分  給与        4,741     4,459

平成6年8月分  給与        4,741     4,741

平成6年9月分  給与        4,741     1,700

平成6年10月分 給与        4,741     4,459

平成6年11月分 給与        4,741     4,459

平成6年12月分 給与        4,749     4,578

平成7年1月分  給与        6,000     6,000

平成7年2月分  給与        6,000     6,000

平成7年3月分  給与        6,000     5,635

平成7年4月分  給与        6,000     5,635

平成7年5月分  給与        6,000     6,000

平成7年6月分  給与        6,000     5,635

平成7年7月分  給与        6,000     5,635

平成7年8月分  給与        6,000     5,999

平成7年9月分  給与        6,000     5,635

平成7年10月分 給与        6,000     5,635

平成7年11月分 給与        6,000     2,183

平成7年12月分 給与        6,000     5,646

平成8年1月分  給与        6,233     6,233

平成8年2月分  給与        6,233     5,861

平成8年3月分  給与        6,233     2,233

平成8年4月分  給与        6,233     5,861

平成8年5月分  給与        8,407     8,407

平成8年6月分  給与        8,407     3,402

平成8年7月分  給与        8,407     8,332

平成8年8月分  給与        8,407     8,407

平成8年9月分  給与        8,407     8,407

平成8年10月分 給与        8,407     7,835

平成8年11月分 給与        8,407     7,842

平成8年12月分 給与        8,419     4,218

 

別表2 平成6年分、平成7年分

別表3 平成8年分

 

使用者による労働者政党所属調査と思想の自由 最高裁昭和63年 佐藤幸治2版248頁

憲法判例百選Ⅰ 第6版 38事件 第7版 35事件 第8版33事件 損害賠償請求上告事件

 

              最高裁判所第2小法廷判決/昭和59年(オ)第415号

              昭和63年2月5日

【項】    一 営業所長が、女子職員に対し、共産党員か否かを問い質し、かつ、共産党員でない旨を書面にして提出するよう求めた行為は、相当とはいい難い面もあるが、右職員の精神的自由を侵害した違法行為であるとまでは言えないとされた例

             二 右行為についての慰藉料請求を棄却した原判決が維持された例

【掲載誌】        労働判例512号12頁

【評釈論文】       季刊労働法148号176頁

             日本労働法学会誌72号132頁

             法学52巻6号113頁

             労働法律旬報1191号17頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人斉藤展夫、同寺島勝洋、同仁藤峻一、同関本立美、同木村康定、同加藤啓二、同安田叡、同松井繁明、同荒井新二、同石井正二、同小山久子、同飯田幸光、同星山輝男、同白垣政幸、同高橋融、同藤本齊、同渋田幹雄、同松村文夫、同小笠原稔、同大塚武一、同武井共夫、同鈴木宏明の上告理由第一点、第二点、第五点ないし第一〇点について

一 原審の確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

1 被上告人東京電力株式会社塩山営業所(以下「本件営業所」という。)の公開されるべきでないとされている情報が、ひそかに外部に漏れて日本共産党(以下「共産党」という。)の機関紙「赤旗」の昭和四八年一二月二八日付け紙上に報道されたことから、当時、本件営業所の所長であった第一審被告・控訴人亡齊藤忠司(昭和六二年三月二九日死亡により、被上告人齋藤恵美子、同齋藤肇、同中野節子、同河島久枝が本訴を承継した。以下「亡齋藤」という。)は、本件営業所の責任者として右報道記事の取材源につき調査の必要を認め、本件営業所の従業員の中でかねてから共産党の党員ないしその同調者であると噂の高かった訴外名取純一又は上告人以外に他に右取材源となる者はいないとの判断に基づいて、まず名取から昭和四九年一月二五日に事情を聴取し、次いで同年二月一五日に上告人から事情を聴取することにした。

2 亡齊藤は、同日午前八時五〇分ころ、上告人を本件営業所の応接室に呼び、二人だけで約一時間にわたる話合い(以下「本件話合い」という。)をし、その比較的冒頭の段階で、上告人が共産党員であるかどうかを尋ねた(以下この質問を「本件質問」という。)が、これに対し上告人は、共産党員ではない旨の返答をした。そこで、亡齋藤は、さらに、上告人に対して上告人が共産党員ではない旨を書面にしたためることを求めた(以下この要求を「本件書面交付の要求」という。)ところ、上告人は右要求を断る態度に出た。しかし、亡齋藤は、右書面を作成することの必要性などをいろいろ説いて右要求に応じさせようと、再三にわたり話題を変えて上告人の説得に努め、本件書面交付の要求を繰り返したが、上告人はこれを拒否して退室した。なお、本件質問及び本件書面交付の要求には強要にわたるところがなく、また、本件話合いの中で、亡齋藤が、上告人が本件書面交付の要求を拒否することによって不利益な取扱いを受ける虞のあることを示唆し、あるいは上告人が右要求に応じることによって有利な取扱いを受け得る旨の発言をした事実はなかった。

 以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができ、その過程に所論の違法はない。

二 右事実関係によれば、亡齋藤が本件話合いをするに至った動機、目的は、本件営業所の公開されるべきでないとされていた情報が外部に漏れ、共産党の機関紙「赤旗」紙上に報道されたことから、当時、本件営業所の所長であった亡齋藤が、その取材源ではないかと疑われていた上告人から事情を聴取することにあり、本件話合いは企業秘密の漏えいという企業秩序違反行為の調査をするために行われたことが明らかであるから、亡齋藤が本件話合いを持つに至ったことの必要性、合理性は、これを肯認することができる。右事実関係によれば、亡齋藤は、本件話合いの比較的冒頭の段階で、上告人に対し本件質問をしたのであるが、右調査目的との関連性を明らかにしないで、上告人に対して共産党員であるか否かを尋ねたことは、調査の方法として、その相当性に欠ける面があるものの、前記赤旗の記事の取材源ではないかと疑われていた上告人に対し、共産党との係わりの有無を尋ねることには、その必要性、合理性を肯認することができないわけではなく、また、本件質問の態様は、返答を強要するものではなかったというのであるから、本件質問は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえない。さらに、前記事実関係によれば、本件話合いの中で、上告人が本件質問に対し共産党員ではない旨の返答をしたところ、亡齋藤は上告人に対し本件書面交付の要求を繰り返したというのであるが、企業内においても労働者の思想、信条等の精神的自由は十分尊重されるべきであることにかんがみると、亡齋藤が、本件書面交付の要求と右調査目的との関連性を明らかにしないで、右要求を繰り返したことは、このような調査に当たる者として慎重な配慮を欠いたものというべきであり、調査方法として不相当な面があるといわざるを得ない。しかしながら、前記事実関係によれば、本件書面交付の要求は、上告人が共産党員ではない旨の返答をしたことから、亡齋藤がその旨を書面にするように説得するに至ったものであり、右要求は、強要にわたるものではなく、また、本件話合いの中で、亡齋藤が、上告人に対し、上告人が本件書面交付の要求を拒否することによって不利益な取扱いを受ける虞のあることを示唆したり、右要求に応じることによって有利な取扱いを受け得る旨の発言をした事実はなく、さらに、上告人は右要求を拒否した、というのであって、右事実関係に照らすと、亡齋藤がした本件書面交付の要求は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法行為であるということはできない。

 したがって、右確定事実の下において上告人につき所論の不法行為に基づく損害賠償請求権が認められないとした原審の判断は、これを正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論憲法及び国際人権規約違反の主張は、失当である。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでその不当をいうものにすぎず、採用することができない。

 同第三点、第四点について

 本件記録によれば、原審の審理上の措置に所論の違法があるとは認められず、右違法があることを前提とする所論憲法違反の主張は、失当である。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

   最高裁判所第二小法廷

      裁判長裁判官 島谷 六郎

         裁判官 牧  圭次

         裁判官 藤島  昭

         裁判官 香川 保一

         裁判官 奥野 久之

       上告理由

第一、はじめに

  --思想・信条の自由を守るために--

一、本件の争点は、被上告人斉藤忠司が上告人渡辺令子に対し、昭和四九年二月一五日被上告人東京電力塩山営業所の応接室において、「あなたは共産党員ですか」と尋ねたこと、渡辺がそうではないと答えたのに対し、「それでは、共産党員でないことを書いて出しなさい」と執拗にせまったことが、憲法一九条の保障する思想信条の自由の侵害として、民法七〇九条に該当する不法行為といえるか否かである。一審甲府地裁判決(昭和五六年七月一三日言渡)は、政党の所属をきくことは、政党が思想信条と不即不離の関係にあることから、思想信条の表明を求めたものと解することができるが、私人相互間には直接憲法一九条は適用されないとしつつ、しかし、思想信条の自由は人間の尊厳を保持するために不可欠のものとの認識に立ち、民法一条の二、労基法三条を根拠に、雇用関係成立後の労使間において、労働者の思想信条を尊重すべきとの理念は、公序として形成されており、重要な保護法益であり、これを侵害した被上告人らの行為は不法行為として損害賠償義務を負うとした。二審東京高裁判決(昭和五九年一月二〇日言渡、以下原判決という)は、被上告人斉藤の行為は、上告人渡辺の意思決定の自由を抑圧したとはいえないから不法行為は成立しないとした。原判決は、思想信条の自由を故意に、否定したか、或いはその社会的重要性の認識を欠いたものといえる。思想信条の自由が人間の尊厳を保持するため不可欠のものであって(憲法一九条)、人類進歩の公理である(J・B・ビュアリ著、森島恒雄訳、思想の自由の歴史)ことはいうまでもないことである。

 思想信条の自由が問題にされた、本件類似の事件として、いわゆる三菱樹脂高野事件(最高大判昭和四八・一二・一二)、富士重工事件(最三小判昭和五二・一二・一三)等があるが、本件は、思想信条の自由自体に対する直接の侵害からの救済が問題とされている点で、例がなく、最高裁判所において初めて審理され判断されるものである。先駆的かつ重要な意義を有する本件の内容からしても、一審の審理と判決からしても、原審判決とその審理は誠に低劣かつ、言語道断なものといわざるを得ない。

 最高裁判所においては、本件の重要性と共に、原審の偏見と虚構にみちた審理と判決にも充分批判の眼をむけ、慎重にしてかつ憲法の立場に立った審理と判断を心から要請するものである。

二、ところで思想信条の自由は、侵害と弾圧の歴史の中で、人民の闘いによってかちとられてきたものである。被上告人会社や同斉藤が、上告人に対し行った本件のような思想表明、思想信条に対する直接的侵害は、現在もなお、多くの企業の壁の中で、陰に陽に繰り返されている。被上告人東京電力は、日頃から共産党員ないしその同調者を会社にとって好ましくないもの、或いは企業破壊者と位置づけ、その動態を把握し、賃金、昇格を差別し、解雇その他不当な差別、迫害を日常的労務管理(反共労務政策とその実行)として行っている。本件は、それらの行為の一環としておこった氷山の一角のような事件である。このような本件事件の背景を理解することなしには、本件事実の正しい認定はできない。原判決はこの点でも重大な誤りを侵している。

三、原判決は、証拠に基づかない事実認定を行っている。一審判決は、証拠を詳細且つ全体的に把え、国民をして納得させ得る事実認定を行っているのに反し、原判決は、証拠に基づかない事実認定を行うなど、採証方則違反、自由心証義務違反をおかし、明白な事実誤認をしている。この点で、原判決は、社会的にも、説得力のない、内容的に低劣なものである。事実を事実として、歪曲せずに正しく見る目、社会的背景との関連で、勿論証拠に基づいて事実を見る目、反対思想、少数者の思想の自由(沈黙の自由を含めて)を人間の尊厳に不可欠と考えること(憲法一九条の法の趣旨の正確な理解)をすべて無視した判決が原判決である。裁判は憲法と法律に基いて行われなければならないものである。「人権の砦」として国民の期待を担う最高裁判所において、右原判決を一日も早く破棄されることを希むものである。

四、上告人の上告理由の骨子はつぎのとおりである。

 1 憲法一九条(思想信条の自由)の解釈適用の誤り

 2 市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B)第一八条違反

 3 思想信条の自由の侵害と不法行違の成立につき法令解釈と適用の誤り

 4 判決に影響を及ぼす明らかな法令違反(自由心証主義違反、経験則違反等)

 5 憲法七六条(裁判官の独立)違反

 6 憲法三二条(裁判を受ける権利)違反

 以上は民事訴訟法第三九四条同法第三九五条一項二号、六号に規定される上告理由に該当するものである。

 以下詳論する。

第二、原判決の総括的批判(一審判決との対比を中心として)

一、はじめに

 原判決は、一審判決と対比してみれば、その低劣さは明白である。原判決は虚構と偏見の所産であるが、一審判決は、大独占資本である東京電力(株)の職場の実態を真摯にとらえることにより、本件事件の性格、思想表明の自由に対する侵害の実態を事実に基き、正しく認定したものである。以下、一審判決との対比において、原判決の虚構と偏見を具体的に指摘、検討批判していくことにする。

二、一審判決の概要と意義

1 一審判決の概要

 (一) 一審判決は、本件話合い(昭和四九年二月一五日の東京電力塩山営業所応接室での)について、斉藤所長と仕事上接触のない一係員の間で行われた事実を認定した上で、上告人渡辺令子が、右話し合いの中で比較的冷静な対応をしていたが、屈辱感から、一時は仕事が手につかないほど精神的衝撃を受けたこと、義弟武井、日頃から信頼していた中村牧師に、事件直後、右話し合いの内容を述べたことが、その後の一審における渡辺供述と一致していること、東電労組塩山分会近藤委員長への申し入れ、寺島弁護士と同行しての抗議申入れ、その際に、被上告人所長斉藤忠司に党員か否かを聞いたか、そうでないことを書いて出せといったか否かを確め、斉藤忠司は、書けとはいわなかったが書いたらどうかといったこと、斉藤忠司は、共産党員又はその同調者は会社と相容れずその者達が、昭和四八年一二月二八日の「赤旗」に記事を提供していたと考えていたこと、しかし、本件話し合いの中では、記事のことはまったく言及されていないこと、斉藤忠司は、共産党員かどうか聞くことの重大性を認識していなかったこと等を理由として、斉藤忠司の供述は不自然で、措信できないとし、渡辺供述は、稀有な体験と精神的衝撃、当日武井や中村牧師に話したことと一審供述が一貫していることから大筋において信用に値するとした。更に、控訴審で、東京電力、斉藤忠司が強く主張したいわゆる「わなの理論」即ち、渡辺令子らに、かくされた意図があったとする主張は、そのようなことを推認する事実がないとして明確に否定している。

 (二) 一審判決は、本件話し合いの内容について、次のように認定した。斉藤忠司は、健康状態や近況に触れた後、渡辺に対し、共産党員かどうか尋ねた。渡辺は、返答をしぶったが、そうではないと答えた。斉藤は、そのことを書いて出すよう求め、たやすく応じないので、文書による表明をさせるため、会社から共産党員と思われている義弟武井のことをもちだし、会社が迷惑をうけている趣旨の発言をしたり、渡辺が今後停年まで会社に勤めるには、損になる等、執拗に説得し、ついには、渡辺から、どう思われてもかまわないと反発されるに及んだ。本件話し合いは、右のような内容であったが、このような事実は、東京電力が、日頃共産党員もしくはその同調者に対しとってきた対応と当時の塩山営業所の職場状況等からも十分首肯できるものと認定している。

 (三) 次に、一審判決は、本件話し合いの経緯と趣旨、目的として次のように認定している。

 東京電力は電力の八割を火力発電に依存しているが昭和四八年暮れのいわゆる石油危機により深刻な事態に直面し、節電運動、経営合理化、省資源化の施策を強力に進めたが、日本共産党は、東京電力が石油危機に便乗して電力料金の値上げを狙い、社内外に対する施策により、世論の批判をかわそうとしているとして、批判宣伝活動を行っていた。昭和四八年一二月二八日付「赤旗」(乙四号証)、山梨県委員会発行のビラ(乙五号証)がそのようなものであった。

 ところで、東京電力(被上告人会社)は、終戦直後における当時のいわゆる電産労組による激しい労働攻勢やその後の東電労組各支部、なかんずく昭和三四年以降山梨支部で活発に行われた職場闘争等に直面するなかで、これらの活動は日本共産党による企業破壊活動の一環であるとの認識に立脚し、以来、職場内の共産党員もしくはその同調者を企業にとり好ましからざるものとして労務管理上その動勢を把握し、これに対する種々の対策を講ずるなどして一般従業員にもそれとわかるよう厳しく対応してきた。このような状況下において、被上告人斉藤忠司は、昭和四五年六月八日塩山営業所長として転勤してきた。右営業所内では、昭和四一年ころから、当時二階で勤務していた上告人渡辺と一階で勤務していた名取の両名について、同人らが共産党員もしくはその同調者であることを意味して「上の渡辺、下の名取」との噂が半ば公然とささやかれていたことから、斉藤は、職制会議で、右両名については、書類の管理に万全を期し、取扱いに注意するよう指示していた。被上告人斉藤は、このような中で、前記日本共産党による一連の批判宣伝活動に接し、これらの活動は、被上告人会社(東京電力)が内外の危機的状況にある時期をねらい、会社に対する中小零細業者ないし一般需要家の批判と反感を醸成し、更には、会社従業員の不平不満を煽り会社への離反を画するものと受けとめ、前記「赤旗」(一二月二八日付乙四号証)記事をみて、会社の機密にかかる内部的取扱事項を、前記職場のうわさの「上の渡辺、下の名取」が、外部にもらしたのではないかと疑いをもち、昭和四九年一月二五日名取に記事内容をきいたが、否定された。斉藤忠司は、山梨支店次長から、渡辺の義弟武井のことをきき、右記事内容に関連した調査を目的として、二月一五日渡辺を応接室に呼んだ。しかし、渡辺は集金整理の担当で、前記「赤旗」記事内容に関連する節電運動に関与していないし、そのような立場にもおらず、斉藤も、本件話し合いの中で、記事については、まったく言及していないし、右記事に対する何らの対策もとられていなかった。従って、赤旗記事の出所をめぐって、職場内が疑心暗鬼の状態になったとする会社の主張は認め難いし、全くの憶測に過ぎず、職場内の状況に関する斉藤供述も信用できないと認定した。

 (四) 本件話し合いの趣旨目的

 一審判決は、本件背景に、共産党員もしくはその同調者への会社の厳しい対応があるものの、直接的な本件話し合いの趣旨目的は、社内事項の漏洩の疑いの調査にあるとし、上告人(原告)主張の転向強要については、そのような趣旨があったといえるかにつき疑念が全くないわけではないが、認められないとした。勿論、渡辺の服務態度等には別段問題はなかったとした。

 (五) 本件行為の違法性について

 一審判決は、共産党員かどうか尋ね、あるいは共産党員でないことにつき文書をもって表明を求めることは、直接には思想・信条そのものの関示を求めるものとはいえないが、政党が特定の思想信条を基盤としてその政治的な理念を実現するために結成された団体であることに鑑みると、政党と思想・信条とは不即不離の関係にあって、特定の政党に所属するかどうかは、当該政党の基盤とする思想・信条に同調するかどうかを意味するものといえるから、結局、斉藤の本件行為は渡辺の思想信条の表明を求めたものと解してなんら妨げないとした。しかし、思想・信条の不可侵性を規定する憲法一九条は、国もしくは公共団体と個人との関係を規律する規定であって、私人相互の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないと解されるとした。その上で一審判決は、思想信条の自由に対する保障は人間の尊厳を保持するために不可欠であって、人間存在の根源にかかわる重要なものであるから、民法一条の二、労基法三条の趣旨とあわせ考えると、雇用関係成立後の労使間においては、労働者の思想信条は、それ自体において憲法一九条に即して尊重さるべきものであり、その理念は、労基法三条、民法一条の二を通じて雇用成立後の労使関係を律する公序として形成、確立されている。従って、思想信条の自由は重要な保護法益であるとした。

 次に、企業の権利、利益との関係で労働者の思想信条の自由の制限が許容されることがあるとしても、その制限は、合理的理由(社会的相当性)に基づき、かつ、その手段、方法において適切である場合に限定され、そうでない場合は、違法である、と判断した。ところで、本件においては、被上告人らは、本件話合いは、企業の自由に対する侵害行為から職場の規律を回復維持するとの業務上の必要性に基づきなされたもので、社内秘密漏洩の客観的な嫌疑により調査したとの合理的理由を主張するが、上告人渡辺が、社内事項を「赤旗」に漏らしたと疑わしめるに足る資料は皆無であり、これを疑わしめるに足る相当な根拠もないのに、ただ単に共産党員もしくはその同調者であるとの噂に依拠して、漏洩の疑いを掛け、しかも業務運営上の具体的支障等のさしせまった必要性に基づかずに本件話し合いを行ったものであり、調査自体違法である。

 漏洩記事の出所を質すために原告の思想・信条を問わなければならない必要性、関連性は少しもないし、共産党員でないことを文書で表明を求める理由がないことは明白であるとし、手段、方法についても、被上告人東京電力の共産党員もしくはその同調者に対する厳しい日頃の対応を除外して理解することができないとして、被上告人斉藤が上告人渡辺に求めた共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明には、その手段、方法において多分に強制の契機を宿し、これが渡辺の自由意志に大きく作用したとみるのが相当である旨認定した。

 (六) そして、一審判決は、被上告人斉藤の責任を民法七〇九条、被上告人会社の責任を民法七一五条に該るとして、精神的多大な苦痛に対し慰藉料を支払うべき旨判決をしたものである。

2 一審判決の意義と評価

 (一) 前記(一)、一審判決の概要に明らかなごとく、一審判決の特徴は、本件事実(話し合いの内容)を被上告人会社の職場状況や、日頃の共産党員もしくはその同調者に対する厳しい対応という背景事実の中で、正確に把えて事実認定していることである。これは、事実の認定にかかせない必要な態度である。本件話し合いの経過についても、斉藤忠司及び渡辺令子の業務上の地位関係も含め、双方の供述を細かく分析し、供述の自然さ、一貫性から、渡辺供述を信用し、斉藤供述を信用できないとしている。上司と一係員という関係に、前述の労務管理上の対応関係を総合して事実認定を行う態度は当然のことではあるが、雇用関係継続下での本件話合いの事実を認識する上で欠かすことができない視点である。

 本件の正しい判断は、本件話し合いの内容、経過、目的を事実に則して、認識する中からでてくる。その意味でも、一審判決は、正確な事実認定を行っているものである。共産党員かどうか聞いたこと、そうでないことを文書にして表明を求める行為があったこと、文書表明をさせるため、義弟武井の問題を出したり、書かねば損になるなどして、執拗な説得をくり返したことを認定している。

 (二) 次に、一審判決は、右事実認定の背景として、東京電力が石油危機を奇貨として節電運動、経営合理化を行い、電力料金値上げなどを策して、世論を気にして、社内外に諸施策を行い、これに批判的であった「赤旗」記事などに異常な注意を払い、日頃の共産党員もしくはその同調者達に対する会社の厳しい対応(好ましくないものとして労務管理上把握し、処分その他厳しい対応をすること)、そして、「赤旗」記事への社内事項の漏洩を調査した事実などとの関連で本件をとらえている。

 (三) 一審判決は、右のように背景を正しく把握しながら、本件話し合いの趣旨・目的については、社内事項の漏洩の疑いに基づく調査としている。もっとも、転向強要の目的を完全に否定しているものでもない。赤旗記事の内容の正しさについては、一審判決に触れていないが、上告人は、その内容が、会社を中傷、誹謗にあたるものでないことを、一審における上告人渡辺の最終準備書面(昭和五六年三月一一日付)六八頁乃至七七頁、乙四乃至七号証についての中で明確に延べている。一審判決の本件話し合いの目的については、上告人の主張と異なる認定であったが、一審判決も、本件話し合いの中には、「赤旗」記事問題は一言もでなかったこと、一二月二八日付「赤旗」記事に対し、会社が何らの対策もとらなかったこと、「赤旗」記事の出所問題を調べるため、上告人渡辺が共産党員もしくはその同調者であるようだという職場の噂を根拠に行うのは、合理的理由がないというべきである旨認定している。従って、本件話し合いの事実そのものの認識に誤りがあるわけではない。

 (四) 一審判決の最も大きな意義特徴は、思想信条の自由を人間存在の根源にかかわる重要なものと認めた点にある。その点、被上告人斉藤に、思想信条の表明をさせることの重大さの認識が欠けていた旨認定する一審判決は、斉藤の供述の細かな点まで分析しているといえる。一審判決は、共産党員か否かをきくことは、政党が特定の思想信条と不即不離の関係にあることから、思想表明を求めたものとして、人間の尊厳に関わると認定しつつ、憲法一九条の直接適用説を排し、民法一条の二、労基法三条の法理から、雇用関係成立後において思想信条の自由が憲法一九条に即して尊重さるべき公序が確立されているとして、思想表明の自由を保護法益の対象と認定した。一審判決の意義はここにある。一審判決は、企業の自由との関係で、労働者の思想・信条の自由の保障は、雇用関係成立後は、公序として憲法一九条に則して存在することを高らかに唱い上げている。本件被上告人会社でも、その他大企業といわれるところで、共産党員もしくは同調者に対して行われる、その思想故の、合理的理由のない差別や、根拠のない企業破壊者というレツテル貼り、攻げきに対し、労働者は労働力を売っても、思想までも売っていないという、人間の尊厳としての思想の自由が、雇用関係成立後、法的保護の対象として保障されていることを認めた正しい判決であった。

 (五) 一審判決は、更に、企業の自由と思想の自由との調整として、思想の自由の制限は、合理的理由の存在を必要とし、且つ手段方法の適切なものに限られるとしているが、それも、重要な意義といえる。

 これらの一審判決の判断の根底に、被上告人東京電力が、共産党員もしくはその同調者に対する労務管理上の調査、把握、処分を含めた差別などの厳しい対応の事実が存在していることをみのがしてはならない。上告人が一審において、会社の「反共」労務政策の特徴と結果について、主張立証してきた重要な事実が、一審判決において、正しく認識されたものといえる。

 以上、一審判決のやや詳しい概要と意義、特徴を述べてきたが、これら特質を有する一審判決と具体的に比較しつつ、以下、原判決(二審、中川判決)の批判を行うものである。

三、原判決批判(一審判決との対比において)

1 虚構と偏見に基づく原判決

 前述の一審判決と原判決を対比して、一見明白なことは、原判決が一審判決に対する批判を具体的論証又は証拠によって行っていないことである。原判決は、一審判決を証拠と論理により批判することができない為、証拠に基かない、又は、自己に都合のよい証拠のつまみ食い的な取捨と、独断と偏見による事実の組み立てにより、虚構の事実を認定した杜撰なそして低劣な判決である。証拠の取捨選択を独断と偏見でおこなうという、まさに採証法則違反をおかし、更に、自由心証主義の重大な逸脱をしている。一審判決が、事実認定につき、被上告人会社の共産党員もしくは、その同調者への日頃の労務管理上の監視、差別、処分等のきびしい対応という背景をも考慮にいれて、本件話し合いの経過を証拠と道理に基いて行ったのと比べると、原判決の誤りは明白である。更に原判決は、思想信条の自由を根底においては認めていないものである。仮に思想の自由を認めていると考えても、反対思想の自由、沈黙の自由を含まない、いわゆる体制内の自由の範囲でしか思想の自由を理解していないものと思われる。その意味では、原判決は、憲法一九条に違反するものである。一審判決は、いわゆる直接適用説ではないが、民法一条の二、労基法三条等から、雇用関係成立後の労使間に確立した公序として、労働者の思想の自由を重大な保護法益としているのに反し、原判決は、思想の自由を軽視し、人間の尊厳として考慮をしない、低劣にして人権無視の論理により成り立っている。その点、原判決は、まったく、一審判決に対する批判すら回避してしまって、独自の狭量にして、偏見にもとづく誤った論理の展開をしている。以上、原判決は、憲法一九条の解釈を誤り、憲法に違反し、民法一条の二や労基法三条という、まさに判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背をしているものといえる。そこで、原判決の内容に立ち入って、詳しく、検討批判を行うことにする。

2 原判決は手続的にも無効な判決である。

 中川裁判長は、控訴審開始以来、一貫して労働者敵視、憲法無視の訴訟指揮を行った。控訴人側(東京電力及び斉藤忠司)主張は、本件話し合いを、渡辺側がしくんだものとして、斉藤忠司をわなにはめる為のものだったという、まさに荒唐無稽のいわゆる「わな論」であったが、中川裁判長は、その主張の陳述をさせながら、渡辺側の反論の主張については制限を加え、反証については、全く認めなかった。本人尋問については、一たん認めながら、直ちに取消すという、朝令暮改もはなはだしい訴訟指揮を行い、渡辺側からの「忌避」申立てを、高等弁論終結と一瞬早く言ったから、認められないとしたり、その後、判決期日を指定する為再開を宣したが、直後に再び「忌避」申立てがあったため、右再開宣告をなかったものとして、調書の記載すら行わないという裁判といえない現象をつくりだした。そもそも、終結の日、昭和五八年一二月五日は、東京高裁、地裁の庁舎移転の最中であり、本件のみ、引越しで、ガランとした、殺ばつたる中で、裁判が強行されたものである。ちなみに、すべての事件は、右期間には法廷を開いていない。「忌避」については、一二月二〇日却下となり、直ちに特別抗告を行った。特別抗告係属中の昭和五九年一月二〇日原判決が言渡された。法律により判決に関与することができない中川裁判官が判決に関与したのであるから、民訴法三九五条二号違反といえる。

3 思想の自由を否定する原判決は違憲違法である。

 原判決は、憲法一九条に保障された思想信条の自由を否定している。そもそも原判決は、共産主義思想に敵意をいだいているようである。その点は、共産党員ないしその同調者を企業破壊者ときめつけ、企業から排除しようとしている被上告人会社の考え(反共労務政策)、行動(日頃の会社の厳しい対応)と一致している。

 しかし、右考えは誤りである。憲法一九条の思想信条の自由の保障は、自分の気に入らない思想を守ることに意義があるのである。反対思想、少数者の思想の自由を守ることが憲法の法意である。もちろん、その中には、沈黙の自由が含まれることもいうまでもない。

 原判決は、次のようにいう。「思うに、日本共産党は天下の公党である。かつての非合法時代のいわゆる地下組織ならともかく、当世共産党員ないし同調者たるほどの者は矜持をもって公然と活動する風尚であるにもかかわらず、なお共産党員ないし同調者であることの公開を憚る向があること(公知の事実である。)」と。そもそも公然と活動することと思想の表明を行うことは異るものである。治安維持法下の共産党員ないし同調者への弾圧は歴史的事実である。自由主義者や宗教家も弾圧されたのである。「反共」はファシズムや戦争の前夜といわれるゆえんである。戦後も、レッドパージ、その他、共産党員ないし同調者の故をもって行われる、労働者の配転、解雇、賃金・昇格差別、人権侵害は数知れずあり、現在、全国各地で、訴訟になっている。本件においても、斉藤所長は、共産党員ないし同調者とみられていることは損ですよといって文書表明をせまっているのである。このような社会的事実、本件での具体的証拠にあらわれた事実を原判決は意識的に無視したものである。「公知の事実」とは何ごとか。自らの偏見と独断を、社会的事実を無視することによって、「公知の事実」として、認知させようとしたみにくい姑息な論理である。そして、更に、原判決は、本件質問(共産党員かどうか聞くこと)ないし、本件書面公付要求(そうでないことを書いて出せという要求)のような事項につき事情聴取をしようとするかぎり、所長が勤務時間中応接室に一係員をよび、余人を避けて事情聴取を行うという、いわば配役と道具立てをもって臨むことは、むしろ時宜を得た措置といわなければならないと判断している。まさに、思想表明の自由の中には、反対思想、少数者の思想の自由は含まれず、沈黙の自由もないといっているのである。これは、憲法一九条の解釈の誤りであると同時に、右条項違反である。更に、重大なことは、思想の自由の重大さを原判決が否定していることである。それも、文書として明言していないが、右判示に表れているように、企業の自由と思想の自由の関係において、企業の自由が優先するという考え方である。前記のような配役と道具立てで行うことがそもそも思想の自由を侵害する手段、方法になり、思想の自由を制限する合理的根拠をなくしているのである。一審判決は、そのように述べている。同一事実を見ながら、思想の自由を人間の尊厳として尊重するか否かのちがいが、結論におけるちがいとして現出するのである。このような原判決と一審判決の理念のちがいと同時に、背景事実又は社会的事実を事実として認識するか、故意に無視するかのちがいでもある。勿論、背景事実も証拠により裏付けられたものである。一審判決は、共産党員ないしその同調者に対する会社(東京電力)の日頃のきびしい対応(労務管理上、会社にとって好ましくないものとしてその動向を把握し、対策をたてる--いわゆる反共労務政策とその実行)をぬきにして、本件事実の認定及び、違法性の判断をすることができないとして、労基法三条、民法一条の二の法意から雇用関係成立後の労働者の思想の自由は、企業の自由によって合理的理由且つ適切な手段方法で制限されないかぎり、保障されなければならないとした。そして、本件には、制限の合理的根拠もなく、手段方法も強制にわたるもので違法であり許されないとしたのである。原判決は、社会的事実や、証拠に表れた事実を無視している。「公知の事実」という表現で、証拠に表れた事実や社会的事実を無視することはできない。その意味で、原判決は証拠裁判主義を逸脱ないし放棄したものであり、民事訴訟法の原則に違反している。従って、原判決は民訴法三九四条に該当するものである。そして、裁判官は憲法、法律のみに拘束されるとする憲法七六条三項にも違背している。勿論、原判決は、民法一条の二の解釈基準や労基法三条の法理に違背しており、そのことが判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決は破棄をまぬがれないものである。

4 不法行為の要件について

 原判決が、思想の自由を否定し、人間の尊厳としての重大さを無視したことは、前述のとおりである。従って、原判決は、本件質問行為、本件書面交付要求は、時宜を得たものとして、有効適切に行えるという、とんでもない誤りの論理に立っていることは前述した。

 ところで、原判決も、さすがに、書面交付要求まで、企業の自由として、制約なしに自由にできるとするには、気おくれがしたか、又は、心苦しさをおぼえたのか、恐怖心を生ぜしめるに足りる害悪を加える旨を通告し又は不法に有形力を用いて本件質問及び本件書面交付要求をすれば違法であるとし、結局右要件がないので不法行為に該らないとした。そして、右要件がないから、渡辺は自己の意思決定の自由を完うしたというのである。この論理は、まず事実からしておかしい。一審判決は証拠により、渡辺が、本件話し合いの直後、屈辱感から一時は仕事が手につかないほど精神的衝撃を受けたこと、直ちに、義弟武井、中村牧師に事実をのべ相談していることなどの事実、斉藤所長は、執拗に、書かねば損になるということをいいながら、文書交付をせまった事実等を認定している。これらの事実を原判決は何の証拠もなしに、無視してしまった。原判決の不法行為の要件自体、不当なものだが、右事実からすれば、原判決の要件をも充足する事実があったのであり、本件質問及び書面交付要求は、まさに強要されたことは明白であり、渡辺の意思決定の自由にも大いに侵害をなしたものである。さて、そのような事実無視もさることながら、思想表明強制事件について、原判決のように狭い要件に限定することは誤りである。原判決は、前述したとおり、思想表明の自由を否定し、一審判決がいう雇用関係成立後の労使間に生ずる思想表明の自由の保護法益性をも否定したため、不法行為の要件を暴行、脅迫、監禁等刑事犯罪の要件として、設定したものであり、その誤りは明白である。思想表明事件に限らず、右のような要件があれば、事実上の不法行為を構成するのみならず、刑事犯罪を構成することになるのである。次に思想表明の自由と意思決定の自由とは異る範疇の問題である。本件を単に意思決定の自由としてだけとらえる原判決の見解は誤りである。渡辺令子の意思決定の自由のみを問題にすると、本件を非常に狭い限定された事実からのみ認識することになる。従って、原判決のいうように、不法行為の要件も、右意思決定の自由を制限する直接的形態、暴行、脅迫の要件に限られることになってしまう。本件は、思想表明をせまる側の問題を解明しなければならない事案である。思想表明事件は、その思想表明をせまられた者の内心の意思決定の自由だけを問題にしていたのでは、正しい解明がされ得ない。思想表明をせまる側の動機や背景事実、そして、必要性や合理性があったか否かが重要なメルクマールである。もちろん、同時に、手段、方法の適切さが問題となる。原判決には、手段方法のみを問題にし、それも刑事犯的狭さで解釈しようとした誤りがある。思想表明の自由は、反対思想の自由の保障であり、沈黙の自由を含むものであるから、それを問うことの社会的相当性、合理的理由を必要とし、且つ、その手段方法も適切なものでなければならないとする一審判決は正しい。原判決は、一審判決の見解に何ら批判や検討を加えず、独自の判断(誤りの判断)を行ったものであり、一審判決と比較して、その誤りは明白であり、独断と偏見にもとづく、低劣な内容といわざるを得ない。

5 原判決の事実認定の誤りにいて

 原判決の事実認定は証拠に基かない違法なものである。証拠の客観的な評価をせず、自己に都合のよい部分(一貫性、合理性などを無視して)のみをとり上げ、まったく事実と異なる事実を捏造している。一審判決ときわだった本件事件の事実認定のちがいを見せている。原判決はいう、「本件話合いにおいて、(控訴人)斉藤と(被控訴人)渡辺との遺取ないし応酬は、本件質問及び本件書面交付の要求を軸として互角に経過していたが、終盤に及んで、渡辺が斉藤を凌駕し、本件書面交付を頻りに求めてやまない斉藤の目論見を挫折させて本件話合いを思い通りに終熄させた。斉藤は本件質問及び本件書面交付の要求行為によって渡辺に恐怖心を生ぜしめるにいたらなかった。渡辺は本件話合いを通して自己の意思決定の自由を完うした。」と。斉藤、渡辺については、一審で、いろいろな角度から尋問がなされている。右両者の供述は全体の流れの中で正確に理解されなければならない。原判決は、本件話合いの中の事実で、東京電力や斉藤に都合のよい部分的供述の片言隻句をとりあげて、加害者と被害者を逆転させたのである。共産党員ないしその同調者に対する会社の日頃の厳しい対応を背景事実として把えれば、右原判決の事実認定の誤りは明白である。右背景事実を考慮にいれなくても、右約一時間にわたった話し合いを、場所的、時間的、そして、動機の面から検討すれば、原判決の事実認定の誤りはまた明らかである。原判決は、書面交付要求を「渡辺はいよいよ噂のとおり共産党員であるという風に皆に『そう思われてもいいの』と言ってやんわりと再考を促す場面も一再ならずあった」等と認定しているが、言い方がやさしく云ったか、脅迫的にいったかは、あまり問題でない。やさしい言い方であろうと、右のような発言を、勤務時間中、応接室で、職場の最高上司が、一係員に対して行うことは、強制なのである。まして、会社は、共産党員ないし同調者を企業にとって好ましくないものとして、陰に陽に、差別したり、職場から排除したりしようとしており、斉藤がいうように、会社は自民党、組合は民社党であり、渡辺は、共産党員ないしその同調者と見られているから、損になるといっているのであるから、斉藤所長が、どのようなやさしい言い方をしようと、その発言内容は、強制の契機を充分に宿しているのである。一審判決は、右事実を正しく認識し判断しているのである。原判決は、このように事実認定においても重大な事実誤認をしているのである。

6 本件行為の動機について

 原判決は、本件行為の動機について、「赤旗」記事の出所調査としている。渡辺は、一審以来、転向強要の目的と主張している。一審判決は、転向強要につき疑問を提しつつ、直接的動機は「赤旗」記事の出所問題とした。しかし、本件話し合いの中に右記事問題は出ず、職場内で、記事に関して話題になるようなこともなく、会社によって、何ら対策もとられなかったことを認定し、記事の出所問題は、単に斉藤がそう供述したことのみで、認定したものであった。ところで、原判決は、全く証拠に基づかない事実を認定し、動機の認定の基礎とした。原判決は、「赤旗」記事が営業所内に物議をかもした、営業所の中で、かねてから共産党員ないし同調者として目され「二階の渡辺、一階の名取」と噂の高かった両名を措いて他に取材源となる者はいないと看て取り、その嫌疑に基づいて、……と認定したが、この認定は全く証拠に基づかないもので、事実の捏造である。一審判決でも明らかであるが、「赤旗」(乙四号証)の記事が職場に物議をかもしたなどの事実は全くなく、職場の単なる、共産党員ないし同調者であるとのうわさである、「二階の渡辺、一階の名取」と、具体的「赤旗」の記事を結びつける証拠は、どこにもないし、社会的常識から考えても、そんなことはわかろうというものである。職場のほぼ全員が「赤旗」を読んでいないだろうし、会社にとっては、「赤旗」の読者になることを好まないことはいうまでもないことであろうし、記事中に一言でてくる「E営業所」なる文言で、職場に物議がかもし出されることなど本件証拠の中からも現になかったことだが、社会的常識で考えても、あり得ないものである。一審判決は、話合いの中で、記事問題が全く出ず、会社も記事問題でなんの対策もとらず、まして、右記事中の節電運動に関しては、渡辺は、業務上関係のないところにおり、知り得る地位にもいなかったことを認定してる。証拠に基づかない、独断、偏見の原判決の事実認定がここにも端的に表われているのである。

7 結論

 以上、原判決の誤りを、具体的に、各方面から検討し、一審判決との対比で、批判してきた。前記一で指摘したように、一言で、原判決を批判すれば、虚構と偏見による誤れる判決ということができる。原判決の根底には、労働者敵視の思想、特に共産党員ないしその同調者に対する敵視の思想があり、それは、東京電力や斉藤所長と共通するものであり、そのためには、企業の自由をすべてに優先させ、思想の自由を否定してしまうという前近代的な判決である。企業の自由をすべてに優先させるため、事実認定も、証拠に基づかない、まさに、採証法則も、自由心証主義も逸脱し、明らかな事実誤認を平然と行って恥じない厚顔な態度の判決である。判決にあらわれた右のような態度は、控訴審の審理を通じて、貫かれていた。原判決は、もはや、裁判の名に値しないものであり、裁判の権威を失墜させるものである。最高裁判所は、原判決を直ちに破棄して正しい判断を行うことによって、裁判の権威の確立をはかられたいと強く望むものである。〈以下略〉

〈参考--上告理由「目次」〉

第一、はじめに

第二、原判決の総括的批判(一審判決との対比を中心として)

 一、はじめに

 二、一審判決の概要と意義

  1 一審判決の概要

  2 一審判決の意義と評価

 三、原判決批判

  1 虚構と偏見に基づく原判決

  2 原判決は手続的に無効な判決である

  3 思想の自由を否定する原判決は違憲、違法である

  4 不法行為の要件について

  5 原判決の事実認定の誤りについて

  6 本件行為の動機について

  7 結論

第三、原判決の虚構と偏見の根源

 一、はじめに

 二、不法な「有形力を行使する」中川裁判長

 三、ヒステリックで、傲慢で独断的な中川裁判長

 四、不意打ちが得意な中川裁判長

 五、憲法及び労働者敵視の中川裁判長

 六、中川裁判長は裁判官として不適格である

第四、控訴審の手続における違憲性

 一、憲法第三二条違反

 二、第一回口頭弁論における訴訟指揮の違法性

 三、第二回口頭弁論における訴訟指揮の違法性

 四、第四回口頭弁論における訴訟手続の違法性

 五、中川幹郎の本質

 六、第五回口頭弁論の異常さ

 七、結論

第五、憲法第一九条違反

 一、原判決の論旨

 二、その誤り

 三、企業における労働者の思想の自由と干渉の違法性

 四、沈黙の自由

 五、宣明文書提出強制の違憲、違法性

 六、協力義務の範囲、限度と調査の合理性

第六、市民的及び政治的権利に関する国際規約第一八条違反

 一、思想・良心の自由の根源的重要性

 二、国際人権規約

 三、アメリカにおける思想の自由

 四、人権規定の私人間効力

 五、まとめ

第七、思想信条の自由の侵害と不法行為の成立について

 一、民法第七〇九条の解釈の誤りと審理不尽の違法

  1 原判決の「強要」概念とその誤り

  2 「強要罪」概念の使用の誤り

  3 不法行為の要件に関する一審判決の解釈の正当性

  4 民法第七〇九条における違法性の正しい解釈について

 二、被上告人斉藤の上告人に対する思想表明強要は、民法七〇九条の要件を充足する

  1 はじめに

  2 憲法第一九条の意味するもの

  3 民法第七〇九条の正しい解釈

  4 本件侵害行為

  5 原判決の誤り

  6 結論

第八、被上告人会社の一貫した反共差別労務政策の存在についての審理不尽

 一、被上告人斉藤の行為の本質とその背景

 二、被上告人会社の反共労務政策の基本的特徴

 三、反共労務政策のねらいとその結果

 四、反共労務政策と本件不法行為

 五、結論

第九、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反について(事実認定を中心にして)

 一、憲法第七六条違反

  1 裁判官の良心

  2 原審裁判官の「良心」の内容

  3 主観的「良心」に基く事実認定

 二、法令違反--自由心証主義違反

  1 理由不備

  2 証拠の取捨判断の恣意性

  3 経験則違反

 三、結論

第一〇、結論

 

環昌一裁判長反対意見つき公務員プラカード事件 最高裁昭和55年

憲法判例百選 第6版 A2 第7版 A3    第8版A3     懲戒処分取消事件 菅野12版は採用せず

最高裁判所第3小法廷判決/昭和49年(行ツ)第4号

昭和55年12月23日

【判示事項】      1、国家公務員法103条1項、人事院規則14-7第5項4号、第6項13号の規定の違背を理由とする懲戒処分と憲法21条

            2、一般職の国家公務員がメーデーの集団示威行進に際し内閣打倒等と記載された横断幕を掲げて行進する行為が人事院規則14-7第5項4号、第6項13号に該当するとされた事例

【判決要旨】      1、国家公務員法102条1項、人事院規則14-7第5項4号、第6項13号の規定の違背を理由として懲戒処分を行うことは、憲法21条に違反しない。

            2、郵便外務を職務とする一般職の国家公務員が、メーデーの集団示威行進に際し約30分間にわたり、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」と記載された横断幕を掲げて行進する行為は、特定の内閣に反対する政治的目的を有する文書を掲示したものとして人事院規則14-7第5項4号、第6項13号に該当する。(2につき反対意見がある。)

【参照条文】      憲法21

            国家公務員法102-1

            人事院規則14-7

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集34巻7号959頁

            訟務月報27巻4号758頁

            最高裁判所裁判集民事131号421頁

            裁判所時報810号1頁

            判例タイムズ430号48頁

            判例時報991号31頁

            労働判例353号22頁

【評釈論文】      教育委員会月報32巻12号13頁

            警察公論36巻12号137頁

            ジュリスト735号83頁

            ジュリスト738号61頁

            ジュリスト臨時増刊743号12頁

            別冊ジュリスト88号146頁

            地方公務員月報212号53頁

            時の法令1100号54頁

            法学協会雑誌100巻5号1001頁

            法曹時報36巻7号134頁

            民事研修292号25頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

 被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人藤堂裕の上告理由及び上告代理人貞家克己、同近藤浩武、同矢崎秀一、同粂田富史、同中原司良の上告理由第一点について

 一 本件につき原審が確定した事実関係は、次のとおりである。

 (一) 被上告人は、昭和三六年一〇月五日本所郵便局に臨時雇として採用され、同三九年七月一日第二集配課勤務となり、郵便外務(配達)をその職務とする一般職の国家公務員であつて、行政過程に関与せず、単に機械的労務を提供するにすぎない非管理職の現業公務員である。

 (二) 被上告人は、日曜日で勤務時間外である同四一年五月一日、東京都立代々木公園で行われた第三七回中央メーデーの集会に参加し、さらに同集会後に行われたメーデー参加者による集団示威行進に参加したが、右集団示威行進に際し、会場出発後約三〇分間にわたり、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒―首切り合理化絶対反対全逓本所支部」と記載された横断幕(横約二・五メートル、縦約一メートルの布製の横断幕の両端を竹竿で支えるもの)を掲げて行進した。右行為は被上告人の職務又は国の施設を利用することなく行われたものである。

 (三) 右横断幕の記載文言は、全逓信労働組合本所支部の選定にかかるものであり、被上告人は、同支部青年部副部長として横断幕の記載文言の選定に参加し、また自らその文言を書くなどして指導的な役割を果たしたものである。

 (四) 上告人は、被上告人の右行為は人事院規則一四―七(以下「規則」という。)五項四号、六項一三号に該当し国家公務員法(以下「法」という。)一〇二条一項に違反するから、被上告人は法八二条一号及び三号に該当するとして、同年一一月二二日付で被上告人に対し戒告の懲戒処分をした。

 二 原審は、以上のような事実を確定したうえ、法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定は被上告人の本件行為に適用される限度で憲法二一条に違反するから、右規定を適用してされた本件戒告処分は違法である、と判断した。

 三 論旨は、要するに、原審が法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定は被上告人の本件行為に適用される限度において憲法二一条に違反すると判断したことは、憲法の解釈適用を誤つたものである、というのである。

 四 ところで、法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定の違背を理由として法八二条の規定により懲戒処分を行うことが憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁)の趣旨に徴して明らかであるから、原判決は憲法二一条の解釈適用を誤つたものというべきである。そして、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は、その余の点につき判断するまでもなく、破棄を免れない。

 そこで、進んで、本訴請求の当否について判断するに、被上告人はメーデーにおける集団示威行進に際し約三〇分間にわたり、「アメリカのベトナム侵略に加担する佐藤内閣打倒」と記載された横断幕を掲げて行進したというのであるから、被上告人の右行為は特定の内閣に反対する政治的目的を有する文書を掲示したものとして規則五項四号、六項一三号に該当し法一〇二条一項に違反するものと解するのが相当である。

 次に、被上告人は本件戒告処分は公務員の憲法擁護義務に違反すると主張するが、前記のとおり被上告人の本件行為を理由に戒告処分をすることは、憲法に違反するものではないから、右主張は採用することができない。また、郵政職員が法一〇二条一項に違反する政治的行為を行つた場合には、それが労働組合活動の一環として行われたとしても、法八二条の規定による懲戒処分の対象とされることを免れない。

 したがつて、被上告人の本件行為は、法八二条一号及び三号の懲戒事由に該当するというべきであるが、上告人が職員につき懲戒事由があると認める場合にいかなる処分を選択すべきかについては上告人の裁量に任されているものと解されるところ、一方において被上告人の行為が前記のとおりのものであり、他方において上告人の選択した被上告人に対する処分が懲戒処分として最も軽い戒告処分であることを考えると、仮に被上告人が主張するように他に被上告人と同様の行為をしながら処分を受けない者がいたとしても、右処分をもつて社会通念に照らし合理性を欠き懲戒権の濫用にあたるものということはできない。してみれば、被上告人の本件行為を理由としてされた本件戒告処分にはこれを取り消すべき違法はなく、同処分の取消を求める被上告人の請求は失当として棄却すべきものであり、これを認容した第一審判決は取消を免れない。

 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官環昌一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官環昌一の反対意見は、次のとおりである。

 本件の主要な論点は、(ア) 法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定が憲法二一条に違反するものでないかどうか、(イ) 右各規定が合憲であるとされた場合、被上告人の本件行為に右各規定を適用してされた本件懲戒処分が正当であるかどうかである。多数意見は、当裁判所昭和四九年一一月六日の大法廷判決(以下「大法廷判決」という。)の趣旨に徴して法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定の違背を理由として懲戒処分を行うことが憲法二一条に違反するものではないと判示する。そこで、以下大法廷判決の判示するところに即しつつ右の論点について順次私見をのべることとする。

 一 先ず(ア)の論点について検討する。

 (一) 大法廷判決は公務員(ここでは国家公務員を念頭において考える。)に対する政治的行為制約の憲法上もつ意義一般について、政治的行為が政治的意見の表明としての面において憲法二一条による保障を受けるものであり、しかも同法条の保障する表現の自由は、民主主義国家の基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであるが、同時に公務員によつて運営される行政の中立性の確保と国民のこれに対する信頼の維持もまた憲法の要請するところであるから、特に行政にたずさわる公務員に対し政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為をすることを禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるとの趣旨を判示する。右の判示はもとより正当であり、国民の表現の自由を国の権力特に行政上のそれの行使による侵害から保障するという観点からすれば、公務員がその公務の執行に当つて政治的中立性を堅持すべきことはむしろ表現の自由保障の基本条件であるとさえいうことができる。

 (二) 他方、公務員も、その生存のすべてを国に捧げているものではなく、現行法のもとではその公務員としての職種・地位等によつて広狭の差は大きいがそれぞれに国民全体の一員としての私的生存の部面を保有するものであり、その面において政治的意見の表現を含む表現の自由の保障を受けるべきものであることはいうまでもないから、公務員に対する政治的行為の禁止は、それが前述のように合理的で必要やむをえない限度にとどまる限りにおいてのみ憲法上許容されるものであり(以下このことを「合理的最小限度の原理」という。)、当然のこととして、右の禁止はあくまでも例外としてのものである。このことは、公務員の政治的行為の制限を論ずるに当つて忘れることがあつてはならないものと考えられる。

 (三) 大法廷判決は、前記判示の趣旨を前提として、法一〇二条一項、規則五項三号、六項一三号の規定が、公務員に対し、その職種や職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損なう行為のみに限定することなく、公務員の一定の行為を一律に違法として禁止しているからといつて右各規定が合理的最小限度の原理に反するものではないとの趣旨を判示する。この判示の趣旨は、本件における法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定の合憲性についても妥当するものと考えられるが、私も、これらの規定が前記のようにすべての公務員に一律に一定の類型の行為を政治的行為として禁止していることのみを根拠として、それが合理的最小限度の原理に反する違憲の立法であるとするのは相当でないと考える。しかしながら、すでにのべたように、ひとしく公務員といつても、現行公務員法制のもとにおいてその生存を国に捧げる度合いないし広狭は多種多様であるから、合理的最小限度の原理に基づく憲法上の要請をより一層高度に達成しようとすれば、各種の公務員それぞれの実体に即応するよう緻密に配慮した立法がされることが望ましいところであり、その意味で現行法制の不十分を指摘することができないわけではないであろう。しかし、そのためには現行公務員制度全体の再検討を前提とする実質上、立法技術上の多大の困難が存することは見易いところであることからすれば、後にのべるようにこれらの規定の解釈・適用の段階において合理的最小限度の原理に対する慎重な考慮がされることを前提とする限り、右の各規定の合憲性はこれを肯定すべきものと考える。

 (四) 大法廷判決は、更に、公務員の政治的行為に対する法一一〇条一項一九号(罰則)の適用に関してではあるが、具体的な行為につき罰則を適用する限度においてという限定を付して右罰則を違憲と判断することは、法令の一部を違憲とするにひとしいとして、このような判断の形式を用いることは許されないとの趣旨を判示する。この趣旨は、本件における前記法一〇二条一項、規則五項四号、六項一三号の規定の合憲性の判断についても同様であるというべきである。私は、以上のように考えるから、右法及び規則の規定が憲法二一条に違反するものでないと解する。

 二 そこで進んで前記(イ)の論点について考察する。

 (一) 法一〇二条一項の委任に基づき公務員に対して禁止される政治的行為を目的と行為の両面から定義する規則五項、六項それぞれの各号の規定を通覧すると、その内容は各種の行為を類型別に極めて細密かつ網羅的に定めるものということができ、しかもその禁止の効力は行為がなんらの名義又は形式をもつてするを問わず及ぶものとされている(規則六項一七号)から、公務員の行う政治的行為として許されるのは、法一〇二条一項の定める選挙権の行使のほか、辛うじて極めて限られた範囲の消極的行為だけであるといつてよいようにみえる。その結果、このように定められた規則五項、六項それぞれの各号の規定を具体的な公務員の行為に適用するに当つて、その行為がこれら各号の規定の定める要件に該当するかどうかをその形式的文言のみによつて決するとすれば、およそ政治的色彩のある行為であつて許容される行為を発見するのに苦しまざるをえないであろう。のみならず、大法廷判決の判示するように、特に国家公務員については、その所属する行政機構の多くは広範囲にわたるものであるから、当該政治的行為のもたらす弊害が軽微なものであつても、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過少に評価することがあつてはならないということになると、当該公務員の具体的な行為が、その者の職種・職務権限や当該行為の態様等から、実質上行政の中立性を損ない、これに対する国民の信頼の維持をゆるがすようなものとは法的良識に照して認められないような場合にまで禁止違反の責めを問うことになりかねず、かくては個々の公務員にとつて合理的最小限度の原理は単なる名目ないし画餅にすぎないこととなる場合がないとはいえない。このような見地から、私は、大法廷判決が、衆議院議員の選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為が規則五項三号、六項一三号の規定に違反するものであり、この行為に法一一〇条一項一九号の罰則を適用することは、当該公務員の職務内容が機械的労務の提供にとどまるものであり、当該行為が勤務時間外に、国の施設を利用することなく、職務を利用せず又はその公正を害する意図なく、かつ、労働組合活動の一環として行われた場合であつても違憲でない旨判示する趣旨を、規則五項、六項それぞれの各号の定める政治的目的を有する行為のすべての解釈・適用にあたつて安易に一般化すべきものではないと考える。要するに、合理的最小限度の原理は、関係実定法規の憲法二一条への適合性の判断基準であると同時に、その解釈・適用の基本原則であり、かつ、その結果として当該公務員に対してされた具体的処分の正当性の有無を決定する原理でもなければならないと思うのである。

 (二) 以上の観点に立つて本件をみると、被上告人の本件行為の社会的実体は、昭和四一年のメーデーにおける示威行進に一労働組合員として参加したことにほかならない。本件横断幕は行進の趣意をあらわす標識であり、その掲出行為は本件行進を示威行進たらしめる要素として行進そのものに包摂される行為というべきである。そして本件行進に接する一般国民は右掲出の結果としてそれがメーデーの一行事であることを容易に理解しえたものと考えられる。当時すでにわが国においても、メーデーが年中行事として世界的に広く行われる労働者の祭典であり、私企業労働者のみならず公務員その他の公共事業の労働者等が参加して、労働者の団結と連帯を誇示する行事であることの認識は国民の間に広く行きわたつており、たとえそこに何ほどかの政治的色彩が認められるとしても、公務員の労働組合等がこれに参加することによつて、国民に、行政の中立性が損なわれるとの危虞の念を起こさせるようなものでなかつたし、このような立場から右行事を論ずることが一般であつたような事実もなかつたことは公知の事実というべきである。また、本件横断幕に記載された文言も右メーデーにおけるスローガンの一つであると認められ、被上告人ないしその属する一群の行進者が、特にメーデーの行進を利用して当時の佐藤内閣の打倒を国民に訴えるべく一般の参加者とは特異の行動をしたものであるとも認められない。そうすると、右横断幕の文言の故にその行進が政治的目的をもつものと解することができないものではないとしても、横断幕の掲出そのものに特に一個の政治的行為としての法的意義を認めようとすることは、右にのべたメーデーにおける行進の実体にそぐわない無理な解釈というほかはない。また、このように解することは、規則六項一〇号の規定が特に政治的目的をもつてする示威行進を政治的行為の類型の一つに掲げたうえ、おそらくは合理的最小限度の原理に配慮して単に行進に参加したにとどまる公務員の行為を禁止すべき行為としなかつたと解せられる右規定の趣旨を没却するものとのそしりを免れないものである。なお、原審認定の事実中には、被上告人が右示威行進を企画し、組織し若しくは指導したとの事実をうかがうに足るものは存しない。

 そうすると、被上告人の本件行為を規則六項一〇号所定の類型に属する行為とみることなく、六項一三号の規定によつて禁止された政治的行為に当るものとしてされた本件懲戒処分には法令の解釈・適用を誤つた違法があり、本件懲戒処分はすでにこの点において取消を免れないものというべきである。原審が、右各規定を、被上告人の本件行為に適用する限度において違憲としたことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して誤りとするほかはないが、本件懲戒処分を取り消すべきものとした結論はこれを維持すべきものであるから、結局論旨は理由がなく、本件上告はこれを棄却すべきものである。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  環 昌一

           裁判官  伊藤正己

           裁判官  寺田治郎

 

寺田治郎裁判長名判決 女子若年定年制事件 最高裁昭和56年 民法判例百選第9版 13事件

憲法判例百選 第6版 12事件 第7版 11事件 第8版 10時五県 佐藤幸治2版186頁

雇用関係存続確認等請求事件

 

【事件番号】       最高裁判所第3小法廷判決/昭和54年(オ)第750号

【判決日付】       昭和56年3月24日

【判示事項】       定年年齢を男子60歳、女子55歳と定めた就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分が性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条により無効とされた事例

【判決要旨】       会社がその就業規則中に定年年齢を男子60歳、女子55歳と定めた場合において、担当職務が相当広範囲にわたつていて女子従業員全体を会社に対する貢献度の上がらない従業員とみるべき根拠はなく、労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡は生じておらず、少なくとも60歳前後までは男女とも右会社の通常の職務であれば職務遂行能力に欠けるところはなく、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないなど、原判決の事情があつて、会社の企業経営上定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由が認められないときは、右就業規則中の定年年齢を男子より低く定めた部分は、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効である。

【参照条文】       憲法14-1

             民法1の2

             民法90

             労働基準法1章総則

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集35巻2号300頁

             最高裁判所裁判集民事132号321頁

             裁判所時報812号3頁

             判例タイムズ440号53頁

             判例時報998号3頁

             労働判例360号23頁

【評釈論文】       季刊労働法120号116頁

             ジュリスト745号100頁

             ジュリスト臨時増刊768号14頁

             ジュリスト777号113頁

             別冊ジュリスト73号48頁

             別冊ジュリスト95号20頁

             別冊ジュリスト101号44頁

             別冊ジュリスト104号38頁

             時の法令1106号45頁

             判例タイムズ472号10頁

             法学協会雑誌99巻12号162頁

             別冊法学教室基本判例シリーズ2号14頁

             法曹時報36巻8号109頁

             法律のひろば34巻6号51頁

             民商法雑誌85巻5号840頁

             労働判例367号10頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人小倉隆志の上告理由第一点について

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

 同第二点ないし第七点について

 上告会社の就業規則は男子の定年年齢を六〇歳、女子の定年年齢を五五歳と規定しているところ、右の男女別定年制に合理性があるか否かにつき、原審は、上告会社における女子従業員の担当職種、男女従業員の勤続年数、高齢女子労働者の労働能力、定年制の一般的現状等諸般の事情を検討したうえ、上告会社においては、女子従業員の担当職務は相当広範囲にわたつていて、従業員の努力と上告会社の活用策いかんによつては貢献度を上げうる職種が数多く含まれており、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を上告会社に対する貢献度の上がらない従業員と断定する根拠はないこと、しかも、女子従業員について労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡が生じていると認めるべき根拠はないこと、少なくとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば企業経営上要求される職務遂行能力に欠けるところはなく、各個人の労働能力の差異に応じた取扱がされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないことなど、上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない旨認定判断したものであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。所論引用の判例は事案を異にし、本件には適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  寺田治郎

           裁判官  環 昌一

           裁判官  横井大三

           裁判官  伊藤正己

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