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カテゴリ:憲法 > 特別刑法

金築誠志裁判長名判決 チョコレート缶事件最高裁平成24年

刑事事実認定重要判決50選3版81

覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成23年(あ)第757号

平成24年2月13日

【判示事項】       1 刑訴法382条にいう事実誤認の意義

             2 刑訴法382条にいう事実誤認の判示方法

             3 覚せい剤を密輸入した事件について,被告人の故意を認めず無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例

【判決要旨】       1 刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいう。

             2 控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある。

             3 覚せい剤を密輸入した事件について覚せい剤を輸入する認識がなかった旨の弁解が排斥できないなどとして,被告人を無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は,その弁解が客観的事実関係に一応沿うもので第1審判決のような評価も可能であることなどに照らすと,第1審判決が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず(判文参照),刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,同法411条1号により破棄を免れない。

             (補足意見がある。)

【参照条文】       刑事訴訟法382

             刑事訴訟法397-1

             刑事訴訟法411

【掲載誌】        最高裁判所刑事判例集66巻4号482頁

             裁判所時報1549号83頁

             判例タイムズ1368号69頁

             判例時報2145号9頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       ジュリスト1444号104頁

             ジュリスト1453号187頁

             別冊ジュリスト232号228頁

             判例時報2181号199頁

             法学教室390号付録42頁

             法曹時報67巻2号292頁

             法律時報85巻1号124頁

             法律時報86巻6号103頁

             法律のひろば65巻5号45頁

             刑事法ジャーナル36号82頁

             法政法科大学院紀要9巻1号27頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 本件控訴を棄却する。

 

       理   由

 

第1 上告趣意に対する判断

  弁護人浦崎寛泰,同南川学の上告趣意のうち,憲法39条違反をいう点は,検察官の上訴は同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問うものでないから,前提を欠き,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

第2 職権判断

  所論に鑑み職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

 1 本件公訴事実の要旨及び本件審理の概要

   本件公訴事実の要旨は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,平成21年11月1日,マレーシア所在のクアラルンプール国際空港において,成田国際空港行きの航空機に搭乗する際,覚せい剤998.79gをビニール袋3袋に小分けした上,缶3個にそれぞれ収納し,これらをボストンバッグ(以下「本件バッグ」という。)に隠して,機内預託手荷物として預けて航空機に積み込ませ,同日,成田国際空港において,本件バッグを航空機から機外に搬出させて,覚せい剤取締法違反である覚せい剤の輸入行為を行い,さらに,空港内の税関の旅具検査場において,税関職員による検査を受けた際,覚せい剤を携帯している事実を申告しないで税関検査場を通過して輸入しようとしたが,職員に覚せい剤を発見されたため,関税法違反である覚せい剤の輸入行為は,その目的を遂げなかった。」というものである。本件については,裁判員の参加する合議体が審理し,第1審は,被告人には缶の中に覚せい剤を含む違法薬物(以下単に「違法薬物」という。)が隠されていることの認識が認められず,犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したが,控訴審は,第1審判決に事実誤認があるとしてこれを破棄し,有罪を言い渡した。

 2 本件の事実関係

   原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりである。

  (1) 被告人は,平成21年11月1日,クアラルンプール国際空港(マレーシア)から成田国際空港行きの航空機に搭乗し,本件バッグを機内預託手荷物として預け,航空機に積み込ませた。被告人は,成田国際空港に到着した後,本件バッグを受領し,これを携帯して成田税関支署の職員による税関検査を受けた。

  (2) 被告人は,携帯品・別送品申告書の「他人から預かった物」を申告する欄に「いいえ」と記載し,税関職員から覚せい剤などの持込禁止物件の写真を示されてそれらを持っているかどうかを尋ねられた際もこれを否定した。

  (3) 税関職員は,被告人の所持品のうち,まず免税袋を検査し,チョコレート2缶とたばこのカートンが入っていることを確認したが,特に不審な点は発見されず,引き続き,本件バッグの検査を行い,チョコレート3缶(以下「本件チョコレート缶」という。)や黒色ビニールの包みが入っていることを確認した。税関職員は,先に検査した免税袋に入っていたチョコレート缶と比べると,本件チョコレート缶は,同程度の大きさであるのに明らかに重いと感じ,免税袋に入っていたチョコレート缶と本件チョコレート缶を持ち比べ,重さの違いからチョコレート以外の何かが入っているのではないかと考えたため,被告人に本件チョコレート缶についてエックス線検査を行うことの了解を求めた(なお,本件チョコレート缶は,いずれも横27cm,縦20cm,高さ4cmの同種の平らな缶であり,各缶の蓋と本体の缶の周囲が粘着セロハンテープで留められていた。各缶の裏面には380gのチョコレートが入っている旨が表示されているが,約334gから約350gの覚せい剤がチョコレートのトレーの下に隠匿されていたため,缶の重量を合わせると約1056gから約1071gであった。)。

    被告人は,直ちに検査を承諾し,本件チョコレート缶に対するエックス線検査が行われた。なお,エックス線検査は,検査室の外にあるエックス線検査装置で行われ,被告人は検査室で待っていたため,エックス線検査には立ち会っていない。

  (4) 税関職員は,エックス線検査を行い,本件チョコレート缶の底の部分にいずれも黒い影が映し出されたことを確認し,検査室に戻り,被告人に対し,エックス線検査の結果については伝えずに被告人がこれらのチョコレート缶を自分で購入したのかどうかを尋ねたところ,被告人は,「ああそれは,きのう向こうで人からもらったものだよ。」と返答した。

    税関職員は,被告人に対し,当初は預り物やもらい物がないと申告したのではないかと尋ねたが,被告人から返答はなく,「それではどのような人にもらったのか,日本人ですか。」と質問したところ,被告人は,「イラン人らしき人です。」と答えた。これらの問答の後,税関職員は,被告人に荷物に関する確認票を作成させた上で,被告人にどれが預かってきたものであるのかを尋ね,被告人は,本件チョコレート缶,黒色ビニールの包み,菓子数点を申告した。

    税関職員は,被告人に黒色ビニールの包みを開けるよう求めたが,被告人が企業秘密の書類だからと答えてこれを拒否したため,本件チョコレート缶について,「エックス線検査をした結果,底の部分に影がありますので確認させていただきたい。」とエックス線検査の結果を説明した上で,缶を開けることの承諾を求めた。被告人が承諾したので,税関職員が被告人の面前で缶を開けたところ,本件チョコレート缶3缶全部から白色結晶が発見された。

  (5) 税関職員は,被告人に対し,「これはなんだと思うか。」と白色結晶について質問したところ,被告人は,「薬かな,麻薬って粉だよね,何だろうね,見た目から覚せい剤じゃねえの。」と答えた。税関職員は,再び黒色ビニールの包みについて被告人に開披を求め,その同意を得てこれを開けると,中には名義人の異なる5通の外国の旅券が入っており,そのうち3通は偽造旅券であった。

    その後,税関職員は,白色結晶の検査をして覚せい剤であることを確認し,被告人を逮捕した。

  (6) 被告人は,逮捕された直後は,本件チョコレート缶について,マレーシアで知らない外国人から日本に持って行くように頼まれたと述べていたが,その後は,日本国内にいるナスールという人物から,30万円の報酬を約束され,航空運賃等を負担してもらった上で偽造旅券を日本に密輸することを依頼され,マレーシアでジミーという人物から旅券を受け取った際にナスールへの土産として本件チョコレート缶を持って行くよう頼まれたと述べるようになり,次いで,日本で旧知のカラミ・ダボットから被告人が送金を受けていることについて説明を求められた後に,ナスールから頼まれたのではなく,カラミ・ダボットに頼まれ,ジミーから偽造旅券を受け取り,ダボットに渡した上でナスールに渡すことが予定されていた旨述べた。なお,本件当時,カラミ・ダボットは,本件とは別の覚せい剤輸入事件の共犯者として大阪地方裁判所に起訴され,第1審で無罪判決を受けた後,検察官控訴により大阪高等裁判所で審理を受けている状況にあった。被告人は,こうした訴訟経緯をカラミ・ダボットから聞かされていた。

 3 審理の経過及び第1,2審判決

  (1) 本件においては,本件チョコレート缶を本邦に持ち込む時点において,その缶の中に覚せい剤が入っていることを被告人が認識していたか否か(以下「被告人の覚せい剤の認識」という。)が争われた。

    検察官は,上記の検挙の経過等を立証し,本件犯行の態様や被告人の税関検査での言動,被告人の弁解状況などを被告人の覚せい剤の認識を推認させる間接事実である旨指摘し,これらを総合すれば,被告人の覚せい剤の認識が認められる旨主張した。

    これに対し,被告人は,マレーシアに渡航したのは偽造旅券の輸入を依頼されたためであり,マレーシアでチョコレート缶を受け取った際,一旦は,その中に違法薬物が隠されているのではないかという一抹の不安を感じたが,その後,外見上異常がないことを確認して不安が払拭されたため,税関検査を受けるまで本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているとは思っていなかった旨の弁解をした。

  (2) 第1審判決は,被告人の覚せい剤の認識を裏付けるために検察官が主張した間接事実を6点に分類し,それが被告人の違法薬物の認識を裏付けるかについて,個別に検討している。

    すなわち,第1審判決は,①被告人が本件チョコレート缶を自分で本件バッグに入れて手荷物として日本に持ち込んだという間接事実については,本件チョコレート缶の内容を外側から確認できず,外見的には開封等された様子がなかったことなどを指摘し,この間接事実から,直ちに本件チョコレート缶に違法薬物が隠されている事実が分かっていたはずであるとまではいえないとし,②被告人が30万円の報酬を約束され,航空運賃等を負担してもらった上で,関係者に渡すために本件チョコレート缶を持ち帰っているという間接事実については,被告人が偽造旅券の密輸を依頼されていたと述べ,税関検査時に偽造旅券を所持していたことなどを指摘し,この間接事実から委託物が違法薬物であると当然に分かったはずであるとまではいえないとし,③本件チョコレート缶が不自然に重いという間接事実については,被告人が本件チョコレート缶を他の缶と持ち比べる機会はなく,本件チョコレート缶の重量感からチョコレート以外の物が隠されていると気付くはずであるとはいえないとしている。

    さらに,④被告人の税関検査時の言動に関しては,(ア)被告人が税関検査の際に預り物はないと嘘をついたこと,(イ)被告人が本件チョコレート缶のエックス線検査結果を知らされる前に,税関職員に対し他人から本件チョコレート缶をもらったと述べたこと,(ウ)本件覚せい剤が発見された際等に被告人に狼狽していた様子がうかがわれなかったこと,(エ)発見された白色結晶について税関職員が被告人に質問したところ,被告人が「見た目から覚せい剤じゃねえの。」と発言していることが間接事実として主張されたが,第1審判決は,(ア)については,被告人が厳密な税関検査を受けることを煩わしく思って嘘をつくことはあり得るし,偽造旅券を所持していたことから嘘をついたとも考えられるとし,(イ)については,被告人は本件チョコレート缶を受け取った際に一旦はその中に違法薬物が隠されているのではないかという一抹の不安を感じ,その後,外見上異常がないことを確認して不安が払拭されたというのであり,エックス線検査を行っている状況に置かれた被告人が再度不安を抱いて預り物であると正直に申告しようと考えたというのも十分に理解でき,このような言動により,被告人が違法薬物の存在を知っていたとまで断言することはできないとし,(ウ)については,動揺していることが表情等にどのように表れるかは人によって大きく異なり,この間接事実から直ちに被告人が最初から違法薬物の存在を知っていたとまではいえないとし,(エ)については,被告人がそれ以前の調査の過程で覚せい剤のカラー写真を見せられていたことを指摘し,この間接事実から,被告人が本件覚せい剤の存在を最初から知っていたとはいえないとしている。

    また,⑤被告人が覚せい剤輸入事件で裁判中の者であるカラミ・ダボットらから高額の報酬を約束され,渡航費用を負担してもらうなどして依頼を受けていたことや,⑥被告人の言い分が不自然であることも間接事実として主張された。第1審判決は,⑤の点については,違法薬物との関わりが疑われている人物から高額の報酬を約束されるなどして渡航し,日本国内の第三者に渡すように依頼されて本件チョコレート缶を受け取ったことは,被告人が本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているかもしれないと考えていたことをうかがわせる事実といえると判示しつつ,⑥の点の検討に移り,本件チョコレート缶の中に違法薬物が入っているとは考えていなかったと述べる被告人の弁解について,本件チョコレート缶は外見上異常がなかったこと,被告人は,偽造旅券等の入った黒色ビニールの包みを税関職員等の目に付きにくい本件バッグの底の方に入れていたにもかかわらず,本件チョコレート缶は目に付きやすい本件バッグの最上部に横並びで収納していたこと,被告人は,税関検査の際に上記の黒色ビニールの包みを開けるよう求められた際には,「企業秘密だから。」などと述べて拒絶したにもかかわらず,本件チョコレート缶のエックス線検査や開披検査を求められるや,直ちにこれを承諾したことなどを指摘し,被告人の弁解が信用できないとはいえない旨判示して,被告人に無罪を言い渡している。

  (3) これに対し,検察官が控訴し,事実誤認を主張した。原判決は,被告人が本件チョコレート缶を本邦に持ち込んだ経緯について供述を何度も変遷させており,覚せい剤輸入事件で裁判中のカラミ・ダボットから委託されて渡航した事実を隠そうとしていたことなどを指摘して,被告人の供述は信用し難いと判示し,さらに,検察官の主張した各間接事実のうち,①②④⑤⑥などは,被告人に覚せい剤の認識があったと認定する一つの証拠となり得ると判断し,間接事実の評価等に関し第1審判決が指摘した疑問や説示についても是認できないとした上で,これらを総合すれば,被告人の覚せい剤の認識を認めるのが相当であるとし,第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしてこれを破棄し,覚せい剤取締法違反及び関税法違反の各事実について被告人を有罪と認め,被告人を懲役10年及び罰金600万円に処するとともに覚せい剤3袋を没収した。

 4 当裁判所の判断

  (1) 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。第1審において,直接主義・口頭主義の原則が採られ,争点に関する証人を直接調べ,その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され,それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると,控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。

  (2) 上記のとおり,第1審判決は,検察官主張の間接事実①ないし④は被告人に違法薬物の認識があったと推認するに足りず,また,間接事実⑤はその認識をうかがわせるものではあるが,違法薬物の認識を否定する被告人の弁解にはそれを裏付ける事情が存在し,その信用性を否定することができないとして,被告人を無罪としたものである。

    第1審判決は,これらの間接事実を個別に検討するのみで,間接事実を総合することによって被告人の違法薬物の認識が認められるかどうかについて明示していないが,各間接事実が被告人の違法薬物の認識を証明する力が弱いことを示していることに照らすと,これらを総合してもなお違法薬物の認識があったと推認するに足りないと判断したものと解される。

    したがって,本件においては,上記のような判断を示して被告人を無罪とした第1審判決に論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを具体的に示さなければ,事実誤認があるということはできない。

    このような観点から,以下原判決についてみていくこととする。

  (3) まず,被告人の弁解に関する原判断についてみると,原判決は,偽造旅券の密輸を頼まれただけで違法薬物の認識はなかった旨の被告人の弁解の信用性について検討し,①本件チョコレート缶の所持に至る経緯について,被告人がその供述を二転三転させていること,②被告人は,現行犯逮捕された際,偽造旅券について言及することもなく,動揺することもなく素直に逮捕に応じていること,③被告人は,覚せい剤の密輸に関与していないという弁解を裏付けるために,カラミ・ダボットに事情を聞いてほしい旨の申出をしてしかるべきであるのにそうした申出をした形跡がなく,かえって,カラミ・ダボットのことを隠し通そうとしたことなどを指摘して,被告人の弁解は信用し難いとしている。また,第1審判決が指摘する疑問等の検討を行う中で,④被告人は,容易に粘着セロハンテープを剥がして開封し,内容物を確認できたにもかかわらず,内容物に不安を感じたというのに開封して内容物を調べていないのは不自然,不合理であるとして,缶の外見を確認しただけで不安が払拭された旨の被告人の弁解は信用することができないとも判示している。

    原判決の上記の判示について検討する。

    上記①について,被告人は,逮捕直後には見ず知らずの外国人から本件チョコレート缶を預かった旨弁解していたが,その次にはナスールから偽造旅券の持込みを頼まれてマレーシアに渡航し,ジミーから本件チョコレート缶を土産として預かった旨供述し,最終的には,カラミ・ダボットから送金を受けている事実を指摘された後にカラミ・ダボットに上記内容の依頼を受けた旨の供述を行ったことを公判廷で認めている。原判決が指摘するとおり,被告人の供述には変遷があり,このことは一般に被告人の供述の信用性を大きく減殺する事情であるといえる。しかしながら,被告人の最終的弁解は,カラミ・ダボットから偽造旅券の運び屋となることを頼まれて,マレーシアに渡航し,そこでジミーなる男から偽造旅券を受け取る際に,本件チョコレート缶を預かった,預かった偽造旅券はカラミ・ダボット経由でナスールに渡すものだと聞いていたというものであるところ,この最終的弁解を排斥し得るか否かは,上記のような変遷状況のほか,本件における他の具体的な諸事情をも加味した上で,総合的に判定されるべきものと考えられる。

    上記②について,原判決が指摘する被告人の逮捕時の言動等は,逮捕の際に積極的に弁解せず,抵抗や驚きも示さなかったというものであるが,この言動は,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても,必ずしも説明のつかない事実であるとはいえない。

    上記③については,カラミ・ダボットは本件とは別の覚せい剤輸入事件の共犯者として起訴され,第1審で無罪判決を受けたものの,検察官から控訴されていたものであって,そのような人物から依頼されてマレーシアに渡航して結果的に覚せい剤を持ち込んでいるという本件の経過は,被告人が故意に覚せい剤の輸入に関わったと疑わせる事情であり,被告人がこのような事情を意図的に隠していたことをもって,被告人が故意に覚せい剤の輸入に関与したことを裏付ける方向の事情とみた原判断も,理解できないわけではない。しかし,被告人は,カラミ・ダボットが覚せい剤輸入事件で裁判中であることを知っていたというのであるから,取調官にカラミ・ダボットからの依頼であることを明らかにすることが自己の利益にならないと考えてもおかしくない状況にあり,被告人がカラミ・ダボットからの依頼であることを積極的に明らかにしなかったことは,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても,相応の説明ができる事実といえる。なお,この点に関し,被告人は,当時カラミ・ダボットにだまされたとは思っておらず,以前から親しい付き合いのある同人の名前を出すと,同人が覚せい剤輸入事件で不利になると考えたなどと述べている。被告人は,本件チョコレート缶についてはカラミ・ダボットから運搬を依頼されたわけではなく,現地でジミーから受け取っただけであると供述していることなどを踏まえると,被告人のこの説明もカラミ・ダボットからの依頼であることを積極的に述べなかったことの説明として,必ずしも不合理なものとはいい難い。

    上記④について,原判決は,被告人が本件チョコレート缶に違法薬物が隠されているのではないかという不安を感じたのに,内容物を確認することもなく,外見から見て安心し,不安が払拭されたというのは不自然不合理であると指摘している。しかし,被告人は本件チョコレート缶を他人への土産として預かったもので,チョコレート缶を自由に開封できる立場ではなかったというのであり,また,被告人は,本件チョコレート缶を受領する際に,違法薬物が混入されているのではないかという一抹の不安を覚えたにすぎず,本件チョコレート缶は税関職員が見ても外見上異常がなかったのであって,本件チョコレート缶について開封した形跡がなかったことから不安が払拭されたとする点が,およそ不自然不合理であるということはできない。

    このように,原判決は,被告人の弁解を排斥できないとした第1審判決について,被告人の弁解が信用できないと判示することによりその不合理性を明らかにしようとしたものとみられるが,その指摘する内容は,被告人の弁解を排斥するのに十分なものとはいい難い。被告人の上記弁解は,被告人が税関検査時に実際に偽造旅券を所持していたことや,その際,偽造旅券は隠そうとしたのに,覚せい剤の入った本件チョコレート缶の検査には直ちに応じているなどの客観的事実関係に一応沿うものであり,その旨を指摘して上記弁解は排斥できないとした第1審判決のような評価も可能である。

  (4) 次に,検察官の主張する間接事実に関する原判断についてみると,原判決は,第1審判決が間接事実の評価に関して示した疑問等について検討し,第1審判決の判示は是認できず,間接事実を総合すれば被告人の覚せい剤の認識が認められる旨判示している。

    原判決の上記の判示について検討する。

    原判決は,A被告人が,チョコレートのトレーの下に覚せい剤を隠して一見発見できないように隠匿した本件チョコレート缶を手荷物として持ち込んだことを,被告人の覚せい剤の認識を認定する証拠となり得るとし,この事実を違法薬物の認識を裏付けるものと評価しなかった第1審判決の判示は是認できないとする。手荷物の持ち主は通常は手荷物の中身を知っているはずであると考えられるから,上記のような持込みの態様は被告人の覚せい剤の認識を裏付けるものといい得るが,本件チョコレート缶への覚せい剤の隠匿に被告人が関与したことを示す直接証拠はなく,被告人はチョコレート缶を土産として預かったと弁解しているから,他の証拠関係のいかんによっては,この間接事実は,被告人に違法薬物の認識がなかったとしても説明できる事実といえ,その旨の第1審判決の判断に不合理な点があるとはいえない。

    また,原判決は,B携帯品・別送品申告書に預り物はない旨申告したことや,本件チョコレート缶から発見された白色結晶について問われ「薬かな,麻薬って粉だよね,何だろうね,見た目から覚せい剤じゃねえの。」と答えたことなどの税関検査における被告人の態度を覚せい剤の認識を認める証拠になり得るとし,この事実を違法薬物の認識を裏付けるものと評価しなかった第1審判決の判示は是認できないとする。一般に預り物があるのにその旨を申告しなかった事実は,預り物を隠したいという気持ちがあったことを推測させる事実であるといえるが,被告人は当時本件チョコレート缶だけではなく偽造旅券も預かっていたのであるから,この申告状況は偽造旅券を隠すためのものとも考えられ,その旨の第1審判決の判断が不合理なものとはいえない。また,白色結晶が発見された段階で,その白色結晶が覚せい剤であることを認めるかのような言動をすることは,被告人に覚せい剤の認識があったことを示す方向の事情といい得るものではあるが,被告人はその直前に検査の過程で覚せい剤の写真を見せられていたことも踏まえると,この言動は被告人に覚せい剤の認識がなかったとしても説明できる事実といえ,その旨の第1審判決の判断も不合理なものとはいえない。

    さらに,原判決は,C被告人のマレーシアへの渡航費用について,覚せい剤輸入事件で裁判中のカラミ・ダボットから被告人の口座に振り込まれた資金が使用されていることを被告人の覚せい剤の認識を裏付ける方向の事実と評価している。高額の報酬を約束され,経費も負担してもらって,海外から荷物を日本に運搬することを依頼されたという事実は,違法な物の運搬であることを前提に依頼が行われたことを推認させる方向の事実といえ,その依頼が覚せい剤輸入事件で裁判中の者からの依頼である場合には,覚せい剤に関係する依頼であることを推認させる方向の事情であるともいえる。しかし,本件においては,被告人が偽造旅券の密輸を依頼されたもので覚せい剤の密輸を依頼されていないと供述し,実際に偽造旅券が発見されるなどその弁解に一定の裏付けがあるから,カラミ・ダボットから報酬を約束されるなどして依頼を受けたという事実は,偽造旅券の密輸を依頼されていた旨の被告人の弁解とも両立し得るものである。なお,検察官は,第1,2審において,被告人は,検挙された際に,自分が企図していたのは偽造旅券の密輸であって,缶の中身は知らなかったという弁解をするために偽造旅券を所持していた旨主張していたものであるところ,その可能性は排除されないとしても,被告人は,発覚直後の段階では偽造旅券の運び屋であったなどという弁解を行っておらず,覚せい剤が発見された際弁解するために偽造旅券を所持していたものとも断じ難い。

    そのほかにも,原判決は,D逮捕後にカラミ・ダボットから依頼されていたことを隠そうとして弁解を変遷させた経過や,E被告人が違法薬物が隠されているかもしれないと思ったのに本件チョコレート缶を開封しなかったことなどを,被告人の覚せい剤の認識を裏付ける方向の事実として指摘し,その旨の評価をしなかった第1審判決の判示が不合理である旨判示するが,これらの事実が被告人に違法薬物の認識がなかったとしても説明できる事実であることは既に述べたとおりであり,その旨の第1審判決の判示が不合理であるとはいえない。

    このように,間接事実の評価に関する原判断は,第1審判決の説示が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえないのであって,第1審判決のような見方も否定できないというべきである。

  (5) 以上に説示したとおり,原判決は,間接事実が被告人の違法薬物の認識を推認するに足りず,被告人の弁解が排斥できないとして被告人を無罪とした第1審判決について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価することができない。そうすると,第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

    そして,上記の検討によれば,被告人を無罪とした第1審判決に論理則,経験則等に照らして不合理な点があるとはいえず,第1審判決の事実誤認を主張する検察官の控訴も理由がないことに帰するから,この際,当審において自判するのが相当である。

    よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,396条により検察官の控訴を棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官白木勇の補足意見がある。

 裁判官白木勇の補足意見は,次のとおりである。

 1 これまで,刑事控訴審の審査の実務は,控訴審が事後審であることを意識しながらも,記録に基づき,事実認定について,あるいは量刑についても,まず自らの心証を形成し,それと第1審判決の認定,量刑を比較し,そこに差異があれば自らの心証に従って第1審判決の認定,量刑を変更する場合が多かったように思われる。これは本来の事後審査とはかなり異なったものであるが,控訴審に対して第1審判決の見直しを求める当事者の意向にも合致するところがあって,定着してきたといえよう。

   この手法は,控訴審が自ら形成した心証を重視するものであり,いきおいピン・ポイントの事実認定,量刑審査を優先する方向になりやすい。もっとも,このような手法を採りつつ,自らの心証とは異なる第1審判決の認定,量刑であっても,ある程度の差異は許容範囲内のものとして是認する柔軟な運用もなかったわけではないが,それが大勢であったとはいい難いように思われる。原審は,その判文に鑑みると,上記のような手法に従って本件の審査を行ったようにも解される。

 2 しかし,裁判員制度の施行後は,そのような判断手法は改める必要がある。例えば,裁判員の加わった裁判体が行う量刑について,許容範囲の幅を認めない判断を求めることはそもそも無理を強いることになるであろう。事実認定についても同様であり,裁判員の様々な視点や感覚を反映させた判断となることが予定されている。そこで,裁判員裁判においては,ある程度の幅を持った認定,量刑が許容されるべきことになるのであり,そのことの了解なしには裁判員制度は成り立たないのではなかろうか。裁判員制度の下では,控訴審は,裁判員の加わった第1審の判断をできる限り尊重すべきであるといわれるのは,このような理由からでもあると思われる。

   本判決が,控訴審の事後審性を重視し,控訴審の事実誤認の審査については,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであるとしているところは誠にそのとおりであるが,私は,第1審の判断が,論理則,経験則等に照らして不合理なものでない限り,許容範囲内のものと考える姿勢を持つことが重要であることを指摘しておきたい。

 検察官稲川龍也,同慶徳榮喜 公判出席

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)

薬物事件における故意の認定 最高裁昭和61年

刑事事実認定重要判決50選3版 54事件 百選も掲載

大麻取締法違反、麻薬取締法違反被告事件

最高裁判所第1小法廷決定/昭和61年(あ)第172号

昭和61年6月9日

【判示事項】       1、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持した場合の罪責

             2、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持した場合における没収の適条

【判決要旨】       1、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持した場合には、麻薬取締法66条1項、28条1項の麻薬所持罪が成立する。

             2、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持した場合における覚せい剤の没収は、覚せい剤取締法41条の6によるべきである。(1、2につき補足意見がある。)

【参照条文】       刑法38-2

             麻薬取締法28-1

             麻薬取締法66-1

             覚せい剤取締法14-1

             覚せい剤取締法41の2-1

             覚せい剤取締法41の6

             麻薬取締法68

             刑法19-1

【掲載誌】        最高裁判所刑事判例集40巻4号269頁

             最高裁判所裁判集刑事243号21頁

             裁判所時報940号1頁

             判例タイムズ606号54頁

             判例時報1198号157頁

             刑事裁判資料260号32頁

【評釈論文】       警察研究58巻9号72頁

             研修461号37頁

             ジュリスト868号62頁

             ジュリスト臨時増刊887号148頁

             別冊ジュリスト111号92頁

             判例評論337号210頁

             法学60巻1号259頁

             月刊法学教室73号126頁

             法学新報93巻11~12号123頁

             法曹時報41巻10号233頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 

       理   由

 

 弁護人蒲原大輔の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、被告人本人の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

 所論にかんがみ、原判決の維持した第一審判決の認定事実第三のうち覚せい剤をコカインと誤認して所持した点についての成立犯罪及び右覚せい剤の没収の適条の問題につき職権で判断する。

まず、本件において、被告人は、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持したというのであるから、麻薬取締法六六条一項、二八条一項の麻薬所持罪を犯す意思で、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項の覚せい剤所持罪に当たる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が麻藻か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の罪の限度において、実質的に重なり合つているものと解するのが相当である。被告人には、所持にかかる薬物が覚せい剤であるという重い罪となるべき事実の認識がないから、覚せい剤所持罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い麻薬所持罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである(最高裁昭和五二年(あ)第八三六号同五四年三月二七日第一小法廷決定・刑集三三巻二号一四〇頁参照)。

 次に、本件覚せい剤の没収について検討すると、成立する犯罪は麻薬所持罪であるとはいえ、処罰の対象とされているのはあくまで覚せい剤を所持したという行為であり、この行為は、客観的には覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に当たるのであるし、このような薬物の没収が目的物から生ずる社会的危険を防止するという保安処分的性格を有することをも考慮すると、この場合の没収は、覚せい剤取締法四一条の六によるべきものと解するのが相当である。

 したがつて、これと同旨の第一審判決の法令の適用は正当である。

 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

 この決定は、裁判官谷口正孝の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

 裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。

一1 法廷意見にいうとおり、本件は、被告人において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持したというのであつて、前者の罪の法定刑は一〇年以下の懲役刑(覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項)であり、後者のそれは七年以下の懲役刑(麻薬取締法六六条一項、二八条一項)であり、その目的物も覚せい剤か麻薬かの差異があるので、この場合、被告人に対していかなる罪の成立が認められるのか、そしてまた、それとの関係において本件において押収された覚せい剤の没収をいかなる条規によつて行うべきかが問われているわけである。

 被告人において意図した罪と現に発生した罪との間にそごがある。そして、両罪の構成要件を異にするので、このような場合、学説は一般に抽象的事実の錯誤として論ずるわけである。刑法三八条二項の解釈問題として実務上も問題となる。

 ところで、この範ちゆうに属する事例について、最高裁判所の判例は、以下のような歩みを示している(ここでは、最も頻繁に引用される判例のみをあげる。)。先ず、(イ)暴行・傷害を共謀した共犯者のうちの一人が殺人罪を犯した場合、故意のなかつた他の共犯者については、傷害致死罪の共同正犯の成立を認め(最高裁判所昭和五四年四月一三日第一小法廷決定・刑集三三巻三号一七九頁)、一方において、(ロ)公文書無形偽造教唆行為の共謀者の一人が他の共謀者に謀ることなく公文書有形偽造教唆行為をした場合、無形偽造の認識しかなかつた他の共謀諸について公文書有形偽造教唆の故意の責任を問い(同昭和二三年一〇月二三日第二小法廷判決・刑集二巻一一号一三八六頁)、さらに、(ハ)Ⅰ営利の目的で麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合について、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪の成立を認め、Ⅱ関税法一〇九条一項の輸入禁制品の輸入罪と同法一一一条一項の無許可輸入罪の関係につき、税関長の許可を受けないで、麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合、覚せい剤の無許可輸入罪の成立を認めている(同昭和五四年三月二七日第一小法廷決定・刑集三三巻二号一四〇頁)。そして、以上の各判例については、犯人の認識した罪と現に発生した罪とが構成要件を異にするので、抽象的事実の錯誤に当たり、この場合、両構成要件要素の重なり合う限度において故意犯の成立を認めたもので、学説にいう決定的符合説を採用したものである、という理解が一方にある。

 確かに、(イ)の判例は、法定的符合説をとつた場合十分に説明ができる。しかし、(ロ)、(ハ)のⅠ及びⅡの判例の書合は、両構成要件が重なり合う(あるいは実質的に重なり合う)といつてみても、(ロ)の事例は、客体が公文書という点において重なり合うとしても、犯罪の構成要素としての主体適格を異にし、(ハ)のⅠ及びⅡの事例は目的物が覚せい剤か麻薬であるかの差異があるわけで、両構成要件がいかなる意味で重なり合うといえるのか必ずしも明らかでない。ことに、故意を構成要件要素と考え、あるいは構成要件によつて制約されるという考え方をとる場合、(ハ)のⅠの事例について麻薬輸入罪の成立を認めるためには、「麻薬の種類とかその化学薬品名まで認識する必要はないが、素人が麻薬について理解している程度の意味の認識と当該物件が麻薬であることの認識を必要とする」わけで、この場合も抽象的事実の錯誤に当たり、「両罪の構成要件は重なり合つており、法定刑が同じであるので、両罪の軽重は刑法一〇条三項により決めることとなり、覚せい剤輸入罪が軽い罪であるとすれば、被告人が麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した所為につき、覚せい剤輸入罪の成立をみとめ、その刑によつて処断すべきであろう。」との批判がよせられている。この批判は、右の(ハ)のⅠの判例を同一構成要件における具体的事実の錯誤と解する論者に対する反論という内容となつている。しかし、故意を構成要件要素あるいは構成要件によつて制約されるという考え方を徹底し、麻薬輸入罪の故意の内容を論者のいうように厳格にとらえた場合、私としては麻薬輸入罪と覚せい剤輸入罪の構成要件がいかなる意味において重なり合つているといえるのか、そしてまた、その場合処断刑(刑法一〇条三項)の軽いとされた覚せい剤輸入罪の故意がいかなる構成をとることにより認められることになるのか、やはり理解の届かないものがある。

 いずれにしても、前記(イ)の判例と(ロ)及び(ハ)のⅠ及びⅡの判例をいずれも抽象的事実の錯誤に属するものとして統一的に理解するためには、多くの困難がある。(ロ)及び(ハ)のⅠの判例を具体的事実の錯誤として理解しようとする有力な見解が生ずる所以である。

 2 ところで、(ハ)の-の判例、すなわち、営利目的による麻薬輸入罪と同じ目的による覚せい剤輸入罪の罪質について考えてみよう。「(麻薬取締法と覚せい剤取締法の)両者は共にその中毒性、習慣性のため個人並に社会の保健衛生に危害を及ぼすことが多い薬剤について、その濫用を取締ろうとするものでその目的を同じうし、且つ、その取締方式においても極めて相似たものがあるのであつて、両者別異の法律を以つてこ托を規定したのは単に沿革的理由にすぎない」(大阪高裁昭和三一年四月二六日判決・高刑集九巻三号三一七頁)と説明されているように、両罪がその罪質を同じくするものであることは疑いがない。しかし、そのように両罪の罪質が同じであるということから、両罪の構成要件によつて制約された故意が同一であるとは直ちに帰結できないし、また、このような意味において両罪の構成要件が重なり合うといつても、両罪の故意の同一を断定するについては、さらに説明を必要としよう。

 思うに、構成要件によつて制約された故意の内容としては、「構成要件該当の事実の認識ではなく、構成要件の規定する違法・責任内容の認識こそが決定的」である。つまり、構成要件に該当する自然的・物理的事実の認識を備えれば故意の成立に十分というわけではなく、「立法者が禁止の基礎とした違法・責任内容を行為者が認識しなければ故意は肯定し」えないというべきである。このような観点に立つて故意を理解する限り、違法・責任の質において同一である(罪質を同じくするというのはこの意味においてである。)二つの構成要件((ハ)の1の判例の場合は営利目的による麻薬輸入罪と同じ目的による覚せい剤輸入罪である。)について、同じ法定刑が規定されているときは(右両罪の法定刑は同じである。)、違法・責任の量においても両者は同じである。なお、ここで違法・責任の質、量という場合は、犯罪類型としてのそれを構成要件に即して論じている(以下、この用語はその意味で用いる。)。このように、二つの構成要件を通じて違法・責任の質、量とも同一である場合には、故意の成否が問われる抽象的事実の錯誤の問題を生ずる余地はない。(ハ)のⅠの事例についていえば、犯人において麻薬を覚せい剤と誤認したとしても、故意の成立に影響するところはなく、現に生じた罪が故意に即応したものとして同罪の成立を認めることになる。従つて、この場合、刑法三八条二項の適用を論ずる余地はない。私は、(ハ)のⅠの判例((ロ)の判例も同じであろう。)は、この趣旨を明らかにしたものと理解している。ところで、本件の覚せい剤を麻薬と誤認して所持した場合、故意・犯罪の成立をどのように考えるべきであろうか(そして、(ハ)のⅡの判例も実は本件と同一系列にある。)。両罪の違法・責任の質は同じ(前記罪質の同一)である。しかし、両罪の法定刑を比較してみると、前者につき後者に比べて重い法定刑で罰することとされている。従つて、この事案では、両罪の違法・責任の量を同じであると考えることは許されない。構成要件相互において違法・責任の質を同じくしながら、その量において異なる場合、抽象的事実の錯誤として、違法・責任の量の重い罪の故意の成立は認められず、軽い罪の故意の成立を認め、その故意に対応した軽い罪が成立するということになる(抽象的事実の錯誤について、このように違法・責任の質と量を導入する見解については、町野朔、法定的符合について(上)、(下)、警察研究五四巻四号、五号参照)。一つの構成要件が他の構成要件を包摂する関係にある(イ)及び(ハ)のⅡの判例もこの場合に当たる。

 なお、右の見解に対しては、覚せい剤を所持している場合であるのに、麻薬所持の罪の成立を認めるというのは、余りにも事実と懸隔するとの非難がある。しかし、それは故意を構成要件によつて制約されると考える理論からの帰結であり、その懸隔は、違法・責任の質、量の重い罪(本件では覚せい剤所持罪)の構成要件が、刑法三八条二項により修正を受ける結果(同規定は構成要件の修正を認める実定法上の根拠規定と考えることもできる。)、違法・責任の質、量の軽い罪(麻薬所持罪)が成立するという構成で理めることになろう。

 以上の理由で、本件について麻薬所持罪の成立を認めた法廷意見に賛成する。

二 次に、論旨は、麻薬所持罪の成立を認めながら、押収中の覚せい剤を覚せい剤取締法四一条の六の規定により没収するのは背理であるという。そして、同じ理由により、本件の如き場合は重い罪が成立し、刑法三八条二項により軽い罪の限度で処罰するという理論の妥当性を示す根拠とする説もある。

 しかし、賛成し難い理論である。覚せい剤取締法四一条の六の規定による覚せい剤の必要的没収は、同薬剤にかかわる犯罪により国が所持し、又は国の所持に帰すべき覚せい剤について、いわゆる対物的保安処分としてその所有権を国庫に帰属させ排害の処分を行う作用である。従つて、同条に、「前五条の罪に係る覚せい剤」と規定されているからといつて、その「罪」を懲役、罰金等の主刑を科するために必要な犯罪の成立要件(すなわち、構成要件該当、違法、責任)のすべてを備えた犯罪と同一に解する必要はない。思うに、主刑の場合は、人の責任に対応した刑罰であるが、附加刑としての没収は、犯罪を契機として物に対し排害処分を行うものである。主刑たる懲役、罰金等(それは正に対人的処分である。)と、附加刑たる没収(それは正に対物的処分である。)とにおいては、それを科する要件において径庭があつても、必ずしも矛盾、背理ということはできない。主刑を科するだめの要件としては、前記のごとく構成要件に制約された故意責任を問うために麻薬所持罪の成立を認めたにとどまつたわけであるが、そこでは、外形的・客観的に覚せい剤所持罪が社会的事象としてとらえられていたのである。前記四一条の六の規定する必要的没収の要件としての、「前五条の罪」という場合の「罪」の意味は、このような社会的事象としての外形的・客観的形での罪を考えればよく、それこそかえつて同条の規定する没収の性格に適合するといつてもよいと思う。このような考えから、私は、本件覚せい剤の没収についての法廷意見に賛成した。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

 

 弁護人蒲原大輔の上告趣意

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、破棄を免れない。

 原判決は、被告人が覚せい剤であるフェニル・メチル・アミノプロパン塩酸塩を含有する粉末〇・〇四四グラムを麻薬であるコカインと誤信して所持したという事実を認定し、この事実に対し麻薬取締法六六条一項、二八条一項を適用し、他の大麻所持の事実と併せて、被告人を懲役二年に処し、さらにこの同じ事実に対し覚せい剤取締法四一条の六本文を適用して被告人から本件覚せい剤を没収した第一審判決の事実認定及び適条を是認し、弁護人の控訴を棄却したのであるが、この適条は明らかに誤つており、しかもその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

 コカイン(麻薬)所持の犯意をもって、実は覚せい剤を所持したという事実につき、いかなる犯罪が成立するのか、しないのか、またその適条をいかにするかについては、適切な判例が見当らず、実務上も混乱があるようである。ただ、最高裁貴小法廷は、ヘロインを覚せい剤と誤信して密輸入した事実につき、

 「麻薬と覚せい剤とは、ともにその濫用による保健衛生上の危害を防止する必要上、麻薬取締法及び覚せい剤取締法による取締の対象とされているものであるところ、これらの取締は、実定法上は前記二つの取締法によつて各別に行われているのであるが、両法は、その取締の目的において同一であり、かつ、取締の方式が極めて近似していて、輸入、輸出、製造、譲渡、譲受、所持等同じ態様の行為を犯罪としているうえ、それらが取締の対象とする麻薬と覚せい剤とは、ともに、その濫用によつてこれに対する精神的ないし身体的依存(いわゆる慢性中毒)の状態を形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすおそれのある薬物であつて、外観上も類似したものが多いことなどにかんがみると、麻薬と覚せい剤との間には、実質的には同一の法律による規制に服しているとみうるような類似性があるというべきである。」と説示した上、

 「本件において、被告人は、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末を覚せい剤と誤認して輸入したというのであるから、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条の覚せい剤輸入罪を犯す意思で、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪にあたる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合つているものとみるのが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬輸入の罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。してみると、被告人の前記所為については、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項の麻薬輸入罪が成立し、これに対する刑も当然に同罪のそれによるものというべきである。したがつて、この点に関し、原判決が麻薬輸入罪の成立を認めながら、犯情の軽い覚せい剤輸入罪の刑によつて処断すべきものとしたのは誤りといわなければならない。」

と判示して、客観的事実に沿うヘロイン密輸入罪のみの成立を認めている。(昭和五四年三月二七日最高裁第一小法廷決定-刑集三三巻二号一四〇頁)

 この説明は、いわば構成要件の重なり合い理論とでもいうべきもので、この理論を推し進めると、本件の場合、被告人の犯意に拘らず、客観的事実に沿う覚せい剤所持罪の一罪のみが成立することになるであろう。本件第一審判決が覚せい剤取締法を適用して被告人から本件覚せい剤を没収したのは、その趣旨であろうと解する外はない。ただ、前掲判例は、両法律の「法定刑も全く同ごであることを重なり合い理論の一要素と考えているようであるから、法定刑に軽重のある麻薬取締法と覚せい剤取締法の場合にも、直ちに右決定どおり重い後者を適用することは、理論上も量刑の実務上も到底首肯しえないところである。第一審判決は、右判例の趣旨に反し、客観的事実には合致しない、そして専ら被告人の犯意に沿う麻薬取締法を適用せざるをえなかつたのも、誠にやむをえなかつたところではあろうが、それは刑法三八条二項を適用したのか、或いはその趣旨を汲んだのに過ぎないのか、ないしはその他の理由によつたのか全く不明であつて、法律の適用につき必要な説明を示していない違法があることは明らかである。

 もつとも、最高裁貴小法廷の前掲決定は、

 税関長の許可を受けないで覚せい剤を輸入する意思で(関税法一一一条一項にあたる。)関税定率法所定の輸入禁制品である麻薬を輸入した(同法一〇九条一項にあたる。)との事実について同法一一一条一項のみを適用している第一審の法令適用の当否について「関税法は、貨物の輸入に際し〒般に通関手続の履行を義務づけているのであるが、右義務を履行しないで貨物を輸入した行為のうち、その貨物が関税定率法二一条一項所定の輸入禁制品である場合には関税法一〇九条一項によつて、その余の一般輸入貨物である場合には同法一一一条一項によつて処罰することとし、前者の場合には、その貨物が関税法上の輸入禁制品であるところから、特に後者に比し重い刑をもつてのぞんでいるものであるところ、密輸入にかかる貨物が覚せい剤か麻薬かによつて関税法上その罰則の適用を異にするのは、覚せい剤が輸入制限物件(関税法一一八条三項)であるのに対し麻薬が輸入禁制品とされているというだけの理由によるものに過ぎないことにかんがみると、覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは、ともに通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において、その犯罪構成要件は重なり合つているものと解するのが相当である。本件において、被告人は、覚せい剤を無許可で輸入する罪を犯す意思であつたというのであるから、輸入にかかる貨物が輸入禁制品たる麻薬であるという重い罪となるべき事実の認識がなく、輸入禁制品である麻薬を輸入する罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が重なり合う限度で軽い覚せい剤を無許可で輸入する罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである。これと同旨の第一審判決の法令の適用は、結論において正当である。」

と判示している。前記のとおり、同決定は、へロインを覚せい剤と誤信して所持した場合には、専ら客観的事実に沿うヘロインについての犯罪の成立のみを認め、従つて科刑についてもヘロイン所持罪の刑を科すべきであるとし、犯情の軽重を考えて軽い覚せい剤所持罪の刑を適用した原判決を許さず、これを破棄してまで客観的事実に沿う法律の適用を強要しているのに反し、輸入制限物件を密輸入する犯意をもつて輸入禁制品を密輸入したという関税法違反事件においては、同じ構成要件の重なり合い理論に立ちながら、恐らく刑法三八条二項の趣旨を汲んだものであろうか、刑の軽重を比較して、軽い罪が成立するど判示している点は、首尾一貫しない感を免れない。この点は恐らく第一審裁判所はもちろん、原審をも尠からず悩ましたところであろう。

 第一審判決文は、

 「大麻の所持と(コカインと誤認しての)覚せい剤の所持とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬取締法違反の罪の刑で処断することとし」と、サラリと逃げている。しかしながら、原判決のごとく、大麻所持と覚せい剤所持とが一個の行為で二個の罪名に触れるとして、刑法五四条一項前段によつて、大麻取締法違反又は覚せい剤取締法違反のどちらか一罪が成立するというのであればとも角、どうして突如として第三の麻薬取締法違反罪の刑によつて処断されることになるのか、全く不可解である。

 当弁護人は、原判決がコカインと誤信して覚せい剤を所持した事実につき、何の説明も加えることなく、麻薬取締法を適用して被告人を処断したことには、到底承服することができない。その誤りの必然の結果として、麻薬取締法違反の罪が成立するとし、同法に依つて懲役刑を科しながら、卒然として、附加刑として覚せい剤取締法を適用して覚せい剤を没収せざるをえなくなつたのであつて、法律の適用に関して重大なくい違いを示しているといわなければならない。

 麻薬取締法を適用するとしながら没収に関してのみは覚せい剤取締法を適用するということは、構成要件の重なり合い理論から当然には導き出しえないところである。何となれば、この理論は、犯罪の成否ないしその適用法条を説明するものではあつても、麻薬取締法違反の犯罪が成立するとした上で、附加刑についてはなお覚せい剤取締法によるとか、あるいは麻薬取締法の文言を敢えて無視して、麻薬取締法六八条によつて覚せい剤を没収することの根拠とはなしえないことは明らかであるからである。原判決における法律の適用は、余りにも恣意的、擅断的であるといわざるをえず、法律実務家のみならず一般国民をも承服せしめることはできないであろう。

 この上告趣意第一点は、上告理由に当らないのみならず、原審において主張されていなかつた処であるから、今この段階で新たな主張を提起することには、いささか躊躇を禁じえないのであるが、法の正しい適用は刑事裁判の最大の使命であり、刑訴法四一一条一項もかかる場合を予想した規定であると思われるので、敢て主張する次第である。責裁判所の適切な職権の発動を期待するものである。

第二点 原判決の言い渡した懲役二年の刑は、重きに失し、甚しく不当であつて、破棄を免れない。〈省略〉

被告人の上告趣意〈省略〉

痴漢の常習性認定に関する福岡高裁平成22年

刑事事実認定重要判決50選3版 53事件

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(福岡県)違反被告事件

福岡高等裁判所判決/平成22年(う)第329号

平成22年9月24日

【判示事項】       公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(福岡県条例)の常習犯加重処罰規定について,その常習性の内容を検討し,常習性判断において強制わいせつ罪の前科を考慮した原判決の判断を是認した上,これが許容されない旨の弁護人の法令適用の誤りの主張を排斥した事例

【判決要旨】       平成21年福岡県条例第58号による改正前の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(以下「本条例」という)の保護法益は基本的には社会的法益であるとみることができる。しかしながら,本条例6条違反の罪の保護法益の中には社会的法益だけではなく,個人的法益,すなわち,身体に触れたり(1号),着用している下着をのぞき見られたり(2号)した人の性的自由ないし性的人格権が保護法益として含まれていると解することができるから,6条違反の罪の保護法益の一部は強制わいせつ罪(刑法176条)のそれと重なり合っているといえる。また,本条例10条2項が定める常習性は,犯罪を反復累行する者の属性ないし習癖をいうから,6条違反の罪における常習性は,自己の性的欲求を満たすために他人の身体に触れる行為等を反復累行する者の属性ないし習癖をいうと解されるところ,そのような属性ないし習癖の発露として行った他人の身体に触れる行為等の中には,本条例6条が定める「卑わいな行為」にとどまらず,強制わいせつ罪が定める「わいせつな行為」にまで至るものがあることは明らかである。そうすると,6条違反の行為について,本条例10条2項の常習性が認められるかどうかを判断するに当たっては,かつて処罰された前科の内容が強制わいせつ罪であったか,6条違反の罪であったかにより区別する必要はないといえる。

【参照条文】       公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(福岡県)(平成21年福岡県条例第58号による改正前のもの)10-2

             公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(福岡県)(平成21年福岡県条例第58号による改正前のもの)6

【掲載誌】        高等裁判所刑事裁判速報集平成22年232頁

 

       理   由

 

第1 事案の概要等

 1 原判決は,「被告人は,常習として,正当な理由がないのに,平成22年3月28日午後5時40分ころから午後6時17分ころまでの間,福岡市博多区内のバス停から福岡県飯塚市内のバス停の間を走行中のバス車内において,自己の右隣に着席していた女子中学生(当時15歳。以下「被害者」という)に対し,右手でその腹部を着衣の上からなで回し,さらに,右手でその左太ももを直接なで回すなどし,もって常習として,公共の乗物において,正当な理由がないのに,人を著しくしゅう恥させ,かつ人に不安を覚えさせるような方法で,他人の身体に衣服の上から触れ,更にその身体に直接触れた」(要旨)との犯罪事実を認定した上,本条例10条2項,6条1号を適用して,被告人を懲役5月に処した。

 2 原審において,被告人及び弁護人は,被告人が被害者に対し原判示の行為(以下「本件卑わい行為」という)に及んだことは認めたが,弁護人は,被告人は強制わいせつ罪あるいは同未遂罪による前科(以下,単に「強制わいせつ罪の前科」という)があるものの,同罪と本条例6条1号違反(以下,単に「6条違反」という)の罪は構成要件も罪質(保護法益)も異にするから,被告人に上記前科があることをもって,被告人が本条例10条2項にいう「常習として」本件卑わい行為に及んだとはいえない旨主張して,同条項の適用を争った。

 3 原判決は,被告人は,強制わいせつ罪の前科3犯を有し,本件と直近の前科との間には2年10か月余りしか経過していないこと,いずれの前科の事件も被告人が性欲を満たそうとして行ったものであり,本件卑わい行為も同様であるから,本件は被告人の習癖が発現した行為であること,本件卑わい行為は,30分以上にわたりなされている上,直近の前科と同様バスの車内での隣席の女性に対する犯行であること,いずれの前科も女性の身体への接触を内容とするものであることなどの事情に照らせば,被告人が本件卑わい行為を「常習として」行ったと優に認められる旨判示した上,弁護人の主張については,「本条例が,罰則をもって卑わいな言動を禁止していることは明らかで,それには本件のような強制わいせつに至らないまでも,人を著しくしゅう恥させ,かつ人に不安を覚えさせるような方法で,他人の身体に衣服の上から触れ,更にその身体に直接触れたりする卑わいな行為も含まれるから,個人の性的人格などをその保護法益とする強制わいせつ罪とは,その保護法益に一部重なり合う範囲があるといえる」旨説示してこれを排斥した。

第2 控訴趣意の要旨

   被告人に強制わいせつ罪の前科があることを理由に,本条例10条2項を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。

第3 当裁判所の判断

 1 被告人の本件卑わい行為について常習性を認め,本条例10条2項を適用した原判決は正当であり,原判決に法令適用の誤りはない。

   もっとも,所論は,本条例10条2項は,「常習として第2条から前条までの規定のいずれかに違反した者」と明示している上,本条例11条は,適用上の注意として,「この条例の適用は,第1条の目的(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し,もって県民生活の平穏を保持すること)を達成するためにのみ行うべきであって,いやしくもこれを濫用して」はならないと戒めて,処罰要件を厳格に解釈すべきことを要請しているから,「大は小を含む」という理論で本条例10条2項の「常習として」の要件を緩やかに解した原判決には法令適用の誤りがある旨主張するので,以下補足して説明する。

 2 本条例は,1条において「この条例は,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し,もって県民生活の平穏を保持することを目的とする」旨定めていることからすれば,本条例の保護法益は基本的には社会的法益であるとみることができる。しかしながら,本条例6条は,「卑わいな行為の禁止」との標題の下で,その柱書きにおいて,「何人も,公共の場所又は乗物において,正当な理由がないのに,人を著しくしゅう恥させ,又は人に不安を覚えさせるような方法で次に掲げる行為をしてはならない」と規定し,1号として「他人の身体に直接触れ,又は衣類の上から触れること」,2号として「他人が着用している下着又は衣類の中の身体をのぞき見し,又は撮影すること」,3号として「前2号に掲げるもののほか,卑わいな言動をすること」を掲げていることからすれば,6条違反の罪の保護法益の中には社会的法益だけではなく,個人的法益,すなわち,身体に触れたり(1号),着用している下着をのぞき見られたり(2号)した人の性的自由ないし性的人格権が保護法益として含まれていると解することができるから,6条違反の罪の保護法益の一部は強制わいせつ罪(刑法176条)のそれと重なり合っているといえる。

   また,本条例10条2項が定める常習性は,犯罪を反復累行する者の属性ないし習癖をいうから,6条違反の罪における常習性は,自己の性的欲求を満たすために他人の身体に触れる行為等を反復累行する者の属性ないし習癖をいうと解されるところ,そのような属性ないし習癖の発露として行った他人の身体に触れる行為等の中には,本条例6条が定める「卑わいな行為」にとどまらず,強制わいせつ罪が定める「わいせつな行為」にまで至るものがあることは明らかである。そうすると,6条違反の行為について,本条例10条2項の常習性が認められるかどうかを判断するに当たっては,かつて処罰された前科の内容が強制わいせつ罪であったか,6条違反の罪であったかにより区別する必要はないといえる。そして,被告人の本件卑わい行為についてみると,原判決が正当に判示するとおり,被告人の強制わいせつ罪の前科3犯における犯行態様等に照らしても,本件卑わい行為は,被告人が自己の性的欲求を満たすために女性の身体に触る行為等を反復累行する者の属性ないし習癖の発露として行ったものであり,本条例10条2項の常習性を優に認めることができるというべきである。

   そうすると,本条例10条2項は,6条違反を繰り返している者に対してのみ適用されるかのように主張する所論は失当であり,また,上記のように解することが本条例11条の趣旨に反する解釈ともいえないから,所論は採用できない。

    【主文は出典に掲載されておりません。】

 

飯田喜信裁判長名判決 常習性の認定 東京高裁平成24年 常習累犯窃盗被告事件

刑事事実認定重要判決50選3版 51事件

東京高等裁判所判決/平成24年(う)第1685号

平成24年12月3日

【判示事項】       犯行の動機、態様等から、窃盗を反復累行する習癖が発現しているとみることはできないとして、常習累犯窃盗罪の成立を認めた原判決が破棄された事例

【参照条文】       盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律3

【掲載誌】        東京高等裁判所判決時報刑事63巻1~12号259頁

             判例時報2191号144頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       警察公論70巻11号87頁

             法律時報87巻2号122頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被告人を懲役一年八月に処する。

 

       理   由

 

 本件控訴の趣意は、弁護人土屋眞一作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一 事実誤認の主張について

 論旨は、要するに、被告人には窃盗の常習性がないのに、これがあるとして常習累犯窃盗罪を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

 そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討すると、被告人は「常習として」窃盗罪を犯した者と認めることはできないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。その理由は、以下のとおりである。

 一 原判決は、「事実認定の補足説明」の項で、被告人のこれまでの同種前科の内容や本件犯行の動機、態様等に鑑みれば、被告人には自身が置かれた状況に流されて安易に金目のものを盗むという習癖が容易に見て取れるから、常習として本件犯行に及んだと認められる旨説示している。

 しかしながら、被告人の前科の内容や本件犯行の動機、態様等に鑑みれば、上記説示のような認定をすることはできないというべきである。

 二 まず、窃盗関係の前科からみると、被告人は、原判示のとおり、平成一三年六月一二日、①窃盗罪により懲役一年六月に、②窃盗罪等により懲役一年にそれぞれ処せられ、さらに、③平成一四年六月二五日窃盗罪等により懲役一年二月に処せられている。①及び②は、刑法四五条後段の場合として、一個の判決中でいわゆる主文二つの言渡しがされたものであり、また、③は、①及び②の各罪の余罪について、①の懲役刑の受刑中に判決がされたものである。

 ①ないし③に係る各窃盗は、被告人が、平成一一年三月から平成一三年一月までの二年弱の間に九回にわたり、駐車場又は路上に駐車中の自動車(及び積載物)を窃取したというものであり、うち七回は共犯者と共謀して行ったとされている。被告人は、原審公判で、平成一〇年に上京した後、知人に紹介されて自動車窃盗団に加わり、上記各窃盗を重ねた、自分は主に見張り役をしていたが、鍵が付いたままの自動車を盗んで運転する役割もあった、自動車窃盗は、自分たちがそれを乗り回すために行ったが、換金する目的もあり、その頃は、窃盗団にいれば仕事をしなくても生活ができた、と供述している。そうすると、被告人は、窃盗団の仲間と共に、自動車の運転自体又は換金を目的として、自動車窃盗を繰り返す中で、①ないし③に係る各窃盗に及んでおり、その頃の被告人には、そのような窃盗を反復累行する習癖が形成されていたものと認められる。

 三 以後の受刑状況をみると、被告人は、平成一三年六月から平成一八年六月までの間、①及び②の各懲役刑、次いで①より前に判決がされた覚せい剤取締法違反罪による懲役刑(執行猶予取消し)、さらに③の懲役刑の順に続けて刑の執行を受けている。

 その後も、被告人は、④平成一九年八月から平成二一年一月まで、⑤同年五月から平成二三年五月まで、⑥同年一二月以降(平成二六年三月までの予定)の三回にわたり懲役刑の執行を受けているが、これらは、いずれも覚せい剤取締法違反罪によるものであって、窃盗罪によるものではない。

 四 本件犯行は、被告人が④の刑執行終了の二〇日後(仮釈放の約三か月後)に行ったものである。すなわち、被告人は、深夜零時過ぎにビル二階の歯科医院から、現金五万円在中の手提げ金庫を盗み出したのであるが、その経緯、動機について、捜査段階及び原審公判で、仮釈放後は風俗店で働いていたが、本件の約二週間前に店長と喧嘩して店を辞め、住んでいた寮も出て友人方を転々としていたところ、本件前日金もなく空腹であったため、何度か行ったことのある先輩の家で何か食べさせてもらおうと思い、同人方を訪ねたが、同人が留守で夜になっても帰宅せず、空腹になってどうしようもなくなったことから、同人方と同じビルにあった歯科医院に現金目当てで盗みに入った旨供述している。この供述について特段疑うべき事情もなく、そうすると、本件は、被告人が、空腹に耐えかね、食事代等の現金を得るために、突発的に及んだ侵入窃盗の事案であるということができる。

 五 そこで、①ないし③の前科に係る各窃盗と本件の窃盗とを比べてみると、前者が、二年弱の間に主に共犯者と共に繰り返し行った乗り回し又は換金目的による自動車窃盗の事案であるのに対し、後者は、被告人が単独で食事代等の現金目当てに行った一回限りの侵入窃盗の事案であり、両者は、犯行の動機のみならず、殊にその態様において著しく異なっているといえる。また、前者と後者の間には、①ないし③等及び④の各懲役刑の執行による長期の服役期間が介在しているとはいえ、八年間もの隔たりがある上、被告人が、③の懲役刑につき仮釈放された平成一八年一月以降において、本件犯行以外に何らかの窃盗に及んだ形跡は全くうかがえない。

 こうしてみると、前記二で認めた窃盗を反復累行する習癖を、被告人がその後も保持し続け、その発現として本件犯行を行うに至ったと認めるには、無理があるというほかない。原判決は、前記一のように、被告人には置かれた状況に流されて安易に金目のものを盗む習癖が認められる旨説示するが、本件犯行については、その動機、態様等からして、被告人の窃盗に対する規範意識の低さは認められても、それが習癖として発現しているとまでみることはできない。したがって、原判決には、被告人が常習として本件犯行に及んだとして、常習累犯窃盗罪の成立を認めた点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。

 論旨は理由がある。

第二 破棄自判

 そこで、量刑不当の論旨に対する判断をするまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条ただし書を適用して、被告事件について更に判決をする。

 (罪となるべき事実)

 被告人は、平成二一年一月二二日午前〇時四七分頃、東京都江戸川区《番地略》甲野ビル二階乙山歯科において、同歯科院長A所有の現金五万円在中の手提げ金庫一個(時価約四〇〇〇円相当)を窃取したものである。

 (証拠の標目)《略》

 (累犯前科及び確定裁判)

 被告人は、

 (1) ①平成一二年一二月一九日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役一年六月(三年間執行猶予、平成一三年七月二四日その猶予取消し)に処せられ、平成一七年四月一二日その刑の執行を受け終わり、②その裁判確定前に犯した窃盗、暴行罪により平成一四年六月二五日千葉地方裁判所で懲役一年二月に処せられ、平成一八年六月一二日その刑の執行を受け終わり、③その後犯した覚せい剤取締法違反罪により平成一九年七月二三日東京地方裁判所で懲役一年六月に処せられ、平成二一年一月二日その刑の執行を受け終わった

 (2) 平成二一年五月一四日東京地方裁判所で覚せい剤取締法違反罪により懲役二年に処せられ、その裁判は同月二九日確定した

ものであって、これらの事実は、検察事務官作成の前科調書及び前記(1)の②及び③の前科に係る各判決書謄本によって認める。

 (法令の適用)

 被告人の判示所為は刑法二三五条に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、判示の罪は前記(1)の①及び③並びに②及び③の各前科との関係でそれぞれ三犯であるから、同法五九条、五六条一項、五七条により累犯の加重をし、これは前記(2)の確定裁判があった罪と同法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ確定裁判を経ていない判示の罪について更に処断することとし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年八月に処し、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

 (量刑の理由)

 本件は、被告人が、深夜に歯科医院で、現金五万円在中の手提げ金庫一個を窃取した、という事案である。空腹に耐えかねて犯行に及んだとはいえ、その動機、経緯に酌むべき余地はない。犯行の態様は大胆であり、被害は多額である。しかも、被告人は、前記第一でみたとおり、窃盗罪又はこれを含む罪により三回服役している上、前記(1)の③の前科の刑執行終了からわずか二〇日で本件に及んでいる。以上によれば、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

 他方、被告人は、逮捕当初から事実を認め、反省と謝罪の態度を示していること、被害者に一部弁償として、原審で二万円の支払を、当審では二万五〇〇〇円の支払をそれぞれ申し入れ、被害者からは、その気持ちだけを受け取ることにして、被告人の減刑を望む旨の意思が表明されていること、兄が原審で情状証人として、被告人を指導監督する旨述べていることのほか、本件が前記(2)の確定裁判のあった罪と併合罪の関係に立つことなど、被告人のために酌むべき事情も存する。

 そこで、これらを総合考慮して、被告人を主文の刑に処することとした。

(裁判長裁判官 飯田喜信 裁判官 安藤祥一郎 森 喜史)

常習性の認定 東京高等裁判所昭和40年

刑事事実認定重要判決50選3版50事件

暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件

東京高等裁判所判決/昭和40年(う)第531号

昭和40年6月25日

【判示事項】       酒に酔うと暴行する習癖のある者が1年4カ月余の間飲酒を慎んでいた場合の常習犯の成否

【参照条文】       大正十五年法律第六十号(暴力行為等処罰ニ関スル法律)1の3

【掲載誌】        高等裁判所刑事判例集18巻3号244頁

             高等裁判所刑事裁判速報集1371号

             東京高等裁判所判決時報刑事16巻6号99頁

             判例タイムズ179号175頁

【評釈論文】       研修218号49頁

             捜査研究15巻1号105頁

             判例タイムズ207号64頁

 

       判 決 理 由

 

 論旨は、原判決が被告人の原判示所為を刑法第二〇四条の傷害罪にあたるとし、暴力行為等処罰に関する法律第一条の三の常習傷害罪の成立を認めなかつたのは、法令の適用を誤つたものだというのである。

そこで一件記録と当審で事実の取調をした結果とをあわせて検討してみると、被告人は(一) 昭和二八年一二月二一日に滝川簡易裁判所で傷害罪により罰金二、〇〇〇円に、(二) 昭和三〇年七月二五日に同裁判所で傷害罪により罰金四、〇〇〇円に、(三) 昭和三二年三月一三日に同裁判所で傷害罪により罰金三、〇〇〇円に、(四) 同年五月一四日に同裁判所で傷害罪により罰金七、〇〇〇円に、(五) 同年七月一七日に同裁判所で暴行・傷害罪により罰金一万円に、(六) 昭和三三年二月一二日に同裁判所で傷害罪により罰金五、〇〇〇円に、(七) 昭和三四年二月一七日に札幌地方裁判所滝川支部で暴行・傷害・器物損壊・威力業務妨害罪により懲役一〇月に、(八) 昭和三五年七月二〇日に札幌地方裁判所室蘭支部で傷害罪により懲役六月に、(九) 昭和三六年一一月八日札幌地方裁判所滝川支部で住居侵入・暴行・脅迫罪により懲役四月に、(一〇) 昭和三七年九月一九日に東京地方裁判所で傷害罪により懲役一〇月に処せられたことのある者で、これらの暴行・傷害はいずれも酒に酔つての犯行だというのであるから、これによつてみると、被告人には酒に酔うと他人に暴行し傷害を加える習癖があると認めざるをえない。

そして原判示傷害の犯行も、酒に酔つたうえでさしたる理由もないのに他人に暴行を加え傷害を負わせているのであるから、前刑の執行終了後一年四箇月余を経た時のことであるとはいえ、右の習癖がまだうせずにいてこの機会に発現したものとみなければならない。

そして、常習犯人とは、一定の犯罪を反覆して行なう習癖のある者をいうのであつて、その習癖が一定の状態または刺激をまつてはじめて発現するような場合でも、常習犯人というのを妨げないのである。

それゆえ、被告人の暴行の習癖が前記のように酒に酔つたときだけ現われるということも、その常習性を否定する理由になるものではない。

ただ、法が常習犯に重い刑をもつて臨んでいる趣旨は、もとよりその犯罪反復の危険性にあるのであるから、被告人の場合は、もし酒に酔うという状態の発生するおそれがなければ犯罪反復の危険性もないわけである。

原判決が被告人が約一年四箇月余の間飲酒を慎んでいたことに着目して常習性を否定したのもこの趣旨であろうと思われるが、酒を飲むかどうかは本人の意思いかんにかかることだとはいえ、他人に勤められるとかその他のことからついまた飲酒するということもありうるのであつて、現に被告人は本件の場合知人の家の祝いごとの席上で飲酒してしまつたのである。

そのことからみても被告人が将来絶対に酒を飲むようなことはないとはまだいい切れないのであつて、もし酒を飲めば暴行の習癖が発現する危険は多分にあるといわざるをえないのであるから、やはり被告人の原判示傷害の行為は常習としてなされたものというのが相当である。

それゆえ、その常習性を認めなかつた原判決はむしろ事実を誤認したものというべきで、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局その趣旨において理由がある。

(新関勝芳 中野次雄 伊東正七郎)

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