岡本法律事務所のブログ

岡山市北区にある岡本法律事務所のブログです。 1965年創立、現在2代めの岡本哲弁護士が所長をしています。 電話086-225-5881 月~金 0930~1700 電話が話中のときには3分くらいしてかけなおしください。

カテゴリ:憲法 > 社会保障法

入江俊郎裁判長不当判決 最高裁大法廷昭和42年 生活保護受給権と相続

行政判例百選第7版 16事件

生活保護法による保護に関する不服の申立に対する裁決取消請求事件

最高裁判所大法廷判決/昭和39年(行ツ)第14号

昭和42年5月24日

【判示事項】      被保護者の死亡と生活保護処分に関する裁決取消訴訟の承継

【判決要旨】      被保護者が死亡した場合、生活保護処分に関する裁決の取消訴訟は、相続人によつて承継されない。

【参照条文】      民事訴訟法208-1

            生活保護法3

            生活保護法8

            生活保護法59

            憲法25

【掲載誌】       最高裁判所民事判例集21巻5号1043頁

            判例タイムズ206号204頁

            判例時報481号9頁

 

       主   文

 

 本件訴訟は、昭和三九年二月一四日上告人の死亡によつて終了した。

 中間の争いに関して生じた訴訟費用は、上告人の相続人A、同Bの負担とする。

 

       理   由

 

 本件上告理由は、別紙記載のとおりである。

 職権をもつて調査するに、上告人は、昭和三八年一一月二〇日本件上告の申立をしたが、昭和三九年二月一四日死亡するにいたつたこと、記録上明らかである。

 上告人は、十数年前から国立岡山療養所に単身の肺結核患者として入所し、厚生大臣の設定した生活扶助基準で定められた最高金額たる月六〇〇円の日用品費の生活扶助と現物による全部給付の給食付医療扶助とを受けていた。ところが、同人が実兄Cから扶養料として毎月一、五〇〇円の送金を受けるようになつたために、津山市社会福祉事務所長は、月額六〇〇円の生活扶助を打ち切り、右送金額から日用品費を控除した残額九〇〇円を医療費の一部として上告人に負担させる旨の保護変更決定をした。同決定が岡山県知事に対する不服の申立および厚生大臣に対する不服の申立においても是認されるにいたつたので、上告人は、厚生大臣を被告として、右六〇〇円の基準金額が生活保護法の規定する健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するにたりない違法のものであると主張して、同大臣の不服申立却下裁決の取消を求める旨の本件訴を提起した。

 おもうに、生活保護法の規定に基づき要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(五九条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。また、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利についても、医療扶助の場合はもちろんのこと、金銭給付を内容とする生活扶助の場合でも、それは当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであつて、法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから、当該被保護者の死亡によつて当然消滅し、相続の対象となり得ない、と解するのが相当である。また、所論不当利得返還請求権は、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が右に述べたように一身専属の権利である以上、相続の対象となり得ないと解するのが相当である。

 されば、本件訴訟は、上告人の死亡と同時に終了し、同人の相続人A、同Bの両名においてこれを承継し得る余地はないもの、といわなければならない。

 (なお、念のために、本件生活扶助基準の適否に関する当裁判所の意見を付加する。

 一、憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない(昭和二三年(れ)第二〇五号、同年九月二九日大法廷判決、刑集二巻一〇号一二三五頁参照)。具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて、はじめて与えられているというべきである。生活保護法は、「この法律の定める要件」を満たす者は、「この法律による保護」を受けることができると規定し(二条参照)、その保護は、厚生大臣の設定する基準に基づいて行なうものとしているから(八条一項参照)、右の権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するにたりると認めて設定した保護基準による保護を受け得ることにあると解すべきである。もとより、厚生大臣の定める保護基準は、法八条二項所定の事項を遵守したものであることを要し、結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない。しかし、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものである。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつても、直ちに違法の問題を生ずることはない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。

 原判決は、保護基準設定行為を行政処分たる覊束裁量行為であると解し、なにが健康で文化的な最低限度の生活であるかは、厚生大臣の専門技術的裁量に委されていると判示し、その判断の誤りは、法の趣旨・目的を逸脱しないかぎり、当不当の問題にすぎないものであるとした。覊束裁量行為といつても行政庁に全然裁量の余地が認められていないわけではないので、原判決が保護基準設定行為を覊束裁量行為と解しながら、そこに厚生大臣の専門技術的裁量の余地を認めたこと自体は、理由齟齬の違法をおかしたものではない。また、原判決が本件生活保護基準の適否を判断するにあたつて考慮したいわゆる生活外的要素というのは、当時の国民所得ないしその反映である国の財政状態、国民の一般的生活水準、都市と農村における生活の格差、低所得者の生活程度とこの層に属する者の全人口において占める割合、生活保護を受けている者の生活が保護を受けていない多数貧困者の生活より優遇されているのは不当であるとの一部の国民感情および予算配分の事情である。以上のような諸要素を考慮することは、保護基準の設定について厚生大臣の裁量のうちに属することであつて、その判断については、法の趣旨・目的を逸脱しないかぎり、当不当の問題を生ずるにすぎないのであつて、違法の題題を生ずることはない。

 二、本件生活扶助基準そのものについて見るに、この基準は、昭和二八年七月設定されたものであり、また、その月額六〇〇円算出の根拠となつた費目、数量および単価は、第一審判決別表記載のとおりである。

 生活保護法によつて保障される最低限度の生活とは、健康で文化的な生活水準を維持することができるものであることを必要とし(三条参照)、保護の内容も、要保護老個人またはその世帯の実際の必要を考慮して、有効かつ適切に決定されなければならないが(九条参照)、同時に、それは最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、かつ、これをこえてはならないこととなつている(八条二項参照)。本件のような入院入所中の保護患者については、生活保護法による保護の程度に関して、長期療養という特殊の生活事情や医療目的からくる一定の制約があることに留意しなければならない。この場合に、日用品費の額の多少が病気治療の効果と無関係でなく、その額の不足は、病人に対し看過し難い影響を及ぼすことのあるのは、否定し得ないところである。しかし、患者の最低限度の需要を満たす手段として、法は、その需要に即応するとともに、保護実施の適正を期する目的から、保護の種類および範囲を定めて、これを単給または併給することとし、入院入所中の保護患者については、生活扶助のほかに給食を含む医療扶助の制度を設けているが、両制度の間にはおのずから性質上および運用上の区別があり、また、これらとは別に生業扶助の制度が存するのであるから、単に、治療効果を促進しあるいは現行医療制度や看護制度の欠陥を補うために必要であるとか、退院退所後の生活を容易にするために必要であるとかいうようなことから、それに要する費用をもつて日用品費と断定し、生活扶助基準にかような費用が計上されていないという理由で、同基準の違法を攻撃することは、許されないものといわなければならない。

 さらに、本件生活扶助基準という患者の日用品に対する一般抽象的な需要測定の尺度が具体的に妥当なものであるかどうかを検討するにあたつては、日用品の消費量が各人の節約の程度、当該日用品の品質等によつて異なるのはもとより、重症患者と中・軽症患者とではその必要とする費目が異なり、特定の患者にとつてはある程度相互流用の可能性が考えられるので、単に本件基準の各費目、数量、単価を個別的に考察するだけではなく、その全体を統一的に把握すべきである。また、入院入所中の患者の日用品であつても、経常的に必要とするものと臨時例外的に必要とするものとの区別があり、臨時例外的なものを一般基準に組み入れるか、特攻基準ないしは一時支給、貸与の制度に譲るかは、厚生大臣の裁量で定め得るところである。

 以上のことを念頭に入れて検討すれば、原判決の確定した事実関係の下においては、本件生活扶助基準が入院入所患者の最低限度の日用品費を支弁するにたりるとした厚生大臣の認定判断は、与えられた裁量権の限界をこえまたは裁量権を濫用した違法があるものとはとうてい断定することができない。)

 よつて、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官奥野健一の補足意見および裁判官草鹿浅之介、同田中二郎、同松田二郎、同岩田誠の反対意見があるほか、全裁判官一致の意見により、主文のと判り判決する。

 裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。

 私は、多数意見のごとく、いわゆる保護受給権が生活に困窮する要保護者又は被保護者に対し、その者の最低限度の生活の需要を満すことを目的として与えられたものであることにかんがみ、保護受給権それ自体はもとより、被保護者の生存中の生活扶助料ですでに遅滞にある分の給付を求める権利も、その性質上、一身専属の権利であつて他にこれを譲渡したり相続することが許されないという理由で、本件訴訟の承継を否定するものである。

 そもそも、訴訟承継の制度は、訴訟係属中に当事者の死亡、資格の喪失、訴訟物の譲渡等があつても、訴訟物に関する争いが客観的には落着していないのに訴訟は終了したものとして新訴の提起を要請することが訴訟経済に反するところがら、右の事由が生じてもなお訴訟は同一性を維持するものと擬制し、承継人をして在来の当事者に代わつて訴訟を追行せしめんとする制度であつて、この訴訟の承継が認められるのは、訴訟の対称たる権利又は法律関係の承継がある場合か、訴訟の対象たる権利又は法律関係の承継人でなくても特に法令により訴訟追行権を与えられている場合でなければならない。そして、この理は、行政訴訟においても異なるところはない。しかるに、本件訴訟は、津山市社会福祉事務所長の保護変更決定を是認した厚生大巨の不服申立却下裁決の取消を求める訴であつて、特定の保護金品の給付を求める訴ではなく、上告人の相続人たるA、同Bの両名は、上告人に与えられた保護受給権の承継人でないのはもとより、特に法令により右却下裁決の取消しにつき訴訟追行権を与えられている者でもない。従つて、本件訴訟は、上告人の死亡と同時に終了し、その相続人らにおいてこれを承継する余地がない、といわざるを得ない。

 右の結論は、所論のように上告人の生存中の生活扶助料ですでに遅滞にある分の給付を求める権利が相続の対象となり得ると解するとしても、この権利が本件訴訟の対象となつていない以上、そのことによつて左右されるものではない。

 反対意見の裁判官は、不当利得返還請求権を論拠として、本件訴訟の承継を肯認すべきであるとされる。しかし、そのいわゆる不当利得返還請求権なるものは、保護変更決定により、医療費の一部自己負担金に繰り入れられた月額九〇〇円を限度として、そのうち、本件生活扶助基準金額と適正な生活扶助基準金額との差額に相当する部分について成立するものと考うべきであるところ、これは本件却下裁決が取り消されることを前提としてはじめて成立するものであるが、裁決の取消を求める権利自体、保護決定を受けた者のみに専属する権利であつて、相続人による相続が許されないものである。従つて、前記両名は、不当利得返還請求権を論拠として本件訴訟を承継することもできない。

 されば、当裁判所としては、本件訴訟は上告人が昭和三九年二月一四日死亡したことによりすでに終了したものとして、訴訟終了の宜言をなすべきである。

 私は、以上のごとく、本件訴訟はすでに終了したものと解する以上、最早事件は裁判所に係属していないのであるから、本件生活扶助基準の適否について論ずることは、余り意味のないことであると考えている。しかし、多数意見が念のために付加した意見や田中裁判官の反対意見の中で示された保護受給権の性質に関する見解には賛同することができず、この点が本件訴訟における本案の基本問題であり、また、前記訴訟承継の問題とも関連するところがあるので、敢えて、それについての私の考え方を述べておくこととする。

 憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この憲法の規定は、直接個々の国民に対し生存権を具体的・現実的な権利として賦与したものではなく、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宜言したものと解されている(昭和二三年(れ)第二〇五号、同年九月二九日大法廷判決、刑集二巻一〇号一二三五頁参照)。そしてまた、「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、固定的な概念ではなくして、当該社会の実態に即応して確定されるべきものであり、その具体的内容も算数的正確さをもつて適正に把握し難いものであることはいうまでもない。しかしながら、右の規定が生存権を、単なる自由権として、すなわち、国が国民の生存を不当に侵害するのを防止し、または、国に対して不当な侵害からの保護を求め得るという消極的な権利としてではなく、前叙のごとく、積極的に、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るような施策を講ずべきことを国の責務として要請する権利として捉えているところに新憲法の近代的憲法としての特色があるものといわなければならない。このことに思いをいたせば、憲法は、右の権利を、時の政府の施政方針によつて左右されることのない客観的な最低限度の生活水準なるものを想定して、国に前記責務を賦課したものとみるのが妥当であると思う。従つてまた、憲法二五条一項の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法が、生活に困窮する要保護者又は被保護者に対し具体的な権利として賦与した保護受給権も、右の適正な保護基準による保護を受け得る権利であると解するのが相当であつて、これを単に厚生大臣が最低限度の生活を維持するに足りると認めて設定した保護基準による保護を受け得る権利にすぎないと解する見解には、私は承服することができないのである。そして、保護受給権を上記のように解する以上、厚生大臣の保護基準設定行為は、客観的に存在する最低限度の生活水準の内容を合理的に探求してこれを金額に具現する法の執行行為であつて、その判断を誤れば違法となつて裁判所の審査に服すべきこととなる。

 しかしながら、以上のように、厚生大臣の定める保護基準は客観的に存在する最低限度の生活水準に合致した適正なものでなければならないからといつて、適正に設定された保護基準の内容がその後のある時点において右の基準線に完全に合致しないというだけの理由で、直ちに当該基準を違法と認めるべきことにはならない、といわなければならない。何となれば、生活保護法は、保護実施担当官の主観を排し、要保護者の生活困窮の程度に応じた必要な保護が行なわれることを企図して、保護の実施は厚生大臣の定める保護基準によらしめることとしているのであるが、そもそも、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、前叙のごとく、固定的な概念でなく、その具体的内容は、当該社会の実態を勘案し、要保護者の経済的需要の種類、態様並びに年令別、性別、世帯構成別、所在地域別その他の事情を調査して決定しなければならないため、厚生大臣が保護基準を設定するためには相当長期の日時を必要とする。しかも、右の内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて同上するものであるから、或る時点において設定した保護基準をその後における諸般の情勢の変化に絶えず即応せしめるがごときことは、いうべくして行ない得ないからである。そこで、適正に設定された保護基準の内容が、その後の情勢の変化により生活の実態を正確に反映しないことになつたとしても、基準の改訂に要する相当の期間内であれば、当該時点における基準と生活の実態との乖離が憲法及び生活保護法の趣旨・目的を著しく逸脱するぼどのものではないと認められる限り、それは、保護基準という制度を設けたことによるやむを得ない結果として法の容認するところであつて、まだもつて違法と断ずることは許されないといわざるを得ない。原判決の確定した事実によれば、本件生活扶助基準は、昭和二八年七月いわゆるマーケツト・バスケツト方式なる理論生計費算定方法に従つて一般の生活扶助基準を作成し、これに入院入所患者の生活という特殊の事情を加味して設定されたものであるというのであつて、それは、当時のわが国の経済状態、文化の発達、一般国民生活の状態等に照らして、一応当時における客観的な最低限度の生活水準に副つたものと認められる。また、原判決の確定した事実によれば、わが国の国民経済は、右昭和二八年七月から翌二九年末まではさほど顕著な変動を示さなかつたが、昭和三〇年度において急激に発展し、昭和三一年度、殊にその下半期にいたり、一般の予想を上廻る成長を遂げ、これに伴い、国税の自然増収もにわかに増加し、消費生活の向上、物価の騰貴をきたし、前示変更決定の行なわれた昭和三一年八月当時、すでに、本件生活扶助基準の内容は、景気の上昇により、いわゆる補食費を除いても、入院入所三か月以上に及ぶ長期療養患者の健康で文化的な最低限度の生活の需要を満たすに十分なものではなく、早晩改訂されるべき段階にあつた、ところで、右景気変動の結果は、翌年度にならなければ適確に把握しがたかつた、というのである。されば、右の事実関係の下においては、本件生活扶助基準で定められた月額六〇〇円なる金額は低きに失するきらいはあるが、まだもつて違法とは認められないとした原審の判断は、前段説示の理由により、これを首肯し得ないわけではない。

 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

 一 多数意見は、「本件訴訟は、上告人の死亡と同時に終了し、同人の相続人A、同Bの両名においてこれを承継し得る余地はない」として、上告理由とは無関係に、前提問題で、訴訟終了の判決を下したが、私は、この考え方には賛成しがたい。

   なるほど、本件訴訟の承継が肯認されるべきかどうかは、疑問の余地のある問題である。しかし、行政事件訴訟における訴訟要件は、これをできるだけゆるやかに解釈し、裁判上の救済の門戸を拡げていこうというのが、近時、諸外国におけるほぼ共通の傾向であり、それは、行政権に対する人民の救済制度である行政事件訴訟、殊に抗告訴訟の性質に照らし十分の理由があることにかんがみ、わが国においても、理論上可能な限り、いわゆる門前払いの裁判をすることを避け、事案の実体に立ち入つて判断を加えることが、国民のための裁判所として採るべき基本的な態度ではないかと、私は考える。

   右のような見地から翻つて本件をみると、本件訴訟の承継は、理論上もこれを肯認し得ないわけではなく、そうである以上、本案の内容に立ち入つて、上告理由で主張する諸論点について、裁判所の判断を明らかにするのが妥当な態度ではなかつたかと考えるのである。

   右のような考え方に立つ以上、私としては、多数意見に反し、本件訴訟の承継が肯認されるべき理由を明らかにするとともに、さらに進んで、上告人の主張する上告理由について、私の意見を述べておきたいが、多数意見によつて、本件訴訟はすでに終了したものとされた以上、上告理由のいちいちについて、逐次、詳細に答えることは、あまり意味のないことであるから、私としては、ただ、憲法二五条の生存権の保障をめぐつて国民の重大な関心を集めている本件訴訟の主要な問題点について、上告理由を手がかりとしながら、基本的な考え方を示すだけに止めておくこととしたい。

 二 私が多数意見に反して本件訴訟の承継を肯認すべきものとする理由は、次のとおりである。

   多数意見は、生活保護法の規定に基づき要保護者又は被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的な利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものであるとし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属的左権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし、相続の対象ともなり得ないものとしている。この基本的な考え方は、正当であつて、異論のないところである。ただ、多数意見は、被保護者の保護受給権はもとよりのこと、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利も、すべて被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであることを理由として、当該被保護者の死亡によつて当然に消滅し、相続の対象とはなり得ず、また、後に述べる不当利得返還請求権も、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が一身専属の権利である以上、相続の対象とはなり得ないものとし、従つて、本件訴訟の承継の余地がないと断じている。しかし、多数意見のいうように被保護者の生存中の生活扶助料ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利が保護受給権そのものと同様に使用目的の制限に服すべきものであるかどうかについては、全く疑問の余地がないというわけではない。仮りに、右の点について、多数意見のとおりに考えるべきものとしても、ただそれだけで、本件訴訟の承継を否定する根拠とはなし得ないと、私は考える。というのは、もともと本件訴訟は、厚生大臣の定めた生活扶助基準が違法に低額であると主張して、Dが同人の実兄Cから送金された月額一、五〇〇円(後に六〇〇円に減り、次いで全く跡絶えてしまつた。)より、保護の補足性に関する規定に基づき右基準に定める日用品費六〇〇円を控除し、残額九〇〇円を医療費の一部自己負担金とする旨の保護変更決定を是認した裁決の取消を求めるものであるから、本件で訴訟の承継の成否を決する契機として捉えるべきものは、生活保護法に基づく保護受給権そのものでないことはもちろん、すでに遅滞にあるものの給付の請求でもなく、本件保護変更決定によつて、医療費の一部自己負担金に繰り入れられた月額九〇〇円を限度として、そのうち右厚生大臣の定めた生活扶助基準金額と適正な生活扶助基準金額との差額に相当する部分に対する不当利得返還請求権であると解すべきであるからである。

 右の点を本件事案に即してもう少し具体的に述べると、津山市社会福祉事務所長のした本件保護決定前に、Dは、生活扶助として毎月六〇〇円の支給を受ける権利と、医療扶助として無償で現物給付を受ける権利とを有していたところ、右所長の本件保護変更決定によつて、生活扶助月額六〇〇円の支給は打ち切られ、新たに医療扶助についても一部自己負担金として月額九〇〇円の支払義務が課せられるに至つた(もつとも、後に四〇〇円の軽費の措置がとられた。)。従つて、若し、本件裁決が取り消されることになれば、国は、生活扶助月額六〇〇円の支払を不当に免れ、また、医療費の一部自己負担金とされた月額九〇〇円を限度として、そのうち右厚生大臣の定めた生活扶助基準金額と適正な生活扶助基準金額との差額に相当する部分を法律上の原因なくして不当に利得したこととなる。もとより被保護者たるDが適正な生活扶助基準による保護そのものを直ちに請求する権利を有するものといえないことは後に述べるとおりであるが、本件裁決が取り消された場合には、厚生大臣は、憲法及び生活保護法の規定の趣旨に従つた適正な生活扶助基準を設定すべき拘束を受けることとなるのであるから、国は、同人に対して右の限度においてその利得を返還しなければならず、これをDの側からいえば、同人は、右の限度で不当利得返還請求権を有するものといわなければならないのである(もつとも、原判決の確定した事実関係のもとでは、右月額九〇〇円の全部が岡山療養所に現実に納入されて国庫の収入に帰属したかどうかは明らかでないが、若し納入されていない分があるとしても、Dは、その分につき納付債務の不存在確認を訴求し得たはずであるから、不当利得返還請求権の認められる場合とその理を異にするものではない。)。この国に対する不当利得返還請求権は、保護受給権そのものの主張でないことはもちろん、すでに遅滞にある生活保護の給付の請求そのものでもなく、元来、Dの自由に使用処分し得た金銭の返還請求権ともいうべきものであつて、このような権利についてまで、その譲渡性や相続性を否定すべき合理的根拠は見出しがたいのではないかと思う。

 そして、若し、右のような意味での不当利得返還請求権が認められるべきものとすれば、この請求権を行使するためには、本件で取消訴訟の対象になつている裁決の取消がされることを当然の前提条件とするのであつて、右の権利を相続したA・同Bの両名は、本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有するものと解するのが相当である。

 もつとも、本件訴訟は、元来、右の不当利得返還請求を訴訟物とするものではなく、前記裁決の取消を求めるものであるが、一般に処分又は裁決の取消訴訟の目的は、処分又は裁決によつて相手方に生じた違法な侵害状態の排除によつて、その処分又は裁決のなされなかつたもとの状態を回復することにあると考えるべきであつて、行政事件訴訟法九条に、処分又は裁決の取消の訴の原告適格を定めるに当つて、「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなく右つた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。」ことを明記したのも、本件のような事案について、原告適格を肯認する趣旨を明らかにしたものと解すべきである。当裁判所の大法廷判決(昭和三七年(オ)第五一五号、同四〇年四月二八日大法廷判決、民集一九巻三号七二一頁)も、従来の判例を変更し、処分の取消によつて回復し得べき法律上の利益がある場合には、原告適格のあることを判示しているのである。

 そして、訴訟の承継という制度を認める狙いは、本来、訴訟係属中に当事者の死亡、資格の喪失、訴訟物たる権利又は法律関係の譲渡等によつて当事者が訴訟追行権を失つた場合には、当該訴訟はその成立要件を欠くものとして却下を免れないわけであるが、訴訟物に関する争いそのものが客観的に落着していない場合において、その承継人より又は承継人に対しあらためて訴を提起させることは訴訟経済上妥当でないために、訴訟の実質的同一性を肯認し、その承継人をして在来の当事者に代つて訴訟を追行させようとするものである。従つて、本件におけるように、当該権利又は法律関係が在来の訴訟の訴訟物となつていない場合でも、相続人において将来その相続にかかる権利又は法律関係を訴求するために訴訟を継続していく利益が残存していると認められるときは、相続人をしてすでに形成された訴訟法律状態を承継させるべきものと解するのが相当である。

 以上のような理由によつて、私は、本件訴訟はDの死亡と同時に、A・Bの両名によつて適法に承継されたものとみるべきであると考える。

 三 右に述べたように、本件訴訟の承継を肯認すべきものと考えるので、次に、本案の内容について、判断を加えておくこととする。

   まず、結論を述べると、私は、結局、本件上告は棄却を免れないと考える。その理由の概略を述べると、次のとおりである。

  (1) 上告代理人海野普吉外一四名の上告理由第一点及び第二点(上告代理人海野普吉外一七名名義の補充上告理由第一点を含む。)について。

    おもうに、生活に困窮する要保護者又は被保護者が国から健康で文化的な最低限度の生活水準を維持するに足りる保護を受けるのは、もはや、かつてのように国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う単なる反射的利益に止まるものではなく、法律上の権利であり、保護受給権ともいうべきものであつて、そのことが現行の生活保護法の画期的な特色をなしていることは、さきに説示したとおりである。問題は、この権利が何に由来し、どのような内容を有するものとみるべきかにある。

    憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。しかし、この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運用すべきことを国の責務として宣言したものであつて、個々の国民に対して直接具体的な請求権としての権利を付与したものでないことは、つとに当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第二〇五号、同年九月二九日大法廷判決、刑集二巻一〇号一二三五頁)。従つて、具体的な権利は、右の憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつてはじめて与えられるものと考えるべきである。ところで、生活保護法は、「この法律の定める要件」を満たす者は、「この法律による保護」を受けることができる旨を規定し(二条)、その保護は、厚生大臣の設定する基準に基づいて行なうものとしているのである(八条一項)から、同法は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するに足りると認めて設定した保護基準による保護を受ける権利を保障したものであつて、生活保護法以前に客観的に確定し得べき最低生活水準の存在を前提し、これを維持するに足りるものを権利として保障したものではないと解すべきである。もつとも、厚生大臣の設定する保護基準は、法八条二項の定める事項を遵守したものであることを要し、結局は、憲法二五条一項の趣旨に適合した健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならない。しかし、健康で文化的な最低限度の生活といつても、それは、元来、確定的・不変的な概念ではなく、抽象的な相対的概念であつて、その具体的な内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて絶えず向上発展すべきものであり、多数の不確定的要素を総合考量してはじめて決定し得るのであつて、ある特定の時点における内容も算数的正確さをもつて適正に把握し決定するということは到底期待できない性質のものである。従つて、客観的・一義的に確定し得べき最低生活水準の存在を前提し、これを維持するに足りる権利を保障するというようなことは、憲法自体としてももともと予定するところではないというべきであるから、生活保護法が右のような水準を維持するに足りる適確な内容の権利を与えなかつたからといつて、直ちに憲法違反となるわけではないと、私は考える。

    かような見地からいえば、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、法の定める範囲内において、厚生大臣の合目的的かつ専門技術的な裁量に委ねられているとみるべきであつて、その判断の誤りは、当不当の問題として、政府の政治責任の問題が生ずることはあつても、直ちに違憲・違法の問題が生ずることのないのが通例である。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど、憲法及び生活保護法の趣旨・目的に違背し、法律によつて与えられた裁量権の限界を踰越し又は裁量権を濫用したような場合にはじめて違法な措置として司法審査の対象となることがあるにすぎないと解すべきである。生活保護法が不服申立の対象を「保護の決定及び実施に関する処分」に限定し(六五条一項)、保護基準設定行為そのものについて触れていないのも、右の事情を示したものということができる。

    もつとも、生活保護法八条二項には、「前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。」と規定されているから、厚生大臣は、保護基準を設定するに当り、合理的な理論生計費算定方式を採用するなど、右の要請に応ずるように努めなければならないし、また、理論生計費算定方式を採用するに当つては、その基礎となるべき生活資料を確定しなければならないが、そもそも、健康で文化的な最低限度の生活という概念が、さきに述べたように、抽象的な相対的概念であつて、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて絶えず向上発展するものであり、多数の不確定的要素を総合考量してはじめて決定し得るものである以上、どのような内容・程度のものを健康で文化的な最低限度の生活費の算定資料とすべきかについては、所論のいわゆる生活外的要素をもあわせ勘案するのでなければ確定しがたいのであつて、保護基準の設定に当り、かような要素を勘案することをもつて直ちに違法と論難するのは当らない。

    原判決は、保護基準設定行為は覊束裁量行為であるとしながら、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかは厚生大臣の専門技術的な裁量に委されているといい、従つて、その判断の誤りは、法の趣旨・目的を逸脱しない限り、当不当の問題にすぎないと判示している。従来の一般の考え方によれば、覊束裁量行為については、その判断の誤りは、単に当不当の問題に止まらず、適法違法の法律判断の問題として、司法審査に服すべきものと解されている。こういう普通の見解からいえば、原判決の用語は、必ずしも妥当とはいえない。しかし、原判決の真意は、生活保護法に保護基準に関する定めがあつても、それは決して行政庁に全然裁量の余地を認めない趣旨ではなく、厚生大臣の専門技術的な裁量の余地を認める趣旨であることを判示するにあるものと解し得るのであつて、その限りにおいて、原判決の結論は是認されるべきものである。また、原判決が本件保護基準の適否を判断するに当つて考慮したいわゆる生活外的要素というのは、当時の国民所得ないしその反映である国の財政状態、国民の一般的生活水準及び都市と農村における生活の格差、低所得者の生活程度とこの層に属する者の全人口中に占める割合、生活保護を受けている者の生活が保護を受けていない多数貧困者の生活より優遇されているのは不当であるとの国民感情の存在及び予算配分の事情などである(殊に、原判決は、予算については、厚生大臣が、社会保障費として一定の必要額を認めながら、予算不足の故をもつてことさら必要以下に低減したというのではなく、社会保障費と他の各種財政支出との均衡を保たせる限度において予算上の措置を配慮したのは相当であるとしているにすぎない。)。このような諸要素の考慮は、保護基準の設定に当り、厚生大臣の裁量に委されているとみるべきであつて、その判断については、法の趣旨・目的を逸脱しない限り、違法の問題を生ずることはないと解すべきである。原判決が保護基準設定行為を覊束裁量行為と説示しながら、以上の諸要素を本件保護基準の適否制定の資料としたことは、表現の不適切の嫌いはあつても、かような瑕疵は、判決の結果に影響を及ぼすものではないといわなければならない。従つて、論旨は、結局、理由がないこととなり、排斥を免れない。

  (2) 同第三点及び第五点(同補充上告理由第二点を含む。)について。

    厚生大臣が本件生活扶助基準金額算定の方式としていわゆるマーケツト・バスケツト方式を採用したのは合理的でなかつたとはいえないとした原審の判断は、原判決挙示の証拠に照らし、首肯し得ないわけではなく、また、原判決は、この方式による本件生活扶助基準額算定の過程及びその金額の当否について、必要な限度で、判断を加えているものということができるのであつて、原判決には、所論の法令違背の違法はなく、論旨は、これと相容れない見解に立脚するか、原判示にそわない事実に基づいてその違法をいうものであり、違憲の主張も、その実質は、原判決の法令違背の主張にすぎず、採るを得ない。

    次に、本件生活扶助基準額は直ちに違法といい得るほど低額とはいえないとした原審の判断の違法・違憲をいう点について、本件事案に即しつつ、やや具体的に私の考えを述べておきたい。

    本件生活扶助基準は、昭和二八年七月に設定されたものであり、本件保護変更決定が行なわれた昭和三一年八月頃には、物価謄貴等によつて、かなり事情が変つてきていたこと、従つてその八ヶ月後の三二年四月には右基準の改訂が行なわれていることに思いを致すと、三一年八月には、その扶助基準額が低きにすぎるものであつたことは卒直にこれを認めざるを得ない。しかし、そのことだけで、直ちに生活扶助基準の違法・違憲を根拠づけるものとはいい得ないのではないかと、私は考える。

    そもそも、生活保護法によつて保障される最低限度の生活というのは、人間としての生存を維持するに足りる最低の生活ではなく、健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであることを必要とし(三条参照)、保護の内容、要保護者個人又はその世帯の実際の必要を考慮して、有効かつ適切に決定されなければならない(九条参照)が、同時にそれは、最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、かつ、これをこえてはならないという制約を受けている(八条二項)。従つて、生活保護法によつて保障される保護の程度は、社会生活において近隣の者に対し見劣りや引け目を感じさせない程度の生活を営み得るまでに潤沢なものではあり得ず、殊に本件のような入院入所中の保護患者については、長期療養という特殊の生活事情や医療目的からくる一定の制約のあることにも留意しなければならない。この場合、日用品費の額の多少が病気治療の効果と無関係でなく、その額の不足は、たとえ僅少であつても、患者に対し看過しがたい影響を及ぼす場合のあることも否定し得ない。しかし、患者の最低限度の需要を満たす手段として、生活保護法は、その需要に即応するとともに保護実施の適正を期する見地から、保護の種類及び範囲を定めて、これを単給又は併給することとし、入院入所中の保護患者については、生活扶助のほかに、給食を含む医療扶助の制度を設けており、また、別に生業扶助の制度も設けているのである。従つて、単に治療効果を促進し、現行医療制度や看護制度の欠陥を補うために必要であるとか、退院退所後の生活を容易にするために必要であるという理由で、それに要する費用まで日用品費と断定し、生活扶助基準にかような費用を計上していないからといつて、直ちにこれを違法ということはできない。また、いわゆる補食費についても、保護患者に対する給食が治療の一環として行なわれる建前になつている以上、それは、生活扶助(日用品費)の問題ではなく、医療扶助の問題であつて、いわゆる補食費を金銭的給付という形で生活扶助基準に計上すべきであるとの所論も、にわかに承服しがたい。

    また、本件生活扶助基準にいう患者の日用品に対する一般抽象的な需要測定の尺度が具体的に妥当なものであるかどうかについては、日用品の消費量が各人の節約の程度、当該日用品の品質等によつて異なるのはもとより、重症患者と中・軽症患者とではその必要とする費用が異なり、特定の患者にとつては、ある程度に相互流用の可能性のあることも考えられるので、単に本件基準の各費目・数量・単価を個別的に考察するだけではなく、その全体を統一的に把握する必要がある。また、入院入所中の患者の日用品であつても、経常的に必要なものと臨時例外的に必要なものとの別があり、臨時例外的に必要なものを一般基準に組み入れるか、特別基準ないしは一時支給又は貸与の制度に譲るかは、厚生大臣の定めるところに委ねるほかはなく、たとえ、一時支給の制度が完全・円滑に実施されがたい実情にあるとしても、それは、当該制度の運用上の当不当の問題にすぎないのであつて、それだけを理由として、臨時例外的に必要な費目を一般基準に計上すべき理由とはなしがたい。従つて、一般基準たる本件生活扶助基準の当否は、特別基準等に組み入れるべき日用品を除外し、専ら経常的な日用品のみを対象として決定するほかはないというべきである。

    以上のことを念頭において検討すれば、原判決の確定した事実関係のもとにおいては、本件生活扶助基準がその設定当時入院入所中の患者の最低限度の日用品費を支弁するに足りるとした厚生大臣の認定判断に、その裁量権の限界を踰越したとか、その裁量権を濫用した違法があるものとは断定することができない。もつとも、さきに指摘したように、右基準は、本件保護変更決定の行なわれた昭和三一年八月から僅か八ヶ月を出ない昭和三二年四月に改訂されたこと、同改訂による新生活扶助基準と本件生活扶助基準とを比較対照すれば、新基準に新たな費目のとりいれられたものがあり、また、両基準に共通な費目であつても、数量の増加、単価の引上げの認められたもののあることが明らかである。しかし、保護基準は、さきにも指摘したように、文化の発達、国民経済の進展等に伴い、絶えず向上発展すべきものであるから、右の新生活扶助基準の内容を論拠として、それより三年余も前に設定された本件生活扶助基準が厚生大臣の恣意に基づくものと断定するのは相当でない。

遺族年金と内縁 最高裁平成19年

家事事件重要判決50選6

              遺族厚生年金不支給処分取消請求事件

 

【事件番号】       最高裁判所第1小法廷判決/平成17年(行ヒ)第354号

【判決日付】       平成19年3月8日

【判示事項】       厚生年金保険の被保険者であった叔父と内縁関係にあった姪が厚生年金保険法に基づき遺族厚生年金の支給を受けることのできる配偶者に当たるとされた事例

【判決要旨】       厚生年金保険の被保険者である叔父が死亡した場合に,同人と内縁関係にあった姪が遺族厚生年金を受けることができる配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情にある者)に当たるとされた事例

【参照条文】       厚生年金保険法3-2

             厚生年金保険法59-1

             民法734-1

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集61巻2号518頁

             家庭裁判月報59巻7号63頁

             訟務月報54巻5号1072頁

             裁判所時報1431号64頁

             判例タイムズ1238号177頁

             判例時報1967号86頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       戸籍時報620号70頁

             戸籍時報621号61頁

             月報司法書士423号32頁

             社会保障2485号50頁

             ジュリスト1341号162頁

             判例時報1987号173頁

             法曹時報60巻7号2265頁

             民事法情報252号96頁

             市民と法48号50頁

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の控訴を棄却する。

 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人新井章ほかの上告受理申立て理由第3章ないし第5章について

 1 本件は,厚生年金保険の被保険者であったA(上告人の父の弟。以下「A」という。)との間で内縁関係にあった上告人が,Aの死亡後,上告人は厚生年金保険法(以下「法」という。)3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」として法59条1項本文所定の被保険者であった者の配偶者に当たり,Aの死亡当時,同人によって生計を維持していたと主張して,被上告人に対し,Aの遺族としての遺族厚生年金の裁定を請求したところ,被上告人から,上記内縁関係は,民法734条1項により婚姻が禁止される近親者との間の内縁関係に当たり,上告人は法59条1項本文所定の配偶者とは認められないとして,遺族厚生年金を支給しない旨の裁定(以下「本件不支給処分」という。)を受けたことから,その取消しを求める事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1)A(昭和*年**月**日生)は,a県b郡のc町(現在のd市)において,父B(上告人にとっては祖父),母,弟及び妹と同居していた。Aは,昭和**年**月**日,Cと婚姻し,両者の間に,同年**月**日,長女Dが生まれたが,Cは,Dの出産前後から統合失調症に罹患し,同**年末には,Dを残して実家に帰ってしまった。Aは,Cとの婚姻関係の継続は困難であると考え,離婚を決意し,その協議を重ねたが,Cの精神状態が原因で協議自体が困難であった上,Cの両親が,Cとの離婚後にAがCの妹と結婚することを強く望み,AはCを気遣ってこれに応じなかったため,協議は4年間にわたり続いた。

 (2)Aは,当時,Eに勤務しており,Cが実家に戻った後は,勤務の都合上,Dの世話はAの父母が行っていた。しかし,Aの父母らは,農業を営み年中多忙であったことから,Dに行き届いた世話をできる状況にはなかった。そのため,Dは,離乳食なども余り食べることができず,栄養失調気味であり,その衣類の洗濯も十分に行われていなかった。

 (3)Aの兄の長女である上告人(昭和**年*月**日生)は,春休み,夏休みなどの長期の休みには,祖父母の手伝いをするためAの住む父の実家を訪れ,その際にDのおしめを替えて洗濯するなど,Dの面倒を見た。Dも,親族の中で最も上告人になついていた。Bは,Dが上告人に一番なついていること,AがBの田畑を継ぐ可能性が高く,親族関係にある者をAの妻としたいと考えていたこと,親戚の中では上告人の年齢がAに一番近いこと,Aには既に子がおり,夜勤も多い上,その妻になれば同居している老父母の世話や農業の手伝いもしなければならないという事情があり,結婚相手を見つけることが困難であったこと等から,Aの姪に当たる上告人とAとの結婚を提案した。

 (4)上告人は,BからAとの縁談を聞き,余りにも身近な関係にあったため,当初は驚いたものの,Dがやせ細り,その衣類も汚れたままになっていたこと等に同情し,Dのために結婚を決意し,昭和**年**月末ころから,Aと夫婦としての共同生活を始めた。上告人とAは,共同生活を始めるに当たり,2泊3日で新婚旅行に出かけ,旅行から戻った後,親戚に集まってもらい,結婚を祝う会を開いてもらったが,その媒酌人は,AとCの結婚の際の媒酌人でもあったAの親族が務めた。

 (5)AとCとの協議離婚は,昭和**年*月*日に成立した。Aは,税金の控除や出産費用の支給等を受けるため,上告人とAが結婚したことについて,同月**日付けで,証人2人の署名入りの証明願をc町長あてに提出し,同証明願に「右願出の通り相違ないことを証明する」との文言及びc町長の記名押印を得た。同証明願にはAの勤務先の上司である駅長の記名押印も認められる。上告人は,Aを世帯主とする健康保険証に氏名を記載され,源泉徴収票にも配偶者控除の対象として記載されていた。また,上告人の出産に際し,E共済組合から出産費用が支給された。

 (6)上告人とAは,Aが平成**年に死亡するまで,約42年間にわたり夫婦としての生活を送り,両者の間には,昭和**年にFが,同**年にはGが出生し,Aは両名の認知をした。上告人,A,D,F及びGは,Aの収入から生活費を支出し,上告人が家事を担当し,5人で円満な家族生活を送った。上告人は,Aの葬式の際も,Aの妻として挨拶を行う等,共同生活を始めた当初から終始,事実上の妻としての役割を果たしてきた。Aは,上告人に対し,年金に関する手続の仕方を記した資料の所在を教えた上,自分が先に死亡した場合には,これをよく見て手続をするようにと常に言い聞かせていた。

 (7)上告人は,平成13年10月19日付けで,遺族厚生年金の裁定を請求したところ,被上告人から,同月31日付けで,「遺族の範囲に該当しないため。(近親婚にあたり,内縁の妻として認められないため。)」との理由により本件不支給処分を受けた。

 (8)なお,上告人の周囲には,代々農業で生計を立てている者が多く,そのような地域的な特性から,親戚同士で結婚する例も多くあった。上告人の近い親戚の中には,いとこ同士で結婚した夫婦が2組あったほか,上告人の知っている範囲でも,おじと姪で事実上の夫婦として生活する者がAの勤務先で2組,親戚に1組あった。

 3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

 (1)厚生年金保険制度は,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とした,政府が管掌する公的年金制度であり,遺族厚生年金が公的財源によって賄われている社会保障的性格の強い給付であることを考慮すると,その受給権者としての「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」(法3条2項)に該当するか否かの判断に当たっては,民法上の婚姻の届出をした配偶者に準じて,公的保護の対象にふさわしい内縁関係にある者であるかどうかという観点からの判断が求められ,その意味での公益的要請を無視することはできないものというべきである。

 (2)ところで,法は,婚姻関係について別段の定めを置いておらず,婚姻関係の一般法である民法が定める婚姻法秩序を当然の前提としていると解されるから,上記(1)の判断に当たっては,民法の規定及びその趣旨が尊重されるべきであり,法は,上記婚姻法秩序を前提とした婚姻関係と同様の事情にある者を遺族厚生年金の受給権者として保護する趣旨であって,上記婚姻法秩序に反する内縁関係にある者をも保護する趣旨ではないと解される。そして,民法734条1項は,三親等内の傍系血族間の近親婚を禁止しているが,その趣旨は,社会倫理的配慮及び優生学的配慮という公益的要請に基づくものであり,合理性があるというべきである。

 (3)三親等内の傍系血族間の婚姻関係は,我が国の婚姻法秩序において,反倫理的で公益を害するものとされている上,その反倫理性,反公益性は,時の経過によっても治癒されることのあり得ない性質のものであるから,法は,民法734条1項により婚姻が禁止される三親等内の傍系血族間で内縁関係にある者を遺族厚生年金という公的給付を受給し得る者として保護することを予定していないというべきである。したがって,上告人は,法3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」には当たらないと解される。

 4 しかしながら,原審の上記3の判断のうち,同(1)及び(2)は是認することができるが,同(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1)法は,遺族厚生年金の支給を受けることができる遺族の範囲について,被保険者又は被保険者であった者(以下,併せて「被保険者等」という。)の配偶者等であって,被保険者等の死亡の当時その者によって生計を維持していたものとし(59条1項本文),上記配偶者について,「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」を含むものと規定している(3条2項)。法が,このように,遺族厚生年金の支給を受けることができる地位を内縁の配偶者にも認めることとしたのは,労働者の死亡について保険給付を行い,その遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的にかんがみ,遺族厚生年金の受給権者である配偶者について,必ずしも民法上の配偶者の概念と同一のものとしなければならないものではなく,被保険者等との関係において,互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者にこれを支給することが,遺族厚生年金の社会保障的な性格や法の上記目的にも適合すると考えられたことによるものと解される。

 他方,厚生年金保険制度が政府の管掌する公的年金制度であり(法1条,2条),被保険者及び事業主の意思にかかわりなく強制的に徴収される保険料に国庫負担を加えた財源によって賄われていること(法80条,82条)を考慮すると,民法の定める婚姻法秩序に反するような内縁関係にある者まで,一般的に遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たると解することはできない。

 (2)ところで,民法734条1項によって婚姻が禁止される近親者間の内縁関係は,時の経過ないし事情の変化によって婚姻障害事由が消滅ないし減退することがあり得ない性質のものである。しかも,上記近親者間で婚姻が禁止されるのは,社会倫理的配慮及び優生学的配慮という公益的要請を理由とするものであるから,上記近親者間における内縁関係は,一般的に反倫理性,反公益性の大きい関係というべきである。殊に,直系血族間,二親等の傍系血族間の内縁関係は,我が国の現在の婚姻法秩序又は社会通念を前提とする限り,反倫理性,反公益性が極めて大きいと考えられるのであって,いかにその当事者が社会通念上夫婦としての共同生活を営んでいたとしても,法3条2項によって保護される配偶者には当たらないものと解される。そして,三親等の傍系血族間の内縁関係も,このような反倫理性,反公益性という観点からみれば,基本的にはこれと変わりがないものというべきである。

 (3)もっとも,我が国では,かつて,農業後継者の確保等の要請から親族間の結婚が少なからず行われていたことは公知の事実であり,前記事実関係によれば,上告人の周囲でも,前記のような地域的特性から親族間の結婚が比較的多く行われるとともに,おじと姪との間の内縁も散見されたというのであって,そのような関係が地域社会や親族内において抵抗感なく受け容れられている例も存在したことがうかがわれるのである。このような社会的,時代的背景の下に形成された三親等の傍系血族間の内縁関係については,それが形成されるに至った経緯,周囲や地域社会の受け止め方,共同生活期間の長短,子の有無,夫婦生活の安定性等に照らし,反倫理性,反公益性が婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いと認められる場合には,上記近親者間における婚姻を禁止すべき公益的要請よりも遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという法の目的を優先させるべき特段の事情があるものというべきである。したがって,このような事情が認められる場合,その内縁関係が民法により婚姻が禁止される近親者間におけるものであるという一事をもって遺族厚生年金の受給権を否定することは許されず,上記内縁関係の当事者は法3条2項にいう「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に該当すると解するのが相当である。

 なお,被上告人の引用する判例(最高裁昭和59年(行ツ)第335号同60年2月14日第一小法廷判決・訟務月報31巻9号2204頁)は,事案を異にし本件に適切でない。

 (4)これを本件についてみると,前記事実関係によれば,上告人とAとの内縁関係は,Dの養育を主たる動機として形成され,媒酌人を立て,新婚旅行,親戚間の祝宴を経て,地元町長やAの職場の長もその成立を認証したというのであり,当初から反倫理的,反社会的な側面をもったものとはいい難く,親戚間では抵抗感なく承認され,地域社会やAの職場でも公然と受け容れられていたものである。また,上告人とAは,その後2人の子にも恵まれ,Aの死亡まで約42年間にわたり円満な夫婦生活を安定的に継続したというのであり,その間,上告人は,共済組合の短期給付,国民健康保険及び源泉徴収の面でAの内縁の妻として扱われていたことがうかがわれるのである。これらの事情からすれば,上記内縁関係の反倫理性,反公益性は,婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いものであったと認められる。

 そうすると,上告人とAとの内縁関係については,上記の特段の事情が認められ,上告人は,法3条2項にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」に該当し,法59条1項本文により遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者に当たるものというべきである。

 5 以上によれば,上告人の遺族厚生年金の受給権を否定し本件不支給処分に違法はないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。上告人の請求には理由があり,これを認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

 よって,裁判官横尾和子の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 裁判官横尾和子の反対意見は,次のとおりである。

 私は,本件不支給処分が違法であるとする多数意見に賛成することができない。

 その理由は,次のとおりである。

 1 多数意見は,直系血族間,二親等の傍系血族間の内縁関係は,我が国の現在の婚姻法秩序又は社会通念を前提とする限り,反倫理性,反公益性が極めて大きいと考えられるとしつつ,他方,三親等の傍系血族間の内縁関係については,その反倫理性,反公益性が婚姻法秩序維持等の観点から問題とする必要がない程度に著しく低いと認められる場合のあることを判断の前提としている。

 しかし,民法734条1項は,三親等の傍系血族間の婚姻について何らの留保も置かず禁止しているのであり,各婚姻関係間において,反倫理性,反公益性の大小を論ずることには躊躇せざるを得ない。

 2 また,法は,遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することをその目的とするが,遺族の範囲については,原則として親族に関する民法の規定を前提としつつ,立法政策として民法の秩序によらず給付等を行う場合は明文の規定を定め,厚生年金保険制度上の国民の権利及び義務を明らかにしているものと解される。同様に,法3条2項も,婚姻関係の一般法である民法が定める婚姻法秩序を当然の前提としていると解され,三親等の傍系血族間の内縁関係についてのみ上記当然の前提要件を緩和し,諸事情を総合勘案する旨の定めはない。

 したがって,被上告人が本件不支給処分を行うに当たり,本件申請について,婚姻を禁止すべき公益的要請に優先する個別事情の存否を考慮しなかったことに違法は認められない。

 3 そうすると,上告人は,法3条2項にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にある者」には該当せず,法59条1項本文により遺族厚生年金の支給を受けることができる配偶者には当たらないものというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,上告人の請求には理由がないから,本件上告を棄却するのが相当である。

 (裁判長裁判官・泉 徳治,裁判官・横尾和子,裁判官・甲斐中辰夫,裁判官・才口千晴)

http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-3586.html

旭紙業事件最高裁平成8年

労働判例百選 第8版 1事件

療養補償給付等不支給処分取消請求事件

 

【事件番号】       最高裁判所第1小法廷判決/平成7年(行ツ)第65号

【判決日付】       平成8年11月28日

【判示事項】       車の持込み運転手(傭車運転手)が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例

【判決要旨】       自己の所有するトラックを持ち込んで特定の会社の製品の運送業務に従事していた運転手が、自己の危険と計算の下に右業務に従事していた上、右会社は運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、右運転手の業務の遂行に関し特段の指揮監督を行っておらず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかであったなど判示の事実関係の下においては、右運転手が、専属的に右会社の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否することはできず、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定され、その報酬は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたなどの事情を考慮しても、右運転手は、労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらない。

【参照条文】       労働基準法9

             労働者災害補償保険法7

【掲載誌】        訟務月報44巻2号211頁

             最高裁判所裁判集民事180号857頁

             判例タイムズ927号85頁

             判例時報1589号136頁

             労働判例714号14頁

             労働経済判例速報1627号25頁

【評釈論文】       季刊労働法184号177頁

             訟務月報44巻2号87頁

             訟務月報44巻2号212頁

             判例タイムズ臨時増刊978号278頁

             判例評論463号59頁

             法律時報70巻4号119頁

             法律時報71巻4号119頁

             労働法律旬報1422号21頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人荒井新二、同森和雄、同鮎京眞知子、同横松昌典の上告理由第一について

 所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

 その余の上告理由について

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足り、その過程に所論の違法はない。

 原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、自己の所有するトラックを旭紙業株式会社の横浜工場に持ち込み、同社の運送係の指示に従い、同社の製品の運送業務に従事していた者であるが、(1)同社の上告人に対する業務の遂行に関する指示は、原則として、運送物品、運送先及び納入時刻に限られ、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、また、一回の運送業務を終えて次の運送業務の指示があるまでは、運送以外の別の仕事が指示されるということはなかった、(2)勤務時間については、同社の一般の従業員のように始業時刻及び終業時刻が定められていたわけではなく、当日の運送業務を終えた後は、翌日の最初の運送業務の指示を受け、その荷積みを終えたならば帰宅することができ、翌日は出社することなく、直接最初の運送先に対する運送業務を行うこととされていた、(3)報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により出来高が支払われていた、(4)上告人の所有するトラックの購入代金はもとより、ガソリン代、修理費、運送の際の高速道路料金等も、すべて上告人が負担していた、(5)上告人に対する報酬の支払に当たっては、所得税の源泉徴収並びに社会保険及び雇用保険の保険料の控除はされておらず、上告人は、右報酬を事業所得として確定申告をしたというのである。

 右事実関係の下においては、上告人は、業務用機材であるトラックを所有し、自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、旭紙業は、運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指示をしていた以外には、上告人の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行っていたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに緩やかであり、上告人が旭紙業の指揮監督の下で労務を提供していたと評価するには足りないものといわざるを得ない。そして、報酬の支払方法、公租公課の負担等についてみても、上告人が労働基準法上の労働者に該当すると解するのを相当とする事情はない。そうであれば、上告人は、専属的に旭紙業の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなかったこと、毎日の始業時刻及び就業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによって事実上決定されることになること、右運賃表に定められた運賃は、トラック協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたことなど原審が適法に確定したその余の事実関係を考慮しても、上告人は、労働基準法上の労働者ということはできず、労働者災害補償保険法上の労働者にも該当しないものというべきである。この点に関する原審の判断は、その結論において是認することができる。

 論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、原判決の結論に影響しない説示部分を論難するに帰し、採用することができない。

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄)

岡部喜代子裁判長不当判決 老齢年金加算廃止に関する最高裁平成24年判決

憲法判例百選 第7版 135事件

生活保護変更決定取消請求事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成22年(行ツ)第392号、平成22年(行ヒ)第416号

平成24年2月28日

【判示事項】       生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)の改定が生活保護法3条又は8条2項の規定に違反しないとされた事例

【判決要旨】       生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)の改定は,次の(1)~(3)など判示の事情の下においては,その改定に係る厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえず,生活保護法3条又は8条2項の規定に違反しない。

             (1)ア 上記改定開始の5年前には,老齢加算の対象となる70歳以上の者の需要は収入階層を問わず60ないし69歳の者の需要より少なく,70歳以上の単身者に対する老齢加算を除く生活扶助額は70歳以上の低所得単身無職者の生活扶助相当消費支出額を上回っていた。

             イ 上記改定開始の20年前から2年前までの間における生活扶助に関する基準の改定率は消費者物価指数及び賃金の各伸び率を上回っており,上記改定開始の21年前から被保護勤労者世帯の消費支出の割合は一般勤労者世帯の7割前後で推移していた。

             ウ 上記改定開始の24年前と同4年前とを比較すると,被保護勤労者世帯の平均において消費支出に占める食料費の割合は低下していた。

             (2)ア 上記改定による老齢加算の廃止は,3年間かけて段階的な減額を経て行われた。

             イ 上記改定開始の5年前には,老齢加算のある被保護者世帯における貯蓄の純増額は老齢加算の額と近似した水準に達しており,老齢加算のない被保護者世帯における貯蓄の純増額との差額が月額5000円を超えていた。

             (3) 上記改定は,専門家によって構成される専門委員会が統計等の客観的な数値等や専門的知見に基づいて示した意見に沿ったものであった。

             (生活扶助相当消費支出額:消費支出額の全体から,生活扶助以外の扶助に該当するもの,被保護者世帯は免除されているもの及び家事使用人給料等の最低生活費になじまないものを控除した残額)

【参照条文】       生活保護法3

             生活保護法8

             生活保護法による保護の基準(平16厚生労働省告示130号改正前)別表第1第2章2

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集66巻3号1240頁

             裁判所時報1550号111頁

             判例タイムズ1369号101頁

             判例時報2145号3頁

             LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】       季刊社会保障研究48巻3号349頁

             ジュリスト1449号94頁

             ジュリスト1453号26頁

             ジュリスト1453号38頁

             別冊ジュリスト227号8頁

             別冊ジュリスト235号104頁

             判例時報2163号148頁

             法学教室389号付録12頁

             法政研究(九州大)80巻1号205頁

             法曹時報65巻9号209頁

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人らの負担とする。

 

       理   由

 

第1 本件の事実関係等の概要

 1 本件は,東京都内に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けている上告人らが,同法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「保護基準」という。)の数次の改定により,原則として70歳以上の者を対象とする生活扶助の加算(以下「老齢加算」という。)が段階的に減額されて廃止されたことに基づいて所轄の福祉事務所長らからそれぞれ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受けたため,保護基準の上記改定は憲法25条1項,生活保護法3条,8条,9条,56条等に反する違憲,違法なものであるとして,被上告人らを相手に,上記各保護変更決定の取消しを求める事案である。

 2 保護基準のうち,生活扶助に関する基準(以下「生活扶助基準」という。)の定めは,次のとおりである。

  (1) 生活扶助基準(別表第1)は,基準生活費(第1章)と加算(第2章)とに大別されている。居宅で生活する者の基準生活費は,市町村別に1級地-1から3級地-2まで六つに区分して定められる級地(別表第9)及び年齢別に定められる第1類と,級地等及び世帯人員別に定められる第2類とに分けられ,原則として世帯ごとに,当該世帯を構成する個人ごとに算出される第1類の額(以下「第1類費」という。)を合算したものと第2類の額(以下「第2類費」という。)とを合計して算出される。第1類費は,食費,被服費等の個人単位の経費に,第2類費は,光熱水費,家具什器費等の世帯単位の経費にそれぞれ対応するものとされている。なお,上告人らの居住地は,1級地-1又は1級地-2と定められている。

  (2) 平成16年厚生労働省告示第130号により改定される前の保護基準によれば,加算には,妊産婦加算,老齢加算,母子加算,障害者加算等があり,老齢加算に関しては,被保護者(現に生活保護法による保護を受けている者をいう。以下同じ。)のうち70歳以上の者並びに68歳及び69歳の病弱者について一定額が基準生活費に加算されて支給されていた。

    上記保護基準における生活扶助費の月額は,1級地-1又は1級地-2の居宅で生活する70歳以上の者の第1類費が1人当たり3万2400円又は3万1180円,第2類費が単身世帯で4万3520円又は4万1560円であったため,原則として,基準生活費の月額は,単身世帯で7万5920円又は7万2740円であった。また,上記保護基準において,1級地の居宅で生活する者の老齢加算の月額は1万7930円であった。

 3 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

  (1) 老齢加算は,昭和35年4月,70歳以上の者を対象に前年度に開始された老齢福祉年金を収入として認定することに対応して,これと同額を生活扶助に加算するものとして創設された。その際,老齢加算は,高齢者の特別な需要,例えば観劇,雑誌,通信費等の教養費,下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身回り品費,炭,湯たんぽ,入浴料等の保健衛生費及び茶,菓子,果物等のし好品費に充てられるものとして積算されていた。

  (2) その後も,老齢加算の額は,老齢福祉年金が増額されるのに伴ってこれと同額が増額されていったが,昭和51年から,1級地における65歳以上の者に係る第1類費基準額の男女平均額の50%とすることとされた。

    厚生省(当時)の審議会である中央社会福祉審議会は,昭和58年12月,加算対象世帯と一般世帯との消費構造を比較検討した結果,高齢者の特別な需要として,加齢に伴う精神的又は身体的な機能の低下に対応する食費,光熱費,保健衛生費,社会的費用,介護関連費等の加算対象経費が認められ,その額は,おおむね現行の老齢加算の額で満たされている旨の意見等を内容とする「生活扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」(以下「昭和58年意見具申」という。)を発表した。これを踏まえ,昭和59年4月以降,老齢加算の額は,第1類費に対応する品目に係る消費者物価指数の伸び率に準拠して改定されてきた。

  (3) 一般勤労者世帯の消費支出に対する被保護勤労者世帯の消費支出の割合は,昭和45年度には54.6%であったものが,同58年度には66.4%となっており,昭和58年意見具申は,生活扶助基準は一般国民の消費実態との均衡上ほぼ妥当な水準に達している旨の評価をした。上記割合は,その後はおおむね7割弱で推移していたが,平成13年度には71.9%,同14年度には73.0%に達した。

    このような状況の中で,財務省の審議会である財政制度等審議会の財政制度分科会は,平成15年6月,平成16年度予算編成に関する建議を提出し,その中で,老齢加算について,年金制度改革の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の消費が加齢に伴って減少する傾向等からみて,その廃止に向けた検討が必要である旨の提言をした。同月,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」が閣議決定され,その中で,物価,賃金動向,社会経済情勢の変化,年金制度改革等との関係を踏まえ,老齢加算等の見直しが必要であるとされた。

  (4) 厚生労働省の審議会である社会保障審議会(厚生労働省設置法7条1項に定める厚生労働大臣の諮問機関)は,平成15年7月,その福祉部会内に,生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)を設置した。専門委員会の委員は,社会保障制度や経済学の研究者,社会福祉法人の代表者,地方公共団体の首長等によって構成されていた。

   ア 専門委員会においては,総務庁統計局が平成11年に実施した全国消費実態調査によって得られた調査票を用いて,収入階層別及び年齢階層別に単身世帯の生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活扶助以外の扶助に該当するもの,被保護世帯は免除されているもの及び家事使用人給料や仕送り金等の最低生活費になじまないものを控除した残額をいう。以下同じ。)等を厚生労働省が集計した結果(以下「特別集計」という。)や低所得者の生活実態に関する調査結果等が説明資料として提示された。特別集計によると,無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を月額で比較した場合,① 平均では,60ないし69歳が11万8209円,70歳以上が10万7664円,② 第Ⅰ-5分位(調査対象者を年間収入額順に5等分した場合に最も収入額の低いグループ。以下同じ。)では,60ないし69歳が7万6761円,70歳以上が6万5843円,③ 第Ⅰ-10分位(調査対象者を年間収入額順に10等分した場合に最も収入額の低いグループ。以下同じ。)では,60ないし69歳が7万9817円,70歳以上が6万2277円となるなど,いずれの収入階層でも70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ないことが示されていた(なお,60ないし69歳に係る消費支出額では②が③を上回っていることからすると,生活扶助相当消費支出額において②が③を下回るのは,最低生活費になじまないなどの理由で消費支出額から控除される額が多いためと推察される。)。

     また,特別集計によると,第Ⅰ-5分位の70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額が6万5843円であるのに対し,70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,これより高い7万1190円となっていた。

   イ 専門委員会においては,社会情勢の変化を表すものとして,生活扶助基準の改定率,消費者物価指数,賃金等の推移を比較した資料が検討された。それによると,昭和59年度を100%とした場合の平成14年度における割合は,生活扶助基準が135.5%,消費者物価指数が116.5%,賃金が131.2%となっており,同7年度を100%とした場合の同14年度における割合は,生活扶助基準が104.3%,消費者物価指数が99.9%,賃金が98.7%となっていた。また,昭和55年と平成12年とを比較すると,一般勤労者世帯の平均並びに第Ⅰ-10分位及び被保護勤労者世帯の平均のいずれにおいても,消費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)は低下していた。

   ウ 専門委員会においては,被保護高齢単身世帯の家計消費の実態を表すものとして,平成11年度における被保護者生活実態調査を基にした月ごとの貯蓄純増(同調査結果にいう「預貯金」と「保険掛金」の合計から「預貯金引出」と「保険取金」の合計を差し引いたもの),平均貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄純増の割合)及び繰越金(月末における世帯の手持金残高)を比較した資料が検討された。それによると,老齢加算のない世帯の貯蓄純増は9407円,平均貯蓄率は8.4%,繰越金は3万6094円であるのに対し,老齢加算のある世帯の貯蓄純増は1万4926円,平均貯蓄率は12.1%,繰越金は4万7071円となっており,いずれの数値も後者が前者より高くなっていた。

  (5) 上記(4)の検討等を経て,専門委員会は,平成15年12月16日,「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という。)を公表した。中間取りまとめのうち,老齢加算に関する部分の概要は,次のとおりであった。

   ア 単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について70歳以上の者と60ないし69歳の者との間で比較すると前者の消費支出額の方が少なく,70歳以上の高齢者について現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められないため,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきである。

   イ ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要がある。

   ウ 被保護者世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩和の措置を講ずべきである。

  (6) 厚生労働大臣は,中間取りまとめを受けて,70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められないと判断して老齢加算を廃止することとし,激変緩和のための措置として3年間かけて段階的に減額と廃止を行うこととして,平成16年度以降,保護基準につき,平成16年厚生労働省告示第130号及び平成17年厚生労働省告示第193号によって老齢加算をそれぞれ減額し,平成18年厚生労働省告示第315号によって老齢加算を廃止する旨の改定をした(以下,これらの保護基準の改定を「本件改定」と総称する。)。

    本件改定に基づき,所轄の福祉事務所長らは,上告人らに対し,それぞれ老齢加算の減額又は廃止に伴う生活扶助の支給額の減額を内容とする保護変更決定をした(以下,これらの決定を「本件各決定」と総称する。)。

    なお,専門委員会が平成16年12月に発表した報告書は,生活扶助基準の水準は基本的に妥当と評価しつつ,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを定期的に見極めるため,全国消費実態調査等を基に5年に1度の頻度で検証を行う必要があるなどと指摘しており,記録によれば,厚生労働省においては,その後も生活扶助基準の水準につき定期的な検証が引き続き行われていることがうかがわれる。

第2 上告代理人新井章ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について

 1(1) 上告人らは,本件改定は,被保護者は正当な理由がなければ既に決定された保護を不利益に変更されることがないと定める生活保護法56条に反すると主張する。しかし,同条は,既に保護の決定を受けた個々の被保護者の権利及び義務について定めた規定であって,保護の実施機関が被保護者に対する保護を一旦決定した場合には,当該被保護者について,同法の定める変更の事由が生じ,保護の実施機関が同法の定める変更の手続を正規に執るまでは,その決定された内容の保護の実施を受ける法的地位を保障する趣旨のものであると解される。このような同条の規定の趣旨に照らすと,同条にいう正当な理由がある場合とは,既に決定された保護の内容に係る不利益な変更が,同法及びこれに基づく保護基準の定める変更,停止又は廃止の要件に適合する場合を指すものと解するのが相当である。したがって,保護基準自体が減額改定されることに基づいて保護の内容が減額決定される本件のような場合については,同条が規律するところではないというべきである。

  (2) 生活保護法3条によれば,同法により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならないところ,同法8条2項によれば,保護基準は,要保護者(生活保護法による保護を必要とする者をいう。以下同じ。)の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならない。そうすると,仮に,老齢加算の一部又は全部についてその支給の根拠となっていた高齢者の特別な需要が認められないというのであれば,老齢加算の減額又は廃止をすることは,同項の規定に沿うところであるということができる。もっとも,これらの規定にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対的な概念であって,その具体的な内容は,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり,これを保護基準において具体化するに当たっては,高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。したがって,保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し,最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否か及び高齢者に係る改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるか否かを判断するに当たっては,厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。なお,同法9条は,保護は要保護者の年齢別,性別,健康状態等その個人又は世帯の実際の必要の相違を考慮して有効かつ適切に行うものとすると規定するが,同条は個々の要保護者又はその世帯の必要に即応した保護の決定及び実施を求めるものであって,保護基準の内容を規律するものではない。また,同条が要保護者に特別な需要が存在する場合において保護の内容について特別な考慮をすべきことを定めたものであることに照らせば,仮に加算の減額又は廃止に当たって同条の趣旨を参酌するとしても,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権に基づく高齢者の特別な需要の存否に係る判断を基礎としてこれをすべきことは明らかである。

  (3) また,老齢加算の全部についてその支給の根拠となる上記の特別な需要が認められない場合であっても,老齢加算の廃止は,これが支給されることを前提として現に生活設計を立てていた被保護者に関しては,保護基準によって具体化されていたその期待的利益の喪失を来す側面があることも否定し得ないところである。そうすると,上記のような場合においても,厚生労働大臣は,老齢加算の支給を受けていない者との公平や国の財政事情といった見地に基づく加算の廃止の必要性を踏まえつつ,被保護者のこのような期待的利益についても可及的に配慮するため,その廃止の具体的な方法等について,激変緩和措置の要否などを含め,上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているものというべきである。

  (4) そして,老齢加算の減額又は廃止の要否の前提となる最低限度の生活の需要に係る評価や被保護者の期待的利益についての可及的な配慮は,前記(2)及び(3)のような専門技術的な考察に基づいた政策的判断であって,老齢加算の支給根拠及びその額等については,それまでも各種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて高齢者の特別な需要に係る推計や加算対象世帯と一般世帯との消費構造の比較検討がされてきたところである。これらの経緯等に鑑みると,老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定は,① 当該改定の時点において70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要が認められず,高齢者に係る当該改定後の生活扶助基準の内容が高齢者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであるとした厚生労働大臣の判断に,最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤,欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合,あるいは,② 老齢加算の廃止に際し激変緩和等の措置を採るか否かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当であるとした同大臣の判断に,被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に,生活保護法3条,8条2項の規定に違反し,違法となるものというべきである。

 2(1) 前記事実関係等によれば,専門委員会が中間取りまとめにおいて示した意見は,特別集計等の統計や資料等に基づき,① 無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を比較した場合,いずれの収入階層でも70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ないことが示されていたこと,② 70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,第Ⅰ-5分位の同じく70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額を上回っていたこと,③ 昭和59年度から平成14年度までにおける生活扶助基準の改定率は,消費者物価指数及び賃金の各伸び率を上回っており,特に同7年度以降の比較では後二者がマイナスで推移しているにもかかわらずプラスとなっていたこと,④ 昭和58年度以降,被保護勤労者世帯の消費支出の割合は一般勤労者世帯の消費支出の7割前後で推移していたこと,⑤ 昭和55年と平成12年とを比較すると第Ⅰ-10分位及び被保護勤労者世帯の平均のいずれにおいても消費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)が低下していることなどが勘案されたものであって,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところはない。そして,70歳以上の高齢者に老齢加算に見合う特別な需要が認められず,高齢者に係る本件改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持するに足りない程度にまで低下するものではないとした厚生労働大臣の判断は,専門委員会のこのような検討等を経た前記第1の3(5)アの意見に沿って行われたものであり,その判断の過程及び手続に過誤,欠落があると解すべき事情はうかがわれない。

  (2) また,前記事実関係等によれば,本件改定が老齢加算を3年間かけて段階的に減額して廃止したことも,専門委員会の前記第1の3(5)ウの意見に沿ったものであるところ,平成11年度における老齢加算のある被保護者世帯の貯蓄純増は老齢加算の額に近似した水準に達しており,老齢加算のない被保護者世帯の貯蓄純増との差額も月額で5000円を超えていたというのであるから,3年間かけて段階的に老齢加算を減額して廃止することによって被保護者世帯に対する影響は相当程度緩和されたものと評価することができる上,厚生労働省による生活扶助基準の水準の定期的な検証も前記第1の3(5)イの意見を踏まえて生活水準の急激な低下を防止すべく配慮したものということができ,その他本件に現れた一切の事情を勘案しても,本件改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者世帯の期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼしたものとまで評価することはできないというべきである。

  (3) 以上によれば,本件改定については,前記1(4)①及び②のいずれの観点からも裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。

    したがって,本件改定は,生活保護法3条又は8条2項の規定に違反するものではないと解するのが相当である。そして,本件改定に基づいてされた本件各決定にも,これを違法と解すべき事情は認められない。原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

第3 上告代理人新井章ほかの上告理由について

 1 上告理由第1点及び第2点について

   生活保護法は,健康で文化的な最低限度の生活の保障という憲法25条の趣旨を具体化した法律の規定として,3条において,生活保護法による保護において健康で文化的な生活水準を維持することができる最低限度の生活が保障されるべき旨を定めており,8条2項において,保護の基準がこのような最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであるべき旨を定めているところ,前記第2の2において説示したとおり,厚生労働大臣が老齢加算を数次の減額を経て廃止する保護基準の改定として行った本件改定は,このように憲法25条の趣旨を具体化した生活保護法3条又は8条2項の規定に違反するものではない以上,これと同様に憲法25条に違反するものでもないと解するのが相当であり,このことは,前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。

 2 その余の上告理由について

   論旨は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反をいうものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。

   よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

↑このページのトップヘ